そこのインテリ気取りの諸兄(*1)も詳しくないけど興味のある諸兄(*2)も不比等(*3)もどうぞ
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古代史、考古学、古典文学、文化人類学、宗教学、郷土の昔話、
理科系分野の学問まで…何でもありの雑学スレと化してます
このスレのまとめ
東方考察まとめ wiki
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前スレ
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の拾四】
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過去スレ
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の拾参】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の拾弐】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の拾壱】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の拾】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の九】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の八】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の七】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の陸】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の伍】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の四】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の参】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の弐】
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東方好きなら民俗とか神話とかいろいろ語ることあるだろ
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僭越ながら
>>1乙地鎮祭を執り行わせて頂きます
|_,| .ミ¥彡 .|_,|
|_,| <<><> .|_,|
|_,| <<><>> |_,|
|_,| (:゚::)゚::)∥§§ |_,|
|_,| {二二} {二二} |_,|
|_,| .fl | o | | o | fl |_,|
|_,| ハ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.ハ .|_,|
|_,| |__| ψ ψ ψ |__|. T .|_,|
|_,|  ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄ ,,;ヘ, | .|_,|
|_,| || _ || ノ,,;;;;,,,Π .|_,|
____r。,
, '´ ⌒ヾ゚')
i ( ( ) ) )ノ []
(ハリ ゚ ヮ゚ノヨ. |`)
(( (l~iヘ、'}:{(メ!~D''
`,/,::゙;:':゙;/つ ))
`‐i_ラ"^
此れの所を厳の磐境と斎定めて招奉る、掛けまくも畏き産土大神を始めて、
大地主大神・埴安姫大神、屋船大神等、八坂神奈子大神、洩矢諏訪子大神の御前に恐み恐みも白さく。
この度「民俗・神話まったり語りスレ」が新しきスレッドを「
>>1」が
請負ひ建てむとして、今日の生日の足日にしも地鎮祭を慎み敬ひ執行はむと、
荒らしの災ひは更なり鯖高負荷やdat沈下の損害無く、
弥遠永に些かの異しき事危き事も有らしめ給はず、
安けく平らかに 常☆磐☆堅☆磐 にレスの八十続きと共に立栄えしめ給へと、
恐み恐みも称辞申鎮納めをへ奉らくと白す☆。
>>1乙
あと、前スレ
>>10より不比等肖像(これでいいよね?)
ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/4d/8606a848fcc3bc11b12572c3ece1579c.png
前スレ
>>992にも乙
地域同士の因縁とか確執とかいろいろとあるんだなぁ、旅行者の目にはなかなか見えてこない
>>1乙ー
東北地方は明治維新の時の絡みで嫌がらせのような区分けをされたとか
旧藩の中心都市を避けて県庁置いたとかあるらしいね
その一方で律令以来一国の信濃=長野が実は地域性が強かったりするとか
>>1乙
旧陸奥国(青森・岩手・宮城・福島)がそのまま1県になっていたら
北海道と同じような自治体になっていたのかもしれないと思った
>>1乙
>>4ところが長野は長野で、北信・中信・南信で意外と隔たりがあったりする
中信でも諏訪と松本ではやっぱり違いがあるし、木曾地域はむしろ東海方面への帰属性が強かったり
そもそも江戸時代は小藩分立状態で一国でありながら統一性はほぼ皆無だったし
山がちな地形で交通不便な地域が多いから仕方ないんだけどね
三重県出身の友達に言わせると県内でもアイデンティティのあり方が
中京圏(名古屋)寄りの地域と近畿圏(関西)寄りの地域があるらしい
以前のスレでも出た話題だが統一された近代国家って概念は
どこの国でもやっぱかなり人工的な後づけっぽくなるな
その三重県出身者だが
俺は伊賀の出なのだが(お、なんか格好良いw)、正直県庁所在地の津とか
伊勢の方は「全然遠い国」扱いだ。
それより大阪の方が全然近い。TVの電波も関西ローカル映るしな。
よしもと新喜劇が普通に見れる地域だ。
地形にしたって伊賀は山に囲まれた盆地で、海なんか見えねぇ。
こんなんで港湾都市である四日市や伊勢と親近感沸く方がヘン。
埼玉民だが、西と東の隔絶感は異常。
まあ、入間県と旧埼玉県の合併なんだからしょうがないが……。
俺北海道民だけど
札幌出身の奴は出身地を聞かれたときに「北海道」じゃなくて「札幌」って言う確率が高い
ソースは俺
あと所要時間的には東京より青森の方が遠いゆえあんまり隣に親近感が無い(道南除く)
地元に愛着はあるが日本史に登場するのが幕末からっていうのがスレ住民的には寂しいものがある
ていうかみんな北海道にお金落としてくれよ……頼むよ……被災地より優先しろとまでは言わないけど本当ヤバいんだよ……
乳製品と海産物が美味しいのは保証するからさ……
わかった、出来る限り協力するわ 北海道までは行けないけど、物産とかなら
ところで格安航空路線を国際線含めてどんどん誘致したらどうだろう?
神主の郷里とかは、そちらのカムイやニセコ同様、
オーストラリアほかからのスキー客を積極的に受け入れているし
米はよく北海道産ななつぼしを買ってたけどな
新潟産コシヒカリや秋田産あきたこまちより安いからw
道民なら先祖が内地のどこかしらから入植している可能性が高いし
父祖の地の歴史や伝承を追いかけてみるのも興味深い
札幌と言えばうちの島判官祀っていただいてありがとうございます
島判官
ttp://momijitocirno.sakura.ne.jp/remilia/uploader2/src/remy12359.jpg
開拓話も一つ一つみたら面白いエピソード多そうね
1乙
前スレの福井ウンコのいいようが気に食わなかったので、以下一言
>自殺率16年間トップ独走してた羽後人は
>見栄っ張りで口だけだからなぁ……
>自殺率、出生率、赤ちゃん死亡率、癌死亡率、脳卒中死亡率
>婚姻率が堂々のワースト1位な自分達の国をまず何とかしないと
本当のことを事実のとおり指摘されてなお居直るような腐った根性は持ち合わせちゃいない
俺らが日本一自分の命を大切にしない県民だってことは、統計上確かだ
俺だって酒は呑むわ煙草は吸うわ、どうしようもなく不健全な人間だから、その点で論駁はできない
でもね、一つだけ確信を持っていえることがある
我が県は、かの震災でさして被害を蒙らなかった分
あたう限り胸襟を開いて東北同胞を慰める覚悟を決めた県だ
原発や放射性物質についても、震災後きわめて冷静で妥当な姿勢を示してきた県だ
「口だけ」だってが? 「えふりこぎ」だってが? あぁ!?
んだどもな、おらがだはえふりこぎだがために、ひとがだのあだりめだぇんたいぎがだはあだりめにさねばならねどおもうぁんだ
俺たちは絶対に東北同胞を見捨てません。彼らがふるさとを取り戻す日まで
絶対に裏切りません
これは、少なくともおら個人の言明だ
>裏
>我が国が越前と若狭で若干文化が違うように
>岩代と磐城と会津で文化が違うのに一纏めに
>しちゃうからおかしくなる 旧国名に戻した方がいい
裏
おかしくねえよ。岩代・磐城・会津・陸前・陸中・常陸・上野・下野・武蔵・下総・安房・上総・相模
それから西エトセトラエトセトラ……みんなひっくるめて被害地なんだから
その中の象徴的に、維新政府に「福島」とかいう寒村の名前を自治体名に押し付けられた
そんな惨たらしい「福」の字を引き合いに出すことなんて
洒落として間違ってないはずだ
なんなら「フクシマ」の方がいいか? 遠くない将来「フクイ」っていう類似音の熟語を世界に流行らかすためにもさ?
>>12諏訪湖の神渡を邪魔している地球温暖化と品種改良のおかげで、
北海道でも良質で美味なお米が得られる時代だそうだ
「こしひかり」などに負けない品種さえ登場しつつあるとも
>>16結局少しだけしかいなかったし、数年後には佐賀の乱で討伐されちゃうんだけどね
でも、はじめて郷里の偉人が遠い北海道の札幌建設に関わってるって事知ったときは嬉しかったな
佐賀の七賢人なるものがあったとは知らなかった
佐賀の血が入ってる自分としては興味深い
七に纏わる話は四国あたりに多いよね岬とか、理由は知らないけど
まあ7は日本のみならず世界的に特殊な扱い受けてる数字だからねぇ
七人ミサキ、七福神、七不思議、初七日、七曜、七つの大罪、春秋の七草、黙示録の七つの門……
人間の脳がとりあえず記憶出来る数が「マジックナンバー(7±2)ないし(4±1)」で、
さまざまな装置の暗証番号がしばしば4桁である理由だとも
桁数の大きな数字を覚えたい時には、4桁に分割し、かつ相互の繋がりを意識して暗記すると良いとか
人間はぱっと見で数えれる数が7だったよな
あれ?6かな
7や4みたいな便利な(というか体に合った)数字があるのに人類は十進法を採択しましたってのも不思議な話よな
野球でいうと投げやすいフォームじゃなくより速いフォームを選んだようなもんかしら
人類が12進法を採用したのは指の数からだというのは自明だとして
もし指が8本や12本の動物が知的生命に進化していたらと思考実験したことはある
8本の場合、2進法と親和性が高くなりデジタル文化となじむようになるだろうし、
12本の場合、3,6,12の倍数のほうが切りの良い数という感覚になりそうだ
(10進法の場合、貨幣を見てわかるとおり5の倍数10の倍数が切りのよい数に)
子供のときに数に興味を持ったことがあり、7の倍数を容易に判別する方法はないかと
調べたり考えたりしたことがあったが結局は見つからなかった過去も思い出した
(3の倍数、9の倍数は各桁の数字を足した和で判別できるのだが)
いや、○個記憶出来るというのと、桁を上げる基準は、ちょっと話が違うんじゃないかな。
そして、十進法には、手の指の数という、より分かりやすい取っ掛かりがあるような…?
7という数字で連想するものというと虹の7色が思い浮かんだが
7色の分類はどうもニュートンの主張らしく古代日本では5色と認識されていたとか
五行の5色とでも釣り合いを取っていたのだろうか
西洋音階は7音、和音階が5音で構成されているのも偶然の符合と
>>26の1行目で変なミスをしてしまったので訂正を
人類が12進法→人類が10進法
>>27上記のように訂正して読んでもらえれば誤解は解けるのかと
>>28西洋でも元々虹は5色だったしニュートンも初めは5色だと主張していた
ところがミュージカルを鑑賞中に7音音階に準じて7色とすれば数学的に美しくなると思いつき
その後虹は7色だと主張するようになった
極端なとこだと虹の色は2色って認識されてるみたいだね
虹の色が5色か7色かで論争する五行の魔女と七色の魔法使いを幻視した
パチュリーもアリスも諸兄スレとはあまり縁がなさそうだが
パチュリーが西洋人だけど東洋の魔法を使う魔女だったっけ?
の割に西洋的ないわゆる魔法を使ってたような
ああ言う視覚に訴える魔法の描写ってやっぱり映像技術の進歩と共に出てきたんだろうか
日本のは特撮の影響じゃないかと勝手に思ってるけどw
視覚的に分かりやすい「魔法」は一種の奇跡の表現として有効だと思うから
例えば金属粉を含ませた布を燃やして炎色反応を起こしたカラフルな炎を
「魔法」と言い張るぐらいのことはあったんじゃないかなぁ
実際にそういう事例が記録されてるかどうかはわからんけれども
パチュリーはインド系っぽくて魔法使いというよりは魔術師や占い師の印象が有るなあ
占いと言えば今年も御柱祭の時期がやって来ました 諏訪のじゃ無いけど
こっちではかなり陰陽道な祭 牛頭天王系列で吉備真備と繋がりが有るらしいが今ではよく分からない
牛頭天王を祀る総本山だと主張しているけど八坂神社は認めてないし
御柱祭は御田植祭、祈穀祭と並んで広峰神社三大祭りの一つです。
御柱祭は、「一陽来福を祝し、陽気発達を祈り、運勢と幸福を祈る祭」として伝えられています。
当日の早朝、社殿の前に高さ5mの柱を建て、その頂上に方位を表す十二支の割木を巻き付け、
御幣と赤色のもみの布と円形にした3本の白扇を立てて、大神様の降臨を祈ります。
そして夕方の「本殿祭」の後、この御柱の根元に火を放ち、御柱を倒す「御柱焚き上げ神事」が斎行されます。
この神事で柱の倒れた方角が、来年の節分以降の方忌みの方角とされるのです
11月の15日ですか、盛況だと良いですね
ところで方忌みが恵方と重なった場合はどうなのでしょう?
暗剣殺・五黄殺のように歳徳神でも制せない例外なのか、
会吉制化(善神は凶を制圧する)の原則が適用されるのか
ちょっと興味があります
都会の真ん中でも「お祭り」はなお生きています
今日は朝から、ささやかな町内会のお祭りでした
近所の公園に出店が並び、中学生や小学生のブラスバンドやマーチが鳴り響き
(今の中学生って……みんな立派な楽器持ってるのね…学校の備品?)
被災地から避難されている方たちも招いて、東北の産物の直売も行われました
(ネギはあっと言う間に売り切れました)
高層ビルや巨大マンションに囲まれた公園と、隣接する神社が今日は賑わいました
(今回は神社のお祭りではないのですが、お参りする人もちらほら)
「産土の地に根付く」事が難しい地域社会が薄れた今の時代でも、
人は祭りを楽しむようです
少し前からやたら震災の話題だしたがってる奴って同一人物なの?
>>33ファンタジー系作品の魔法はアリストテレスの四元素(火・水・地・風)に基づくものが多いけど
パチュリーの魔法は東洋の五行に日月の2天体を加えたものなので
魔道書の中身は東洋思想がベースになっているのかと思っている
「政治的な意図」の意味が分からない人間がここに一人
いずれにしろ市民だって政治家だって安全だって思ってたけど実際はアンコントローラブルだった、ってだけじゃん
「ただちに健康に影響はない」というどっち側からも引用される言葉も、それが正しいにしろ間違ってるにしろ
事故が起きた、処理にかかるコストは絶大だという事実をひっくり返す力はないし、ついでに言えば原発のおかげで
潤ってる部分は多大だという事実についても然り
政治家だけじゃなく市民の責任でもあり、だからこそ市民による決断が可能な領域にある出来事だと思うがね
>>39パチュリーは日月火水木金土だから、陰陽五行というよりはインド系だろうね
魔術書の中身は、案外カードキャプターみたいに東西折衷かも知れんぞ?
東洋がベースにはあるだろうけど
>>37しっ、見ちゃいけません
まあまだ一年も経ってない出来事なんだ、タイムリータイムリー
昔の事も良いけど今状況が変化している所も知りたいしね。
俺は政治とか地域より震災歌集とか出てる方が気になるが
原発の事をカグツチとか言って詠んだりしてたり
一年も経ってないのにそういうネタっぽく使うのもどうかと思うけど
>>41インド思想については知識皆無なので盲点だった
ネットを探索すると七曜とインド宿曜術の関係を匂わせる記述もあるし
パチュリーの魔法はインド系ベースなんだろうな(アグニシャインなど)
ついでながらニュートンと虹の七色の関係から
グリモワールオブアリスはプリンシピアを参考にして書かれたという珍説も
幻想郷の面々にとってはニュートン力学も魔術と大差ない認識だろうし
ぱっちゅさんも折角東洋に来たんだからって東洋魔術の研究をメインにやってるんじゃないかな。
西洋じゃあ特に江戸時代以前の日本の文献なんてほぼ入手不可な気がするし。
きっとアメリカ中央部の幻想郷に行ったらグレートスピリッツ魔法とかトーテム魔法とか使い出すんだろう。
パチュリーまだ百歳なんだっけ。幻想郷が隔離された頃には生まれてすらいないのか
案外、西洋魔術にちょっと飽きてきて東洋の方面にも手を出してるとかだと人間臭くっていいなあ
生まれて100年ぐらいじゃなかったっけ
人間じゃ長生きだけど幻想郷ではひよっ子な方か
>>43既に調べられたとは思うが、この辺りは占星術の歴史と重なるんで、そこも含めると大体こう
■メソポタミアで占星術が誕生し、アレクサンダー遠征でギリシア・中東付近に広まる
├10世紀頃にヨーロッパへ逆輸入される(西洋魔術の起源)
│└16世紀頃に錬金術などで大成する
└インドにも伝わって、独自の方向性で占星術が発展(東洋魔術の起源)
└三蔵法師が宿曜経として中国に持ち込み、空海が日本にもたらす
挙げられている西洋魔術の所謂四大(地水火風)は、東西占星術の初期思想の1つでもある
四大は古代ギリシアで提唱され、時期はアレクサンダー遠征より古い(ここらで占星術に混入)
そして現在西洋占星術では各属性をエレメントという名前で、12の星座すべてに割り振っている
つまり宿曜道と西洋魔術は従兄弟みたいな物なんで、東西折衷に学んでも変じゃない思ったんだ
むしろ本質を学ぼうとすれば近付くはずなんで、パチュリーなら進んで混ぜるかなと
因みに魔理沙はパチェの対になってんだよね
西洋の東洋魔術師(パチェ)と東方の西洋魔術師(魔理沙)
確かに魔理沙のスキルは西洋っぽさが溢れてるが、八卦炉が微妙に…。
生まれて百年であのでかい図書館の蔵書を集められるとは到底思えんので誰かから引き継いだ図書館なんだろうな
占星術とアレクサンダー大王との縁もあるらしいし、アレクサンドリア図書館と何か関係があると面白い
魔法とか錬金術とかよくわかんないけど、八卦炉って直球の東洋魔術(?)じゃね
>>51八卦炉は東洋の物(道教・易経)だから、「微妙に…」と言いよどんでるんじゃなかろうか
魔理沙はホウキを使う古代ヨーロッパのドルイド系魔女(一般にイメージする「魔女」)だが、
鍋に入れてぐつぐつするのを「練丹」(中国の神仙思想)と言っているあたりこっちも東西折衷
本来は、仙丹を作るための巨大な炉なんだけどな>八卦炉
そう考えると神霊組が狙ってもおかしくないと思うんだが
>>37-38は?
政治的意図なんてウチの町会にありませんよw おおげさな……
たまたま近くに避難している海辺の都市からの小学生が、
地元小学校と交流もあったため、呼んだとか
土地柄、都心臨海部でもっとも遅くまで漁業をやっていた事も理由だそうです
同じ元漁師町(あちらは現役かも、良く知りませんが)ですしね
元漁師さんだった町会のご老人に拠れば、今の公園が船だまりの跡で、
主な海産物は末期には養殖ノリ、アサリ、スズキやボラやハゼなど
江戸時代ごろにはエビや岩ガキ、キスやカレイやウナギなども穫っていたそうです
…今の水質見ると信じられないのですがw
昭和の30年頃の地誌や写真を見ると、もうビックリ
聖地探訪も面白いけれど、地元の古地図や故事を調べてもけっこう楽しめます
>>41やはり触っちゃダメな感じでしたねスイマセン
>>41七曜の起源はインドじゃなく中東だぞ
バビロニア→ユダヤ→ギリシャエジプト→ローマ→インドぐらいの順
その上インドでは羅睺計都を加えた九曜で運用する
パチェの生まれた100年前あたりは近代魔術結社が花盛りで、大体の所で
ユダヤのカバラとエジプトの魔術を土台にしてたのでその辺の影響だと思う
ふと思ったが、月の神たるよっちゃんが太陽神の力、よく借りること出来たよなぁ……だってアルテミスがアポロンの力借りるようなもんだし、よく対価がなかったもんだ
あと何故にアラハバキ出さなかったし
東方で月が穢れのない世界なのは
月=黄泉(穢れに満ちた世界)という国学の世界観と関係あるんだかないんだか
真逆すぎて分からない。
月には不老不死の世界があるなんて考え方もあるようだからそっちじゃね
月読命が変若水持ってると言われるのもそれに関連してる
メタい考え方をするなら、まず、地上が穢れているというところがスタート地点で、
それから逃れられている場所というイメージの候補に月があったのかなと思ってみたり…
竹取物語の
>いざ、かぐや姫。穢きところにいかでか久しくおはせん。
だろう清浄な月と穢れた地上って関係の元ネタは
>>57七に二つ足して九といえば九星術も(三碧木星とか五黄土星のあれ)
白・黒・碧・緑・黄・赤・紫の7色に白を二つ足して九にしてるな
魔方陣(後天定位盤)に当てはめるために一白と六白と八白がある
九星気学は初期配置が魔法陣(各縦3マスの和=各横3マスの和=各斜め3マスの和)になってるのが面白い
が、一年ごとに配置をずらしていくので、9年おきにしか魔法陣にならないという
・初年度 ・二年目…
492 381
357 246
816 795
盤面は9通りしかなく、中央宮が1ずつ減るように進行するので覚えやすいっちゃあ覚えやすい
月は死の世界、無の世界って捉え方も多々あるよな
ただケガレって仏教の思想でそれ以前は怪我のことだったはず、月人のケガレの基準があれだったら、イザナギやイザナミとかの上位神ですらケガレになるし……ゼウス?あぁ、あれはなぁ
ケガレの起源については学界でも諸説あって
「よくわからん」てのが現状だったような
全然違う話だけれど、
「茄子色の」「唐傘」ってちゃんと作れるものなんだろうか
ビニールやなんかの近代的な素材で唐傘めいたものを作るんじゃなく、
実用的な、かつ伝統的なやり方でやろうとした場合、
雨を防げる茄子色の(正しい)唐傘は実際作れるのかどうか
染色や伝統技術・工芸的な話になってくるのでここかなと思ったが、スレ違いかな
唐傘の傘布は和紙に油塗ってるだけだから、染料をけちらなければ
どんな色にでも染められるよ
ちなみに江戸時代のブランド傘は青山製だったらしい
当時の港区青山は武家屋敷が沢山あったんだけど
生真面目な下級武士が内職で堅牢な傘を作っていたからだそうな
茄子色について、茄子紺という色の場合、こっちはむしろ江戸時代にはなく、
明治以降のものっぽい事が手元のちっこい日本の伝統色の本に載ってるな…
紫色なら紫根があるからいいとして…
でも貴重で高貴な色だし庶民が差すのってどうだったんだろ
2週間ぶりのネットだから前スレへレスする今日このごろ
前スレ
>>967特に民俗学ではそっちも重要な気がする
伝承ひとつをとるにしても、それを成り立たせた風土がある
この学問、口頭で伝えられてきたものを扱うことが多いわけで
見る人の主観・育ってきた文化に大きく影響されてしまう文献資料ばかりに目を向けてしまうと
視点のズレが大きく生じてしまうんじゃないか
みたいなことを知り合いの行者と話してて思わされたのですよ
修験道の関係はどうも研究者と行者で見てるものが違う
「宮家さんはある程度、信用できる」らしいんですが、それでも納得できないとこも多いそうでw
民俗学の柳田國男が設定したハレとケの概念にケガレという文化要素介入させた考えからは問題がある気がしないでもない
民間信仰の構造的理解を求めたところから出発してるから一概にいえることじゃないが、まあ分りやすいし
谷川士清が『倭訓栞』に示した「ケガレは気枯れ、あるいは気の状態が離れるという気離れか?」って説明が一般的(?)なのかね
「ケガレ」が気が枯れている状態だとすると、「ケガレが移る」という現象がいまいちピンと来なくなる
物理的に汚物が付着しているような状態を精神的・社会的に敷衍した概念とするのならこの辺が分かりやすいのだけど
気が枯れている人に触れると、気を吸い取られるようなイメージ?
でも、そうすると吸い取った人はケガレていない状態になるはずだし……
ハレ、ケ、ケガレの循環構造を考えるとなんら不思議ではないな
そもそもケガレには多義性があるしね
鬱病が周りに伝染してくようなもんかね>ケガレがうつる
個人的なイメージだがケガレってのは生気を侵蝕する何かって感じがするな
なるほど、平安時代に男が通ってこなくなることを女視点で
「ヨガレ(夜離れ)」とか言ったらしいけど、
同じような感じで「ケガレ(気離れ)」と称する、って考え方なのか
気=運気と考えると「ケガレがうつる」はわかりやすいのかな
「幸運が離れていってしまう状態」をうつされるってことで
桃太郎電鉄で貧乏神うつされるみたいな(ただし元の方にも貧乏神が残る)イメージ
穢れ、という字ではないのだけれど、枯れるにせよ離れるにせよ、要は無いという状態を基準にイメージすると
何となく、汚れる…ヨゴれるとケガれるが一つの字でまとまってるのが、自分にはどことなく違和感を覚えたりするんだよな。
無いって言うよりは状態なんじゃないかな
ケガレを祓うとかも状態を良くすることだと思うしね
でも汚いって意味のケガレも、殆ど同時に広まってると思うよ
古事記とかのケガレからはもう汚いって意味にも取れそうだし
あくまで源流を考えるとみたいな
穢は禊で祓える物という認識が強くて、むしろ「気枯れ」の方がイメージし難い
と言うか、神道の「穢」と民俗学の「気枯れ」を同一視しない方が良いんじゃないだろうか
とも思う
民俗学でさかのぼれるのも有史がいいとこって気がするけど
北方になっちゃうからか
…等という戯れ言はさておき来年辺りポロッと登場したりして
色んな意味で面倒臭すぎるからってのはブラックなジョークですか
もっと使いたい題材がたくさんあったってだけじゃないですかね単純に
そもそも妖怪じゃないうえに幻想入りするには微妙にまだ現役じゃね
そういや神主、本当は昭和天皇を出したかったって言ってたな
今上天皇もご高齢で、病状が心配だしな
不謹慎な話だが、元号が次に移れば昭和天皇も二代前の在位君となってしまう
二昔前ともなれば、幻想入りもあながち冗談でなくなってくるかもな
昭和帝が出てきたら一緒に出てきそうなのは誰だろう
某忠狂首相とかかな?
>>86顔にすんごい入れ墨入れた娘が出てきたら俺泣いちゃうよ
>>93マミゾウさんのかわりに北一輝(佐渡出身)が連れてこられる展開はどうだろう
民俗の裏
「ショッカーの持つ境界性」
鬼と共同体の民俗史
民俗の裏
仮面ライダーの漫画原作版じゃ
ショッカーのスポンサーは日本政府だったんだけどな
まあ確かに
ショッカーの改造人間は河童や天狗と同じような
人間と異界の住人の中間的な存在として描かれてるし
漫画原作版の本郷猛は顔に改造手術の傷跡が出るのは聖痕だとか
民俗学的なアプローチの余地は結構あるんだが
何が怖いって普通の人間を「攫って」「鬼に変えてしまう」とこなんだよな
ショッカーは共同体の外側に居る超自然的なもので、だから警察や軍隊にはどうしようもない
退治できるのは同じく境界を跨いだヒーロー(英雄/行者)だけ
俺たちが感じていたのは「鬼」に対する恐怖と根源的には同じものじゃないか、みたいな
それで最終回に「大首領」が倒されると(設定状は何の解決もしてないのに)なぜか安心してしまう
何が言いたいかというとショッカーってラスボスの原型としてかなり優秀だよな
昭和天皇が幻想入り……沿道に人妖たちが「天皇陛下マンセー」と叫びながら日の丸ふる姿が
昭和天皇のエピソードは面白いのばかりだし、諸外国でも有名だし、大体皇族が幻想入りなんかまずねぇよ、現実的に考えて、まぁよっちゃんと出会って語り合う展開ぐらいはちょっと期待したいが
ただ迂闊に天皇だして霊夢にぼこられたりしたら、神主の安否リアルで不味いことになりそうだが
>>92近年の北方は水滸伝とかやっとるわけだが
アウトロー気取りから古典の侠の世界に関心が行くのはよくある話
実際、近代以前の渡世人とか幻想入りしててもおかしくない
とはいえ閉じた集落じゃ股旅的なイメージは難しい
でも町のはずれには鉄火場があって博徒がいたり
テキヤがいて外の世界では消えた口上の物売りとかしてそう
>>101月の民の地上の民へしてきた事とか地上観とか、
うっかり話題に出ると洒落にならなくなりそうだがな。
怪物って、地域を問わず感染性の高い種がやたら多いような
吸血鬼とかキョンシーとかライカンスロープとか、殺されたり傷付けられると
同族に変化させられるという
狼男の感染は後付けみたいだけど
>>96むしろ東方最長日で
4ボスが米内で5ボスが阿南
Exは小園
>>104ヨーロッパは感染症で苦しんだ歴史があるからなぁ
コレラにペストに破傷風に色々と
これらが伝染していくのはそりゃあ怖かったろうから、怪物のイメージに組み込まれていったのかな
ヤクザな桃園トリオがイイ感じの三国志とか
南北朝ものもいくつか書いてるな>北方謙三
>>105花映塚の60年前がちょうど1945年で花の異変と重なるな
前々回の花の異変を舞台とした幻想郷1945も誰かしら二次創作のネタにしていそうだけど
話凄く変わるし、変な質問だから無視しても構わない
旧約聖書にあるエデンの園に「知恵の樹」ってあるじゃん
アダムとイブに食べないようにって神は忠告してたけど
本当に喰われたくなかったら、撤去するなり方法他にあったよね
なんでそうしなかったのか理由ってあるの? それとも神の悪意?
それは世界の神話伝承にお約束の
「押すなよ 絶 対 に 押すなよ」というやつだなw
だいたいギリシア神話のパンドラの箱だって
わざわざ「開けてはいけない」って言って箱持たせるなよw
まあ結局、そう言って相手を試してたってオチだろう
どこの国でも神様は回りくどいのさ
日本でもイザナギが、イザナミに「見るなよ、絶対に見るなよ」と念を押されてきちんと見たしな
神話の中では、「~するな」と言われたことは、そう言われてしまった時点でやってしまうことが決定しちゃってるんだろう
逆説的だけども
浦島太郎こと水江浦嶋子の玉手箱も一緒だな
武内宿禰と同一であるとの説もあるようだが
>>111パンドラの箱ははじめから開けさせるつもりで渡したんじゃなかったっけ
こう言えば好奇心に駆られて開けると読んでの「開けるな」だったよーな
エデンの園のアレについては、蛇がイヴを誘惑するところまで全部神様の手の内だったというような話を聞いた記憶があるが、
当時、それならそれで、罪が子々孫々に受け継がれるという外道設定はどうにかならなかったのかと思ったものである…
全知全能ってのも使いにくい設定よね
神の行いならどんな理不尽なことでもなんとか正当化しなきゃいけないし
まあ自分が持ちあげられない石は作れないんですけどね
前に池上彰の番組で見た「原理主義の国アメリカ」みたいな特集を思い出すな
創世記にある天地創造の年代と恐竜の化石との整合性をあわせるために
原始人と恐竜が仲良く並んでるジオラマ作って博物館にしてんの
しかも連日大入り満員っていう
日本人なら百人が百人ともアホかって思うけど、やっぱり日本人だからそう思えるんだろうな
俺たちだって何が本当に正しいのかなんて一々考えないしな
つくづく思うんだが、欧米人に比べると日本人って(昔はともかく)よっぽど現実的だと思うの
>>118なんかを見ると、欧米人は現実の日常でファンタジーやってるからゲームはやたらリアルに作りたがる
逆に日本人は、現実の日常がリアルだからゲーム含む二次元ではファンタジーに偏りがちなんじゃないかと
諸兄なら教えてくれると信じておいらも質問。
狸を代表する数字は「丸八徳利」とか「狐七化け、狸八化け」とか
「狸の金玉八畳敷き」とかで「8」だと思うのだが、
マミゾウさんが「十変化」だの「十番勝負」だの言っているのは何故なんだ?
太子の「10」に対抗しての事だとしても、考えられるのは
「命蓮寺10人目のメンバー(小傘含む)」位しかないのだが。
>>118話はずれるが人類が化石の年代を正確に特定できるようになったのは
放射性同位体の分析技術が進んだ20世紀半ば以降だな
過去の時間軸を正確に測る術を持ったからこそ天地創造の神話を払拭できたのかもしれない
>>120身も蓋もないけど、サブタイトルがTen Desiresだからじゃね?
あと無理やりこじつけると、「一から十まで」と言うように10には「物事の終わり
という意味も含まれるから、ゲーム上は最後の敵であるEXボスにふさわしいから、とか
>>118-119この手のバカ話はアメリカ嘲笑ネタでよく使われるが
当然ながら進化論を認めているアメリカ人もたくさんいる
世界地図見てから考えて欲しいんだけど
アメリカは東海岸と西海岸の沿岸都市は海外の情報も入ってくるし
文化的な価値観も先進的な人間が多いのだが
内陸部とか平気で幻想郷のような陸の孤島がある
日本でも修学旅行以外生まれた県でほとんど過ごす人は多いが
北米のネブラスカやカンザスあたりじゃ一生涯海という物を見たことない奴が
当たり前にごろごろいる。何しろ内陸の一州のサイズが北海道よりずっとデカい
日本なら簡単に情報も文化的な価値観もすぐに全国規模で広まるが
アメリカじゃ19世紀に開拓民が根づいて以来価値観に変化無し
というアーミッシュ村みたいな地域も平然と成り立つわけだ
自由の国っていうけどアメリカって田舎の方はかなり閉鎖的らしいよね
外国のことをろくに知らない人も多いみたいだし
>>119ヨーロッパとアメリカじゃ考え方とか全然別もんだろ。
>>118みたいなことをするのはアメリカぐらいなんだから、一緒くたに考えないでほしい。
愛媛県民に「おまえんとこ、うどんばっか食ってんだろ?」っていうぐらい失礼。
ヨーロッパにもキリスト教原理主義右翼とかはたまーにいるけどな
アメリカの場合もともとヨーロッパを追い出された
千年王国信仰の清教徒が開拓したような面もあるし
歴史の浅い人口国家ゆえ逆説的に
原理主義が広まりやすかったという面はあるらしい
陸続きで隣接範囲に拮抗する文化圏もないしね
先住民はただ一方的に制服の対象だし
UMAやUFOネタはアメリカが一番多い気がするな
古い伝承が無い分、都市伝説が広まりやすいというか
ヨーロッパはまだ妖精さんが健在かな
>>127欧州はスイスあたりの山岳地帯が一番気になるわー
日本の場合、迫害された有史前の信仰はそっくり山へ移植された
魔女は果たしてどれくらい生き残ったのかーって
たぶんキリスト教に姿を変えて細々と生きてんじゃないかと思う
>>120身も蓋もないけど、EXのスペカの枚数は紅の頃から概ね10枚だからかと……
>>129パチュリーあたりが魔女狩りから逃れて…とか思ったけど彼女100歳程度だから
ちょっと時期が外れてるな
とは言えお嬢共々20世紀に入っても幻想郷入りもしてなかったんだから
それこそヨーロッパのどこか山中の隔絶された土地で色々やってたのかもしれない
イギリスじゃ最後に魔女狩り法が適用されたのが第二次大戦中(!)
…実際は、自称予言者の女がドイツ軍へのスパイ容疑を掛けられて
無理やり魔女狩り法でしょっ引いたという話らしいが
>>120若干元ネタスレ行きになる話だが、こんなところではないかなぁという話を一席
まずマミゾウさんのスペルカード(OVERDRIVE除く)を分類するとこうなる
・狸(化ける)由来. 8枚(下以外の全て)
・出身地(佐渡)由来 1枚(野生の離島)
・その他 1枚(鳥獣戯画)
野生の離島は「佐渡出身」という設定を活かす話だからいいとしても、鳥獣戯画が「浮いて」いる
設定に深く絡む話ではないし、また鳥獣戯画に狸(*1)は登場しない
(*1) 狸は昭和期に輸入されたのが野生化した動物で、「マミ」としての狸はいたが山猫やら狢やら、山に住む小型有毛哺乳類を統括的に指す語
さて東方神霊廟という作品は、聖徳太子でなく鳥獣戯画が発想の起点なのではないだろうかと
・鳥 → コノハズク → 聖徳太子
・獣 → 「じゅう」という音 → 十
と発想を展開していったとか
ところで東北には蝦夷、近畿南部には隼人、九州には熊襲という辺境民族がいた
陸海空の動物が宛われていて、それをヤマトが支配したという話があるが(*2)、鳥獣戯画はまさにカエル(両生類)・鳥(鳥類)・犬(肉食哺乳類)の全てを備えている
言い換えれば、マミゾウさんは古代日本における地方豪族を象徴していると考えることもできるな
(ごった煮にされた存在のマミゾウさんだが、同じく訳の分からないぬえに連れられてきたのもまたいとおかし)
(*2) ttp://ghibli-fc.net/rabo/monoke_yo/yomitoku07.html
当然の事ながら聖徳太子は中央の人間で、マミゾウさんは異界・辺境の人間
この対立構造は東方風神録と似ていることから、天津神VS国津神という古代史バトルを再開した、「続・東方風神録」とも言える
続編と言ったことにも勿論根拠はあって、風神録では諏訪、神霊廟では佐渡と、明確な地名を提示してきてる
ここで聡明な諸兄や不比等には気付かれただろうが、これは建御名方の敗走ルート(*3)を逆行している
歴史的ifによるある手法が「過去の選択肢に遡り、それを改纂する」だが、地方豪族は風神録(諏訪)、神霊廟(越州)と二連敗だ
となれば「続々・東方風神録」に相当する話が、能登という地名を持ち出して再燃するに違いないぜ
(*3) 建御名方は建御雷に追われて、出雲・能登・越州・諏訪と敗走している
……まぁ実際はこうかも知れんがなw
「あんまり細かい事まで考えていませんよ。そんなことよりビール飲みませんか?ンフフ」
19世紀末とかオカルトブームを隠れ蓑に色々おおっぴらに活動できそうだよね
それにしても何故日本で狸は化かす生き物扱いされるようになったんだろうか
狐なら世界的にそういう扱いなんだけど
昔は狸も信仰の対象だったんだっけ?
柳田國男じゃないけど、やっぱりそういった信仰が零落して化かすとかそんな話に変わっていったのかな
擬死に由来する、ってのが一番わかりやすい説明だとは思うな
狸寝入りを英語にするとfox sleepになるしたぬたぬとキツキツは似てるんだろう
というか狐が化かす生き物扱いって世界的と言えるほど広まってるっけ?
それこそ正体不明っぽいからじゃね?
実際、薄暗い山林なんかでは大きさや形状でアナグマ、ハクビシン、テン等とぱっと見で区別が付きにくい。
タヌキだと思い込んで仕留めたら別の動物だったりとか、
世間一般に言う狸寝入りなんかの話が積み重なってそんな扱いになったんじゃなかろうか?
あと、どーでもいいがマミゾウさん。その尻尾はアライグマだw
「マミゾウさん。さあ、佐渡へお帰り……(帰らないフラグ)」
狐はヨーロッパでもずるい動物の代表みたいな感じだし、
アジア圏とヨーロッパをカヴァーしてたらまあ世界的と言っていいんじゃないだろうか。
アフリカやアメリカには狐っているのかね。
伝承に出てくる狸はどうやら今日の生物学的なタヌキとは別の生物らしい。実際には穴熊か何かとか。
現在でも狸と狢(場合によっては狐も)は土地によってそれが示す生物が入れ違ってて大変にややこしい。
あそこらへんは「狸」「狢」「貉」「狼」「山犬」といった想像上の生物像が先にあって、
それを実在の動物にあてはめていったんじゃないかとも思う。
>>135大陸だと山猫が狐と並んで人を化かすポジションだったけど
日本には山猫がいないので似たようなニッチにいるタヌキが代役に振られたとかなんとか
ちなみに「狸」という漢字は日本だとタヌキだが、大陸では山猫を指す文字だって京極が言ってた
日本に入ってきた時も最初は明確にタヌキを狸と言ってたわけじゃないようだな
狸が昭和時代の外来種という学説は主流の説なの?
気になってネット見てきたが、そういう記載をあまり見ない
>>139サハラには砂漠に適応した小柄で耳の大きい狐がいたような(ロンメルじゃないよ)
「山岳とか内陸部で孤立」で思い出したが、とある作家のエッセイで
取材中に出会ったある軍人さんに出身地を尋ねたら「スパルタです」
ああギリシャですね、というと「いやスパルタです」
他の軟弱ギリシャ人と違って我らの祖先は山岳部に立てこもって
ローマを相手に戦い抜き、独立と血筋を守り抜いたのです、と本音だか
冗談だかわからん口調と表情で語ってくれたそうな
>>142あぁ、ごめん。こちらでも調べ直してきたら、個体としての狸は有史以前から日本にもいたようだ
ttp://web.archive.org/web/20040916223657/ht◆tp://tanuki-c.hp.infoseek.co.jp/newpage.htm
ただ江戸以前の「狸(マミ)」が、タヌキのみを指している訳でないというのは
>>139も言っている通りで
こっちは確認済み(こっちは恐らく調べれば調べるほど類証が出たはず)
>>143フェネックだったっけか
狐耳元帥は召喚しなくていいからw
裏
チハやチヌが幻想入り…ナイナイ
裏の裏
興味本位で「ロンメル 狐 耳」でググったら女体ケモミミ化イラストが大量にHitしてワラタ
裏の裏の裏
宮沢賢治の、注文の多い料理店で山猫がだまくらかすのもマミが元になってるってことなのかな
と、地球ノート聞きながらおもた
>>148佐渡(越後)は、
>>133で挙げたところで言うと蝦夷エリアに入る
カエル → 両生類 → 蝦夷(水棲動物)だから何も問題はない
蛙はすなわちかわず=川べりにいて泣いているかわずの民という
朝廷にまつろわぬ民の暗喩とか 川べりは製鉄民の領土で
そういった人々は常に境界の向こう側の人々だったからね
安倍晴明にも「かわずを殺してみよ」と命令された話があるし
蛙狩神事も本来はもう少しシンプルなものだったかもね
まぁ諏訪のかわずと佐渡のかわづどちらも一筋縄ではいかなかったのだろうけど
ていうか、カエル美味しいし
諏訪子さまには悪いけれど……
昔の農家は食べてなかったのかなぁ
虫より食べごたえあるタンパク源だと思うのにそんな話を聞いたことがない
本土で薬としてなら有名なガマの油とか文献に残ってるね
「ウシガエルが食えるならトノサマガエルだって食えるだろう」
という短絡的思考で小学生の頃に料理(唐揚げ)にして食ってみたけど
食えないほど不味くはないがもっと食べたいと思うほど美味くもなかった覚えがある
>>155煮付けにしたら美味なんだろうか
サイズ小さいし甘露煮とかにしたら良いのかも
>>156身(肉)の部分が少ないからでしょう
肉が多ければ鶏肉みたいなんだけどなあ
しかしそれをいえば身(肉)がほとんどなくて殻ばっかりの海老みたいな
いなごだって佃煮にされて喰われている
本当に山間部の食い物がない土地じゃ何でも喰うんだな
>>153日常的に食おうという発想がなかったんじゃね?
>>157お国は違えど同じ食糧事情の問題から悪魔の魚と呼ばれ忌み嫌われるタコを食うようになったとこもあるからな…げに恐ろしきは食への執念か
ナマコとかフグとか海産系は第一人者を問い詰めたくなるような物が多い
雷獣食ったとかもあるしな
日本はとりあえず何でも食べて見る人間が多いのか
お国柄ジョークの定番になってるからな
日本の海洋生物学者はまず食えるかどうかを確かめるって
日本 … 食べられるかどうか確かめる
中国 … 食べる
ロシア … 飲む
一度信濃の国の佃煮を食べてみたいなぁ…
山のほうでは貴重な蛋白源だとか。
田んぼでコイを育てて、佐久に出荷して小遣い稼ぎをしていたとか
あとウグイもな
つけば料理のウグイ、かなりの割合で梓川水系のものが…
>>159そんなこと言ったら昭和天皇なんか……アメフラシを食ったらしいぞ
日本や中国の生物学はその根底に本草学があるから食と結びつきやすいのでは、と思う
本草学というのは、要するに薬となりうる天然素材を探して薬効や毒性を調べるところから始まった学問だが、
東洋においては医食同源というように食事と医術は密接に結びついていたから、時に食事そのものが
薬となる場合も多かった(「薬膳」という言葉がこれを表してる)し、中国で本草学の祖とされる神農は
「あらゆる植物を食べてみて薬であるか毒であるかを確かめた」と伝承されてもいる
西洋医学の知識が入ってくる以前、薬とはだいたい原料を煎じて飲むものだったし、
その過程で薬(とその原料となる動植物)の味についても研究し始める者がいたんじゃなかろうかと
>>163殻が多めの川海老風としか言いようないですねえ
海老と違うのは脚の本数が少ないけど脚が大きいこと
サザムシは喰ったことないけど
佃煮とかじゃなくてもっとあっさりとした塩ゆでとかの方が
うまいのではないだろうかという気がしてる
大昔の中国には薬草毒草を自分で喰って判断したキt…失敬、偉いヒトがいたらしいしな
神農のことだと思うが、ヒトっていうか妖怪か神様じゃね?
だって、クリスタルボーイみたいな体してるんだぜ
それが神農さまや
我が身を張って人体実験なんて、並みの志ではできないな
四本足なら机以外は何でも食べるとかいう格言(?)みたいなのもあったよね
飛んでるものは飛行機以外
四足のものは机と椅子以外
だったかな
中国人外科医に肝臓移植をさせてはいけない
レバーを中華鍋に放り込んで、炒めてしまう
食に対する彼らの飽くなき欲求は…………だめだこりゃ
中国の食への冒険心は日本は及ばないが海産物に関しては別だな
「山海経」に出てくる怪生物も結構な割合で「食べると云々」書いてあるな
高度経済成長期、毎週のように発生してた怪獣のバラバラ死体は
実は全部食用肉として利用されていて、学校給食でも大人気メニューだったウサ
ときどき猛毒や強酸を持つ怪獣がいるが、なんてことはない。
大抵のモノは水でさらせば毒は抜けらぁ。
でも茸だけは勘弁な。
遠野に毒キノコをそうやって食べて死んだ人たちがいたなぁ…
ところが信州ではベニテングタケまで食べていたというから侮れない
こっちは水さらしでなくて、一冬の塩漬け&食用は一日一本までだがな
毎年素人判断で手を出して死ぬ人いるよね、キノコ
あいつらのタチが悪いところは毒素が旨味成分なところなんだよなあ
ムスカリン、イボテン酸、ムシモール
どれもアミノ酸、つまり第五の味覚となる旨味だもんな
うまく毒性さえ抜ければ、最高に美味な食材になるはずなんだがなぁ
初期のアメリカ開拓民がジャガイモを欧州に持ち帰ったら
皮を剥いた後の外見が似てるんでリンゴと同じような物と思って食べたら
芽の部分の毒に当たる奴が続出したとかいう話が
>皮を剥いた後の外見が似てるんでリンゴと同じような物と思って食べたら
あいつら、土から掘り出した事実をすっかり忘れてたのかと…
というかキノコの毒って意味がわからんのだよなあ
普通毒を持つ生物ってのは「俺を食ったら死ぬぞ」と脅して天敵から逃れるために身に着けた関係で速効性なのに
あいつらは遅効性が多いから警告になってないしそれどころか旨み成分にもなってるせいでますます採られやすくしてるし
あれか、「俺を食うのか…いいだろう、だが貴様も道連れだ!」というヒロイックな自分に酔ってる厨二生物とかなのかw
胞子撒き散らしたりしてくれたら儲けモノ、という進化かもしれない
即効性でなくても、食った奴の子孫たちが毒持ちだって覚える…ってことじゃないの
そんなことを聞いた気がする
意図しての進化だとしたら、組織的と言うか知能が高すぎると言うか
結果的にそういう種が残ったって事かもしれないけど
そういう方向で進化をした…というよりは、何らかのデメリットにより
その毒を持つタイプが淘汰されなかった、というような
ある意味で消極的な流れなんじゃないかという気もしたり。
ジャガイモは最初は芋ではなく、葉っぱを食っていたそうだ
まあ、毒なんだがw
>>175あれ、美味しそうじゃないか
バルタン星人とかも是非、食ってみたい
長野県のリンゴ試験場では、害虫駆除を兼ねて「セミの天婦羅の缶詰」を、
販売していたそうだが、なぜか7年目にセミがとれなくなり、終ったそうだ
赤坂あたりの高級料亭で政治家連中に評判だったらしいが
ツインテールの主成分はたんぱく質。燃やすと独特のこおばしい香りがする事で知られているな。
>>189そういうことです
現在で言う耐性菌なんかも同様の理屈
>>190セミは7年土の中にいて、7日だけ地上に出て交尾して一生を終える。
つまり次の世代を残す暇を与えずにセミを狩ってしまったから
地中に蓄えられた最後の世代のセミが出てきて終了。
ローマだっけか
毒の対抗策に銀の食器使ってたのは
妖怪に銀が効くって設定はこのあたりから生まれたんだろうか
ペスト対策に酢を使い始めたのはなにがきっかけだったか
>>194銀が反応する毒物はヒ素だけでヒ素の発見は13世紀
なのでローマの時代は普通にただの贅沢で使ってただけ
そういや銀の殺菌効果って食器にもあるの?
昔の人が銀イオンなんて知ってるとは思えないし…
>>198イオンの存在や細菌の存在を知らない中世以前の人々でも
生活の知恵として防腐作用のあるものを利用していたはず(塩や酢など)
ローマ人が銀の殺菌効果を経験的に知っているかどうかは
即答できないので諸兄の答え待ちになるが
裏
諸兄が民俗スレのマスコットになったきっかけが
数スレ前の防腐剤から塩の神の話題が出ていたあたり
裏
病気や毒の説明としての菌や元素の発見が最近だっただけで、
その対策は経験則として、紀元前からとられている。銀食器然り酢漬け塩漬け然り。
・・・のは分かるんだが、最初に傷口に焼酎をかけた奴は一体なにを考えてたんだろう。
めちゃくちゃ痛いよなあれ。
ttp://www.houseki.jp/basic/silver.html
一方東洋でも銀は食器類として使われているようだ
純銀の箸(記事内リンク参照)、高っけぇ・・・
珍重品であるうちに、経験的に防腐・抗菌作用があると気付いてきたに一票
裏
諸兄もこのスレに住み着いて長いよな
橘氏長者も、まさかこんなことになろうとは思わなかっただろうにw
裏
>>201傷口に尿をかけることを最初に思いついたのが誰なのかも気になったり
尿は腎臓でろ過されて無菌なので消毒液として使うのは理にはかなっているのだが
衛生的な都市生活を営む現代日本人だからわからないだけで
中世以前や野外生活で負傷して何もしないってのはそれこそ死活問題だったんじゃないのか
栄養状態だって万全とは限らないし、厚い寒いに晒されれば抵抗力も落ちる
アラブの砂漠の商人とかは怪我したらどう手当てしてたのかな
裏
>>200諸兄(しょけい)を俺含む数人が諸兄(もろえ)と誤読したのが切っ掛けだったっけ、懐かしい
裏
俺は二人称の複数形だと思っていたんだがこのスレ見てると何か
別の意味がありそうで怖い
これ?
ttp://wikiwiki.jp/th-kousatu/?plugin=ref&page=FrontPage&src=remy10589_0.jpg
>>209それは
>>1に貼ってあるでしょ…あるよね?
紅白白黒諸兄画像のことだと思ったのでクーリエろだに再うp
ttp://coolier-new.sytes.net:8080/th_up4/img/th4_4812.jpg
とりあえず見つかったのを。これとあともう1個あったはずなんだよ
ttp://momijitocirno.sakura.ne.jp/remilia/uploader2/src/remy12663.jpg
>>211いつ見ても吹くww
あぁ、思えばこれが諸兄祭り(祀り?)の始まりだったな・・・w
そういえば諸兄さんと並ぶ民俗スレのアイドル・不比等さんはまだ画像ないのか
不比等は前スレの冒頭、今スレの冒頭にある、未加工のものがあるだけだね
>>160-162シーラカンスを食った科学者がいたはずだが、確かそれが日本人だったような
そして何故シーラカンスが「生きた化石」として今日まで生き残ったのか、という
疑問に対する答えの一つとして「まずかったから」という答えを得たそうだw
>>217いや、不味いというのは生存競争を勝ち残るために案外重要な要素かもしれん
人間以外の動物にも味覚はもちろん存在してるわけだから、
捕食者が「不味い」と感じた動物は狩る対象としての優先順位が低くなって
結果として多数の個体が生き残る確率が高まったりとか
まあ想像に過ぎないし実際のところはわからんけどね
>>217昭和天皇がシーラカンスの解剖に立ち会ったときに、食べようとして止められた。という逸話があるそうな。
>>174亀だけど、太歳すら食べれる、というか食べると不老不死になれるとか言われてたそうな。
「これ太歳じゃね?」って言われたのを食べた人がいるそうだが、その正体は実は巨大な粘菌で当然不老不死にはならなかったとか。(当然だけど)
でも土の中から出てきた肉っぽいものとか、普通食べる気がしないんだが。
中国人すげぇ
美鈴も太歳星君を見つけたら、食べるんだろうか?
美鈴
「今日イイ御天気様アルネ! 御稲荷様アルネ!
太歳星君、美味しいアルヨ!
ワタシこれ御屋敷、持て帰るアル!
グーニャン萬歳三唱アル! ありがとアルヨ!」
全てのサメがそうかは知らない、
たぶんプランクトン食うようなのは除いて肉食性のものだけだろうが、
サメはとりあえず目の前に何か見つければ、
魚だろうと怪我した仲間だろうと岩だろうとなんでも食いつくそうだ
そういう輩は味なんてたぶん気にしないのかもしれない
長野では麦土あるいは天狗の麦飯と称する粘菌類の塊を食べるそうだが
諦めよう、県民の悪食はもう手の施しようがない
ザザムシ?蜂の子?
あれらは普通の食べ物です
その天狗の麦飯から名前が取られた飯綱山ではもう天狗の麦飯は見られんそうだが
ウィキペさんには飯綱三郎天狗がこれを配って人々を救ったっていう伝説もあるけれど
元々保食神は祀っていたようだ
>>218「この入鹿には 不味さは武器にはならぬ!」
ttp://mainichi.jp/area/ishikawa/news/20111111ddlk17040613000c.html
イルカ:餌のおいしさ感じず DNA分析、石川県立大・海老原准教授が発見 /北陸 (毎日新聞 2011年11月11日 地方版)
>イルカはアジなど餌のうまみを感じられないことが石川県立大の海老原充准教授(分子生物学)の研究で分かった。
>イルカのDNAを陸上の哺乳類と比べた分析で、
>うまみに関する遺伝子の配列が変異して機能していないことを世界で初めて突き止めた。
>クジラも同様の変異が見られ、海老原准教授は
>「哺乳類が、塩分など海水の濃い味を感じて生きるのは苦しい。
> 環境に適応するため、進化の過程で味覚を感じる機能を失う必要があったのではないか」とみている。
>イルカは、舌に味覚を感じる器官がなかったり、成長後に失う種類があることが知られるが、味覚の実態はよく分かっていなかった。
>アジやサバなどが好物だが、ビニールなどを誤って飲み込むケースもあることから、見た目で好物を判断している可能性がある。
>海老原准教授は「うまみ以外の味覚も、感じていないのではないか」と考えている。
>今後、トドやアシカなどについても解析する予定。
>イルカを飼育している神戸市立須磨海浜水族園の鈴木優飼育員は
>「イカを与えると口から出して遊ぶなど、味より感触やのど越しを楽しんでいるように見える。
> また好物の魚も、切り身だと関心を示さないことがある。外見で食べ物を判断しているとしたら、うなずける」と話す。
>外見で食べ物を判断している
つまり精巧な魚の模型に針つければイルカのルアー釣りが可能とな
本当は味覚って「喰えるか喰えないか」判別の機能だって聞いてたが
酸っぱいとか苦いとか、本来マイナスな味覚まで楽しんでるのは人間くらいじゃなかろうか
ttp://www.asahi.com/science/update/1118/TKY201111180425.html
ところで話は変わるが諸兄。再実験でも光速を超えたらしいぞ。
ttp://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-24266920111121?feedType=RSS&feedName=worldNews
それに対して異論があるけどね
そもそも実験モデルに問題あるんじゃ?って言われてたので
光が幻想入りでいいじゃんよー
でも光でネタにできそうなのってなんだろう
CDの方かな
アインシュタインはもうどうしようもなく実在しちゃっているから聖徳太子みたいにはいかないんだろうなー
しかしホーキングのテーマ曲があるのが不思議でならない
神主は小ネタ挟むのが好きなので
ガラス越しに「やっぱり神様なんていなかったね」とか言わせそう
↑おい元ネタ調べて鬱になったぞどうしてくれる
,◎-‐◎
__,"_____≡ゝ,_
,i 〈ルイ''lル〉
ムiリ ゚ ヮ゚ノl〉 神はサイコロを振らない!
⊂「ンlヒ`'!〉」つミ
,く_ξ_,ォ'ゝ
`'ト_ハ_f" [・]
_r、...._
ノ*'´⌒ヽ
((ハ リノ ))
(ハ、゚- ゚ ハ)) 日本の神様は全知全能じゃないでしょうに
⊂(i+○+l ,)
, ´  ̄ ..ヾ)
~'t_ァ_ァ~'
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,◎‐◎、
_,.-'-‐‐‐‐-'、_
'ー( ( ノ (^)ノ))-'
ノ_ハi ´ -`ノゝ 調子こいてすいませんでした
/ニフつヽヽ
くノン 入⌒)`)
>>220そういや大陸では冬虫夏草なんてものも食べるわけで
そんなんよく喰う気になるなと思うところだが
医食同源の発想ゆえか
ほかにも一見悪食のようで薬膳と思われてるから
というものは少なくない気がする
こんにち諸兄
ゆかりん色に塗るといったな?アレは嘘だ
ttp://momijitocirno.sakura.ne.jp/remilia/uploader2/src/remy12704.jpg
そして諸兄待望の親子共演
ttp://momijitocirno.sakura.ne.jp/remilia/uploader2/src/remy12705.jpg
もこたんカラーで塗ったつもりがただの白髪爺になったでござる
鬼気迫る不比等だな…一目見て聖武天皇が卒倒するレベルw
諸兄様「これがおふくろの旦那で嫁の父親なんですよ…」
これはもう誰かが不比等のテーマとか不比等の弾幕とか作りだすレベル
裏
その時は諸兄も忘れずにな!
裏
>>238を見て、かっとなってやった。少しだけ反芻している。
ttp://momijitocirno.sakura.ne.jp/remilia/uploader2/src/remy12719.jpg
英字タイトルは13スレ目案の中から適当にチョイス。
ここはうっかり歴史に名前なんて残したら大変なことになるというのがよく分かるスレですね
技術の無駄遣いといえば、あの時代の仏教美術や寺院建築、仏像の凝り方
不比等にわずか10数年で放棄され、平城京へと遷都された藤原京とかは、
まさに壮大な無駄遣いでもあるよな、特にあの時代の生産力だと
おかげで様々な技芸の発達があり、職人集団とその工房施設が生まれたそうだけど、
彼らの処遇は一般に十分ではなかったとされ、特に徴発された農民たちは悲惨
事故や粗食による栄養失調で死ぬ者が少なくなかったと記録にある
竹取物語の車持のみこは、無報酬で蓬莱の枝のニセものを作らせていた職人たちに、
欺瞞を暴かれ破滅するのだが、たしか報酬は翁とかぐや姫が支払ったはず
もしかしたら不比等の度重なる造営工事や寺院づくりを皮肉っているのかね
>>247古代の京はこれにかぎらずポンポン変わる
天皇が大王だった時代には即位の度に行政府が別のとこに移転した
政治的な話もあるが、それよりもだんだんと水運海運を重視する時代になった事と、
国の規模が拡大してそれまでの場所じゃ広げても人口を支えられない事、
そして何よりも下水処理の脆弱さによって都市がすぐにうんこ臭くなった事がある
藤原京は下水処理的にはマシだった気がする。一応大和川と葛城川あるし
平城京は、なんであんなとこに造ったのかさっぱり分からん
なるほどね、水運の発達か、都が出来れば物流確保は大切だしな
当時はまだ京都の高瀬川みたいな運河は作れなかったみたいだ
大和川や木津川の水系を利用したのか
しかし下水処理とは盲点だったな、あの時代じゃ自然浄化しかないだろう
調べたら平城京にはいちおう下水暗きょがあったらしいが、
実質は大和川への垂れ流しだったろうな
内陸に都を築くのは防備の都合もあるんだろうが
大陸国家ゆえ内陸に都のある隋唐帝国を何も考えずに真似たのかも知れぬ
難波宮とか近江大津宮で正解だったのにな
特に後者は流通的にも水の確保的にもなかなかのスペックだったのに・・・
もう一つあげるとすると、あの時代中国の影響下から四神相応の風水概念が
日本に流入したために風水的により良い土地を求める風潮が極度に強まった
平城以降はそれを元にした都市計画が成されてるな
>>252大津宮はまあ、壬申の乱の敵地だからなあ
あと飛鳥VS大津な部分もあるので仕方がない
不比等の諱は琵琶湖を意味する淡海公なんだよね
藤原不比等は大津皇子の側、近江京側の人間だった
壬申の乱の敗者であるはずの不比等が、
乱の勝者、大海人皇子=天武天皇に取り立てられ、
大伴氏はじめ中央や地方の古代豪族を押しのけて、
大出世して辣腕を振るい、数々の業績を挙げられた
理由を調べてみても面白い
流れぶったぎっるがこのスレに参加する上で
参考文献をあげたり、まとめたりはしないのだろうか
参考文献上げる動きはあまりないね
理系の文献と違ってこの手のはそれほどデータベース化されてなさそうだし難しいのかも
流れぶったぎっるがこのスレに参加する上で
橘諸兄や不比等への愛を詠んだり、まとめたりはしないのだろうか
壬申の乱なら「壬申の乱」が中公新書、中公文庫「日本の歴史」2~4巻あたりか
そこから他の専門書や一般向けの書籍へと余裕あれば手を伸ばす
例えば小学館「日本の歴史」の3巻とか(2000円以上もする…)
藤原不比等に関しても朝日選書やNHKブックスなどから手頃な本が出ているし、
当然ながら前述の本にも登場する
安くて良質な文庫や新書、一般書の類や信用出来そうなサイトは挙げた方が良いのかも
>>257それはもう、
>>238>>245などの有志一同がすでに着々と…
案の定、妹紅スレにも転載されていたぞ
不比等が死んだ後は何気に小さな混乱が起こってるんだな
同じ時期に帝も亡くなっているし
そういや聖武天皇が都をあちこちに移転したのは、天武天皇のルートを辿ることで暗に「もう一度壬申の乱起こすぞゴルァ」と藤原仲麻呂を脅したのではないか、って説があったな。
歴史関係なら、
>>258さんの仰るようにまず中公の『日本の歴史』シリーズがいいだろうね。古い本だけど、あれ以上の通史は存在しない。
その次に読むなら、講談社の通史かな。中公の補足に使うのがいいと思う。
あとは、岩波日本通史を図書館で借りてきて、その巻頭にある概論を読むのもいいとおもう。論文だけど、大体の雰囲気つかむには一番。
基礎固めたいというなら、まず高校の教科書をじっくり読むというのもいいよ。あれほど纏められた本はないし。説が化石レベルだけど。
新書はぶっちゃけ、最近玉石混淆すぎるからなぁ。少し古めの岩波あたりから選ぶといいと思う。時代によっては、研究者が持論展開に論文じゃなくて新書使うところさえあるし。
私は歴史しかわからんので、その他の分野については任せた!
高校時代の参考書とか地図帳とか見返してみると結構面白いな
…なんでもっと真面目に授業受けなかったんだろう
中公版「日本の歴史」は文庫にもなってたはずだし一般向けで書かれてるからオススメ
意外とブクオフなんかで単行本版が安く売られてたりもする
民俗学ではどういうのがいいかなぁ
歴史と違って「とりあえずこれ読め」ってのが思い浮かばぬ
まあ各研究者の代表作を片っ端から読んでけば良いのだけれど、うーん……
東方の設定の日本って民俗や神話と関係ないが、帝都物語の影響受けているのかなぁ
昭和天皇を長生きさせて、死んでから東京放棄じゃイェフー、ついでに加藤も封印じゃゴルァだし、そしてあまりに寂れた東京にorzする加藤の姿が
加藤が幻想入りして霊夢とガチ陰陽対決は見てみたいがな……でも霊夢が勝つ光景が思い浮かばないが
加藤ってたしか尸解仙でもあったよね
というか水木一門の影響力が半端ないんじゃないかな
御大は言わずもがなで荒俣の作品とか京極の作品とか
というか、現代日本の創作において妖怪的なモノを取り扱う場合、
水木御大及びその弟子筋からの(直接・間接を問わず)影響を排除し切ることは
おそらく不可能なんじゃないかな?
それぐらい根本的なところまで影響与えてるから、水木漫画は。
御大は妖怪の普及にこの上ない功績を果たされたからなぁ
例えばバックベアードなんて妖怪を、御大がいなければ接することはなかっただろう
それが今じゃ「このロリコンどもめ」と叫んだり、こいしちゃんの肩隅にいたりするほどの身近な存在になられてしまわれた
水木漫画本家ではまっとうな(?)性格だったんだがなぁ・・・w
それを零落した神の姿とも言えるし、原典から膾炙された二次創作とも言える(この場合の一次創作者は御大)
あれは、まっとうなときはものすごいカリスマだけど、砕けるときは思いっきり砕けるもんな…
いきなり手足が生えて相撲とったり、バギーを運転してたり…
バックベアードは水木しげるの創作だからなぁ
そりゃ彼がいなきゃはじめから存在しなかった
パk…元ネタならあったけど
一応一つ目妖怪になるのかなベアード様
まぁ目に関する妖怪は元々多いけど 異形が分かりやすいし
一つ目、目競、目々連、百々目鬼、手の目……
ここって以外と妖怪を異形の化物と捉えてる人って多いのかね
普通からどれだけ外れてるか、だな元々は
それの分かりやすいタイプが異形なだけで
異形が絶対条件では無いだろうね
妖怪のデザインの一つ目とか片足とかは異形にする事だけを考えてデザインされたようなもんだからなぁ…
一つ目小僧も目が一個で不気味なだけでとくに危害加えてくるイメージないもんなー
驚きとか不安とかの、普段出て来ない感情を呼び起こす為だけの娯楽的な妖怪って感じ
あって当然のものがなかったり、無いはずのものがあったりすると言い知れない不安を感じないか?
それだけってわけでもないだろうけど
そういうことでしょ、異形に対する恐怖ってのは
御大は結構見た目も妖怪だーって感じの方が好きみたいね
妖怪自体は怪現象とか、化物とか、ちょっと同じ場で語れないものがあるし
今はちょっと化物的な話に寄ってるだけじゃないかな
御大の食欲は幽々子様なみ
戦時中、南洋(たしかニューギニア方面)に派遣されていた時、
仲間と現地調達したパンの実を1人で立て続けに7つもペロリ!
同僚兵士に怒鳴られどつかれた
「水木サンは胃が丈夫なので、何個でも入っちゃうのだ」とは本人談
でも、御大のこの化物じみた食欲が、片腕失いつつも生還へと通じたのだと思う
(二次大戦中の日本陸軍の死者の8割近くが、餓死ないし病死)
妖怪(化物だったかも)の定義として1.過剰、2.欠如、3.転倒
なんてのを挙げてた人がいたな
水木先生といえば某掲示板で「最強のマンガ家は?」ってスレが立って
「やっぱ武道とか格闘技経験者だろ」「むしろ自衛隊出身者じゃね?」
等とおそらくスレ立て主の意向と外れた議論が続いた挙げ句、
「実戦経験者の水木先生が最強なのでは?」という話に
水木御大は精力も絶倫だそうです
>>276泰西の場合はどうであろうか
アルゴス、バロール、オーディン神…etc
しかし水木先生、実戦経験アリとはいっても
そんなに何人も殺りまくってたのだろうか…?
他の格闘技経験者や自衛隊出身の漫画家も
あまり何人も殺してはいないとは思うが。
>>284水木御大vs板垣恵介のガチバトルだと…?
胸熱過ぎる!!
……実際はマターリと食い物の話するだけだったりして
ちょっと割り込みスマン
「槻の木の広場」南端か 中大兄と鎌足出会いの場
ttp://www.47news.jp/CN/201111/CN2011112401000887.html
やっと見つかったか…
日本史の流れのおさらいは山川教科書の「詳説日本史」(教科書だけど一般書店の店頭にある)や図説資料集
宝島社文庫の「すっきりわかる日本史」あたりか
あと岩波新書が日本古代史を刊行中(でも岩波なのよね)
日本の神々なら「古事記」と「日本書紀」が基本?
講談社学術文庫版が岩波文庫版と比べて文字が大きくていいけど、全部読むのは結構手間
KAWADE新書や角川文庫のよくわかる日本の神様みたいな本か
妖怪についてはAmazonで「妖怪」で検索すると御大のをトップに色々出てくる
変わったところではオカルト系の本が妄想たっぷりの古代史を書いてて面白い
(巻末に参考文献が結構挙がってるから、それを拾って読む)
あと柳田國男
>>265民俗学は専門書が中心になってくるから難しいよね
住人がどの本を論拠にしてるか、俺が知りたいのはそれなんだけど……
>>288山川の詳説日本史なら、高校の教科書だったぞw
ちなみに、俺のすぐ左手で鎮座しておられる
「教科書」なんで、必要事項プラスアルファをしっかり読めるしな
俺の持ってる版だと、〆は消費税・社会主義国家の崩壊・日本国債の増大化等になってた
日本史は大正デモクラシーで終わりじゃないよ!
ライト層から徐々にディープな方へディープな方へ潜っていくやり方でも、十分に覚えられると思うぞ
俺なんかは京極→他の妖怪・民話関係→ライト向け専門書→泥沼な感じ
書店の民俗学エリアに行って、めぼしい本を読むだけでも楽しいし、Amazonで買いあさるもよし
>>265 >>288民俗学はフィールドワークの学問であり、地方色豊かだから日本全国共通ってのは無理
敢えて言えば、柳田國男、折口信夫の原書や解説書かな 南方熊楠もいい
私的に意外と役立っているのが、各地の郷土史、生活史、古老等からの聞き取り集の類
当然、図書館だが、両親親戚の出身地はもちろん、旅先などで結構、漁った
あと「日本の料理」シリーズ(都道府県別+別冊 高価なのでこちらも図書館推奨)も、
意外と参考になった
食を鍵として古い時代の生活が垣間見え、幻想郷の生活を妄想するのに役立っている
訂正
×「日本の料理」
○「日本の食生活全集」
㈳農山漁村文化協会編 全50集(別冊2冊を含む)
古本でも1冊1000円もした……
記紀は時間が立てば立つほど(他の知識・考え方・解釈を仕入れるほど)、見方が変わって面白い
同じことが遠野物語等にも言えるけど、昔読んだ時より今読んだ方が確実に楽しめるって所がいいよね
記紀だけに限った話じゃないけど記紀を知っていることが大前提でそれをどう解釈するのかが重要なんじゃないかな
エリアーデさんとか面白いよ!よ!
西洋民俗学も忘れられちゃいけないべき
>>282俺の中でビンタといえばやっぱそれだわw
あれほど秀逸なビンタの表現は他にないと思う
あれも軍隊経験由来だからだそうだ
軍隊ではあの程度は、かわいがりとか気合いとかあいさつの範囲
御大は心身ともに頑丈だったから、いくら食らっても平気だったと
(それで余計に相手を怒らせ、さらに食らった…ビビビビ)
亀ながら訂正(
>>254 壬申の乱)
×大津皇子
○大友皇子
このボケッ(BRAW!)もだな
中村クンは今でもあれを食らってるのだろうか
妖怪が異形かどうかもだけれど、仏像を見る限り仏も異形の相だよな
千手観音のお姿なんて、あれで「ビビビ!」をやられたらどうしようかと
先日正倉院展を見に奈良国博行ったついでに仏像いろいろ見てきたけど
仏様がボスキャラで出てきたら絶対額の白毫からレーザー撃ってくるに違いないと思った
あと顔が三つぐらいあるタイプはそれぞれ冷凍ビーム・火炎放射・電撃を発射するとか
仏像のあれら(多くの手、顔、化仏等)は、
今すぐにでもなるべく多くの衆生を救いたいとはやる気持ちの顕れらしい。
(元が三面六臂の鬼神だった等の例外は除く)
――つまり、ギャグマンガにおける走ったり喧嘩するときの視覚効果、
あるいは質量を伴った残像に近いもの……か?
本来、教義で全く言及されていない内容で以って
最新の教義を民衆へ啓蒙しなけりゃいけないのが宗教のおかれる立場なわけだから
当然、誰にとっても分かりやすい直感的な表現になるはず
娯楽がこれを利用しない訳が無い
だから、昔使われていた表現が、割とどの時代でも応用可能な手法だったおかげで、
マンガの時代にも同じものが応用され続けてきたってことなのかな
というよりも、キャラクター化じゃね?
橋姫の鬼気迫る能面とかもそんな感じ
密教芸術に関してはむしろ哲学的な部分が大きいですかと
一般に持っている事物はその仏が持つ属性を展開したものと言われます
例えば剣だったら知恵、鉤は衆生を釣って誘引する働き、如意珠は欲しい物を魔法のように取り出す働きなど
仏様をより理解しやすくするために平面上へ展開したわけです
これらは主に観想上の都合だったと思われます
生佛不二を宗とし、入我我入を実践する密教においてはかなり実務的な性格を持っていたわけです
ですから、密教芸術については「布教」の観点からは理解しづらいと思います
(なにせ僧侶の側に緘口令が敷かれています。密教の実務的・作法的な部分は絶対に伝えるなと戒律にあるのです。
今でも研究が進まないくらい厳格に守られていますから、中世ではごく一部の貴族が知っている程度だったのではないかと)
ただ、今の日本に与えた影響はかなり大きいと思います。
密教は象徴主義を自認しますので、デフォルメ・キャラクター化を多用します。
>>301さんの言われるとおり、この考え方は日本の中世芸術に多大な影響を与えました。
これらは模倣され続け、もはや日本人の感性に根を張り切ってしまっているように思われます。
今日、我々がニーソに神を見出せるのも偉大な僧侶のおかげなんだなぁと思うと感慨深くなりますね。
多面多臂の仏像のイメージは、仏教に先立つインド神話の神々の姿を
取り入れた側面もあるんだろうが、現代の漫画表現と同じようなもの
という見方は、東洋とくに日本の芸術文化の重要なポイントだな
西洋の美術文化はギリシア彫刻のように古代から写実路線
日本でも鎌倉時代頃に写実的な筋肉の仏像が一時的に流行ったが
基本的には写実ではなく記号とデフォルメの路線
日本庭園が白い砂に筋を描いて水流を表現するのも
能楽では仮面で、歌舞伎では隈取りで、二枚目とか悪役とかいった
キャラクターの役割や性格まで表現するのも記号表現と言える
これはさかのぼると表意文字としての漢字と関係ある気もするが
…いずれにせよ、これだけ昔から記号的表現に慣れていた日本だから
漫画やアニメやゲームが発達したのも、なんか納得できるんだよね
アメコミとか日本とは対照的に写実路線が基本だし
>>293西欧民俗学というと、ケルト関係しか知らないけれども、
奇妙に日本との親和性を覚えてしまう
古墳の構造とかもそっくりだしね
そして、古墳(塚)の彼方には、異界ティル・ナ・ノーグが拡がっている
>>302の最後の行のおかげで密教とぬえが直結してしまった
少女幻想は密教由来だったのか…
神主様が言及したように、何が現実(写実)かよりも何が魅力的か(幻想)が大事なんだなぁ…
多面多臂の仏像に萌えを追加すると興福寺の阿修羅像になる
何であんな悲しみたたえた美少年フェイスなんだろうなwあの阿修羅像
普通の阿修羅像はその名の通りみんな威嚇してたり攻撃的なんだけど
あの像は帝釈天と争って(原因は女性問題)天界を追放された直後の設定なのかなぁ
俺には「どっか納得いかない」とか鬱憤が溜まってるようにも見えるけどねー>阿修羅像
融通の効かなさそうな処が阿修羅っぽくも感じられる
しかし、仏像の表情の意図を探る場合はまず製作者を当たるべきなんだろうなぁ
興福寺って天智天皇だっけ?
阿修羅王を美少女に設定した光瀬龍&萩尾望都は天才
正確には少年のように見える中性的な少女なのだが
以前見た『百億の昼と千億の夜』を語るスレでは
阿修羅王がふたなりでなかったら魅力半減という意見があってワロタ
ああそのマンガ家にもあったなぁ…
ナザレのイエスがものすごい勢いで悪役だったw
逆にあそこまで貧相で卑怯な役柄に出来るのはすごいと思ったなw
>>310その話があるから、どうも帝釈天は好きになれないわ…
神話の神様や英雄たちは、結構、卑怯な勝ち方してるな
ヤマトタケル→女装でクマソタケル討伐
とか
一番印象に残るのが、ヴリトラ竜とインドラ神らインドの神々との戦い
事前の盟約として、以下の通り
「その1 昼も夜も、インドラ神はヴリトラを攻めはならない
その2 ヴリトラに対して、乾いた武器も、濡れた武器も用いてはならない」
結果
「黄昏時(昼でも夜でもない)に、海から生じた巨大な泡の棒(乾いても濡れてもいない)で、
ヴリトラどついてやっつける」
誰かこの脱法行為をなんとかしてあげてください
裏を返せば、そうやって隙を突かなければならないほどの強敵ってことなんだな
英雄はただ力があるだけでなく、知恵もなければいけなかったのよね
なんとなく勝利マンを思い出すなぁ
負けられないから何をしてでも勝つっていうやつ
絶対負けられない理由があるなら、正々堂々でも勝てる相手に対しても
万が一を考えて卑怯な手を使うってのは当然かも
うら
まぁ結局勝てば官軍なんですけどね
正々堂々勝つ→この英雄はとても強く高潔である
ズルく勝つ→この英雄はとても強くその上に知恵が回る
正々堂々負ける→勝つ工夫をしなかった愚か者
ズルく負ける→卑怯な手すら使うも一切歯が立たなかった滑稽者
うら
でもヤマトタケルはなぁ…
ちょっとやり過ぎというか
手段を選び過ぎなかったばかりに、逆にそれが仇となって父親から不信感を持たれてしまってたよなぁ
慢心して草薙剣置いて伊吹山の神に喧嘩売ったら返り討ちにあって最期は衰弱死とか、
白鳥になってどっか飛んでく後日談でごまかされてるけど完全にかっこ悪い死に方だわ
きっと精神年齢が中学二年生ぐらいだったんだよ
あの時分特有の謎の万能感に酔っちゃうぐらい純真な御仁だったのさ・・・
倭建命は熊襲の話ばかり目立ってるが
実際のところ出雲建の一件のほうが遥かに汚いw
>>323あらかじめ偽の刀を用意して「よー、俺と友達にならね?おkおk、じゃあ一緒に水浴びでもしようぜー」
↓
先に上がり「友達になった記念に刀交換しようぜー文句ないよな?」と言って相手の刀を没収、抜けない刀を渡す
↓
「じゃあちょっと腕比べしてみっかー」刀が抜けずに戸惑う相手をぶった切る
↓
「出雲建の刀は柄だけで中身がない(プギャー」という歌を詠む
だからなぁw
歴史の教科書で神話といったら扱ってるのは倭建命だもんなぁ
他のお話なんて皆無といってもいいくらい排除されてる
『日本書紀』にはいくつかの話のバリエーションが乗ってるわけだが
ヤマトタケルの父の景行天皇も熊襲征伐に行ってて
熊襲の族長の娘がみずから投降して内通したのを利用しておいて
「父親を裏切るような娘は信用できん」と言ってその娘も殺したんだと
古代の話は昔の人の無茶苦茶ぶりが無意識に漏れてて笑える
無双を誇ったヤマトタケルも草薙剣を持たなければこの体たらく。
しかし、我々はその剣を持っているのです。
――これがどういう意味か解りますよね?
っていう一連の陰謀劇のような気がしてきたw
>>324思い出したw
小学生の頃に漫画人物日本の歴史だかで読んでぐう畜にも程があると思った
古代は古代なりに「昔はこんなに無茶苦茶だったけど今はマトモになりました」
という進歩史観だったのかな
>>327「ああ、思い上がって勝ち誇った挙句哀れな末路を迎えるってことだろう?今の貴様のようにな」って返せばいいよ
>>326道徳なんて時代で変わるからなぁ
今常識とされている考え方の7~8割は明治以降にできた概念っていうくらいだし
無茶苦茶なんじゃなくて、戦してるのが当たり前な世界じゃ当然というか処分しない方がおかしいのかもしれん
部族全体の死活問題になるからな、裏切り者はまた同じように裏切る可能性があるわけで
正義なんて時代によって違う(byカニマスク)
正義は常に変わらない(by261歳)
とか対立する論もあるな
モナ・リザが東方キャラとして登場できそうだな
モナ・リザのモデルは男説により本当に女だったモデルが
モナ・リザは女というのが幻想となって普通に住人になるとか
太子が本当にやってたのに否定されて幻想入りしたように
>>324せめてオチの歌さえなければ、まだ現代の物差しでもフォロー出来たかもしれないのだが……
刀を抜けなくするくらいなんて乱太郎達もやってるな
他にも忍者の戦い方だからとか言って卑怯なことばかりするし
オレは戦いが好きなんじゃねえ!
勝つのが好きなんだよおおおお!
忍者はとにかく生き延びて逃げることが第一なんだから手を選んでなんていられないんですよ
乱太郎の忍術はちゃんとした奴なんだっけか。
そもそも、忍者というか、スパイ自体は本来非戦闘員だしな。
ヤマトタケルは複数人いた、みたいな。
だから分裂症気味?
ヤマトタケルの話は、複数の人の実話をつなぎ合わせたもので、
ヤマトタケル本人は実在しないって説があるんだっけ
>>336バクチは外すと痛い目見るから面白いと言う気概はあるじゃないですかあなた
手塚治虫のヤマトタケルは複数のうちの一人だったな
元々熊襲の偉い人の名前だっただのなんだの
騙し討ちした相手から「アンタ強いな!今日から俺に変わって勇者の称号『タケル』
を名乗ってくれ!」というのがどうにも納得いかなかった小学生の頃
「格上の相手の裏をかいて勝つ」というのは必ずしも悪い事だとは思わないんだが
(ジョセフ・ジョースターvs柱の男一族とか)
東方世界の鬼は騙し討ちを嫌って地底に引っ込んだんだっけか
真っ向から渡り合って勝てないんだから騙し討ち、っていう理屈はある意味とても人間らしいと思うんだけどなあ
ヤマトタケルが征夷大将軍みたいな称号だったと考えれば、複数いた説も受け入れやすい。
というか、多分称号なんだろうね。クマソタケルの話を鑑みるに。
受け継がれる名前って、大体称号ですし。
ちなみに、その称号が進んで献上されたものか献上させられたものかは、熊襲の例からは何ともいえないですね。
歴史を語るのは征服者の側ですし。
複数というか「ヤマト王権の征服軍を象徴する英雄(要は「ヤマト軍擬人化」?)なんじゃないか、という話もあるらしく
>>346手練手管というか権謀術数というか。
まあ、手を尽くして相手を打ち負かすのは人間の特権ですし。
つまり「単純な力ではかなわない=相手は人間じゃない」という理屈じゃないかと思います。
人間同士の戦争って、日本神話にはあんまり見られない気がします。
人間らしさというか、でっち上げた大義名分というか。
たとえ人間が相手でも、「あいつは人間じゃなくて鬼だから」って言っておけば、不意打ちしても責められないというか。
鬼だって騙し討ちとか平気でやるし…
婆さんに化けて腕を奪い返したりとか
最近東方でもゲフンゲフン
ヤマトタケルはただの称号だな
その名を与えられた後も、本当の名としては小碓命のままだろう
諱っていうんだっけよく知らないが
と言うかタケル(建)という読み自体が元は梟帥や魁帥と言った
武闘派リーダーを表す言葉から来てる
そこら中にたける君が居たのもその為
酒呑童子の特異な点は下手人が聖職者に化けてるとこ
騙し討ちそのものは女装したりなんだり古代からやってんだよな
やっぱり負けた側が妖怪に貶められるって事なんですかねぇ。
それで済まなきゃ神に祀り上げる、みたいな?
そもそも、鬼のほうがどう考えても強いのに、「正々堂々戦え」言うのは、
そのほうが鬼に有利だからって詭弁に見えるんだよな。
戦わないから引きこもったって、なんかただの負け惜しみに見える。
泰西の神話でも
ゼウスのクロノス殺しとか
ダーナ神族によるフォモール神族の征服とか
けっこうえげつない闘争が描かれているわけだが
あれは王朝交代劇のメタファだという見方ができる
祟り神とかは相手に対する申し訳なさも感じるんだけどなー、天神様とか
それか倒した相手の身内からの反発がキツそうだから祀って誤魔化すとか
菅家の例なんかは正しく排斥した側の後ろめたさが表れた話ですよね。
鬼退治は侵略戦争の(された側にとっては支配者が変わった)メタファーなんでしょうか。
土蜘蛛胎児とか。
確か東方の場合、鬼と人との勝負は人の方に手段が委ねられるのだから、
勝負自体の有利はかなり人の方に傾いてはいると思うのだが…
問題は賭けるもので、どうも鬼の方はお宝なのに人は攫われる→命っぽい。
つまり、ゲーム自体を拒否するために騙まし討ちにして殺してチャラにする、
そんな感じなんだろうなと。
誤字がおぞましい。
桃太郎や一寸法師も、そう考えると?
鬼がひきこもる前には霊夢とか魔理沙みたいに
手加減してるとはいえ同じ土俵の上で勝てる奴がゴロゴロいるのに
だまし討ちとかないわーと嫌気がさしたんじゃないかと思ってる
人間にしたら勝ち目は薄いし負けたら死ぬしでメリットは少なかったんじゃなかろうか
「正々堂々と騙し討ち」
「正面切っての背中切り」
そういうのが普通だから、戦記とか読むとクラクラしてくる
よりによって勇者の称号をあげちゃう
イズモタケルさんはお馬鹿さんにしか
そりゃ主人公が勝つと決まっている物語や死ぬわけじゃないスポーツと違って、負けたら終わりの殺し合いだからなぁ
遊びでやってんじゃないんだよォ!ってことでどんな手でも使って勝とうとするさ
死人に口無し、あとでどうとでも正当化できる
出雲といえば大国主だけど
あれだけ盛大に祀られていたって事は国譲りは形式上のものだったのかな
「卑怯汚いは敗者の戯言」という恐るべき言葉まであるからな…
卑怯な手や汚い作戦を見越せなかった故の敗北、と考えればなるほど敗者の戯言なんだけどね
災厄災害が妖怪とかの元だとすると、
よくないことを擬人化し、貢物とか御機嫌を伺う
↓
出来たキャラは厨・DQNぽくなりなんかむかつく
↓
科学で説明してキャラは無かったことに
そんな流れで駆逐されていったのだろうか
なんか長文レスしようとしてたけど鈴鹿御前ちゃんの可愛い画像が見れたから満足だわ
以下投げっぱなしジャァーマン!
>>357東方の場合はアレですけども、伝説に限れば鬼が苦言を呈したのって酒呑童子ぐらいなんですな
他は鈴鹿姫も伊吹弥三郎も鬼ヶ島とその類話の連中も「無念」とは叫ぶが泣き言はない
この酒呑童子という話は日本における「オニ」伝説の最終形態に位置づけられるもので
中に入っている要素を紐解いていくとなかなか面白かったりします
まず、彼はどういった存在なのでしょうか?
明確な分岐点は判りませんが、おそらく中央集権が確立した頃からでしょうか
被征服者のメタファーとしての性格が強かった「オニ」は荒ぶる神としての性格が強まっていきます
例えば「酒に酔いつぶれて倒される」というのは古代の鬼にはありませんでした
この倒し方は八岐大蛇を代表とする竜蛇に適用されるものです
また、「娘をさらう山中の怪物」というイメージには唐の伝奇小説に登場する「白猿~Team - White APEs」との類似が指摘されています
古代に比べて原形は残しているけども機能が完全に変わっているのです
最古の文献である大江山酒天童子絵巻では酒天
鈴鹿御前といった中世の「鬼」は完全に大蛇テンプレが適用されてます
当初の形から
専ブラのショートカット機能ってノートじゃ誤作動すると思うの
フールプルーフを適用してデフォルトじゃOFFにしとくべきそうすべき
書いてる途中で送信なんてあまりにも惨めすぐるでしょう?
とりあえず鈴鹿御前はファンタジックだけど古代の鬼の原形を残してる伝説なんだからね!
これは編集途中で変な風になっただけなんだから!
結局何が言いたいかというと酒呑童子さんは神に近い特異な存在だから泣き言漏らせるんだよと
・土地を追われたとか言い出すのは他には天狗さんなんかが居てどれも山伏関係だよと
・本来は大江山表記が無かったのが時代が下ると記されるようになってまさにここは修験の聖地ですよと
・目から怪しい光を放つドラゴン筆頭の伊吹さんは実のとこ中世では修験側の人で大和七高山ですよと
・以上のことから「これ山伏が広めたんじゃね?」って説があって割と信憑性ありますよと
上から目線で騙した側を罵れるのはこの人が神様に近い他の鬼とは一線を画す勝ち組だからですよと
(あと役行者が彼と似たような出生してたりします。勝ち組。)
征服民の悲哀がサルベージされたのも一面あるが、この説話に限っては判官贔屓のが強いんじゃないかと
つまり悪魔が微笑む時代はここに至っても終わってないんだぞと(勝てばいい、それが全てだ)
同時代の鈴鹿姐さんは見事なラブコメぶりで非征服民に苦渋を飲ませてますよと
まぁ鬼童丸を筆頭とする凡百の鬼どもは大人しく酒天童子さんの後塵を拝してなさいってこった
鬼道に横道無きものを(笑)
酒呑童子の泣き言って最初言ってなかった気がするけど違ったっけ
まあでもそういう戦い方から武士道に変わったってのも面白いもんだね
というか武士道の元も海を渡ってきたものなのかな。ジャパニーズニンジャの方が
日本的なのやもしれないね
ありがたや、三神あらはれ給ひつつ、六人の者どもに
「能く能くこれまで参りたり さりながら心やすく思ふべし
鬼の足手をわれわれが鎖にてつなぎつつ
四方の柱に結ひつけて、働く気色はあるまじきぞ
頼光は首を切れ 残る五人の者どもは、あとやさきに立ちまはり
ずんずんに切りすてよ 子細はあらじ」
とのたまひて、門の扉をおし開き、かき消すやうに失せ給ふ。
ズン ズンズン ズンズン
ズンズ ∧_,∧ ズン ∧_∧ ズンズ
∧_∧ ン( ´・ω・∧_∧ (・ω・` ) ∧_∧
(´・ω・)=つ≡つ);;)ω(;;(⊂≡⊂=(・ω・`)
(っ ≡つ=つ (っ ⊂) ⊂=⊂≡ ⊂)
/ ) ズ∧_∧|酒 |∧_∧ ン ( \
( / ̄∪ズ ( ´・) ∪ ̄∪(・` )ズン∪ ̄\ )
ズンズン/ ) ズンズ ( \ ズンズン
ズンズ `u-u'.ン ズンズン ズン`u-u'
もとよりも兵共、刀はつるぎ太刀ばやにずんずんに切り給へば、首は天にぞ舞ひ上る。
>>373何か勘違いしてるようだがひたすら主家に忠義を尽くすってのはあくまでも江戸時代太平の世になって武士たちを飼い慣らすのに必要だから作られたものだぞ
鎌倉武士たちは自分たちの領地を一所懸命に守ることが武士道であって、御家人なんてのもあくまでも自分が惚れ込んだ相手の為に働くって個人間の契約、「友情の為に一肌脱ぐ」ってだけに過ぎない
実際に千葉常長が幕府からの命令書に頼朝の花押がなかったってことに激怒して命令拒否したって事例もある
そして室町時代になると「恩賞の為に働く」のが武士道となり、戦国時代は「自分を高く評価してくれる主君」へ乗り換えるのも当たり前
まあ当然筋を通さず戦の最中に裏切るようなのは忌み嫌われたが
それに江戸時代の「武士道」も藩によって全然違う
例えば武士の鑑だと江戸っ子などに人気の忠臣蔵も、佐賀藩の葉隠作者に言わせれば「身分を隠してこそこそと相手を探るのは卑怯だ」となる
そう考えると、現代の若いサラリーマンの思想って
戦国以前の武士道に近づいてるのかも
「会社(主家)に忠誠を尽くして働く」じゃなくて
「自分をより高く評価してくれる(より高い給料をくれる)会社で自分の生活のために働く」的な
新渡戸稲造は日本人がどうやってキリスト教なしに道徳を学ぶかってのを
武士道でそれを学んでいると西欧諸国に宣伝したんだっけか
じゃあその武士道とは何ぞやってのを、西洋には馴染みがある騎士道に例えたけれど、
武士道と騎士道の相違点ってなんだろう
>>376まあ御恩と奉公が崩れてきてますしね
一つの組織を盛り上げていこうという気運じゃなくなっていることからも
戦国ぽいというのは同意
鬼と言えば最近知った麻呂子親王
あのへんの方が兄貴よりも幻想入りしててもおかしくないと思ったんですが
終身雇用が崩壊しつつあるからなー
江戸武士達も子々孫々まで扶持で家を養って貰えるから上に服従してたんだし
会社が安定した生活を守ってくれないとなればドライにもなるさ
自分達が切り捨てておいて「今の社員は滅私奉公しない、けしからん」とか言われてもw
>>377キリスト教的な考え方じゃなかろうか。
神のためなら主を切れるのと、主のためなら神を切るのとの違い。
>>377騎士道の成立もじつはそんなに古くない
西ローマ帝国崩壊後~10世紀頃までの中世は血みどろの暗黒時代で
十字軍戦争の後13世紀頃から西欧各国の国境も確定してきて
大規模な戦争がなくても騎士の質を維持するため
諸侯による槍の試合(トーナメント)が流行してくるが
試合は貴婦人も観に来るし騎士にとっちゃ自分を売り込む機会
そこで生成堂々のスポーツマンシップなんてものが生まれてきた
それはそうと
戦後日本でサラリーマンがかつての武士に重ねられたのもおかしな話
武士の本業は戦闘でなければ領地の管理だろう
城に通勤して事務仕事してた武士なんて主流ではあるまい
だいたい日本の庶民の大多数はもともと農家なり商家なりの
個人経営の「家業」従事者だったはず
その意味で終身雇用も専業主婦もまったく保守的伝統ではなく
普及したのは近代以降それもとくにやっと戦後1960年代以降の話だ
>>382実際の武士はどうこうよりも一種の共同幻想的なイメージの問題だろう
あと終身雇用とか専業主婦に関しては旧武士階級の価値観とか生活スタイルが
明治以降に一般化して広まっていったのが大きいかと
世界大恐慌までは米国でも長期契約、実質終身雇用が普通で、
「取り替えが利かない人材を確保し続ける」のが当然だったとか
当時の機械は扱い手を選ぶというか、固有の癖を熟知している職人でないと、
うまく動かせなかったし、営業や総務・会計などでも同じ、得意先との人脈や、
経理上のあれやこれやがムニョムニョと…
長期に渡り雇う事が、むしろコストダウンに通じた
「ピープルウェア」という本があるのだが、そこでも同じ事が語られている
「優秀な企業ほど、人材評価のスパンは長く厳しく、出世のスピードは遅い」と
>>382「鸚鵡籠中記」とか見ると、平時の武士は事務官や警備員で、
けっこうヒマだったと判る
月に6日当番があれば忙しい方だったらしい
当番の日には弁当を持ち寄り、ある日など、
「ボラ二匹を焼いて足軽衆にも振る舞う」などと、
愉快なお城勤めライフを描いている
だから時代劇なんかで見る江戸時代の武士は暇をもてあまして江戸の八百八町をふらふらしてたわけね
ただ今も昔も概ねヒマがあるヤツには金がなかったりする…
関東地方の代官職なんぞは仕事の規模と責任に較べて
給与も予算もえらく少なくて賄賂(と言わぬまでも付届けの類)
がなけりゃとてもやっていけなかったとか
一方清朝では地方官の収賄・汚職を撲滅する為に
給与と同額の地方勤務手当を支給してたそうな
「越後屋、お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
は考証として正しかったのか…
昔の素封家は暇も金もあって文化の担い手となり得た
一般庶民の大半は貧乏暇なしなんだろうけど
>>388そんなに代官の数がいない ってのを除けば・・・たぶん。
あの黄門様が切った代官。徳川200年で任命された数より多いらしい。
いちおう黄門さまは峰打ちらしいけれど
暴れん坊将軍さまに至っては、配下の旗本ほとんど斬り殺してる説が
まあいいか…越後屋に関しても、こんなアホマンガがあったと
「越後屋、お主、老婆の荷物を持ってあげたというではないか」
「御奉行さまこそ、ご老人を助けてあげたとか」
「フフフ…まったくお互い、善よのう、フハハハ」
帰って寝てろとしか……
峰打ちといっても普通に骨折するし、打ち所悪いと死ぬけどなぁ…
アレは単に武器の刃じゃないほう(=峰)での攻撃だからねぇ
言うなれば剣の形をした鈍器でしばく様なもんw
みょんは峰打ちも手加減なしでぶち込みそう
将軍だって斬り捨てるのがご褒美になっちゃうとかいう理由で峰打ちだぞ
配下のお庭番はバッサバッサと斬り捨てまくってるが
一応、ある程度マシな場合には将軍様も潔く腹を切れと言ってくれる場合もあったと記憶してるが、
しかし、それで腹を切った悪役がいた記憶はないんだよな……
まぁそこで素直に腹切るような潔さ持ったような奴がいたら、
そもそも最初から悪いことに手を染めなかったろうしな
というか本来峰打ちと言うのは峰の方で思いっきりぶん殴るって技じゃないんだがw
そんなことしたら打った方の刀まで駄目になってしまうし、変な方向から力が加わったせいで形が歪んで
あれは相手の首を本気で斬ると見せかけて、直前に刃を返しトンッと当てるだけ
すると斬られたと思い込んだ相手が勝手に気絶することもあると
飛び降り自殺をする人間が飛び降りている最中の恐怖で気絶or死んでいる
ってのと似たようなものかしら
お庭番を導入したのが吉宗だったんだよな
将軍の私室を簡素化したのも彼
(公室は上段・下段・次の間・溜まりの間で、これと同じ構造・規模の私室があったのを、
簡素化して上段・下段にした)
なお、将軍の最高機密の部屋は江戸城中奥のもっとも奥まった所にあり、
周囲を1間の畳廊下で囲まれた4畳半で、もっとも重要な公務はここでとったとされる
中には同人誌もとい、将軍の公印があり、何人も入れなかったという
なお、隣接してお駕篭台(玄関)があり、お庭番に密命を与えたる際に用いたとも
お庭番の導入までは
もはや基本的には天下泰平の世だったためか
伊賀者や甲賀者の江戸屋敷詰めも諜報探索より
要所の警護とかふつうに表に出る仕事してたらしいな
天下の将軍様は四畳半の部屋で仕事してたというわけか…どうしたって妄想を掻き立てる話じゃあないか…
他の国々の、その辺の事情とかはどうなんだろう?
秦の始皇帝なんかは馬鹿でかい宮殿造って(結局未完成)
天下の美女を集めて酒池肉林…と思いきや寝る間を惜しんで
書類を決裁したり国内の隅々まで顔見せに回ったり…と
実際のところほとんど遊んでるヒマ無かったんじゃないかとか
前スレだったか前々スレだったか、旅人の話が出て来たが、
大名行列の旅は凄まじく過酷だったそうだ
諸藩とも赤字でコストダウンを要求されたから「七つ立ちの六つ宿」と呼ばれ、
本陣ほかは大迷惑(このスケジュール=午後6~7時投宿)で、
宿屋は深夜どころか徹夜仕事になってしまう上、一般には250文が基準の宿代も、
150文程度に値切られ、酷い目にあわされたという
なお家臣たちは雑魚寝が普通だったともされる
100万石を誇った加賀の前田は諸藩の雄だったが、「厭い川」こと姫川は、
その直前の親不知子不知とならぶ難所で、とても難儀したとされる
川越えの対策に緻密なダイヤグラムを組んで、非常時に備えたらしい(とても奇麗なダイヤだ)
他にも信濃川とか碓氷峠とか次々と難所が立ちはだかる
家臣も苦労するが、殿様は殿様で、急ぎの駕篭に激しく揺さぶられ、忍耐の限りを求められたと、
馬に乗れれば、徒歩で行ければ楽なのにと後世(明治維新後)、ぼやいた人もいた
日本が誇る変態的な鉄道ダイヤと苦行以外の何物でもない通勤の原点かもな、本当に
しかし江戸時代の大名と言うと財政難の話しか聞かないが
懐が豊かだった大名っているんかな
詳しい人頼む
>>407 なかなか難しいけれど、いくつか有るよね。
ぱっと思いついた中で一番金持ちなのは、出羽庄内藩かな。
庄内藩も江戸中期まではかなり経済的に苦しかったんだけど、酒田商人の本間氏を藩士に取り上げて抱き込んでからは豊かになった。
「本間様にはなれねども、せめてなりたやお殿様」と言われる大商人の経済力ゲットしたからね。
で、その金にアカせて戊辰戦争では佐賀藩に並ぶ軍隊の近代化を実現。
佐幕派について、勤皇派に寝返った秋田藩を7割占領。(庄内藩はライフル。秋田藩は火縄銃……)
明治政府降伏後は、賠償金30万両を即座に支払い、薩摩と仲良しに。(南部藩は30万両払えず倒産)
僅かな減封のみで庄内にとどまることに成功した上、藩士を政府中枢に送ることもできた。(秋田藩は勤皇派だったのに政府から見放され……)
世の中、金だよね。
>>404でも、「俺は偉大だ、俺以外に政なんて任せられない」っていう
勝手な自身というか、自尊というか、まあおかしい考えの下でやったことなんだよね。
で、結局繋ぎ役の宦官が力持っちゃって、自分の後継を改ざんされ、
その息子が宦官の言いなりになり、思いっきり国が荒れたんだよな。
江戸幕府でも同じようなことが5代将軍時代にあったから、結局歴史は繰り返したんだろうなぁ。
幸いは、6代のときにその奸臣がいなくなってくれたからまだ良かった。
始皇帝に関してはまあ同情すべき点もなきにしもあらずかと
あの人も子供の頃からさんざん裏切りや陰謀にあって
他人を信用したら殺される→自分以外は身内すらも信用できない
ってことでああいう風になっちゃった面が強いし
あと悪宦官の代表格ともされる趙高だけど
史記によれば野心家で権力欲は強いがそれなりに有能な人物で
始皇帝亡き後の秦を支えてギリギリまで保たせた功績は評価されてる
(まあ肝心な秦の延命は項羽のせいで水の泡になったけど)
>>408江戸幕府5代将軍って言うまでもなく綱吉だよな
その時代の奸臣って誰?まさか柳沢吉保とか言わないだろうね?
秦は前後の状況を聞く限りどんな手を打っても持たなかっただろう印象が・・・
あの時代で急激な版図拡大を行うならマケドニアスタイルでしか出来ないはず
しかし、これだと地方勢力がそのまま残る上、戦費による圧迫で国庫は傾き地方経済は皺寄せを蒙って困窮する
これで次世代になって崩壊した大帝国は枚挙に暇が無い(オスマンは異常だと思う)
中国の場合は独立機運が高まって反乱、そこから政治的混乱が発生して崩壊、までがテンプレ
その上、秦の中枢は始皇帝が一人でかき集めたような連中なわけでもはや役満
この人は後の扱い的に東のアレクさんな気がする
前漢:始皇帝は身内を信用しなかったから滅んだ。身内を重用しよう→呂氏の専横
魏:後漢が滅んだのは宦官のせい。宦官はイラネ→司馬氏が乗っ取る
西晋:魏が滅んだのは身内に権力を与えなかったせい。身内に領地を与えよう→八王の乱
隋以降は知らないが、中国は前政権の失敗を踏まえて逆を行ったけど、別の理由で失敗するケースが多いと思う。
で、隋はまた秦と同じミスをやらかして、唐は漢と同じミスをやらかして…
その最終結果が、共産党独裁政権…
まぁ腐るんは宦官や外戚に限った事でもないけどねぇ。
堯舜のような禅譲ならともかく、根本の皇帝が世襲制だし。
まだ科挙のような選抜制度があれば、多少はマシなんだろうけど、
あれはあれで弊害も有るからな…。
科挙は凄い試験だよな
地方試験を勝ち抜いて、中央での本試験に通ってもただちに、
挙人覆試などという追加試験が待っている(罠だ!)
試験は丸一日以上で、「貢院」という専用の施設に飯や寝具も持ち込んでだし
文字が奇麗な楷書体じゃないとダメなので人間PostScriptみたいな答案ばかり
カンニングも盛んで、シャツに論語全部を書き込んだ「カンニングシャツ」なんてものもあるし、
書店が開けるほどの書物が持ち込まれた事もあったと
(どうやって………)
世界史の教科書だったか資料集だったかに載ってた気がする>>カンニングシャツ
本は………きっと今には廃れてしまった情報の超絶圧縮技術があったんだよ!
日本はまあ色々特殊だから除くとして
世界史上最も長く続いた単一王朝の国家って、やっぱり東ローマ帝国かな
あれも一度十字軍で消滅したけど復活したとか色々ややこしいみたいだけど
東ローマ帝国は後半ほとんどローマ人ではなくギリシア人の王朝だが
立地条件考えれば当然というか
世界史の教科書はもっぱら西欧中心なので目立たぬが
西欧が諸侯入り乱れての戦乱時代にローマ時代の学術を保存し続け
隣接するイスラム世界の発展に寄与したうえで
ルネサンス期にはローマ学術の西欧への逆輸入を実現
あとは幻のロストテクノロジー火炎放射器グリークファイヤーとかな
あれがもっと広まってたら戦争の形式が変わっていたのか
あぁ<希臘の火>はロマン兵器だよなぁ(闘う相手はたまったもんじゃないが)
ただ東ローマの王朝ってなんとなく易姓革命に近い様な気が
皮肉な話だが
東ローマ帝国が衰退した理由のひとつは
第二回十字軍以降、西欧諸国が次々と勝手に乗り込んできて
(第一回の十字軍だけは東ローマ帝国とカトリック諸国が協力)
エルサレム周辺を占領したりイスラム諸国と勝手に戦争広げたせい
それが全部ではないにしても現地の人間にはとばっちりだな
しかし十字軍がなければ中東・イスラム系文化との交流も少なかったと考えると…
戦争って皮肉
皮肉というか腹立たしいと思う。
現在の様子を当時のイスラム人が見たら
蛮族がさんざん略奪していったせいで文化や経済が衰退した。
紳士とかきどってんじゃねーよ だと思うんだが。
逆に、今の中東情勢を当時のヨーロッパ人が見たら
神の御名を騙って散々やらかしてた報いだ
ざまぁwwwだと思うよ
裏
戦中・戦後からこっちの日本の状況をもし明治の元老達がみたら
怒りと嘆きと不甲斐なさで血管ぶち切れて死んじゃいそう。もう死んでるけど
裏
ttp://netkudoku.seesaa.net/article/226462255.html
このスレの諸兄に質問なんだけれど、このスレ的に上記URLの考察、ないし聖徳太子=蘇我入鹿説はどうなんだろう。
とりあえず上の考察については、何故屠自古が「道教の仙人として描かれ」としているのかがわからない……
一番道教と関わりが薄い人だと思うんだけど。
ちょっと違う、聖徳太子=蘇我馬子(あくまで出発点)説だね神霊廟は
もちろん入鹿も影響を与えているけどそれは全体じゃない
聖徳太子は厩戸皇子でウマシマジノミコトの言う神の末裔
馬がキーワードなのが聖徳太子の装飾された伝説のそもそもの出発点
だから馬の耳 馬の耳に念仏という諺ともシャレなのかな
だから5面中ボス蘇我屠自古は娘 5面ボスの物部布都は妻の布都姫
6面ボスは本人馬子という順番なんだろう
屠自古が仙女というのは格好かなぁ これはちょっと分からない、もしかしたら元興寺関係かな
>>424とりあえず、「華僑vs反華僑」といったあたりで呆然とした。
古代史の勉強テキトーすぎだと思う。まず、古代史に華僑なんて言葉持ってくるのが……。
古代に中国・韓国から渡来人が大量流入していたのは、日本史的には常識だし。
そも、倭人と漢人なんて、そんな区別を古代人はしてないとおもう。近代民族主義を持ち込んだ暴論。
宗教史にしたって、道教の成立というのは実際もっと後の時代。というか詳細不明だったはず。
簡単に五斗米道=道教とか言い出すのはどうかね。だいいち、易学は儒学だし。
たぶん、参考文献からして突っ込みどころ満載のダメダメな本なんだと思う。
結局、「『日本書紀』は蘇我を悪し様に書いてるから云々」の類なんだろうけど。
これは、考察したというよりは、自分の考えに合った文献を継ぎ接ぎして作った代物、というべきじゃないかな。
>>423参考文献が電波で有名な関裕二・岡田英弘って時点でもうなんというか……
てか風神録で神主が日ユ同祖論を採用したとか
(たぶん早苗さんのスペカ名を見て短絡的にそう思ったんだろうけど)
正直お前は何を言ってるんだレベル
公平に見て論外ですわ
おっと、安価ミス。一目瞭然だと思うけど、
>>423ね。
424氏、お詫び申し候はば、御寛恕頂きたく候。
古代史との付き合い方ってよくわからないんだけれども、必要以上に記紀を否定しても、おそらく歪んだ史実しか出てこないとおもうのよね。
だから、蘇我を悪し様に書いているというのは前提とはしつつも、太子架空説なんかは、言い過ぎだと思う。
排仏派vs受容派というわかりやすい構図なんかは、却って怪しいからそういう偏見を取り払って考えるべきだと思うけど。
物部がホントに反外国なら、七支刀が石上にある理由もわからなくなる。
使ってる用語が滅茶苦茶なんだよなあ
上で言ってる通り、渡来人と言えばいいものをわざわざ華僑と言ったり、
道教で通せばいいものを五斗米道と言い換えたり。
おかげで分かりやすく信憑性がなくなってる。
ネタとしてなら語っていける話だとは思うんだが、それにしては生々しい真面目さが垣間見られる。
古代には民族や国家が存在しないとか言う人はよくいるが、
言語の別があるのに区別が存在しないとか本気で考えてるんだろうか。
>>429区別は存在してただろうが、現代基準の区別とはまったく違うものだったろうという話。
ついでに言うと、国家はともかく「民族」という概念にはnationとethnic groupの二つの意味合いが含まれていて、
後者の意味ではまだいいが前者の意味で使うと近代国民国家成立以前の歴史用語としては甚だ不適切。
そもそも聖徳太子の時代はまだ氏族制度に基づいて日本列島に統一国家が存在していたかどうかすら怪しい時代状況だったのに、
そこで華僑がどうの倭人がどうのと言い出す
>>423はどう考えてもおかしいだろうと。山一つ、川一本も隔てたら異界とされてたような時代の話なんだがと。
名前はともかく大本の人物のモチーフって
豊聡耳神子=聖徳太子
物部布都=守屋
蘇我屠自古=馬子
だと思ってたんだが読みが浅いのかな
華僑とか日ユ同祖論とか
>>423のブログは言ってることがよくわからないな
守屋は所謂表だって行動した物部の代表じゃないのかね
>>429-430 言語の別で言うなら、例えば筑前と畿内の人も別の民族になってしまう。
言葉通じないからね。
近代言語学を知っていれば、同じ系統の言語ってわかるだろうけど、古代人にとっては「通じない」ことに変わらない。
そもそも、ある特定の言語が存在する、と規定する事自体が近代の産物じゃないかな。
人それぞれ、微妙に言い回しとか言葉遣い違うじゃないか。
前近代社会では、そうやった個人の異なりによって連続体的に言語が変化していたのだと思うよ。
見た目の違いという話かもしれないけど、実は個人差の方が民族差よりも遺伝子の差はずっと大きい。
結局民族的な見た目の違いというのは、ある特定の形質を恣意的に選んで区別しているだけ。
例えば、肌の色、とかね。実際、肌の色を同じにすると黒人も白人も区別つかなくなる。
古代において、「こいつは俺らとは違う集団だ」という認識はあったかもしれないけど、「血統が云々」なんて意識はなかったと思う。
このあたりの民族・人種論は京大の竹沢泰子氏なんかがやってる。
文化人類学での研究だね。放送大学でも時々やってるよ。
ここは民俗詳しい人多いみたいだし、私より詳しい人いるんじゃないかな。
そういや周王朝以来の大陸の封建制も
もともと氏族制度の発展したものだからな
どっちみち春秋時代には中原しか中華国家の範囲はなかった
「中華」と「夷狄」という民族概念ができたのは結構後になってからの筈
一方、泰西のギリシア・ローマでは夷狄をさす「バルバロイ」という
言葉があったが、古代地中海世界の公用語だったギリシア語を
話す者なら一応どこの出身でも文明人扱いされたらしい
ペテロやパウロもユダヤ人ながらギリシア語を使ってたし
各地の土着氏族社会の連合政権がヤマト王権という説もある
中心は畿内(大和と河内)あるいは九州だったかもしれないが、
盟約を結んでいたと思われる土着の小王国は各地にいくつもあったらしい
それぞれが自分の地域を支配するとともに、王権内で役割分担をしていたと推察可能
外交や交易担当、軍事担当、流通海運担当、農耕担当、採掘冶金担当、祭祀担当などなど
古墳や上古の神社の神事などを調べると判って来るそうだ
各氏族のヤマトへの貢献度と勢力で、墳丘の形状やサイズが決められていたと考えられると
同じ図面ないしスケールで創られたとしか思えない前方後円墳が各地にあるという
考古学者白石太一郎の唱えた説
氏が邪馬台国=畿内説の支持者であることは申し添えておく
箸墓と相似な形の前方後円墳が田舎に有ったりするしね
ある程度の情報の疎通や技術の交流が無いと出来ない
国家というよりは軍門に下るといった方が正しいのかな
それこそ神話に揶揄されているように
もっと古い時代でも、例えば伊豆大島で採掘された黒曜石が東北の山奥の遺跡で発見されたりとか
ジャポニカ米のDNA解析をしてみたらどうも中国の長江上流域あたりから伝わってきたらしいとか
意外と広範囲で交易やってみたいだしな。正倉院の宝物なんて遠くはペルシャから来たのがあったりするし
正倉院の宝物 といえば 冶葛
毒性ばかり注目されるけど、当時はどれくらい治療薬として使われたんだろう。
毒を以て薬となすという考えは世界中のものなのかね
医学の象徴「アスクレピオスの杖」とか薬学の象徴「ケリュケイオン」とかは、
かって毒蛇が医学的に利用されていたことの名残りという説もあるけど
神農さまみたいなチャレンジャーが世界のあちこちにいたのだろうな
「薬ってのは毒を薄めて作るもんなんだぜ」
って、いかさま博覧亭の薬師が言ってたな
薬だと思って水銀飲んで身体壊しちゃうのはまぁよくある事
>>442どこの話だったかと思い出すために、全五巻を読み返す旅に出てくる
16世紀の欧州あたりでは「マラリアに罹ったら梅毒が治りますた」とか
キニーネがない時代ならひどくなっただけと認識してもいいかもしれないが
キニーネが発見されたんで梅毒の治療に使えるようになった。
その梅毒もペニシリンが開発されたから直接治療できるようになったけど。
話が横道にそれるが、有機合成化学がまだ未熟だった時代に
キニーネの合成を試みたところ紫色の合成染料が偶然できて
天然染料から合成染料への転換のきっかけとなって
莫大な富を築いたというエピソードを思い出した
弾幕少女たちの鮮やかな色合いのファッションを見るにつけ
昔ながらの天然染料ではなく外から合成染料を取り寄せているような感がある
ちかごろのマラリアはキニーネはじめあらかたの薬に耐性を獲得しつつある
医師や薬師たちとマラリア原虫との果てしない鬼ごっこ
最近ではクソニンジンやニガヨモギから抽出される天然物質を研究して合成された
アーテスネート(アルティミシア=ニガヨモギに由来)系列の薬と、
他の薬を同時に用いる多剤療法が良く用いられるそうだ
このクソニンジンやニガヨモギ、古くから民間薬として駆虫剤などに用いられて来た
日本にも外来種としてあちこちに自生しているが、名前の通り臭気が強い
そういえばチェルノブイリにも神話的ないわくがあって
原発事故の際に宗教学者が盛り上がってたな…
ニガヨモギの事を書いていて、何か忘れていると思ってWiki見たら、
魔酒「アブサン」に添加される香料でもあるそうだ
(アブシンチン=セスキテルペンラクトンの一種)
クソニンジンの天然マラリア駆虫物質アルティミシニンも同系の化学物質
しかし、神主ならアブサンでさえも1瓶あっさりかもしれない
(自分はおちょこ半分杯しか飲んだ事がない…油かなにか飲んだ気分だった)
誰がああいうお酒を考えついたのか、想像もつかない、何故に………
さらに、遥か未来の東洋の漫画家が架空の野球選手の渾名にしようとは、
アブサン創った連中も予想しなかったろう
話ぶったぎるが、マミゾウが出たからてっきり日露戦争ネタないのかなぁとわくわくしたんだがなぁ、神主あたりなら知っていそうなんだがなぁ日露戦争に狸が参戦ネタ、あっちは四国の方だったらしいが
日清や太平洋では聞かないがなぁ、でも体験談に太平洋戦争中、狐に助けてもらったは結構聞いたけどなぁ
ただ、バルチック艦隊があれだけど不幸街道まっしぐらになったのは私の御陰と諏訪子がいってたり、八島や初瀬や畝傍や陸奥や三笠や香取を沈めたのは私だと村紗がいったらそれはそれでなんだかなぁと思うが
>>455満州事変のときも遠野の神様が次々と戦地に赴いていたらしい…
実際に迷子の日本軍兵士が「遠野から来た」と言う神様に導かれて無事に痔軍と合流できた。
と言う話があったりなかったり。
なんだっけ、柳田さんが遠野物語に収めなかった拾遺集的な本にそんな事が書いてあった。
「霊夢」と言う言葉の意味を知ったのもそのことだったなぁ…
>>455>>457大東亜戦争にもそういう話はなくもないんだがね
でもどっちかっていうと神様や妖怪みたいな大きな存在じゃなく「死んだ同僚の○○が~」とか「墜落したはずの上官の乗機が~」みたいな個人の話のほうが多い不思議
裏
痔軍…
不思議というが平和な日常でさえ「事故現場で死んだ○○がいた」とか、
「自殺した××が真夜中の実験室で研究を続けているのを見た」とか
そういう話をちらほら耳にするから、別におかしくないと思うんだけども
幽霊は信じてないけど
平凡社の聊斎志異読んでるけど面白い
長山の李公は大司寇の甥だった。
その屋敷には妖しいことが多くあった。
あるとき、軒下に長椅子を見かけたことがある。
肌色で、とてもつやつやしていた。
李は、もともとこんなもの無かったが、と思い、近寄って撫でたり抑えたりしてみたところ
手のままに曲がること、あたかも肉のように柔らかい。
おどろいて逃げもどり、ふり返って見ると、四つの足が動き出して、だんだん壁の中へ入って往くのだった。
また、壁のところに白い棒がたてかけてあるのを見たことがある。
ぴかぴかひかっていて長かった。
近寄って起こしてみると、つるりとすべって倒れ
くねくねと壁へ入って往き、やがてのことに見えなくなるのだった。
TeamInazumaの世界
れーむのおはなしで脳内再現余裕でした
太平洋戦争中に僧侶や神官を集めてアメリカを呪ってたとかいうのって本当なのかしらね
普通に戦勝祈願くらいはやってただろうけど
昭和天皇ご自身が宮殿を焼かれても気にせず、宮中三殿さえあればと、
ご祈祷と共に三種の神器の行く末を、ひたすら案じて居られたとか
諸兄の政治的立場から意見は様々だろうけれど、日本の歴史において、
天皇という存在の本質が「最高位の神祇官である」という証左だと思う
その一方では…
「B29が攻めて来ても、伊勢神宮からビームが発射されて撃墜する!」と、
真顔でもって、きわめてオタクな発想をしていた陸軍の佐官もいたとか
あの戦争中でも、オタク民族日本人の本質は保たれていたと思われる
熱田神宮や鹿島神宮は、巨大ロボに変形することを期待されていたに違いない
「食らえマッカーサー、諏訪大社御柱ミサイル!!」
「奈良&鎌倉大仏ダブルラリアット!」
こんな感じか
諸兄の中でコンテンツ文化史学会に行った/見た方はいないか?
両日のシンポジウムの内容を受けて。
オタクはネット時代になってハードルが下がった、
ライト化したとよくいわれるけれども、
母数が増えたことによる相対的な問題ではないか。
教養主義的な、いわば古いタイプのオタクもこのスレを見る限りでは
結構いるような感じもする。その人たちのオタク歴に興味がある。
…東方好き、ならばオタクであるかというとまた微妙だけれど。
>>464シンポジウムはニコ生で見たけど、個人的にはあんまり新しい知見とか
そういう大きな収穫はあんまりなかったかなぁ
神主とかパネラーさんの話は興味深くて面白かったけどね
>>463昭和帝は日本の戦況について陸海軍の高官よりもよく把握してたんだよね
大元帥として両軍の報告を受けてて、分からない点は両軍の侍従武官から話を聞けたし
裏
太平洋戦争でオカルト話っていうと滝沢聖峰しか思い浮かばない
三島由紀夫の幽霊は無しは割と有名
市ヶ谷での自決後、防衛庁に三島と楯の会員の幽霊が出たとか
付き合いのあった文芸編集者が三島から電話を受けたとか
川端康成が三島由紀夫の幽霊を見たとかの伝説が残ってる
…もっとも最後の一本は川畑自身が最後はかなり
ボケてたという傍証(三島以外にも日蓮上人にも合ったとかなんとか)
という説も囁かれているのだが
オカルト、と言う程ではないが
東京大空襲の折、神田明神の境内にも爆弾が落ちてきたが
落ちてきた2発とも不発弾だったので御社殿は焼けず無事でした
と言う話を聞いたときは、さすが将門公と思ったもんだ
まあ、当時将門公は神田明神には祀られてなかったようだけど
>>471GHQが工事してどかそうとしたら死者でたんじゃないっけ。
なので、やっぱり将門公・・・・。
羽田空港の穴守稲荷もね
鳥居は移設されて残されている
厭地とか忌み地とか、触れてはいけない土地というのが、
日本のあちこちにあるな
社寺やその跡地、墳墓などは典型的で、いろいろといわくが伝わる
仏さまが埋まっていた田んぼとか畑、行き倒れの死者があった土地なども嫌われる
面白いのは共同墓地内の小さな火葬場が廃止された後、
区画整理されて墓地として売り出されたが、
価格が他の場所よりも高かったそうだ
「火葬場の跡地は縁起が良いので、高く売れる」
というのが共同墓地管理者のコメントだそうだが、なんじゃそれはと…
理由は、かって焼かれた仏さまたちが死者を導き見守ってくれるからとか
なんとも日本的な考え方だと思った
ここの住人なのに都市伝説染みた話をしている人見ると頭が痛くなってくるわ
冗談で言ってるのかもしれんが、え!?って気分になるわ
それはあなたの思い浮かべているここの住人が幻想に過ぎないだけで
都市伝説を語る人のせいではないけどね
都市伝説も100年200年経てば妖怪話になると思うがなぁ。
あまり馴染みは無くなったかもだが今でも禁足地になってるところは
滅多なことでは足を踏み入れん決まりだからなぁ
八幡の藪知らずやら三輪山やら生島やら石上の布留高庭の森やら出石の環状列石やら
大江の日室ヶ嶽やら八雲山やら
八幡の藪知らずなんかは最初は都市伝説のようなあやふやな噂話だったものが
100年200年たって力を持ってしまった例なんじゃないかという仮説もあるね(跡地説や入会地説)
強い謂れの力や呪いというのは時間をかけて積み重なってできた堆積物だから簡単には払えないし産まれないだろうけどね
禁足地だろうと廃病院だろうと機会があればズンドコ踏み込んでいきたい気持ちはある
しかし幽霊とか祟りよりも近隣住民とか警察浮浪者の類が怖い・・・
>>474なんか前にもこのスレで話題になったと思うけど
ネット上に流れてる都市伝説だって民俗学や文化人類学の立派な研究対象だよ?
>>476いわゆる都市伝説はならないんじゃないかなぁ
どうやら口裂け女も人面犬もこのまま風化していきそう
世代間の隔絶、事実とは思われていない、新たに掘り起こすだけの面白味もない
この辺が理由で、多くはそのまま忘れられて幻想郷へ流れ着きそう
文化や信仰にかかわる話だったり、実在が信じられてないと
>>471みたいに語り継がれはしない
ただ「学校に現れる女の子の幽霊」だけは特殊な展開をしてる
一人だけキャラクター性を獲得して今でも話題が絶えてないんだ
「時代が彼女に味方した」ってやつなんだろうけど、割合興味深いんで今後目が離せない
都市伝説はメディアで取り上げられすぎたから一定のラインを超えられないとか云々。
こじつけかも知れないけど、近い話や物を元にできている事もあるみたいだし
一見一考の価値はあると思うが中々ね…
都市伝説こそ現代の妖怪話でしょ
口裂け女や人面犬なんかは、既に一昔前の妖怪になってるんだろうな
今はくねくねとかかな
そういう短期間だけ話題になって、その後人々の記憶から消えていった妖怪は近代以前にもいくらでもあったろう
それを、特定の地域の人々から話を聞いたり、書物を漁ったり様々な方法で情報をつなぎ合わせて
また現代に蘇らせた人がいたから、俺らがそれらを知ることができる訳で
花子さんやら口裂け女やら人面犬やらは現代の創作物によく登場するし、
既に妖怪としてキャラクター化されてると言っていいんじゃない?
まあ、こういう扱いは妖怪としては「死んでる」のかもしれんけど
神様は信じてなくても悪魔や悪霊、妖怪(人を襲うタイプ)なら信じちゃう人多そう。
どこか心に恐怖するものを求めているのかなぁ
子供のイジメ問題には「呪われるよ」が一番効果的とか…
>>486なにゆえに都市伝説をそうも忌避するのか分からないけど
都市伝説を語ることに意味がないと思うならその理由を論理的に述べてはどうかね?
メリー「さて、どっかに考古学と都市伝説の境界無いかしら」
>>486本所七不思議って知ってるか?
あれも立派な都市伝説で、かつ妖怪譚だ
噂話が人格を得て妖怪化してるんだから、これは言霊だ
立派に民俗学の領域だと思うがなぁ
都市伝説を現代の怪談とするのなら納得だけど現代の妖怪と言われるとちょっとね
まずなんで妖怪と示したくないかについてだけど妖怪って言葉の定義を相互認識してからがスタートラインなんで大幅カットで
「妖怪」はまず大部分の要素として現象の説明であったと言うのが自分自身の考え、先に現象がありソレに「名づけ」たものだと
ソレに対し都市伝説は現象の解釈ではなく「うわさ」が主体になっているものだと言えるから同じだと言われるともにょもにょ
これも単純に一部分の要素を引っ張り出しただけでこんな程度で語れるほど浅いものではないとは思うが険がある言い方になってしまい申し訳なかった
>>486妖怪というか、あやかし、ふしぎの起原としては同じだと思う
江戸時代の怪談には都市伝説的なものも多いしね
妖怪とかが伝播するのってそれこそ時代の影響なんだなぁとふとおもった
昔は同じところに定住してて爺婆等との縦の繋がりが強かったはず
だからそういう話も残りやすくて次の世代に伝わりやすかったんだろう
都市伝説とかの噂は同級生とかの横の繋がりで広がるから一時的なもので残らない
>>491なるほど、そういうことね。それなら理解できる
>「妖怪」はまず大部分の要素として現象の説明であったと言うのが自分自身の考え、先に現象がありソレに「名づけ」たもの
井上円了先生あたりが言うところの「妖怪」はこれですな。確かに「妖怪」の一面としてはこの認識に異存はない
ただ、特に江戸時代後期あたりになってからだが、現象の名前であったはずの「妖怪」をキャラクター化(擬人化)するという
動きがあった。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』シリーズなんかはこうした文化的動向の典型例で、絵画として視覚的に表すことで
本来実体を持たない現象だった「妖怪」を、実体を持った「化け物」として認識することが盛んになってくる。
これは石燕だけでなく、浮世絵という版画文化の隆盛にともなって急速に民衆へと膾炙していった。本所七不思議や四谷怪談や番町皿屋敷などの
現代でいえば「都市伝説」に該当するようなことも、浮世絵や読本の挿絵などに絵として視覚化されることで、キャラクター化が進んで
他の異形などと同じく「化け物」の一種として認識されるようになる。ここら辺までが明治・大正あたりまでの流れ。
更に、柳田國男の『遠野物語』及びそこから誕生した日本民俗学によって、地方の怪談や民間伝承がサンプルとして収集され、
柳田ほかの学者や研究者達によって紹介されていくのが戦争を挟んだ昭和時代。尤も、こういうのも実は江戸時代に前例があって、
『兎園小説』に代表される江戸の百物語ブームにより、各地の怪談や民間伝承などを知識人らが集め、改変したり他と組み合わせたりしながら
新作怪談として語り、これらがさらに「うわさ」として都市間や地方間を移動し、広範囲に伝播していった。
柳田らの活躍によっておそらくこれと同じようなことが再び起こったのだと思う。特に戦中は軍隊、戦後は集団就職などの影響で
全国各地から地方ごとの怪談・民話の語り手達が都市に集まり、そこで反復的に語られ噂され複雑怪奇に入り交じることで
いわゆる「都市伝説」が形成される土壌が出来上がった。ここら辺が高度経済成長期あたりまでの流れ。
そして、何といっても欠かせないのが漫画家・水木しげるの存在。
この人とその周辺が巻き起こした妖怪ブームによって、それまではどちらかと言うとアウトローの場でこっそり活躍していた「化け物」や「都市伝説」が
同じ「妖怪」というカテゴリーを共有しながら表に出てくるようになった。
つまり、江戸の昔から生き続けていた異形の「化け物」と、田舎の山奥や都市の闇の中に蠢いていた「うわさ」とが渾然一体となって
人間達の娯楽の中に押し寄せてきた。これは日本妖怪史的には革命と言ってもいいくらいの大きな出来事で、現代における「妖怪」文化の直接的な流れは
このあたりで成立したものといって過言ではない。旧来の「化け物」「都市伝説(怪談)」が一旦ここで解体され、新たな現代的「妖怪」として再出発したとも言える。
で、長々と語ってきたわけだけど、こうした流れの果てにある現代において「妖怪」と「都市伝説(怪談)」を分けて考えることは
もはや不可能になってるのではないかと思う。だから、
>>491の気持ちはわからんでもないけど、おそらくその認識で今「妖怪」を語ることはとても難しい。
そういう意味で
>>483の「都市伝説こと現代の妖怪話」という認識は極めて現代的で、かつ文化の土壌的には間違ったものではないことを指摘しておきたいなと。
↑文化の土壌的には間違ったものではない
まで読んだ。
そもそも現象の説明なら科学と心理学でほとんどできるはずなのにいまだに
お化けやら妖怪やらに人気と需要があるのはそういうことなのかもな。
確かに都市伝説にでてくる怪異は妖怪というよりゃ、
科学やら技術やらの延長線上にあるSFの存在っぽいイメージはあるな。
口裂け女→整形手術の失敗,人面犬→遺伝子操作キマイラ,赤マント→変態(ぉぃ)等、
それとなく現代的な解法と結びつけたうえで恐怖する部分が多かれ少なかれあるよーな……。
>>494そう、妖怪は図に記され並べられることによって一度「死んだ」あるいは再構成とでも言うのか
キャラクター化された存在が逆に農村部に流れて新たな怪異となるような現象まで多々見受けられるくらいに
コレは「うわさ」からの、見聞から産まれ変わった妖怪と言えるかもしれない
水木御大の際にさらに妖怪は再構成&キャラクター化が進んだものになった
こう考えるとよけいに都市伝説の「妖怪化」はありえない気がしてくる、一部の例外を除いてね
うわさが再構築されることもあるだろう別の地域で恐ろしい怪談になっていることも多々ありえるでもソレは「妖怪」か?
結局、人が集まればそういうお話しが生まれて来るのかもしれない
ただ、恐怖ばかりかというとそれも違う、畏敬もあれば、ご利益さえあるし、
あげくの果てには笑いまであるし、泣かせるような良いお話しもある
キスメのようなつるべ落としや茶袋の怪異だって、村の特定の樹だった
人々のランドマークに、何かが添えられていたとも思われる
こんなお話しも伝わる(時期不明だが、昭和初期ごろ?)
村の一本松に人魂が出るという話に人々が怯えていた
駐在の巡査が確かめに行くと、なるほど、人魂らしき炎が松の樹の周囲を飛んでいた
巡査がさらに観察を続けると、「今日はまず、これまで」という声が聞こえ、
竿を手にした男が松から降りて来た
全てはその男の仕業で、村で「馬鹿丑」などと呼ばれていた男の悪戯だったと
バカにしていた男に、村人が逆にバカされていたという顛末
都市伝説って妖怪の幼生って感じがしなくもない
地域で差異があって伝承されてるってところが
成長する前に新聞やらテレビやらで形にされて消えていったけど
>>497「妖怪」なのだと思うよ。
誰かが「うわさ」を聞き取り、話として編集し、何らかのメディア媒体で紹介した段階で
それは立派に現代的「妖怪」としての機能を果たしているから。
情報化が進んだ現代社会において「うわさ」を「うわさ」のままに認識することは不可能となってるのではないかと。
あらゆる「うわさ」は
>>494の文化的背景を持った現代人に観測された時点で、もう本来の「うわさ」から変化してしまってる。
ゆえに、そうした「うわさ」が形成した「都市伝説」は、一種の「妖怪」として現代社会に機能・流通しているのではないかしら?
世の中には、不思議のままにしておいた方がいいこともあるよな
多分不思議な現象に首を突っ込むか、傍観者になるかによって分岐するんだと思う
怖がる、広める、隣人になる
こうなると都市伝説は主観的対象になるから、それが「いる」と見るようになる
キャラクター化するんだな
その一方で分析や解体をすると、都市伝説は客観的対象になって、そこに「ある」物をどう認識しようかと掛かる
現象として把握するから、「妖怪だ?バカを言うな、噂話じゃないか」って意見などに落ち着く
これはもう研究するスタンスによるものだから、どちらが是とかじゃないな
俺個人としては、人の罪業に合わせて地獄の種類が細分化するような物は野暮に感じるんだ
不思議は不思議でいいから、どう不思議かと考える方が好きだ(重ねて言うが、これは俺の主観)
徒然草の鬼の噂の話とかはあの時代から都市伝説・噂っぽいな
現代の都市伝説にもパターンが有って 乱暴に分けるなら3つ、4つぐらい?
例えば「机の下の鉈女」だとか「窓際の悲しそうな女(実は首吊り死体)」だとか
これを「妖怪」でくくるのはまぁ異を唱える人が多いだろうな
この人達は距離が近すぎる
実は正体は~って明かされてる段階で妖しさ怪しさは一応解体されているし
妖怪としての役目を終えてるわけで、むしろ妖怪と言うより怪物、幽霊、化け物
単なる怪しかったモノ、怪しいモノ、というジャンルになるのかな
元になる人間の正体というものが生きている人間から近すぎるし、正体見たり枯れ尾花
この怪しいものは出来たてほやっほやのアヤシイモノだ!と説明されているわけだから
積み重なった時間がほとんどないし共通認識があるわけでもない 必要ないしね
これらの話の重要な部分は怪物の正体云々とは別の場所にあるから深く説明される事もない 単なる化け物 シチュエーション
ただ口裂け女、これは二口女系列の妖怪だと言って言えないことはないし最早花子さんを洗面所につく零落した神様に連なるものだと
すればがんばり入道系列になる 元になった人間は恐らくいたと推測されるのだろうけど既にかなりキャラクタ化されて
時間も堆積してるし人口に膾炙も一応されてる
化け物、怪物から進化した妖怪との中間あたりの存在? まぁこれが2パターン目
もう一つは話が生まれた時から既に異形、人間から離れた形で生まれた存在
これは怪物人間とはいえないから妖怪にいれるしかない くねくねとか新しいけどぬっぺっぽうの系列と言え無くもないし
正体が事細かに書かれるわけでもないから 妖しさが解体されずに残るのがこの話のキモ
ケセランパサランやらまっくろくろすけやらこういうのも怪物というよりは妖怪(妖精?)の類にとりあえず入れるしか無い 人面樹系列?
トンキャラトンとかもう最初っから意味が分からないけど「妖怪:死神」系統の妖怪話が元ネタらしいし いき合うと死ぬ系の行き合い神やひだる神 リョウメンスクナ
てけてけやカシマさん……はどうだろうかなぁ むしろ身体が離れても動いたというのは祟り話の系列だし……
一応正体も説明されることはされるけどそれで彼女の持つ妖しさが払拭、解体されるわけじゃないからなぁ まぁそういう妖怪で……
都市伝説に出てくるモノは化け物・怪物譚やら妖怪譚やら幽霊譚(心霊スポット系列は全部これかな)やらキャラクタ話やらが入り混じりあって全部「都市伝説」でくくっちゃうから
ずっと混沌としたままの状態から当分変わらないだろうね 全ての話をきっちり分類分けするようなことは多分出来ないだろうし
何を言いたいか忘れてしまった。ビールが苦すぎて あぁそうだ、多分ZUNは妖怪事典に入れても良いんじゃないかな
日本にはいくつかやばいものを封じる為に名も無き神社を人が入らない山奥などに建てているとか聞いたなぁ、てかここ見ている人ってオカ板とかよく見ているの?
妖怪で思ったが、百足の妖怪は出てこないのかなぁ?まぁ幻想郷の守護たる龍にとって百足は勝てない相手だから紫あたりがシャットアウトしているかもしれないが
それこそ「仕組み」を知れば知るほどオカルトとかバカらしいものに思えてくるのよね
本来の意味でのオカルトなら大歓迎なんだがな
朝の占いコーナーで一喜一憂してる人達を見てるのと同じ感覚
まぁ人としては無知蒙昧だと言って高説ぶってる方がダメな部類に入ると思うんだがなw
キャラとしての妖怪は化け物の性質を受け継いでるわけだから
見た目が化け物っぽいってのがキャラとしての妖怪と認識される条件だと思う
一方怪しいという意味で使う場合は都市伝説も入れることができるけど
その都市伝説に出てくるキャラ自体はやはり妖怪ではなく怪物などと呼ばれるのではないかな
妖怪ってのは未知への畏れだからねぇ
現代じゃもう妖怪は生まれないと思うよ
川のせせらぎを聞いたところで現代人は小豆洗いの仕業じゃ!とか思わないもん
自然現象だけが妖怪の正体とはかぎらないしなぁ
それを言ったら付喪神とか山男とかどう考えればいいのさって話になるし
妖怪は信じないけど幽霊は信じるって人はまだ少なくないんだよなぁ
根本的には同じだと思うんだけど
夜道の暗さと恐怖から来る幻聴が人面犬の元と言えなくもないんじゃね
妖怪の生まれる土壌はいくらでもあると思う
が、生まれちゃ消え生まれちゃ消えであまり長く存在する新妖怪は少ないだろうなとも思う
そんなことより、阿求の口授本が出るそうで。
風以降の考察もコレで進むかもしれんね
あと現代になったからって未知の領域が人々から失われたとはとても思えない。
むしろ、一般庶民の文化的活動範囲が広がったおかげで、無知・無理解による「未知」との接触機会が増えて
「理解できない=こわい、おそろしい」ものは一人当たりの情報網が狭かった昔より増えてる気もする。
ある個人や集団にとっての「既知」が、他人や他集団にも「既知」であるとは限らないしね。
新たに発見された未知だと、少し前話題になった妖怪ニュートリノかな
科学の歴史は、未知を知る→解決する→新しい未知を発見するの無限ループだから、
妖怪は滅びぬ。何度でも蘇るさ!ってことになるんだろうか
話掘り返す、というか聞き返すようで悪いけど
今でいう「妖怪」の話である「妖怪話」は「妖怪」がキャラクター化されて定着するまではそれそのものが「妖怪」だったってことでいいのかな
典型的現代人で学もさしてない俺からするとその境界はよく分からないが、
話がそのまま妖怪としてあったってことはその現象とそれを引き起こすキャラクターとしての妖怪は分ける気がなかった、ってことだよね
都市伝説と前近代における妖怪は違うってのは主張としては分からなくも無いが、
そこで終わるのは考察として勿体無いと思う。
例えば死体や殺人鬼、キ印が主人公な話にしたって、現代ではもう存在しない
「人間のようで人間でない何か」のニッチに「人間でなくなった人間」が入り込んだ結果と見ることができる。
戸籍が国民に行き渡って警察権力も大きくなったから昔みたいに鬼退治もできなくなったしね。
>>517現象と、それを起こす原因が1対1で直結してたら分ける意義もないんじゃないかなあ。
ある「現象」に対して必ずしも「原因」を特定できなかったりする場合がそれこそ妖怪の誕生なんでは
都市伝説というと口裂け女や人面犬や走る婆さんみたいに
キャラクター化されうるものばっかじゃなくて
「こんな事件が起きた」という噂話の類も多いじゃない
アメリカの田舎で根強く語り継がれる「消えるヒッチハイカー」とか
客が試着室に入ったら消えるブティックとか(ユダヤ系の店という疑惑)
あれは未知のよそ者に対する警戒心の産物なんだろうと思うんだが
妖怪というキャラクターには結実しにくい
でも共同体の境界で接する他者とかがいる限り
この手の話はなくなりそうにない気がする
西洋+妖怪というキーワードでふとニュージャージーデビルを思い出した
あれは未だによくわからん・・・
妖怪という言葉にはキャラクター化したものだけじゃなく現象も含まれるから、
消えるヒッチハイカーなりブティックなり、それら都市伝説も妖怪と言っても差し支えないと思うなぁ
>>517妖怪ではなかった、と個人的には思いますけどねぇ
例えば、こういう話があったとします。
ある人が経を誦していると、うしろへ青面髭面の大男が現れました。
まぁ見るからに「鬼」です。日本風に言えばモノです。化け物です。
そのまま無視して経を誦し終わると、大男はいつの間にか消えていました。
不思議に思いましたが、このようなことは二度と起こらなかったそうです。
この場合、色々な可能性は考えられますが正体は分からないままです。
なので、とりあえず「鬼が現れた話」となるでしょう。
伝統的な解釈に従えば、本当に色々な可能性があります。
明らかに人間じゃない感が漂ってますから幽鬼ではない気がします。
神の類でしょうか。山精山魅の類か、下手をすると冥官ということもありえます。
狐が化かしているということも考慮に入れておきましょう。
何が目的でこんなことをしたのかまったく分かりません。
この大男は不定形で、かつ再現性の無い、一回限りの存在です。
さて、この大男は百鬼夜行図に描かれているものと同じ「妖怪」でしょうか?
私はこの大男を「妖怪」にしてしまう気にはなれません。
「経を誦しているとうしろへ現れる妖怪」として名付けられ、巷間に流布されるまでは、ただの「不思議な話の登場人物」であろうと考えます。
「妖怪」とは再現性を前提に語られるものだと思うのです。
少なくとも浮世絵師による種類分けが始まったころからはそうでしょう。
再現性が無ければある因子を特定の種類に分けることは不可能なのですから。
エピソードと付随した形で語られ、ともすれば現象そのものの説明として機能するのも、このためでしょう。
再現性の無い怪異は「妖怪」と同列にはできないのではないでしょうか。
というわけで「妖怪ではなかった」と思うのですよ
上で出てる通り、妖怪話というのはどこかで起こった「不思議な話」だったりするわけです
こういう話に化学現象のような再現性はありません
だからこそ「不思議」なんであり、本来は種類分けできる代物じゃないわけです
だからこれを無理やり種類に分けてしまった「妖怪」と元ネタである「不思議な話」はキチっと分けとくべきかなと思ったりするわけなんです
都市伝説は妖怪だって言い切るのは
宇宙人は妖怪だって言ってるような違和感があるんだよな
>>523そこでいう再現性とはキャラクターの同一性ということだな
ちょっと話はずれるが
オーストラリアの伝承ではバニップという怪物が語り継がれていた
先住民(アボリジニ)の話ではバニップは大型哺乳類らしいが
くちばしがあるとか直立するとか正体が何だかよくわからない
白人も最初は正体不明の動物の影や鳴き声を聞いてびびってたが
結局「沼にはまった牛」とか「河口に入り込んだアザラシ」とか
「大カンガルーの見まちがい」という風に現象が分解整理されていったら
「バニップ」という一体の怪物に総合されるイメージは消えてしまった
…ぬえみたいな話だな。ぬえも「頭がヒヒで体が虎で尾が蛇」とか
一貫したイメージ像がなければそのつど毎回別物として語られ
ぬえというキャラクターの一貫性を得なかったかも知れない
>>523いや、だから現代における「妖怪」という言葉には様々な文化的背景が含まれていて、
「これは妖怪」「あれは妖怪じゃない」という風に分けて考えることは難しいと言ってるじゃないの
再現性云々の話では、そもそも伝承や個々人の体験談に再現性なんてものは最初から無いわけで、
そこら辺を基準に分けたり切ったりしていくのはナンセンスだと思う。
更に言えば、例として挙げた「青面髭面の大男」の話とて、たまたま紹介者である貴方が「「妖怪」にしてしまう気になれない」のであって、
例えばここで俺あたりが「こういう事例があるよ!」と言ってどこかで再話(紹介)して、これを妖怪出現譚の区分に入れてしまえば、
その「青面髭面の大男」はもう「妖怪」になってしまうのだよ。
本当の正体は神様だったのか狐狸の類だったのか、あるいはどっかの酔っ払いのおっさんだったかもしれないけど、
誰かが「こいつは妖怪だ!」と認識してそれをリピートしたら、そいつはもう「妖怪」以外の何物でもなくなるわけさ。
そうじゃないと確かめようにも再現性が無いんだからどうしようもない。
いくら
>>523が「不思議はそのままに」と頑張ったところで、一度語られてしまった怪異はもう体験者(話者)の手を離れて
一人歩きを始めてしまうのが世間のおそろしい部分なのだよ。だから、「不思議」を「不思議」のままに留めるには、
体験者(話者)が黙して語らず、自分の中だけにしまっておくより他はないのだ。悲しいことだけどね。
そう言えば件のくねくね何かはオカ板で語られてから目撃談がぽつぽつと上がり始めたって聞くね
あれ自体は創作者が何かの話をベースに作り上げたって言われるし、面白いものだ
>>526まさにそこなんですよ
「妖怪として語られていない怪異は妖怪か」と
私は妖怪ではないだろうと思う
「妖怪」として語られたものが始めて「妖怪」になる
こうして分けないと、元の話者と認識の上で齟齬をきたすことになりゃしないかと
例えば信仰の場で怪異を語るときは「妖怪」なんて言葉は使われないわけです
ある人に何かが憑りついた、今もってそこで暴れてる
こりゃ狐の類だ、水子さんだ、餓鬼さんだ、とは言いますが「妖怪」は使われない
ああいうのは一回こっきりでキャラクター性は無いわけです
これが後に妖怪話として語られればそりゃ「妖怪」が生まれるでしょう
しかしそこを通さなきゃこの事件の主犯は「妖怪」にはならず、一つの事件のままであるはずです
「全部まとめて妖怪」と一括りにしてしまうのは相手を無視した乱暴でしょう
「妖怪」という言葉はあまりにも特殊で、こういった事例には適しません
今昔や霊異には独自の世界観があるわけです
「すべて妖怪となりうる」ことに異論はありませんが
「すべて妖怪であった」かというと頷けないのです
>>496それって後から理屈付けされただけではなかったか
最初はそんな出自なんてなかったと記憶してる
>>505百足は毘沙門天の使いと言う見方もあるから、既に2人いる状況じゃ厳しいんじゃね?
>>524現時点においては、火星人やらグレイやらの宇宙人も、
その乗り物である(とされている)UFOすらも妖怪と呼んで差し支えないと思うよ
目撃談やら胡散臭い写真があったりするだけで、その存在ははっきりと科学的に証明されてないからね
狐や鼬、山嵐などの動物だってかつては妖怪として扱われていたのだから、
宇宙人は妖怪じゃない、って言い切ったって俺は違和感はない
>>523百鬼夜行図も妖怪の「キャラクター化」はしてるでしょう
その程度のキャラクター性すら排すと、妖怪と現象の区別はなかったんじゃないかと思うんだよ
例えばかまいたち、あれは実際はただの現象だったわけだが、鎌を持った鼬という妖怪だった
…あれ逆か
キャラクター性を持たせてはじめて名前がつけられ、それでようやく妖怪として認識できるのか
キャラクター性なしに妖怪は語れない…?
分からない何かは分かるようにするため現象を分析して原因を考察、それで妖怪とその話が同時に生まれる…?
書いてて訳が分からなくなった
>>531ぬーべーとか妖魔夜行だとUFO妖怪説だったねそういえばw
考えてみれば、かぐや姫だって宇宙人だものな
竹取物語のクライマックスでは、月の羽衣を帯びた姫は、
人間の世での記憶や情感を失い、月の人に戻ってしまうとある
あのイマジネーションは凄いと想うな
あら、結論がおかしなことに…寝ぼけてたか
宇宙人は妖怪だ、って言い切ったって俺は違和感はない、ね
そういや、どこぞのプロレス漫画で、鬼ってのは漂流した西洋人って言うのがあったな。
遠野でも天狗だか鬼だか怪しい巨体の男性が若い娘をさらって孕ましたりしてたなぁ…
>>531京極夏彦か誰かの本で愚霊として登場したな
ナスカの地上絵やミステリーサークルなんかが宇宙人の仕業みたいな話は
現象の説明であって妖怪の本質と被るとかそんな感じ?
>>536あのマンガ鬼は異国人だけど河童はちゃんと河童としていたんだよな確か
>>540あれは「鬼は異国人だった」話ではなく
「異国人だったのに鬼になってしまった」話と読み解くとまた違った趣がある
妖怪という言葉は民俗世界で実際に使われていた言葉というよりも、
学問上の分析概念としての性質が強いので、
現地で妖怪と呼ばれているものだけを妖怪とすると、
妖怪の範囲はかなり狭まってしまうし、そういう定義はあまり有効ではないと思う。
たとえば、遊戯とか、民具とか、民謡とかも一緒で、
現地でお手玉のことを遊戯と呼んでいないから、お手玉は遊戯ではない。
と言ったら、遊戯に関する議論はできなくなってしまう。
「妖怪」など一般名詞に近い言葉は、意味の定義をあまり厳密にやらない方がいい気もするがな
普通の人が「なんとなくこんな意味だろう」って所で語る方が、間違いは起こりにくい
もちろんその言葉自体を研究対象にするのなら話は別だが、どうにも妖怪は一般名詞側にいる気がする
ただ専門的な固有名詞と、大衆的な一般名詞の線引きをどこでするのかと言われるとこれが悩ましい
普通の人も「河童」って語は知っているだろうが、大衆的なイメージを持つ妖怪であると同時に、専門的に突き詰めないと解決できない専門性も持っているからな
>>543確かにその通りです
自分でも「何言ってんだコイツ」ってとこが大いにあります
ただ、どうも腑に落ちないところがあるんですよね
実際に狐やら何やらを扱う寺で世話になってたことがありまして
そのときに「果たしてこいつらを何と呼べばいいんだろうか」と疑問に思ったんです
扱われ方があまりにも生々しい、人づてに膾炙するような性質でもない、でも怪異に違いない
「○○が信じられている」というには抵抗は無いが、妖怪という言葉を当てはめるのは腑に落ちないものがある
この辺が妖怪という言葉の限界で、分類される前の怪異は「モノ」ではあっても妖怪とは違うものなのかなと
・・・どうなんでしょう、これ?
なんかこう、民俗学者と現場との温度差ってこの辺が原因な気がするんですよね
>>545水木御大以前からキャラ付けされている妖怪(怪異)もいるな
ぬえなんて典型だろうし、上に出て来る八幡の薮知らずに関連する11人御先(将門の影武者たち)とか、
オーサキ(北関東・秩父地方に主に伝わる、狐狸やムジナの類、神様のお先=使い)とかだ
一方には正体不明で曖昧な怪異があり、
もう一方には明確な姿や性格を付与された妖怪たちがいる
怪異とは違うけれども、四国八十八ヶ所の霊場を逆に巡ると、かならずどこかで、
弘法大師さまとすれ違うという伝説が残っている
囲炉裏端での昔話、不思議話が怪談の源ではないかと個人的には考えている
何が妖怪で何が妖怪じゃないかなんて突き詰めれば言葉遊びでしかない気もするけどねぇ
UFOや都市伝説が妖怪かって以前にまず鬼ですら妖怪かどうかも人によるだろうし
鬼じゃなくても八岐大蛇とかも妖怪と見るか神と見るか微妙だよね
跳ね飛ばされた将門の首が岩を「かんだ」
からきていると言う説があるとか昔読んだ巫女入門の本に書いてあった。
しかし息子に巫女入門の本を借りてくる親って…
今日は月食だけど、月食関連の伝承とかって何があるのかな
日食は天岩戸とかいくつかわかるんだけど
ヒンドゥーのラーフも月食だね
ラーフがソーマを盗み飲みしようとしたところを、太陽と月に告げ口されたお陰で首と体がサヨウナラ
ソーマを飲んだおかげで死んではいなかったが、告げ口した月と太陽にブチギレ
「何チクっとんじゃゴラァ」と頭の方は月を、胴体の方(ケトゥ)は太陽を追い回し、
運悪く捕まって食われた日が月食・日食だそうな
なんだ神田の明神下で
胸に思案の 胸に思案の
月を見る
(♪銭形平次より)
しかし神田明神が平将門を祀った社と知った時は驚きだった
あんな悪霊なんかうわなにをsu
>>554 , \, -─-- 、.,_
,.i (ヒ_] ,___, `ヽ,. /
./ ヽ _ン ヒ_ン )
_,./__,,. -‐ ''"´ ̄ ̄`"'' .、`ヽ,ー:'
,. ''"´ /´ / ;' ! ;`ヽ,ヽ、
'.、 .;' ', i ´ハ_ _ハ ノ メ !,!ヽ,.ヽ.
`Y i Vレ'7;__,.!/ V !__ハ ハノ., ',ノ';
_ノ i=ハ ' (ヒ_] ヒ_ンハ.ノi i
`.>' iX|⊂⊃ ,___, ⊂⊃ノ!レノ
∠._ ノ |=ヽ、 ヽ _ン ノ!i レ
,.ヘ,) | |>,、 _____, ,イ| |
' | !>;`ヽ、「、,ハ.| |
悪霊といえば今回出てきた屠自古ちゃんの能力には物凄く得心がいった感がある
中世日本では雷って海外ほど厳かなイメージではなかったと思うんだよねもっと冥い感じ
道真の怨霊が雷を起したってこともあるし黄泉で伊邪那美に纏わりついてたのも雷だし
フィブリの神主インタビューで屠自古は怨霊的なイメージと言ってたし
雷を「操る」ではなく「起こす」能力ってあたり神主は狙ってるなぁと思う訳ですよ
屠自古の起こす雷って「くわばらくわばら」で避けれそうだよね
桑原というと菅原氏になるんだけど、天神様ってまだ出てなかったっけ?
雷関係だと屠自古(元興寺)・神奈子(建御雷神)・秋姉妹(稲妻。少し厳しいかw)と出てるのに
元ネタWikiにはないんだけど、屠自古には御霊信仰の性質がある気がするんだよなぁ
蘇我氏の「怨霊」で「雷」というのは、道真の紫宸殿雷撃とダブって見える
よっちゃんが菅原道真(火雷天神)の天神として同一視されてる
元々の火雷神使ってた気がするが
>>558>>556を受けて、確かにまじないなどで避けれそうな雷だしそうだね、自然現象の衣玖さんのものとは違って
という感じのことを言いたかったんだ、おかしなレスしてスマン
厄神様の細道ならあるけど天神はまだ出てなかったと思う
依姫は火雷神として、天神様も含んでるのかー
裏
もう少し考えてたんだが、屠自古って巫子の性質も持ってるなと思った
大幣についてるシデって、いわゆる雷形で、屠自古の弾幕と一致している
が、あのギザギザは吉田流(卜部氏)だから蘇我氏と関係ねーじゃんと自己完結しただけの話
裏
>>559>元ネタWikiにはない
あそこは半分はネタと思って眺めてた方がイイと思うんよ
玉依姫ってたしか正体が鰐だよね?
なんでまた雷神なんかになったんだろ
>>564そりゃ豊ねえのほう
あと雷神を使うだけで雷神じゃない
賀茂のよっちゃんは火雷神の子を生んでるので全く関係ないわけでもないが
>>559神奈子に武甕槌の要素ってあったっけ
いやない
建御名方神と八坂刀売のハイブリッド
天神様は外で成功してる神様の例として、香霖堂でお稲荷様と並べて名前が挙げられてた
ていうか豊玉姫の妹の玉依姫と、賀茂の玉依姫は、生きた時代も場所も違うまた別人だしなぁ
両者の間には何にも関係ないよ
依姫って言葉自体が巫女みたいな意味を含んでるんだっけ?
>>568東方風に言えば分霊とか大国主と2P別御霊の大物主的なとか
重婚Bitchとかいろいろあるんじゃね?
以前に古事記を一通り読んだとき
神功皇后がちょっと依姫っぽい(神様の力を借りるところとか)とは思った
>>571まるっきり本人とも、違う人ともいえるほどの情報も無いと言うか…
たとえば神奈子の元ネタはヤサカトメだけどタケミナカタの実績を継承しているキャラで
依姫も玉依姫としてのエッセンスを抽出された東方キャラなわけで
スペカで火雷神を呼んでるのもその賀茂の玉依姫つながりからでほぼ間違いないだろうと思うんだが
能力から言っても各地偏在する巫女神が元ネタみたいなもんかと
太子の親父さん、用明天皇の宮跡や磐余池と思われる遺構が発見されたとか
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20111215-OYT1T00959.htm
橿原市=藤原京の周辺では、考古学的研究が地味ながらいろいろと進みつつあるな
ホオリノミコトと豊姉の子供のウガヤフキアエズノミコトを引き取って
自分好みに育てて結婚、神武天皇を産むとか光源氏より先行ってるよね>よっちゃん
他の玉依姫 [編集]
「タマヨリ」という神名は「神霊の依り代」という意味で、タマヨリビメは神霊の依り代となる女、すなわち巫女のこととなる。タマヨリビメ(タマヨリヒメ)という名の神(または人間の女性)は様々な神話・古典に登場し、明らかにそれぞれ別の女神・女性を指している。例えば、『山城国風土記』(逸文)の賀茂神社縁起には、賀茂建角身命の子で、川上から流れてきた丹塗矢によって神の子(賀茂別雷命)を懐妊した玉依比売(タマヨリヒメ)がいる。
他に、大物主の妻の活玉依毘売(イクタマヨリビメ)がいる。全国にタマヨリビメという名の神を祀る神社が鎮座し、その多くはその地域の神の妻(神霊の依り代)となった巫女を神格化したものと考えられる(ただし、一般には、神話に登場するウガヤフキアエズの妻のタマヨリビメとされていることが多い)。賀茂御祖神社(下鴨神社)に祀られている玉依姫は『山城国風土記』に登場する玉依姫である。
wikipediaには上みたいなことが書いてあったよ
もっともこの記述が正しいとは限らないけど
自分の子供に祖父の名前を付けるようなものだね(昔はそういう名付けも多かった)
同じ名前だが祖父と孫は同一人物では無い もちろん全く関わりが無いともいえない
そもそも名前というか職業だからね依姫というのは
織姫というのも同じような性格の名付けだね機を織る姫は同じような運命を辿る織姫
自分の子供に祖父の名前で思い付くのが、ドラゴンボールしかなかった……。
さすが諸兄、勉強になる。
「真の名前=存在の本質を示す」という認識はアジアはじめ、
世界のあちこちにある
中国や日本においては「諱(いみな=忌み名)」こそが本名であり、
みだりに呼んではならない上に、安易に人に知られてはならないタブーがある
支配されたり呪われたり、様々な災いや不吉に遭うためだ
だから字名(あざな)のように、別に日常用の通称がある場合が多い
職能名や官位名などで呼ばれることもある(水戸中納言とか)
織姫や依姫は、もしかしたら字名かもしれない
読んだのが大分昔で詳細な内容は覚えてないけれど、ゲド戦記の第一巻も確か竜退治の時、真名を把握するってやり方だったよね
「誓おうぞ!その名に懸けて誓おうぞ!」とか懐かしいな
また読み返してみようかしら
>>575 神代の昔から日本人てやつらは…
>>582豊姉が出産するのでその世話をする為によっちゃんがやってくる
→出産の時に旦那が部屋を覗いちゃって豊姉の本来の姿(鮫)がばれる
→「正体を知られたからにはこれ以上一緒に暮らせません、さようならあなた…」と海へ帰る豊姉
→「では姉の代わりに私がこの子を育てますね」と居座るよっちゃん
→その子との間に4人も子供を作ったよ!やったねよっちゃん!
…もしかして「計画通り……!」なのかー?
ただ豊姉とよっちゃんは姉妹ではなく伯母姪の関係だという説もあったりする
それなら従姉弟だから「憧れのおねえさん」からゴールインしてもおかしくはないが…
どっちにせよ一つだけはっきりしている事がある
おねショタはジャスティス!
年上お姉さん万歳!
天照×須佐之男はおねショタですか?
必至におねえちゃんの気を引こうと厨二くさいいたずらをくり返す弟
しかも弟はマザコンで亡き母(イザナミ)を慕って泣いてばかり
高天原を追い出されるに当たり姉に挨拶に来ると姉は武装して対応
(つまり姉は男装もする戦闘美少女!)
「身の潔白を示す儀式」という妖しい行為の結果
男の娘…もとい男の子の筈の須佐之男が女児を出産…
…普通に記紀の内容書いてるだけなのにニヤニヤが止まらんわ
馬の皮ひん剥いたりうんこ投げたりするショタなんてやだよ……
>>586あの儀式って、どうなったら正しいかってのは結果が出た後で説明してるんだよね。
なんだかんだで弟に甘いお姉ちゃん萌え
髭生えたオッサンのスサノオがショタとかないない…
裏
なんか元ネタであるオリジナルの玉依姫と、二次創作の依姫を完全同一視するのってどうなんだろうなぁ…
裏
まあ東方でも綿月姉妹が
又甥の嫁と又甥夫婦の息子の嫁であることは設定であるわけで
オネショタ的なのは揺るがんのではないだろうか
昔からそういう方面の話はウケが良かったってことなのかしらね
>>590>又甥の嫁、及び又甥夫婦の息子の嫁
よく見ると又甥が二人いる可能性を否定しきれない文章だった
豊姫の息子の嫁だってんなら別にそう言やいいんだし、むしろそっちの方がすっきりする?
>>592流石に姉の息子を誑し込んだショタコンとはっきり言わない情けが月の頭脳にも存在したんだろう
>>592神話通りとはいえそのまま書いたら近親相姦になっちゃうからな
あえてあやふやにしたんだよきっと
>>594近親姦については今更な気もするけど、さらにおおっぴらに書いてしまったのがギリシア神話ということですね
近親姦が禁忌になった時代はいつごろなんだろうね
世界中の変態さんが、兄弟姉妹父子母子でやりまくって
産れた子供が遺伝子的に脆弱であることに気づいてからかな
それとも近親とやるのはダメだという本能が、
遺伝子に組み込まれているのだろうか
資料はなく個人的な印象なんだけど、日本の場合は西洋文化が入ってくるまで、近親姦がタブーだったとは思えないなあ
平安時代の藤原氏なんか、どれだけ近親婚をしてるのかと…
例えば『古事記』の衣通姫伝説のように、同母兄弟の近親婚は、日本でも以前からタブーだったようだね。
その一方で、聖徳太子の父母のように、異母兄弟であれば問題なかったらしい。
というのも、当時は通婚制であって、母親の家で子供が育てられたからとか。
つまり、兄弟とはいっても母が違えば、育つ家が違い"別所属"と認識されたらしい。
だから、平安中期頃まで、"天皇の外戚になる"ことの意義が極めて大きかったわけ。
平安中期以降、家父長制が次第に成立してくると、兄弟婚というのは減ってくる。
異母でも"同所属"と考えられたからだろうと思う。
結局、「家」をどの範囲で考えるかによって、「近親婚」かどうかが判定されたのじゃないかな。
だから、叔父叔母やいとこは家が違うから、わりとあるしね。
今みたいな、「等親が近いから」といった発想はないだろうとおもう。
古事記の衣通姫(そとおりひめ)伝説から考えると同じ母から産まれた
子同士でなければOKだったみたいね
允恭天皇皇女の軽大郎女(衣通姫、織姫)は、同母兄である軽太子と
情を通じてしまい、これは当時でもタブーだったらしい
それが原因で(?)允恭天皇崩御後、軽太子は群臣に背かれて失脚して
伊予に流刑されるんだが、衣通姫もそれを追って伊予まで行って
再会を果たした二人は心中してしまったというね
>>599どこの昼メロだよw古代から未来を突っ走りすぎだろこの国……
日出ずる国だから他の国より未来に生きてるのはしょうがない、時差的な意味で
>>598たしかに木梨軽皇子と軽大娘皇女の悲劇の神話の通り、
同母婚は絶対に許されないが、異母婚は認められたらしいです
その他もご指摘の通りだったかと思います
「竹取物語」の例の部分(妹紅「慎め、バカ親父!」)でもニセの蓬莱の珠の枝を用い、
かぐや姫をして「我は皇子に負けぬべし」とひどく嘆かせたくらもちの皇子と共に、
竹取の翁と竹取の媼とは反対に大歓びで「寝屋のしつらえなど始める」とある
現代の価値観から見れば、理不尽かもしれない(姫様、この三馬鹿どもに一枚天井連発を)
平安時代の実際の婚姻作法では、男女が合意の上、三日三晩ばかり逢瀬を交わした後、
女の方から両親に対して男を紹介する「ところ顕しの儀」を行う
「お父様、お母様、わたくしはこのお方と誓いを済ませてございます」などと告げ、
公認の仲となるための手続きを済ませて後、夫婦となったそうだ
両親の方も、相手が高貴の豊かな身の男であれば娘を責める事などなく、
竹取の翁たちのように喜んで……
美しく教養ある娘は「家」が栄えるために、身分と経済力ある貴公子どもを釣り上げる
巨大釣り針だったから、こういうかたちが発達したともされる(源氏物語ほか参照)
ここで挙げるとパッチェさんに殺される、もっと露骨な当時の歌も知っている
文化的に禁止されてる例が多いんでないか?
娘は他家に嫁がせる親の資産で、それを奪う行為に値する
「近親交配による障害があるから世界の各地でタブーになっていた」
という論は遺伝学が進んだ最近になって言われ始めたんじゃないか
生物的には一緒に育てられた異性を対象としてみないらしい
つまり子供時代に離れていた兄弟姉妹なら他人と変わらないってことね
たとえば教科書に載ってるような小倉百人一首の恋の短歌でもあれ実際えろえろ歌ですわ
袖が濡れたり衣が濡れたり露に濡れたり仮の庵で二人で寝たり
葦の仮寝で身を尽くしたり夢ばかりなる手枕したり(これは違うか)
そんなもの女の人が男の人と一緒にいたから濡れちゃったわってもうウフフフフですわええ
現代人に比べて知り合える範囲が狭かったから結果的に近親婚が多いとも考えることはできる
同じ社会的階層じゃないと結婚できないという制約を加えるとさらに近親婚が増えることに
でも村社会を描いたもので外の血を~とかいう作品も割りと見る気がするけれど
実際のところはどうだったんだろう?
それこそ橘諸兄様も嫁さん(不比等様の娘)と同母兄妹説があるらしいな
レヴィ・ストロースに言わせると
世界のどこの地域でも近親相姦が忌避されたのは究極的には
贈与と応酬で成り立つ部族共同体の間で
結婚相手の女性の交換が行なわれていたからとなるらしい
交差イトコ婚の研究の話で出てくる
北欧神話もフレイとフレイヤは兄妹だけどチョメチョメしてたなんて話もあるみたいだしな
中国だって、伏羲と女禍は兄妹じゃないか
あんまり日本だけが特殊って訳でもないだろう
金精様のときもそうだが諸兄ってぱっちぇさんとの駆け引き好きよね
>>603>生物的には一緒に育てられた異性を対象としてみないらしい
動物園のゴリラなど、霊長類では顕著らしい
繁殖を期待しつつ、つがいの子供たちをいっしょに育てたら、
仲の良い兄妹化してしまい、とうとう夫婦にはならなかったそうだ
オスメスを別のオリに入れるなど、飼育条件を注意しないといけないと
まあ生態学におけるR戦略者は近親婚による遺伝子変異どうこうの影響なんて
そこまで大きくはないからね
>>611まあ結局人間も有性生殖する生物だし性抜きにこういうものは語れないんじゃなかろうか
大学とか分野によっては卑猥単語の応酬になるし
貴族なんて血筋=子作りで商売してるようなもんだしな。
魔女がセックスと無縁な訳ないもんなー
よってパッチェさんはカマトトぶって諸兄を惑わす魔性の女
魔女が箒で空を飛ぶは薬を擦り付ける自慰みたいな話か
でもあの箒が男根の暗喩だったとして跨るポーズになるってのは不思議な話だよなと思う
股に挟むという性技もあるにはあるけれども直接性交を行った方が気持ちいいに決まってるのになんで?っていう
あるいは直接でないなら子は授からない→避妊の方法=純粋に気持ちよさだけの性交として扱われてたのかもとも思う
でーもー、キリスト教って基本的に受胎目的以外による交尾って禁止じゃないですか
更に言うと箒に跨るっていうのが女性上位の性交だとするとこれもまた変な話しだし(アダムの妻リリスはその辺原因で離婚)
妊娠を主眼に置いてない快楽・性交体位の問題の両面から主に反してるってことで魔女イクナイ!なのかなーって
すまん、何が言いたいか分からなくなってしまった
単に淫婦ってことじゃない?
帰宅帰りの旦那さんが箒使ってごにょごにょしてる所を目撃してしまい、今なら「それなんてエロゲ?」だけど当時は暗黒の中世だからねえ
抑圧された感情がある条件をきっかけに爆発ってのはよくある話で、イケメン神父「グランディエ」なんて例もあるぞよ
幻想郷は少女が酒を飲んでもそれらを罰する法律ないから
妊婦や赤ん坊も平気で飲んでる世界かも
日本じゃないから日本の法律適用されないみたいだから
近親婚や同棲婚や子供相手に結婚とか、日本他色々な国で法で禁止されてるものも
幻想郷は少女が酒を飲んでいるみたいに許されてるのかも
百鬼夜行の絵のどれだったかは忘れてしまったんだが仏炎とか太陽とか言われてる部分のすぐ後に
真っ黒い雲のようなものでできてる悪魔みたいな部分があって終わってるのが気になってる
色々文献調べたんだが「圧巻」とかしか書いてなくてその部分の解説が見つからない
んでこれが空亡って言われてるんだよな。
だがどれだけ文献漁っても空亡なんて言葉が出てこないんだ。フィクションだとしても元があると思ってるんだが
もし誰か空亡について少しでも触れられてる(割と堅めな)文献を知ってたら教えて
>>620そんなのないよ、あれは現代の創作だから
ttp://dic.pixiv.net/a/%E7%A9%BA%E4%BA%A1%28%E3%81%9D%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%8D%29
百鬼夜行絵巻最後のその場面から「全てを飲み込む闇」というイメージを
暦法で天の助力を期待できない時期「天中殺」の別名空亡(くうぼう)から名前と神の力すら及ばないというイメージを
この二つを組み合わせて生み出されたのが架空の大妖怪空亡(そらなき)
まあある意味新しい妖怪誕生の実例なのかもしれない
現に
>>620自身のように古来からの由緒ある妖怪だと思い込んでいる人もいるわけだし
大神の制作者が言ったことを鵜呑みにした一部の信者が
最強の妖怪だって自慢げにあちこちで広め回ってんだよなぁ…
他に現代の創作大妖怪というと水木御大のバックベアードだな
…ネット界隈じゃ「このロリコンどもめ!」と凄むだけの全然違うキャラになってるけどw;
ぬらりひょんが妖怪の総大将だってのも、水木しげるが広めて定着してしまった設定だな
実のところは姿以外よくわかってない妖怪なのに
ファン向けにいわば内輪ネタの冗談として言っただけだろうにねー
それを外に持ち出してしかも押し付けると言うのはどうかと
ルーミアの正体は空亡、つまりZUNがパクった(キリッとか言っちゃうのもいるし…発売年くらい確認しろと
総大将とはちょっと違うけど妖怪で自ら魔王と名乗ったのに山ン本五郎左衛門と神野悪五郎ってのがいたな
こいつらもよくわからん奴らだが
そもそも日本はキリスト教やイスラム教のような一神教文化圏ではないし
強大な権力を持った皇帝が一元的に統治する制度も定着しなかった
だからそーいう物のダークバージョンであるところの
災厄をなす悪鬼とか魔物とかの究極の大王とか総大将とかいう発想自体
近代にキリスト教世界的な善悪世界観や帝国主義的な帝王像が
普及する以前にはあんまりなかったんじゃないのかという気がする
江戸時代に見越し入道が妖怪の大将とされてたらしいぜ
なんで見越し入道なんだろう
意外性を狙ったのか、ネタ扱いだったのか、妖怪絵草紙によく出てくるからなのか、どっしりとしたオッサンだからなのか
あるいは妖怪萌えの変態にとっての自己投影の対象としてちょうど良かったからなのか
見上げる限りは無限に大きくなるから、ダイダラボッチと同一視でもしたのかね?(もののけ姫のラストに似てるしw)
まあそれでも、妖怪の大将とするには弱いかなあ……
>>629その概念は武家社会が成立して以降、少なくとも江戸時代にはあったんじゃないかな?
「大将」という位は律令制度内にあるけど(左近衛大将・右近衛大将。どちらもカミ扱い)、性質としては部局の事務長官であって軍を統率するものではないからこれは違うとして
ところで多数の妖怪が軍列を成して練り歩く百鬼夜行には、ただ行列で歩いているだけで、上下関係はあるかも知れないけど誰が殿とか関係がない所謂盆踊り状態のもの
百鬼夜行の初出は平安末期になるけど、この時点ではまだ妖怪の大将って概念はない、あるいは薄いんだろうね
さて「妖怪の“大将”」のように使われる「大将」の用法は、軍職のトップであって、妥当に判断すれば「征夷“大将”軍」の略称じゃないかな(上古時代に「大将軍」って職もあったけど、これは違う気がする)
確かに皇帝のような絶対権力を持つ者ではないけど、庶民の間でも将軍が日本を治めてるって意識はあったと思うよ?
特に江戸時代になると、人々の往来も活発で情報の共有も頻繁に行われ、化政文化だの色々花開いたことだし
>>620-631で挙げられてる見越し入道もぬらりひょんも稲生物怪録の二人も、実際全部江戸時代の本が出典なんだよね(空亡・ベアード様除く。前者は創作、後者は海外)
石燕先生も江戸時代の人だし、今ある妖怪像ってのは江戸時代に中興した気がするね(ただし石燕は狩野派の決まり事を結構守って描いてることから、室町時代には既にあったと考えることもできるので「江戸時代から」とは名言できない)
実際変化もできない見越し入道は総大将にふさわしくないと言って狐や狸とかの動物軍勢が反乱起こすって話が江戸時代の本にあったなww
なんで見越しなんだろうね
あくまでも私見だけど、あれは文字通り「これにてこの百鬼夜行はおしまい」という意味だけでそれ以上でもそれ以下でもないと思う>百鬼夜行絵巻の最後
「我が物顔に振舞う百鬼夜行も日の出とともに追い立てられ、そして日の入りとともにまた新たな百鬼夜行が生まれる」程度の暗喩は含まれているかもしれないが
で、荒俣宏がデザイナーとして妖怪を描いた本「陰陽妖怪絵札」の中で暁という現象に「太陽に切り裂かれる闇」という概念と形を与え
大神スタッフがゲームに相応しいオリジナルの妖怪を設定するモチーフに利用しようとして現象から妖怪へと改変した
そしてその最強設定に厨二心をくすぐられたファン(庶民)が色々な設定を付加してひとつの確固たる形を与えていく
…というまさに典型的な妖怪誕生の経緯をなぞっているんだろう
>>635今めちゃくちゃ納得したw
そういえば江戸時代って、駄洒落大好き時代でもあったっけww
>>635神輿は軽い方がいいってどこかの政治屋さんが言ってた
封建領主たちがお互いの勢力を拡大しようとしていて国王に口出しされると困るからってんでわざと無能な国王を選ぼうと結託
イギリスのコーンウォール伯やカスティラ王といった国内にいない無力な人物を王様にしたドイツの大空位時代っていうのもあるしね
>>635すげぇ納得w
そういえばハプスブルク家も最初は「大して力のない田舎領主」
みたいな感じで祭り上げられたのがエライやり手で話が違うぞ、みたいな
>>610ただ、日本でも同母兄妹はタブーだったらしく、軽皇子(not孝徳天皇)がそれで放逐されたりしてる。
あと、一説には中大兄皇子が帝位になかなか付かなかったのはそれが原因とも……。
とりあえず空亡の名前やら設定の大本は天中殺からってことでいいのかな?
サンクス
ハプスブルクは美女が生まれすぎちゃったね
元々片田舎の一豪族に過ぎなかったはずが、後に古代ローマから続く由緒ある家柄ということになってしまったハプスブルク家
ぬらりひょんや空亡はまさに妖怪のハプスブルク家といったところだろうか
>>635納得しすぎて困る
妖怪ってメインカルチャーに対する二次創作だからそうなるのが自然だよな
>>632同意です
最高権力者が居て、その人の国である~って認識はあったと思います
天皇と将軍のどっちが来ても構造上の違いは無いわけですし
サタン的なものが存在しないのは、悪魔や夜叉といった「悪」を祀り上げてしまった
あるいはその地位へ仏や明王といった存在が君臨しているせいかと思います
密教ではインド時代から悪鬼である夜叉や羅刹を力の表示として積極的に取り込んできました
例えば暴悪憤怒尊、偉大なる夜叉の通称で呼ばれる不動明王を代表とした明王部の尊
一切のビナヤカを統率する鬼神の大将である歓喜天尊、薬師十二神将や毘沙門天王の眷属など
また、大乗仏教の時代から既に「一切衆生を救う」という理想が悪魔にまで及んでいたようで
涅槃経にはマーラ様が臨終際のお釈迦様へ呪と供物をささげて帰順する話があります(供養は受け取ってもらえませんでしたが・・・)
異教の主神である大自在天(マケイシュラ天)も魔王のごとく扱われてながら「帰順して成仏の保障を受けた」とされていたりして面白いです
日本の仏教は大乗仏教ですから、聖徳太子が国教にしただろう時期には上の世界観が大真面目に研究されだします
さらに弘法大師・慈覚大師の入唐によって(より狂暴で非常に悪魔的な)密教が伝わるにいたり、視覚的にも悪魔と仏の区別が付きにくくなりました
密教の思想はすぐに「鬼」と同情的な山岳の世界観と融合し、中世の修験者たちが十界一如、理智不二、煩悩即菩提の思想を完成させることになります
このともすれば過激な思想は中世の遊行者たちによって全国へ流布されました
(第六天魔王は仏教の多くの宗派で四魔の一角を成す自在天魔のボスとして認知されていましたが
涅槃経に典拠を求めたのでしょうか、修験者の中には実際にこの天を信仰する者も居たようです
両部神道の世界観、神仏習合の裾野でも魔王らしい魔王として振舞ってるのですが・・・派閥なのかファンキーだったのか)
また、力あるものを善悪の区別無く祀り上げる古代のアニミズムの影響も忘れてはいけません
(修験だけじゃなく、庶民レベルでは色んなとこへ影響してるはずです
そもそも神仏習合なんてこれが無ければ起こりません)
このように要因が複雑絡みあって
「一定以上の力ある存在は必ず誰かに祀られる」土壌が成立してしまったのかなと
ミカボシさんは知名度が残念すぎたよね・・・
ふと思ったんだけど、百鬼夜行絵巻のイメージソースって平安朝の検非違使なんじゃね?
鬼(魍魎)を祓う方相氏が異様な装束や呪術を使うことへの畏怖によっていつのまにか祓われる側になったみたいに、
本来夜警して都を守るはずの検非違使が、いつの間にか闇夜の都を徘徊する妖怪扱いされるようになった感じで
東方的には日・月・星の三星が対等のランクであるはずなんだけど
なんで日本では星の神がほとんどいないんかね
天文学が発達していなかったわけではないだろうけど、星に関する逸話・伝承も聞いたこと無い
織姫と彦星も元は中国だしさ
何が言いたいかというとスターサファイアちゃんは可愛いってことだよ
天津甕星は?
武甕槌も止めてるし、武神らしい伝承もある
武神で武甕槌止めたなら相当なもんだろ
農耕民族だから重要なのは陽の光と、対応した夜の象徴である月だけで、星は重要じゃなかったんじゃないかなーとか適当なこと言ってみる
自然現象を司る神々は必要だけど星の光があってもなくても作物には無関係だしなー
陰陽寮成立と宿耀経の伝来後はそれらが信仰の実体を取ってる
以前は確かに居ないよなぁ
カガさんはマイナーすぎてあげるのもアレだし
航海して交易で生計立ててた海洋民にとっては星とか月はかなり重要だったんじゃないか?
実際、宗像とか住吉とか星や月に関係する神さまも沿岸地域中心に結構いるし
さっき色々見てたら星が綺麗な日はイカが取れるとかなんとか
という伝承というか慣習というか言い伝えがあったとさ
今もイカ漁は電灯焚いてるし昔の人は観察力がイイネ!って感じだわ
ようするに神や仏や悪魔も本質的には「力」でしかない訳だな
古いアニメ「鉄人28号」を思い出した
♪良いも悪いもリモコン次第
仏陀の導きや人々からの崇拝というリモコンが、巨大な力をして善たらしむ
「妖怪とは零落した(=信仰を失った)神である」という日本的な考えに通じるな
諸兄に見てもらいたいものがあるんだ
ttp://i.imgur.com/0zHLx.jpg
ヘビドリと呼ばれてるんだが、由来がよく分からない
知ってる人がいたら教えて下さい
>>654なんだこれ、ゲームか何かのキャラ?
蛇+鳥といえばアステカのケツァルコアトゥル(翼のある蛇)だが、デザイン的にはあんま関係なさそう
首が蛇みたいに長い鳥の…何?
星はあまり重要視されなかったのかなぁ、古代日本は
されてはいたところもあるんだろうけど、国家統合に伴って星に関する神々は消えていってアマツミカボシとか一握りしか残らなかったとか
そのアマツミカボシも、金星じゃないかとは言われてるけど、それが有力というだけで本当かどうかってのは不明だし
北極星とされる場合がある天之御中主神は、記紀編纂の際急遽つくられたってぐらいどの地にも由緒らしい由緒がない
そういや星座の概念も大陸から伝わるまではなかったみたいだな
>>646ちょっと前に日本神話で星の話題が極端に少ないという話題があったと思い
過去ログをたどってみたら前スレ610からこの話題が展開されていた
もっと詳しく書くべきだったな
うちの祭りで沢山描かれてるんだけどメインでは描かれてない
メインはこっち
ttp://i.imgur.com/pKiAD.jpg
ttp://i.imgur.com/mH2q3.jpg
・祭りはだんじり祭りで600年程の歴史がある
だんじり祭り中では一番古い
・町には雷井戸があった
・大鳥大社
何に関連するのかも分からないから適当に書き連ねてみた
どこかと思ったら鳳じゃねーか、地元すぐる
あの辺は白鷺とか百舌鳥とか鳥関係な地名が多いけど蛇ってなんかあったっけかな
>>658ああなんだ、堺の鳳だんじりか
鳥っぽいのはおそらく日本武尊が死後に変じた白鳥をデフォルメした意匠だと思う
そこの大鳥神社の祭神は日本武尊と大鳥連祖神、前者は有名だから説明省くけど
後者は古代に鳳地区辺りを支配してた豪族・大鳥氏の氏神だろう
元々日本武尊とは関係ないけど、中世か近世に「鳥」をキーワードとして伝承が結びつけられ現代に至ったのよ
>>660おお、ありがとう
普通に解釈で良かったのか
ヘビドリなんて俗称がついてたから
蛇については解決してないが俗称だから無視でいいのかなあ?
蛇は一体何処から来たのかと真剣に悩んでる
>>659全くおんなじ悩みでここに書き込んだ
蛇に関する伝承が分からん
蛇ってもしかして鳳からちょい離れるけど大和川、かも
正式な名称では無いんでしょ?
蛇は関係ないんじゃない
首の形が何かの文字とか紋をかたどってるとかそんなかんじだと思う
もしくはただのデザイン
蛇鳥(だちょう)だそうだが、
面白いのは、運気に関するHPだった
「蛇と鳥=金に関する」という説が複数のHPで紹介されていた
日本武尊命の白鳥伝説に加えて、そういう関係(金運祈願)かもしれないな
蛇は四緑木星で金運を司るものらしい
鳥も同じで、思いがけない幸運が降って来るイメージ
(恋人とか商売運など、もちろんお金もある)
吉祥を象徴する架空生物なのかも
>>663俗称とは書いたが、正式名称が分からなくなってるだけだから
ヘビドリが正式名称の可能性もなきにしもあらずってことで
>>662そういえば住吉大社から大和川渡って来るな
>>664これならあとから紋やデザインという663のも説得力がでるなあ
ここは多分「へびとり」と訓読みで行く方がよさそうだね
「へみとり(辺見鳥)」であるとか訛って伝わった可能性もあるけれど、そんな曲解なしで解くなら、
>>660の指摘通りでヤマトタケルの帰還を示してるんだろうなあ
伊吹山で戦死した後の軌跡を、蛇(蛇行)という形で再現したのかもねえ(書紀に曰く、尾津・能褒野・琴弾原・古市と飛来)
もっと穿たずに見れば「蛇=荒ぶる河川」なんだけど、鳳の辺りって暴れる川はあったかな?
少し北を見れば確かに大和川が流れてるんだけど、これって実は太閤秀吉たちが掛け替えたものなのよ(流路確定前は間違いなく暴れ川でした)
※参考→ttp://www.lib-sakai.jp/kyoudo/kyo_digi/yamatogawa/yamatogawa_kotizu.htm
住吉さんもご近所になるけど、こちらは海洋神だしなあ…
>>666おお、そっくりだ
ttp://x181.secure.ne.jp/~x181007/kamon/image/27805.jpg
ttp://i.imgur.com/0zHLx.jpg
ありがとう御座います
でもちょっとググってみたら静岡の珍しい家紋とか出た、、、
詳しくは図書館でも行って後日調べてみます
>>667微妙な距離だけど石津川がある
でも荒ぶる河川ってのは聞かないな
伝承といえば河口に蛭子くらいかなあ
話題に乗り遅れた感があるけど星に関する信仰だったら妙見信仰はダメ?古代日本関係ないかもだけど
ごめん寝ぼけてました
>>669は気にしないでください
中国や西洋由来でない日本の星座もあるよ
「星座 日本名」とかでググれば出てくる
本格的に知りたいなら野尻抱影の本を
>>645賀茂祭のときとか結構ラジカルな格好で練り歩いてたらしいね
地方出身の武士からすれば出世コースで任官の条件も厳しかったそうだけど
一方で「検非違使は汚れ仕事なので極楽往生出来ない」等とも言われてたとか
色々意見ありがとう
自分では考えつかないようなのも沢山あって視野が広がった気がします
中世においては、検非違使が、所謂ケガレ払いの役割を背負っていて、所謂身分外身分の人々とも密接な関連を持っていたという話はよく言われるね。
妖怪とは、その辺りが関連してくるのかもしれない。妖怪もケガレだし。
このあたりは、丹生谷哲一『検非違使 ――中世のけがれと権力』平凡社ライブラリーが詳しいね。
読んだこと無いんだけど。
流れぶった切って悪いんだけど
柳田国男氏の『遠野物語』を読んでみたいんだが
複数種類があるみたいでどれが良いかわからないんだ
もし良ければ教えて欲しい
国会図書館サイトの近代デジタルライブラリーにあるから
それを読めばいい。ってゆーか、俺はそれで読んだよ
ただし若干古語力が必要になるので注意が必要。まぁ義務教育を普通に受けていればがんばれば読めなくもない程度だが。
国学院の人は「新古典」とか呼んでた。
というか誰か現代語に訳されたヤツを知りませんか。あったら教えてください。
「拾遺」は現代語なんだが(角川文庫とかに載ってる)本編の方は…
ただ正直古文(というか文語?)より方言のほうが解らなかったりする
拾遺っていうのは満州事変時の神々の話とか牛同士の決闘とかが収録されてるヤツか?
あれはおもしろかったなぁ…
>>667です
皆さん情報ありがとうございます
集英社のやつを買おうとしてましたが
角川の方を買うことにしました
安価ミス
>>677です…
ちょっとマヨヒガ行って反省してくる
>>682満州には下仁田ネギそっくりのぶっといネギがあり、
あじあ号の運転士たちは機関車のボイラで焼いて食っていたそうだ
トウモロコシやキノコなども焼いて楽しんで居たとか
蒸気冷房装置なんて訳分からんシステムを積んでいたあじあ号
(水の蒸発潜熱を利用して空気を冷却する、水を入れたタンクの中に蒸気を吹き込み、
真空状態をつくって水を蒸発させる すると残った水は氷点近くまで冷却される
それを熱交換器に運ぶ ただし走行用の蒸気の一部を使うので、
夏場などは蒸気の分配が大変だったようだ、なにしろネギを焼かないといけないし)
百年もしたらネギ持った緑色の髪した踊り巫女がいたって伝承でも出来てるんだろうか
チラ裏
明治の妖怪学者、井上円了の書いたものを読んでるんだけどさ。
佐渡の迷信としてマミゾウの元ネタ、二岩団三郎のがあった
佐渡にはもともと、狐も狸もいなかったそうな。
ただ、鉱山があるので、フイゴに貉ムジナの皮を用いるため、
内地から貉を連れてきて山林に放して繁殖させてから、
その後に化かされた、憑かれたといった狐の話の貉版が流行するようになったそうな
伊豆七島なら鼬が、壱岐、津島五島なら河童が、という具合に
離島ごとに狐憑きにあたる症状の妖怪も置き換わってるんだな
何かに祟られたり化かされたりする話の裏には
人間がその何かに対して感じる負い目があるんじゃないかと思うんだけど
狸や狐ってそういうのあるんだろうか
祟られはまだしも化かされは負い目というよりシンプルな驚嘆の気がする
神に対する畏敬の矮小版みたいな
でも明治の狸列車の話には狸への同情が感じられるかも
平成狸合戦的な
>>690逆に「化かされた」「妖怪の仕業」が日常的な言い訳にも使われるんだがな
近世期の感慨工事やお堀の土木工事現場で「河童が出た」は
工事遅延の口実によく使われたらしい
↑マジかwじゃあ俺も履歴書の空白の部分について聞かれたら
「河童の世界でビーバーと戦争をしていました」
とか言ってみようかな…まぁモトネタが精神病院に放り込まれた人の話だから
信じてもらえる事はないだろうが…
さて、今年もまたサンタ追跡の日が訪れたか
こういう粋なバカは好きだな
もう50年もやってるんだな
「北米防空司令部(NORAD)サンタ追跡プロジェクト」
ttp://www.noradsanta.org/ja/
ロシア機は近づいてくるだけだがサンタさんは堂々と侵入してくるからな
サンタさんって、領空侵犯どころか敷地内にまで不法侵入してくるしなw
たみうら
日本文化ってひとくくりにされがちだが
時代ごとに明確な世界観の違いがあるんだな
室町はものすごく硬派でマッチョ
江戸時代は繊細で柔らかいとか
たみうら
ヒストリーチャンネルって知ってるかな?
よくある有料チャンネルの1つだけど明日の番組表がキリスト教尽くし…
ここの住民なら見れるなら見たいような気がしたので報告
>>697日本文化がマッチョな時期と言えば
筋骨隆々の仏像が作られたり平家物語が確立した鎌倉時代
というイメージがあるが
室町時代というと
武士の物語が多い能楽の確立とか(一方、歌舞伎は江戸期の庶民娯楽)
太平記あたりのことであろうか
時代も勿論大きいと思うけど地方とか身分でも結構差がありそうな気もするな
>>694社会保障とかに税金つぎ込むのには厳しいのにこういうのはイイのかw
クリスマスと言えば散多菩薩
大体毘沙門天なんて財神なんだしサンタクロースの本地でも特に問題ないと思う
なにが言いたいかというと聖と星ちゃんのサンタコスまだかよ
sm9178632 (※注:ニコニコ) と大百科で「散多菩薩」 ですな
日本の宗教ごった煮状況って、本当に混沌としてるわ
日本が一つの日本となる前の、仏教が伝わるより遙か以前の日本(というか各地域)の原風景というものを知りたい…
>>703魏志倭人伝とか後漢書東夷伝くらいしか史料ないからなー
そういうのと考古遺物を突き合わせて推測・想像するしかない
やっと東京までやってきたか>サンタさん
目下、仙台目指して居ります
>>700アメリカの場合、金持ちが自発的に寄付を行うのが良しとされるらしい
>>705というか半ば義務だね、不文律の
キリスト教の「持てる者は施しをすべし」って教えからくる
ケチってやらないと人格否定されるから後々面倒なんだとか
イスラムは喜捨を義務化してるな、五行の一つとして明文化されてる
まぁアメリカに限らず金持ちが寄付するのは税金対策だろ
ひとたび成功すると、使い切れないほど稼げてしまうシステムのためもあるな
スティーブ・ジョブズが年間1ドルでAppleを経営していたり、
Microsoftのビル・ゲイツが「自分の資産の95%は社会に戻す」と言ったりとか
ウォール街のデモもあるけれど、極端なんだよな、アメリカ社会は
欧米の金持ちについてはノブレス・オブリージュという言葉で検索してくれ…
高貴な身分の人間は下々の民草に規範を示すため
慈善活動をしたりみずから戦場に行ったりしないと格好がつかないのだよ
(第一次大戦当時も現在も英国王室の人間が軍隊に入るのはその為)
ロックフェラーもカーネギーもビルゲイツもそれで福祉活動やってる
でないと貧困層に憎まれるというより上流階級でバカにされて尊敬してもらえない
そうゆう富の再分配・循環を図るシステムがあるというのはいいことだなー
日本(というか東アジア)は伝統的に現世利益志向がものすごく強いイメージ
ある意味現実的というか、どんな大層な思想でも現実的に利益出せなきゃ意味ないみたいな
逆にそういう文化だからこそ新興宗教が流行るのかもしれんけど
>>714悪いけれど、それはすこし言い過ぎだと思う
大坂の淀屋橋とかは、民間の大商人が寄進して作ったものだし、
日本でも喜捨や互助は古くから(行基菩薩の昔から)あるよ
明治維新後が問題だな
近代国家建設のためとはいえ、政府が民間の富をとにかく集めたから
寄付税制などもなお遅れているとののしられているし
日本は大金持ちが生まれない社会ですしおすし
小金持ちはやたらいるけど
ttp://www.viva-edo.com/ookawa_hasi.html
隅田川なんかも民間だね
昔の市ってのは境界に立ってたことが多いんで、共同体社会だけどうまいこと他共同体とも交流してた
というか、循環とか信用とかの観念がなけりゃ、為替なんて制度は生まれ得ないと思うんよ
>>715日本はともかく大陸は金儲けや富の追求を恥じない文化だな
仙人の壺公なんかは商売で得た金を貧者に与えていたいうけど
ただし貧者に喜捨することを義務とする美徳があったとは聞かない
ただし血縁社会なんで科挙なんか出世した奴は一族郎党に利益を還元する
ほんで血縁じゃない奴は利益の共有ができないのを補完するため
義兄弟とか郎党結社結社(近代だと三合会とか)ができてる
ひとり合格させるために一族挙げて倹約して学資を確保とか、
たかる段階に至るまではかなり厳しかったりするらしい
稼ぎを社会に還元というのは間違いなく立派だと思うんだけど、
カーネギーとか稼ぐ段階では凄まじく容赦なかったり
大阪は寄付で建ったものが多いけどな
橋殆どに、大阪城に、中央公会堂
最近は減ったけどな
途中送信してしまった
大阪は寄付で建ったものが多いけど
橋は殆どに、大阪城に、中央公会堂
最近は減ったけど
今はたかじんがコンサートホール作ろうと寄付金募ってる
しかもそのホールの設計は安藤忠雄が無料でしてくれるってさww
>>721鋼鉄王だと水がエネルギー源で1分間しか戦えない特撮ヒーローみたいだ
カーネギーは「鋼鉄王」より「鉄鋼王」の方が通りがいい
ロックフェラーは「石油王」
「征服王」はイスカンダルよりテムジンという気がするのだが
そういや今の大阪と直接の関係はないが
昔ハシモトという名前の男が「破壊王」と呼ばれてたな
「失地王」なんて人もいましたね
でも先代のしわ寄せが来たんだっけか
>>724アイアンキングかよw
あれ、敵が危ない連中ばかりで
・古代皇統に逆らった叛逆民の末裔 不知火一族
「不知火族2千年の怨みを思い知れ!」
・大和朝廷の流れを汲む現政権転覆を期する、過激反体制集団・独立幻野党
「鋼鉄の同志」と名付けたロボットで戦う
・宇宙から来た昆虫人間 変身生物タイタニアン
巨大化して昆虫のお化けと化す
知人が作った同人誌で勉強しました
今作ったら大問題になりそうな内容だ
>>725ジョン王(John the Lackland)だな
ある意味では近代憲法の恩人だ(マグナ・カルタにサインした)
ダメ人間の見本とされているが
ジョン欠地王として名が知られてるね。
本人には不名誉だろうが……。
俺もジョン失地王として習ったな
確か先生が、彼以降「ジョン」を名乗る英国王は現れてないと言ってたが本当かどうかは知らない
ジョン王はむしろ動かない方が良かったな
下手に動くからフランスやらに領地取られまくった
ジョンって名前はそれ以来英王室では絶対につけてはいけない。王朝が変わってもこれはちゃんと受け継がれてる
ここまで嫌われるのもなかなかいねーよ。ある意味すげえ
>>730いや、曖昧な記憶で書いたから合ってるかの自信がなかったんだ
裏付けが取れてほっとしたから、むしろ感謝する
>>726うむ
だから多分カーネギーは多分「アイアンキング」ではなく「スチールキング」
アイアンキングのぶっ飛んだ敵設定は佐々木守の趣味だな
この人特撮以外の作品でも反体制色の強いドラマばっか書いてる
アイアンキングの放送は確か1972年頃
1970年代は高度経済成長が完了して実際の日本社会が豊かになるにつれ
既存の左翼が革命とか言っても説得力がなくなってきて
文化的反体制派が土着的な反中央の辺境史観に着目した時期
民俗学でいえば網野善彦が注目されたのもこのころだな
そいういえばアイアンキング主題歌(1~3番冒頭)にも対応していたな
不知火一族 「♪地獄の底から蘇る 悪魔の化身 毒の花」>先住民は毒の花だそうです
独立幻野党 「♪闇の中から攻めて来る 恐怖の集団 悪の使者」>体制に異議を唱えると悪の使者です
タイタニアン「♪夜に隠れてやってきた 地球を覆う 黒い雲」>宇宙人はことごとく侵略者です
あまりにも偏狭な気がするのは、オレだけか
独立幻野党ってネーミングいいなあw
諏訪子さまを崇拝してそう
独立幻野党の別名は幻兵団というのだが
これは1950年代当時の日本で噂が流れた
「ソ連で教育を受けた復員兵による共産主義者の秘密組織」の通称
本当にそんなもんがあったのかさっぱりナゾだが
(まあ個々には収容所での教育がなかなか抜けなかった人もいたようだが…)
いかにも冷戦時代らしい都市伝説
でも独立幻野党って服装はアラブゲリラみたいなんだな
>>735雪原迷彩も砂漠迷彩も色合いとしては似たようなもんだから
あれを厚着したら立派に雪原迷彩っぽくなるとおもうが
(色が派手な頭以外はなんとかしなきゃならないけど。)
後のばら戦争の一方のランカスター家の祖がジョン王子で
兄の王太子が亡くなって王位を狙って色々動いたんだけど
反対派から「もうイングランドに『ジョン王』はイラネ」と言われたとか
まあ縁起が悪いと言えば悪い名前かもしれんけど、リチャード獅子心王だって
大陸で戦争する資金ほしさに「買い手がつくならイングランドを売ってもいい」
などと発言したそうで…
獅子心王は、何というか生まれる場所を間違った人って感じ
王様じゃなくて一介の貴族の子弟にでも生まれてれば幸せだったろうに・・・
獅子心王は十字軍遠征でそれなりに活躍できたからいいじゃない
川に落ちて溺れ死んだ王もいるんだし…
鯛の天ぷら食べ過ぎて死んだ権現様が……
裏
まあ自分が作った薬に自信過剰すぎたんだが
漢方マニアだし
裏
胃ガンという説もあったかな
しかし水銀服用とは今の時代じゃ狂気の沙汰だな
当時は不老長寿の妙薬と信じられてたようだが
辰砂(すさ)、まぁその実硫化水銀は
特殊だと思われても仕方ないちゃ仕方ない
朱色の顔料だし鳥居の素晴らしい塗料だし
>王様じゃなくて一介の貴族の子弟にでも生まれてれば幸せだったろうに・・・
ルートヴィヒ二世王もそう言われる
今でこそ白鳥城はバイエルンの大きな観光収入源だけどな
最期は湖で謎の死だっけか…
自殺とも暗殺とも
当時の財政を圧迫してたものが今じゃ重要な観光収入源とか皮肉過ぎる
>>748アーサー・C・クラークだったか、軌道エレベータを世界で最初に提案した
小説「楽園の泉」で、登場人物にこう言わせている
「ピラミッドは、人類が行った最善の投資だった」
建造当時でも大公共事業としての側面があり、王が人民に富や食糧を振るまった
今では世界屈指の観光資源だから、狂王の城と同じ
そういやルーズベルトさんもダムをバカスカ建てて不況を乗り切ったと聞くな。
公共事業はお金回りが良くなるので効果的なのだ
が、当然ながら国に払えるお金がなかったり意味のない事業だったりだと逆境かー
公共工事としては相当な規模だから、土建業者に対する効果は大きい事業だと思う
建築業者はもちろん、資材メーカーにも大量の発注は行くし、道路・鉄道・住宅等々潤う範囲は広いはず
だが一番の問題は、観光業界を敵に回したことじゃないか?(政権のごたごたや、箱物への忌避反応もあるだろうが)
地方が生きていくには、地方交付金などの収入を除けば観光が一番の収入になる
温泉地をつぶされたら、人が減り続ける中でたつきが立たんだろう
コンコルド効果やサンクコスト理論か
人間って弱いもんだな・・・やめられない止まらない
経済学はどうもよくわからんというか失礼ながら信用できんというか
「米国は景気の変動を脱し、成長し続けるニューエコノミーの時代に入った」
なんてクリントン大統領の頃大真面目に主張してる人たちがいたが、
素人考えでもそりゃねーだろ、と
信仰の対称が神から数字に変わっただけで構造は同じようなものよん
経済学といっても歴史や哲学や物理学と同じで色々ジャンルが分かれてるわけだけど、
>>755が信用できんというニューエコノミー時代云々ってのは経済学における市場分析の話であって、
これはまあ経済学の知識を応用してやる天気予報みたいなもんだから、そりゃ外れる場合も多いてかむしろ外れて当たり前。
経済とか市場なんていうのは生き物だからその動向なんて分析すりゃ絶対分かるなんて事は有り得ない。
戦争が起きたり大事件が発生したり自然災害や噂・デマなどのイレギュラー要素多すぎて、それこそ神のみぞ知る世界だもの。
だから、テレビのコメンテーターとか経済評論家がどや顔で「次はこうなる」「明日はこうなる」とか話してたら、眉に唾付けて話半分に聞くのがよろし。
あ、でも経済学という学問そのものは人間生活を営む上で極めて重要な学問ジャンルですよと。
この国際競争の時代、経済学とその応用たる経済戦略亡き国は生き残れない。
元々「経済」とは福沢諭吉がpolitical economyの訳語として作った言葉だが、その由来は「経世済民」という言葉にある。
国を治め、民を安んずる政治を行うためにも、経済学という学問は今まで以上に大切にしなくちゃダメだと思うね。
ギャグのような本当の話
バブル崩壊直後の時期、立て続けに出た本の題名
『日本経済 陽はまた沈む』
『日本経済 陽はまた昇る』
『日本経済 陽はまだ高い』
…極端な悲観論、極端な楽観論、現状が続くよ論
読者(経営者や政治家や一般人)の好みに合わせて諸説があるだけ
共産主義(計画経済)を「理性の濫用」と嫌悪するアメリカ人は多いのだが
(特に共和党支持者 新自由主義者など)、
彼らもまた「神の見えざる手」をなんとか自分のものにしたいという、
マルクスも真っ青の工学主義者で、理性信奉主義者であるという矛盾
あらゆる学問領域を取り入れ、研究を続けた果てに経済学は、
株式市場など複雑な経済現象を予測しうるとされた方程式
「ブラック・ショールズ公式」を産み出し、金融工学が誕生した
(コロイド現象を研究した日本人科学者・伊藤清教授の数式が基礎)
「神の見えざる手のはたらきを知るすべを、我々はついに入手した」
はずのウォール街の金融関係者、企業や一般投資家らまでもが、
パソコンにこの方程式を入れて、市場の動きの予測に熱中した
やがて出来た金融商品が、例のサブプライム・ローン債券
生じたバブルの結果はあのリーマンショックと世界中の経済不況
いやはやまさしく信仰は儚き人間のためにw
されど、何も信じずに進むもの、進めるものは存在するのか
いたとして、それは果たして「人間」なのか。
日本人は神を信じない無宗教の民族らしいと
海外ではまことしやかにおもわれてるんやな
無宗教なら、こんなにも宗教的習慣があるはずないのにな(実際は多神教)
ただまあ身近になりすぎて、ほぼ習俗化していることは否めない
簡単に神神言いまくりだからなー
神回とか神曲とか
もう八百万では収まらんかもw
神はいるけど絶対ではないからなー落ちぶれたりするし
それを防ぐのに御利益をうたったりと神様もホント大変ですわ
神を否定することはその絶対性を認めてるってことにつながるような気もするし
一神教の神は絶対だけど多神教の神は
ともすれば妖怪との境界が曖昧なくらいだもんな。
元は零落した神なんて妖怪もいるしな
まあ一神教も異教の神を悪魔としてdisりながら取り込んでいるが
逆に人や妖怪が神になることもあるっていうのは一神教な人たちからは理解されがたいかもしれん
あちらは四文字のように、絶対君主は絶対であり続けるしな
この辺は君主論とか衆愚政治への嫌気から来てるのかも知れないが
方や日本は山川草木悉有仏性の世界だし、仏教伝来前も共同体内部の融和を第一にしてきた
君主に問題があれば交代だって要求するから、そもそも考え方が違うのかも知らん
四文字さんみたいな絶対神はいるかもしれんが、
例えいたとしてもちっぽけな地球の中のちっぽけな人間という存在なんかには
見向きもしてくれないだろうねえ
だから「神は何もしない、ただ見守るのみ」なんて言われるんだよ
多神教でも神は直接接触しようとしないのが多いけど、日本の場合普通に人間に紛れていたりするからなぁ
日本はある意味で神様その他と人間が今でも隣り合って暮らしてるファンタジー世界なのかもしれん
身近すぎて逆に仰々しく崇拝とかやりにくいというか、幼馴染みのあの子に今さら恋愛感情なんか抱きにくい感覚というか
そもそも信仰対象がひとつって言うのに違和感があるんだよな
神仏習合されていたし神仏分離以降も檀家と氏子掛け持ちが当たり前だったから
クリスマス(キリスト教)→大晦日(仏教)→初日の出(精霊信仰)→初詣(神道)&墓参り(祖霊信仰)と一週間の間に5種類の宗教のイベントをやるのがごく普通なんだからw
あとは「死ねば仏」って感覚も外つ国の人には理解しにくいかもしれん
イスラム実践系の人たちは理解してくれるかも
彼らも土着とイスラム掛け持ちしてるよね
>>773そして今日本では悪魔や他国の神のといった突然現れたイケメン超人どもにドギマギさせられるものが多いな
やべぇよ、少女漫画だったら絶対コレ幼馴染が負けるよ、日本の神様たち頑張って!
>>774>>「死ねば仏」って感覚
カトリックの守護聖者とか潜在的には結構古代の異教が生き延びてるような気もする
旧約聖書とか見てるとYHVHも荒ぶる人格神のように見えるが
少なくとも欧米人に関しては、進歩主義みたいな「この世は確実に完全な状態に近づいていく」
って確信が連中の信仰の本質な気がする
聖マルクスと聖エンゲルスも今は異端扱いされてるけど
千年王国の到来を唯物的な言葉で述べたんだから、将来的には預言者の列に加えていいだろ
>>777天使や聖人に対する信仰、ロイヤルファミリーやケネディ家に対する憧れを見るに
自分達より優れた(と自分達が感じている)者を神格化しようとする心理作用は
人間って種の本能的なメカニズムだと思うんだ
祖霊信仰と精霊信仰ってもとは近いんじゃないかなあ
霊が物と同じように人にも宿るはずだし、
自分よりすごいモノ、つまり祖が死ぬことでその肉体から霊が出てくるからそれを信仰して祖霊信仰
こう考えると近くないかな?
精霊信仰がある場所で祖霊信仰がない場所はほとんどない気がする
海外の民俗学には明るくないんでそこは詳しい諸兄に任せるが、日本に限って言えば近いよ
折口先生は「神と鬼と魂と物の4概念が代表的であった」と述べてるが、どれも相互関連してるものだ
祖霊は魂、精霊は物だから、神も鬼も含めて根元的な性質は近い
少し補足しておきたいのが「祖が死ぬことでその肉体から霊が出てくるからそれを信仰して祖霊信仰」の部分
祖父の霊・祖母の霊・高祖父の霊…と一人一人祀ったのでなく、○○家之霊とまとめて祀られる
つまり人格概念が途上な故に、個人の霊ってのがなく、またそれを信仰することもないのが注意
田んぼの神=山の神=祖先の霊の化したもの
祖霊は春に山からおりてきて、収穫が終ると山へと帰って行くとされる
春のお祭り(春事 ハルゴト)は、旧暦の3月中の場合が多い行事であり、
精霊の日=祖霊の日=田の神を人々が迎える神迎えの行事とされる
多くは酒食や菓子などでの直会を伴うピクニック形式が多い(神人共食)
同時にこの日は怨霊や妖怪たちの日でもあるとされる(柳田國男)
対して秋のお祭りは山に帰る祖霊に収穫を感謝しつつ送るお祭り
青山(せいざん、アオヤマ)とは祖霊が宿る山で、死者を葬る墓山でもある
「人間 至る所に 青山あり」の青山
当然、祖霊神が精霊神=ミシャグジなどと同一視される場合もある
そういや沖縄の墓参りも墓の前で宴会をする
という楽しげなものだったな。先祖と一緒に楽しい時間をすごす。とか
げんきでやっているから心配するな。とか
そういう意味があるんだとか。
>>782本当に宴会なんだよね。
強い泡盛をクイクイ飲みながら、楽器鳴らして普通にみんな歌い踊る。
内地人はびっくりするけどあの習慣はなくしてほしくないなぁ
某スレに誘導されたのでこちらで質問を
洩矢神は鉄輪を武具として戦ったが、建御名方神の持つ藤の枝により鉄輪が朽ちてしまい敗北した。
これは製鉄技術の対決をあらわしているのではないか、という説がある(wikiより)
ってことは、諏訪地方にも相当古くから製鉄技術が伝えられてたってことなんだろうか?
製鉄技術って相当デカい炉が必要で、進んだ文化が必要なイメージあるけど(もののけ姫的な)
デカい炉を作れるかも重要だが
近場で良質の砂鉄が大量確保できるかも大きい
質の悪い鉄では武器として使用したらボロボロになるであろう
炉よりかは水が豊富にある環境の方が重要だったり
製錬した後に冷やさないといけないからね
もののけの多々羅場なんかも水に囲まれた立地だったりするし
>>785つまり炉の大きさやら良質の砂鉄が採れるかどうかの差で洩矢陣営は負けたってことなんだろうか
あと、インターネットまわってたら
出雲は太陽(アマテラス)信仰を持つヤマト族と龍神信仰を持つ土着の民族が衝突した場所ではないのだろうか。
出雲を逃れた一部の民が諏訪に至り新しい製鉄技術を導入したのであろう。
って記述も今見つけた
つまり製鉄技術って弥生時代ぐらいに伝わっていたってことなんだろうか
諏訪なら湖はあるし天龍川も注いでるしそこらに温泉もあるから
水は豊かだったのではないかと思われるのだが
人員が豊富だったかはわからんな
当時のことだから有能な技術を持った渡来人を
どれぐらい抱えられたというのも大きかったかも知れない
後、燃料になる森林もだな
山陰とか平安中期にははげ山しか無かったらしいな
諏訪:高師小僧による製鉄
出雲:砂鉄によるたたら製鉄
個人的には洩矢の鉄の輪は高師小僧その物だろうと思っている。
サナギの鈴と同類で。
鉄の輪は鉄釧のことじゃないかと個人的には思っている。
ttp://www.city.kita.tokyo.jp/misc/history/history/da41.htm
当時(古墳時代)の諏訪湖は茅野市あたりまで広がっていたらしい
東方の諏訪湖は今より一回りは大きい
「3.諏 訪 湖 の 沿 革」
www.pref.nagano.jp/xdoboku/suwaken/suwako-ayumi/chapter3.pdf
その後、宮川が八ヶ岳山麓から運ぶ土砂により徐々に埋まり、今の姿に至ったが、
「茅野」という名前の通りアシやカヤが生い茂る湿地が広がっていただろうし、
湖岸にもアシ原が生い茂り、そうしたイネ科植物の根っこに褐鉄鉱(高師小僧)が析出する
地形的には今の上社・下社を中心に湖を挟んでそれぞれ集落が形成されていたと思われる
あまりにも湖よりだと宮川の氾濫時にはやっかいだから、現代のように湖岸ギリギリまで、
人家があったとは思われない
「お宮があるところは、安全なところ」みたいなお話しを田舎の古老から聞かされた事がある
諏訪大戦よりはるか後の関東の話だけど
「近隣の蝦夷のところへ馬を持っていくと
良い鉄器と交換してくれた」とか
ただ同時期に「鉄の農具を持っていったら
良い馬と交換してくれた」という記録も
あるみたいなんだが…
要するに交換できるもんなら何でもよかったんじゃね
そういや将門が騎兵と鉄器を使ってたんだっけか
そういや話代わるけど年末に大掃除したり大晦日に蕎麦食べる風習って何が起源なんだろ?
練った蕎麦粉で金粉を集めたから縁起物ってのは覚えてるんだけど
大掃除をしてなんかよくわからない飾り付けをするのは
神様を迎えるためだったと思う。
蕎麦が現在の麺みたいな形になって広く普及したのは既に江戸時代だから、蕎麦屋の広告以上の意味は無いと思う。
民話と絡めるならムギとソバの話で、ソバは夏にすくすく育ちムギは冬に踏まれるっていう因果応報話はある。
大掃除は大歳神を迎えるために行う清浄の儀礼の一環、仏教的には煩悩払い、民俗的には江戸期の決算、
でもやることは共通して「周囲を綺麗にして新年に備えましょう」で合ってる。
ちなみに大歳神の子供の一柱が秋の女神。
年越し蕎麦は商家の習慣だったとか
大晦日の夜遅くまでいろいろと用事を済ませてから、
番頭・手代から丁稚まで、蕎麦が振る舞われたという説もある
金を集める以外に「細く長く(長命を祈る)」という縁起ものでもあったという
江戸っ子は蕎麦好きだったということも関係するかも
大歳神は、微妙な神様で一般には凶神とされるが、実は植物や実りを司る神様(豊穣神)
人々がむやみに伐採を行い、自然を荒らすと恐ろしい祟り神となるが、
木を植えて大切にし、田畑を耕しタネをまくなど植物を大切にすると、
吉神となり守護してくれる
陰陽道ではこの神様の方角に向って、樹や草を伐採する事は禁忌とされるが、
植木を求めたり、植えたり、家を立てたり、結婚などするには良い方角とされる
新年が諸兄と日本国にとって少々良いものになりますように
まあ昨日までの前年は日本以外(とくにEU圏)もひでぇ状態だけどな
かつては大きな災厄があると元号を新しくしたようだが
マヤ暦終了の本年が世界的にリセットの年となることを期待したい
(というか実際大統領選のある国が多いからリセットになるはずだが)
あけおめ諸兄
ところで無事にコミケも終わったわけだが
最近江戸時代にもエロパロ同人誌や即売会的なものがあったと聞いて興味があるんだ
そのあたりに詳しい人がいたら教えてくれんか
詳しくないけど書いちゃう、新年だもの
後世に名を残した浮世絵師でも春画は描いてたそうだからな…
タコの触手モノもあったとか
当時の同人/商業の境目をそれで生計を立てていたかどうかで考えると、
あってもおかしくはないのかな?
ただ多分狭いであろうコミュニティーの中で描いた人のわかるそういうものを流すのは大丈夫なんだろうか
三国史だかの女体化エロパロがあった、って話はこのスレで聞いたような気がする
>>802 詳しくないけど書いちゃうよ。だって新年だもの。あと、長文です。すまぬ…
江戸時代から出版業者や流通業者は存在していて、現代の「商業本」みたいな体裁での流通があったと言えなくはない。
ただ、現代の様に著作権というものが無かったから、出版元は好き放題に発刊していた。今で言う海賊版が普通に本屋に出回っていた。
また、印税っていうものも無かった。つまり、職業としての執筆者というものはいなかった。(滝沢馬琴は例外)
つまり、著作権や印税といったシステムが無い状況でプロ/アマの区別は無い。絵師も一緒。
印税やパテントが無くても生活出来るのは、書籍の場合は彼ら執筆者が医者だったり武士だったりして、生業の収入源があるからだ。
本居宣長とか、荻生徂徠とか、上田秋成とか、本を書いてその売上で生活していたわけじゃない。
で、絵師はどうなのよ、というと、下のヤフー知恵袋で絵師の原稿料について書かれているので参照あれ。
ttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1275894607
絵師は基本貧乏だった。版画の浮世絵っていうのは、今の新聞紙くらい、ありふれた、安価なものだった。
(ジャポニズムのきっかけになった浮世絵ってのも、品物の緩衝材として欧州に持ち込まれたものだった。)
そこで、肉筆浮世絵です。アレは基本的に一品物で、量産されてもいたが、それでも庶民には買えない程高価だった。
額に書かれたものを、現代でも見る様な絵画の即売会の様なところで売っていても何もおかしくない。
結論は、「
>>802の言う即売会ってのは、同好の士が集まるコミケの様なものではなく、ガチの絵画即売会なんじゃね?」
っていう、門外漢の当てずっぽうでした^q^絵師の生計・生態についてはよく判らぬwwwサーセン
早く詳しい諸兄来てー!諸兄なら、諸兄なら何とかしてくれる…そんな気がするんだ
昨日も下系古典の紹介とか抄訳出してるサークルさんがいたよ
>>804絵師の生計・生態についてはこんなものが
江戸後期の珍本に「諺臍の宿替」ってのがあって、そこに作者と絵師の掛け合いが登場するんよ
この本は人気があったからシリーズ化してるんだけど、版元が「先生原稿まだですか」とかなり催促していた様子
作中に楽屋話みたいな一節があるので、少し抜萃
原作者「お互いに性格は大のずぼら筋なので、この頃は桜の花盛りだから外へは出たいし(云々)。ところで版元から忙しく言われないように、なんとか日延べをするつもりですから、先生もそっちから引っ張って下さいな。
しかしやたらに締切日を延ばし、版元の堪忍袋と延ばした日が一度に切れると、お互いの家庭が真っ暗になるし、生活が切れると命も切れますから、ほどよく適当に延ばしましょう」
絵師「おっとその辺の呼吸は承知々々。それにはぬかりありません。いくら締切日でもあまりに延ばしすぎては天罰が当たりますから、などと言えば実直(まじめ)らしいが、絵を描いているよりも一杯やって外をぶらつくほうが
大好きというものですし、まあ延びるだけ延ばしてみて下さい。原稿の締切日さえもこのように延びるんですから、金銭のほうも延びることでしょう」
版彫り「画家と作者が締切日を引き延ばしておいて、どうやらこうやら版下がまわると、問屋からいろ\/と言われ、翌日までに彫り上げろという。(中略)さあ、しっかりやりましょう」
絵師は歌川国芳門人芳梅で、大阪堀江出身とあるから、恐らく町人出身(作者も町人出身)
絵師の生計は「まあそれなりに食べて行けそう」で、生態は「今の同人作家とさして変わらなさそう」と言った具合(そして割を食うのが出版ってのも相変わらずでw)
ただ芳梅本人が有名人だから、現在で言うところのプロが同人に参加してるようなものなので、例としてはそぐわなかったかも
>>805 kwsk
いろいろな絵師が春画の類に関わっていたのは、今で言えばプロ作家がバイトで薄い本出すようなものか
幕府もいろいろやったが、本来あれば武家のものだから説得力がないw
(お姫様に対する性教育の教材 子孫繁栄せねばお家が絶えるからね)
>>807春画だと規制されてる技法とかが使えるっていうのも聞いたことある気がする
もともと春画自体が違法だから好き放題できるんだとか何とか
商業マンガ 「PTAが怖いので、下着があらわになったところで主人公が懲悪します」
(ゲスい)同人エロマンガ 「怖いもの無しなのでボカシやモザイクは無しです! あとボコォっ!とかおごぉぉぉ!とか言わせます」
こんな感じだろうか
wikipediaの春画の頁を見てみると極彩色が禁止されてたみたい
>江戸幕府の規定を守る必要がない春画は、通常では出版できない極彩色の作品が作られた。
(ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E7%94%BB)
それよりも同じ項目で、
>また、それほど露骨な描写でない絵は危絵(あぶなえ)とも呼ばれた。
セウトとかと発想が同じなのにワロタ
>>806とりあえず見たのは
秘本衆道会(O54a) 「平賀源内『市中ショタ遊郭案内』解説」とか
「台記(藤原『悪左府』頼長の日記)よりホモ関連
記事抜粋・現代語訳」とか
まさに外宮!(O54b) 今昔物語や宇治拾遺物語等から下ネタ・お笑い
を抜粋・現代語訳を付した「バカ古典文學大系」とか
評論系のブロックも歩いてみたら面白いもんだ
ある意味、コミケの隠れた主役だからな>評論系/MAG以外の趣味ジャンル
とんでもない「街の研究家」がゴロゴロしている
サンクス諸兄
江戸時代の町人が現代の俺たちとやってることが全く変わってないって面白いな
文明は進歩しても人間性は早々一朝一夕には変わらんってことか
>>812昨日まさにその本買ってきて読んでるところだわ
表紙が岩波文庫そっくりで電車で読んでも安心!
うん…まぁ、人間は世代を重ね技術を発展させ何百年経っても、本質は変わらないってことなんだな……
江戸時代のご先祖がタイムスリップして今の時代にやってきてもすぐ適応しちゃいそうだ
どっかの特撮で源内をタイムマシンで連れて行こうとしたとかいうのがあったが
昔の天才を連れてきても無意味とか指摘本でつっこまれてたな
実際どうなんだろうな。
時間移動とかタイムパラドックスとか、その辺りをすべて投げ打った上での話しだが、
源内・ダビンチ・エジソンなど、過去の偉人を連れてきて、数ヶ月~数年掛けて現代に適応させる。
はたして彼らは、現代でもその天才的能力を発揮するものなんだろうか?
エジソンは「天才とは1%のインスピレーションと、99%の汗である」と言ってるし、
昔の天才でもその能力が発揮するどころか、むしろツールが発達している以上よりすごい物を発明する気がするのだが。
よほどの天才ならあっという間に吸収できるだろうけど、
その時代だったからこそ有名になれた人はやっぱり現代には合わないかもな
それをどうやって判断するかは知らんが
どうなんかね
葛飾北斎なんかを現代に連れてきたら、フォトショとか案外面白がって使いそうだけど
芸術系と技術系はやっぱり違うか
昔「死に際のニュートンが異星の辺境の小国に転生して
その国をテクノロジーで叩き延ばして大帝国に」ってアニメが
平賀源内の着想は優れているからな(着想だけはw 実現出来る社会・技術的基盤、
それと本人の根気がなかった)
その証拠に火浣布(アスベストの防火布)はサンプルレベルに留まったし、
洋画はデッサンめちゃくちゃでヘタクソだったが、優れた門人たちを残した
すでに基盤のあった浄瑠璃・歌舞伎の世界では、今も上演されることもある
「神霊矢口渡」など傑作を残している
土用の丑のウナギの件はよくわからん(源内起原説と異説がある)
エレキテルも玩具止まりで終わっちゃったしなぁ
でも日本にある薬草とか集めたりそういうネットワークつくったんだっけか
>>821この手の発想は空想娯楽と割り切った枠内なら楽しいが
こと軍事分野に関しては期待しすぎない方が良い
歴史上の名将の戦術はかなりの部分
その時代に使われてた武器の技術レベルとか将兵の錬度とか
その戦争の時だけの地形環境とかに規定されてる
日露戦争で大成功した大艦巨砲主義が第二次世界大戦では役立たず
第二次世界大戦では大成功した戦略爆撃がベトナムやアフガニスタンでは
一定の効果はあっても完全には通用せず(占領は失敗)とか
大勝ちした軍隊ほど前の戦争のやり方にこだわってコケる
架空戦記で『孔明の艦隊』なんて珍品があるがあれは現実には無理だな
「過去の天才を連れて来る」って話は、当時としては画期的だった発見発明をした奴が
それが既知で学問的社会的基盤になっている現在においてもなお
さらにそれ以上の「実績」を上積みできるかどうか、って話だろ
結局のところ、当時の常識や教育といった社会的な状況からは切り離せないと思う
伯楽の故事の通り、特異的な能力や才能を持つ奴は常にいても
社会がそいつを発見して、活躍させられる環境を与えられるとは限らない
平賀源内や諸葛孔明は現代日本だったら単なるヒキニートで終わる気がするな
逆に技術の進歩によってようやく拾えるようになった才能もあるはずで
絵の具や紙の調達に困ってた絵描きとかは一気に悲願がかなうことになる訳だが、
物資の欠乏ゆえに熟慮や検討を重ねることで磨かれてきた感性の部分もあったはずだ
それらをスポイルせずに現代文明の恩恵だけを都合よく与えるって思考実験は
要は過去の記憶・経験と実績をそのままに2倍の人生を歩ませるって話になるから
相当無理のある話だと思うな
>>825あるいは神主になれるかもな>源内、諸葛亮
3サークル入り乱れてコミケで大行列、準備会は大混乱
コミケは意外と「千里の馬」発見器かもしれない
>>824ただのニュートンじゃなくて、異世界で古代アトランティスの技術を得たニュートンだと
異世界でハスターを召喚したラプラスとか、異世界で魔女の力を得たコロンブスみたいなもんだな
コロン提督はただのマクガイバーだからピサロさんあたりに得させればいいと思うよ
>>803確か、水滸伝の女体化のはず。
作者は南総里見八犬伝の滝沢馬琴だわ。
>>829里見八犬伝も水滸伝モチーフだし、どんだけ水滸伝好きだったんだw
そりゃまあよくわからんが、108人の女の子がきゃっきゃうふふとか男の夢だな
>>833原典の女好漢3人はちゃんと性別逆転して男になってるから大丈夫
そんなことで大丈夫と言われましても……
だから日本人ははじめから始まりすぎと言われるんだ
獣姦物(「南総里見八犬伝)」も触手物(「蛸と海女」)も江戸時代にはあったとされる
「源氏物語」も日本最古の恋愛小説って言われてはいるが、中身はエロゲだしなw
先取りしすぎたのか、昔から変わってないのか
日本が進んでるというよりは、かつては世界各地にそういうのがあったんだけど
キリスト教やら近代啓蒙主義やらの影響で次第に廃れていってしまい、
それらの影響がなかったor少なかった日本では今も生き残ってる、のが真相なんじゃね?
おそらくはそう言うことなんだとは思うが、この理屈を通すならば秘境(アマゾン奥地とか)では今も特異な妄想大系が残っていないとおかしいはずなんだ。
しかし聞いた範囲の話としては、女子割礼とか既に行動に移しちゃってるんだよ(妄想に留まっていない)
秘境での性に関する特異な妄想例(創作・民話など)ってあるんだろうか?
ギリシャ神話とか良い例だな。
まぁ神話関係は大概何処も近親相姦とか獣姦とか色々有るから、
別に日本だけって訳でもないんだろう。
双子座のポルックス・カストルの誕生経緯もなかなか
例によって暇をもてあましたゼウスが地上に美人のねーちゃん(人妻)を発見
↓
ひゃっほいと白鳥に化けて接近、そのままの姿で即れいぽぅ
↓
見事孕まされたねーちゃん(人妻)が二つの卵を出産てか産卵
↓
卵からはポルックス君とカストル君が生まれましたとさ
ゼウスの浮気癖は、有力者達が次々とゼウスの子孫を名乗った結果なんだっけ
ゼウスも酷いがヘラも大概なんだよなぁ
この夫婦にかかわるとカリストのような末路を迎えることになる
>>842ああ、つっこむってそういう…
アレドウシタンデスカパチュリ-サン
パッチェさんこの人です
あとはよろしくお願いします
銀河ってのは子供の頃に田舎で見たことしかないのだが、
あれは銀河系の渦状楕円盤(の肢)を渦の内側から見ている姿なのだろうか
夏の夜の不思議な眺めだったことだけ覚えている
言われてみればギリシア神話は、キリスト教の影響を受けてないのか
開放的→禁欲的の差が大きすぎだろう…
>>849太陽系は銀河系の中でもかなり縁の方だから、銀河系の中心部を向けばそりゃあ星が大量に見れる…はずなんだがな
街が明るすぎて、夜空も満足に見ることも叶わん
今試しに外を覗いたが、一等星程度しか見れぬえ
>>850ついでに言うと、太陽系は円盤のやや北のほうにズレてるんだよね
だから南天に星が多いのだ
>>850-851ありがとう、いままでに銀河を見たのは2回しかない
もう一回は学生時代、北海道の朱鞠内でのキャンプの時だ
どちらも非常におぼろだった記憶がある
空気が澄んで街の光がない場所でないと観測は無理らしい
知人の学者に野辺山の電波天文台を見学させてもらったことがあるが、
やはり「光害」のことを言っていた
長野の高原でさえも光学観測はどんどん難しくなり、
ハワイに「すばる」を作ったり、ハッブルに世界中の期待が集まったそうだ
幻想郷の星空と、我々の星空はまるで別ものなんだろうな
魔法に携わる者の多い幻想郷だと、星が見えるかどうかってのは生命線になるんかね
パチュリーなんかは正に「曜」、惑星の魔術であるし
道教的にも太歳やら関係ありそう
でも惑星の神格化は良く聞くが、「銀河」とかの神秘化はあまり聞いたことが無いな
私の知識が不足しているだけかもしれないが、
諸兄なら何か知っていますかね
天の川という意味での銀河なら、まず七夕の伝承が有名だね
牽牛と織姫は毎年七月七日の一晩だけ天の川を渡って逢瀬を重ねるという
それから「西遊記」の猪八戒は地上に落とされる前、天の川を管理する水軍の長・天蓬元帥という官職にあったとか
西洋だとミルキーウェイの故事かな
以下wikipediaより引用
「ゼウスは、自分とアルクメネの子のヘラクレスを不死身にするために、女神ヘラの母乳をヘラクレスに飲ませようとしていた。
しかし、嫉妬深いヘラはヘラクレスを憎んでいたため母乳を飲ませようとはしなかった。一計を案じたゼウスはヘラに眠り薬を飲ませ、
ヘラが眠っているあいだにヘラクレスに母乳を飲ませた。この時、ヘラが目覚め、ヘラクレスが自分の乳を飲んでいることに驚き、
払いのけた際にヘラの母乳が流れ出した。これが天のミルクの環になった。」
まあ例によって例の如くギリシャ神話の例の夫婦に関わる話なわけだがw
ヘラの乳を飲んで不死身になったヘラクレスがその後どういう運命を辿ったかは、お察し下さい・・・
>>853他の銀河の存在や距離がきちんと把握できたのが20世紀に入ってからのことだし
もはや天体を神格化する時代ではなかったのでは思っている
惑星は古代ギリシア時代から良く知られていた存在だから神格化の対象に
>>854不死身の男女3人組と冒険を共にしたりするのですね、わかります
万葉集では、例によって読み下されていない不親切歌人・柿本朝臣人麻呂の七夕の歌があるな
「天漢 安川原 定而 神競者 麻呂待無」
天漢は天の川のこと 天岩戸神話で、安川原に神々が集ったという故事によるとは思われるが、
「東野炎・・・」の歌同様、「神競者 麻呂待無」の正しい読みが分からない
ちなみに宮中では天皇が病に倒れ、大騒ぎになっている最中に詠まれたらしい歌
・・・何をやってるのか
>>854その牽牛・織姫の話は、天稚彦物語がベースの一部とされている
一般に知られる通りでラストは天の川を挟んで七月七日にしか会えないとするものなんだが、
姫が天稚彦を尋ねる回る際、ゆうづつ(宵の明星)・箒星・昴・明けの明星などを巡ってる
夜の星々を渡り歩くなんてロマンティックね(←のんき)
夜の星々をラブホの街灯に例えると途端に親近感湧くけどね
毎年クリスマスにはどこの恋宿も超満員というけれど昔もそういうことがあったのかな
特別な節目に男女が結ばれると元気な子を授かるだとかの類の話
或いは逆に、この日は色事に手を出すべからず、みたいのも気になる
「七月七日の夜が晴ならば会うことが出来る
*但し七月七日は昔から雨が多い」
というような話を昔聞いたことが
日本の場合、二十八宿それぞれに吉凶があり、適した事としてはならない事が決まっている
六曜(友引、仏滅など)も同じで、やはり仏滅のこの手のことも忌むべきらしい
さらに不成就日、十方暮などといったや婚姻、和合にも不適とされる特別な日もあるし、
暦中段にも婚姻等の適・不適が定められている
これに方位の吉凶も合わさるし、金神のような凶神の居る方位は何事も特に慎むべきとか
平安の貴族はこういうことに忠実で、日を選び方違えまでして嫁を娶ったりしたという
六曜は賭け事占いと言うけどな
コイツに限っては江戸時代の庶民発でそう重視する必要も無いとか
>>859それは、旧暦7月7日の行事を新暦7月7日にやってるからだとおもうのだが。
たとえば、今年の(旧暦)7月7日は(新暦)5月18日になる。(はず)
あれ、間違えた・・・。
新暦の2012年の7月7日は旧暦の2012年の5月18日
旧暦の2012年の7月7日は新暦の2012年の8月24日
今度は間違えてないはず。
日にちの吉凶ってのは、日本では陰陽道が影響を持って色々定まってたね。
>>860さんの仰る通り、だいぶ今とは異なる様相だったらしいけど。
六曜なんかは無かったんじゃないかな。
……平安時代の貴族は、かなりきちっと守ってたけど、時代が下るとだいぶ変わってくる。
戦国時代の公家・山科言継(ときつぐ)は、方違えと称して友人(町人)の家に押しかけてる。
方違えしてきた人は家人が接待しないといけないのを良い事に、散々酒飲んでわいわい騒いで一泊してたり。
今言われる程、前近代の人が信心深かったわけじゃないのよね。
そういった習慣が残ってるのも、必ずしも信じてたからじゃない、という。
>>863確か長野県だったと思うが、七夕祭りを現在の八月に行うってのを聞いたことがあるから合ってると思う
さらにどこで聞いたか忘れたが、同じく八月に行うのはあちこちであるってのも耳に残ってた
北海道は八月にやるほうがメジャーなんじゃなかったっけ
日本の祭事や節季は旧暦(太陰暦)で理解する方が良いと言われるね
それも京・畿内あたりの気候や野山の状況などで考えると、
花や草木など自然の風景と合い、すっきりする事も多いのは確か
太陽歴だと太陽の方位角(太陽黄経)で春分ほか二十四節季を示すから、
これはこれですっきりするけれど、気候や景色とはあわないなあ
中国や台湾では今でも旧正月のほうを盛大にやるみたいね
日本でも各地の中華街や沖縄あたりではお祭りをするとかなんとか
平安貴族の日記とかだと、物忌だっつってサボりやがったあの野郎とか
方違と言い張って女の家に寄る裏技とかそんなことが結構書いてある。
心から信じてたかどうかはともかく、ダシとして使うことに抵抗は無かったようだ。
カレンダーにその日の運勢とかてきとうに書いただけの「仮名暦」が割と流行ったり、
なんかこう、儀式的なものの神秘性とか全然ないな京都人。
葵祭とかも平安時代半ばには早くも物見遊山化してたみたいだし
やっぱり都会の喧騒の中で暮らしてるとそうなるんじゃね
これが田舎の農村だったりするとガチで生活かかってるから
本気で信じてる人も多かっただろうけど
平安時代といえば
紫式部は幽霊信じてなかったな
源氏物語を読んだ田舎のお嬢ちゃん達は信じたかもしれないのに
食事とか寝具とか、昔の人々の生活を調べているのだが、
掛け布団って関西方面を除いてはかなり後世のものなのね
東日本では綿入れの掻巻(どてらのお化けみたいなもの)が主流(特に東北)で、
一説では将軍も掻巻で寝ていたとか
ただし将軍の敷き布団は豪華で、輸入品であるパンヤを詰めた
マットレスのような揚畳を重ねて寝床とし、その上で寝ていたそうだ
東方では妹紅が壁に寄りかかって着衣のまま寝ていたけれども、
ああいう寝方も奈良時代や平安時代の庶民ではあり得たかもしれない
(布団など昼の着衣を布団代わりにして裸で寝ていたともされる)
中世の武士でもろくな寝具は用いてなかった
古民家にはしばしば「なんど」という板敷きの小部屋があるが、
用途はクローゼットや物置だけでなく、主に寝部屋であったそうだ
藁など持ち込んで布団代わりにし、一家揃って寝ていたとされる
竪穴式住居より少しはましな程度の建物だった時代から受け継がれるものらしい
部屋が狭い分保温性もいくぶんかましだったという
(丹後方面に今も残る「千年家」という、日本の農村家屋のルーツのような
古民家でも、納戸があったりする)
地位や財産などで多少は異なるのだろうけれども、綿が貴重だった時代には、
貴族と言えども寝具はかなり質素だったと推察される
>>872今残ってるような古民家は大体地方農民のそこそこ豊かな方の家で
そうでない農民は家に高床式で板張りの部屋を設けて居室に使うってこと自体がそもそも難しく
家の面積の大半は作業用の「土間」で、そこにワラやムシロを敷いて寝た
住み方としては竪穴式と大きな違いはなく、当然綿の布団を敷くなんてのはあり得ない
土間に丸太を並べてその上に板を張ったら、まずそこを食事・軽作業用の「居間」とした
十分なスペースを用意できればそこにムシロを敷いて寝ることができた
血縁家族以外に来客はなく、年中行事は本家筋か名主の家で行うので客間は必要なかった
布団等の家財を賄える程度に豊かになると、板の間の一角を板壁で仕切って「納戸」とした
主人は板の間で雑魚寝している家族から離れ、収納した家財の番も兼ねてそこで寝た
夜に寝る以外に使用しないスペースなので布団を上げる必要性はなく、基本的に万年床となる
さらに板の間が広くなると、奥の間を来客用に区切って、来客時には敷物を広げて敷いた
このスペースを「座敷」と言い、普段はたたんで仕舞ってあるイグサ製の敷物を「ゴザ」「畳」と言う
その頃には息子夫婦の寝室も欲しくなり、座敷と反対側の板の間を「部屋」として区切った
主人と息子夫婦以外の家人、主人の妻と未婚の子供、住込使用人は板の間で雑魚寝をしている
さらに豊かになると、作業スペースとしてさらに大きな土間や貯蔵室が必要になり
家族や使用人夫婦を雑魚寝から新たに設けた寝部屋に移したり
冠婚葬祭の機会も増えて座敷を広くしたりする
ワラの畳床に畳表を張った現在のような敷畳はぜいたく品として庶民は禁じられていたので
一枚ずつ買い揃えておき、行事の際に座敷の必要な箇所にだけ敷いた
敷畳が禁止されなくなった明治以降も、戦前頃までは多くの家で畳を上げていたという
>>873ありがとう
そうやって後世の「田」の字状の4間取り、
あるいは3間取りの民家が出来ていったのだな
横浜三渓園にある合掌作りの巨大民家では、
一族と使用人併せて40~50人もが暮らしていたと説明された
たしかに大きいけれども、皆がどうやって寝たのか訝っていたのだが、
雑魚寝なら良く理解できる
良く言われる綿やパンヤ以前の「ガマの穂綿」だが、
ソーセージみたいな茶色の穂が熟して弾けると、真っ白い綿毛になる
(釣りの時に摘んで来てお仏壇に供えていたら、ある日弾けてえらいめに…)
確かにふかふかで適度な油気もあり、詰め物に向いていそうだが、
上述のように今の掛け布団は主に関西方面で発達したものらしく、
ガマの蒲団(蒲=ガマ)はあちらのモノだった可能性があるな
因幡の素兎な。あの話でオホナムジが兄弟に二回くらい殺されているが、
普通、一回殺された時点で兄弟に気をつけるべきだと思う。
なぜあそこで木に体を突っ込んでしまったのか。人を疑う事ができない純粋な心でも持っていたのだろうか。
その辺が女性にもてる秘密なんではなかったかと割とマジで思う
>>876「魔が差したにしても、一度失敗したんだからもう懲りて二度とやらないだろう」とでも思ってたんじゃないか?
素兎への所業から考えれば性根が腐っていそうなことは想像できなくもないけど、兄弟を疑いたくないという方向で無意識のうちに目をつぶってたとかで
>>877イケメン・優しい・馬鹿正直・将来性バツグン
最強ですね
上に立った時に、咎をある方が御しやすいんではないのかな
「ふふふ、あの時のこと、覚えています? 私は決して忘れていませんよ…」
とか
>>881つまり、私は絶対に死なないという自信があったということか・・・・。
オオクニヌシに対しては、ムカデだヘビだってスサノオもえげつない責めをやったよな
まぁ、Gでないだけ良いか
あれは婿が乗り越えねばならない婚姻の通過儀礼を模したという説があるな
>>882大国主はたぶん群体なんだよ
あれが最後の大国主とは思えない、八十神が嫌がらせを続ける限り、第2第3の大国主が…
横スクロールアクション・スーパーオオクニヌシハズバンドか
オオクニヌシの仕業か!(最早何がなんだか
ともかく
和邇に引ん剥かれ、兄神たちにひーひー言わされた素兎に対して大国主は紳士だった訳だよね
(こう書くといろいろアレだな
てゐ「なんか八上から嫁に出した娘が子供をおいて実家に戻ってきたんですけど…」
結婚を約束した彼氏を信じて送り出したらスサノオの娘と結婚してたでござる
しかも既に子供つくってたのに追い出されてなんとも不憫である…
新しい妻にはいい肉を
古い妻には堅い肉を
だっけか?大国主もなかなかの外道。きっと自覚ないんだろうな…
こう、光源氏的な。
大国主が本当に愛しているのは須勢理毘売だけで他の女は駄菓子みたいなもん
八上姫 (´;ω;)カワイソス
ところで、「幻想郷の龍神は瀬織津姫」という電波を受信してしまったんだが・・・
・川は龍や蛇に投影されて、水神も龍蛇信仰と結びつくことが多い。
実際、瀬織津姫は「丹波の人取川」の民話など、多くの民話・神話で龍神とされる。
・「天照大神荒魂」とされることもあり(御霊神社・廣田神社等)、「天照以前」の
信仰体系においては相当神格が高かったことが伺える。それこそ最高神クラス?
・そして何より、今ではほとんど存在を忘れかけられている。
大祓詞ででてくるくらい。
と、龍神のモデルとしては結構あり・・・かも?
神主がどう想定してるかは神主にしかわからないけど。
昔このスレでゆかりん=女郎蜘蛛=瀬織津姫説を見て感心したの思い出した
幻想郷の龍神って黄龍じゃないかって勝手に思ってる
五行の存在をもたらしたらしいし
>>894コピペして取ってあるわアレ
論文読んでる気分になったっけ
まじでか。読みてぇ…
何処の何番目にあったか教えていただけると感謝。
何と…廣田神社がもろ地元だから今度参ってみよう
今日は恵比寿の開門神事行ってきましたけどってスレ違うな
なんで瀬織津姫は人気があるんだ・・・他の祓戸の神と同格じゃないのか
>>883逃げ切ったオオクニヌシに呼びかけるスサノオのセリフが
神様の言葉ってより古代の俗語っぽいとか
>>897三スレ目の79~っぽい
取ってあるっていうか「なんだこのスレおもしれえ」状態になって読んだときに見たんだ
時間が許すなら頭から読んでみてほしい。ここって凄いんだな改めて……
>>899名前がカッコ良さげだから(嘘)
各地の神社で消された祭祀の痕とか、謎が多いからかな
それが魅力。
儚で霊夢が大禍津日を使ったのも関連性として大きいな
瀬織津姫と大禍津日は同神として考えられてる説もあるし
個人的には豊玉姫=龍神
龍神同様に結界を超えられる量子ワープと竜宮在住という共通点
紫が龍神に幻想郷の平和を誓ったってこと
それで実は豊姫が幻想郷の龍神だったというのでも面白い
忘れられた神様と言えば伊豆能売
どこぞの新興宗教では持ち上げられてるらしいけど一体どんな神様なんだか不明なんだっけ
>>889アシタカさんそんな感じでサンと出来ちゃったよね
アシタカさんはもうあそこには帰れないから仕方ない
アシタカって結局何者だったのかな
名前の由来は神武東征で敗れ去ったナガスネヒコだったはず
長髄彦=すね(足)が長い男(彦)
脚高彦=足が高い(長い)男(彦)
出自は蝦夷の末裔だが、蝦夷は神武東征で追われたナガスネヒコの末裔という説も
(戦前の記紀中心史観では)存在してた。元ネタ的にはこんな感じかなぁ
あいつアラハバキ(荒脛巾)だったのか……
まあこの神も正体不明で長髄彦説はあくまで俗説だけど
アラハバキってどういう服装・容姿のことを指すの?
レッグウォーマーとして毛皮を足に巻いてる感じ?
遮光土偶がアラハバキってのは完全に後世の無理やり解釈で根拠はない
東日流外三郡誌か
アレは東北の人間として面白い内容だっただけに残念だった
結局アラハバキが何なのかは再び迷宮入り~
ただの客人神か、はたまた本当に蝦夷の(日高見国の?)土着神だったのか…
アラハバキは何となくさほど起源とか古くないイメージ
遡るとしてもせいぜい江戸時代くらいで、いわゆる流行神の一種(ビリケンみたいなの)だったのが
明治以降に国学者あたりのこじつけで広められただけじゃないか?と思わんでもない
いやだって名前がさぁ……
荒覇吐・荒吐・荒脛巾とか、如何にも「かっこよさげで意味深そうな名前付けてみました」感がプンプンするんだもの
ぶっちゃけ根拠は無いんだけど、なーんか音じゃなくて漢字表記のが初めにあったような臭いががが
アラハバキはミシャグジ同様、一説には蛇神だともされてるのな
宇賀神、夜刀神、八岐大蛇など、蛇の神様って多いな
製鉄の神であり、水を司る神様であり、農耕神の側面もあるから、
開墾地の神様(地祇)なのかもと推察している
そういう土地には蛇がつきものだから
夜刀神など「谷戸=水田耕作やため池作りに適した山すその谷地、沼沢地」
の神だった可能性もある
はばきは箒の変化だとか、果ては古代アラビアの神だとかいう説まで出てきてもうワケワカメ
でも良いネーミング
アラハバキ
声に出してみたい
アラハバキ
>>910「荒脛巾」とは兵士たちの脛当て、脚絆の一種説もあるな
あるいは蝦夷の装備かもしれない
蝦夷系の土着神かもしれないそうだし
東北にあるアラハバキ系神社のHPなどをあたると、
ますます諏訪の洩矢、ミシャグジに似た性格の神様に思える
陸奥の伊達氏の元には「黒脛巾組」という忍者がいてな…
(実際はゲリラ戦の得意な山の民みたいな連中だったらしい)
ああ20世紀初頭のセルビアのテロ組織…それは「黒手組」
>>919可能性はあるね
違う場所で信仰されたせいで名前が違うだけで、本質は同じだと思う
ただミシャグジと比べてアラハバキは資料が少なすぎるな
どんな神だったのかが憶測の域を出ないんだよなあ…
いわゆる「山の神」系統の神格は、山に対する人間の想いの集大成だから、
だいたい似たり寄ったりの形態になるんだろうな。
・大概怖ろしい姿をしている。
・水や農耕、狩猟、戦、生死など、生活に密着した幅広い御利益がある。
・禁忌も多くよく祟る等々……。
狩猟神っぽい気もするけど(イメージ)。
でも秋田や岩手の狩猟集団「またぎ」の信仰は仏教系なんだよな。
でも「鹿踊り(ししおどり)」なんてその時代の流れかも?
諏訪の伝承同様に物部とも関係がありそうというあたり、ますますミシャグジだな、アラハバキは
当時の辺境の民が崇めた神々が、これら太古からの自然の精霊神なのだろうと思う
神武の東征の時、クマソともされる大隅ほかの隼人たちが親衛隊、軍の先鋒を勤めたように、
辺境の土蜘蛛、蝦夷、熊襲や隼人たちは必ずしも中央(大王)と敵対していた訳ではなく、
彼らのうちのかなりの勢力は帰順・融和の道を選んだとされる
河内はじめ畿内の古代豪族だったらしき物部も、はるばる九州から来たとされる大王家の勢力から見れば、
蝦夷や熊襲、隼人たちの同類だったのかもしれない
物部が「もののけ」を祀る氏族であり、八十氏と呼ばれるほど日本各地に広く勢力を持っていただけに、
のちの大和王権としては、自らの勢力下に取り込めてお互いにラッキーだったかもしれない
(投皿「物部の八十平瓮」の伝説参照 香久山の神社で神武が夢でみたお告げに従い、物部は土器を焼いた)
しかし、それも古代の氏族国家が律令国家に取って代わられるまでのこと
太子の実在・非実在は不明ながら、推古の時代が変革期の端緒だったことは確かで、
いわゆる「天皇」の呼称は古くともこの推古朝までしか遡れないとする説もある
(一説では天皇とは道教の古書に登場する神であり、天を統べる存在という意味)
概ねこの頃から巨大古墳の築造は行われなくなり、守屋滅亡後、失脚した物部の残党はやがて石上氏と名を変えた
もしかすると、出雲、諏訪などと共に、敗れし古き神々たちの末裔かな>石上神宮やアラハバキ
>>923古代中国、尭や舜たち五帝よりも前に存在したという天皇(テンコウ)と地皇と泰皇という三皇の一人だね
始皇帝はこの三皇五帝を組み合わせて自らを王よりも上の存在、皇帝と名乗った
>>913なんか怪しいよなこの神様
「広範に分布しすぎだろう」というのが一つ
「あまりにも特徴が残っていなさすぎるだろう」というのがもう一つ
一応現代まで信仰実態が存在するのだし
古代にまで遡れる神なら何か特徴が残ってないとおかしいだろうと・・・
少なくともこんな広範に分布してて名前が一切残ってないのは変だよなぁ
中世になんか凄かった民間行者の社が有名になってとか、そういう説のが遥かに納得できるw
そういう意味で本物っぽいと思うんだけどなあ
実はアラハバキについては殆ど知らないけど
だって日本の古代文化ってあれだぜ
言語体系が独特なくせに独自の文字も持たず、教義で禁止されてるわけでもないのに神の似姿を作らず、
神話は中央国家の音頭取りで事業が始まるまでそこらのオッサンが語り継いでただけ
山岳信仰系なら社もろくにつくらない
古事記や風土記に載らなかった信仰なら、痕跡が残ってるほうがおかしいレベル
>>911遮光器土偶は多分原始的なシャーマン信仰の名残だから別系統だろうね
恐山のイタコや沖縄のユタの系列の女神、巫女信仰
アラハバキは荒神の一種では有るんだろうけど
どうにも原始信仰まではまず遡れない
ミシャグジと同じく蛇神と言われてもいるけど
実際のところ日本の古語に蛇を指す言葉が多すぎるせいで
どうもどんな神もいくらでも蛇に関連してしまう
氷川神社の客神のアラハバキと東北のアラハバキと
伊勢のハバキ神は全く別系統だと考えた方がまだしっくり来るわ
単なる似た名前の別神だと
そもそもハハキ(帚)自体が呪的な意味持ってたからなあ、古代では
皆さんが民俗学的な考察を行ってるところを、横槍的に無粋なことを聞いて申し訳ないんだけど。
「アラハバキ」なる神の、史料的初出っていつごろになるのかしら?
それによって、古代以来と本当に言えるのかどうかってのが、かなり変わってくると思うのだけど。
例えば江戸時代からしか史料にないのに、「先史から連綿と」とは言いがたいわけじゃない。
信仰の形態だって、先史→古代→中世→近世→近代と変化しているし。
某偽書を除いて、いったいいつから「アラハバキ」なる神が存在していたの言えるのかってことで。
古いものにはキッチリ同定できる名前がついていて伝承なり記録が残ってるはず
なんてのがそもそも律令国家以降の常民の幻想だろう
昔の白河以北でゆるやかに移動や集合離散を繰り返していた
西の人間が十把一絡に蝦夷と呼ぶ人達がいて、彼らにも伝承やおそれが伝わっていたとする
それを聞きつけた白河以南の人間が「それってひょっとして氷川神社のアラハバキじゃね?」
→「アラハバキだってよ」→「この地方にはアラハバキってのが伝わってたらしいから神社作ろうぜ」
→「古代虐げられていた民に荒吐なる神が信仰されており…」
なんてあたりがありそうなセンだろう
なんか一連の話を読んでたら、なんかもう
アラハバキは「バアルのようなもの」かと(←「バール」ではない)
旧約聖書じゃユダヤ教以前の異教神は大抵バアル呼ばわりなんだよな
後代の正史とされる物以前の信仰は
実際には多様な地域性があってもひとくくりにされやすいからな
みんな真面目に考察しているというのに「アラハバキ」という名前がどうにもオタクの聖地に聞こえてしまって…
よくわからないとしか…例の偽書以前で信用出来る文書的記述は現存しないか、
きわめて乏しいというのが一般的な見解らしい
道祖神やミシャグジの依代とされる磐座や御柱の起原と同じぐらい不明
東北地方には2000年は遡れるという伝承を持つ社もあるらしいが、
たとえそれが文献であったとしても裏付けが困難で、真偽は定かでない
一般に社寺が起原を出来るだけ遡ろうとするのは他でも同じだから、仕方ない
遡れるとすれば、物部の本拠地のひとつであり滅亡の地、
つまり現四天王寺の古地名が、アラハバキに近い呼称だった?という程度
天孫系の神々と異なり、地祇の類は得体の知れないものが多い
江戸時代の流行り神、多くは稲荷たちも似たようなものだし
そもそも天孫系の神様たちからして、
>>931のご指摘通り、律令と共に、
キャラ付けがなされたと考える方がよさげだし……
さあ諸兄、本スレの第2マスコットに石を抱かせる作業に戻るんだ!
>>933を見て「アラハバキ」が、「アキハバラ」または「アキバハラ」のアナグラムになっていると気付いた
アラハバキは、秋葉さんの主祭神・カグツチの別称だったんだよ!(な、なんだry
>>933そこの名前の由来の秋葉神社は火除けの神だから出自がずっと分かりやすいね
江戸は火事が多かったから引く手あまたの大人気神社だ
燃えの神の火之迦具土大神も分かりやすいし 遠州浜松の秋葉神社が起源だと完全に同定出来る
ただ江戸以前と以後でこっちも変容してるんだよなぁ 三尺坊なる修験者やら
秋葉講やら秋葉大権現やら爆発的に流行するとどんどん「分かりやすい」神に変容してしまう
大抵は天台宗勢力のせいなんだが 愛宕神社も同じく火伏せの神として西で愛宕信仰が大流行してるが
こっちも天狗の太郎坊に代表されるように元は単なる神社では無く修験由来だぬえ
こういう流行神というのはやっぱり何か作為的に誰かがきっかけを作ったりしたんだろうか
どうだろう。
民俗学をやっておられる諸兄の多いここで言うのも、どうかとは思わないでもないけれど。
古代の神が、中世近世近代という大きな社会の変化の中でも、変わらず残っていると解釈するのはしんどいのではないかなぁ?
特に北東北は、情勢が激変しているし。
勿論、擬古派が得てして敗北を喫するのも承知の上で。
とりわけ、東北に蝦夷の神が、「アラハバキ」なる謎の神として残り続けるかっていうのが、私には疑問なのです。
というのも、北東北に於いて蝦夷の末裔を名乗る一族、ってのは殆ど生き残らなかったから。
安東氏だけよね、蝦夷の子孫。
実体がどうかはともかく、殆どの俘囚は「俺朝廷の一族の子孫」って名乗るわけで。
そう考えれば、自分たちの神もまた「これヤマトの神といっしょー」と名乗るのではないかと思うのですよ。
しかも、結局件の偽書が最初の出所とすると、ただの作り物って気がする。
他の江戸時代の本にでもあれば、まだ伝承であると言えるかも知れないけど。
ちょっと訂正。
アラハバキって、各地の小さい社に一応名前としてはあるのね。
だったら、件の偽書が初出ではないってことになるのかな?
であれば、ただの作り物ではないってことだね。
誤解だったようで、失礼しました。
>>934何の特徴も無いのに名前だけが残った、という前提がすっごい怪しいと言いますか・・・
例えば「名前は失われたけど信仰の実体は残った」というところは幾らでもあるわけです
伊吹がそう、三輪がそう、大峯山系がそう、白山がそう、瀬織津姫も、諏訪明神(ミシャグジ)も、と幾らでも出せる
ところがこの神はまったくその逆をいっている
熱心に拝まれているわけでも、オシラ様のような特徴的な習俗があるわけでもない
稲荷神のように奈良時代以降の新宗教に取り込まれたわけでもない
ただ、足の神様として平凡な神社で平凡に祀られているだけです
「禅宗の寺だと思ってたらマニ教の教会だった」みたいなことが中国であったそうですが
これだって、名前は全く変わってたのが本尊と建物の特異さで発見されたわけで・・・
その逆をいったまま1500年以上も残り続けるだろうかとものそい疑問が・・・
アラハバキは、単に自分たちとは違う近くにいた別勢力をその特徴から神格化したとかじゃないのかなと妄想
秋葉山、秋葉大権現の読みはアキハサン、アキハダイゴンゲン
秋葉神社、秋葉の原は、下町訛りでアキバジンジャ、アキバノハラ
秋葉原は駅名になってアキハバラ
アキハバラの元はアキバハラだと思っていたら、元々はアキハだったんだなと
秋葉神社にはまだ一度もお参りしたことなかったので、今度行って来よう
そういえば神田明神の祭神は大己貴命、少彦名命、平将門命
大己貴命はwikipediaを見ると出雲系の氏族が祖神として祀ったことからで
少彦名命は大黒様、恵比寿様の並びでもあるし分かるんだが
平将門命が一緒になんだねぇ
だからといってこれと言う話でもないんだが
>>939縁起や由来、ご利益や祟りなどを伝える者がいない存在だから、逆に名前とおぼろげな畏怖ばかり残ることも、
かっての農村などではありえたかと思われます
特に一説のように先住民の残した神であるならば、余計にそうかもしれません
「なんだかよくわからんけれど、これはどうやら神様らしい…」
そんな感じで、土地の守護神なり、祟り神なりいろいろ勝手に解釈しつつ、
まあとりあえず差し障りないように…と
アラハバキの文献上の初出なんだが、江戸時代に東北各地を旅行した菅江真澄がアラハバキについて触れてるらしい
原資料を残念ながら持ってないので詳細は分からんが、どうも青森あたりでそれらしい神様を祀る神社を見たとか
ただネットでググった限りでは、菅江が記述した以前のものでアラハバキが登場すると言う文献は発見できなかった
>>942起きたら嬉しい情報が、ありがとう
菅江真澄も面白い人だな、長野とも縁がある(お酒の「真澄」とは関係無しと思われる)
津軽や恐山など日本のあちこちを点々とした奇人とも呼べる旅行家・紀行作者
蝦夷地にも渡ったらしい
この人の記述なら信用できそうだ
>>942原資料見つけてきた
ttp://jpg1.apl.pref.akita.jp/kicho/masumi/137.html
菅江真澄の故郷の神社(砥鹿神社)のアラハバキ神社で祀ってるのは
大己貴神の荒魂なんだよね
…だからなんだって話だけど
ブレストスレで出てたけど酒呑童子と敵対した人達が
空海、最澄、晴明、頼光、四天王と平安最強オールスターズで可哀想になってくる
逆に考えればそれら化け物じみた人間たちが何人も出張んなきゃならないくらいの大怪物だったってことだな
たしか頼光と四天王は身分偽って侵入した上、寝込みを襲ったんだっけ。
寝込みをおそったというか酒に酔わせて
抵抗できなくして虐殺した
それでもヘルメットがなきゃ即死だったレベルの反撃食らわす酒呑さんマジぱねぇっす
もう大河ドラマも頼光や田村麻呂を主人公にしてファンタジー時代劇にしちゃえばいいと思うんだよね
頼光は一門のエピソードには事欠かないし晴明も出るしで話には困らないだろうし
田村麻呂は超強い美少女の嫁さんとイチャラブで勝つる
もう江って前例もできちゃったしなー>ファンタジー時代劇
次の大河は大国主が日本各地の女神を性的に食べていく話でいいよ
鎮西八郎呼んでくればたいていのは退治できそうな気もする
鬼は勇猛果敢(そこ、卑怯とか言わない)な戦士が倒す。
魑魅魍魎は陰陽師的な魔術師が払う。
こんなところか。
酒呑童子はそれらオールスターズに加えて神々の力も借りたんじゃなかったっけ
>>957八幡・住吉・熊野の神々が手足を縛りつけてたんだっけかな
名のある神々何柱もの協力でやっと倒せるって並の化けモンじゃないよはっきり言って
酒呑童子と並び称される大嶽丸さんはもっと評価されていい
>>957頼光が酒呑を斬る直前に唱えた「南無や三社の御神、力を合わせて賜び給え!」
に中二心をくすぐられた
不確定性原理にほころびってなんだろうね
先日のニュートリノ騒動といい、
CP対称性の破れとかもそうだけれど、物理法則いい加減過ぎってか、
この宇宙の作りが雑すぎるような……
学生時代、物理学や天文学に詳しい(1人はプロの天文学者)理系の知人たちから
「この宇宙は不出来な大学院生の卒業論文みたいなもの」
といわれたが…やはり……
人が物理法則の辻褄合わせをしようともがいているだけで、
宇宙は雑とも言えるし逆に恐ろしく緻密とも言えると思う
ていうか雑とか緻密なんてのも人のつくった概念だしなぁ
とりあえず宇宙にはほころびなんてのはなくて、ほころびがあったのは
人がこねくり回してやっとの思いで考え付いた辻褄合わせの方だろう
つまり不出来な大学院生の卒業論文なのは人間の方だと
まあ自分家の問題も満足に解決できないのに偉ぶるのは億年早いということだな
「この神話は同人物が同じ時期に全く別の場所にいたりして矛盾している」と
指摘することが無意味なのと一緒だな 偽書かどうか調べる時ならそういうアプローチも
可能だろうけれど それは神話そのものの時代よりもずっと
時代が下った書物や理論にしか当てはめていくことができない 実証主義の立場を取るなら
水槽の水の温度を本当に厳密に測ろうとしたら、温度計入れられないよね。
温度計自体の熱が水に移っちゃうから。
でも、そうならない方法があるかも知れない、ていうこと。
なるほどと思った。
理論的に純粋なパッシブセンサーということか
観測されている系に影響を一切与えなければ、すけべぇなノゾキも可能うわなにを
そもそも
あらかじめ人間の認識能力自体に限界があることを自覚すべき
昆虫は人間に見えない紫外線や赤外線を関知する者もいる
イルカやコウモリには人間には聞こえない超音波を関知する者もいる
宇宙人がいれば我々とは全く異なる空間認識をしてる可能性もある
ソシュールに言わせれば使用言語の事典で思考の枠は決まる
白人の到来まで「馬」を見たことのないアメリカ先住民にとって
「馬」は「ヘラジカみたいな犬」だったとか
「紫」や「緑」という概念を持たない民族には虹は三色しかないって話
この手の論を最初に言い出したのはカントだけどな
つい間違えてageてしまったが
いつの時代の科学力でも人間にはわかることができないことはあるし
(それが便宜的に妖怪とか霊とか呼ばれることもある)
わかる範囲から類推するとか多様な計測方法を併用するとか
仮説であることを踏まえたうえで考えるしかないということだな
>>951田村さんは東北の方達が何て言ってくるか……
測定する方法によって、測定対象が変化してしまうかどうか、の問題なんだろうなぁ
電気回路で電流計や電圧計をつなぐだけで回路は変化してしまうので、厳密には違うのだろうし
ハイゼンベルクの不確定性原理を破った!小澤の不等式を実験実証 | 日経サイエンス
ttp://www.nikkei-science.com/?p=16686
無限大に値が発散するべきところが1.5倍程度に収まっているってことか
なんか√2くさい
昨年の研究でマクスウェルの悪魔も復活しかけているし
ラプラスの悪魔の勢力が力をつけるのかもしれないね
と、悪魔の話にしてみとく
>>971・主人公(小娘)が当然のように軍議に参加して仕切ったり面と向かって群臣を虚仮にしたりと時代考証無視ぶっちぎり
・ピンチになると信長の亡霊が出てきてゴォォォウッ!と叫び謎の力(馬が発光して加速したり)で脱出
他にも色々あるけど、まあググれば色々出てくる
後は登場人物が何でお前がそこにいるんだって場所にテレポーテーションしまくってるとか
以前担当した篤姫の時の記者会見用に仕立てた着物の代金の未払いで呉服屋から裁判を起こされた時、
元秘書が「あの脚本を書いたのはゴーストライター(現在行方不明中の兄や死んだ夫)だ、本人は手直ししていると言いつつほとんど書き換えていない」って証言したなんて話もあるが…
おい、滋賀県民だけどもう江の話はやめてくれwww
書店へ不良在庫の山作ったうえに観光材料としても黒歴史って言われてるのにw
ttp://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52435672.html
こ れ は ひ ど い
見ればよかったわ
それでも天地人よりはマシ
江は題材の時点でうんこだったが天地人は後期上杉を汚物まみれにしたってのもあるが
「風林火山」が視聴率的に伸びなかったのか悲劇の根源とも
ラプラスの魔って古典物理の決定論の産物だと思ってた。
「現在の世界のあらゆることが把握できているなら
これから起こりうることも予測できる*但し人間にはムリ」
だっけ
1秒先に起きる出来事を計算して予測できても、それに1秒以上かかっちゃ無意味だとかそんな話だったか
うろ覚え
決定論の否定に不確定原理が持ち出されていたりしたので
実は哲学の分野にも若干影響を与えそうな話
果たして世の中は決定論で支配されているのか
さぁ頭が痛くなってきました
>>983太子の能力がまさにそれよね
十欲全部同時に読まなきゃならない
「言葉」や「数字」で考えるから限界が有るんだ
>>966の例で言えば言葉や数字が温度計と同じ作用を現象に対して
及ぼしてしまっている とまぁこれに近いことを考えて
言葉を使わず悟りへ至るのが禅だっけか 記述された歴史も言葉に左右
されてあっちへ言ったりこっちへ言ったり 「蝦夷」やら「魔王」やら「忍び」やら
>>984小澤の不等式は不確定性の範囲をより正確に記述してるだけなんでそこらへんは変わらんでしょう
言葉を使わないで悟りを得るなんて事を言われると
つい Third Eye とか New Age なんて言葉を思い出してしまうよ
新スレ
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の拾陸】
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/41116/1326722601/
>>990乙
直接考えや感覚を共有できたら言葉にして伝える必要なんてのもないのかもなぁ
>>990乙!
しかし直接考えや感覚を共有できたらそうしたものはかえって単純なものになってしまいそうである
>>990乙です
>>993エムパス(共感能力者)とかテレパスの類かな
そういえば、女性がなぜ感情的なのかについて、
脳梁の構造がヤボな男とは違うからという説があったな
論理と感情がデータバスでストレートに行き交うのが女性
それらが分離してしまうのが男性というお話しもある
端的な例として親族が死んだ時、心から悲しめるのが女性であり、
「さて、遺産はどうなるの?」と考えてしまえるのが男性だとか
スレ建て乙です。
「言葉が人間に与えられたのは、考えていることを隠すためである」、
なんて言った外交屋さんもいるしねぇ。
なんで世界に多様な言語があり
エスペラント語の普及などが失敗したかと言えば
完全な言語はありえんからだろう
なんかベンヤミンが「翻訳者の使命」で述べていたところによると
翻訳ってのは単なるA国語→B国語の置換じゃなく
作者の述べたい原義を別の言語で再現することであって
言語化される以前の原義の前では
原文の言語も翻訳後の言語も等価だとかなんとか…
松
竹
埋め
>>993まず比喩が必要なくなるからな
そして他人を煙に巻く話術も存在できなくなる
>>997言語というのは話す本人の身近にある概念をあらわすものだからな
雪国では雪の状態を表す言葉が豊富だが、逆に熱帯雨林へ雪を細分化した表現なんてのを持ち込んでも意味がないって感じで
何の本か忘れたが、アメリカの西海岸の大学で日本語教師をしてる人が、
そこで日本の豊かな四季を表現した短歌などの講義をしたところ、
向こうの学生は年中温暖で乾燥した気候の下で暮らしてるから
四季というものがわからなくていまいちピンときてないようだとか書いてたな
アジアモンスーンはかなり貴重な気候らしいな
ちかごろブータンが話題になるけれども、
あそこも照葉樹林文化で、蕎麦も食べられるらしい
ただし、出汁ではなく、熱い唐辛子油で蕎麦をからめるそうだ
ジュージューという音を立てながらすすると
……という訳で、諸兄、次スレにいこうか