武士道の変遷と騎士道の比較

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酒呑童子征服民メタファー説・武士道の変遷(鎌倉武士→江戸文人武士)・騎士道との比較・英雄像の時代変化
◆ 其の十五(スレ15)>>370–402
▌370 名前が無い程度の能力 ID:ilb3IN9.0 スレッドで見る →
なんか長文レスしようとしてたけど鈴鹿御前ちゃんの可愛い画像が見れたから満足だわ
以下投げっぱなしジャァーマン!

>>357
東方の場合はアレですけども、伝説に限れば鬼が苦言を呈したのって酒呑童子ぐらいなんですな
他は鈴鹿姫も伊吹弥三郎も鬼ヶ島とその類話の連中も「無念」とは叫ぶが泣き言はない
この酒呑童子という話は日本における「オニ」伝説の最終形態に位置づけられるもので
中に入っている要素を紐解いていくとなかなか面白かったりします

まず、彼はどういった存在なのでしょうか?
明確な分岐点は判りませんが、おそらく中央集権が確立した頃からでしょうか
被征服者のメタファーとしての性格が強かった「オニ」は荒ぶる神としての性格が強まっていきます
例えば「酒に酔いつぶれて倒される」というのは古代の鬼にはありませんでした
この倒し方は八岐大蛇を代表とする竜蛇に適用されるものです
また、「娘をさらう山中の怪物」というイメージには唐の伝奇小説に登場する「白猿~Team - White APEs」との類似が指摘されています
古代に比べて原形は残しているけども機能が完全に変わっているのです





最古の文献である大江山酒天童子絵巻では酒天

鈴鹿御前といった中世の「鬼」は完全に大蛇テンプレが適用されてます



当初の形から
▌371 名前が無い程度の能力 ID:ilb3IN9.0 スレッドで見る →
専ブラのショートカット機能ってノートじゃ誤作動すると思うの
フールプルーフを適用してデフォルトじゃOFFにしとくべきそうすべき
書いてる途中で送信なんてあまりにも惨めすぐるでしょう?

とりあえず鈴鹿御前はファンタジックだけど古代の鬼の原形を残してる伝説なんだからね!
これは編集途中で変な風になっただけなんだから!

結局何が言いたいかというと酒呑童子さんは神に近い特異な存在だから泣き言漏らせるんだよと
・土地を追われたとか言い出すのは他には天狗さんなんかが居てどれも山伏関係だよと
・本来は大江山表記が無かったのが時代が下ると記されるようになってまさにここは修験の聖地ですよと
・目から怪しい光を放つドラゴン筆頭の伊吹さんは実のとこ中世では修験側の人で大和七高山ですよと
・以上のことから「これ山伏が広めたんじゃね?」って説があって割と信憑性ありますよと

上から目線で騙した側を罵れるのはこの人が神様に近い他の鬼とは一線を画す勝ち組だからですよと
(あと役行者が彼と似たような出生してたりします。勝ち組。)

征服民の悲哀がサルベージされたのも一面あるが、この説話に限っては判官贔屓のが強いんじゃないかと
つまり悪魔が微笑む時代はここに至っても終わってないんだぞと(勝てばいい、それが全てだ)
同時代の鈴鹿姐さんは見事なラブコメぶりで非征服民に苦渋を飲ませてますよと

まぁ鬼童丸を筆頭とする凡百の鬼どもは大人しく酒天童子さんの後塵を拝してなさいってこった
鬼道に横道無きものを(笑)
▌373 名前が無い程度の能力 ID:Ix.R2dUI0 スレッドで見る →
酒呑童子の泣き言って最初言ってなかった気がするけど違ったっけ
まあでもそういう戦い方から武士道に変わったってのも面白いもんだね
というか武士道の元も海を渡ってきたものなのかな。ジャパニーズニンジャの方が
日本的なのやもしれないね
▌374 名前が無い程度の能力 ID:obSnIa9E0 スレッドで見る →
ありがたや、三神あらはれ給ひつつ、六人の者どもに
「能く能くこれまで参りたり さりながら心やすく思ふべし
 鬼の足手をわれわれが鎖にてつなぎつつ
 四方の柱に結ひつけて、働く気色はあるまじきぞ
 頼光は首を切れ 残る五人の者どもは、あとやさきに立ちまはり
 ずんずんに切りすてよ 子細はあらじ」
とのたまひて、門の扉をおし開き、かき消すやうに失せ給ふ。

 ズン        ズンズン  ズンズン
    ズンズ ∧_,∧  ズン  ∧_∧ ズンズ
  ∧_∧ ン( ´・ω・∧_∧ (・ω・` ) ∧_∧
 (´・ω・)=つ≡つ);;)ω(;;(⊂≡⊂=(・ω・`)
 (っ ≡つ=つ  (っ  ⊂)  ⊂=⊂≡ ⊂)
 /   ) ズ∧_∧|酒 |∧_∧ ン (   \
 ( / ̄∪ズ (  ´・) ∪ ̄∪(・`  )ズン∪ ̄\ )
    ズンズン/    )  ズンズ (   \ ズンズン
  ズンズ   `u-u'.ン ズンズン ズン`u-u'

もとよりも兵共、刀はつるぎ太刀ばやにずんずんに切り給へば、首は天にぞ舞ひ上る。
▌375 名前が無い程度の能力 ID:ahrksZ2I0 スレッドで見る →
>>373
何か勘違いしてるようだがひたすら主家に忠義を尽くすってのはあくまでも江戸時代太平の世になって武士たちを飼い慣らすのに必要だから作られたものだぞ
鎌倉武士たちは自分たちの領地を一所懸命に守ることが武士道であって、御家人なんてのもあくまでも自分が惚れ込んだ相手の為に働くって個人間の契約、「友情の為に一肌脱ぐ」ってだけに過ぎない
実際に千葉常長が幕府からの命令書に頼朝の花押がなかったってことに激怒して命令拒否したって事例もある
そして室町時代になると「恩賞の為に働く」のが武士道となり、戦国時代は「自分を高く評価してくれる主君」へ乗り換えるのも当たり前
まあ当然筋を通さず戦の最中に裏切るようなのは忌み嫌われたが

それに江戸時代の「武士道」も藩によって全然違う
例えば武士の鑑だと江戸っ子などに人気の忠臣蔵も、佐賀藩の葉隠作者に言わせれば「身分を隠してこそこそと相手を探るのは卑怯だ」となる
▌376 名前が無い程度の能力 ID:VQi1fBuQ0 スレッドで見る →
そう考えると、現代の若いサラリーマンの思想って
戦国以前の武士道に近づいてるのかも

「会社(主家)に忠誠を尽くして働く」じゃなくて
「自分をより高く評価してくれる(より高い給料をくれる)会社で自分の生活のために働く」的な
▌377 名前が無い程度の能力 ID:cK3BXymk0 スレッドで見る →
新渡戸稲造は日本人がどうやってキリスト教なしに道徳を学ぶかってのを
武士道でそれを学んでいると西欧諸国に宣伝したんだっけか
じゃあその武士道とは何ぞやってのを、西洋には馴染みがある騎士道に例えたけれど、
武士道と騎士道の相違点ってなんだろう
▌378 名前が無い程度の能力 ID:4GDAAK2I0 スレッドで見る →
>>376
ある意味リーマンのあるべき姿かも知れん
▌379 名前が無い程度の能力 ID:3eCyI/620 スレッドで見る →
>>376
まあ御恩と奉公が崩れてきてますしね
一つの組織を盛り上げていこうという気運じゃなくなっていることからも
戦国ぽいというのは同意


鬼と言えば最近知った麻呂子親王
あのへんの方が兄貴よりも幻想入りしててもおかしくないと思ったんですが
▌380 名前が無い程度の能力 ID:gX2/aMlMO スレッドで見る →
終身雇用が崩壊しつつあるからなー
江戸武士達も子々孫々まで扶持で家を養って貰えるから上に服従してたんだし
会社が安定した生活を守ってくれないとなればドライにもなるさ
自分達が切り捨てておいて「今の社員は滅私奉公しない、けしからん」とか言われてもw
▌381 名前が無い程度の能力 ID:oJQuWeAk0 スレッドで見る →
>>377
キリスト教的な考え方じゃなかろうか。
神のためなら主を切れるのと、主のためなら神を切るのとの違い。
▌382 名前が無い程度の能力 ID:5fNTC1A60 スレッドで見る →
>>377
騎士道の成立もじつはそんなに古くない
西ローマ帝国崩壊後~10世紀頃までの中世は血みどろの暗黒時代で
十字軍戦争の後13世紀頃から西欧各国の国境も確定してきて
大規模な戦争がなくても騎士の質を維持するため
諸侯による槍の試合(トーナメント)が流行してくるが
試合は貴婦人も観に来るし騎士にとっちゃ自分を売り込む機会
そこで生成堂々のスポーツマンシップなんてものが生まれてきた

それはそうと
戦後日本でサラリーマンがかつての武士に重ねられたのもおかしな話
武士の本業は戦闘でなければ領地の管理だろう
城に通勤して事務仕事してた武士なんて主流ではあるまい

だいたい日本の庶民の大多数はもともと農家なり商家なりの
個人経営の「家業」従事者だったはず
その意味で終身雇用も専業主婦もまったく保守的伝統ではなく
普及したのは近代以降それもとくにやっと戦後1960年代以降の話だ
▌384 名前が無い程度の能力 ID:VQi1fBuQ0 スレッドで見る →
>>382
実際の武士はどうこうよりも一種の共同幻想的なイメージの問題だろう
あと終身雇用とか専業主婦に関しては旧武士階級の価値観とか生活スタイルが
明治以降に一般化して広まっていったのが大きいかと
▌385 名前が無い程度の能力 ID:Xzpwa0zY0 スレッドで見る →
世界大恐慌までは米国でも長期契約、実質終身雇用が普通で、
「取り替えが利かない人材を確保し続ける」のが当然だったとか
当時の機械は扱い手を選ぶというか、固有の癖を熟知している職人でないと、
うまく動かせなかったし、営業や総務・会計などでも同じ、得意先との人脈や、
経理上のあれやこれやがムニョムニョと…
長期に渡り雇う事が、むしろコストダウンに通じた
「ピープルウェア」という本があるのだが、そこでも同じ事が語られている
「優秀な企業ほど、人材評価のスパンは長く厳しく、出世のスピードは遅い」と

>>382
「鸚鵡籠中記」とか見ると、平時の武士は事務官や警備員で、
けっこうヒマだったと判る
月に6日当番があれば忙しい方だったらしい
当番の日には弁当を持ち寄り、ある日など、
「ボラ二匹を焼いて足軽衆にも振る舞う」などと、
愉快なお城勤めライフを描いている
▌386 名前が無い程度の能力 ID:xFeR2fQ20 スレッドで見る →
だから時代劇なんかで見る江戸時代の武士は暇をもてあまして江戸の八百八町をふらふらしてたわけね
▌402 名前が無い程度の能力 ID:xJOwhmtA0 スレッドで見る →
お庭番の導入までは
もはや基本的には天下泰平の世だったためか
伊賀者や甲賀者の江戸屋敷詰めも諜報探索より
要所の警護とかふつうに表に出る仕事してたらしいな