>>937
いや、腐ってるってのは日蓮宗から破門食らっt以下略
うん、色々危険だから止めよう。
要するにとりあえず混ぜちまえでOKな日本の宗教観は
元々の仏教とも異なって来ているので「帰依」(要するに仏教に入信する)という言葉は
それはそれで当て嵌まらないという事だ、言いたかったのは。
勿論、形の上で帰依する事はあっても、
その実、神道には入信するという概念が希薄であるだけで双方を信仰している訳だからね。
一神教と多神教の比較・宗教の習合性
比較宗教・哲学 › 一神教vs多神教
多神教でも排他的な事例(日蓮宗・ヒンドゥー至上主義)と、一神教でも習合する事例(聖人信仰・景教のインド・アジアへの浸透)の比較。仏教が本家インドでさえ土着信仰を取り込む性格を持つこと。アレクサンドロス大王のヘレニズム文化圏形成と多神教の柔軟性。シク教(イスラム×ヒンドゥー)・マニ教の例。
◆ 其の壱(スレ1)>>939–974
いや、仏教は日本に来る以前からヒンズー教や道教と習合しているんだけどな
有名なところでは豊川稲荷や最上稲荷などの荼吉尼天
また八幡神は仏教と道教が習合し、さらに神道と習合している
有名なところでは豊川稲荷や最上稲荷などの荼吉尼天
また八幡神は仏教と道教が習合し、さらに神道と習合している
八幡神は元々鍛冶の神様ではないかと言われてる。少なくとも宇佐八幡は
その歴史は名前の通り、「旗」の信仰だから旗を使う宗教、密教に結びつきやすかった
全国にその宗教と一緒に広まったのかな
その歴史は名前の通り、「旗」の信仰だから旗を使う宗教、密教に結びつきやすかった
全国にその宗教と一緒に広まったのかな
仏教とヒンドゥー教の習合なら
大黒天(ヒンドゥーではシヴァの化身であるマハーカーラ、神道では大国主)
辺りも習合してるな。
習合は別に世界的にも普遍的に存在するんだが、
その習合した結果、単一の宗教に入信する訳でもないというのが
日本人の独特なところ。
神が「祟る」という特徴が習合した先である筈の仏にも適用される
(寺が燃えると仏が祟る等)点や、
前述している家に仏壇と神棚が混在している点から見ても、
習合した結果の仏教のみを信仰してる訳でもない事が判る。
大黒天(ヒンドゥーではシヴァの化身であるマハーカーラ、神道では大国主)
辺りも習合してるな。
習合は別に世界的にも普遍的に存在するんだが、
その習合した結果、単一の宗教に入信する訳でもないというのが
日本人の独特なところ。
神が「祟る」という特徴が習合した先である筈の仏にも適用される
(寺が燃えると仏が祟る等)点や、
前述している家に仏壇と神棚が混在している点から見ても、
習合した結果の仏教のみを信仰してる訳でもない事が判る。
アレクサンドロス大王が広範なヘレニズム文化圏を形成できたのも
当時は多神教なんで土着神との習合がしやすかったという説がある
地中海文化圏ではエジプトのトト神はギリシアのヘルメス神と同一視されたとか
外来の宗教と地元の信仰を習合させた例は神道に限らず見られる
ヨーロッパでも、聖人の伝承とかにはケルト神話やゲルマン神話由来の話が
のちにキリスト教の信仰と習合したものとかありそう
そういう意味ではとくに日本の神道がとくに浮薄というわけでもあるまい
和魂漢才とか和魂洋才を前向きを考えるお国柄なのは確かだろうが
当時は多神教なんで土着神との習合がしやすかったという説がある
地中海文化圏ではエジプトのトト神はギリシアのヘルメス神と同一視されたとか
外来の宗教と地元の信仰を習合させた例は神道に限らず見られる
ヨーロッパでも、聖人の伝承とかにはケルト神話やゲルマン神話由来の話が
のちにキリスト教の信仰と習合したものとかありそう
そういう意味ではとくに日本の神道がとくに浮薄というわけでもあるまい
和魂漢才とか和魂洋才を前向きを考えるお国柄なのは確かだろうが
中国でも昔から仏教と道教の信仰はクロスオーバーしてるし、三教帰一のように
仏教・道教・儒教を共存させる理論もあるしな
仏教・道教・儒教を共存させる理論もあるしな
一神教と多神教の奇妙な融合というと、シク教かな。イスラム、ヒンドゥーのあいのこ。
どちらかというとイスラムにヒンドゥーを取り込んだ新宗教ともいえるけど。
どちらかというとイスラムにヒンドゥーを取り込んだ新宗教ともいえるけど。
マニ教ってちゃんぽん宗教じゃなかったっけ?
キリスト教なんかも布教する土地に合わせて微妙に変えてたから、ちゃんぽん宗教の一種と言えなくもない?
キリスト教なんかも布教する土地に合わせて微妙に変えてたから、ちゃんぽん宗教の一種と言えなくもない?
>>943
まぁ、そのへんは逆に言うと支配の歴史でもあるところかもなーと思ったり。
元々Aという民族にaという神がいてBという民族がA民族を支配してa神の変わりにb神を設置するとa神=b神みたいに同一視される。
風神録関係で言うなら実際に建御名方はモレヤ神と同一視されてたりするしな。当然そのパターンだけじゃないだろうけど。
まぁ、日本のスサノオみたいに色んな神様ごたまぜにしたり逸話の組み換えとかやられるとカオスるけどね。
手長足長なんかは神として数えられると同時に妖怪にもなってるしもうやだこの国。
あっちの場合は土着の神がメデューサみたいに神格を剥奪されてモンスターになる事も珍しくないってのも面白いな。
従属側の神が支配側の神として迎合される場合と悪魔として迫害されるパターンの違いってのは何かあるのかとか考えるとカオス。
日本の場合の神仏習合は祭祀信仰が社会体系の確立と共に徐々に衰えて仏教的な思想が求められてきたので合体したらしい。
恐れ敬うがモットーの祭祀信仰には基本的に救済っていう概念が無かったから神は仏であって欲しかったという願望も人間にあったんだろな。
そういう意味じゃ>>907の夢は結構的を射ているのかもしれない。
まぁ、合併にしろ吸収にしろ何にしろ信仰というのはある程度近隣のそれと相互作用してるかもね。
まぁ、そのへんは逆に言うと支配の歴史でもあるところかもなーと思ったり。
元々Aという民族にaという神がいてBという民族がA民族を支配してa神の変わりにb神を設置するとa神=b神みたいに同一視される。
風神録関係で言うなら実際に建御名方はモレヤ神と同一視されてたりするしな。当然そのパターンだけじゃないだろうけど。
まぁ、日本のスサノオみたいに色んな神様ごたまぜにしたり逸話の組み換えとかやられるとカオスるけどね。
手長足長なんかは神として数えられると同時に妖怪にもなってるしもうやだこの国。
あっちの場合は土着の神がメデューサみたいに神格を剥奪されてモンスターになる事も珍しくないってのも面白いな。
従属側の神が支配側の神として迎合される場合と悪魔として迫害されるパターンの違いってのは何かあるのかとか考えるとカオス。
日本の場合の神仏習合は祭祀信仰が社会体系の確立と共に徐々に衰えて仏教的な思想が求められてきたので合体したらしい。
恐れ敬うがモットーの祭祀信仰には基本的に救済っていう概念が無かったから神は仏であって欲しかったという願望も人間にあったんだろな。
そういう意味じゃ>>907の夢は結構的を射ているのかもしれない。
まぁ、合併にしろ吸収にしろ何にしろ信仰というのはある程度近隣のそれと相互作用してるかもね。
一神教としているキリスト教とかの唯一神って、
無理やり一つにまとめた所為か多重人格というか人格破綻している感じが…
あぁ、人格っていうのもおかしな話か、神だから。
無理やり一つにまとめた所為か多重人格というか人格破綻している感じが…
あぁ、人格っていうのもおかしな話か、神だから。
キリスト教も一神教であるが、
聖者信仰とかで信仰する対象(しかも目的別に)は増やしてるよな。
聖者信仰とかで信仰する対象(しかも目的別に)は増やしてるよな。
キリスト教とかって三位一体の神なんだっけ
一神教も実態を見てみると、実は多神教的な面は結構あるらしいけどね。
キリスト教の神様とか、全知全能で世界レベルのスケール大きい神様だから、
庶民が身近で雑多な願い事を託すのに適さなくなってしまって、
結局聖人とかそういうローカルな存在に願いを託す、と。
だから構造としては多神教とあんまり変わらなくなってしまうのだそうな。
キリスト教の神様とか、全知全能で世界レベルのスケール大きい神様だから、
庶民が身近で雑多な願い事を託すのに適さなくなってしまって、
結局聖人とかそういうローカルな存在に願いを託す、と。
だから構造としては多神教とあんまり変わらなくなってしまうのだそうな。
つーかキリスト教て「主神-その他の神々」の関係が「唯一神-天使」とかになってるだけなんじゃないの?
悪魔という概念を信じちゃってる時点で既に一神教ではないと思うけどな、キリスト教も
サタンもまた神の子って思想あったよね。どっかの異端派に。
キリスト教文化の成立背景を考えると
まず旧約聖書のユダヤ教の世界観があるわけだが
それは古代のヘブライ人や中東の民間伝承の寄せ集めの側面があるはず
キリスト教の悪魔のベルゼブブもアスタロトも元は中東の土着神だからな
新約聖書はキリスト一人を中心とした言行録だが
いろんな弟子や方々での証言が入り混じってる可能性も充分ありえる
それがさらにヨーロッパ文化圏の信仰として定着すると
もともとケルト神話やゲルマン神話、スラブ神話の伝承が
あとからキリスト教の聖人譚に書き直された話もありそう
日本の神々や妖怪も、時代を経るうちにいろんな要素が複合して
同一視されるようになったり姿を変えたキャラは結構あるんじゃないか
いきなり話が飛ぶが、天狗とは本来文字通り天の犬だったという、
椛はそっちを体現してるわけだな
現在定着してる天狗のイメージは山伏とごっちゃになってるみたいだし
まず旧約聖書のユダヤ教の世界観があるわけだが
それは古代のヘブライ人や中東の民間伝承の寄せ集めの側面があるはず
キリスト教の悪魔のベルゼブブもアスタロトも元は中東の土着神だからな
新約聖書はキリスト一人を中心とした言行録だが
いろんな弟子や方々での証言が入り混じってる可能性も充分ありえる
それがさらにヨーロッパ文化圏の信仰として定着すると
もともとケルト神話やゲルマン神話、スラブ神話の伝承が
あとからキリスト教の聖人譚に書き直された話もありそう
日本の神々や妖怪も、時代を経るうちにいろんな要素が複合して
同一視されるようになったり姿を変えたキャラは結構あるんじゃないか
いきなり話が飛ぶが、天狗とは本来文字通り天の犬だったという、
椛はそっちを体現してるわけだな
現在定着してる天狗のイメージは山伏とごっちゃになってるみたいだし
>>934
帰依した人も居るんだよ
もともと仏教っていうのがユダヤ教的な構造を持ってない
他の仏教国は~って良く聞くけども、あれだってその国々に合わせて変容した姿だ
現にチベット、タイ、中国も地元の土着神を合わせて祭っている
本家のインドでさえそうだった
経典の中には在家の仏教徒のことも書かれている
仏を最上のものだと信じるならば、それは仏教に帰依したんだろう
中世~江戸には庶民から武士にまで仏を神祇よりも尊いと信じる人々が大勢を占めていた
自分はそう思っている
帰依した人も居るんだよ
もともと仏教っていうのがユダヤ教的な構造を持ってない
他の仏教国は~って良く聞くけども、あれだってその国々に合わせて変容した姿だ
現にチベット、タイ、中国も地元の土着神を合わせて祭っている
本家のインドでさえそうだった
経典の中には在家の仏教徒のことも書かれている
仏を最上のものだと信じるならば、それは仏教に帰依したんだろう
中世~江戸には庶民から武士にまで仏を神祇よりも尊いと信じる人々が大勢を占めていた
自分はそう思っている
>>959
んー、でも各地の神社の祭りも盛大に行われていた訳で、
仮に帰依した人が大多数なら、そうはならないんじゃないの?
神仏習合していたとはいえ、神社と寺の区別ぐらいは普通つくよね、
曲がりなりにも特定の宗教にどっぷり肩まで浸かってるんだから。
んー、でも各地の神社の祭りも盛大に行われていた訳で、
仮に帰依した人が大多数なら、そうはならないんじゃないの?
神仏習合していたとはいえ、神社と寺の区別ぐらいは普通つくよね、
曲がりなりにも特定の宗教にどっぷり肩まで浸かってるんだから。
>>960
仏教の場合はなるのよ
上でも書いたけど仏教は本家インドでさえ土着の信仰を儀軌ごと丸々取り入れてる
中国へ伝わってからも深沙大王や泰山府君を祀るなどこの性格は変わっていない
伝統的に「経典に説かれてないから存在しない」って立場は取らず
「居るんだから仕方ないだろう」みたいなことを言う
これが末期インド仏教の直流、密教のスタイルなんだ
・今も自分たちを加護してくれるのだから修行の身になっても哀れみ助けてくれるだろう
・天部は仏の教えを喜び加護して下さる、自分たちの神もお喜びにならぬはずが無い
みたいな思想もあってこれも大きく関わった
中世の諏訪、春日、鹿島、大小の社はこんな感じになっている
今はキリスト教の構造がメジャーだから奇異に思われるかもしれないけど
仏教と経典以外の神々は両立するんだ
現代科学と一緒で本来は体系なのかもしれない
仏教の場合はなるのよ
上でも書いたけど仏教は本家インドでさえ土着の信仰を儀軌ごと丸々取り入れてる
中国へ伝わってからも深沙大王や泰山府君を祀るなどこの性格は変わっていない
伝統的に「経典に説かれてないから存在しない」って立場は取らず
「居るんだから仕方ないだろう」みたいなことを言う
これが末期インド仏教の直流、密教のスタイルなんだ
・今も自分たちを加護してくれるのだから修行の身になっても哀れみ助けてくれるだろう
・天部は仏の教えを喜び加護して下さる、自分たちの神もお喜びにならぬはずが無い
みたいな思想もあってこれも大きく関わった
中世の諏訪、春日、鹿島、大小の社はこんな感じになっている
今はキリスト教の構造がメジャーだから奇異に思われるかもしれないけど
仏教と経典以外の神々は両立するんだ
現代科学と一緒で本来は体系なのかもしれない
仏教は、村人を縛るのにも利用されてたからにわかには信じられないな。
てか、お伊勢参りとかどうなるんだよ。
てか、お伊勢参りとかどうなるんだよ。
>>960
wiki情報から噛み砕いた知識なのでレポートで出したら即赤点の情報ではあるが
・仏の前には神も人も同列
・むしろ神も人と同じように苦しみ救済を願っている
・というか神は仏の仮の姿だったんだよ
という世論の流れがあったらしい
だから仏を信仰する事は必ずしも日本の神を否定するという事にはならないらしい
wiki情報から噛み砕いた知識なのでレポートで出したら即赤点の情報ではあるが
・仏の前には神も人も同列
・むしろ神も人と同じように苦しみ救済を願っている
・というか神は仏の仮の姿だったんだよ
という世論の流れがあったらしい
だから仏を信仰する事は必ずしも日本の神を否定するという事にはならないらしい
>>964
>・というか神は仏の仮の姿だったんだよ
ここだけの話なんだが
「神が仏の誓願に共感して、仏と同様の行いをなす、故に神は(我々からすれば)仏と同じである」
だから神本仏迹と本地垂迹は両立すると
九州の僧侶へ権現について尋ねたら帰ってきた
自身で山伏を称する一派だから神仏習合の参考ぐらいにはなるような気がする
僧侶は恐ろしく保守的だし、法脈はかなり古いようだから
信憑性は・・・多分それなり、多分
>・というか神は仏の仮の姿だったんだよ
ここだけの話なんだが
「神が仏の誓願に共感して、仏と同様の行いをなす、故に神は(我々からすれば)仏と同じである」
だから神本仏迹と本地垂迹は両立すると
九州の僧侶へ権現について尋ねたら帰ってきた
自身で山伏を称する一派だから神仏習合の参考ぐらいにはなるような気がする
僧侶は恐ろしく保守的だし、法脈はかなり古いようだから
信憑性は・・・多分それなり、多分
ちなみにかなり要約してるのでニュアンス的に間違いがあるかもしれない
神本仏迹と本地垂迹は両立する~については自分の要約であり解釈だと追記しておく
神本仏迹と本地垂迹は両立する~については自分の要約であり解釈だと追記しておく
っていうか日本の信仰形態自体が「何処の神様もウェルカム」状態だからな
明確に区分されたのも割と最近だし
明確に区分されたのも割と最近だし
というか、キリスト教が日本に入った(あくまでイエズス会。それ以前にネストリウスとか
入った可能性もちびっとはあるんかも知れない)頃は民衆はデウスの神=大日如来という
解釈をしていたしねぇ。
まず、その解釈を断ち切るところから始まってる気もする。
キリスト教最左派+武闘派のイエズス会にとっての話だけど。
入った可能性もちびっとはあるんかも知れない)頃は民衆はデウスの神=大日如来という
解釈をしていたしねぇ。
まず、その解釈を断ち切るところから始まってる気もする。
キリスト教最左派+武闘派のイエズス会にとっての話だけど。
仏というのは釈尊個人を指すのものではなく悟りに至った者のことで
仏教というのは釈尊は唯一神の子であるというのではなく、あらゆる生命は、
そのように心がけさえすればみな悟りを得て仏になれる、と説いているわけだから
そりゃ土着の神も仏になりました、仏なんです、と言おうと思えば言えるw
日本じゃ神の子孫を称する歴代天皇家の人間にも出家した者はおるわけだし
逆に、菅原道真から乃木大将まで死後に神に祀られた者もいるが
それは日本ローカルの神ということで、概念としては、
悟りを得た者>ローカル神
となるのか
仏教というのは釈尊は唯一神の子であるというのではなく、あらゆる生命は、
そのように心がけさえすればみな悟りを得て仏になれる、と説いているわけだから
そりゃ土着の神も仏になりました、仏なんです、と言おうと思えば言えるw
日本じゃ神の子孫を称する歴代天皇家の人間にも出家した者はおるわけだし
逆に、菅原道真から乃木大将まで死後に神に祀られた者もいるが
それは日本ローカルの神ということで、概念としては、
悟りを得た者>ローカル神
となるのか
そういえば仏を利益の象徴にしているかのような言い回しだったなぁ
「病を治してくださるからこの神様の本地は薬師さんですよ」
「人々を物凄く哀れみ悲しんでるからこの神様の本地は観音様です」
みたいな
神は神、仏は仏で悟りを開いてるかどうかは問題にしてなかったっぽい
ところで次スレはどうする?
「病を治してくださるからこの神様の本地は薬師さんですよ」
「人々を物凄く哀れみ悲しんでるからこの神様の本地は観音様です」
みたいな
神は神、仏は仏で悟りを開いてるかどうかは問題にしてなかったっぽい
ところで次スレはどうする?
鎌倉時代には、
大日如来=アマテラスで
イザナミイザナギが仏法流布のために大日の印文のもとに作ったから「大日の本国」=「大日本国」となった
第六天魔王から「仏教広めんな」とケチ付けられたから、神の姿をとった
とかいう話があったらしい
大日如来=アマテラスで
イザナミイザナギが仏法流布のために大日の印文のもとに作ったから「大日の本国」=「大日本国」となった
第六天魔王から「仏教広めんな」とケチ付けられたから、神の姿をとった
とかいう話があったらしい
信仰なんて多少とも、場所や人によって変わらざるをえないものだからなぁ。
なかなか純粋な「オリジナル」の部分だけを取り出すってのは難しい。
逆に、仏教みたいな世界宗教の強みは、教義や経典が分派分離派生しまくってて、
とにかくあらゆる信仰のニーズやパターンを網羅してるから新しい土地にも広がりやすいところだ、
って荒俣センセが言ってた。
あと、仏教が中国に一番最初に輸入された時には、単なる新しい健康法として
受け入れられたらしい。
次スレのスレタイは「東方関連の神話・民俗をまったり語るスレ」
とかで良いんじゃね?
なかなか純粋な「オリジナル」の部分だけを取り出すってのは難しい。
逆に、仏教みたいな世界宗教の強みは、教義や経典が分派分離派生しまくってて、
とにかくあらゆる信仰のニーズやパターンを網羅してるから新しい土地にも広がりやすいところだ、
って荒俣センセが言ってた。
あと、仏教が中国に一番最初に輸入された時には、単なる新しい健康法として
受け入れられたらしい。
次スレのスレタイは「東方関連の神話・民俗をまったり語るスレ」
とかで良いんじゃね?
◆ 其の四(スレ4)>>224–237
ふと思ったんだがさ
日本って地方軍閥の独立性が高すぎて
異端審問が出来なかっただけじゃねぇのか
日本って地方軍閥の独立性が高すぎて
異端審問が出来なかっただけじゃねぇのか
そもそも異端に対する正統がはっきりしてないから
出来ないというよりしようと思わなかったんじゃないか?
あと、逆パターンになるがキリシタン狩りがあるね
出来ないというよりしようと思わなかったんじゃないか?
あと、逆パターンになるがキリシタン狩りがあるね
日本はむしろ明治維新で異端が主流の座に座っちゃったような感じがする
って、あれかそういう話じゃないのか
って、あれかそういう話じゃないのか
正統と異端といったら顕密と法然・親鸞・日蓮あたりは?
そもそも一神教でもないのに異端審問をするという発想のほうがおかしい
まあそりゃ教会が王権に正当性を与えてる一神教じゃ異端は許されまい
イスラム圏じも「ムハンマドの正統→全権力者」
だから争いになったわけだし
しかし日本は習合に次ぐ習合で結局なんとかなりましたという感じ
そもそもスサノオ尊とかは出雲系の神だったとかなんとか
アレクサンダー大王も支配地ではその手で通したらしい
便利だぜ多神教
柄谷行人が「日本に異端なんていたんか?」と迷言を唱えたのはソウイウコトカ
イスラム圏じも「ムハンマドの正統→全権力者」
だから争いになったわけだし
しかし日本は習合に次ぐ習合で結局なんとかなりましたという感じ
そもそもスサノオ尊とかは出雲系の神だったとかなんとか
アレクサンダー大王も支配地ではその手で通したらしい
便利だぜ多神教
柄谷行人が「日本に異端なんていたんか?」と迷言を唱えたのはソウイウコトカ
完全に外来の宗教だったはずの仏教すら天皇統治の動機付けとして
利用されていたからな。
長い歴史で見れば廃仏棄釈が徹底された近代神道国家制度の方が特殊
利用されていたからな。
長い歴史で見れば廃仏棄釈が徹底された近代神道国家制度の方が特殊
それは天皇制を近代西洋的な帝政の君主にしようとした結果だ
本来は祭司で武家に行政を任せてた二重権力体制なわけだから
幻想郷には行政の実権者は…いねーのか、ちっさな村だし
無政府共産制の多神教宗教共同体だなw
イスラム圏にもカリフ(教主)とスルタン(太守)の二重権力体制
というものがあったが、なんでも現在のモロッコの王様はカリフを
自称しているらしい。他のイスラム国から文句が出ないのかという
気もするが、すでに中世にファーティマ朝とウマイヤ朝とアッバース朝で
カリフが三人いたことを考えるとどーでもいいのか
本来は祭司で武家に行政を任せてた二重権力体制なわけだから
幻想郷には行政の実権者は…いねーのか、ちっさな村だし
無政府共産制の多神教宗教共同体だなw
イスラム圏にもカリフ(教主)とスルタン(太守)の二重権力体制
というものがあったが、なんでも現在のモロッコの王様はカリフを
自称しているらしい。他のイスラム国から文句が出ないのかという
気もするが、すでに中世にファーティマ朝とウマイヤ朝とアッバース朝で
カリフが三人いたことを考えるとどーでもいいのか
誤解されがちだが、神道国家制度の目的は天皇中心主義の確立じゃない
律令体制を近代的な形で構築することが目的。
もちろん、キリストのような一神教の影響もあっただろうが
最初はキリスト教に対して日本の多神教は劣ったものだというのが欧米の通説だったが
日清日露戦争の勝利で、近代国家の仲間入りを超高速で果たした日本を見て
原始的アニミズムと酷評された神道こそが実は優れた宗教なんじゃないか
という考えが、ラフカディオハーンを中心とした西洋学者からもでてくる。
これ以降、日本は本格的に神道国家体制へ移行する。
悪い、話がそれた
律令体制を近代的な形で構築することが目的。
もちろん、キリストのような一神教の影響もあっただろうが
最初はキリスト教に対して日本の多神教は劣ったものだというのが欧米の通説だったが
日清日露戦争の勝利で、近代国家の仲間入りを超高速で果たした日本を見て
原始的アニミズムと酷評された神道こそが実は優れた宗教なんじゃないか
という考えが、ラフカディオハーンを中心とした西洋学者からもでてくる。
これ以降、日本は本格的に神道国家体制へ移行する。
悪い、話がそれた
切支丹が救いを求めたマリア様は観音だったと
キリシタンの一部は禁止令が解けた後もキリスト教に戻らなかったとかね
宗教は信じている人の数だけあり、その分類系統は最小公倍数に過ぎない
宗教は信じている人の数だけあり、その分類系統は最小公倍数に過ぎない
人類学的見地からみれば司祭と実務の二重体制のほうが一般的で
圧倒的に長い歴史をもって安定してきた。
権力を一点に集中させて「国家」をつくるような異常な輩が
でるようになって話がおかしくなってくる。
そういう出自なので「国家」は自らの正統性を常に証明しなければ
ならない。それで「歴史」を記述するようになる。そもそも体制が
安定的に機能していればそんなものを記述する必要などない。
典型的な例が漢民族と遊牧民族の関係で、歴史を残してるのが漢民族側
だけなので誤解されてきたが、政治的に二重体制を取って文字を持たない
遊牧民族のほうが政治的にも文化的にも優位だったと言われてる。
中国の歴史書が他民族を蔑称で呼ぶのもこの背景から理解できる。
日本でも正史の編纂なんてことを始めた頃に、前のものをなかったことに
したり書き換えや加筆が見え隠れするのは周知の事実。古事記・日本書紀
を読むときは、それが正統性のアピールが目的の書物であることは勘案
すべき。
話がそれたが、何が言いたいかというと日本の二重体制は特殊なのではなく、
それが残ってるからこそ長期の歴史的に見ればまだまともだって事。この話で
いくと敗戦も二重体制の原則から逸脱する部分の無理からきたのかもな。
圧倒的に長い歴史をもって安定してきた。
権力を一点に集中させて「国家」をつくるような異常な輩が
でるようになって話がおかしくなってくる。
そういう出自なので「国家」は自らの正統性を常に証明しなければ
ならない。それで「歴史」を記述するようになる。そもそも体制が
安定的に機能していればそんなものを記述する必要などない。
典型的な例が漢民族と遊牧民族の関係で、歴史を残してるのが漢民族側
だけなので誤解されてきたが、政治的に二重体制を取って文字を持たない
遊牧民族のほうが政治的にも文化的にも優位だったと言われてる。
中国の歴史書が他民族を蔑称で呼ぶのもこの背景から理解できる。
日本でも正史の編纂なんてことを始めた頃に、前のものをなかったことに
したり書き換えや加筆が見え隠れするのは周知の事実。古事記・日本書紀
を読むときは、それが正統性のアピールが目的の書物であることは勘案
すべき。
話がそれたが、何が言いたいかというと日本の二重体制は特殊なのではなく、
それが残ってるからこそ長期の歴史的に見ればまだまともだって事。この話で
いくと敗戦も二重体制の原則から逸脱する部分の無理からきたのかもな。
>>228
記紀成立当初はやりたかったと思うんだが
日本各地に独自の宗教が乱立し
また、それが各氏族の独立に正当性を与えていた
権威を強めたい中央としては、記紀に反する神話を一掃して
地方豪族のアイデンティティを奪いたかったと思うの
・仏教で地方を一新するよ!
→諏訪明神は仏法擁護の天だし
→マジか
後にはこんなコンボまで成立してるし
記紀成立当初はやりたかったと思うんだが
日本各地に独自の宗教が乱立し
また、それが各氏族の独立に正当性を与えていた
権威を強めたい中央としては、記紀に反する神話を一掃して
地方豪族のアイデンティティを奪いたかったと思うの
・仏教で地方を一新するよ!
→諏訪明神は仏法擁護の天だし
→マジか
後にはこんなコンボまで成立してるし
◆ 其の五(スレ5)>>867–879
科学と疑似科学/魔法議論なんだが
幻想郷的には、要は「一見わけのわからん現象」を
どう認識定義するかという話でないかと
つまり、たとえば気づかない内に肌が切れてたら
妖怪かまいたちのせいだと見なすか、つむじ風で真空が発生したと見なすか
前者のような認識は「科学的観測」が発展途上の段階での解釈で
その不確定さ妖怪のイメージが宿る余地があった
しかし近代以降現代なお、量子力学でも分子生物学でも未解明の部分はある
つーことは新しい形の妖怪幻想の成り立つ余地はある…と言えんか
>>865
古代の西アジアやギリシアローマでは、統治の都合上
征服者の神と征服地の土着神を習合するのはよくやっていたようだ
過去スレでは
ローマでのミトラ教その他の各種太陽神信仰のヘリオス神への習合統一の話だの
ローマの神とペルシアの神を習合させたアレクサンダー大王の統治政策だの
ギリシアのヘルメス神とエジプトのトート神が習合された話だのが
話題に出ていたと思う
>>860
いや、実際は日本人だけを救う宗教なんだよ。とりあえず葦原の中つ国を追い出されないから
日本人の祖先が神から中つ国を受けたということは、要するにユダヤがいうところの
「約束の地」を「無条件で」手に入れられたことに等しいわけだからさ
だから日本神話に通暁するユダヤ人宗教学者なんかは日本人を理想国家としてみるわけ
ユダヤ人がカナンの地を受けたのは「今後神の決めたことを厳重に守る」という条件つきだが、
日本人はほとんど無条件で日本人の永住が約束された土地を得たわけだからね
基本的にディアスポラが有り得ないという土地に生まれたというのは歴史的に特異な事例だと思う
いや、実際は日本人だけを救う宗教なんだよ。とりあえず葦原の中つ国を追い出されないから
日本人の祖先が神から中つ国を受けたということは、要するにユダヤがいうところの
「約束の地」を「無条件で」手に入れられたことに等しいわけだからさ
だから日本神話に通暁するユダヤ人宗教学者なんかは日本人を理想国家としてみるわけ
ユダヤ人がカナンの地を受けたのは「今後神の決めたことを厳重に守る」という条件つきだが、
日本人はほとんど無条件で日本人の永住が約束された土地を得たわけだからね
基本的にディアスポラが有り得ないという土地に生まれたというのは歴史的に特異な事例だと思う
>>869
横レスになるが、神話(記紀)と宗教(神道)は別モノじゃね?
確かに古事記や日本書紀は神道的世界観を知る資料としては面白いけど、
土着信仰を含めた神道の教義が事細かに書いてあるわけじゃないじゃん。
ユダヤ人の目で見ると、記紀が聖書に、神道がユダヤ教に、日本人がユダヤ人に、
と対応しているように見ることもできるけどさ
そもそも当時「日本人」て概念が一般民衆にあるはずがない
横レスになるが、神話(記紀)と宗教(神道)は別モノじゃね?
確かに古事記や日本書紀は神道的世界観を知る資料としては面白いけど、
土着信仰を含めた神道の教義が事細かに書いてあるわけじゃないじゃん。
ユダヤ人の目で見ると、記紀が聖書に、神道がユダヤ教に、日本人がユダヤ人に、
と対応しているように見ることもできるけどさ
そもそも当時「日本人」て概念が一般民衆にあるはずがない
>>871
そういうのは日本の自然環境観が影響してるかも知れない
過去スレで一度日本と西欧の自然環境の差が話題に上がって
まあ大体西欧の方が寒いし農業生産性も低く環境が過酷な点が
ヨーロッパ人の自然観や宗教観に影響してるのではという話になったが
北欧神話のラグナロクみたいな完全な滅亡イメージは
実際冬が来るとほとんど生命が死に絶えるような地域の発想っぽく感じる
またインド神話でも乳海攪拌みたいな超大規模破壊が描かれるが
こっちはガンジス川とかインダス川とかの大氾濫(その後生命が再生)
のイメージなのか…ナイル流域のエジプト神話にも神の大虐殺ネタはあったな
道教は他地域の神話や同じ中華文化圏内での儒教の固いイメージとの比較で
どちらかといえば温和な宗教という印象があるが
それでも中華文化圏も大河の氾濫で人が大勢死ぬし
治水のため強大な専制権力が発達した水力社会とはいえる
それに比べると、敗軍の将兵でも殺さず取り入れる日本の人道的甘さは
(戊辰戦争後、榎本武揚が明治政府の高官とか他国じゃなかなかあり得ない)
そこまで自然が厳しくない国なのが反映されてたのかも
そういうのは日本の自然環境観が影響してるかも知れない
過去スレで一度日本と西欧の自然環境の差が話題に上がって
まあ大体西欧の方が寒いし農業生産性も低く環境が過酷な点が
ヨーロッパ人の自然観や宗教観に影響してるのではという話になったが
北欧神話のラグナロクみたいな完全な滅亡イメージは
実際冬が来るとほとんど生命が死に絶えるような地域の発想っぽく感じる
またインド神話でも乳海攪拌みたいな超大規模破壊が描かれるが
こっちはガンジス川とかインダス川とかの大氾濫(その後生命が再生)
のイメージなのか…ナイル流域のエジプト神話にも神の大虐殺ネタはあったな
道教は他地域の神話や同じ中華文化圏内での儒教の固いイメージとの比較で
どちらかといえば温和な宗教という印象があるが
それでも中華文化圏も大河の氾濫で人が大勢死ぬし
治水のため強大な専制権力が発達した水力社会とはいえる
それに比べると、敗軍の将兵でも殺さず取り入れる日本の人道的甘さは
(戊辰戦争後、榎本武揚が明治政府の高官とか他国じゃなかなかあり得ない)
そこまで自然が厳しくない国なのが反映されてたのかも
>>869
「日本人」の定義によるとも思うけれど、日本人だけがそのカナン(瑞穂国)を享受できるという意味ではその通りだと思う
ただ「そのコミュニティのみの救済」を宗教の目的とするのなら、民族宗教は一神教的だと言う訳では無いのではないかと
むしろ、一神教多神教、民族宗教創始宗教に関わらず、宗教とは全てそういう物なのだ、と言うことで
そうなると、やがて万人に理想郷が来ることを既定の事実とする天理教はどうやって信者を獲得しているのか
以前からの疑問なんだけれど、誰か教派神道詳しいかた説明をお願いします
>>870
神話と神道は異なる物だけれど、宗教「神道」にとっての教義経典はやはり記紀になるんじゃないだろうか
まあ、それしかないとも言いますが
ただ、明治政府が神道は宗教ではないなんて言ったせいで、未だに教義経典としての記紀は発展が遅れているのだけれど
「日本人」の定義によるとも思うけれど、日本人だけがそのカナン(瑞穂国)を享受できるという意味ではその通りだと思う
ただ「そのコミュニティのみの救済」を宗教の目的とするのなら、民族宗教は一神教的だと言う訳では無いのではないかと
むしろ、一神教多神教、民族宗教創始宗教に関わらず、宗教とは全てそういう物なのだ、と言うことで
そうなると、やがて万人に理想郷が来ることを既定の事実とする天理教はどうやって信者を獲得しているのか
以前からの疑問なんだけれど、誰か教派神道詳しいかた説明をお願いします
>>870
神話と神道は異なる物だけれど、宗教「神道」にとっての教義経典はやはり記紀になるんじゃないだろうか
まあ、それしかないとも言いますが
ただ、明治政府が神道は宗教ではないなんて言ったせいで、未だに教義経典としての記紀は発展が遅れているのだけれど
>>869
いつの時代の「神道」を視るかにもよるが、少なくとも記紀成立時の神道(神祇信仰)に
救済とか神との約束なんて概念は無かったと思うがなぁ
そもそも記紀に語られているのは天皇家の歴史(神話含む)であって、
日本という国家の正当性(=支配神の末裔たる天皇の万世一系)を語るための歴史だから
当時の民間宗教とか日本人という民族そのものについて語ったものではないのよね
故に、記紀では「国生み」つまり(後々天皇が治める予定の)国土の誕生は語られても、
人類の誕生や起源については一切触れられていない。これは、記紀編纂の中枢にいたらしい
藤原不比等などが律令国家としての日本を立ち上げる事業の一環として記紀を作ったためでもあり、
土地に人民が付随する事が大前提である律令制へと話を繋ぐ目的上、土地に住まう人間よりも
その土地そのものの正当性(=その土地が天皇の支配下にあること)を説くことに重点が置かれてる。
だから記紀では土地の由来や謂れを説く話は多くても、その土地に住んでる人々がどういう来歴を持っているか、
についてはほとんど触れられる事が無い。
天皇を頂点とする中央集権体制を築く上で、個々の豪族や土着民の来歴を語ることは
むしろ彼等に独立意識を与えてしまう事になりかねないので敢えて避けたんだと思われる。
ユダヤ神話との比較はまぁそれ自体は面白い試みだけど、決定的な違いとして認識しておかなければならない点は
旧約聖書は「神から与えられた土地と、神に選ばれその土地に住むことを許された民族の正当性」をめぐる物語、
記紀は「神が産んだ土地と、その神の末裔である王(天皇)の支配の正当性」をめぐる物語である、という相違点だろう。
付け加えておくと、記紀にはツチグモとかエミシのような所謂「ヤマト民族」とは違う文化を持つ人々も登場するけど、
彼等は(記紀の性質上)当然ながら天皇率いるヤマトによって征服されていくが、基本的には殲滅戦を伴う民族浄化的に排除されるのではなく
中華思想的な「徳を持った帝王による王化」の対象として描かれている。つまり中華たるヤマトによって文明化される東夷・西戎・南蛮・北狄の野蛮人
という記述方法なのよね。まぁ虐殺が全く皆無だった、とは言い切れないが、大規模な虐殺の痕跡を示す考古学的証拠は発見されていないのも事実なわけで。
エリコの大虐殺(民族浄化)を堂々と聖書に残したユダヤ民族の感覚とは、当時の日本人はだいぶ違ってたと思うわけです。
いつの時代の「神道」を視るかにもよるが、少なくとも記紀成立時の神道(神祇信仰)に
救済とか神との約束なんて概念は無かったと思うがなぁ
そもそも記紀に語られているのは天皇家の歴史(神話含む)であって、
日本という国家の正当性(=支配神の末裔たる天皇の万世一系)を語るための歴史だから
当時の民間宗教とか日本人という民族そのものについて語ったものではないのよね
故に、記紀では「国生み」つまり(後々天皇が治める予定の)国土の誕生は語られても、
人類の誕生や起源については一切触れられていない。これは、記紀編纂の中枢にいたらしい
藤原不比等などが律令国家としての日本を立ち上げる事業の一環として記紀を作ったためでもあり、
土地に人民が付随する事が大前提である律令制へと話を繋ぐ目的上、土地に住まう人間よりも
その土地そのものの正当性(=その土地が天皇の支配下にあること)を説くことに重点が置かれてる。
だから記紀では土地の由来や謂れを説く話は多くても、その土地に住んでる人々がどういう来歴を持っているか、
についてはほとんど触れられる事が無い。
天皇を頂点とする中央集権体制を築く上で、個々の豪族や土着民の来歴を語ることは
むしろ彼等に独立意識を与えてしまう事になりかねないので敢えて避けたんだと思われる。
ユダヤ神話との比較はまぁそれ自体は面白い試みだけど、決定的な違いとして認識しておかなければならない点は
旧約聖書は「神から与えられた土地と、神に選ばれその土地に住むことを許された民族の正当性」をめぐる物語、
記紀は「神が産んだ土地と、その神の末裔である王(天皇)の支配の正当性」をめぐる物語である、という相違点だろう。
付け加えておくと、記紀にはツチグモとかエミシのような所謂「ヤマト民族」とは違う文化を持つ人々も登場するけど、
彼等は(記紀の性質上)当然ながら天皇率いるヤマトによって征服されていくが、基本的には殲滅戦を伴う民族浄化的に排除されるのではなく
中華思想的な「徳を持った帝王による王化」の対象として描かれている。つまり中華たるヤマトによって文明化される東夷・西戎・南蛮・北狄の野蛮人
という記述方法なのよね。まぁ虐殺が全く皆無だった、とは言い切れないが、大規模な虐殺の痕跡を示す考古学的証拠は発見されていないのも事実なわけで。
エリコの大虐殺(民族浄化)を堂々と聖書に残したユダヤ民族の感覚とは、当時の日本人はだいぶ違ってたと思うわけです。
>>876
そうだろうと思って>>874を書いた
で、俺としてはその図式をそのまま日本神話(特に記紀)に当てはめるのは無理だろうと
聖書における神話は創世記より先はほぼ全て人間世界の話で(例外は新約のヨハネ黙示録くらい)
つまりはユダヤ人という民族の歴史を語りつつ、ユダヤという民族の慣習や儀礼作法などを織り交ぜる事で
ユダヤ民族のアイデンティティを説いていくという物語構造を持っている。
だから、ユダヤの神(=ヤハウェ)は自分自身では他の神との紛争を行わず(一人しか神は居ない設定だからしょうがないけど)
啓示として自らを信仰する共同体(=民族)に何かしらの命令を下すことで目的を完遂する、という形式を採っている
一方、古事記や日本書紀においては「神代」と「人代」の区別があり、
神武天皇以前は神々自身が紛争を行うことで日本列島の支配権が移り変わっていく(例:国譲り神話)わけで、
人間はそれにまったく干渉しない。逆に言えば、少なくとも神代において神々は人間の営みに対して
何ら干渉を見せないのね(例外は黄泉平坂終盤の「日に千人の人間を殺し~」の下りだが本当にその程度でしかない)。
で、人代の出来事として最初に描かれるのが神武東征だけど、これとて天皇家の発祥と列島支配の正当性を物語る以上の意味はなく
したがって天皇家のアイデンティティを語ってはいても、日本人という民族そのもののアイデンティティを語ることはない。
その後も渡来人である弓月君や王仁、外来の神(蕃神)たる仏教など度々異文化の流入が描かれていて、
しかもそれを排除するどころか最終的に受け入れてしまう展開をみせる。
だから、いくら記紀を探ったところで日本人のアイデンティティなんか何処にも語られてないのよ。
江戸時代以降の国学や明治の知識人達もこの問題に突き当たって、色々知恵を絞った末に導き出したのが
記紀で語られる天皇家のアイデンティティをそのまま日本国民全体に敷衍させよう、というある意味苦肉の策だった。
勿論それ以前にも、推古朝以来の対大陸外交とか元寇とかキリシタン政策とか黒船来航とか、
社会の上層部において「日本」という国家意識を高めさせる契機は幾つもあったんだけど
下層の一般庶民まで完全に浸透させ、かつ「日本人」という民族意識を勃興させたのは
たぶん明治時代も半ばを過ぎて以降だろうと俺は考えてる。
まぁユダヤ人の学者たちで日本における「神」をどう訳しているのかは知らないけど、
そもそも神話の構造が全然違うのに同列に並びて感心されてもねぇ、ということが言いたかったのです。
そうだろうと思って>>874を書いた
で、俺としてはその図式をそのまま日本神話(特に記紀)に当てはめるのは無理だろうと
聖書における神話は創世記より先はほぼ全て人間世界の話で(例外は新約のヨハネ黙示録くらい)
つまりはユダヤ人という民族の歴史を語りつつ、ユダヤという民族の慣習や儀礼作法などを織り交ぜる事で
ユダヤ民族のアイデンティティを説いていくという物語構造を持っている。
だから、ユダヤの神(=ヤハウェ)は自分自身では他の神との紛争を行わず(一人しか神は居ない設定だからしょうがないけど)
啓示として自らを信仰する共同体(=民族)に何かしらの命令を下すことで目的を完遂する、という形式を採っている
一方、古事記や日本書紀においては「神代」と「人代」の区別があり、
神武天皇以前は神々自身が紛争を行うことで日本列島の支配権が移り変わっていく(例:国譲り神話)わけで、
人間はそれにまったく干渉しない。逆に言えば、少なくとも神代において神々は人間の営みに対して
何ら干渉を見せないのね(例外は黄泉平坂終盤の「日に千人の人間を殺し~」の下りだが本当にその程度でしかない)。
で、人代の出来事として最初に描かれるのが神武東征だけど、これとて天皇家の発祥と列島支配の正当性を物語る以上の意味はなく
したがって天皇家のアイデンティティを語ってはいても、日本人という民族そのもののアイデンティティを語ることはない。
その後も渡来人である弓月君や王仁、外来の神(蕃神)たる仏教など度々異文化の流入が描かれていて、
しかもそれを排除するどころか最終的に受け入れてしまう展開をみせる。
だから、いくら記紀を探ったところで日本人のアイデンティティなんか何処にも語られてないのよ。
江戸時代以降の国学や明治の知識人達もこの問題に突き当たって、色々知恵を絞った末に導き出したのが
記紀で語られる天皇家のアイデンティティをそのまま日本国民全体に敷衍させよう、というある意味苦肉の策だった。
勿論それ以前にも、推古朝以来の対大陸外交とか元寇とかキリシタン政策とか黒船来航とか、
社会の上層部において「日本」という国家意識を高めさせる契機は幾つもあったんだけど
下層の一般庶民まで完全に浸透させ、かつ「日本人」という民族意識を勃興させたのは
たぶん明治時代も半ばを過ぎて以降だろうと俺は考えてる。
まぁユダヤ人の学者たちで日本における「神」をどう訳しているのかは知らないけど、
そもそも神話の構造が全然違うのに同列に並びて感心されてもねぇ、ということが言いたかったのです。
日ユ同祖論というのがあって、実際昔は何らかの交流があってユダヤ教の影響を受けてたのかもしれないけど、やっぱり完全には同じではないから無理に結び付けようとしてもそれこそ無理が生じてくると思う
こじつけし出したらキリがない
こじつけし出したらキリがない
◆ 其の七(スレ7)>>143–149
>>140
何かフランス革命でジャコバン派が宗教無くすとか言った後にやった「理性の祭典」とやらを思い出した
何かフランス革命でジャコバン派が宗教無くすとか言った後にやった「理性の祭典」とやらを思い出した
最高存在崇拝だっけか
名前はやけにかっこいい
名前はやけにかっこいい
マルクス主義の国は宗教を禁止するけど
結局統治のために新しい「神話」或いは「偶像」として指導者なんかを祀りあげないと
統治できないんだろ
でもそれは社会主義国家だけじゃなくて、どんな国でも行われる行為だと思うけどな
結局統治のために新しい「神話」或いは「偶像」として指導者なんかを祀りあげないと
統治できないんだろ
でもそれは社会主義国家だけじゃなくて、どんな国でも行われる行為だと思うけどな
宗教はどうやっても人間から取り去れないというやつか
そういえば社会的欲求の中に「信仰欲」もあるって話だな
そういえば社会的欲求の中に「信仰欲」もあるって話だな
遠い国の物語は良く知っていても、地理的に近い国の物語は案外知らないものだなあ。
実際に少ないかどうかは自分自身で調べてみないとなんとも言えないかな。
滅びた国や民族とともに忘れ去られた神や妖怪は数えきれないくらいいるんだろうな。
実際に少ないかどうかは自分自身で調べてみないとなんとも言えないかな。
滅びた国や民族とともに忘れ去られた神や妖怪は数えきれないくらいいるんだろうな。
>>145
政権が「神話」或いは「偶像」による権威づけをはかるのは
社会主義に限らないのだが、おおむね伝統文化が安定した状態より
クーデターや対外戦争で短期間に強権体制が求められた場合が多い
ドイツのナチス政権しかり、イラクの旧フセイン政権も
湾岸戦争では急にイスラム原理主義を掲げてた
明治時代の平均的な日本人の感覚では、大東亜戦争末期のような
国民総動員的な天皇崇拝はなかったという説を聞いたことがある
>>147
書き残された物が多く広まってない国は本当に損をする
ギリシア神話が現代でもよく知られているのはローマ文化のお陰
マヤ・アステカ神話は白人の侵略で多くが失われ
インカ神話に至ってはほとんど文字で残ってない
日本の近隣アジア諸国の神話伝承の知名度が低いのも
伝統文化の文字記録化が進む前に植民地化された点が大きいだろう
あと独立後の新政権があんまり伝統文化復興に力を入れない場合も
とくに社会主義の政権は近代以前の伝承文化に冷たい傾向がある
政権が「神話」或いは「偶像」による権威づけをはかるのは
社会主義に限らないのだが、おおむね伝統文化が安定した状態より
クーデターや対外戦争で短期間に強権体制が求められた場合が多い
ドイツのナチス政権しかり、イラクの旧フセイン政権も
湾岸戦争では急にイスラム原理主義を掲げてた
明治時代の平均的な日本人の感覚では、大東亜戦争末期のような
国民総動員的な天皇崇拝はなかったという説を聞いたことがある
>>147
書き残された物が多く広まってない国は本当に損をする
ギリシア神話が現代でもよく知られているのはローマ文化のお陰
マヤ・アステカ神話は白人の侵略で多くが失われ
インカ神話に至ってはほとんど文字で残ってない
日本の近隣アジア諸国の神話伝承の知名度が低いのも
伝統文化の文字記録化が進む前に植民地化された点が大きいだろう
あと独立後の新政権があんまり伝統文化復興に力を入れない場合も
とくに社会主義の政権は近代以前の伝承文化に冷たい傾向がある
>>145
アメリカの「この地(北アメリカ大陸)は神が我々WASPに与えられた土地である」って言うのも一種の神話だよな
ヒスパニックが大多数になった時、この神話がどのように変質していくのか
それとも新しい神話を持って彼らが団結しようとするのか
或いは神話・象徴などは生まれずに多くのアメリカ人、で終わるのかは興味深いけれど
アメリカの「この地(北アメリカ大陸)は神が我々WASPに与えられた土地である」って言うのも一種の神話だよな
ヒスパニックが大多数になった時、この神話がどのように変質していくのか
それとも新しい神話を持って彼らが団結しようとするのか
或いは神話・象徴などは生まれずに多くのアメリカ人、で終わるのかは興味深いけれど
◆ 其の七(スレ7)>>910–935
>>906
中韓は意外にそうでもない。というより幻想という発想があんまりないんだ
儒教や道教は徹底的にリアリズムの宗教だからあんまり現世に夢見ちゃいけないことになってる
だから中国人や韓国人とオカルトについて話してるといまいち要領を得ないしつまらないぐらいだ
儒教なんて理学って言われるぐらいだから理屈で説明つかないものは考えちゃいけないしな
「子、怪力乱神を語らず」なんつーのはまさにそういうこと。日本人ぐらい幻想に対してマジメな国民はいないよ
中韓は意外にそうでもない。というより幻想という発想があんまりないんだ
儒教や道教は徹底的にリアリズムの宗教だからあんまり現世に夢見ちゃいけないことになってる
だから中国人や韓国人とオカルトについて話してるといまいち要領を得ないしつまらないぐらいだ
儒教なんて理学って言われるぐらいだから理屈で説明つかないものは考えちゃいけないしな
「子、怪力乱神を語らず」なんつーのはまさにそういうこと。日本人ぐらい幻想に対してマジメな国民はいないよ
語るなとくぎを刺すくらいだから発想自体はあるんだろう
>>911
現実の住人が幻想なんかについて思いを馳せたら、忘れ去られたものは思い出されたものになるから
その点でってことじゃないのか?
ただ、幻想ってのは誰かが考えているからこそ存在し得るのであって
完璧に忘れ去られた幻想郷ってのは存在しえないのではないのかとは思う
現実の住人が幻想なんかについて思いを馳せたら、忘れ去られたものは思い出されたものになるから
その点でってことじゃないのか?
ただ、幻想ってのは誰かが考えているからこそ存在し得るのであって
完璧に忘れ去られた幻想郷ってのは存在しえないのではないのかとは思う
孔子が怪力乱神を語らずと言った春秋戦国時代の当時は
まだ政治が祭事と深く関わっていた時代だからオカルトと結びつきやすく
それに対して釘を刺したわけだな(ただし儒教では先人の伝統は重んじる)
それで支配階級の学問である儒教ではオカルトは正統教養ではない
ということになるわけだが、道教には民間信仰的おまじないの要素は強い
中国、韓国では今でも建築には風水を気にする人間が結構いるらしい
関羽とか鍾馗が神様になってたりするのも広義には道教文化に入りそう
あとは、三国志にも出てくる泰平道や五斗米道、中世期以降の白蓮教、
近代以降の上帝会とか東学党とか義和団とか、千年王国思想やオカルトと
結びついた民間信仰的集団で一時隆盛を誇りながら消えていった物は多い
まだ政治が祭事と深く関わっていた時代だからオカルトと結びつきやすく
それに対して釘を刺したわけだな(ただし儒教では先人の伝統は重んじる)
それで支配階級の学問である儒教ではオカルトは正統教養ではない
ということになるわけだが、道教には民間信仰的おまじないの要素は強い
中国、韓国では今でも建築には風水を気にする人間が結構いるらしい
関羽とか鍾馗が神様になってたりするのも広義には道教文化に入りそう
あとは、三国志にも出てくる泰平道や五斗米道、中世期以降の白蓮教、
近代以降の上帝会とか東学党とか義和団とか、千年王国思想やオカルトと
結びついた民間信仰的集団で一時隆盛を誇りながら消えていった物は多い
時代は忘れたが、日本から中国に移った仙人とか
逆に中国から日本に移った仙人とか居たと読んだことある。
逆に中国から日本に移った仙人とか居たと読んだことある。
まぁ、儒教のお陰で李氏朝鮮は、ズタズタになったからなぁ、まぁあれは勝手に改悪した連中のせいだから自業自得だけど
まぁ、儒教は技術者や商人を格下に見ている時点であれだが、どっちみち宗教が政治に関わるとロクな事にならねぇ
確か欧州でも縁起担ぎなんかも結構残っているよなぁ、軍隊なんか特に顕著だし
まぁ、儒教は技術者や商人を格下に見ている時点であれだが、どっちみち宗教が政治に関わるとロクな事にならねぇ
確か欧州でも縁起担ぎなんかも結構残っているよなぁ、軍隊なんか特に顕著だし
まあ、少しでも生き残る確率があるるならって感じだからね
軍隊の縁起担ぎは、一般兵の士気高揚の意味が大きいと思うけどね
兵士には根拠なくても絶対勝てるって気分になってもらった方が有利
まあ指揮官までそうなると困りものだが
兵士には根拠なくても絶対勝てるって気分になってもらった方が有利
まあ指揮官までそうなると困りものだが
>>918
それを言うと、ヨーロッパでのキリスト教もプロテスタンティズム以前は
「富める者が天国の門をくぐるのはらくだが針の穴を通るより難しいであろう」
を真に受けてたものだから商人や職人は低く見られる文化だったとかなんとか
逆に言うとキリスト教以前のヨーロッパでは
ヘルメスみたいな技芸の神がけっこう信仰を集めてたんだけどな
それを言うと、ヨーロッパでのキリスト教もプロテスタンティズム以前は
「富める者が天国の門をくぐるのはらくだが針の穴を通るより難しいであろう」
を真に受けてたものだから商人や職人は低く見られる文化だったとかなんとか
逆に言うとキリスト教以前のヨーロッパでは
ヘルメスみたいな技芸の神がけっこう信仰を集めてたんだけどな
こういう話聞くと、神に近かったはずの昔の人達は本当にそれを信じてたのか不思議に思う
案外現代の感覚と実はそう違いはないんじゃないかなみたいな
わからないモノの範囲が広いだけで
案外現代の感覚と実はそう違いはないんじゃないかなみたいな
わからないモノの範囲が広いだけで
少なくとも江戸時代の日本人は ほとんど懐疑的だったそうだが……
神を丸っきり信じない人間の方が多数派になったのはもう少し時代を遡れる気がする
神を丸っきり信じない人間の方が多数派になったのはもう少し時代を遡れる気がする
そもそも神を信じるとはどういうことかという、哲学的な問題が絡みそう
漠然とした見えない意思の存在を信じるかというのなら、今の日本人でも過半数くらいはいそうだし
キルケゴールとかも「お前らほんとはキリスト教信じてないだろ。信じてるなら信仰にすべてを投げ打つはずだ」とか言ってたなあ
漠然とした見えない意思の存在を信じるかというのなら、今の日本人でも過半数くらいはいそうだし
キルケゴールとかも「お前らほんとはキリスト教信じてないだろ。信じてるなら信仰にすべてを投げ打つはずだ」とか言ってたなあ
>軍隊での縁起担ぎ
古代ギリシアの軍人クセノポンの言葉
「しばしば神の助力のもとに為せと書き記していることに驚く者がいるだろう。
しかし、その者に気付いてもらいたいのは、たびたび危険にさらされるのであり、
戦時には敵対するどうしの戦略の行く末などほとんどわかるものではないということである。
そうであれば、神々の加護が示されていることはそれほど驚くにはあたらないのだ。
このような事柄にあっては神々以外に忠告を求めるべき相談相手は見出し得ないのである。
神々は全てを知っており、犠牲において鳥占いにおいて神託において夢において、
思い通りに人間に予兆を与えて警告なさるのだ。」
古代ギリシアの時点で戦場での神頼みと、それに対する懐疑があったんだね。
>>925
都市部の人間は八百万の神も信じてなかったと思うよ。
そもそも江戸時代には一神教の神と多神教の神を分ける発想がないんじゃないの?
古代ギリシアの軍人クセノポンの言葉
「しばしば神の助力のもとに為せと書き記していることに驚く者がいるだろう。
しかし、その者に気付いてもらいたいのは、たびたび危険にさらされるのであり、
戦時には敵対するどうしの戦略の行く末などほとんどわかるものではないということである。
そうであれば、神々の加護が示されていることはそれほど驚くにはあたらないのだ。
このような事柄にあっては神々以外に忠告を求めるべき相談相手は見出し得ないのである。
神々は全てを知っており、犠牲において鳥占いにおいて神託において夢において、
思い通りに人間に予兆を与えて警告なさるのだ。」
古代ギリシアの時点で戦場での神頼みと、それに対する懐疑があったんだね。
>>925
都市部の人間は八百万の神も信じてなかったと思うよ。
そもそも江戸時代には一神教の神と多神教の神を分ける発想がないんじゃないの?
ネルソンもトラファルガー沖海戦で、最後の言葉は神に感謝するだっけ?まぁ、あの海戦は神の加護受けたような戦果だしなぁ
日本海海戦の時もバルチック艦隊の不運ぷりは諏訪子びっくりな祟られようだったしなぁ
いきなり漁船沈めちゃったせいでイギリスどころか中立国まで睨まれる
回航途中で分艦隊司令が病死
自殺者多数
優良な石炭入らない(イギリスが手を回していたからだけど)
スエズ運河通れず、遠回り
喜望峰で嵐により悲惨な目にあう
友好国のフランスでさえ腫れ物扱い
増援に来た艦隊が、旧式、ウスノロで事前に省いていたはずのオンボロ艦隊
いきなり沈む、優秀な戦艦オスラビア
とどめにロジェストヴェンスキー負傷
雛大喜びな厄
日本海海戦の時もバルチック艦隊の不運ぷりは諏訪子びっくりな祟られようだったしなぁ
いきなり漁船沈めちゃったせいでイギリスどころか中立国まで睨まれる
回航途中で分艦隊司令が病死
自殺者多数
優良な石炭入らない(イギリスが手を回していたからだけど)
スエズ運河通れず、遠回り
喜望峰で嵐により悲惨な目にあう
友好国のフランスでさえ腫れ物扱い
増援に来た艦隊が、旧式、ウスノロで事前に省いていたはずのオンボロ艦隊
いきなり沈む、優秀な戦艦オスラビア
とどめにロジェストヴェンスキー負傷
雛大喜びな厄
♪おばけなんて ないさ
おばけなんて うそさ
ねぼけたひとが
みまちがえたのさ
だけどちょっと だけどちょっと
ぼくだって こわいな
こういう幾らかの否定や疑いと幾らかの畏れや信心が混在してるのは
信じてる内に含めていいと思ったりもする
半疑ながらも半信を示した弟子にキリストが
「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と口では言いながら
はははこやつめって喜びの態度を示した映画のタイトルなんだったかな
おばけなんて うそさ
ねぼけたひとが
みまちがえたのさ
だけどちょっと だけどちょっと
ぼくだって こわいな
こういう幾らかの否定や疑いと幾らかの畏れや信心が混在してるのは
信じてる内に含めていいと思ったりもする
半疑ながらも半信を示した弟子にキリストが
「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と口では言いながら
はははこやつめって喜びの態度を示した映画のタイトルなんだったかな
二分心論ってのがあって(中略)神様は私たちの頭の中にいるそうです
主に左側に
主に左側に
>>923
本当に日本人というものは神から遠い民族だよな
宣教師が仏像拝んでる人間に「そんなチリみたいなもん拝まないでイエスを拝みなさい」と言ったら
「仏もまたチリなり」とか言っちゃうし、宣教師に「なぁ俺の父ちゃん母ちゃんはイエスを信仰してなかったんだ。
俺ひとりで天国行くわけに行かないから父ちゃん母ちゃんと一緒に地獄に落ちたい」とか言っちゃうし
上はともかく他人の信仰なんてどうでもいいだろうがよ……なんで父ちゃん母ちゃん心配するんだ
お前が信仰するかしないかを訊いてるのになんなんだこのヘッタレな信仰は
本当に日本人というものは神から遠い民族だよな
宣教師が仏像拝んでる人間に「そんなチリみたいなもん拝まないでイエスを拝みなさい」と言ったら
「仏もまたチリなり」とか言っちゃうし、宣教師に「なぁ俺の父ちゃん母ちゃんはイエスを信仰してなかったんだ。
俺ひとりで天国行くわけに行かないから父ちゃん母ちゃんと一緒に地獄に落ちたい」とか言っちゃうし
上はともかく他人の信仰なんてどうでもいいだろうがよ……なんで父ちゃん母ちゃん心配するんだ
お前が信仰するかしないかを訊いてるのになんなんだこのヘッタレな信仰は
ちょっと意味がわからん
>>930
北欧あたりでキリスト教の布教の時に俺は信仰するけど親やご先祖様は信仰してなかったから地獄に行ってるんじゃないのか?
って問いに対する答えが煉獄で
彼らは神を信じなかったから煉獄にとどまっているけど君が信仰すれば一緒に天国に行けるよ!
って言って信仰させてたって聞いたことがある
先祖が地獄に落ちてないか心配するのは世界共通なんじゃね?
北欧あたりでキリスト教の布教の時に俺は信仰するけど親やご先祖様は信仰してなかったから地獄に行ってるんじゃないのか?
って問いに対する答えが煉獄で
彼らは神を信じなかったから煉獄にとどまっているけど君が信仰すれば一緒に天国に行けるよ!
って言って信仰させてたって聞いたことがある
先祖が地獄に落ちてないか心配するのは世界共通なんじゃね?
親兄弟恋人が地獄に行ってるのに自分だけ天国行けて良かったなんて思うのが正しい信仰っつーなら
人として大事なもの無くしてるようなきもするがねー
宣教師にそこが地獄と言われようが先祖と同じ場所に行きたいと言ったバイキングや日本人のほうが
現代的な感性持ってるような気がするが
人として大事なもの無くしてるようなきもするがねー
宣教師にそこが地獄と言われようが先祖と同じ場所に行きたいと言ったバイキングや日本人のほうが
現代的な感性持ってるような気がするが
>>931
一神教ではさ、たとえ家族であっても他人の信仰には関心がないわけだよ
父ちゃんがバリバリの異教徒であっても息子が一神教徒なら息子は父ちゃんの信仰に関係なく救われる
母系の族意識が強いユダヤの中に一神教が存在できたのはこの特徴があったからだね
それを日本人はせっかく他人の信仰は関係ないという一神教の特徴を利点であると理解できずに
「父母が地獄に落ちるなら一緒に俺も地獄に落ちたい」とか思っちゃう。それはまさしく日本人的な感覚だということ
助かる道に背を向けて泥舟と沈む方が正しいのだと思ってしまう、そういう不可解な部分があるわけだ
>>932
そう、まさにその通り。けれどそれがいまだにずーっと連続してるんだぜ。日本だけは
某巨大新興宗教がいい例だが「人々がこの宗教を信仰しないと世界が滅ぶ!」とか考えちゃうんだもんなぁ
本来きわめて個人救済的であるはずの仏教ですらこういう発想になってしまった例を俺は日本以外に知らん
大体煉獄の思想なんて今日日のカトリックでもあんまりおおっぴらに主張しちゃいけない教義だぜ
プロテスタントはハナからこの教義を否定してるし。つまり今日では、一神教を信仰してなかった祖先は
まず間違いなく神に裁かれるということになってる。だから先祖の救済は思い切って諦めるしかない
しかし日本人は諦めきれない。それは日本人の意識の根底には集団救済宗教である神道の意識が残ってるからだ
だから無条件に「祖先が救われないのはイヤだ」とか思っちゃう。日本人は個人救済の宗教には向いてないんだよ
一神教ではさ、たとえ家族であっても他人の信仰には関心がないわけだよ
父ちゃんがバリバリの異教徒であっても息子が一神教徒なら息子は父ちゃんの信仰に関係なく救われる
母系の族意識が強いユダヤの中に一神教が存在できたのはこの特徴があったからだね
それを日本人はせっかく他人の信仰は関係ないという一神教の特徴を利点であると理解できずに
「父母が地獄に落ちるなら一緒に俺も地獄に落ちたい」とか思っちゃう。それはまさしく日本人的な感覚だということ
助かる道に背を向けて泥舟と沈む方が正しいのだと思ってしまう、そういう不可解な部分があるわけだ
>>932
そう、まさにその通り。けれどそれがいまだにずーっと連続してるんだぜ。日本だけは
某巨大新興宗教がいい例だが「人々がこの宗教を信仰しないと世界が滅ぶ!」とか考えちゃうんだもんなぁ
本来きわめて個人救済的であるはずの仏教ですらこういう発想になってしまった例を俺は日本以外に知らん
大体煉獄の思想なんて今日日のカトリックでもあんまりおおっぴらに主張しちゃいけない教義だぜ
プロテスタントはハナからこの教義を否定してるし。つまり今日では、一神教を信仰してなかった祖先は
まず間違いなく神に裁かれるということになってる。だから先祖の救済は思い切って諦めるしかない
しかし日本人は諦めきれない。それは日本人の意識の根底には集団救済宗教である神道の意識が残ってるからだ
だから無条件に「祖先が救われないのはイヤだ」とか思っちゃう。日本人は個人救済の宗教には向いてないんだよ
>>934
俺らからしたら親や先祖がどうなろうが関係ないって思うその感覚の方が不可解だがな
まぁ考え方は民族どころか個人レベルで違うんだから、分かり合えないところがあってもしょうがない
どっちかが正しくてどっちかが間違いなんてことはないよ
俺らからしたら親や先祖がどうなろうが関係ないって思うその感覚の方が不可解だがな
まぁ考え方は民族どころか個人レベルで違うんだから、分かり合えないところがあってもしょうがない
どっちかが正しくてどっちかが間違いなんてことはないよ
◆ 其の九(スレ9)>>4–55
>>1-2 畏み畏み乙白し奉る
>>4
キリスト「うっはw 神の子は俺だけだっていってんのに、後出しじゃんけんで最後の預言者とかwww」
冗談はともかく……
こればっかはね、ホントに信仰持ってる人に失礼になっちゃうから
信仰持ってない人間は憶測でものをいうべきじゃないと思う
ただ、穏健な宗教心は、他の信仰に対しても寛容であることを求めるもんだってことは
今世紀に入って、人類が逆説的に学び確認し合うことができた、数少ない「文明観」の進歩だった、とはいえるはず
ちょい観点が逸れるけど、大学時代に某イスラム研究者が講義でいってたことを思い出した
なんでも、自分みたいな不信心な日本人がムスリムに信仰についてたずねられたら
「無宗教者」じゃなく「多神論者」と答えるのが無難なんだって
どうもムスリムの意識だと、一般に
ムスリム>啓典の民(キリスト・ユダヤ)>多神教信者>無神論者
……っていう価値序列になるらしい。どこまで確かかはわかんない、単なる耳学問だけど……
>>4
キリスト「うっはw 神の子は俺だけだっていってんのに、後出しじゃんけんで最後の預言者とかwww」
冗談はともかく……
こればっかはね、ホントに信仰持ってる人に失礼になっちゃうから
信仰持ってない人間は憶測でものをいうべきじゃないと思う
ただ、穏健な宗教心は、他の信仰に対しても寛容であることを求めるもんだってことは
今世紀に入って、人類が逆説的に学び確認し合うことができた、数少ない「文明観」の進歩だった、とはいえるはず
ちょい観点が逸れるけど、大学時代に某イスラム研究者が講義でいってたことを思い出した
なんでも、自分みたいな不信心な日本人がムスリムに信仰についてたずねられたら
「無宗教者」じゃなく「多神論者」と答えるのが無難なんだって
どうもムスリムの意識だと、一般に
ムスリム>啓典の民(キリスト・ユダヤ)>多神教信者>無神論者
……っていう価値序列になるらしい。どこまで確かかはわかんない、単なる耳学問だけど……
土着の多神教から一神教に移行したキリスト教、イスラム教地域の人間には
どうやらアミニズムっぽい多神教は蒙昧に見なされるらしい
神はもっと高尚な物のはずなのに獣や自然の風景を崇めるなんて…って感じで
あと本来ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神と世界観は同一のはずで
(ユダヤ教の旧約聖書の世界観を基にキリスト教とイスラム教が成立)
イスラム教ではユダヤ教徒とキリスト教徒も同じ経典の民としているのだが
アメリカではこの事実をまったく理解してない人が多いらしい
どうやらアミニズムっぽい多神教は蒙昧に見なされるらしい
神はもっと高尚な物のはずなのに獣や自然の風景を崇めるなんて…って感じで
あと本来ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神と世界観は同一のはずで
(ユダヤ教の旧約聖書の世界観を基にキリスト教とイスラム教が成立)
イスラム教ではユダヤ教徒とキリスト教徒も同じ経典の民としているのだが
アメリカではこの事実をまったく理解してない人が多いらしい
イスラームの教え自体が悪いわけじゃないのに、一部の過激な人だけが見えちゃってるんだろう
そしてテロに走ってる理由の発端がアメリカだったりするっていう
過激な事を言う/やる人の意見が大きく見える、というのは古今東西夢現、どこでも同じね
そしてテロに走ってる理由の発端がアメリカだったりするっていう
過激な事を言う/やる人の意見が大きく見える、というのは古今東西夢現、どこでも同じね
少数の人を指して「イスラムは悪い宗教だ!」というなら、グラウンドゼロにモスクを建てることに反対して、
「コーランを焼き捨てるぞ!」なんて言ったキリスト教徒が居るのだから、キリスト教も悪い宗教だよな
あの神父だか司祭こそが、その一部の過激な人に思えてならない。嫌な話だね
「コーランを焼き捨てるぞ!」なんて言ったキリスト教徒が居るのだから、キリスト教も悪い宗教だよな
あの神父だか司祭こそが、その一部の過激な人に思えてならない。嫌な話だね
どんな宗教も政治に組み込んだり人種に対する偏見を悪魔やらに変換して歪むからなぁ
政教分離は非常に大事だが今まで心の支えとしては不可欠だったのもあるし
難しい話だよね色々
政教分離は非常に大事だが今まで心の支えとしては不可欠だったのもあるし
難しい話だよね色々
越智道雄などによると、アメリカの田舎の極端なキリスト教原理主義は
古代も中世もなくいきなり近代からの人工国家であるためらしい
この点ヨーロッパ人はギリシァ・ローマやケルト・北欧の多神教の時代から
中世を経てだんだん少しづつキリスト教が普及した過程があるし
イスラム圏との間では戦争と同時に交易もしていた時期が長いから
異教も全否定ではなくそれなりの付き合い方が身についているということか
古代も中世もなくいきなり近代からの人工国家であるためらしい
この点ヨーロッパ人はギリシァ・ローマやケルト・北欧の多神教の時代から
中世を経てだんだん少しづつキリスト教が普及した過程があるし
イスラム圏との間では戦争と同時に交易もしていた時期が長いから
異教も全否定ではなくそれなりの付き合い方が身についているということか
イスラムからすればキリスト教やユダヤ教は「同じ神から異なる教典を授かった、教典の民」だし、
サラディン(サラーフッディーンまたはアイユーブ)のように、敵味方から認められた「漢」もいるし
なんであんなことやってるのか、理解に苦しむ 寛容は両方とも徳としているのに
サラディン(サラーフッディーンまたはアイユーブ)のように、敵味方から認められた「漢」もいるし
なんであんなことやってるのか、理解に苦しむ 寛容は両方とも徳としているのに
そういや昔に多神教は自然が豊かなところ唯一神は資源が少ないところで生まれるって聞いたなあ。
理由としては
森の中で迷ってもなんだかんだで飲みもの食べもの豊富だから
神様の恩恵があちこちあってラッキー!
こんなに良いことあんだから神様も沢山いるんだろうなあってな感じで多神教になって
砂漠とかで迷ったら何にもないから
やっべえマジ死ぬるコレ。なにこれ神の試練?とりあえず一か八か棒が取れた方に行こう。
やっほう!助かったぜ!神様のお導きスゲェ一生あんたについてくゼ!
てな感じのになったのが一神教だって言われて納得したの思い出した。
理由としては
森の中で迷ってもなんだかんだで飲みもの食べもの豊富だから
神様の恩恵があちこちあってラッキー!
こんなに良いことあんだから神様も沢山いるんだろうなあってな感じで多神教になって
砂漠とかで迷ったら何にもないから
やっべえマジ死ぬるコレ。なにこれ神の試練?とりあえず一か八か棒が取れた方に行こう。
やっほう!助かったぜ!神様のお導きスゲェ一生あんたについてくゼ!
てな感じのになったのが一神教だって言われて納得したの思い出した。
>>14
以前スロヴェニヤ人の留学生ミヒャルさんって人に聞いたときも同じこと言ってた
漏れ「スロヴェニヤって何派のキリスト教徒が多いの?」
ミヒャ「ん~、カトリックだね」
漏れ「へぇカトリックなんだ てっきりスロヴェニヤ正教とかいうのがあるのかと思ってたけど」
ミヒャ「ロシヤ正教の人もいるよ」
漏れ「カトリックの人どんぐらいいるの?」
ミヒャ「半分くらいかなぁ」
漏れ「……あれ? あと半分くらいは?」
ミヒャ「無し」
漏れ「無し?」
ミヒャ「無神論 お父さんとかにだったら言えるけど、お婆ちゃんとかに言うと怒られるかな」
(要するに、50年代以降辺りに生まれた人にはかなり無神論が多いらしい)
無自覚の信仰者じゃなくて、自覚的な無神論なんだってさ
以前のキリスト教世界では無神論者イコール文字通り人扱いされなかったと聞くのにすごいよね
……書いてて思ったけど、無神論はキリスト教の範疇というかアンチキリスト教だけど、無宗教は宗教全体に反対してるから違うね
どうでもいいけど、熟女って言葉がお気に入りだったミヒャルさん、元気かなぁ……
以前スロヴェニヤ人の留学生ミヒャルさんって人に聞いたときも同じこと言ってた
漏れ「スロヴェニヤって何派のキリスト教徒が多いの?」
ミヒャ「ん~、カトリックだね」
漏れ「へぇカトリックなんだ てっきりスロヴェニヤ正教とかいうのがあるのかと思ってたけど」
ミヒャ「ロシヤ正教の人もいるよ」
漏れ「カトリックの人どんぐらいいるの?」
ミヒャ「半分くらいかなぁ」
漏れ「……あれ? あと半分くらいは?」
ミヒャ「無し」
漏れ「無し?」
ミヒャ「無神論 お父さんとかにだったら言えるけど、お婆ちゃんとかに言うと怒られるかな」
(要するに、50年代以降辺りに生まれた人にはかなり無神論が多いらしい)
無自覚の信仰者じゃなくて、自覚的な無神論なんだってさ
以前のキリスト教世界では無神論者イコール文字通り人扱いされなかったと聞くのにすごいよね
……書いてて思ったけど、無神論はキリスト教の範疇というかアンチキリスト教だけど、無宗教は宗教全体に反対してるから違うね
どうでもいいけど、熟女って言葉がお気に入りだったミヒャルさん、元気かなぁ……
スロヴェニヤならバルカン半島の旧ユーゴか
チェコもだがあのへんは旧共産圏時代に文化の非宗教化が進んでるからなあ
ちなみにロシアを含む東欧・中央圏は自殺率が高い
これは冷戦体制崩壊後の社会の激変の荒波のせいもあるが
自殺を禁じたカソリックのような宗教道徳がないことも影響してるはず
以前は建前上はマルクス主義の道徳教育ってのもあったんだろうけど
それも解体されるとどういうことになっているのか…
反動で若い世代には宗教の復権もありえそう
チェコもだがあのへんは旧共産圏時代に文化の非宗教化が進んでるからなあ
ちなみにロシアを含む東欧・中央圏は自殺率が高い
これは冷戦体制崩壊後の社会の激変の荒波のせいもあるが
自殺を禁じたカソリックのような宗教道徳がないことも影響してるはず
以前は建前上はマルクス主義の道徳教育ってのもあったんだろうけど
それも解体されるとどういうことになっているのか…
反動で若い世代には宗教の復権もありえそう
無宗教はむしろ宗教なんでもかんでも受け入れちゃううイメージ、日本的に
日本の場合、信仰の源流が「なんだかよく分からないけどすごいもの=カミ=祭る対象」だったらしい。
「宗教」という言葉のイメージ程には体系化されてなくて、だから「無宗教」と見なされやすいけど決して「無信仰」ではない。
まあ、西洋人から見たらこういう信仰すわ多神教なんだろうが。
んでもって、科学の発展で「なんだかよく分からない」が減っていくと、「カミ」もどんどん力を失う。
それでも「信仰」が残っているのは、確率や運命とか、死後の世界といった「未解明」の部分が残っているからだろうか。
以下、余談。
維新以降、西洋文明の無批判な受容の中で、背後にあるキリスト教的な土壌は曖昧なままにされてしまった。
その結果、一般民衆のレベルではキリスト教の「上帝」も(仏教の諸仏と同じように)単なる「カミ」として認識されてしまったのかもしれない。
「宗教」という言葉のイメージ程には体系化されてなくて、だから「無宗教」と見なされやすいけど決して「無信仰」ではない。
まあ、西洋人から見たらこういう信仰すわ多神教なんだろうが。
んでもって、科学の発展で「なんだかよく分からない」が減っていくと、「カミ」もどんどん力を失う。
それでも「信仰」が残っているのは、確率や運命とか、死後の世界といった「未解明」の部分が残っているからだろうか。
以下、余談。
維新以降、西洋文明の無批判な受容の中で、背後にあるキリスト教的な土壌は曖昧なままにされてしまった。
その結果、一般民衆のレベルではキリスト教の「上帝」も(仏教の諸仏と同じように)単なる「カミ」として認識されてしまったのかもしれない。
それはザビエルの時から既に八百万の内の何かめっちゃすごい一柱って認識だったって昔教わった気がする
本場の教徒並の信仰もするけど八百万への畏敬をやめた訳でも全く無かったって
一神教の神と多神教の神様って根本的に別物なんだなぁって
ユダヤもキリストもイスラムも同じヒトが同じ性質のものを思い描いたから同じ神様になったのも納得だった高2の世界史。あと信仰心だけじゃ殺し合いに迄は発展しなさそうってことも
現代日本人が神様お願い!するのって確率であることが多いって何か読んだかも
本場の教徒並の信仰もするけど八百万への畏敬をやめた訳でも全く無かったって
一神教の神と多神教の神様って根本的に別物なんだなぁって
ユダヤもキリストもイスラムも同じヒトが同じ性質のものを思い描いたから同じ神様になったのも納得だった高2の世界史。あと信仰心だけじゃ殺し合いに迄は発展しなさそうってことも
現代日本人が神様お願い!するのって確率であることが多いって何か読んだかも
「人は神秘を駆逐することで進化してきた」という言葉どおりだなー
夜の闇が怖いから明かりを灯した。山や森を開拓し自分たちの土地とした
全てを理解していくことで神秘を汚し続けてきたのよな
現代で人の心より恐ろしいものなんか大規模な天災ぐらいしかないわ……
夜の闇が怖いから明かりを灯した。山や森を開拓し自分たちの土地とした
全てを理解していくことで神秘を汚し続けてきたのよな
現代で人の心より恐ろしいものなんか大規模な天災ぐらいしかないわ……
>>17
芥川龍之介の「神々の微笑」は、まさにそんな話だよな
多神教的な信仰は、一神教のようなまとまりはないけれど
その時々の時勢に合わせやすい柔軟さがあるように思えるよ
まあ、信仰の方を変えてしまうんで、なかなか神学が発展しないというのはあるだろうけど
芥川龍之介の「神々の微笑」は、まさにそんな話だよな
多神教的な信仰は、一神教のようなまとまりはないけれど
その時々の時勢に合わせやすい柔軟さがあるように思えるよ
まあ、信仰の方を変えてしまうんで、なかなか神学が発展しないというのはあるだろうけど
日本の「神」を「God」と英訳してしまったことには正しくなかったとか、今でも言われてるね
>>18
まぁただ西洋文明を右から左へ受け入れるだけじゃ国民総キリスト教化する恐れがあったから、
日本だって進化論を積極的に取り入れ普及させていくという対抗策もした
進化はキリスト教からすれば正しくないもので、都合の悪いものだからね
一方、仏教は世界や生命創造がどうたらとか書いてないから関係ないし、
神道も人間がいつの間にか誕生してたり、神々の話中心で生き物の創造についてはほとんど言及されてないから
進化論が広まろうと痛くも痒くもなかったんだと思う
そのおかげで、日本は世界最速で進化論が定着したらしい
>>18
まぁただ西洋文明を右から左へ受け入れるだけじゃ国民総キリスト教化する恐れがあったから、
日本だって進化論を積極的に取り入れ普及させていくという対抗策もした
進化はキリスト教からすれば正しくないもので、都合の悪いものだからね
一方、仏教は世界や生命創造がどうたらとか書いてないから関係ないし、
神道も人間がいつの間にか誕生してたり、神々の話中心で生き物の創造についてはほとんど言及されてないから
進化論が広まろうと痛くも痒くもなかったんだと思う
そのおかげで、日本は世界最速で進化論が定着したらしい
一神教「この作者は神」
多神教「この作品は神」
多神教「この作品は神」
日本でキリスト教を広めた宣教師達も、伝えたのは 既にヨーロッパでは「敗者」「時代遅れ」となりつつあった宗派だったそうだしなぁ
確かに一時期日本を席巻する勢いは有って、為政者達がその「勢い」を恐れたのは事実だけど
その実キリシタンが信じていたのは日本人がアレンジしまくった「日本風なんちゃってキリスト教」だったからなぁ
神を唯一絶対視するならただのまだ未成年の少女に過ぎなかった天草四郎を「神」としては崇めないよw
確かに一時期日本を席巻する勢いは有って、為政者達がその「勢い」を恐れたのは事実だけど
その実キリシタンが信じていたのは日本人がアレンジしまくった「日本風なんちゃってキリスト教」だったからなぁ
神を唯一絶対視するならただのまだ未成年の少女に過ぎなかった天草四郎を「神」としては崇めないよw
俺はキリスト教徒ではないけど進化論にも否定的。
たくさんの種類の「狩りバチ」が現存しているが、彼らはほぼ必ずそれぞれ「ある一種類の虫」を獲物として生活している。
これらの狩りバチがある一種の狩りバチから派生進化していったというのなら、必ずどこかで「複数種類の虫を獲物に出来るハチ」が誕生しているはず。
一種類の獲物に特化していくよりも、そちらの万能選手のほうが生き残る可能性が高い。
まあファーブルの受け売りなんだけど。
東方ネタでいうなら、奇数ゼミは、「他種との交配を避けるために奇数を選んだ」のではなく、「他種との交配を避けることが出来た奇数が結果的に生き残った」ということ。
たくさんの種類の「狩りバチ」が現存しているが、彼らはほぼ必ずそれぞれ「ある一種類の虫」を獲物として生活している。
これらの狩りバチがある一種の狩りバチから派生進化していったというのなら、必ずどこかで「複数種類の虫を獲物に出来るハチ」が誕生しているはず。
一種類の獲物に特化していくよりも、そちらの万能選手のほうが生き残る可能性が高い。
まあファーブルの受け売りなんだけど。
東方ネタでいうなら、奇数ゼミは、「他種との交配を避けるために奇数を選んだ」のではなく、「他種との交配を避けることが出来た奇数が結果的に生き残った」ということ。
>>26
別にキリスト教者でなくても、進化論に反論することは全く問題ないと思う
問題なのは、聖書の記述とは異なっていると言って、その学説の妥当性の検証すら行わず
場合によってはその意見自体を抹殺することなんじゃないかな
と言うか、真に神が全知全能であり、その神を本当に信じているのなら
未だ不完全な説に一々右往左往せず、それもまた神の御心だとして受け入れることが
正しい信仰じゃないのかなぁ、と思う今日この頃
別にキリスト教者でなくても、進化論に反論することは全く問題ないと思う
問題なのは、聖書の記述とは異なっていると言って、その学説の妥当性の検証すら行わず
場合によってはその意見自体を抹殺することなんじゃないかな
と言うか、真に神が全知全能であり、その神を本当に信じているのなら
未だ不完全な説に一々右往左往せず、それもまた神の御心だとして受け入れることが
正しい信仰じゃないのかなぁ、と思う今日この頃
>>14
神の存在・死後の世界のデータでみると欧州ではチェコだけ異質だろ
まあ日本の異質さは存在する・しない・わからないが見事に三等分されていて
「日本人の宗教感はこうだ」と主張しても3人のうち2人から違うと言われてしまうとこかもしれん
ちなみにデータは「神の存在・死後の世界」でぐぐって1番上にでてきたサイト参照のこと
神の存在・死後の世界のデータでみると欧州ではチェコだけ異質だろ
まあ日本の異質さは存在する・しない・わからないが見事に三等分されていて
「日本人の宗教感はこうだ」と主張しても3人のうち2人から違うと言われてしまうとこかもしれん
ちなみにデータは「神の存在・死後の世界」でぐぐって1番上にでてきたサイト参照のこと
>>27
カトリックは公式に進化論を認めているし、アメリカのプロテスタント宗派も
多くは(しぶしぶ)認めている。
ただ、原理主義者が多数を占める南部とかでは公然と進化論否定がされている
そうで。州法で公立学校の生物学の授業で進化論を教えることを禁じたり。
(この法律は連邦最高裁で憲法違反として棄却されたが、今でもアメリカの
教科書では進化論に関しての言及は及び腰になっている)
カトリックは公式に進化論を認めているし、アメリカのプロテスタント宗派も
多くは(しぶしぶ)認めている。
ただ、原理主義者が多数を占める南部とかでは公然と進化論否定がされている
そうで。州法で公立学校の生物学の授業で進化論を教えることを禁じたり。
(この法律は連邦最高裁で憲法違反として棄却されたが、今でもアメリカの
教科書では進化論に関しての言及は及び腰になっている)
>>25
たしかにザビエルが日本に来た当時ヨーロッパでは宗教改革で
イエズス会は圧される立場だったがそんで当時は危険な野蛮人の土地と
みなされたアジアやアフリカや中南米に広く伝道活動に出て行った
その信仰心による行動力は良くも悪くも並大抵のものではない
そして25が天草四郎を男の娘扱いしていることに誰も突っ込まない件w
たしかにザビエルが日本に来た当時ヨーロッパでは宗教改革で
イエズス会は圧される立場だったがそんで当時は危険な野蛮人の土地と
みなされたアジアやアフリカや中南米に広く伝道活動に出て行った
その信仰心による行動力は良くも悪くも並大抵のものではない
そして25が天草四郎を男の娘扱いしていることに誰も突っ込まない件w
いや今の話が一段落したら50レスぐらい使ってじっくり聞こうと思ってww
進化論ってなんか日本だとあたかも証明済みの理論であるかのように扱われてるよね。実際に証明するにはどれくらい時間が要りそうなのかは知らないけど
進化論ってなんか日本だとあたかも証明済みの理論であるかのように扱われてるよね。実際に証明するにはどれくらい時間が要りそうなのかは知らないけど
極論を言えば、証明できる科学理論なんて一つもないでしょう。
「こう考えるとシンプルに説明できる」「こういう風に考えると美しい」「これで説明できるデータが多い」
みたいなことの積み重ねで説得力を増していくわけで。
「科学の仮説は反証可能なものだ」って言葉もあるよね。
進化は確かに大きい生物だと見えづらいけど、刻一刻と進化している生物がいることが証左の一つじゃない?
多剤耐性菌なんてまさに進化の産物じゃないか
「こう考えるとシンプルに説明できる」「こういう風に考えると美しい」「これで説明できるデータが多い」
みたいなことの積み重ねで説得力を増していくわけで。
「科学の仮説は反証可能なものだ」って言葉もあるよね。
進化は確かに大きい生物だと見えづらいけど、刻一刻と進化している生物がいることが証左の一つじゃない?
多剤耐性菌なんてまさに進化の産物じゃないか
一見同じに見えるけど実は全く別種だった――って可能性もあるがね。
まさに「科学の仮説は反証可能」って言につきるな。
まさに「科学の仮説は反証可能」って言につきるな。
>>31
まともな生物学者の間では、進化論そのものは特殊相対性理論程度には正しいと
されている。
ただし、進化の原動力が何か、どのような過程で進化が進行したかについては
まだまだ諸説ある。ダーゥインの自然選択説もそういう「進化学説」のひとつ。
科学的に進化論が却下される可能性があった最大の機会は、おそらく遺伝子の
正体がDNA/RNAらしいということが判明して、DNAの分析・比較ができるように
なった時。
もしここで、ヒトの遺伝子がチンパンジーよりもヒトデに近く、今まで解剖学
などの知識をもとに作られていた系統樹が、遺伝子に基づく系統樹とまったく
異なっている、という事実が判明していたら進化論は完全に棄却されていた筈。
幸いにも進化論はそのハードルを乗り越えたわけで現在に至る。
今後も進化論が科学的に正しいかどうか試される機会はあるだろうけど、
進化論が否定されるのがどういう状況なのかがなかなか想像できない。
それこそ、現状進化論の対立仮説なんて創造論とその亜流(ID仮説とか)しか
存在しないし、それらは科学的に検証可能な仮説たりえないのが現実。
まともな生物学者の間では、進化論そのものは特殊相対性理論程度には正しいと
されている。
ただし、進化の原動力が何か、どのような過程で進化が進行したかについては
まだまだ諸説ある。ダーゥインの自然選択説もそういう「進化学説」のひとつ。
科学的に進化論が却下される可能性があった最大の機会は、おそらく遺伝子の
正体がDNA/RNAらしいということが判明して、DNAの分析・比較ができるように
なった時。
もしここで、ヒトの遺伝子がチンパンジーよりもヒトデに近く、今まで解剖学
などの知識をもとに作られていた系統樹が、遺伝子に基づく系統樹とまったく
異なっている、という事実が判明していたら進化論は完全に棄却されていた筈。
幸いにも進化論はそのハードルを乗り越えたわけで現在に至る。
今後も進化論が科学的に正しいかどうか試される機会はあるだろうけど、
進化論が否定されるのがどういう状況なのかがなかなか想像できない。
それこそ、現状進化論の対立仮説なんて創造論とその亜流(ID仮説とか)しか
存在しないし、それらは科学的に検証可能な仮説たりえないのが現実。
>>34 >進化論が否定されるのが~
それこそ社会の要請によって、だろうね
かつて社会ダーウィニズムが猛威をふるったのは、明らかにそれを支持することを是とする社会(ないし権力)の要請があったからで
もし今後、人類が再び反合理的・非理性的なあり方を志向することがあったなら
案外とあっさり否定され得るものなのかもしんない(米国の進化論排斥が、つまるところ政治力学で選びとられたものであるように)
「進化論」が象徴的に示した科学・合理主義が、「神から人へ」っていう(西洋)近代的風潮と両の轍をなしていたように
今後の世界の多極化次第では、「空飛ぶスパゲッティーモンスター」的な存在が、精神世界を牽引する場面も十分生じ得るわけだw
それこそ社会の要請によって、だろうね
かつて社会ダーウィニズムが猛威をふるったのは、明らかにそれを支持することを是とする社会(ないし権力)の要請があったからで
もし今後、人類が再び反合理的・非理性的なあり方を志向することがあったなら
案外とあっさり否定され得るものなのかもしんない(米国の進化論排斥が、つまるところ政治力学で選びとられたものであるように)
「進化論」が象徴的に示した科学・合理主義が、「神から人へ」っていう(西洋)近代的風潮と両の轍をなしていたように
今後の世界の多極化次第では、「空飛ぶスパゲッティーモンスター」的な存在が、精神世界を牽引する場面も十分生じ得るわけだw
>>36
実際アメリカの原理主義者が狙っているのもそれだからねぇ。
学校の授業で進化論を教えることができないようにして、進化論という概念が
世間に広まらないようにするとか、進化論について語ることをタブー視する
風潮を広めていくとか。
アカデミックな場で進化論が否定されなくても、進化論を抹殺はできる。
グールドが進化論vs創造論の本を書いていた当時はアメリカでの騒動でしか
なくてヨーロッパの研究者にとっては対岸の火事だったのだけど、近年の
ドーキンスの著書ではヨーロッパもイスラム系移民が増えたことで学校の
授業で進化論を教えづらくなっているそうです。
実際アメリカの原理主義者が狙っているのもそれだからねぇ。
学校の授業で進化論を教えることができないようにして、進化論という概念が
世間に広まらないようにするとか、進化論について語ることをタブー視する
風潮を広めていくとか。
アカデミックな場で進化論が否定されなくても、進化論を抹殺はできる。
グールドが進化論vs創造論の本を書いていた当時はアメリカでの騒動でしか
なくてヨーロッパの研究者にとっては対岸の火事だったのだけど、近年の
ドーキンスの著書ではヨーロッパもイスラム系移民が増えたことで学校の
授業で進化論を教えづらくなっているそうです。
ちなみにイスラム教では新しい科学の発見があるたび
「じつはアラーがそのように作っていたのだ」で済むらしい
「じつはアラーがそのように作っていたのだ」で済むらしい
なにそれ楽そう
なんというオムファロスw
その後出しジャンケン思想は良いな
話は飛ぶけど、もし仏革の「理性崇拝」が現実にそれなりの影響力を持ち続けていたらどうなっていたのだろうか……。
「哲学の神殿」「真理のトーチ」「理性の女神」など、悪い意味で面白そうなフレーズが山積してるんだが。
実際はカトリック批判にかこつけたロベスピエール攻撃の意味合いが強かったらしい。
ロベスピエールによる弾圧(対抗して「最高存在の崇拝」なる祭典挙行)もあって継続はしなかったそうな。
「哲学の神殿」「真理のトーチ」「理性の女神」など、悪い意味で面白そうなフレーズが山積してるんだが。
実際はカトリック批判にかこつけたロベスピエール攻撃の意味合いが強かったらしい。
ロベスピエールによる弾圧(対抗して「最高存在の崇拝」なる祭典挙行)もあって継続はしなかったそうな。
はいはい全部ワシのせいって奴か
>>38が指摘してるのはイスラムのホントに素敵な部分じゃないかしら
イスラムってのは(死ぬほど知ったかで乱暴な括りをすれば)聖俗一致を前提にした「解釈の体系」みたいなもんだから
そもそもシステム上、世俗による要請に対応可能な懐の深さがあるんだと思う
この辺、厳格なプロテスタンティズムの神様なんかと比べたら、アッラーさんって実に「話せる」神様だなぁ、とw
お酒ダメっていう建前があるかぎり、自分には到底信仰不能な神様だけど……
イスラムってのは(死ぬほど知ったかで乱暴な括りをすれば)聖俗一致を前提にした「解釈の体系」みたいなもんだから
そもそもシステム上、世俗による要請に対応可能な懐の深さがあるんだと思う
この辺、厳格なプロテスタンティズムの神様なんかと比べたら、アッラーさんって実に「話せる」神様だなぁ、とw
お酒ダメっていう建前があるかぎり、自分には到底信仰不能な神様だけど……
でもイスラム教って進化論否定してるんだよね
だからサウジアラビアではポケモンが売れないんだっけ、法律にひっかかるから
だからサウジアラビアではポケモンが売れないんだっけ、法律にひっかかるから
ポケモンのあれは世代交代なしで個体がいきなり変わるから進化と呼ぶのはおかしい
けど、翻訳でもそうなっているんだろうか?
けど、翻訳でもそうなっているんだろうか?
アッラーは慈悲深いから豚肉食べて酒のんでも許してくれるよ
デジモンもダメなんだろうな
これだけ宗教無視してる国なのに、迷信や縁起担ぎ、祭りや宗教行事への参加率が世界トップな変な国だよ。
宗教無視してんじゃなくって
混ざってなんか別の物になってんだろ
混ざってなんか別の物になってんだろ
そうそう、エジプトの人はよく飲んだりはしているよ。
あと外国人と良く交流する国の人とかイベントの時だけとかそういう人もいるよ。
もちろんすっごい厳しいとこもあるけどね。
ただ豚肉はほんとにタブーっぽい。
外国人向けのスーパーですら滅多に売ってないし売ってたとしても臭くておいしくない。
もっぱら牛と羊と鳥が主流。
でもアラブ人は酒飲むとマジでひどい酔い方するんで
ああ、この国がイスラム教でよかったなぁって思う事は結構あった。
どうでもいいがイスラム教圏の国の人の運転ってどうしてあんなに荒いんだ…
轢き殺そうとしてるとしかとしか思えない…
あと外国人と良く交流する国の人とかイベントの時だけとかそういう人もいるよ。
もちろんすっごい厳しいとこもあるけどね。
ただ豚肉はほんとにタブーっぽい。
外国人向けのスーパーですら滅多に売ってないし売ってたとしても臭くておいしくない。
もっぱら牛と羊と鳥が主流。
でもアラブ人は酒飲むとマジでひどい酔い方するんで
ああ、この国がイスラム教でよかったなぁって思う事は結構あった。
どうでもいいがイスラム教圏の国の人の運転ってどうしてあんなに荒いんだ…
轢き殺そうとしてるとしかとしか思えない…
イスラム圏がどうかは知らんが国によっちゃ歩行者より車優先ってとこも多かった気が
何がいいたいかっていうと国民性には宗教以外にも色んな要素あるよん
何がいいたいかっていうと国民性には宗教以外にも色んな要素あるよん
イスラム圏では遺伝的な体質として、豚肉でお腹壊しやすい人もいるそうだ
代々食べてこなかったから、我々とは酵素形が微妙にちがうとか
代々食べてこなかったから、我々とは酵素形が微妙にちがうとか
そして長年の間にヒトから分化して別々の種に進化してしまったりすると
皮肉というかなんというか。
皮肉というかなんというか。
◆ 其の十(スレ10)>>181–200
日本の文化と宗教は境界がすごく曖昧だから、>>179と答えるのはアリだと思うんだ
「え?どういうこと?」と聞き返されたらその時に説明すればいい
「え?どういうこと?」と聞き返されたらその時に説明すればいい
そういえば、「日本人には宗教心はないが信仰心はある」みたいな一文を、以前新聞か何かで読んだな
もしかしたら宗教心と信仰心が逆だったかもしれないが
もしかしたら宗教心と信仰心が逆だったかもしれないが
思うんだけど「宗教が、文化や生活と不可分だ」っていうことは
本来、「日本人」をあえて主語にして強調するほど特殊なアイデンティティじゃないんでない?
むしろ「宗教は、衣食住と並ぶ生活に不可欠の構成要素だ」っていう人類にとって普遍的で自明な観念を
わざわざ言語化して自分に言い聞かせないと共有できない「宗教オンチ」っぷりこそ
オレらの妙ちきりんに映る部分なんじゃないのかなぁ、なんて
本来、「日本人」をあえて主語にして強調するほど特殊なアイデンティティじゃないんでない?
むしろ「宗教は、衣食住と並ぶ生活に不可欠の構成要素だ」っていう人類にとって普遍的で自明な観念を
わざわざ言語化して自分に言い聞かせないと共有できない「宗教オンチ」っぷりこそ
オレらの妙ちきりんに映る部分なんじゃないのかなぁ、なんて
>>184言語化して自分に言い聞かせないと共有できない
それは言語化しなければ気付かないほど自然に現代文化の中に溶け込んでいる証拠じゃなかと思うんだけどね
それこそ、現代に置ける「日本的な民族宗教観」としか言い様がないけれど
それは言語化しなければ気付かないほど自然に現代文化の中に溶け込んでいる証拠じゃなかと思うんだけどね
それこそ、現代に置ける「日本的な民族宗教観」としか言い様がないけれど
日本人は
文化が主、宗教が従
ムスリムは
宗教が主、文化が従
文化が主、宗教が従
ムスリムは
宗教が主、文化が従
>>185 いやね、いいたかったのは
現代文化も何も、古今東西の人間の営みは常に宗教と共にあるのであって
「日本人の宗教観は文化と不可分だ」って口に出すのは
「オレは人間だ」ってわざわざ他者に対して宣言してるのと同じくらい間抜けなことなんじゃないか、みたいな
オレらってきっと、よその国の人らに比べたら自分らは宗教的にニュートラルだって思い込みがちだけど
大前提:人間は先天的に宗教的である
前提:宗教は本質的に排他的で偏狭である
とすれば、オレらだってやっぱ相当に独善的で偏った目で宗教を捉えているに違いないと思う
で、人にとって大事なのは、「自分は偏っている」っていう自覚(つまり特定の宗教に属している自覚)があって
なおも自他の立場のすりあわせを図ろうとする、寛容とか謙譲とかの精神なんだろうけど
無自覚な色眼鏡かけたままで「オレらは中立です」みたいな顔してたら
そのすりあわせの当事者としての資格なしってことになって、かえって後ろ指さされはすまいか、って
宗教を主観的に捉えるのは人の性、客観的に捉えるのは人の知恵だけど
傍観するのは単なる非礼だよなぁ……
現代文化も何も、古今東西の人間の営みは常に宗教と共にあるのであって
「日本人の宗教観は文化と不可分だ」って口に出すのは
「オレは人間だ」ってわざわざ他者に対して宣言してるのと同じくらい間抜けなことなんじゃないか、みたいな
オレらってきっと、よその国の人らに比べたら自分らは宗教的にニュートラルだって思い込みがちだけど
大前提:人間は先天的に宗教的である
前提:宗教は本質的に排他的で偏狭である
とすれば、オレらだってやっぱ相当に独善的で偏った目で宗教を捉えているに違いないと思う
で、人にとって大事なのは、「自分は偏っている」っていう自覚(つまり特定の宗教に属している自覚)があって
なおも自他の立場のすりあわせを図ろうとする、寛容とか謙譲とかの精神なんだろうけど
無自覚な色眼鏡かけたままで「オレらは中立です」みたいな顔してたら
そのすりあわせの当事者としての資格なしってことになって、かえって後ろ指さされはすまいか、って
宗教を主観的に捉えるのは人の性、客観的に捉えるのは人の知恵だけど
傍観するのは単なる非礼だよなぁ……
でも外国で「あなたの宗教は?」と聞かれる場合って
心の在り方じゃなくて、まさに文化とか行動様式についてのことがほとんどじゃなかろうか
牛肉食えるかとか、礼拝の時間は必須かとか、異教の神像に敬意を示せるかとか
だから日本人と答えてもいいような気がする
まあその後の説明がめんどくさそうだから、神道か仏教にしといた方が楽だろうけど
心の在り方じゃなくて、まさに文化とか行動様式についてのことがほとんどじゃなかろうか
牛肉食えるかとか、礼拝の時間は必須かとか、異教の神像に敬意を示せるかとか
だから日本人と答えてもいいような気がする
まあその後の説明がめんどくさそうだから、神道か仏教にしといた方が楽だろうけど
書いてて思い出したけど、「日本教」って言葉もあったね
英語でなんていうか知らないけど
英語でなんていうか知らないけど
>>187
いわゆる「宗教」は理不尽や苦しみ悩みとともにあるものであって
そうしたものが極めて少なくなった社会においては
宗教の意識は希薄になるよ
そもそも
大前提:人間は先天的に宗教的である
前提:宗教は本質的に排他的で偏狭である
大前提と前提を、証明せずに用いようとするのは乱暴では。
広義での宗教(コミュニティで共有する価値観)であれば
これは群れで生活する生き物の習性だから
多かれ少なかれ持っているものだけど
これもコミュニティの重要性が下がるごとに、希薄になっていくよ
いわゆる「宗教」は理不尽や苦しみ悩みとともにあるものであって
そうしたものが極めて少なくなった社会においては
宗教の意識は希薄になるよ
そもそも
大前提:人間は先天的に宗教的である
前提:宗教は本質的に排他的で偏狭である
大前提と前提を、証明せずに用いようとするのは乱暴では。
広義での宗教(コミュニティで共有する価値観)であれば
これは群れで生活する生き物の習性だから
多かれ少なかれ持っているものだけど
これもコミュニティの重要性が下がるごとに、希薄になっていくよ
>>188-189読んで、なおさら自分なら「仏教徒」の一択だな、と思った
だって、マダガスカルの人に宗教について尋ねたとき
「私はマダガスカル人です」or「私はマダガスカル教徒です」なんて返された日には
オレ、どんな顔したらいいかわかんないもんw
だって、マダガスカルの人に宗教について尋ねたとき
「私はマダガスカル人です」or「私はマダガスカル教徒です」なんて返された日には
オレ、どんな顔したらいいかわかんないもんw
>>190
証明しろっていわれてるのに悪魔の証明じみたことで返すのもアレだけど
逆に宗教と一切無縁に人類が存在した例しがあるかな? 自分は寡聞にしてそんな文化も時代も地域も知らない
(唯物論ですら、明白にキリスト教的文脈の延長線上にあるわけだから)
っていうか、宗教と一切関わりなく生きられる「人類」が今後現われたとしたら
それはもう自分の知ってるヒトじゃないと思う
今の「日本人」って、ヒトでしょ? まだ
証明しろっていわれてるのに悪魔の証明じみたことで返すのもアレだけど
逆に宗教と一切無縁に人類が存在した例しがあるかな? 自分は寡聞にしてそんな文化も時代も地域も知らない
(唯物論ですら、明白にキリスト教的文脈の延長線上にあるわけだから)
っていうか、宗教と一切関わりなく生きられる「人類」が今後現われたとしたら
それはもう自分の知ってるヒトじゃないと思う
今の「日本人」って、ヒトでしょ? まだ
>>192
何を持って宗教とするのかに拠る
狭義の宗教、という意味では
それらを軽視するコミュニティは過去に存在した
あと、宗教もひとつの思想であって
宗教的思想を受けた、現在の思想や文化をさして
(狭義の意味での)宗教とみなすのは無理がある
何を持って宗教とするのかに拠る
狭義の宗教、という意味では
それらを軽視するコミュニティは過去に存在した
あと、宗教もひとつの思想であって
宗教的思想を受けた、現在の思想や文化をさして
(狭義の意味での)宗教とみなすのは無理がある
つまり日本はいまだ日本ローカルの原始土俗宗教なわけだw
……いや冗談じゃなくて世界のどの地域の宗教も
もとはその地域の原始土俗宗教からはじまっている
今はキリスト教圏のヨーロッパもかつてはゲルマン人やケルト人が
それぞれにルーグ神とかヴォータン神とかの自分らの民族土着神を拝んでた
また逆にキリスト教は本来はイスラエルのユダヤ人の民族宗教だし
イスラム教ももとはアラビア遊牧民の民族宗教ではないか
今でも南米やポリネシアやアフリカの先住民の間に残る部族ごとの
土俗宗教だって、もし体系化された教義書が作られて別の部族に広まれば
キリスト教やイスラム教のような普遍宗教、世界宗教になり得る可能性はある
……いや冗談じゃなくて世界のどの地域の宗教も
もとはその地域の原始土俗宗教からはじまっている
今はキリスト教圏のヨーロッパもかつてはゲルマン人やケルト人が
それぞれにルーグ神とかヴォータン神とかの自分らの民族土着神を拝んでた
また逆にキリスト教は本来はイスラエルのユダヤ人の民族宗教だし
イスラム教ももとはアラビア遊牧民の民族宗教ではないか
今でも南米やポリネシアやアフリカの先住民の間に残る部族ごとの
土俗宗教だって、もし体系化された教義書が作られて別の部族に広まれば
キリスト教やイスラム教のような普遍宗教、世界宗教になり得る可能性はある
宗教は?って聞かれて
個人的に神道です答えたい所ではあるが
神道が宗教なのかどうかって問題もあるんだよね、教義も教理も明確な経典も無いんだから
自分は蛭子命を祀ってるんだけどそれだって蛭子命単一に対する信仰心って訳ではないし
個人的に神道です答えたい所ではあるが
神道が宗教なのかどうかって問題もあるんだよね、教義も教理も明確な経典も無いんだから
自分は蛭子命を祀ってるんだけどそれだって蛭子命単一に対する信仰心って訳ではないし
>>183
We,all most Japanese don't belong to any specific sect,
but are aware of some belief of Buddhism and Shintoism.
【俺ら殆どの日本人は特定の宗派に属してないけど、
なんらかの仏教や神道の礼拝意識はある】
We,all most Japanese don't belong to any specific sect,
but are aware of some belief of Buddhism and Shintoism.
【俺ら殆どの日本人は特定の宗派に属してないけど、
なんらかの仏教や神道の礼拝意識はある】
神道は江戸時代から本居宣長等に依って明確に体系化されてますよ。
それに明治以降は国家神道になったじゃない。
それに明治以降は国家神道になったじゃない。
うちのを一言でまとめるなら「Shinbutsu Konko」かなあ
爺ちゃんが、先祖、日本の偉大なブディスト、便所、東西南北の空、シントーの太陽神
に毎朝手を合わせてたんだぜ、とかの話になるし
爺ちゃんが、先祖、日本の偉大なブディスト、便所、東西南北の空、シントーの太陽神
に毎朝手を合わせてたんだぜ、とかの話になるし
ID:VKBRpWNQOとID:YVQURfcw0の話は2人の宗教の定義が違っているせいで
一番重要な部分でかみあっていないように見える。
ID:YVQURfcw0は「日本人だって独善的で偏った目で宗教を捉えている」っていう主張には賛成なの反対なの?
>>195
別に宗教と言っていいんじゃない
そういうこと聞かれるのって学術論文とか言葉の明確な定義が必要な場じゃないだろうし
一番重要な部分でかみあっていないように見える。
ID:YVQURfcw0は「日本人だって独善的で偏った目で宗教を捉えている」っていう主張には賛成なの反対なの?
>>195
別に宗教と言っていいんじゃない
そういうこと聞かれるのって学術論文とか言葉の明確な定義が必要な場じゃないだろうし
昔、アメリカ人の英語の先生(クリスチャン)に
貴女の宗教は何ですか? 日本人の人は宗教を持たないって聞いているけど本当?ってなことを聞かれた時、
仏教徒ですね。どの宗派か忘れましたが。
まあ感覚的には大体あってると思います。
でもそれは現在の話で昔はちゃんと信心深い仏教徒の人や神道の人とか宗教家はいましたよ。
一応現在の人も信心深いかと言われたらわかりませんが家の人が受け継いでる宗教には入ってますよ。
だから宗教を持たないと言われたら少し違うと思います。
俺の日本の友人の一人だってクリスチャンですし。
ただそれを意識するのは宗教行事をする時かなんかのイベントぐらいでしょうね、主に葬式とか。
神様は信じても宗教は怪しいってイメージを持つ人もいますから、
生活習慣に混ざりこんだ宗教てか神様を信じてるってな感じじゃないですかね?
ほら、例えばクシャミした時にゴッドブレスユーって言うじゃないですか。
この言葉も別にキリスト教徒の人だけしか許されていない言葉ってわけじゃないでしょう?
クリスチャンどころか神様信じてなくったって気遣いでゴッドブレスユーって言うじゃないですか。
今の日本人にとって宗教の神様の扱いつったらそんなもんだと思いますよ。
いや、勿論今でも信心深い人はいますよ、少ないだけで。
新興宗教とかは詳しくないんでわかりません
てな感じの説明をしたが(詳細は違うしもうだいぶ忘れてしまったが)…
この説明がどれだけ合っているのか、
そしてそれをどれぐらい正確に訳せたか、全くわからないのが問題だ。
という訳で日本を誤解されたくない日本の方、すまないとだけ先に謝っておく。
貴女の宗教は何ですか? 日本人の人は宗教を持たないって聞いているけど本当?ってなことを聞かれた時、
仏教徒ですね。どの宗派か忘れましたが。
まあ感覚的には大体あってると思います。
でもそれは現在の話で昔はちゃんと信心深い仏教徒の人や神道の人とか宗教家はいましたよ。
一応現在の人も信心深いかと言われたらわかりませんが家の人が受け継いでる宗教には入ってますよ。
だから宗教を持たないと言われたら少し違うと思います。
俺の日本の友人の一人だってクリスチャンですし。
ただそれを意識するのは宗教行事をする時かなんかのイベントぐらいでしょうね、主に葬式とか。
神様は信じても宗教は怪しいってイメージを持つ人もいますから、
生活習慣に混ざりこんだ宗教てか神様を信じてるってな感じじゃないですかね?
ほら、例えばクシャミした時にゴッドブレスユーって言うじゃないですか。
この言葉も別にキリスト教徒の人だけしか許されていない言葉ってわけじゃないでしょう?
クリスチャンどころか神様信じてなくったって気遣いでゴッドブレスユーって言うじゃないですか。
今の日本人にとって宗教の神様の扱いつったらそんなもんだと思いますよ。
いや、勿論今でも信心深い人はいますよ、少ないだけで。
新興宗教とかは詳しくないんでわかりません
てな感じの説明をしたが(詳細は違うしもうだいぶ忘れてしまったが)…
この説明がどれだけ合っているのか、
そしてそれをどれぐらい正確に訳せたか、全くわからないのが問題だ。
という訳で日本を誤解されたくない日本の方、すまないとだけ先に謝っておく。
◆ 其の十一(スレ11)>>507–541
信仰対象に対する解釈の仕方が複数あるってのも宗教っぽい
なんらかの価値を共有してる集団をやたらと宗教と称する傾向があるみたいだけど、宗教には「神秘性」の要素が不可欠のはず
ルイズコピペばりに絵の中のキャラクターが微笑みかけてくる錯覚をおこしたり、夢の中でキャラに会う、とかそういうのは神秘のして扱っていいのかどうか
、とふと思うた
ルイズコピペばりに絵の中のキャラクターが微笑みかけてくる錯覚をおこしたり、夢の中でキャラに会う、とかそういうのは神秘のして扱っていいのかどうか
、とふと思うた
宗教に神秘性が不可欠だとは思わんけどなあ
仏教とか元々は奇跡とか神秘とかとは無縁のものでしょ
原始仏教は宗教じゃないと言われたらそこまでだが
仏教とか元々は奇跡とか神秘とかとは無縁のものでしょ
原始仏教は宗教じゃないと言われたらそこまでだが
一番重要なのは信仰心だよ
ソレがなきゃまず何も始まらないし奇跡も起きない
ソレがなきゃまず何も始まらないし奇跡も起きない
個人的には、中心思想となる命題の、ドグマとしての肯定が不可欠だと思う
>>511
それはどうだろうか?
ドグマとしてと言う意味では俺は神の存在を認めていないが無神論と言うわけじゃない
信仰心はそこいらの人よか持ってるって自信を持って言える
神がいないことを前提に神を信仰しているとでもいうのかな
心の底からの信仰では無く民族性の習慣的な体に染み付いた信仰の在り方と言うか
実家がヒルコを祀ってるんだけど本宅の人を見てもドグマとしての神って言われると首を捻らざるをえないんだよなあ
読み直して支離滅裂☆だね
それはどうだろうか?
ドグマとしてと言う意味では俺は神の存在を認めていないが無神論と言うわけじゃない
信仰心はそこいらの人よか持ってるって自信を持って言える
神がいないことを前提に神を信仰しているとでもいうのかな
心の底からの信仰では無く民族性の習慣的な体に染み付いた信仰の在り方と言うか
実家がヒルコを祀ってるんだけど本宅の人を見てもドグマとしての神って言われると首を捻らざるをえないんだよなあ
読み直して支離滅裂☆だね
上二行は何だか日本の(多分に明治以前の)信仰形態っぽいけど
下二行はわからんw
下二行はわからんw
こういう言い方すると失礼かもしれないけど
「神の実在を信じているから」拝む、のではなく
「神を崇拝するという行為が好きだから」拝む、みたいな感じ?
「神の実在を信じているから」拝む、のではなく
「神を崇拝するという行為が好きだから」拝む、みたいな感じ?
神を崇拝するという行為が好きだから拝むというのは神様に対して不敬だろうとは思うんだよ
でも実際に本質的な意味で神様の存在を肯定してはいない…みたいな?
なんとなく言葉で言い表し難いのだけれど「存在しないことを前提に存在する畏れ多いモノ」
ってなんのこっちゃ個人的な考えはどうでもいいね
でも実際に本質的な意味で神様の存在を肯定してはいない…みたいな?
なんとなく言葉で言い表し難いのだけれど「存在しないことを前提に存在する畏れ多いモノ」
ってなんのこっちゃ個人的な考えはどうでもいいね
なるほど。わからんということがわかったw
まあでも俺の思ってる「存在」とは、異なる定義持ってるんじゃないかなあ
まあでも俺の思ってる「存在」とは、異なる定義持ってるんじゃないかなあ
>>512
例えば「有は無から出る」とか「神の存在を信じていないと信仰は成立しない」
「神がいなくても信仰は成立する」だってドグマだと思うよ
要は、最終的に「その可能性が一番正しいと自分では思う」ということしか成立の理由が存在しないような
命題はみんなドグマなんですよ
例えば「有は無から出る」とか「神の存在を信じていないと信仰は成立しない」
「神がいなくても信仰は成立する」だってドグマだと思うよ
要は、最終的に「その可能性が一番正しいと自分では思う」ということしか成立の理由が存在しないような
命題はみんなドグマなんですよ
「存在する」って言う場合は、
物理的に存在する(「目の前にコップがある。触ると冷たいもん」みたいな)のと、
もっと広い範囲の存在(「幽霊は物理的にはこの世にいないけど、想像した人の心に恐怖が生まれる点において、
その作用を及ぼす何かがあるといえる。その何かのことを幽霊と呼ぶことは可能」みたいな)のとでは、
話がかみ合わない事が結構多いと思う
物理的に存在する(「目の前にコップがある。触ると冷たいもん」みたいな)のと、
もっと広い範囲の存在(「幽霊は物理的にはこの世にいないけど、想像した人の心に恐怖が生まれる点において、
その作用を及ぼす何かがあるといえる。その何かのことを幽霊と呼ぶことは可能」みたいな)のとでは、
話がかみ合わない事が結構多いと思う
少し前にもこのスレで話題に出てたな
認識論ならぬ語彙論・語義論とでも言うべきか
日本語ってむずかちいね
認識論ならぬ語彙論・語義論とでも言うべきか
日本語ってむずかちいね
存在しないからこそ敬うとかうんたらって感じだろうか
・自己の存在の外側、認識できる世界の外側に明確な他者として存在する(と信じる)
「神」に畏敬・感謝・要求を投げかける
・上にあるような存在を実体として信じるわけではないが、
自己の内面における仮想の上位存在(『お天道様に顔向けできない』の『お天道様』等)や
生活習慣の対象となる位置として仮に定めるもの(神棚や仏壇、>>512の話にあるヒルコさん等)
に対して意識(形式的な畏敬・感謝・要求や自己を規律する理由としての位置づけ)を向ける
後者を以て信仰と表現することは、可能な気もするけど……
風で神奈子様が求めた「信仰」は、やっぱり前者なのかなあ
「神」に畏敬・感謝・要求を投げかける
・上にあるような存在を実体として信じるわけではないが、
自己の内面における仮想の上位存在(『お天道様に顔向けできない』の『お天道様』等)や
生活習慣の対象となる位置として仮に定めるもの(神棚や仏壇、>>512の話にあるヒルコさん等)
に対して意識(形式的な畏敬・感謝・要求や自己を規律する理由としての位置づけ)を向ける
後者を以て信仰と表現することは、可能な気もするけど……
風で神奈子様が求めた「信仰」は、やっぱり前者なのかなあ
諏訪子は別に後者でも良さげな事を言っていたけれど
神奈子様が欲しがってるのは前者のある程度「目に見える」「実体化してる」信仰な気がするね
風土にひっそりと根付いていつでも好きな時に搾り取れる土着神と余所者の神様の余裕の無さというか
神奈子様が欲しがってるのは前者のある程度「目に見える」「実体化してる」信仰な気がするね
風土にひっそりと根付いていつでも好きな時に搾り取れる土着神と余所者の神様の余裕の無さというか
神奈子様は政治的・社会的要素の強い神様だから
人間との繋がりも密でないといられないのだろうな
外界では諏訪平定後あまり活躍できなかった事情もあって
幻想郷へ引っ越してきてはっちゃけてしまったんだという俺の妄想解釈
>>504
作者が創作物以上にファンから愛されている事例は枚挙に暇がないし
部外者からはその様子が何やら宗教っぽく見えるのもよくある話だけど
あくまでもファン心理であって信仰心とは別物として考えたほうがいいかもね
人間との繋がりも密でないといられないのだろうな
外界では諏訪平定後あまり活躍できなかった事情もあって
幻想郷へ引っ越してきてはっちゃけてしまったんだという俺の妄想解釈
>>504
作者が創作物以上にファンから愛されている事例は枚挙に暇がないし
部外者からはその様子が何やら宗教っぽく見えるのもよくある話だけど
あくまでもファン心理であって信仰心とは別物として考えたほうがいいかもね
わける目安とすれば、根底にある意識なんだろうかな
愛情・性愛がファン心理で、畏敬・忌避が宗教とか
アニゲキャラやアイドルに対して畏敬の念を持つことはないだろうし
愛情・性愛がファン心理で、畏敬・忌避が宗教とか
アニゲキャラやアイドルに対して畏敬の念を持つことはないだろうし
まぁ宗教的な概念をテーマや元ネタにしてる場合に
上手く敬愛の感情が混ざり合うことはあるんだろうね
宗教というよりはもう少し身近な立場に引きずってきて
分かりやすく布教するというか 偶像化?
ルシフェルさんに惚れる人とか天使の異名を持つ立華奏さんとか
神そのまんまのナギさんとか自己犠牲の果てに
人身御供としての神を選択したまどかさんとか
それぞれ東方における神や宗教と比較すると結構面白いのよね 例えば円環の理とか宗教の基本概念だったりするし
上手く敬愛の感情が混ざり合うことはあるんだろうね
宗教というよりはもう少し身近な立場に引きずってきて
分かりやすく布教するというか 偶像化?
ルシフェルさんに惚れる人とか天使の異名を持つ立華奏さんとか
神そのまんまのナギさんとか自己犠牲の果てに
人身御供としての神を選択したまどかさんとか
それぞれ東方における神や宗教と比較すると結構面白いのよね 例えば円環の理とか宗教の基本概念だったりするし
上の話全部読んでないのに書くのもなんだけど、
風神録に出てくる信仰って、ゲーム界隈のメタファーって書いてなかったっけ
揶揄としての「信者」という言葉が使われるようになったのがあの辺りだから
それに対する当てこすりみたいな意図もあったのかなとか思ったのだけど
信仰を肯定するという意味で
風神録に出てくる信仰って、ゲーム界隈のメタファーって書いてなかったっけ
揶揄としての「信者」という言葉が使われるようになったのがあの辺りだから
それに対する当てこすりみたいな意図もあったのかなとか思ったのだけど
信仰を肯定するという意味で
ゲハ戦争はな…
アフィブログも火ぃつけてるが
アフィブログも火ぃつけてるが
>>526
熱烈なファンを揶揄する言葉としての「信者」だったら2004年頃までには既に十分使われたと思うけどなぁ
Mac信者等の言い方であれば、WinXPのころには確認できている
東方が「麻薬」とか「宗教」とか言われるようになったのは永以降だと思うけど
>>509
世界の宗教および主な宗派ってのは
教祖が自らプロデュースしたというより
弟子が優秀なプロデューサーだったというケースが多いね。
言い方は悪いが、死んだ後に故人を担ぎ出して祭り上げたってことだ。
しかも、生前の主張とはかなり食い違っている主張(大乗の一派とか、サウロとか)が
異教徒に積極的に受け入れられていったのは面白い
仏陀もキリストもムハンマドも経典書いてないしね
モーセだって、思想家ではあっただろうけど、それを文書化したかと言われれば
かなり怪しい。
宗派にしても、日本の仏教で言えば自ら経典書いたのは道元くらいじゃないかな
熱烈なファンを揶揄する言葉としての「信者」だったら2004年頃までには既に十分使われたと思うけどなぁ
Mac信者等の言い方であれば、WinXPのころには確認できている
東方が「麻薬」とか「宗教」とか言われるようになったのは永以降だと思うけど
>>509
世界の宗教および主な宗派ってのは
教祖が自らプロデュースしたというより
弟子が優秀なプロデューサーだったというケースが多いね。
言い方は悪いが、死んだ後に故人を担ぎ出して祭り上げたってことだ。
しかも、生前の主張とはかなり食い違っている主張(大乗の一派とか、サウロとか)が
異教徒に積極的に受け入れられていったのは面白い
仏陀もキリストもムハンマドも経典書いてないしね
モーセだって、思想家ではあっただろうけど、それを文書化したかと言われれば
かなり怪しい。
宗派にしても、日本の仏教で言えば自ら経典書いたのは道元くらいじゃないかな
日本で言えばある意味画期的プロデュースだった法然の「南無阿弥陀仏」とかね
今でも日本人の多くが唱えるこの言葉はよっぽど劇的だったのだろうね
今でも日本人の多くが唱えるこの言葉はよっぽど劇的だったのだろうね
でもそういうのって、「仏教の二次創作ネタが流行った」って感じがしなくもない
怒られそうだけど
怒られそうだけど
でも北欧の宗教画ってある意味天使萌えとかヴァルキリーちゅっちゅな
共通の世界観やキャラクターを用いて様々な人が二次創作を作り、それらがさらに世界観を深くしていくって辺りは創作神話であるクトゥルー神話に似ている気がする。
なので個人的には東方は神話。
なので個人的には東方は神話。
語り継がれる度に語り手の色がついて深まり広がるのは神話、伝承に近いのかもな
コミュニケーションツールとしての機能に注目するんなら
東方は宗教・神話その他もろもろを包含した「文化」とまで呼んでも差し支えないかも
って二行書いて気付いたけど
東方=カルチャーって、宗教とか神話とかに例える以前にいい尽くされてる呼称だよなw
なんていうか、この作品群は「全体」を想像・創造するための引用的パーツの散りばめ方が巧みすぎると思う
雛型や青写真は示さず、工具と原材料だけを魅力的な具合に放置して
さあ、みんなでお砂場遊びしましょう! って誘ってる感じ
こういうのも散々いい尽くされてるよな……
東方は宗教・神話その他もろもろを包含した「文化」とまで呼んでも差し支えないかも
って二行書いて気付いたけど
東方=カルチャーって、宗教とか神話とかに例える以前にいい尽くされてる呼称だよなw
なんていうか、この作品群は「全体」を想像・創造するための引用的パーツの散りばめ方が巧みすぎると思う
雛型や青写真は示さず、工具と原材料だけを魅力的な具合に放置して
さあ、みんなでお砂場遊びしましょう! って誘ってる感じ
こういうのも散々いい尽くされてるよな……
聖典(設定)が沢山あるのに、原典が散逸していたり口承にしか残ってなかったりするあたりが・・・
東方は宗教ってのが言われだしたのは、「クラナドは人生、fateは文学~」の揶揄ネタで出てきたくらいじゃないかね
しかし設定論議で、神主の昔の日記の一言まで持ち出して「これが原作設定」みたいな話をみると
たしかに教義論争っぽいなあと思ってしまう
ウィキペの東方キャラ記事の出典とか凄いことになってるしなあ
しかし設定論議で、神主の昔の日記の一言まで持ち出して「これが原作設定」みたいな話をみると
たしかに教義論争っぽいなあと思ってしまう
ウィキペの東方キャラ記事の出典とか凄いことになってるしなあ
二次創作ネタが際限なく出てくるから、
一次ネタ(というか「原典」)に権威付けしないと
とりとめのないことになってしまうからじゃないかな
一次ネタ(というか「原典」)に権威付けしないと
とりとめのないことになってしまうからじゃないかな
神主が多くを語らぬ以上、出典の解釈も含め委ねられてるんだし
東方はまず触れてみよ、感じたことが全てだ。
って事になるんだろうな
東方はまず触れてみよ、感じたことが全てだ。
って事になるんだろうな
◆ 其の十七(スレ17)>>59–70
「天地に人の情けは無い」
老子の言葉だが、3.11関連の番組を見ているとまったく真理だと思った
老子の言葉だが、3.11関連の番組を見ているとまったく真理だと思った
天地不仁か
東方の妖怪天人などもそれを意識して
天地不仁の擬人化なところがあると思う
東方の妖怪天人などもそれを意識して
天地不仁の擬人化なところがあると思う
道教の祖である老子も荘子も、ニヒルな教えだから
言い換えれば、自然(=この世の摂理)に対する人間という存在の小ささ、哀れさや愚かさを教え、
人が落ち入りやすい傲慢や慢心を戒めるものだろう
荘子など人間の社会に対しても皮肉屋で、こんな説話がある
「ある所にひどい身体障害を負った、しかし世界一の果報者がいた
なにしろ軍隊にはとられないから、理不尽な戦争で生命を落とさないですむ
近隣の人々はみな親切にしてくれる おまけに国王からは恵まれない人の為に税を免除され、
それどころか穀物を給付される まったく最高の果報者である」
「無用の用(=他人を利用し使い捨てようという連中ばかりの世の中では、役に立たない事が、
最高に役に立つ、すなわち自分自身の人生を全う出来る)」という逆説を彼は好んで説いた
神子たちはこういう教えの正しさを、前世の体験をもって知ったのかもしれないな
言い換えれば、自然(=この世の摂理)に対する人間という存在の小ささ、哀れさや愚かさを教え、
人が落ち入りやすい傲慢や慢心を戒めるものだろう
荘子など人間の社会に対しても皮肉屋で、こんな説話がある
「ある所にひどい身体障害を負った、しかし世界一の果報者がいた
なにしろ軍隊にはとられないから、理不尽な戦争で生命を落とさないですむ
近隣の人々はみな親切にしてくれる おまけに国王からは恵まれない人の為に税を免除され、
それどころか穀物を給付される まったく最高の果報者である」
「無用の用(=他人を利用し使い捨てようという連中ばかりの世の中では、役に立たない事が、
最高に役に立つ、すなわち自分自身の人生を全う出来る)」という逆説を彼は好んで説いた
神子たちはこういう教えの正しさを、前世の体験をもって知ったのかもしれないな
一方、不仁な天地に渡りを付けようとして、制御しようとして
擬人化するって面も強い
結局効果がいまいちとされて幻想に追いやられたような感じだけど
擬人化するって面も強い
結局効果がいまいちとされて幻想に追いやられたような感じだけど
その挙げ句が、地震兵器だのマヤ暦だのと妄想たくましくして
ありもしない自然災害の責任を「誰か」に押しつけようとする
神も仏も悪魔も妖怪もいなくなったから、結局ヒトに責任を求めざるを得ないのか
ありもしない自然災害の責任を「誰か」に押しつけようとする
神も仏も悪魔も妖怪もいなくなったから、結局ヒトに責任を求めざるを得ないのか
暦が終わるだけで世界滅亡とかもうね
そもそも予言ですらない
そもそも予言ですらない
陰謀論は狭いコミュニティーでジョーク混じりに語られる分には面白かったり酒の肴くらいにはなるけど
ネットで拡散されると本気の人が多々出てきてめんどくさくてつまらない
ネットで拡散されると本気の人が多々出てきてめんどくさくてつまらない
「運が悪かったね」で片付けられない人の心につけいるからねそういう仕組みは
空っぽだから夢が詰め込めると言う歌が有ったけど空っぽなところにはもっと違うものを入れられて操られた方が楽だし 夢は能動的だし
実際 そんなもの持ち出すまでもなく運不運しか無いんだけど
蝶の羽ばたきで遠くに竜巻が起こったり風が吹いて桶屋が儲かるカオスを操る全知全能の神にでもならないとそれは分からいで
運と言う言葉よりもマイルドな言葉を探すとしたら「天」になるのかな
日本語では「天」に人格を持たせたりしているけれど
天網疎にして洩らさずだとか天命だとか天啓だとか天罰だとか
一体この理不尽で偉そうな「天」はどういう存在なんだか 上にいるから偉いのか
むしろこの「天」で想定されているのは一神教の「神」に近い気さえするところが不思議なニュアンス
空っぽだから夢が詰め込めると言う歌が有ったけど空っぽなところにはもっと違うものを入れられて操られた方が楽だし 夢は能動的だし
実際 そんなもの持ち出すまでもなく運不運しか無いんだけど
蝶の羽ばたきで遠くに竜巻が起こったり風が吹いて桶屋が儲かるカオスを操る全知全能の神にでもならないとそれは分からいで
運と言う言葉よりもマイルドな言葉を探すとしたら「天」になるのかな
日本語では「天」に人格を持たせたりしているけれど
天網疎にして洩らさずだとか天命だとか天啓だとか天罰だとか
一体この理不尽で偉そうな「天」はどういう存在なんだか 上にいるから偉いのか
むしろこの「天」で想定されているのは一神教の「神」に近い気さえするところが不思議なニュアンス
造物者、造化者という言葉は荘子が出典らしい
大宗師篇で造化を鋳物師、天地を坩堝にたとえている。
聖書にも似たようなたとえがあったような気がする。
大宗師篇で造化を鋳物師、天地を坩堝にたとえている。
聖書にも似たようなたとえがあったような気がする。
「ほうちょう(包丁)」もね
神懸かった腕前の料理人の名から
神懸かった腕前の料理人の名から
◆ 其の十九(スレ19)>>887–900
当時のロボットアニメは、リアルロボットとかそういう概念なかったし仕方ない
偶像崇拝だとか、多神教だとか、
元はといえば某一神教が自分らと異教を区別するために作り出した言葉だから、
本当はあんまり良い意味では使わないんだろうな
偶像崇拝だとか、多神教だとか、
元はといえば某一神教が自分らと異教を区別するために作り出した言葉だから、
本当はあんまり良い意味では使わないんだろうな
>>元はといえば某一神教
悪い魔法使いとか魔女なんかもそうだな。
これらのイメージは中世後半(13~14世紀)と比較的新しく、
それ以前だと某一神教内で魔法の使い手が居たとのこと。
ちなみに魔法使いと言えば稲妻バリバリでやたら攻撃的なイメージが先行するが、
これに関しては殆ど最近で某指輪にまつわる物語の灰色賢者がその走りらしい。
パチュリーさんはもっと地味ぃぃぃな魔法を多用すべきだと思う(ゲームにおいては画面映えせんが……)。
悪い魔法使いとか魔女なんかもそうだな。
これらのイメージは中世後半(13~14世紀)と比較的新しく、
それ以前だと某一神教内で魔法の使い手が居たとのこと。
ちなみに魔法使いと言えば稲妻バリバリでやたら攻撃的なイメージが先行するが、
これに関しては殆ど最近で某指輪にまつわる物語の灰色賢者がその走りらしい。
パチュリーさんはもっと地味ぃぃぃな魔法を多用すべきだと思う(ゲームにおいては画面映えせんが……)。
>某指輪にまつわる物語の灰色賢者
でもあの方基本は杖振り回してぶん殴ってただけのような…
でもあの方基本は杖振り回してぶん殴ってただけのような…
>>886
北アフリカからヨーロッパに伝わった防具には
アダーガという「正面に剣、上下に槍のついた盾」があってな
すでに防御用の盾じゃなくて攻撃用の武器じゃないかという
そういや初代ガンダムの当時ごろだたったか
タカラが遮光土偶モチーフのミクロマン出してたな……
げにカオスな昭和キャラ玩具の世界
北アフリカからヨーロッパに伝わった防具には
アダーガという「正面に剣、上下に槍のついた盾」があってな
すでに防御用の盾じゃなくて攻撃用の武器じゃないかという
そういや初代ガンダムの当時ごろだたったか
タカラが遮光土偶モチーフのミクロマン出してたな……
げにカオスな昭和キャラ玩具の世界
>>888
>地味な
乳牛のミルクの出を悪くしたり
ドアのところでつまづかせたり
で、魔女刈りに
浮かんでくるかどうか水中に沈められるパッチェさん
腹がパンパンになるまで水をのまされるパッチェさん
一見いつもどおりの髪型なのにめくってみると後頭部だけ刈り上げにされるパッチェさん
>地味な
乳牛のミルクの出を悪くしたり
ドアのところでつまづかせたり
で、魔女刈りに
浮かんでくるかどうか水中に沈められるパッチェさん
腹がパンパンになるまで水をのまされるパッチェさん
一見いつもどおりの髪型なのにめくってみると後頭部だけ刈り上げにされるパッチェさん
ルーマニアあたりにいる現代の実在の魔女といったら
実態はコンサルティングもどきの占い師なのだが
魔理沙が幻想郷を出たらただの手品師
アリスはお人形職人
パチュは化学科の大学院生になってしまうのか
実態はコンサルティングもどきの占い師なのだが
魔理沙が幻想郷を出たらただの手品師
アリスはお人形職人
パチュは化学科の大学院生になってしまうのか
ゲド戦記(もちろん原作)でも、魔法は世界のバランスを崩すとかで
使わなければ使わないほど良いって考えで、後半の巻になると
魔法を使えないお爺ちゃんが頑張る話になってたような
使わなければ使わないほど良いって考えで、後半の巻になると
魔法を使えないお爺ちゃんが頑張る話になってたような
まあメタな言い方すれば、魔法(超常現象)による遠距離攻撃で蹂躙できるなら近接要員(剣などが主武器の主人公)なんていらないわけで…
だから生活が便利になる程度の微妙なものになるか、制限がきつくて肝心な時に役に立たないものになるかのどっちかなんじゃないかと
現代日本の創作物じゃインフレの果てに「蹂躙します」「軽減します」「超威力で耐性貫通します」「そもそも無効にします」「むしろ剣から飛び道具が出ます」とインフレしてほぼ弓矢と変わらない扱いだが
だから生活が便利になる程度の微妙なものになるか、制限がきつくて肝心な時に役に立たないものになるかのどっちかなんじゃないかと
現代日本の創作物じゃインフレの果てに「蹂躙します」「軽減します」「超威力で耐性貫通します」「そもそも無効にします」「むしろ剣から飛び道具が出ます」とインフレしてほぼ弓矢と変わらない扱いだが
まぁ、アレなイメージは失墜した権威を取り戻すため当時の某一神教が押し付けたものだから、
本来の魔女は占い師や巫女とか知恵者の類で問題無い。
ただし当時の基準だと、
女性が手品師や人形職人、大学生なんかやってたら十分魔女である。
それぐらいに酷い。
本来の魔女は占い師や巫女とか知恵者の類で問題無い。
ただし当時の基準だと、
女性が手品師や人形職人、大学生なんかやってたら十分魔女である。
それぐらいに酷い。
何せ「罪深きもの、汝の名は女なり」って教義だから修道女たちはガリガリに痩せて「男に近くなる」ように励んでいたし
「女はその迷信、情欲、欺瞞、軽佻において男を凌駕し、力の弱さを悪魔との結託で補い復讐を遂げる」なんて断言してる十五世紀に二人の修道士が書いた『魔女の槌』って本が教皇の推薦を受け大ベストセラーになってるし
「女はその迷信、情欲、欺瞞、軽佻において男を凌駕し、力の弱さを悪魔との結託で補い復讐を遂げる」なんて断言してる十五世紀に二人の修道士が書いた『魔女の槌』って本が教皇の推薦を受け大ベストセラーになってるし
◆ 其の二十七(スレ27)>>287–299
EU「そんな事やってる暇があったら借金返せよ!」
日本は神社が日本中にあって普通に運用されてる訳で、
強い信仰ではないけれども多神教は健在なのよね
日本は神社が日本中にあって普通に運用されてる訳で、
強い信仰ではないけれども多神教は健在なのよね
古代ギリシアやローマでは、日本のように、
あやかりたいご利益のある神様の祀られた神殿へ参拝者が訪れてたそうだね
あやかりたいご利益のある神様の祀られた神殿へ参拝者が訪れてたそうだね
ルルドの泉みたいにヨーロッパの聖地はなんか深刻とゆうかマジなのが多いね。
日本やローマは娯楽のお祭り的要素もあったらしいから
日本やローマは娯楽のお祭り的要素もあったらしいから
無宗教ってなんだよ
無神論者がマイナスなら、無宗教はゼロ
宗教に関する主義主張がニュートラルって感じだったような
宗教に関する主義主張がニュートラルって感じだったような
大体の日本人は無神論者をゼロとして捉えてる気がする
日本人的な感覚からすると完全な無神論者も居なさそうではあるけど
何にでも神の存在を当て嵌めて考えようとするし神仏に祈願する行事を暦に入れて休日にしたり
言うなれば無宗教とは「無宗派」教なのね
何にでも神の存在を当て嵌めて考えようとするし神仏に祈願する行事を暦に入れて休日にしたり
言うなれば無宗教とは「無宗派」教なのね
日本における無宗教の無は無差別とかの意味になってるよなあ
無差別つっても何でも取り入れるわけじゃないけどな
オウム事件以来新興宗教に対する目が厳しくなったし最近はISのせいででイスラム教徒に対する偏見の芽も生まれていきている
オウム事件以来新興宗教に対する目が厳しくなったし最近はISのせいででイスラム教徒に対する偏見の芽も生まれていきている
それはそうか、不特定ってのが近いのかな
多くの日本人には一神教が致命的に合わないやな
完全無欠とか全知全能に対して懐疑的と言うか
戦国時代にも宣教師に対して農民ですらマシンガンツッコミしまくって
この国に布教は無理だと泣きを入れさせたとか
完全無欠とか全知全能に対して懐疑的と言うか
戦国時代にも宣教師に対して農民ですらマシンガンツッコミしまくって
この国に布教は無理だと泣きを入れさせたとか
バチカン公認「宣教師の墓場」だからな
◆ 其の二十五(スレ25)>>328–328
>>317
神様を信じてなくても幽霊(心霊現象)や呪いを 信じているひとはけっこういそうな気がする
欧米でも20年ほど前の調査で神の奇跡は信じないけど悪魔はいると思う、という若者の結果に関係者がショックを受けたそうな
神様を信じてなくても幽霊(心霊現象)や呪いを 信じているひとはけっこういそうな気がする
欧米でも20年ほど前の調査で神の奇跡は信じないけど悪魔はいると思う、という若者の結果に関係者がショックを受けたそうな
◆ 其の二十三(スレ23)>>875–879
西遊記は十牛図よろしく寓意、隠喩表現された仙道修行の手引書だって
怪しげだがそれなりに根拠もある説もあったりする。
丘長春(長春真人)作ってことはさすがにないだろうけど、
易経の卦と内容がなんとなく一致してたりするし
当然ながら天竺にお経を取りに行く話でもあるので仏教説話や
割と専門的な仏教内部での論争を下敷きに書かれたと思われるパロディとかもあったりで
少なくとも道教・仏教に詳しい人が骨子に肉を盛った形跡は感じられるような気がする。
仙桃がやたらとでてくるので、読んでると桃が食いたくなるので
天子ちゃんにお中元をもらえない外界の俺ら的には
中国産の桃の缶詰をお供に読むと楽しいかも。
丹毒? いいじゃないの、少しぐらい?
怪しげだがそれなりに根拠もある説もあったりする。
丘長春(長春真人)作ってことはさすがにないだろうけど、
易経の卦と内容がなんとなく一致してたりするし
当然ながら天竺にお経を取りに行く話でもあるので仏教説話や
割と専門的な仏教内部での論争を下敷きに書かれたと思われるパロディとかもあったりで
少なくとも道教・仏教に詳しい人が骨子に肉を盛った形跡は感じられるような気がする。
仙桃がやたらとでてくるので、読んでると桃が食いたくなるので
天子ちゃんにお中元をもらえない外界の俺ら的には
中国産の桃の缶詰をお供に読むと楽しいかも。
丹毒? いいじゃないの、少しぐらい?
◆ 其の二十三(スレ23)>>180–180
◆ 其の五(スレ5)>>461–465
一神教の神は多神教の神and妖怪と対極をなすものらしいぞ
一神教の神は人間の思考を超えた、思考の及ばないところで思考できる存在で、
妖怪は人間の思考を崩し、取り去った、思考の外の存在。
中沢新一さんの『神の発明』にそう書いてあった
もし唯一神が幻想入りしたら、……っていうかもう、している
思考するオブジェである人間が一人でもいるなら、唯一神は存在することになるから
一神教の神は人間の思考を超えた、思考の及ばないところで思考できる存在で、
妖怪は人間の思考を崩し、取り去った、思考の外の存在。
中沢新一さんの『神の発明』にそう書いてあった
もし唯一神が幻想入りしたら、……っていうかもう、している
思考するオブジェである人間が一人でもいるなら、唯一神は存在することになるから
あいつら普通に共存するよ
イギリスでキリストは共存してたし
インドでアッラーも共存してた様子
一神教とは言うけども勢力圏が広くならない限り結構普通に馴染むんだねぇ
「俺、宮廷に仕えるバリバリのイスラムだけど
サラスヴァティ神が大好きで定期的に参篭してるんだ・・・」
藩王国時代の楽師だけど、ペルシャ以外にこんなのが居るとは思わなかったわ
イギリスでキリストは共存してたし
インドでアッラーも共存してた様子
一神教とは言うけども勢力圏が広くならない限り結構普通に馴染むんだねぇ
「俺、宮廷に仕えるバリバリのイスラムだけど
サラスヴァティ神が大好きで定期的に参篭してるんだ・・・」
藩王国時代の楽師だけど、ペルシャ以外にこんなのが居るとは思わなかったわ
古を解るだけではなくて、古代人の知覚になれたらイイなあ
多神教の神をモンスターと英語表記する場合もあるからな
八百万を
八百万を
japanese monstersだっけ?
◆ 其の五(スレ5)>>466–468
血筋の問題で言ったら、宮内省黙っちゃいないからなぁ、皇室ネタは・・・
ギリシャ神話って日本神話って結構似た話あるな、オルフェウスとイザナギとか
ギリシャの神々ってすんげぇ俗人だよなぁ、リアルランスなゼウスにパルスィを悪化させたヘラとか
ヘパイトス、バッカスあたりは幻想郷に好まれそう、ハデスもディ○ニーだとDQNだが
オルフェウスのエピソードとか見ると割といい人ぽいし・・・
ただギリシャ神話加えると月のエピソードが凄い事なりそうだからなぁ、永琳達が月の都に
いったら、ニュクス、タナトス、モロス、ネメシス、ヒュノプスが「やぁこんにちわ」だし
アルテミスあたりと絶対衝突しそうだし
ふと思ったのが、デュオメディスの力を借りた霊夢が神奈子をフルボッコにする光景とかが浮かんだ
ギリシャ神話って日本神話って結構似た話あるな、オルフェウスとイザナギとか
ギリシャの神々ってすんげぇ俗人だよなぁ、リアルランスなゼウスにパルスィを悪化させたヘラとか
ヘパイトス、バッカスあたりは幻想郷に好まれそう、ハデスもディ○ニーだとDQNだが
オルフェウスのエピソードとか見ると割といい人ぽいし・・・
ただギリシャ神話加えると月のエピソードが凄い事なりそうだからなぁ、永琳達が月の都に
いったら、ニュクス、タナトス、モロス、ネメシス、ヒュノプスが「やぁこんにちわ」だし
アルテミスあたりと絶対衝突しそうだし
ふと思ったのが、デュオメディスの力を借りた霊夢が神奈子をフルボッコにする光景とかが浮かんだ
アルテミスほど潔癖で残酷なのが服着てるような女神もいないから
同じく潔癖な月の民とは割りと気が合うんじゃない?
同じく潔癖な月の民とは割りと気が合うんじゃない?
問題はどちらも相手を徹底的に見下すということだ
逆らうなら神でもふんじばる連中だし
逆らうなら神でもふんじばる連中だし