日本の妖怪と神様は紙一重っていうか
悪い神様=妖怪みたいな扱いじゃない?
妖怪の定義・零落した神
妖怪・怪異 › 妖怪論(定義・起源)
柳田国男の「妖怪は神が零落したもの」説と、小松和彦による「神と妖怪の双方向変容(夜刀の神の事例)」説の紹介。妖怪概念の歴史的変遷(江戸時代・鳥山石燕によるキャラクター化)。日本の神の定義が曖昧であることと、神・妖怪・鬼の境界の流動性。
◆ 其の壱(スレ1)>>50–74
>>50
妖怪という言葉自体が妖(あやかし)や物の怪の類の総称でしかない。
妖怪=悪いとも決まっていない。
ダイダラボッチ辺りは悪意が無い類の典型で、
秋田の横手の干拓に関してはこいつの手伝いがあったなんて話さえ出てくる。
妖怪という言葉自体が妖(あやかし)や物の怪の類の総称でしかない。
妖怪=悪いとも決まっていない。
ダイダラボッチ辺りは悪意が無い類の典型で、
秋田の横手の干拓に関してはこいつの手伝いがあったなんて話さえ出てくる。
重要な語句が抜けてるんで訂正ついでに補足
訂正
×秋田の横手
○秋田の横手盆地
ちなみに横手盆地と言っても判り辛いんで判り易く言うと、
河辺郡、仙北郡、平鹿郡、雄勝郡辺りの事。
日本有数の穀倉地帯であり、30万人以上が暮らす地域だが、
昔は鳥の海と呼ばれる湖であり、これを干拓して現在に至るとされてる。
そしてこの干拓工事において、ダイダラボッチは
「右足を奥羽山脈の長者森に、左足は出羽山地の八沢木において手で水をかき出し泥をすくった」
とされていおり、干拓を手伝った後に「太平山(秋田市)の森へ去っていった」とある。
訂正
×秋田の横手
○秋田の横手盆地
ちなみに横手盆地と言っても判り辛いんで判り易く言うと、
河辺郡、仙北郡、平鹿郡、雄勝郡辺りの事。
日本有数の穀倉地帯であり、30万人以上が暮らす地域だが、
昔は鳥の海と呼ばれる湖であり、これを干拓して現在に至るとされてる。
そしてこの干拓工事において、ダイダラボッチは
「右足を奥羽山脈の長者森に、左足は出羽山地の八沢木において手で水をかき出し泥をすくった」
とされていおり、干拓を手伝った後に「太平山(秋田市)の森へ去っていった」とある。
>>51の言う通りで、一口に妖怪と言っても
民間伝承から生まれたもの、器物が魂を得たなんてシンプルな発想のものから
理解出来ない不可思議な現象に対する説明から生まれたもの、
存在自体が寓意やメタファーだの言葉遊びだったりするもの等々
いくつも起源があるんだよな。
その中に「神が磊落した姿」ってのもある(この説は否定する向きもあるらしいが
よく知らん)。まぁこの文から見ても解るように神と妖怪は等号じゃ結べないな。
神の眷属扱いされてる妖怪はあるようだけど。
民間伝承から生まれたもの、器物が魂を得たなんてシンプルな発想のものから
理解出来ない不可思議な現象に対する説明から生まれたもの、
存在自体が寓意やメタファーだの言葉遊びだったりするもの等々
いくつも起源があるんだよな。
その中に「神が磊落した姿」ってのもある(この説は否定する向きもあるらしいが
よく知らん)。まぁこの文から見ても解るように神と妖怪は等号じゃ結べないな。
神の眷属扱いされてる妖怪はあるようだけど。
>>39
神様の名前には意味があるんじゃないかな
神話で出番のある由緒正しい?神様だし
サルタヒコの奥さんのアメノウズメを祖にしていた猿女君っていう氏族があるんだけど
稗田阿礼は猿女君の末裔じゃないかっていう説があるらしい
神様の名前には意味があるんじゃないかな
神話で出番のある由緒正しい?神様だし
サルタヒコの奥さんのアメノウズメを祖にしていた猿女君っていう氏族があるんだけど
稗田阿礼は猿女君の末裔じゃないかっていう説があるらしい
>>55
鳥海山の手長足長は人を食う悪鬼の類だね。
鳥海山の神が足が三本ある鴉(八咫烏)を遣わせて、
手長足長が出るときは「有耶」、出ないときは「無耶」と鳴いたので
山形と秋田の県境の三崎峠を有耶無耶の関と言ったそうだ。
で、言われて思い出したんだが、
この手長足長こそ、地方によって大きく違う妖怪だな。
諏訪大社の系統だと諏訪明神(=建御名方神(東方では神奈子))の
配下として神社に祀ってるし、
不老長寿の神仙としての手長足長の絵を天皇の御所に書いたなんて話もある。
鳥海山の手長足長は人を食う悪鬼の類だね。
鳥海山の神が足が三本ある鴉(八咫烏)を遣わせて、
手長足長が出るときは「有耶」、出ないときは「無耶」と鳴いたので
山形と秋田の県境の三崎峠を有耶無耶の関と言ったそうだ。
で、言われて思い出したんだが、
この手長足長こそ、地方によって大きく違う妖怪だな。
諏訪大社の系統だと諏訪明神(=建御名方神(東方では神奈子))の
配下として神社に祀ってるし、
不老長寿の神仙としての手長足長の絵を天皇の御所に書いたなんて話もある。
>>53
妖怪は「神が零落したもの」だと主張したのは柳田國男。
で、これだと一方通行なんだけど、小松和彦って学者が
「祭られなくなった神が妖怪化したり、逆に妖怪が祭られて神になったりすることもある」
と主張したんだったと記憶。その時事例に挙がってたのは夜刀の神だったかな。
確かに妖怪=悪と一概には言えなくて、
歌人が思いついて詠んだ歌に感動して下の句をつけた鬼の話なんかもあるし。
江戸時代になっちゃえばもう、黄表紙の妖怪とかは
幻想郷の住人と大差ないくらいノンキな連中になっちゃうしねぇw
妖怪は「神が零落したもの」だと主張したのは柳田國男。
で、これだと一方通行なんだけど、小松和彦って学者が
「祭られなくなった神が妖怪化したり、逆に妖怪が祭られて神になったりすることもある」
と主張したんだったと記憶。その時事例に挙がってたのは夜刀の神だったかな。
確かに妖怪=悪と一概には言えなくて、
歌人が思いついて詠んだ歌に感動して下の句をつけた鬼の話なんかもあるし。
江戸時代になっちゃえばもう、黄表紙の妖怪とかは
幻想郷の住人と大差ないくらいノンキな連中になっちゃうしねぇw
人に益を齎す人外を神ないし精霊と呼んで
人に害を齎す人外を鬼ないし妖怪と呼ぶのでは
人に害を齎す人外を鬼ないし妖怪と呼ぶのでは
零落した神については諸星大二郎の妖怪ハンターとか読むと雰囲気が伝わってくるかもと思って本棚から引っ張り出したけど、
よく読んでみたらいまいちしっくりくる話がなかった。鬼とも神ともつかないものがかつて異界から富をもたらしていた、って話ならちらほらあったけど。
(以下余計なこと)
…>53はけっこう教養がある人物と見受けるので、細かいことツッコんでも怒らなさそうだから言ってみるけど、
磊落と零落だとかなりニュアンスが違うんだぜ
よく読んでみたらいまいちしっくりくる話がなかった。鬼とも神ともつかないものがかつて異界から富をもたらしていた、って話ならちらほらあったけど。
(以下余計なこと)
…>53はけっこう教養がある人物と見受けるので、細かいことツッコんでも怒らなさそうだから言ってみるけど、
磊落と零落だとかなりニュアンスが違うんだぜ
>>60
レスした後で気付いたよorz
磊落だと豪放磊落とかそっち方面の意味に・・・
ちょっと寺子屋で補習受けて来る。
>>59
少なくとも妖怪=害悪でないことは確か。
座敷童子なんかがいい例。まぁあれは単純に妖怪と呼びづらいところはあるけど。
もう少し実情に近づけるなら、「怪異を起こす人外」になるのかね。
起こすというか殆どの妖怪は存在それ自体が怪異だけども。
レスした後で気付いたよorz
磊落だと豪放磊落とかそっち方面の意味に・・・
ちょっと寺子屋で補習受けて来る。
>>59
少なくとも妖怪=害悪でないことは確か。
座敷童子なんかがいい例。まぁあれは単純に妖怪と呼びづらいところはあるけど。
もう少し実情に近づけるなら、「怪異を起こす人外」になるのかね。
起こすというか殆どの妖怪は存在それ自体が怪異だけども。
というか、説明できない事柄、言い伝え等の怪異の総称が妖怪という言葉。
本来、怪異を成す何者かを指すのではなく、怪異そのものを妖怪と言うんだよ。
で、そのうち「これって神様のおかげじゃね?」となった物が神様の担当になるんだ。
妖怪にキャラクタ性が付き、今の形になったは江戸時代、鳥山石燕の辺りからだ。
本来、怪異を成す何者かを指すのではなく、怪異そのものを妖怪と言うんだよ。
で、そのうち「これって神様のおかげじゃね?」となった物が神様の担当になるんだ。
妖怪にキャラクタ性が付き、今の形になったは江戸時代、鳥山石燕の辺りからだ。
江戸時代以前にも「固有のキャラクターを持つ『化け物』」は全国各地で語られていた
それを妖怪と呼ぶようになったのが江戸時代以降
それを妖怪と呼ぶようになったのが江戸時代以降
まぁ、鬼神って言う言葉もあるくらいだしな。
詳しい事は解らないけど、>>63が言う様に妖怪と云う言葉自体も近代からの分類でしょ。
偏った分類の仕方をするなら神と名が付くほどの力を持たない物を怪異(妖怪)とする。
と見られなくもないけど、
そうすっと、釜戸神、箒神、便所神辺りはどうなのかなと。
あと、ダイダラボッチとか天狗は神様にする文献もあったり。
明確に分類しない事の方が多いけど。
詳しい事は解らないけど、>>63が言う様に妖怪と云う言葉自体も近代からの分類でしょ。
偏った分類の仕方をするなら神と名が付くほどの力を持たない物を怪異(妖怪)とする。
と見られなくもないけど、
そうすっと、釜戸神、箒神、便所神辺りはどうなのかなと。
あと、ダイダラボッチとか天狗は神様にする文献もあったり。
明確に分類しない事の方が多いけど。
>>64
嵯峨天皇の時代、天王が病を患ったので空海が占ったところ
東寺を建てるときに稲荷山の木を伐ったというので稲荷神が障っているようだった
その後、朝廷は稲荷社に神階を贈りって謝罪し、病は平癒した
天皇を祟ったにも拘らず鬼神とも障碍神とも呼ばれてない
こういう事例もある
嵯峨天皇の時代、天王が病を患ったので空海が占ったところ
東寺を建てるときに稲荷山の木を伐ったというので稲荷神が障っているようだった
その後、朝廷は稲荷社に神階を贈りって謝罪し、病は平癒した
天皇を祟ったにも拘らず鬼神とも障碍神とも呼ばれてない
こういう事例もある
とりあえず東方的には人間以外の知恵の有る存在は
神も含めて大雑把に妖怪として分類して良いんだよな?
で、その中に天津神やら国津神やらの種族としての神とか
別の種族(河童やら天狗やら)が信仰とかで
神と呼ばれるようになった妖怪(この場合一部地域のみや特定の個体のみ)
がいると思っても大丈夫だろうか?
神も含めて大雑把に妖怪として分類して良いんだよな?
で、その中に天津神やら国津神やらの種族としての神とか
別の種族(河童やら天狗やら)が信仰とかで
神と呼ばれるようになった妖怪(この場合一部地域のみや特定の個体のみ)
がいると思っても大丈夫だろうか?
少し長い文を書き込むとsage忘れる俺を許してください…
>>67
種族としての妖怪と神は明確に分けられている。
設定周りのテクストにもこれら種族は明記されてる。
神と妖怪間の力関係においては、神が一方的に強いとはされていないので、
どこまでが妖怪でどこから神って区分けになってないだけだな。
具体的には妖怪である紫よりも力量的に色々足りない秋姉妹も、
あれでも一応神だから。
種族としての妖怪と神は明確に分けられている。
設定周りのテクストにもこれら種族は明記されてる。
神と妖怪間の力関係においては、神が一方的に強いとはされていないので、
どこまでが妖怪でどこから神って区分けになってないだけだな。
具体的には妖怪である紫よりも力量的に色々足りない秋姉妹も、
あれでも一応神だから。
逆に東方的に考えない場合、上でも散々言われてる通り、
妖怪と神との違いはそれほど明確ではない。
長年使ってきた道具が化けた妖怪を憑喪神と言ったりもするしな。
妖怪と神との違いはそれほど明確ではない。
長年使ってきた道具が化けた妖怪を憑喪神と言ったりもするしな。
コーリン堂の、霊夢や魔理沙が体調崩して、やれお札がどうとか欠けた陶器がどうとかいう話で
神様についての詳しい話がされてたような・・・。
それはともかく、>>59みたいな区分けは絶対ではなく
むしろ『俺の屍を越えてゆけ』みたいに、神様が鬼(妖怪)に身をやつしてしまったり
逆に鬼(妖怪)が奉られたり邪気が抜けたりで神様に昇格したりするんだよな?
魅魔様の神霊うんぬんもそんな感じで実現するっぽいし・・・。
神様についての詳しい話がされてたような・・・。
それはともかく、>>59みたいな区分けは絶対ではなく
むしろ『俺の屍を越えてゆけ』みたいに、神様が鬼(妖怪)に身をやつしてしまったり
逆に鬼(妖怪)が奉られたり邪気が抜けたりで神様に昇格したりするんだよな?
魅魔様の神霊うんぬんもそんな感じで実現するっぽいし・・・。
日本の神の定義は、本居宣長のこれに尽きる
「尋常ならず優れたる徳のありて、可畏き物を神という。優れたるとは、尊きこと善きこと、雄々しきことなどの、
優れたるのみを言うにあらず、悪きもの奇しきものなども、世に優れて可畏きを神というなり」(古事記伝)
「尋常ならず優れたる徳のありて、可畏き物を神という。優れたるとは、尊きこと善きこと、雄々しきことなどの、
優れたるのみを言うにあらず、悪きもの奇しきものなども、世に優れて可畏きを神というなり」(古事記伝)
元来『神』というのは人知の及ばぬ人外を指す、許容範囲がやたら広い言葉で
妖怪や鬼も祟り神や鬼神としてカテゴライズされている。
それが人間に祭り上げられたら「神様」として、特別にもてはやされているだけの話。
冬の妖怪レティと秋の神様、秋姉妹の違いはここにあると思う。
妖怪や鬼も祟り神や鬼神としてカテゴライズされている。
それが人間に祭り上げられたら「神様」として、特別にもてはやされているだけの話。
冬の妖怪レティと秋の神様、秋姉妹の違いはここにあると思う。
◆ 其の六(スレ6)>>602–604
>>496
何も妖怪は動物だけではない
動物の種類については未知の部分は狭くなってきてるだろうからな
現在妖怪の住処は人の心や、隣に住む他人、あるいは科学の領域に移っているのさ
妖怪はその時代の人間の関心事、恐怖の対象を映し出すものだからね
何も妖怪は動物だけではない
動物の種類については未知の部分は狭くなってきてるだろうからな
現在妖怪の住処は人の心や、隣に住む他人、あるいは科学の領域に移っているのさ
妖怪はその時代の人間の関心事、恐怖の対象を映し出すものだからね
口裂け女みたいな江戸時代から現役の妖怪もいるし妖怪は完全に滅びそうも無いね
◆ 其の八(スレ8)>>57–63
テレビ番組見ていたら、人が山で迷うのも科学解明されていたから、そろそろ
迷わせる妖怪も幻想入りか、結構聞くよな山で迷うのは妖怪のせいって
迷わせる妖怪も幻想入りか、結構聞くよな山で迷うのは妖怪のせいって
道迷いは磁場のせいって聞いた事があるんで、磁場を乱す程度の能力を持った妖怪が出て来ない限りはまだ幻想入りじゃないんじゃないかな?
道で迷うのは妖精の仕業だよ
明治時代だと、まだ怪異は残っていて
狐に化かされた~とかが新聞に載ったりもしてたんだよなぁ・・・。
狐に化かされた~とかが新聞に載ったりもしてたんだよなぁ・・・。
今だって神隠しの話はたまに新聞に載りますぜ
もっとも、それを真に受ける人は減ってきちゃってるだろうけど
もっとも、それを真に受ける人は減ってきちゃってるだろうけど
ああいう新聞の神隠しって言葉はただの失踪の意味しか持ってないだろ
さすがに化け猫と寝た~とか女鬼に追いかけられた~とか
今じゃ胡散臭い新聞にしか載らないような記事も普通の新聞に載ってたんだぜw
ただ大正や昭和になると、新聞に載せられるモノの中で正体不明の怪物っていう分類のモノが減ってくる感じ。
そういったのと比べると神隠しなんて、特別取り上げるような記事ですらなかったんじゃないかとw
今じゃ胡散臭い新聞にしか載らないような記事も普通の新聞に載ってたんだぜw
ただ大正や昭和になると、新聞に載せられるモノの中で正体不明の怪物っていう分類のモノが減ってくる感じ。
そういったのと比べると神隠しなんて、特別取り上げるような記事ですらなかったんじゃないかとw
◆ 其の九(スレ9)>>655–664
>>652
でもはやぶさのAAって人格持ったの多いよね
所詮機械と言った所で物であるには変わらなく、
物であるならそこに意思を見出しても全く問題無い気がするんだがなぁ。
まぁはやぶさの内部構造や製作過程を詳細に知っているならば又話も違うかもしれないが、
それはただその人の物自身に対する思い入れの問題じゃないかな?
でもはやぶさのAAって人格持ったの多いよね
所詮機械と言った所で物であるには変わらなく、
物であるならそこに意思を見出しても全く問題無い気がするんだがなぁ。
まぁはやぶさの内部構造や製作過程を詳細に知っているならば又話も違うかもしれないが、
それはただその人の物自身に対する思い入れの問題じゃないかな?
物に対する人の思い入れってのを、付喪神って言うんだぜ
愛着に時間の長短なんざ関係ねぇさ
愛着に時間の長短なんざ関係ねぇさ
付喪神と言う概念を考える上で時間の経過は無視出来るものじゃないよ
付喪=つくも=九十九で九十九は長い年月を表す言葉だからね
付喪神としてのはやぶさも考えてたんだけど…悲しいかな、はやぶさは燃え尽きてしまったのよね…
付喪=つくも=九十九で九十九は長い年月を表す言葉だからね
付喪神としてのはやぶさも考えてたんだけど…悲しいかな、はやぶさは燃え尽きてしまったのよね…
>>651
兎は住吉の使い神にもいるのか……
てゐ辺りがやたら知った風な口聞いてたのは住吉-兎-てゐラインか?
そんなん何やってるかばればれだったのかもw
曲テーマが八幡様だったり大国主と面識が有ったりなんて兎だw
兎は住吉の使い神にもいるのか……
てゐ辺りがやたら知った風な口聞いてたのは住吉-兎-てゐラインか?
そんなん何やってるかばればれだったのかもw
曲テーマが八幡様だったり大国主と面識が有ったりなんて兎だw
>>659
その通りだと思うよ人であろうと、物であろうと、実体がなかろうと神になれる、ただ条件は必要だ
電電宮は雷神を電波の祖神として祀り上げている所なんだよね実は
重要なのは電波が神として崇められてるのではなくこの場合は雷神の信仰ととるべきだろうね
どうも私は知識が神道に偏っているからかみょんな視点でしか物事を語っていないねスマナイ
その通りだと思うよ人であろうと、物であろうと、実体がなかろうと神になれる、ただ条件は必要だ
電電宮は雷神を電波の祖神として祀り上げている所なんだよね実は
重要なのは電波が神として崇められてるのではなくこの場合は雷神の信仰ととるべきだろうね
どうも私は知識が神道に偏っているからかみょんな視点でしか物事を語っていないねスマナイ
そういえば祖先崇拝とか祖霊信仰みたいに祖先を神として
祀ったりする風習は幻想郷にはないのかな?
もしそうした風習があるとすれば子孫に祀られた霊達はどうなるんだろう?
祀られるのが死後、つまり三途の川を渡った後だと考えると
あの世で神霊になるんかな?
祀ったりする風習は幻想郷にはないのかな?
もしそうした風習があるとすれば子孫に祀られた霊達はどうなるんだろう?
祀られるのが死後、つまり三途の川を渡った後だと考えると
あの世で神霊になるんかな?
一本の剣とその剣が神格化されたカミを祭る神社があるのに
なんで人間が人間の技術で作ったものを神様にしちゃいけないのかわからない
その剣も特に大蛇の尻尾から出てきたとかの云われもなくて普通に戦争で使ったものだぞ?
刀鍛冶は製法を知り尽くしてるからその神様を神様扱いできないとかそんなわけあるかよ
むしろ技術の高度な積み重ねの中に偶然性や神性が出てくるものだと思う
どっかの粒子加速器が破魔矢やお札でデコレートされてたって話もあるが
理系の研究で実験やったことある奴は実験がうまく行くように本当に「祈った」ことあるだろ
プログラミングで別に仕様には定められてなくとも後でトラブルがの種にならないように
ほんのちょっとだけ書き方に気をつけることを「おまじない」と言うが
はやぶさの設計もそのお呪いが積み重なった結果だと思う
実験じゃなくて理論やってる奴はまた感覚が違うと思うが
リーマン予想と素数の話とか完全に計算可能な数字の中に神の存在を感じることはあるだろ
なんで人間が人間の技術で作ったものを神様にしちゃいけないのかわからない
その剣も特に大蛇の尻尾から出てきたとかの云われもなくて普通に戦争で使ったものだぞ?
刀鍛冶は製法を知り尽くしてるからその神様を神様扱いできないとかそんなわけあるかよ
むしろ技術の高度な積み重ねの中に偶然性や神性が出てくるものだと思う
どっかの粒子加速器が破魔矢やお札でデコレートされてたって話もあるが
理系の研究で実験やったことある奴は実験がうまく行くように本当に「祈った」ことあるだろ
プログラミングで別に仕様には定められてなくとも後でトラブルがの種にならないように
ほんのちょっとだけ書き方に気をつけることを「おまじない」と言うが
はやぶさの設計もそのお呪いが積み重なった結果だと思う
実験じゃなくて理論やってる奴はまた感覚が違うと思うが
リーマン予想と素数の話とか完全に計算可能な数字の中に神の存在を感じることはあるだろ
◆ 其の十(スレ10)>>485–503
東方の妖怪も人間に依存した生物と考えることができるな
ちょっと形が違うけれど
ちょっと形が違うけれど
そういえば妖怪はいつから人間に依存した存在として書かれるようになってんだろう
水木しげるの妖怪辞典だと、特に人間に害も益も与えない妖怪がいくつもいて(油すましとか、えんらえんらとか)
それが逆に人知で計れない感じがして不気味だったなあ
水木しげるの妖怪辞典だと、特に人間に害も益も与えない妖怪がいくつもいて(油すましとか、えんらえんらとか)
それが逆に人知で計れない感じがして不気味だったなあ
人間がいないと存在できない程度の存在
拡大解釈で神や悪魔まで適応できうるテンプレ
拡大解釈で神や悪魔まで適応できうるテンプレ
強すぎる人間原理という感じだな。
日本狼なんて、柴犬大位の大きさで大きな群れを作らないらしいから良かったんだろうな。
だから神様扱いにもなった。アメリカンなサイズだったら無理だったろうな。怖いし。
だから神様扱いにもなった。アメリカンなサイズだったら無理だったろうな。怖いし。
>492
まぁ人間(観測者)の存在しないような宇宙は存在しないという
発想だからねぇ。
つか、もともとは「この宇宙」がなぜ人間の存在を許すような偶然で
なりたっているか?という疑問への回答なので、トートロジーっぽくも
あるけれど。
まぁ人間(観測者)の存在しないような宇宙は存在しないという
発想だからねぇ。
つか、もともとは「この宇宙」がなぜ人間の存在を許すような偶然で
なりたっているか?という疑問への回答なので、トートロジーっぽくも
あるけれど。
人類が出現する前は妖怪はいなかったのか
永琳は人類登場以前からいたっぽいし、多分他の天津神もだろう
妖怪は不明、だけど永琳の言説を字義通り考えると妖怪は人間より後だよ
妖怪は不明、だけど永琳の言説を字義通り考えると妖怪は人間より後だよ
自然神はともかく、もっぱら住居の一部に宿る神様とかは人間に依存してる気がする
そういやトイレの神様って、あれ元は何を指してんだ
そういやトイレの神様って、あれ元は何を指してんだ
神とか妖怪とか認識するのが人間だとすれば、
人類出没前は妖怪はおろか神も存在しなかったろうね。
ただ、自然現象などに人格を付与したタイプの神や妖怪は、
地球誕生辺りから居たってことになるんだろうなぁ。
人類出没前は妖怪はおろか神も存在しなかったろうね。
ただ、自然現象などに人格を付与したタイプの神や妖怪は、
地球誕生辺りから居たってことになるんだろうなぁ。
中国でのトイレの神様が女性だってのは聞いたことあるな
詳しくは忘れたけど
詳しくは忘れたけど
日本だと烏枢沙摩(うすさま)明王(=インドの火神アグニ)だから男だけれど
神道の一部では水神・ミヅハノメや土神・ハニヤマ
仏教では烏枢沙摩明王
民間伝承では目や手のない神だったり女神だったり
妊婦が便所掃除すると美人が生まれ、汚くすると不具児が生まれるという伝承は昔からあったらしい
中国では紫姑神ってのがいるらしいね
仏教では烏枢沙摩明王
民間伝承では目や手のない神だったり女神だったり
妊婦が便所掃除すると美人が生まれ、汚くすると不具児が生まれるという伝承は昔からあったらしい
中国では紫姑神ってのがいるらしいね
>>499
糞でできた敵の城を飲み込んだから厠の神様って、よくわかるようなよくわからんような…
糞でできた敵の城を飲み込んだから厠の神様って、よくわかるようなよくわからんような…
>>501
アグニは火神だから、あらゆる不浄を火力で浄化する
そういうことらしい
あと妖怪でなにかいたよな・・・
そう思って調べたら加牟波理入道(がんばりにゅうどう)というそうだ
呪文は「がんばりにゅうどう、ほととぎす」らしい
ホトトギスは不吉な鳥で、閻魔様の元に居る鳥、十王鳥が現世に来たものとか
食べ物を巡る一時の激情で弟を殺してしまった兄が、悔悟の余り化身したとか
鳥や蝶々(あるいは大型の蛾)は死者の化身という考えは世界に広くあり、
日本でも夜哭く鳥は畏怖の対象だった(だから夜雀なんてものがある)
北アフリカではチプミというヤママユガに似た大型の蛾が、
幼虫は生や干物で食用としてもてはやされ(周期的に大発生し、商人たちも訪れて臨時の市が立ち、
地元民はお祭り状態で大忙しとなり、幼虫集めまくれば大儲けも夢ではないそうだw)
成虫は、夜、アカシヤの林を音もなく白い羽を拡げて飛び、精霊の化身、祖霊の使いとされる
アグニは火神だから、あらゆる不浄を火力で浄化する
そういうことらしい
あと妖怪でなにかいたよな・・・
そう思って調べたら加牟波理入道(がんばりにゅうどう)というそうだ
呪文は「がんばりにゅうどう、ほととぎす」らしい
ホトトギスは不吉な鳥で、閻魔様の元に居る鳥、十王鳥が現世に来たものとか
食べ物を巡る一時の激情で弟を殺してしまった兄が、悔悟の余り化身したとか
鳥や蝶々(あるいは大型の蛾)は死者の化身という考えは世界に広くあり、
日本でも夜哭く鳥は畏怖の対象だった(だから夜雀なんてものがある)
北アフリカではチプミというヤママユガに似た大型の蛾が、
幼虫は生や干物で食用としてもてはやされ(周期的に大発生し、商人たちも訪れて臨時の市が立ち、
地元民はお祭り状態で大忙しとなり、幼虫集めまくれば大儲けも夢ではないそうだw)
成虫は、夜、アカシヤの林を音もなく白い羽を拡げて飛び、精霊の化身、祖霊の使いとされる
>>495
そういえば妖怪はその存在を精神的な部分に依存している、という設定があったよな
そして逆に妖獣は人間含めた普通の動物と同じく、生体に依存しているんだったか
思うに人間の畏怖や信仰が先行してなければ存在出来ないのが妖怪で、
学術的な「種」で括られ、普通の動物と同じように存在しているのが妖獣だと考えてるんだが…
実際のところどうなんだろうか
そういえば妖怪はその存在を精神的な部分に依存している、という設定があったよな
そして逆に妖獣は人間含めた普通の動物と同じく、生体に依存しているんだったか
思うに人間の畏怖や信仰が先行してなければ存在出来ないのが妖怪で、
学術的な「種」で括られ、普通の動物と同じように存在しているのが妖獣だと考えてるんだが…
実際のところどうなんだろうか
◆ 其の十二(スレ12)>>156–170
妖怪の“記録”が飛躍的に増えるのも徳川時代だよね。
旨いものが食えたし、人は恐れおののいてくれる…。テリトリーも保障されて妖怪たちにはよい時代。
旨いものが食えたし、人は恐れおののいてくれる…。テリトリーも保障されて妖怪たちにはよい時代。
>>152
江戸時代は日本の文化がかなり発達したといわれてるよね。武術とかも、戦争が無くなって
行き場を失った武士(というか傭兵)たちが、食うに困ってあちこちで道場開き出したおかげで、
バラバラだった技術の整備や体系化が飛躍的に進んだといわれる。同時に合戦以外の一対一の技術
というのも今まで以上に研究されるきっかけになり花開いた。食にしろ武術にしろ、泰平(じっくり
研究する時間がもてる)ってのはやっぱ大事だね。逆に戦争ばっかの国は文化や伝統が伸びにくい。
江戸時代は日本の文化がかなり発達したといわれてるよね。武術とかも、戦争が無くなって
行き場を失った武士(というか傭兵)たちが、食うに困ってあちこちで道場開き出したおかげで、
バラバラだった技術の整備や体系化が飛躍的に進んだといわれる。同時に合戦以外の一対一の技術
というのも今まで以上に研究されるきっかけになり花開いた。食にしろ武術にしろ、泰平(じっくり
研究する時間がもてる)ってのはやっぱ大事だね。逆に戦争ばっかの国は文化や伝統が伸びにくい。
江戸時代の妖怪は小傘ちゃん系ばっかっていうか
あんまり恐れられてないような奴らばっかりじゃない?
でも七不思議とか割とガチだっけか
>>157
江戸時代の閉塞性をうちやぶったのが、戦国以来の気風を守り続けた
(と本人達が主張している)薩摩・長州・土佐だったのはちょっと皮肉だなとは思う
あんまり恐れられてないような奴らばっかりじゃない?
でも七不思議とか割とガチだっけか
>>157
江戸時代の閉塞性をうちやぶったのが、戦国以来の気風を守り続けた
(と本人達が主張している)薩摩・長州・土佐だったのはちょっと皮肉だなとは思う
>>157
戦国時代は戦争だらけ→文化が停滞した
江戸時代になって戦争がなくなった→文化が発展した
というのは、ちょっと短絡的なとらえ方すぎると思う。
戦争というのは、文化を揺籃する最大の出来事ともいえる。
例えば江戸時代になって発展した技術をいろいろ上げると。
1.建築――大建築が可能になった(cf.西本願寺御影堂など)
∵戦国時代の城郭建築技術の発展が基礎
2.測量――上記の建築や治水の基礎技術
∵戦国時代の野戦築城や偵察、検地などにより発展
3.土木――各地の大河川が治水され、灌漑された。
∵上記測量技術進歩もあり、まだ大名の富国強兵策によって発展
4.算学――江戸時代に飛躍的に発展し、世界で初めて行列式考案
∵戦国時代の、上記測量技術発展の中で算学の基礎がつくられる
5.鉱業――江戸時代には佐渡金山などで大増産達成
∵戦国時代の富国強兵策のなか、鉱山探索や技術発展が行われた
etc.etc.
江戸時代になって発展したとはいっても、それらは殆ど戦国時代に萌芽したものが多い。
つまり戦国時代に使われてた技術が、平和になってより広く使われるようになったわけだ。
個人的には、中世から近世の変革のなかで妖怪の概念もだいぶ変わったんじゃないかなと思ってる。
近世の妖怪って、中世以前と比べるとなんだか現実味がないイメージ。
戦国時代は戦争だらけ→文化が停滞した
江戸時代になって戦争がなくなった→文化が発展した
というのは、ちょっと短絡的なとらえ方すぎると思う。
戦争というのは、文化を揺籃する最大の出来事ともいえる。
例えば江戸時代になって発展した技術をいろいろ上げると。
1.建築――大建築が可能になった(cf.西本願寺御影堂など)
∵戦国時代の城郭建築技術の発展が基礎
2.測量――上記の建築や治水の基礎技術
∵戦国時代の野戦築城や偵察、検地などにより発展
3.土木――各地の大河川が治水され、灌漑された。
∵上記測量技術進歩もあり、まだ大名の富国強兵策によって発展
4.算学――江戸時代に飛躍的に発展し、世界で初めて行列式考案
∵戦国時代の、上記測量技術発展の中で算学の基礎がつくられる
5.鉱業――江戸時代には佐渡金山などで大増産達成
∵戦国時代の富国強兵策のなか、鉱山探索や技術発展が行われた
etc.etc.
江戸時代になって発展したとはいっても、それらは殆ど戦国時代に萌芽したものが多い。
つまり戦国時代に使われてた技術が、平和になってより広く使われるようになったわけだ。
個人的には、中世から近世の変革のなかで妖怪の概念もだいぶ変わったんじゃないかなと思ってる。
近世の妖怪って、中世以前と比べるとなんだか現実味がないイメージ。
これも個人的なイメージだが、
中世以前→「天狗じゃ!天狗のしわざじゃ!」
江戸時代→「天狗じゃwwww天狗のしわざじゃwwwww」
っていう変化があったんじゃないかと思ってる
中世以前→「天狗じゃ!天狗のしわざじゃ!」
江戸時代→「天狗じゃwwww天狗のしわざじゃwwwww」
っていう変化があったんじゃないかと思ってる
戦争は技術の革新が進む
何故ならば他国よりも技術的に優位になる必要があるから
太平は技術の改良が進む
何故ならば隠匿する必要がなくなったことで死蔵を惜しむ人間が民間へと普及させ
関わる人間が増えたことでより多角的に手を加えられるから
何故ならば他国よりも技術的に優位になる必要があるから
太平は技術の改良が進む
何故ならば隠匿する必要がなくなったことで死蔵を惜しむ人間が民間へと普及させ
関わる人間が増えたことでより多角的に手を加えられるから
>>159
>江戸時代になって発展したとはいっても、それらは殆ど戦国時代に萌芽したものが多い。
>つまり戦国時代に使われてた技術が、平和になってより広く使われるようになったわけだ。
いや、発展したなんて一言もいってないんだが。ちゃんと「バラバラだった技術の整備や体系化が飛躍的に
進んだといわれる」と書いてる。「使えりゃいいや」という個人芸のようなものが主流であった時代は、
その個人が死んでしまえばその戦法や得意技は失われ、また生きてる間でも技術を整理してまとめるような
ことはする必要がない。そういった意味で技術の精度とは別に、整合性や体系という面で武術として未熟だった
面がある。あなたがいったように「戦国時代に萌芽したもの」を刈り取って分類訳したり標本にしたりしたって
ことを言いたかったんだが・・・。まあ、俺の文章力が未熟な面も多々あるけど。
>江戸時代になって発展したとはいっても、それらは殆ど戦国時代に萌芽したものが多い。
>つまり戦国時代に使われてた技術が、平和になってより広く使われるようになったわけだ。
いや、発展したなんて一言もいってないんだが。ちゃんと「バラバラだった技術の整備や体系化が飛躍的に
進んだといわれる」と書いてる。「使えりゃいいや」という個人芸のようなものが主流であった時代は、
その個人が死んでしまえばその戦法や得意技は失われ、また生きてる間でも技術を整理してまとめるような
ことはする必要がない。そういった意味で技術の精度とは別に、整合性や体系という面で武術として未熟だった
面がある。あなたがいったように「戦国時代に萌芽したもの」を刈り取って分類訳したり標本にしたりしたって
ことを言いたかったんだが・・・。まあ、俺の文章力が未熟な面も多々あるけど。
>>160
たまたま今読んでる本によると、江戸時代には
知識人から見ると自然現象あるいは心理的な錯覚
庶民から見るとすでに物語やお芝居の世界の存在
みたいな感じだったらしいです
んで平安時代半ばくらいまでは怪現象→鬼の仕業→陰陽師出動
それ以降は怪現象→天狗の仕業→高僧出動みたいな感じだったとか
たまたま今読んでる本によると、江戸時代には
知識人から見ると自然現象あるいは心理的な錯覚
庶民から見るとすでに物語やお芝居の世界の存在
みたいな感じだったらしいです
んで平安時代半ばくらいまでは怪現象→鬼の仕業→陰陽師出動
それ以降は怪現象→天狗の仕業→高僧出動みたいな感じだったとか
>>164
なるほどこれは失礼いたしました。
発達→発展と早合点して誤読してしまったようです。
仰る通り、確かに江戸の初期になって、学問が体系化されたという側面は大きいと思う。
戦国時代に個人芸だったか、と言われると微妙かもしれない。
けれども、様々なところで使われていた技術が、江戸の太平の世になって、統合して解釈されたり、口伝が書き残されるようになったんだと思う。
一部では硬直化してしまっているものもあるけど、そういうのも含めてね。
個人的には、妖怪に対する観念ってのも時代の移り変わり≒価値観の移り変わりとだいたい一緒に変化するんじゃないかと思ってる。
天狗なんか、密教やら陰陽道やら修験やらに由来を持つあたり、どう見ても中世の価値観に依拠してるし。
なるほどこれは失礼いたしました。
発達→発展と早合点して誤読してしまったようです。
仰る通り、確かに江戸の初期になって、学問が体系化されたという側面は大きいと思う。
戦国時代に個人芸だったか、と言われると微妙かもしれない。
けれども、様々なところで使われていた技術が、江戸の太平の世になって、統合して解釈されたり、口伝が書き残されるようになったんだと思う。
一部では硬直化してしまっているものもあるけど、そういうのも含めてね。
個人的には、妖怪に対する観念ってのも時代の移り変わり≒価値観の移り変わりとだいたい一緒に変化するんじゃないかと思ってる。
天狗なんか、密教やら陰陽道やら修験やらに由来を持つあたり、どう見ても中世の価値観に依拠してるし。
妖怪っていう概念(言葉)が広く一般に知れわたったのは江戸時代だからね
妖怪って言葉が広く使われるようになったのは、明治以降だな
井上円了とか研究者が使うようになってから一般にも浸透したんだっけ
井上円了とか研究者が使うようになってから一般にも浸透したんだっけ
そういや石燕の画図百鬼夜行には妖怪って言葉はほぼでてこないんだよな
今でこそ妖怪絵師なんて呼ばれてはいるが
井上円了は妖怪を撲滅したい側の人間だったのにね
今でこそ妖怪絵師なんて呼ばれてはいるが
井上円了は妖怪を撲滅したい側の人間だったのにね
聞きかじりで申し訳ないけど
井上円了のいう「真怪」が幻想郷にいる連中ということになるのかな?
井上円了のいう「真怪」が幻想郷にいる連中ということになるのかな?
◆ 其の十三(スレ13)>>647–649
というか、元々鬼と神は同じものですぜ。
何種類かあるといったほうが適当だからなぁ
1.地方豪族(部族)が信仰していたであろう神
2.朝廷に敵対していた部族(豪族)
3.「鬼(キ)」と同一視されたモノ
4A.夜叉や鬼神(仏典由来)と同一視された地獄からの使者!スパ(ry
4B.インド土着の荒ぶる神に鬼神の訳語を当てたもの
この辺が複雑に絡まってるから色んなことが言われるわけで・・・
例を出すと1が酒天童子、霊山の鬼神社、鞍馬貴船の神とか
2が無敵酋長アテルイとか色々
3が王朝文学にしょっちゅうでてくるあいつらで包装紙や陰陽師にやっつけられる
4Aはすっ飛ばして4Bは聖天尊や毘沙門天王
仏典由来のを抜かしたら大体は神より劣った存在って位置づけだな
荒ぶる土着神と完全に互換できる伊吹さんはかなり特殊な存在
1.地方豪族(部族)が信仰していたであろう神
2.朝廷に敵対していた部族(豪族)
3.「鬼(キ)」と同一視されたモノ
4A.夜叉や鬼神(仏典由来)と同一視された地獄からの使者!スパ(ry
4B.インド土着の荒ぶる神に鬼神の訳語を当てたもの
この辺が複雑に絡まってるから色んなことが言われるわけで・・・
例を出すと1が酒天童子、霊山の鬼神社、鞍馬貴船の神とか
2が無敵酋長アテルイとか色々
3が王朝文学にしょっちゅうでてくるあいつらで包装紙や陰陽師にやっつけられる
4Aはすっ飛ばして4Bは聖天尊や毘沙門天王
仏典由来のを抜かしたら大体は神より劣った存在って位置づけだな
荒ぶる土着神と完全に互換できる伊吹さんはかなり特殊な存在
元来『モノ』って言葉が『鬼』や『神』を指す言葉であり、これら『モノ』の祭祀を司る一族が物部と言うのもあるな。
そして、『神』と『鬼』を分けたのが中臣氏で、斎部広成が怒ったのはこれが原因とも言われてる。
ただ、勇儀や萃香はその『分けられた後の存在』だから、神と同一ではないかもね。
尤も、二人の元ネタ共々、霊力の強い存在としての『童子』という言葉がついてるあたり、まだ人々の意思からは完全に『神』と『鬼』が分かたれていなかったのかもしれない。
そして、『神』と『鬼』を分けたのが中臣氏で、斎部広成が怒ったのはこれが原因とも言われてる。
ただ、勇儀や萃香はその『分けられた後の存在』だから、神と同一ではないかもね。
尤も、二人の元ネタ共々、霊力の強い存在としての『童子』という言葉がついてるあたり、まだ人々の意思からは完全に『神』と『鬼』が分かたれていなかったのかもしれない。
◆ 其の十四(スレ14)>>341–360
日本における不老不死の話だと
東方らしく竹取物語とか徐福伝説とか八百比丘尼とかか
東方らしく竹取物語とか徐福伝説とか八百比丘尼とかか
あと屠自古ちゃんの祖先で武内宿彌とかは長寿者かな
バグとは言い得て妙だね
宗教や権威などのために、本来の結果とは異なるように伝承されてるし
バグとは言い得て妙だね
宗教や権威などのために、本来の結果とは異なるように伝承されてるし
日本書紀に出てくる古代の大王たちは長寿者ばかりだな
後付けで享年を以上に長く設定しただけだろうし信憑性は全くないのだが
古代日本人には年齢を数える概念や年代を記録する概念はなさそうだ
干支で年代を特定できるようになったのも大陸との交流が始まってからだろうし
ほとんどのキャラが年齢を特定できない幻想郷みたいなものだろうか
年齢で思い出したが、天武天皇まで時代が降っても生年が諸説あって怪しいままで
天智天皇と兄弟の順が逆転する可能性もあるとかないとか
幻想郷の場合、姉妹の順はみな特定されているようだけど
後付けで享年を以上に長く設定しただけだろうし信憑性は全くないのだが
古代日本人には年齢を数える概念や年代を記録する概念はなさそうだ
干支で年代を特定できるようになったのも大陸との交流が始まってからだろうし
ほとんどのキャラが年齢を特定できない幻想郷みたいなものだろうか
年齢で思い出したが、天武天皇まで時代が降っても生年が諸説あって怪しいままで
天智天皇と兄弟の順が逆転する可能性もあるとかないとか
幻想郷の場合、姉妹の順はみな特定されているようだけど
諸星大二郎の「暗黒神話」でも「不老不死は可能、但し人間である限り不可能」
みたいな話でしたね(ある手段で長生きしてる人は出て来ますが)
日本史以外で不比等ポジションとなると…大抵もっと業績が明らかになっている
(大いに誇張されたり、本人がトップになってしまったり)か、さもなければ「影の男」
として全く名前が残らないか…
みたいな話でしたね(ある手段で長生きしてる人は出て来ますが)
日本史以外で不比等ポジションとなると…大抵もっと業績が明らかになっている
(大いに誇張されたり、本人がトップになってしまったり)か、さもなければ「影の男」
として全く名前が残らないか…
武内宿禰は個人の名前ではなく、代々襲名されてった名前だっていう説があるみたいだね
そういや当時としては長生きした徳川家康は健康マニアだったそうだが、
やっぱり水銀も摂取していたらしい
そういや当時としては長生きした徳川家康は健康マニアだったそうだが、
やっぱり水銀も摂取していたらしい
なんかの本で、オカルトは暴かないことこそがオカルトだって聞いたことがある。
……なんかの本もなにも、思い出せば京極堂だった。
……なんかの本もなにも、思い出せば京極堂だった。
◆ 其の十五(スレ15)>>483–547
都市伝説こそ現代の妖怪話でしょ
口裂け女や人面犬なんかは、既に一昔前の妖怪になってるんだろうな
今はくねくねとかかな
そういう短期間だけ話題になって、その後人々の記憶から消えていった妖怪は近代以前にもいくらでもあったろう
それを、特定の地域の人々から話を聞いたり、書物を漁ったり様々な方法で情報をつなぎ合わせて
また現代に蘇らせた人がいたから、俺らがそれらを知ることができる訳で
口裂け女や人面犬なんかは、既に一昔前の妖怪になってるんだろうな
今はくねくねとかかな
そういう短期間だけ話題になって、その後人々の記憶から消えていった妖怪は近代以前にもいくらでもあったろう
それを、特定の地域の人々から話を聞いたり、書物を漁ったり様々な方法で情報をつなぎ合わせて
また現代に蘇らせた人がいたから、俺らがそれらを知ることができる訳で
花子さんやら口裂け女やら人面犬やらは現代の創作物によく登場するし、
既に妖怪としてキャラクター化されてると言っていいんじゃない?
まあ、こういう扱いは妖怪としては「死んでる」のかもしれんけど
既に妖怪としてキャラクター化されてると言っていいんじゃない?
まあ、こういう扱いは妖怪としては「死んでる」のかもしれんけど
神様は信じてなくても悪魔や悪霊、妖怪(人を襲うタイプ)なら信じちゃう人多そう。
どこか心に恐怖するものを求めているのかなぁ
子供のイジメ問題には「呪われるよ」が一番効果的とか…
どこか心に恐怖するものを求めているのかなぁ
子供のイジメ問題には「呪われるよ」が一番効果的とか…
都市伝説こそ現代の妖怪って正気なのか?
メリー「さて、どっかに考古学と都市伝説の境界無いかしら」
都市伝説を現代の怪談とするのなら納得だけど現代の妖怪と言われるとちょっとね
まずなんで妖怪と示したくないかについてだけど妖怪って言葉の定義を相互認識してからがスタートラインなんで大幅カットで
「妖怪」はまず大部分の要素として現象の説明であったと言うのが自分自身の考え、先に現象がありソレに「名づけ」たものだと
ソレに対し都市伝説は現象の解釈ではなく「うわさ」が主体になっているものだと言えるから同じだと言われるともにょもにょ
これも単純に一部分の要素を引っ張り出しただけでこんな程度で語れるほど浅いものではないとは思うが険がある言い方になってしまい申し訳なかった
まずなんで妖怪と示したくないかについてだけど妖怪って言葉の定義を相互認識してからがスタートラインなんで大幅カットで
「妖怪」はまず大部分の要素として現象の説明であったと言うのが自分自身の考え、先に現象がありソレに「名づけ」たものだと
ソレに対し都市伝説は現象の解釈ではなく「うわさ」が主体になっているものだと言えるから同じだと言われるともにょもにょ
これも単純に一部分の要素を引っ張り出しただけでこんな程度で語れるほど浅いものではないとは思うが険がある言い方になってしまい申し訳なかった
妖怪とかが伝播するのってそれこそ時代の影響なんだなぁとふとおもった
昔は同じところに定住してて爺婆等との縦の繋がりが強かったはず
だからそういう話も残りやすくて次の世代に伝わりやすかったんだろう
都市伝説とかの噂は同級生とかの横の繋がりで広がるから一時的なもので残らない
昔は同じところに定住してて爺婆等との縦の繋がりが強かったはず
だからそういう話も残りやすくて次の世代に伝わりやすかったんだろう
都市伝説とかの噂は同級生とかの横の繋がりで広がるから一時的なもので残らない
>>491
なるほど、そういうことね。それなら理解できる
>「妖怪」はまず大部分の要素として現象の説明であったと言うのが自分自身の考え、先に現象がありソレに「名づけ」たもの
井上円了先生あたりが言うところの「妖怪」はこれですな。確かに「妖怪」の一面としてはこの認識に異存はない
ただ、特に江戸時代後期あたりになってからだが、現象の名前であったはずの「妖怪」をキャラクター化(擬人化)するという
動きがあった。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』シリーズなんかはこうした文化的動向の典型例で、絵画として視覚的に表すことで
本来実体を持たない現象だった「妖怪」を、実体を持った「化け物」として認識することが盛んになってくる。
これは石燕だけでなく、浮世絵という版画文化の隆盛にともなって急速に民衆へと膾炙していった。本所七不思議や四谷怪談や番町皿屋敷などの
現代でいえば「都市伝説」に該当するようなことも、浮世絵や読本の挿絵などに絵として視覚化されることで、キャラクター化が進んで
他の異形などと同じく「化け物」の一種として認識されるようになる。ここら辺までが明治・大正あたりまでの流れ。
更に、柳田國男の『遠野物語』及びそこから誕生した日本民俗学によって、地方の怪談や民間伝承がサンプルとして収集され、
柳田ほかの学者や研究者達によって紹介されていくのが戦争を挟んだ昭和時代。尤も、こういうのも実は江戸時代に前例があって、
『兎園小説』に代表される江戸の百物語ブームにより、各地の怪談や民間伝承などを知識人らが集め、改変したり他と組み合わせたりしながら
新作怪談として語り、これらがさらに「うわさ」として都市間や地方間を移動し、広範囲に伝播していった。
柳田らの活躍によっておそらくこれと同じようなことが再び起こったのだと思う。特に戦中は軍隊、戦後は集団就職などの影響で
全国各地から地方ごとの怪談・民話の語り手達が都市に集まり、そこで反復的に語られ噂され複雑怪奇に入り交じることで
いわゆる「都市伝説」が形成される土壌が出来上がった。ここら辺が高度経済成長期あたりまでの流れ。
そして、何といっても欠かせないのが漫画家・水木しげるの存在。
この人とその周辺が巻き起こした妖怪ブームによって、それまではどちらかと言うとアウトローの場でこっそり活躍していた「化け物」や「都市伝説」が
同じ「妖怪」というカテゴリーを共有しながら表に出てくるようになった。
つまり、江戸の昔から生き続けていた異形の「化け物」と、田舎の山奥や都市の闇の中に蠢いていた「うわさ」とが渾然一体となって
人間達の娯楽の中に押し寄せてきた。これは日本妖怪史的には革命と言ってもいいくらいの大きな出来事で、現代における「妖怪」文化の直接的な流れは
このあたりで成立したものといって過言ではない。旧来の「化け物」「都市伝説(怪談)」が一旦ここで解体され、新たな現代的「妖怪」として再出発したとも言える。
で、長々と語ってきたわけだけど、こうした流れの果てにある現代において「妖怪」と「都市伝説(怪談)」を分けて考えることは
もはや不可能になってるのではないかと思う。だから、>>491の気持ちはわからんでもないけど、おそらくその認識で今「妖怪」を語ることはとても難しい。
そういう意味で>>483の「都市伝説こと現代の妖怪話」という認識は極めて現代的で、かつ文化の土壌的には間違ったものではないことを指摘しておきたいなと。
なるほど、そういうことね。それなら理解できる
>「妖怪」はまず大部分の要素として現象の説明であったと言うのが自分自身の考え、先に現象がありソレに「名づけ」たもの
井上円了先生あたりが言うところの「妖怪」はこれですな。確かに「妖怪」の一面としてはこの認識に異存はない
ただ、特に江戸時代後期あたりになってからだが、現象の名前であったはずの「妖怪」をキャラクター化(擬人化)するという
動きがあった。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』シリーズなんかはこうした文化的動向の典型例で、絵画として視覚的に表すことで
本来実体を持たない現象だった「妖怪」を、実体を持った「化け物」として認識することが盛んになってくる。
これは石燕だけでなく、浮世絵という版画文化の隆盛にともなって急速に民衆へと膾炙していった。本所七不思議や四谷怪談や番町皿屋敷などの
現代でいえば「都市伝説」に該当するようなことも、浮世絵や読本の挿絵などに絵として視覚化されることで、キャラクター化が進んで
他の異形などと同じく「化け物」の一種として認識されるようになる。ここら辺までが明治・大正あたりまでの流れ。
更に、柳田國男の『遠野物語』及びそこから誕生した日本民俗学によって、地方の怪談や民間伝承がサンプルとして収集され、
柳田ほかの学者や研究者達によって紹介されていくのが戦争を挟んだ昭和時代。尤も、こういうのも実は江戸時代に前例があって、
『兎園小説』に代表される江戸の百物語ブームにより、各地の怪談や民間伝承などを知識人らが集め、改変したり他と組み合わせたりしながら
新作怪談として語り、これらがさらに「うわさ」として都市間や地方間を移動し、広範囲に伝播していった。
柳田らの活躍によっておそらくこれと同じようなことが再び起こったのだと思う。特に戦中は軍隊、戦後は集団就職などの影響で
全国各地から地方ごとの怪談・民話の語り手達が都市に集まり、そこで反復的に語られ噂され複雑怪奇に入り交じることで
いわゆる「都市伝説」が形成される土壌が出来上がった。ここら辺が高度経済成長期あたりまでの流れ。
そして、何といっても欠かせないのが漫画家・水木しげるの存在。
この人とその周辺が巻き起こした妖怪ブームによって、それまではどちらかと言うとアウトローの場でこっそり活躍していた「化け物」や「都市伝説」が
同じ「妖怪」というカテゴリーを共有しながら表に出てくるようになった。
つまり、江戸の昔から生き続けていた異形の「化け物」と、田舎の山奥や都市の闇の中に蠢いていた「うわさ」とが渾然一体となって
人間達の娯楽の中に押し寄せてきた。これは日本妖怪史的には革命と言ってもいいくらいの大きな出来事で、現代における「妖怪」文化の直接的な流れは
このあたりで成立したものといって過言ではない。旧来の「化け物」「都市伝説(怪談)」が一旦ここで解体され、新たな現代的「妖怪」として再出発したとも言える。
で、長々と語ってきたわけだけど、こうした流れの果てにある現代において「妖怪」と「都市伝説(怪談)」を分けて考えることは
もはや不可能になってるのではないかと思う。だから、>>491の気持ちはわからんでもないけど、おそらくその認識で今「妖怪」を語ることはとても難しい。
そういう意味で>>483の「都市伝説こと現代の妖怪話」という認識は極めて現代的で、かつ文化の土壌的には間違ったものではないことを指摘しておきたいなと。
↑文化の土壌的には間違ったものではない
まで読んだ。
そもそも現象の説明なら科学と心理学でほとんどできるはずなのにいまだに
お化けやら妖怪やらに人気と需要があるのはそういうことなのかもな。
まで読んだ。
そもそも現象の説明なら科学と心理学でほとんどできるはずなのにいまだに
お化けやら妖怪やらに人気と需要があるのはそういうことなのかもな。
確かに都市伝説にでてくる怪異は妖怪というよりゃ、
科学やら技術やらの延長線上にあるSFの存在っぽいイメージはあるな。
口裂け女→整形手術の失敗,人面犬→遺伝子操作キマイラ,赤マント→変態(ぉぃ)等、
それとなく現代的な解法と結びつけたうえで恐怖する部分が多かれ少なかれあるよーな……。
科学やら技術やらの延長線上にあるSFの存在っぽいイメージはあるな。
口裂け女→整形手術の失敗,人面犬→遺伝子操作キマイラ,赤マント→変態(ぉぃ)等、
それとなく現代的な解法と結びつけたうえで恐怖する部分が多かれ少なかれあるよーな……。
>>494
そう、妖怪は図に記され並べられることによって一度「死んだ」あるいは再構成とでも言うのか
キャラクター化された存在が逆に農村部に流れて新たな怪異となるような現象まで多々見受けられるくらいに
コレは「うわさ」からの、見聞から産まれ変わった妖怪と言えるかもしれない
水木御大の際にさらに妖怪は再構成&キャラクター化が進んだものになった
こう考えるとよけいに都市伝説の「妖怪化」はありえない気がしてくる、一部の例外を除いてね
うわさが再構築されることもあるだろう別の地域で恐ろしい怪談になっていることも多々ありえるでもソレは「妖怪」か?
そう、妖怪は図に記され並べられることによって一度「死んだ」あるいは再構成とでも言うのか
キャラクター化された存在が逆に農村部に流れて新たな怪異となるような現象まで多々見受けられるくらいに
コレは「うわさ」からの、見聞から産まれ変わった妖怪と言えるかもしれない
水木御大の際にさらに妖怪は再構成&キャラクター化が進んだものになった
こう考えるとよけいに都市伝説の「妖怪化」はありえない気がしてくる、一部の例外を除いてね
うわさが再構築されることもあるだろう別の地域で恐ろしい怪談になっていることも多々ありえるでもソレは「妖怪」か?
結局、人が集まればそういうお話しが生まれて来るのかもしれない
ただ、恐怖ばかりかというとそれも違う、畏敬もあれば、ご利益さえあるし、
あげくの果てには笑いまであるし、泣かせるような良いお話しもある
キスメのようなつるべ落としや茶袋の怪異だって、村の特定の樹だった
人々のランドマークに、何かが添えられていたとも思われる
こんなお話しも伝わる(時期不明だが、昭和初期ごろ?)
村の一本松に人魂が出るという話に人々が怯えていた
駐在の巡査が確かめに行くと、なるほど、人魂らしき炎が松の樹の周囲を飛んでいた
巡査がさらに観察を続けると、「今日はまず、これまで」という声が聞こえ、
竿を手にした男が松から降りて来た
全てはその男の仕業で、村で「馬鹿丑」などと呼ばれていた男の悪戯だったと
バカにしていた男に、村人が逆にバカされていたという顛末
ただ、恐怖ばかりかというとそれも違う、畏敬もあれば、ご利益さえあるし、
あげくの果てには笑いまであるし、泣かせるような良いお話しもある
キスメのようなつるべ落としや茶袋の怪異だって、村の特定の樹だった
人々のランドマークに、何かが添えられていたとも思われる
こんなお話しも伝わる(時期不明だが、昭和初期ごろ?)
村の一本松に人魂が出るという話に人々が怯えていた
駐在の巡査が確かめに行くと、なるほど、人魂らしき炎が松の樹の周囲を飛んでいた
巡査がさらに観察を続けると、「今日はまず、これまで」という声が聞こえ、
竿を手にした男が松から降りて来た
全てはその男の仕業で、村で「馬鹿丑」などと呼ばれていた男の悪戯だったと
バカにしていた男に、村人が逆にバカされていたという顛末
都市伝説って妖怪の幼生って感じがしなくもない
地域で差異があって伝承されてるってところが
成長する前に新聞やらテレビやらで形にされて消えていったけど
地域で差異があって伝承されてるってところが
成長する前に新聞やらテレビやらで形にされて消えていったけど
世の中には、不思議のままにしておいた方がいいこともあるよな
多分不思議な現象に首を突っ込むか、傍観者になるかによって分岐するんだと思う
怖がる、広める、隣人になる
こうなると都市伝説は主観的対象になるから、それが「いる」と見るようになる
キャラクター化するんだな
その一方で分析や解体をすると、都市伝説は客観的対象になって、そこに「ある」物をどう認識しようかと掛かる
現象として把握するから、「妖怪だ?バカを言うな、噂話じゃないか」って意見などに落ち着く
これはもう研究するスタンスによるものだから、どちらが是とかじゃないな
俺個人としては、人の罪業に合わせて地獄の種類が細分化するような物は野暮に感じるんだ
不思議は不思議でいいから、どう不思議かと考える方が好きだ(重ねて言うが、これは俺の主観)
多分不思議な現象に首を突っ込むか、傍観者になるかによって分岐するんだと思う
怖がる、広める、隣人になる
こうなると都市伝説は主観的対象になるから、それが「いる」と見るようになる
キャラクター化するんだな
その一方で分析や解体をすると、都市伝説は客観的対象になって、そこに「ある」物をどう認識しようかと掛かる
現象として把握するから、「妖怪だ?バカを言うな、噂話じゃないか」って意見などに落ち着く
これはもう研究するスタンスによるものだから、どちらが是とかじゃないな
俺個人としては、人の罪業に合わせて地獄の種類が細分化するような物は野暮に感じるんだ
不思議は不思議でいいから、どう不思議かと考える方が好きだ(重ねて言うが、これは俺の主観)
徒然草の鬼の噂の話とかはあの時代から都市伝説・噂っぽいな
現代の都市伝説にもパターンが有って 乱暴に分けるなら3つ、4つぐらい?
例えば「机の下の鉈女」だとか「窓際の悲しそうな女(実は首吊り死体)」だとか
これを「妖怪」でくくるのはまぁ異を唱える人が多いだろうな
この人達は距離が近すぎる
実は正体は~って明かされてる段階で妖しさ怪しさは一応解体されているし
妖怪としての役目を終えてるわけで、むしろ妖怪と言うより怪物、幽霊、化け物
単なる怪しかったモノ、怪しいモノ、というジャンルになるのかな
元になる人間の正体というものが生きている人間から近すぎるし、正体見たり枯れ尾花
この怪しいものは出来たてほやっほやのアヤシイモノだ!と説明されているわけだから
積み重なった時間がほとんどないし共通認識があるわけでもない 必要ないしね
これらの話の重要な部分は怪物の正体云々とは別の場所にあるから深く説明される事もない 単なる化け物 シチュエーション
ただ口裂け女、これは二口女系列の妖怪だと言って言えないことはないし最早花子さんを洗面所につく零落した神様に連なるものだと
すればがんばり入道系列になる 元になった人間は恐らくいたと推測されるのだろうけど既にかなりキャラクタ化されて
時間も堆積してるし人口に膾炙も一応されてる
化け物、怪物から進化した妖怪との中間あたりの存在? まぁこれが2パターン目
もう一つは話が生まれた時から既に異形、人間から離れた形で生まれた存在
これは怪物人間とはいえないから妖怪にいれるしかない くねくねとか新しいけどぬっぺっぽうの系列と言え無くもないし
正体が事細かに書かれるわけでもないから 妖しさが解体されずに残るのがこの話のキモ
ケセランパサランやらまっくろくろすけやらこういうのも怪物というよりは妖怪(妖精?)の類にとりあえず入れるしか無い 人面樹系列?
トンキャラトンとかもう最初っから意味が分からないけど「妖怪:死神」系統の妖怪話が元ネタらしいし いき合うと死ぬ系の行き合い神やひだる神 リョウメンスクナ
てけてけやカシマさん……はどうだろうかなぁ むしろ身体が離れても動いたというのは祟り話の系列だし……
一応正体も説明されることはされるけどそれで彼女の持つ妖しさが払拭、解体されるわけじゃないからなぁ まぁそういう妖怪で……
都市伝説に出てくるモノは化け物・怪物譚やら妖怪譚やら幽霊譚(心霊スポット系列は全部これかな)やらキャラクタ話やらが入り混じりあって全部「都市伝説」でくくっちゃうから
ずっと混沌としたままの状態から当分変わらないだろうね 全ての話をきっちり分類分けするようなことは多分出来ないだろうし
何を言いたいか忘れてしまった。ビールが苦すぎて あぁそうだ、多分ZUNは妖怪事典に入れても良いんじゃないかな
例えば「机の下の鉈女」だとか「窓際の悲しそうな女(実は首吊り死体)」だとか
これを「妖怪」でくくるのはまぁ異を唱える人が多いだろうな
この人達は距離が近すぎる
実は正体は~って明かされてる段階で妖しさ怪しさは一応解体されているし
妖怪としての役目を終えてるわけで、むしろ妖怪と言うより怪物、幽霊、化け物
単なる怪しかったモノ、怪しいモノ、というジャンルになるのかな
元になる人間の正体というものが生きている人間から近すぎるし、正体見たり枯れ尾花
この怪しいものは出来たてほやっほやのアヤシイモノだ!と説明されているわけだから
積み重なった時間がほとんどないし共通認識があるわけでもない 必要ないしね
これらの話の重要な部分は怪物の正体云々とは別の場所にあるから深く説明される事もない 単なる化け物 シチュエーション
ただ口裂け女、これは二口女系列の妖怪だと言って言えないことはないし最早花子さんを洗面所につく零落した神様に連なるものだと
すればがんばり入道系列になる 元になった人間は恐らくいたと推測されるのだろうけど既にかなりキャラクタ化されて
時間も堆積してるし人口に膾炙も一応されてる
化け物、怪物から進化した妖怪との中間あたりの存在? まぁこれが2パターン目
もう一つは話が生まれた時から既に異形、人間から離れた形で生まれた存在
これは怪物人間とはいえないから妖怪にいれるしかない くねくねとか新しいけどぬっぺっぽうの系列と言え無くもないし
正体が事細かに書かれるわけでもないから 妖しさが解体されずに残るのがこの話のキモ
ケセランパサランやらまっくろくろすけやらこういうのも怪物というよりは妖怪(妖精?)の類にとりあえず入れるしか無い 人面樹系列?
トンキャラトンとかもう最初っから意味が分からないけど「妖怪:死神」系統の妖怪話が元ネタらしいし いき合うと死ぬ系の行き合い神やひだる神 リョウメンスクナ
てけてけやカシマさん……はどうだろうかなぁ むしろ身体が離れても動いたというのは祟り話の系列だし……
一応正体も説明されることはされるけどそれで彼女の持つ妖しさが払拭、解体されるわけじゃないからなぁ まぁそういう妖怪で……
都市伝説に出てくるモノは化け物・怪物譚やら妖怪譚やら幽霊譚(心霊スポット系列は全部これかな)やらキャラクタ話やらが入り混じりあって全部「都市伝説」でくくっちゃうから
ずっと混沌としたままの状態から当分変わらないだろうね 全ての話をきっちり分類分けするようなことは多分出来ないだろうし
何を言いたいか忘れてしまった。ビールが苦すぎて あぁそうだ、多分ZUNは妖怪事典に入れても良いんじゃないかな
それこそ「仕組み」を知れば知るほどオカルトとかバカらしいものに思えてくるのよね
本来の意味でのオカルトなら大歓迎なんだがな
朝の占いコーナーで一喜一憂してる人達を見てるのと同じ感覚
まぁ人としては無知蒙昧だと言って高説ぶってる方がダメな部類に入ると思うんだがなw
本来の意味でのオカルトなら大歓迎なんだがな
朝の占いコーナーで一喜一憂してる人達を見てるのと同じ感覚
まぁ人としては無知蒙昧だと言って高説ぶってる方がダメな部類に入ると思うんだがなw
キャラとしての妖怪は化け物の性質を受け継いでるわけだから
見た目が化け物っぽいってのがキャラとしての妖怪と認識される条件だと思う
一方怪しいという意味で使う場合は都市伝説も入れることができるけど
その都市伝説に出てくるキャラ自体はやはり妖怪ではなく怪物などと呼ばれるのではないかな
見た目が化け物っぽいってのがキャラとしての妖怪と認識される条件だと思う
一方怪しいという意味で使う場合は都市伝説も入れることができるけど
その都市伝説に出てくるキャラ自体はやはり妖怪ではなく怪物などと呼ばれるのではないかな
妖怪ってのは未知への畏れだからねぇ
現代じゃもう妖怪は生まれないと思うよ
川のせせらぎを聞いたところで現代人は小豆洗いの仕業じゃ!とか思わないもん
現代じゃもう妖怪は生まれないと思うよ
川のせせらぎを聞いたところで現代人は小豆洗いの仕業じゃ!とか思わないもん
自然現象だけが妖怪の正体とはかぎらないしなぁ
それを言ったら付喪神とか山男とかどう考えればいいのさって話になるし
それを言ったら付喪神とか山男とかどう考えればいいのさって話になるし
妖怪は信じないけど幽霊は信じるって人はまだ少なくないんだよなぁ
根本的には同じだと思うんだけど
根本的には同じだと思うんだけど
死は今もなお未知だからね
夜道の暗さと恐怖から来る幻聴が人面犬の元と言えなくもないんじゃね
妖怪の生まれる土壌はいくらでもあると思う
が、生まれちゃ消え生まれちゃ消えであまり長く存在する新妖怪は少ないだろうなとも思う
妖怪の生まれる土壌はいくらでもあると思う
が、生まれちゃ消え生まれちゃ消えであまり長く存在する新妖怪は少ないだろうなとも思う
あと現代になったからって未知の領域が人々から失われたとはとても思えない。
むしろ、一般庶民の文化的活動範囲が広がったおかげで、無知・無理解による「未知」との接触機会が増えて
「理解できない=こわい、おそろしい」ものは一人当たりの情報網が狭かった昔より増えてる気もする。
ある個人や集団にとっての「既知」が、他人や他集団にも「既知」であるとは限らないしね。
むしろ、一般庶民の文化的活動範囲が広がったおかげで、無知・無理解による「未知」との接触機会が増えて
「理解できない=こわい、おそろしい」ものは一人当たりの情報網が狭かった昔より増えてる気もする。
ある個人や集団にとっての「既知」が、他人や他集団にも「既知」であるとは限らないしね。
新たに発見された未知だと、少し前話題になった妖怪ニュートリノかな
科学の歴史は、未知を知る→解決する→新しい未知を発見するの無限ループだから、
妖怪は滅びぬ。何度でも蘇るさ!ってことになるんだろうか
科学の歴史は、未知を知る→解決する→新しい未知を発見するの無限ループだから、
妖怪は滅びぬ。何度でも蘇るさ!ってことになるんだろうか
話掘り返す、というか聞き返すようで悪いけど
今でいう「妖怪」の話である「妖怪話」は「妖怪」がキャラクター化されて定着するまではそれそのものが「妖怪」だったってことでいいのかな
典型的現代人で学もさしてない俺からするとその境界はよく分からないが、
話がそのまま妖怪としてあったってことはその現象とそれを引き起こすキャラクターとしての妖怪は分ける気がなかった、ってことだよね
今でいう「妖怪」の話である「妖怪話」は「妖怪」がキャラクター化されて定着するまではそれそのものが「妖怪」だったってことでいいのかな
典型的現代人で学もさしてない俺からするとその境界はよく分からないが、
話がそのまま妖怪としてあったってことはその現象とそれを引き起こすキャラクターとしての妖怪は分ける気がなかった、ってことだよね
都市伝説と前近代における妖怪は違うってのは主張としては分からなくも無いが、
そこで終わるのは考察として勿体無いと思う。
例えば死体や殺人鬼、キ印が主人公な話にしたって、現代ではもう存在しない
「人間のようで人間でない何か」のニッチに「人間でなくなった人間」が入り込んだ結果と見ることができる。
戸籍が国民に行き渡って警察権力も大きくなったから昔みたいに鬼退治もできなくなったしね。
>>517
現象と、それを起こす原因が1対1で直結してたら分ける意義もないんじゃないかなあ。
そこで終わるのは考察として勿体無いと思う。
例えば死体や殺人鬼、キ印が主人公な話にしたって、現代ではもう存在しない
「人間のようで人間でない何か」のニッチに「人間でなくなった人間」が入り込んだ結果と見ることができる。
戸籍が国民に行き渡って警察権力も大きくなったから昔みたいに鬼退治もできなくなったしね。
>>517
現象と、それを起こす原因が1対1で直結してたら分ける意義もないんじゃないかなあ。
ある「現象」に対して必ずしも「原因」を特定できなかったりする場合がそれこそ妖怪の誕生なんでは
都市伝説というと口裂け女や人面犬や走る婆さんみたいに
キャラクター化されうるものばっかじゃなくて
「こんな事件が起きた」という噂話の類も多いじゃない
アメリカの田舎で根強く語り継がれる「消えるヒッチハイカー」とか
客が試着室に入ったら消えるブティックとか(ユダヤ系の店という疑惑)
あれは未知のよそ者に対する警戒心の産物なんだろうと思うんだが
妖怪というキャラクターには結実しにくい
でも共同体の境界で接する他者とかがいる限り
この手の話はなくなりそうにない気がする
キャラクター化されうるものばっかじゃなくて
「こんな事件が起きた」という噂話の類も多いじゃない
アメリカの田舎で根強く語り継がれる「消えるヒッチハイカー」とか
客が試着室に入ったら消えるブティックとか(ユダヤ系の店という疑惑)
あれは未知のよそ者に対する警戒心の産物なんだろうと思うんだが
妖怪というキャラクターには結実しにくい
でも共同体の境界で接する他者とかがいる限り
この手の話はなくなりそうにない気がする
西洋+妖怪というキーワードでふとニュージャージーデビルを思い出した
あれは未だによくわからん・・・
あれは未だによくわからん・・・
妖怪という言葉にはキャラクター化したものだけじゃなく現象も含まれるから、
消えるヒッチハイカーなりブティックなり、それら都市伝説も妖怪と言っても差し支えないと思うなぁ
消えるヒッチハイカーなりブティックなり、それら都市伝説も妖怪と言っても差し支えないと思うなぁ
>>517
妖怪ではなかった、と個人的には思いますけどねぇ
例えば、こういう話があったとします。
ある人が経を誦していると、うしろへ青面髭面の大男が現れました。
まぁ見るからに「鬼」です。日本風に言えばモノです。化け物です。
そのまま無視して経を誦し終わると、大男はいつの間にか消えていました。
不思議に思いましたが、このようなことは二度と起こらなかったそうです。
この場合、色々な可能性は考えられますが正体は分からないままです。
なので、とりあえず「鬼が現れた話」となるでしょう。
伝統的な解釈に従えば、本当に色々な可能性があります。
明らかに人間じゃない感が漂ってますから幽鬼ではない気がします。
神の類でしょうか。山精山魅の類か、下手をすると冥官ということもありえます。
狐が化かしているということも考慮に入れておきましょう。
何が目的でこんなことをしたのかまったく分かりません。
この大男は不定形で、かつ再現性の無い、一回限りの存在です。
さて、この大男は百鬼夜行図に描かれているものと同じ「妖怪」でしょうか?
私はこの大男を「妖怪」にしてしまう気にはなれません。
「経を誦しているとうしろへ現れる妖怪」として名付けられ、巷間に流布されるまでは、ただの「不思議な話の登場人物」であろうと考えます。
「妖怪」とは再現性を前提に語られるものだと思うのです。
少なくとも浮世絵師による種類分けが始まったころからはそうでしょう。
再現性が無ければある因子を特定の種類に分けることは不可能なのですから。
エピソードと付随した形で語られ、ともすれば現象そのものの説明として機能するのも、このためでしょう。
再現性の無い怪異は「妖怪」と同列にはできないのではないでしょうか。
というわけで「妖怪ではなかった」と思うのですよ
上で出てる通り、妖怪話というのはどこかで起こった「不思議な話」だったりするわけです
こういう話に化学現象のような再現性はありません
だからこそ「不思議」なんであり、本来は種類分けできる代物じゃないわけです
だからこれを無理やり種類に分けてしまった「妖怪」と元ネタである「不思議な話」はキチっと分けとくべきかなと思ったりするわけなんです
妖怪ではなかった、と個人的には思いますけどねぇ
例えば、こういう話があったとします。
ある人が経を誦していると、うしろへ青面髭面の大男が現れました。
まぁ見るからに「鬼」です。日本風に言えばモノです。化け物です。
そのまま無視して経を誦し終わると、大男はいつの間にか消えていました。
不思議に思いましたが、このようなことは二度と起こらなかったそうです。
この場合、色々な可能性は考えられますが正体は分からないままです。
なので、とりあえず「鬼が現れた話」となるでしょう。
伝統的な解釈に従えば、本当に色々な可能性があります。
明らかに人間じゃない感が漂ってますから幽鬼ではない気がします。
神の類でしょうか。山精山魅の類か、下手をすると冥官ということもありえます。
狐が化かしているということも考慮に入れておきましょう。
何が目的でこんなことをしたのかまったく分かりません。
この大男は不定形で、かつ再現性の無い、一回限りの存在です。
さて、この大男は百鬼夜行図に描かれているものと同じ「妖怪」でしょうか?
私はこの大男を「妖怪」にしてしまう気にはなれません。
「経を誦しているとうしろへ現れる妖怪」として名付けられ、巷間に流布されるまでは、ただの「不思議な話の登場人物」であろうと考えます。
「妖怪」とは再現性を前提に語られるものだと思うのです。
少なくとも浮世絵師による種類分けが始まったころからはそうでしょう。
再現性が無ければある因子を特定の種類に分けることは不可能なのですから。
エピソードと付随した形で語られ、ともすれば現象そのものの説明として機能するのも、このためでしょう。
再現性の無い怪異は「妖怪」と同列にはできないのではないでしょうか。
というわけで「妖怪ではなかった」と思うのですよ
上で出てる通り、妖怪話というのはどこかで起こった「不思議な話」だったりするわけです
こういう話に化学現象のような再現性はありません
だからこそ「不思議」なんであり、本来は種類分けできる代物じゃないわけです
だからこれを無理やり種類に分けてしまった「妖怪」と元ネタである「不思議な話」はキチっと分けとくべきかなと思ったりするわけなんです
都市伝説は妖怪だって言い切るのは
宇宙人は妖怪だって言ってるような違和感があるんだよな
宇宙人は妖怪だって言ってるような違和感があるんだよな
>>523
そこでいう再現性とはキャラクターの同一性ということだな
ちょっと話はずれるが
オーストラリアの伝承ではバニップという怪物が語り継がれていた
先住民(アボリジニ)の話ではバニップは大型哺乳類らしいが
くちばしがあるとか直立するとか正体が何だかよくわからない
白人も最初は正体不明の動物の影や鳴き声を聞いてびびってたが
結局「沼にはまった牛」とか「河口に入り込んだアザラシ」とか
「大カンガルーの見まちがい」という風に現象が分解整理されていったら
「バニップ」という一体の怪物に総合されるイメージは消えてしまった
…ぬえみたいな話だな。ぬえも「頭がヒヒで体が虎で尾が蛇」とか
一貫したイメージ像がなければそのつど毎回別物として語られ
ぬえというキャラクターの一貫性を得なかったかも知れない
そこでいう再現性とはキャラクターの同一性ということだな
ちょっと話はずれるが
オーストラリアの伝承ではバニップという怪物が語り継がれていた
先住民(アボリジニ)の話ではバニップは大型哺乳類らしいが
くちばしがあるとか直立するとか正体が何だかよくわからない
白人も最初は正体不明の動物の影や鳴き声を聞いてびびってたが
結局「沼にはまった牛」とか「河口に入り込んだアザラシ」とか
「大カンガルーの見まちがい」という風に現象が分解整理されていったら
「バニップ」という一体の怪物に総合されるイメージは消えてしまった
…ぬえみたいな話だな。ぬえも「頭がヒヒで体が虎で尾が蛇」とか
一貫したイメージ像がなければそのつど毎回別物として語られ
ぬえというキャラクターの一貫性を得なかったかも知れない
>>523
いや、だから現代における「妖怪」という言葉には様々な文化的背景が含まれていて、
「これは妖怪」「あれは妖怪じゃない」という風に分けて考えることは難しいと言ってるじゃないの
再現性云々の話では、そもそも伝承や個々人の体験談に再現性なんてものは最初から無いわけで、
そこら辺を基準に分けたり切ったりしていくのはナンセンスだと思う。
更に言えば、例として挙げた「青面髭面の大男」の話とて、たまたま紹介者である貴方が「「妖怪」にしてしまう気になれない」のであって、
例えばここで俺あたりが「こういう事例があるよ!」と言ってどこかで再話(紹介)して、これを妖怪出現譚の区分に入れてしまえば、
その「青面髭面の大男」はもう「妖怪」になってしまうのだよ。
本当の正体は神様だったのか狐狸の類だったのか、あるいはどっかの酔っ払いのおっさんだったかもしれないけど、
誰かが「こいつは妖怪だ!」と認識してそれをリピートしたら、そいつはもう「妖怪」以外の何物でもなくなるわけさ。
そうじゃないと確かめようにも再現性が無いんだからどうしようもない。
いくら>>523が「不思議はそのままに」と頑張ったところで、一度語られてしまった怪異はもう体験者(話者)の手を離れて
一人歩きを始めてしまうのが世間のおそろしい部分なのだよ。だから、「不思議」を「不思議」のままに留めるには、
体験者(話者)が黙して語らず、自分の中だけにしまっておくより他はないのだ。悲しいことだけどね。
いや、だから現代における「妖怪」という言葉には様々な文化的背景が含まれていて、
「これは妖怪」「あれは妖怪じゃない」という風に分けて考えることは難しいと言ってるじゃないの
再現性云々の話では、そもそも伝承や個々人の体験談に再現性なんてものは最初から無いわけで、
そこら辺を基準に分けたり切ったりしていくのはナンセンスだと思う。
更に言えば、例として挙げた「青面髭面の大男」の話とて、たまたま紹介者である貴方が「「妖怪」にしてしまう気になれない」のであって、
例えばここで俺あたりが「こういう事例があるよ!」と言ってどこかで再話(紹介)して、これを妖怪出現譚の区分に入れてしまえば、
その「青面髭面の大男」はもう「妖怪」になってしまうのだよ。
本当の正体は神様だったのか狐狸の類だったのか、あるいはどっかの酔っ払いのおっさんだったかもしれないけど、
誰かが「こいつは妖怪だ!」と認識してそれをリピートしたら、そいつはもう「妖怪」以外の何物でもなくなるわけさ。
そうじゃないと確かめようにも再現性が無いんだからどうしようもない。
いくら>>523が「不思議はそのままに」と頑張ったところで、一度語られてしまった怪異はもう体験者(話者)の手を離れて
一人歩きを始めてしまうのが世間のおそろしい部分なのだよ。だから、「不思議」を「不思議」のままに留めるには、
体験者(話者)が黙して語らず、自分の中だけにしまっておくより他はないのだ。悲しいことだけどね。
そう言えば件のくねくね何かはオカ板で語られてから目撃談がぽつぽつと上がり始めたって聞くね
あれ自体は創作者が何かの話をベースに作り上げたって言われるし、面白いものだ
あれ自体は創作者が何かの話をベースに作り上げたって言われるし、面白いものだ
>>526
まさにそこなんですよ
「妖怪として語られていない怪異は妖怪か」と
私は妖怪ではないだろうと思う
「妖怪」として語られたものが始めて「妖怪」になる
こうして分けないと、元の話者と認識の上で齟齬をきたすことになりゃしないかと
例えば信仰の場で怪異を語るときは「妖怪」なんて言葉は使われないわけです
ある人に何かが憑りついた、今もってそこで暴れてる
こりゃ狐の類だ、水子さんだ、餓鬼さんだ、とは言いますが「妖怪」は使われない
ああいうのは一回こっきりでキャラクター性は無いわけです
これが後に妖怪話として語られればそりゃ「妖怪」が生まれるでしょう
しかしそこを通さなきゃこの事件の主犯は「妖怪」にはならず、一つの事件のままであるはずです
「全部まとめて妖怪」と一括りにしてしまうのは相手を無視した乱暴でしょう
「妖怪」という言葉はあまりにも特殊で、こういった事例には適しません
今昔や霊異には独自の世界観があるわけです
「すべて妖怪となりうる」ことに異論はありませんが
「すべて妖怪であった」かというと頷けないのです
まさにそこなんですよ
「妖怪として語られていない怪異は妖怪か」と
私は妖怪ではないだろうと思う
「妖怪」として語られたものが始めて「妖怪」になる
こうして分けないと、元の話者と認識の上で齟齬をきたすことになりゃしないかと
例えば信仰の場で怪異を語るときは「妖怪」なんて言葉は使われないわけです
ある人に何かが憑りついた、今もってそこで暴れてる
こりゃ狐の類だ、水子さんだ、餓鬼さんだ、とは言いますが「妖怪」は使われない
ああいうのは一回こっきりでキャラクター性は無いわけです
これが後に妖怪話として語られればそりゃ「妖怪」が生まれるでしょう
しかしそこを通さなきゃこの事件の主犯は「妖怪」にはならず、一つの事件のままであるはずです
「全部まとめて妖怪」と一括りにしてしまうのは相手を無視した乱暴でしょう
「妖怪」という言葉はあまりにも特殊で、こういった事例には適しません
今昔や霊異には独自の世界観があるわけです
「すべて妖怪となりうる」ことに異論はありませんが
「すべて妖怪であった」かというと頷けないのです
>>524
現時点においては、火星人やらグレイやらの宇宙人も、
その乗り物である(とされている)UFOすらも妖怪と呼んで差し支えないと思うよ
目撃談やら胡散臭い写真があったりするだけで、その存在ははっきりと科学的に証明されてないからね
狐や鼬、山嵐などの動物だってかつては妖怪として扱われていたのだから、
宇宙人は妖怪じゃない、って言い切ったって俺は違和感はない
現時点においては、火星人やらグレイやらの宇宙人も、
その乗り物である(とされている)UFOすらも妖怪と呼んで差し支えないと思うよ
目撃談やら胡散臭い写真があったりするだけで、その存在ははっきりと科学的に証明されてないからね
狐や鼬、山嵐などの動物だってかつては妖怪として扱われていたのだから、
宇宙人は妖怪じゃない、って言い切ったって俺は違和感はない
>>523
百鬼夜行図も妖怪の「キャラクター化」はしてるでしょう
その程度のキャラクター性すら排すと、妖怪と現象の区別はなかったんじゃないかと思うんだよ
例えばかまいたち、あれは実際はただの現象だったわけだが、鎌を持った鼬という妖怪だった
…あれ逆か
キャラクター性を持たせてはじめて名前がつけられ、それでようやく妖怪として認識できるのか
キャラクター性なしに妖怪は語れない…?
分からない何かは分かるようにするため現象を分析して原因を考察、それで妖怪とその話が同時に生まれる…?
書いてて訳が分からなくなった
百鬼夜行図も妖怪の「キャラクター化」はしてるでしょう
その程度のキャラクター性すら排すと、妖怪と現象の区別はなかったんじゃないかと思うんだよ
例えばかまいたち、あれは実際はただの現象だったわけだが、鎌を持った鼬という妖怪だった
…あれ逆か
キャラクター性を持たせてはじめて名前がつけられ、それでようやく妖怪として認識できるのか
キャラクター性なしに妖怪は語れない…?
分からない何かは分かるようにするため現象を分析して原因を考察、それで妖怪とその話が同時に生まれる…?
書いてて訳が分からなくなった
考えてみれば、かぐや姫だって宇宙人だものな
竹取物語のクライマックスでは、月の羽衣を帯びた姫は、
人間の世での記憶や情感を失い、月の人に戻ってしまうとある
あのイマジネーションは凄いと想うな
竹取物語のクライマックスでは、月の羽衣を帯びた姫は、
人間の世での記憶や情感を失い、月の人に戻ってしまうとある
あのイマジネーションは凄いと想うな
あら、結論がおかしなことに…寝ぼけてたか
宇宙人は妖怪だ、って言い切ったって俺は違和感はない、ね
宇宙人は妖怪だ、って言い切ったって俺は違和感はない、ね
遠野でも天狗だか鬼だか怪しい巨体の男性が若い娘をさらって孕ましたりしてたなぁ…
ナスカの地上絵やミステリーサークルなんかが宇宙人の仕業みたいな話は
現象の説明であって妖怪の本質と被るとかそんな感じ?
現象の説明であって妖怪の本質と被るとかそんな感じ?
妖怪という言葉は民俗世界で実際に使われていた言葉というよりも、
学問上の分析概念としての性質が強いので、
現地で妖怪と呼ばれているものだけを妖怪とすると、
妖怪の範囲はかなり狭まってしまうし、そういう定義はあまり有効ではないと思う。
たとえば、遊戯とか、民具とか、民謡とかも一緒で、
現地でお手玉のことを遊戯と呼んでいないから、お手玉は遊戯ではない。
と言ったら、遊戯に関する議論はできなくなってしまう。
学問上の分析概念としての性質が強いので、
現地で妖怪と呼ばれているものだけを妖怪とすると、
妖怪の範囲はかなり狭まってしまうし、そういう定義はあまり有効ではないと思う。
たとえば、遊戯とか、民具とか、民謡とかも一緒で、
現地でお手玉のことを遊戯と呼んでいないから、お手玉は遊戯ではない。
と言ったら、遊戯に関する議論はできなくなってしまう。
「妖怪」など一般名詞に近い言葉は、意味の定義をあまり厳密にやらない方がいい気もするがな
普通の人が「なんとなくこんな意味だろう」って所で語る方が、間違いは起こりにくい
もちろんその言葉自体を研究対象にするのなら話は別だが、どうにも妖怪は一般名詞側にいる気がする
ただ専門的な固有名詞と、大衆的な一般名詞の線引きをどこでするのかと言われるとこれが悩ましい
普通の人も「河童」って語は知っているだろうが、大衆的なイメージを持つ妖怪であると同時に、専門的に突き詰めないと解決できない専門性も持っているからな
普通の人が「なんとなくこんな意味だろう」って所で語る方が、間違いは起こりにくい
もちろんその言葉自体を研究対象にするのなら話は別だが、どうにも妖怪は一般名詞側にいる気がする
ただ専門的な固有名詞と、大衆的な一般名詞の線引きをどこでするのかと言われるとこれが悩ましい
普通の人も「河童」って語は知っているだろうが、大衆的なイメージを持つ妖怪であると同時に、専門的に突き詰めないと解決できない専門性も持っているからな
>>543
確かにその通りです
自分でも「何言ってんだコイツ」ってとこが大いにあります
ただ、どうも腑に落ちないところがあるんですよね
実際に狐やら何やらを扱う寺で世話になってたことがありまして
そのときに「果たしてこいつらを何と呼べばいいんだろうか」と疑問に思ったんです
扱われ方があまりにも生々しい、人づてに膾炙するような性質でもない、でも怪異に違いない
「○○が信じられている」というには抵抗は無いが、妖怪という言葉を当てはめるのは腑に落ちないものがある
この辺が妖怪という言葉の限界で、分類される前の怪異は「モノ」ではあっても妖怪とは違うものなのかなと
・・・どうなんでしょう、これ?
なんかこう、民俗学者と現場との温度差ってこの辺が原因な気がするんですよね
確かにその通りです
自分でも「何言ってんだコイツ」ってとこが大いにあります
ただ、どうも腑に落ちないところがあるんですよね
実際に狐やら何やらを扱う寺で世話になってたことがありまして
そのときに「果たしてこいつらを何と呼べばいいんだろうか」と疑問に思ったんです
扱われ方があまりにも生々しい、人づてに膾炙するような性質でもない、でも怪異に違いない
「○○が信じられている」というには抵抗は無いが、妖怪という言葉を当てはめるのは腑に落ちないものがある
この辺が妖怪という言葉の限界で、分類される前の怪異は「モノ」ではあっても妖怪とは違うものなのかなと
・・・どうなんでしょう、これ?
なんかこう、民俗学者と現場との温度差ってこの辺が原因な気がするんですよね
>>545
水木御大以前からキャラ付けされている妖怪(怪異)もいるな
ぬえなんて典型だろうし、上に出て来る八幡の薮知らずに関連する11人御先(将門の影武者たち)とか、
オーサキ(北関東・秩父地方に主に伝わる、狐狸やムジナの類、神様のお先=使い)とかだ
一方には正体不明で曖昧な怪異があり、
もう一方には明確な姿や性格を付与された妖怪たちがいる
怪異とは違うけれども、四国八十八ヶ所の霊場を逆に巡ると、かならずどこかで、
弘法大師さまとすれ違うという伝説が残っている
囲炉裏端での昔話、不思議話が怪談の源ではないかと個人的には考えている
水木御大以前からキャラ付けされている妖怪(怪異)もいるな
ぬえなんて典型だろうし、上に出て来る八幡の薮知らずに関連する11人御先(将門の影武者たち)とか、
オーサキ(北関東・秩父地方に主に伝わる、狐狸やムジナの類、神様のお先=使い)とかだ
一方には正体不明で曖昧な怪異があり、
もう一方には明確な姿や性格を付与された妖怪たちがいる
怪異とは違うけれども、四国八十八ヶ所の霊場を逆に巡ると、かならずどこかで、
弘法大師さまとすれ違うという伝説が残っている
囲炉裏端での昔話、不思議話が怪談の源ではないかと個人的には考えている
何が妖怪で何が妖怪じゃないかなんて突き詰めれば言葉遊びでしかない気もするけどねぇ
UFOや都市伝説が妖怪かって以前にまず鬼ですら妖怪かどうかも人によるだろうし
鬼じゃなくても八岐大蛇とかも妖怪と見るか神と見るか微妙だよね
UFOや都市伝説が妖怪かって以前にまず鬼ですら妖怪かどうかも人によるだろうし
鬼じゃなくても八岐大蛇とかも妖怪と見るか神と見るか微妙だよね
◆ 其の十五(スレ15)>>620–644
百鬼夜行の絵のどれだったかは忘れてしまったんだが仏炎とか太陽とか言われてる部分のすぐ後に
真っ黒い雲のようなものでできてる悪魔みたいな部分があって終わってるのが気になってる
色々文献調べたんだが「圧巻」とかしか書いてなくてその部分の解説が見つからない
んでこれが空亡って言われてるんだよな。
だがどれだけ文献漁っても空亡なんて言葉が出てこないんだ。フィクションだとしても元があると思ってるんだが
もし誰か空亡について少しでも触れられてる(割と堅めな)文献を知ってたら教えて
真っ黒い雲のようなものでできてる悪魔みたいな部分があって終わってるのが気になってる
色々文献調べたんだが「圧巻」とかしか書いてなくてその部分の解説が見つからない
んでこれが空亡って言われてるんだよな。
だがどれだけ文献漁っても空亡なんて言葉が出てこないんだ。フィクションだとしても元があると思ってるんだが
もし誰か空亡について少しでも触れられてる(割と堅めな)文献を知ってたら教えて
>>620
そんなのないよ、あれは現代の創作だから
ttp://dic.pixiv.net/a/%E7%A9%BA%E4%BA%A1%28%E3%81%9D%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%8D%29
そんなのないよ、あれは現代の創作だから
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百鬼夜行絵巻最後のその場面から「全てを飲み込む闇」というイメージを
暦法で天の助力を期待できない時期「天中殺」の別名空亡(くうぼう)から名前と神の力すら及ばないというイメージを
この二つを組み合わせて生み出されたのが架空の大妖怪空亡(そらなき)
まあある意味新しい妖怪誕生の実例なのかもしれない
現に>>620自身のように古来からの由緒ある妖怪だと思い込んでいる人もいるわけだし
暦法で天の助力を期待できない時期「天中殺」の別名空亡(くうぼう)から名前と神の力すら及ばないというイメージを
この二つを組み合わせて生み出されたのが架空の大妖怪空亡(そらなき)
まあある意味新しい妖怪誕生の実例なのかもしれない
現に>>620自身のように古来からの由緒ある妖怪だと思い込んでいる人もいるわけだし
大神の制作者が言ったことを鵜呑みにした一部の信者が
最強の妖怪だって自慢げにあちこちで広め回ってんだよなぁ…
最強の妖怪だって自慢げにあちこちで広め回ってんだよなぁ…
他に現代の創作大妖怪というと水木御大のバックベアードだな
…ネット界隈じゃ「このロリコンどもめ!」と凄むだけの全然違うキャラになってるけどw;
…ネット界隈じゃ「このロリコンどもめ!」と凄むだけの全然違うキャラになってるけどw;
ぬらりひょんが妖怪の総大将だってのも、水木しげるが広めて定着してしまった設定だな
実のところは姿以外よくわかってない妖怪なのに
実のところは姿以外よくわかってない妖怪なのに
ファン向けにいわば内輪ネタの冗談として言っただけだろうにねー
それを外に持ち出してしかも押し付けると言うのはどうかと
ルーミアの正体は空亡、つまりZUNがパクった(キリッとか言っちゃうのもいるし…発売年くらい確認しろと
それを外に持ち出してしかも押し付けると言うのはどうかと
ルーミアの正体は空亡、つまりZUNがパクった(キリッとか言っちゃうのもいるし…発売年くらい確認しろと
総大将とはちょっと違うけど妖怪で自ら魔王と名乗ったのに山ン本五郎左衛門と神野悪五郎ってのがいたな
こいつらもよくわからん奴らだが
こいつらもよくわからん奴らだが
そもそも日本はキリスト教やイスラム教のような一神教文化圏ではないし
強大な権力を持った皇帝が一元的に統治する制度も定着しなかった
だからそーいう物のダークバージョンであるところの
災厄をなす悪鬼とか魔物とかの究極の大王とか総大将とかいう発想自体
近代にキリスト教世界的な善悪世界観や帝国主義的な帝王像が
普及する以前にはあんまりなかったんじゃないのかという気がする
強大な権力を持った皇帝が一元的に統治する制度も定着しなかった
だからそーいう物のダークバージョンであるところの
災厄をなす悪鬼とか魔物とかの究極の大王とか総大将とかいう発想自体
近代にキリスト教世界的な善悪世界観や帝国主義的な帝王像が
普及する以前にはあんまりなかったんじゃないのかという気がする
江戸時代に見越し入道が妖怪の大将とされてたらしいぜ
なんで見越し入道なんだろう
意外性を狙ったのか、ネタ扱いだったのか、妖怪絵草紙によく出てくるからなのか、どっしりとしたオッサンだからなのか
あるいは妖怪萌えの変態にとっての自己投影の対象としてちょうど良かったからなのか
意外性を狙ったのか、ネタ扱いだったのか、妖怪絵草紙によく出てくるからなのか、どっしりとしたオッサンだからなのか
あるいは妖怪萌えの変態にとっての自己投影の対象としてちょうど良かったからなのか
見上げる限りは無限に大きくなるから、ダイダラボッチと同一視でもしたのかね?(もののけ姫のラストに似てるしw)
まあそれでも、妖怪の大将とするには弱いかなあ……
>>629
その概念は武家社会が成立して以降、少なくとも江戸時代にはあったんじゃないかな?
「大将」という位は律令制度内にあるけど(左近衛大将・右近衛大将。どちらもカミ扱い)、性質としては部局の事務長官であって軍を統率するものではないからこれは違うとして
ところで多数の妖怪が軍列を成して練り歩く百鬼夜行には、ただ行列で歩いているだけで、上下関係はあるかも知れないけど誰が殿とか関係がない所謂盆踊り状態のもの
百鬼夜行の初出は平安末期になるけど、この時点ではまだ妖怪の大将って概念はない、あるいは薄いんだろうね
さて「妖怪の“大将”」のように使われる「大将」の用法は、軍職のトップであって、妥当に判断すれば「征夷“大将”軍」の略称じゃないかな(上古時代に「大将軍」って職もあったけど、これは違う気がする)
確かに皇帝のような絶対権力を持つ者ではないけど、庶民の間でも将軍が日本を治めてるって意識はあったと思うよ?
特に江戸時代になると、人々の往来も活発で情報の共有も頻繁に行われ、化政文化だの色々花開いたことだし
>>620-631で挙げられてる見越し入道もぬらりひょんも稲生物怪録の二人も、実際全部江戸時代の本が出典なんだよね(空亡・ベアード様除く。前者は創作、後者は海外)
石燕先生も江戸時代の人だし、今ある妖怪像ってのは江戸時代に中興した気がするね(ただし石燕は狩野派の決まり事を結構守って描いてることから、室町時代には既にあったと考えることもできるので「江戸時代から」とは名言できない)
まあそれでも、妖怪の大将とするには弱いかなあ……
>>629
その概念は武家社会が成立して以降、少なくとも江戸時代にはあったんじゃないかな?
「大将」という位は律令制度内にあるけど(左近衛大将・右近衛大将。どちらもカミ扱い)、性質としては部局の事務長官であって軍を統率するものではないからこれは違うとして
ところで多数の妖怪が軍列を成して練り歩く百鬼夜行には、ただ行列で歩いているだけで、上下関係はあるかも知れないけど誰が殿とか関係がない所謂盆踊り状態のもの
百鬼夜行の初出は平安末期になるけど、この時点ではまだ妖怪の大将って概念はない、あるいは薄いんだろうね
さて「妖怪の“大将”」のように使われる「大将」の用法は、軍職のトップであって、妥当に判断すれば「征夷“大将”軍」の略称じゃないかな(上古時代に「大将軍」って職もあったけど、これは違う気がする)
確かに皇帝のような絶対権力を持つ者ではないけど、庶民の間でも将軍が日本を治めてるって意識はあったと思うよ?
特に江戸時代になると、人々の往来も活発で情報の共有も頻繁に行われ、化政文化だの色々花開いたことだし
>>620-631で挙げられてる見越し入道もぬらりひょんも稲生物怪録の二人も、実際全部江戸時代の本が出典なんだよね(空亡・ベアード様除く。前者は創作、後者は海外)
石燕先生も江戸時代の人だし、今ある妖怪像ってのは江戸時代に中興した気がするね(ただし石燕は狩野派の決まり事を結構守って描いてることから、室町時代には既にあったと考えることもできるので「江戸時代から」とは名言できない)
実際変化もできない見越し入道は総大将にふさわしくないと言って狐や狸とかの動物軍勢が反乱起こすって話が江戸時代の本にあったなww
なんで見越しなんだろうね
なんで見越しなんだろうね
あくまでも私見だけど、あれは文字通り「これにてこの百鬼夜行はおしまい」という意味だけでそれ以上でもそれ以下でもないと思う>百鬼夜行絵巻の最後
「我が物顔に振舞う百鬼夜行も日の出とともに追い立てられ、そして日の入りとともにまた新たな百鬼夜行が生まれる」程度の暗喩は含まれているかもしれないが
で、荒俣宏がデザイナーとして妖怪を描いた本「陰陽妖怪絵札」の中で暁という現象に「太陽に切り裂かれる闇」という概念と形を与え
大神スタッフがゲームに相応しいオリジナルの妖怪を設定するモチーフに利用しようとして現象から妖怪へと改変した
そしてその最強設定に厨二心をくすぐられたファン(庶民)が色々な設定を付加してひとつの確固たる形を与えていく
…というまさに典型的な妖怪誕生の経緯をなぞっているんだろう
「我が物顔に振舞う百鬼夜行も日の出とともに追い立てられ、そして日の入りとともにまた新たな百鬼夜行が生まれる」程度の暗喩は含まれているかもしれないが
で、荒俣宏がデザイナーとして妖怪を描いた本「陰陽妖怪絵札」の中で暁という現象に「太陽に切り裂かれる闇」という概念と形を与え
大神スタッフがゲームに相応しいオリジナルの妖怪を設定するモチーフに利用しようとして現象から妖怪へと改変した
そしてその最強設定に厨二心をくすぐられたファン(庶民)が色々な設定を付加してひとつの確固たる形を与えていく
…というまさに典型的な妖怪誕生の経緯をなぞっているんだろう
みこしは担ぐもんだからじゃねーの?
↑うまいっっ!
とりあえず空亡の名前やら設定の大本は天中殺からってことでいいのかな?
サンクス
ハプスブルクは美女が生まれすぎちゃったね
サンクス
ハプスブルクは美女が生まれすぎちゃったね
元々片田舎の一豪族に過ぎなかったはずが、後に古代ローマから続く由緒ある家柄ということになってしまったハプスブルク家
ぬらりひょんや空亡はまさに妖怪のハプスブルク家といったところだろうか
ぬらりひょんや空亡はまさに妖怪のハプスブルク家といったところだろうか
>>635
納得しすぎて困る
妖怪ってメインカルチャーに対する二次創作だからそうなるのが自然だよな
>>632
同意です
最高権力者が居て、その人の国である~って認識はあったと思います
天皇と将軍のどっちが来ても構造上の違いは無いわけですし
サタン的なものが存在しないのは、悪魔や夜叉といった「悪」を祀り上げてしまった
あるいはその地位へ仏や明王といった存在が君臨しているせいかと思います
密教ではインド時代から悪鬼である夜叉や羅刹を力の表示として積極的に取り込んできました
例えば暴悪憤怒尊、偉大なる夜叉の通称で呼ばれる不動明王を代表とした明王部の尊
一切のビナヤカを統率する鬼神の大将である歓喜天尊、薬師十二神将や毘沙門天王の眷属など
また、大乗仏教の時代から既に「一切衆生を救う」という理想が悪魔にまで及んでいたようで
涅槃経にはマーラ様が臨終際のお釈迦様へ呪と供物をささげて帰順する話があります(供養は受け取ってもらえませんでしたが・・・)
異教の主神である大自在天(マケイシュラ天)も魔王のごとく扱われてながら「帰順して成仏の保障を受けた」とされていたりして面白いです
日本の仏教は大乗仏教ですから、聖徳太子が国教にしただろう時期には上の世界観が大真面目に研究されだします
さらに弘法大師・慈覚大師の入唐によって(より狂暴で非常に悪魔的な)密教が伝わるにいたり、視覚的にも悪魔と仏の区別が付きにくくなりました
密教の思想はすぐに「鬼」と同情的な山岳の世界観と融合し、中世の修験者たちが十界一如、理智不二、煩悩即菩提の思想を完成させることになります
このともすれば過激な思想は中世の遊行者たちによって全国へ流布されました
(第六天魔王は仏教の多くの宗派で四魔の一角を成す自在天魔のボスとして認知されていましたが
涅槃経に典拠を求めたのでしょうか、修験者の中には実際にこの天を信仰する者も居たようです
両部神道の世界観、神仏習合の裾野でも魔王らしい魔王として振舞ってるのですが・・・派閥なのかファンキーだったのか)
また、力あるものを善悪の区別無く祀り上げる古代のアニミズムの影響も忘れてはいけません
(修験だけじゃなく、庶民レベルでは色んなとこへ影響してるはずです
そもそも神仏習合なんてこれが無ければ起こりません)
このように要因が複雑絡みあって
「一定以上の力ある存在は必ず誰かに祀られる」土壌が成立してしまったのかなと
ミカボシさんは知名度が残念すぎたよね・・・
納得しすぎて困る
妖怪ってメインカルチャーに対する二次創作だからそうなるのが自然だよな
>>632
同意です
最高権力者が居て、その人の国である~って認識はあったと思います
天皇と将軍のどっちが来ても構造上の違いは無いわけですし
サタン的なものが存在しないのは、悪魔や夜叉といった「悪」を祀り上げてしまった
あるいはその地位へ仏や明王といった存在が君臨しているせいかと思います
密教ではインド時代から悪鬼である夜叉や羅刹を力の表示として積極的に取り込んできました
例えば暴悪憤怒尊、偉大なる夜叉の通称で呼ばれる不動明王を代表とした明王部の尊
一切のビナヤカを統率する鬼神の大将である歓喜天尊、薬師十二神将や毘沙門天王の眷属など
また、大乗仏教の時代から既に「一切衆生を救う」という理想が悪魔にまで及んでいたようで
涅槃経にはマーラ様が臨終際のお釈迦様へ呪と供物をささげて帰順する話があります(供養は受け取ってもらえませんでしたが・・・)
異教の主神である大自在天(マケイシュラ天)も魔王のごとく扱われてながら「帰順して成仏の保障を受けた」とされていたりして面白いです
日本の仏教は大乗仏教ですから、聖徳太子が国教にしただろう時期には上の世界観が大真面目に研究されだします
さらに弘法大師・慈覚大師の入唐によって(より狂暴で非常に悪魔的な)密教が伝わるにいたり、視覚的にも悪魔と仏の区別が付きにくくなりました
密教の思想はすぐに「鬼」と同情的な山岳の世界観と融合し、中世の修験者たちが十界一如、理智不二、煩悩即菩提の思想を完成させることになります
このともすれば過激な思想は中世の遊行者たちによって全国へ流布されました
(第六天魔王は仏教の多くの宗派で四魔の一角を成す自在天魔のボスとして認知されていましたが
涅槃経に典拠を求めたのでしょうか、修験者の中には実際にこの天を信仰する者も居たようです
両部神道の世界観、神仏習合の裾野でも魔王らしい魔王として振舞ってるのですが・・・派閥なのかファンキーだったのか)
また、力あるものを善悪の区別無く祀り上げる古代のアニミズムの影響も忘れてはいけません
(修験だけじゃなく、庶民レベルでは色んなとこへ影響してるはずです
そもそも神仏習合なんてこれが無ければ起こりません)
このように要因が複雑絡みあって
「一定以上の力ある存在は必ず誰かに祀られる」土壌が成立してしまったのかなと
ミカボシさんは知名度が残念すぎたよね・・・
◆ 其の十八(スレ18)>>920–930
意味が無い事象、名前の無い事象、はっきりしない事象にそれぞれ意味を与えるのが言葉だからな
言葉に出した時点ではっきりするんだろう
言葉に出した時点ではっきりするんだろう
「明日」と「昨日」、つまり「今日」が入ってないもんな
言葉にしたせいで却ってややこしくなったモノも多いけどな
ケガレとか妖怪とか
ケガレとか妖怪とか
「差別」と同じで、はっきりしてない事が許せない人を納得させる為にわかんないモノを「妖怪」って言葉で括っちゃったからなあ
正体がはっきりしない、表す言葉がない、そういったものを説明するために名称を与えたら却ってますますわけわかんなくなったり
そういえば言葉にもいろいろ素敵な話があるよな。
言霊っていうのは人の心に作用する言葉の力を霊的に説明したものなのかな…?
名前は忘れたが、空中に書いた文字を「早く消せ、何か悪さをしたらどうする」と言ったことで
有名な文学家の話をどこかで聞いた気がする。
あのトンデモの代名詞とされている「水は語る」も、人の心に作用する、先入k…じゃなかった、
人間の錯覚として論じれば、内容は同じでもあんな扱いをされなかっただろうに…これも言霊の仕業か。
言霊っていうのは人の心に作用する言葉の力を霊的に説明したものなのかな…?
名前は忘れたが、空中に書いた文字を「早く消せ、何か悪さをしたらどうする」と言ったことで
有名な文学家の話をどこかで聞いた気がする。
あのトンデモの代名詞とされている「水は語る」も、人の心に作用する、先入k…じゃなかった、
人間の錯覚として論じれば、内容は同じでもあんな扱いをされなかっただろうに…これも言霊の仕業か。
初めから道徳や倫理を語るためのファンタジーとか寓話って言っとけばよかったものを
「科学的に証明できる」とか大ボラ吹いたせいで残念な結果に終わってしまったのが惜しい
「科学的に証明できる」とか大ボラ吹いたせいで残念な結果に終わってしまったのが惜しい
でも水云々とか、音楽どうこうっていうのも、確かにトンデモではあるが
そういった考え方をするのも、もしかしたらアリなのかもしれないな…
正しいか間違ってるかじゃなく、考える事こそ大切というか、うまく言えないけど
「考えるあなたの権利を保有してください。なぜなら、まったく考えないことよりは誤ったことも考えてさえすれば良いのです」
「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」
これらの言葉を遺したヒュパティアという女性の哲学者が、キリスト教徒によって虐殺されたということをさっき知ったが、
考えをやめること、特定の考えに思考停止してしまうということは
それが正しいか誤ってるかはともかく、一つの思考停止がある程度力を持ってしまうと、
それを錦の御旗として対抗勢力やマイノリティに対して、残虐な行為も正当化してしまいそして平気で行わせてしまうんだな、
と改めて思ってしまった(小並感)
ネット上での、多数意見の書き込みに便乗して、(少数意見の書き込みに対して)話の本筋とは関係ない中傷を始めるような奴が現れるのも、そのケースの一種なんだろうな
そういった考え方をするのも、もしかしたらアリなのかもしれないな…
正しいか間違ってるかじゃなく、考える事こそ大切というか、うまく言えないけど
「考えるあなたの権利を保有してください。なぜなら、まったく考えないことよりは誤ったことも考えてさえすれば良いのです」
「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」
これらの言葉を遺したヒュパティアという女性の哲学者が、キリスト教徒によって虐殺されたということをさっき知ったが、
考えをやめること、特定の考えに思考停止してしまうということは
それが正しいか誤ってるかはともかく、一つの思考停止がある程度力を持ってしまうと、
それを錦の御旗として対抗勢力やマイノリティに対して、残虐な行為も正当化してしまいそして平気で行わせてしまうんだな、
と改めて思ってしまった(小並感)
ネット上での、多数意見の書き込みに便乗して、(少数意見の書き込みに対して)話の本筋とは関係ない中傷を始めるような奴が現れるのも、そのケースの一種なんだろうな
◆ 其の十九(スレ19)>>598–609
そもそも都市伝説と妖怪は似て非なるものだろ
紫 「私、キレイ?」
都市伝説の、人面犬や口裂け女?花子さんとかは一昔前の妖怪、くねくねなんかはまさに現代の妖怪だと思うなぁ
妖怪はまず定義が広すぎて広義では拾い上げようもないけど・・・
狭義になるが妖怪の説明で未知の現象に対する説明ってのを考えると妖怪とは成り立ちが違うと思うんだがな
狭義になるが妖怪の説明で未知の現象に対する説明ってのを考えると妖怪とは成り立ちが違うと思うんだがな
妖怪って基本的に狭く深くなっていくもんだと思うんだよな
それが近所でも「あーあるある」みたいになると少しずつ広がっていく
広範囲に広がってる妖怪ってのはそれだけ広い範囲で行われてる営みを表すみたいな
都市伝説系の妖怪ってそういうのとは違うんだよな
どこかの街中とかどこかの学校とか、土地に縛られないタイプの妖怪
感覚としては墓地にいる火の玉とか柳の下の幽霊に近い印象
それが近所でも「あーあるある」みたいになると少しずつ広がっていく
広範囲に広がってる妖怪ってのはそれだけ広い範囲で行われてる営みを表すみたいな
都市伝説系の妖怪ってそういうのとは違うんだよな
どこかの街中とかどこかの学校とか、土地に縛られないタイプの妖怪
感覚としては墓地にいる火の玉とか柳の下の幽霊に近い印象
妖怪と都市伝説の違いは「妖怪の定義論」になるので、それこそ十人十色に意見が割れる
事実数スレ前にも同じようにして侃々諤々やりあった記憶があるw
個人的には両者の違いは宗教性を感じるかどうかなんだと思う
都市伝説からは宗教的畏怖を感じにくいのに対して、柳田翁の言葉を借りれば妖怪は零落した
神仏なので「祟られる」に近い恐怖があるんじゃないだろうか
一方妖怪の中でも付喪神なんだが彼らは同じ神の中でも八百万神の具現化だから抱く感情は
祖霊神に対するものと同質、つまり畏怖と親近感が同居した状態かな
>>603
妲妃だとメジャー過ぎるかなと思ってジンガ女王を出したんだが、確かにシュールだなぁ
確かに侵略したポルトガルの捏造というのもありうる話
でもどんな神話・伝説でも全くのゼロから作り上げたものなどないのでどれかは真なのだと思う
男を侍らせて食い漁っていたってのが一人歩きしてあぁなっただけなのかも知れないw
事実数スレ前にも同じようにして侃々諤々やりあった記憶があるw
個人的には両者の違いは宗教性を感じるかどうかなんだと思う
都市伝説からは宗教的畏怖を感じにくいのに対して、柳田翁の言葉を借りれば妖怪は零落した
神仏なので「祟られる」に近い恐怖があるんじゃないだろうか
一方妖怪の中でも付喪神なんだが彼らは同じ神の中でも八百万神の具現化だから抱く感情は
祖霊神に対するものと同質、つまり畏怖と親近感が同居した状態かな
>>603
妲妃だとメジャー過ぎるかなと思ってジンガ女王を出したんだが、確かにシュールだなぁ
確かに侵略したポルトガルの捏造というのもありうる話
でもどんな神話・伝説でも全くのゼロから作り上げたものなどないのでどれかは真なのだと思う
男を侍らせて食い漁っていたってのが一人歩きしてあぁなっただけなのかも知れないw
まぁ妖怪と都市伝説の違いは言い方の問題と暗黙の了解みたいなもんだろ
刀を剣と呼んでも間違いじゃないが、共通認識では刀は片刃で反りがあるアレみたいな
刀を剣と呼んでも間違いじゃないが、共通認識では刀は片刃で反りがあるアレみたいな
大雑把なくくりだけど、テレビ普及以前の超常現象は妖怪で普及以降は都市伝説なのかなと思っている
>>606
京極堂が「例えば河童とヒョウスベのような似ているけれど名前が違うものは、なにか理由があるから表示を分けているんだ」って言ってた
仮に本当は理由がないにしても、それをあーだこーだ考えるのが楽しいんじゃないか
うら
ところで刀剣を色々調べたことのある身としては、刀と剣とを混同する向きにはいまいち賛同できんのだがどうしたものか
うら
京極堂が「例えば河童とヒョウスベのような似ているけれど名前が違うものは、なにか理由があるから表示を分けているんだ」って言ってた
仮に本当は理由がないにしても、それをあーだこーだ考えるのが楽しいんじゃないか
うら
ところで刀剣を色々調べたことのある身としては、刀と剣とを混同する向きにはいまいち賛同できんのだがどうしたものか
うら
◆ 其の二十五(スレ25)>>720–765
後者だとまんま妖怪と被ってしまうなそれ
妖怪との差別化のために普通は巫女を通して距離を置くのかもしれねえ
妖怪は妖怪で昨今はこちら側でもマスコット化が進んでいるようだが
神様もゲームに登場させられてはボコられるというのもいいのか悪いのか
神奈子あたりだと「出してくれるのは有難いけどもっと強くして欲しいねえ」とかスマホいじりながら言ってそう
神様もゲームに登場させられてはボコられるというのもいいのか悪いのか
神奈子あたりだと「出してくれるのは有難いけどもっと強くして欲しいねえ」とかスマホいじりながら言ってそう
どの範囲、どの部分を指して「妖怪と変わらない」なのかだよなぁ。
逆に考えれば区分けされてる以上、
何らかの違いはあるわけで、それは何なんだろうか。
逆に考えれば区分けされてる以上、
何らかの違いはあるわけで、それは何なんだろうか。
妖怪とか神とかはどちらも所謂カミで、
そのうち畏れより恐れの比率が高かったり、「おそれ」の総量が少ないのが妖怪
…だと個人的には思ってるんだけどどうなんだろう
そのうち畏れより恐れの比率が高かったり、「おそれ」の総量が少ないのが妖怪
…だと個人的には思ってるんだけどどうなんだろう
妖怪は何らかの対処法がある
神は祀ることでしか鎮められない
……みたいなイメージ
神は祀ることでしか鎮められない
……みたいなイメージ
妖怪も神も人々の思いから具現化あるいは偶像化されたものなんじゃないかなあって考えてる
人間を人種で分けるように妖怪も神もそういった区切りなだけであって大元は同じなんじゃないかな
某ゲームなんかだと悪魔も天使も神もみんな「悪魔」で一括りにされてるし、そんな感じの分類
人間を人種で分けるように妖怪も神もそういった区切りなだけであって大元は同じなんじゃないかな
某ゲームなんかだと悪魔も天使も神もみんな「悪魔」で一括りにされてるし、そんな感じの分類
>>728
一般的には神は良い存在、妖怪は悪い存在と思われているけど、そうではないのではと思う
神と妖怪の区別、それは人々の間でその存在がどれだけおそれられているか(=信仰の量はどうか)だと思うな、
善悪はそこまで関係ない
太陽は光と恵みをもたらすすごいものだけど、日照りとかを起こすのも太陽なようにね
すごい!とされているものは神、(神と比べて)そんなにすごくないのでは?と思われているのは妖怪
ケガレを司る存在だって、強大なものは神として祀られているし、一部の天狗など、妖怪でも強大なものは信仰されてたりするし、酒呑童子だって神社持ちだし、
個人的には八岐大蛇とかもただの怪物じゃなく神だと思うし
害をもたらすものでも、その害が極端に強くて退治が出来ないから、機嫌を損ねないように祀る、
そうして害が起きないように=良いものをもたらしてくれるように、お願いする
逆に妖怪って害になるものだけではなく不思議現象とかも含まれてたり、そうでなくとも退治できたり、しっかり祀るほどでもねーな、という奴が妖怪かな
妖怪に害を成すものが多いのは、妖怪だから悪いことをするのではなくて、
そういう畏れより恐れの比率が高い存在は害を成すゆえに必然的に信仰の集まりが悪くて、神になれないんじゃないかな
つまり諏訪子とかミシャグジ様のような祟り神はどちらかというと神の側かね
何故なら、その祟りの強大さ故に、おそれられ祀られたから
…まあでも、神と妖怪には区別はあるけど明確な境界はないだろうし、神か妖怪か?と聞かれてしっかり答えを出すというのがそもそも難しい気もする
酒呑童子の神社がどうたらとか言ったけど、彼が妖怪であることは事実な訳だし、妖怪だけど社がある、なんて普通だし、妖怪=悪というイメージはやっぱり強いし
そもそも原始の神道ではどっちも「カミ」であったろうしなあ…
秋姉妹や雛については、秋の実りをもたらしたり厄を受けてくれたりしている、つまり害になることは全くしてないし寧ろ人間の益になってる、だから信仰もされてる、だから神
でも如何せんその信仰の量が問題、豊穣の神は他にもっとメジャーなのがいるからその分信仰が少なくなるし、
雛はいいことしてるけど「厄を扱う」というマイナスイメージ故に信仰が集まりにくい(厄払いの神にもっとメジャーなのがいるのも一因かな)
だから種族表記は、原始神道のカミにニュアンスの近い八百万の神と、わざわざマイナスイメージのある厄神になってて、「ほとんど妖怪」扱いなんじゃないかな
なんか長々と書いてすまない、私は別に専門家とかではないから、言ってることに間違いがあるかもしれんけど、まあ許して
一般的には神は良い存在、妖怪は悪い存在と思われているけど、そうではないのではと思う
神と妖怪の区別、それは人々の間でその存在がどれだけおそれられているか(=信仰の量はどうか)だと思うな、
善悪はそこまで関係ない
太陽は光と恵みをもたらすすごいものだけど、日照りとかを起こすのも太陽なようにね
すごい!とされているものは神、(神と比べて)そんなにすごくないのでは?と思われているのは妖怪
ケガレを司る存在だって、強大なものは神として祀られているし、一部の天狗など、妖怪でも強大なものは信仰されてたりするし、酒呑童子だって神社持ちだし、
個人的には八岐大蛇とかもただの怪物じゃなく神だと思うし
害をもたらすものでも、その害が極端に強くて退治が出来ないから、機嫌を損ねないように祀る、
そうして害が起きないように=良いものをもたらしてくれるように、お願いする
逆に妖怪って害になるものだけではなく不思議現象とかも含まれてたり、そうでなくとも退治できたり、しっかり祀るほどでもねーな、という奴が妖怪かな
妖怪に害を成すものが多いのは、妖怪だから悪いことをするのではなくて、
そういう畏れより恐れの比率が高い存在は害を成すゆえに必然的に信仰の集まりが悪くて、神になれないんじゃないかな
つまり諏訪子とかミシャグジ様のような祟り神はどちらかというと神の側かね
何故なら、その祟りの強大さ故に、おそれられ祀られたから
…まあでも、神と妖怪には区別はあるけど明確な境界はないだろうし、神か妖怪か?と聞かれてしっかり答えを出すというのがそもそも難しい気もする
酒呑童子の神社がどうたらとか言ったけど、彼が妖怪であることは事実な訳だし、妖怪だけど社がある、なんて普通だし、妖怪=悪というイメージはやっぱり強いし
そもそも原始の神道ではどっちも「カミ」であったろうしなあ…
秋姉妹や雛については、秋の実りをもたらしたり厄を受けてくれたりしている、つまり害になることは全くしてないし寧ろ人間の益になってる、だから信仰もされてる、だから神
でも如何せんその信仰の量が問題、豊穣の神は他にもっとメジャーなのがいるからその分信仰が少なくなるし、
雛はいいことしてるけど「厄を扱う」というマイナスイメージ故に信仰が集まりにくい(厄払いの神にもっとメジャーなのがいるのも一因かな)
だから種族表記は、原始神道のカミにニュアンスの近い八百万の神と、わざわざマイナスイメージのある厄神になってて、「ほとんど妖怪」扱いなんじゃないかな
なんか長々と書いてすまない、私は別に専門家とかではないから、言ってることに間違いがあるかもしれんけど、まあ許して
そいや文は風神少女だっけ。実際、里に風神視する人がおるかどうかは知らんけど
紫やてゐあたりは神らしく無さを振りまいて神化を防いでいるようにも見える
紫やてゐあたりは神らしく無さを振りまいて神化を防いでいるようにも見える
確かにてゐ辺りは一歩間違えば神にされかねないもんなぁ
八意先生に至ってはややこしい立ち位置だし
八意先生に至ってはややこしい立ち位置だし
マミゾウさんもある意味神様に近い妖怪かな?
永琳もどうなるやら。凄い医者が神化した例も結構あるし
神化しないとなると科学が前面に出そうな気もするし
ある程度神っぽいような雰囲気にしたほうが摩擦減らせるかな郷の場合
神化しないとなると科学が前面に出そうな気もするし
ある程度神っぽいような雰囲気にしたほうが摩擦減らせるかな郷の場合
>>279
諏訪子やミシャグジはちゃんとした神徳があっての神様なわけで
(諏訪の信仰で行けばアニミズムって感じだけど)
祟りが怖いからってだけで祀られたわけではなかろうに
大体の神様怒らせたらそれなりに罰を食らうもんだ
秋姉妹への信仰は一つの集落または集団の産土や氏神くらいなイメージ
諏訪子やミシャグジはちゃんとした神徳があっての神様なわけで
(諏訪の信仰で行けばアニミズムって感じだけど)
祟りが怖いからってだけで祀られたわけではなかろうに
大体の神様怒らせたらそれなりに罰を食らうもんだ
秋姉妹への信仰は一つの集落または集団の産土や氏神くらいなイメージ
ちょっと質問、鈴奈庵にでてたヤマタノオロチって土着神でいいんかね
それともただの妖怪?
それともただの妖怪?
ヤマタノオロチは神から妖怪へと成り下がった存在と聞いた事がある
そも神と妖怪の違いとはなんぞや
信仰があるか否かかなあ
他にもあるかもしれないけど一番の違いはここじゃないかな
他にもあるかもしれないけど一番の違いはここじゃないかな
もっと単純に損得の度合いだろう。
悪い影響があっても益が上回れば神(それでも荒神か祟り神)扱いで、
益もなければ妖怪扱い。
いわゆる発酵と腐敗みたいな扱い。
悪い影響があっても益が上回れば神(それでも荒神か祟り神)扱いで、
益もなければ妖怪扱い。
いわゆる発酵と腐敗みたいな扱い。
人間にとって都合がよければ神、悪ければ妖怪って分けているって聞いたことがある
ヤマタノオロチの祟りってなんだろうか
水か山の災害? でも実害は女関連だよなクシナダヒメうんぬんとか
水か山の災害? でも実害は女関連だよなクシナダヒメうんぬんとか
蛇は水が主じゃないかなとは思うけども
昔読んだ民俗学の本では雷に結びつけてたりもした
昔読んだ民俗学の本では雷に結びつけてたりもした
つい先日の広島豪雨でも、崩壊した沢の地名が
「八木蛇落地悪谷(やぎ じゃらく じあしだに)」だったね
「八木蛇落地悪谷(やぎ じゃらく じあしだに)」だったね
長野県南木曾辺りも土石流なんかを「蛇抜(じゃぬけ)」と言うしな。
なお、山脈一つ越えた所にゃ水害を身を挺して防いだ「蛇石」の伝承が残っている。
ほんと、神と妖怪は紙一重だよ。
なお、山脈一つ越えた所にゃ水害を身を挺して防いだ「蛇石」の伝承が残っている。
ほんと、神と妖怪は紙一重だよ。
◆ 其の二十六(スレ26)>>246–252
これはもしや・・・
しずおか安全安心情報
【静岡県】エスピーくん安心メール《不審者情報》(声かけ事案発生)
[件名]声かけ事案発生
[日時]2/20(金)17:45ころ
[場所]富士市市一色 道路上(富士警察署管内)
[状況]下校途中、どこからか「見えてるよ」と声をかけられた
[遭遇者]高校生・女子
[行為者]男性、その他特徴不明
警察からのお願い:不審者(車)に遭遇した、あるいは目撃した場合は、
最寄りの警察署・交番に通報(緊急時は110番)してください。※メールでの返信はできません。
発信元:静岡県警察本部
ttp://anzn.net/shizuoka/info/index.php?i=1362
しずおか安全安心情報
【静岡県】エスピーくん安心メール《不審者情報》(声かけ事案発生)
[件名]声かけ事案発生
[日時]2/20(金)17:45ころ
[場所]富士市市一色 道路上(富士警察署管内)
[状況]下校途中、どこからか「見えてるよ」と声をかけられた
[遭遇者]高校生・女子
[行為者]男性、その他特徴不明
警察からのお願い:不審者(車)に遭遇した、あるいは目撃した場合は、
最寄りの警察署・交番に通報(緊急時は110番)してください。※メールでの返信はできません。
発信元:静岡県警察本部
ttp://anzn.net/shizuoka/info/index.php?i=1362
もはやどんどん怪談話に近付いてるじゃねぇか
妖怪の正体の一部は変態だったのだろうなあ
山男とか攫われた時に自分や周りを納得させるためのものだっただろうしな
それこそ「天狗の仕業じゃ」って奴だね
変態の正体の一部は妖怪であると信じる
お?加牟波理入道さんの話か?
◆ 其の二十七(スレ27)>>91–100
妖怪や幽霊の報告談は江戸の町が一番多かったとか
意外に都会派らしい
意外に都会派らしい
そりゃまぁ人間自体が多いだろうからなぁ
どうせ死んだならと江戸観光に来た幽霊も結構いたかもしれないけど
どうせ死んだならと江戸観光に来た幽霊も結構いたかもしれないけど
「野暮と化け物は箱根の先にしかいない」と言いつつ
その手の話は好きなのね江戸っ子
その手の話は好きなのね江戸っ子
上方(京に大阪)にはあんまり怪異談はない気も
上方は宮中が怪異の巣窟だからなあ
上方は古い怪異が多すぎて、あまり江戸時代には創作されなかった感じ
今昔物語やら宇治拾遺物語やら
今昔物語やら宇治拾遺物語やら
◆ 其の二十五(スレ25)>>308–314
別スレで話題になってふと疑問に思ったが、妖怪には心臓ってあるのかね
なんだい、向日葵畑の住人かい?
人魚の剥製(もちろん偽物)には骨やら臓器やら付いてるから、あるんじゃないの?
吸血鬼の場合、心臓に白木の杭を打ち込むのが倒す条件だしね
もっとも面霊気のような妖怪にまで心臓があるかは分からんが
人魚の剥製(もちろん偽物)には骨やら臓器やら付いてるから、あるんじゃないの?
吸血鬼の場合、心臓に白木の杭を打ち込むのが倒す条件だしね
もっとも面霊気のような妖怪にまで心臓があるかは分からんが
生命体にはその根源的な核はあるんじゃない
人間の場合は心臓だけど妖怪はどうなんだろう
人型だと心臓っぽいけれど、鵺とかみたいなのは複数だったりそもそも別物な気もするしなあ
人間の場合は心臓だけど妖怪はどうなんだろう
人型だと心臓っぽいけれど、鵺とかみたいなのは複数だったりそもそも別物な気もするしなあ
>>310
人間にとっての心臓は、根源的な核ではない気もするが
臓器やら血液やら、どれが欠けても不具合を起こす
例えば人間の場合、心臓は無事でもヘッドショットで脳を壊されたら死ぬとかな
あと日本の場合は三魂七魄の方が重要だったりするのか、
「特定の臓器を攻撃したから退散できた」というのは余り聞かないな
鵺退治は刀で刺したとだけ、八岐大蛇は切ったまたは切り刻んだとだけしかない
話は変わるが、そういえばイカやらタコやらは心臓が複数あったような気がする
ひょっとすると名状しがたい邪神どもの心臓も?
人間にとっての心臓は、根源的な核ではない気もするが
臓器やら血液やら、どれが欠けても不具合を起こす
例えば人間の場合、心臓は無事でもヘッドショットで脳を壊されたら死ぬとかな
あと日本の場合は三魂七魄の方が重要だったりするのか、
「特定の臓器を攻撃したから退散できた」というのは余り聞かないな
鵺退治は刀で刺したとだけ、八岐大蛇は切ったまたは切り刻んだとだけしかない
話は変わるが、そういえばイカやらタコやらは心臓が複数あったような気がする
ひょっとすると名状しがたい邪神どもの心臓も?
◆ 其の十八(スレ18)>>923–924
「差別」と同じで、はっきりしてない事が許せない人を納得させる為にわかんないモノを「妖怪」って言葉で括っちゃったからなあ
正体がはっきりしない、表す言葉がない、そういったものを説明するために名称を与えたら却ってますますわけわかんなくなったり
◆ 其の十五(スレ15)>>645–676
ふと思ったんだけど、百鬼夜行絵巻のイメージソースって平安朝の検非違使なんじゃね?
鬼(魍魎)を祓う方相氏が異様な装束や呪術を使うことへの畏怖によっていつのまにか祓われる側になったみたいに、
本来夜警して都を守るはずの検非違使が、いつの間にか闇夜の都を徘徊する妖怪扱いされるようになった感じで
鬼(魍魎)を祓う方相氏が異様な装束や呪術を使うことへの畏怖によっていつのまにか祓われる側になったみたいに、
本来夜警して都を守るはずの検非違使が、いつの間にか闇夜の都を徘徊する妖怪扱いされるようになった感じで
>>645
賀茂祭のときとか結構ラジカルな格好で練り歩いてたらしいね
地方出身の武士からすれば出世コースで任官の条件も厳しかったそうだけど
一方で「検非違使は汚れ仕事なので極楽往生出来ない」等とも言われてたとか
賀茂祭のときとか結構ラジカルな格好で練り歩いてたらしいね
地方出身の武士からすれば出世コースで任官の条件も厳しかったそうだけど
一方で「検非違使は汚れ仕事なので極楽往生出来ない」等とも言われてたとか
中世においては、検非違使が、所謂ケガレ払いの役割を背負っていて、所謂身分外身分の人々とも密接な関連を持っていたという話はよく言われるね。
妖怪とは、その辺りが関連してくるのかもしれない。妖怪もケガレだし。
このあたりは、丹生谷哲一『検非違使 ――中世のけがれと権力』平凡社ライブラリーが詳しいね。
読んだこと無いんだけど。
妖怪とは、その辺りが関連してくるのかもしれない。妖怪もケガレだし。
このあたりは、丹生谷哲一『検非違使 ――中世のけがれと権力』平凡社ライブラリーが詳しいね。
読んだこと無いんだけど。
◆ 其の十七(スレ17)>>648–653
豚切りスマンがちょっと質問
あるサイトで八雲家ネタの短いマンガを見つけたんだけど
そこで紫が橙に「猫又は元々対鬼用の戦闘霊。核を持たない鬼に有効な術を使える」
みたいなことを言ってる場面があったんだ
陰陽道関係の話みたいなんだけど、これについて書いてある文献とか知りませんか?
あるサイトで八雲家ネタの短いマンガを見つけたんだけど
そこで紫が橙に「猫又は元々対鬼用の戦闘霊。核を持たない鬼に有効な術を使える」
みたいなことを言ってる場面があったんだ
陰陽道関係の話みたいなんだけど、これについて書いてある文献とか知りませんか?
わかんないわ
犬神みたいなものの猫verがあるんじゃないかって話だと思うんだが
そうすると鬼は「オニ」じゃなくて「キ」に近いものを想定してたんだろうな、ぐらいしか
犬神みたいなものの猫verがあるんじゃないかって話だと思うんだが
そうすると鬼は「オニ」じゃなくて「キ」に近いものを想定してたんだろうな、ぐらいしか
一応、ネット上ではそれらしいものを見つけたんだ
ttp://wiki.fdiary.net/psylab/?%C7%AD%CB%F4
ただ信憑性はかなり微妙な感じだったからどうなのかな……と
ttp://wiki.fdiary.net/psylab/?%C7%AD%CB%F4
ただ信憑性はかなり微妙な感じだったからどうなのかな……と
>●真実…(陰陽道では)●
>本来、対鬼用の戦力として改良された猫霊。猫又は様々な術を覚え、鬼の血により、鬼と同じく成長に限界がない。
>一瞬で移動できる「転移」の術や「呪詛返し」、「呪詛結界」。そして「縛り」や「鬼殺し」等の「核」を持たない鬼にも有効な、特殊な術を覚える。
>猫又には段階があり2尾から9尾まで増え、現代では全国で5匹程羽まで生えた例が確認されている。
>さらに猫又はその次のクラスへ変貌を遂げる事ができる。猫を雑魚扱いする人は多いが、羽九尾猫又は龍神並の力を持っている。
ああ、うん。俺も中学生頃にこんな感じの設定妄想してたわーw
>本来、対鬼用の戦力として改良された猫霊。猫又は様々な術を覚え、鬼の血により、鬼と同じく成長に限界がない。
>一瞬で移動できる「転移」の術や「呪詛返し」、「呪詛結界」。そして「縛り」や「鬼殺し」等の「核」を持たない鬼にも有効な、特殊な術を覚える。
>猫又には段階があり2尾から9尾まで増え、現代では全国で5匹程羽まで生えた例が確認されている。
>さらに猫又はその次のクラスへ変貌を遂げる事ができる。猫を雑魚扱いする人は多いが、羽九尾猫又は龍神並の力を持っている。
ああ、うん。俺も中学生頃にこんな感じの設定妄想してたわーw
オカ板のまとめだっけ?そこ
◆ 其の壱(スレ1)>>344–344
使えるかどうかはわからんけど、最も可愛らしいイメージの妖怪と言えば
個人的にはすねこすり
個人的にはすねこすり
◆ 其の十七(スレ17)>>130–130
◆ 其の十七(スレ17)>>120–120