夜の星々をラブホの街灯に例えると途端に親近感湧くけどね
毎年クリスマスにはどこの恋宿も超満員というけれど昔もそういうことがあったのかな
特別な節目に男女が結ばれると元気な子を授かるだとかの類の話
或いは逆に、この日は色事に手を出すべからず、みたいのも気になる
陰陽道と日時・方位の吉凶信仰
民間信仰・民俗 › 生活習俗・禁忌
六曜・二十八宿・不成就日・十方暮・方違え・平安貴族の信仰実態(方違えを飲み会口実に利用)・仮名暦・農村と都市での信仰温度差
◆ 其の十五(スレ15)>>858–871
「七月七日の夜が晴ならば会うことが出来る
*但し七月七日は昔から雨が多い」
というような話を昔聞いたことが
*但し七月七日は昔から雨が多い」
というような話を昔聞いたことが
日本の場合、二十八宿それぞれに吉凶があり、適した事としてはならない事が決まっている
六曜(友引、仏滅など)も同じで、やはり仏滅のこの手のことも忌むべきらしい
さらに不成就日、十方暮などといったや婚姻、和合にも不適とされる特別な日もあるし、
暦中段にも婚姻等の適・不適が定められている
これに方位の吉凶も合わさるし、金神のような凶神の居る方位は何事も特に慎むべきとか
平安の貴族はこういうことに忠実で、日を選び方違えまでして嫁を娶ったりしたという
六曜(友引、仏滅など)も同じで、やはり仏滅のこの手のことも忌むべきらしい
さらに不成就日、十方暮などといったや婚姻、和合にも不適とされる特別な日もあるし、
暦中段にも婚姻等の適・不適が定められている
これに方位の吉凶も合わさるし、金神のような凶神の居る方位は何事も特に慎むべきとか
平安の貴族はこういうことに忠実で、日を選び方違えまでして嫁を娶ったりしたという
六曜は賭け事占いと言うけどな
コイツに限っては江戸時代の庶民発でそう重視する必要も無いとか
コイツに限っては江戸時代の庶民発でそう重視する必要も無いとか
あれ、間違えた・・・。
新暦の2012年の7月7日は旧暦の2012年の5月18日
旧暦の2012年の7月7日は新暦の2012年の8月24日
今度は間違えてないはず。
新暦の2012年の7月7日は旧暦の2012年の5月18日
旧暦の2012年の7月7日は新暦の2012年の8月24日
今度は間違えてないはず。
日にちの吉凶ってのは、日本では陰陽道が影響を持って色々定まってたね。
>>860さんの仰る通り、だいぶ今とは異なる様相だったらしいけど。
六曜なんかは無かったんじゃないかな。
……平安時代の貴族は、かなりきちっと守ってたけど、時代が下るとだいぶ変わってくる。
戦国時代の公家・山科言継(ときつぐ)は、方違えと称して友人(町人)の家に押しかけてる。
方違えしてきた人は家人が接待しないといけないのを良い事に、散々酒飲んでわいわい騒いで一泊してたり。
今言われる程、前近代の人が信心深かったわけじゃないのよね。
そういった習慣が残ってるのも、必ずしも信じてたからじゃない、という。
>>860さんの仰る通り、だいぶ今とは異なる様相だったらしいけど。
六曜なんかは無かったんじゃないかな。
……平安時代の貴族は、かなりきちっと守ってたけど、時代が下るとだいぶ変わってくる。
戦国時代の公家・山科言継(ときつぐ)は、方違えと称して友人(町人)の家に押しかけてる。
方違えしてきた人は家人が接待しないといけないのを良い事に、散々酒飲んでわいわい騒いで一泊してたり。
今言われる程、前近代の人が信心深かったわけじゃないのよね。
そういった習慣が残ってるのも、必ずしも信じてたからじゃない、という。
北海道は八月にやるほうがメジャーなんじゃなかったっけ
日本の祭事や節季は旧暦(太陰暦)で理解する方が良いと言われるね
それも京・畿内あたりの気候や野山の状況などで考えると、
花や草木など自然の風景と合い、すっきりする事も多いのは確か
太陽歴だと太陽の方位角(太陽黄経)で春分ほか二十四節季を示すから、
これはこれですっきりするけれど、気候や景色とはあわないなあ
それも京・畿内あたりの気候や野山の状況などで考えると、
花や草木など自然の風景と合い、すっきりする事も多いのは確か
太陽歴だと太陽の方位角(太陽黄経)で春分ほか二十四節季を示すから、
これはこれですっきりするけれど、気候や景色とはあわないなあ
中国や台湾では今でも旧正月のほうを盛大にやるみたいね
日本でも各地の中華街や沖縄あたりではお祭りをするとかなんとか
日本でも各地の中華街や沖縄あたりではお祭りをするとかなんとか
平安貴族の日記とかだと、物忌だっつってサボりやがったあの野郎とか
方違と言い張って女の家に寄る裏技とかそんなことが結構書いてある。
心から信じてたかどうかはともかく、ダシとして使うことに抵抗は無かったようだ。
カレンダーにその日の運勢とかてきとうに書いただけの「仮名暦」が割と流行ったり、
なんかこう、儀式的なものの神秘性とか全然ないな京都人。
方違と言い張って女の家に寄る裏技とかそんなことが結構書いてある。
心から信じてたかどうかはともかく、ダシとして使うことに抵抗は無かったようだ。
カレンダーにその日の運勢とかてきとうに書いただけの「仮名暦」が割と流行ったり、
なんかこう、儀式的なものの神秘性とか全然ないな京都人。
葵祭とかも平安時代半ばには早くも物見遊山化してたみたいだし
やっぱり都会の喧騒の中で暮らしてるとそうなるんじゃね
これが田舎の農村だったりするとガチで生活かかってるから
本気で信じてる人も多かっただろうけど
やっぱり都会の喧騒の中で暮らしてるとそうなるんじゃね
これが田舎の農村だったりするとガチで生活かかってるから
本気で信じてる人も多かっただろうけど
平安時代といえば
紫式部は幽霊信じてなかったな
源氏物語を読んだ田舎のお嬢ちゃん達は信じたかもしれないのに
紫式部は幽霊信じてなかったな
源氏物語を読んだ田舎のお嬢ちゃん達は信じたかもしれないのに
◆ 其の弐(スレ2)>>912–912