遠野物語と東方のつけあわせとか興味ある方いませんかね。
遠野と幻想郷のかっぱの違い(主に色)とか、天狗の性格の違いとか
サトリや経立の違いとか、キツネの性質の違いとか
遠野物語と東方の妖怪比較(赤い河童・天狗の出自・文と遠野の関係)
妖怪・怪異 › 東方考察
遠野物語の河童は赤い(にとりは遠野以外の出身である可能性)。文(射命丸)が多用する「あやややや」が遠野の伝承によく出てくる感嘆表現であるという説。遠野物語が遠野固有の伝承だけでなく、柳田国男・佐々木喜善の尽力によって消えゆく口承を保存した民話集であること。天狗の性格の地域差(遠野の天狗と東方の文の比較)。
◆ 其の二十四(スレ24)>>447–457
遠野の河童は赤いんだっけか
一方で文のよく口にする、「あやややや」は遠野の伝承の中でよく出てくる
つまり、文は東北山村部出身の可能性が高い、とかー
つまり、文は東北山村部出身の可能性が高い、とかー
ていうか、遠野が明確にベースなのってマヨヒガぐらいじゃないの
諏訪の神話や、朝護孫子寺、奈良や浪速の古遺跡群などなど、神代のお話しや民話好きにとり、
東方の貢献は少なくないな
指に足りない一寸法師もとうとう出て来たし
元ネタはまさしく下克上の時代のお話しだ(地方の若者が京都で出世の機会を掴むという物語)
東方の貢献は少なくないな
指に足りない一寸法師もとうとう出て来たし
元ネタはまさしく下克上の時代のお話しだ(地方の若者が京都で出世の機会を掴むという物語)
一寸法師に限らず同じころの時代は
そういう弱者が一発逆転して成り上がるという話が多い気がする
室町だからなのか(戦国時代的な意味で)
そういう弱者が一発逆転して成り上がるという話が多い気がする
室町だからなのか(戦国時代的な意味で)
だから一寸法師(現代の歌詞にも)には二重の意味があるらしい
「思い上がった成り上がりものを軽蔑し揶揄するお話し」という意味と、
「何のバックもないのに、自分の才知と度胸で出世した者を讃える」という意味
どっちにもとれるように作られている
少名針妙丸ちゃんがどうかは知らんが、とりあえず知り合いは選べやとしかw
「思い上がった成り上がりものを軽蔑し揶揄するお話し」という意味と、
「何のバックもないのに、自分の才知と度胸で出世した者を讃える」という意味
どっちにもとれるように作られている
少名針妙丸ちゃんがどうかは知らんが、とりあえず知り合いは選べやとしかw
>>451
遠野物語は何も遠野にだけ伝わる伝承をえりすぐってまとめたものではない
他の地域で同様の伝承が失われていく中、柳田や佐々木の尽力によって
保存された民話集である。確かに遠野は当時山奥の比較的孤立した
山村部であったが、同様の山村部のなかでは10有数の村落が立ち並ぶ
都会であったことは柳田の著述するとおりで、異人も含め文物の交流もさかんだった
そういう意味で、遠野物語と東方の読み比べは東北の一農村の特殊な伝承との
読み比べと言うよりは、伝統的な日本の民話との読み比べという意味をも持つ
遠野物語は何も遠野にだけ伝わる伝承をえりすぐってまとめたものではない
他の地域で同様の伝承が失われていく中、柳田や佐々木の尽力によって
保存された民話集である。確かに遠野は当時山奥の比較的孤立した
山村部であったが、同様の山村部のなかでは10有数の村落が立ち並ぶ
都会であったことは柳田の著述するとおりで、異人も含め文物の交流もさかんだった
そういう意味で、遠野物語と東方の読み比べは東北の一農村の特殊な伝承との
読み比べと言うよりは、伝統的な日本の民話との読み比べという意味をも持つ