ゴジラといえば今年公開だったはずの新作はどうなるのかしら
最初にスカイツリーぶっ壊すのは誰か?とかすごい楽しみなんだが
ゴジラ・怪獣と妖怪の境界(特撮と民俗・金城哲夫)
妖怪・怪異 › 妖怪論(定義・起源)
ゴジラをはじめとする怪獣とは何かという問い。SFとファンタジーの差、妖怪と怪獣の境界。ウルトラシリーズ脚本家・金城哲夫(沖縄出身)の社会批判的文脈と周縁のまなざし。
◆ 其の十六(スレ16)>>703–744
>>697
松坂屋かどうかは知らないけど、ゴジラだかに壊されて
「うちの店が壊されるとは何事だ!」
と、文句を言ったが映画を見た客がたくさんつめかけて
儲かったらしいので次作品から
「ぜひ、うちの店を出してくれ!」
と、言いに行ったとか…
だから最近の作品には実際ない店舗とかが出てくるとか。
人に聞いただけだからウソかも知れんがw
松坂屋かどうかは知らないけど、ゴジラだかに壊されて
「うちの店が壊されるとは何事だ!」
と、文句を言ったが映画を見た客がたくさんつめかけて
儲かったらしいので次作品から
「ぜひ、うちの店を出してくれ!」
と、言いに行ったとか…
だから最近の作品には実際ない店舗とかが出てくるとか。
人に聞いただけだからウソかも知れんがw
平成ゴジラになるとゴジラに壊されることがステータスになってたな
本当かどうかはしらんが、そういった暗い人間描写もありながら、
国会議事堂が壊されるシーンになると、みんな拍手喝采したという話が。
ゴジラが無慈悲な破壊と人間への無差別な怒りの象徴から、怪獣王としての英雄化したのってあれが要因なのかね。
国会議事堂が壊されるシーンになると、みんな拍手喝采したという話が。
ゴジラが無慈悲な破壊と人間への無差別な怒りの象徴から、怪獣王としての英雄化したのってあれが要因なのかね。
だから無理やりこのスレ的に話をこじつけると
ゴジラは「”GOD"ZILLA」モノカミなんだよな
笑ってはいけない
恐ろしい神でなければ畏怖もされない
実際『怪獣総攻撃』では英霊の怨念という設定になっている
当初のゴジラのイメージは核兵器の恐怖の象徴の擬「獣」化であるほか
戦没者とは裏腹に戦後の繁栄を謳歌して生きてることへの複雑な思いとか
そーいう色々なものが入ってるはず
ゴジラは「”GOD"ZILLA」モノカミなんだよな
笑ってはいけない
恐ろしい神でなければ畏怖もされない
実際『怪獣総攻撃』では英霊の怨念という設定になっている
当初のゴジラのイメージは核兵器の恐怖の象徴の擬「獣」化であるほか
戦没者とは裏腹に戦後の繁栄を謳歌して生きてることへの複雑な思いとか
そーいう色々なものが入ってるはず
それを踏まえるとゴジラって一般的な妖怪の扱いの変遷をなぞっているんだろうか
ゴジラの英語表記にあえて"GOD"を付けたのはアメリカの映画会社じゃなかったか?
>>708
一般的な妖怪の扱いがどのようなものかわからんが
よくある妖怪伝承のパターンは
まあ名状しがたい「現象」の擬人化だったりする
人が通れない→障壁の象徴→ぬりかべ…とか
柳田翁は妖怪は神の零落した姿と述べたが
古代の多神教の神も大抵は上記のような発想の産物
それでゴジラも核兵器の恐怖、戦争経験(怪獣の都市破壊は空襲そっくり)
などがないまぜ一匹の恐竜型怪獣の姿に具象化されたものと思える
一般的な妖怪の扱いがどのようなものかわからんが
よくある妖怪伝承のパターンは
まあ名状しがたい「現象」の擬人化だったりする
人が通れない→障壁の象徴→ぬりかべ…とか
柳田翁は妖怪は神の零落した姿と述べたが
古代の多神教の神も大抵は上記のような発想の産物
それでゴジラも核兵器の恐怖、戦争経験(怪獣の都市破壊は空襲そっくり)
などがないまぜ一匹の恐竜型怪獣の姿に具象化されたものと思える
「怪獣」って言葉もゴジラみたいな特撮もので使われる前は妖怪とか化け物の別称みたいな使われ方されてたみたいだなぁ
ウルトラQや怪奇大作戦も似た系統だと思う。妖怪と怪獣の境界が曖昧になってる感じが。
巨大な生物が出現したという現象を
・SFとして解釈すれば怪獣
・ファンタジーとして解釈すれば妖怪
だな
ウルトラシリーズは案外両者が混然とした話も多い
初代ウルトラマンのウーとかヒドラとか妖怪や怨霊みたいなもんだし
ウルトラマンマックスに出てきた完全生命体イフの話なんて
まあ古来の伝承にあるとんち話とか寓話みたいなもんだ
・SFとして解釈すれば怪獣
・ファンタジーとして解釈すれば妖怪
だな
ウルトラシリーズは案外両者が混然とした話も多い
初代ウルトラマンのウーとかヒドラとか妖怪や怨霊みたいなもんだし
ウルトラマンマックスに出てきた完全生命体イフの話なんて
まあ古来の伝承にあるとんち話とか寓話みたいなもんだ
怪奇大作戦と言えば「狂鬼人間」だな
刑法第39条の矛盾と偽善を真っ正面から論じて放送禁止にw
他にも経済成長に伴う開発で、文化や伝統がメチャクチャに破壊されることを批判した
「京都買います」とかなかなか考えさせられるシナリオがある
新宿副都心の住友ビルは1984年版ゴジラで襲撃され、
秘密兵器スーパーXもろともぶっ壊されたが、
「ゴジラ襲撃による高層ビル(住友ビル)破壊に関する考察」とかいう、
映画のために作られた技術論文に基づいているそうだ、冗談みたいだが
他にも大阪城とか松本城とか、怪獣にぶっ壊された建築物は数多い
東京タワーに繭を作ったのはモスラだっけか
刑法第39条の矛盾と偽善を真っ正面から論じて放送禁止にw
他にも経済成長に伴う開発で、文化や伝統がメチャクチャに破壊されることを批判した
「京都買います」とかなかなか考えさせられるシナリオがある
新宿副都心の住友ビルは1984年版ゴジラで襲撃され、
秘密兵器スーパーXもろともぶっ壊されたが、
「ゴジラ襲撃による高層ビル(住友ビル)破壊に関する考察」とかいう、
映画のために作られた技術論文に基づいているそうだ、冗談みたいだが
他にも大阪城とか松本城とか、怪獣にぶっ壊された建築物は数多い
東京タワーに繭を作ったのはモスラだっけか
人間の想像力が異形の存在を呼び寄せたっていうのは、
ティガのファルドンやマックスのゲロンガのエピソードでも触れられてたな。
ティガのファルドンやマックスのゲロンガのエピソードでも触れられてたな。
確かレオか80なんかでセブンのおもちゃが子供の力だかなんだかで巨大化して暴れてた気がするなぁ
人が恐怖する心が怪獣を生み出すってのが、レイアースでもあったかな。
我思う故に我ありの拡大解釈。ある意味においての唯心論とも見れるが。
我思う故に我ありの拡大解釈。ある意味においての唯心論とも見れるが。
魔法騎士(マジックナイト)レイアース、懐かしいな~
小説版ゴジラを読んだら“放射能でゴジラが汚染されているので避難所ではガイガーカウンターで安全かどうか計測しなければならない”という記述があった…ゴジラは古くないな…
小説版ゴジラを読んだら“放射能でゴジラが汚染されているので避難所ではガイガーカウンターで安全かどうか計測しなければならない”という記述があった…ゴジラは古くないな…
>>714
怪奇大作戦という作品が考えてみると強烈なのは
怪獣は人間だと描いてしまったことだな
初代ゴジラによって日本特撮では怪獣や怪人や悪の組織は
文明の暗黒面のメタファーとして描かれることを宿命づけられてしまった
それを端的に(低予算に)純化したら怪奇大作戦になってしまった
・ストーカーと化した液状生物→燐光人間
・人間を切断する愉快犯の殺人鬼→かまいたち
・駐留米兵をだけを襲う半魚人→水棲人と化した日本兵
…とかそんなんばっかり
妖怪ってじつは人間だったという話は民俗学的にもときどきありそう
現実の戦後にも生きながらにして「妖怪」と呼ばれた人間とかいたな
岸信介とかw
怪奇大作戦という作品が考えてみると強烈なのは
怪獣は人間だと描いてしまったことだな
初代ゴジラによって日本特撮では怪獣や怪人や悪の組織は
文明の暗黒面のメタファーとして描かれることを宿命づけられてしまった
それを端的に(低予算に)純化したら怪奇大作戦になってしまった
・ストーカーと化した液状生物→燐光人間
・人間を切断する愉快犯の殺人鬼→かまいたち
・駐留米兵をだけを襲う半魚人→水棲人と化した日本兵
…とかそんなんばっかり
妖怪ってじつは人間だったという話は民俗学的にもときどきありそう
現実の戦後にも生きながらにして「妖怪」と呼ばれた人間とかいたな
岸信介とかw
天狗も山伏とか修験者とかだったりするのかな
そういや去年とある薄い本にゴジラが出演してたっけな
そういや去年とある薄い本にゴジラが出演してたっけな
ここ特撮スレなのかと思ったら民俗スレなのかよw
対立していた両者が双方とも大天狗呼ばわりされてるし。もしや山に入っていたりはすまいな
昔から思ってたんだが、ガッパのデザインってやはり烏天狗と河童の合成なのかしら?
>>723
マルクスによると共産主義もヨーロッパに徘徊する妖怪だったそうだ
水木しげるが書いてた妖怪油すましの話では
「この辺に昔油すましって妖怪がおったそうな」と言ってると
「今でもおるぞ」と言って出てくるらしい
法政大学とかでは
「この辺に昔○○派って妖怪がおったそうな」と言ってると
「今でもおるぞ」と言ってヘルメットかぶったのが出てくるとかこないとか
マルクスによると共産主義もヨーロッパに徘徊する妖怪だったそうだ
水木しげるが書いてた妖怪油すましの話では
「この辺に昔油すましって妖怪がおったそうな」と言ってると
「今でもおるぞ」と言って出てくるらしい
法政大学とかでは
「この辺に昔○○派って妖怪がおったそうな」と言ってると
「今でもおるぞ」と言ってヘルメットかぶったのが出てくるとかこないとか
>>728
『全学連』と額に書かれたヘルメットをかぶってる香具師なら居るよ。
白い布付きのゲバ棒もってシュプレヒコールしてるよ!www
法政が有名かもしれないが、明学にもいるよ(距離的に近いしな)
ま、妖怪と言うよりも地縛霊とかその程度だろうけどなw
『全学連』と額に書かれたヘルメットをかぶってる香具師なら居るよ。
白い布付きのゲバ棒もってシュプレヒコールしてるよ!www
法政が有名かもしれないが、明学にもいるよ(距離的に近いしな)
ま、妖怪と言うよりも地縛霊とかその程度だろうけどなw
『日本大百科全書』によると怪獣は
①恐竜を中心とする太古の生物
②空想上の動物
③実在するといわれる謎の動物
④SFや映画に登場する怪物
>>713は渾然としてるって言い方をしているけど
もう定義からしてこの辺は分かれてないんだね。
後は彼の言う通りでウルトラマンの怪獣は妖怪や、時には神様的な働きかけさえしていたと思う
ザンボラーとかシーモンス・シーゴラスとか。人間のおごり高ぶりを戒める存在として
暴れまわり、それを退治するウルトラマンは言わば人間の過ちを一身に背負う存在だったんじゃないかな
侵略者が人間の悪意やエゴの直接的な写し鑑だとしたら、セブンが必要以上に命を縮めた理由もわかる気がする
①恐竜を中心とする太古の生物
②空想上の動物
③実在するといわれる謎の動物
④SFや映画に登場する怪物
>>713は渾然としてるって言い方をしているけど
もう定義からしてこの辺は分かれてないんだね。
後は彼の言う通りでウルトラマンの怪獣は妖怪や、時には神様的な働きかけさえしていたと思う
ザンボラーとかシーモンス・シーゴラスとか。人間のおごり高ぶりを戒める存在として
暴れまわり、それを退治するウルトラマンは言わば人間の過ちを一身に背負う存在だったんじゃないかな
侵略者が人間の悪意やエゴの直接的な写し鑑だとしたら、セブンが必要以上に命を縮めた理由もわかる気がする
>>725
特撮は現代の民話でもあるのでまあ無問題
沖縄出身で円谷の脚本家だった金城哲夫さんなんかはその象徴
軍が民間を守れなかった悲惨な沖縄戦の記憶と、侵略への忌避、
(ウルトラセブンのテーマは「侵略」、侵略なんて事が行われたら、
された側もした側も無傷ではいられないと語っている)
しかし現実には自衛のための軍備は肯定せざるを得ないという矛盾に、
生涯苦しんだそうだ
ウルトラマンとウルトラセブンの最終回を担当されたが、
原稿段階では共にヒーローが死んでM-78星雲に還って行く設定だったが、
子供たちには刺激が強すぎるとしてどちらでも没になった
私的にはウルトラマンたちは戦後日本における米軍がモチーフなのかもと思う
両作品とも最後は「我々の星は、我々が守らなければ」で終るし
特撮は現代の民話でもあるのでまあ無問題
沖縄出身で円谷の脚本家だった金城哲夫さんなんかはその象徴
軍が民間を守れなかった悲惨な沖縄戦の記憶と、侵略への忌避、
(ウルトラセブンのテーマは「侵略」、侵略なんて事が行われたら、
された側もした側も無傷ではいられないと語っている)
しかし現実には自衛のための軍備は肯定せざるを得ないという矛盾に、
生涯苦しんだそうだ
ウルトラマンとウルトラセブンの最終回を担当されたが、
原稿段階では共にヒーローが死んでM-78星雲に還って行く設定だったが、
子供たちには刺激が強すぎるとしてどちらでも没になった
私的にはウルトラマンたちは戦後日本における米軍がモチーフなのかもと思う
両作品とも最後は「我々の星は、我々が守らなければ」で終るし
>>732
そのへんの金城哲夫の複雑な最終的な境地の反映が
『戦え!マイティジャック』最終回だと言われとる
前作『マイティジャック』の最終回でも
まーた戦時中の怨念を引きずった旧軍人が出てくるんだが
低年齢向けと言われる続編の方の最終回では
人命のため働く組織の人間の理解されなさを一生懸命肯定しようとしてる
日本特撮に漂う戦争の影ってのは元を出すと円谷英二が戦時中に
『ハワイ・マレー沖海戦』なんて素晴らしすぎる海軍の宣伝映画
(実際は宣伝映画の枠を飛び越えた貴重な歴史記録映像)を
撮ってしまったばかりに戦争協力者の汚名を背負うことになった
あたりの複雑さが反映されてるんだが……
……率直に言ってそういう屈折のないアメリカ特撮は
(ある時期まで)単純な勧善懲悪でつまらん
味のある話ってのは単純な善悪に回収されない背景が絡んでる
民俗学史じゃ宮本常一編著の『日本残酷物語』とか読むと
日本人も昔はえげつなかった実話とかがよくわかる
たとえば落武者の亡霊譚とか慰霊話ってのは
実際には落武者狩りをしてた貧しい農民の後ろめたさの産物だったとかね
そのへんの金城哲夫の複雑な最終的な境地の反映が
『戦え!マイティジャック』最終回だと言われとる
前作『マイティジャック』の最終回でも
まーた戦時中の怨念を引きずった旧軍人が出てくるんだが
低年齢向けと言われる続編の方の最終回では
人命のため働く組織の人間の理解されなさを一生懸命肯定しようとしてる
日本特撮に漂う戦争の影ってのは元を出すと円谷英二が戦時中に
『ハワイ・マレー沖海戦』なんて素晴らしすぎる海軍の宣伝映画
(実際は宣伝映画の枠を飛び越えた貴重な歴史記録映像)を
撮ってしまったばかりに戦争協力者の汚名を背負うことになった
あたりの複雑さが反映されてるんだが……
……率直に言ってそういう屈折のないアメリカ特撮は
(ある時期まで)単純な勧善懲悪でつまらん
味のある話ってのは単純な善悪に回収されない背景が絡んでる
民俗学史じゃ宮本常一編著の『日本残酷物語』とか読むと
日本人も昔はえげつなかった実話とかがよくわかる
たとえば落武者の亡霊譚とか慰霊話ってのは
実際には落武者狩りをしてた貧しい農民の後ろめたさの産物だったとかね
>>734
「希望の空へ飛んで行け」だな
マイティジャックそのものが60分ドラマ時代から、
人類文明の矛盾を指摘したものだったが
(敵役である秘密結社Qを作ったのは、戦後、平和の美名の元に組織(旧軍)を追われた
天才科学者九龍信三「人類も祖国も、都合の良いように自分の頭脳と科学を利用し、
都合が悪くなると抹殺しようとする偽善者どもだ」と復讐のための組織を編成する)
あと円谷のハワイ・マレー沖海戦では、米軍が「日本には超高精度の(艦載機用)空撮カメラがある!」と勘違いしたり、
水柱や炎の再現が上手く行かず円谷が「特撮にはなんでも出来る…ただし、火を水を除いては」と唸ったとされる
(レイノルズ係数が違うんだから当たり前だ)
ちなみに水は砕いて砂にした石灰石や大理石を火薬玉に包むという手があり、模型に魚雷を命中させる場合にはこれが有効
炎に関しては、石油を使うのが普通なので、油に四塩化炭素を若干混ぜておくという手がある
四塩化炭素の熱分解で生じる塩素ラディカルの負触媒効果により、大量の黒煙が生じるのでリアリティが確保される
(四塩化炭素はオゾン層破壊物質だそうで、現在では製造されていないが)
「希望の空へ飛んで行け」だな
マイティジャックそのものが60分ドラマ時代から、
人類文明の矛盾を指摘したものだったが
(敵役である秘密結社Qを作ったのは、戦後、平和の美名の元に組織(旧軍)を追われた
天才科学者九龍信三「人類も祖国も、都合の良いように自分の頭脳と科学を利用し、
都合が悪くなると抹殺しようとする偽善者どもだ」と復讐のための組織を編成する)
あと円谷のハワイ・マレー沖海戦では、米軍が「日本には超高精度の(艦載機用)空撮カメラがある!」と勘違いしたり、
水柱や炎の再現が上手く行かず円谷が「特撮にはなんでも出来る…ただし、火を水を除いては」と唸ったとされる
(レイノルズ係数が違うんだから当たり前だ)
ちなみに水は砕いて砂にした石灰石や大理石を火薬玉に包むという手があり、模型に魚雷を命中させる場合にはこれが有効
炎に関しては、石油を使うのが普通なので、油に四塩化炭素を若干混ぜておくという手がある
四塩化炭素の熱分解で生じる塩素ラディカルの負触媒効果により、大量の黒煙が生じるのでリアリティが確保される
(四塩化炭素はオゾン層破壊物質だそうで、現在では製造されていないが)
Q、マン、セブンの頃の怪獣デザイナーのデザインコンセプトとして
怪獣は妖怪ではない。手足や首が増えたような妖怪的な怪獣は作らない
っていうのがあった。が
怪獣は妖怪ではない。手足や首が増えたような妖怪的な怪獣は作らない
っていうのがあった。が
逆に手足とか頭とかないのはいるが、あれはいいのかな
やっぱり印象的な怪獣はジャミラだなぁ
正確には怪獣じゃないんだけど
やっぱり印象的な怪獣はジャミラだなぁ
正確には怪獣じゃないんだけど
昭和ギドラとか顔はまんま龍なのにデザインが完全に宇宙怪獣してるのが凄いと思う
あと『モスラの精神史』って本によれば、モスラの当初デザインはより蚕のイメージが強かったとか
あと『モスラの精神史』って本によれば、モスラの当初デザインはより蚕のイメージが強かったとか
タイラントっていわゆる鵺だよな
ついでだから書き散らしちゃうね!
怪獣の精神文化について語るならば、やっぱりキングコングは外せないと思うの
神として「未開」の原住民から崇められてたコングが、捕獲されて「文明」に連れ攫われ
最期は神ではなく巨大なただの生物として殺される「神殺し」の物語でもあるのよね
ゴジラもまた、設定上は大戸島に伝わる伝説の怪物・呉爾羅が文明国たる日本を襲い
最期は文明(科学)の産物たるオキシジェンデストロイヤーによって抹殺されてる
続くラドンはさておき、獣人雪男やバランもだいたいコンセプトは同じ
一方、モスラは始めから終わりまでひたすら「神」を貫き通してた稀有な怪獣だな
ウルトラQを経て開始されたウルトラシリーズは、ウルトラマンという超人的なヒーロー(英雄)が
荒ぶる怪獣(神)に立ち向かい、これを退治(神殺し)する物語として読み解けるかも
特にゴモラなどは、立ち位置としてはキングコングに近い背景を持った怪獣だと思う
次のセブンでは、海底人ノンマルトなんてインディアンやアボリジニー、アイヌ、そして琉球民族の投影だし
ここでも「文明VS未開」の構図は生き残ってるように思う
裏
奇しくもキングコングが上映された1933年は、かのレヴィ=ストロースがブラジルへ赴任し
後に『悲しき熱帯』として刊行されるフィールドワークに取り組んだ時期でもある
もちろん偶然の重なりではあるんだが、なんだか不思議な巡り合わせに思えてならない
裏
怪獣の精神文化について語るならば、やっぱりキングコングは外せないと思うの
神として「未開」の原住民から崇められてたコングが、捕獲されて「文明」に連れ攫われ
最期は神ではなく巨大なただの生物として殺される「神殺し」の物語でもあるのよね
ゴジラもまた、設定上は大戸島に伝わる伝説の怪物・呉爾羅が文明国たる日本を襲い
最期は文明(科学)の産物たるオキシジェンデストロイヤーによって抹殺されてる
続くラドンはさておき、獣人雪男やバランもだいたいコンセプトは同じ
一方、モスラは始めから終わりまでひたすら「神」を貫き通してた稀有な怪獣だな
ウルトラQを経て開始されたウルトラシリーズは、ウルトラマンという超人的なヒーロー(英雄)が
荒ぶる怪獣(神)に立ち向かい、これを退治(神殺し)する物語として読み解けるかも
特にゴモラなどは、立ち位置としてはキングコングに近い背景を持った怪獣だと思う
次のセブンでは、海底人ノンマルトなんてインディアンやアボリジニー、アイヌ、そして琉球民族の投影だし
ここでも「文明VS未開」の構図は生き残ってるように思う
裏
奇しくもキングコングが上映された1933年は、かのレヴィ=ストロースがブラジルへ赴任し
後に『悲しき熱帯』として刊行されるフィールドワークに取り組んだ時期でもある
もちろん偶然の重なりではあるんだが、なんだか不思議な巡り合わせに思えてならない
裏
「アイヌの河童」と言われるミンツチは確かに水神だが…
この手の「あれもこれと同じ」って話は
ギリシアのアポロンもエジプトのラーも日本の天照大神も太陽神に分類可能
みたいなもんだから、やはり「共通要素がある」ぐらいにしか言えんな
>>741
1933年版キングコングが当時の娯楽作品としては第一級ながら
しょせんは戦前欧米人の発想だなあと思うのが
結局の所「文明が野蛮を懲伏する」図式なんだよね
コナン・ドイル『ロストワールド』原作での類人猿虐殺も同様の発想
欧米のSFは戦後1960年代の『猿の惑星』あたりでやっと
文明人と思ってる自分らを相対化して描くようになる
当時アメリカは公民権運動で、猿が驕った人類に反逆する姿は
アメリカ内での白人対する黒人の反抗と重ねられてた…
あとウルトラマンは正確には
人類と、荒ぶる自然としての怪獣(あるいは人類自身の陰画)
の中間に立つ調停者のイメージではないかと思われ
平成ガメラもじつはこの図式に近い…決して人類の味方ではないのだ
この手の「あれもこれと同じ」って話は
ギリシアのアポロンもエジプトのラーも日本の天照大神も太陽神に分類可能
みたいなもんだから、やはり「共通要素がある」ぐらいにしか言えんな
>>741
1933年版キングコングが当時の娯楽作品としては第一級ながら
しょせんは戦前欧米人の発想だなあと思うのが
結局の所「文明が野蛮を懲伏する」図式なんだよね
コナン・ドイル『ロストワールド』原作での類人猿虐殺も同様の発想
欧米のSFは戦後1960年代の『猿の惑星』あたりでやっと
文明人と思ってる自分らを相対化して描くようになる
当時アメリカは公民権運動で、猿が驕った人類に反逆する姿は
アメリカ内での白人対する黒人の反抗と重ねられてた…
あとウルトラマンは正確には
人類と、荒ぶる自然としての怪獣(あるいは人類自身の陰画)
の中間に立つ調停者のイメージではないかと思われ
平成ガメラもじつはこの図式に近い…決して人類の味方ではないのだ
◆ 其の二十二(スレ22)>>5–42
>>4
3月14日午後6時30分ごろ、大阪市淀川区塚本2丁目13番付近にあるコンビニ店内で、
女子中学生が見知らぬ男に「クエクエ」と意味不明な言葉を掛けられ、
その後、店外に出て歩いていたところ、再び、後方よりついて来た同じ男から同様の言葉「クエクエ」を掛けられる事案が発生しました。
不審者の男は、年齢30〜40歳くらい、身長170cmくらい、中肉、ハゲ頭で、黒ぶちメガネとカバンを所持していたとのこと。犯人は、徒歩で移動していたといいます。
3月14日午後6時30分ごろ、大阪市淀川区塚本2丁目13番付近にあるコンビニ店内で、
女子中学生が見知らぬ男に「クエクエ」と意味不明な言葉を掛けられ、
その後、店外に出て歩いていたところ、再び、後方よりついて来た同じ男から同様の言葉「クエクエ」を掛けられる事案が発生しました。
不審者の男は、年齢30〜40歳くらい、身長170cmくらい、中肉、ハゲ頭で、黒ぶちメガネとカバンを所持していたとのこと。犯人は、徒歩で移動していたといいます。
妖怪というより都市伝説になるんじゃないかな、現代社会だと
なるほどこれもやがては妖怪化して幻想入りか…
ふくおか安全安心情報
3月14日午前6時ころ、西区橋本1丁目で男が女性に下半身を見せるという事案が発生しました。
犯人は、30歳位、身長170センチ位、がっちり型の男で、
頭に白色パンティーをかぶり、赤色ブラジャーをつけた格好で現れ、
黒色ジャージ上着、青色ジャージズボン(白ライン入り)を着用して逃走しています。
●危険を感じたら大声を出しましょう。
●防犯ブザーを活用するなどしましょう。
●目撃情報等あれば、西警察署まで情報提供をお願いします。
配信者:西警察署
ttp://anzn.net/fukuoka/safety/index.php?i=10894
ふくおか安全安心情報
3月14日午前6時ころ、西区橋本1丁目で男が女性に下半身を見せるという事案が発生しました。
犯人は、30歳位、身長170センチ位、がっちり型の男で、
頭に白色パンティーをかぶり、赤色ブラジャーをつけた格好で現れ、
黒色ジャージ上着、青色ジャージズボン(白ライン入り)を着用して逃走しています。
●危険を感じたら大声を出しましょう。
●防犯ブザーを活用するなどしましょう。
●目撃情報等あれば、西警察署まで情報提供をお願いします。
配信者:西警察署
ttp://anzn.net/fukuoka/safety/index.php?i=10894
>>8
それはただの露出狂だ、と言いたいところだが既に妖怪化してたりする
ttp://sg-tv.jp/items/m_item.phtml?item_id=1760&item_detail_id=1688
それはただの露出狂だ、と言いたいところだが既に妖怪化してたりする
ttp://sg-tv.jp/items/m_item.phtml?item_id=1760&item_detail_id=1688
そういや今年は円谷プロ50周年とかで色んなイベントがあるんだってね。
かのキャラ達はまだまだ幻想入りはしなさそうだ。
しかしこの大会はどう臨むのが正解か試されるな…
ttp://usrimg.enpitu.ne.jp/usr4/45126/2013/mmi_barutan_02.jpg
かのキャラ達はまだまだ幻想入りはしなさそうだ。
しかしこの大会はどう臨むのが正解か試されるな…
ttp://usrimg.enpitu.ne.jp/usr4/45126/2013/mmi_barutan_02.jpg
風刺ではあるだろうけど民話とは言えないと思うけど。
香山滋の「ゴジラ」はマジお薦め!
核実験で被爆してるため、ゴジラの通り道は汚染される…避難民たちが集まる体育館で響くガイガーカウンターの場面…今、読む価値あるよ。
核実験で被爆してるため、ゴジラの通り道は汚染される…避難民たちが集まる体育館で響くガイガーカウンターの場面…今、読む価値あるよ。
頭に「にほんむかしばなし」と付けて違和感がなければ民話
うーむ、「因幡の白ウサギ」はどっちも行ける気がする
都市伝説ってのもあるしなぁ
因幡の素兎は神話の中でも、親が童話に求める教訓が入ってて
よく聞かせられてきたから馴染み深いのかもねぇ
動物が人のように普通に話すのも昔話らしいし
よく聞かせられてきたから馴染み深いのかもねぇ
動物が人のように普通に話すのも昔話らしいし
ゴジラは民話と言うには政治色が強すぎるように思うな
政治色で民話かどうかが決まるかは知らんがイメージとして
政治色で民話かどうかが決まるかは知らんがイメージとして
近代化された後の創作物は民話というイメージではないな
因幡の素兎が医療説話でもあるというのはここで見かけたんだったか
海水で洗って乾燥させる→まちがい
適度な濃度の塩水で洗浄後、薬をぬり、薬効作用のあるパフ状物で患部を保護する→せいかい
海水で洗って乾燥させる→まちがい
適度な濃度の塩水で洗浄後、薬をぬり、薬効作用のあるパフ状物で患部を保護する→せいかい
常々思ってきたことなんだけど、昭和特撮って、立派に民話たり得るんじゃねえのかな?
『ゴジラ』なんて象徴的な作品だと思うけど、アレ、要するに反核の民衆意識の象徴でしょ?
あと、円谷プロは今でも怪獣への鎮魂の儀式をやってるって聴いたけど、こういうことじゃねえの、民話の成立要件って?
鬱屈なんだよ、きっと、民話の成立要件の第一って
ある時代において、ある時代への摩擦が生じたとき、ある傾向を以て過去の事例を参照しようとする
その時々の引用者の意識を反映して引用されるエピソード。それが、俺らのいうところの民話じゃん
だとすれば、昭和特撮を現在へのアンチテーゼとして引用しようとするその動機において、対象の作品は民話化されるんだと思う
……自分でも堂々巡りの破綻論理だって思うけど
「民話」と「(現在的)エピソード」の区別をつけるとすれば、そういう説明をするしかねえんじゃねえかって話
『ゴジラ』なんて象徴的な作品だと思うけど、アレ、要するに反核の民衆意識の象徴でしょ?
あと、円谷プロは今でも怪獣への鎮魂の儀式をやってるって聴いたけど、こういうことじゃねえの、民話の成立要件って?
鬱屈なんだよ、きっと、民話の成立要件の第一って
ある時代において、ある時代への摩擦が生じたとき、ある傾向を以て過去の事例を参照しようとする
その時々の引用者の意識を反映して引用されるエピソード。それが、俺らのいうところの民話じゃん
だとすれば、昭和特撮を現在へのアンチテーゼとして引用しようとするその動機において、対象の作品は民話化されるんだと思う
……自分でも堂々巡りの破綻論理だって思うけど
「民話」と「(現在的)エピソード」の区別をつけるとすれば、そういう説明をするしかねえんじゃねえかって話
みん‐わ【民話】
民衆の生活の中から生まれ、民衆によって口から口へと伝えられてきた説話。昔話・伝説など。民間説話。民譚(みんだん)。
ゴジラって口承で伝えられたわけでなく映画会社が制作した話だから民話に入れるのはけっこう苦しくね?
>>24
素敵な問題提起だと思う
民話っていう概念を成立させてきた要件には
過去、常に口授による肉と肉の直接的なコミュニケーションが不可欠だった
メディアの介在が不必要条件だったんだな、過去、特に前近代的社会においては
ところが、昭和特撮をはじめとした、メディアを仲介者として広範に共有されてるエピソードについてはよ
それらを過去のものとして受容してる人間(当然俺らのことだ)にとって
評価、あるいは定義づけに戸惑わざるを得ない要素が満々なんだわな
ハンパに古いんだよ、あいつら。半端に新しいんだよ、あいつら
公的なカテゴリーができるか否かは、時代の流れに委ねましょ
それはそれと、やっぱ『ゴジラ』が民話に属するんじゃねえのかって思うのは
誰でもない、俺が、アレを引用して現代への諭しになり得ないんじゃないかって思う
その価値判断の結果でしかないんだろうなぁ
仮に俺が現代史を子どもたちの前で語れっていわれれば
間違いなく『ゴジラ』を引用するし、3.11も紹介するね
後世への説明の作法、そこにつきるんじゃねえのかなぁ
素敵な問題提起だと思う
民話っていう概念を成立させてきた要件には
過去、常に口授による肉と肉の直接的なコミュニケーションが不可欠だった
メディアの介在が不必要条件だったんだな、過去、特に前近代的社会においては
ところが、昭和特撮をはじめとした、メディアを仲介者として広範に共有されてるエピソードについてはよ
それらを過去のものとして受容してる人間(当然俺らのことだ)にとって
評価、あるいは定義づけに戸惑わざるを得ない要素が満々なんだわな
ハンパに古いんだよ、あいつら。半端に新しいんだよ、あいつら
公的なカテゴリーができるか否かは、時代の流れに委ねましょ
それはそれと、やっぱ『ゴジラ』が民話に属するんじゃねえのかって思うのは
誰でもない、俺が、アレを引用して現代への諭しになり得ないんじゃないかって思う
その価値判断の結果でしかないんだろうなぁ
仮に俺が現代史を子どもたちの前で語れっていわれれば
間違いなく『ゴジラ』を引用するし、3.11も紹介するね
後世への説明の作法、そこにつきるんじゃねえのかなぁ
わりぃ、>>25の13行目
×得ないんじゃないかって思う ○得るんじゃないかって思う
で、ちょっと付け足しすると
民話っていうものを成立させる要件として欠かせないのは
やっぱ「当時的責任感」みたいなものなんじゃないかなって
引用当事者に責任感がなくていいレベルの距離感ね
だから、マスメディア的に引用する要件と俺ら私人が引用する要件にも差が出てくる
公的な情報提供者にとって、新しいものは扱いづらいね。客観的評価が定まるまでは
対して私人のコミュニケーションにおいてはさ、責任感と無縁のレベルで情報引用ができる都合上
時空上のたった数瞬前のことですら、無責任にパブリックな言論の俎上にのせ得ることにもなる
ぶっちゃけ、「風聞」と「民話」の境界線が成立するのはそこだよ
平成の今に民話はねえ。含蓄は度外視されて、行間は可視化される
心の襞に訴えるものは皆過去のもの
なんだろ、この涙腺に迸る熱い何か
×得ないんじゃないかって思う ○得るんじゃないかって思う
で、ちょっと付け足しすると
民話っていうものを成立させる要件として欠かせないのは
やっぱ「当時的責任感」みたいなものなんじゃないかなって
引用当事者に責任感がなくていいレベルの距離感ね
だから、マスメディア的に引用する要件と俺ら私人が引用する要件にも差が出てくる
公的な情報提供者にとって、新しいものは扱いづらいね。客観的評価が定まるまでは
対して私人のコミュニケーションにおいてはさ、責任感と無縁のレベルで情報引用ができる都合上
時空上のたった数瞬前のことですら、無責任にパブリックな言論の俎上にのせ得ることにもなる
ぶっちゃけ、「風聞」と「民話」の境界線が成立するのはそこだよ
平成の今に民話はねえ。含蓄は度外視されて、行間は可視化される
心の襞に訴えるものは皆過去のもの
なんだろ、この涙腺に迸る熱い何か
難しいことはよくわからんけど、
情報は早く正確に伝わるようになって、確かに昔の民話のようなものは生まれにくくなっただろうが
まだまだ口伝てによる噂は止まず、新しい媒体であるネットによる不確かな情報の一斉拡散などもあって、
民話とは違うかもしれないが都市伝説といったものなら生まれる余地は現代でも残ってると思うけどね
情報は早く正確に伝わるようになって、確かに昔の民話のようなものは生まれにくくなっただろうが
まだまだ口伝てによる噂は止まず、新しい媒体であるネットによる不確かな情報の一斉拡散などもあって、
民話とは違うかもしれないが都市伝説といったものなら生まれる余地は現代でも残ってると思うけどね
ゴジラは本来、大戸島(架空の島)に伝わる怪物の呼称で、神や精霊たちの怒りの象徴でもあったらしい
核爆弾なんていう物騒なものを創り出してまでして、争い続ける人間どもにアホらしさを教える為に出現した存在だと
リメイク版である1984年版では、初代ゴジラに両親を殺され、一時は憎悪に囚われてゴジラ研究に没頭した科学者が、
「今では、ゴジラとは我々の驕りに対する、大自然からの警告ではなかったかと考えられるようになった」と述懐するシーンがある
リメイク版のラストでは、ゴジラを完全に倒せる唯一の武器「水中酸素破壊剤 オキシジェントデストロイヤー」の製法が喪われたため、
火山を人工的に噴火させてそこにゴジラを誘導し、大自然そのものに引き取ってもらったというオチになっていた
大自然の祟り神であるミシャグジ様に通じるお話しだと思う
核爆弾なんていう物騒なものを創り出してまでして、争い続ける人間どもにアホらしさを教える為に出現した存在だと
リメイク版である1984年版では、初代ゴジラに両親を殺され、一時は憎悪に囚われてゴジラ研究に没頭した科学者が、
「今では、ゴジラとは我々の驕りに対する、大自然からの警告ではなかったかと考えられるようになった」と述懐するシーンがある
リメイク版のラストでは、ゴジラを完全に倒せる唯一の武器「水中酸素破壊剤 オキシジェントデストロイヤー」の製法が喪われたため、
火山を人工的に噴火させてそこにゴジラを誘導し、大自然そのものに引き取ってもらったというオチになっていた
大自然の祟り神であるミシャグジ様に通じるお話しだと思う
なんだアンタら、俺に喧嘩売ってんのか? この善良で無垢な小市民的レス者に対して?
>>30
俺は俺にとって「民話」を定義しきれねえから、せめて「引用」っていう主体的感覚語を用いて敢えて定義をはぐらかしてたんだけどな
もしそこのところを急所として突いてくるのであれば、アンタはせめて、自分なりの「民話」への定義を述べなきゃならない
あと、思考の錯綜の過程を、ここで述べ連ねて何が悪い? ってか、結論が出るような問いかけならここですること自体無意味だろ
おめえはどう思うんだ?
あとあと、言葉遊びは東方のお家芸だ。俺もそれが大好きだ。何が悪い?
>>31
俺が間借りなりにもこの界隈にいて疑問なのは
何でそこまで引用能力に秀でていながら、その先のことに連想力を働かせられないのかってとこななんだよね、みんな
おめえ『ゴジラ』知ってんだよな? アレ観ておめえは、古典的怪物を思い描いたのか? アレに、倒されるべき怪物像を投影したのか?
いや、表面的な連想のレベルなら別にいいよ、確かに似てると思う、ゴジラとドラゴンとかな。同じ爬虫類っぽいし
でもさ、アレをもっと、こう、歴史的文脈のレベルに置いて観たならさ、変わってくるだろ、いろいろ
なんで昭和のあの時代に『ゴジラ』が生まれたのか? だよ。なんで「あの時」だったのか、だよ
そこに乗っかってくる付加価値に対して、鈍感すぎるんじゃねえか、アンタ? いや、俺が敏感すぎるのかな……?
(てか、リヴァイアサンとかメデューサとかは確実にその創造の下地になった歴史的含蓄があるわけだから
あえてそれらに比定しようとする>>31に知識的な裏付けがあるのかも知んないけど)
さっき言い忘れたけど、民話において必須の要素は「語り継ぐべきこと」だと思う
で、「語り継ぐべきこと」の取捨選択の主体は、ただ受容者だね。民衆だね。大衆だね
同時代的には評価が定まらない、ある事態が、何かしらの集合的意識のフィルターでもって濾過されて語り継がれ「た」こと
それが民話の発祥だよ
俺、この「フィルター」の作用にはすんごく好意的なんだよ
だって、人間の群れがやってきた結果として自然的に残ったものでしょ? 少なくとも前近代の媒体未発達な時代においては
最大公約数的人間の情念の澱みたいにして残されてきたもの、みんなの心の襞の裏かわにこびりついて離れなかったもの
そういうものが、結局残ったんじゃねえかな? 過去形でいうけど
でもって、『ゴジラ』は確実にそういうフィルターを通してもきちんと生き残る民話だと思うんだ
『ゴジラ』だけじゃないよ。昭和の葛藤する英雄たちは、きちんと今後も民話として居場所を得るに違いない
何でそう思うのかって、昭和特撮は、きちんと葛藤を踏まえて描かれてたからだねぇ
悩んでたよ、モンスターもヒーローも。俺らの歴史的鬱屈を投影するに足るだけの、何かしら屈折した魂を抱えてたよ
ああいうものなんだよ、民話に昇華されるべきものって。端的に、葛藤なんだよ、この国の文化史的に評価に値する表現って
葛藤する文化だよね、この列島の心ってさ
葛藤するから俺らなんだよ。葛藤するから変態なんだよ。葛藤するから日本人なんだよ
日本の民話ってさ、そういうもんだよ
>>32
ほら来た。やっぱ民話たり得るじゃん、『ゴジラ』
>>30
俺は俺にとって「民話」を定義しきれねえから、せめて「引用」っていう主体的感覚語を用いて敢えて定義をはぐらかしてたんだけどな
もしそこのところを急所として突いてくるのであれば、アンタはせめて、自分なりの「民話」への定義を述べなきゃならない
あと、思考の錯綜の過程を、ここで述べ連ねて何が悪い? ってか、結論が出るような問いかけならここですること自体無意味だろ
おめえはどう思うんだ?
あとあと、言葉遊びは東方のお家芸だ。俺もそれが大好きだ。何が悪い?
>>31
俺が間借りなりにもこの界隈にいて疑問なのは
何でそこまで引用能力に秀でていながら、その先のことに連想力を働かせられないのかってとこななんだよね、みんな
おめえ『ゴジラ』知ってんだよな? アレ観ておめえは、古典的怪物を思い描いたのか? アレに、倒されるべき怪物像を投影したのか?
いや、表面的な連想のレベルなら別にいいよ、確かに似てると思う、ゴジラとドラゴンとかな。同じ爬虫類っぽいし
でもさ、アレをもっと、こう、歴史的文脈のレベルに置いて観たならさ、変わってくるだろ、いろいろ
なんで昭和のあの時代に『ゴジラ』が生まれたのか? だよ。なんで「あの時」だったのか、だよ
そこに乗っかってくる付加価値に対して、鈍感すぎるんじゃねえか、アンタ? いや、俺が敏感すぎるのかな……?
(てか、リヴァイアサンとかメデューサとかは確実にその創造の下地になった歴史的含蓄があるわけだから
あえてそれらに比定しようとする>>31に知識的な裏付けがあるのかも知んないけど)
さっき言い忘れたけど、民話において必須の要素は「語り継ぐべきこと」だと思う
で、「語り継ぐべきこと」の取捨選択の主体は、ただ受容者だね。民衆だね。大衆だね
同時代的には評価が定まらない、ある事態が、何かしらの集合的意識のフィルターでもって濾過されて語り継がれ「た」こと
それが民話の発祥だよ
俺、この「フィルター」の作用にはすんごく好意的なんだよ
だって、人間の群れがやってきた結果として自然的に残ったものでしょ? 少なくとも前近代の媒体未発達な時代においては
最大公約数的人間の情念の澱みたいにして残されてきたもの、みんなの心の襞の裏かわにこびりついて離れなかったもの
そういうものが、結局残ったんじゃねえかな? 過去形でいうけど
でもって、『ゴジラ』は確実にそういうフィルターを通してもきちんと生き残る民話だと思うんだ
『ゴジラ』だけじゃないよ。昭和の葛藤する英雄たちは、きちんと今後も民話として居場所を得るに違いない
何でそう思うのかって、昭和特撮は、きちんと葛藤を踏まえて描かれてたからだねぇ
悩んでたよ、モンスターもヒーローも。俺らの歴史的鬱屈を投影するに足るだけの、何かしら屈折した魂を抱えてたよ
ああいうものなんだよ、民話に昇華されるべきものって。端的に、葛藤なんだよ、この国の文化史的に評価に値する表現って
葛藤する文化だよね、この列島の心ってさ
葛藤するから俺らなんだよ。葛藤するから変態なんだよ。葛藤するから日本人なんだよ
日本の民話ってさ、そういうもんだよ
>>32
ほら来た。やっぱ民話たり得るじゃん、『ゴジラ』
>アンタはせめて、自分なりの「民話」への定義を述べなきゃならない
またおかしな理屈を…
定義次第で繰り広げられる話もかわってくる、その土台となる定義があやふやという指摘をするのと
別の定義を持ち出し披露するのは全く無関係なことだろうに
論理が飛躍しやすいんだろうな
>思考の錯綜の過程を、ここで述べ連ねて何が悪い?
まあそういうのがやりたい人なんだってのは大抵の人はもうわかってると思うけど。
同時にその錯綜の粗なりを突かれるのも仕方のないことなんじゃないかなぁ
>言葉遊びは東方のお家芸だ。俺もそれが大好きだ。
無駄に言葉を弄してるだけになってるという意味での「言葉遊びになってる」を
レトリカルな芸である言葉遊びといっしょくたにされてもなあ…
>やっぱ民話たり得るじゃん
ほら、民話の条件が一つの論の中でバラバラ
またおかしな理屈を…
定義次第で繰り広げられる話もかわってくる、その土台となる定義があやふやという指摘をするのと
別の定義を持ち出し披露するのは全く無関係なことだろうに
論理が飛躍しやすいんだろうな
>思考の錯綜の過程を、ここで述べ連ねて何が悪い?
まあそういうのがやりたい人なんだってのは大抵の人はもうわかってると思うけど。
同時にその錯綜の粗なりを突かれるのも仕方のないことなんじゃないかなぁ
>言葉遊びは東方のお家芸だ。俺もそれが大好きだ。
無駄に言葉を弄してるだけになってるという意味での「言葉遊びになってる」を
レトリカルな芸である言葉遊びといっしょくたにされてもなあ…
>やっぱ民話たり得るじゃん
ほら、民話の条件が一つの論の中でバラバラ
>>33
「俺が敏感すぎる」と自称しているところ申し訳ないが、穿ちすぎて違う穴開けてる
ゴジラと古典怪獣との容姿が似てるって意味でレヴィアタンなどを引いたんじゃなくて、
「英雄」と「神話」という共通項があるから、これは神話型怪獣じゃないのかと言いたかった
初代ゴジラで言えば、英雄:防衛隊(主人公が倒される悲哀劇なので、結果的には「倒されるべき怪物像」)
リヴァイアサンと言い直してるが、その通りで最近ではゲームなどの影響からそっちの方が有名な読み
獣みたいな感じで登場することが多いものの、元々は聖書に登場する偉大な怪獣
詳しくはWikipediaなどにゴロゴロ載ってるけど、最強の怪獣故に人間との対峙が生まれて一大活劇が展開される
これは映画ゴジラなど怪獣映画の筋立てに近いのではないか、と思ったからこれを引いたんだよ
(メデューサでの英雄譚は更に有名なところだから省略するが)
そもそもゴジラは社会風刺やエンタテインメントであって、教訓譚ですらないのではないかと思う
「反核の民衆意識」と仰るように「歴史的文脈」というのは正に社会風刺だと思うが、それは民話の領域じゃない
確かに民話とは語り継がれる口授の要素が必須と思うが、じゃあゴジラが反核運動だと語り継がれてるか?
「俺が敏感すぎる」と自称しているところ申し訳ないが、穿ちすぎて違う穴開けてる
ゴジラと古典怪獣との容姿が似てるって意味でレヴィアタンなどを引いたんじゃなくて、
「英雄」と「神話」という共通項があるから、これは神話型怪獣じゃないのかと言いたかった
初代ゴジラで言えば、英雄:防衛隊(主人公が倒される悲哀劇なので、結果的には「倒されるべき怪物像」)
リヴァイアサンと言い直してるが、その通りで最近ではゲームなどの影響からそっちの方が有名な読み
獣みたいな感じで登場することが多いものの、元々は聖書に登場する偉大な怪獣
詳しくはWikipediaなどにゴロゴロ載ってるけど、最強の怪獣故に人間との対峙が生まれて一大活劇が展開される
これは映画ゴジラなど怪獣映画の筋立てに近いのではないか、と思ったからこれを引いたんだよ
(メデューサでの英雄譚は更に有名なところだから省略するが)
そもそもゴジラは社会風刺やエンタテインメントであって、教訓譚ですらないのではないかと思う
「反核の民衆意識」と仰るように「歴史的文脈」というのは正に社会風刺だと思うが、それは民話の領域じゃない
確かに民話とは語り継がれる口授の要素が必須と思うが、じゃあゴジラが反核運動だと語り継がれてるか?
レスしたらまた丁寧なレス者がいてな。寝られない……
>>37
傾聴いたしました。貴君が大変『ゴジラ』についてお詳しい方であることも納得いたしました
そのうえで、当方から申し上げるべきことといえば
『ゴジラ』は風刺としても読めるし、エンターテインメントとも読めるし、教訓譚とも読める
実に含蓄深い作品であるということです
俺たぶん、初代『ゴジラ』のことしか念頭に置かずものいってたんですが
アレ、実際反核のバイブル的な読みされてますよ。学問的なレベルで。少なくとも俺が知ってる範囲で、いました、そういう学者
(具体的にいうと、都の西北あたりにいました。その講義に潜り込んだこともあるので、たぶんウソじゃないです)
でもって、現代の列島民にそういう受容をされ得る可能性を持っているっていう点で
アレはれっきとしたレジェンドです。教訓譚が民話の要件であるとするなら、立派に教訓譚で民話です
民話はそもそも風刺的で説教くさいものなんじゃないでしょうか?
というか、そういう「わかりやすさ」があってはじめて大衆の支持を獲得し
かつ普及し伝承されてきた表現なのではないのでしょうか?
高度に洗練された表現手段とかいらないです。ってか、そんなものがあったら端っから受容者の側から弾かれます
人口に膾炙する要件とは、表現上のわかりやすさと、メッセージ性の明解さです
もっといえば、それらは本来同時代的人間の理解に供せられるべきものであったはずです
俺らは油断してると初代『ゴジラ』の問題提起について無感動だったりします
それは、俺らがこれまで、未知の怪物やそれが体現する放射能の脅威とかに無関心に生きてこられたからです
でも、いったん心のセンサーに引っかかった「昔話」をそうそう忘れられるほどこの列島の民は鈍感じゃないです
こういった選別です、上記の「フィルター」っていうのは
大事なものは残るんです。いえ、残さざるを得ない作用が働くんです、ことこの島の上では
センスですね、結局は。何を民話とみなすかっていうところは、究極的には列島民のセンスにゆだねられてます
ただ、俺はその辺のセンスにおいて、この島の民は一流のものを持っていると疑いません
だって、『桃太郎』を語り継いでる民ですよ? 『笠地蔵』大好きな連中ですよ?
もっといったら、『座敷童』はきっといるし、ベルダンディだって助けに来てくれるかもしれないって思ってるんですよ?
こういうとこです。ホント。どうしようもないです
だから、こんなどうしようもない人間の巣窟には、たとえエンタテインメントだろうとなんだろうと
その行間を鋭く読み取って民話化する人間の群れが生ずるのはあたりまえだろって思うんです
難しいことは何もないんです。日本人なら当たり前にそういう部分を簡約化し受容し血肉化できるんです
俺が当事者かどうかは知りません。責任は負えません。ただ、そんな気がします
>>37
傾聴いたしました。貴君が大変『ゴジラ』についてお詳しい方であることも納得いたしました
そのうえで、当方から申し上げるべきことといえば
『ゴジラ』は風刺としても読めるし、エンターテインメントとも読めるし、教訓譚とも読める
実に含蓄深い作品であるということです
俺たぶん、初代『ゴジラ』のことしか念頭に置かずものいってたんですが
アレ、実際反核のバイブル的な読みされてますよ。学問的なレベルで。少なくとも俺が知ってる範囲で、いました、そういう学者
(具体的にいうと、都の西北あたりにいました。その講義に潜り込んだこともあるので、たぶんウソじゃないです)
でもって、現代の列島民にそういう受容をされ得る可能性を持っているっていう点で
アレはれっきとしたレジェンドです。教訓譚が民話の要件であるとするなら、立派に教訓譚で民話です
民話はそもそも風刺的で説教くさいものなんじゃないでしょうか?
というか、そういう「わかりやすさ」があってはじめて大衆の支持を獲得し
かつ普及し伝承されてきた表現なのではないのでしょうか?
高度に洗練された表現手段とかいらないです。ってか、そんなものがあったら端っから受容者の側から弾かれます
人口に膾炙する要件とは、表現上のわかりやすさと、メッセージ性の明解さです
もっといえば、それらは本来同時代的人間の理解に供せられるべきものであったはずです
俺らは油断してると初代『ゴジラ』の問題提起について無感動だったりします
それは、俺らがこれまで、未知の怪物やそれが体現する放射能の脅威とかに無関心に生きてこられたからです
でも、いったん心のセンサーに引っかかった「昔話」をそうそう忘れられるほどこの列島の民は鈍感じゃないです
こういった選別です、上記の「フィルター」っていうのは
大事なものは残るんです。いえ、残さざるを得ない作用が働くんです、ことこの島の上では
センスですね、結局は。何を民話とみなすかっていうところは、究極的には列島民のセンスにゆだねられてます
ただ、俺はその辺のセンスにおいて、この島の民は一流のものを持っていると疑いません
だって、『桃太郎』を語り継いでる民ですよ? 『笠地蔵』大好きな連中ですよ?
もっといったら、『座敷童』はきっといるし、ベルダンディだって助けに来てくれるかもしれないって思ってるんですよ?
こういうとこです。ホント。どうしようもないです
だから、こんなどうしようもない人間の巣窟には、たとえエンタテインメントだろうとなんだろうと
その行間を鋭く読み取って民話化する人間の群れが生ずるのはあたりまえだろって思うんです
難しいことは何もないんです。日本人なら当たり前にそういう部分を簡約化し受容し血肉化できるんです
俺が当事者かどうかは知りません。責任は負えません。ただ、そんな気がします
ようご友人、元気でやってるようで何より
俺があの民話という奴で気になってるのは、当時の人々はあれを「現実にあったこと」だと認識してたか否かってところで、
とりあえず>>24が引いてきた定義だとそれは必須用件ではないみたいだが、どうなんだろうか?
例えば子供向けの昔話なんかは、現代人はフィクションとして受容してるわけだけど、
「もしかしたらこんなこともあったかも知れないね」という感覚がどっかにあるように思う
というのは、何せ「昔々のお話」であって、真偽を確かめる術がもはや無いことに起因するのかな、
ということを考えると、ゴジラのような現代劇や、「来るべき未来」のお話というのはどうしても
「もしかしたらこんなこともあったかも知れないね」を得られないわけで、そう考えると
マスメディアが発達して、出来事が事細かに記録されるようになった近代社会になってから、
そういう感覚を起こさせるお話というのはあり得なくなってしまったのかな、とか
ここまで書いて気づいたけど、都市伝説が正に「そんなこともあるかも知れないね」という感覚を起こさせるものだったかも知れない
都市伝説はフォークロア(民話)になぞらえてネットロアなんて呼ばれることもあるけど、かなり正鵠を射ているのかな
……書いてる途中に>>41の指摘があったので東方に絡め直す
幻想郷という世界観もまた「そんなこともあるかも知れないね」という代物かも知れない
この板でも本気で幻想郷行こうスレとかあるからなあ
俺があの民話という奴で気になってるのは、当時の人々はあれを「現実にあったこと」だと認識してたか否かってところで、
とりあえず>>24が引いてきた定義だとそれは必須用件ではないみたいだが、どうなんだろうか?
例えば子供向けの昔話なんかは、現代人はフィクションとして受容してるわけだけど、
「もしかしたらこんなこともあったかも知れないね」という感覚がどっかにあるように思う
というのは、何せ「昔々のお話」であって、真偽を確かめる術がもはや無いことに起因するのかな、
ということを考えると、ゴジラのような現代劇や、「来るべき未来」のお話というのはどうしても
「もしかしたらこんなこともあったかも知れないね」を得られないわけで、そう考えると
マスメディアが発達して、出来事が事細かに記録されるようになった近代社会になってから、
そういう感覚を起こさせるお話というのはあり得なくなってしまったのかな、とか
ここまで書いて気づいたけど、都市伝説が正に「そんなこともあるかも知れないね」という感覚を起こさせるものだったかも知れない
都市伝説はフォークロア(民話)になぞらえてネットロアなんて呼ばれることもあるけど、かなり正鵠を射ているのかな
……書いてる途中に>>41の指摘があったので東方に絡め直す
幻想郷という世界観もまた「そんなこともあるかも知れないね」という代物かも知れない
この板でも本気で幻想郷行こうスレとかあるからなあ
◆ 其の二十五(スレ25)>>909–922
スレ違いで申し訳ないんですが、特撮博物館行って来ました
東方とは直接関係無くても、人によってはインスパイアされる所が多いかと思います
怪獣映画などの特撮作品の中に日本古来の習俗や妖怪の存在を持ち込むようになっていくのは
単に目先を変えるというだけでなく何か必然性があったのかなと、色々興味深かったです
東方とは直接関係無くても、人によってはインスパイアされる所が多いかと思います
怪獣映画などの特撮作品の中に日本古来の習俗や妖怪の存在を持ち込むようになっていくのは
単に目先を変えるというだけでなく何か必然性があったのかなと、色々興味深かったです
東方ならぬ東宝だった訳ですね
ヒーローと怪物を使った創作自体は、それこそ神話からアメコミに至るまで世界中に存在するけど
特撮という文化が我が国でここまで発達したのはなぜだろうね
特撮という文化が我が国でここまで発達したのはなぜだろうね
見もフタもない話だけど、寓話を映像化するだけの技術が早くから伴ったからじゃね?
ハリーハウゼンやルーカスは作品の方向性がまたちょっと違ってたということかな
米軍も騙すほどの特撮の天才がいたおかげだな
狂言の「もんぱ」で着ぐるみ文化が古くからあったからじゃないのかな
化け狐=怪獣ってな感じ
化け狐=怪獣ってな感じ
歌舞伎でも張りぼての大ガマガエルや大クモ、オロチ、白象なんて出して江戸時代に大評判だったとか
そういやハリウッドなんか本物の車を爆破したりしてたな
なるほど、日本が豊かになってきたからこそ、
西部警察とかになる訳か。
その観点は無かった。
西部警察とかになる訳か。
その観点は無かった。