>>216
オオサンショウウオのハンザキってのは「片目の魚」の亜種じゃないかって思った
(柳田翁の「日本の伝説」からの抜粋になるが)日本各地の池には、片目のない魚がいるって伝承が多い
兵庫県昆陽池の片目鮒の場合、行基菩薩が行脚中物乞いに魚を所望される。物乞いは「不安だから毒味してくれ」と言い、行基は半身を口にする。実はこの物乞いは薬師菩薩で、行基の行いを試していた。行基が残った切り身を池に放したところ、生き返って片目の鮒になったって話(現在当地は行波明神となっている)
仮託されるのは空海・鎌倉権五郎・晴明・その他神や武士、町人など様々だが、原型は「一つ目(すがめ)」に対する神性ではないかと翁は結論付けてる
また本文では言及されてないが、柳田翁は一本ダタラと接続して理解してたんじゃないかなとも俺は思う(翁は片目神を生け贄の逃亡を防ぐため片目(・片足)を潰したことが神格化と同一視されるようになったとしている。別者論に鍛冶の蹈鞴場からくる労災説あり)
ちなみに一部はwikipediaの「隻眼」の項目にも載せられてた
興味深いことなんだが、この片目伝説。こと信州に多いとされている
小県郡青木村当郷、松本市宮淵・島立、橋場稲扱(どこ?)、北安曇郡小谷村小谷四家荘・中土などなど
確かこのスレで諏訪湖周辺では良質の鉄が採れるって話があったから、蹈鞴場の話が影響してるのかも知れんね
片目伝説と鉱山・製鉄信仰
妖怪・怪異 › 妖怪論(定義・起源)
全国の片目鮒・片目動物伝説・一目連・隻眼の神性・鍛冶の労災説・信州に多い片目伝承と製鉄地帯の関係
◆ 其の十三(スレ13)>>225–232
本来二つあるはずのものが片方一つしかない、というのは
見た目にも分かりやすい怪異(神性)だから事例が多いのかも
一目連に一つ目小僧、片輪の車、片目の魚や動物、片葉の葦、片羽の鳥etc....
見た目にも分かりやすい怪異(神性)だから事例が多いのかも
一目連に一つ目小僧、片輪の車、片目の魚や動物、片葉の葦、片羽の鳥etc....
>>226
逆に目が多かったり、手足が何本もあったりするのも怪異や神性が
あったりするものだよね。
仏教の阿修羅だってて6本だし、ギリシャ神話の神々にチート道具与えた
神様も手がいっぱい足いっぱいとかそんな感じだった。
たしかキリスト教の天使にもそれなりにいたような・・・。
やっぱり昔から奇形とかは差別の対象とともに神格化の対象だったのか?
逆に目が多かったり、手足が何本もあったりするのも怪異や神性が
あったりするものだよね。
仏教の阿修羅だってて6本だし、ギリシャ神話の神々にチート道具与えた
神様も手がいっぱい足いっぱいとかそんな感じだった。
たしかキリスト教の天使にもそれなりにいたような・・・。
やっぱり昔から奇形とかは差別の対象とともに神格化の対象だったのか?
酒呑童子なんて角は5本で目は15個だったからその力は相当なもんだったんだろうな
◆ 其の十四(スレ14)>>647–656
どうも十七条憲法とか、乙巳の変とか、大化の改新とか、藤原京とかブツ切れで教えられるから困る
あれらは一連の流れとして理解すべき変革のプロセスで、トグルスイッチ切り替えるみたいなものじゃない
以前、このスレでちょっとネタが出たが、古墳の時代は鉄はもっぱら大陸や半島からの輸入が主で、だから九州が出雲が力を持てたと
鉄の板や塊(当時のインゴット)はなかば貨幣として流通していたともいう
古墳の副葬品としてバカみたいな数の鉄の矢じりや矛や槍、剣などが埋められたが、それだけ贅沢が出来るという示威だったとされる
国産による鉄器ほか金属製錬技術は、遅くとも飛鳥時代には伝来し確立されていたことが遺跡調査で確認された
飛鳥寺の南東に広がる「飛鳥池工房遺跡」からは精錬に伴う残滓や、製品類、さらには「様」と呼ばれるモックアップ、
形状や寸法を指定した木製の製品模型(仕様の指示に用いる)が多数出土しており、飛鳥寺で必要とされる金具類を越えて、
公的な為に用いる金属器や貨幣等も鋳造していたらしい(鉄器や銅器以外にも金銀ほかや、ガラスや宝玉類の加工品まで生産)
お寺に当時の大工業団地が付属していたようだ
あれらは一連の流れとして理解すべき変革のプロセスで、トグルスイッチ切り替えるみたいなものじゃない
以前、このスレでちょっとネタが出たが、古墳の時代は鉄はもっぱら大陸や半島からの輸入が主で、だから九州が出雲が力を持てたと
鉄の板や塊(当時のインゴット)はなかば貨幣として流通していたともいう
古墳の副葬品としてバカみたいな数の鉄の矢じりや矛や槍、剣などが埋められたが、それだけ贅沢が出来るという示威だったとされる
国産による鉄器ほか金属製錬技術は、遅くとも飛鳥時代には伝来し確立されていたことが遺跡調査で確認された
飛鳥寺の南東に広がる「飛鳥池工房遺跡」からは精錬に伴う残滓や、製品類、さらには「様」と呼ばれるモックアップ、
形状や寸法を指定した木製の製品模型(仕様の指示に用いる)が多数出土しており、飛鳥寺で必要とされる金具類を越えて、
公的な為に用いる金属器や貨幣等も鋳造していたらしい(鉄器や銅器以外にも金銀ほかや、ガラスや宝玉類の加工品まで生産)
お寺に当時の大工業団地が付属していたようだ
冶金学的には青銅器時代を助走期間として鉄器時代に移るとうのが基本らしいんだけど
なんか日本の遺跡では青銅器造り始めたそばから鉄器造ってる形跡が少なからずあって
つまりどういうことだってばよ?という状況だとどこかで聞いた記憶が
なんか日本の遺跡では青銅器造り始めたそばから鉄器造ってる形跡が少なからずあって
つまりどういうことだってばよ?という状況だとどこかで聞いた記憶が
>>648
推察するに、どうやら一気に入って来たらしいな、各種金属の当時における先進的精錬・冶金技術は
飛鳥時代、早ければ6世紀、遅くとも7世紀後半~8世紀はじめには上の遺跡他にもいくつか当時の溶鉱炉や、
加工工場の遺跡が見つかっているそうだ
白村江の敗戦=百済からの亡命者の到来が、我が国金属精錬技術の飛躍的進歩のもと説があるが、やはり可能性はある
(半島における日本の権益=鉄インゴットの安定的入手は不安定化した代償に、先進的な金属精錬技術は手に入った)
原料・鉱石の調達先とかまだ曖昧な部分はあるのだけれども、考古学的な物証は発掘されつつあると
推察するに、どうやら一気に入って来たらしいな、各種金属の当時における先進的精錬・冶金技術は
飛鳥時代、早ければ6世紀、遅くとも7世紀後半~8世紀はじめには上の遺跡他にもいくつか当時の溶鉱炉や、
加工工場の遺跡が見つかっているそうだ
白村江の敗戦=百済からの亡命者の到来が、我が国金属精錬技術の飛躍的進歩のもと説があるが、やはり可能性はある
(半島における日本の権益=鉄インゴットの安定的入手は不安定化した代償に、先進的な金属精錬技術は手に入った)
原料・鉱石の調達先とかまだ曖昧な部分はあるのだけれども、考古学的な物証は発掘されつつあると
そもそも資源あんのかよって話なんだけどなー
金だって採れるようになったの聖武天皇の時代だし
砂鉄じゃあるまいし銅とかスズとかが採れる場所ってあったんかね
金だって採れるようになったの聖武天皇の時代だし
砂鉄じゃあるまいし銅とかスズとかが採れる場所ってあったんかね
金も銅も錫も水銀も採れるようになったのは文武天皇の時代らしいよ
昔は金や銀の鉱石も地表にごろごろ転がってたってAOEの説明書に書いてた。
採れるようになったというか、大和朝廷がそれらの採掘地を完全に押さえたのが
飛鳥末~奈良初期の時代(要するに不比等さんの全盛期)なんだと思う。
というか、白村江の敗北で朝鮮半島から完全に撤退したせいで
大和朝廷は古来独自に確保していた鉱物資源の安定的供給ルートを失ってしまった。
そこで、律令制を導入して従来の各氏族(豪族)による地方の分権的支配を解消し、
「日本」という中央国家を創り上げて天皇を頂点とする集権体制を打ち立て、
それをもって各氏族が支配していた地方の鉱物資源を中央の統制下に置いたんじゃないかと。
同時代に国郡郷里の地方行政単位を作ったり、風土記の編纂・提出を命じたりしてるのも、
地方ごとに回っていた鉱物資源を含む財産を確保するためだったと考えるのが合理的だと思う。
飛鳥末~奈良初期の時代(要するに不比等さんの全盛期)なんだと思う。
というか、白村江の敗北で朝鮮半島から完全に撤退したせいで
大和朝廷は古来独自に確保していた鉱物資源の安定的供給ルートを失ってしまった。
そこで、律令制を導入して従来の各氏族(豪族)による地方の分権的支配を解消し、
「日本」という中央国家を創り上げて天皇を頂点とする集権体制を打ち立て、
それをもって各氏族が支配していた地方の鉱物資源を中央の統制下に置いたんじゃないかと。
同時代に国郡郷里の地方行政単位を作ったり、風土記の編纂・提出を命じたりしてるのも、
地方ごとに回っていた鉱物資源を含む財産を確保するためだったと考えるのが合理的だと思う。
そーなのかー
そりゃよく考えたらイキナリ金を掘り出して使い始めるわけはないわな
何考えてんだ俺
そりゃよく考えたらイキナリ金を掘り出して使い始めるわけはないわな
何考えてんだ俺
そういや茨歌仙で主人公二人が金(悪霊産)を掘り出してたな
◆ 其の十七(スレ17)>>72–76
おいおい、勘助さんは信玄公こと武田晴信の家臣じゃないか
武田は信州侵攻で大祝諏訪頼重ぶっ殺して諏訪惣領家を乗っ取った家だから
諏訪側からしたら勘助さんはむしろ仇敵んちの家来でしかないべ
まあ確かに頼重の娘の諏訪御寮人が信玄に側室で入って、間に生まれた勝頼が諏訪家を継いではいるが
どう見ても諏訪地方統治のための名目でしかなかったし
しかも結局勝頼は武田を継ぐことになったからそれも絶えてるわけで
武田は信州侵攻で大祝諏訪頼重ぶっ殺して諏訪惣領家を乗っ取った家だから
諏訪側からしたら勘助さんはむしろ仇敵んちの家来でしかないべ
まあ確かに頼重の娘の諏訪御寮人が信玄に側室で入って、間に生まれた勝頼が諏訪家を継いではいるが
どう見ても諏訪地方統治のための名目でしかなかったし
しかも結局勝頼は武田を継ぐことになったからそれも絶えてるわけで
上宮太子(厩戸皇子)は実在しただろうし、
山本管助なる武田軍足軽大将は、ほぼ実在しただろうとされている
彼らがなぜ、後世スーパーマン扱いされたのか、その理由の方が興味深い
第四次川中島合戦は現代では「不期遭遇戦」だったのが実態とされる
(両軍ともに目論みが外れた 武田は別働隊を派遣したら相手はもぬけの殻、
裏をかいて急速退却した上杉も、千曲川渡って霧が晴れたら前方には武田本陣がガチ展開
武田本隊は、まだ来るはずもない上杉が完全な状態で前方に来てるのを見てビックリ!
………両軍とも、全軍ムンクの叫び…これが実態だったろうとされる)
上杉方が各隊バラバラに突撃したのが「車掛りの陣」、各拠点に展開していた武田方が、
それぞれ土塁や柵を頼りに捨て鉢で防戦したのが「鶴翼の陣」
実態は軍記ものと違って、両軍ともにこういう情けない状況だったろうとされる
山本勘助を少女化するなら、ぜひドジッ娘として描いてもらいたい
山本管助なる武田軍足軽大将は、ほぼ実在しただろうとされている
彼らがなぜ、後世スーパーマン扱いされたのか、その理由の方が興味深い
第四次川中島合戦は現代では「不期遭遇戦」だったのが実態とされる
(両軍ともに目論みが外れた 武田は別働隊を派遣したら相手はもぬけの殻、
裏をかいて急速退却した上杉も、千曲川渡って霧が晴れたら前方には武田本陣がガチ展開
武田本隊は、まだ来るはずもない上杉が完全な状態で前方に来てるのを見てビックリ!
………両軍とも、全軍ムンクの叫び…これが実態だったろうとされる)
上杉方が各隊バラバラに突撃したのが「車掛りの陣」、各拠点に展開していた武田方が、
それぞれ土塁や柵を頼りに捨て鉢で防戦したのが「鶴翼の陣」
実態は軍記ものと違って、両軍ともにこういう情けない状況だったろうとされる
山本勘助を少女化するなら、ぜひドジッ娘として描いてもらいたい
後世に付加された山本勘助のイメージ自体が既に
一本だたらやら天目一箇神やらの擬人化っぽいけどね
片目片足で金鉱について詳しいなんて設定まんま過ぎるし
一本だたらやら天目一箇神やらの擬人化っぽいけどね
片目片足で金鉱について詳しいなんて設定まんま過ぎるし
山本勘助は物語最大の見せ場が「大事な戦いで作戦を見破られて玉砕」というすごい人だ
味があって俺は好きだが、一般的にこれはどうなんだろうなあと思う
>>74
武田の武将って一つ目や極端な風貌の持ち主、龍神の化身(治水に成功したってことらしいが)、
妙に金鉱に詳しい、秘湯を次々と発見などの山の神的な活躍をしてる人が多い
子牛みたいな犬に食らいつかれても平然としてたのは武田だっけ上杉だっけ
あそこらへんの人外ってSANADAやYAZAWAだけじゃないんだな
味があって俺は好きだが、一般的にこれはどうなんだろうなあと思う
>>74
武田の武将って一つ目や極端な風貌の持ち主、龍神の化身(治水に成功したってことらしいが)、
妙に金鉱に詳しい、秘湯を次々と発見などの山の神的な活躍をしてる人が多い
子牛みたいな犬に食らいつかれても平然としてたのは武田だっけ上杉だっけ
あそこらへんの人外ってSANADAやYAZAWAだけじゃないんだな
◆ 其の参(スレ3)>>331–334
新2ボスとかあからさまだよな。
まあ、直接的な共通点は一つ目ってあたりだけだろうけど。
まあ、直接的な共通点は一つ目ってあたりだけだろうけど。
両方じゃねーかな?