義経伝説と直接の関係はないが
中世の室町時代前半ごろまでは不遇の氏を遂げた人物が怨霊になるという
御霊が結構あるけど、楠木正成あたりがその最後っぽい
信長とか怨霊話があってもおかしくないのにあまり有名な話はない
そのへんは近世以降権力が世俗化して伝説が生まれにくくなったということか
でも明治期にも「西郷隆盛は西南戦争後も生きててロシアに亡命した説」
なんてのがあったんだよなあ
これは西郷の人柄のほか当時はいまだ薩長藩閥と旧幕不平士族の対立が
世相に影を残してたってのも大きいんだろうけど
怨霊の変遷史(祟り神→天狗→お化け→現代妖怪)
妖怪・怪異 › 妖怪論(定義・起源)
神道・神社信仰 › 御霊信仰
古代〜中世〜近世における怨霊イメージの変遷。古代:祟り神(御霊信仰・怨霊を鎮める神社)。中世:天狗(太平記で崇徳院・後鳥羽院・後醍醐帝が天狗として登場・楠木正成も)。近世以降:権力が世俗化し怨霊の時代が終わる→お化け。現代:トイレの花子さんなど学校の怪談型。東方での諏訪子→文→小傘と時代が下るにつれ妖怪としての格が下がるという対応。中央権力に叛逆した英雄が天狗化するメカニズム。
◆ 其の十(スレ10)>>974–980
怨霊について語ろうとすると井沢史観の影響から抜けきれない俺がいる
逆説の日本史で信長と神について記憶に残っていることといえば
神になろうとした信長→実際に神格化されたのは家康(東照大権現)
という内容だな
逆説の日本史で信長と神について記憶に残っていることといえば
神になろうとした信長→実際に神格化されたのは家康(東照大権現)
という内容だな
神って言うか信長って自分で自分のこと魔王だって言ってたよねそれって今ていう中二b…ゲフンゲフン
戦国後期以降の落人伝説といえば、
島左近、明石全登、真田幸村、豊臣秀頼となんか豊臣関連が多い
江戸幕府への反感のはけ口とかそういう理由かね
島左近、明石全登、真田幸村、豊臣秀頼となんか豊臣関連が多い
江戸幕府への反感のはけ口とかそういう理由かね
中世では、怨霊は祟り神にはあまりならず、むしろ天狗になる。
太平記には崇徳院と後鳥羽院と後醍醐帝が天狗として跳梁跋扈する話もある。楠木正成や護良親王も天狗になってるね。
そしてそういう天狗の時代が終わるとともに、怨霊の話も消えていく。
天狗の時代の終わりというのは、つまり信仰の近世化ということだね。
それ以降は”おばけ”に俗化していく。
信長が神になろうとした、というのは結構怪しい話。
第六天魔王の逸話は有名だけど、その根拠はフロイスの記録。しかも信玄が”俺が天台座主です”とボケたのに対する返しだというし。
太平記には崇徳院と後鳥羽院と後醍醐帝が天狗として跳梁跋扈する話もある。楠木正成や護良親王も天狗になってるね。
そしてそういう天狗の時代が終わるとともに、怨霊の話も消えていく。
天狗の時代の終わりというのは、つまり信仰の近世化ということだね。
それ以降は”おばけ”に俗化していく。
信長が神になろうとした、というのは結構怪しい話。
第六天魔王の逸話は有名だけど、その根拠はフロイスの記録。しかも信玄が”俺が天台座主です”とボケたのに対する返しだというし。