朝鮮・韓国の妖怪(トッケビ・プルガサリ・洪吉童)

妖怪・怪異 › 妖怪論(定義・起源) 比較宗教・哲学 › 比較神話学
トッケビ(鬼に似た妖怪・金棒持ち・日本の鬼との比較)。プルガサリ(食鉄獣・金属を食べて成長・北朝鮮映画で有名)。洪吉童(義賊・チョソン版ロビンフッド・妖術使い)。自然が激しい土地では妖怪が生まれやすいという仮説(朝鮮半島の地理・気候)。日本の妖怪文化との共通点と相違点(道教・仏教の影響度)。
◆ 其の七(スレ7)>>127–140
▌127 名前が無い程度の能力 ID:5U/UHB4g0 スレッドで見る →
朝鮮半島の妖怪といったらトッケビ?くらいしか知らない
いろんな姿や性格をしてたみたいだが、今じゃ日本の鬼の格好してるみたいだね

他には何年か前に、狛犬かシーサーに角を生やしたような神か妖怪の像を作ろう、という記事を見た気がする
名前は忘れた
▌128 名前が無い程度の能力 ID:EuL6zchU0 スレッドで見る →
面白い民話とか怪談とかは確かに存在したはずなのに
そういうのが残っているのを恥じて自分たちで破壊してしまった
時代があるからなぁ ある意味「幻想は殺せる」というのが
現実味を帯びる話だなぁ
▌130 名前が無い程度の能力 ID:Mcf9CL3s0 スレッドで見る →
そういう神話や伝説といった民族としての文化の拠り所を捨ててしまったからじゃない?
独自の文化の根源を確立できていないから、起源を主張することで他の文化に対する優位性を手に入れようとしているんじゃないかと

北朝鮮の場合は現体制そのものが神話だからそんなの必要ないってことかと
▌131 名前が無い程度の能力 ID:z6.JvvAA0 スレッドで見る →
ゲゲゲの鬼太郎に「朝鮮魔法」という回があって
アリランを歌うことによって若さを吸い取る妖怪が出てきた
あれは水木しげる創作なのかなあ
▌132 名前が無い程度の能力 ID:joNpsR1M0 スレッドで見る →
上の朝鮮妖怪の話なんか見てて思ったが
人間の手に負えない自然や天変地異が激しい土地では妖怪、精霊、超常の存在が生まれやすく
自然よりも人間や隣人のほうが恐ろしい場合は超常の怪異が生まれにくいと思う
▌133 名前が無い程度の能力 ID:HXPKp.Zw0 スレッドで見る →
朝鮮半島の怪物ならプルガサリが比較的有名だが、あれは北朝鮮の映画
(農民一揆を助けた怪獣がのちに民衆を苦しめるという痛烈な内容)
で知られるようになる以前はどんな姿に伝えられてたんだろね
とくに外見の記述はなく「鉄を食う」だけが特徴だったのか
▌134 名前が無い程度の能力 ID:p0HJF96gO スレッドで見る →
>>133
皮肉にしては効きすぎだろ、その怪物……
▌135 名前が無い程度の能力 ID:EXpw6D.60 スレッドで見る →
もとは熊で朝鮮の人間のもとになった神様がいるって話を昔何処かで読んだ気がする
どんな話だかも忘れちまったがな
▌136 名前が無い程度の能力 ID:qmvz6pOA0 スレッドで見る →
檀君神話ってやつだろうか
▌137 名前が無い程度の能力 ID:HXPKp.Zw0 スレッドで見る →
>>134
そのせいか監督はのちに亡命しとるw
怪獣プルガサリ自体の元ネタは高麗王朝時代の伝承らしいが
映画では、圧政に苦しんでいた農民を解放するのに寄与したはずの怪獣が
そのあとで民衆の物を食べ尽くしてお荷物になる、という内容だからなあ…
▌138 名前が無い程度の能力 ID:WE//x9tw0 スレッドで見る →
>>133
なんだか朝鮮の怪物って必ず理解してもらえない者のヒロイズムがあるよなw

そう言えば朝鮮半島にはホンギルトンという、日本で言う桃太郎ぐらいに有名な奴がいる
これはもうとんでもない悪たれガキで親を困らせてたが、親と喧嘩して家を飛び出してからは
その怪力と「距離を縮める程度の能力(縮地法)」で悪徳官僚や生臭坊主をちぎっては投げちぎっては投げ
最後ホンギルトンは圧政に苦しむ人々を海の向こうに連れ出し、理想郷を創ったという

ちなみに金正日はホンギルトンの上を行く「時間を縮める程度の能力(縮時法)」が使えるらしい
金正日は粗暴で誰にも理解されないが心優しかったホンギルトンと自分を重ねてるんだろうなぁ
▌139 名前が無い程度の能力 ID:IXQIgUZk0 スレッドで見る →
あの体型で縮地とかされたら噴いたのち惚れるわw
▌140 名前が無い程度の能力 ID:HXPKp.Zw0 スレッドで見る →
まあ朝鮮半島での「民衆の間での怪物伝承」はそうなるのかも知れぬが
現実の北朝鮮の政治指導者は国民を飢えに陥らせてるわけで
粗暴で誰にも理解されないのは自業自得だからなあ

北朝鮮の政治宣伝では金日成も縮地法を使ったと言われているw
近代以前の伝統文化をゼロにして歴史の創造(捏造)をはかったはずの国で
こういう非科学的なはずの伝承がハクつけに持ち出されるというのも興味深い

それこそ民俗学的な思考で考えると「英雄物語への尾ひれの付き方」という
ものは、民族やイデオロギーを越えたパターンにはまっているのだろう