地名文化論(日本の地名・人名地名の少なさ・軍艦の命名文化比較)
民間信仰・民俗 › 生活習俗・禁忌
日本の地名が人名由来のものが少ない文化的特徴(欧米のWashington・アレクサンドリアとの対比)。地名に込められた祈り・忌避・自然描写の命名パターン。軍艦の命名文化(日本海軍は山・川・気象現象が主体)と他国海軍の命名比較。廃村の地名が残ることの文化的意味。妹紅などの長命キャラが記憶する言語の変化という東方的接続。
◆ 其の二十五(スレ25)>>766–810
古い地名は色んな由来がありそうで面白いよね
安易な合成地名・僭称地名・ひらがな地名を違和感を抱く
諸兄は少なからずいるとみた
諸兄は少なからずいるとみた
違和感はあるが、資料を残しておいてくれたらそれでいい
そこに「あった」という事実が確認できれば、未来人も歴史を参照できる
そこに「あった」という事実が確認できれば、未来人も歴史を参照できる
地名学は面白いぞ
これまでは俗流語源がはびこっていてまともな学術的な考察があまりなかったから
まだ見ぬ宝が埋まっているかもしれないフロンティアだぞ
これまでは俗流語源がはびこっていてまともな学術的な考察があまりなかったから
まだ見ぬ宝が埋まっているかもしれないフロンティアだぞ
「民俗学的に曰くのありそうな地名」と思ったら
「十年ほど前に地域の再開発で旧字名を合成」とか
土地の公図なんてのも色々見てると結構面白かったり
「十年ほど前に地域の再開発で旧字名を合成」とか
土地の公図なんてのも色々見てると結構面白かったり
うちの地元は桃太郎伝説なら地名取ってるな
山岳地形図なんかの人名が付いた沢も謂われがあるようで資料がないな。
そこを見つけた人なのかはたまた身罷った人なのか……。
そこを見つけた人なのかはたまた身罷った人なのか……。
地名を苗字として名乗る例は数多くあるが
自らの名前を地名に付ける例はあまり聞かない
自らの名前を地名に付ける例はあまり聞かない
野口五郎岳は人名ではないようだ
奥会津檜枝岐に“学生平”と言う地名があるけど、昔そこで遭難したそうな
だ、誰が?
・神宮前・秋葉原(寺社から頂く場合)
・豊田市・天理市(組織から頂く場合)
人名縛りをやめたとしても、地名への逆輸入はこれくらいしか思い浮かばなかった
・豊田市・天理市(組織から頂く場合)
人名縛りをやめたとしても、地名への逆輸入はこれくらいしか思い浮かばなかった
「おせんころがし」とか「東尋坊」とか
曰くが少々アレな場所は思い浮かぶんだが…
曰くが少々アレな場所は思い浮かぶんだが…
有楽町や八重洲のように屋敷を構えていた人物の名が地名に転化する例はあるけど
為政者の名前をそのまま地名に付ける例は思い浮かばないな
欧米人ならいざ知らず、日本人の感覚としては地名に時の為政者の名を冠するのは
受け入れ難いような気がする
為政者の名前をそのまま地名に付ける例は思い浮かばないな
欧米人ならいざ知らず、日本人の感覚としては地名に時の為政者の名を冠するのは
受け入れ難いような気がする
いやそもそも日本は逆で、時の為政者が地方に下って
その地名を苗字として名乗った文化だし、
後に庶民に苗字認められた際も多くは地名から取ってるし、
そりゃわざわざ地名を変えようとしたら酔狂と思われるかもなぁ。
その地名を苗字として名乗った文化だし、
後に庶民に苗字認められた際も多くは地名から取ってるし、
そりゃわざわざ地名を変えようとしたら酔狂と思われるかもなぁ。
まぁ地名を新しく為政者の姓に変えるより
為政者がその土地の名前を名乗った方が労力は少ないだろうな
為政者がその土地の名前を名乗った方が労力は少ないだろうな
駅名だと宮本武蔵駅とかあるな
宮本武蔵は駅のある美作じゃなくて播磨産まれらしいけど……
あるいみ二次創作が一次創作(歴史)より有名になっちゃった例かなw
まぁ当時宮本武蔵を名乗る人が複数いたってだけかもしれたいけど
宮本武蔵は駅のある美作じゃなくて播磨産まれらしいけど……
あるいみ二次創作が一次創作(歴史)より有名になっちゃった例かなw
まぁ当時宮本武蔵を名乗る人が複数いたってだけかもしれたいけど
人名じゃないけど
信長「ここ岐阜にすんぞー」みたいなのはレアケースなのか
信長「ここ岐阜にすんぞー」みたいなのはレアケースなのか
船にしても日本は軍艦に旧国名や天候の名前つけるけど
ヨーロッパやアメリカは堂々と王・女王・大統領の名前つけてくるな
ヨーロッパやアメリカは堂々と王・女王・大統領の名前つけてくるな
黒田勘兵衛が博多を「福岡」にしたり(元は岡山の地名を持ってきた)
相模の海老名氏が地名の漢字を相生に変えたり所々にあるね
相模の海老名氏が地名の漢字を相生に変えたり所々にあるね
ビスマルクとかプリンス・オブ・ウェールズとかを思うに
軍艦に人名とか称号は…
軍艦に人名とか称号は…
そんな無数の中の一部で全体を決められても・・・
>788
日本の地名気象由来の艦もほとんど沈んでるわけだが。
日本の地名気象由来の艦もほとんど沈んでるわけだが。
日本で人名のついた艦船をつくらなかったのって天皇が待ったをかけたって聞いたことがある。
>>792 確か明治天皇。その艦が沈んだ際に失礼に当たる、とのお言葉があったと聞いたことがある。
アメリカだと戦死者の名前付けた艦が死闘のはてに沈み、その名が
引き継がれていったケースもあるな、サミュエル・B・ロバーツとか
引き継がれていったケースもあるな、サミュエル・B・ロバーツとか
護衛艦石橋湛山とかすぐ沈みそうだな
潜水艦小林多喜二だと、ソナーで違うもの探してそう
機雷敷設艦梶井基次郎
欧米は艦名に人名をつけて
日本は人名に艦名をつけた、というわけか
日本は人名に艦名をつけた、というわけか
失敗艦「太宰」
戦艦織田信長:よく燃えそう
戦艦明智光秀:裏切りそう
戦艦徳川家康:鈍重そう
秀吉は駆逐艦(日吉)・軽巡(木下秀吉)・重巡(羽柴秀吉)・戦艦(豊臣秀吉)までありそう
戦艦明智光秀:裏切りそう
戦艦徳川家康:鈍重そう
秀吉は駆逐艦(日吉)・軽巡(木下秀吉)・重巡(羽柴秀吉)・戦艦(豊臣秀吉)までありそう
どっちかていうと公家の名がつきそうな気がするが
戦艦「武智麻呂」
戦艦「房前」
戦艦「宇合」
戦艦「麻呂」
幸薄そう
戦艦「房前」
戦艦「宇合」
戦艦「麻呂」
幸薄そう
この決戦にあたり、貴下の艦隊に以下の艦が新たに加わりました。
戦艦 松永久秀
戦艦 荒木村重
航空母艦 平将門
巡洋艦 陶晴賢
巡洋艦 藤原純友
駆逐艦 小早川秀秋
駆逐艦 由井正雪
以上7隻です。
御武運を。
戦艦 松永久秀
戦艦 荒木村重
航空母艦 平将門
巡洋艦 陶晴賢
巡洋艦 藤原純友
駆逐艦 小早川秀秋
駆逐艦 由井正雪
以上7隻です。
御武運を。
>>793
似たような話を聞いたことあるな
明治時代、新しい硬貨を作るときにその明治天皇自身の尊顔を
諸外国に見習って彫刻しようって案が出たけど、やっぱ畏れ多い
ってことでまったがかかったらしい
それ以降、日本では未だに硬貨において人物は彫られていない
似たような話を聞いたことあるな
明治時代、新しい硬貨を作るときにその明治天皇自身の尊顔を
諸外国に見習って彫刻しようって案が出たけど、やっぱ畏れ多い
ってことでまったがかかったらしい
それ以降、日本では未だに硬貨において人物は彫られていない
硬貨より紙幣の方がグチャグチャになる上に、折り紙のようにして遊ばれてるがどうなんだろうw
お札になると「ろっぽんぞー」とか奇声を発するしな
日本の神様ってなんで名前が複数あるんだろう、どういう基準でつけられるのかもわからんし
◆ 其の二十七(スレ27)>>863–907
外人がつけた日本人が見たらおかしい名前って結構あるよな
バリツ…
バリツ…
日本は名前のパターンが世界一多いとも言うけど、姓もそうなのかもね
(キリスト教圏とかよりも由来と音が多い上に縛りが無いから)
(キリスト教圏とかよりも由来と音が多い上に縛りが無いから)
人口に対して姓の種類はえらく少ないとは聞いたが
「漢人が多すぎて統治が大変、なんとかならんか」
「とりあえず五大姓(劉・李・張・王・趙)を全部消せば
半分くらいになりますぜ」とかそんな話が元代だかに
あったとかなんとか(真偽は分からん)
「漢人が多すぎて統治が大変、なんとかならんか」
「とりあえず五大姓(劉・李・張・王・趙)を全部消せば
半分くらいになりますぜ」とかそんな話が元代だかに
あったとかなんとか(真偽は分からん)
日本の苗字が多いのは苗字が出来るのが遅かったから
というのを今思いついたけどどうだろう
というのを今思いついたけどどうだろう
苗字が普及した頃に比較的統治が安定してて過去の有力者の末裔騙ったりする人が少なかったのかも?
あとは宗教とか文化的価値観とか…少なくとも皇族騙る人は畏れ多くてほぼいなかったんじゃないかな、てか苗字ないし
あとは宗教とか文化的価値観とか…少なくとも皇族騙る人は畏れ多くてほぼいなかったんじゃないかな、てか苗字ないし
名字と姓と氏と屋号とかの通称が時代を下るごとに区別が曖昧になってごっちゃになったことでカオス化したような気がする
藤シリーズみたいな藤原氏の派生で新たな名字が次々とできちゃうフリーダムさも昔からあるしね
藤シリーズみたいな藤原氏の派生で新たな名字が次々とできちゃうフリーダムさも昔からあるしね
>>869
もちろんそれが一番大きいのは承知してるよー
ただ二〜三字の短めの組合せで新たな単語を際限なく作れる言語の特性と、
それを自由に名字に採用できる歴史的な素地があったからこそ多様な名字が使われるようになったんだと思うわけです。
もちろんそれが一番大きいのは承知してるよー
ただ二〜三字の短めの組合せで新たな単語を際限なく作れる言語の特性と、
それを自由に名字に採用できる歴史的な素地があったからこそ多様な名字が使われるようになったんだと思うわけです。
前提に家制度の問題があると思うな。
中世半ばから、次第に男系嫡子継承のものとして家ができるじゃない。
そうすると、家ごとに違う苗字を名乗るわけで。そうすると、どんどん細分化されるじゃない。
長男と次男と、別の家になるレベルでわかれてくわけだからさ。
中国の宗族制だと、もっと一族の範囲が広くて、姓をかえることがそうそうないでしょ。
韓国も似たような宗族的制度だから、姓は少ないし。
「同姓不婚」を守るためには、姓変えるとやばいのよね。
そういう、社会制度的な問題大きいと思う。
中世半ばから、次第に男系嫡子継承のものとして家ができるじゃない。
そうすると、家ごとに違う苗字を名乗るわけで。そうすると、どんどん細分化されるじゃない。
長男と次男と、別の家になるレベルでわかれてくわけだからさ。
中国の宗族制だと、もっと一族の範囲が広くて、姓をかえることがそうそうないでしょ。
韓国も似たような宗族的制度だから、姓は少ないし。
「同姓不婚」を守るためには、姓変えるとやばいのよね。
そういう、社会制度的な問題大きいと思う。
自分の家の場合、保元の乱以前から続いてるのはわかってるが、
藤原一門のいずれかだったらしい(この頃苗字不明)
↓
現在の某地方都市にあたる地方荘園へ派遣(当時の地名をそのまま名乗る)
(戦乱を逃れてきたという説も有り)
↓
根付いて地侍化(やや漢字が簡略した苗字に変わる)
↓
戦国期にあっちの勢力に付いたりこっちの勢力に付いたり(苗字変えたり戻ったり)
↓
江戸期はザ・田舎武士という感じで3つくらいの村の領主として過ごす(昔の苗字の少し変形で定着)
↓
現在(江戸期の名前のまま)
の流れだった。
途中、分家とか分かれる時にも少し変えた苗字で分化したり、
当時の主君にもらった通称が間に入ってたりと色々変遷が有るからややこしい
あと明治の御新政の後は当然領主でもなくなり、大地主で檀家の総代みたいな立ち位置だったが、
平民苗字許可令の頃に旧領民がぞろぞろ来て名前を付けてくれと言われ、
おまえ料理上手いからそれにちなんだ名前、おまえ坂のとこに住んでるからこの名前、
家に大きな木があるからこの名前、川の近くだからこの名前、顔でなんとなくこの名前、
と、そんなノリで付けてもらったと周囲の人の家に伝わってたりする。ホントかは知らんが。
なるほど色んな苗字が出来るわけだよね。
藤原一門のいずれかだったらしい(この頃苗字不明)
↓
現在の某地方都市にあたる地方荘園へ派遣(当時の地名をそのまま名乗る)
(戦乱を逃れてきたという説も有り)
↓
根付いて地侍化(やや漢字が簡略した苗字に変わる)
↓
戦国期にあっちの勢力に付いたりこっちの勢力に付いたり(苗字変えたり戻ったり)
↓
江戸期はザ・田舎武士という感じで3つくらいの村の領主として過ごす(昔の苗字の少し変形で定着)
↓
現在(江戸期の名前のまま)
の流れだった。
途中、分家とか分かれる時にも少し変えた苗字で分化したり、
当時の主君にもらった通称が間に入ってたりと色々変遷が有るからややこしい
あと明治の御新政の後は当然領主でもなくなり、大地主で檀家の総代みたいな立ち位置だったが、
平民苗字許可令の頃に旧領民がぞろぞろ来て名前を付けてくれと言われ、
おまえ料理上手いからそれにちなんだ名前、おまえ坂のとこに住んでるからこの名前、
家に大きな木があるからこの名前、川の近くだからこの名前、顔でなんとなくこの名前、
と、そんなノリで付けてもらったと周囲の人の家に伝わってたりする。ホントかは知らんが。
なるほど色んな苗字が出来るわけだよね。
>>878
小学生の頃、「本当にあった日本の笑い話」みたいな本で、明治時代に役所から「たこ」「大根」と名字をつけられた人の話があった(たしか岡山だった)。結局その為に悲惨な人生をおくることも書かれてたけど、今思えば被差別がらみの話だったみたい。
小学生の頃、「本当にあった日本の笑い話」みたいな本で、明治時代に役所から「たこ」「大根」と名字をつけられた人の話があった(たしか岡山だった)。結局その為に悲惨な人生をおくることも書かれてたけど、今思えば被差別がらみの話だったみたい。
御手洗(みたらい みたらし)は、神に参る前に、手などを清める場のこと。
現代人の考えるお手洗いじゃない。
なんだかんだ言って、江戸時代の農民も苗字や屋号を持ってることが多いので、必ずしも明治になって全部新しくついたわけじゃないよね。
現代人の考えるお手洗いじゃない。
なんだかんだ言って、江戸時代の農民も苗字や屋号を持ってることが多いので、必ずしも明治になって全部新しくついたわけじゃないよね。
名字とは関係ないが、
真田中学校をシンタナカガッコウと読んだ友人がおったな。
知らなきゃ読めないだろってな読み方って結構あるよな。
真田中学校をシンタナカガッコウと読んだ友人がおったな。
知らなきゃ読めないだろってな読み方って結構あるよな。
地元の人間は読みにくいと言われても
ピンとこないもんなのよ
ピンとこないもんなのよ
「旧中山道」を「いちにちじゅう やまみち」と読んだ東京キー局のアナウンサーがおりましてね
これは特殊な例として、地域固有の名前というとやはり沖縄・北海道だろうか
これは特殊な例として、地域固有の名前というとやはり沖縄・北海道だろうか
北海道の日本語離れした地名として厚岸町ルークシュポールを思い出した
一見西洋語にも見えるがアイヌ語由来の地名
一見西洋語にも見えるがアイヌ語由来の地名
>>887
北海道や沖縄はほかの都府県同士と比べて文化の違いがはるかに大きいから目立つだけで(アイヌ・琉球など)
日本各地それぞれその土地でしか読めないような読み方の違いはあるだろう
音訓の違いや強引なあてはめ方や慣用的な読みだけでなく
些細な濁点の有無や「の」などが入るかどうかなどまで含めればそれこそ膨大に
北海道や沖縄はほかの都府県同士と比べて文化の違いがはるかに大きいから目立つだけで(アイヌ・琉球など)
日本各地それぞれその土地でしか読めないような読み方の違いはあるだろう
音訓の違いや強引なあてはめ方や慣用的な読みだけでなく
些細な濁点の有無や「の」などが入るかどうかなどまで含めればそれこそ膨大に
地味に奈良とかキツイよね。
斑鳩なんかは有名だけど、京終とか帯解とか櫟本とか。
全体的に古代っぽい空気が。
斑鳩なんかは有名だけど、京終とか帯解とか櫟本とか。
全体的に古代っぽい空気が。
大阪の枚方市を“まいかた”と読んでいた
放出とかいうメガテンの親戚のようなもの
島根県の西部に住んでいるけど、県外の人が温泉津を「おんせんつ」って読むのに驚いたわ
普通に読めるじゃろって笑ったらこの漢字では「ゆ」「の」って名乗りはないよって言われて、初めて難読地名だって気付いた
ちなみに隣の仁摩には昔
邇摩郡仁摩町仁万
という住所が有ってそこに住んでいる人がいつも住所記入の時にぼやいてた
普通に読めるじゃろって笑ったらこの漢字では「ゆ」「の」って名乗りはないよって言われて、初めて難読地名だって気付いた
ちなみに隣の仁摩には昔
邇摩郡仁摩町仁万
という住所が有ってそこに住んでいる人がいつも住所記入の時にぼやいてた
手書きはともかく、pc入力でも変換がややこしいって
今の時期は各神社で夜神楽がかかるので見にいくのが楽しい
夜通し酒飲んで騒いでいると幻想郷の宴会もこんなんかなぁって思うわ
隣にいるのは美少女じゃなくておっさんだけどね
今の時期は各神社で夜神楽がかかるので見にいくのが楽しい
夜通し酒飲んで騒いでいると幻想郷の宴会もこんなんかなぁって思うわ
隣にいるのは美少女じゃなくておっさんだけどね
昔、山口県旅行した時に秋芳洞(あきよしどう)を観光したんだが、
上に広がるカルスト台地は秋吉台(あきよしだい)、それらが有る町は秋芳町(しゅうほうちょう)とか、
間違わせようと地名を付けてるとしか思えんかった。
あと別の場所に「特牛」という地名があって、
地元の人が「こっとい」と読むと教えてくれたがなんでやねんと。
あ、でも山口県のういろうは美味しかったです。
名物はういろうとする我が地元に土産に買って帰って家族にオマエはアホかと言われたけど、
比べてみた結果、我々が今まで食ってたのは甘くした糊だと判明した。
上に広がるカルスト台地は秋吉台(あきよしだい)、それらが有る町は秋芳町(しゅうほうちょう)とか、
間違わせようと地名を付けてるとしか思えんかった。
あと別の場所に「特牛」という地名があって、
地元の人が「こっとい」と読むと教えてくれたがなんでやねんと。
あ、でも山口県のういろうは美味しかったです。
名物はういろうとする我が地元に土産に買って帰って家族にオマエはアホかと言われたけど、
比べてみた結果、我々が今まで食ってたのは甘くした糊だと判明した。
山口のういろうは、わらび粉だからな。
わらびは有毒だが、水に晒せば貴重な澱粉。
難読地名といえば、島根の出雲郷(あだかえ)とかね。
わらびは有毒だが、水に晒せば貴重な澱粉。
難読地名といえば、島根の出雲郷(あだかえ)とかね。
不入斗(いりやまず)
廿五里(ついへいじ)
海士有木(あまありき)
母の実家の方の地名
廿五里(ついへいじ)
海士有木(あまありき)
母の実家の方の地名
千葉ですな
そもそも何でこんな難読地名が生まれるのか
方言と一緒のメカニズムと言い切るにはぶっちぎり過ぎてるような
方言と一緒のメカニズムと言い切るにはぶっちぎり過ぎてるような
何かの当て字なのかねえ
◆ 其の七(スレ7)>>395–400
>>394
俺は全然ないけど、年寄りとかには「これだから美濃もんは……」みたいに言う人もいる
まぁ名古屋に近く開けてる美濃(岐阜市周辺)と違って、飛騨はホントに山奥だから分からんでもない
ちなみに美濃の人に言わせると同じ旧美濃国でも岐阜・中津川・郡上でそれぞれ違うらしい
俺は全然ないけど、年寄りとかには「これだから美濃もんは……」みたいに言う人もいる
まぁ名古屋に近く開けてる美濃(岐阜市周辺)と違って、飛騨はホントに山奥だから分からんでもない
ちなみに美濃の人に言わせると同じ旧美濃国でも岐阜・中津川・郡上でそれぞれ違うらしい
飛騨と言えばスクナもあるけど、帰雲山の埋蔵金伝説なイメージ。
連レスすまん。
歴史的に見ると、飛騨は江戸時代をほぼ通して一国丸ごと天領(幕府直轄領)だった。
対して美濃は、大垣・苗木・岩村・八幡・高富・加納・今尾・高須と小藩に分割されまくってた上に、
明治維新以後もしばらく美濃は岐阜県、飛騨は隣の信濃国半分と一緒に筑摩県となっていた(ちなみに諏訪も含む)のね。
それが明治九年(1876)に飛騨を筑摩県から切り離し、南の岐阜県に編入合併させて現在の岐阜県が成立したわけ。
だから方言もちょっと違うし、何となく土地柄というか住民の気質も違う気がするのよね。
ちなみに美濃弁も飛騨弁も同じ東海東山方言に分類されるけど、
飛騨弁のアクセントはむしろ北陸方言に近いと言われてる。
あと同じ飛騨でも北部の高山や白川村などと、南部の下呂なんかではやっぱり微妙に違う。
一方で、美濃の郡上あたりは下呂など南飛騨と方言の親和性が高いらしい。
まぁこんなんだから「県としての一体感に欠ける」とか言われるんだろうけどな……
歴史的に見ると、飛騨は江戸時代をほぼ通して一国丸ごと天領(幕府直轄領)だった。
対して美濃は、大垣・苗木・岩村・八幡・高富・加納・今尾・高須と小藩に分割されまくってた上に、
明治維新以後もしばらく美濃は岐阜県、飛騨は隣の信濃国半分と一緒に筑摩県となっていた(ちなみに諏訪も含む)のね。
それが明治九年(1876)に飛騨を筑摩県から切り離し、南の岐阜県に編入合併させて現在の岐阜県が成立したわけ。
だから方言もちょっと違うし、何となく土地柄というか住民の気質も違う気がするのよね。
ちなみに美濃弁も飛騨弁も同じ東海東山方言に分類されるけど、
飛騨弁のアクセントはむしろ北陸方言に近いと言われてる。
あと同じ飛騨でも北部の高山や白川村などと、南部の下呂なんかではやっぱり微妙に違う。
一方で、美濃の郡上あたりは下呂など南飛騨と方言の親和性が高いらしい。
まぁこんなんだから「県としての一体感に欠ける」とか言われるんだろうけどな……
南北に長い新潟京都や東西に長い静岡なんかもあるけど
京都は地方に役割があって静岡は伊豆以外同じ東海道沿いということでそこまでじゃないな
京都は地方に役割があって静岡は伊豆以外同じ東海道沿いということでそこまでじゃないな