>>794
伊豆乃賣神社ってなんだっけと思って調べてみたけど、
現地では日妻大明神と呼ばれて風土記記載の日之都麻明神と比定しているみたいだけど、面白いね
ツマはツラの変化形で「連ら」の意だから
さしずめ「太陽のお連れさん」って感じ?
伊弉諾が天照大神を生み出す前に生まれた伊豆の女(斎きの女)に
ふさわしい名前だと思う(適当)
なんで出雲で古来から重視されてきたんだろね?
天照大神の性別問題と大日孁貴神(男神説・伊豆能賣神の異質性)
日本神話・記紀 › 神道・神社信仰
日本書紀の「大日孁貴神(おほひるめのむち)」表記とアマテラス女神性の根拠。全国に存在した男性太陽神信仰(天照御魂神・日神)との並立。女神への固定化が記紀編纂期(藤原不比等・女性天皇相次ぐ時代)の政治的意図との関係。伊弉諾の禊祓で唯一「神」称号を付されない異質な伊豆能賣神の正体論(本居宣長の古事記伝での言及)。
◆ 其の二十三(スレ23)>>804–844
>>804
そのまま「妻」と解釈しても「連れ」と解釈しても、「太陽の配偶神」みたいな意味になるんじゃないかと思う
祓の神(水の神)が太陽神と並んで祭祀される事例は結構あるようだし
宮城県の鳥屋崎神社では伊豆能売を主祭神にしてるみたいだね
そのまま「妻」と解釈しても「連れ」と解釈しても、「太陽の配偶神」みたいな意味になるんじゃないかと思う
祓の神(水の神)が太陽神と並んで祭祀される事例は結構あるようだし
宮城県の鳥屋崎神社では伊豆能売を主祭神にしてるみたいだね
>>805
というか妻の語源もツラだと思うけどね
配偶神というとまるで日神が男神のようだけど、その発想もありかな
いずれにしても伊弉諾の禊祓で生んだ神は基本的に三神もしくは二神1セットなのに
ぽつんと一人だけ生まれた伊豆能売神だけ妙に異質の感じを受ける。
なにか、意図的な挿入があったんじゃないかなとか思ったり。
というか妻の語源もツラだと思うけどね
配偶神というとまるで日神が男神のようだけど、その発想もありかな
いずれにしても伊弉諾の禊祓で生んだ神は基本的に三神もしくは二神1セットなのに
ぽつんと一人だけ生まれた伊豆能売神だけ妙に異質の感じを受ける。
なにか、意図的な挿入があったんじゃないかなとか思ったり。
>>806
有鹿神社の有鹿比古命(太陽神)と有鹿比女命(水の神)とか、天照御魂神や大物主のような存在、そこらじゅうにある日光感精説話から見ても、
日本各地に「男の太陽神」という概念があったことは否定できないと思う
伊豆能売は水蛭子と一緒で、名称に「神」「尊」「命」が付けられてないんだよね
そのヒルコ、日本書紀本文では大日孁貴、月神の次に産まれているからこれまた面白い
有鹿神社の有鹿比古命(太陽神)と有鹿比女命(水の神)とか、天照御魂神や大物主のような存在、そこらじゅうにある日光感精説話から見ても、
日本各地に「男の太陽神」という概念があったことは否定できないと思う
伊豆能売は水蛭子と一緒で、名称に「神」「尊」「命」が付けられてないんだよね
そのヒルコ、日本書紀本文では大日孁貴、月神の次に産まれているからこれまた面白い
岩波文庫の古事記では伊豆能賣だけではなく伊豆能賣神と書いてあるけど…
今日通りがかった道に久伊豆神社ってのがあったけど
伊豆能賣とは関係ないのかな
祭神は大己貴命だったが
伊豆能賣とは関係ないのかな
祭神は大己貴命だったが
久伊豆神社は元荒川沿い周辺、香取神社が江戸川・利根川流域、
氷川神社が荒川周辺と「棲み分け」をしてる。
古代に色んな開拓団が各々の氏神を奉じて川をさかのぼったりしながら入植して神社建ててたんだと思うと、
一面べたっと似たようなベットタウン住宅地で均一化してる現代のほうが
なんか変というか不思議な感じがする。
氷川神社が荒川周辺と「棲み分け」をしてる。
古代に色んな開拓団が各々の氏神を奉じて川をさかのぼったりしながら入植して神社建ててたんだと思うと、
一面べたっと似たようなベットタウン住宅地で均一化してる現代のほうが
なんか変というか不思議な感じがする。
神奈川だと相模川流域に寒川神社、大山に阿夫利神社
後者は雨の恵みをもたらしてくれる神様であり、農耕神的性格を持ち、天狗とも縁が深い
相模湾を吹き渡る湿気を帯びた空気が大山の山体にあたって上昇気流となり雨を降らせる
だから雨降り山といい、江戸時代には山岳講で賑わった
大山街道(現代の246号にほぼ沿う)を進み、参詣を終えたら湘南方面を目指せば、
江戸から男の脚で往復数日以内、遊郭で打ち上げしたり、鎌倉見物などしてもさしてかからず、
庶民にとって富士山やお伊勢さまより遥かに手軽な旅行だった
麓は地下水利用の豆腐が名物で、豆腐を買ってかじりながら登るのが江戸っ子の粋というか、
一種のしきたりだった
寒川様の方はいまいち神様の由来が分からないのだが、神名からして夫婦の土着神だろう
しかし相模一之宮であり、方位除けのひとつ八方除けを司るとされ古くから参詣者を集めた
正月には今も多数の初詣客が八方除けの御札を求めて訪れる
後者は雨の恵みをもたらしてくれる神様であり、農耕神的性格を持ち、天狗とも縁が深い
相模湾を吹き渡る湿気を帯びた空気が大山の山体にあたって上昇気流となり雨を降らせる
だから雨降り山といい、江戸時代には山岳講で賑わった
大山街道(現代の246号にほぼ沿う)を進み、参詣を終えたら湘南方面を目指せば、
江戸から男の脚で往復数日以内、遊郭で打ち上げしたり、鎌倉見物などしてもさしてかからず、
庶民にとって富士山やお伊勢さまより遥かに手軽な旅行だった
麓は地下水利用の豆腐が名物で、豆腐を買ってかじりながら登るのが江戸っ子の粋というか、
一種のしきたりだった
寒川様の方はいまいち神様の由来が分からないのだが、神名からして夫婦の土着神だろう
しかし相模一之宮であり、方位除けのひとつ八方除けを司るとされ古くから参詣者を集めた
正月には今も多数の初詣客が八方除けの御札を求めて訪れる
地元の学生とかはクイズ神社と呼んでたな。
実際は読み方違うのに。
実際は読み方違うのに。
実際、岩槻の久伊豆神社の公式サイトには
>勝負運・合格祈願・優勝祈願としてもウルトラクイズの予選会場になるなど、クイズ神社としても、有名になりました。
って書いてあるな
>勝負運・合格祈願・優勝祈願としてもウルトラクイズの予選会場になるなど、クイズ神社としても、有名になりました。
って書いてあるな
>>815
気になってちょっと調べたのですが
伊豆能賣については本居宣長が「古事記伝」で言及していて、どうもそれによると
・伊豆能賣神と記している古事記の写本は度会延佳の写本だけ
・伊豆能賣のみ神がつかないのは不自然、という理由で度会延佳が補ったのであろう
という事らしいです
気になってちょっと調べたのですが
伊豆能賣については本居宣長が「古事記伝」で言及していて、どうもそれによると
・伊豆能賣神と記している古事記の写本は度会延佳の写本だけ
・伊豆能賣のみ神がつかないのは不自然、という理由で度会延佳が補ったのであろう
という事らしいです
それにしてもこの「伊」って漢字は何なんだろうな
伊賀、伊勢、伊豆、伊那、伊吹、伊予、伊達、伊香保、伊万里、伊良湖、伊川
伊弉諾神宮、伊勢神宮、伊和神社、伊雑宮、伊太祁曽神社、伊奈波神社、伊曽乃神社
伊香具神社、伊古奈比竎命神社、伊佐須美神社、伊佐爾波神社、伊豆毛神社と
やたら地名や神社に付いてる
伊賀、伊勢、伊豆、伊那、伊吹、伊予、伊達、伊香保、伊万里、伊良湖、伊川
伊弉諾神宮、伊勢神宮、伊和神社、伊雑宮、伊太祁曽神社、伊奈波神社、伊曽乃神社
伊香具神社、伊古奈比竎命神社、伊佐須美神社、伊佐爾波神社、伊豆毛神社と
やたら地名や神社に付いてる
「い」の万葉仮名が「伊」だからじゃないの
漢字としての「伊」からアプローチしてみると、
(1)カタカナの「イ」の元字
(2)杖を持った人物を示す会意文字で、聖職者・為政者の意味
(3)古代中国の人物「伊尹」にちなむ嘉字
(4)3.が転じて、中国では人名・地名に使われる
だからおめでたい字ではあるのよな
(1)カタカナの「イ」の元字
(2)杖を持った人物を示す会意文字で、聖職者・為政者の意味
(3)古代中国の人物「伊尹」にちなむ嘉字
(4)3.が転じて、中国では人名・地名に使われる
だからおめでたい字ではあるのよな
>>807
確かに日神を男性と定めていたのは別に珍しいことではないね
日光感精伝承は日本近くでは朝鮮や南西諸島に説話が残ってるんだっけ
出雲なら大陸交渉も古くからあっただろうし、不思議ではないな
そもそも天照大神が女なんて、明確にはどこにも書いてないはずだし
蛭子って記紀ではすっげ可哀想なキャラになっちゃってるけど
ご指摘の点、あとヒルコとヒルメの名前の対称性とか、
もともとは蛭子こそが日神の男性的性格を有する存在なんではないかなと妄想
確かに日神を男性と定めていたのは別に珍しいことではないね
日光感精伝承は日本近くでは朝鮮や南西諸島に説話が残ってるんだっけ
出雲なら大陸交渉も古くからあっただろうし、不思議ではないな
そもそも天照大神が女なんて、明確にはどこにも書いてないはずだし
蛭子って記紀ではすっげ可哀想なキャラになっちゃってるけど
ご指摘の点、あとヒルコとヒルメの名前の対称性とか、
もともとは蛭子こそが日神の男性的性格を有する存在なんではないかなと妄想
昼子か
日本書紀の神代でスサノオが日神に対して「姉」って使ってるのは
天照大神が女という記述にはならんのか
天照大神が女という記述にはならんのか
天照大神・・・というか大日孁貴神が女神であることは否定できないと思う
ただしそれとは別に、天照神や天照御魂神、その他様々な名前の男性太陽神が日本各地に存在したということも同様に否定できない
これらは同時に成り立つ事象だよ
ただしそれとは別に、天照神や天照御魂神、その他様々な名前の男性太陽神が日本各地に存在したということも同様に否定できない
これらは同時に成り立つ事象だよ
>>816
読みが同じで新しいご利益・信仰が生まれているのって一杯あるよね
中にはかなりゆるくてダジャレっぽいのが始まりってのもあるだろう
同じ読みの漢字あてれば何となくOKって感じだしw
まあ、言霊が云々ってのもあるかもしれないがね
例えば
上社御射山祭だと(地域名から通称原山様と言われている)
原山→はらやま→腹病→お腹の病気に効果あり!
ミシャグジ系の発展だと
石神→せきかみ→咳神→咳に効果あり!
あとげん担ぎ(縁起担ぎ)みたいなのもそうかな
読みが同じで新しいご利益・信仰が生まれているのって一杯あるよね
中にはかなりゆるくてダジャレっぽいのが始まりってのもあるだろう
同じ読みの漢字あてれば何となくOKって感じだしw
まあ、言霊が云々ってのもあるかもしれないがね
例えば
上社御射山祭だと(地域名から通称原山様と言われている)
原山→はらやま→腹病→お腹の病気に効果あり!
ミシャグジ系の発展だと
石神→せきかみ→咳神→咳に効果あり!
あとげん担ぎ(縁起担ぎ)みたいなのもそうかな
もともと音に字をあててる部分もあるから、
立ち返って音から新しい意味を派生させて問題ないんだろうな。
まぁ、さすがに横文字は想定外だったんだろうけどw
立ち返って音から新しい意味を派生させて問題ないんだろうな。
まぁ、さすがに横文字は想定外だったんだろうけどw
>>824
あ、忘れとった
あと、暗に女性神であることを匂わす記述もあったな、機織ったりとか
ただまあ逆に言うと、もともとは男神の性格を有する伝承も各地に残っていたはずの太陽神を
何らかの理由で女神に固定観念化する必要が当時あったとはならんかな
藤原不比等の都合かは知らんが
あ、忘れとった
あと、暗に女性神であることを匂わす記述もあったな、機織ったりとか
ただまあ逆に言うと、もともとは男神の性格を有する伝承も各地に残っていたはずの太陽神を
何らかの理由で女神に固定観念化する必要が当時あったとはならんかな
藤原不比等の都合かは知らんが
>>825
あえて、天照大神じゃなくて、別名とされる大日孁貴神のほうが女神だとする理由ってどういうのがあるんだ?
というか大日孁貴神ってどこら辺の記述で出てくるんだっけ
日本書紀に出てくるらしいんだが、ちょっと見つからなかった
あえて、天照大神じゃなくて、別名とされる大日孁貴神のほうが女神だとする理由ってどういうのがあるんだ?
というか大日孁貴神ってどこら辺の記述で出てくるんだっけ
日本書紀に出てくるらしいんだが、ちょっと見つからなかった
>>829
日本書紀“本文”のアマテラスの誕生の場面、
「於是共生日神號大日孁貴 (大日孁貴 此云於保比屢竎能武智 音力丁反 一書云 天照大神 一書云 天照大日孁尊)」
ってところ
これに限らず、日本書紀内なら「大日孁貴」の表記は結構多く出てくるよ
連レススマソ
日本書紀“本文”のアマテラスの誕生の場面、
「於是共生日神號大日孁貴 (大日孁貴 此云於保比屢竎能武智 音力丁反 一書云 天照大神 一書云 天照大日孁尊)」
ってところ
これに限らず、日本書紀内なら「大日孁貴」の表記は結構多く出てくるよ
連レススマソ
男の太陽神を信仰する豪族も確かにいたが駆逐されたな
伊勢のあの風土記を見るに
伊勢のあの風土記を見るに
ヒルコは捨てられたんだったな
猿田彦も元は太陽神じゃなかったっけ?
>>810
現代のベットタウンの信仰は、沿線ブランドという価値観なのかもね
こういうところに住んで、こういうことが出来ますように、とか
今の「棲み分け」ということで考えると、私鉄が推し進めた初詣圏がそれなのかもしれぬ
現代のベットタウンの信仰は、沿線ブランドという価値観なのかもね
こういうところに住んで、こういうことが出来ますように、とか
今の「棲み分け」ということで考えると、私鉄が推し進めた初詣圏がそれなのかもしれぬ
日本書紀や古事記だったら、ネット上に原文が転がってるからそれを見ればいいよね。
古代史関係は、基本史料がネット上で見れるから、趣味範囲でやるなら便利だよねぇ。
研究するなら、写本ごとの校訂が重要だからそうもいかないけど。
古代史関係は、基本史料がネット上で見れるから、趣味範囲でやるなら便利だよねぇ。
研究するなら、写本ごとの校訂が重要だからそうもいかないけど。
アマテラスが女性神に成り代わったのは女性天皇が相次いだことと
息子への後継を正当化するために記紀に取り入れたと聞いたことがあるな
アマテラスはその後も両性具有化したり中世には男神に戻ったりした
現在の視点でみれば中世のアマテラス男神論は結果的に物部の原典回帰とも言えるのかな
息子への後継を正当化するために記紀に取り入れたと聞いたことがあるな
アマテラスはその後も両性具有化したり中世には男神に戻ったりした
現在の視点でみれば中世のアマテラス男神論は結果的に物部の原典回帰とも言えるのかな
◆ 其の二十一(スレ21)>>926–965
凄く個人的なことだが、天照大神をアマテラスって呼ぶのは好きじゃないな
「天照す大御神」を「天照す」って略しちゃうのは、日本語センス的に嫌
「天照す大御神」を「天照す」って略しちゃうのは、日本語センス的に嫌
名前(天照)+役職名(大御神)と考えれば割といけるんじゃない?
嫌と言われてもなぁ
役職名(大御神)を略すのは不敬だというならわからなくもないが
>>929
記紀での他の神様たちは
名前+の+神
名前+の+命
だし、豪族たちも
名前+の+宿禰
名前+の+直
とか
天照大御神だけ名前+大御神と分けるのは変じゃない?
「天照す」が「大御神」を修飾する動詞だと見る方が、日本語として自然だと思うよ
記紀での他の神様たちは
名前+の+神
名前+の+命
だし、豪族たちも
名前+の+宿禰
名前+の+直
とか
天照大御神だけ名前+大御神と分けるのは変じゃない?
「天照す」が「大御神」を修飾する動詞だと見る方が、日本語として自然だと思うよ
役職名というか敬称というか、名前本体以外を略すのは天照大御神だけじゃないと思うけどな
天照・素盞鳴・月読の三姉弟を筆頭に、伊弉諾・伊弉冉夫妻とか、猿田彦とかワタツミとかウケモチとか
天照大御神の「天照」が名前でないと仰るなら、では彼女の名前は何だろう?
例えば神武天皇の別名は「神日本磐余彦火火出見天皇」(カム・ヤマト・イワレビコ・ホホデミ・ノ・スメラミコト)だが
ホホデミ以外は全部敬称で普通は単に「ホホデミ」って言ったりするしな
「天照」も「大御神」も修飾語(敬称)だとするならば、どこにも本名が入っていないので名前が失われている事になる
(大日?貴神(オオ・ヒルメ・ノ・ムチノカミ)という別名もあるようだが、これはすべて敬称と思う。
ヒルメが若干怪しいが、にしてはこちらの名前は一般的でないし)
確かに神武天皇にも敬称だけの名前(例えば神日本磐余彦尊)はあるが、これはあくまで別名であって、
その人本人の名前が何らかの形で伝わっていると思うんだ
裏
猿田彦の『彦』も敬称に含めるべきだろうか?
裏
天照・素盞鳴・月読の三姉弟を筆頭に、伊弉諾・伊弉冉夫妻とか、猿田彦とかワタツミとかウケモチとか
天照大御神の「天照」が名前でないと仰るなら、では彼女の名前は何だろう?
例えば神武天皇の別名は「神日本磐余彦火火出見天皇」(カム・ヤマト・イワレビコ・ホホデミ・ノ・スメラミコト)だが
ホホデミ以外は全部敬称で普通は単に「ホホデミ」って言ったりするしな
「天照」も「大御神」も修飾語(敬称)だとするならば、どこにも本名が入っていないので名前が失われている事になる
(大日?貴神(オオ・ヒルメ・ノ・ムチノカミ)という別名もあるようだが、これはすべて敬称と思う。
ヒルメが若干怪しいが、にしてはこちらの名前は一般的でないし)
確かに神武天皇にも敬称だけの名前(例えば神日本磐余彦尊)はあるが、これはあくまで別名であって、
その人本人の名前が何らかの形で伝わっていると思うんだ
裏
猿田彦の『彦』も敬称に含めるべきだろうか?
裏
いやアマテラスって字というか愛称みたいなもんでしょ
「〇〇の人」から「の人」が省略されて「〇〇」になるみたいな事績に由来するタイプのやつ
他の神名との整合性を重視して名前で呼びたいならオオヒルメって呼べばいいんじゃないか
「〇〇の人」から「の人」が省略されて「〇〇」になるみたいな事績に由来するタイプのやつ
他の神名との整合性を重視して名前で呼びたいならオオヒルメって呼べばいいんじゃないか
>>933
戦後の神話学の慣習としてそういう略称が使われてるのはわかってる
動詞を名前として扱っちゃっていいのかという、純粋に国語学的な問題意識
「天照す大御神」ってのは最高神に対する称号みたいなもので、本名ではないと思ってる
神社によっては天照坐皇大御神 (あまてらしますすめおおみかみ)だしね
戦後の神話学の慣習としてそういう略称が使われてるのはわかってる
動詞を名前として扱っちゃっていいのかという、純粋に国語学的な問題意識
「天照す大御神」ってのは最高神に対する称号みたいなもので、本名ではないと思ってる
神社によっては天照坐皇大御神 (あまてらしますすめおおみかみ)だしね
神様の一般的な呼称とは別に本名があるかなんて今まで考えたこともなかったな
アステラス製薬
>>941
まぁ「架空の人物」と「実在の人物」で分けて考えた方がいいかもなぁ
更にいうと、架空の人物でも「概念だけの架空の人物」と「人格を持つ架空の人物」で分類できるか
実在の人物の場合、神様であっても本名は存在するだろう(例:氏神など)
生前は人間としての生活があったわけだし、人間としての真名がないとおかしい
人格を持つ架空の人物の場合も、本名を持つ者は多いと思う(例:素盞鳴など)
アニミズムの一環というか、愛着を持った物には名前を付けると思うんだ
パソコンや自家用車に名前を付けるのと理屈はそう変わらんと見てる
概念だけの架空の人物の場合は、あまり本名を持たないと思う(例:天之御中主神など)
人格でなく職能としてしか神の意味を持っていないので、名前を付ける必要がない
神日本磐余彦尊のような、敬称や意味だけで出来た名前のように
持論を元に展開して申し訳ないが、天照大御神の場合は実在・非実在で名前の有り無しが変わる気がする
もし本当に高天原が云々であればその時の名前があるだろうし、
神功皇后などを神格化しただけの存在であるなら本名は必要なく、その職能だけで名前は事足りるから
まぁ「架空の人物」と「実在の人物」で分けて考えた方がいいかもなぁ
更にいうと、架空の人物でも「概念だけの架空の人物」と「人格を持つ架空の人物」で分類できるか
実在の人物の場合、神様であっても本名は存在するだろう(例:氏神など)
生前は人間としての生活があったわけだし、人間としての真名がないとおかしい
人格を持つ架空の人物の場合も、本名を持つ者は多いと思う(例:素盞鳴など)
アニミズムの一環というか、愛着を持った物には名前を付けると思うんだ
パソコンや自家用車に名前を付けるのと理屈はそう変わらんと見てる
概念だけの架空の人物の場合は、あまり本名を持たないと思う(例:天之御中主神など)
人格でなく職能としてしか神の意味を持っていないので、名前を付ける必要がない
神日本磐余彦尊のような、敬称や意味だけで出来た名前のように
持論を元に展開して申し訳ないが、天照大御神の場合は実在・非実在で名前の有り無しが変わる気がする
もし本当に高天原が云々であればその時の名前があるだろうし、
神功皇后などを神格化しただけの存在であるなら本名は必要なく、その職能だけで名前は事足りるから
神道の神って実在、非実在で区分されるんだろうか?
史実に忠実に区分しようとするならすることはできるんだろうけど
信仰する者の観点から区分しようとするのはおかしい気がする
信仰する者の観点から区分しようとするのはおかしい気がする
それだと生前の名前が、神様の本名ってのも変な気がしてきた
神道だと、後から属性が追加されたり、別の神様と習合したりするから
「天神様の本名は菅原道真」ってのは違和感がある
神道だと、後から属性が追加されたり、別の神様と習合したりするから
「天神様の本名は菅原道真」ってのは違和感がある
>>938
日本の言霊信仰に限らず
真の名を呼ぶのは畏れ多いとか
真の名を知られると霊力を失うみたいな発想はけっこう普遍的にあるんじゃないかなあ
まあ神を抽象概念化した上で
あとづけで真の名みたいなのを想定することもあるだろうけど
日本の言霊信仰に限らず
真の名を呼ぶのは畏れ多いとか
真の名を知られると霊力を失うみたいな発想はけっこう普遍的にあるんじゃないかなあ
まあ神を抽象概念化した上で
あとづけで真の名みたいなのを想定することもあるだろうけど
東方設定的には八意永琳の本名がXXX(人間には発音できない)様みたいなもんかな?
まぁ、縁起にあるような神の名も音に当てただけの字だったり、
後から意味を成すような字に読み換えてたりとかもあるからな。
(例えばミシャグジなんかはそれこそたくさん呼び名や表記がある)
本来はなんと呼ばれていたかは辿りきれないだろうな。
後から意味を成すような字に読み換えてたりとかもあるからな。
(例えばミシャグジなんかはそれこそたくさん呼び名や表記がある)
本来はなんと呼ばれていたかは辿りきれないだろうな。
同じく大御神と呼ばれる神様には賀茂大御神、味耜高彦根命がいるけど
これに対して「賀茂様」という呼称は適切だと思う
>>936
>動詞を名前として扱っちゃっていいのかという、純粋に国語学的な問題意識
現代でも「歩(あゆむ)さん」とかいるけどね
昔だと源順(みなもとのしたごう)とか
これに対して「賀茂様」という呼称は適切だと思う
>>936
>動詞を名前として扱っちゃっていいのかという、純粋に国語学的な問題意識
現代でも「歩(あゆむ)さん」とかいるけどね
昔だと源順(みなもとのしたごう)とか
日本は特に役職名がそのまま神様の名前じゃね?
綿津見とかも意味がそのまま海の神だし
綿津見とかも意味がそのまま海の神だし
そういや
「あゆむ」だと男で「あゆみ」だと女だな
他にも「ひろし」だと男で「ひろみ」だと女だ。
元来「アマテラス」は男性神であったと上でも出てるが、これも用言だ。
上の「したがう(したごう)」も同様だが男性称は用言で女性称は体言なのかな?
無論例外は有るだろうし、何より自分の勘違いかも知れないが。
ヤ(弥)、ナリ(為)、カナ(哉)、タ(太)、スケ(助)、と、現代でも男性称は名詞じゃないものが多い。括弧内は例。
女性称もヒロ(寛)、ユウ(優)、等、形容詞等用言が付けられるが殆ど同時に「子」「美」等を付与して体言化される。
まあ例外もあるが(大事な事なので二回)
特段学術的な根拠の無い世迷言だが、
日本語として人名に動詞等名詞以外の言葉が用いられるのはそんなにおかしいことじゃないんじゃね?
「あゆむ」だと男で「あゆみ」だと女だな
他にも「ひろし」だと男で「ひろみ」だと女だ。
元来「アマテラス」は男性神であったと上でも出てるが、これも用言だ。
上の「したがう(したごう)」も同様だが男性称は用言で女性称は体言なのかな?
無論例外は有るだろうし、何より自分の勘違いかも知れないが。
ヤ(弥)、ナリ(為)、カナ(哉)、タ(太)、スケ(助)、と、現代でも男性称は名詞じゃないものが多い。括弧内は例。
女性称もヒロ(寛)、ユウ(優)、等、形容詞等用言が付けられるが殆ど同時に「子」「美」等を付与して体言化される。
まあ例外もあるが(大事な事なので二回)
特段学術的な根拠の無い世迷言だが、
日本語として人名に動詞等名詞以外の言葉が用いられるのはそんなにおかしいことじゃないんじゃね?
「かおる」が歴史的にも用例多くて現在でもメジャーな名前だね。
「かぐや」も「かぐ=かがやく」からきてるんだっけ
というか、名前に動詞使うのが不自然だというのなら天照大神をどう略すかという問題じゃなくて、
天照大神という名前自体が変なんじゃないか?
「かぐや」も「かぐ=かがやく」からきてるんだっけ
というか、名前に動詞使うのが不自然だというのなら天照大神をどう略すかという問題じゃなくて、
天照大神という名前自体が変なんじゃないか?
てんてるたいじんで良いような気もする
太陽神なわけ出し、男装して地面を踏みならしてスサノオを迎え撃つ、
怖いお姉さんだし……スサノオは少し反省しる、命が危ないんだぞ
太陽神なわけ出し、男装して地面を踏みならしてスサノオを迎え撃つ、
怖いお姉さんだし……スサノオは少し反省しる、命が危ないんだぞ
音読みはないわ
名前を音読みするのは、有職読みといって、敬意を表す時に使ったりするよね。
だから、難読名だったら、音読みすれば問題ないという説が。
神はさすがにあまりやらんかもしれんけど。
だから、難読名だったら、音読みすれば問題ないという説が。
神はさすがにあまりやらんかもしれんけど。
なるほど、色々例をだしてくれてありがとう
>動詞を名前として扱っちゃっていいのかという、純粋に国語学的な問題意識
って書き方はおかしかったのかもしれない
私の問題意識は
「何とかの神」や「何とかの命」という表記に対して、アマテラス大御神は「の」が神号の前に入らないことから、
「アマテラス」は名前ではなく「大御神」にかかる修飾語だと思ったことから始まってる
だから、「修飾語を名前として扱っちゃっていいのかという、純粋に国語学的な問題意識」と書いた方が伝わるかもしれない
祝詞とかにでてくる天照坐皇大御神(アマテラシます皇大御神)という表記が私の読み方を補強してると思うんだけどどうだろう?
>>950
賀茂大御神はカモの大御神で、他の神名と同じ構造だから、
アマテラス大御神やアマテラシマス皇大御神の例外さが引き立つ例だね
>動詞を名前として扱っちゃっていいのかという、純粋に国語学的な問題意識
って書き方はおかしかったのかもしれない
私の問題意識は
「何とかの神」や「何とかの命」という表記に対して、アマテラス大御神は「の」が神号の前に入らないことから、
「アマテラス」は名前ではなく「大御神」にかかる修飾語だと思ったことから始まってる
だから、「修飾語を名前として扱っちゃっていいのかという、純粋に国語学的な問題意識」と書いた方が伝わるかもしれない
祝詞とかにでてくる天照坐皇大御神(アマテラシます皇大御神)という表記が私の読み方を補強してると思うんだけどどうだろう?
>>950
賀茂大御神はカモの大御神で、他の神名と同じ構造だから、
アマテラス大御神やアマテラシマス皇大御神の例外さが引き立つ例だね
>>958
賀茂様を「賀茂の様」と呼んでるような違和感つーことね
ネット俗語的に言えば「○○の人」を「○○」とは呼んでも
「○○する人」を「○○する」とは呼ばんでしょうと
まあ探せば「○○する」っていうHNの人はいる気もするが
賀茂様を「賀茂の様」と呼んでるような違和感つーことね
ネット俗語的に言えば「○○の人」を「○○」とは呼んでも
「○○する人」を「○○する」とは呼ばんでしょうと
まあ探せば「○○する」っていうHNの人はいる気もするが
基本的に目上の存在の諱って使わないものだから最高神の天照大神は役職名しか使わないのかなーと思ってみたり
むしろ偉い神様なら名前そのものが魔除けに
…ということもあったりしたんではないかしら
…ということもあったりしたんではないかしら
石碑や掛け軸・扁額などには神号を大書したものもあるね
さて、表記としての「アマテラス」は単に神名をカタカナで略記したものであって
ここに言語学的な解釈が含まれているなどと期待することはできないだろう
イザナギ・イザナミはそれぞれ漢字一字ずつで略記して岐美または諾冊とも書かれる
これは神漏岐・神漏美というように男神・女神の区別を表すために用いられた語を
特定の神名を指す表記として用いているわけでやはり国語学的には好ましくなさそうだが
これも同じような慣用表記だと思って我慢していただくしかない
天照大御神という神名に異質さを感じるという点は同意する向きも多いかもしれない
伊勢神宮が正式には「神宮」と称することと共通した意図がありそうにも思われるね
さて、表記としての「アマテラス」は単に神名をカタカナで略記したものであって
ここに言語学的な解釈が含まれているなどと期待することはできないだろう
イザナギ・イザナミはそれぞれ漢字一字ずつで略記して岐美または諾冊とも書かれる
これは神漏岐・神漏美というように男神・女神の区別を表すために用いられた語を
特定の神名を指す表記として用いているわけでやはり国語学的には好ましくなさそうだが
これも同じような慣用表記だと思って我慢していただくしかない
天照大御神という神名に異質さを感じるという点は同意する向きも多いかもしれない
伊勢神宮が正式には「神宮」と称することと共通した意図がありそうにも思われるね
言われてみれば天之御中主神に近いような抽象的な感じの名かな
キャラ無しな天之御中主神と違ってとってもキャラが立っているけど
キャラ無しな天之御中主神と違ってとってもキャラが立っているけど
天之御中主神って古事記編纂の時につくられたと言われてる神様だっけ?