それじゃ牛頭天王信仰の歴史について語ろうぜ
地元が祇園とヤクザで有名な癖して全く知らんのだよな
どうも疾病神から発展して医業の神になってたみたいなんだが
牛頭天王・祇園信仰と龍神
神道・神社信仰 › 祇園信仰
日本神話・記紀 › スサノオ系譜
牛頭天王(武塔天神)の素性(スサノオとの習合・疾病神→医業神)。蘇民将来伝説と茅の輪くぐりの起源。祇園感神院(八坂神社)の龍穴・神泉苑と龍神信仰の連絡。祇園祭が正式には御霊会であること。神輿が井戸に立ち寄る習慣の意味。
◆ 其の壱(スレ1)>>524–540
牛頭天王が旅に出たとき、蘇民という貧しい男に親切にもてなされた
恩返しに蘇民とその子孫を疫病から守ると約束し、茅の輪を与えた
これが無病息災を祈る茅の輪くぐりの起源だそうな
蘇民が一発変換できたことに驚いた
恩返しに蘇民とその子孫を疫病から守ると約束し、茅の輪を与えた
これが無病息災を祈る茅の輪くぐりの起源だそうな
蘇民が一発変換できたことに驚いた
『蘇民将来の子孫です』と書いた符を貼っとくのが疫病除けの風習だそうな。
そういう授業を何処かで受けた気がする。
そういう授業を何処かで受けた気がする。
牛頭天王ってバアル神から来てるんだっけ?
インド系の神、武塔天神だか太子との説もある。
朝鮮系の神って説もあって実際よく判らないらしいけどな。
何れにせよ仏教帰依したアジア系土着神らしいが、
どういった経緯でスサノオが化けたんだろうな?w
朝鮮系の神って説もあって実際よく判らないらしいけどな。
何れにせよ仏教帰依したアジア系土着神らしいが、
どういった経緯でスサノオが化けたんだろうな?w
丁重に祀れば疫病を防ぐが、怒らせると疫病を撒き散らす
その荒々しいイメージがスサノオと重なった
らしい
その荒々しいイメージがスサノオと重なった
らしい
こないだ、たまたま八坂神社関係の本読んでたんだけど、
そこに載ってた話で……
『伊呂波字類抄』って本に、牛頭天王またの名を武塔神は
西王母と東王父の子供って書いてあるっていう話で、目が点になった。
なぜそこで西王母が出てくるんだ、と。
まあ、こんな感じで思わぬところと繋がって、それを考える楽しさがあるから
民俗や神話調べるのがやめられないんだがw
竜王の娘を嫁にもらってるところも含めて、思ったより奥が深そうな神様なんだよなぁ。
もう少し突っ込んだ情報持ってる人いる?
そこに載ってた話で……
『伊呂波字類抄』って本に、牛頭天王またの名を武塔神は
西王母と東王父の子供って書いてあるっていう話で、目が点になった。
なぜそこで西王母が出てくるんだ、と。
まあ、こんな感じで思わぬところと繋がって、それを考える楽しさがあるから
民俗や神話調べるのがやめられないんだがw
竜王の娘を嫁にもらってるところも含めて、思ったより奥が深そうな神様なんだよなぁ。
もう少し突っ込んだ情報持ってる人いる?
その西王母が月の兎をパシリにし、不老不死の仙薬を作る女仙という
どっかで見たようなキャラだから話が面白くなってくるw
どっかで見たようなキャラだから話が面白くなってくるw
◆ 其の壱(スレ1)>>701–712
京都祇園社(感神院)には元々龍神信仰があったようで
元々の主祭神は蛇毒気神ではないかとする説があるようだ
蛇神、龍神は地下と関係が深い
例に漏れず感神院にも地下へ続く龍穴があったらしい
また、古い時代の牛頭天皇が地神であったことも興味深い
あくまで疾病・行疫神がテーマなら地霊のラスボスはこの娘様かもな
ついでに牛頭天皇(武塔天神)は航海の神様でもあるそうな
元々の主祭神は蛇毒気神ではないかとする説があるようだ
蛇神、龍神は地下と関係が深い
例に漏れず感神院にも地下へ続く龍穴があったらしい
また、古い時代の牛頭天皇が地神であったことも興味深い
あくまで疾病・行疫神がテーマなら地霊のラスボスはこの娘様かもな
ついでに牛頭天皇(武塔天神)は航海の神様でもあるそうな
そういや、八坂神社(祇園感神院)の龍穴というか、
本殿の下の池は神泉苑につながってるって話もあったらしいねぇ。
神泉苑といえば、龍神がいるって話は確かにある。
空海も神泉苑で善女龍王に祈って雨乞いに成功したし。
で、龍神――神泉苑――八坂神社――牛頭天王――波利采女(竜王の娘)
ってラインで地霊殿のラスボスが龍神(の娘)って予想は、まあ一応成り立つな。
『求問史紀』で「個体が確認されてない種族」としても出てるし、龍神。
それにしても、祇園説根強いなぁ、このスレではw
本殿の下の池は神泉苑につながってるって話もあったらしいねぇ。
神泉苑といえば、龍神がいるって話は確かにある。
空海も神泉苑で善女龍王に祈って雨乞いに成功したし。
で、龍神――神泉苑――八坂神社――牛頭天王――波利采女(竜王の娘)
ってラインで地霊殿のラスボスが龍神(の娘)って予想は、まあ一応成り立つな。
『求問史紀』で「個体が確認されてない種族」としても出てるし、龍神。
それにしても、祇園説根強いなぁ、このスレではw
祇園祭の正式名称が御霊会だからなぁ
神輿は3基あるんだが、どれも井戸に立ち寄って神泉苑を目指すんだよな
牛頭天皇と八王子の御旅所にも昔は井戸が有ったらしい
御霊は地下から出て地下へ戻っていくんだ
温泉街とはほとんど関係ないけどな
わざわざ八手様にご足労願ってるのが奇妙なんだけども
あの辺に心当たりある人は居るのかね?
スサノオ尊と漂泊神武塔天皇を同一視してるなら話は早いんだが
神輿は3基あるんだが、どれも井戸に立ち寄って神泉苑を目指すんだよな
牛頭天皇と八王子の御旅所にも昔は井戸が有ったらしい
御霊は地下から出て地下へ戻っていくんだ
温泉街とはほとんど関係ないけどな
わざわざ八手様にご足労願ってるのが奇妙なんだけども
あの辺に心当たりある人は居るのかね?
スサノオ尊と漂泊神武塔天皇を同一視してるなら話は早いんだが
帰省したので通りがかりに車の中から写真を撮ってみた
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org18450.jpg.html
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org18451.jpg.html
前は舗装ボロボロの狭い駐車場しかなかったが
道の駅が出来て活気があってちょっと嬉しい
参拝客が増えるのはいいことだけれど
特別天然記念物になっている周囲の環境が悪くならないように祈るばかり
豊玉姫命も祭られていることになっているけれど
鰐と一緒に祭られていることになるってことだな
ってここまで書けば流石に誰の神社かは分かると思う
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org18450.jpg.html
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org18451.jpg.html
前は舗装ボロボロの狭い駐車場しかなかったが
道の駅が出来て活気があってちょっと嬉しい
参拝客が増えるのはいいことだけれど
特別天然記念物になっている周囲の環境が悪くならないように祈るばかり
豊玉姫命も祭られていることになっているけれど
鰐と一緒に祭られていることになるってことだな
ってここまで書けば流石に誰の神社かは分かると思う
◆ 其の弐(スレ2)>>960–996
>>960に付随してもうちょっと詳しく書く。
そもそも八坂神社が成立した背景には、平安時代に成立した御霊信仰がある。
疫病や天災は非業の死を遂げた人間の怨霊の仕業であるとされ、
これを鎮めるために御霊会が、現在の八坂神社で行われるようになる。
このとき祀られたのが疫病の神である牛頭天王(当時既に同様に疫病の神であるスサノオと習合)。
この後、牛頭天王にまつわる「祇園」という名称が通称として使われ始める訳だが、
ここに至るまでに牛頭天王の呼び名がかつてどうであったか、そのルーツが何であるかは別に大した問題ではなく、
「祇園」という名前が牛頭天王に由来し、牛頭天王がスサノオと習合しているという点が肝でしょ。
他に神道の神、又はそれと集合した他宗教の神に「祇園」の通称があるのであれば話は変わってくるけど、
儚月抄における依姫の能力が「八百万の神(≒神道の神)の依り代となってその力を行使する」という物である以上、
ここでの「祇園」はスサノオでいい筈。
そもそも八坂神社が成立した背景には、平安時代に成立した御霊信仰がある。
疫病や天災は非業の死を遂げた人間の怨霊の仕業であるとされ、
これを鎮めるために御霊会が、現在の八坂神社で行われるようになる。
このとき祀られたのが疫病の神である牛頭天王(当時既に同様に疫病の神であるスサノオと習合)。
この後、牛頭天王にまつわる「祇園」という名称が通称として使われ始める訳だが、
ここに至るまでに牛頭天王の呼び名がかつてどうであったか、そのルーツが何であるかは別に大した問題ではなく、
「祇園」という名前が牛頭天王に由来し、牛頭天王がスサノオと習合しているという点が肝でしょ。
他に神道の神、又はそれと集合した他宗教の神に「祇園」の通称があるのであれば話は変わってくるけど、
儚月抄における依姫の能力が「八百万の神(≒神道の神)の依り代となってその力を行使する」という物である以上、
ここでの「祇園」はスサノオでいい筈。
すまん、後ろは愛宕の神(権現)と火迦具土神の話だ
大黒天と祇園天神が早くに同一視されたのと比べると
歴史が足りないような気がして……
補足は蛇足以外の何者でもないんで気にしないでくれ
祇園信仰、というか蘇民将来の信仰にはもっと昔があるようなんだ
牛頭天王と蘇民将来伝説(著:川村 湊)に詳しかった
大黒天と祇園天神が早くに同一視されたのと比べると
歴史が足りないような気がして……
補足は蛇足以外の何者でもないんで気にしないでくれ
祇園信仰、というか蘇民将来の信仰にはもっと昔があるようなんだ
牛頭天王と蘇民将来伝説(著:川村 湊)に詳しかった
>>956
とりあえず愛宕山がいっぱいある事だけはわかった。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AE%95%E5%B1%B1
>>祇園
おお、議論になっとるなんか論客みたいだ(日和見)
とりあえず>>956もそうだと思うけど俺が言いたいのは
祇園天神と牛頭天王を=で結びつけるのは早計て事だったり。
例えば建御名方を祭っている諏訪大社だけど、実際にはミシャグジという理解が浸透している。
じゃあ、建御名方=ミシャグジで建御名方の通称がミシャグジさまかというとそんな事は無い。
そこには諏訪明神という中間媒体がいて色々乱雑な経緯を持って現在の信仰体系が成立してるわけだし。
それを踏まえて考えると名前の違いというのはでかいんじゃないかというのがあちきの見解。
正直な話をすると塗仏の宴で名称の違いについて言及してたのを見て感銘を受けちゃった勢いでそんなところに到ったり。
「スサノオ+牛頭天王≒祇園信仰」というところまでは賛同できるけど、
祇園という言葉の来歴がわからずに、また牛頭天王の存在も不明瞭である以上は「≒」に留めておくべきだと思う。
とりあえず愛宕山がいっぱいある事だけはわかった。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AE%95%E5%B1%B1
>>祇園
おお、議論になっとるなんか論客みたいだ(日和見)
とりあえず>>956もそうだと思うけど俺が言いたいのは
祇園天神と牛頭天王を=で結びつけるのは早計て事だったり。
例えば建御名方を祭っている諏訪大社だけど、実際にはミシャグジという理解が浸透している。
じゃあ、建御名方=ミシャグジで建御名方の通称がミシャグジさまかというとそんな事は無い。
そこには諏訪明神という中間媒体がいて色々乱雑な経緯を持って現在の信仰体系が成立してるわけだし。
それを踏まえて考えると名前の違いというのはでかいんじゃないかというのがあちきの見解。
正直な話をすると塗仏の宴で名称の違いについて言及してたのを見て感銘を受けちゃった勢いでそんなところに到ったり。
「スサノオ+牛頭天王≒祇園信仰」というところまでは賛同できるけど、
祇園という言葉の来歴がわからずに、また牛頭天王の存在も不明瞭である以上は「≒」に留めておくべきだと思う。
祇園の場合は、牛頭天王信仰あるいは、スサノオ信仰がそもそもの目的だから順序が逆だよ
最初から信仰する神をもってると言っていい。
愛宕信仰はおそらく山岳信仰から始まって、天狗、地蔵、カグツチと習合を繰り返して、主役を変えながら変節してる。
愛宕さんが主体な訳だ
最初から信仰する神をもってると言っていい。
愛宕信仰はおそらく山岳信仰から始まって、天狗、地蔵、カグツチと習合を繰り返して、主役を変えながら変節してる。
愛宕さんが主体な訳だ
蘇民の将来さんは果たしてどこへ行ったのか
>>963
まぁ、ようするにスサノオや牛頭天王を鶏、祇園を卵とすると卵と鶏どっちが先なのかという問題なんだが。
牛頭天王信仰やスサノオ信仰成立の後にそれを示す祇園という言葉が生まれたのならそれでいいんだが、
本来別のものを示していた祇園という言葉が後にスサノオ信仰と統合されたっていう可能性は皆無なのかなと。
八坂神社に対する信仰を祇園とするなら各地に勧請されたにせよ祇園という言葉が浸透しすぎてる気もしないでもない。
祇園信仰と関係の無い祭りでも「祇園」を冠してるところもあるってのが尚更アレだし。
もちろん祇園信仰成立後に祇園なる言葉が各地に浸透した可能性も否定はしないが。
なんせ、そのあたりを確信できるソースが手元にないので、良いのあったら教えてくれると嬉しい。
とりあえず俺のスタンスとしては、「祇園」と「祇園信仰」という言葉とを先ず分離させるべきで、
その後に「祇園」=「祇園信仰」なのか、「⊃」なのか「≠」なのかを判断するべきなんじゃないかと思う。
まぁ、でも祇園の祇が地の神を表し、園に須佐乃袁尊の袁の字が含まれてたりするのは面白いとは思うけどね。
まぁ、ようするにスサノオや牛頭天王を鶏、祇園を卵とすると卵と鶏どっちが先なのかという問題なんだが。
牛頭天王信仰やスサノオ信仰成立の後にそれを示す祇園という言葉が生まれたのならそれでいいんだが、
本来別のものを示していた祇園という言葉が後にスサノオ信仰と統合されたっていう可能性は皆無なのかなと。
八坂神社に対する信仰を祇園とするなら各地に勧請されたにせよ祇園という言葉が浸透しすぎてる気もしないでもない。
祇園信仰と関係の無い祭りでも「祇園」を冠してるところもあるってのが尚更アレだし。
もちろん祇園信仰成立後に祇園なる言葉が各地に浸透した可能性も否定はしないが。
なんせ、そのあたりを確信できるソースが手元にないので、良いのあったら教えてくれると嬉しい。
とりあえず俺のスタンスとしては、「祇園」と「祇園信仰」という言葉とを先ず分離させるべきで、
その後に「祇園」=「祇園信仰」なのか、「⊃」なのか「≠」なのかを判断するべきなんじゃないかと思う。
まぁ、でも祇園の祇が地の神を表し、園に須佐乃袁尊の袁の字が含まれてたりするのは面白いとは思うけどね。
>>965
祇園という言葉自体の成立は相当古いぞ。
初期仏教で既に祇園精舎という名前が使われるからな。
だが、八坂神社(祇園社)、ひいてはその前身である
祇園寺(または感神院)が成立した時点で、
既に牛頭天王はこの祇園精舎の守護神であり、
ここから八坂神社は祇園社と称して、
現在まで続く祇園さんという呼び名を得た訳だから、
祇園という呼称と祇園信仰(≒牛頭天王信仰)を
分けて考えるのはそもそも間違ってるよ。
祇園という言葉自体の成立は相当古いぞ。
初期仏教で既に祇園精舎という名前が使われるからな。
だが、八坂神社(祇園社)、ひいてはその前身である
祇園寺(または感神院)が成立した時点で、
既に牛頭天王はこの祇園精舎の守護神であり、
ここから八坂神社は祇園社と称して、
現在まで続く祇園さんという呼び名を得た訳だから、
祇園という呼称と祇園信仰(≒牛頭天王信仰)を
分けて考えるのはそもそも間違ってるよ。
だから蘇民の将来さんはどこへ行ったのかと(ry
「祇園信仰」の主体は疾病避けの信仰であり
一つに「蘇民将来之子孫也」と書いた札を持てば疾病を逃れられるという信仰
二つに陰陽道から持ち込まれた星宿信仰
これらが主になっている
あそこの本体は蘇民将来と名称不定の漂泊神と八王子に対する信仰だろう(あと牛)
確認される最古の名前は武塔天神(少し後からは天皇とも)
八柱の王子神を従えて世の疾病厄難を司る
いわゆる「牛頭天王社」の縁起は、すべてこの神がお嫁さんを探しに行くお話で、いつの時代も本筋は変わっていない
スサノオ尊と同一視されるのは本来この漂泊神だった
文献の上で最も古い「牛頭天王」は地主神、寺社の守護神であり
上にある魔王とは元々何の関係も無い
後にいろいろ習合されて疾病神から悪星退散の神になったりもする(確か)
漂泊神と牛頭天王はここに至って初めて同一視される
よく覚えていないが、ここで陰陽道由来の星宿信仰が合流するはず
八王子が八将軍に比定されたのも同時期か少しあとのはず
つまり、今の牛頭天王には
・漂泊神
・スサノオ尊
・牛頭天王(正体は全く不明。牛の信仰に関係があるとも言われる)
・陰陽道
四つの流れが合わさっていることになる
(京都ではさらに竜神信仰も加わる)
しかし、この時点においても縁起の本筋は全く変わっておらず
祇園信仰の主体は常に疾病や苦難を司る漂泊神にあった
>>962の言う「諏訪信仰と建御名方とミシャグジ」はこの事だと思われるんだが、どうだろう
ーーーーーーーーーーーーーー以下は余談ーーーーーーーーーーーーーーーーー
漂泊神の名称が時代と共に変化するので
「蘇民将来信仰」あるいは現在の通称を取って「祇園信仰」と呼ぶしかない
信仰の主体が漂泊神であるため「蘇民将来信仰」では多少ニュアンスが異なる(その上、蘇民将来は単独でも祀られる)
仕方ないので「祇園信仰」と呼ぶしかないのだが「祇園」という名は別の方向から合流したものだ
非常にややこしい
ちなみに漂泊神と合流した牛頭天王はますます威光を増し
最終的には泰山府君と並ぶ陰陽道の主神級になった
祇園系神社は陰陽道の星宿観が色濃く残っているように見えるがどうなんだろね
ーーーーーーーーーーーーーー以上は余談ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「祇園信仰」の主体は疾病避けの信仰であり
一つに「蘇民将来之子孫也」と書いた札を持てば疾病を逃れられるという信仰
二つに陰陽道から持ち込まれた星宿信仰
これらが主になっている
あそこの本体は蘇民将来と名称不定の漂泊神と八王子に対する信仰だろう(あと牛)
確認される最古の名前は武塔天神(少し後からは天皇とも)
八柱の王子神を従えて世の疾病厄難を司る
いわゆる「牛頭天王社」の縁起は、すべてこの神がお嫁さんを探しに行くお話で、いつの時代も本筋は変わっていない
スサノオ尊と同一視されるのは本来この漂泊神だった
文献の上で最も古い「牛頭天王」は地主神、寺社の守護神であり
上にある魔王とは元々何の関係も無い
後にいろいろ習合されて疾病神から悪星退散の神になったりもする(確か)
漂泊神と牛頭天王はここに至って初めて同一視される
よく覚えていないが、ここで陰陽道由来の星宿信仰が合流するはず
八王子が八将軍に比定されたのも同時期か少しあとのはず
つまり、今の牛頭天王には
・漂泊神
・スサノオ尊
・牛頭天王(正体は全く不明。牛の信仰に関係があるとも言われる)
・陰陽道
四つの流れが合わさっていることになる
(京都ではさらに竜神信仰も加わる)
しかし、この時点においても縁起の本筋は全く変わっておらず
祇園信仰の主体は常に疾病や苦難を司る漂泊神にあった
>>962の言う「諏訪信仰と建御名方とミシャグジ」はこの事だと思われるんだが、どうだろう
ーーーーーーーーーーーーーー以下は余談ーーーーーーーーーーーーーーーーー
漂泊神の名称が時代と共に変化するので
「蘇民将来信仰」あるいは現在の通称を取って「祇園信仰」と呼ぶしかない
信仰の主体が漂泊神であるため「蘇民将来信仰」では多少ニュアンスが異なる(その上、蘇民将来は単独でも祀られる)
仕方ないので「祇園信仰」と呼ぶしかないのだが「祇園」という名は別の方向から合流したものだ
非常にややこしい
ちなみに漂泊神と合流した牛頭天王はますます威光を増し
最終的には泰山府君と並ぶ陰陽道の主神級になった
祇園系神社は陰陽道の星宿観が色濃く残っているように見えるがどうなんだろね
ーーーーーーーーーーーーーー以上は余談ーーーーーーーーーーーーーーーーー
>だから蘇民の将来さんはどこへ行ったのかと
蘇民祭へ行ったんだよ
蘇民祭へ行ったんだよ
牛頭天王→→→→↓
(合流)↓
陰陽道→→→→→→→→→→
(合流)↓↑→→→→→→→→→→
武塔天神→→→→→→→→→
↑
スサノオ尊→→↑
もうこの図だけでいいや
(合流)↓
陰陽道→→→→→→→→→→
(合流)↓↑→→→→→→→→→→
武塔天神→→→→→→→→→
↑
スサノオ尊→→↑
もうこの図だけでいいや
牛頭天王→→→→↓
(合流) ↓
陰陽道→→→→→→→→→→
(合流)↓↑→→→→→→→→→→
武塔天神→→→→→→→→→
↑
スサノオ尊→→↑
ズレすぎだったので訂正
(合流) ↓
陰陽道→→→→→→→→→→
(合流)↓↑→→→→→→→→→→
武塔天神→→→→→→→→→
↑
スサノオ尊→→↑
ズレすぎだったので訂正
◆ 其の参(スレ3)>>8–40
さて、儚月抄で伊豆能売なんていう、こう言っちゃ何だがドマイナーな、
習合して祀られて居ない埋没神が出てきた訳ですが、
依姫が降ろしてる神は記紀神話の神、
つまり愛宕の由来や祇園信仰の由来は置いといて、
愛宕=カグツチ、祇園=スサノオで作中の描写はFAっぽくね?
と前スレの話題を蒸し返してみる。
習合して祀られて居ない埋没神が出てきた訳ですが、
依姫が降ろしてる神は記紀神話の神、
つまり愛宕の由来や祇園信仰の由来は置いといて、
愛宕=カグツチ、祇園=スサノオで作中の描写はFAっぽくね?
と前スレの話題を蒸し返してみる。
>>8>>11
つーか埋没したのを好き好んで選んでるんじゃねーかなと思うわけだが。
まぁ、どっちにしろ読まないとわからなそうなので流石にそろそろ儚月抄読んでくる。
どういう扱いで扱われてるかによって見方も変わってきそうだし。
ちなみに未読の現時点での印象としては、月だから結構古い信仰体系がそのまま存続してるような気がする。
かいつまんでいうと現在の日本神話確立以前の原始的な信仰がそのまま温存されてるような感じ。
なんで、俺らにとっては馴染みの無い埋もれた神扱いの愛宕様も祇園さんも伊豆能売も普通に名前が出てきてるんじゃね。
まぁ、どこまで遡っているのかはさっぱりだけど。ヤマト王権成立直後かヤマト王権がまだ成立してない段階かにもよるし。
それはそうと祇園=スサノオは流石に飛びすぎじゃね。
祇園=牛頭天王だったとしても牛頭天王=スサノオとは思えないし。
氷川神をスサノオとか言ったら怒られそうな気がするレヴェル。
>>21
PARADOXktkr。
ここと出会わなかったら今このスレにいなかっただろうな俺。
つーか埋没したのを好き好んで選んでるんじゃねーかなと思うわけだが。
まぁ、どっちにしろ読まないとわからなそうなので流石にそろそろ儚月抄読んでくる。
どういう扱いで扱われてるかによって見方も変わってきそうだし。
ちなみに未読の現時点での印象としては、月だから結構古い信仰体系がそのまま存続してるような気がする。
かいつまんでいうと現在の日本神話確立以前の原始的な信仰がそのまま温存されてるような感じ。
なんで、俺らにとっては馴染みの無い埋もれた神扱いの愛宕様も祇園さんも伊豆能売も普通に名前が出てきてるんじゃね。
まぁ、どこまで遡っているのかはさっぱりだけど。ヤマト王権成立直後かヤマト王権がまだ成立してない段階かにもよるし。
それはそうと祇園=スサノオは流石に飛びすぎじゃね。
祇園=牛頭天王だったとしても牛頭天王=スサノオとは思えないし。
氷川神をスサノオとか言ったら怒られそうな気がするレヴェル。
>>21
PARADOXktkr。
ここと出会わなかったら今このスレにいなかっただろうな俺。
前スレに書いたけども牛頭天王=天皇=スサノオなんだよな
そういや、中世から祇園社はスサノオ信仰の最重要拠点だったわけだが
素盞嗚尊のみを祀っていたのはどこになるんだろう
いざ調べてみると祇園と氷川しか見当たらない
祇園は歴史的に宗像三女神っぽく素盞嗚尊と同一視していいような気もするが
そういや、中世から祇園社はスサノオ信仰の最重要拠点だったわけだが
素盞嗚尊のみを祀っていたのはどこになるんだろう
いざ調べてみると祇園と氷川しか見当たらない
祇園は歴史的に宗像三女神っぽく素盞嗚尊と同一視していいような気もするが
連レスすまん
以下ちるうら
----------------民俗のうら----------------
まさかとは思うが、逆なのか?
武塔天皇以前に素盞嗚信仰の地盤が存在し
それに天皇や牛頭天王が習合されていったのか
原田神社の系譜が正しいならそうとしか思えん
神話の扱いから言って当時の素盞嗚信仰がそれなりに範囲に広まっていたのは確かだろう
しかし現在ではまったく見ない
思えば祇園信仰の広まり方がおかしい
国が保護したわけでもないのに全国へ広まっている
それこそ祇園社の無かった地域を探すほうが難しいくらいだ
こんな広まり方をした教派は仏教ぐらいしかない
素盞嗚=祇園神という半ば公的な認識があったんじゃないだろうか
----------------民俗のうら----------------
以下ちるうら
----------------民俗のうら----------------
まさかとは思うが、逆なのか?
武塔天皇以前に素盞嗚信仰の地盤が存在し
それに天皇や牛頭天王が習合されていったのか
原田神社の系譜が正しいならそうとしか思えん
神話の扱いから言って当時の素盞嗚信仰がそれなりに範囲に広まっていたのは確かだろう
しかし現在ではまったく見ない
思えば祇園信仰の広まり方がおかしい
国が保護したわけでもないのに全国へ広まっている
それこそ祇園社の無かった地域を探すほうが難しいくらいだ
こんな広まり方をした教派は仏教ぐらいしかない
素盞嗚=祇園神という半ば公的な認識があったんじゃないだろうか
----------------民俗のうら----------------
そりゃ須佐神社じゃじゃね?
天皇で思い出したけど
天皇も陰陽道と関係が深いんだよな
天皇の呼称の成立からして星辰信仰の天皇大帝からだとか
陛下とは天皇大帝を祭祀する神官の事だと言われているし
天皇も陰陽道と関係が深いんだよな
天皇の呼称の成立からして星辰信仰の天皇大帝からだとか
陛下とは天皇大帝を祭祀する神官の事だと言われているし
祇園社は設立が平安時代と大変遅いから、そこまで気にしなくていいと思うんだがな
設立の経緯も明白だし
設立の経緯も明白だし
>>23
祇園信仰自体が牛頭天王・スサノオに対する神仏習合の信仰なので、
前提として牛頭天王=スサノオだよ。
祇園=牛頭天王という式は習合した経緯等が不明であるため、
?が付くだろうってのは前スレでも出てるけどな。
祇園信仰自体が牛頭天王・スサノオに対する神仏習合の信仰なので、
前提として牛頭天王=スサノオだよ。
祇園=牛頭天王という式は習合した経緯等が不明であるため、
?が付くだろうってのは前スレでも出てるけどな。
ついでに儚月抄における祇園様に関して、
祇園信仰の背景以外からのアプローチなんだが、
作中で依姫が降ろした神の能力を
「女神を閉じ込める祇園様の力」と言っている点に注目してみた。
この文言からだと、スサノオが詠んだとされる
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」
を連想するんだが、どうだろう?
祇園信仰の背景以外からのアプローチなんだが、
作中で依姫が降ろした神の能力を
「女神を閉じ込める祇園様の力」と言っている点に注目してみた。
この文言からだと、スサノオが詠んだとされる
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」
を連想するんだが、どうだろう?
>>24
確か氷川神社は氷川神がいらっしゃるんじゃね?
祇園信仰と氷川信仰はスサノオ信仰の中でも区別されてるらしいし。
というか噂によると氷川神社にはアラハバキもいるらしいんだがなんだこのカオス。
というか牛頭天王=天皇はどうなのか。まぁ、それも面白いと言えば面白いんだが。短絡すぎるきらいも。
明治の怖いおじちゃんが牛頭天王の事を天皇を差し置いて王を名乗るなぞけしからんとか言ってた希ガス。
んで、祇園の広まり方がおかしいのは同意
んで、チルうらだけど地元に「聖天さん」と呼ばれてる寺があったりするんだが。
これは「聖天山」なのね。うむ。ハイパー地元バレするんだけど。
つまるところ「山」の「さん」という語感が一人歩きしてまるで特定の人物を示す接尾のように(ry
んで、「祇園さん」もともすればこれに当てはまるんじゃないかと思ったりしたわけで。
仏教級に広まっているという事は、むしろ祇園山として浸透していった可能性もあるかもね。
どの時点で広まったのか山号という概念がどのタイミングで受け入れられていたかという反証は必要だが。
まぁ、なんせスサノオだからややこしいってのは個人的に感じるところ。
つか武塔神=速須佐能神の構図も13世紀の釈日本紀が元ってのも微妙な感じをうける。
まぁ、評価の高い書籍らしいから俺が必要以上に疑い深いだけなのかもわからんけどね。
確か氷川神社は氷川神がいらっしゃるんじゃね?
祇園信仰と氷川信仰はスサノオ信仰の中でも区別されてるらしいし。
というか噂によると氷川神社にはアラハバキもいるらしいんだがなんだこのカオス。
というか牛頭天王=天皇はどうなのか。まぁ、それも面白いと言えば面白いんだが。短絡すぎるきらいも。
明治の怖いおじちゃんが牛頭天王の事を天皇を差し置いて王を名乗るなぞけしからんとか言ってた希ガス。
んで、祇園の広まり方がおかしいのは同意
んで、チルうらだけど地元に「聖天さん」と呼ばれてる寺があったりするんだが。
これは「聖天山」なのね。うむ。ハイパー地元バレするんだけど。
つまるところ「山」の「さん」という語感が一人歩きしてまるで特定の人物を示す接尾のように(ry
んで、「祇園さん」もともすればこれに当てはまるんじゃないかと思ったりしたわけで。
仏教級に広まっているという事は、むしろ祇園山として浸透していった可能性もあるかもね。
どの時点で広まったのか山号という概念がどのタイミングで受け入れられていたかという反証は必要だが。
まぁ、なんせスサノオだからややこしいってのは個人的に感じるところ。
つか武塔神=速須佐能神の構図も13世紀の釈日本紀が元ってのも微妙な感じをうける。
まぁ、評価の高い書籍らしいから俺が必要以上に疑い深いだけなのかもわからんけどね。
◆ 其の五(スレ5)>>108–119
>>94
ポスターで騒動になった蘇民祭も牛頭天王にからむよね。
放浪する牛頭天王(スサノオ、または疫病神と同一とされる)が一夜の宿を求めた時、
大金持ちの兄・巨旦将来は冷たく断った。
次に訪れた貧しい弟の蘇民将来は、喜んで泊めアワのご飯と藁の布団でもてなした。
牛頭天王は、巨旦将来一族を情けを知らぬ、人の世に災いを与える真の行疫神(疫病神)として殲滅し、
蘇民将来の一族には「この者は蘇民将来の子孫也」」という、疫病避けのお札を授けた。
このお札をもらって玄関に張る習俗が広くあるそうだ。
ポスターで騒動になった蘇民祭も牛頭天王にからむよね。
放浪する牛頭天王(スサノオ、または疫病神と同一とされる)が一夜の宿を求めた時、
大金持ちの兄・巨旦将来は冷たく断った。
次に訪れた貧しい弟の蘇民将来は、喜んで泊めアワのご飯と藁の布団でもてなした。
牛頭天王は、巨旦将来一族を情けを知らぬ、人の世に災いを与える真の行疫神(疫病神)として殲滅し、
蘇民将来の一族には「この者は蘇民将来の子孫也」」という、疫病避けのお札を授けた。
このお札をもらって玄関に張る習俗が広くあるそうだ。
>>108
その話がモーセの出エジプトとそっくりなのが気になるんですよね。
玄関に目印をしてある家は災厄を逃れられる、っていう。
「蘇民」ってのも「耶蘇教の民」みたいに感じられるし。
キリスト教系の影響がかなりあるように思います。
その話がモーセの出エジプトとそっくりなのが気になるんですよね。
玄関に目印をしてある家は災厄を逃れられる、っていう。
「蘇民」ってのも「耶蘇教の民」みたいに感じられるし。
キリスト教系の影響がかなりあるように思います。
どっちかというと蘇我氏関連の怨霊除けの儀式が元な気がしなくもないですね。
それにしても御札を貼るだけで蘇民将来の子孫でもないのに
(たとえ巨旦将来の遠い子孫であったとしても)疫病を避けてくれるというのは
神様にしては若干見下げられてる感がありますね。
霊夢が呼び出した伴善男とスサノオでは神格が違う様な気がするけれど似たような仕事をしてる。
スサノオの神格が実は大した事がないのか、伴善男が案外行為の神なのか……
幻想郷でキリスト教が伝わっているとすると、失われた景教
(古代中国のネストリウス派キリスト教)ぐらいが適当ですかね
司馬氏が秦氏は景教を日本に持ち込み、その痕跡が各地に残っているという物語を創作しました。
まさに幻想。秦河勝が始祖である能楽も妖怪と縁深いですし。
それにしても御札を貼るだけで蘇民将来の子孫でもないのに
(たとえ巨旦将来の遠い子孫であったとしても)疫病を避けてくれるというのは
神様にしては若干見下げられてる感がありますね。
霊夢が呼び出した伴善男とスサノオでは神格が違う様な気がするけれど似たような仕事をしてる。
スサノオの神格が実は大した事がないのか、伴善男が案外行為の神なのか……
幻想郷でキリスト教が伝わっているとすると、失われた景教
(古代中国のネストリウス派キリスト教)ぐらいが適当ですかね
司馬氏が秦氏は景教を日本に持ち込み、その痕跡が各地に残っているという物語を創作しました。
まさに幻想。秦河勝が始祖である能楽も妖怪と縁深いですし。
玄関に○○を置いとくと厄を避けられるって結構世界各地にある風習な気がするのですが
お札、馬蹄、炭、にんにく、鰯の頭と柊、金属バット、東南アジアでも何かあった気がします
お札、馬蹄、炭、にんにく、鰯の頭と柊、金属バット、東南アジアでも何かあった気がします
金属バット?
厄が来たら叩き出すんだろ
カニの甲羅に目と口を書いて玄関に掲げる地方もあるよ。鬼瓦と同じ魔除け。
>>111
東南アジア諸国だと至る所に「ナッツ」「ピー」などという精霊神の祠があるとか。
ミシャグジ同様の土着の神や地霊に、仏や神が習合されたものらしい。
日本の地蔵や稲荷、道祖神などに近いと思われる。
ビルマ(ミャンマー)だとココナッツをナッツのよりしろとして家に掲げるそうだ。
>>111
東南アジア諸国だと至る所に「ナッツ」「ピー」などという精霊神の祠があるとか。
ミシャグジ同様の土着の神や地霊に、仏や神が習合されたものらしい。
日本の地蔵や稲荷、道祖神などに近いと思われる。
ビルマ(ミャンマー)だとココナッツをナッツのよりしろとして家に掲げるそうだ。
ある期間笊を軒先に掲げて、山の神が田んぼへ移る際に穢れが家を
訪れないようにする、という地方もあるそうですね。信州だか飛騨だったか。
何でもその神様は「一つ目」だから笊のような「目がいっぱいある物」は
怖がって近付かないんだとか。何だかこれだと神というより妖怪ですけどね。
威厳も何も無いですし。ただ山の神が訪れた田んぼの豊穣だけは護ってくれるのだとか。
訪れないようにする、という地方もあるそうですね。信州だか飛騨だったか。
何でもその神様は「一つ目」だから笊のような「目がいっぱいある物」は
怖がって近付かないんだとか。何だかこれだと神というより妖怪ですけどね。
威厳も何も無いですし。ただ山の神が訪れた田んぼの豊穣だけは護ってくれるのだとか。
>>115
戸口に何かを置いて来訪する神や妖怪を遠ざける話は結構あるな。いわしの
関東地方でも「みかり婆」って妖怪というか年神みたいなのが一つ目小僧とセットで語られてたり
所によって来訪日が微妙に違ってて、川崎市なんかだと2月・12月の8日、または11月25日から12月5日の期間と云う。
安房や上総地方でも11月26日から十日間「みかり婆」が来るというので物忌をやっていたらしい。
戸口に置くものも竹籠だったり団子だったり。
一つ目小僧については柳田国男が「一つ目小僧その他」って論文を書いたかな?
あと陰陽道とか高野聖、マレビトなんかとの関係が指摘されてた気がする。
戸口に何かを置いて来訪する神や妖怪を遠ざける話は結構あるな。いわしの
関東地方でも「みかり婆」って妖怪というか年神みたいなのが一つ目小僧とセットで語られてたり
所によって来訪日が微妙に違ってて、川崎市なんかだと2月・12月の8日、または11月25日から12月5日の期間と云う。
安房や上総地方でも11月26日から十日間「みかり婆」が来るというので物忌をやっていたらしい。
戸口に置くものも竹籠だったり団子だったり。
一つ目小僧については柳田国男が「一つ目小僧その他」って論文を書いたかな?
あと陰陽道とか高野聖、マレビトなんかとの関係が指摘されてた気がする。
一段目が途中で切れてた。訂正
戸口に何かを置いて来訪する神や妖怪を遠ざける話は結構あるな。
鰯の頭をヒイラギの枝に刺して~ってのは東方でもあったね。
戸口に何かを置いて来訪する神や妖怪を遠ざける話は結構あるな。
鰯の頭をヒイラギの枝に刺して~ってのは東方でもあったね。
◆ 其の五(スレ5)>>108–110
>>94
ポスターで騒動になった蘇民祭も牛頭天王にからむよね。
放浪する牛頭天王(スサノオ、または疫病神と同一とされる)が一夜の宿を求めた時、
大金持ちの兄・巨旦将来は冷たく断った。
次に訪れた貧しい弟の蘇民将来は、喜んで泊めアワのご飯と藁の布団でもてなした。
牛頭天王は、巨旦将来一族を情けを知らぬ、人の世に災いを与える真の行疫神(疫病神)として殲滅し、
蘇民将来の一族には「この者は蘇民将来の子孫也」」という、疫病避けのお札を授けた。
このお札をもらって玄関に張る習俗が広くあるそうだ。
ポスターで騒動になった蘇民祭も牛頭天王にからむよね。
放浪する牛頭天王(スサノオ、または疫病神と同一とされる)が一夜の宿を求めた時、
大金持ちの兄・巨旦将来は冷たく断った。
次に訪れた貧しい弟の蘇民将来は、喜んで泊めアワのご飯と藁の布団でもてなした。
牛頭天王は、巨旦将来一族を情けを知らぬ、人の世に災いを与える真の行疫神(疫病神)として殲滅し、
蘇民将来の一族には「この者は蘇民将来の子孫也」」という、疫病避けのお札を授けた。
このお札をもらって玄関に張る習俗が広くあるそうだ。
>>108
その話がモーセの出エジプトとそっくりなのが気になるんですよね。
玄関に目印をしてある家は災厄を逃れられる、っていう。
「蘇民」ってのも「耶蘇教の民」みたいに感じられるし。
キリスト教系の影響がかなりあるように思います。
その話がモーセの出エジプトとそっくりなのが気になるんですよね。
玄関に目印をしてある家は災厄を逃れられる、っていう。
「蘇民」ってのも「耶蘇教の民」みたいに感じられるし。
キリスト教系の影響がかなりあるように思います。
どっちかというと蘇我氏関連の怨霊除けの儀式が元な気がしなくもないですね。
それにしても御札を貼るだけで蘇民将来の子孫でもないのに
(たとえ巨旦将来の遠い子孫であったとしても)疫病を避けてくれるというのは
神様にしては若干見下げられてる感がありますね。
霊夢が呼び出した伴善男とスサノオでは神格が違う様な気がするけれど似たような仕事をしてる。
スサノオの神格が実は大した事がないのか、伴善男が案外行為の神なのか……
幻想郷でキリスト教が伝わっているとすると、失われた景教
(古代中国のネストリウス派キリスト教)ぐらいが適当ですかね
司馬氏が秦氏は景教を日本に持ち込み、その痕跡が各地に残っているという物語を創作しました。
まさに幻想。秦河勝が始祖である能楽も妖怪と縁深いですし。
それにしても御札を貼るだけで蘇民将来の子孫でもないのに
(たとえ巨旦将来の遠い子孫であったとしても)疫病を避けてくれるというのは
神様にしては若干見下げられてる感がありますね。
霊夢が呼び出した伴善男とスサノオでは神格が違う様な気がするけれど似たような仕事をしてる。
スサノオの神格が実は大した事がないのか、伴善男が案外行為の神なのか……
幻想郷でキリスト教が伝わっているとすると、失われた景教
(古代中国のネストリウス派キリスト教)ぐらいが適当ですかね
司馬氏が秦氏は景教を日本に持ち込み、その痕跡が各地に残っているという物語を創作しました。
まさに幻想。秦河勝が始祖である能楽も妖怪と縁深いですし。
◆ 其の弐(スレ2)>>938–960
>>936
「元は」言わなかったらとんでもないことになるだろw
よっちゃんはなぜ「愛宕さま」「祇園さま」で呼んだのか
これを無視しちゃいけないと思うんだ
前者の愛宕さんはどうも火迦具土神が来る前から火神だったような節があるし
後者の祇園様はかなり古くから素盞嗚尊と同一視されている
また、祇園天神も妻を娶る神である
(祇園天神におけるこの部分はかなり重要視されていたと見られ
様々なバリエーションがあるにも拘らずほとんど削られなかった)
単に神主の気まぐれかも知らんけどさ
「元は」言わなかったらとんでもないことになるだろw
よっちゃんはなぜ「愛宕さま」「祇園さま」で呼んだのか
これを無視しちゃいけないと思うんだ
前者の愛宕さんはどうも火迦具土神が来る前から火神だったような節があるし
後者の祇園様はかなり古くから素盞嗚尊と同一視されている
また、祇園天神も妻を娶る神である
(祇園天神におけるこの部分はかなり重要視されていたと見られ
様々なバリエーションがあるにも拘らずほとんど削られなかった)
単に神主の気まぐれかも知らんけどさ
愛宕様、祇園様以外に、てゐが大黒様と言ってる訳で、
単に判り易いように普遍的な呼び名を統一して使ってるだけという可能性は?
てゐに関してはスペカでは大国主になる前の
(それこそ因幡の素兎の話に出てくる)
大穴牟遅という名前を使ってたりしてる点から、
「大黒様」で統一してる訳ではないみたいだし、
そもそも愛宕明神と違って祇園様(祇園さん)ってのは
牛頭天王通称でしかない。
単に判り易いように普遍的な呼び名を統一して使ってるだけという可能性は?
てゐに関してはスペカでは大国主になる前の
(それこそ因幡の素兎の話に出てくる)
大穴牟遅という名前を使ってたりしてる点から、
「大黒様」で統一してる訳ではないみたいだし、
そもそも愛宕明神と違って祇園様(祇園さん)ってのは
牛頭天王通称でしかない。
×牛頭天王通称でしかない。
○牛頭天王の通称でしかない。
○牛頭天王の通称でしかない。
祇園社が出来たのは平安だからゆわれは別にさかのぼれないことはない。
もちろん、神仏習合まっただ中
もちろん、神仏習合まっただ中
>>948
京都の祇園という街自体が、元々祇園社の通称で呼ばれた
現在の八坂神社(神仏別離に伴って現在の名称になった)
の門前町として、その名前を頂いた街であり、
「祇園さん」とは町人が八坂神社や、その御神体である
牛頭天王に付けた愛称みたいなもんだよ。
ちなみに「天王さん」とも言う。
この祇園社という名前や、鳥居にある感神院って名前の由来になると
色々とややこしいし、よく判ってない部分も出てくるんだけどな。
要するに「祇園さん」ってのは牛頭天王の起源だのに関係なく、
昔から其処にあった社やその御神体の通称でしかないんだ。
京都の祇園という街自体が、元々祇園社の通称で呼ばれた
現在の八坂神社(神仏別離に伴って現在の名称になった)
の門前町として、その名前を頂いた街であり、
「祇園さん」とは町人が八坂神社や、その御神体である
牛頭天王に付けた愛称みたいなもんだよ。
ちなみに「天王さん」とも言う。
この祇園社という名前や、鳥居にある感神院って名前の由来になると
色々とややこしいし、よく判ってない部分も出てくるんだけどな。
要するに「祇園さん」ってのは牛頭天王の起源だのに関係なく、
昔から其処にあった社やその御神体の通称でしかないんだ。
>>950
牛頭天王自体が新しい呼び名でな・・・
もっと遡ると武塔天神やら祇園天神やらになって
「結局、祇園ってなにさ?」になる
とりあえず補足
愛宕にはそう詳しくないんであれだけども
祇園・大黒と同列に並べられるくらい両者の関係って深いのか?
なんというか、月のスゲー古くて偉い人が使うには馴染みが足りない気がする
諏訪明神と建御名方神の関係というか
牛頭天王自体が新しい呼び名でな・・・
もっと遡ると武塔天神やら祇園天神やらになって
「結局、祇園ってなにさ?」になる
とりあえず補足
愛宕にはそう詳しくないんであれだけども
祇園・大黒と同列に並べられるくらい両者の関係って深いのか?
なんというか、月のスゲー古くて偉い人が使うには馴染みが足りない気がする
諏訪明神と建御名方神の関係というか
>>956
祇園関連なので別に投稿。
そもそも、祇園という呼称のルーツと「祇園様」の神格、
つまりスサノオと牛頭天王が習合している事はまったく別の話だよ。
スサノオと習合した牛頭天王を祀った社が現在の八坂神社であり、
その八坂神社や、其処に祀られたスサノオ=牛頭天王の通称がルーツ不明の
「祇園」であるというだけで。
祇園関連なので別に投稿。
そもそも、祇園という呼称のルーツと「祇園様」の神格、
つまりスサノオと牛頭天王が習合している事はまったく別の話だよ。
スサノオと習合した牛頭天王を祀った社が現在の八坂神社であり、
その八坂神社や、其処に祀られたスサノオ=牛頭天王の通称がルーツ不明の
「祇園」であるというだけで。
>>960に付随してもうちょっと詳しく書く。
そもそも八坂神社が成立した背景には、平安時代に成立した御霊信仰がある。
疫病や天災は非業の死を遂げた人間の怨霊の仕業であるとされ、
これを鎮めるために御霊会が、現在の八坂神社で行われるようになる。
このとき祀られたのが疫病の神である牛頭天王(当時既に同様に疫病の神であるスサノオと習合)。
この後、牛頭天王にまつわる「祇園」という名称が通称として使われ始める訳だが、
ここに至るまでに牛頭天王の呼び名がかつてどうであったか、そのルーツが何であるかは別に大した問題ではなく、
「祇園」という名前が牛頭天王に由来し、牛頭天王がスサノオと習合しているという点が肝でしょ。
他に神道の神、又はそれと集合した他宗教の神に「祇園」の通称があるのであれば話は変わってくるけど、
儚月抄における依姫の能力が「八百万の神(≒神道の神)の依り代となってその力を行使する」という物である以上、
ここでの「祇園」はスサノオでいい筈。
そもそも八坂神社が成立した背景には、平安時代に成立した御霊信仰がある。
疫病や天災は非業の死を遂げた人間の怨霊の仕業であるとされ、
これを鎮めるために御霊会が、現在の八坂神社で行われるようになる。
このとき祀られたのが疫病の神である牛頭天王(当時既に同様に疫病の神であるスサノオと習合)。
この後、牛頭天王にまつわる「祇園」という名称が通称として使われ始める訳だが、
ここに至るまでに牛頭天王の呼び名がかつてどうであったか、そのルーツが何であるかは別に大した問題ではなく、
「祇園」という名前が牛頭天王に由来し、牛頭天王がスサノオと習合しているという点が肝でしょ。
他に神道の神、又はそれと集合した他宗教の神に「祇園」の通称があるのであれば話は変わってくるけど、
儚月抄における依姫の能力が「八百万の神(≒神道の神)の依り代となってその力を行使する」という物である以上、
ここでの「祇園」はスサノオでいい筈。
◆ 其の弐(スレ2)>>948–965
祇園社が出来たのは平安だからゆわれは別にさかのぼれないことはない。
もちろん、神仏習合まっただ中
もちろん、神仏習合まっただ中
>>948
京都の祇園という街自体が、元々祇園社の通称で呼ばれた
現在の八坂神社(神仏別離に伴って現在の名称になった)
の門前町として、その名前を頂いた街であり、
「祇園さん」とは町人が八坂神社や、その御神体である
牛頭天王に付けた愛称みたいなもんだよ。
ちなみに「天王さん」とも言う。
この祇園社という名前や、鳥居にある感神院って名前の由来になると
色々とややこしいし、よく判ってない部分も出てくるんだけどな。
要するに「祇園さん」ってのは牛頭天王の起源だのに関係なく、
昔から其処にあった社やその御神体の通称でしかないんだ。
京都の祇園という街自体が、元々祇園社の通称で呼ばれた
現在の八坂神社(神仏別離に伴って現在の名称になった)
の門前町として、その名前を頂いた街であり、
「祇園さん」とは町人が八坂神社や、その御神体である
牛頭天王に付けた愛称みたいなもんだよ。
ちなみに「天王さん」とも言う。
この祇園社という名前や、鳥居にある感神院って名前の由来になると
色々とややこしいし、よく判ってない部分も出てくるんだけどな。
要するに「祇園さん」ってのは牛頭天王の起源だのに関係なく、
昔から其処にあった社やその御神体の通称でしかないんだ。
>>893
なぜ、建御名方なのかはわからないが、諏訪神の名前にうってつけだったんだろう。
ちなみに、建御名方という名前自体は三重県にそういう名前があったとか。
もう一人の八坂刀売も、諏訪では南の海から来た外来神ってことになってる。綿津見一族説があるぐらいだ。
あと、同名が天皇家にいるんだよな。それも、東国に遠征してる。
やっぱり、諏訪を侵略したリーダーが神話体型に組み込まれたのかねえ
なぜ、建御名方なのかはわからないが、諏訪神の名前にうってつけだったんだろう。
ちなみに、建御名方という名前自体は三重県にそういう名前があったとか。
もう一人の八坂刀売も、諏訪では南の海から来た外来神ってことになってる。綿津見一族説があるぐらいだ。
あと、同名が天皇家にいるんだよな。それも、東国に遠征してる。
やっぱり、諏訪を侵略したリーダーが神話体型に組み込まれたのかねえ
タケミナカタさんて日本書紀には登場しないんだっけ?
>>954
確かそうだったように思う。
古事記にのみ登場するということは
伝承としてはともかく天皇家を体系的にまとめようとした時には
排除されたってことだろう。
不比等やら、当時の為政者の意向がより強く反映されているのが
日本書紀だとも言われるが、そこらへんが関係しているのではないか
確かそうだったように思う。
古事記にのみ登場するということは
伝承としてはともかく天皇家を体系的にまとめようとした時には
排除されたってことだろう。
不比等やら、当時の為政者の意向がより強く反映されているのが
日本書紀だとも言われるが、そこらへんが関係しているのではないか
>>950
牛頭天王自体が新しい呼び名でな・・・
もっと遡ると武塔天神やら祇園天神やらになって
「結局、祇園ってなにさ?」になる
とりあえず補足
愛宕にはそう詳しくないんであれだけども
祇園・大黒と同列に並べられるくらい両者の関係って深いのか?
なんというか、月のスゲー古くて偉い人が使うには馴染みが足りない気がする
諏訪明神と建御名方神の関係というか
牛頭天王自体が新しい呼び名でな・・・
もっと遡ると武塔天神やら祇園天神やらになって
「結局、祇園ってなにさ?」になる
とりあえず補足
愛宕にはそう詳しくないんであれだけども
祇園・大黒と同列に並べられるくらい両者の関係って深いのか?
なんというか、月のスゲー古くて偉い人が使うには馴染みが足りない気がする
諏訪明神と建御名方神の関係というか
>>956
大黒=大国主。
古事記ではスサノオの6世の孫、日本書紀では息子。
記紀神話では重要な役回りをする神の一柱なのは間違いないし、
神格としても天の象徴である天照大神に対して地の象徴ともされるな。
月の民を天津神とするのであれば、所詮は国津神でしかないとも言えるけどね。
大黒=大国主。
古事記ではスサノオの6世の孫、日本書紀では息子。
記紀神話では重要な役回りをする神の一柱なのは間違いないし、
神格としても天の象徴である天照大神に対して地の象徴ともされるな。
月の民を天津神とするのであれば、所詮は国津神でしかないとも言えるけどね。
五月野ケイ子女史の古事記が無駄に面白くて困る
>>956
祇園関連なので別に投稿。
そもそも、祇園という呼称のルーツと「祇園様」の神格、
つまりスサノオと牛頭天王が習合している事はまったく別の話だよ。
スサノオと習合した牛頭天王を祀った社が現在の八坂神社であり、
その八坂神社や、其処に祀られたスサノオ=牛頭天王の通称がルーツ不明の
「祇園」であるというだけで。
祇園関連なので別に投稿。
そもそも、祇園という呼称のルーツと「祇園様」の神格、
つまりスサノオと牛頭天王が習合している事はまったく別の話だよ。
スサノオと習合した牛頭天王を祀った社が現在の八坂神社であり、
その八坂神社や、其処に祀られたスサノオ=牛頭天王の通称がルーツ不明の
「祇園」であるというだけで。
>>960に付随してもうちょっと詳しく書く。
そもそも八坂神社が成立した背景には、平安時代に成立した御霊信仰がある。
疫病や天災は非業の死を遂げた人間の怨霊の仕業であるとされ、
これを鎮めるために御霊会が、現在の八坂神社で行われるようになる。
このとき祀られたのが疫病の神である牛頭天王(当時既に同様に疫病の神であるスサノオと習合)。
この後、牛頭天王にまつわる「祇園」という名称が通称として使われ始める訳だが、
ここに至るまでに牛頭天王の呼び名がかつてどうであったか、そのルーツが何であるかは別に大した問題ではなく、
「祇園」という名前が牛頭天王に由来し、牛頭天王がスサノオと習合しているという点が肝でしょ。
他に神道の神、又はそれと集合した他宗教の神に「祇園」の通称があるのであれば話は変わってくるけど、
儚月抄における依姫の能力が「八百万の神(≒神道の神)の依り代となってその力を行使する」という物である以上、
ここでの「祇園」はスサノオでいい筈。
そもそも八坂神社が成立した背景には、平安時代に成立した御霊信仰がある。
疫病や天災は非業の死を遂げた人間の怨霊の仕業であるとされ、
これを鎮めるために御霊会が、現在の八坂神社で行われるようになる。
このとき祀られたのが疫病の神である牛頭天王(当時既に同様に疫病の神であるスサノオと習合)。
この後、牛頭天王にまつわる「祇園」という名称が通称として使われ始める訳だが、
ここに至るまでに牛頭天王の呼び名がかつてどうであったか、そのルーツが何であるかは別に大した問題ではなく、
「祇園」という名前が牛頭天王に由来し、牛頭天王がスサノオと習合しているという点が肝でしょ。
他に神道の神、又はそれと集合した他宗教の神に「祇園」の通称があるのであれば話は変わってくるけど、
儚月抄における依姫の能力が「八百万の神(≒神道の神)の依り代となってその力を行使する」という物である以上、
ここでの「祇園」はスサノオでいい筈。
すまん、後ろは愛宕の神(権現)と火迦具土神の話だ
大黒天と祇園天神が早くに同一視されたのと比べると
歴史が足りないような気がして……
補足は蛇足以外の何者でもないんで気にしないでくれ
祇園信仰、というか蘇民将来の信仰にはもっと昔があるようなんだ
牛頭天王と蘇民将来伝説(著:川村 湊)に詳しかった
大黒天と祇園天神が早くに同一視されたのと比べると
歴史が足りないような気がして……
補足は蛇足以外の何者でもないんで気にしないでくれ
祇園信仰、というか蘇民将来の信仰にはもっと昔があるようなんだ
牛頭天王と蘇民将来伝説(著:川村 湊)に詳しかった
>>956
とりあえず愛宕山がいっぱいある事だけはわかった。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AE%95%E5%B1%B1
>>祇園
おお、議論になっとるなんか論客みたいだ(日和見)
とりあえず>>956もそうだと思うけど俺が言いたいのは
祇園天神と牛頭天王を=で結びつけるのは早計て事だったり。
例えば建御名方を祭っている諏訪大社だけど、実際にはミシャグジという理解が浸透している。
じゃあ、建御名方=ミシャグジで建御名方の通称がミシャグジさまかというとそんな事は無い。
そこには諏訪明神という中間媒体がいて色々乱雑な経緯を持って現在の信仰体系が成立してるわけだし。
それを踏まえて考えると名前の違いというのはでかいんじゃないかというのがあちきの見解。
正直な話をすると塗仏の宴で名称の違いについて言及してたのを見て感銘を受けちゃった勢いでそんなところに到ったり。
「スサノオ+牛頭天王≒祇園信仰」というところまでは賛同できるけど、
祇園という言葉の来歴がわからずに、また牛頭天王の存在も不明瞭である以上は「≒」に留めておくべきだと思う。
とりあえず愛宕山がいっぱいある事だけはわかった。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AE%95%E5%B1%B1
>>祇園
おお、議論になっとるなんか論客みたいだ(日和見)
とりあえず>>956もそうだと思うけど俺が言いたいのは
祇園天神と牛頭天王を=で結びつけるのは早計て事だったり。
例えば建御名方を祭っている諏訪大社だけど、実際にはミシャグジという理解が浸透している。
じゃあ、建御名方=ミシャグジで建御名方の通称がミシャグジさまかというとそんな事は無い。
そこには諏訪明神という中間媒体がいて色々乱雑な経緯を持って現在の信仰体系が成立してるわけだし。
それを踏まえて考えると名前の違いというのはでかいんじゃないかというのがあちきの見解。
正直な話をすると塗仏の宴で名称の違いについて言及してたのを見て感銘を受けちゃった勢いでそんなところに到ったり。
「スサノオ+牛頭天王≒祇園信仰」というところまでは賛同できるけど、
祇園という言葉の来歴がわからずに、また牛頭天王の存在も不明瞭である以上は「≒」に留めておくべきだと思う。
祇園の場合は、牛頭天王信仰あるいは、スサノオ信仰がそもそもの目的だから順序が逆だよ
最初から信仰する神をもってると言っていい。
愛宕信仰はおそらく山岳信仰から始まって、天狗、地蔵、カグツチと習合を繰り返して、主役を変えながら変節してる。
愛宕さんが主体な訳だ
最初から信仰する神をもってると言っていい。
愛宕信仰はおそらく山岳信仰から始まって、天狗、地蔵、カグツチと習合を繰り返して、主役を変えながら変節してる。
愛宕さんが主体な訳だ
蘇民の将来さんは果たしてどこへ行ったのか
>>963
まぁ、ようするにスサノオや牛頭天王を鶏、祇園を卵とすると卵と鶏どっちが先なのかという問題なんだが。
牛頭天王信仰やスサノオ信仰成立の後にそれを示す祇園という言葉が生まれたのならそれでいいんだが、
本来別のものを示していた祇園という言葉が後にスサノオ信仰と統合されたっていう可能性は皆無なのかなと。
八坂神社に対する信仰を祇園とするなら各地に勧請されたにせよ祇園という言葉が浸透しすぎてる気もしないでもない。
祇園信仰と関係の無い祭りでも「祇園」を冠してるところもあるってのが尚更アレだし。
もちろん祇園信仰成立後に祇園なる言葉が各地に浸透した可能性も否定はしないが。
なんせ、そのあたりを確信できるソースが手元にないので、良いのあったら教えてくれると嬉しい。
とりあえず俺のスタンスとしては、「祇園」と「祇園信仰」という言葉とを先ず分離させるべきで、
その後に「祇園」=「祇園信仰」なのか、「⊃」なのか「≠」なのかを判断するべきなんじゃないかと思う。
まぁ、でも祇園の祇が地の神を表し、園に須佐乃袁尊の袁の字が含まれてたりするのは面白いとは思うけどね。
まぁ、ようするにスサノオや牛頭天王を鶏、祇園を卵とすると卵と鶏どっちが先なのかという問題なんだが。
牛頭天王信仰やスサノオ信仰成立の後にそれを示す祇園という言葉が生まれたのならそれでいいんだが、
本来別のものを示していた祇園という言葉が後にスサノオ信仰と統合されたっていう可能性は皆無なのかなと。
八坂神社に対する信仰を祇園とするなら各地に勧請されたにせよ祇園という言葉が浸透しすぎてる気もしないでもない。
祇園信仰と関係の無い祭りでも「祇園」を冠してるところもあるってのが尚更アレだし。
もちろん祇園信仰成立後に祇園なる言葉が各地に浸透した可能性も否定はしないが。
なんせ、そのあたりを確信できるソースが手元にないので、良いのあったら教えてくれると嬉しい。
とりあえず俺のスタンスとしては、「祇園」と「祇園信仰」という言葉とを先ず分離させるべきで、
その後に「祇園」=「祇園信仰」なのか、「⊃」なのか「≠」なのかを判断するべきなんじゃないかと思う。
まぁ、でも祇園の祇が地の神を表し、園に須佐乃袁尊の袁の字が含まれてたりするのは面白いとは思うけどね。