>>683
そういや藤原氏は長屋王からも祟り受けてるんだよな
妹紅のスペカの藤原「滅罪寺院傷」で長屋王の祟りを恐れて寺を建てた
が天然痘のウィルスに藤原の4兄弟がかかったってコメントがある
藤原氏は蘇我・物部氏の恨みも買ってそうだしもこたんは大変そう…
藤原不比等の政治史と古代権力闘争
日本神話・記紀 › 歴史的背景
藤原不比等による古代権力闘争・聖徳太子実像の捏造・記紀編纂の政治的目的・妹紅との関係・竹取物語との接続
◆ 其の十二(スレ12)>>707–800
藤原はあちこちから恨み買ってるな
というよりは、文字通り血塗られた権力闘争の果て勝ち残ったと言うべきか
中臣氏からの改姓~平安末期まで、身内も含めて怨念だらけよ
そして現在では祇園祭だけが残るのみと
というよりは、文字通り血塗られた権力闘争の果て勝ち残ったと言うべきか
中臣氏からの改姓~平安末期まで、身内も含めて怨念だらけよ
そして現在では祇園祭だけが残るのみと
親の因果が子に報いってやつか
天然痘で藤原四兄弟も含めて政治担当者が死亡しまくったせいで、次に橘氏の諸兄が台頭。
ただ、橘氏の天下も諸兄一代限りで、息子の奈良麻呂が反乱起こしちゃって藤原氏怨恨リスト入りするんだよな。
ただ、橘氏の天下も諸兄一代限りで、息子の奈良麻呂が反乱起こしちゃって藤原氏怨恨リスト入りするんだよな。
>>707
恨みで言うなら650年から1200年ぐらいまで5割ぐらいの豪族貴族皇族の恨み買ってるんじゃね
というか平安までの御霊と呼ばれる存在の大半は北家だったり式家だったりするがいずれかの藤原憎しだろ
藤原氏は伊達じゃないw
恨みで言うなら650年から1200年ぐらいまで5割ぐらいの豪族貴族皇族の恨み買ってるんじゃね
というか平安までの御霊と呼ばれる存在の大半は北家だったり式家だったりするがいずれかの藤原憎しだろ
藤原氏は伊達じゃないw
今回太子のいろんな説の中で太子が夢殿に封印されていたって立場を取ったけど
ZUNのユニークなところは太子自身がそれをやった事にしたことでしょう
通常この説を取ると封印したのは藤原不比等となるから
もこたんの立ち位置を史実に引きずられないようにしたのが大きい
ZUNのユニークなところは太子自身がそれをやった事にしたことでしょう
通常この説を取ると封印したのは藤原不比等となるから
もこたんの立ち位置を史実に引きずられないようにしたのが大きい
妹紅に関しては要らない子扱いされてた子だから歴史や藤原氏の家系図からも抹消されてる存在なんだろうけど
一番猛威を奮ってた不比等の娘ってだけで恨み買いそうだな
妹紅も要らない子扱いされても藤原氏の名前を捨ててない時点で名前に誇りを持ってそうだし
一番猛威を奮ってた不比等の娘ってだけで恨み買いそうだな
妹紅も要らない子扱いされても藤原氏の名前を捨ててない時点で名前に誇りを持ってそうだし
>>716
色々事情があって要らない子扱いだったけどそ、その為に富士山まで行くくらいには家族への思い入れがあったってことだよねぇ
色々事情があって要らない子扱いだったけどそ、その為に富士山まで行くくらいには家族への思い入れがあったってことだよねぇ
昔の子供向けのマンガ日本の歴史とかだと
「皇位を狙う悪い蘇我氏を中大兄皇子と中臣鎌足がやっつけました」
みたいな扱いだったりしたんだけども、その後の日本史の展開を見ると
藤原氏のほうがいろんな意味で「ワル」だったという
「皇位を狙う悪い蘇我氏を中大兄皇子と中臣鎌足がやっつけました」
みたいな扱いだったりしたんだけども、その後の日本史の展開を見ると
藤原氏のほうがいろんな意味で「ワル」だったという
やってること変わってないよねどっちも
天皇利用して政治を牛耳って
結局、勝てばまさに官軍だったんだよ
天皇利用して政治を牛耳って
結局、勝てばまさに官軍だったんだよ
革命やクーデターには(どんなに白々しくても)それを起こす理由、所謂大義名分が必要だから、
それ自体が正義であるということは間違いない。
どう見ても正義じゃなかったら反乱とか変とか暗殺事件とか言われるし。
革命起こした後の統治体制が正義と言えるかという点に関しては完全に別問題。
共産主義革命とかフランス革命が典型例だな。
というか、政権を崩壊させといてその後の統治者を用意しないのは単なるDQN。
そういう意味で、蘇我氏を打倒した後は自分が政治の中心となる覚悟を決めた藤原氏は
ちゃんとした責任感を持った革命者と言える。
責任感があれば善人か、責任感があれば聖人かってのはまた別問題だが。
それ自体が正義であるということは間違いない。
どう見ても正義じゃなかったら反乱とか変とか暗殺事件とか言われるし。
革命起こした後の統治体制が正義と言えるかという点に関しては完全に別問題。
共産主義革命とかフランス革命が典型例だな。
というか、政権を崩壊させといてその後の統治者を用意しないのは単なるDQN。
そういう意味で、蘇我氏を打倒した後は自分が政治の中心となる覚悟を決めた藤原氏は
ちゃんとした責任感を持った革命者と言える。
責任感があれば善人か、責任感があれば聖人かってのはまた別問題だが。
あと御霊に関しては信仰心の裏返しでもある
ぶっちゃけ彼らが一族総出で篤い信心持ってなければここまで「証拠」は残らなかった
なんだかんだで好きだな藤原氏
ぶっちゃけ彼らが一族総出で篤い信心持ってなければここまで「証拠」は残らなかった
なんだかんだで好きだな藤原氏
北家全盛を作った藤原良房とか文徳天皇暗殺疑惑があるしな
どんだけ黒いんだって言うw
どんだけ黒いんだって言うw
何気に道長以来の嫡流が近衛・九條・一條と生き残ってるからなぁ>藤原北家
戦前とはいえ近代に入っても首相(近衛文麿)を輩出してるし、世界的に見ても凄まじい一族だわ
でも藤原氏いなかったらたぶん天皇家は8世紀半ばくらいで滅んでたと思う
そうなりゃ源氏も平氏も有り得ないから、ご先祖が源氏の俺としては感謝せざるを得ないわ
戦前とはいえ近代に入っても首相(近衛文麿)を輩出してるし、世界的に見ても凄まじい一族だわ
でも藤原氏いなかったらたぶん天皇家は8世紀半ばくらいで滅んでたと思う
そうなりゃ源氏も平氏も有り得ないから、ご先祖が源氏の俺としては感謝せざるを得ないわ
天皇がいなかったら日本の歴史は根本的に変わってたかもね
まず国名がほかの国みたいにコロコロ変わってるだろうし
まず国名がほかの国みたいにコロコロ変わってるだろうし
確かにワルではあっても魅力的ではあるんだよね
それが後々「日が悪いからウチから出ない」とか
「途中で葬式に出くわしたから仕事休む」とか…
元弘の乱の時だったか、後醍醐天皇の京都脱出の計画で
一番揉めたのは「何を着ていくか」だったとかなんとか
それが後々「日が悪いからウチから出ない」とか
「途中で葬式に出くわしたから仕事休む」とか…
元弘の乱の時だったか、後醍醐天皇の京都脱出の計画で
一番揉めたのは「何を着ていくか」だったとかなんとか
本能寺の変の黒幕とも噂された策士公家だったっけ >近衛前久
和歌、書道、馬術や鷹狩りと何をやっても一級品というチート
地方に中央の文化を広めた第一人者(まぁ政治のためだけど)
まぁ本能寺の変云々は濡れ衣だったみたいだけど
当時から讒言が遭って秀吉にシメられたのは
藤原ならやりかねないという空気がもう知れ渡ってたんだろうなw
和歌、書道、馬術や鷹狩りと何をやっても一級品というチート
地方に中央の文化を広めた第一人者(まぁ政治のためだけど)
まぁ本能寺の変云々は濡れ衣だったみたいだけど
当時から讒言が遭って秀吉にシメられたのは
藤原ならやりかねないという空気がもう知れ渡ってたんだろうなw
あの時代なら九条稙通も面白いな。秀吉が前久の養子になるのが確定的な状況で、
九条「お前、何勝手に養子にしようとしてんの?」
近衛「だってウチ関白やし」
九条「お前ただの関白経験者、私氏の長者。
だ か ら 分 か る よ な ?
因みに私の意思はノーだから。猿に諦めろっつっとけ」
結局、秀吉は豊臣を新設させざるを得なかったし、秀次には「神罰降るよ」だし、信長にすら「上洛出来て良かったね。じゃあ私はこれで」って言って、( ゚Д゚)ポカーンさせてたし。
それでいて魔法使いだったり、何聞かれても「源氏」って答えたりする人だったりもする。
九条「お前、何勝手に養子にしようとしてんの?」
近衛「だってウチ関白やし」
九条「お前ただの関白経験者、私氏の長者。
だ か ら 分 か る よ な ?
因みに私の意思はノーだから。猿に諦めろっつっとけ」
結局、秀吉は豊臣を新設させざるを得なかったし、秀次には「神罰降るよ」だし、信長にすら「上洛出来て良かったね。じゃあ私はこれで」って言って、( ゚Д゚)ポカーンさせてたし。
それでいて魔法使いだったり、何聞かれても「源氏」って答えたりする人だったりもする。
神主スレで聖徳太子が括弧つき(非実在説の影響?)
で教科書に書いてあるらしいんだが本当の話なんだろうか?
思わずなにそれこわいとレスしてしまった
で教科書に書いてあるらしいんだが本当の話なんだろうか?
思わずなにそれこわいとレスしてしまった
>>750
生前に聖徳太子と名乗ってたわけじゃないから
皇族厩戸王の死後結構経ってから付けられた名前でしかない
ついでに言えばそのありがたい名前と同時期にヤケクソ気味に付加された超スペックが
よく知る聖徳太子像で、その黒歴史創造に深く関わったとされるのが毎度おなじみ藤原不比等
生前に聖徳太子と名乗ってたわけじゃないから
皇族厩戸王の死後結構経ってから付けられた名前でしかない
ついでに言えばそのありがたい名前と同時期にヤケクソ気味に付加された超スペックが
よく知る聖徳太子像で、その黒歴史創造に深く関わったとされるのが毎度おなじみ藤原不比等
実在した厩戸皇子の功績+いろいろな人の功績+架空の伝説=聖徳太子
ってのが有力で、教科書もそういう書き方してるんじゃないかな
ってのが有力で、教科書もそういう書き方してるんじゃないかな
もこうのパパが聖徳太子のあることないことでっちあげたわけか
かぐや姫の求婚相手だと考えたらこれまたいとおかし
かぐや姫の求婚相手だと考えたらこれまたいとおかし
ふひと「ぼくのかんがえたさいきょうのこうぞく」
>>756
聖徳太子だけじゃないけどな
日本の神様や初期の半神的な天皇陛下像もガッツリ作ってる
というか、パパが音頭を取った日本書紀や古事記は天皇と朝廷の権威と神秘性
を創り上げるための国策なので徹底的にやっとる
聖徳太子だけじゃないけどな
日本の神様や初期の半神的な天皇陛下像もガッツリ作ってる
というか、パパが音頭を取った日本書紀や古事記は天皇と朝廷の権威と神秘性
を創り上げるための国策なので徹底的にやっとる
藤原家は百済王族の末梢って話がなかったっけ?
○○物語ってのは当時の政争の敗者を鎮魂するためのものという説があるな
聖徳太子の物語に色々な尾ひれをつけることで一番得をした氏族と
一番割りを食った氏族を考えてみればまぁ……
中臣氏(藤原氏)が一番怪しいよなぁ で、どう考えてもDisられまくってる蘇我氏
仮にもし山背大兄王(厩戸皇子の息子)の実在が怪しいとなったら
乙巳の変(大化の改新)で殺された蘇我馬子が完全に濡れ衣になっちゃう
理由のないただの暗殺と聖徳太子の息子を殺したというしっかりした理由がある暗殺じゃ
イメージが違うもの
一番割りを食った氏族を考えてみればまぁ……
中臣氏(藤原氏)が一番怪しいよなぁ で、どう考えてもDisられまくってる蘇我氏
仮にもし山背大兄王(厩戸皇子の息子)の実在が怪しいとなったら
乙巳の変(大化の改新)で殺された蘇我馬子が完全に濡れ衣になっちゃう
理由のないただの暗殺と聖徳太子の息子を殺したというしっかりした理由がある暗殺じゃ
イメージが違うもの
歴史は勝者が創るからなぁ…あと、馬子じゃなくって、蝦夷&入鹿ね。
このスレを見てると、あっきゅんがとんでもなく腹黒く思えてくる。
あっきゅんにしても直接確認出来る事実は限られたもんだろうし
シニカルな気分になることもよくありそう
シニカルな気分になることもよくありそう
東方には藤原関係のキャラも結構多いからな。色々勘ぐりたくなるね。
不比等が勝てたのは、中国の律令制(官僚制度)を熟知していたから
明治維新が黒船襲来以降の動乱の結果であるように、
白村江の敗北が日本の転機であり藤原氏のチャンスでもあったようなw
古代氏族制の日本では、島国の中で諸皇子にそれぞれ豪族が付いて派閥争いから内戦まで、
あげくには皇統が滅びかけるところまでいった
兵庫の山奥まで皇族の血を受け継ぐ兄弟を探しにゆくなど、その顛末を語ったもの
記紀は、藤原氏が自分の都合で編纂しただけでなく、大きな目で見れば中国および新羅という、
外なる脅威に怯えていた日本が必要とした書物だったかもしれない
氏族社会ではもうやっていけない、大王ではなく天皇ではなければいけない
法制度や官僚機構を整備し、祭祀と政治とを分離しなければ外圧に対抗できないという、
あの時代なりの現実主義的なグローバリゼーションだった可能性がある
妹紅のおやっさんやじいちゃんは腹黒いかもしれないけれど、たしかに政治家やで
明治維新が黒船襲来以降の動乱の結果であるように、
白村江の敗北が日本の転機であり藤原氏のチャンスでもあったようなw
古代氏族制の日本では、島国の中で諸皇子にそれぞれ豪族が付いて派閥争いから内戦まで、
あげくには皇統が滅びかけるところまでいった
兵庫の山奥まで皇族の血を受け継ぐ兄弟を探しにゆくなど、その顛末を語ったもの
記紀は、藤原氏が自分の都合で編纂しただけでなく、大きな目で見れば中国および新羅という、
外なる脅威に怯えていた日本が必要とした書物だったかもしれない
氏族社会ではもうやっていけない、大王ではなく天皇ではなければいけない
法制度や官僚機構を整備し、祭祀と政治とを分離しなければ外圧に対抗できないという、
あの時代なりの現実主義的なグローバリゼーションだった可能性がある
妹紅のおやっさんやじいちゃんは腹黒いかもしれないけれど、たしかに政治家やで
個人的に阿礼は女性であって欲しいな東方世界観がどの説を採用してるかは分らんが
柳田翁の説を全面支持したい訳じゃないけど不比等説はちょっとアレすぎる
柳田翁の説を全面支持したい訳じゃないけど不比等説はちょっとアレすぎる
長野に関係する霊廟が全然思いつかなかった。
近作は長野に関係するストーリーを重点的にやってたからな
諏訪市と伊那市にまたがる守屋山は諏訪神社ではなく何故か「物部守屋神社」なんだよな。
諏訪神社調べてるときに神主も見つけたんだろうね
近作は長野に関係するストーリーを重点的にやってたからな
諏訪市と伊那市にまたがる守屋山は諏訪神社ではなく何故か「物部守屋神社」なんだよな。
諏訪神社調べてるときに神主も見つけたんだろうね
>>771
何年か前、大学の研究会発表のために不比等関係の歴史を調べたことがあるけど、
調べれば調べるほど凄いというか、想像以上にとんでもない人物だという感想しか出てこなかったな。
乙巳の変前後から白村江の敗戦・壬申の乱を経て持統朝まで続いた政治的混乱を見事に収束させた上に、
それまでの氏族制に基づく社会制度をほぼ180度覆して当時弱小レベルまで落ちてた倭国を、大国の唐・新羅に対抗できるような
「文明国・日本」へと生まれ変わらせる基礎を打ち立てたんだから、現代的視点から見ても並大抵の政治家じゃない。
個人的には、後の北条義時や徳川家康にも匹敵するほどの、もっと評価されるべき歴史上の人物だと思う。
こんな風に書くと顕彰が過ぎると思われるかも知れないけど、不比等が主導して作った大宝以来の律令システムが、
その後形骸化や幾つかの修正を加えられつつも何だかんだで明治維新まで命脈を保ったという事実からすれば
もっと世間一般においても名前を知られるべき人物なのではないだろうか。
つまり何が言いたいかというと、誰か不比等を主人公にして面白い歴史小説書いてくれとw
何年か前、大学の研究会発表のために不比等関係の歴史を調べたことがあるけど、
調べれば調べるほど凄いというか、想像以上にとんでもない人物だという感想しか出てこなかったな。
乙巳の変前後から白村江の敗戦・壬申の乱を経て持統朝まで続いた政治的混乱を見事に収束させた上に、
それまでの氏族制に基づく社会制度をほぼ180度覆して当時弱小レベルまで落ちてた倭国を、大国の唐・新羅に対抗できるような
「文明国・日本」へと生まれ変わらせる基礎を打ち立てたんだから、現代的視点から見ても並大抵の政治家じゃない。
個人的には、後の北条義時や徳川家康にも匹敵するほどの、もっと評価されるべき歴史上の人物だと思う。
こんな風に書くと顕彰が過ぎると思われるかも知れないけど、不比等が主導して作った大宝以来の律令システムが、
その後形骸化や幾つかの修正を加えられつつも何だかんだで明治維新まで命脈を保ったという事実からすれば
もっと世間一般においても名前を知られるべき人物なのではないだろうか。
つまり何が言いたいかというと、誰か不比等を主人公にして面白い歴史小説書いてくれとw
不比等って小中学校では教わらなかった記憶があるな
高校でも触れられてたかどうか…
日本の歴史に多大な影響与えた人物なのに、不自然なくらい歴史の教育では教わらないんだよなぁ
高校でも触れられてたかどうか…
日本の歴史に多大な影響与えた人物なのに、不自然なくらい歴史の教育では教わらないんだよなぁ
不比等が教科書に載ると都合の悪い人達がいるからなウサ
道長と頼通のダメっぷりを紹介するので限界
それ以上深く突っ込むと……
それ以上深く突っ込むと……
不比等って天智天皇のご落胤説があったな
>>778
現代では否定されがちだけど、実は中世まではかなり広く噂されてたらしい。
有名なのは『大鏡』に載ってる伝説で、天智天皇が何かの褒美として妊娠中だった自分の妾を鎌足に与え
「男だったらお前の子として育てろ。女だったら俺がもらう」と言ったとか言わなかったとか。
9世紀以前の成立とされる『竹取物語』でも「車持の皇子」となぜか皇族として描写されてるから
少なくともこの頃には不比等=天智天皇の御落胤説が存在したのではないか、と言われてるね。
ちなみに、不比等には同母兄の定恵という人がいたんだが、定恵・不比等兄弟の生母とされる
車持与志古娘は、その氏からしてあまり身分の高くない女官だったという説がある。
しかも定恵と不比等の年齢は同母兄弟としてはかなり離れていて、643年生まれの定恵に対して
不比等は659年生まれ、つまり16歳も違っていたりする。
更に、定恵はこの時代ではごく限られていた唐への留学僧だったんだけど、
そもそも鎌足は、代々神祇祭祀を司って物部氏と同じく俳仏派だった中臣氏の長にして
天皇の側近でもある人で、そんな高位の人物の長男が出家して、遠い唐へ留学するというのは
極めて異例だった。どれくらい異例かというと、あの蘇我氏ですらやらなかった程度の異例。
ちなみに、定恵は653年に入唐し、665年に帰国するも直後に病死していたりする。
追記:
『興福寺縁起』では、不比等の母は車持与志古娘ではなく、鏡王女という女性だとしてるんだが
この鏡王女という人物は素性がよく分かっていない。万葉歌人として名高い鏡王の娘・額田王の姉妹とも、
舒明天皇の皇女で天智天皇に寵愛され、後に鎌足の妻になったとも言われてるけど確証は見つかってない。
要するに、不比等という人物はその事績の大きさに反して、出生からして不自然なほど謎が多い人物なんだ。
後に藤原仲麻呂が編纂した『藤氏家伝』という藤原氏に関する歴史書でも、鎌足や定恵はしっかり伝記が書かれているのに
なぜか不比等の伝記だけは現存していない、というか実際に執筆されたかどうかも怪しいと言われてるんだよね……
現代では否定されがちだけど、実は中世まではかなり広く噂されてたらしい。
有名なのは『大鏡』に載ってる伝説で、天智天皇が何かの褒美として妊娠中だった自分の妾を鎌足に与え
「男だったらお前の子として育てろ。女だったら俺がもらう」と言ったとか言わなかったとか。
9世紀以前の成立とされる『竹取物語』でも「車持の皇子」となぜか皇族として描写されてるから
少なくともこの頃には不比等=天智天皇の御落胤説が存在したのではないか、と言われてるね。
ちなみに、不比等には同母兄の定恵という人がいたんだが、定恵・不比等兄弟の生母とされる
車持与志古娘は、その氏からしてあまり身分の高くない女官だったという説がある。
しかも定恵と不比等の年齢は同母兄弟としてはかなり離れていて、643年生まれの定恵に対して
不比等は659年生まれ、つまり16歳も違っていたりする。
更に、定恵はこの時代ではごく限られていた唐への留学僧だったんだけど、
そもそも鎌足は、代々神祇祭祀を司って物部氏と同じく俳仏派だった中臣氏の長にして
天皇の側近でもある人で、そんな高位の人物の長男が出家して、遠い唐へ留学するというのは
極めて異例だった。どれくらい異例かというと、あの蘇我氏ですらやらなかった程度の異例。
ちなみに、定恵は653年に入唐し、665年に帰国するも直後に病死していたりする。
追記:
『興福寺縁起』では、不比等の母は車持与志古娘ではなく、鏡王女という女性だとしてるんだが
この鏡王女という人物は素性がよく分かっていない。万葉歌人として名高い鏡王の娘・額田王の姉妹とも、
舒明天皇の皇女で天智天皇に寵愛され、後に鎌足の妻になったとも言われてるけど確証は見つかってない。
要するに、不比等という人物はその事績の大きさに反して、出生からして不自然なほど謎が多い人物なんだ。
後に藤原仲麻呂が編纂した『藤氏家伝』という藤原氏に関する歴史書でも、鎌足や定恵はしっかり伝記が書かれているのに
なぜか不比等の伝記だけは現存していない、というか実際に執筆されたかどうかも怪しいと言われてるんだよね……
このスレを見てると、不比等(男)が東方全体のラスボスに見えてきた
>>773
善光寺に物部守屋が密かに葬られてるって伝承はあるよ
108本の丸い柱のうち1本だけが角柱で「守屋柱」と呼ばれてて
その下に守屋の首があると
しかもそれをやったのは聖徳太子って説もある
善光寺の本尊がそもそも物部守屋が川に捨てた仏像を回収して祀ったものだし
こういう諸説は当然神主は知ってると思う
善光寺に物部守屋が密かに葬られてるって伝承はあるよ
108本の丸い柱のうち1本だけが角柱で「守屋柱」と呼ばれてて
その下に守屋の首があると
しかもそれをやったのは聖徳太子って説もある
善光寺の本尊がそもそも物部守屋が川に捨てた仏像を回収して祀ったものだし
こういう諸説は当然神主は知ってると思う
そういやこのスレで教えてもらったぬえと源頼政の動画作った人が
あっきゅん主人公にして壬申の乱をやってたなあ
結構面白かったよ
アカギ顔の不比等が不思議なくらいしっくりきたw
あっきゅん主人公にして壬申の乱をやってたなあ
結構面白かったよ
アカギ顔の不比等が不思議なくらいしっくりきたw
>>780
いや、神主なら、神主ならきっと、不比等を萌え少女にしてくれる!
ぜひ、妹紅相手のバトルを見てみたい
「このクソオヤジ!・・・いや、クソオカン!」
愛故の絶叫が・・・・・・w
>>774
明治維新どころか、戦前、そして戦後、まさに現在まで続いているよ
その意味で不比等はすごく偉大な人物
中国が発明した律令と、官僚選抜システム「科挙」は、まさに今の国家公務員試験
様々な批判を受けながらも、結局、歴代王朝に受け継がれた
答案の写真を見た事あるが「人間レーザプリンター」みたいな整然たる楷書体に感心
ちなみに誤字や書式の失敗(皇帝陛下は行の最初に書き、かつ他の行より1文字あげる、
皇帝の父祖だと2文字あげる)、唾や雨の滲みや油や蝋燭などの汚れがあるとただちに落第
受験には鍋釜食糧や寝具が必需品で、何日もかけて答案を書く
たとえ試験に受かっても油断は禁物で、直ちに次の試験が数回以上もやってくる
今の受験がヌルく見えるほど、凄まじい選抜の課程を経て、官僚が選ばれる
世界各国も導入し、いずれもその呪縛に嵌ってしまったw
善かれ悪しかれ、文明の秩序を維持するには、統治制度が必要
法とその解釈・運用を知悉する官僚は不可欠
だが、それは同時に社会の硬直化や財政の疲弊をもたらす諸刃の剣
いや、神主なら、神主ならきっと、不比等を萌え少女にしてくれる!
ぜひ、妹紅相手のバトルを見てみたい
「このクソオヤジ!・・・いや、クソオカン!」
愛故の絶叫が・・・・・・w
>>774
明治維新どころか、戦前、そして戦後、まさに現在まで続いているよ
その意味で不比等はすごく偉大な人物
中国が発明した律令と、官僚選抜システム「科挙」は、まさに今の国家公務員試験
様々な批判を受けながらも、結局、歴代王朝に受け継がれた
答案の写真を見た事あるが「人間レーザプリンター」みたいな整然たる楷書体に感心
ちなみに誤字や書式の失敗(皇帝陛下は行の最初に書き、かつ他の行より1文字あげる、
皇帝の父祖だと2文字あげる)、唾や雨の滲みや油や蝋燭などの汚れがあるとただちに落第
受験には鍋釜食糧や寝具が必需品で、何日もかけて答案を書く
たとえ試験に受かっても油断は禁物で、直ちに次の試験が数回以上もやってくる
今の受験がヌルく見えるほど、凄まじい選抜の課程を経て、官僚が選ばれる
世界各国も導入し、いずれもその呪縛に嵌ってしまったw
善かれ悪しかれ、文明の秩序を維持するには、統治制度が必要
法とその解釈・運用を知悉する官僚は不可欠
だが、それは同時に社会の硬直化や財政の疲弊をもたらす諸刃の剣
>>783
そこは貴族らしくお父様もしくはお父上でお願いしますw
なんかこのスレで不比等さんの人物の凄さをみると妹紅があんなにファザコンな理由も分かる気がする
望まれない子だったらしいから不比等さんに愛されたかったって思いがファザコンの根底にあるのかもしれないけど
そこは貴族らしくお父様もしくはお父上でお願いしますw
なんかこのスレで不比等さんの人物の凄さをみると妹紅があんなにファザコンな理由も分かる気がする
望まれない子だったらしいから不比等さんに愛されたかったって思いがファザコンの根底にあるのかもしれないけど
妹紅の望まれない子だった理由だけど、妹紅スレで出てたカグツチネタが面白いなと思った
火の神であったカグツチの出生時にイザナミが陰部に火傷を負ったことで死んでしまい、怒り狂ったイザナギがカグツチを切り殺す
もし妹紅に生まれた時から火の鳥を使う才覚があったとしたら、同じように不比等が寵愛してた妻を火傷で亡くし
妹紅を憎んで要らない子としたって説はあるんじゃないかと思ってしまった
火の神であったカグツチの出生時にイザナミが陰部に火傷を負ったことで死んでしまい、怒り狂ったイザナギがカグツチを切り殺す
もし妹紅に生まれた時から火の鳥を使う才覚があったとしたら、同じように不比等が寵愛してた妻を火傷で亡くし
妹紅を憎んで要らない子としたって説はあるんじゃないかと思ってしまった
妹紅の火は修行して身に着けた妖術であって生まれつきの異能ではないと何度(ry
まぁ難産で母親が死んだ時の子は確かに時代的には嫌われるかもなぁ
火傷ではないが、確かに難産で母が死亡・子供だけ残るってのは良くあることだったんだったか。
さらに言ってしまえば、あの頃は子供はまた生める・男の子を残すってのが是だったから、
妹紅がいらない子扱いになったのもやむなしかと。
さらに言ってしまえば、あの頃は子供はまた生める・男の子を残すってのが是だったから、
妹紅がいらない子扱いになったのもやむなしかと。
長女:藤原宮子 文武天皇夫人
次女:藤原長娥子 長屋王室
三女:藤原光明子 聖武天皇皇后
四女:藤原多比能 橘諸兄室
五女?:不明 大伴古慈斐室
娘達は皇族に嫁いでるたりしてるから完全にいらない子扱いはおかしい気がするんだ。
次女:藤原長娥子 長屋王室
三女:藤原光明子 聖武天皇皇后
四女:藤原多比能 橘諸兄室
五女?:不明 大伴古慈斐室
娘達は皇族に嫁いでるたりしてるから完全にいらない子扱いはおかしい気がするんだ。
>>790
そこは多分身分の低い妾の子だったとかじゃないのかな
その名前の分からない五女が妹紅ってのはよく聞くけど、多分家系図からも消されてるとしたら記録に残ってない六女がいてそれが妹紅だったとか思ってる
そこは多分身分の低い妾の子だったとかじゃないのかな
その名前の分からない五女が妹紅ってのはよく聞くけど、多分家系図からも消されてるとしたら記録に残ってない六女がいてそれが妹紅だったとか思ってる
姉の息子に妹が嫁ぐリアル綿月姉妹…
というか持統天皇やら不比等やらをモチーフに
記紀神話を編纂したのでは、てな話もあるらしいね
あと科挙といえば「何度受験しても合格できない男が
生活費の足しにと経験をもとに『科挙の傾向と対策』を
出版したらバカ売れ、バカバカしくなって受験をやめた」
つー話が
というか持統天皇やら不比等やらをモチーフに
記紀神話を編纂したのでは、てな話もあるらしいね
あと科挙といえば「何度受験しても合格できない男が
生活費の足しにと経験をもとに『科挙の傾向と対策』を
出版したらバカ売れ、バカバカしくなって受験をやめた」
つー話が
その参考書は、果たして受験生の役に立ったのだろうか?
誰もが必死だったらしいからかなり頼られたと思う
採点係がどれも似たような答案ばかりで戸惑ったとか
ぐぐってコピペするような論文も多かったし、そもそも不敬は出来ないので、
もともと似たような答案が生じやすいという欠陥もあった
問題を出す方も出す方で、最後の「?」に相当する疑問符文を除けば、
そっくりそのまま回答になるという親切だかバカだかわからない問いかけを出したりした
カンニングも横行し、「カンニングシャツ」と呼ばれる
儒学の教典をびっしりと書き込んだ下着が残されている
興味あれば、中公新書から宮崎一定著「科挙 中国の受験地獄」という本が出てる
採点係がどれも似たような答案ばかりで戸惑ったとか
ぐぐってコピペするような論文も多かったし、そもそも不敬は出来ないので、
もともと似たような答案が生じやすいという欠陥もあった
問題を出す方も出す方で、最後の「?」に相当する疑問符文を除けば、
そっくりそのまま回答になるという親切だかバカだかわからない問いかけを出したりした
カンニングも横行し、「カンニングシャツ」と呼ばれる
儒学の教典をびっしりと書き込んだ下着が残されている
興味あれば、中公新書から宮崎一定著「科挙 中国の受験地獄」という本が出てる
しかもその息子をある程度育ててからだからな
くっつくの
くっつくの
>>791
気が狂ったり、所謂業病に罹ったりすると家系図から消されて一生土蔵生活だったりするんだっけ。
要するにフランちゃん状態だな。
もこたんの場合は、いきなり失踪なんてのが外聞悪いから最初から居なかったことにされたんだろうね。
気が狂ったり、所謂業病に罹ったりすると家系図から消されて一生土蔵生活だったりするんだっけ。
要するにフランちゃん状態だな。
もこたんの場合は、いきなり失踪なんてのが外聞悪いから最初から居なかったことにされたんだろうね。
>>798
「藤原さん、末の娘さんは?」とか言おうものなら、翌日にはそいつが羅城門に捨ててあるんだろうな
「藤原さん、末の娘さんは?」とか言おうものなら、翌日にはそいつが羅城門に捨ててあるんだろうな
流石に不比等相手に正面から聞ける奴はいないだろw
まぁ娘の蒸発とかあったら公然の秘密扱いだったかもな
まぁ娘の蒸発とかあったら公然の秘密扱いだったかもな
◆ 其の十四(スレ14)>>540–555
智謀も高いが政治力の方が高いんじゃないかという印象
>>539
シューベルト同意w
歴史書編纂に関わってたのに本人やその流れの人達が多いからねぇ、わざわざ自分の一族の悪名を残そうとはするまいさ
でも、もしかしたら本当に人間的にデキた御仁だったのかもしれない
裏
時の権力者にありがちなちょっとした零れ話くらい残ってそうなもんだけど、時代が時代だから忘れられたのもあったりして
裏
シューベルト同意w
歴史書編纂に関わってたのに本人やその流れの人達が多いからねぇ、わざわざ自分の一族の悪名を残そうとはするまいさ
でも、もしかしたら本当に人間的にデキた御仁だったのかもしれない
裏
時の権力者にありがちなちょっとした零れ話くらい残ってそうなもんだけど、時代が時代だから忘れられたのもあったりして
裏
藤氏家伝だと父・鎌足や兄・定恵や息子・武智麻呂の伝記はあるのに
なぜか肝心な不比等の伝記だけが欠落してるんだよなぁ
ただの偶然なのか、それとも……
なぜか肝心な不比等の伝記だけが欠落してるんだよなぁ
ただの偶然なのか、それとも……
というか、平安以前を調べてたら大概不比等が絡んでくるんだよなぁ
父親とか祖父とか言う形で登場する分も含めて
きっとラスプーチン張りの超人だったんだろうなぁ、不人だけに
父親とか祖父とか言う形で登場する分も含めて
きっとラスプーチン張りの超人だったんだろうなぁ、不人だけに
不比等の下積み時代の持統朝は結構ごたごた多かったしなぁ
どうも不比等は持統女帝の息子の草壁皇子の側近だったらしいし、
持統・草壁と対立してた大津皇子の冤罪処刑とかにも関与してた可能性はある
現代でいうと、プーチンとか小沢みたいなタイプかな(格は全然違うけど)
どうも不比等は持統女帝の息子の草壁皇子の側近だったらしいし、
持統・草壁と対立してた大津皇子の冤罪処刑とかにも関与してた可能性はある
現代でいうと、プーチンとか小沢みたいなタイプかな(格は全然違うけど)
中臣(藤原)氏の出自って大和の豪族なのか常陸鹿島の豪族なのか説が分かれているけど
真相を知る諸兄はいるのだろうか
真相を知る諸兄はいるのだろうか
知ってたらここに書き込むより先に学会で発表してんじゃないかな
中臣氏に限らず豪族の出自は
「文献にはこう書いてあるけどホントかウソかは知らん」
てのが大半
というか記紀の成立時点で情報がかなり操作されまくってるから
中臣氏の氏神(タケミカヅチ)祀ってるから出自は常陸だろう、という仮説は出ても
そもそも本当に中臣氏の氏神はタケミカヅチだったのか、
鹿島に祀られてる神様は本当に最初からタケミカヅチだったのか、
などの疑問は拭いきれないのが現実
ぶっちゃけそういう「設定」になってるからそう考えるしかないって感じ
「文献にはこう書いてあるけどホントかウソかは知らん」
てのが大半
というか記紀の成立時点で情報がかなり操作されまくってるから
中臣氏の氏神(タケミカヅチ)祀ってるから出自は常陸だろう、という仮説は出ても
そもそも本当に中臣氏の氏神はタケミカヅチだったのか、
鹿島に祀られてる神様は本当に最初からタケミカヅチだったのか、
などの疑問は拭いきれないのが現実
ぶっちゃけそういう「設定」になってるからそう考えるしかないって感じ
「懐風藻」とか読むと、不比等が大変な教養人でもあったと分かる
それでいながら、彼は政治・文芸における自らの偉大なる業績を誇るどころか、
むしろ自らの関与を隠そうとしている感さえあるのは、諸兄のご指摘通り
墓所でさえも、父・鎌足の霊廟である談山神社のさらに奥の山上にひっそりと設けられている
まったくもって謎の人物・淡海公
聖徳太子は彼が厩戸皇子を元にして創った架空の人物説があるけれども、
もしかしたら不比等自身が、律令統一国家の完成という彼の業績を、
皇子に託したのかもしれない
それでいながら、彼は政治・文芸における自らの偉大なる業績を誇るどころか、
むしろ自らの関与を隠そうとしている感さえあるのは、諸兄のご指摘通り
墓所でさえも、父・鎌足の霊廟である談山神社のさらに奥の山上にひっそりと設けられている
まったくもって謎の人物・淡海公
聖徳太子は彼が厩戸皇子を元にして創った架空の人物説があるけれども、
もしかしたら不比等自身が、律令統一国家の完成という彼の業績を、
皇子に託したのかもしれない
>>547
そもそもどうやったら、あんな八方塞の状況から朝廷の権力者にまで上り詰められたんだろうか……。>不比等
そもそもどうやったら、あんな八方塞の状況から朝廷の権力者にまで上り詰められたんだろうか……。>不比等
「智は力なり」かもしれないな、希少性=代替不可能という絶対性、余人を以て替え難いと
ご落胤説とかもあるけれど、当時の先進文明であった中国の法体系や諸制度に知悉していた事が、
彼の勝利の源だったと個人的には推察している
当時、必要とされていたのは新たな時代の制度をどう設計し、徹底して実施するかであったと思う
いにしえの氏族制社会が忘れられない古代豪族が次々と失脚・没落して行く中、
冷徹なまでに法治の原理を駆使出来る、卓越した官僚だった不比等が生き残るのは当然だったろう
(大王から天皇に変わったのは、定かではないけれども、推古=太子の時代ごろと言われる
変革の第一段階が太子の時代なら、乙巳の変、大化の改新、白村江の敗北などを経て、
古代日本最大の自己変革の仕上げを行ったのが不比等だろう)
ご落胤説とかもあるけれど、当時の先進文明であった中国の法体系や諸制度に知悉していた事が、
彼の勝利の源だったと個人的には推察している
当時、必要とされていたのは新たな時代の制度をどう設計し、徹底して実施するかであったと思う
いにしえの氏族制社会が忘れられない古代豪族が次々と失脚・没落して行く中、
冷徹なまでに法治の原理を駆使出来る、卓越した官僚だった不比等が生き残るのは当然だったろう
(大王から天皇に変わったのは、定かではないけれども、推古=太子の時代ごろと言われる
変革の第一段階が太子の時代なら、乙巳の変、大化の改新、白村江の敗北などを経て、
古代日本最大の自己変革の仕上げを行ったのが不比等だろう)
よく聞くと明治維新(幕藩体制から近代国家へ)なみにすごいことしてるのね。
ふひと
ふひと
物語のラスボスにされても不思議じゃない黒幕だな。