鹿島神宮の「物忌」(超高級巫女制度・26代1569年間)

神道・神社信仰 › 神道論
鹿島神宮の物忌(もののいみ)制度。皇族または超高位の女性が選ばれ神の配偶者として仕える制度で26代にわたり1569年間継続。伊勢斎宮・賀茂斎院との比較。物忌の期間の禁忌(忌み・音・特定の言葉の禁止)。神に奉仕する巫女が神の妻となるという信仰構造。大陸の巫女制度との比較・シャーマニズムとの接続。明治以降に廃止された経緯と現代神道への影響。
◆ 其の八(スレ8)>>78–81
▌78 名前が無い程度の能力 ID:3OsU8fPI0 スレッドで見る →
『蝸牛考』は柳田自身「アレは本当かどうかわからん」と言ってるけどねw

ところでこのスレに茨城の鹿島神宮に行ったことある奴いるかな
鹿島神宮にいる巫女「物忌」の話を本で読んだんだが非常に興味深かった
霊夢はこんなものかと思ったんだけど、今も物忌っているのかね
▌79 名前が無い程度の能力 ID:YwTyP5DU0 スレッドで見る →
きちんと資料あたった訳ではないので詳しくは判らないんだけれど
鹿島以外にも、伊勢や春日、香取加茂といった大社級のお社では「物忌」と呼ばれる童女・童男がいたようだ
諏訪でも男児を依代とする話があるし、子供=清浄な者とする考えは広くあったんだろうなぁ
現代ではおそらく、地元の小学生とかがお祭りのときだけ代わりにやってんじゃないかな

鹿島は自分は行っていないが、行った知り合いが
「某エロゲそのままで大変フイタ」とは言っていたのをよく覚えている
▌80 名前が無い程度の能力 ID:l3rqJFqs0 スレッドで見る →
>>79
やらしく・・・・じゃないくわしく。
▌81 名前が無い程度の能力 ID:ZFPwjZdY0 スレッドで見る →
>>80
・物忌は超高級巫女。祭神タケミカヅチをイズモからこの地へ移したときに始まる
・26代、1569年間に渡って続いた。1871年(明治四十八年)に絶える
・祖は神功皇后の第一皇女であったアマクラノヒメと言われる
・三年で辞めた人もいれば174年物忌だった人もいる
・『アマノクラヒメ』の名前を世襲していたらしい
・男と会わないために月経が来ない。基本的に元日以外誰とも会わない。まさに年中「物忌」の状態


物忌の選定に当たっては「お籠り」という儀式を経るという
13歳までにある神官の家系から候補者が選ばれ、少女は神宮の中に仮小屋を作ってそこへ籠もる
その間、少女は池の水で禊をしながら巫女の神聖な体に近づいていくという

また、「投げ櫛」という儀式もあり、今まで身につけていたものをこの池中に投げ捨て、
俗世や肉親との交流を以後一切絶ってしまう。そのためこの池は「逢わずの池」と呼ばれる

物忌となったら、あとは元日以外の364日を物忌館に籠もって只管に神へ仕える
男性であればこの物忌館には近づくことすら許されない。また、月経もないので子を為すこともできないという
月日の感覚もなくなり、元日の日だけは神官たちの前にのみ姿を現して神事を執り行うという

この凄まじい巫女の姿から大胆に仮説を立てると、霊夢にもおそらく両親とか一族が今もいるんだろうな
しかし、巫女を辞めて還俗し、「博麗」を次代に譲るまでは家族と会えない。こういうことかと想像した

霊夢の性格について「執着がない」というのももしかしてシャーマンとしての義務的なもんなんではないかと思った
むしろ霊夢は物忌と比べてだいぶ不真面目なんで、むしろ霊夢としては「執着がない」というのは単なるポーズなのかもね