都市伝説じゃないが、科学信仰って東方世界では神格化するのかね。
神として存在しなくても、妖怪のように信じられることで存在したりするように。
水が喋ったり、マイナスイオンが存在したり、あるある大辞典がすべて事実だったり。
科学と宗教・魔法の哲学的関係
比較宗教・哲学 › 科学と宗教
東方考察 › 幻想郷世界観
科学と宗教の方法論的差異(経験・観測 vs 信仰)をめぐる論争。幻想郷における科学と魔法の関係(魔理沙の実験の再現性→科学の範疇)。日本人の「無宗教」の形成背景(明治期・国家神道と科学の並立政策)。フロギストン論などのスペカへの取り込み。科学信仰の宗教性についての議論。
◆ 其の壱(スレ1)>>372–452
>>372
つ水&火符「フロギスティックレイン」
ものが燃焼するのは「フロギストン(燃素)」って物質が放出されてるからなんじゃないか、
とかいう仮説が昔あったらしいけど、それがスペルカードに取り入れられた例。
つ水&火符「フロギスティックレイン」
ものが燃焼するのは「フロギストン(燃素)」って物質が放出されてるからなんじゃないか、
とかいう仮説が昔あったらしいけど、それがスペルカードに取り入れられた例。
科学信仰って、究極的に言えば超自然的現象の全否定に行きつくんだよなぁ。
例えば生物系からすれば、人間の記憶やら意識やらは、全て脳というタンパクと脂肪と水の塊の中で介される物理的現象、で解決する。つまり魂の全否定。
そも、信仰が力を持つ、ってのがそもそも科学じゃ否定されるし。
コレが力を持つとなると、人間に妖怪が見えないとか、妖怪が人間に見えるとかになりそう。科学じゃ妖怪なんて「存在しない」訳だから。
別の言い方をすれば、外界の人間は科学信仰の力を受けているため妖怪が見えず、外界の妖怪は減る、なんて解釈もできるんだけど。
擬似科学は科学的解釈に則ってないから科学じゃない。それが実現するという理屈は科学じゃない、魔術の理論になると思う。
例えば生物系からすれば、人間の記憶やら意識やらは、全て脳というタンパクと脂肪と水の塊の中で介される物理的現象、で解決する。つまり魂の全否定。
そも、信仰が力を持つ、ってのがそもそも科学じゃ否定されるし。
コレが力を持つとなると、人間に妖怪が見えないとか、妖怪が人間に見えるとかになりそう。科学じゃ妖怪なんて「存在しない」訳だから。
別の言い方をすれば、外界の人間は科学信仰の力を受けているため妖怪が見えず、外界の妖怪は減る、なんて解釈もできるんだけど。
擬似科学は科学的解釈に則ってないから科学じゃない。それが実現するという理屈は科学じゃない、魔術の理論になると思う。
>>374
超自然現象でさえ
それが観測されれば、いつかは数式で証明できるはずのもの
として、科学的にも、肯定されるよ。
科学というものは結局は実験と観測によって成り立つものだからね。
ガリレオが近代科学の祖と呼ばれるのも
彼が実験による証明という手法を取り入れたといわれているからだ。
信仰が力を持つ、というのも論理の上では実に味気ないが
肯定はできる。
というのは、人間の行動原理を考えた際
信仰があったほうが、より合理的であると判断されれば肯定される。
ある種の共通意識によって、そこに集まった種族が
ばらばらにならずより合理的な行動をとることができるのならば
それは力と解釈してもいいはずだ。
ところで話は変わるが
神はサイコロを振るか
という命題がある。神はサイコロを振らないと長い間科学では信仰されてきた。
しかし量子力学では神はサイコロを振ることになっている。
素粒子の存在だ。
つまり、現代の科学は「分からないもの」を否定してはいない。
超自然現象でさえ
それが観測されれば、いつかは数式で証明できるはずのもの
として、科学的にも、肯定されるよ。
科学というものは結局は実験と観測によって成り立つものだからね。
ガリレオが近代科学の祖と呼ばれるのも
彼が実験による証明という手法を取り入れたといわれているからだ。
信仰が力を持つ、というのも論理の上では実に味気ないが
肯定はできる。
というのは、人間の行動原理を考えた際
信仰があったほうが、より合理的であると判断されれば肯定される。
ある種の共通意識によって、そこに集まった種族が
ばらばらにならずより合理的な行動をとることができるのならば
それは力と解釈してもいいはずだ。
ところで話は変わるが
神はサイコロを振るか
という命題がある。神はサイコロを振らないと長い間科学では信仰されてきた。
しかし量子力学では神はサイコロを振ることになっている。
素粒子の存在だ。
つまり、現代の科学は「分からないもの」を否定してはいない。
現状は積極的に否定してる一派が大多数占めてる気がする
これは日本独自の現象なんだろうけどな
これは日本独自の現象なんだろうけどな
オカルトや伝承や宗教だって社会科学だ
科学は全てを受け入れるのよ
科学は全てを受け入れるのよ
というか、分からないかどうかすら分からないのか
科学は目的に至るための効率的な方法を示す言葉だったが
今では偉人たちを祖として習い、彼らを崇め奉るものを指すようになった
釈迦は哲学者と切り捨てられるが、彼はそこに納まっていない
危うさを持った科学以外の方法論が科学的思考以上の結果を出すこともあるだろう
科学が魔法に追いつくのは一体いつになるんだろう
科学は目的に至るための効率的な方法を示す言葉だったが
今では偉人たちを祖として習い、彼らを崇め奉るものを指すようになった
釈迦は哲学者と切り捨てられるが、彼はそこに納まっていない
危うさを持った科学以外の方法論が科学的思考以上の結果を出すこともあるだろう
科学が魔法に追いつくのは一体いつになるんだろう
>>375
や、そりゃまあ観測「されれば」そうだろうとは俺も思うけどさ。
科学は「観測されたもの」が「何故そうなるか」を研究してきた訳でさ。
観測「されてない」ものは存在しないものとして扱われるだろう。違ったら赤っ恥だが。
信仰が力を持つ、ってのもその解釈ならアリだと思うが、
俺が言いたかったのは、「信仰」という「人間の脳思考」が、現実に力を持つってことは有り得ないだろう、ってこと。
判りにくくてスマン。
や、そりゃまあ観測「されれば」そうだろうとは俺も思うけどさ。
科学は「観測されたもの」が「何故そうなるか」を研究してきた訳でさ。
観測「されてない」ものは存在しないものとして扱われるだろう。違ったら赤っ恥だが。
信仰が力を持つ、ってのもその解釈ならアリだと思うが、
俺が言いたかったのは、「信仰」という「人間の脳思考」が、現実に力を持つってことは有り得ないだろう、ってこと。
判りにくくてスマン。
科学的手法以上に「危うさ」から遠い方法論なんてものが一体この世のどこにあるのかと
>>379
されているじゃん。妖怪。幽霊も。
ただ、近年あまり観測されていないのと
多くの人がそれらは文化や民俗学の方向から
解明できる問題だととらえていて、科学の世界に持ち込もうとしないだけだよ。
或いは、科学的な現象だと証明されたものも無いわけではない。
信仰が力を持つってのはね、実は宗教ってのは
何かが目に見える形で、明確に、起こることを期待して
信じるもんじゃないと思うんだよね。
空気のようにそこにある、ありのままに受け入れること
これが(文化と化した)宗教なんじゃないかね。
宗教の信仰はどういうものかってのは、免罪符とルターのお話なんか分かりやすいと思うね。
ご利益というのは目に見える形で降ってくるものじゃないんだよ。古来よりね。
天皇が中世より象徴天皇なのと同じで
ただ、そこに在るということが力になってる。
されているじゃん。妖怪。幽霊も。
ただ、近年あまり観測されていないのと
多くの人がそれらは文化や民俗学の方向から
解明できる問題だととらえていて、科学の世界に持ち込もうとしないだけだよ。
或いは、科学的な現象だと証明されたものも無いわけではない。
信仰が力を持つってのはね、実は宗教ってのは
何かが目に見える形で、明確に、起こることを期待して
信じるもんじゃないと思うんだよね。
空気のようにそこにある、ありのままに受け入れること
これが(文化と化した)宗教なんじゃないかね。
宗教の信仰はどういうものかってのは、免罪符とルターのお話なんか分かりやすいと思うね。
ご利益というのは目に見える形で降ってくるものじゃないんだよ。古来よりね。
天皇が中世より象徴天皇なのと同じで
ただ、そこに在るということが力になってる。
>>381
うーん、妖怪や幽霊が観測された、ってのが科学の発達してなかった時代の話だと思うんだよ。
その手の逸話は現代じゃ科学で割と説明されてる訳で、昔に観測されたものも、当時の科学が現代レベルで発達していたら普通に説明できてしまったんじゃないか、と思う。
あと、「持ち込もうとしない」ってのは何だか違う気がするんだけど……。
後、俺が言いたかったのは、例えば人間が何かに恐怖したとして、その恐怖が「妖怪」という形を持って現実に顕現することはないだろ、って事。
人間の思考がただの電気信号である、という考え方が俺の思考の根本にあるからだけどさ。
信仰による精神的な負担の軽減とかも、大脳生理学や心理学なんかで説明できてしまうだろう、というか。
別に宗教を否定する気はないし、むしろそういう「精神の安寧」を求めて宗教を信仰するのは普通にアリだろうと思うけどさ。
それは別に宗教である必要もないんじゃないかな、と思う。
俺が科学教に傾倒しすぎてるだけかもしれないけどさ。
うーん、妖怪や幽霊が観測された、ってのが科学の発達してなかった時代の話だと思うんだよ。
その手の逸話は現代じゃ科学で割と説明されてる訳で、昔に観測されたものも、当時の科学が現代レベルで発達していたら普通に説明できてしまったんじゃないか、と思う。
あと、「持ち込もうとしない」ってのは何だか違う気がするんだけど……。
後、俺が言いたかったのは、例えば人間が何かに恐怖したとして、その恐怖が「妖怪」という形を持って現実に顕現することはないだろ、って事。
人間の思考がただの電気信号である、という考え方が俺の思考の根本にあるからだけどさ。
信仰による精神的な負担の軽減とかも、大脳生理学や心理学なんかで説明できてしまうだろう、というか。
別に宗教を否定する気はないし、むしろそういう「精神の安寧」を求めて宗教を信仰するのは普通にアリだろうと思うけどさ。
それは別に宗教である必要もないんじゃないかな、と思う。
俺が科学教に傾倒しすぎてるだけかもしれないけどさ。
ここまで朝倉理香子の名前無し
>>382
確かに、「妖怪」が顕現した時点で
それはあなたの言う、科学では何らかの生物に分類されちゃうでしょ。
超常現象も同じく。何らかの科学的現象として分類されるはずだ。
そういう意味では科学に、妖怪も魔法も無いってことになるね。
解明されていないことは沢山あって
且つ数式に直すことも、理論立てて説明することも
現時点では不可能なものは沢山あるけど
ある種の科学を信奉している人は
それは証明が複雑でややこしい(もしくは膨大な量になってしまう)だけで
いつかは体形づけることができる
と主張する。
でもそもそも、タンパク質が最初にある方向に進化し始めたのだって、
今の科学じゃ偶然だとしか言えないんだろう?必然性、法則性を見出せない。
そういうことなんで、現代の科学教では「わからないこと」を受け入れるか
抗って新たな真実を求め続けるかしかない。
ちなみに俺も現代の科学を信奉しているけど、前者を選ぶね。
もし研究者だったら失格だ。
神がサイコロを振らないとするとね、今俺が書き込んでいるのも、全ては物事の始まりに
予期できることであり、想定の範囲内ってことになってしまう。
宗教を「精神の安寧」という捉え方は、表面ではあっていると思うが
実際にはそうしたものでも無いんだよ。凄く、計算機をはじいたような答えだね。
宗教というのは実際には、ただそこにあるだけのものなんだよ。
あなたも多分、それにとらわれているはずなんだけど、(科学教以外の)宗教、信じてる?
確かに、「妖怪」が顕現した時点で
それはあなたの言う、科学では何らかの生物に分類されちゃうでしょ。
超常現象も同じく。何らかの科学的現象として分類されるはずだ。
そういう意味では科学に、妖怪も魔法も無いってことになるね。
解明されていないことは沢山あって
且つ数式に直すことも、理論立てて説明することも
現時点では不可能なものは沢山あるけど
ある種の科学を信奉している人は
それは証明が複雑でややこしい(もしくは膨大な量になってしまう)だけで
いつかは体形づけることができる
と主張する。
でもそもそも、タンパク質が最初にある方向に進化し始めたのだって、
今の科学じゃ偶然だとしか言えないんだろう?必然性、法則性を見出せない。
そういうことなんで、現代の科学教では「わからないこと」を受け入れるか
抗って新たな真実を求め続けるかしかない。
ちなみに俺も現代の科学を信奉しているけど、前者を選ぶね。
もし研究者だったら失格だ。
神がサイコロを振らないとするとね、今俺が書き込んでいるのも、全ては物事の始まりに
予期できることであり、想定の範囲内ってことになってしまう。
宗教を「精神の安寧」という捉え方は、表面ではあっていると思うが
実際にはそうしたものでも無いんだよ。凄く、計算機をはじいたような答えだね。
宗教というのは実際には、ただそこにあるだけのものなんだよ。
あなたも多分、それにとらわれているはずなんだけど、(科学教以外の)宗教、信じてる?
>>385
いや、こっちも失礼しました。
でも多分、東方幻想板の、しかもこういうスレにきて発言して
ってことは多分、科学以外にも何かしらの外国で言うところの宗教を
心の中に持っているのは間違いないと思いますよ。
日本人は皆、無宗教ですって言うけど
外国人はこぞって、日本人は宗教信じてるって言うのね。
外からの目だと、われわれも立派な宗教の信徒だというわけだ。
つまりどういうことかって言うと
日本人の頭の中にある宗教のイメージってのが、お経を読むだの
臥して祈るだの、巡礼するんだの、大げさすぎるんだわ。
海外に居る連中には、科学教を信じつつ、キリスト教を信じている奴が沢山居て
キリストは決して、心臓を再度鼓動させたわけではないし
神様が7日で世界を作ったとかノアの大洪水で現在の山河がおおよそできた
なんて主張はありえないって思ってるひと沢山いるんだよね。
それでも奴ら、キリスト教徒なわけだ。理屈じゃないんだわな。一種の倫理や文化のようなもので。
いや、こっちも失礼しました。
でも多分、東方幻想板の、しかもこういうスレにきて発言して
ってことは多分、科学以外にも何かしらの外国で言うところの宗教を
心の中に持っているのは間違いないと思いますよ。
日本人は皆、無宗教ですって言うけど
外国人はこぞって、日本人は宗教信じてるって言うのね。
外からの目だと、われわれも立派な宗教の信徒だというわけだ。
つまりどういうことかって言うと
日本人の頭の中にある宗教のイメージってのが、お経を読むだの
臥して祈るだの、巡礼するんだの、大げさすぎるんだわ。
海外に居る連中には、科学教を信じつつ、キリスト教を信じている奴が沢山居て
キリストは決して、心臓を再度鼓動させたわけではないし
神様が7日で世界を作ったとかノアの大洪水で現在の山河がおおよそできた
なんて主張はありえないって思ってるひと沢山いるんだよね。
それでも奴ら、キリスト教徒なわけだ。理屈じゃないんだわな。一種の倫理や文化のようなもので。
和の心みたいなもんか
「だけど」「けどさ」ばかり言う奴は相手したくないなホント
ああ。日本人の宗教ってーと代表的な所で「野球」だったか?
地方のケーブルTVですら、レギュラー放送破棄して高校野球を延々放送してる辺り、
もはやスポーツ観戦というレベルを飛び越してるとしか思えんw
地方のケーブルTVですら、レギュラー放送破棄して高校野球を延々放送してる辺り、
もはやスポーツ観戦というレベルを飛び越してるとしか思えんw
>>386
このスレの前のほうで語られてるが
日本人の宗教嫌いは明治期に神道が科学と同列に扱われたことが原因
神道は自然科学と同様にただ自然にあるもので、それ以外は宗教と言い、心の弱い者が縋るものである
って全国的に教育しちゃったのよ
欧米でやってたキリスト教と科学の並列を強引に真似ようとしたんだわな
そんで戦後に国家神道が求心力を失うにあたりもう一つの国教たる科学だけが残った
けど、科学って理想が無いんだよな
あくまで受容的な情報解析装置なわけだ
拝金至上主義とか新興宗教の乱立とかはこれに由来すると思う
皮膚常在菌が居なくなって雑多な細菌上陸してきたみたいな
とりあえず非公式になった宗教の再興が急務なんだろうなぁ、この国は
このスレの前のほうで語られてるが
日本人の宗教嫌いは明治期に神道が科学と同列に扱われたことが原因
神道は自然科学と同様にただ自然にあるもので、それ以外は宗教と言い、心の弱い者が縋るものである
って全国的に教育しちゃったのよ
欧米でやってたキリスト教と科学の並列を強引に真似ようとしたんだわな
そんで戦後に国家神道が求心力を失うにあたりもう一つの国教たる科学だけが残った
けど、科学って理想が無いんだよな
あくまで受容的な情報解析装置なわけだ
拝金至上主義とか新興宗教の乱立とかはこれに由来すると思う
皮膚常在菌が居なくなって雑多な細菌上陸してきたみたいな
とりあえず非公式になった宗教の再興が急務なんだろうなぁ、この国は
信仰は儚き人間の為に
とりあえず、
科学的認識が実験と観測によるものというのなら、なおのこと
確実に「人間に認識できないもの」も、この世には存在する
人間は紫外線は見られないし、ある周波数以上、以下の音は聞けない
これまでのテクノロジーで人間が作った機械でも認識できない光線や宇宙線が
存在する可能性は否定できない
先に熱素の話が出てたけど、第五元素(賢者の石)の探究だって
近世のある時期までは、本気で「疑似科学」ではなく「科学」と思い込まれてた
こういう錯誤はひょっとすると現代にもあっておかしくはない
人間は人間が理解可能な五感と思考能力の枠内でしかものを認識できない
これはソクラテスの言う無知の智とか孔子の言う怪力乱神を語らずとか
いうのと同じで、昔の人は「人間は何でも理性で認識できる」なんて考えは
むしろおこがましいと自覚しつつ「考えてもわからんもの」には沈黙した
近代の論理学もウィトゲンシュタインが同じ結論に至っとるw
ま、だから「わかんないもの」について、あーでもないこーでもないと
社会科学や自然科学の多様な角度から「仮説」を言い続ければ良いのさ
そこから大まかなヒントや輪郭ぐらいはわかるかも知れない。
というだけで充分上等。そんだけでも探究のロマンは尽きないさ
で、この流れで最初に上がった「科学信仰」が幻想郷に入るかだが
フランス大革命の初期、急進的な唯物主義者がキリスト教の「神」に変えて
「最高存在」という概念を国家イデオロギーのシンボルに据えたが
当然定着せずに消えたことがある
これも少しは信仰されたら擬人化されて幻想郷に入ってたのか?
幻想郷に紛れ込む「最高存在たん」いったいどんなキャラなのかw
科学的認識が実験と観測によるものというのなら、なおのこと
確実に「人間に認識できないもの」も、この世には存在する
人間は紫外線は見られないし、ある周波数以上、以下の音は聞けない
これまでのテクノロジーで人間が作った機械でも認識できない光線や宇宙線が
存在する可能性は否定できない
先に熱素の話が出てたけど、第五元素(賢者の石)の探究だって
近世のある時期までは、本気で「疑似科学」ではなく「科学」と思い込まれてた
こういう錯誤はひょっとすると現代にもあっておかしくはない
人間は人間が理解可能な五感と思考能力の枠内でしかものを認識できない
これはソクラテスの言う無知の智とか孔子の言う怪力乱神を語らずとか
いうのと同じで、昔の人は「人間は何でも理性で認識できる」なんて考えは
むしろおこがましいと自覚しつつ「考えてもわからんもの」には沈黙した
近代の論理学もウィトゲンシュタインが同じ結論に至っとるw
ま、だから「わかんないもの」について、あーでもないこーでもないと
社会科学や自然科学の多様な角度から「仮説」を言い続ければ良いのさ
そこから大まかなヒントや輪郭ぐらいはわかるかも知れない。
というだけで充分上等。そんだけでも探究のロマンは尽きないさ
で、この流れで最初に上がった「科学信仰」が幻想郷に入るかだが
フランス大革命の初期、急進的な唯物主義者がキリスト教の「神」に変えて
「最高存在」という概念を国家イデオロギーのシンボルに据えたが
当然定着せずに消えたことがある
これも少しは信仰されたら擬人化されて幻想郷に入ってたのか?
幻想郷に紛れ込む「最高存在たん」いったいどんなキャラなのかw
ちょっと話はそれるけれども宗教ってのも文化の一部だよな
そも文化と言うもんは人間がその季節風土に合わせて長い間構築してきた規律や規範みたいなもんだ
それゆえに保守的で排他的な傾向を持ってるんだけれども
日本は明治とWW2終戦後の二回に大きくこの文化を変えようとしたんだな、特に終戦後の方は大きかった
新しく根付かせようとした文化の影響を受けて元来在った文化はその形を変容させてしまった
んで新しく来た文化ももともとの文化のもつ保守性にはじかれて変形して根付いてしまった
受け売りを大まかに喋ったけれどもそういうのがどうも現代日本のいびつな社会を形成している理由らしい
それで幻想郷のことを考えるけど、幻想郷はその元から在った文化を残し外からのものを排除する場所なんだよな
幻想郷の守り手たる霊夢も夢と伝統を保守する巫女という肩書きだし
幻想郷っていうのは死に往こうとしている旧来の文化がその形を残そうとして存在している防衛本能みたいなものなんじゃないか、と浪漫しかなさそうなことを考えてみた
そも文化と言うもんは人間がその季節風土に合わせて長い間構築してきた規律や規範みたいなもんだ
それゆえに保守的で排他的な傾向を持ってるんだけれども
日本は明治とWW2終戦後の二回に大きくこの文化を変えようとしたんだな、特に終戦後の方は大きかった
新しく根付かせようとした文化の影響を受けて元来在った文化はその形を変容させてしまった
んで新しく来た文化ももともとの文化のもつ保守性にはじかれて変形して根付いてしまった
受け売りを大まかに喋ったけれどもそういうのがどうも現代日本のいびつな社会を形成している理由らしい
それで幻想郷のことを考えるけど、幻想郷はその元から在った文化を残し外からのものを排除する場所なんだよな
幻想郷の守り手たる霊夢も夢と伝統を保守する巫女という肩書きだし
幻想郷っていうのは死に往こうとしている旧来の文化がその形を残そうとして存在している防衛本能みたいなものなんじゃないか、と浪漫しかなさそうなことを考えてみた
だからガチで金なんか錬成しようとしてる俗物後期錬金術と初期錬金術を一緒にするなよ……。
これだから理系は……。
むしろ昔の方が神秘に関してはストイックだったよ。
これだから理系は……。
むしろ昔の方が神秘に関してはストイックだったよ。
どこから錬金術が出てきたかしらんが初期こそ金属変成への執着は強かったけど?
むしろ後世になるにつれて金属変成は無視はされないが扱いが小さくなってく
むしろ後世になるにつれて金属変成は無視はされないが扱いが小さくなってく
しかし神や妖怪を語るスレで科学が語られるというのも奇妙な気がするが
どことなく親和性のある話題に思えるな。
科学は白魔術であり、理が明らかにされていて誰にも使える。
対してオカルトは黒魔術であり、理はブラックボックスに隠されて知っている者しか使えない。
とは京極での解説だったかな。
どことなく親和性のある話題に思えるな。
科学は白魔術であり、理が明らかにされていて誰にも使える。
対してオカルトは黒魔術であり、理はブラックボックスに隠されて知っている者しか使えない。
とは京極での解説だったかな。
科学も「科学」という理で定義された宗教みたいなもんだからなぁ
時代が違えば別の理があったわけで
科学者は科学を信奉する者にすぎない
科学と宗教の差異なんて所詮その程度
時代が違えば別の理があったわけで
科学者は科学を信奉する者にすぎない
科学と宗教の差異なんて所詮その程度
科学も宗教と似たようなものだ、なんて言い方は科学に対しても宗教に対しても失礼過ぎる
宗教を信仰するというのは、経験や知識では証明出来ないものを敢えて信じる事
一方科学は経験や知識に信を置く
方法論が全く違う。これを「大した差異じゃない」と言ってしまってはもう仕方がない
宗教を信仰するというのは、経験や知識では証明出来ないものを敢えて信じる事
一方科学は経験や知識に信を置く
方法論が全く違う。これを「大した差異じゃない」と言ってしまってはもう仕方がない
このスレでも頻出する鬼、天狗、河童やらが誕生した背景として、当時の最先端の技術を持った集団が
技術はもとより集団ごとブラックボックスの中に収まっていて、その箱には神秘性やら、うさんくささやらで装飾されていた。
そして中身が一般にも公開されてしまうと、からっぽのうさんくささで装飾された箱だけが残る。その箱に収まりのいい
怪異やらを詰め込んでそれらしいラベルをくっつけることで上記の妖怪たちが生まれた。という過程もある。
なんかよくわからん文章になってしまったが、要するに科学技術の発展と拡散の過程で発生する妖怪もいる、ということ。
妖怪と科学は必ずしも相反するものではない、腐れ縁的な関係でもあるんだよ、ってなことが言いたかった。
技術はもとより集団ごとブラックボックスの中に収まっていて、その箱には神秘性やら、うさんくささやらで装飾されていた。
そして中身が一般にも公開されてしまうと、からっぽのうさんくささで装飾された箱だけが残る。その箱に収まりのいい
怪異やらを詰め込んでそれらしいラベルをくっつけることで上記の妖怪たちが生まれた。という過程もある。
なんかよくわからん文章になってしまったが、要するに科学技術の発展と拡散の過程で発生する妖怪もいる、ということ。
妖怪と科学は必ずしも相反するものではない、腐れ縁的な関係でもあるんだよ、ってなことが言いたかった。
心の拠り所さえあれば、宗教みたいなものとして機能する
現代人、特に大半の日本人は神や仏がいなくても、困るのは葬式みたいな
定型化された儀式くらいだ
つまり、普段は別のもので代用されてる
心が満たされるなら何でもいいんだ
宗教もまた多様化の時代
まぁアメリカ人の半分は進化論を信じないし
別に古来からの宗教が死んだわけではない
現代人、特に大半の日本人は神や仏がいなくても、困るのは葬式みたいな
定型化された儀式くらいだ
つまり、普段は別のもので代用されてる
心が満たされるなら何でもいいんだ
宗教もまた多様化の時代
まぁアメリカ人の半分は進化論を信じないし
別に古来からの宗教が死んだわけではない
ここで宗教と科学は全く別物という説を出してみる
宗教は宗派とかで、元が同じでも色々分岐してるよな。そしてそれらは多少の対立こそあれ、大抵は共存してしまうもの
どれが正しいかとか、決めるべき判断材料が主観的なものしかないからだ
科学はそうでなくて、ある公理の下で得られる数学のみが正誤の基準となる
不確定という一点において派閥が分かれることも往々にしてあるが、
それはどちらかが間違いと分かるか、両方をつなげる理論が登場するかで、必ず一本になる
つまり科学って究極に排他的で、他との共存を許さない「ものの考え方」であるべきだ
科学を宗教の一種として見なした場合、科学が登場し大成した時点でキリストもイスラムも排除され、
科学という唯一の宗教が広い世界を闊歩しているべき
しかし実際にそれはなかった
だとすれば、科学と宗教群は「長さと重さ」のように全く別の次元に立っていなければ説明がつかないということになる
宗教は宗派とかで、元が同じでも色々分岐してるよな。そしてそれらは多少の対立こそあれ、大抵は共存してしまうもの
どれが正しいかとか、決めるべき判断材料が主観的なものしかないからだ
科学はそうでなくて、ある公理の下で得られる数学のみが正誤の基準となる
不確定という一点において派閥が分かれることも往々にしてあるが、
それはどちらかが間違いと分かるか、両方をつなげる理論が登場するかで、必ず一本になる
つまり科学って究極に排他的で、他との共存を許さない「ものの考え方」であるべきだ
科学を宗教の一種として見なした場合、科学が登場し大成した時点でキリストもイスラムも排除され、
科学という唯一の宗教が広い世界を闊歩しているべき
しかし実際にそれはなかった
だとすれば、科学と宗教群は「長さと重さ」のように全く別の次元に立っていなければ説明がつかないということになる
なんかスレ違いじゃないか?
神話からは若干ずれてきた気が。
哲学寄り?
哲学寄り?
やだのび太さんたら科学なんて迷信を信じてるの?
みたいなセリフを思い出した
みたいなセリフを思い出した
あったなそんなセリフ
しかし幻想郷はいわゆる現代と真逆な世界では無い訳だろう
『魔法が有るから科学が無い』みたいに何か相対的な物が欠けてる世界じゃない
つまり幻想郷は全てを受け入れる世界っていうのを言ってみたかった
しかし幻想郷はいわゆる現代と真逆な世界では無い訳だろう
『魔法が有るから科学が無い』みたいに何か相対的な物が欠けてる世界じゃない
つまり幻想郷は全てを受け入れる世界っていうのを言ってみたかった
旧作魔理沙は質量保存の法則を知っているしな
咲夜さんのスペルカード名は物理に関係することばっかりな気が
つーか、こんだけ色々妖怪出てる、しかも女の妖怪ばっかの世界で
人魚をスルーしてるのも、よく考えたら変だな
海の妖怪にとっての幻想郷が竜宮だったりして?
人魚をスルーしてるのも、よく考えたら変だな
海の妖怪にとっての幻想郷が竜宮だったりして?
海が無いからなぁ。山のど真ん中だし。
戦闘は空飛んでるから海の有無は関係ないといえば関係ないが。
戦闘は空飛んでるから海の有無は関係ないといえば関係ないが。
地霊殿で地底湖と人魚が出たりしてな
つまり科学は宗教と同じでは無いが、科学にも信仰心は持てるって事じゃないかな
本来科学ってのは只そこにある法則だから理論的に研究こそすれども
信仰っていう風に何もかも無視して信じてしまう物じゃない
それでも『科学スバラシイ!』って感じで熱狂的になる人も居るはずだろうから信仰自体はしてもいいんじゃないかな
本来科学ってのは只そこにある法則だから理論的に研究こそすれども
信仰っていう風に何もかも無視して信じてしまう物じゃない
それでも『科学スバラシイ!』って感じで熱狂的になる人も居るはずだろうから信仰自体はしてもいいんじゃないかな
科学の話はスレチじゃないか・・・?
盛り上がってるところで申し訳ないんだが・・・
盛り上がってるところで申し訳ないんだが・・・
ひどく大雑把に根源的な言い方をすれば
科学と宗教はどちらも「世界を認識する手段」ともいえる
世の現象をどう解釈するかだ
雷が落ちるのは雲の中のプラスの電気とマイナスの電気がぶつかってるからと考えるか
雲の中に雷様がいたり衣玖がサタデーナイトフィーバー踊ってると解釈するか
自然科学はもっぱら数値化された唯物的な論理体系に立って現象を語るが
雲の中でプラスの電気とマイナスの電気をぶつけてるのが雷様なんだよ
といえば科学と信仰を共存させられるw
いや実際、イスラム圏では新しい科学法則が見つかるたびに
「アラーがそう決めていたのだ」と解釈するようだし
ええと、で、何が言いたかったかというと
神話や伝承の多くは自然現象を擬人化した神やら妖怪やら妖精やら
を登場人物にしとるわけだが、科学的に説明できる現象を神様や妖怪に
見立てることはいくらでもできる
つうことで(実際にはそんなの登場しないだろうけど)科学信仰の変じた
キャラクターが幻想郷にいてもおかしくはない
「核融合を操る程度の能力」とかなw
科学と宗教はどちらも「世界を認識する手段」ともいえる
世の現象をどう解釈するかだ
雷が落ちるのは雲の中のプラスの電気とマイナスの電気がぶつかってるからと考えるか
雲の中に雷様がいたり衣玖がサタデーナイトフィーバー踊ってると解釈するか
自然科学はもっぱら数値化された唯物的な論理体系に立って現象を語るが
雲の中でプラスの電気とマイナスの電気をぶつけてるのが雷様なんだよ
といえば科学と信仰を共存させられるw
いや実際、イスラム圏では新しい科学法則が見つかるたびに
「アラーがそう決めていたのだ」と解釈するようだし
ええと、で、何が言いたかったかというと
神話や伝承の多くは自然現象を擬人化した神やら妖怪やら妖精やら
を登場人物にしとるわけだが、科学的に説明できる現象を神様や妖怪に
見立てることはいくらでもできる
つうことで(実際にはそんなの登場しないだろうけど)科学信仰の変じた
キャラクターが幻想郷にいてもおかしくはない
「核融合を操る程度の能力」とかなw
FFの魔法の説明がそれに近いね。
FFでは、魔法の説明は
例えばブリザドだったら大気中の分子運動を魔法によって低下させ
冷気を呼ぶとかそんな説明がついていた。
FFでは、魔法の説明は
例えばブリザドだったら大気中の分子運動を魔法によって低下させ
冷気を呼ぶとかそんな説明がついていた。
>>421に同意
宗教じみたトンデモ科学を無理矢理想定してみたところで、それは民俗でも神話でもないからな
宗教じみたトンデモ科学を無理矢理想定してみたところで、それは民俗でも神話でもないからな
>>421
遅レスなうえにちょっと違うかもしれんけどパチェがロケットの事を魔法って言ってたよな。
後、香霖堂でコンピューターの事を式神って言ってた気がする。
それぞれが違うロジックを扱ってるだけで根本的には一緒なんかもね。
単に科学が魔法の存在を無知から成り立つ迷信として貶めたってだけで
魔法と科学は相反する存在ではなくて広義で見れば同じ概念なんかもねー。
遅レスなうえにちょっと違うかもしれんけどパチェがロケットの事を魔法って言ってたよな。
後、香霖堂でコンピューターの事を式神って言ってた気がする。
それぞれが違うロジックを扱ってるだけで根本的には一緒なんかもね。
単に科学が魔法の存在を無知から成り立つ迷信として貶めたってだけで
魔法と科学は相反する存在ではなくて広義で見れば同じ概念なんかもねー。
そういう風に地元の神様を紹介できるっていいよな。
俺もそういうのやりたいけど、北海道出身だからな。
和人のくせにアイヌのカムイをどうこうするのも、なんか怒られそうな気もするし。
俺もそういうのやりたいけど、北海道出身だからな。
和人のくせにアイヌのカムイをどうこうするのも、なんか怒られそうな気もするし。
魔理沙の魔法実験なんて再現性のある試行結果の積み重ねだから
外の世界から見れば科学の範疇になりそうな気もするし
ちょっとした認識の違いなのだろう
外の世界から見れば科学の範疇になりそうな気もするし
ちょっとした認識の違いなのだろう
魔法は現代にも言葉としては残ってる。医学(madisn)は魔法(masic)って意味だしね。
魔法はまだ無知だった科学だろう。産業革命とニュートン力学さまさまさ。
魔法はまだ無知だった科学だろう。産業革命とニュートン力学さまさまさ。
◆ 其の四(スレ4)>>939–968
>>938
科学者はそうだろうが、果たして一般人の理解は科学と宗教を区別してるのかね?
技術者によって運用される重水素様やヘリウム様は、神様に使役される八咫烏様やお空様と等価値なんじゃないかい?
疑似科学という、科学への信仰心を掠め取る偽神もいるしな。
科学者はそうだろうが、果たして一般人の理解は科学と宗教を区別してるのかね?
技術者によって運用される重水素様やヘリウム様は、神様に使役される八咫烏様やお空様と等価値なんじゃないかい?
疑似科学という、科学への信仰心を掠め取る偽神もいるしな。
そこを拝んじゃったりすると疑似科学とか呼ばれるんだね。
疑似科学は宗教じゃないぞ
宗教が疑似科学を使っているんだ
疑似科学はそれこそ間違った理論でしか無い
問題なのはそれを使って信者を広める教祖様だ
マイナスイオンの話にしたって「健康法」という宗教に行き着くからね
同じように,科学は神ではなく,神を説明するのに科学が用いられる.
ここらへんは中世イスラムの科学史を読むといい
宗教が疑似科学を使っているんだ
疑似科学はそれこそ間違った理論でしか無い
問題なのはそれを使って信者を広める教祖様だ
マイナスイオンの話にしたって「健康法」という宗教に行き着くからね
同じように,科学は神ではなく,神を説明するのに科学が用いられる.
ここらへんは中世イスラムの科学史を読むといい
「読むといい」なんて投げっぱなしにしないで
ここで概要だけでも語ってくれ
ここで概要だけでも語ってくれ
>>941
疑似科学はそりゃ宗教じゃない、
科学者は理解しても、一般人は結局宗教と似通った形で科学を受容してるんじゃないかってこと。
無明の闇を晴らす先駆者、科学に殉じた偉人、真実を見つけて迫害される信徒、
科学の偉人信仰なんてのも聖者と似たようなシステムだな。
疑似科学はそりゃ宗教じゃない、
科学者は理解しても、一般人は結局宗教と似通った形で科学を受容してるんじゃないかってこと。
無明の闇を晴らす先駆者、科学に殉じた偉人、真実を見つけて迫害される信徒、
科学の偉人信仰なんてのも聖者と似たようなシステムだな。
結局科学も宗教も世界を人間が解釈するためのものって面から見れば似たようなもんだしね。
誰も見たことがない、(少なくとも今は)見ることができないはるか地の底・天の上を憶測であーだこーだ言ってその解釈の違いで派閥に分かれ自分の正当性を主張する。
世の中が科学に従ってるんじゃなくて、科学者が世の中を科学にこじつけてるんだからね。
誰も見たことがない、(少なくとも今は)見ることができないはるか地の底・天の上を憶測であーだこーだ言ってその解釈の違いで派閥に分かれ自分の正当性を主張する。
世の中が科学に従ってるんじゃなくて、科学者が世の中を科学にこじつけてるんだからね。
理論上はそうだな。
だからといって、りんごは木から落ちるし、振り子は往復する。
今の科学が正しいとは限らないが、個々の事例に分解すると疑うことすら出来ない部分も多く抱えてる。だからこそ騙される人が多い
だからといって、りんごは木から落ちるし、振り子は往復する。
今の科学が正しいとは限らないが、個々の事例に分解すると疑うことすら出来ない部分も多く抱えてる。だからこそ騙される人が多い
研究室という名の寺で、
教授という名の住職が、
ニュートンやらアインシュタインという名の開祖が紹介した、
定理やら法則という名の教義を元に、
この世の理を説く。
科学を宗教とするなら、こんな感じで対比されるのかな。
擬似科学も似たようなのが宗教にあるよね。
大多数の人が詳しくないことをいい事に、専門用語(時にはジャンルを超えて)を並べ立てて、
それっぽく見せてるけれども目的・本質は別な所にある人たち。
教授という名の住職が、
ニュートンやらアインシュタインという名の開祖が紹介した、
定理やら法則という名の教義を元に、
この世の理を説く。
科学を宗教とするなら、こんな感じで対比されるのかな。
擬似科学も似たようなのが宗教にあるよね。
大多数の人が詳しくないことをいい事に、専門用語(時にはジャンルを超えて)を並べ立てて、
それっぽく見せてるけれども目的・本質は別な所にある人たち。
>>942
科学と宗教について...
そもそも科学の起こりは中世イスラムのアッバース朝が
ペルシャ人と協力してウマイヤ朝を倒したことから始まっている.
アッバース朝はペルシャ人と協力したため,
彼らの伝統をただ単に否定することはできなくなってしまった.
しかし,ペルシャ人のゾロアスター教の善悪二元論とイスラームは全く異なる宗教であり,
一神教であるイスラームにとって排除すべき対象であった.
そこで,善悪二元論に直結しないペルシャ人の伝統を継承しつつ
善悪二元論を否定することで解決を図った.
この善悪二元論の否定のために,議論の場での論証が必要となり,
根拠の提示を重視した議論を目指す傾向がアッバース朝で見られるようになった.
以上の風潮が占星術を用いてパトロンである政府高官に助言を与えていた占星術師に広まり,
論証をモデルとして自然を記述するという近代以降の科学の枠組みを作った.
こんな話だったはず...
>>943
>科学者は理解しても、一般人は結局宗教と似通った形で科学を受容してるんじゃないかってこと。
あぁ,そういうことだったか.
それこそ認識の違いだ.
科学技術を敬う人がいるとは思わなかったから...
科学技術はあくまでもツールとして人間が使うものであり,
おそれ,敬うものではない.と俺は考えてたからね.
科学と宗教について...
そもそも科学の起こりは中世イスラムのアッバース朝が
ペルシャ人と協力してウマイヤ朝を倒したことから始まっている.
アッバース朝はペルシャ人と協力したため,
彼らの伝統をただ単に否定することはできなくなってしまった.
しかし,ペルシャ人のゾロアスター教の善悪二元論とイスラームは全く異なる宗教であり,
一神教であるイスラームにとって排除すべき対象であった.
そこで,善悪二元論に直結しないペルシャ人の伝統を継承しつつ
善悪二元論を否定することで解決を図った.
この善悪二元論の否定のために,議論の場での論証が必要となり,
根拠の提示を重視した議論を目指す傾向がアッバース朝で見られるようになった.
以上の風潮が占星術を用いてパトロンである政府高官に助言を与えていた占星術師に広まり,
論証をモデルとして自然を記述するという近代以降の科学の枠組みを作った.
こんな話だったはず...
>>943
>科学者は理解しても、一般人は結局宗教と似通った形で科学を受容してるんじゃないかってこと。
あぁ,そういうことだったか.
それこそ認識の違いだ.
科学技術を敬う人がいるとは思わなかったから...
科学技術はあくまでもツールとして人間が使うものであり,
おそれ,敬うものではない.と俺は考えてたからね.
技術の成果物はツールだけど、世界認識の方法としての科学は一般人にとっては半ば宗教的だと思う
イーイコールエムシースクエアドと言うのも
カンジザイボサツギョウシンハンニャハラミタジと唱えるのも
モーチョベリバーマジエムエムシーミタイナーと言うのも
知らない人にすれば何れも等しく何の呪文かと思われるだけでしょうしね
ただ、イーイコールと何万回繰り返しても何の意味もありませんが
念仏なら唱えるだけで意味があるわけで
ツールとしては宗教の方がよほど使い勝手が良いようですね
カンジザイボサツギョウシンハンニャハラミタジと唱えるのも
モーチョベリバーマジエムエムシーミタイナーと言うのも
知らない人にすれば何れも等しく何の呪文かと思われるだけでしょうしね
ただ、イーイコールと何万回繰り返しても何の意味もありませんが
念仏なら唱えるだけで意味があるわけで
ツールとしては宗教の方がよほど使い勝手が良いようですね
宗教は天才(開祖)がひとりで作った「幸福への道」
科学は凡人が集まって未だ作り続けている「幸福への道」
だから、宗教は方法を提示することはできるが万人に理屈を提示することはできない
科学は理屈を提示することはできるが、方法がまだ確立されていない
そんな風に考えている今日この頃
十分スレチだねゴメン
科学は凡人が集まって未だ作り続けている「幸福への道」
だから、宗教は方法を提示することはできるが万人に理屈を提示することはできない
科学は理屈を提示することはできるが、方法がまだ確立されていない
そんな風に考えている今日この頃
十分スレチだねゴメン
なんか言いたいことがうまく伝わっていない.
>>948
>技術の成果物はツールだけど、世界認識の方法としての科学は一般人にとっては半ば宗教的だと思う
それは違うと思います.
科学技術をツールとして成果物が生まれるのであり,
技術の成果物は成果物である.科学技術がツールでなければならない.
科学技術の成果物というものは物質的なものであって精神的なものではない.
いうなれば,一般の人は科学を通して物事を宗教的に捉えることもある,となるだろうか.
偶像崇拝もモノの先に神を見ているのだと思う.
>>949
それこそすべてのモノは意味を知らなければよく分からないものとしてしか認識されない.
知らない外国語を聞いても呪文にしか聞こえないし,
使い方のわからないものはガラクタでしかない.
技術も念仏も同じこと.
>>948
>技術の成果物はツールだけど、世界認識の方法としての科学は一般人にとっては半ば宗教的だと思う
それは違うと思います.
科学技術をツールとして成果物が生まれるのであり,
技術の成果物は成果物である.科学技術がツールでなければならない.
科学技術の成果物というものは物質的なものであって精神的なものではない.
いうなれば,一般の人は科学を通して物事を宗教的に捉えることもある,となるだろうか.
偶像崇拝もモノの先に神を見ているのだと思う.
>>949
それこそすべてのモノは意味を知らなければよく分からないものとしてしか認識されない.
知らない外国語を聞いても呪文にしか聞こえないし,
使い方のわからないものはガラクタでしかない.
技術も念仏も同じこと.
例えば、「物質は原子という小さな粒子で構成されている」というのは殆どの人が知っていると思う。
しかし本当に粒子で構成されているのか、肉眼では確認出来ないし、普通なら電子顕微鏡を使う機会も無い。そもそも誰もが電子顕微鏡の仕組みを理解している訳じゃない。
世界中にいる自分より遥かに論理力のある人間達が、口を揃えて同じことを唱えているのだから、論理なんて分からないけど、きっとそれが正しいのだろう。
そういう程度の認識なら宗教とあまり変わらないと思う。>>948が言いたいのはこういう事じゃなかろうか。
しかし本当に粒子で構成されているのか、肉眼では確認出来ないし、普通なら電子顕微鏡を使う機会も無い。そもそも誰もが電子顕微鏡の仕組みを理解している訳じゃない。
世界中にいる自分より遥かに論理力のある人間達が、口を揃えて同じことを唱えているのだから、論理なんて分からないけど、きっとそれが正しいのだろう。
そういう程度の認識なら宗教とあまり変わらないと思う。>>948が言いたいのはこういう事じゃなかろうか。
仮に神奈子様が幻想郷入りを選択せずに
人々の目の前に現れて実際に奇跡を起こしてみせて信仰を回復する手段をとったとする
しかし、それでは信仰は回復しなかったんだろうと思う
神が目の前に現れて人間には到底できないような奇跡を起こしてみせると
人間は表面上は神様スゲーになって信仰するでしょう
でも心の底では、例え神の奇跡であっても何らかの法則にもとずいて発動しているわけで
その何らかの法則をどっかの科学者が解明すれば人間にも使えるんじゃないか?
どっかの科学者超頑張れ!とか現代人なら考えると思う
それが神奈子様の固有の能力で世界中で神奈子様しか絶対にできないとか
信仰システムによって発動するから人間にはできないとかだったとしても
その固有の能力とか信仰システムを研究すればなんとかなるんじゃない?とか考えると思う
目の前で実際に奇跡を起こしている神よりも
どっかの科学者の方を信頼している
これが科学に対する信仰なんじゃないだろうか?
神奈子様もそれが解っていたから幻想郷入りを選択したんじゃないだろうか?
と妄想してみる
人々の目の前に現れて実際に奇跡を起こしてみせて信仰を回復する手段をとったとする
しかし、それでは信仰は回復しなかったんだろうと思う
神が目の前に現れて人間には到底できないような奇跡を起こしてみせると
人間は表面上は神様スゲーになって信仰するでしょう
でも心の底では、例え神の奇跡であっても何らかの法則にもとずいて発動しているわけで
その何らかの法則をどっかの科学者が解明すれば人間にも使えるんじゃないか?
どっかの科学者超頑張れ!とか現代人なら考えると思う
それが神奈子様の固有の能力で世界中で神奈子様しか絶対にできないとか
信仰システムによって発動するから人間にはできないとかだったとしても
その固有の能力とか信仰システムを研究すればなんとかなるんじゃない?とか考えると思う
目の前で実際に奇跡を起こしている神よりも
どっかの科学者の方を信頼している
これが科学に対する信仰なんじゃないだろうか?
神奈子様もそれが解っていたから幻想郷入りを選択したんじゃないだろうか?
と妄想してみる
一日も早い『科学の再婚』の成就を願う、多くの輩に捧ぐ――by魍魎の匣
言ってみれば人には鍛冶(製鉄)だったり医療行為だったりが不思議な所業に見えるときもあるという話で。
因幡の白兎の、蒲の穂でたちまち治りけり云々――。も、蒲の穂に含まれる蒲黄が傷薬になる、という
事を「知っている」現代人には何の不思議も起こってないように見えるが、当時は神の不思議の力だった、というような話で。
その結果今でも大国主様は「製薬、医療行為の神様」としても奉られてる。
「手品」と「奇跡」は実は双子のようなものでどちらも「知っている」人には何の不思議も起こっていない。
その「タネ」を「物理的な現象」で説明出来れば「手品」「科学」で
その「タネ」を「目には見えない物」で説明しようとするのが「奇跡」「信仰」なんだと思うよ。
今は信仰だって科学で解体する時代で、諏訪湖の御神渡りは自然現象だし、蜃気楼、不知火も光学現象、
火渡りは石炭が熱伝導率が著しく低いために、正しく行えば何の危険も無い大道芸であることが証明されてるし、
雨乞いは偶然で、ブードゥー教のゾンビは、毒物による仮死状態で、
キリストの復活は双子の弟との入れ替わりで、解脱による悟りは脳内麻薬による幻覚作用。
……という風に「説明」が出来てしまって幻想の入り込む余地が全く無い。
少し味気ないけれど、その「不思議」部分がほとんど幻想郷へ流れたのだろうなぁ、と。
言ってみれば人には鍛冶(製鉄)だったり医療行為だったりが不思議な所業に見えるときもあるという話で。
因幡の白兎の、蒲の穂でたちまち治りけり云々――。も、蒲の穂に含まれる蒲黄が傷薬になる、という
事を「知っている」現代人には何の不思議も起こってないように見えるが、当時は神の不思議の力だった、というような話で。
その結果今でも大国主様は「製薬、医療行為の神様」としても奉られてる。
「手品」と「奇跡」は実は双子のようなものでどちらも「知っている」人には何の不思議も起こっていない。
その「タネ」を「物理的な現象」で説明出来れば「手品」「科学」で
その「タネ」を「目には見えない物」で説明しようとするのが「奇跡」「信仰」なんだと思うよ。
今は信仰だって科学で解体する時代で、諏訪湖の御神渡りは自然現象だし、蜃気楼、不知火も光学現象、
火渡りは石炭が熱伝導率が著しく低いために、正しく行えば何の危険も無い大道芸であることが証明されてるし、
雨乞いは偶然で、ブードゥー教のゾンビは、毒物による仮死状態で、
キリストの復活は双子の弟との入れ替わりで、解脱による悟りは脳内麻薬による幻覚作用。
……という風に「説明」が出来てしまって幻想の入り込む余地が全く無い。
少し味気ないけれど、その「不思議」部分がほとんど幻想郷へ流れたのだろうなぁ、と。
>>954
皮肉な事に、科学技術が高度に発展したことで最新技術が再度幻想に足を踏み入れてるような気も。
例えば誰でも使ってるけど1万人に一人として全容を把握してる人はいないであろうPCあたり、
あまりに高度で複雑すぎる技術が標準的な人間一人の説明能力と把握能力を超えて、
真実よりも「これはこういうものだ」という神学的理解で済ませざるを得ない部分が出てくるというか。
皮肉な事に、科学技術が高度に発展したことで最新技術が再度幻想に足を踏み入れてるような気も。
例えば誰でも使ってるけど1万人に一人として全容を把握してる人はいないであろうPCあたり、
あまりに高度で複雑すぎる技術が標準的な人間一人の説明能力と把握能力を超えて、
真実よりも「これはこういうものだ」という神学的理解で済ませざるを得ない部分が出てくるというか。
>>952
それだと,宗教に失礼だ.
ただ単にみんなが同じことを言っているからそうなんだろうという考えは,無関心なだけだ.
宗教を信じる人は関心をもって認識していると俺は考えている
あぁ,一般人の科学の認識のされ方が宗教のそれと同じであるというのならば
俺の思い違いになるね.そうだったらごめんなさい.
それだと,宗教に失礼だ.
ただ単にみんなが同じことを言っているからそうなんだろうという考えは,無関心なだけだ.
宗教を信じる人は関心をもって認識していると俺は考えている
あぁ,一般人の科学の認識のされ方が宗教のそれと同じであるというのならば
俺の思い違いになるね.そうだったらごめんなさい.
>>954
虹の原理が解明されて嘆き悲しんだ詩人の話を出すまでもなく
世の中まだ、不思議でない物など何もない訳ではありますが
現代科学下における奇跡はあまりにも分かり難い
神様がサイコロ振っている姿は、一般の人間には遠すぎるのが神奈子様の不幸だろうなぁ
虹の原理が解明されて嘆き悲しんだ詩人の話を出すまでもなく
世の中まだ、不思議でない物など何もない訳ではありますが
現代科学下における奇跡はあまりにも分かり難い
神様がサイコロ振っている姿は、一般の人間には遠すぎるのが神奈子様の不幸だろうなぁ
神奈子様は直接の戦闘では勝ったはずのに信仰面での戦争では事実上の敗北を喫してたり、
現実で奇跡が通用しなくなって延命を謀るために幻想郷へ来たり、
幻想郷では「信仰の挫折」を繰り返したくなくって自分を否定した
「科学」の要素に少しすがってみたりと、何て言うか必死に足掻いている様子が
垣間見られて、人間味がありすぎて「神様の哀愁」が漂っている気がする。
諏訪子様が案外「どうでも良い」「恐怖のどん底に叩き込んでやりさえすればどうせ人間は従う」とか
余裕のある祟り神然として構えてるように見えるのもあって余計そう見える。
やはり何かの投影(むしろ皮肉?)としての位置付けもあるのだろうかこの二神。
現実で奇跡が通用しなくなって延命を謀るために幻想郷へ来たり、
幻想郷では「信仰の挫折」を繰り返したくなくって自分を否定した
「科学」の要素に少しすがってみたりと、何て言うか必死に足掻いている様子が
垣間見られて、人間味がありすぎて「神様の哀愁」が漂っている気がする。
諏訪子様が案外「どうでも良い」「恐怖のどん底に叩き込んでやりさえすればどうせ人間は従う」とか
余裕のある祟り神然として構えてるように見えるのもあって余計そう見える。
やはり何かの投影(むしろ皮肉?)としての位置付けもあるのだろうかこの二神。
>>959
そこはアレだ、「為政者=中央神話」と「自然神=土着神話」の違いなんじゃない?
神奈子様は、何だかんだいって「人間に都合の良い結果をもたらす神様」で、記紀神話が成立して以降の
国家を護る(=土地と民を支配する)ために生み出された、政治的な裏事情を背負う人格神。
故に人間との関係では、神の恩恵と人間の信仰(=鎌倉時代の御恩と奉公みたいな感じ?)という形を重視する。
対する諏訪子様は、決して人間の思い通りにならない「自然の猛威と恩恵そのものを司る神様」で、縄文以来の
大自然に対する恐怖や感謝の念の具現としてイメージされた、原初的な性質をもった自然神。
だから、猛威を振るう自然の恐怖を人間に示し、これらを生贄や儀式によって鎮めるという形での信仰を求める。
非想天則で諏訪子様が「神も妖怪も同じようなもの」的発言をする背景には、もしかしたらスタンスの違いがあるのかもね。
実際、諏訪子様が束ねるというミシャグジ様は(リアルでは)憑き物とか妖怪の一種とされる事も多いし。
そこはアレだ、「為政者=中央神話」と「自然神=土着神話」の違いなんじゃない?
神奈子様は、何だかんだいって「人間に都合の良い結果をもたらす神様」で、記紀神話が成立して以降の
国家を護る(=土地と民を支配する)ために生み出された、政治的な裏事情を背負う人格神。
故に人間との関係では、神の恩恵と人間の信仰(=鎌倉時代の御恩と奉公みたいな感じ?)という形を重視する。
対する諏訪子様は、決して人間の思い通りにならない「自然の猛威と恩恵そのものを司る神様」で、縄文以来の
大自然に対する恐怖や感謝の念の具現としてイメージされた、原初的な性質をもった自然神。
だから、猛威を振るう自然の恐怖を人間に示し、これらを生贄や儀式によって鎮めるという形での信仰を求める。
非想天則で諏訪子様が「神も妖怪も同じようなもの」的発言をする背景には、もしかしたらスタンスの違いがあるのかもね。
実際、諏訪子様が束ねるというミシャグジ様は(リアルでは)憑き物とか妖怪の一種とされる事も多いし。
>>959
諏訪子は「消えてなくなってもいい」的な殊勝なことを言ってたが、
祟りって実は現代においても死んでない信仰だからな。
自然発生したという事は、力が弱まる事はあっても人間がいる限り消えはしないって事でもあるかもしれない。
そこに努力や存在意義のようなものが入る余地はなさそう。
逆に神奈子はある時に神として生まれたわけで、信仰を後付で得ていったわけだな。
努力や戦いの結果として信仰を強くしたわけだから、その信仰は自分の存在意義であり自分の生きてきた歴史になるんだろう。
諏訪子は「消えてなくなってもいい」的な殊勝なことを言ってたが、
祟りって実は現代においても死んでない信仰だからな。
自然発生したという事は、力が弱まる事はあっても人間がいる限り消えはしないって事でもあるかもしれない。
そこに努力や存在意義のようなものが入る余地はなさそう。
逆に神奈子はある時に神として生まれたわけで、信仰を後付で得ていったわけだな。
努力や戦いの結果として信仰を強くしたわけだから、その信仰は自分の存在意義であり自分の生きてきた歴史になるんだろう。
人間が不幸や災害に代表される「恐ろしいこと」を祟り神の仕業と見なさなくなれば、それは信仰の消滅だと思う。
で、現在でも生き残っている祟り神はいるけれど(将門公辺り)、諏訪子を対象とした祟り神信仰は消えかけていた、ってことでね?
「祟り」という信仰自体は形を変えて生き残っても、古い形の祟りが忘れ去られれば、それに依って存在していた
神様は消える、ってことかと。その辺は諏訪子も代わらないと思うよ。
神奈子との違いは、年食ってもやたら元気な婆ちゃんと、「もうそろそろ往生してもいいなぁ」とか言ってる婆ちゃんの二種類がいるのと似たようなものでね。
で、現在でも生き残っている祟り神はいるけれど(将門公辺り)、諏訪子を対象とした祟り神信仰は消えかけていた、ってことでね?
「祟り」という信仰自体は形を変えて生き残っても、古い形の祟りが忘れ去られれば、それに依って存在していた
神様は消える、ってことかと。その辺は諏訪子も代わらないと思うよ。
神奈子との違いは、年食ってもやたら元気な婆ちゃんと、「もうそろそろ往生してもいいなぁ」とか言ってる婆ちゃんの二種類がいるのと似たようなものでね。
>>962
偶発的な不幸が消えなければ、祟り信仰は消えないんだよ。信じたがる人間は現代においても存在するんだから。
「これは○○の祟りだ」ってのは常に「後から判明する事実」だから、祟りを司るものは適当に引っ張り出されて原因になったりする、
それを本当になしたとか何もしてないとか関係なくw
この場合、香霖堂の伴善男の扱いと似たような感じになるな。いかにも力の弱った神って感じな。
偶発的な不幸が消えなければ、祟り信仰は消えないんだよ。信じたがる人間は現代においても存在するんだから。
「これは○○の祟りだ」ってのは常に「後から判明する事実」だから、祟りを司るものは適当に引っ張り出されて原因になったりする、
それを本当になしたとか何もしてないとか関係なくw
この場合、香霖堂の伴善男の扱いと似たような感じになるな。いかにも力の弱った神って感じな。
>>964
だからな、その説明が理解できない人は一定数いるんだよ。あるいはしたくないのか。
偶然で片付ける科学は「好きじゃない」ってな。正しいとか真実だとかはどうでもいいんだよ。
祟りだの呪いだのは感情と非合理で出来てるもんなんだから。
だからな、その説明が理解できない人は一定数いるんだよ。あるいはしたくないのか。
偶然で片付ける科学は「好きじゃない」ってな。正しいとか真実だとかはどうでもいいんだよ。
祟りだの呪いだのは感情と非合理で出来てるもんなんだから。
運が良いとか悪いってのも同じ理屈だぁね。
今でも御柱祭りや全国の喧嘩御輿で発生した「不慮の事故」には
密かに神様が引き合いに出されがちだからなぁ。ある意味ずっと「祟りシステム」は現役なのかもしれない。
禁足地に入ってしまったときとか、神社で神様に失礼な事をしてしまったときや本を踏んでしまったときや
床の間を踏んでしまったときなんかにいわれる「バチが当たるから止めなさい」も言ってみりゃ
規模の小さい「祟りシステム」なのかもな。祟り神様には細々とでも様々な定職や収入があるのに対し(年金みたいだw)
記紀以降神様は自分の足で動かなければ食いっぱぐれて力を失ってしまう可能性があったりして。
密かに神様が引き合いに出されがちだからなぁ。ある意味ずっと「祟りシステム」は現役なのかもしれない。
禁足地に入ってしまったときとか、神社で神様に失礼な事をしてしまったときや本を踏んでしまったときや
床の間を踏んでしまったときなんかにいわれる「バチが当たるから止めなさい」も言ってみりゃ
規模の小さい「祟りシステム」なのかもな。祟り神様には細々とでも様々な定職や収入があるのに対し(年金みたいだw)
記紀以降神様は自分の足で動かなければ食いっぱぐれて力を失ってしまう可能性があったりして。
>>963
消えるかもしれないと言っているのはそういう「祟り」という概念そのものじゃなくて、「洩矢諏訪子」という祟り神の方でしょ。
早苗ですら「ところであんた誰?」状態の神様なんだから、一般人はもう存在すら殆ど知らない神様だったんだろうし。
そんな状況で、何かの拍子に別の祟り神やらが定着したら、「洩矢諏訪子」という神様は完全に忘れ去られてしまう。
「祟り」という概念が消滅しなくても、そうやって神様のすり替えやら同一視が起これば、それはそれで神様の消滅になると思う。
諏訪子の場合は、土地の人間のミシャクジ様への畏怖が強すぎて残っていたけれど、
そうやって吸収・消滅した土着神の数なんて、それこそ山のようにあるだろうしな。
全盛期には諏訪子だって、そうやって周囲の祟り神的なものを自身の体系に取り込んでいって強大化したのかもしれん。
消えるかもしれないと言っているのはそういう「祟り」という概念そのものじゃなくて、「洩矢諏訪子」という祟り神の方でしょ。
早苗ですら「ところであんた誰?」状態の神様なんだから、一般人はもう存在すら殆ど知らない神様だったんだろうし。
そんな状況で、何かの拍子に別の祟り神やらが定着したら、「洩矢諏訪子」という神様は完全に忘れ去られてしまう。
「祟り」という概念が消滅しなくても、そうやって神様のすり替えやら同一視が起これば、それはそれで神様の消滅になると思う。
諏訪子の場合は、土地の人間のミシャクジ様への畏怖が強すぎて残っていたけれど、
そうやって吸収・消滅した土着神の数なんて、それこそ山のようにあるだろうしな。
全盛期には諏訪子だって、そうやって周囲の祟り神的なものを自身の体系に取り込んでいって強大化したのかもしれん。
◆ 其の五(スレ5)>>759–841
>>726
その「科学が世界を解明する」っていうのは素朴帰納主義的な科学に対する無理解から来てるんじゃないか?
科学が観察から始まることはありえない。結局は人間側の理論にそって世界を解釈してるだけだろ。
世界が人間理性に理解しやすいようにできているなんて楽観的なのは現在では通用しない。デカルトじゃあるまいし。
ところで前永琳の「あらゆる薬を作る程度の能力」を見て、
もしかしたら東方の世界設定か永琳(月人、幻想郷にした方がいいかも)の世界観は、
世界が人間やそれに類する者の理性にとって都合よく作られている、というものかと思ったことがある。
でもこれってゲーム的な設定だ。薬を作れるゲームでゲーム中の全ての薬を作れます、みたいな。
設定テキストって漫画的、ゲーム的に書かれているから。
咲夜の「時間止めて掃除をすると」とか、掃除してるんなら時間止めてないけど、
漫画なんかではそれを時間停止だとしていること多いじゃん?
>>746
人間が祭られると言っても、時代ごとに別に考えた方がいい。神観念も時代によって変わってくるから。
日本で権力者や功績のある軍人が神として祭られるようになるのは主に近代以降だった気がする。
それ以前には菅原道真のような怨霊。
記紀以前の現人神。これは和辻哲郎説だと「神として限定されることのなかった神聖な無」への通路としての神聖さで、
当時の普通の神と神聖さの根源は一緒。
ただ和辻説は佐藤正英が否定してたけど、どうなんだろうね。
>>748
悪霊はともかく祖霊は保留した方がいい。
柳田国男祖霊論は近代人の意識を昔に押し付けてるところが多いから。
祖先の墓所、柳田は先祖の話で
「私などの記憶するところでは、もとはただ一基の先祖代々之墓というのが非常に多かった。」
とか書いてるが、実際にそんな墓が登場するのは確か明治に入ってから。それ以前の墓は個人が基本。
他には中世の大きな家の時代では一生をコで終える先祖になれない人が大量に発生するとか。
こういう問題は民俗学者が柳田を聖域化したっていうのが背景にあるみたい。
あと現在伝承されている民俗を再構築してどのくらい深い歴史像を作れるのか、という問題がある。
柳田国男の問題は福田アジオの『柳田国男の民俗学』がわかりやすいよ。
その「科学が世界を解明する」っていうのは素朴帰納主義的な科学に対する無理解から来てるんじゃないか?
科学が観察から始まることはありえない。結局は人間側の理論にそって世界を解釈してるだけだろ。
世界が人間理性に理解しやすいようにできているなんて楽観的なのは現在では通用しない。デカルトじゃあるまいし。
ところで前永琳の「あらゆる薬を作る程度の能力」を見て、
もしかしたら東方の世界設定か永琳(月人、幻想郷にした方がいいかも)の世界観は、
世界が人間やそれに類する者の理性にとって都合よく作られている、というものかと思ったことがある。
でもこれってゲーム的な設定だ。薬を作れるゲームでゲーム中の全ての薬を作れます、みたいな。
設定テキストって漫画的、ゲーム的に書かれているから。
咲夜の「時間止めて掃除をすると」とか、掃除してるんなら時間止めてないけど、
漫画なんかではそれを時間停止だとしていること多いじゃん?
>>746
人間が祭られると言っても、時代ごとに別に考えた方がいい。神観念も時代によって変わってくるから。
日本で権力者や功績のある軍人が神として祭られるようになるのは主に近代以降だった気がする。
それ以前には菅原道真のような怨霊。
記紀以前の現人神。これは和辻哲郎説だと「神として限定されることのなかった神聖な無」への通路としての神聖さで、
当時の普通の神と神聖さの根源は一緒。
ただ和辻説は佐藤正英が否定してたけど、どうなんだろうね。
>>748
悪霊はともかく祖霊は保留した方がいい。
柳田国男祖霊論は近代人の意識を昔に押し付けてるところが多いから。
祖先の墓所、柳田は先祖の話で
「私などの記憶するところでは、もとはただ一基の先祖代々之墓というのが非常に多かった。」
とか書いてるが、実際にそんな墓が登場するのは確か明治に入ってから。それ以前の墓は個人が基本。
他には中世の大きな家の時代では一生をコで終える先祖になれない人が大量に発生するとか。
こういう問題は民俗学者が柳田を聖域化したっていうのが背景にあるみたい。
あと現在伝承されている民俗を再構築してどのくらい深い歴史像を作れるのか、という問題がある。
柳田国男の問題は福田アジオの『柳田国男の民俗学』がわかりやすいよ。
>>726
科学は観察から始まる。
が、結局は人間側の理論に沿ってその現象を解釈せざるを得ないという形だろ
中世だか時代はさっぱりだが、なぜ波である光が真空であるはずの太陽と地球の間を
伝わってくることができるのかという観察から始まる議論に対して、
エーテルという物質を仮定して、それを媒介して伝わってくるからだと結論付けたようにな
科学を追求したところで、究極的な”なぜ”の問題には辿り着けない
だからこそ、
世界は複雑にできていて、それは知的な何かによって設計されたとかいう
インテリジェントデザイン説を用いて唯一神宗教と科学とを和合させようという試みも可能なわけだわな
そもそも科学と宗教は独立の存在であって、
”どうなっているのか”の答えを求めるのが科学
”なぜこうなっているのか”の答えを求めるのが宗教だろ
求めるものが違っているのだから、これからの発展において
それぞれが変容する必要に迫られることはあっても淘汰されることはないだろうな
科学は観察から始まる。
が、結局は人間側の理論に沿ってその現象を解釈せざるを得ないという形だろ
中世だか時代はさっぱりだが、なぜ波である光が真空であるはずの太陽と地球の間を
伝わってくることができるのかという観察から始まる議論に対して、
エーテルという物質を仮定して、それを媒介して伝わってくるからだと結論付けたようにな
科学を追求したところで、究極的な”なぜ”の問題には辿り着けない
だからこそ、
世界は複雑にできていて、それは知的な何かによって設計されたとかいう
インテリジェントデザイン説を用いて唯一神宗教と科学とを和合させようという試みも可能なわけだわな
そもそも科学と宗教は独立の存在であって、
”どうなっているのか”の答えを求めるのが科学
”なぜこうなっているのか”の答えを求めるのが宗教だろ
求めるものが違っているのだから、これからの発展において
それぞれが変容する必要に迫られることはあっても淘汰されることはないだろうな
そういえば三月精のサブタイはEastern and Little Nature DeityとかStrange and Bright Nature Deityだったな
>>760
スパゲティ好き?
ちなみにだけど、問題設定が不適当だったら不適当な答えが出るのは当然だよね。
科学と疑似科学の区別はつけないと。
問題設定が真っ当であるなら、真っ当な答えが出るはずなのだ。
エーテルとかマイナスイオンとかは科学ではなくむしろ幻想に属するものじゃない?
ここでいう幻想は宗教と言い換えてもいいかもしれないけれど。
科学はむしろ幻想を排除する傾向にあると思うのだけれどいかがだろうか。
幻想っていうのはつまり現実に即さない因果関係のことで、極論すると因果関係そのものが幻想無わけだけれど。
だから八卦炉にマイナスイオン発生装置が入っているのはすごいことだよね。
まさに幻想の産物なのだよ。
科学理論も宗教も人間の認識上にしか存在しないものという点で共通している。
だからこそ互いに独立ではないし抵触するわけだ。
「科学を信仰している」とか「幻想を科学する」といった行為が馬鹿馬鹿しいのはそういう理由だろうね。
だからこそ淘汰されないという点には同意したい。
人は生得的に幻想を見るように出来ているし、社会は過度な幻想を排除するように出来ているのだろうから。
多分ね。
ここは幻想を云々するところだから科学談義は場違いかもしれないけれど。
でもインテリジェントデザインなんかは素晴らしく幻想だよね。大好き。
疑似科学って面白い。
だから東方はSFと相性がいいのだろうか。
もはやただの独り言だな。失礼。
スパゲティ好き?
ちなみにだけど、問題設定が不適当だったら不適当な答えが出るのは当然だよね。
科学と疑似科学の区別はつけないと。
問題設定が真っ当であるなら、真っ当な答えが出るはずなのだ。
エーテルとかマイナスイオンとかは科学ではなくむしろ幻想に属するものじゃない?
ここでいう幻想は宗教と言い換えてもいいかもしれないけれど。
科学はむしろ幻想を排除する傾向にあると思うのだけれどいかがだろうか。
幻想っていうのはつまり現実に即さない因果関係のことで、極論すると因果関係そのものが幻想無わけだけれど。
だから八卦炉にマイナスイオン発生装置が入っているのはすごいことだよね。
まさに幻想の産物なのだよ。
科学理論も宗教も人間の認識上にしか存在しないものという点で共通している。
だからこそ互いに独立ではないし抵触するわけだ。
「科学を信仰している」とか「幻想を科学する」といった行為が馬鹿馬鹿しいのはそういう理由だろうね。
だからこそ淘汰されないという点には同意したい。
人は生得的に幻想を見るように出来ているし、社会は過度な幻想を排除するように出来ているのだろうから。
多分ね。
ここは幻想を云々するところだから科学談義は場違いかもしれないけれど。
でもインテリジェントデザインなんかは素晴らしく幻想だよね。大好き。
疑似科学って面白い。
だから東方はSFと相性がいいのだろうか。
もはやただの独り言だな。失礼。
>>772
横から失礼.
>>760は"アインシュタインが出てくるまでの時代において"
エーテルは光を伝達する媒体だと信じられていたと言いたいんだと思う.
それは"アインシュタインが出てくるまでの時代において"は
疑似科学ではなかったことだし,
アインシュタインが出てこなければ未だに信じられていたかも知れないことだ.
その時代によって疑似科学であるかどうかは変貌する.
天動説だって今は否定されているし,
進化論が信じられている.
もしかしたら将来はもっと違った説が信じられるようになっているかも知れない.
つまりは>>760の言うように
>結局は人間側の理論に沿ってその現象を解釈せざるを得ないという形
ということになる.
人間の知識や考えが及んでいない.
まぁ,エーテルは過去の遺物って意味では幻想に属するものであるなw
横から失礼.
>>760は"アインシュタインが出てくるまでの時代において"
エーテルは光を伝達する媒体だと信じられていたと言いたいんだと思う.
それは"アインシュタインが出てくるまでの時代において"は
疑似科学ではなかったことだし,
アインシュタインが出てこなければ未だに信じられていたかも知れないことだ.
その時代によって疑似科学であるかどうかは変貌する.
天動説だって今は否定されているし,
進化論が信じられている.
もしかしたら将来はもっと違った説が信じられるようになっているかも知れない.
つまりは>>760の言うように
>結局は人間側の理論に沿ってその現象を解釈せざるを得ないという形
ということになる.
人間の知識や考えが及んでいない.
まぁ,エーテルは過去の遺物って意味では幻想に属するものであるなw
いずれテレビ神社とかパソコン神社とかも出てくるのか
アナログ放送終了時にテレビ供養とか
アナログ放送終了時にテレビ供養とか
>>774
宗教共同体、もっと言えば社稷体制が破壊されているからもう出てこないだろう
日本人の共同体の発想の根源はすべてシャーマンを中心にした小集団、いわゆる社稷制度にある
権藤成卿という人は死ぬまでビューロクラシーの転覆と社稷制度の復活を説いていた
民俗学というよりは社会学だが、社稷体制はいまいち日本国内でも研究が進んでない
共同体論はマルクスが言及してるので昔ちょびっと流行ったが今は全然人気がないし
しかし、共同体論が社会学の根本であることは間違いないね
この社稷体制論はあのインテリ神主でさえすっかり見落としてしまっているからな
「幻想郷には昔から神様が普通にそこらへんにいたので、寺社仏閣が必要なかった」とまで言わせてしまった
人間は共同体ナシでは生きられない。したがって、日本人は社稷体制がなければ生きられない
だから神様がそこらへんにいることと寺社仏閣がないことは直接的につながらないんだが、
逆にそれくらい日本の共同体研究は進んでいないということの証拠でもある、と俺は見ている
宗教共同体、もっと言えば社稷体制が破壊されているからもう出てこないだろう
日本人の共同体の発想の根源はすべてシャーマンを中心にした小集団、いわゆる社稷制度にある
権藤成卿という人は死ぬまでビューロクラシーの転覆と社稷制度の復活を説いていた
民俗学というよりは社会学だが、社稷体制はいまいち日本国内でも研究が進んでない
共同体論はマルクスが言及してるので昔ちょびっと流行ったが今は全然人気がないし
しかし、共同体論が社会学の根本であることは間違いないね
この社稷体制論はあのインテリ神主でさえすっかり見落としてしまっているからな
「幻想郷には昔から神様が普通にそこらへんにいたので、寺社仏閣が必要なかった」とまで言わせてしまった
人間は共同体ナシでは生きられない。したがって、日本人は社稷体制がなければ生きられない
だから神様がそこらへんにいることと寺社仏閣がないことは直接的につながらないんだが、
逆にそれくらい日本の共同体研究は進んでいないということの証拠でもある、と俺は見ている
>想像上の物が一般化すればそれは幻想とは呼びにくい。
>幻想は現実感が薄い現実に存在します。
>架空でありながら現実に影響を及ぼし、そして現実に
>操作しながらも架空だと思う、それを味わうにはゲームが最適です。
>想像を憑拠にした想像はただの空想だ。
>想像とは、空想、妄想、予想、仮想、幻想、の順でランク付けられている。
この定義だと、エーテルは空想や妄想の域にしかならないのかな
モーリーやマイケルソンみたいなエーテルの存在を仮定して実証に明け暮れた人なら
予想や仮想を通して幻想を感じることができたと言えるのかもしれんけど
>幻想は現実感が薄い現実に存在します。
>架空でありながら現実に影響を及ぼし、そして現実に
>操作しながらも架空だと思う、それを味わうにはゲームが最適です。
>想像を憑拠にした想像はただの空想だ。
>想像とは、空想、妄想、予想、仮想、幻想、の順でランク付けられている。
この定義だと、エーテルは空想や妄想の域にしかならないのかな
モーリーやマイケルソンみたいなエーテルの存在を仮定して実証に明け暮れた人なら
予想や仮想を通して幻想を感じることができたと言えるのかもしれんけど
>>782
俺がいろんな書籍から拾い集めた結果なのでこれという本がない
権藤の著書である『農村自救論』が一番いいんだろうが手に入らなかった
手に入りやすいのは滝沢誠の『権藤成卿』だが読んだことがないので
どの程度まで詳しく書かれているかはわからん。でも役に立つとは思う
俺がいろんな書籍から拾い集めた結果なのでこれという本がない
権藤の著書である『農村自救論』が一番いいんだろうが手に入らなかった
手に入りやすいのは滝沢誠の『権藤成卿』だが読んだことがないので
どの程度まで詳しく書かれているかはわからん。でも役に立つとは思う
>>775
歴史学やってる立場から言うと、そもそも神道及び神祇信仰の歴史学的研究が全然進んでないのが原因なのよね。
だいたいの学者や研究者は「とりあえず宗教共同体の誕生が根幹にある」ってとこまでは何となく理解してる。
でも本格的に研究テーマとして手を付けようとしない。何故なら日本には記紀以前の史料が全く残っていないから、
史料に基づいて解釈しなければならない真っ当な歴史学者は、興味・関心は高くても方法的な限界を感じて引いちゃうのよ。
あと明治~戦後以来の日本史学に根強く残る宗教アレルギー(宗教性のタブー)が、どうもその辺の宗教社会学的見解を
無視ないし傍観させている傾向がある。明治からは菊のタブー、戦後からはナショナリズムのタブー、最近はオウム事件を
経験したことによる宗教自体のタブーが、どうも歴史学界全体で暗黙の了解的に蔓延ってるのがなぁ……
マルクス主義史学はその名の通りマルクス(とその自称後継者たち)の理論に基づいて解釈しようとするから
理論優先で突っ走った挙句暴走してほとんど自滅しちゃったし、最近はフレーザーやマックス・ウェーバーなんかを
読んでる人も減ったし……まぁ嘆いてばかりいてもしょうがないんだけどね。
歴史学やってる立場から言うと、そもそも神道及び神祇信仰の歴史学的研究が全然進んでないのが原因なのよね。
だいたいの学者や研究者は「とりあえず宗教共同体の誕生が根幹にある」ってとこまでは何となく理解してる。
でも本格的に研究テーマとして手を付けようとしない。何故なら日本には記紀以前の史料が全く残っていないから、
史料に基づいて解釈しなければならない真っ当な歴史学者は、興味・関心は高くても方法的な限界を感じて引いちゃうのよ。
あと明治~戦後以来の日本史学に根強く残る宗教アレルギー(宗教性のタブー)が、どうもその辺の宗教社会学的見解を
無視ないし傍観させている傾向がある。明治からは菊のタブー、戦後からはナショナリズムのタブー、最近はオウム事件を
経験したことによる宗教自体のタブーが、どうも歴史学界全体で暗黙の了解的に蔓延ってるのがなぁ……
マルクス主義史学はその名の通りマルクス(とその自称後継者たち)の理論に基づいて解釈しようとするから
理論優先で突っ走った挙句暴走してほとんど自滅しちゃったし、最近はフレーザーやマックス・ウェーバーなんかを
読んでる人も減ったし……まぁ嘆いてばかりいてもしょうがないんだけどね。
ここのスレ見ていると大学の宗教学概論殆ど寝ていたの今更後悔したよ
今でもちゃんと人形供養ってちゃんとしているんだよな、幻想郷でアリスって人形爆発
させまくっているけど、ちゃんと供養しているのかなぁ?いつか呪われる気が
今でもちゃんと人形供養ってちゃんとしているんだよな、幻想郷でアリスって人形爆発
させまくっているけど、ちゃんと供養しているのかなぁ?いつか呪われる気が
>>784
本当。最近『金枝篇』とか置いてない文系大学もあるよね
この間ウェーバーの『儒教と道教』が図書館になくて隣の私立大学まで借りに言った覚えがある
日本の共同体論に言及するだけでキワモノ扱いされるって凄いよな
ある学者は日本人は天皇を失った結果カルトや左翼運動に走ったって言ってるけど
こういうことを堂々言ってるだけで保守扱いという。暗黙の了解って怖いな
本当。最近『金枝篇』とか置いてない文系大学もあるよね
この間ウェーバーの『儒教と道教』が図書館になくて隣の私立大学まで借りに言った覚えがある
日本の共同体論に言及するだけでキワモノ扱いされるって凄いよな
ある学者は日本人は天皇を失った結果カルトや左翼運動に走ったって言ってるけど
こういうことを堂々言ってるだけで保守扱いという。暗黙の了解って怖いな
知人とお空がなんでヤタガラス取り込めたか話してたんだが、プロペラ奉ってる神社があるなら、お空は科学の神格を得たのかもな。現代の科学信仰を得たらキリスト教すら凌駕するすごい神様になりそうだ…。
なんにでも宿る日本の神様だし、その意味では日本じゃあ科学すら神様の手の内に納められちゃうと思うんだよ。科学が世界を説明してしまうなら、化学者を目指し大学に入ろうとする人間が学問の神様を奉る神社にお参りに行くことはないはずだけど、それでも行くだろ?
日本だと「信じた」瞬間神様が宿る。それはイワシの頭だろうが、石ころだろうが等しく。
だから科学信仰と言ってしまったら、科学の神格を得た神様が生まれるんじゃないかね?
つまりお空は現代入りしたら世界を征服できちゃうんだよ!
なんにでも宿る日本の神様だし、その意味では日本じゃあ科学すら神様の手の内に納められちゃうと思うんだよ。科学が世界を説明してしまうなら、化学者を目指し大学に入ろうとする人間が学問の神様を奉る神社にお参りに行くことはないはずだけど、それでも行くだろ?
日本だと「信じた」瞬間神様が宿る。それはイワシの頭だろうが、石ころだろうが等しく。
だから科学信仰と言ってしまったら、科学の神格を得た神様が生まれるんじゃないかね?
つまりお空は現代入りしたら世界を征服できちゃうんだよ!
科学の神様というか、知恵の神様であるオモイカネノカミを有り難がる研究者もいるとか聞いたな
流石えーりん様様です
流石えーりん様様です
というか篤信な科学者って別に珍しくないし
宇宙飛行士なんか引退後宗教家へ転身する人が少なくないって聞いた覚えが
宇宙飛行士なんか引退後宗教家へ転身する人が少なくないって聞いた覚えが
それは欧米がキリスト教の影響下にあるから
彼らの中でGODは科学とか科学じゃないとかなんてのとは別次元にある
まあそういう思想的背景とは独立して営めてしまうのが科学の
面白いところではあるけどそれはまた別の話
彼らの中でGODは科学とか科学じゃないとかなんてのとは別次元にある
まあそういう思想的背景とは独立して営めてしまうのが科学の
面白いところではあるけどそれはまた別の話
何回か話に出たと思うけど、依姫は何柱でも神を降ろせるらしいけどさ。
祇園さまと八岐大蛇を同時に召喚したらどうなるんだろ。喧嘩しないのかね。
天津神と国津神でも同時に出せるのかな。
祇園さまと八岐大蛇を同時に召喚したらどうなるんだろ。喧嘩しないのかね。
天津神と国津神でも同時に出せるのかな。
> ある学者は日本人は天皇を失った結果カルトや左翼運動に走ったって言ってるけど
そこはもうちょっと細かく見て欲しい
近代国家の形成途上だった戦前・戦中日本では、天皇制は単なる君主制ではなく
学校や軍隊で皆で御真影を拝むような行動が社会的連帯感や公共的団結心の拠り所
になっていた効用は確実にあり、戦後はそれが空洞化した図式はあるんだが
近代以前の庶民はそんなものがなくても健全に日常生活が回っていたともいえる
民俗学は一方でそういうものを探り出す学問でもある
そういや、むかし岸田秀は
アメリカでは精神分析が日本での疑似宗教の代わりになってるとか述べてたが
アメリカだって歴史がない人工国家ゆえ逆に一部ではキリスト教原理主義の
蔓延したカルト的国家だし、日本じゃ1990年代以降、通俗心理学・精神分析が
占いや疑似宗教の代わりのようになってる(メンヘラとかACとか…)
近代以前の自然な生活習慣や労働の現場の中にあった日常的な信仰
(収穫祭とか大漁祈願とかみたいな、ある意味で即物的な宗教的慣習)が
結局は一番マトモなのかも知れない気もする
そこはもうちょっと細かく見て欲しい
近代国家の形成途上だった戦前・戦中日本では、天皇制は単なる君主制ではなく
学校や軍隊で皆で御真影を拝むような行動が社会的連帯感や公共的団結心の拠り所
になっていた効用は確実にあり、戦後はそれが空洞化した図式はあるんだが
近代以前の庶民はそんなものがなくても健全に日常生活が回っていたともいえる
民俗学は一方でそういうものを探り出す学問でもある
そういや、むかし岸田秀は
アメリカでは精神分析が日本での疑似宗教の代わりになってるとか述べてたが
アメリカだって歴史がない人工国家ゆえ逆に一部ではキリスト教原理主義の
蔓延したカルト的国家だし、日本じゃ1990年代以降、通俗心理学・精神分析が
占いや疑似宗教の代わりのようになってる(メンヘラとかACとか…)
近代以前の自然な生活習慣や労働の現場の中にあった日常的な信仰
(収穫祭とか大漁祈願とかみたいな、ある意味で即物的な宗教的慣習)が
結局は一番マトモなのかも知れない気もする
>>774
パソコン神社ではないが、東京の神田明神がIT守護お守りを頒布したり
PC相手にお払いをしてくれたりする
あと、武御雷神が雷なんだから電気にも強いだろうって言って、どこかの企業で信仰されているらしいけど
こちらは未確認
それと、日本テニス協会は玉が速いからと言って、熊野速玉大神を奉っているようだ
新しい神様ではないけれど、以前からいる(ある)神様に、新しい信仰ができると言うのは
現代でもままあるようで興味深い
パソコン神社ではないが、東京の神田明神がIT守護お守りを頒布したり
PC相手にお払いをしてくれたりする
あと、武御雷神が雷なんだから電気にも強いだろうって言って、どこかの企業で信仰されているらしいけど
こちらは未確認
それと、日本テニス協会は玉が速いからと言って、熊野速玉大神を奉っているようだ
新しい神様ではないけれど、以前からいる(ある)神様に、新しい信仰ができると言うのは
現代でもままあるようで興味深い
>ある学者は日本人は天皇を失った結果カルトや左翼運動に走ったって言ってるけど
なぜアンチ天皇が左翼運動になったかについては、日本の場合はロシアとかと違うので説明がいるかも。
もともと日本共産党は天皇を否定していたわけではなかったが、
ソ連にいる親玉のブハーリンが日本国天皇を『ロシア皇帝と同じ』と思い込んでいたために急に反天皇を指令したことに端を発する。
このとき日本共産党はソ連共産党の無理解に頭を抱えたが、まさか指令に逆らうわけにも行かず、そのとおりに実行した。
そのため一般人からも突き上げを食らい、特高警察からも締め上げられるわで、ほとんど壊滅状態。
だから当時の共産党を知るものは、その時点でほぼ居なくなってしまった。
まあ、あんまりスレには関係ないけど一応。
>>799
断念したというか、防備は確かに調えたんだけど、恩賞が少ないって理由で新羅が唐に反旗を翻したってのがでかいんじゃないかな。
それで懸念した唐は日本に関係修復を打診して、日本はそれに乗った、と。
なぜアンチ天皇が左翼運動になったかについては、日本の場合はロシアとかと違うので説明がいるかも。
もともと日本共産党は天皇を否定していたわけではなかったが、
ソ連にいる親玉のブハーリンが日本国天皇を『ロシア皇帝と同じ』と思い込んでいたために急に反天皇を指令したことに端を発する。
このとき日本共産党はソ連共産党の無理解に頭を抱えたが、まさか指令に逆らうわけにも行かず、そのとおりに実行した。
そのため一般人からも突き上げを食らい、特高警察からも締め上げられるわで、ほとんど壊滅状態。
だから当時の共産党を知るものは、その時点でほぼ居なくなってしまった。
まあ、あんまりスレには関係ないけど一応。
>>799
断念したというか、防備は確かに調えたんだけど、恩賞が少ないって理由で新羅が唐に反旗を翻したってのがでかいんじゃないかな。
それで懸念した唐は日本に関係修復を打診して、日本はそれに乗った、と。
>>775
人里の共同体がどうなっているのかはわからないけど、
神社が無くても「神を祀る場所」はあるんじゃないかな?
あくまで自分の憶測だけど、神を祀る場所か神の住んでいる場所が
「神社」と呼ばれていないだけとか、常設の建物が無くて
祭事の時だけ神様のいるところに祭壇を用意するみたいに
神社ができるより前の信仰形態とかなんじゃないかな
どっちにしろ神様がいる場所は信仰の対象になると思うし
里にも神を祀ったり祭事を執り行う人がいそうなもんだけど。
幻想郷での神様の祀り方ってどうなっているんだろう?
人里の共同体がどうなっているのかはわからないけど、
神社が無くても「神を祀る場所」はあるんじゃないかな?
あくまで自分の憶測だけど、神を祀る場所か神の住んでいる場所が
「神社」と呼ばれていないだけとか、常設の建物が無くて
祭事の時だけ神様のいるところに祭壇を用意するみたいに
神社ができるより前の信仰形態とかなんじゃないかな
どっちにしろ神様がいる場所は信仰の対象になると思うし
里にも神を祀ったり祭事を執り行う人がいそうなもんだけど。
幻想郷での神様の祀り方ってどうなっているんだろう?
長等神社の境内末社の馬神神社→牛馬の守護神が競馬の守護神に
首塚大明神→頭使うからか競馬、競輪の守護神の面も持ち始めた?
玉祖神社→八尺瓊勾玉を作った処からカメラ、レンズ、時計、宝石などの守護神に
久伊豆神社→クイズとも読める為にクイズ番組出場者に人気が・・・(TVの影響?)
時代に合わせての変化だと、こういうのも有った筈。
首塚大明神→頭使うからか競馬、競輪の守護神の面も持ち始めた?
玉祖神社→八尺瓊勾玉を作った処からカメラ、レンズ、時計、宝石などの守護神に
久伊豆神社→クイズとも読める為にクイズ番組出場者に人気が・・・(TVの影響?)
時代に合わせての変化だと、こういうのも有った筈。
そういや首塚にはいつの間にか蛙をお供えする風習が
いつの間にか出来てたな
いつの間にか出来てたな
成田空港作るときのエピソードだっけ?鳥居壊したら明らかに呪いだろと
作業延滞したので、神主か巫女呼んで祓ったのって・・・
日本って結構そんなエピソードあるよね
作業延滞したので、神主か巫女呼んで祓ったのって・・・
日本って結構そんなエピソードあるよね
そういや香取神宮に行ったときに立ち寄った
香取市の諏訪神社にはスクリューやら錨やらが奉られてたな
香取市の諏訪神社にはスクリューやら錨やらが奉られてたな
香取市にあるのか諏訪神社…
なんだか複雑だな
なんだか複雑だな
>>811
羽田空港、穴守稲荷のエピソードです
終戦後、米軍に接収された際、邪魔な鳥居を壊そうとしたら、
天狐が現れてさまざまな差し障りをもたらしたとか。
今、その鳥居は羽田の北端、海老取川のほとりに移設され、
穴守稲荷神社も、セガ本社の近くに鎮座し健在でめでたし
大鳥居マニアとか知ってるとうわなにを
羽田空港、穴守稲荷のエピソードです
終戦後、米軍に接収された際、邪魔な鳥居を壊そうとしたら、
天狐が現れてさまざまな差し障りをもたらしたとか。
今、その鳥居は羽田の北端、海老取川のほとりに移設され、
穴守稲荷神社も、セガ本社の近くに鎮座し健在でめでたし
大鳥居マニアとか知ってるとうわなにを
いや国譲りの話考えるとね
戦ったのはタケミカヅチとだけど
戦ったのはタケミカヅチとだけど
国譲りで考えるとアレだけど、信仰する人間にとっては
少しでも助けてくれるなら信仰する神様は多い方が良い!ってなるだろうから、しょうが無いんじゃない?
戦争中、何故か敵国の神様ですら「神様だから敬わないと駄目!」って理由で崇めちゃったりする話もあったようなw
まさに日本人独特の考え方なんだろうけど
コレが出来るからこそ、他の宗教が入ってきても特に目くじら立てたりしないんじゃないかと。
・・・そういや、負けたけど後で幾らでも挽回できる。ってのも道教とかには無い日本独自の考えだっけ?
少しでも助けてくれるなら信仰する神様は多い方が良い!ってなるだろうから、しょうが無いんじゃない?
戦争中、何故か敵国の神様ですら「神様だから敬わないと駄目!」って理由で崇めちゃったりする話もあったようなw
まさに日本人独特の考え方なんだろうけど
コレが出来るからこそ、他の宗教が入ってきても特に目くじら立てたりしないんじゃないかと。
・・・そういや、負けたけど後で幾らでも挽回できる。ってのも道教とかには無い日本独自の考えだっけ?
諏訪さんでも八幡さんでもお稲荷さんでも、信仰に比例してお社が増えてったんだろうね
神社じゃないけど、富士信仰に乗じて作られた富士塚なんて一体いくつこしらえる気だと
ttp://www.hi-ho.ne.jp/t-kitagawa/page023.html
神社じゃないけど、富士信仰に乗じて作られた富士塚なんて一体いくつこしらえる気だと
ttp://www.hi-ho.ne.jp/t-kitagawa/page023.html
東方を知って、こことか見てる内に思ったんだけど
日本人というか日本という国の考え方って次の二つに集約される気がする
「いろいろあったけど水に流しましょう」
「こまけぇこたぁいいんだよッ!」
日本人というか日本という国の考え方って次の二つに集約される気がする
「いろいろあったけど水に流しましょう」
「こまけぇこたぁいいんだよッ!」
その考え方は幻想郷には当てはまるけど、
日本人全体としてはあまり当てはまらないんじゃないかな
むしろ日本人は細かいとこまでこだわる神経質な傾向が多いと思うけど
日本人全体としてはあまり当てはまらないんじゃないかな
むしろ日本人は細かいとこまでこだわる神経質な傾向が多いと思うけど
むしろ性格が細かくて国土が狭いからこそ、水に流す文化が生まれたのかもな。
むしろ大きなこたぁいいんだよ!(細かいことは別)
って感じだと思うが
って感じだと思うが
セロトニントランスポーター遺伝子多型を考えると、日本人は良くも悪くも細やかで神経質、ってのは生物学的にも理解しやすいんだよね。
で、幻想郷の二面性と魅力ってのは、一見のんきで適当なんだけど実は背後には深くて細やかな設定がある、ってとこだと思うんだ。
ズレかな。スマソ
で、幻想郷の二面性と魅力ってのは、一見のんきで適当なんだけど実は背後には深くて細やかな設定がある、ってとこだと思うんだ。
ズレかな。スマソ
>>789
科学や技術が信仰される例って多いと思うんだよ
医学にしろ製鉄にしろ重要な産業には神と、それから妖怪がついてまわると思うんだ
それは技術に対する期待と、その裏返しの不安感、或いは技術による恩恵と、陰に隠れた損害がそれぞれ信仰対象の神と恐れるべき妖怪を生み出した
そうするとさ、現代でもそれはあるんだよね
例えば原発事故に対する恐れとか、放射線を浴びた生物は巨大化するって話があるんだが、これはつまり製鉄にまつわる妖怪と同じ種類の話だと思うんだ
他にも機械産業が発達してロボットに襲われるとか、未知の発達した技術を持つ火星人に襲われるとか、医療技術が発達してクローンが出来て襲われるとか
長いけど、要は優れた技術は今も昔も妖怪を生み出してんじゃね? って話
科学や技術が信仰される例って多いと思うんだよ
医学にしろ製鉄にしろ重要な産業には神と、それから妖怪がついてまわると思うんだ
それは技術に対する期待と、その裏返しの不安感、或いは技術による恩恵と、陰に隠れた損害がそれぞれ信仰対象の神と恐れるべき妖怪を生み出した
そうするとさ、現代でもそれはあるんだよね
例えば原発事故に対する恐れとか、放射線を浴びた生物は巨大化するって話があるんだが、これはつまり製鉄にまつわる妖怪と同じ種類の話だと思うんだ
他にも機械産業が発達してロボットに襲われるとか、未知の発達した技術を持つ火星人に襲われるとか、医療技術が発達してクローンが出来て襲われるとか
長いけど、要は優れた技術は今も昔も妖怪を生み出してんじゃね? って話
悪霊の祟りは笑い飛ばしても、有害電磁波といえば本気にする
オーラといったら眉につば付けても、マイナスイオンはありがたがったりする
疑似科学は、現代の信仰であり妖怪なんだろうかねえ
オーラといったら眉につば付けても、マイナスイオンはありがたがったりする
疑似科学は、現代の信仰であり妖怪なんだろうかねえ
ダイオキシン神話とかもあるな
イタリアだかの事故では当時の知見で1億人分の致死量がばらまかれたそうだが、
死者はほとんど出なかった(あたりまえだ、イタリア滅んでるわw)
実は、マウスなどとヒトとは感受性すなわち毒性がまるで違うらしい
ヒト相手だと、とりあえず現状の知見だけど、ひどい皮膚炎や爛れと
すでにあるガンの進行速度を早める程度の能力とか
タマネギは人にはありがたい野菜だけど、犬や猫には猛毒なみたいなもの
でも科学の知見なんて時代によってどんどん深化して変わるし、
人はしょせん、不完全で不自由な生き物だし
安全という観点からすれば注意を払い、用心するにこしたことはない
ヒステリーにならねば良いだけじゃねぇ?と思うよw
古人が怨霊や精霊、妖怪や神々に接する態度もきっと同じだったろう
イタリアだかの事故では当時の知見で1億人分の致死量がばらまかれたそうだが、
死者はほとんど出なかった(あたりまえだ、イタリア滅んでるわw)
実は、マウスなどとヒトとは感受性すなわち毒性がまるで違うらしい
ヒト相手だと、とりあえず現状の知見だけど、ひどい皮膚炎や爛れと
すでにあるガンの進行速度を早める程度の能力とか
タマネギは人にはありがたい野菜だけど、犬や猫には猛毒なみたいなもの
でも科学の知見なんて時代によってどんどん深化して変わるし、
人はしょせん、不完全で不自由な生き物だし
安全という観点からすれば注意を払い、用心するにこしたことはない
ヒステリーにならねば良いだけじゃねぇ?と思うよw
古人が怨霊や精霊、妖怪や神々に接する態度もきっと同じだったろう
科学信仰が今も神や妖怪、つまりは幻想を産み出している、ってのは面白いな。
秘封でそんな話が在ったような無かったような。
秘封でそんな話が在ったような無かったような。
幻想郷にはこれから、似非科学関係のモノがいっぱい流入するってわけだ。
マイナスイオンはそろそろ幻想入りしそうだね。
マイナスイオンはそろそろ幻想入りしそうだね。
ゲルマニウムブレスレットとか既に流行ってそうで怖い
>>773
間違いだと証明されたら疑似科学になるのか?
科学=真理じゃないだろ。
歴史を見てみても、
間違っていることがわかっていながら理論を捨てなかったために重要な進歩が起こったり、
間違っていると思われたことが一世紀以上かけて正しさを保障されたということがある。
前がマックスウェルで後ろがコペルニクスね。
このくらいの期間間違っていると考えられたらそれは絶対に間違い、なんて基準ないよね。
科学はどういうものだと考えられてきたか。
それについて3つの立場をあげてみる。かなり乱暴で適当だけど。
素朴な帰納主義。
観察から得られた事実から法則や理論を導き、無制約の言明を作れるという立場。
しかし理論負荷性があるから観察から始まるということはない。
無制約的な言明は有限の観察からは出てこないし、それが確かである確率も上がらない。観察回数/無限=0%。
素朴な反証主義。
科学理論や法則は常に「すべての……は、もし、……ならば、必ず、……する」という形になる。
「すべての物は手から離すと落ちる」という様な。
確かめることで理論を検証する。そうやってより限定された、より進歩した理論を作っていく。
「降水確率50%」こんな雨がふってもふらなくても反証されない理論は科学ではない。
しかしこれでは上述したマックスウェルやコペルニクスような事例が説明できない。
三つ目は科学なんて方法はない、という立場。
この三つから俺が何を言いたいかというと、科学は真理ではなく主に方法だと考えられてきたということ。
間違いだとわかったから科学じゃなくなるなんてことはないと思うぞ。
>>807
文花帖P74の博麗神社の解説に「幻想郷唯一の有人神社」とある。
無人の神社ならあるんじゃね。
>>817
キリスト教弾圧の残忍さを見れば決して日本の宗教が寛容だなんて言えないことは明らかだって末木文美士が言ってた。
間違いだと証明されたら疑似科学になるのか?
科学=真理じゃないだろ。
歴史を見てみても、
間違っていることがわかっていながら理論を捨てなかったために重要な進歩が起こったり、
間違っていると思われたことが一世紀以上かけて正しさを保障されたということがある。
前がマックスウェルで後ろがコペルニクスね。
このくらいの期間間違っていると考えられたらそれは絶対に間違い、なんて基準ないよね。
科学はどういうものだと考えられてきたか。
それについて3つの立場をあげてみる。かなり乱暴で適当だけど。
素朴な帰納主義。
観察から得られた事実から法則や理論を導き、無制約の言明を作れるという立場。
しかし理論負荷性があるから観察から始まるということはない。
無制約的な言明は有限の観察からは出てこないし、それが確かである確率も上がらない。観察回数/無限=0%。
素朴な反証主義。
科学理論や法則は常に「すべての……は、もし、……ならば、必ず、……する」という形になる。
「すべての物は手から離すと落ちる」という様な。
確かめることで理論を検証する。そうやってより限定された、より進歩した理論を作っていく。
「降水確率50%」こんな雨がふってもふらなくても反証されない理論は科学ではない。
しかしこれでは上述したマックスウェルやコペルニクスような事例が説明できない。
三つ目は科学なんて方法はない、という立場。
この三つから俺が何を言いたいかというと、科学は真理ではなく主に方法だと考えられてきたということ。
間違いだとわかったから科学じゃなくなるなんてことはないと思うぞ。
>>807
文花帖P74の博麗神社の解説に「幻想郷唯一の有人神社」とある。
無人の神社ならあるんじゃね。
>>817
キリスト教弾圧の残忍さを見れば決して日本の宗教が寛容だなんて言えないことは明らかだって末木文美士が言ってた。
それはどうだろなあ
現代日本で疑似科学が持て囃されるのは「目には見えないけど科学的(に見える)証明(らしきもの)があるから」なわけで
目に見える神が溢れてて科学万能主義が信奉されてない幻想郷じゃ、そんなものにご利益があるはずがないって鼻で笑われそうだけど
浄水器なんか「これを通すと水が綺麗になる不思議な道具という話だが何故かまずくなる。不人気」と切り捨てられてるくらい
というわけで、具体的な効果や司る神がはっきり目に見えないものは受け入れられないと思う
例えば人里の龍神像だって、ご利益がないと人間は信仰しないからって河童が天気予報機能つけたわけだし
博麗神社も妖怪退治の専門家としての巫女がいるから尊重されているだけで、神そのものは具体的なご利益がないからと忘れ去られてるわけで
現代日本で疑似科学が持て囃されるのは「目には見えないけど科学的(に見える)証明(らしきもの)があるから」なわけで
目に見える神が溢れてて科学万能主義が信奉されてない幻想郷じゃ、そんなものにご利益があるはずがないって鼻で笑われそうだけど
浄水器なんか「これを通すと水が綺麗になる不思議な道具という話だが何故かまずくなる。不人気」と切り捨てられてるくらい
というわけで、具体的な効果や司る神がはっきり目に見えないものは受け入れられないと思う
例えば人里の龍神像だって、ご利益がないと人間は信仰しないからって河童が天気予報機能つけたわけだし
博麗神社も妖怪退治の専門家としての巫女がいるから尊重されているだけで、神そのものは具体的なご利益がないからと忘れ去られてるわけで
今の科学的証明手法の多くは統計論と確率論だから(それがどんなに確からしい仮説であろうとも)、黒か白かではなく、「どの程度確からしい」という程度でしか語れないんだけどね。
だから理論上は、どんな確からしい理論にも幻想が存在しうる訳だ。よく知らんけど。
だから理論上は、どんな確からしい理論にも幻想が存在しうる訳だ。よく知らんけど。
◆ 其の六(スレ6)>>37–84
「地球は青かった。だがどこを見渡しても神はいなかった」
この一言でも全く揺るがない信仰心というものを人間は持っているんだね
事実、天文学の発達は現在の研究だとバチカンすらほとんど関心をもっていなかったぐらいらしいし
ガリレオの地動説裁判も、ガリレオが「数学さえあれば宗教なんていらんよwww」と主張したため
教会側が「人間は数字だけでは救われない」ということで争いになったのが本当らしいしな
だからそもそも民俗・宗教でいう「天」は実在の存在ではないということだよね
心の中にあって実際に真上に広がる天とは違う存在なんだ
この一言でも全く揺るがない信仰心というものを人間は持っているんだね
事実、天文学の発達は現在の研究だとバチカンすらほとんど関心をもっていなかったぐらいらしいし
ガリレオの地動説裁判も、ガリレオが「数学さえあれば宗教なんていらんよwww」と主張したため
教会側が「人間は数字だけでは救われない」ということで争いになったのが本当らしいしな
だからそもそも民俗・宗教でいう「天」は実在の存在ではないということだよね
心の中にあって実際に真上に広がる天とは違う存在なんだ
失楽園は「天」の解釈が斬新だよね(当時としては)。
ミルトンはガリレオと親交があったらしい。
天も地も、空と地面の事じゃないからねぇ
ミルトンはガリレオと親交があったらしい。
天も地も、空と地面の事じゃないからねぇ
幻想と現実は別物だからな 関連がない、ってわけじゃないけどさ
混同した結果が疑似科学やカルトだよ!
混同した結果が疑似科学やカルトだよ!
逆に言えば科学も疑似科学も古代宗教もカルトも思想と言う一つの括りに入ってしまう点から言えば、
それらの間の違いなんて実は些細な物なのかもしれないなんて思ったり思わなかったり
なんていうか腐敗と醗酵的な違いと然程変わらないんじゃないかってね
まぁ中には思想の元となる理論の底の定義や公理が滅茶苦茶な物も在るのは事実だけれども
それらの間の違いなんて実は些細な物なのかもしれないなんて思ったり思わなかったり
なんていうか腐敗と醗酵的な違いと然程変わらないんじゃないかってね
まぁ中には思想の元となる理論の底の定義や公理が滅茶苦茶な物も在るのは事実だけれども
本来オカルトと科学は不可分であったはずなんだけどねぇ。
アインシュタインやニュートン、エジソンもそういうものから入ったわけだし……。
アインシュタインやニュートン、エジソンもそういうものから入ったわけだし……。
>>39
東方の、特に、世界観に対する愛好者(このスレを見てる人達とかも)って、案外リアリストが多いように思う。
“幻想を愛でつつ、日常(現実)に身をしっかり置き続ける”、みたいな。
てか、日本人のリアリズム感覚ってだいたいこんな感じじゃなかろうか?
「ネタをネタとして楽しむ」や、あるいは、いわゆる「変態紳士」や「罪袋」な人々って、
現実世界ではいたって普通で、あんまり常識を失ってはいなくて。
「幻想と現実」のバランス感覚を考察するときに興味深いなぁと思う。(う~ん例がおかしいww)
つい最近、内田樹の「日本辺境論」を読んだのだが、そのなかで『佯狂(はんきょう)』っていう
言語を見つけちゃって、この、幻想と現実のバランス感覚をばちり表してんじゃん!って一人ガッテンしてた(w)
あれ、よく考えると、“幻想を愛でつつ、日常(現実)に身をしっかり置き続ける程度の能力”っていう『佯狂の感覚文化』というのは、
別の言い方をすれば、“幻想と現実の境界を上手く行き来できる能力”って事なのかもしれない。
結論:ゆかりんかわいいよゆかりん
東方の、特に、世界観に対する愛好者(このスレを見てる人達とかも)って、案外リアリストが多いように思う。
“幻想を愛でつつ、日常(現実)に身をしっかり置き続ける”、みたいな。
てか、日本人のリアリズム感覚ってだいたいこんな感じじゃなかろうか?
「ネタをネタとして楽しむ」や、あるいは、いわゆる「変態紳士」や「罪袋」な人々って、
現実世界ではいたって普通で、あんまり常識を失ってはいなくて。
「幻想と現実」のバランス感覚を考察するときに興味深いなぁと思う。(う~ん例がおかしいww)
つい最近、内田樹の「日本辺境論」を読んだのだが、そのなかで『佯狂(はんきょう)』っていう
言語を見つけちゃって、この、幻想と現実のバランス感覚をばちり表してんじゃん!って一人ガッテンしてた(w)
あれ、よく考えると、“幻想を愛でつつ、日常(現実)に身をしっかり置き続ける程度の能力”っていう『佯狂の感覚文化』というのは、
別の言い方をすれば、“幻想と現実の境界を上手く行き来できる能力”って事なのかもしれない。
結論:ゆかりんかわいいよゆかりん
科学の起こりは錬金術から始まったてペルソナであったなぁ、まぁ、キリストもキリストで当時最先端医学とか潰しちゃったけどな
科学じゃなくて化学じゃね?
科学だったらそれこそアリストテレスとかそれ以前まで遡るだろ
科学だったらそれこそアリストテレスとかそれ以前まで遡るだろ
狭義の錬金術は非金属から貴金属を造ることだが
広義の錬金術にはホムンクルスとか生命科学の要素まで含んでて
ブドウからワインができるのも第五元素(賢者の石)の働きだと考えられていた
…と、確か平凡社の『世界宗教大事典』に書いてあった
したがって錬金術の中核は化学(アルケミズム→ケミカル)なのだが
科学一般の総合要素が含まれとった。というか中世当時はそのへんの分野
の分類も曖昧だったと考えるべき。パラケルススとか医者でもあるし
広義の錬金術にはホムンクルスとか生命科学の要素まで含んでて
ブドウからワインができるのも第五元素(賢者の石)の働きだと考えられていた
…と、確か平凡社の『世界宗教大事典』に書いてあった
したがって錬金術の中核は化学(アルケミズム→ケミカル)なのだが
科学一般の総合要素が含まれとった。というか中世当時はそのへんの分野
の分類も曖昧だったと考えるべき。パラケルススとか医者でもあるし
キリスト教の面白いところと言うか強みと言うか、
そういった関係で異教扱いしなくていい物は、
完全に潰さず異端として内部に残しておくんだよな。
あとで、そういったものが世間に広く認められると
一般への人気取りのため、主流として導入する方法を取ってる。
そういった関係で異教扱いしなくていい物は、
完全に潰さず異端として内部に残しておくんだよな。
あとで、そういったものが世間に広く認められると
一般への人気取りのため、主流として導入する方法を取ってる。
>>45
そういやユングの臨床心理学解説書にも似たような事が書かれていた気がする
向こうはあの錬金術書の曖昧模糊な文章を曲解してMMR臭が酷かったが
まぁ要は科学や生物学なんかを中心として演繹的に哲学にまで手を伸ばしていた漢字なんかね?
そういやユングの臨床心理学解説書にも似たような事が書かれていた気がする
向こうはあの錬金術書の曖昧模糊な文章を曲解してMMR臭が酷かったが
まぁ要は科学や生物学なんかを中心として演繹的に哲学にまで手を伸ばしていた漢字なんかね?
宗教で面白いのは食に関わると色々と面白いエピソードあるんだよな
禁酒だったイスラムではワインをフランスの水と言う名目で輸入してたし、珈琲もイスラム圏の飲み物だったが、珈琲好きな法王が洗練施してキリスト教徒も飲めるようにしたり
最近ではヒンズー教の留学生が普通にトンカツ食っていて吹いた、何でも国外だから大丈夫とか
食に関わると人間は宗教?なにそれ?になっちゃうからなぁ
まぁ、中国は凄まじいよなぁ、何でも食べちゃうし、人肉食レシピどころか妖怪を食べるエピソードやレシピあるらしいからな
禁酒だったイスラムではワインをフランスの水と言う名目で輸入してたし、珈琲もイスラム圏の飲み物だったが、珈琲好きな法王が洗練施してキリスト教徒も飲めるようにしたり
最近ではヒンズー教の留学生が普通にトンカツ食っていて吹いた、何でも国外だから大丈夫とか
食に関わると人間は宗教?なにそれ?になっちゃうからなぁ
まぁ、中国は凄まじいよなぁ、何でも食べちゃうし、人肉食レシピどころか妖怪を食べるエピソードやレシピあるらしいからな
錬金術は、それこそ化学も科学もごちゃ混ぜな
「全ての自然現象が神と関係してる」と考えていた時代まで遡れるからな。
というか遥か昔は知の形態を指して「錬金術」って言ってた筈。
今、一般で言われてる錬金術ってのはヘルメス思想が大きくかかわってるモノを指す。
ヘルメス思想の一部は古代ギリシャの哲学者の影響を受けてるだろうから
錬金術には哲学も含まれるようになってるんだ。
(ちなみに知識を錬金術と言っていたから、最初から神(宗教)と密接に関わっていた。
古代から知識は大体、王室や神官の独占であり
ソレを持って国を治めたり信仰を集めたりしていたからね)
>>45
錬金術においては
世界のあらゆることは世界霊魂というたった一つのエネルギーで構成され、それが限りなく多彩な形をとって現れる事で世界が構成されている。
って考えが有る。
(「あらゆること」だからどの分野だろうと、最終的には世界霊魂に辿り着く)
で、統一的な自然の説明をしなきゃならんから錬金術師は
天文学者であり物理学者であり化学者であり生物学者であり医者であり哲学者でなければならないんだ。
あらゆる分野に高い知識持っていないと錬金術師と呼べないんだぜ。
「全ての自然現象が神と関係してる」と考えていた時代まで遡れるからな。
というか遥か昔は知の形態を指して「錬金術」って言ってた筈。
今、一般で言われてる錬金術ってのはヘルメス思想が大きくかかわってるモノを指す。
ヘルメス思想の一部は古代ギリシャの哲学者の影響を受けてるだろうから
錬金術には哲学も含まれるようになってるんだ。
(ちなみに知識を錬金術と言っていたから、最初から神(宗教)と密接に関わっていた。
古代から知識は大体、王室や神官の独占であり
ソレを持って国を治めたり信仰を集めたりしていたからね)
>>45
錬金術においては
世界のあらゆることは世界霊魂というたった一つのエネルギーで構成され、それが限りなく多彩な形をとって現れる事で世界が構成されている。
って考えが有る。
(「あらゆること」だからどの分野だろうと、最終的には世界霊魂に辿り着く)
で、統一的な自然の説明をしなきゃならんから錬金術師は
天文学者であり物理学者であり化学者であり生物学者であり医者であり哲学者でなければならないんだ。
あらゆる分野に高い知識持っていないと錬金術師と呼べないんだぜ。
日本だと飢餓の為に、彼岸花の球根を食べる方法編み出した処があるぐらいだからな・・・
>>54
腐ってそうなモノを食べて「やっぱり腐ってる?」と吐きだして置いといたのが発酵した。とかじゃないかw
毎日、新鮮で安全な物が食べれた訳じゃないだろうし。
で、酒の匂いしたらソレをちょっと舐めてみるような勇気ある奴も居るんじゃないかと・・・
>>54
腐ってそうなモノを食べて「やっぱり腐ってる?」と吐きだして置いといたのが発酵した。とかじゃないかw
毎日、新鮮で安全な物が食べれた訳じゃないだろうし。
で、酒の匂いしたらソレをちょっと舐めてみるような勇気ある奴も居るんじゃないかと・・・
酒に関して言えば、口噛みする必要のない
果実等を利用したものが先にあったんじゃないかね
蜂蜜酒なんかも神話にはよく出てくるし
蜂蜜酒は水で薄めれば勝手に発酵するから
んで穀物を利用して酒ができないか色々試した結果
口噛みに落ち着いたのではないかと
果実等を利用したものが先にあったんじゃないかね
蜂蜜酒なんかも神話にはよく出てくるし
蜂蜜酒は水で薄めれば勝手に発酵するから
んで穀物を利用して酒ができないか色々試した結果
口噛みに落ち着いたのではないかと
木花咲耶姫が作ったのが口噛みでしょう。
櫛名田姫神が作ったのが果実酒だったはず。
果実か木の実かわからないが。
順番的に果実酒が先なのは間違いないが
口噛みに行き着く経緯がようわからんよね。
甘いもの=発酵するっぽい って発想には行き着きそうだけど
米を噛むと甘くなる(分解されて糖化してる)って所を見抜いていれば
チャレンジする奴がでるんじゃないかなぁ。
一応伝来技術だから、発祥した地には何か特殊な風習があったりしたのかも。
櫛名田姫神が作ったのが果実酒だったはず。
果実か木の実かわからないが。
順番的に果実酒が先なのは間違いないが
口噛みに行き着く経緯がようわからんよね。
甘いもの=発酵するっぽい って発想には行き着きそうだけど
米を噛むと甘くなる(分解されて糖化してる)って所を見抜いていれば
チャレンジする奴がでるんじゃないかなぁ。
一応伝来技術だから、発祥した地には何か特殊な風習があったりしたのかも。
「噛む」って「神」と発音からして関係あるのかな?
考え過ぎ?
考え過ぎ?
> ヒンズー教の留学生が普通にトンカツ食って
豚肉がタブーなのはイスラム教
牛肉がタブーなのはヒンズー教だったと思うが
ただしイスラム教の場合は豚は不浄とされるため
一方ヒンドゥー教の場合は牛は神聖とされるためと理由が対照的
そういやインドが英国植民地だった時代に起きたセポイの乱は
インド人兵士に銃弾の交換時には弾の入った油紙を口で開けるよう命令したら
油紙には牛か豚の獣脂が使われてると疑われたのが原因と聞いた
植物油を使う智恵はなかったのか
豚肉がタブーなのはイスラム教
牛肉がタブーなのはヒンズー教だったと思うが
ただしイスラム教の場合は豚は不浄とされるため
一方ヒンドゥー教の場合は牛は神聖とされるためと理由が対照的
そういやインドが英国植民地だった時代に起きたセポイの乱は
インド人兵士に銃弾の交換時には弾の入った油紙を口で開けるよう命令したら
油紙には牛か豚の獣脂が使われてると疑われたのが原因と聞いた
植物油を使う智恵はなかったのか
植民地の人間のことでいちいち配慮してたとは考えにくいが…
>>59
「神(カム)」の語源が何であるかはまだはっきりとしていないはずだし
「噛(カム)」から来た言葉な可能性はあるのかも知れませんね
「上」「髪」「紙」はそれらしいけれど、どれも発音が「カミ」であり
元々が「カム」であった「神」の語源としては適当ではないと言うのを聞いたことがあります
そういえば、伊勢では伊勢自身が(外宮のことなんだろうか?)古式懐しい方法で未だに
お神酒を作っているようですが、口醸酒ってことはさすがにないよな
「神(カム)」の語源が何であるかはまだはっきりとしていないはずだし
「噛(カム)」から来た言葉な可能性はあるのかも知れませんね
「上」「髪」「紙」はそれらしいけれど、どれも発音が「カミ」であり
元々が「カム」であった「神」の語源としては適当ではないと言うのを聞いたことがあります
そういえば、伊勢では伊勢自身が(外宮のことなんだろうか?)古式懐しい方法で未だに
お神酒を作っているようですが、口醸酒ってことはさすがにないよな
>>63
そういう美談もあるだろうけど
偉い人「フグを食べたいぞ」
従 者「へへー。 罪人を連れてこい!」
罪 人「この刺身を一切れずつ食べれば罪が帳消しに?」
従 者「その通りだ、さあ順番に食べるのだー」
で、見つけたんじゃないの。
昔は結構、人体実験やってるから。
そういう美談もあるだろうけど
偉い人「フグを食べたいぞ」
従 者「へへー。 罪人を連れてこい!」
罪 人「この刺身を一切れずつ食べれば罪が帳消しに?」
従 者「その通りだ、さあ順番に食べるのだー」
で、見つけたんじゃないの。
昔は結構、人体実験やってるから。
>>59
「カミ」で重要なのは「k」より「i」の発音らしい
日本語では母音が「i」のものは大抵命に関わる大切なものだったりするとか
「血」とか「乳」とか「火」とか「土」とか。だから「巫女」は「Mi」で始まる
「御阿礼の子」みたいに「Mi」の発音は尊いものなんですね
「カミ」で重要なのは「k」より「i」の発音らしい
日本語では母音が「i」のものは大抵命に関わる大切なものだったりするとか
「血」とか「乳」とか「火」とか「土」とか。だから「巫女」は「Mi」で始まる
「御阿礼の子」みたいに「Mi」の発音は尊いものなんですね
いや、美談なのかこれw
ネタのつもりだったのにw
偉い人は偉い人でも、昭和天皇は食べさせてもらえなかったけどね。
しかし、だとしても卵巣の毒の抜き方(正確には抜いてるわけではないが……)はどうやって見つけたんだか。
ネタのつもりだったのにw
偉い人は偉い人でも、昭和天皇は食べさせてもらえなかったけどね。
しかし、だとしても卵巣の毒の抜き方(正確には抜いてるわけではないが……)はどうやって見つけたんだか。
しかし「噛む」と言う動作は攻撃にも食物を取り込むにも有効な点から言えば命との繋がりを強そうだよね
と言うのは少しこじ付けが過ぎるんかな
と言うのは少しこじ付けが過ぎるんかな
要するにゆかりんかわいいよゆかりんって言いたいんじゃね
>>77
日本人は現実的な考えを確りと保ったまま
幻想的なモノに浸る文化を持っていますよ
ってことじゃないのかな。
案外、海外には無いのかもしれない。
第二次大戦の時に、米人は日本人が進化論を知らないと思って教えようとしたが
日本人は教育課程で皆習って米人より詳しかった って話がある。
「じゃあ、なんで天皇が神だとか思ってるんだ?」
と聞かれても、論理的な返答に困ったとか。
進化論は進化論、神は神 という分け方が出来ないから
米では未だに進化論を教えるべきでないとか言っとるのでは。
日本人は現実的な考えを確りと保ったまま
幻想的なモノに浸る文化を持っていますよ
ってことじゃないのかな。
案外、海外には無いのかもしれない。
第二次大戦の時に、米人は日本人が進化論を知らないと思って教えようとしたが
日本人は教育課程で皆習って米人より詳しかった って話がある。
「じゃあ、なんで天皇が神だとか思ってるんだ?」
と聞かれても、論理的な返答に困ったとか。
進化論は進化論、神は神 という分け方が出来ないから
米では未だに進化論を教えるべきでないとか言っとるのでは。
だからインテリジェントデザインなんて科学と宗教ごちゃ混ぜの
半端モンが生み出されてしまったのかもな
半端モンが生み出されてしまったのかもな
>>77
俺も>>79氏の一、二行目だと思った。
>>79
一部の州では教えてないね。>米国@進化論
>「じゃあ、なんで天皇が神だとか思ってるんだ?」
この時点で、米人は大きな勘違いしてるんですな。
元々天皇本人が(完全無欠という意味で)神だと思っていたのはごく一部。
(ちょっとその辺は戦後思想とか入ってきちゃうんで、きな臭いから割愛)
日本では神(この神ってのも向こうのGodとは違うけど)は『絶対的な存在』じゃなくて、『人より優れた存在』を指す。
向こうみたいに造物主じゃないんだよね。
だから『野球の神様』とか『経営の神様』とか、そういう例えがすぐに出てくる。
また、元々『神』と『鬼』(ともに人より凄い存在)の境界が曖昧だから、向こうみたいに『神=善』『悪魔=悪』という明確な置き換えが存在しないのではないかと。
俺も>>79氏の一、二行目だと思った。
>>79
一部の州では教えてないね。>米国@進化論
>「じゃあ、なんで天皇が神だとか思ってるんだ?」
この時点で、米人は大きな勘違いしてるんですな。
元々天皇本人が(完全無欠という意味で)神だと思っていたのはごく一部。
(ちょっとその辺は戦後思想とか入ってきちゃうんで、きな臭いから割愛)
日本では神(この神ってのも向こうのGodとは違うけど)は『絶対的な存在』じゃなくて、『人より優れた存在』を指す。
向こうみたいに造物主じゃないんだよね。
だから『野球の神様』とか『経営の神様』とか、そういう例えがすぐに出てくる。
また、元々『神』と『鬼』(ともに人より凄い存在)の境界が曖昧だから、向こうみたいに『神=善』『悪魔=悪』という明確な置き換えが存在しないのではないかと。
>>82
いや、米人は唯一神と八百万の神を混同していたわけじゃないよ。
日本の天皇が神を自称する根拠が
天孫降臨から神武天皇以降まで続く一連の流れであると知ってた。
それが、人が猿から進化したという進化論と相容入れない考えだから
「何故進化論を信じて天皇も信じるのだ」となった。
まぁ今書いてて気づいたが
「天皇家と人間の発生過程は違って
天皇は神から、人間は猿から今の状態になったんだよ」
で説明はできるけどな。
でも、そう思ってる奴は居なかったわけだ。
自然と、人間は猿から進化したって事と、神話を両立させてた。
いや、米人は唯一神と八百万の神を混同していたわけじゃないよ。
日本の天皇が神を自称する根拠が
天孫降臨から神武天皇以降まで続く一連の流れであると知ってた。
それが、人が猿から進化したという進化論と相容入れない考えだから
「何故進化論を信じて天皇も信じるのだ」となった。
まぁ今書いてて気づいたが
「天皇家と人間の発生過程は違って
天皇は神から、人間は猿から今の状態になったんだよ」
で説明はできるけどな。
でも、そう思ってる奴は居なかったわけだ。
自然と、人間は猿から進化したって事と、神話を両立させてた。
◆ 其の七(スレ7)>>262–284
信仰心が少なくなると神様の力が弱まるってのは宗教界ではメジャーな考えなの?
「信仰心が少なくなると天災を起こす」が多数派だろう
でも「宗教界」じゃ括りが大きすぎよ
でも「宗教界」じゃ括りが大きすぎよ
そもそも信仰心が神の力になるって主張してる宗教ってあるの?
神道だと、別に信仰しようがしなかろうが神はそこにあるって感じだけど
神道だと、別に信仰しようがしなかろうが神はそこにあるって感じだけど
昔からある(漫画とか小説だけか)概念だよね
畏れられてこそ神
恐れられてこそ神
なんて言うぐらいだし
信仰の力が強い=多くの人間から強く想われている=存在の力が強い、確固とした存在である=神力が高い
と言ったような解釈がなされているんだろうかね
誰からも忘れられた神は、存在しないのと同じ=存在の死。となるわけだし
畏れられてこそ神
恐れられてこそ神
なんて言うぐらいだし
信仰の力が強い=多くの人間から強く想われている=存在の力が強い、確固とした存在である=神力が高い
と言ったような解釈がなされているんだろうかね
誰からも忘れられた神は、存在しないのと同じ=存在の死。となるわけだし
宗教団体自体が主張するのは、まぁ聞かないね。
神の強さを云々するというの自体、一神教に近ければまず意味ない。
多神教の場合も、神自体の強さは売りになるから主張するとして
「信仰すればもっと強くなりますよ」なんて、誰得という話。
お金や信仰心に応じて神徳を発揮する神なら幾らでも居るんじゃないかと思うが。
強さとなると…軍事関係かね。
戦に際して、宗教というより国などが
「信仰することにより神の力もますます高ぶり
我々の勝利は確定的に明らかになるのだ」
とか言ってそうだが。
神の強さを云々するというの自体、一神教に近ければまず意味ない。
多神教の場合も、神自体の強さは売りになるから主張するとして
「信仰すればもっと強くなりますよ」なんて、誰得という話。
お金や信仰心に応じて神徳を発揮する神なら幾らでも居るんじゃないかと思うが。
強さとなると…軍事関係かね。
戦に際して、宗教というより国などが
「信仰することにより神の力もますます高ぶり
我々の勝利は確定的に明らかになるのだ」
とか言ってそうだが。
正直なとこ、信仰心=神の力って、小説漫画ゲームだけの話だと思うんだよ
だって信仰心が力の源って考えは、よく言っても人間が神を養うということだし、
つきつめると「神は人間の心から生まれた」って言説になる
どの宗教だろうと真面目に信仰持ってる人なら口が裂けても言わないことだし
逆に無神論者なら、神の力を云々するわけがない
なので信仰心=神の力と言うのは「そうだったら面白いなあ」と考える作家だけの考えだと思うんだよね
だって信仰心が力の源って考えは、よく言っても人間が神を養うということだし、
つきつめると「神は人間の心から生まれた」って言説になる
どの宗教だろうと真面目に信仰持ってる人なら口が裂けても言わないことだし
逆に無神論者なら、神の力を云々するわけがない
なので信仰心=神の力と言うのは「そうだったら面白いなあ」と考える作家だけの考えだと思うんだよね
そもそも、人すら創った創造神の範疇になると、
信仰が力の源とか言ってたら何も出来ないからな…
信仰が神の力の源とすると、神の力がかなり限定的になる。
「人」にとって、至極都合の良い考え方だと思ってみたり。
信仰が力の源とか言ってたら何も出来ないからな…
信仰が神の力の源とすると、神の力がかなり限定的になる。
「人」にとって、至極都合の良い考え方だと思ってみたり。
なんというか信仰は神様の力を左右するんじゃ無くて
信仰心が高い人間ほど、本来トンデモな神の力をより強く引き出せるって感じじゃないかな?
(信じる人間が多い→深く信じてる人間の数が多くなる→その分、社会に影響が与えられるって考えれば
信仰心=神の力とも取れるかもしれんw)
実際の宗教じゃ、人間によって神の力が左右されるなんて言ったら
逆に不安定な存在に見えちゃう怖れもあるだろうしな。
信仰心が高い人間ほど、本来トンデモな神の力をより強く引き出せるって感じじゃないかな?
(信じる人間が多い→深く信じてる人間の数が多くなる→その分、社会に影響が与えられるって考えれば
信仰心=神の力とも取れるかもしれんw)
実際の宗教じゃ、人間によって神の力が左右されるなんて言ったら
逆に不安定な存在に見えちゃう怖れもあるだろうしな。
>.270書いた後で思ったが実際じゃ、その考えだと
それこそ教祖、教皇クラスの方が神の力出せないと困る事になるんだよなw
下手に教皇様は何もできないのに
ジャンヌダルクみたいな村人Aが聖人なんかになっちゃうとアレ?信仰心で力出せるんじゃ?と・・・
それこそ教祖、教皇クラスの方が神の力出せないと困る事になるんだよなw
下手に教皇様は何もできないのに
ジャンヌダルクみたいな村人Aが聖人なんかになっちゃうとアレ?信仰心で力出せるんじゃ?と・・・
信仰心と神力の関係ねぇ……
少年漫画脳な俺が考えてみると、
信仰心アップ→私にはみんなが着いててくれる!→なんか燃えてきたーッ!!→いつもよりパワー増し増しだぜーッ!!!
信仰心ダウン→どうせみんな私のことなんて……→はぁ、なんかもう冷めちゃった……→やる気でねぇー……
ってなイメージが。
これを東方的に考えると信仰心=ガッツ=残機だな
少年漫画脳な俺が考えてみると、
信仰心アップ→私にはみんなが着いててくれる!→なんか燃えてきたーッ!!→いつもよりパワー増し増しだぜーッ!!!
信仰心ダウン→どうせみんな私のことなんて……→はぁ、なんかもう冷めちゃった……→やる気でねぇー……
ってなイメージが。
これを東方的に考えると信仰心=ガッツ=残機だな
そんな形の制限つけるメリットがないでしょ
「うちの神様リミッターかかっててしょぼいけどアナタ信仰してくれません?」なんて勧誘があるかとw
「うちの神様リミッターかかっててしょぼいけどアナタ信仰してくれません?」なんて勧誘があるかとw
そこに神がいてもいなくても自然現象や物理法則は何一つ変わらないと思う
カミナリは大木を引き裂く超パワーがあるが
ただの気象現象だと思えば何の恩恵も得られないが
そこに雷神が居ると思って祀ればとても強い力の神が拠り所になる
神への信仰はただ単にその法則を擬人化して会話できるか出来ないかってだけの話だと思う
カミナリは大木を引き裂く超パワーがあるが
ただの気象現象だと思えば何の恩恵も得られないが
そこに雷神が居ると思って祀ればとても強い力の神が拠り所になる
神への信仰はただ単にその法則を擬人化して会話できるか出来ないかってだけの話だと思う
そういえば「信仰心が足りないから神が救ってくれない」って言説は、宗教側から聞かないこともない
どっちかといえば歴史の新しいアレな宗教からだけど
聖書のヨブ記だと、信仰心と救いの関係を完全否定してたなあ
どっちかといえば歴史の新しいアレな宗教からだけど
聖書のヨブ記だと、信仰心と救いの関係を完全否定してたなあ
>>277
宗教の本流としてはそういった事言ったりしないだろうけど
末端の牧師であるとか坊主であるとか、そこら辺は普通に
「信心不足」みたいな事を言う奴が居るぞ。
まぁ、宗教団体としての正規の解釈ではないんだろうが。
宗教の本流としてはそういった事言ったりしないだろうけど
末端の牧師であるとか坊主であるとか、そこら辺は普通に
「信心不足」みたいな事を言う奴が居るぞ。
まぁ、宗教団体としての正規の解釈ではないんだろうが。
それ、あくまでも「お前の信心が足りないから神が助けようとしてくれないんだ」っていう「お前が悪い」理論であって
「お前の信心が足りないから神が力を発揮できない」っていう「神が悪い」理論じゃないような
そもそも一人の信心が足りないだけで力を発揮できないなんて他の信者の立場がないというか神として情けなさ過ぎるだろ
「お前の信心が足りないから神が力を発揮できない」っていう「神が悪い」理論じゃないような
そもそも一人の信心が足りないだけで力を発揮できないなんて他の信者の立場がないというか神として情けなさ過ぎるだろ
あぁ >>277の「信仰心が足りないから」ってのは「神が力を発揮出来ない」って意味でか。
別に、神様自体の能力が下がる必要性はないからなぁ。
生贄であるとか儀式であるとか、信仰不足による御利益不足も
基本的に「神様に伝わってない」とか「神様のやる気がでない」とか
まぁそんなんだからな。
別に、神様自体の能力が下がる必要性はないからなぁ。
生贄であるとか儀式であるとか、信仰不足による御利益不足も
基本的に「神様に伝わってない」とか「神様のやる気がでない」とか
まぁそんなんだからな。
ここまで読んできて、「信仰心が増える」=「神様からの恵みがもっといっぱい受けらますよ!」っことじゃないかなあと思ったり。 あと、上の方であった"信仰欲"も入ってくるかも
俺の脳みそじゃ
信仰されない神さまは俺らにはいないも同然ってことくらいしか理解できない。
信仰されない神さまは俺らにはいないも同然ってことくらいしか理解できない。
RuneQuestの神聖魔法思い出した
◆ 其の八(スレ8)>>91–175
スクナか、確か2万ちかく投入してよーやく封印出来たんだっけ?
ぱんぴーといえども波状攻撃の前には大妖怪といえども耐え切れないか、
九尾もそうだったけど、ソビエトのドクトリンは昔から存在してたか
ただ東方世界の日本って信仰失われているって聞くけど、土木業・漁業・造船業・商売
・自衛隊とかは今でも普通にお払いとか、神社参拝もデフォだからそれがなくなる
ってどんだけだよ、ああいった職業に神とは斬っても切れない縁があるぞ、ショッピングモール
ですらそういったのあるのに
ぱんぴーといえども波状攻撃の前には大妖怪といえども耐え切れないか、
九尾もそうだったけど、ソビエトのドクトリンは昔から存在してたか
ただ東方世界の日本って信仰失われているって聞くけど、土木業・漁業・造船業・商売
・自衛隊とかは今でも普通にお払いとか、神社参拝もデフォだからそれがなくなる
ってどんだけだよ、ああいった職業に神とは斬っても切れない縁があるぞ、ショッピングモール
ですらそういったのあるのに
そうだな。
安全意識高揚の発表会で、「安全祈願祭の効果はありましたか?」という質問に
「安全意識を共有するという面で多少の効果はあったと思います」なんて答弁しなきゃならない世の中だもの。
安全意識高揚の発表会で、「安全祈願祭の効果はありましたか?」という質問に
「安全意識を共有するという面で多少の効果はあったと思います」なんて答弁しなきゃならない世の中だもの。
それを信仰が有る物として言うなら、まあそもそもだったらそんな質問来ないとも思うが、
「神が祈願を受け入れてくれたようです」ぐらいの返答が返ってくるのだろうか
「神が祈願を受け入れてくれたようです」ぐらいの返答が返ってくるのだろうか
そんな事言ったら間違い無く宗教アレルギーの人に怒られるなw
宗教は「危険」で「理解出来ない、理解するべきではない」ものだったりするからなぁ
試しに神を信じてるなんて言ったらまず頭がおかしい人と思われかねない
宗教は「危険」で「理解出来ない、理解するべきではない」ものだったりするからなぁ
試しに神を信じてるなんて言ったらまず頭がおかしい人と思われかねない
何事もほどほどがいいのに、どっちかに振り切れなきゃ許されないこんな世の中じゃ
昔から本気で神様を信じていたり、崇めているのって極少数じゃないか?
まぁそんな連中が権力握るとろくなことがないのは歴史が証明しているよ
まぁそんな連中が権力握るとろくなことがないのは歴史が証明しているよ
神社にお参りしたとこで、心から神を信じてるのかはわからないよね
俺だって習慣でお参りしてるだけで、神の存在を信じてるか自信ない……
みたいなのを今、長文で書いて書き込みボタン押そうとしたらその瞬間に停電したので吹いた
こういうのを偶然とみずに「やっぱり神様いるんじゃね?」って思っちゃう俺は、信じてるうちに入るな
俺だって習慣でお参りしてるだけで、神の存在を信じてるか自信ない……
みたいなのを今、長文で書いて書き込みボタン押そうとしたらその瞬間に停電したので吹いた
こういうのを偶然とみずに「やっぱり神様いるんじゃね?」って思っちゃう俺は、信じてるうちに入るな
>>97
神の信仰心が昔から極少数派って事は無いんじゃないか
じゃ無かったら、言っちゃ悪いけど天皇家とかとっくに滅ぼされてるような
後、
>まぁそんな連中が権力握るとろくなことがないのは歴史が証明しているよ
とあるが、信心深い人間が権力握って問題起こした事って、日本では何かあったっけ?
海外の例なら知ってるが、日本では近年の某新興宗教ぐらいしか知らないんだが
神の信仰心が昔から極少数派って事は無いんじゃないか
じゃ無かったら、言っちゃ悪いけど天皇家とかとっくに滅ぼされてるような
後、
>まぁそんな連中が権力握るとろくなことがないのは歴史が証明しているよ
とあるが、信心深い人間が権力握って問題起こした事って、日本では何かあったっけ?
海外の例なら知ってるが、日本では近年の某新興宗教ぐらいしか知らないんだが
>>97
ここ日本においては自然崇拝、祖霊信仰が信仰形態の本質だから
あくまで日本で言う神様ってのは霊的で不可視な何かに過ぎない
日本人の神への意識なんて昔から曖昧模糊
そもそも日本人に西洋的な神観念は合わないんだよ
そして世間的には神様といえばキリストのような西洋モチーフをイメージする
だから神を信じるかと聞かれれば大抵の人はいいえと答える
風神録ED
魔理沙「信仰の意味がわからない」
神奈子「あなたが魔法に対して感じている思いですよ」
言いえて妙だと思う
ここ日本においては自然崇拝、祖霊信仰が信仰形態の本質だから
あくまで日本で言う神様ってのは霊的で不可視な何かに過ぎない
日本人の神への意識なんて昔から曖昧模糊
そもそも日本人に西洋的な神観念は合わないんだよ
そして世間的には神様といえばキリストのような西洋モチーフをイメージする
だから神を信じるかと聞かれれば大抵の人はいいえと答える
風神録ED
魔理沙「信仰の意味がわからない」
神奈子「あなたが魔法に対して感じている思いですよ」
言いえて妙だと思う
海外における信仰も誤解されやすいけど
海外における宗教って一種の道徳なんだよな。
だから、無宗教って答えると、まるで道徳のない人かのように見られてしまう
ムスリムにしてもクリスチャンにしても、生活がまっとうで、精神も安定している人らは
日本人の信仰心とそんなにかけ離れていないと思う
外国からしたら
立て箸、箸渡しが非常識とされるのも信仰心の現われに見えるだろうね
海外における宗教って一種の道徳なんだよな。
だから、無宗教って答えると、まるで道徳のない人かのように見られてしまう
ムスリムにしてもクリスチャンにしても、生活がまっとうで、精神も安定している人らは
日本人の信仰心とそんなにかけ離れていないと思う
外国からしたら
立て箸、箸渡しが非常識とされるのも信仰心の現われに見えるだろうね
日本人はキリストでもなくイスラムでもなく、祖先と自然を信仰してるでいいんでね?
イスラムは無宗教者はぬっころしててもおkだもんなぁ
神奈子がとく信仰はそういった神に手を合わせるなり、捧げ物をしたり感謝を捧げる
っていう意味なのかなぁ?科学を信仰する我々のように
ただ神奈子が信仰失ったのは戦神なのに、征服以降ほぼ負けつつけたからだと思ってしまう
まぁアレスみたいに人間に返り討ちあったり、騙されても信仰は維持されたけど
神奈子がとく信仰はそういった神に手を合わせるなり、捧げ物をしたり感謝を捧げる
っていう意味なのかなぁ?科学を信仰する我々のように
ただ神奈子が信仰失ったのは戦神なのに、征服以降ほぼ負けつつけたからだと思ってしまう
まぁアレスみたいに人間に返り討ちあったり、騙されても信仰は維持されたけど
そもそも科学信仰ってなんだっけ?
神奈子の説く信仰は
かなこさますきすきだいすき
かなこさまパネェっす一生ついていきます!
みたいな感情から自然とお供えしたりお参りしたりする中で
その人の中で拠り所になる感じなんじゃまいか?>>108からするに
かなこさますきすきだいすき
かなこさまパネェっす一生ついていきます!
みたいな感情から自然とお供えしたりお参りしたりする中で
その人の中で拠り所になる感じなんじゃまいか?>>108からするに
科学を信仰するのは本末転倒のように思うが…
まぁマイナスイオンとか血液型で性格とか
ああいうの信じちゃってありがたがるのは信仰の類だろうな
ていうか負け続けたとかそんなのどこで書かれてたんだ
まぁマイナスイオンとか血液型で性格とか
ああいうの信じちゃってありがたがるのは信仰の類だろうな
ていうか負け続けたとかそんなのどこで書かれてたんだ
書いてないよ。
「科学の時代」になって信仰が失われていった、と書いてあったくらい。
「科学の時代」になって信仰が失われていった、と書いてあったくらい。
むしろ勝ち続けて信仰が減ることはあるんだろうか
「俺たちTUEEEE!!神なんかに頼る必要ないよな、供物がもったいない」
というわけで、ある程度の苦戦や致命的でない程度の局所での敗戦はヒトの力を過信させないために必要かと
今でも例えばスポーツの試合で競り合っていたら何かに祈るだろ?
農耕神の信仰の減少だって、肥料の発達により「神に頼らなくても安定した収穫を見込める」ようになったことも一因だろうし
今でも例えばスポーツの試合で競り合っていたら何かに祈るだろ?
農耕神の信仰の減少だって、肥料の発達により「神に頼らなくても安定した収穫を見込める」ようになったことも一因だろうし
天気予報や台風情報とかは風雨の神様には致命的だろうなぁ・・・
全力で予想を外させようとする諏訪子や加奈子を想像したら何か和んだ
どこのサイトか忘れたけどもさ、永琳は実はスクナビコだったんだよ! タカムスビの家系が八意家なんだよ!
みたいなことが書いてあったんだけど、これってなんか根拠あるの?
それとそのことが書いてあるサイト知ってる人いたら教えてくれ。
みたいなことが書いてあったんだけど、これってなんか根拠あるの?
それとそのことが書いてあるサイト知ってる人いたら教えてくれ。
高御産巣日神の子供が八意思兼神。日本書紀だと少彦名も高御産巣日神の子供。
永琳=八意思兼神ってのはまあメジャーな解釈だけど、
少彦名は薬つながりだけって気がする。
永琳=八意思兼神ってのはまあメジャーな解釈だけど、
少彦名は薬つながりだけって気がする。
うほう、サンクス
なんでオモイカネと薬って取り合わせにしたのかが疑問だよな。
なんでオモイカネと薬って取り合わせにしたのかが疑問だよな。
もしかしたら、八意思兼神と少彦名のハイブリッドなイメージだったのかもな。
自分が見たサイトの管理人はそれが言いたかったのかも知れんな、うん。
ええい、探しても探しても見つからん。
ええい、探しても探しても見つからん。
>>131
いや、そんなことはない
「生命は如何にして始まったのか?」
「何故生命はこうも合理的な形に進化してきたのか?」
この手の深遠で証明も反証もしがたい問題に神を感じる科学者は少なくない。
自分が医学系だからこういう例ばかりだけど、他の分野でも山とあるはず。
自然科学じゃないけど数学は、もう信仰や哲学と区別が付かないような人も・・・
いや、そんなことはない
「生命は如何にして始まったのか?」
「何故生命はこうも合理的な形に進化してきたのか?」
この手の深遠で証明も反証もしがたい問題に神を感じる科学者は少なくない。
自分が医学系だからこういう例ばかりだけど、他の分野でも山とあるはず。
自然科学じゃないけど数学は、もう信仰や哲学と区別が付かないような人も・・・
SEやってるけど毎日がオカルトの連続だよ
信仰の問題は、
科学の知識のない圧倒的大多数が科学をどう捉えるかってのの方が重要なんじゃないかな。
科学者が量子論を元に「世界は波で出来ている」って言うのと、
うどんげが能力を元に「世界は波で出来ている」って言うの、
どっちも真実で説明の仕方が違うだけなんだが、
「外界」あるいは現実の皆がどっちを信じるかって言ったらそりゃ科学者の方で、
それは科学者が証明した数式や理論を理解して信じてるわけじゃないような気がするんだよ。
科学の知識のない圧倒的大多数が科学をどう捉えるかってのの方が重要なんじゃないかな。
科学者が量子論を元に「世界は波で出来ている」って言うのと、
うどんげが能力を元に「世界は波で出来ている」って言うの、
どっちも真実で説明の仕方が違うだけなんだが、
「外界」あるいは現実の皆がどっちを信じるかって言ったらそりゃ科学者の方で、
それは科学者が証明した数式や理論を理解して信じてるわけじゃないような気がするんだよ。
民衆が、科学者の言う「理論」を信用するのと、
キリストが言う「神」を信仰するのは似てる気がした。
ある人間のバックグラウンドを信用するイメージか。
大体のエライ人に当てはまりそうだなw
キリストが言う「神」を信仰するのは似てる気がした。
ある人間のバックグラウンドを信用するイメージか。
大体のエライ人に当てはまりそうだなw
まぁ科学の世界でも「教祖様」が温暖化はCO2だけが原因だ!!と
強弁したせいで誰もそれに反する意見を言えなくなったって宗教じみた話も
あるっちゃあるけどねw
教祖様がお亡くなりになったらやっとちゃんとした実験ができるようになるかもと
教授が自嘲気味に話してた
強弁したせいで誰もそれに反する意見を言えなくなったって宗教じみた話も
あるっちゃあるけどねw
教祖様がお亡くなりになったらやっとちゃんとした実験ができるようになるかもと
教授が自嘲気味に話してた
バイオ燃料はむしろ自然に厳しいとかなw
何となく、「一般人の科学信仰」というのは、不思議の裏には意思の無い物事があると信ずる事なんだろうなと。
そして、科学者の中には、意思の無い物事を司る法則や数式の裏に神を見たりする人がいるようだなと…
そして、科学者の中には、意思の無い物事を司る法則や数式の裏に神を見たりする人がいるようだなと…
>>137
キリスト教に限って言えばイエス信仰は目的ではなく手段でしかない
神の意思を、いかに曲解せずに救済の方法を見つけるか、それに限られている
キリスト教では祈るとき「イエス・キリストの名に於いて」とか「父と子の御名によって」とか言うが
これは要するに「○○の存在によって」という点からしか神の意思をうかがい知ることは出来ないからこうなる
つまりキリスト教における信仰とはイエスという真の人・真の神の言動を通して神と対話することなのだ
だからキリスト教やイスラム教では教義について解釈の余地が発生する。解釈をまかされたのは人間だからね
また、科学というのも日本と海外では大きく捉え方が違う。日本人の科学とは「新理論を発見すること」だが、
欧米では聖書を読み替えるように「新しい解釈をすること」が科学なのだ。哲学なんてその最たるもんだね
欧米の感覚だと、科学とは「神の御業を科学と言う点から解釈する」という感じだが、日本の科学は逆だ
「神を科学で否定する」方向に走る。だから信仰と科学が共存できず、世界に類を見ないスピードで宗教心が廃れた
キリスト教に限って言えばイエス信仰は目的ではなく手段でしかない
神の意思を、いかに曲解せずに救済の方法を見つけるか、それに限られている
キリスト教では祈るとき「イエス・キリストの名に於いて」とか「父と子の御名によって」とか言うが
これは要するに「○○の存在によって」という点からしか神の意思をうかがい知ることは出来ないからこうなる
つまりキリスト教における信仰とはイエスという真の人・真の神の言動を通して神と対話することなのだ
だからキリスト教やイスラム教では教義について解釈の余地が発生する。解釈をまかされたのは人間だからね
また、科学というのも日本と海外では大きく捉え方が違う。日本人の科学とは「新理論を発見すること」だが、
欧米では聖書を読み替えるように「新しい解釈をすること」が科学なのだ。哲学なんてその最たるもんだね
欧米の感覚だと、科学とは「神の御業を科学と言う点から解釈する」という感じだが、日本の科学は逆だ
「神を科学で否定する」方向に走る。だから信仰と科学が共存できず、世界に類を見ないスピードで宗教心が廃れた
まぁ、生活の一部として定着している信仰や祭りは健在だがな、色々と歪んでいるとかの突っ込みはなしな
まぁ、日本でトマト祭あったらおもしろそうだな、もったいない精神あるからムリポだけど
まぁ、日本でトマト祭あったらおもしろそうだな、もったいない精神あるからムリポだけど
祭りとかの囃子は現実とそんな変わってないのかね
幻想郷では音楽が娯楽としては考えられてないのだろうか
幻想郷では音楽が娯楽としては考えられてないのだろうか
>>142
食べ物の神様が出てきて罰が当たりそうだなw
この勿体無いとか罰が当たるって感覚が日本教と言われる所以なんだろうな
バチとか誰に与えられるの?とか深く考えずに「何故かすんなり信じている」んだから
ちょっと横道にそれるけど
歴史研究というのも困ったもので「邪馬台国はどちらに有ったか」は
実質明治の二人の教祖様(東大の白鳥教授(九州説)京大の内藤教授(幾内説))
における学閥論争だったりするらしい
現代に到るまで東大閥から畿内説が唱えられることはなく
京大閥からは九州説が唱えられることはない 「相手の説をいかに打ち砕くか」が目的なのだから
邪馬台国の本当の伝承は案外幻想郷に流れてるかもなw 慧音の教科書の隅っこ辺りに
科学信仰でも宗教でも何でも「偉い人の言う事は絶対」というのは時たま暴走して
色んなものが神の代用品として崇められ誤解され神はダメージを負う
(血液型、マイナスイオン、アントシアニン、パワースポット(コレが一番ひどいw))
事実だけをあるがままに、という唯物主義では神が過剰に切り捨てられてしまう
歴史教育で「その当時の人々が何を信じていたか」を現代の視点で見て軽視してしまうから一切教えなかったり
でも迎合して上手くやってる神の方が多数派なんだからやっぱ幻想郷に行った神は不器用だったか
運がなかったか現世に飽きたかしたんだろうなw
食べ物の神様が出てきて罰が当たりそうだなw
この勿体無いとか罰が当たるって感覚が日本教と言われる所以なんだろうな
バチとか誰に与えられるの?とか深く考えずに「何故かすんなり信じている」んだから
ちょっと横道にそれるけど
歴史研究というのも困ったもので「邪馬台国はどちらに有ったか」は
実質明治の二人の教祖様(東大の白鳥教授(九州説)京大の内藤教授(幾内説))
における学閥論争だったりするらしい
現代に到るまで東大閥から畿内説が唱えられることはなく
京大閥からは九州説が唱えられることはない 「相手の説をいかに打ち砕くか」が目的なのだから
邪馬台国の本当の伝承は案外幻想郷に流れてるかもなw 慧音の教科書の隅っこ辺りに
科学信仰でも宗教でも何でも「偉い人の言う事は絶対」というのは時たま暴走して
色んなものが神の代用品として崇められ誤解され神はダメージを負う
(血液型、マイナスイオン、アントシアニン、パワースポット(コレが一番ひどいw))
事実だけをあるがままに、という唯物主義では神が過剰に切り捨てられてしまう
歴史教育で「その当時の人々が何を信じていたか」を現代の視点で見て軽視してしまうから一切教えなかったり
でも迎合して上手くやってる神の方が多数派なんだからやっぱ幻想郷に行った神は不器用だったか
運がなかったか現世に飽きたかしたんだろうなw
デカルトによって神は「殺」されたけど、統治者(オーソリティ)のプロパガンダ(?)としての
「神」はまだまだ健在だ、といえる・・・かな
あと、幻想郷にいる神は結界の前からいる神もいるだろうし(秋姉妹とかか?)
世渡りが下手、とかっていうのは考えづらいなぁ
「神」はまだまだ健在だ、といえる・・・かな
あと、幻想郷にいる神は結界の前からいる神もいるだろうし(秋姉妹とかか?)
世渡りが下手、とかっていうのは考えづらいなぁ
>>147
デカルトって神殺してたっけ?
神の存在証明やってたと思ったけど
死ぬとか殺すだったらニーチェかと思った
っていうか西洋哲学の文脈での神って
近代から「第一原理、全てのものごとの起こり」という意味に回帰したはずだから、
文字通り「神を殺す」のは、学問そのものを否定することになって無理なんじゃない?
デカルトって神殺してたっけ?
神の存在証明やってたと思ったけど
死ぬとか殺すだったらニーチェかと思った
っていうか西洋哲学の文脈での神って
近代から「第一原理、全てのものごとの起こり」という意味に回帰したはずだから、
文字通り「神を殺す」のは、学問そのものを否定することになって無理なんじゃない?
第一原理じゃなかった第一原因
しかもそれはアリステレースだ アチャー
「人間が知っていないことの領域、存在」って言いたかったんやー
しかもそれはアリステレースだ アチャー
「人間が知っていないことの領域、存在」って言いたかったんやー
デカルトは確かに神の存在証明とかしていた。だが彼の「我思う故に我あり」は
神の存在を否定するものだった。
ハイデガーのニーチェ解釈から抜粋
「神の死」は単にキリスト教の神の死を意味しているのではない。
存在するもの全体が神の被造物であるという考えとは、全く別の見方が生じた。
(中略)
即ち、存在者全体の中の一つである特殊な存在者に過ぎない人間が、我思うの我(=主体)となって、
謀反を起こして立ち上がったのである。存在するもの全体は、本来存在そのもの(=創造神)
に委ねられていたのに、存在するものの資格を、我思うの確信によって定めることになった。
「神の死」という言葉は、この様な(人間の)自己意識が一切の存在するものを決定し、
対象化するという事態を意味している。
つまり、『神様が作ったからこの世界があるんだよ』って考えから
『人間が認識したり、(存在を)確信したり、観察出来るからこの世界は
存在してると言えるんだよ』ってシフトしたことをニーチェは「神は死んだ」
と言っている。
ハルヒの古泉が言っていた人間中心理論だかが参考になる。
>>文字通り「神を殺す」のは、学問そのものを否定することになって無理なんじゃない?
これ故にデカルト批判が出て来たんじゃないかと俺は思ってる。
長駄文スマン
神の存在を否定するものだった。
ハイデガーのニーチェ解釈から抜粋
「神の死」は単にキリスト教の神の死を意味しているのではない。
存在するもの全体が神の被造物であるという考えとは、全く別の見方が生じた。
(中略)
即ち、存在者全体の中の一つである特殊な存在者に過ぎない人間が、我思うの我(=主体)となって、
謀反を起こして立ち上がったのである。存在するもの全体は、本来存在そのもの(=創造神)
に委ねられていたのに、存在するものの資格を、我思うの確信によって定めることになった。
「神の死」という言葉は、この様な(人間の)自己意識が一切の存在するものを決定し、
対象化するという事態を意味している。
つまり、『神様が作ったからこの世界があるんだよ』って考えから
『人間が認識したり、(存在を)確信したり、観察出来るからこの世界は
存在してると言えるんだよ』ってシフトしたことをニーチェは「神は死んだ」
と言っている。
ハルヒの古泉が言っていた人間中心理論だかが参考になる。
>>文字通り「神を殺す」のは、学問そのものを否定することになって無理なんじゃない?
これ故にデカルト批判が出て来たんじゃないかと俺は思ってる。
長駄文スマン
>>141
んー、どっちかっていうと、科学は神やら妖怪やらを理論に置き換えていると思う。
神や妖怪を殺しているわけではなく、より納得出来る理論に形を変えてしまった感じ。
ある意味では日本人らしい「科学信仰」なんじゃないかな。
神が天気や作物の状態を決めるのではなく、気象学や農学が天気や作物の状態を決める。
んー、どっちかっていうと、科学は神やら妖怪やらを理論に置き換えていると思う。
神や妖怪を殺しているわけではなく、より納得出来る理論に形を変えてしまった感じ。
ある意味では日本人らしい「科学信仰」なんじゃないかな。
神が天気や作物の状態を決めるのではなく、気象学や農学が天気や作物の状態を決める。
雷様が雷落としてるのも、空気中の電子が云々っていうもの
説明のしかたが違うだけで、雷が落ちる原因を説明してるってことだな
説明のしかたが違うだけで、雷が落ちる原因を説明してるってことだな
だけど今までどのような反応を返すか予測が付かなかった現象が
ある程度は不確定な要素は残っているとは言え、単純な反応を返すようになったという意味では
神は生物に近い存在から無生物に近い存在へシフトしたのかもしれないね
ある程度は不確定な要素は残っているとは言え、単純な反応を返すようになったという意味では
神は生物に近い存在から無生物に近い存在へシフトしたのかもしれないね
>>152
科学信仰というのは
たとえば最近の
「ウナギがとれない」→エルニーニョによって海流が変わったからだ
なんてのが、それなんじゃないかと思う
ウナギの生態は謎が多く、最近は成果が上がっているが完全には解明できていない
また、日本人が乱獲しすぎているのも事実
あるいは単に、さまざまな要素が絡み合って「たまたま」少なかったのかも・・・
しかしそういった事象に対して
科学でもっともらしい答えを断定してしまう
これこそ科学信仰じゃないかと
本物の科学だったら「~~の可能性が高い」「さまざまな要素が絡み合っている」に留めるのではと
科学信仰というのは
たとえば最近の
「ウナギがとれない」→エルニーニョによって海流が変わったからだ
なんてのが、それなんじゃないかと思う
ウナギの生態は謎が多く、最近は成果が上がっているが完全には解明できていない
また、日本人が乱獲しすぎているのも事実
あるいは単に、さまざまな要素が絡み合って「たまたま」少なかったのかも・・・
しかしそういった事象に対して
科学でもっともらしい答えを断定してしまう
これこそ科学信仰じゃないかと
本物の科学だったら「~~の可能性が高い」「さまざまな要素が絡み合っている」に留めるのではと
「ウナギがとれない」→ミスティアが獲りすぎた可能性が高い。
ヤツメウナギって一度海に出るんだよな…
それとも海に出なくてもいいように適応したのだろうか
それとも海に出なくてもいいように適応したのだろうか
悪魔の証明ってやつだな
居ないものは証明できない
居ないものは証明できない
ヤツメウナギでもスナヤツメは海に出ないで河で一生を送るらしい
ただし絶滅危惧種……って、幻想入り?
ただし絶滅危惧種……って、幻想入り?
科学者は間違ったことを言いたくないから、「~の可能性が高い」と言ってるだけで
そこまで言ってるなら違う可能性は限りなく低いから変に疑わなくていいけどね。
逆のことを言ってる人のがもっともらしかったらダメだけど
そこまで言ってるなら違う可能性は限りなく低いから変に疑わなくていいけどね。
逆のことを言ってる人のがもっともらしかったらダメだけど
100%正しいとか言えるのは、数学とか論理学だけなんじゃなかろうか
現実世界だと観測漏れの要因のほかに、そもそも基本法則のどっかが間違ってる可能性も否定できない
間違いないと思われていたニュートン力学が、運動量や質量が極端なときは適用できなくなって相対論量子論に取って代わられたみたいに
そういや恒星間クラスの距離になると重力の弱まりが小さくなるとかいう、修正ニュートン力学とかいう仮説もあったなあ
現実世界だと観測漏れの要因のほかに、そもそも基本法則のどっかが間違ってる可能性も否定できない
間違いないと思われていたニュートン力学が、運動量や質量が極端なときは適用できなくなって相対論量子論に取って代わられたみたいに
そういや恒星間クラスの距離になると重力の弱まりが小さくなるとかいう、修正ニュートン力学とかいう仮説もあったなあ
航空力学上では飛べないはずの虫とかいるらしいからなあ
その時の理論の欠点の見つけられる対象が
宗教なら「神殺し」とか言われ、
それが科学や数学なら新理論の発見なら、
理論そのものが神といっても今なら差し支えないのだろうか
その時の理論の欠点の見つけられる対象が
宗教なら「神殺し」とか言われ、
それが科学や数学なら新理論の発見なら、
理論そのものが神といっても今なら差し支えないのだろうか
そもそも科学信仰ってのは何を指す言葉なんだ?
科学を信じているという意味なのか、科学を過信しているという意味なのか、科学の名を騙る非科学(擬似科学)を信じてしまうことなのか
科学を信じているという意味なのか、科学を過信しているという意味なのか、科学の名を騙る非科学(擬似科学)を信じてしまうことなのか
>>165
東方の「信仰」っていう設定。
風神録txtにある「そう、人間は科学と情報を信仰し始めたのだ。」っていう東方世界で起きた事実。
信仰が物理的な力を持っている(持っていた)東方世界において、科学と情報を信仰するというのはどういう事なのか。
科学と情報が、唯物論を越えたオカルト的パゥアーを持つのではないだろうか。
東方の「信仰」っていう設定。
風神録txtにある「そう、人間は科学と情報を信仰し始めたのだ。」っていう東方世界で起きた事実。
信仰が物理的な力を持っている(持っていた)東方世界において、科学と情報を信仰するというのはどういう事なのか。
科学と情報が、唯物論を越えたオカルト的パゥアーを持つのではないだろうか。
東方世界の薬の元締めっていったら薬師如来だよなぁ
KK(科学的に・考えて)
>>165
非妖怪的なものをひっくるめて科学的と言ってるかもね
人間からみて幽霊も神も妖精もひっくるめてい妖怪としているように
科学を信じているのも、科学を過信しているのも、科学の名を騙る非科学(擬似科学)を信じているのも
妖怪からみて科学的なんじゃないかな
非妖怪的なものをひっくるめて科学的と言ってるかもね
人間からみて幽霊も神も妖精もひっくるめてい妖怪としているように
科学を信じているのも、科学を過信しているのも、科学の名を騙る非科学(擬似科学)を信じているのも
妖怪からみて科学的なんじゃないかな
>>166
東方設定だと感情・思想・概念などは神にならない
理論や情報ではなく、人物・書籍・機械などをみんなで拝めば
神力を持つ学者、神力を持つ科学書、神力を持つコンピュータなどができたりはするんだろうけど
東方設定だと感情・思想・概念などは神にならない
理論や情報ではなく、人物・書籍・機械などをみんなで拝めば
神力を持つ学者、神力を持つ科学書、神力を持つコンピュータなどができたりはするんだろうけど
エーリンの薬何かも薬学や生理学を超えた一種の奇跡だよな
「ナチスの科学は世界一ー!」で本当にカタログスペック以上のものになってしまうのか、
単に、人ならざる者を認めないための、科学という名のお呪いなのか…
単に、人ならざる者を認めないための、科学という名のお呪いなのか…
香霖堂が手元にないからうろおぼえだが神の奇御魂は技術を授けてくれるんだったか。
ゲルマン民族の最高知能という信仰を背負った現人神たちがいればサイボーグを作れても不思議じゃないな。
ゲルマン民族の最高知能という信仰を背負った現人神たちがいればサイボーグを作れても不思議じゃないな。
◆ 其の九(スレ9)>>26–940
俺はキリスト教徒ではないけど進化論にも否定的。
たくさんの種類の「狩りバチ」が現存しているが、彼らはほぼ必ずそれぞれ「ある一種類の虫」を獲物として生活している。
これらの狩りバチがある一種の狩りバチから派生進化していったというのなら、必ずどこかで「複数種類の虫を獲物に出来るハチ」が誕生しているはず。
一種類の獲物に特化していくよりも、そちらの万能選手のほうが生き残る可能性が高い。
まあファーブルの受け売りなんだけど。
東方ネタでいうなら、奇数ゼミは、「他種との交配を避けるために奇数を選んだ」のではなく、「他種との交配を避けることが出来た奇数が結果的に生き残った」ということ。
たくさんの種類の「狩りバチ」が現存しているが、彼らはほぼ必ずそれぞれ「ある一種類の虫」を獲物として生活している。
これらの狩りバチがある一種の狩りバチから派生進化していったというのなら、必ずどこかで「複数種類の虫を獲物に出来るハチ」が誕生しているはず。
一種類の獲物に特化していくよりも、そちらの万能選手のほうが生き残る可能性が高い。
まあファーブルの受け売りなんだけど。
東方ネタでいうなら、奇数ゼミは、「他種との交配を避けるために奇数を選んだ」のではなく、「他種との交配を避けることが出来た奇数が結果的に生き残った」ということ。
>>26
別にキリスト教者でなくても、進化論に反論することは全く問題ないと思う
問題なのは、聖書の記述とは異なっていると言って、その学説の妥当性の検証すら行わず
場合によってはその意見自体を抹殺することなんじゃないかな
と言うか、真に神が全知全能であり、その神を本当に信じているのなら
未だ不完全な説に一々右往左往せず、それもまた神の御心だとして受け入れることが
正しい信仰じゃないのかなぁ、と思う今日この頃
別にキリスト教者でなくても、進化論に反論することは全く問題ないと思う
問題なのは、聖書の記述とは異なっていると言って、その学説の妥当性の検証すら行わず
場合によってはその意見自体を抹殺することなんじゃないかな
と言うか、真に神が全知全能であり、その神を本当に信じているのなら
未だ不完全な説に一々右往左往せず、それもまた神の御心だとして受け入れることが
正しい信仰じゃないのかなぁ、と思う今日この頃
>>14
神の存在・死後の世界のデータでみると欧州ではチェコだけ異質だろ
まあ日本の異質さは存在する・しない・わからないが見事に三等分されていて
「日本人の宗教感はこうだ」と主張しても3人のうち2人から違うと言われてしまうとこかもしれん
ちなみにデータは「神の存在・死後の世界」でぐぐって1番上にでてきたサイト参照のこと
神の存在・死後の世界のデータでみると欧州ではチェコだけ異質だろ
まあ日本の異質さは存在する・しない・わからないが見事に三等分されていて
「日本人の宗教感はこうだ」と主張しても3人のうち2人から違うと言われてしまうとこかもしれん
ちなみにデータは「神の存在・死後の世界」でぐぐって1番上にでてきたサイト参照のこと
>>27
カトリックは公式に進化論を認めているし、アメリカのプロテスタント宗派も
多くは(しぶしぶ)認めている。
ただ、原理主義者が多数を占める南部とかでは公然と進化論否定がされている
そうで。州法で公立学校の生物学の授業で進化論を教えることを禁じたり。
(この法律は連邦最高裁で憲法違反として棄却されたが、今でもアメリカの
教科書では進化論に関しての言及は及び腰になっている)
カトリックは公式に進化論を認めているし、アメリカのプロテスタント宗派も
多くは(しぶしぶ)認めている。
ただ、原理主義者が多数を占める南部とかでは公然と進化論否定がされている
そうで。州法で公立学校の生物学の授業で進化論を教えることを禁じたり。
(この法律は連邦最高裁で憲法違反として棄却されたが、今でもアメリカの
教科書では進化論に関しての言及は及び腰になっている)
>>25
たしかにザビエルが日本に来た当時ヨーロッパでは宗教改革で
イエズス会は圧される立場だったがそんで当時は危険な野蛮人の土地と
みなされたアジアやアフリカや中南米に広く伝道活動に出て行った
その信仰心による行動力は良くも悪くも並大抵のものではない
そして25が天草四郎を男の娘扱いしていることに誰も突っ込まない件w
たしかにザビエルが日本に来た当時ヨーロッパでは宗教改革で
イエズス会は圧される立場だったがそんで当時は危険な野蛮人の土地と
みなされたアジアやアフリカや中南米に広く伝道活動に出て行った
その信仰心による行動力は良くも悪くも並大抵のものではない
そして25が天草四郎を男の娘扱いしていることに誰も突っ込まない件w
いや今の話が一段落したら50レスぐらい使ってじっくり聞こうと思ってww
進化論ってなんか日本だとあたかも証明済みの理論であるかのように扱われてるよね。実際に証明するにはどれくらい時間が要りそうなのかは知らないけど
進化論ってなんか日本だとあたかも証明済みの理論であるかのように扱われてるよね。実際に証明するにはどれくらい時間が要りそうなのかは知らないけど
極論を言えば、証明できる科学理論なんて一つもないでしょう。
「こう考えるとシンプルに説明できる」「こういう風に考えると美しい」「これで説明できるデータが多い」
みたいなことの積み重ねで説得力を増していくわけで。
「科学の仮説は反証可能なものだ」って言葉もあるよね。
進化は確かに大きい生物だと見えづらいけど、刻一刻と進化している生物がいることが証左の一つじゃない?
多剤耐性菌なんてまさに進化の産物じゃないか
「こう考えるとシンプルに説明できる」「こういう風に考えると美しい」「これで説明できるデータが多い」
みたいなことの積み重ねで説得力を増していくわけで。
「科学の仮説は反証可能なものだ」って言葉もあるよね。
進化は確かに大きい生物だと見えづらいけど、刻一刻と進化している生物がいることが証左の一つじゃない?
多剤耐性菌なんてまさに進化の産物じゃないか
一見同じに見えるけど実は全く別種だった――って可能性もあるがね。
まさに「科学の仮説は反証可能」って言につきるな。
まさに「科学の仮説は反証可能」って言につきるな。
>>31
まともな生物学者の間では、進化論そのものは特殊相対性理論程度には正しいと
されている。
ただし、進化の原動力が何か、どのような過程で進化が進行したかについては
まだまだ諸説ある。ダーゥインの自然選択説もそういう「進化学説」のひとつ。
科学的に進化論が却下される可能性があった最大の機会は、おそらく遺伝子の
正体がDNA/RNAらしいということが判明して、DNAの分析・比較ができるように
なった時。
もしここで、ヒトの遺伝子がチンパンジーよりもヒトデに近く、今まで解剖学
などの知識をもとに作られていた系統樹が、遺伝子に基づく系統樹とまったく
異なっている、という事実が判明していたら進化論は完全に棄却されていた筈。
幸いにも進化論はそのハードルを乗り越えたわけで現在に至る。
今後も進化論が科学的に正しいかどうか試される機会はあるだろうけど、
進化論が否定されるのがどういう状況なのかがなかなか想像できない。
それこそ、現状進化論の対立仮説なんて創造論とその亜流(ID仮説とか)しか
存在しないし、それらは科学的に検証可能な仮説たりえないのが現実。
まともな生物学者の間では、進化論そのものは特殊相対性理論程度には正しいと
されている。
ただし、進化の原動力が何か、どのような過程で進化が進行したかについては
まだまだ諸説ある。ダーゥインの自然選択説もそういう「進化学説」のひとつ。
科学的に進化論が却下される可能性があった最大の機会は、おそらく遺伝子の
正体がDNA/RNAらしいということが判明して、DNAの分析・比較ができるように
なった時。
もしここで、ヒトの遺伝子がチンパンジーよりもヒトデに近く、今まで解剖学
などの知識をもとに作られていた系統樹が、遺伝子に基づく系統樹とまったく
異なっている、という事実が判明していたら進化論は完全に棄却されていた筈。
幸いにも進化論はそのハードルを乗り越えたわけで現在に至る。
今後も進化論が科学的に正しいかどうか試される機会はあるだろうけど、
進化論が否定されるのがどういう状況なのかがなかなか想像できない。
それこそ、現状進化論の対立仮説なんて創造論とその亜流(ID仮説とか)しか
存在しないし、それらは科学的に検証可能な仮説たりえないのが現実。
白蓮さんは天狗道にスカウトされてもいいと思う
>>34 >進化論が否定されるのが~
それこそ社会の要請によって、だろうね
かつて社会ダーウィニズムが猛威をふるったのは、明らかにそれを支持することを是とする社会(ないし権力)の要請があったからで
もし今後、人類が再び反合理的・非理性的なあり方を志向することがあったなら
案外とあっさり否定され得るものなのかもしんない(米国の進化論排斥が、つまるところ政治力学で選びとられたものであるように)
「進化論」が象徴的に示した科学・合理主義が、「神から人へ」っていう(西洋)近代的風潮と両の轍をなしていたように
今後の世界の多極化次第では、「空飛ぶスパゲッティーモンスター」的な存在が、精神世界を牽引する場面も十分生じ得るわけだw
それこそ社会の要請によって、だろうね
かつて社会ダーウィニズムが猛威をふるったのは、明らかにそれを支持することを是とする社会(ないし権力)の要請があったからで
もし今後、人類が再び反合理的・非理性的なあり方を志向することがあったなら
案外とあっさり否定され得るものなのかもしんない(米国の進化論排斥が、つまるところ政治力学で選びとられたものであるように)
「進化論」が象徴的に示した科学・合理主義が、「神から人へ」っていう(西洋)近代的風潮と両の轍をなしていたように
今後の世界の多極化次第では、「空飛ぶスパゲッティーモンスター」的な存在が、精神世界を牽引する場面も十分生じ得るわけだw
>>36
実際アメリカの原理主義者が狙っているのもそれだからねぇ。
学校の授業で進化論を教えることができないようにして、進化論という概念が
世間に広まらないようにするとか、進化論について語ることをタブー視する
風潮を広めていくとか。
アカデミックな場で進化論が否定されなくても、進化論を抹殺はできる。
グールドが進化論vs創造論の本を書いていた当時はアメリカでの騒動でしか
なくてヨーロッパの研究者にとっては対岸の火事だったのだけど、近年の
ドーキンスの著書ではヨーロッパもイスラム系移民が増えたことで学校の
授業で進化論を教えづらくなっているそうです。
実際アメリカの原理主義者が狙っているのもそれだからねぇ。
学校の授業で進化論を教えることができないようにして、進化論という概念が
世間に広まらないようにするとか、進化論について語ることをタブー視する
風潮を広めていくとか。
アカデミックな場で進化論が否定されなくても、進化論を抹殺はできる。
グールドが進化論vs創造論の本を書いていた当時はアメリカでの騒動でしか
なくてヨーロッパの研究者にとっては対岸の火事だったのだけど、近年の
ドーキンスの著書ではヨーロッパもイスラム系移民が増えたことで学校の
授業で進化論を教えづらくなっているそうです。
ちなみにイスラム教では新しい科学の発見があるたび
「じつはアラーがそのように作っていたのだ」で済むらしい
「じつはアラーがそのように作っていたのだ」で済むらしい
なにそれ楽そう
なんというオムファロスw
その後出しジャンケン思想は良いな
話は飛ぶけど、もし仏革の「理性崇拝」が現実にそれなりの影響力を持ち続けていたらどうなっていたのだろうか……。
「哲学の神殿」「真理のトーチ」「理性の女神」など、悪い意味で面白そうなフレーズが山積してるんだが。
実際はカトリック批判にかこつけたロベスピエール攻撃の意味合いが強かったらしい。
ロベスピエールによる弾圧(対抗して「最高存在の崇拝」なる祭典挙行)もあって継続はしなかったそうな。
「哲学の神殿」「真理のトーチ」「理性の女神」など、悪い意味で面白そうなフレーズが山積してるんだが。
実際はカトリック批判にかこつけたロベスピエール攻撃の意味合いが強かったらしい。
ロベスピエールによる弾圧(対抗して「最高存在の崇拝」なる祭典挙行)もあって継続はしなかったそうな。
はいはい全部ワシのせいって奴か
>>38が指摘してるのはイスラムのホントに素敵な部分じゃないかしら
イスラムってのは(死ぬほど知ったかで乱暴な括りをすれば)聖俗一致を前提にした「解釈の体系」みたいなもんだから
そもそもシステム上、世俗による要請に対応可能な懐の深さがあるんだと思う
この辺、厳格なプロテスタンティズムの神様なんかと比べたら、アッラーさんって実に「話せる」神様だなぁ、とw
お酒ダメっていう建前があるかぎり、自分には到底信仰不能な神様だけど……
イスラムってのは(死ぬほど知ったかで乱暴な括りをすれば)聖俗一致を前提にした「解釈の体系」みたいなもんだから
そもそもシステム上、世俗による要請に対応可能な懐の深さがあるんだと思う
この辺、厳格なプロテスタンティズムの神様なんかと比べたら、アッラーさんって実に「話せる」神様だなぁ、とw
お酒ダメっていう建前があるかぎり、自分には到底信仰不能な神様だけど……
幻想郷内でも淘汰はあるんじゃ
例えば前歯をフォークみたいにする風習とかは(記述が)ないことだし
(幻想郷の様なものがたくさんあるとか、幻想郷内で住みわけがあるとかっていう
可能性もあるけど)
ちなみに、ダーウィンの進化論と社会進化論に関係性はないって
ウィキペディア先生が言ってた
例えば前歯をフォークみたいにする風習とかは(記述が)ないことだし
(幻想郷の様なものがたくさんあるとか、幻想郷内で住みわけがあるとかっていう
可能性もあるけど)
ちなみに、ダーウィンの進化論と社会進化論に関係性はないって
ウィキペディア先生が言ってた
長州力と長州中力があんまり関係ないのと同じってことかな
>>890
ウィキペディア先生もいい加減なこというよね~。人間の思考・思想って、連環なんだよ
「社会ダーウィニズム」が進化論を牽強付会的に引用した結果だなんて、文脈的に明白じゃん
>>888
幻想郷のような複数の知的「種」の共存関係が自明化してる場所では
「社会ダーウィニズム」的な一方通行の価値序列は浸透しようがないと思う
合理的に選別された「人種」に世界の支配権が必然的に収斂するなんていう思想は
どう考えたって幻想郷みたいな雑居状況にはそぐわない
てか、それ以前に、「社会ダーウィニズム」的な考え方って、今でもこっちで現役じゃん?
「人」が「人」を「劣後者」として扱って、それを合理化しようと企てるような心理のあり方が、さ
>>886
少し違う。「言葉狩り」が呪いなんじゃなく、「言葉」が呪いなんだよ
あえて使わせてもらうけど「めくら」「おし」「つんぼ」、「部落」「こじき」「ルンペン」「チョン」「ロリコン」
こういったことばが歴史的な文脈の上でいつしか「指示的」でかつ侮蔑的な意味を孕んできた「使用実績」があってはじめて
「言葉狩り」的おせっかいが生じるんだよ
「ロリコン」で何が悪い? 俺は子どもを愛しているだけだぁぁぁっっっ!!!
ウィキペディア先生もいい加減なこというよね~。人間の思考・思想って、連環なんだよ
「社会ダーウィニズム」が進化論を牽強付会的に引用した結果だなんて、文脈的に明白じゃん
>>888
幻想郷のような複数の知的「種」の共存関係が自明化してる場所では
「社会ダーウィニズム」的な一方通行の価値序列は浸透しようがないと思う
合理的に選別された「人種」に世界の支配権が必然的に収斂するなんていう思想は
どう考えたって幻想郷みたいな雑居状況にはそぐわない
てか、それ以前に、「社会ダーウィニズム」的な考え方って、今でもこっちで現役じゃん?
「人」が「人」を「劣後者」として扱って、それを合理化しようと企てるような心理のあり方が、さ
>>886
少し違う。「言葉狩り」が呪いなんじゃなく、「言葉」が呪いなんだよ
あえて使わせてもらうけど「めくら」「おし」「つんぼ」、「部落」「こじき」「ルンペン」「チョン」「ロリコン」
こういったことばが歴史的な文脈の上でいつしか「指示的」でかつ侮蔑的な意味を孕んできた「使用実績」があってはじめて
「言葉狩り」的おせっかいが生じるんだよ
「ロリコン」で何が悪い? 俺は子どもを愛しているだけだぁぁぁっっっ!!!
ロリコンは悪くない、ただし>>892、てめーはダメだ
悪いなんて誰も言ってないよ子ども愛してるならそれでイイじゃない、自分の中にやましい心があるから
「ロリコン」という呪に悪い、後ろめたい気持ちが生じるんだ、コンプレックスは所詮、劣等複合でまかり通っているのだから
悪いなんて誰も言ってないよ子ども愛してるならそれでイイじゃない、自分の中にやましい心があるから
「ロリコン」という呪に悪い、後ろめたい気持ちが生じるんだ、コンプレックスは所詮、劣等複合でまかり通っているのだから
イエスロリータノータッチ!
変態という名の紳士
社会ダーウィニズムってのはあからさまに19世紀帝国主義時代の段階で
白人列強が有色人種を征服することが科学的に正しいかのように理屈づけ
するための文脈だからなあ…多様性が命の幻想郷とはまるで違うだろう
幻想郷は単純な力押しの強さより弾幕の美しさが求められる世界なんだからw
言葉が呪い(ノロイと書いてマジナイと読む)だという説を聞くと思うのは
ある語がなければその語が意味する概念自体人間は認識できないという
ソシュール言語学みたいな話。一部の地域では虹は七色ではなく四色か五色
「紫」って言葉がなければ「赤」と「青」の中間の色は認識されないんだぜ
それで文字どおりゆかりんは境界の象徴なのかw
白人列強が有色人種を征服することが科学的に正しいかのように理屈づけ
するための文脈だからなあ…多様性が命の幻想郷とはまるで違うだろう
幻想郷は単純な力押しの強さより弾幕の美しさが求められる世界なんだからw
言葉が呪い(ノロイと書いてマジナイと読む)だという説を聞くと思うのは
ある語がなければその語が意味する概念自体人間は認識できないという
ソシュール言語学みたいな話。一部の地域では虹は七色ではなく四色か五色
「紫」って言葉がなければ「赤」と「青」の中間の色は認識されないんだぜ
それで文字どおりゆかりんは境界の象徴なのかw
↑「一部の地域では」は正確には「一部の文化圏では」だな
霖之助さんの化石に対する知識・認識を見ていると、ダーウィニズムというか
進化論とか、まっとうな生物学・古生物学の知識は幻想郷に入り込んでいない
ようにも思えてくる。
その上で社会ダーウィニズムだけ伝わってくることもないかもしれない。
進化論とか、まっとうな生物学・古生物学の知識は幻想郷に入り込んでいない
ようにも思えてくる。
その上で社会ダーウィニズムだけ伝わってくることもないかもしれない。
幻想郷に統治者の正当性を顕示させる様な系統的政治思想や社会思想が要請されるとは思えないしな
(それにそれらは、幻想入りの要件を満たさないだろうし)
>>896
俺はずっと「紫」の意味するところは可視光線と不可視光線の境界だと思ってた。(紫外線)
まぁ掛け言葉的に複数の含意があるんだろうけど
(それにそれらは、幻想入りの要件を満たさないだろうし)
>>896
俺はずっと「紫」の意味するところは可視光線と不可視光線の境界だと思ってた。(紫外線)
まぁ掛け言葉的に複数の含意があるんだろうけど
> 可視光線と不可視光線の境界
なるほど!
さらに虚と実の境界でもある
ホラ昔の不良同士のケンカ言葉で、ハッタリの嘘を言ったら
「不可視こいてんじゃねぇ」って怒鳴られるじゃないかw
なるほど!
さらに虚と実の境界でもある
ホラ昔の不良同士のケンカ言葉で、ハッタリの嘘を言ったら
「不可視こいてんじゃねぇ」って怒鳴られるじゃないかw
おぃ、赤の外を忘れないでやってくれ……。
>化石
えーりんだったら生きている恐竜を見た事もあったかもしれぬ。
えーりんだったら生きている恐竜を見た事もあったかもしれぬ。
昔のえーりんは、あの手に持ってる弓でよく恐竜を狩っていたウサ
そう、師匠は矢を使わず弓だけで・・・
神話体系における神代と現実過去における古代は混ざることが無いって話はしってるか?
まあえーりん1億歳説も神主が酔っぱらった上での発言らしいしねぇ。
(神主は酔っぱらった状態がデフォルトだというのはさておき)
(神主は酔っぱらった状態がデフォルトだというのはさておき)
綿月姉妹の会話から考えるに、1000~2000年辺りで既に記憶が怪しくなってきてる気配がある。
仮に、単純に永琳が綿月姉妹の100倍記憶力が良いとしても10万から20万年辺りが記憶の怪しくなるラインで、
それは、永琳が1億歳とした場合の、年齢の1/1000~1/500でしかない。これは困った…
仮に、単純に永琳が綿月姉妹の100倍記憶力が良いとしても10万から20万年辺りが記憶の怪しくなるラインで、
それは、永琳が1億歳とした場合の、年齢の1/1000~1/500でしかない。これは困った…
脳のシナプスの量に限界がある以上、古い記憶からトコロテン方式に抜けていくのはしょうがない
御阿礼の子が短命なのもそれが関係してるんだろうし
御阿礼の子が短命なのもそれが関係してるんだろうし
そこで銀河伝承族方式……ってわけにもいかんわな。
人間の尺度で考えるからおかしくなる訳で…
基督教の神だって7日間で世界を作ったって云われてるけど
この7日間における1日とは一体人間の時間でどれ位なのか、1年間だ、いや数百年、はたまた億年だ、なんてさまざまな憶測が飛び交ってる訳だし
基督教の神だって7日間で世界を作ったって云われてるけど
この7日間における1日とは一体人間の時間でどれ位なのか、1年間だ、いや数百年、はたまた億年だ、なんてさまざまな憶測が飛び交ってる訳だし
>>914
・2月17日(火曜)
月の地表を掘れば固い岩盤が現れた
手持ちの掘削機器では歯が立たなさそうなので、X線で内部を走査する…構成物質は液体と巨大なタンパク質か
電磁反応アリ、内部からは微弱な電気信号が出ているようだ
そういえば、さっきから誰かに「視」られているようなんだが……なんて胸熱な展開を想起したぜ
・2月17日(火曜)
月の地表を掘れば固い岩盤が現れた
手持ちの掘削機器では歯が立たなさそうなので、X線で内部を走査する…構成物質は液体と巨大なタンパク質か
電磁反応アリ、内部からは微弱な電気信号が出ているようだ
そういえば、さっきから誰かに「視」られているようなんだが……なんて胸熱な展開を想起したぜ
月に地震を起こして月の密度だかなんだかを調べようとしたら五分ぐらい揺れっぱなしで
中身が空っぽなんじゃないかなんてことになったって話を聞いたことがある
月人が何かを隠していたのか、それとも月の無人兵団や最終鬼畜兵器が格納されていたのか……本当に胸が熱くなるな
中身が空っぽなんじゃないかなんてことになったって話を聞いたことがある
月人が何かを隠していたのか、それとも月の無人兵団や最終鬼畜兵器が格納されていたのか……本当に胸が熱くなるな
アメリカ英語とイギリス英語でbillionの値が違うというのも困るなと思ったり。
>>916
NASAが地震計でそういう測定結果を得た時、科学者が冗談で月が中空ならそう
なるということを言って、オカルティストがそれをえんえん孫引きしていると
聞いたことが。
実際には月の岩盤には地球のような液体・気体が含まれている層がないことや
液体のマントルがないことで、振動が吸収されにくいというオチだったはず。
NASAが地震計でそういう測定結果を得た時、科学者が冗談で月が中空ならそう
なるということを言って、オカルティストがそれをえんえん孫引きしていると
聞いたことが。
実際には月の岩盤には地球のような液体・気体が含まれている層がないことや
液体のマントルがないことで、振動が吸収されにくいというオチだったはず。
PCで言うと
普通の人は使わない記憶はzip保存で圧縮待機保存させとくのに対して
御阿礼の場合は求聞時のせいで全ファイル全稼動状態のようなもんだから
やっぱり負担でかいんじゃない?
普通の人は使わない記憶はzip保存で圧縮待機保存させとくのに対して
御阿礼の場合は求聞時のせいで全ファイル全稼動状態のようなもんだから
やっぱり負担でかいんじゃない?
御阿礼の子が短命なのは度重なる転生による魂の摩耗が原因じゃないのかな
初代稗田阿礼は少なく見積もっても60歳近くまでは生きていたはずだし
初代稗田阿礼は少なく見積もっても60歳近くまでは生きていたはずだし
魂の問題なら、永琳先生に診てもらえばいいかも
蓬莱の薬の効果から考えて、永琳先生なら魂に手を加えることも可能なはず
ただ延命が可能だとしても、是非曲直庁が許可するかはわからない
蓬莱の薬の効果から考えて、永琳先生なら魂に手を加えることも可能なはず
ただ延命が可能だとしても、是非曲直庁が許可するかはわからない
Creation Museum(天地創造博物館)
ttp://www.youtube.com/watch?v=BobIAnJ6BPM
>聖書の記述を重んじる福音派のキリスト教の団体が25億円で6年の歳月で建設。
>科学の常識である進化論を否定、神が6日間で天地を創造した様子を忠実に再現。
>地球は6千年前に誕生し、人類の祖先であるアダムとイブを神が創った。
>その子孫は恐竜とともに暮らしていた。
永琳「あれは46億・・・いや、6千年前だったか・・・
まぁいい、私にとってはつい昨日の出来事だ
ttp://www.youtube.com/watch?v=BobIAnJ6BPM
>聖書の記述を重んじる福音派のキリスト教の団体が25億円で6年の歳月で建設。
>科学の常識である進化論を否定、神が6日間で天地を創造した様子を忠実に再現。
>地球は6千年前に誕生し、人類の祖先であるアダムとイブを神が創った。
>その子孫は恐竜とともに暮らしていた。
永琳「あれは46億・・・いや、6千年前だったか・・・
まぁいい、私にとってはつい昨日の出来事だ
進化論ってちょっと前に法王様が認めてなかったっけ?
>>926
カトリックは先代の法皇が認めるという公式発表をした。
でもプロテスタントの原理主義者は認めていない。
プロテスタントでも主流派は(しぶしぶ)許容しているけど、
原理主義者の一派が多い地域だと進化論否定の法案が通ったり
してしまっているのが実情。
カトリックは先代の法皇が認めるという公式発表をした。
でもプロテスタントの原理主義者は認めていない。
プロテスタントでも主流派は(しぶしぶ)許容しているけど、
原理主義者の一派が多い地域だと進化論否定の法案が通ったり
してしまっているのが実情。
人類は自ら何千年もの間、信じられてきたさまざまな宗教の教義を粉々に粉砕したから
天動説で世界を揺らし進化論で己の、人の起源概念まで打ち壊してしまったからなぁw
まぁ、科学と「そーいうもの」は一線を画しているから相容れないのは当たり前のことだろうが
天動説で世界を揺らし進化論で己の、人の起源概念まで打ち壊してしまったからなぁw
まぁ、科学と「そーいうもの」は一線を画しているから相容れないのは当たり前のことだろうが
アメリカは元々キリスト教徒でも一癖あるのがつくったんだし
彼らの進化論の見解には期待もなんにもしてないよ
彼らの進化論の見解には期待もなんにもしてないよ
ファンダメンダリズムと言う言葉自体、アメリカの気合の入ったキリスト教徒に付けられた物だしな
それに俗に三大異端なんて呼ばれる宗教の内、二つがアメリカ発だし
排他的、独善的な教義・信条に振れやすいのは移民国家故の特徴なのかね
そうでもないと、コミュニティとしてまとまる事が出来ないとか
それに俗に三大異端なんて呼ばれる宗教の内、二つがアメリカ発だし
排他的、独善的な教義・信条に振れやすいのは移民国家故の特徴なのかね
そうでもないと、コミュニティとしてまとまる事が出来ないとか
アメリカにおけるキリスト教原理主義者による進化論排斥運動については
故スティーヴン・ジェイ・グールドの著書が詳しいです。
彼の著書の中では、アメリカの事情について欧州の学者や宗教関係者が
「本当なのか?」という態度をとっていたことが書かれています。
それくらい温度差があったといいますか。
でもリチャード・ドーキンスの近年の著書では、欧州でも対岸の火と言って
いられなくなってきた模様。
先に書いた通りカトリックは公式には進化論を許容しているのですが、
イスラム系の移民はそうもいかないため軋轢が生じているそうです。
もしかしたらそれに便乗して、内心では進化論を否定したい欧州のキリスト
教徒も活動をし始めるかもしれず。
故スティーヴン・ジェイ・グールドの著書が詳しいです。
彼の著書の中では、アメリカの事情について欧州の学者や宗教関係者が
「本当なのか?」という態度をとっていたことが書かれています。
それくらい温度差があったといいますか。
でもリチャード・ドーキンスの近年の著書では、欧州でも対岸の火と言って
いられなくなってきた模様。
先に書いた通りカトリックは公式には進化論を許容しているのですが、
イスラム系の移民はそうもいかないため軋轢が生じているそうです。
もしかしたらそれに便乗して、内心では進化論を否定したい欧州のキリスト
教徒も活動をし始めるかもしれず。
イスラムはかっては古典ギリシャの科学や数学、哲学等を伝え、
「教典の民(キリスト教、ユダヤ教)」には寛大だったのに、
どうしてこうなった?
「教典の民(キリスト教、ユダヤ教)」には寛大だったのに、
どうしてこうなった?
昔は進化論なんてなかったからじゃね?
あいつらにとっての宗教ってのは「人を殺しちゃいけない」みたいな常識と同義らしいからな
(なんでそこに神様が関わってくるのかが分からんけど)
うかつに無宗教だなんて言ったら「人殺しでもなんでもする」って言ってるように勘違いされると聞く
(なんでそこに神様が関わってくるのかが分からんけど)
うかつに無宗教だなんて言ったら「人殺しでもなんでもする」って言ってるように勘違いされると聞く
逆に考えるんだ
日本人の多くは特定の宗教への信仰はなくても
まあ常識的な一般論としての道徳観とか倫理観みたいなものはあるだろう
中東ではそれがそのまま宗教というものになったのだろう
逆に言えばコーランで禁じてないことは倫理的に悪事ではないんだな
日本人の多くは特定の宗教への信仰はなくても
まあ常識的な一般論としての道徳観とか倫理観みたいなものはあるだろう
中東ではそれがそのまま宗教というものになったのだろう
逆に言えばコーランで禁じてないことは倫理的に悪事ではないんだな
実際の所、無知だろうよ
世界の宗教分布では日本は仏教の国だと認識されてる訳だが
その当の日本人は寺院と神社の区別がつかない連中が大勢いるし
無知が悪いかと言われればこと宗教に関しては必ずしもそうじゃないけれど
自分の信じてるモノが何であれ自分の国の歴史と文化にはもう少し理解があってもいいんじゃないかなと思うよ
世界の宗教分布では日本は仏教の国だと認識されてる訳だが
その当の日本人は寺院と神社の区別がつかない連中が大勢いるし
無知が悪いかと言われればこと宗教に関しては必ずしもそうじゃないけれど
自分の信じてるモノが何であれ自分の国の歴史と文化にはもう少し理解があってもいいんじゃないかなと思うよ
◆ 其の十六(スレ16)>>820–860
まじゅつのちからってすげー
いまじゃ量子力学の体系に属する術式で
ブラックホールの蒸発を仮定したり
排反事象の重ね合わせの事象を作り出せたりするんだぜー
いまじゃ量子力学の体系に属する術式で
ブラックホールの蒸発を仮定したり
排反事象の重ね合わせの事象を作り出せたりするんだぜー
再現性さえ確認できれば、過程はなんであれ科学だしなー
原理は不明なまま実用化されてる、なんて例はざらにあるし
原理は不明なまま実用化されてる、なんて例はざらにあるし
いわゆる「科学はお婆ちゃんの知恵袋に勝てるのか?」問題だね
んでもまあ、科学によって否定されたおばあちゃんの知恵袋もたくさんあるわけで
だが歴史は繰り返す
百年後、現代の科学が未来ではおばあちゃんの知恵袋になってるかもしれない
百年後、現代の科学が未来ではおばあちゃんの知恵袋になってるかもしれない
?
科学によって改めて肯定されるおばあちゃんの知恵袋もあるな
うん、勝ち負けという話がよくわからない
>>824だけど、例えば秘封みたいに超統一物理学なんていう超弦理論が進化したような科学大系は
現代の我々が一般的に認識してる「科学」とは思考形式の段階からして全く異なる代物である可能性が高い
歴史上で言えば、アリストテレスの時代の自然科学と、現代の自然科学が似て非なる別の学問と化したように
ここら辺は科学史とか科学哲学をかじってみると納得できるはず
現代の我々が一般的に認識してる「科学」とは思考形式の段階からして全く異なる代物である可能性が高い
歴史上で言えば、アリストテレスの時代の自然科学と、現代の自然科学が似て非なる別の学問と化したように
ここら辺は科学史とか科学哲学をかじってみると納得できるはず
ドラえもんから科学論議の流れとはやはりこのスレは面白いね!
>>828
それは勝手に補完させて貰うと
「科学的根拠」vs「根拠不明だが確かに効果のある民間療法とか」だろう
>>821
この良い例が熱気球
モンゴルフェ兄弟が18世紀末(フランス大革命以前)最初に
有人熱気球での飛行実験を成功させたときには
「温められた空気は比重が軽くなる」なんて原理は知らず
物を燃やせば物体を持ち上げるガスが発生すると考え
何を燃やせばより効果的なガスが発生するか試行錯誤したらしい
ま、逆に「理論上こうなるはず」だけで
制御できてない現代の原子力も煮たようなものか
「科学的真理」とやらは時代が変われば更新される可能性があることは
アタマの片隅に置いておいた方が良い
現代人が進化論や地動説を知らなかった時代の人間をあざ笑うのはたやすいが
将来「21世紀初頭の人たちは光が最高速だと本気で思ってたなんて」と
言われかねない保証はない
それは勝手に補完させて貰うと
「科学的根拠」vs「根拠不明だが確かに効果のある民間療法とか」だろう
>>821
この良い例が熱気球
モンゴルフェ兄弟が18世紀末(フランス大革命以前)最初に
有人熱気球での飛行実験を成功させたときには
「温められた空気は比重が軽くなる」なんて原理は知らず
物を燃やせば物体を持ち上げるガスが発生すると考え
何を燃やせばより効果的なガスが発生するか試行錯誤したらしい
ま、逆に「理論上こうなるはず」だけで
制御できてない現代の原子力も煮たようなものか
「科学的真理」とやらは時代が変われば更新される可能性があることは
アタマの片隅に置いておいた方が良い
現代人が進化論や地動説を知らなかった時代の人間をあざ笑うのはたやすいが
将来「21世紀初頭の人たちは光が最高速だと本気で思ってたなんて」と
言われかねない保証はない
別に光速が最高速だなんて今も考えられちゃいない
「加速して光速以上に達するのは不可能」というのが相対性理論
つまり最初から光速以上であれば相対性理論には矛盾しない
「加速して光速以上に達するのは不可能」というのが相対性理論
つまり最初から光速以上であれば相対性理論には矛盾しない
質量が虚数の物質があれば光速を超えるだろうなー
って想定されて考えだされたのがタキオンっていうのだっけか
しかし実在しない数だから虚数なのに、そんな数値の質量の物質なんてあるのかねぇ
最近、素粒子が光速超えたかもってニュースになったけど測定ミスなんて話で落ち着こうとしてるんだっけ?
って想定されて考えだされたのがタキオンっていうのだっけか
しかし実在しない数だから虚数なのに、そんな数値の質量の物質なんてあるのかねぇ
最近、素粒子が光速超えたかもってニュースになったけど測定ミスなんて話で落ち着こうとしてるんだっけ?
慣性系(時空間、言い換えれば宇宙)がどう動こうが基本かまわないから、ブラックホールなんてものが成立する
我々の宇宙だって超空間の住民から見れば、「アレは変な動きばかりしてるヘンタイ宇宙よ!」かもしれない
あと、「友よ、これこをが絶対の真理だ これで我々は救われた!」
そういう考えこそが最悪の危険物だとは、ファインマンが「科学の価値とは何か?」
や「カーゴ・カルト・サイエンス」で論じていたこと
我々の宇宙だって超空間の住民から見れば、「アレは変な動きばかりしてるヘンタイ宇宙よ!」かもしれない
あと、「友よ、これこをが絶対の真理だ これで我々は救われた!」
そういう考えこそが最悪の危険物だとは、ファインマンが「科学の価値とは何か?」
や「カーゴ・カルト・サイエンス」で論じていたこと
相対性理論終了とか言ってた阿呆が多かったなあ
>>833
「肝心の計測した奴がイタ公だからな。追試も同じ機械で同じ奴がやってるんじゃ意味ねー」ってことで?
「肝心の計測した奴がイタ公だからな。追試も同じ機械で同じ奴がやってるんじゃ意味ねー」ってことで?
怪しい結果がでた場合はしつこく追試するのが当然
この前のあれは共同研究者が筆者に入るのを拒むくらい元々怪しげな結果だった
この前のあれは共同研究者が筆者に入るのを拒むくらい元々怪しげな結果だった
でもマスコミからすればセンセーショナルな方がウケるってわけで時に曲解を交じえながら大袈裟に取り上げたりするんだよな
某所ではその話が出た当時
日本が実験して、スイスが時計合わせて、イタリアがGPS計測したんだろ?
じゃあGPS計測が間違ってんじゃね?
って話題になってたなぁ
日本が実験して、スイスが時計合わせて、イタリアがGPS計測したんだろ?
じゃあGPS計測が間違ってんじゃね?
って話題になってたなぁ
科学上の新発見なんて半年や一年で結論出ることの方が少ない
追試に次ぐ追試を重ねて、短くて三年、長くて五六年はかかるだろうねぇ
追試に次ぐ追試を重ねて、短くて三年、長くて五六年はかかるだろうねぇ
「イタリアだからな」「イタリアじゃしょうがないな」という逆方向の信頼性は異常
内閣の和が崩壊した三角形の三角比が出せるのも不思議な話しだよなぁ
あれは座標を使えば簡単に説明できるけどそもそもマイナス座標ってなんやねん
あれは座標を使えば簡単に説明できるけどそもそもマイナス座標ってなんやねん
そんなの…最初からないよ…w>内閣の和
数学的な説明で理解はできても、実感は持ちにくいよな>虚数やマイナス座標などの現実では見えない定義
数学的な説明で理解はできても、実感は持ちにくいよな>虚数やマイナス座標などの現実では見えない定義
うわ時雨沢先生みたいな誤変換しちゃったよ
虚数は高校で習った時点で数学上の概念として身につけたが、
負の数は子供の頃から特に意識せずに認識していた
寒冷地出身なので、天気予報で氷点下の気温予想が毎日のように出てくるので
0より小さい数字が日常的な実感を伴っていたような気がする
裏
虚数(二元数)は電気回路で実用に供されているのは知っていたが
四元数が3DCGに応用されていると知ったときは意外な応用があるのだと思った
裏
負の数は子供の頃から特に意識せずに認識していた
寒冷地出身なので、天気予報で氷点下の気温予想が毎日のように出てくるので
0より小さい数字が日常的な実感を伴っていたような気がする
裏
虚数(二元数)は電気回路で実用に供されているのは知っていたが
四元数が3DCGに応用されていると知ったときは意外な応用があるのだと思った
裏
数学音痴なので、複素数や極座標にどれほど苦しまされた事か…
おまけに文系クラスなのに和分、差分まで教えられようとは!拷問ですか?
神主みたいな数学脳を持つ連中がほんと妬ましいわ、ああ妬ましい妬ましい
おまけに文系クラスなのに和分、差分まで教えられようとは!拷問ですか?
神主みたいな数学脳を持つ連中がほんと妬ましいわ、ああ妬ましい妬ましい
SF作家のアシモフが学生時代に
文系教師から「虚数なんて実在しない」と言われたのに腹を立てて
「では分数も実在しませんね。あるならチョークを1/2本出してください。折れた1本のチョークじゃなくて」
と言い返したエピソードを思い出した
文系教師から「虚数なんて実在しない」と言われたのに腹を立てて
「では分数も実在しませんね。あるならチョークを1/2本出してください。折れた1本のチョークじゃなくて」
と言い返したエピソードを思い出した
そこには縦半分に割れたチョークが
チョークを2本右手の上に乗せて、左手の指で片方のチョークを指させば、
「2分の1」本のチョークになる
んなわけねーかw
「2分の1」本のチョークになる
んなわけねーかw
今では文系の学問でも「虚数○○」とか言うからな
J・ラカンとかw
「虚数ちんこ」って何だよ? という…
J・ラカンとかw
「虚数ちんこ」って何だよ? という…
まあラカンさんはそのせいでソーカルさんからぼろくそに駄目出しされちゃったけどなw
賛否両論あるけど『「知」の欺瞞』は考えさせられる本だった
一応研究者のタマゴやってる身として読みながら色々身につまされた
よく知らん事を知ったかぶりでいい加減に書いちゃいかんなぁと
賛否両論あるけど『「知」の欺瞞』は考えさせられる本だった
一応研究者のタマゴやってる身として読みながら色々身につまされた
よく知らん事を知ったかぶりでいい加減に書いちゃいかんなぁと
文庫が出たのね>「『知』の欺瞞」
>>854
マジかと思って検索したらマジだった。情報ありがとう
明日ジュンク堂行って買ってくる
ttp://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E7%9F%A5%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%AC%BA%E7%9E%9E%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%AE%E6%BF%AB%E7%94%A8-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AB/dp/4006002610
マジかと思って検索したらマジだった。情報ありがとう
明日ジュンク堂行って買ってくる
ttp://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E7%9F%A5%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%AC%BA%E7%9E%9E%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%AE%E6%BF%AB%E7%94%A8-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AB/dp/4006002610
ソーカル事件はなんというか人文系の学者の間じゃ
いまだに「科学性」へのコンプレックスがあるのねという話
19世紀~20初頭の哲学思想はやたら「科学」ぶった奴が多かった
マルクスしかりフロイトしかり……そのへんはポパーが述べてるみたいに
文系の学問には「傾向」はあっても「法則」なんてねえよって事だと思うんだが
日本のポストモダン思想最後の伝承者が言ってる「ナントカ2.0」も
この手の理数理工系用語マネしたがり症候群に入るんでしょうかね
所謂ポストモダン思想も数ある学問潮流のひとつとしては面白いんだけど
なまじ1980年代当時に変なスノッブ的流行をしたせいで
あたかも「ポストモダンだけかじってれば他は何も学ばなくてOK」
という勘違いを生み出したのは問題
(これは別に浅田彰や柄谷行人や蓮實重彦個人のせいではないが…)
いまだに「科学性」へのコンプレックスがあるのねという話
19世紀~20初頭の哲学思想はやたら「科学」ぶった奴が多かった
マルクスしかりフロイトしかり……そのへんはポパーが述べてるみたいに
文系の学問には「傾向」はあっても「法則」なんてねえよって事だと思うんだが
日本のポストモダン思想最後の伝承者が言ってる「ナントカ2.0」も
この手の理数理工系用語マネしたがり症候群に入るんでしょうかね
所謂ポストモダン思想も数ある学問潮流のひとつとしては面白いんだけど
なまじ1980年代当時に変なスノッブ的流行をしたせいで
あたかも「ポストモダンだけかじってれば他は何も学ばなくてOK」
という勘違いを生み出したのは問題
(これは別に浅田彰や柄谷行人や蓮實重彦個人のせいではないが…)
いまだに「科学性」へのコンプレックスがある、というか、絶賛進行中に思ってるんだが。
哲学において科学的な実証主義的傾向は弥増す増加傾向にあるってトマス・クーンだか、その辺りが言ってたよ。
科学哲学者だから当たり前だがwww
まあ、今現在、「哲学者」なんざ政治哲学なり、科学哲学なり、そういった分野に分化している時代なんだし、
科学や技術に強い影響を受けるのも自然だと思うけどねえ。
それに、そういった哲学者の多くは、理系や他の文系分野の研究者と共同研究したりしていて、
純粋に哲学の知識しか持ち合わせない様な哲学者って最早欧米では数少なくなっている。
裏
攻殻みたいな電脳が一般的になったら「一般意志ver2.0.1」とか「β版一般意志ver2.0.2」とか、そういうソフトウェアが作られるのだろうかw
私は幸せです。
裏
哲学において科学的な実証主義的傾向は弥増す増加傾向にあるってトマス・クーンだか、その辺りが言ってたよ。
科学哲学者だから当たり前だがwww
まあ、今現在、「哲学者」なんざ政治哲学なり、科学哲学なり、そういった分野に分化している時代なんだし、
科学や技術に強い影響を受けるのも自然だと思うけどねえ。
それに、そういった哲学者の多くは、理系や他の文系分野の研究者と共同研究したりしていて、
純粋に哲学の知識しか持ち合わせない様な哲学者って最早欧米では数少なくなっている。
裏
攻殻みたいな電脳が一般的になったら「一般意志ver2.0.1」とか「β版一般意志ver2.0.2」とか、そういうソフトウェアが作られるのだろうかw
私は幸せです。
裏
>>856
反証可能性の担保は、実は文系分野が最も難しい
電子やニュートリノは嘘をつかないけれど、人間は容易に嘘や錯誤をおかす、時には積極的にさえ
ベトナム戦争の失敗の原因の解析として「ベスト&ブライテスト」という本があるが、まさにそれ
当時としては先端の大型汎用コンピュータ(もっとも今では、我々の机の上で東方とか動かしている安いPCがむしろ速いのだがw)、
先端の科学理論、そしマクナマラなど最先端の理論を学んだ学者たちが戦争指導を試みて大失敗した
当時の南ベトナム(親米)の将軍いわく、「(マクラマナらが)ある数字を出して欲しいと言えば、いくらでも出せる」
現場の指揮官らにしてみれば自分の成績や出世にも関わるのだから、正直な数字が上がる方がおかしい
こんな常識さえ持っていなかったのがマクナマラたち「もっとも優れた秀才たち」
反証可能性の担保は、実は文系分野が最も難しい
電子やニュートリノは嘘をつかないけれど、人間は容易に嘘や錯誤をおかす、時には積極的にさえ
ベトナム戦争の失敗の原因の解析として「ベスト&ブライテスト」という本があるが、まさにそれ
当時としては先端の大型汎用コンピュータ(もっとも今では、我々の机の上で東方とか動かしている安いPCがむしろ速いのだがw)、
先端の科学理論、そしマクナマラなど最先端の理論を学んだ学者たちが戦争指導を試みて大失敗した
当時の南ベトナム(親米)の将軍いわく、「(マクラマナらが)ある数字を出して欲しいと言えば、いくらでも出せる」
現場の指揮官らにしてみれば自分の成績や出世にも関わるのだから、正直な数字が上がる方がおかしい
こんな常識さえ持っていなかったのがマクナマラたち「もっとも優れた秀才たち」
その後もアメリカは中東に武力介入して泥沼に嵌ったりしているが
これも自分たちに都合のよい情報を鵜呑みにしたためという説があるな
アメリカを味方につけて利用しようと企む連中にまんまと乗せられる悪癖は今も抜けていない
これも自分たちに都合のよい情報を鵜呑みにしたためという説があるな
アメリカを味方につけて利用しようと企む連中にまんまと乗せられる悪癖は今も抜けていない
>>857
>「一般意志ver2.0.1」とか「β版一般意志ver2.0.2」とか、そういうソフトウェア
それ「一般意志」への参加ツールとかでなく
文字どおり意識のツールだったらマヂきもい
インストールしてないとものの考え方自体が流行遅れ扱いとか
他人に合わせるのが楽って人には向いてるだろうけど
そんなん実現したら嫌だなあ…
しかも「一般意志ver2.0.1ブルーカラー用」とか「一般意志ver2.0.2大卒用」とか
階層ごとにヴァージョン違いが出たりしたらこれはこれでいやだ
(電脳時代の身分制でずばり「新たな中世」www)
……ついでに一個人的に少々「一般意志2.0」への疑問を述べると
仮にネットによる直接民主主義みたいなものが実現しても
人数が少なくて当事者意識の強いコミュニティなら機能しそうだが
関心度とか思慮の深さとか「コミットしたい度」は人によって異なる
「一般意志2.0」のモデルとされるニコ動だって大多数は草生やしてるだけ
結局一部のノイジーマイノリティの煽動になりそうな気がする
それに皆がそんな立派な近代的発言者にならねばならんだろと思うし
>「一般意志ver2.0.1」とか「β版一般意志ver2.0.2」とか、そういうソフトウェア
それ「一般意志」への参加ツールとかでなく
文字どおり意識のツールだったらマヂきもい
インストールしてないとものの考え方自体が流行遅れ扱いとか
他人に合わせるのが楽って人には向いてるだろうけど
そんなん実現したら嫌だなあ…
しかも「一般意志ver2.0.1ブルーカラー用」とか「一般意志ver2.0.2大卒用」とか
階層ごとにヴァージョン違いが出たりしたらこれはこれでいやだ
(電脳時代の身分制でずばり「新たな中世」www)
……ついでに一個人的に少々「一般意志2.0」への疑問を述べると
仮にネットによる直接民主主義みたいなものが実現しても
人数が少なくて当事者意識の強いコミュニティなら機能しそうだが
関心度とか思慮の深さとか「コミットしたい度」は人によって異なる
「一般意志2.0」のモデルとされるニコ動だって大多数は草生やしてるだけ
結局一部のノイジーマイノリティの煽動になりそうな気がする
それに皆がそんな立派な近代的発言者にならねばならんだろと思うし
◆ 其の十七(スレ17)>>165–210
文革やポル=ポト、あるいはニューエイジ活動家によるマヤ暦の珍解釈とか見ると、
よほど近代の価値観と、科学がもたらした現代文明が憎くてたまらないようだ
オウムとかもこの類だし
「第二次大戦をもたらしたのは、反近代の空想的力主義」という歴史観がある
(帝国海軍きっての理性派テクノクラート・大井篤海上護衛総隊参謀の説)
じっさい、ナチズムやマルキシズム、神国日本主義などはロクな結果を残していない
近代主義が完璧ではないことは大井でさえ認めているが、アンチ・テーゼなり対案としては、
あまりにも浅薄かつ危険な独善でダメというのが彼の評価で、自分もそう思う
民話や伝承、古い時代の生活様式などはこのスレにいる以上、自分は当然大好きだが、
上述の様な思想全般は、父祖たちの残してくれた物語を冒涜しているようで好きになれない
よほど近代の価値観と、科学がもたらした現代文明が憎くてたまらないようだ
オウムとかもこの類だし
「第二次大戦をもたらしたのは、反近代の空想的力主義」という歴史観がある
(帝国海軍きっての理性派テクノクラート・大井篤海上護衛総隊参謀の説)
じっさい、ナチズムやマルキシズム、神国日本主義などはロクな結果を残していない
近代主義が完璧ではないことは大井でさえ認めているが、アンチ・テーゼなり対案としては、
あまりにも浅薄かつ危険な独善でダメというのが彼の評価で、自分もそう思う
民話や伝承、古い時代の生活様式などはこのスレにいる以上、自分は当然大好きだが、
上述の様な思想全般は、父祖たちの残してくれた物語を冒涜しているようで好きになれない
科学ってのは本当に優れた手法で、正しく科学的な分析をしてしまうと結果は真実しか出てこないんだよ。
だから現実逃避を旨とする体制は科学を嫌う。反動からか疑似科学は大好きだけど。
あと、あらゆる体制・独裁者の中でもポルポトは別格だと思う。
自分の治める地域を維持発展させようとする意思が微塵も感じられないし。
だから現実逃避を旨とする体制は科学を嫌う。反動からか疑似科学は大好きだけど。
あと、あらゆる体制・独裁者の中でもポルポトは別格だと思う。
自分の治める地域を維持発展させようとする意思が微塵も感じられないし。
儚い現実(寿命、四苦八苦等)を
主観的な心構えによって受け入れようとするのが信仰なのだと思うんだけどなぁ…
個人個人で霊夢みたいに「心を腐らせてまで長生きしたくない」とか割り切れる人って多分かなり少ない。
だから信仰の類によって自分の心を落ち着かせる。そういうものではないだろうか。
信仰、宗教の類が「現実から目をそらす人間のすること」とか「そういう人間を使って何かをたくらむ組織」
みたいに思われているのはちょっと寂しい。それとも俺の言っている事が「信仰」に対する偏見じみた信仰なんだろうか…
主観的な心構えによって受け入れようとするのが信仰なのだと思うんだけどなぁ…
個人個人で霊夢みたいに「心を腐らせてまで長生きしたくない」とか割り切れる人って多分かなり少ない。
だから信仰の類によって自分の心を落ち着かせる。そういうものではないだろうか。
信仰、宗教の類が「現実から目をそらす人間のすること」とか「そういう人間を使って何かをたくらむ組織」
みたいに思われているのはちょっと寂しい。それとも俺の言っている事が「信仰」に対する偏見じみた信仰なんだろうか…
>>167
仮に教祖や高弟がそうでも、代が下って一緒の権威と化せば当初の思想が薄れ権力を維持する為の洗脳装置に成り下がると
仮に教祖や高弟がそうでも、代が下って一緒の権威と化せば当初の思想が薄れ権力を維持する為の洗脳装置に成り下がると
科学も現代のソレになりつつあるような気がしないでもない
そういうこと言いたがる人多いですけど、全然違いますよ
科学が真実って言っちゃうのは、ちょっと科学教に足突っ込んでる気がするなぁ
あくまで「一番もっともらしい解釈」を選んでるだけで、絶対に正しいなんてことは言えない
むしろ日々更新されてる
とゆーか、自分たちの正しさを疑い続けることで、科学の正しさが担保されてるとこがあるし
あくまで「一番もっともらしい解釈」を選んでるだけで、絶対に正しいなんてことは言えない
むしろ日々更新されてる
とゆーか、自分たちの正しさを疑い続けることで、科学の正しさが担保されてるとこがあるし
何となく、自分の都合の良い、もしくは安心出来る世界を描いてくれるものなら
宗教だろうと科学だろうと疑似科学だろうと何でも良いのではというニュアンスのイメージは、
個人的には、若干あるな・・・・
宗教だろうと科学だろうと疑似科学だろうと何でも良いのではというニュアンスのイメージは、
個人的には、若干あるな・・・・
学問の世界に身を置いてる人なら科学と宗教を一緒にするなと怒るだろうけど
一般大衆視点なら科学教と言われてもしかたない。信じる対象が聖職者から科学者に変わっただけ
普通のオッチャンオバチャンのどれだけが、エネルギー保存則やら元素の構造やら理解してるものか
月が東から昇って西から沈むということを知らない人がいるのはびっくりしたが
一般大衆視点なら科学教と言われてもしかたない。信じる対象が聖職者から科学者に変わっただけ
普通のオッチャンオバチャンのどれだけが、エネルギー保存則やら元素の構造やら理解してるものか
月が東から昇って西から沈むということを知らない人がいるのはびっくりしたが
太陽は毎日東から昇って上の方を通り西へと沈んでいくのは分かりやすいが
月の場合は、帰りがけに見かける月は毎日東へとズレていくし、青空の中に見かけたりもするし、
どこから昇ってどこへ沈んでいくのかは、きちんとその気になって観察しないと分かり難い
・・・のかもしれない
月の場合は、帰りがけに見かける月は毎日東へとズレていくし、青空の中に見かけたりもするし、
どこから昇ってどこへ沈んでいくのかは、きちんとその気になって観察しないと分かり難い
・・・のかもしれない
また、権力に気に入れられなければそれはそれで淘汰される…
そもそも、宗教ってのは哲学やら思想ってだけで、それの同意者って言うだけなんだがなぁ。
権力と結びつくと、決まっておかしくなる。
そもそも、宗教ってのは哲学やら思想ってだけで、それの同意者って言うだけなんだがなぁ。
権力と結びつくと、決まっておかしくなる。
日本の一般人だと空気教の信者が一番多そうだ
場の空気・世間の空気を読むのに長けていて
集団から突出しないように振舞えば無難に生活できるだろうし
場の空気・世間の空気を読むのに長けていて
集団から突出しないように振舞えば無難に生活できるだろうし
和をもって貴し教とでも言おうか
ぶっちゃけここでやるなら自分の定義を明かすべきではなかろうか
自分の考えから言えば、どちらも同じものであろうと思う
そもそも言葉の意味からすれば宗教とは(宇宙における)真実を指す
なので一つの教派を立てる際には必ず宇宙のあり様に対して仮説を立てる必要がある
「自身は○○教の一派である」と主張する際には必ず先人のそれを受け継いで論を展開する
天動説も創造主の存在も古くは一番もっともらしい仮説だった
キリストや釈迦が怪しいというならギリシャの哲学者が分かりやすい
有名な人物もファンタジックな仮説を立てて大真面目に議論している
現代のカルト組織とほとんど変わらない珍妙な組織を築く者も居た
彼らは宗教者ではないというならば、インド諸宗教の思想家たちも宗教家ではなくなってしまう
なので「宗教」というものは世界に対する一つの仮説とそこから展開される世界観のパッケージなのだろうと思う
17世紀ごろ、一番もっともらしかったキリスト教はどうも信憑性を失いつつあった
そこで若い思想家たちは渋々ながら世界に対する認識の基礎から構築しはじめる
このとき、例えばデカルトがやったことは先人の宗教家とまったく変わらない
まず「世界に真実はあるはずだ」と仮説を立て、それを明瞭にするための方法を示した
疑い深い人だったから「絶対に大丈夫だ」とは言わなかったけれど、彼は世界を網羅するための仮説とその方法を説いた
同時代人にはガリレオなんかが居るけど、彼の生き様は知ってのとおり宗教者そのもの
そして彼らを継承する者たちが前述の仮説の踏襲して論を続けていく
こうなると、(今の自然科学や哲学を包括した)「科学」と呼ばれるものは民俗宗教の一種であると言えないだろうか?
宗教というものは必ずしも他派の存在を認めないわけではない
例えば神道やローマ人の宗教は、他教の神々が居てもとりあえず祀っておいて実在は棚上げする
定義を決めないで科学と宗教の対立を語るというのは宗教論争に他ならないと思うんだけど、どうだろ?
自分の考えから言えば、どちらも同じものであろうと思う
そもそも言葉の意味からすれば宗教とは(宇宙における)真実を指す
なので一つの教派を立てる際には必ず宇宙のあり様に対して仮説を立てる必要がある
「自身は○○教の一派である」と主張する際には必ず先人のそれを受け継いで論を展開する
天動説も創造主の存在も古くは一番もっともらしい仮説だった
キリストや釈迦が怪しいというならギリシャの哲学者が分かりやすい
有名な人物もファンタジックな仮説を立てて大真面目に議論している
現代のカルト組織とほとんど変わらない珍妙な組織を築く者も居た
彼らは宗教者ではないというならば、インド諸宗教の思想家たちも宗教家ではなくなってしまう
なので「宗教」というものは世界に対する一つの仮説とそこから展開される世界観のパッケージなのだろうと思う
17世紀ごろ、一番もっともらしかったキリスト教はどうも信憑性を失いつつあった
そこで若い思想家たちは渋々ながら世界に対する認識の基礎から構築しはじめる
このとき、例えばデカルトがやったことは先人の宗教家とまったく変わらない
まず「世界に真実はあるはずだ」と仮説を立て、それを明瞭にするための方法を示した
疑い深い人だったから「絶対に大丈夫だ」とは言わなかったけれど、彼は世界を網羅するための仮説とその方法を説いた
同時代人にはガリレオなんかが居るけど、彼の生き様は知ってのとおり宗教者そのもの
そして彼らを継承する者たちが前述の仮説の踏襲して論を続けていく
こうなると、(今の自然科学や哲学を包括した)「科学」と呼ばれるものは民俗宗教の一種であると言えないだろうか?
宗教というものは必ずしも他派の存在を認めないわけではない
例えば神道やローマ人の宗教は、他教の神々が居てもとりあえず祀っておいて実在は棚上げする
定義を決めないで科学と宗教の対立を語るというのは宗教論争に他ならないと思うんだけど、どうだろ?
陰陽道も平安の時代には最先端科学だったしなぁ……
>>181
ポルポトはあれでしょ
彼にとっての理想の社会には文化も文明も産業もいらんから
権力を持ったクソ真面目な人が思いつめると酷いことになるという歴史的教訓にするしかないわな
しかし彼の思想的な師匠である毛沢東ですらそこまで極端なことは考えなかったのに
彼は何をどう考えてそんな思想に至ったのかってのは気になるな
ポルポトはあれでしょ
彼にとっての理想の社会には文化も文明も産業もいらんから
権力を持ったクソ真面目な人が思いつめると酷いことになるという歴史的教訓にするしかないわな
しかし彼の思想的な師匠である毛沢東ですらそこまで極端なことは考えなかったのに
彼は何をどう考えてそんな思想に至ったのかってのは気になるな
実際、放射能(被曝)と呪い(穢れ)の区別が付いてないんじゃないかって人も多いからな
言葉のイメージや数字だけが独り歩きして、実態を知らずに踊らされている感じ
言葉のイメージや数字だけが独り歩きして、実態を知らずに踊らされている感じ
ポルポトは何がしたかったのかというと、私有財産の撤廃がしたかった
でも個人個人から「俺の物」という意識を消し去るのは難しい
そこで子供に私有財産をまったく教えない教育をすることで達成しようとした
もちろん親からの影響をなくすために家族制度は否定するし
影響を与えそうな人間は片っ端から殺していった
全国民の命を材料にして成功するかどうかわからない実験をした結果があれだよ
でも個人個人から「俺の物」という意識を消し去るのは難しい
そこで子供に私有財産をまったく教えない教育をすることで達成しようとした
もちろん親からの影響をなくすために家族制度は否定するし
影響を与えそうな人間は片っ端から殺していった
全国民の命を材料にして成功するかどうかわからない実験をした結果があれだよ
>>165
共産主義やファシズムがおかしかったのは
近代的のシステムと技術で人為的に反近代をやろうとした矛盾だ
本当に近代民主主義以前の農村共同体社会じゃ
そもそも百万人単位の虐殺とかできねえしw
できねえからどっかで自然な歯止めがきいて調和が取れてた
近代の大衆動員政治機構と機械を使えばそれができてしまうのが問題
>>186
ポルポトは資本主義の解体どころか
知識人の抹殺、貨幣の廃止までやろうとしたからな
完全に近代文明以前の原始共産主義農村ユートピアを妄想していたのだろう
(ヒッピームーブメントはそれを個々人が自発的にやろうとしたようなもの)
しかしそれを近代的のシステムと技術で大々的に人為的にやれば……
……ただの大虐殺だわな、という
ポルポトの思考発想がマルクスレーニン主義というより
アジア的なものという考え方は欧米人の偏見くさくて嫌なんだが
しかしそれでも、当時のカンボジアみたいな農村国が
近代工業をすっ飛ばして一足飛びに共産主義ユートピアを目指すと
ああいう「強引に前近代的農村に回帰」の発想になるのは道理といえば道理…
そら確かに原始時代には資本家も採取されるプロレタリアもねーよw
共産主義やファシズムがおかしかったのは
近代的のシステムと技術で人為的に反近代をやろうとした矛盾だ
本当に近代民主主義以前の農村共同体社会じゃ
そもそも百万人単位の虐殺とかできねえしw
できねえからどっかで自然な歯止めがきいて調和が取れてた
近代の大衆動員政治機構と機械を使えばそれができてしまうのが問題
>>186
ポルポトは資本主義の解体どころか
知識人の抹殺、貨幣の廃止までやろうとしたからな
完全に近代文明以前の原始共産主義農村ユートピアを妄想していたのだろう
(ヒッピームーブメントはそれを個々人が自発的にやろうとしたようなもの)
しかしそれを近代的のシステムと技術で大々的に人為的にやれば……
……ただの大虐殺だわな、という
ポルポトの思考発想がマルクスレーニン主義というより
アジア的なものという考え方は欧米人の偏見くさくて嫌なんだが
しかしそれでも、当時のカンボジアみたいな農村国が
近代工業をすっ飛ばして一足飛びに共産主義ユートピアを目指すと
ああいう「強引に前近代的農村に回帰」の発想になるのは道理といえば道理…
そら確かに原始時代には資本家も採取されるプロレタリアもねーよw
遅レスかもしれないけど、科学は”問う”ものであって、”説明する”ものじゃない。
仮に物理学を用いて、或いは化学を用いて雷等気象現象の原因、原理等を”記述”し得ても、
その”記述”は、イオンがどうたらとかその域を出ないものだ。素粒子だとかでも同様だ。
’何故雷が落ちるのか?’と”問う”ことが科学であって、それ以上の射程は科学にはない。
科学の射程とは形而下への問いと、その解の”記述”に限られる。
イデア、神義論、こういったものを例示するとわかりやすくなると思うが、”説明”というのは
”記述”とは違い明らかに物事の理由原因を指す。
’神は自らに似せて人を作り給うた’’妹萌えな神様のせいで天孫の天皇にも寿命がある’
細胞分裂がどうこうといった”記述”は無いが、こういったものが”説明”だ。
朱子学に造詣が有る諸兄ならご理解頂けるかと思うが、科学は理気二元論のうち気の方を扱う、ということだ。
もし”説明する”ことが科学に出来ると言明することは、例えば津波が起きたことの”説明”が、
科学には可能であると言明することに他ならないけど、どこをどう調べたら科学が形而上的に”説明”してくれるのか?
”説明する”ことや”答える”ことが形而上のものの役割なら、信仰の役割とは当にそれらであるが、”問う”ものである
科学を進行してしまっては堂々巡りで終始してしまうよね。みんなもっと風神録やって神奈子様を信仰しようね。
参考文献:アンリ・アトラン/正も否も縦横に/法政大学出版局
仮に物理学を用いて、或いは化学を用いて雷等気象現象の原因、原理等を”記述”し得ても、
その”記述”は、イオンがどうたらとかその域を出ないものだ。素粒子だとかでも同様だ。
’何故雷が落ちるのか?’と”問う”ことが科学であって、それ以上の射程は科学にはない。
科学の射程とは形而下への問いと、その解の”記述”に限られる。
イデア、神義論、こういったものを例示するとわかりやすくなると思うが、”説明”というのは
”記述”とは違い明らかに物事の理由原因を指す。
’神は自らに似せて人を作り給うた’’妹萌えな神様のせいで天孫の天皇にも寿命がある’
細胞分裂がどうこうといった”記述”は無いが、こういったものが”説明”だ。
朱子学に造詣が有る諸兄ならご理解頂けるかと思うが、科学は理気二元論のうち気の方を扱う、ということだ。
もし”説明する”ことが科学に出来ると言明することは、例えば津波が起きたことの”説明”が、
科学には可能であると言明することに他ならないけど、どこをどう調べたら科学が形而上的に”説明”してくれるのか?
”説明する”ことや”答える”ことが形而上のものの役割なら、信仰の役割とは当にそれらであるが、”問う”ものである
科学を進行してしまっては堂々巡りで終始してしまうよね。みんなもっと風神録やって神奈子様を信仰しようね。
参考文献:アンリ・アトラン/正も否も縦横に/法政大学出版局
”説明”は究極的には「運」とか「神がそう定めた」としか言いようないのね
プロセスは科学で解明できても
プロセスは科学で解明できても
ただ、今の定まっていることが本当に最適か? と言われるとそうとも言えないから
理系の学生に勧誘してくる人のパンフレットを見ても首を傾げざるを得ない
生命は本当に無駄だらけですわ
理系の学生に勧誘してくる人のパンフレットを見ても首を傾げざるを得ない
生命は本当に無駄だらけですわ
そして「神がそう定めた」は全て「スパゲッティモンスター様がそう定めた」に置換可能な訳で……
説明の証明を放棄してる以上は科学と宗教は交わらないわなー
スパモン様が幻想郷入りする日はまだ遠そうだな
説明の証明を放棄してる以上は科学と宗教は交わらないわなー
スパモン様が幻想郷入りする日はまだ遠そうだな
「科学教」批判は正論ではあるけど、他の宗教への入り口になってしまったりするから扱いが難しい
究極的に言えば科学も宗教のひとつである
↓
科学は信用できない
↓
つまり科学と××教は同じレベルの信憑性
↓
ですが××教は科学ほど批判を受けていないので信用できるのです
現代社会の不幸は科学教が生み出したものでしょう
それの対極にある××教は人々に夢とロマンを与え、不幸から救うことができるのです[要出展]
↓
つまり科学より××教のほうが正しいし優れていると言える
究極的に言えば科学も宗教のひとつである
↓
科学は信用できない
↓
つまり科学と××教は同じレベルの信憑性
↓
ですが××教は科学ほど批判を受けていないので信用できるのです
現代社会の不幸は科学教が生み出したものでしょう
それの対極にある××教は人々に夢とロマンを与え、不幸から救うことができるのです[要出展]
↓
つまり科学より××教のほうが正しいし優れていると言える
だからK・ポパーらが科学の哲学というか、
科学と宗教やイデオロギーを分つための方法論を探究した訳で
疑似科学とかトンデモなんかの説明が分かりやすいかな
決定的なのは「誠実の欠如」だとされる
あとアメリカが典型だが、プラグマティズムの文化の為か、
科学信仰というよりは技術信仰だな 我が国にもその傾向はある
先日、他界したAppleの創始者のひとりスティーブ・ジョブズをはじめ、
シリコンバレーに集った当時の若者たちを指して、
「学生運動や反戦デモや政治集会なんかでは社会を変えられない」
と見切った人々と評した書物もあったな
科学と宗教やイデオロギーを分つための方法論を探究した訳で
疑似科学とかトンデモなんかの説明が分かりやすいかな
決定的なのは「誠実の欠如」だとされる
あとアメリカが典型だが、プラグマティズムの文化の為か、
科学信仰というよりは技術信仰だな 我が国にもその傾向はある
先日、他界したAppleの創始者のひとりスティーブ・ジョブズをはじめ、
シリコンバレーに集った当時の若者たちを指して、
「学生運動や反戦デモや政治集会なんかでは社会を変えられない」
と見切った人々と評した書物もあったな
>>193
「問うのが目的で答えは出さない」というのは哲学だと思う
科学も答えは出す。
「なぜ雷が落ちるのか?」という問いに関してはきちんと「雲と大地の電位差が~」という答えを出す
もちろんその答えから「なぜ電位差が?」と問いにすることも可能
こうやって無限に続く問いと答えの連鎖を、観察による推論と多数決(少数の権力者の押し付けを認めない)によって進めていくのが科学だと思う
だから形而上的な答えを出すのは無理なわけだ。なにしろ観察や経験を超えたものが形而上と呼ばれるから
「問うのが目的で答えは出さない」というのは哲学だと思う
科学も答えは出す。
「なぜ雷が落ちるのか?」という問いに関してはきちんと「雲と大地の電位差が~」という答えを出す
もちろんその答えから「なぜ電位差が?」と問いにすることも可能
こうやって無限に続く問いと答えの連鎖を、観察による推論と多数決(少数の権力者の押し付けを認めない)によって進めていくのが科学だと思う
だから形而上的な答えを出すのは無理なわけだ。なにしろ観察や経験を超えたものが形而上と呼ばれるから
観測しえないものについては仮説がそのまま通説になるな。フィッグス粒子、スーパーストリングス、モノポール
蓮子ちゃんが嘆いていた。
蓮子ちゃんが嘆いていた。
反証可能性の担保が科学であることの事実上絶対条件だから
他者の観測や追試を認めない、それを可能としないのでは、学問としては成立しない
逆説的に言えば、科学に「絶対の真理」はない、と情けないけれど言えるかもしれない
茨華仙に「常温核融合」のお話しがあるけれど、「ポリウォーター(重合水)」と共に、
「科学」を象徴する物語だろうと個人的には思う
常温核融合は「現状では、どうやら、まず否定されている」のが実態
パラジウム合金の結晶構造がある種の量子的井戸を形成し、水素原子の融合を生みうるという仮説は、
常温核融合が騒がれた当時もあったとされる(神主は知っていたのだろうな)
怖いのは科学教よりも、むしろ宗教とかイデオロギーが「科学的真理」に憧れ、僭称したり偽装する方が厄介
かってイマヌエル・ヴェリコフスキーという疑似科学者が、聖書の物語を「科学的に」説明した、
「衝突する宇宙」なる本を上梓した
明らかに意図的に炭水化物(モーゼとその民の食糧となった天からの恵み「マナ」のこと)と、
炭化水素(石油)を混同させたりと、数々の意図的誤謬を詰め込んだひどい書物である
SF作家のアイザック・アシモフはこれを批判して「混乱する宇宙」というエッセイを発表した
エッセイはこう締めくくられている
「聖書の物語を、こんな疑似科学で語られるぐらいなら、私はいっそ聖書に書かれている通りに
すべてをそのままに受け止める方がましだ
セシル・B・デミル(映画「十戒」の監督)とヴェリコフスキーとを選べと言われたら、私は前者を選ぶ、
それも大急ぎでだ!」
神々とか妖怪とか、幻想郷の住人たちは、ヘタな「科学考証」なんか必要ない存在たちということで…
他者の観測や追試を認めない、それを可能としないのでは、学問としては成立しない
逆説的に言えば、科学に「絶対の真理」はない、と情けないけれど言えるかもしれない
茨華仙に「常温核融合」のお話しがあるけれど、「ポリウォーター(重合水)」と共に、
「科学」を象徴する物語だろうと個人的には思う
常温核融合は「現状では、どうやら、まず否定されている」のが実態
パラジウム合金の結晶構造がある種の量子的井戸を形成し、水素原子の融合を生みうるという仮説は、
常温核融合が騒がれた当時もあったとされる(神主は知っていたのだろうな)
怖いのは科学教よりも、むしろ宗教とかイデオロギーが「科学的真理」に憧れ、僭称したり偽装する方が厄介
かってイマヌエル・ヴェリコフスキーという疑似科学者が、聖書の物語を「科学的に」説明した、
「衝突する宇宙」なる本を上梓した
明らかに意図的に炭水化物(モーゼとその民の食糧となった天からの恵み「マナ」のこと)と、
炭化水素(石油)を混同させたりと、数々の意図的誤謬を詰め込んだひどい書物である
SF作家のアイザック・アシモフはこれを批判して「混乱する宇宙」というエッセイを発表した
エッセイはこう締めくくられている
「聖書の物語を、こんな疑似科学で語られるぐらいなら、私はいっそ聖書に書かれている通りに
すべてをそのままに受け止める方がましだ
セシル・B・デミル(映画「十戒」の監督)とヴェリコフスキーとを選べと言われたら、私は前者を選ぶ、
それも大急ぎでだ!」
神々とか妖怪とか、幻想郷の住人たちは、ヘタな「科学考証」なんか必要ない存在たちということで…
宗教=まずは「信じる」ことから始まる
科学=常に疑いの余地を残しておく
とか大雑把すぎるけどそのくらいに考えてるなあ
ヴェリコフスキーの説はツッコミどころだらけではあるんだけど
当時のまともな研究者たちがおかしい部分を指摘する前に
著作の版元に圧力をかけたりして却ってややこしいことになってるとか
科学=常に疑いの余地を残しておく
とか大雑把すぎるけどそのくらいに考えてるなあ
ヴェリコフスキーの説はツッコミどころだらけではあるんだけど
当時のまともな研究者たちがおかしい部分を指摘する前に
著作の版元に圧力をかけたりして却ってややこしいことになってるとか
重力とかそんなの本当は存在しなくて、実際起きてる現象と偶々計算が合っただけ。
実際はもっと別の法則が働いている。
とか考えたらわくわく
実際はもっと別の法則が働いている。
とか考えたらわくわく
衝突する宇宙は版元にも問題があるんだよな
発売前にわざわざアシモフや科学者達に贈呈してコメントを求めたらしい
当然の結果として科学者達は批判したがアシモフは迂闊にも内容を否定しなかった
そこで版元はアシモフが太鼓判を押したかのような広告を打った
アシモフは慌てて批判を表明した…という次第
皮肉屋のイメージがあるアシモフだが根は案外と素直だったのか
発売前にわざわざアシモフや科学者達に贈呈してコメントを求めたらしい
当然の結果として科学者達は批判したがアシモフは迂闊にも内容を否定しなかった
そこで版元はアシモフが太鼓判を押したかのような広告を打った
アシモフは慌てて批判を表明した…という次第
皮肉屋のイメージがあるアシモフだが根は案外と素直だったのか
>>198
> アメリカが典型だが、プラグマティズムの文化の為か、
> 科学信仰というよりは技術信仰
これはもっともな気がする
ヨーロッパじゃニュートンとかがいい例だが
歴史的に「科学者>技術者」
古くから科学を探究する大学教育が進んでたからだな
(そのヨーロッパの大学は元をたどると教会の神学校なんだが)
これに対してアメリカじゃエジソンはほとんど
専門的な科学教育を受けずに現場の手仕事で数々の発明品を作った
ライト兄弟やヘンリー・フォードもそっちだな
アメリカが本気で「科学」や「哲学」をやりだしたのは
1930年代~WW2期にヨーロッパでナチズムの弾圧を逃れて
ユダヤ系の科学者や哲学者が多く亡命してきてからだろう
代表例がフォン・ノイマンとか
>>201
> 宗教とかイデオロギーが「科学的真理」に憧れ、僭称したり偽装する
この最悪のわかりやすい例がナチズムだよ
なんせゲルマン民族の優秀性を「生物学的」に論証しようとしたのだが
もう阿呆かともう馬鹿かと……
(彼らにとっては有色人種がベルリン五輪でメダルを獲るのは大矛盾www)
が、当時の「理性的」なつもりの人はそれを本気で信じようとした
なんのこっちゃ科学も宗教も個人の優越感という動機の前には
平気で節を曲げるというオチかい
> アメリカが典型だが、プラグマティズムの文化の為か、
> 科学信仰というよりは技術信仰
これはもっともな気がする
ヨーロッパじゃニュートンとかがいい例だが
歴史的に「科学者>技術者」
古くから科学を探究する大学教育が進んでたからだな
(そのヨーロッパの大学は元をたどると教会の神学校なんだが)
これに対してアメリカじゃエジソンはほとんど
専門的な科学教育を受けずに現場の手仕事で数々の発明品を作った
ライト兄弟やヘンリー・フォードもそっちだな
アメリカが本気で「科学」や「哲学」をやりだしたのは
1930年代~WW2期にヨーロッパでナチズムの弾圧を逃れて
ユダヤ系の科学者や哲学者が多く亡命してきてからだろう
代表例がフォン・ノイマンとか
>>201
> 宗教とかイデオロギーが「科学的真理」に憧れ、僭称したり偽装する
この最悪のわかりやすい例がナチズムだよ
なんせゲルマン民族の優秀性を「生物学的」に論証しようとしたのだが
もう阿呆かともう馬鹿かと……
(彼らにとっては有色人種がベルリン五輪でメダルを獲るのは大矛盾www)
が、当時の「理性的」なつもりの人はそれを本気で信じようとした
なんのこっちゃ科学も宗教も個人の優越感という動機の前には
平気で節を曲げるというオチかい
聖書の内容を科学的な視点から考察する発想は面白いと思うが、
聖書が科学的に正しいという結論ありきなのがおかしいんだよなぁ…
聖書が科学的に正しいという結論ありきなのがおかしいんだよなぁ…
本当に信仰心があるんならそんなこすい真似はしないさ。
プロテスタント、特にアメリカの奴等はカルトと変わらない気がするな。
カトリックの方が今では遙かに寛容だ。
プロテスタント、特にアメリカの奴等はカルトと変わらない気がするな。
カトリックの方が今では遙かに寛容だ。
ノアの箱舟の話なんかは「大洪水があった」程度のことはほぼ確定してるとか聞いたことがあるな
それをどうやって知り、その洪水をどのように乗りきったかは聞いたことないけど
それをどうやって知り、その洪水をどのように乗りきったかは聞いたことないけど
アララト山山頂に聖書通りの大きさの木造船の遺跡があるのもほぼ確定だったっけ
教祖様がやってもその辺の乞食がやっても同じ結果がでるのだから
科学というのは「一応信頼に値する」のではないかね
科学というのは「一応信頼に値する」のではないかね
◆ 其の十八(スレ18)>>925–930
そういえば言葉にもいろいろ素敵な話があるよな。
言霊っていうのは人の心に作用する言葉の力を霊的に説明したものなのかな…?
名前は忘れたが、空中に書いた文字を「早く消せ、何か悪さをしたらどうする」と言ったことで
有名な文学家の話をどこかで聞いた気がする。
あのトンデモの代名詞とされている「水は語る」も、人の心に作用する、先入k…じゃなかった、
人間の錯覚として論じれば、内容は同じでもあんな扱いをされなかっただろうに…これも言霊の仕業か。
言霊っていうのは人の心に作用する言葉の力を霊的に説明したものなのかな…?
名前は忘れたが、空中に書いた文字を「早く消せ、何か悪さをしたらどうする」と言ったことで
有名な文学家の話をどこかで聞いた気がする。
あのトンデモの代名詞とされている「水は語る」も、人の心に作用する、先入k…じゃなかった、
人間の錯覚として論じれば、内容は同じでもあんな扱いをされなかっただろうに…これも言霊の仕業か。
水のあれか…うちの母ちゃんが真に受けて実際に実験してたなぁあれ
結果はどうなったのか知らないけど
確かに、実験の目的次第ではあれも興味深い研究になってたんだろうけど、如何せん水が言葉を理解できるとか斜め上なこと言っちゃったらそりゃあ白い目で見られても仕方ないというか
結果はどうなったのか知らないけど
確かに、実験の目的次第ではあれも興味深い研究になってたんだろうけど、如何せん水が言葉を理解できるとか斜め上なこと言っちゃったらそりゃあ白い目で見られても仕方ないというか
初めから道徳や倫理を語るためのファンタジーとか寓話って言っとけばよかったものを
「科学的に証明できる」とか大ボラ吹いたせいで残念な結果に終わってしまったのが惜しい
「科学的に証明できる」とか大ボラ吹いたせいで残念な結果に終わってしまったのが惜しい
植物に音楽を聞かせると云々ってもあったな
なんかうやむやになってたみたいだが
まあ「○○は○○なんだけど今の観測技術では測定出来ない」なんて言い続けてれば永遠に謎が尽きることはないが
……そういや旧作の教授も物理学の統一理論が見つかった後に魔力の存在証明頑張ってたな
なんかうやむやになってたみたいだが
まあ「○○は○○なんだけど今の観測技術では測定出来ない」なんて言い続けてれば永遠に謎が尽きることはないが
……そういや旧作の教授も物理学の統一理論が見つかった後に魔力の存在証明頑張ってたな
ごめん、826だが、「錯覚」もあまり適切な言葉じゃなかった。
夢違科学世紀でメリーが指摘した、現実は個々の主観の中にある。
ということを根拠に、「主観に作用する力は現実に作用する」ということを言いたかっただけ。
トンデモは正直アレだが、浪漫は捨てたくない。
夢違科学世紀でメリーが指摘した、現実は個々の主観の中にある。
ということを根拠に、「主観に作用する力は現実に作用する」ということを言いたかっただけ。
トンデモは正直アレだが、浪漫は捨てたくない。
でも水云々とか、音楽どうこうっていうのも、確かにトンデモではあるが
そういった考え方をするのも、もしかしたらアリなのかもしれないな…
正しいか間違ってるかじゃなく、考える事こそ大切というか、うまく言えないけど
「考えるあなたの権利を保有してください。なぜなら、まったく考えないことよりは誤ったことも考えてさえすれば良いのです」
「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」
これらの言葉を遺したヒュパティアという女性の哲学者が、キリスト教徒によって虐殺されたということをさっき知ったが、
考えをやめること、特定の考えに思考停止してしまうということは
それが正しいか誤ってるかはともかく、一つの思考停止がある程度力を持ってしまうと、
それを錦の御旗として対抗勢力やマイノリティに対して、残虐な行為も正当化してしまいそして平気で行わせてしまうんだな、
と改めて思ってしまった(小並感)
ネット上での、多数意見の書き込みに便乗して、(少数意見の書き込みに対して)話の本筋とは関係ない中傷を始めるような奴が現れるのも、そのケースの一種なんだろうな
そういった考え方をするのも、もしかしたらアリなのかもしれないな…
正しいか間違ってるかじゃなく、考える事こそ大切というか、うまく言えないけど
「考えるあなたの権利を保有してください。なぜなら、まったく考えないことよりは誤ったことも考えてさえすれば良いのです」
「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」
これらの言葉を遺したヒュパティアという女性の哲学者が、キリスト教徒によって虐殺されたということをさっき知ったが、
考えをやめること、特定の考えに思考停止してしまうということは
それが正しいか誤ってるかはともかく、一つの思考停止がある程度力を持ってしまうと、
それを錦の御旗として対抗勢力やマイノリティに対して、残虐な行為も正当化してしまいそして平気で行わせてしまうんだな、
と改めて思ってしまった(小並感)
ネット上での、多数意見の書き込みに便乗して、(少数意見の書き込みに対して)話の本筋とは関係ない中傷を始めるような奴が現れるのも、そのケースの一種なんだろうな
◆ 其の十四(スレ14)>>384–384
メインカルチャーは元気いっぱいだよー
今の日本人は潜在的キリスト教徒だと思ってる(キリッ
>>368
聖地の禁忌を破ることに伴う宗教的・文化的な感情はまた別かと
神秘性を持った呪物をただのモノに還元してしまうのと同じことですから
このあたりを考慮したうえでなければ説得は出来ないと思います
今の日本人は潜在的キリスト教徒だと思ってる(キリッ
>>368
聖地の禁忌を破ることに伴う宗教的・文化的な感情はまた別かと
神秘性を持った呪物をただのモノに還元してしまうのと同じことですから
このあたりを考慮したうえでなければ説得は出来ないと思います
◆ 其の十五(スレ15)>>118–134
前に池上彰の番組で見た「原理主義の国アメリカ」みたいな特集を思い出すな
創世記にある天地創造の年代と恐竜の化石との整合性をあわせるために
原始人と恐竜が仲良く並んでるジオラマ作って博物館にしてんの
しかも連日大入り満員っていう
日本人なら百人が百人ともアホかって思うけど、やっぱり日本人だからそう思えるんだろうな
俺たちだって何が本当に正しいのかなんて一々考えないしな
創世記にある天地創造の年代と恐竜の化石との整合性をあわせるために
原始人と恐竜が仲良く並んでるジオラマ作って博物館にしてんの
しかも連日大入り満員っていう
日本人なら百人が百人ともアホかって思うけど、やっぱり日本人だからそう思えるんだろうな
俺たちだって何が本当に正しいのかなんて一々考えないしな
つくづく思うんだが、欧米人に比べると日本人って(昔はともかく)よっぽど現実的だと思うの
>>118なんかを見ると、欧米人は現実の日常でファンタジーやってるからゲームはやたらリアルに作りたがる
逆に日本人は、現実の日常がリアルだからゲーム含む二次元ではファンタジーに偏りがちなんじゃないかと
>>118なんかを見ると、欧米人は現実の日常でファンタジーやってるからゲームはやたらリアルに作りたがる
逆に日本人は、現実の日常がリアルだからゲーム含む二次元ではファンタジーに偏りがちなんじゃないかと
>>118
話はずれるが人類が化石の年代を正確に特定できるようになったのは
放射性同位体の分析技術が進んだ20世紀半ば以降だな
過去の時間軸を正確に測る術を持ったからこそ天地創造の神話を払拭できたのかもしれない
話はずれるが人類が化石の年代を正確に特定できるようになったのは
放射性同位体の分析技術が進んだ20世紀半ば以降だな
過去の時間軸を正確に測る術を持ったからこそ天地創造の神話を払拭できたのかもしれない
>>118-119
この手のバカ話はアメリカ嘲笑ネタでよく使われるが
当然ながら進化論を認めているアメリカ人もたくさんいる
世界地図見てから考えて欲しいんだけど
アメリカは東海岸と西海岸の沿岸都市は海外の情報も入ってくるし
文化的な価値観も先進的な人間が多いのだが
内陸部とか平気で幻想郷のような陸の孤島がある
日本でも修学旅行以外生まれた県でほとんど過ごす人は多いが
北米のネブラスカやカンザスあたりじゃ一生涯海という物を見たことない奴が
当たり前にごろごろいる。何しろ内陸の一州のサイズが北海道よりずっとデカい
日本なら簡単に情報も文化的な価値観もすぐに全国規模で広まるが
アメリカじゃ19世紀に開拓民が根づいて以来価値観に変化無し
というアーミッシュ村みたいな地域も平然と成り立つわけだ
この手のバカ話はアメリカ嘲笑ネタでよく使われるが
当然ながら進化論を認めているアメリカ人もたくさんいる
世界地図見てから考えて欲しいんだけど
アメリカは東海岸と西海岸の沿岸都市は海外の情報も入ってくるし
文化的な価値観も先進的な人間が多いのだが
内陸部とか平気で幻想郷のような陸の孤島がある
日本でも修学旅行以外生まれた県でほとんど過ごす人は多いが
北米のネブラスカやカンザスあたりじゃ一生涯海という物を見たことない奴が
当たり前にごろごろいる。何しろ内陸の一州のサイズが北海道よりずっとデカい
日本なら簡単に情報も文化的な価値観もすぐに全国規模で広まるが
アメリカじゃ19世紀に開拓民が根づいて以来価値観に変化無し
というアーミッシュ村みたいな地域も平然と成り立つわけだ
自由の国っていうけどアメリカって田舎の方はかなり閉鎖的らしいよね
外国のことをろくに知らない人も多いみたいだし
外国のことをろくに知らない人も多いみたいだし
ヨーロッパにもキリスト教原理主義右翼とかはたまーにいるけどな
アメリカの場合もともとヨーロッパを追い出された
千年王国信仰の清教徒が開拓したような面もあるし
歴史の浅い人口国家ゆえ逆説的に
原理主義が広まりやすかったという面はあるらしい
陸続きで隣接範囲に拮抗する文化圏もないしね
先住民はただ一方的に制服の対象だし
アメリカの場合もともとヨーロッパを追い出された
千年王国信仰の清教徒が開拓したような面もあるし
歴史の浅い人口国家ゆえ逆説的に
原理主義が広まりやすかったという面はあるらしい
陸続きで隣接範囲に拮抗する文化圏もないしね
先住民はただ一方的に制服の対象だし
UMAやUFOネタはアメリカが一番多い気がするな
古い伝承が無い分、都市伝説が広まりやすいというか
ヨーロッパはまだ妖精さんが健在かな
古い伝承が無い分、都市伝説が広まりやすいというか
ヨーロッパはまだ妖精さんが健在かな
ウイスキー作るとこなら天使は健在だな
>>127
欧州はスイスあたりの山岳地帯が一番気になるわー
日本の場合、迫害された有史前の信仰はそっくり山へ移植された
魔女は果たしてどれくらい生き残ったのかーって
たぶんキリスト教に姿を変えて細々と生きてんじゃないかと思う
欧州はスイスあたりの山岳地帯が一番気になるわー
日本の場合、迫害された有史前の信仰はそっくり山へ移植された
魔女は果たしてどれくらい生き残ったのかーって
たぶんキリスト教に姿を変えて細々と生きてんじゃないかと思う
>>129
パチュリーあたりが魔女狩りから逃れて…とか思ったけど彼女100歳程度だから
ちょっと時期が外れてるな
とは言えお嬢共々20世紀に入っても幻想郷入りもしてなかったんだから
それこそヨーロッパのどこか山中の隔絶された土地で色々やってたのかもしれない
パチュリーあたりが魔女狩りから逃れて…とか思ったけど彼女100歳程度だから
ちょっと時期が外れてるな
とは言えお嬢共々20世紀に入っても幻想郷入りもしてなかったんだから
それこそヨーロッパのどこか山中の隔絶された土地で色々やってたのかもしれない
イギリスじゃ最後に魔女狩り法が適用されたのが第二次大戦中(!)
…実際は、自称予言者の女がドイツ軍へのスパイ容疑を掛けられて
無理やり魔女狩り法でしょっ引いたという話らしいが
…実際は、自称予言者の女がドイツ軍へのスパイ容疑を掛けられて
無理やり魔女狩り法でしょっ引いたという話らしいが
19世紀末とかオカルトブームを隠れ蓑に色々おおっぴらに活動できそうだよね
◆ 其の十六(スレ16)>>856–857
ソーカル事件はなんというか人文系の学者の間じゃ
いまだに「科学性」へのコンプレックスがあるのねという話
19世紀~20初頭の哲学思想はやたら「科学」ぶった奴が多かった
マルクスしかりフロイトしかり……そのへんはポパーが述べてるみたいに
文系の学問には「傾向」はあっても「法則」なんてねえよって事だと思うんだが
日本のポストモダン思想最後の伝承者が言ってる「ナントカ2.0」も
この手の理数理工系用語マネしたがり症候群に入るんでしょうかね
所謂ポストモダン思想も数ある学問潮流のひとつとしては面白いんだけど
なまじ1980年代当時に変なスノッブ的流行をしたせいで
あたかも「ポストモダンだけかじってれば他は何も学ばなくてOK」
という勘違いを生み出したのは問題
(これは別に浅田彰や柄谷行人や蓮實重彦個人のせいではないが…)
いまだに「科学性」へのコンプレックスがあるのねという話
19世紀~20初頭の哲学思想はやたら「科学」ぶった奴が多かった
マルクスしかりフロイトしかり……そのへんはポパーが述べてるみたいに
文系の学問には「傾向」はあっても「法則」なんてねえよって事だと思うんだが
日本のポストモダン思想最後の伝承者が言ってる「ナントカ2.0」も
この手の理数理工系用語マネしたがり症候群に入るんでしょうかね
所謂ポストモダン思想も数ある学問潮流のひとつとしては面白いんだけど
なまじ1980年代当時に変なスノッブ的流行をしたせいで
あたかも「ポストモダンだけかじってれば他は何も学ばなくてOK」
という勘違いを生み出したのは問題
(これは別に浅田彰や柄谷行人や蓮實重彦個人のせいではないが…)
いまだに「科学性」へのコンプレックスがある、というか、絶賛進行中に思ってるんだが。
哲学において科学的な実証主義的傾向は弥増す増加傾向にあるってトマス・クーンだか、その辺りが言ってたよ。
科学哲学者だから当たり前だがwww
まあ、今現在、「哲学者」なんざ政治哲学なり、科学哲学なり、そういった分野に分化している時代なんだし、
科学や技術に強い影響を受けるのも自然だと思うけどねえ。
それに、そういった哲学者の多くは、理系や他の文系分野の研究者と共同研究したりしていて、
純粋に哲学の知識しか持ち合わせない様な哲学者って最早欧米では数少なくなっている。
裏
攻殻みたいな電脳が一般的になったら「一般意志ver2.0.1」とか「β版一般意志ver2.0.2」とか、そういうソフトウェアが作られるのだろうかw
私は幸せです。
裏
哲学において科学的な実証主義的傾向は弥増す増加傾向にあるってトマス・クーンだか、その辺りが言ってたよ。
科学哲学者だから当たり前だがwww
まあ、今現在、「哲学者」なんざ政治哲学なり、科学哲学なり、そういった分野に分化している時代なんだし、
科学や技術に強い影響を受けるのも自然だと思うけどねえ。
それに、そういった哲学者の多くは、理系や他の文系分野の研究者と共同研究したりしていて、
純粋に哲学の知識しか持ち合わせない様な哲学者って最早欧米では数少なくなっている。
裏
攻殻みたいな電脳が一般的になったら「一般意志ver2.0.1」とか「β版一般意志ver2.0.2」とか、そういうソフトウェアが作られるのだろうかw
私は幸せです。
裏