そこのインテリ気取りのあなたも詳しくないけど興味のある方もどうぞ
古代史、考古学、古典文学、文化人類学、宗教学、郷土の昔話、
理科系分野の学問まで…何でもありの雑学スレと化してます
このスレのまとめ
東方考察まとめ wiki
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前スレ
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の八】
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過去スレ
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の七】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の陸】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の伍】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の四】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の参】
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東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の弐】
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東方好きなら民俗とか神話とかいろいろ語ることあるだろ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/41116/1212737665/
1乙
前スレにこんなのがあったので仮名遣い一部修正しつつ
|_,| .ミ¥彡 .|_,|
|_,| <<><> .|_,|
|_,| <<><>> |_,|
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|_,| {二二} {二二} |_,|
|_,| .fl | o | | o | fl |_,|
|_,| ハ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.ハ .|_,|
|_,| |__| ψ ψ ψ |__|. T .|_,|
|_,|  ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄ ,,;ヘ, | .|_,|
|_,| || || ノ,,;;;;,,,Π. |_,|
/ ̄| <>
|__| <>>
(,,,゚.∀) |<><>
/ ̄ヽ¬っ
|__|_j
/」_|_|_ゝ
此れの所を厳の磐境と斎定めて招奉る、掛けまくも畏き産土大神を始めて、
大地主大神・埴安姫大神、また屋船大神等の御前に恐み恐みも白さく。
この度「東方民俗・神話」が新しきスレッドを「
>>1」が
請負ひ建てむとして、今日の生日の足日にしも地鎮祭を慎み敬ひ執行はむと、
荒らしの災ひは更なり鯖高負荷やdat沈下の損害無く、
弥遠永に些かの異しき事危き事も有らしめ給はず、
安けく平らかに常磐堅磐にレスの八十続きと共に立栄えしめ給へと、
恐み恐みも称辞申鎮納めをへ奉らくと白す。
>>1乙!ついでに2も乙!
前スレでちょっと気になったんだけど、あの辺の一神教から見た俺達多神教ってどんななんだろう
あとキリストから見たイスラムってどんななんだろう
>>1-2 畏み畏み乙白し奉る
>>4キリスト「うっはw 神の子は俺だけだっていってんのに、後出しじゃんけんで最後の預言者とかwww」
冗談はともかく……
こればっかはね、ホントに信仰持ってる人に失礼になっちゃうから
信仰持ってない人間は憶測でものをいうべきじゃないと思う
ただ、穏健な宗教心は、他の信仰に対しても寛容であることを求めるもんだってことは
今世紀に入って、人類が逆説的に学び確認し合うことができた、数少ない「文明観」の進歩だった、とはいえるはず
ちょい観点が逸れるけど、大学時代に某イスラム研究者が講義でいってたことを思い出した
なんでも、自分みたいな不信心な日本人がムスリムに信仰についてたずねられたら
「無宗教者」じゃなく「多神論者」と答えるのが無難なんだって
どうもムスリムの意識だと、一般に
ムスリム>啓典の民(キリスト・ユダヤ)>多神教信者>無神論者
……っていう価値序列になるらしい。どこまで確かかはわかんない、単なる耳学問だけど……
土着の多神教から一神教に移行したキリスト教、イスラム教地域の人間には
どうやらアミニズムっぽい多神教は蒙昧に見なされるらしい
神はもっと高尚な物のはずなのに獣や自然の風景を崇めるなんて…って感じで
あと本来ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神と世界観は同一のはずで
(ユダヤ教の旧約聖書の世界観を基にキリスト教とイスラム教が成立)
イスラム教ではユダヤ教徒とキリスト教徒も同じ経典の民としているのだが
アメリカではこの事実をまったく理解してない人が多いらしい
イスラームの教え自体が悪いわけじゃないのに、一部の過激な人だけが見えちゃってるんだろう
そしてテロに走ってる理由の発端がアメリカだったりするっていう
過激な事を言う/やる人の意見が大きく見える、というのは古今東西夢現、どこでも同じね
少数の人を指して「イスラムは悪い宗教だ!」というなら、グラウンドゼロにモスクを建てることに反対して、
「コーランを焼き捨てるぞ!」なんて言ったキリスト教徒が居るのだから、キリスト教も悪い宗教だよな
あの神父だか司祭こそが、その一部の過激な人に思えてならない。嫌な話だね
どんな宗教も政治に組み込んだり人種に対する偏見を悪魔やらに変換して歪むからなぁ
政教分離は非常に大事だが今まで心の支えとしては不可欠だったのもあるし
難しい話だよね色々
>>6>獣や自然の風景を崇めるなんて
それらを食ったり使ったりする事で生かされてるのにな
と思ったけど、
唯一神となるとそれらを作ったり統括したりしてる存在って事になるから
やっぱ偉いってことになるのか
越智道雄などによると、アメリカの田舎の極端なキリスト教原理主義は
古代も中世もなくいきなり近代からの人工国家であるためらしい
この点ヨーロッパ人はギリシァ・ローマやケルト・北欧の多神教の時代から
中世を経てだんだん少しづつキリスト教が普及した過程があるし
イスラム圏との間では戦争と同時に交易もしていた時期が長いから
異教も全否定ではなくそれなりの付き合い方が身についているということか
イスラムからすればキリスト教やユダヤ教は「同じ神から異なる教典を授かった、教典の民」だし、
サラディン(サラーフッディーンまたはアイユーブ)のように、敵味方から認められた「漢」もいるし
なんであんなことやってるのか、理解に苦しむ 寛容は両方とも徳としているのに
そういや昔に多神教は自然が豊かなところ唯一神は資源が少ないところで生まれるって聞いたなあ。
理由としては
森の中で迷ってもなんだかんだで飲みもの食べもの豊富だから
神様の恩恵があちこちあってラッキー!
こんなに良いことあんだから神様も沢山いるんだろうなあってな感じで多神教になって
砂漠とかで迷ったら何にもないから
やっべえマジ死ぬるコレ。なにこれ神の試練?とりあえず一か八か棒が取れた方に行こう。
やっほう!助かったぜ!神様のお導きスゲェ一生あんたについてくゼ!
てな感じのになったのが一神教だって言われて納得したの思い出した。
>>11今のヨーロッパは宗教に関心ない人も増えてるみたいだしな
チェコは人口の6割ぐらい無宗教だったような気がする
>>14以前スロヴェニヤ人の留学生ミヒャルさんって人に聞いたときも同じこと言ってた
漏れ「スロヴェニヤって何派のキリスト教徒が多いの?」
ミヒャ「ん~、カトリックだね」
漏れ「へぇカトリックなんだ てっきりスロヴェニヤ正教とかいうのがあるのかと思ってたけど」
ミヒャ「ロシヤ正教の人もいるよ」
漏れ「カトリックの人どんぐらいいるの?」
ミヒャ「半分くらいかなぁ」
漏れ「……あれ? あと半分くらいは?」
ミヒャ「無し」
漏れ「無し?」
ミヒャ「無神論 お父さんとかにだったら言えるけど、お婆ちゃんとかに言うと怒られるかな」
(要するに、50年代以降辺りに生まれた人にはかなり無神論が多いらしい)
無自覚の信仰者じゃなくて、自覚的な無神論なんだってさ
以前のキリスト教世界では無神論者イコール文字通り人扱いされなかったと聞くのにすごいよね
……書いてて思ったけど、無神論はキリスト教の範疇というかアンチキリスト教だけど、無宗教は宗教全体に反対してるから違うね
どうでもいいけど、熟女って言葉がお気に入りだったミヒャルさん、元気かなぁ……
スロヴェニヤならバルカン半島の旧ユーゴか
チェコもだがあのへんは旧共産圏時代に文化の非宗教化が進んでるからなあ
ちなみにロシアを含む東欧・中央圏は自殺率が高い
これは冷戦体制崩壊後の社会の激変の荒波のせいもあるが
自殺を禁じたカソリックのような宗教道徳がないことも影響してるはず
以前は建前上はマルクス主義の道徳教育ってのもあったんだろうけど
それも解体されるとどういうことになっているのか…
反動で若い世代には宗教の復権もありえそう
無宗教はむしろ宗教なんでもかんでも受け入れちゃううイメージ、日本的に
日本の場合、信仰の源流が「なんだかよく分からないけどすごいもの=カミ=祭る対象」だったらしい。
「宗教」という言葉のイメージ程には体系化されてなくて、だから「無宗教」と見なされやすいけど決して「無信仰」ではない。
まあ、西洋人から見たらこういう信仰すわ多神教なんだろうが。
んでもって、科学の発展で「なんだかよく分からない」が減っていくと、「カミ」もどんどん力を失う。
それでも「信仰」が残っているのは、確率や運命とか、死後の世界といった「未解明」の部分が残っているからだろうか。
以下、余談。
維新以降、西洋文明の無批判な受容の中で、背後にあるキリスト教的な土壌は曖昧なままにされてしまった。
その結果、一般民衆のレベルではキリスト教の「上帝」も(仏教の諸仏と同じように)単なる「カミ」として認識されてしまったのかもしれない。
それはザビエルの時から既に八百万の内の何かめっちゃすごい一柱って認識だったって昔教わった気がする
本場の教徒並の信仰もするけど八百万への畏敬をやめた訳でも全く無かったって
一神教の神と多神教の神様って根本的に別物なんだなぁって
ユダヤもキリストもイスラムも同じヒトが同じ性質のものを思い描いたから同じ神様になったのも納得だった高2の世界史。あと信仰心だけじゃ殺し合いに迄は発展しなさそうってことも
現代日本人が神様お願い!するのって確率であることが多いって何か読んだかも
「人は神秘を駆逐することで進化してきた」という言葉どおりだなー
夜の闇が怖いから明かりを灯した。山や森を開拓し自分たちの土地とした
全てを理解していくことで神秘を汚し続けてきたのよな
現代で人の心より恐ろしいものなんか大規模な天災ぐらいしかないわ……
>>19そもそもキリスト教はユダヤ教の聖典である旧約聖書を自分たちの聖典とも
しているし、イスラム教も旧約・新約を聖典にしているわけで。
同じ神様相手の契約が変わったという認識だからねぇ。
>>17芥川龍之介の「神々の微笑」は、まさにそんな話だよな
多神教的な信仰は、一神教のようなまとまりはないけれど
その時々の時勢に合わせやすい柔軟さがあるように思えるよ
まあ、信仰の方を変えてしまうんで、なかなか神学が発展しないというのはあるだろうけど
日本の「神」を「God」と英訳してしまったことには正しくなかったとか、今でも言われてるね
>>18まぁただ西洋文明を右から左へ受け入れるだけじゃ国民総キリスト教化する恐れがあったから、
日本だって進化論を積極的に取り入れ普及させていくという対抗策もした
進化はキリスト教からすれば正しくないもので、都合の悪いものだからね
一方、仏教は世界や生命創造がどうたらとか書いてないから関係ないし、
神道も人間がいつの間にか誕生してたり、神々の話中心で生き物の創造についてはほとんど言及されてないから
進化論が広まろうと痛くも痒くもなかったんだと思う
そのおかげで、日本は世界最速で進化論が定着したらしい
日本でキリスト教を広めた宣教師達も、伝えたのは 既にヨーロッパでは「敗者」「時代遅れ」となりつつあった宗派だったそうだしなぁ
確かに一時期日本を席巻する勢いは有って、為政者達がその「勢い」を恐れたのは事実だけど
その実キリシタンが信じていたのは日本人がアレンジしまくった「日本風なんちゃってキリスト教」だったからなぁ
神を唯一絶対視するならただのまだ未成年の少女に過ぎなかった天草四郎を「神」としては崇めないよw
俺はキリスト教徒ではないけど進化論にも否定的。
たくさんの種類の「狩りバチ」が現存しているが、彼らはほぼ必ずそれぞれ「ある一種類の虫」を獲物として生活している。
これらの狩りバチがある一種の狩りバチから派生進化していったというのなら、必ずどこかで「複数種類の虫を獲物に出来るハチ」が誕生しているはず。
一種類の獲物に特化していくよりも、そちらの万能選手のほうが生き残る可能性が高い。
まあファーブルの受け売りなんだけど。
東方ネタでいうなら、奇数ゼミは、「他種との交配を避けるために奇数を選んだ」のではなく、「他種との交配を避けることが出来た奇数が結果的に生き残った」ということ。
>>26別にキリスト教者でなくても、進化論に反論することは全く問題ないと思う
問題なのは、聖書の記述とは異なっていると言って、その学説の妥当性の検証すら行わず
場合によってはその意見自体を抹殺することなんじゃないかな
と言うか、真に神が全知全能であり、その神を本当に信じているのなら
未だ不完全な説に一々右往左往せず、それもまた神の御心だとして受け入れることが
正しい信仰じゃないのかなぁ、と思う今日この頃
>>14神の存在・死後の世界のデータでみると欧州ではチェコだけ異質だろ
まあ日本の異質さは存在する・しない・わからないが見事に三等分されていて
「日本人の宗教感はこうだ」と主張しても3人のうち2人から違うと言われてしまうとこかもしれん
ちなみにデータは「神の存在・死後の世界」でぐぐって1番上にでてきたサイト参照のこと
>>27カトリックは公式に進化論を認めているし、アメリカのプロテスタント宗派も
多くは(しぶしぶ)認めている。
ただ、原理主義者が多数を占める南部とかでは公然と進化論否定がされている
そうで。州法で公立学校の生物学の授業で進化論を教えることを禁じたり。
(この法律は連邦最高裁で憲法違反として棄却されたが、今でもアメリカの
教科書では進化論に関しての言及は及び腰になっている)
>>25たしかにザビエルが日本に来た当時ヨーロッパでは宗教改革で
イエズス会は圧される立場だったがそんで当時は危険な野蛮人の土地と
みなされたアジアやアフリカや中南米に広く伝道活動に出て行った
その信仰心による行動力は良くも悪くも並大抵のものではない
そして25が天草四郎を男の娘扱いしていることに誰も突っ込まない件w
いや今の話が一段落したら50レスぐらい使ってじっくり聞こうと思ってww
進化論ってなんか日本だとあたかも証明済みの理論であるかのように扱われてるよね。実際に証明するにはどれくらい時間が要りそうなのかは知らないけど
極論を言えば、証明できる科学理論なんて一つもないでしょう。
「こう考えるとシンプルに説明できる」「こういう風に考えると美しい」「これで説明できるデータが多い」
みたいなことの積み重ねで説得力を増していくわけで。
「科学の仮説は反証可能なものだ」って言葉もあるよね。
進化は確かに大きい生物だと見えづらいけど、刻一刻と進化している生物がいることが証左の一つじゃない?
多剤耐性菌なんてまさに進化の産物じゃないか
一見同じに見えるけど実は全く別種だった――って可能性もあるがね。
まさに「科学の仮説は反証可能」って言につきるな。
>>31まともな生物学者の間では、進化論そのものは特殊相対性理論程度には正しいと
されている。
ただし、進化の原動力が何か、どのような過程で進化が進行したかについては
まだまだ諸説ある。ダーゥインの自然選択説もそういう「進化学説」のひとつ。
科学的に進化論が却下される可能性があった最大の機会は、おそらく遺伝子の
正体がDNA/RNAらしいということが判明して、DNAの分析・比較ができるように
なった時。
もしここで、ヒトの遺伝子がチンパンジーよりもヒトデに近く、今まで解剖学
などの知識をもとに作られていた系統樹が、遺伝子に基づく系統樹とまったく
異なっている、という事実が判明していたら進化論は完全に棄却されていた筈。
幸いにも進化論はそのハードルを乗り越えたわけで現在に至る。
今後も進化論が科学的に正しいかどうか試される機会はあるだろうけど、
進化論が否定されるのがどういう状況なのかがなかなか想像できない。
それこそ、現状進化論の対立仮説なんて創造論とその亜流(ID仮説とか)しか
存在しないし、それらは科学的に検証可能な仮説たりえないのが現実。
>>34 >進化論が否定されるのが~
それこそ社会の要請によって、だろうね
かつて社会ダーウィニズムが猛威をふるったのは、明らかにそれを支持することを是とする社会(ないし権力)の要請があったからで
もし今後、人類が再び反合理的・非理性的なあり方を志向することがあったなら
案外とあっさり否定され得るものなのかもしんない(米国の進化論排斥が、つまるところ政治力学で選びとられたものであるように)
「進化論」が象徴的に示した科学・合理主義が、「神から人へ」っていう(西洋)近代的風潮と両の轍をなしていたように
今後の世界の多極化次第では、「空飛ぶスパゲッティーモンスター」的な存在が、精神世界を牽引する場面も十分生じ得るわけだw
>>36実際アメリカの原理主義者が狙っているのもそれだからねぇ。
学校の授業で進化論を教えることができないようにして、進化論という概念が
世間に広まらないようにするとか、進化論について語ることをタブー視する
風潮を広めていくとか。
アカデミックな場で進化論が否定されなくても、進化論を抹殺はできる。
グールドが進化論vs創造論の本を書いていた当時はアメリカでの騒動でしか
なくてヨーロッパの研究者にとっては対岸の火事だったのだけど、近年の
ドーキンスの著書ではヨーロッパもイスラム系移民が増えたことで学校の
授業で進化論を教えづらくなっているそうです。
ちなみにイスラム教では新しい科学の発見があるたび
「じつはアラーがそのように作っていたのだ」で済むらしい
話は飛ぶけど、もし仏革の「理性崇拝」が現実にそれなりの影響力を持ち続けていたらどうなっていたのだろうか……。
「哲学の神殿」「真理のトーチ」「理性の女神」など、悪い意味で面白そうなフレーズが山積してるんだが。
実際はカトリック批判にかこつけたロベスピエール攻撃の意味合いが強かったらしい。
ロベスピエールによる弾圧(対抗して「最高存在の崇拝」なる祭典挙行)もあって継続はしなかったそうな。
>>38が指摘してるのはイスラムのホントに素敵な部分じゃないかしら
イスラムってのは(死ぬほど知ったかで乱暴な括りをすれば)聖俗一致を前提にした「解釈の体系」みたいなもんだから
そもそもシステム上、世俗による要請に対応可能な懐の深さがあるんだと思う
この辺、厳格なプロテスタンティズムの神様なんかと比べたら、アッラーさんって実に「話せる」神様だなぁ、とw
お酒ダメっていう建前があるかぎり、自分には到底信仰不能な神様だけど……
でもイスラム教って進化論否定してるんだよね
だからサウジアラビアではポケモンが売れないんだっけ、法律にひっかかるから
ポケモンのあれは世代交代なしで個体がいきなり変わるから進化と呼ぶのはおかしい
けど、翻訳でもそうなっているんだろうか?
アッラーは慈悲深いから豚肉食べて酒のんでも許してくれるよ
これだけ宗教無視してる国なのに、迷信や縁起担ぎ、祭りや宗教行事への参加率が世界トップな変な国だよ。
宗教無視してんじゃなくって
混ざってなんか別の物になってんだろ
>>45サウジはイスラムの「スタンダード」と比較したら、かなり過激な国だから……
あそことアメリカの関係見てると、猿と犬がむりくりカネの付き合いしてるみたいで気色悪い
そうそう、エジプトの人はよく飲んだりはしているよ。
あと外国人と良く交流する国の人とかイベントの時だけとかそういう人もいるよ。
もちろんすっごい厳しいとこもあるけどね。
ただ豚肉はほんとにタブーっぽい。
外国人向けのスーパーですら滅多に売ってないし売ってたとしても臭くておいしくない。
もっぱら牛と羊と鳥が主流。
でもアラブ人は酒飲むとマジでひどい酔い方するんで
ああ、この国がイスラム教でよかったなぁって思う事は結構あった。
どうでもいいがイスラム教圏の国の人の運転ってどうしてあんなに荒いんだ…
轢き殺そうとしてるとしかとしか思えない…
イスラム圏がどうかは知らんが国によっちゃ歩行者より車優先ってとこも多かった気が
何がいいたいかっていうと国民性には宗教以外にも色んな要素あるよん
イスラム圏では遺伝的な体質として、豚肉でお腹壊しやすい人もいるそうだ
代々食べてこなかったから、我々とは酵素形が微妙にちがうとか
そして長年の間にヒトから分化して別々の種に進化してしまったりすると
皮肉というかなんというか。
逆に日本人に消化できない油を使った料理が向こうにあったりするから、旅行する際は気を付けた方がいいみたいだね
「食べるとお腹壊すしアッラー様が駄目って言ってんじゃね?」ってことで禁止されたのか
それとも禁止されて食べ慣れてないからお腹壊すのかがちょっとだけ気になる
>>57もともと旧約聖書(や、おそらくその元ネタの本)で豚肉や軟体動物
(「うろこのない魚」ってのはおそらく貝類や頭足類)のを食べる事を
禁じているのは食中毒対策だと思う。
豚肉は他の肉と比べて腐敗しやすく、毒素を生じやすいとされる
あと寄生虫(旋毛虫やサナダムシなど)やウィルスを宿しやすい
イスラム圏のような暑い地帯ならなおさらで、不浄不潔というのもいわれなき事ではない
中国や沖縄には水洗便所ならぬ豚便所というものがかってあったそうだ
(沖縄では戦後、米軍により禁止廃絶)
豚便所って、下に豚が待機していて餌にするんだっけ、あれを
すまんググッたら済む話だった
流石に豚は無いよな豚は
本来豚は綺麗好きな動物らしいけどねぇ。
彼らにしてみれば迷惑な話なんだろうなぁ。
>>59海鼠とか鮑とか、普通それは食べようとしないだろと思うような物まで平気で食べる
むしろ好物なので積極的に寄越せ、と書かれているどこかの神話とは
やっぱり環境が違うのかね
イスラームの女性の着るアバヤやチャドルなんてのは
砂漠の強い紫外線から身を守るためのものでもある
酒に関してアウトなのは実は上座部仏教も同じ
酔って自我を失うことがよろしくないとされたようだ
ちなみに、今では中東で酒を呑めないのはサウジくらいのものだ
>>44大抵の物事はインシャアッラーで済むのは素晴らしい点だよね
困っていると大抵、「アッラーがどうのこうの」とか言いながら助けてくれる
ユダヤとキリストは現在では都市の宗教
でもイスラムはまだ、田舎の宗教だと思う。ムスリムはアバウトだ
>>52本当に駄目そうなのに、中華料理店だけは豚肉を扱っている(高いけど)。
さすがは中国人だ
>>65海辺の人間の場合昔から、それこそ貝塚とかあの時代からそういうものを
食べているから経験で食べられるものと食べられないものを区別していた
んだろうけど、海から離れたところの住人がたまたま海辺で酷い目にあった
とかそういう過去があったんじゃないだろうかねぇ。
デビルフィッシュなんて言われるタコイカも地中海じゃ普通に食ってるし。
やはり地域性というか。
個人的にはなぜイギリスなんて島国に住んでいるアングロサクソンが
魚介類をあまり食べないかが不思議。むしろ海藻を食うウェールズの方が
日本人としては親近感を持つw
日本は周りが海な上、生物の種類が豊富だからね
最近各国の周辺海域の生物多様性を調査したら世界一多かったそうな
世界一の魚食民族になるのも無理はない
土壌が泥、砂、岩のどれかによって生まれる文明の性格が決まるって話を聞いたなあ
日本は泥、中東は砂、ヨーロッパは岩らしい
アイルランドなんて、魚は貧乏人が食うものとかいう考えがあって大飢饉の時でさえなかなか食べなかったとか
でもケルト神話だと鮭食べてるんだよなぁ
それはそれ、これはこれなんだろうか
だから今でも魚料理はあんまりないようだ
ケルト神話とアイルランドって同じ場所だっけ。
ちょっとずれた位置のような気がする。
おんなじ場所にもあるがそれより広く分布してたような…うろ覚えだが
>67
アメリカ人の知り合いはタコは無理だ、気色悪すぎるとか言ってたけど
やぱイギリス人の人もそう何かね?
イギリスにウナギのゼリー寄せって料理あるんだからいけそうな気もするが
>>58拝火教の炎と嫉妬の炎をかけた駄洒落的なものじゃね?
>>61,64
各戸にトイレなんか無かった中世ヨーロッパだとごく当たり前の光景だったんらしいがね。
(窓からポイした汚物や生ゴミなんかを放し飼いのイノブタが掃除して徘徊する)
但し、衛生および安全面で非常に好ましくないんで次第に下水が整備されたり放し飼いが禁止されたりしていったとのこと。
シュールストレミングを平気で食うスウェーデン人も納豆はダメなんだろうか
>>72イギリス人は基本的にイカタコは食べないと思う。
寿司の流行で食べる事ができる人もある程度増えたとかそんな
感じなのではないかと。
宗教と食文化は密接に関係していると言うが……
イギリスどうしてああなった
>>58確かペルシャの当て字がなんかパルさんと関係してただけでペルシャそのものとは無関係だった気が
そもそもイスラムは貧富の差を嘆いて生まれたものだから持てる者が持たざる者に施すのはムスリムの大前提だとか
原点を見てみると一番好感持てるのってイスラムなんだよなぁ・・・豚肉云々も結構例外規定が緩かったりするとことか
もしラマダーン中でも他宗教の人にもてなされたら食べないと失礼ですよ、みたいな
まぁ所詮ほんとに「けーね(男・中年・チビ・童顔)が言ってた!」レベルでしかないんだけど
ところで全然関係ないんだけど、輪廻って生きる事を苦行だと捉えさえしなければ永遠の命とニアリーイコールなんじゃね?って思う今日この頃
>>65水に関係がある。
日本は水が綺麗だから、油で揚げる必要が無かった。
だがそれでも川魚は刺身にはしない。寄生虫がいるからだ。
メシの話になっているが
悪魔の代表格であるバアル・ゼブブ(ベルゼブブ)は元々穀物神
そして、穀物神は何故か殺される
オシリスもバアルも、そして大気都比売神も例外なく殺されている
これは雨季と乾季、あるいは四季の移り変わりを表している
ということで稔子が少し心配ではある
橋→波斯(ペルシャ)という説だね<ぱるちー
にとりの苗字も河伯の伯を無理やり「しろ」と読んだんじゃないだろか
ああ、みのりんが裸足なのは既に死んでいるからか…?
収穫ってのも一種の殺す行為だから、やっぱりそういう神様は殺される運命にあるのかな
>77
確かに裕福な奴が与えてやるの義務だがね
突然住んでる区域がまるっきり違うのにインターホン鳴らしてやってきて
「私たちは持たざる者なんだからあんたは喜捨するべきそうするべき」
とやたら偉そうにがなり立てられ赤の他人に居座られる側になると意外とムカつくぜ?
もっと殊勝な態度とってくれよ…もらえるのが当然って態度はいかがなものか…教えとは言え…
そんなカルチャーショック。
あとラマダン中の多宗教もてなしって俺の住んでた地域じゃ「じゃあ夜に」
ってなったけどそんな地域もあるんだな、はじめて知った。
>輪廻
でもあれ最終目的は解脱だろ? ニアリー永遠の命とはやっぱ違わないか?
>>58邪視伝承があるらしいがあるいはそれが関係があるかもしれない
>>82助けてもらっても、それが当然とばかりにお礼も言わないってのは本当なのか
なぜ聖書やコーランに、神と共に助けた人にも感謝しろと書かなかったのか
いや、書いてあるのか?わからん
稔子はおいしくいただかれましたとな?
>>80それでも基本的には実らせてくれるんだからいい神様だよねえ
>>81なんか穣子様の裸足は、田植えというより、領主に納めるワインを作るためブドウを踏む村で一番美しい乙女みたいに見える
穣子様が踏んだワインならきっと極上だね。芋臭いけど
神主もまたいで通りそうだw・・・・・・いや、これは甘い考えか
>>78中国の南部沿海地方もかっては魚類の生食(刺身)が好まれたそうだが、
いつのころからか廃れ、輸送技術や冷蔵技術が進化した最近になって復活したそうだ
寄生虫の知識が未熟な時代には、日本でも川魚の生食で生命を落とす者が絶えず、
北上川流域や利根川、諏訪盆地(上社周辺、諏訪市や茅野市の宮川沿い)、琵琶湖南部、筑後川流域などで問題視されたという
特筆すべきは北上流域で、原因である寄生虫・肝臓ジストマの生態や病理が明らかになっていなかった時代に、
直感的に「ここでとれた川魚を生で食べるな」との命令を当局が発し、感染を封じ込めることに成功したとされる
真賀田四季さん、とうとう醸造にまで手を伸ばしたんですか?
レミリアたちは西洋からこっちに来たんだろうけど、やはりそれなりにカルチャー
ショックあったんだろうかね。
今は納豆食うくらいに順応しているけど、当時は生玉子食べるのを見てうげげ、と
なってたとかさ。
>>82実情はそうなのか。やっぱり教科書通り、なんてそうないんですね
別の人生を歩むチャンスがあるって考えれば、今世はこれで良いんだって納得できるし前や次の人生じゃ経験しない事だからこそ今世を精一杯生きようって気にもなるんじゃないかと。正確には永遠の命とはちょっと違ったなごめん。
イスラム圏だと先のことを言うときは「アラーが望むなら」とつける慣用句があるそうだね
飛行機のアナウンスでも「アラーが望むならバグダッド空港につくでしょう」って言うから、初めての人はみんなビビるとか
別文化面白い
>>93今世とかww現世だしwwテラハズカシスwww
あの鉱山事故で半日閑話の話
(浅間山大噴火で33年間地中に閉じ込められて助け出された男二人の話)
出るかと思ったら出なかったな・・・
>>42 遅レスだけど、興味ある話題なので、以下、駄文長文失礼
数年前に『フランス共和国の肖像 ‐闘うマリアンヌ‐』って本を読んで思った
大革命期のフランス人って、要は、啓蒙思想的なアレに、萌えてたんだな、とw
で、あのときに火がついた「理性萌え」の傾向は、特に仏・米あたりだと今でも影響力あるんだと思う
抽象概念の偶像化(あるいは擬人化)の例を挙げると、自由の女神像とかはバリバリ現役だし
啓蒙思想的術語を非人称主語にした(人称扱いした)いい回しとか好んで使うイメージがあったりね
(「私たちは自由のために戦う」じゃなく、「自由が戦う」みたいなヤツ)
ただ、現代の「理性崇拝」は、近代初期のそれに比べたら、宗教的な概念との融和・結合の度合いはかえって「増してる」んじゃないかとは思う
もはやキリスト教的な「神」を否定してまで合理精神の価値を押し通すような気負いもいらなくなった、みたいな印象
(てか、アメリカなんてもはや一種の反動モードに入ってんじゃないかって感すらあるし)
考えてみたら、西洋の合理主義って、それ自体がキリスト教の落とし子のような面もあるから
今の「神」と「理性」の同居状態は、いわば、親子喧嘩が落ち着くべきところで落ち着いた結果ってことなんだろう
近頃、この国でも「擬人化萌え」って一大ジャンルになってきてるけど、擬人化の対象になってるのは概ね具象・実体的な概念なはず(①)
でもあっちのヤツは、純抽象的概念で萌え萌えしちゃってるんだから、さすがというか、思い入れや年季が違うというかw(②)
といったことを敷衍して、以下妄想の飛躍なんだけど……
東方キャラって、専ら上段①型のプロセスで造形されてると思う。モデルになる(具象的)存在があって、それを神主がアレンジしてる
そん中でひとりだけ、上段②型の擬人化のプロセスで造形されてるキャラがいるはず。「境界」という抽象概念のキャラ化って形で
仮にこの「境界」っていう幻想郷の存立基盤に関わる概念を、「理性崇拝」における至高概念の位置になぞらえるなら
やっぱ彼女は、神主によって、「東方」世界の「造物主」的存在として描かれ、措定されてるんじゃないかなぁ……
……みたいなことを、うっかりブレストスレあたりで口走ったら、それはそれはボッコボコに叩かれるんだろうなぁ……
フランス革命の人たちはラヴォアジェにひどいことしたよね……
>>98具象・実体的な概念の擬人化萌えは典型的なアミニズムの発想だな
「英国たん」の女神ブリタニア、「米国きゅん」のアンクルサム親父
なんてのも具象・実体的な概念の擬人化萌えなのだろうか
東方世界じゃゆかりん以外に抽象概念の擬人化っているかな
秋というイメージの擬人化、冬という現象の擬人化はまだ寄り寄りか
>>100「萌え」っていう概念を定義しないまま使った(というか、自分にはまだ定義できる見識がない……)のは迂闊だった
ただ、擬人化された革命の精神にラブしてた人たちの精神状況を表現するのに
自分には「萌え」っていう語が一番しっくりくる気がしたんだよ。「自由タン・平等タン・博愛タン萌え~」
たとえば、七月革命を題材にしたものだけど、有名なドラクロワの『民衆を率いる自由の女神』とかを想像してほしい
あれは「萌え」の絵画でしょ?w 描いてる当人も、観る人も、「自由」に「萌え」るための画でしょ?
あと「萌え」た結果の産物として「殺し」が生じることも、人類史上ままあるっちゃあり得ることだと思う
>>101 そう、その話も(が)したかったんだ、実はw
>>98で挙げた書籍も、主眼を置いてるのは「フランス共和国」を擬人化した「マリアンヌ」っていう女性像
英国の「ブリタニア」「ジョン・ブル」、米国の「コロンビア」「アンクル・サム」、そして日丸屋秀和の『ヘタリア』 etc.etc.……
これらは
>>98三段目の①②どっちだろうね? 自分もとりあえず①だと思う(「国民国家は共同幻想」だ、と理屈では思ってるけど……)
四季絡み東方キャラの扱いは、正直悩むw でも、四季はある程度「理」じゃなく「感」で把握できるから、やっぱ①かな、と
しいて他に①②を判別しかねるキャラを挙げるなら、ゆうかりんかなぁ……
「夏」の擬人化説なら①、「夢幻」の擬人化説なら②寄り……。まだまだ色々解釈の余地はありそう
ぬえは正体不明な諸々に対する漠然とした恐怖の擬人化として抽象概念じゃねーかな?
伝承としちゃ形あるものになっちゃってるけど、根本的にはなんだか解らないまんまだし。
>>58「ペルシャ」を現地(現イラン)の発音で「ファルシー」
英語的な発音だと「パァルシャ」
アラビア圏やアフガニスタンとかだと「パァルスィー」
イランにイスラームが入る前は、ゾロアスター教(拝火で有名なやつ、ペルせポリスまで遡るかなり古い)が信仰されてて、その中でペルシャ地域にする人々をパルシー族と呼んだそうな
ペルシャ、ペルシア、ファルシ、パルシ
時代や地域、訛りやカタカナ表記の揺れのによって変わるけど、同じものを指してる
パルシーはパルパルかわいいから日本イラン文化交流協◯のホームページにパルシーを紛れ込ませてくる
ゾロアスター教って今でも信者いるんだっけ
布教活動はせずひっそりと暮らしてるようだけど
海外で商売などの活動しているインド人(印僑)は
インド本国では少数派のパーシー教徒が多いと聞いたことがある
新宿の某大手チェーン肉屋のお店に印度人風の店員さんがいるが
ヒンドゥーなら牛肉はNG、ムスリムなら豚肉はNGのはずだから
パーシー教徒なのかなあとずっと気になってる
>>101> という現象の擬人化はまだ寄り寄りか
って何やねん?
という現象の擬人化は具象・実体的な概念寄りか
と書こうとして書き落としている罠orz
>>102幽香は設定上「花の妖怪」だし、阿求は「妖怪というより自然の権化」と言っている。
恐らく漠然とした「美しくも余りに強大な自然」そのものの擬人化なのかな。
手を出さなければ何もされないし、無力な者はむしろ庇護。しかし自らに危害を加えうる者は容赦なく排除。
まあ、あくまでWin版以降の設定では、の話けど。
>>105確か、インドのムンバイとかにゾロアスター教徒のコミュニティがあって、彼らは「パーシー」(パルスィ)と呼ばれている。
一時は世界宗教だったゾロアスター教も、今では血縁がないと入信できないようになってしまったらしい。
イスラームは戒律破ってもアザーンで超謝れば超許してくれる
宗派にも色々あるし、地域やその人個人の宗教、信仰の在り方もあるから一括りにはできないけど
>>104アラビア語でもファールスィーだよ。
そいやペルシャ(イラン)とインドは元は一つの神話世界を共有してたんだよね
ペルシャの死と再生の神イマがインドでヤマ、中国経由でエンマになると。
パルスィが映姫さまにあったら「元地蔵の癖にイマなんて」と大いに妬むだろうな
紫は里の境を定め守る塞の神、道祖神の神主的な変形・拡張って気もする
土地など物理的な領域を超えて、抽象的概念としての境界までも司る
ぱるちーがもしもファルスィという名前だったら
間違いなく半陰陽あつかいされてたな
>>71「人間の生贄禁止!」なローマ人相手に抵抗していたケルト人が、
ローマの支配が及んでいなかったブリテンに逃げ込んだ。
仏教というかインドの宗教も西の宗教と繋がってるよね。
ミトラ、アーリマンとか根元は忘れられてるのに重要行事になってたり
今残ってるケルト神話って多くがアイルランドのキリスト教の修道士が書き残したものだから
ドルイドは口承で伝えてたから文字に残すことはしなかったし
スコットランドとかウェールズの方はよく知らないけど
>> 102
> これらは
>>98三段目の①②どっちだろうね?
改めて考えると国家の擬人化シリーズは
具象・実体的なものの擬人化というより抽象概念の擬人化に思えるな
というのは、近代国家の成立以前グレートブリテン王国とかフランス共和国
といった祖国のイメージは一般的ではなく、庶民の生活実感にとっては
自分の生きてる一里四方のウェールズとかフランドルとかの
一地方が「世界」だったと思われるから
それこそ明治維新以前の日本には多くの庶民にとっては
薩摩国や武蔵国や信濃国しかなく「日本国」という概念は乏しかった
近代以降しか歴史のないアメリカでも
独立戦争のような対外的な結束が求められるとき以外は
庶民の多くにとっては州単位の郷土が帰属心の対象だったはず
有名なアンクル・サム親父の徴兵ポスターは確か南北戦争という
「統一祖国アメリカ合衆国」崩壊の危機に広まったものだったと思う
この点幻想郷はたぶん祖国愛と郷土愛が一致するぐらいの広さなんだろう
おっと有名なアンクルサムの指さし「I WANT YOU」ポスターはWW1か
ただしアンクルサムのキャラ自体は19世紀から使われてるそうだが
>>116 勝手に要約すると
「近代以前にはそもそも『国家意識』自体が希薄であったから、『国家』の擬人像は要請されなかった
よって、『近代国家』という抽象概念の表象である点で、『アンクル・サム』などの擬人像は、②のタイプだ」
ってことかな? だとすれば、ごもっともだと思う
>>98と
>>102では、主知主義的な純抽象概念との対比の上で、「国家」はまだ実体的な概念かな、見たいなニュアンスで①と置いたけど
ご指摘のような文脈から考えれば、まさしく「国家」なんて抽象概念でしかないものね
そもそもああいった擬人像がなぜ求められるかっていったら、それはその偶像が表象するものに「萌え」させるため
有体にいえば、「アンクル・サムを愛する者に命を張らせるため」だから
強いてコミュニティの成員を動員する権力が存在しない社会には、そもそもああいったシンボルは不要なんだわな
穿った見方をすれば、「理性タン」も「ブリタニアタン」たちも、「私のために死んでくれる?」って誘惑してるんだ、きっと
(「ヘタリア」はシラネw)
そういう点、幻想郷には「私のために死ね」とかいいそうな神様も権力者もいなさそうだから、そこがいい。そこが好き
前も書いたけど、こういう例で「萌える」って言葉使うのって何か変じゃないの?
萌えるって「可愛いと思う」の一部分のことだと思ってたんだけど
>>116>それこそ明治維新以前の日本には多くの庶民にとっては
>薩摩国や武蔵国や信濃国しかなく「日本国」という概念は乏しかった
江戸時代の庶民生活ネタが好きな俺からすると、この主張は否定的です
理由は「日本国」という概念を庶民に広める人たちがいたから
具体的に言うと坊主が法話で唐天竺本朝の説話をしたり
伊勢神宮の御師が日本の神話を語りつつ参拝者獲得に奔走している
庶民に大人気の田舎芝居でも三国志・水滸伝・国性爺合戦などの
日本と異国を意識してないと理解できない演目が行われている
さらに全国を駆け回った行商人が唐物=外国産品を高く売りつけるために
日本製ではないことをことさら強調したりしている
これらのことから「日本国」という概念は多くの庶民も持ち合わせていたが
異国人と接する機会がないため、その概念を表現する機会も少なかった
こう考えるのが一番説得力があると思ってます
>>123それは単に唐天竺は海の向こうの大陸にあるが、日ノ本は四百余州の島国だ
程度の地理的な知識としての認識だろう
それが近代国家を成立するに足る統合された国民国家としての意識と
イコールかと言えばそれはノーで
例えるなら「自由アメリカ」というお題目のない北米の合衆国の状態
島津や肥前なんかだと話違ってきたりはせんかねえ
それとか松前とか ・・・いやまぁ極地的な疑問だからあんまし意味ないがw
3光年ぐらい先の星で、それなりの知的生命体によるそれなりの営為が確認されたとしても
漏れたちが「日本人」「カンボジア人」「ベラルーシ人」みたいなのを超えて
みんなが「地球人」を普通に自称する段階にはまだまだ至らない
ってのと似てると考えればいいんでしょうか
しかしさっき久々にふとスレタイを見て気付いたんだけど
国家や国民意識の形成って、
これまでスレで出てきた話題の中でも特に東方と縁遠いですな
でも外界を見る霖之助の意識とかは、江戸時代の人々に通じるかもしれない
たしかに外の世界というものがあり、そこには未知の習俗や進んだ技術があると、
当時の人々は庶民レベルでも(主に都市圏だが)知っていたらしい
ペリー艦隊はじめ、幕末に来航した外国人は、
日本には蒸気機関などないにも関わらず、知識としてはかなり普及していた事を知った
どうだ!と献上してみせた蒸気機関の模型に対する反応は、「ああ、これがあれか」だったと
(湯気でものを動かすからくりが異国にはあるそうな・・・と知っていた)
その事実に驚かされたそうだ
>>121ダム萌えとか工場萌えとか廃虚萌えなんて言葉にまで派生している
わけで……。
オタクという言葉がかつてのマニアという言葉と同じくらい広いエリアを
カバーできるようになってしまったのと同様、萌えという言葉も既に
ナニナニ愛好とかナニナニ偏愛とかその位の意味に拡張されてしまって
いるんじゃないだろうかね?
幻想郷はクニ以前のシマという感じかな
地理的な境が結界としても機能していてその外側は異界という認識だが
外部との交流が皆無なわけでもなく、モノや情報がちらほら入ってくる
日本人はとにかく新しい物や珍奇な物が大好きだよね
雪の結晶の美しさが知れ渡るとさっそく着物の柄にしたりする
見たことのない物を目にするとどうにかして自分達で作ろうとする
火縄銃にはネジが必要だが、鉄砲鍛冶は旋盤やタップなどを使わないので
まず雄ネジを作っておいて銃身を作るときにそれを使って雌ネジをきったそうな
火縄銃はある意味オーパーツだったというお話
でもそれだから、ネジの共通性がなかったんだよね
ニコイチとか不可能
恐ろしいことに明治に作られた三八式歩兵銃も
同じのりで職人が一丁ずつ仕上げをしたんで部品の共通性がなく
帝国陸軍は消滅するその日までそんな銃が主力だったという話
戦前にも共通規格がなかったわけじゃないけれど
そもそも何故、規格通りの製品を作らなければならないのか、という意識も薄かったし
規格通りの製品を作る為の工作機械も少なかったうえ、品質管理という概念もなかったせいで
いざ量産となった時に熱田や誉エンジンの悲劇が起きたんだよな
試作品だとうまく動くし、戦艦のような一品物を作るのは得意だったのに
>>126霊夢曰く「私達が居る幻想郷はちっちゃいけど地上はもっと何倍も大きいんだってよ?」
魔理沙曰く「日本語を話せ、ここは幻想郷だ」
美鈴曰く「もし幻想郷を脅かす妖怪が現れたら皆手を取り合って共闘するのだろうか?少なくとも私は最前線で戦える(意訳)」
阿求曰く「狭いながらも無欲で幸せな幻想郷でありたい」
こういうの見る限り、幻想郷全体としての共同体意識は人用問わず相当強いと思うんだよね。
もちろん天狗と河童は妖怪の山っていうコミュニティを作ってるし、人里は人里である程度まとまってるのだけれども。
ほぼ独立循環してた江戸時代の日本と違って、すぐ隣の外の世界に支えられてる場所だからこそ、
幻想郷への帰属意識は強いと思うんだよなー。外で暮らしづらい妖怪たちはなおさら
これは俺の漠然とした印象なのだが
世界のどこの地域の民族もまずは自分の土地が世界の中心だと思いがちなのに
日本人はめずらしく例外的に古代においても近代においても
「自国は世界の端にある国」という認識がある民族なのではないか
これは当然、古代においては隣の大陸の文化を輸入する立場で
近代においては欧米列強から脅かされるアジア極東の国
という立場だからなんだろうけど
幻想郷にもそんなふうに漠然とながら「ここは辺境」という意識があるのか
日本は太陽の元の国って意味だし他国の例にもれず普通に自国中心主義な気がする
ここでいう「世界の中心」云々というのは
自国文化が最初からワールドスタンダードと思っているかとかいう話で
現代日本人の多くは、世界の政治、経済、産業、科学技術などは
(なんかムカつく話だが…)欧米が中心だと考えてるだろう
ニュースとかで「世界の○○」とかといえば
たいてい真っ先に上がるのはアメリカだ
そして"現在でこそ"日本の文化は世界的に高く評価されているのだが
古代においては漢字をはじめ大陸文化の移入品から始まった物が多い
日本文化は他地域の文化を柔軟に取り込みアレンジ、リミックスする
その懐の広さこそが他国に類を見ないオリジナリティなのだ
ってことで俺は全然オッケーなんだけどね
バブル期はどうだろうな
Japan as No.1ということが盛んに言われた
あの時代だ(実際に本が出たのはもっと前)
あの頃だけは、日本人は日本が中心だと思っていたように思う
逆に、自分らは世界の真ん中だ、みたいな意識がある国ってそこまで多勢なのだろうか
中国の周りの国なんかそれこそ辺境意識が強そうだが
>>138>そして"現在でこそ"日本の文化は世界的に高く評価されているのだが
>古代においては漢字をはじめ大陸文化の移入品から始まった物が多い
これアメリカも同じじゃないか?
アメリカの政治や経済はイギリス、フランスからの輸入から作られたものだし、産業、科学技術は外国人が移民や帰化して開発しているのが大きい
日本以上に多文化取り込んでるのもアメリカだと思うが
>>141それは各地域単位の話になるだろうが
たとえばサウジアラビアは、聖地メッカのある自国が
イスラム圏の中心と思ってそうだし、さらに世界全体を視野に入れると
自分たちイスラム圏が中心、異教徒の国が辺境、という認識ではないだろうか
>>142確かにこの話をし出すとどこの国もそうだという側面もあるのだが…
(逆にいうと日本文化の大陸文化に対する独自性も早く確立してるけど)
自分が漠然と思ったのは、主体と客体ということで
日本人は自分が世界の主体であるというより他の国々に対する客体として
自己を認識してないかなあという印象(まあ印象に過ぎないのだが…)
>>134これも「"大陸から見ると"陽が昇る国」というのが根底ありそうだし
>>142中華思想ってのは、なにも地理的に周辺からの中心に存在しているからだとか
文化的に輸出する側に立っているからと言う理由で成り立っている物でもないと思うけどな
結局、理由はなんでも良いから自分たちこそ(自分たちの所属している物こそ)ナンバーワンだと言えれば良いのだから
アメリカなら、神が我々に与え給うた新たなる約束の地である、と言う考え方があるし
まあ、日本列島もイザナギ・イザナミの二柱がちゅっちゅして創ってくれた約束の地ではある
>>124それなら「薩摩国や武蔵国や信濃国しかなく」という認識すら否定しないと筋が通らない
同じ信濃国ですら天領や小藩とかで領主が違えば同郷意識は薄く、南北間の交流なども
はなはだ薄い
「近代国家を成立するに足る統合された国民国家」、この主張自体が現代の幻想に思える
この条件を満たす国などアフリカは言うに及ばず欧州にすら例外になる国が散見されるから
でもイザナミさんヤンデレ化するじゃないですかー。やだー
けーねの授業が退屈だと言われるのは
国生み神話や丹塗矢伝説などの大事なところを端折っているからかもしれない
顔を赤らめて授業を進めるけーねを生あたたかい目で見ていたい
端折っててよくわからないところをもっと詳しく尋ねると、
顔を赤くしながら、肝心なとこはぼかしつつも一生懸命説明してくれる先生が見れる
ただあまりしつこく追及すると頭突きされる諸刃の剣
いや、ご褒美か
けーねせんせー、「道鏡クライシス」って、どのヘンがどのくらいすごかったんですか?
>>147長野県民が「信濃の国」が歌えるというのは、逆説的だが、信州が実はばらばらだった証拠
この歌に関してぐぐればわかる
山や峠に隔てられた地形で、松本伊那佐久善光寺など地域の独立性が強く、明治には分県論まで起こった
県民性も個人主義の変態ぞろい(佐久間象山とか清沢冽とか神主を参照)で、奇人変人を尊ぶ風さえある
以下はある国際報道団がアメリカを旅した時の会話
中華人民共和国の記者「・・・なんでこんなに国旗ばかりなんだ」
ホストのアメリカ記者「君の国よりもかい?」
一同爆笑
アメリカ人記者「ウチの国は広すぎるから、旗や歌でまとまらないといけないんだ」
一同納得
>>144ナンバーワンだと言えれば良いだけなら、上で出てる遣隋使の「日出處天子~」で、日本と中国は同格だと宣言してるんだから、>>138のは当てはまらないということになると思うが
中国だけでなく、日本も一番だと宣言してる訳だから
>>134>これも「"大陸から見ると"陽が昇る国」というのが根底ありそうだし
wikiの説明にもあるけど、「日出ずる処」「日没する処」は仏教用語で、隋もその部分には特に文句は言ってない
問題にしたのは、隋にとって属国である日本が「天子」を称し、隋と同格であると宣言したこと
上京して十年以上経つが、いまだに「異郷の土地」に住んでいる気がする。
そんな自分の感覚。皆が話す内容となんとなく関係があるようなないような。
あんまり関係ねーかw
南東北の某県在住ですが、一県よりもかつての藩単位でのまとまりのほうが強い気がする
同じ県内で「隣人」ではあっても「同じ」ではない、というか
そういえば英国のなんとかさんが、「英国はヨーロッパの隣人だが、ヨーロッパではない」
みたいなことを言ってたような
日本人が他のアジアを自分たちとは別の世界だと思ってるようなもんかね
いや、実際全くとまでは言わないがだいぶ違うけどね
欧米人にとっては似たように映ってるんだろうけど
そこはお互い様だな、どっちも主観と客観では同じものも違って見えるんだから
つまり帰属意識のレベルが、たとえば
(1)日本国(外部は唐とか南蛮とか)
(2)信濃国(外部は尾張国とか越後国とか)
(3)諏訪(外部は伊那とか小諸とか)
という段階を踏んでいると考えられるわけだが
近代以前の庶民の多くにとっては(1)は漠然とした概念で
日常の生活実感で把握される範囲はあくまで(3)のレベル
(2)は他地域と行き交う行商人や一定以上の地位の武家
庶民ならお伊勢参りのようなときには意識される概念といったぐらいか?
たぶん近代以前には外国と交渉する政権の要人とか海外事情をよく知る
一定以上の知識人以外、日常感覚では(1)は漠然とした知識としては
理解していてもほとんど意識されることがないものだったのではないか
>>153だが、明治どころか、昭和になっても分県論は起こっていたらしい
善かれ悪しかれ独立不覊という県民性が、困った方に働いたような気もする
元寇に対峙した鎌倉武士団はどういう意識で戦ったのかは興味深い
白村江以来の異国との本格的な戦いだったわけだし
吸血鬼たちの最初の侵攻に対峙した、
幻想郷の連中の意識と似ているかもしれない
単に領地目当てという可能性もあるけど
>>156兵庫県南東部在住だが、かつて同じ摂津国だった大阪は身近に感じるけど
南西部の播磨国とか北部の但馬国とかは中国地方と一緒ぐらいの距離感だわ。
>>160同じとこ在住だが兵庫県と聞いて思い浮かべるものはそれぞれバラバラだろうしな
兵庫以外で日本海と太平洋(瀬戸内海)が同じ県にあるのは本州端っこの山口と青森ぐらいだ
こんだけ地域差があるなら県単位より市単位での帰属意識のほうが強かろうさ
元々5個ぐらいの国というか藩で分かれてたからなぁ。
兵庫県は本当に合衆国だからなぁ
国単位でも攝津・丹波・播磨・但馬・淡路・美作・備前の七カ国
藩単位になると尼崎・三田・篠山・柏原・出石・豊岡・姫路・林田・明石・たつの・赤穂・(以下略)ととんでもない数だし(wikipediaより)
国生み神話にも出てくる淡路島なんだが、兵庫県編入の発端は徳島県(当時は名東県)のお家騒動で分断・統治押しつけというのがなんとも言えない
四国四県と巻き込まれた淡路島・小豆島の、県名改称・帰属変遷は見ていて面白いと思うんだぜ
>>160-161兵庫が来歴的にすごく無茶な出来方してるってのは、最近、某都道府県擬人化マンガ読んで知ったんだけど
やっぱ当の県民の意識レベルでも違和感あるんだってことも今日わかって、興味深かった
てか、地図みたら兵庫が日本海にも面してるなんて一目瞭然の事実さえ、指摘されないと案外意識できないもんで……
だって、兵庫様や京都様が裏日本の一員とか、イメージわかないじゃんw 意識のレベルでは、福井の隣が鳥取な気がするww
失礼ついでにいうと、裏東北在住の自分は、未だに気を抜くと島根と鳥取の左右が怪しくなるんだよね……
(言い訳にならない言い訳すると、出雲を擁してる島根の方が、畿内に近くなきゃおかしい気がして)
でも西の方の人にとっては、秋田と山形の上下だってどうだっていいことだろうから、まぁ、おあいこってことでw
安心しろ、西国、南国の人間は平気で秋田と岩手の左右を間違えるw
まぁ、南東部の神戸、阪神間の都会と北部側に位置する田舎の過疎化やらあって
「日本の縮図」とまで呼ばれてるからなぁ
外国で行けばイタリアが市単位での帰属意識かなり強い国って言われてるね
>>164砂丘があるほうが鳥取、出雲がある方が島根で記憶してる。関西人でもそんなもんです。
>>165 左右はねぇだろw そんなの、総理大臣を過去4(5)人も輩出してる岩手様に失礼です
>>166 地元の方のようなんで、さっきカキコしたあとふと思いだした長年の疑問をふってみたいんだけど
「丹波篠山」っていう地域には、なんか独特のニュアンスがあるもんなんでしょうか?
よりぶっちゃけた訊ね方すると、衆道とかそういう怪しげな文化イメージが……
昔観た「御法度」って映画で、なんかそういったニュアンスの会話してるシーンがあった気がして。……たぶん邪推だと思うけど……
島根でも石見と出雲で違うし鳥取でも伯耆と因幡で違うしなぁ
まぁ南部と津軽ほど仲が悪いわけでも
兵庫みたいにそれぞれの繋がりが薄い訳でもないけれど
兵庫は別の県庁所在地の方が近い地域が多いし兵庫に帰属意識は無いだろうなぁ
神戸でさえ須磨や有馬の人は神戸に帰属意識は薄いそうだし
長野は岐阜の飛騨や美濃や越中の東と西ほどでは無いけど信濃一国の中で対立が有ると聞いたことがあるな
本来は中心の松本が県庁所在地になる予定だったのがかなり北よりの長野になってるし
>>167いやあ、西の人間にとっちゃあ岩手も混乱区域に入るぞw
岩手・秋田・山形(と場合によっては宮城)、茨城・栃木・群馬は割と間違えやすい
ああ、そうか。岩手がどこにあるか分からなくなるからマヨヒガなのか。
幻想郷も狭いようでいて、赤味噌派と白味噌派の対立がある程度には
地域性(?)がある模様。
いや、もしかしたら醸造所は存在しなくて自分の家で味噌作っていて
それこそ各家庭ごとにうちの味噌がいちばんとか言っているのかもしれ
ないけど。
>>169群馬県は鶴舞う形してるから分かりやすいよ!
とずっと主張していますが、皆さん「鶴に見えない」っておっしゃるんですよねぇ…
>>167明智光秀が一時期治めていた関係かなぁ
善政を敷き篠山の民に慕われていた様子が有るし
他にも春日局の生まれ故郷の近くだったりとか江戸時代に丹波流の
忍者が暗躍していた(?)とかそういう裏日本的なイメージがあるから負のイメージが付けられやすい
実際はのんびりと落ち着いた、綺麗な良いところだよ何せ「丹波の小京都」だし (日本全国に小京都いくつあるやらw)
>>169岩手=遠野、平泉、イーハトーブ 山形=羽黒山、月山、湯殿山
茨城=鹿島神宮、笠間稲荷、平将門 栃木=日光、華厳の滝、足利銅山
群馬と秋田だけ歴史的建造物や史跡が思い浮かばないな…… 院内銀山は秋田だったっけか
群馬には富岡製糸工場があるじゃないか あと上州三碑とか
最北端の都道府県に住んでるけど福島、福井、福岡がごちゃごちゃになる
あと岐阜と山梨がどの辺だったか…
まあ、地理は苦手だったけどね
沖縄の人は混乱区域って広いのかな
北海道以南はまとめて「内地」と言うから自分の所とそれ以外ってイメージがある
方言でも隣の青森でさえあまり分からない
広いから地域ごとに大きな違いがあるのかというとそうでもない
東の方から西の方(東京から名古屋くらいの距離)に引っ越したけど大して変わりはしなかった
それぞれの市や地域単位での帰属意識みたいなものはあまりなさそう
>>172足利と足尾銅山ごっちゃになってるぞw
生まれは東京(多摩だが)、育ちは栃木と一応関東で育ってきたから、地方へ行くと
なんか外国みたいな妙な違和感を覚えてしまう
どこの人も他の地方行けばそうなるんだろうけど、やっぱり生まれの地方と違う地方では、
感覚的に何か違うんだよなぁ…うまく言えないけど
九州民だが、修学旅行で北海道に行った時、飛行機が雲の下まで降りた瞬間に銀世界が広がって全員ハイテンションになってたなぁ。
母方の実家が南方にあるけど、あそこも充分別世界な気がする。
とりあえずあれだ、桃鉄でもやろうぜw
あれやれば自然と大体の位置関係は覚えられる
>>174自分も、日本のシベリアなる異名を持つ最北端の都道府県の北の果て出身だけど
同じ道内でも道央や道東、道南の人間とは違うっていう感覚はあったな
旧い国での区別とは、また違った感覚ではあるだろうけれど
なにせ開拓農村だった関係で、隣の集落とは雑煮の作り方すら違ったくらいだし
自分はせんとくんのお膝元なんだが、北部(盆地部)と南部(山間部)で言葉が違うんだ
一度全域が堺県に編入された経緯もあってか北部公用語は河内弁だけど、南部の特に十津川村あたりなんかでは大和弁が残ってるらしい
大和弁は関西語圏の中でも特殊中の特殊発音をするらしいんだが、生活圏が違うと色々違ってくるんだろうなぁ
地域による発音だとマクドナルドをマックというかマクドというかで違うし
エスカレーターの並び方も違う。羽田に下りるたびに戸惑う私は関西人
方言とか言葉の違いは日本国内でも異国語に聞こえるから困る
神戸に行った時は参ったなぁ
店員は標準語で喋ってるつもりだったんだが、イントネーションが違うから何言ってるのか全くわからなかったことがある
>>178新興住宅地なんかも、隣近所でお雑煮はバラバラかも。
幻想郷なんかは、まさに新興住宅地なんじゃないか?
それも国際色豊かだから、日本のニュータウンなんか目じゃないくらいに
隣の家に味噌を借りに行ったら、信州味噌じゃなくてニョクマムが出てくるんだろう
ウチなんか妹が関西の家にお嫁入りした関係で、
正月の寄り合いでは東西のお雑煮が共演するもんな
「角餅 鶏肉 菜っ葉と葱 すまし汁」と
「丸餅 鶏肉 大根と京人参 白味噌」
>>172昼間の「丹波篠山」に関しての質問につき、ご回答感謝。別にウホッの名産地みたいなイメージはないのねw
下段につき。院内銀山はいかにも秋田。あそこは今じゃ産業遺跡っていうより、心霊スポットとしての方が有名
秋田で全国的に通用する史跡っていったら、秋田城跡、阿仁や尾去沢の銅山跡みたいな鉱業関係くらいかな……
秋田は本当に「歴史」物はダメだね。「人らしき人の出ぬ国」って自嘲しちゃうくらい、有名人も少ないし……
(もっとも個人的には、加藤鷹一人を輩出した実績だけで、首相十人分くらいの価値があると思ってるけど)
突如、多少真面目な話。
>>132あたりで触れられてた幻想郷住民の「帰属意識」の問題について、雑感を少々
幻想郷もまた、外部との間に人工的な「境界」を創造することでできた「想像の共同体」である点で
「近代国家」の成立と類似の過程を経ているといえる部分はあると思う
(神主が、明治国家の創成期と幻想郷の成立期をほぼ同期に据えたというのは、たぶん意図あってのことだ、と)
ただ、「国境」(実体的な意味でも心理・抽象的な意味でも)と博麗大結界との間には大きな差異があって、それは
前者は専ら、差異と排除の論理でもって自他の差別化を企てる固定装置なのに対し
後者は概ね、外界からまさに排除されようとしている存在を受容するための流動的なフィルターである点
そこの相違に着眼しつつ両者の関係性を自分なりのいい方で大雑把に括れば、幻想郷っていうのは
「『国家』とそれが体現する近代合理主義的秩序から排除された非合理的存在の逃げ場にして受け皿」なんだと思う
そういう点からして、幻想郷の本質って、一種の「スラム」な気がする。すごくひどいいい方をすれば、「社会不適合者の最後の逃げ場」
で、ここからが本題だけど、そういった「スラム」に生きる者の、自身が所属するコミュニティに対する「帰属意識」って
「近代国家」の「国民」が抱く(べき?)「全体性・統一性への同化志向」の傾向を有するものだろうか? 自分は否だと思う
現に存在を維持するための方便としての場、あくまで価値中立的な時空間でしかない場としての認識とそこへの「帰属意識」
ドライすぎる感覚な気もするけど、幻想郷住民のメンタリティの傾向から推測する限り、そんな風に捉えるのが自然だと思う
つまりだ。幻想郷の人妖って、(「日本国」の成員たる)我々の想像を越えて、「反社会的」で「個人主義的」なんじゃないだろうか?
だから、仮に「幻想郷を守るために戦う」みたいな事態が生じたとして、そのときに幻想郷の人妖を行動に誘う動機っていうのは
「共同体への義務意識」でも「自己犠牲的奉仕の意識」でもない、純粋な「自己保存の欲求」だと思う
たとえるなら、新宿駅西口再開発のときの、あそこで寝起きしてた方々の抵抗意識(マナーとして適切な表現か迷うけど……)
「『お前たち』はどこまで『私たち』の存在を否定すれば気が済むんだ?」的な、本能のレベルの怒り……かな
……どうも自分には、幻想郷や「東方」ってものを、「反社会的ユートピア」視したがる傾向があって
なんか書き方が極端に傾きすぎるきらいがあるみたい(まして酒が入ってると、ムダに話が長くなるっていう、始末に負えなさ……)
ただ一点、神主がある程度、現実社会に対するアンチテーゼとして「東方」を描いているってことだけは
誰が何といおうと、間違いないことだと主張できる……はず
>>185各地方のクニや封建領主それぞれに帰属していた人々が
人工的に新しく作られた「神話」によって「近代国家」に再構築・統合されていく時代に、
それにそぐわないものとして黙殺され忘れ去られていく伝承や怪異に対してのノスタルジーが
小泉八雲とか柳田民俗学であるってのは言えると思う
東方に出てくる妖怪達や忘れられた神もその構造を踏まえているはず
でもそれが反社会的とか反体制ってまでは言えるのかな
>>185スラム言うなアジールと呼んでくれw
一個人的には幻想郷は「反社会的」というより「非社会的」だな
反権力とか反体制とかいったら積極的に権力や体制と戦うことになるが
単にドロップアウトしたとか体制に囚われず鼓腹撃壌的に生きてるとか
そういうのは非体制というべきだろうと
そういうモデル像は古くは老荘思想やその実践者の宋代の竹林の賢人とか
近代のヒッピームーブメントにも見出せる
もっともドロップアウターのアジールってのも
内部にはそれなりの束縛があるし外部社会の恩恵は受けられないのが前提
昔『トロツキー自伝』を読んだら、ロシア革命当時農村のアナーキスト派は
共産党の一元的な近代化社会改革にはまったく興味が無く
トロツキーが「革命に協力すれば鉄道の線路も引いてやる」と言うのに
平然と「無政府の世になってなんで鉄道が必要か?」と言い放ったとかいうw
彼らには皇帝の政府も共産党も政府も関係なく、昔から変わらぬ
農村自治が理想だったのだろう。まるで世捨て人みたいだが
合理化に対する反発はあると思うが
どちらかといえば作品に表れているのは
失われていく農村風景や伝統や非合理への
郷愁であって、反社会では無いように思う
地霊殿においては「ペットのしつけ」なんて
身近なテーマまで出してあれこれ書いているし
吸血鬼異変の描かれ方からしても、流入は認めるが、郷に入りては
というのはきっちり線引きをしている
幻想郷はああ見えてコミュニティを非常に大切にしている
だからこそ「永遠亭は馴染めたのか」という問題が浮上するわけだし
個人主義とは程遠いように思う
>>187 >でもそれが反社会的とか反体制ってまでは言えるのかな
あくまでこの国に限っていえば、だけど、いえると思う
この国の精神世界を近代以前に牽引してた思想のうち、明治国家に有用と思われる系統のそれらだけが選別的に優越的な地位を得たことがその証左
つまり国家が、「天皇制ヒエラルキー」にまつわる思想系統と、それを補強・扶翼するものは是・正であるとする価値序列を布き
それ以外の雑多な要素を無視ないし弾圧したこと、それが翻って、幻想郷的で反社会・反体制的な存在を生み出した、ってのが、個人的見解
あとね。(小泉八雲については不勉強ゆえコメントしかねるけど)柳田的文脈での「ノスタルジー」っていうのは
「お前らやお前らの祖先らは、皆こんな『物語』を共有してるんだよ」っていうことを「追認」する方便だと思う
柳田民俗学って、本質的に帰納的な気がする。なんか、結論を「同一同根の何か」に収斂させる意図がある気がする
(ホントは「気がする」じゃなく、学者先生方がいってることの受け売りなんだけど……)
悲しい話だけど、民俗学って来歴的に決して体制の意図から自由な学問じゃなかったんだよ(他の諸学同様に)
「個々の現象だけみればバラバラなようだけど、本質的にはみんな一緒だよ」って結論を導き出すよう仕組まれた学なんだよ
いい加減、酔いもまわってきてこれ以上はしんどいから適当なこといって〆よう……
幻想郷って、素面の世界じゃないんだ、きっと。生産的でも建設的でも合理的でも論理的でもない、人妖の「あるがままある」さま
何が国だよ、ク○ニしろオラァァァァァァッ!!
>>189「たまり場」より「逃げ場」っていう表現がより適しているとするなら、その通り
あと、個人的には、現段階では「非」じゃなく「反」で正しいと思う
暗示的に「東方」が対峙してる概念として、「商業主義」とか「市場原理」とかを措定できる限りにおいては
>>191ZUNが仮に市場原理、商業主義を東方内で否定していたとして
それが反社会かというと、そんなことは無いと思うがね
日本はむしろ、近代国家にしてはずいぶんと非合理を愛している国だ
というか、別に東方は現在の社会体制や市場経済を真っ向から否定しているわけじゃあないと思うがな
あと
酔っている、酔っていないはどうでもいいが
文面がちょっと過激だと思うぞ
>「商業主義」とか「市場原理」とかを
ずっと前々から思っていたことを一つ
このスレでは過去には、古代史や宗教学から、建築史、言語学、軍事史、
生物進化、核物理学、武術、被服、都市計画、衛生、農業生産……etcetc
と、あらゆる学問ジャンルの話題が出ているのだが
まずもって話題にならんだろうなあと思っている学問ジャンルがある
金融経済だ
このスレで株や証券や金融デリバティブの話題だけはないだろうw
歴史や文学など潰しのきかない学問分野だけいくら博識でも
ネクタイ締めたビジネスマンにワケ知り顔で金融経済の話をされると
途端に自分がただの役立たずのように思えて凄く悔しいが、このスレは
金儲けと関係ない学問だけで幾らでも盛り上がれる!! ザマーミロ!!
>>193そんなキミのIDにも「FX」が付いてるじゃないか
金は天下の回りものだぜ
とか言いつつ、自分も金融とは無関係の役に立たない四方山な話題で楽しみまくってるw
いいぞもっとやれ&もっとやらせてくれ
幻想郷は文字通り「閉ざされた社会(K・ポパー)」だから、
金融とかが未発達で、霊夢がお金を持ち歩かなくても不思議じゃない
(持ち歩けないじゃない・・・まだ死にたくない)
社会として進んでるとか遅れてるとかじゃなくて、
その世界の規模に応じた最適な経済や社会システムがあるというのが、
外界の現代の経済学・社会学における基本認識じゃないかな
金融か……。少なくとも頼母子や無尽の類いはあると思うけど。
幻想郷は農林狩猟業の混合地域ということでいいのかな。
江戸時代の農村を踏襲してるなら、土地の質入れと質流れでの農民階層分化(地主‐小作関係)が進んでいるのだろう。
林業も山本‐山子関係があるし、幻想郷では案外「格差」が激しいかもしれない。
いずれにせよ、稗田のような「名家」がある以上、人里内部である程度は初期的金融業が発達していると見るのが妥当かと思う。
(そう言えば狩猟業ではそういう関係を聞いたことがないけど、明治以降に復活したからなんだろうか)
というか、妖怪退治、異変解決、結界維持による世界の管理
これをこなしている博麗の巫女は唯一年貢を受け取る側の存在ではなかろうか
結界維持で基本給の食料やら受け取りつつ、異変解決と妖怪退治の依頼で金銭その他を手に入れる、と
なんだか霊夢はお金はあんまり貰ってないけど報酬として食い物とか貰ってるイメージがある。
大きい家とかからの依頼だと報酬は金銭で、そこそこ金は貯まっているんだけど、
使うのに慣れてないから大きな買い物するときにガチガチに固まってるみたいな。
じつは江戸時代後期にはすでに米相場などの先物取引が盛んだったが
幻想郷では地産地消が基本だろうし先物相場が成立するほど
農業生産の規模があるともあんまり思えない
あとは、たとえば治水灌漑みたいな共同事業のための講組織などの
共同出資システムはあってもおかしくないが、株式会社はないだろうw
しょっちゅう神社で宴会しているみたいだから実際食うものに困っては
いないんだろうなぁ。
二次創作だと即身仏一歩手前なんてのがあったりするけど。
一応公式ではこんな感じ
・生活には困っていない
・賽銭は労働に対する評価や信仰の目安として欲しいのであって、お金そのものに対する執着は薄い
・お金や物に価値を見出していない。お金も物と交換できる紙切れや金属程度の認識(霖之助談)
・価値観が浮世離れしていて普通の交渉が通じない(魔理沙談)
・お茶が切れると死ぬほど辛い
アレか、古代中国のように茶葉が通貨として使えるってことか
紅魔館では紅茶を消費するし、博麗神社では緑茶を消費する、市井での消費もある程度見込める
需要は十分に存在するな(恐らく比率はこっちの世界と同じく「緑茶>紅茶」だろうが)
どっちもカメリア・シネンシスから採取できるから、これが幻想郷にも自生してるor入手できる
そして緑茶は無発酵で紅茶は全発酵だから、途中経過の半発酵の烏龍茶も生産は可能と言える
とまで書いてきて中華が食べたくなってきた、どうしよう
というか、幻想郷で流通している貨幣って誰が作っていてどんな権威がその価値を保証管理しているんだろう
何の裏づけもなく私鋳もし放題じゃシステムそのものが崩壊しかねないわけで
まさか原始的に金や銀などの目方そのもので取引しているわけじゃないだろうし
かといって現代的な管理通貨制度が確立しているとも思えないけど
>>202阿求は紅茶好きだし、パチュリーは普段紅茶だけど周期的にコーヒーを飲む
しかもルナチャイルドの悪戯の例として珈琲豆を盗む(=人里で市販されている)というのがあるから嗜好品の類は豊富なんだろうな
…でも珈琲豆なんてどこから入手しているんだ、ゆかりんがスキマエクスプレスで卸しているのか?
>>202お茶かw
>>203精霊伝説ヒューディーという漫画に出てきたとある街だと、政府発行の通貨も
闇市で流通している闇通貨も、どちらも一種の呪符になっていて、魔法が
かかっていることで偽造防止という設定になっていたなぁ。
>>203何となく、貨幣の価値を保証している(結果的にになっている)のは是非曲直庁になりそう。
いや、中有の道に生きてる人間もOKな死者の屋台があったのを思い出しただけだが…
>>206よく考えたら三途の川の距離も渡し賃次第だし
山の印刷技術も地獄の鬼とほぼ同じだというし…
是非曲直庁がまんまお役所的に描かれてるのを考えると
あながちその線は否定できない、むしろ大いにありうるな
といっても単に他で権威らしい権威がないだけともいえるが
昔のお金、和銅や富本や永楽、慶長小判が流通してるんじゃなかろうか。レートもそれなりに決まっていて。
一方ゆかりんは二千円札を賽銭箱に投入した。
二千円札は幻想郷に行ってるだろうなw
道理で流通してないはずだぜ
といっても是非曲直庁が現世に直接干渉するのは色々とまずいだろうし
もしかしたら稗田家が出先機関になっているのかもしれない
御阿礼の子は閻魔の下で働いているから、そっちの処理もやっているとかで
そもそも百年に一度御阿礼の子が生まれるってだけじゃ名家として存続していくのは難しい気がする
となるとそれ以外に何か里で重きを占めるような権益を持っているんじゃなかろうか
>>209コンビニのATMとかで降ろせば結構出てくるぜw
>>209沖縄では一応流通してるよ
本土では一般店舗じゃまず見かけないけどね…
>>211-212見ないと思ったら意外と流通してたんだな・・・情報ありがとう
絵柄は守礼の門と藤式部だったね
幻想郷独自の絵柄も欲しいところだが
藍さまなら数字に明るいから経済運営を任せられそうだが
幻想郷の全資源を油揚げ生産に振り向けそうな点だけが、
ちょっと怖い
通貨代わりに流通する油揚げ、しかも毎日減って行く・・・
硬貨なら材料そのものに価値があれば大抵通用する。
金貨や銀貨などは洋の東西や時代を問わず使えるだろう。
(貨幣としてではなく、貴金属として扱われるからだ)
もちろん、質の善し悪しなんかで価値は変わるし、
人間前提の価値観の話なんで妖怪まで同じかは解らんが。
そーすっと、やっぱり紙幣の類は難しいんじぇねーかな。
そんなことをしたら通貨(油揚げ)のインフレを招くので大蔵大臣は任せられんな
>>216むしろ油揚げが通貨になるんじゃないか?
焼きごてで「一圓、八雲造幣局謹製」「五圓、八雲造幣局謹製」とすれば八雲印としてブランド力も出るだろうし
貨幣・通貨とは、つまるところ信用を買ってるものだと理解している
そして、信用によって価値が出れば交換可能な物品も相応のものにランクアップしてくる
つまり為替とかかな?
タンス預油揚げ・紙幣破損・食用・カビが発生しても揚げればよいし、案外なんとでもなるんじゃないか
紙や木でやれ? HAHAHA、藍しゃまが作るものなら油揚げでないとありがたみ(=信用)がないじゃないか
あっきゅんちは「うちは歴史を編纂してるし特別に輪廻から脱してる人間を擁している、だから偉いんだ」みたいな理屈で権威を保ってるんじゃないかと思った
当時の村社会については水戸黄門で見た程度の知識しかないけど(笑)
あとお金も結界で閉ざされたときの貨幣の総量のままで今まで来てるんじゃないかとも思った。鋳造施設とかって無かったように思えるし簡単に作れなさそうなイメージ
>>212本土では原産地の愛知県以外ではあまり見かけないオリエンタルカレーが沖縄では
ポピュラーだと聞きますが……。
>>220普通に稗田家はデカそうだし、超お嬢様なんじゃないの。
しかも代々生まれ変わると言い伝えられているわけで
お家の超重要人物だから、余計なことしなくても権威十分だよ。
里で買い物するのに金要らないレベルというか
本人は買い物にでないレベルなんじゃないかなとか。
稗田阿礼という元ネタや実際の稗田姓を無視して考えると
稗田という位だから広大な稗の田んぼを保有してる名家のイメージ。
> お金も結界で閉ざされたときの貨幣の総量のままで
さらに言うと江戸時代当時の貨幣と明治初期の貨幣と
その後外界から来た人間や紫が持ち込んだ大正~昭和平成期のお金が
てきとうな換算勘定で平気で混在して使われてそうな雰囲気
なんか明治維新以降も田舎じゃお金の単位を両とか文とかで言ってる人は
けっこう残ってたらしい。まあ習慣というものはそう簡単に変わらんようだ
以前の職場のボス(60歳前後)の親御さんは戦後も「国鉄」ではなく
「省線」(鉄道省の線路)という言葉を使ってたとか
今でもJRと呼ばずに国鉄と呼ぶ人は滅多におらんがw
どう適当に換算してもダメなんじゃないかという気がしてきたが、
金銭の概念が潰れてしまうと賽銭も三途の川の渡し賃もくなるし、
一部取捨選択しつつ何とかなっているのだろう……かなあ…
幻想郷のシステムでよく考慮すべきは「幻想の結界」の効力だよね。
香霖堂を見る限りでは、かなりアレに依存しているようだし。
「隔絶された孤島だけど、大陸の方からどんどんモノが流れつく」
みたいな状態なわけでしょう。
それこそ食料から動物、概念まで何でも。
幻想郷ではコーヒーがそこそこ普及しているようだけど
コーヒー豆を栽培しているとは思えない。
やはり外から流れてくるか(でも、コーヒーって別に廃れてないよね?)
「コーヒー豆洗い」みたいな妖怪がこう「ザザー」っと降らせてくるのか。
コーヒー豆のリベリカ種は廃れてるけどそもそも幻想郷はコーヒー豆の栽培に向かなそうだ
>>227廃れて幻想になってさえいれば流入するようだから
その場合は栽培難易度は関係なくなると思う。
>>225そこで宮本常一・山本周五郎ら編の『日本残酷物語』にも出てくる
渥美半島の名物伊良湖焼の話ですよ
べつに伊良湖で陶器を焼いているわけでもないのに陶器を産出
じつは難破した船から拾った陶器を名物にしてた
というお話が実際にあるぐらいだから、コーヒーが栽培されなくても
紫の拾い物でコーヒーが普及してもおかしくない?
じゃあ沖縄の絶滅種と北海道の絶滅種が共生、なんてこともあるんだろうか
うーん、意識や自我のない物は自然の摂理に従ってると思うんだけど
如何せん植物相や動物の情報がほとんどないから・・・
きちんとした豆を使ったコーヒーはそれこそ舶来の高級品感覚で
一般に手ごろな感覚で飲まれてるのは、代用コーヒーの類だったりして。大戦中のドイツあたりの感覚
アレって、麦芽とか大豆とかで作るんだよね、たしか?
噂のタンポポコーヒーもかな…
幻想郷で自生してるっぽい名前が出てる植物は、まず求聞では
桜、竹、彼岸花、鈴蘭、向日葵、蓮といったところか。
賞味期限切れで廃棄処分されたビン詰めインスタントコーヒーを有り難がっているだけかもしれんぞ
>>233ヒマワリの種も炒って煎じると代用珈琲になるそうだ。
DPZで試した人の記事だと、ペーパードリップで煎れても麦茶程度の
味だったそうだけど、もっと濃く煎じるなら珈琲っぽくなるのかもしれぬ。
>>234「インスタントコーヒー」なんて、名前と用途さえわかれば即商品化可能なものの典型だし、香霖堂の主力商品になり得そうね
んで、こーりんが「これは外の技術の粋をこらした云々」とか理屈をこねて、高級なアイテム扱いしてたりw
コーヒーから妄想が広がりんぐしたんだけどさ
栽培が幻想郷の環境向きじゃない嗜好品用の農作物って
パッチェさんあたりの凝り性な魔法使いが、魔法的な設備や技法でもって作ってたりしないかな
コーヒー豆、茶葉、タバコ、ワイン用のブドウ、サトウキビetc.……
で、これらを値崩れしないよう計算しつつ里の市場に流すことで、莫大な(?)利益を得ているお嬢様
そう、つまり紅魔館の資金源は換金作物であり、紅魔館の庭は、幻想郷のプランテーションだったんだよ!!
>>229瀬取り(難破船からの略奪)に関しては、吉村昭の「朱の丸御用船」もあるな
キャッチコピーがすごかった→「日の丸は、破滅への道しるべ」
実際に大王崎で起こった事件(波切騒動)の物語
>>236パッチュさんの魔法は錬金術ぽいからホムンクルス生成のような
バイオテクノロジー要素も含んでもおかしくないので
幻想郷の環境で育てる品種改良ぐらいやりそう
あと「春度」を集められる世界観なんだから
それを結界に封じたビニルハウスとかもありえる
まぁあと幻想郷の土地柄からして
環境があまり予想できないよね。
妖怪や怪現象の影響で年中日が照ってる
みたいな場所があっても、不思議だけど不思議じゃない。
>>233求聞史紀で茶屋がコーヒー豆盗まれるとか言ってなかったっけ。
幻想入りって外来種の持ち込みみたいなのじゃなくて
「幻想の存在」になるっていうファンタジックな現象だから
植物も気候とか関係なしに幻想郷で育ってるイメージがあった
>>238ぱっちぇさんが得意なのは精霊魔法
ついでに言えば錬金術は苦手
紅EXの賢者の石が苦手な俺としては
「錬金術はパチュリーの一番苦手な分野」
というイチローコピペネタに見えて仕方がない
>>240雪や霜にやられないコーヒーの木という幻想はさすがに難しいんじゃないかと思ってしまうが、
まあ、穣子様がコーヒー党なら或いは人里か山かはわからんが、コーヒー林くらいあるかもな。
幻想郷ならスパゲティの木があってもおかしくないような
レオ・レオーニの「平行植物」にも取り上げられた信濃の帚木伝説とか
富士山よりも高い巨木を船にしたという枯野伝説とかはスペカのネタにもできそうだ
金のなる木は、まだまだ存在を信じてる人や、
実際に育ててる人は多いだろうから……
紫「ほらこれが、月刊ジャンプの裏表紙の通販に載っていた金のなる木!」
藍「シーモンキーやアポロエクササイザーとかも載ってましたよね」
紫「ナウなヤングにばかうけ!」
妖怪の賢者って…妖怪の賢者って…!
でも
>>249なゆかりんもかわいいや
やっぱりあれじゃないか。
里の人間がキノコ採りに夢中になるうちに、妖怪の山の奥に迷い込んでしまう。
うろうろしていると、山の中に突然立派な家があるのを発見。
中に入ると色々なモノが置いてあり、生活臭がするが、誰もいない。
怖くなった里の人間は、慌てて家を出て、何とか歩いて里へ帰還。
後日、川で水を飲んでいると、上流からタンブラーが流れてくる。
そのタンブラーでコーヒー豆を計量すると
量っても量ってもコーヒー豆が無くならない。
こうして彼の家は珈琲屋さんとして財をなしましたとさ。
みたいなスキマパワー
幻想郷なんだから里の人間達も特殊なスキル持っててもおかしくないし、
里の農家の人が頑張って栽培してるでもいいと思う
川で選択をしていると、川上からタンブラーがタンブラコxA轡織鵐屮薀灰織
>>251の里人「うう、今夜は寒くて厠に行くのがつらいな…そうだ昼間拾ったタンブラーに出しちゃえ」
>>253川で「こっちの服は汚いなあ」「こっちの服はゴシゴシ洗わなくていいか」
と選択をしてるんですね
>>252幻想郷内で嗜好品作るほど余裕があるのかって話。
要るのか要らんのか分からんものを生産するには
それなりの経済規模がないとダメ。
村一つくらいのレベルで外から切り離されてる場合
村人の大半が食料生産や生活必需品生産に追われる。
でも、求聞史紀見ると色んな職業が居るみたいだし
思ったより人数多い上に、食料とかは何とかなるのかも知れない。
こう、穣子パワー的な「米はこう、凄い力でザっと生えます」みたいな。
いやいや、風神録んときはたまたま芋の香水つけてただけで、
栗の香水とか銀杏(!?)の香水とかもあるかしれんて。
今年はきっと松茸の香水を……。
栗の花の香りを身に纏ったみのりんに静葉姉さんが赤面するんですね
いっそのこと食料と生活必需品は全部外から流れ込んでくると考えたほうがいいんじゃないか
田圃は祭礼用にしか使ってないくらいの勢いで
香霖堂で「幻想郷は外の世界からの流入に左右されすぎ」みたいな事を言ってなかったっけ。
そろそろヒルコを元ネタとするキャラが登場してもいい頃だな
妖怪ハンターヒルコだったら俺だけニヤつく
妖怪ハンター別の漫画家の作画でリメイクするってね。
諸星大二郎と東方を結びつけようとしたけどリボンウオの一種くらいしか思いつかなかった。
>>263なんかいかにも大塚英志が仕掛けたみたいに思えるなw
>>252 >>256幻想郷にいるくらいなんだから確かに異能の士ぞろいである可能性はあるよね。里人総ユリ・ゲラー状態w
ただ、「幻想郷にいる」ってことは、こっちで一般的にいう「社会性」とか「人間性」とかはどうなんだろう
自分のイメージ的には、苗育てるのめんどくさいからっつって
未だに直播きでコメ作ろうとするような横着な百姓だらけでも不思議じゃないw
「どうせ穣子様あたりがなんとかしてくれんべ~」って
その癖、酒米だけは労を惜しまず育ててたり
諸星大二郎なら宝船もあるね
ひとり少なくて「六福神」だが
人間を連れ去ろうとする点は星蓮船と近いかな
西鶴の「諸国はなし」に諏訪湖に宝船が出現する話があるが
乗員がどことなく魚や貝に似ているなどという描写があって
諸星作品のテイストに近いものを感じた
>>265結界がどれだけ中の既存の物に影響しているか じゃないかね。
里の人間、元は単なる退魔師や山の民みたいな存在みたいだから
流石にそれが超能力使えるって事はない。
が、幻と実体の境界か博麗大結界の効力を考えると
外の世界では非常識な「超能力」が中では有効になるのかも知れないし
あるいは幻と実体の境界で外の世界から「超能力」が引き込まれて
里の人間とフュージョンして里の人間パワーアップみたいな。
結界の効力で外の世界から勝手に「生産物」が流入してくるし
勤勉さは減るんじゃないかと思う。
「なんとかなるだろう」とか「運がよければ」みたいな受身の思想になるとおもう。
でもその生産物で一番を占めてるのは使い方も分からないコンピューターっていう
そも、流れてくるものも無縁塚が基本みたいだし拾うのは香霖堂ぐらい
しかも便利なものはとりあえず広めず手元に置いとくってスタイルだからそこまで里人も怠惰にはならなさそう
外の世界からの流入に左右されてる幻想郷は霖の字から見た幻想郷
つまりは霖さん主観の「香霖堂と無縁塚程度の狭い幻想郷」なんじゃなかろか
一つの参考にはなるけど、こーりんの視点は里人のそれとは大分ズレてると思ふ
MMR的な意味で
たしかに霖之助の思考は里人とはだいぶズレてるだろうねじゃなきゃあんな辺鄙な場所に店を構えること無いだろうし
ただ視点の方は阿求のそれとは大きな認識のズレは無いように思うけど?里一番の大手の霧雨道具店で修行してたことだし
いや香霖は妄想が激しいから
例え事実を目の当たりにしていたとしても
あの男の解釈で見たらねじ曲がって見えると思う。
彼は、例えば飯の心配も病の心配もいらない特殊な立場ではあるから、
「生活」については一般の人間と基準とかが多少違っていても不思議ではないだろう。
もちろん、理屈の上では一般人の基準や視点を理解しているかもしれないが。
なんというか、信頼度的にはキバヤシくらいでいいと思う。
ようするに56億7千万年後に幻想郷が滅亡するってことか
/|
│ヽ.
.ヽ、ゝ-──―--...,,_
> `ヽ、
>'"´ / ヽ ,ヘ ,ヘ ,ヘ
/ | ヽ. ', /ヽ / ∨ \/
∠, /! ! ハ_ .l ', i l\/ `′
| ./ /__|_∧ ./_」u_ソ l. | _|
| l r=<‐モミ、Vr;==ェ;ュ、ヽ| !. '、! \ 「例の」と言えば
'、 .! .|!  ̄リ´ `!` ー‐‐' l ,ハ /、 \ >
\| ハ`ー‐ イ ` ー‐ イ |/|ノ | ̄∠__ 誰にでも通じると
∨ .| `___,.、 u .|/ | '、 /
.,' ヽ }z‐r--| ,.' .,' l 「` /_ 思わないでくれるか!!
| ハ /\ `ー-- ' ∠、 , / ,ハ | | ,、
∨ .レ' \/ヽ,___,,. イ |/レ| / レ' l/ ヽ ,ヘ ,ヘ ,ヘ
/Zi ト 、__/:/ ・ \/ \、 \/ ヽ/ \/
-::‐::'''":: ̄::::::| ∠ |ヽ:::::::::::::::::/\  ̄ / `'''‐- 、.._
::::::::::::\:::::::::::|∠_ l `‐―‐´/ ・ \/ / _L/
:::::::::::::::::::::::::::::l ∠ヘ`ー-―'/\ ̄ ̄, --、 i´!⌒!l r:,=i
.:::::::::::::::::::::::::::ヘ / ヽ::::::::/ ・ \/|l⌒l l | ゙ー=':| |. L._」 ))
::::::::::::::::::::::::::::::ヽ ̄・フ\/\ ̄ ̄i´|.ー‐' | | |. ! l
.::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ∠・ / ・ \.,|"'|. l' │-==:|. ! ==l ,. -‐;
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\/\ ̄ ̄/ i=!ー=;: l | l. | | / //
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/ ・ \ / │ l l、 :| | } _|,.{:: 7 ))
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/\ ̄ ̄/ |__,.ヽ、__,. ヽ._」 ー=:::レ' ::::::|; 7
.::::::::::::::::::::::::::::::::::::/ ・ \ / \:::::\::::: ヽ ::::::!′ :::| .:/
.:::::::::::::::::::::::::::::::::/\ ̄ ̄ / ヽ::: `::: :::: ....::..../
>>276-277スーパードライふいたwww
『香霖堂』読んでて思ったんだけど
こーりんって、いってみりゃ筆者である神主の代弁者(自己投影の対象)なんじゃないか、と
彼の認識や思考は客観的な「情報」じゃなく、神主的主観を通してみた「世の中の切り口」っぽい
「妄想力」がある理系の人って、純粋にすごいよなぁ……
>>278>いってみりゃ筆者である神主の代弁者(自己投影の対象)なんじゃないか、と
それは強く感じたというか、そういう風にしか感じられなかった。
そういう事でないと、あの本はイミフだと思う。
そして
>>278 が「正にそれだ!」って感じ。
京極の論理的思考力に、キバヤシの妄想成分を足せば
はい霖之助の出来上がりでござい
神主曰く、自分は霖之助とは違う意見らしいけどねえ……
>>280違う自分も
結局は自分の創作物だからねぇ
ある他人をモデルにして創作するなら多少は色が抜けるが
例えばアンチ自分として作ったら、それはそれで
強い自分の影響下にあるわけだしね
物語の語り手という立ち位置は
ミスディレクションを仕掛ける役割を負ったりもするので
ストーリーの都合によって聡明にも愚昧にもなる
薀蓄などを饒舌に披露するキャラならばなおのことその傾向は強い
「信頼できない語り手」という概念は小説を読むときに必須だね
>>281>違う自分も
>結局は自分の創作物だからねぇ
実在の友人やら何やらをモデルに~ってこともあるから、一概にそうとは・・・
いや、「それだって『創作者から見たその人』、創作者の一部でしょ」と言われたら何とも言えないが
>>283いや、最後まで文章読めって
>ある他人をモデルにして創作するなら多少は色が抜ける
って書いてるじゃん
一人称視点の「語り手」を書くなら
たとえ友人をモデルにしたとしても
自分の色が濃く出る事が多い。
(主張としては自分と正反対に書いても
その議論に関する思考方法が同じになるとか)
多少は色が抜けるといっても
相当「勉強」してないと難しいよ。
影響下にあってもとりあえず主張を反転させておけば「自分の主張とは違う」ものになるから、そんな難しく考える必要はないんじゃないかな
しかし神主の主張というか思想って、世間一般とはかなりかけ離れたものに感じる
とりあえず「死後の生活を良くしようとするのが人生を良くする唯一の方法」というのは神主の本音でいいんだよね
いや、そこは輝夜と妹紅で真っ向から逆の意見を出してるからな。
今が一番大切、生きてるってなんて素晴らしいんだろう。
作品の順序から見れば、映姫が輝夜と妹紅に対する反論キャラと言えるか。
反論キャラが出ている部分は本音からは遠い世界観構築の部分だと思う。
作品中に本音が紛れてる場合は多々あるけど、
迂闊に断定も憶測も出来ないのもまた確かだからな…
特に、東方の世界観は人間に優しくない面も色々とあるし、
作中から思想を探るのは難しいものがあるかなと。
神主が影響されやすいタイプの人だった場合
作品での主張=最近読んだ本の内容
という可能性もある
ん~。なんとなくだけど、神主が「東方」で表現しようとしてることは
「主張」や「思想」っていう「解」ではない気がするなぁ、個人的には
なんていうか……ほのめかし? 問いかけ?
「世の中ってこういう角度から眺めてみたら面白いんじゃない?」みたいな
思考・解釈の試み、そのための一選択肢の提案……。そんな感じ
神主って、他人に対しても自分に対しても
「確たる答え」を押し付けたり押し付けられたりすることを好まない人じゃないか、と
少なくとも、「主張」や「思想」、あるいは「風刺」臭を孕まざるを得ない部分の表現については
相当自制的にというか、努めて婉曲的に物をいおうとしてる節はある気がする
まぁ、香霖がキバヤシ並の発想力を持っているお陰で
俺達も安心して妄想に浸れるという寸法さね。
2005年の正月に長野の実家に帰ったら
家がリフォームされてたけど障子はそのまま残ってた
↓
障子は子供でも簡単に破けるから子供を成長させる
そういう障子だからこそ障子のまま残った
決して破れない金属の扉では子供が成長しない、みたいな公式サイトでいつも通りのポエミー発言
↓
家主の力が大きければ障子は金属の扉より強い決して破れない結界になるという霖之助の妄想日記
>>280このように神主の日々たゆまぬ妄想を土台に、一捻りしてるからな
逆に、一捻り程度の近さとも言えるが
>>293【審議中】
∧,,∧ ∧,,∧
∧ (´・ω・) (・ω・`) ∧∧
( ´・ω) U) ( つと ノ(ω・` )
| U ( ´・) (・` ) と ノ
u-u (l ) ( ノu-u
`u-u'. `u-u'
>>294それね、読んだときにすんごく納得できたんだよ、田舎者の自分には
障子って、物心ついてからの自分にとっては、神聖不可侵そのものだった
もし破ったら、小屋に閉じ込められる制裁を受けるかもしんないって、学習してたからさ
幼稚園位の頃までは、平気でビリビリやっちゃうんだ。世の中のルールのルの字もわかんないし
でも、社会性を学んでしかるべき年齢になるにしたがって、親が厳しくなるんだよね。次破ったら覚悟しろ、みたいに脅す
親(特に父親)が、障子を一種のメタファーにして、社会的にやっていいことと悪いことの境界を諭してたんだね、きっと
神主が一見ポエミーに描いている事柄って、結構社会(特に日本人社会)の精神構造の核心を突いてることが多いと思う
ウチの父親と神主の間の差異を極端な形で言語化すれば
前者は直截的制裁的な形で道徳のカタチを諭し、後者は婉曲的提案的に、人のあるべき姿をほのめかす、ってとこかしら
神主は一種の詩人だけど、結構(古めかしい)倫理的な詩人なんだと思う
あの人の描いている回りくどい世界観で、一番ダイレクトに伝わってくるのが
「おのがなすべきところをなせ」な気がするのは、自分だけだろうか?
……だからって、自分は神主が単なる保守主義者だとも思わないし、思いたくもないけどね
……「」ってそんなに目障りなのかなぁ……。強調点を明示する上じゃ便利なんだけどなぁ……
これ使わないで文章書くと、かなり欲求不満な感じになるんだよなぁ。今書き込もうとしてるコレとかさ……
「そもそも、結界というのは認識によって生ず」
みたいな話は割りとあちこちで耳にする話だと思うが。
京極が京極シリーズでそんな話を何度も出しとるでしょう。
>>296どれでも好きなのどうぞ
“”
<>
<>
『』
【】
>>297自分は、“京極夏彦”は『どすこい』と『後巷説百物語』しか読んでないから、【不勉強】でごめんなさいとしかいえない
でも、<京極>やら<宮部>やらのあのグループが借りてる「イメージ」って、神主が引用してる{それ}とまったく差異はないよ、本質的に
瑣末な≪情報≫を作品の彩として散りばめるんじゃなく、その[神髄]を頭で咀嚼して自分のものとして用いることができているかが問題
その点で、神主は当代一流といわれる《あの連中》にも引けを取らない上手だと思うけどね
>>298藍 「おめぇー、“最強”っつったら“幻想郷”の“紫”様しかいねぇーだろぉがよ!?」
早苗「“守矢(ウチ)”に“喧嘩(ダンマクゴッコ)”うってんのかぁ? “奇跡”と“踊”らせちまうぞぉ!!」
霊夢「“妖怪”も“神”も、“弾幕”で“潰”すぜ・・・」
みたいな何かを受信した。
>>299なんで「どすこい(笑)」なんだよw
京極読むならやはり妖怪シリーズが一番お薦めだよ。
京極の場合、主張したい事を受け取るのに、本来は物凄く知識が必要になる。
それも知っているだけでなく、よく理解した上で挑まないといけないが
その前提知識や考え方というのを、懇切丁寧に全部本の中で説明し
まず理解させてから「落とす」という構造になってる。
だから万人受けしつつもレベルの高い内容を維持できて
そして本の厚みが枕のようになるわけだ。
神主はそこら辺が非常に放任主義だよね。
要所で使うならいいけど(使ってるんだろうけど)多過ぎると演技臭くてかなわん
印象の問題
>>299言いたい事は分ったけどわざと解り難く書いてやしないかw
神主を大仰に捕らえ過ぎな人っているけど「酒好きの変人様々」の認識でいいと思うよ
もちろんファンとして敬慕はすれど傾倒する必要はないんじゃってね
たまに説明しといた方が良い箇所も説明不足になってるなぁと感じる事はあるね
含みを持たせる意味では成功してる箇所の方が多いけど
元ネタ知らない人にとっては誤解を招いてしまいそうな台詞とか
元ネタが関連するのはそれこそ分かる人が分かればいいやスタンスなんじゃない?
深い意味があるようで実は適当に決めていた部分を深読みされてるだけだったりもあるだろうし
その時の旬な気分で以前との統合性よりネタを優先してる感もあったりする
だから都合の良い様に一番新しい設定が正しいにしてるんじゃないかなとも思う
これも深読みだなw
確かにあんまり説明とか入れたくないって意思を感じる時もある
ほんの少しでも説明っぽくなってつまらなくなるくらいなら誰も分からなくても説明しない方がいい、みたいな
それにどうせネットで広まるだろとかももしかしたら考えてるんじゃないかと
とりあえず
>>299が面白すぎて10回位読まないと冷静に理解できなかったwww
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
俺はジョジョの強調点を思い浮かべてしまった
そもそも整合性のとれた一貫した設定があるわけでもないだろうし……。
他から引用してるから説明省いてるだけだろ
要はめんどいから
>>290会話文でもない9行の文に、鉤括弧9個は流石に多いと思ったんですよ
鉤括弧の使い方って
1. 引用、または発話である事の明示
例:
「ちょっと、小悪魔……。 あの貼り紙が見えないの?」
パチュリー様ったら、藪から棒にどうしたんです?
そう言うと小悪魔は、彼女が指差した先を見やる。
2. メタ言語である事の明示
例:
そこには「館内は飲食禁止!(でも当館主姉妹と私は例外ね♪)」と書かれていた。
「飲食」って単語は「飲」と「食」による複合語であって……。
わたしはまだポッキーを両唇に挟んでいるだけではないか。 噛んでもいないし、飲み込んでもいない。
これは「飲む」でも「食べる」でもない。 すなわちこの件に関しては私に怒られえる筋合いは無いのだ!
パチュリー様の横暴! イヤラシ系もやし! ……いけない。つい口に出してしまった。
3. 強調、またはその効果として、語法からの逸脱への指摘
本当に「咥えているだけ」だったの……?
じゃあ、さっきからずっと図書館中に響き渡ってたもぐもぐとかごっくんちょとかいう音は何だったのよ!
そんなに咥えている「だけ」がいいんなら、今度のアレの時だって咥える「だけ」でおしまいにしちゃうゾ! むっきゅっきゅ!
多分この3つで全部ですよね?
1.はないと相当不親切ですし、2.は絶対に必要ですけど、3.の大部分はキャッチコピーでもない限り、
「引用元の著者がそう思ってるだけで実際はそうじゃないっス」とか「うふふ、イヤミ言っちゃうよ!」っていうメッセージなので、
よっぽど使いたいとき以外は3.では使わない方がいいというのが個人的な意見です
まぁでも
>>299には素直に心動かされました
岩野泡鳴という人を知っとるかね?
戦前の文学者で神秘的半獣主義という衒学的な大論文を書いとるのだが
これが傍点だらけで、それも普通の「、」だけでなく「○」や「△」を
傍点にした箇所も多く、どこが要点なのか逆説的にわからんという
迷文の代表格として現代まで語り継がれている…
俺は怪奇作家の倉阪鬼一郎が紹介した岩野の引用文数行しか知らないけどな
>>315青空文庫にあったのでちょろっと読んでみましたけど、確かに衒学的でエラいことになってますね
面白そう!
でも何かの句読点の打ち方は、ジョン・ロックとかヒュームの時代の英文(文体?)に似てる気がしました
やたらコンマとセミコロンが多い例の文……
どうでもいいけどその「逆説的に」は「逆に」にした方がスッキリする筈!
>>296ああ、過去に親父が凄いから自分はハイブリッドだとか言い出したり痛絵馬を晒したりしたヤツか。
親父を使っての栄光浴もほどほどにな。言葉の意味が分からないならググってくれ。
あとSS書きならもう少し文章を勉強した方がいい。
携帯から失礼して。
>>317 なんかよくわかんないけど、人違いだと思う
自分このスレ覗くようになって二月足らずだし、絵馬書いたことないし。ついでにいうと、創想話等に関わったこともない
あと
>>296は、大意要約すると「家父長制的な空気の残る田舎の家庭で育った身として、神主が障子に隠喩的に込めたニュアンスは理解しやすい」で
父親自慢をしようなんて意図は毛頭ない(むしろ自分はイエ制度的なものが好きじゃないんで、家長然とした父の振舞には本音じゃ批判的だったりする)
誤読を誘うような文章書いちゃったことは真摯に反省するけど、あなたの方も、もうちょい落ち着いて文章を読むことを学ぶべきだと思う
てか、そのハイブリッドがどーのこーのの人が、過去何をやらかしたのかが無性に気になる……w
昔風の田舎の父権的なものがよく働くか悪く働くかは状況次第なのだが
>>296の障子の話の要点は、形ある物は壊れるから大事にしないといけない
とかいうことではないのか
そういや確か柳田國男の明治大正史世相篇では昔の田舎じゃ習字の書き取り
に使った紙を障子に使ってたとか記されてたような…
この話の流れのメインの部分は、現代の家屋に慣れた人間は忘れているが
昔の日本家屋にはガラスなんてなく紙すら貴重だった、という点だろう
田舎の家は今でも全部の襖や境界をとっぱらって大きい部屋に出来るな
まぁそんな事するのは葬式の時ぐらいだけど
屏風とか襖とか障子とか昔の結界はほとんど紙製だね
和紙はあれで中々丈夫だから 障子は向こう側が軽く透けて見えるぐらい薄い結界だけど
実用的な話で言えば
窓の内側に障子があるだけでかなり防寒対策になるし
襖はそれそのものが木と紙の組み合わせで、内部に空気の層が出来るからこれも防寒になる
障子が優れている点は
軽量であり、柔らかい光を取り込むことが出来、機密性を高めることができるが
それでいてプライバシーを守ることも可能な点だ
そういや誰だったかな、忘れたが
ある外国人が日本に来た際、敗れた障子を、桜の花びらの形に切り抜いた和紙で塞いであるのを見て
いたく感動したという話を読んだことがある
>>321俺はその話の続きの、調子に乗って穴開けまくったら怒られたというところまで聞いたことがある
でもまぁ、普段できないからこそ、
いざ張り替えの時に破くのってなんかスッゲー楽しいよな?
うちの"障子(スクリーン)"は"丈夫(ストロング)"だぜ…
!?
>>323 穴をぶちあけたあと、格子周辺に残った障子紙をピリピリやるのも、また一興
東方知った当初、ゆかりんを「ふすま妖怪」だと思い込んでたのはナイショの話
>>321,322
オリジナルはおそらくモース博士(大森貝塚の人)
この国の人々の芸術的性情は、いろいろな方法――きわめて些細なことにでも――で示されている。
子どもが誤って障子に穴をあけたとすると、四角い紙片をはりつけずに、サクラの花の形に切った紙をはる。
この、ぎれいな、障子のつくろいかたを見たとき、私はわが国ではこわれた窓ガラスを古い帽子や何かを
つめこんだ袋でつくろうのであることを思い出した。
(E.S.モース「日本その日その日」)
外人自身が穴をあけたとか、花弁の形の紙を貼るのを見て感心した後もう一度破ったら怒られた、というのは
これの派生ではないかと。
モースといえば東大理学部内に、女子便所を作ったという人
帝国大学の筆頭たる東大に腐女子・・・婦女子ごときがwという時代に、
「何時か必ず、優れた女性たちが男子とともに学びを競い合う時代がやってくる」
と主張して作らせたという
当時、東大内で唯一の学生用女性便所だったそうだ
>>321-322 >>326なんとなく、その筋のお話って高校時代に論説文の問題文で読んだ覚えがあるんだけど
>>326のモースの文章は初見な気がするんで、やっぱ誰か日本人の作家がそれを引用した、派生版の文章だったのかな?
現代文の試験問題常連で、こういうこと書きそうな人って誰だろう。山崎正和? 大岡信? 気になって仕方がない……
モース氏の滞在時期は明治時代なのでこれより遡るのは大変ではないかと。
初訪日は1877年6月だそうで。
この体験をもとに発明されたのがモースの硬度計でござる
>>327非常に良い話だというのに、陰でそれを使った男子学生がいたに違いないと考えてしまう俺は汚れてる……
というか、実際にそこをまともに使った女子はいつ現れたんだろう?
「そこを使った女子は」でいいところを「そこを"まともに"使った女子は」なんて言い方するから
まともじゃない使い方をする女子がいたかのような妄想に駆られるじゃないか
l i i i i l
/ ̄ヽ 昼l ゝ ノ ゝ ノゝ ノ
, o ', 食ご l i´ `i _ i´ 講 `i `l
レ、ヮ __/ べはl l / \ l 義 l l
/ ヽ よん.l {@ @ i が l l
_/ l ヽ うを l } し_ / お
しl i i l > ⊃ < わ
l ート lヽ、 / l ヽ っ
 ̄ ̄¨¨'~~ ‐‐‐--─| ヽ 、 / /l 丶 .l`\ た
____ __ | (_/ | } l`\|
|| |WC| | へ へ ヽ、 l ! \||
||  ̄ ̄ |/ \ `ヽ、 ヽし! /|| ガタッ
|| | / / ヽ、||
◎|| | / / ヽ、
 ̄ ̄ ¨¨¨ー─‐‐--- ,,, __ ____
,, _ |  ̄¨¨` ー──---
モパ / `、 | モパ |:::::::::::::::
グク / ヽ | グク /  ̄ ヽ:::::モパ
モパ./ ● ●l | モパ l @ @ l:::グク
グク l U し U l | グク } し_ /::::モパ
l u ___ u l | _ /=テ⊃ <_グク
>u、 _` --' _Uィ l ◎ー)/キ' ~ \ヽ
/ 0  ̄ uヽ | | | | i二二二i-' ) ',
. / u 0 ヽ| ~~~ ~ l ヽ--┬ ' ./
テ==tニト | / ̄/ ̄ ̄` ノ /
/ ̄) ̄ | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | | |二二二)
何故泣きながら便所で飯を食わねばならんのかがわからん
普通に教室なり学食なり屋上や中庭で食えばよかろうに
人に見せられない弁当だとでも言うのか、そぼろがハートマーク型だとかで
>>319>形ある物は壊れるから大事にしないといけない
まぁ、そういう単純な可能性もあるけどね。
そもそも、障子云々の話って、認識に関する所が出展じゃないんじゃないかな。
出処は忘れたが、古い外国人の日本評に関する書籍で
「日本には『部屋』という概念がなく、家を自由に区切って使っている」
というのがあった。
これは、障子や襖のような「壁というほどでもない仕切り」の事や
屏風であるとか、そういった仕切りに使う道具も指すらしい。
西洋では、部屋というのはきっちりと分かれていて当たり前だけど
日本では「ここを区切りとする」という意思表示をもってして
区切りを行っているんじゃないかとか云々。
まぁ、立ち入り禁止区域を作るのに壁を建設するか
ロープを張って「立ち入り禁止」って書くかの違いだけど
日本では後者が採用されやすい文化という事らしい。
「無駄にルールを守る」という国民性あっての対処。
日本において「言葉による呪縛」は効力が非常に高いという事じゃないかと。
おお、なんかワケワカラン文章になっとんね。
要は、障子というモノは壁と違い、仕切りとしての実用的な効果
つまり「物理的に分ける」という能力が薄いから
ヤル気に成れば直ぐに突破できてしまうが
日本では「障子=壁」という概念があるため壁として機能するんじゃないかと。
子供の頃からそうした概念を教育によって植えつけているから云々
まぁ外人の言うことだからアレやね。
障子とかなぎ倒そうと思えばなぎ倒せるもんね。
言葉っつうか共通した文化や認識を持ってることを前提とした呪縛な
何もない原野の真ん中でも、四角く草を刈って雑草を抜いて土の地面を露出させて
踏み固めて整地すればそれで「結界」になる
人間の認識に働きかけるんだから別に聖なる力でエネルギーフィールドを張る必要はないが
石畳を敷いて柵で囲ったり、入り口の柱の間に縄をかけたりする方がより強力で
物心のついてない子供とか違う文化圏の人間に対しても効きやすい
だからこそ箒が呪物になってるわけで
> 日本には『部屋』という概念がなく、
ああ、昔から何度も言われている日本人には内と外の区別概念が乏しい
とかいう見方の話ね
部屋の仕切りだけでなく、布団を使うときだけ床に敷く文化も、明確に
ベッドとベッドルームを設ける欧米人からするとかなり開放的なものらしい
個室的な区切りをしない日本の大部屋文化は気候風土とも関係がある
欧米や大陸に比べれば寒暖の差は少ない方だし
湿度が高いから通気性が重要視されるためだな
>>335>>337にわかには信じがたい話だが、平成生まれの今の学生は
「一人で飯を喰う=友達がいない暗い孤独なダメなイケてない奴」
という強迫観念のためわざわざトイレに篭って一人で食事するという
これを便所飯というそうな
…これ絶対に都市伝説だろ? と信じてる昭和中期生まれの俺は
高校生当時みずから一人になりたいが為わざわざグラウンドや
立入禁止の屋上で昼飯食ってましたが何か?
「↑うわー野人だよサルだよ信じられね~」(←平成生まれの声)
>>341平成生まれの学生だが一人で飯食いたくてグラウンドで食ってたらボールが飛んできたでござる。
昭和63年生まれで昼は何時も一人で食べてる俺だが、便所飯の経験は無いなぁ。あんなところで美味い物が食えるかね
暗くて孤独なんて今更隠すほどでもないしな。会話しながら食べる慣習も無いし
そしてなにより、大学には空き教室という絶好の場所が有るじゃないか
モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ
独り静かで豊かで・・・
公園のベンチでパンを食べると鳩が沢山集まってくるから寂しくないぞ
>>332戦後だったそうだ
出典は東大理学部出身の畑正憲(ムツゴロウ)のエッセイ「モースの便所」
はじめての理学部女子学生に対して、教官はこう挨拶したらしい
「我が学部は、オンボロで他学部に対して自慢できるようなものはなにもないです
でも、ただひとつ、誇れるものがあります このトイレは、明治からあなたを待っていました」
ちなみにムツゴロウはハエ退治を名目にこのトイレに侵入したそうだw
(エタノール入れた注射器で、ハエに対空射撃をかますのが流行っていたとか)
ムツゴロウさんの書いた本っては面白い話結構あるよなw
好奇心でカエルの毒腺舐めたらすっげえ苦くてでもなんかちょっと元気になったら
後に海外で滋養強壮に効く成分が発見されて納得したとか
実験動物を殺しっぱなしってのはどうなのかと思って喰って供養しようと料理して色々食べてみたとか(ハエがスナック感覚で行けるとか)
久しぶりに読み直してみるかな…
……このスレって本当に、ある話題の寿命のスパンが長いのね。ちょっとまた遠慮なく長文を……
>>338-340>>340のいう「共通した文化や認識を持ってることを前提とした呪縛」を私訳すると、「権威」になると思う
自分は、
>>294がとりあげたエピソードの含意を、「ある社会における『権威』が、人をいかに縛るか」だと解釈した
『香霖堂』該当箇所の文脈でいえば、「権威」とは家主(戸主、家長)や神社に祀られる神(博麗神社の例であれば)であり
その「権威」による無形の拘束力こそが、障子っていう有形ながら物理的に無力な結界を、意味的に有力なものにしたてるんだ、と
(そういった解釈に立った上で、卑近な例を挙げてみたのが
>>296。今思うと、書き方がヘタすぎたと思う)
ところで、その「権威」を担保するものってなんなのか?
>>339が触れている、新世代の教化による、「権威」自体の再生産。これに尽きると思う
時に「伝統」とか「文化固有の価値観」とか呼ばれる、「権威」のすりこみ手法。アレ
神主が、というか「東方」の世界観が面白いと思うのは
こういった「権威」の連鎖をいったんリセットしたはずの時空間(幻想郷)を舞台にしつつ
その「権威」のエッセンス的な部分をうまいこと抽出し、かつ相当にひねった解釈のフィルターで濾過した上で
こちら(現代日本)の側に提示している(投げ返している?)点
これほど毒気のない「伝統」も「歴史」も「神様」もあったもんじゃないってくらい、軽妙に
>>313「」の用法の説明のためだけに、これほど手の込んだ例文をひねった熱意に感服する
ただ、例のような文学的文章の場合はご指摘ごもっともとして、論説的文章の場合、「」の用法はもうちょい幅があると思うんだ
自分なりのいい方で、思いつく用法を挙げると(3のタイプとかぶるところもあるんだけど)……
4.「」内が、一般的な語義から離れその文章中限定で特殊な意味を示していること、「術語」であることの明示
5.「」内の用語につき、筆者が「留保」の意志を有していることの明示
(つまり上の「留保」は、筆者である自分が、留保ということばを断定的に用いることを留保していることを示す。なんのこっちゃ?)
自分が特に「」を使いたくなるのは5の場合。なぜかって、基本的に、自分のいってることに自信がないから……
ほら、よく話しことばの端々にまで「いわゆる」を付けちゃう人っているじゃん(桃井はることか)? アレと一緒
……使い過ぎると見苦しいってことはわかる。わかっちゃいるけど、やめられない。お酒やタバコと一緒……
もし東大草創期に考古学講座があって、それが文科に設置されてりゃ、法文館もトイレからして素敵に……
……ってウィキペ見てみたら、今の構内の建物って、ほとんど関東大震災以後のじゃん!
括弧があることで確かに貴方の言いたいことがよく伝わってると思う
つい括弧や""を使いたくなることは、自分もあるからよくわかる
幻想郷の活版印刷技術は天狗(と是非曲直庁)に独占されているのかな?
人里の最高層であろう阿求ですら筆書きだし。
しかし括弧も句読点も欧文の文化から導入された物で
近代以前の日本語にはなかったという罠
括弧によって文章の"主体"を明らかにするという思考発想自体
明治以降の綴り方教育の産物なんかねえ
「」や""で文中の要点や主題を明示しない文章は
あたかも遠近法を使わずすべてを均等な大きさで描いた
近代以前の日本の風景画のようなものか
もともと日本語は欧文のように主語が明確な文法ではなく
極端な場合は主語が書かれてなくても
何となく文意が理解されてしまうとかいわれるし
たくさん使えばいいってもんでもないよな…
こんだけあると、どこが重要なのかわかりにくいし、読みづらい
むしろ読む気にもならない
>>352確かにそうね、日本語は語順、てにをは、終助詞だけでかなりの情報量を伝えられる。
漢字と平仮名を混在させる特殊な表記のおかげで、どこの文意が強いかもわかりやすい。
読点の入れ方でもニュアンスが変わる。こういうインフォーマルな場所だと句点の省略も便利な技法よね
これから日本語学ぶ人には不親切だけど、ネイティブには本当いい言語だ
>>351筆は馬鹿にしたもんじゃないですぞ?
使ってみてわかるんだが、ペンにはない「味」があるんだ
もっと使いこなしてみたいんだけど、いかんせんスキルが足りのうてなぁ・・・
ところで、幻想郷に流通する筆は何の毛だろう?
オーソドックスに馬やウサギかもしれないが、人毛や妖怪の毛もありそうで
>>352-354とりあえずいえることは日本語で書かれた文章は情緒で理解すれば十分だから論理なんて不要だよとかいった言説はナンセンスだということ
あなたたちも自分も少なくとも戦後のこの国の国語教育を受けている身だから論説的文章の作法くらい弁えているはず
というか弁えていなきゃそんなレスをできっこないはずだと思う
あと句読点や文中記号に類するものは近代以前から外来語である漢文に対して行っていた付点が前例としてあるわけで
日本語の文章を読みやすくする工夫それ自体が外来の物であるという発想はこの国の先達に対する大いなる侮辱であるとすら思わずにいられない
自分は決して愛国的でもないし自国文化の優位性を他に誇るみたいな奢った考えも持ち合わせない人間だけれど
今現在ある日本語の文章表現の持つ合理性機能性その背景にある先人の知恵までをも否定してまで現国語文法を嘲笑する輩あるならば
我護国の鬼を借りてその誤謬を糺さむものなりその驕慢を弾ぜむものなりその専断を諭さむものなり
>>351出版っていう行為自体が、知識・情報の流布による社会の知的水準の上昇っていう目的に伴うものであるとするなら
敢えてそれを(特に人間の間に)欲しない「勢力」が存在する可能性はあるよね。人間って妙な知恵付けるとアブナイから……
>>355これまでに妖怪のモデルとして登場していない、狸とか。狸の毛の筆って、高級品らしいよ
カギ括弧は、無駄に多くても文章を読む際の障害には、あまり成らないからね。
極端な話、ほとんどの熟語をカギ括弧で囲っても、クドく感じるだけで、読むのにはあまり困らない。
「日本語」では「漢語」「句読点」などでも「文章」が「区切れている」から
「カギ括弧」で「細切れ」になっていても「違和感」は「少ない」。
ただ、さしたる必要性もなく文法上の特殊な用法を多用するのは、瀟洒じゃないねぇ。
>>350>「権威」の連鎖をいったんリセットしたはずの時空間(幻想郷)
幻想郷はむしろ、そういった権威がリセットされずに残っているんじゃないの?
だからこそ、妖怪という「仕組み」が生きている。
「権威」の時代的な変化は、時間ではなく社会の状態に依存するだろうから
文明レベルが滞ってる幻想郷では、大きな変化が無いんでしょう。
時代や場所ごとに「呪縛」を生じさせる「権威」とやらは
現代ではやはり科学が担っているのかな。
科学的な裏付けはかなり絶対的な捉えられ方をしているからねぇ。
>>356そうは言っても実際に江戸時代の手紙文などを原文そのままで読もうとすると
語句の区切りとか何が主語なのかがわからなくなって困ることはよくある
逆に言えば口語なら江戸後期頃も現代もさほど変わらず
勝海舟の親父が書き残した夢酔独言なんて普通に読めるんだけどね
それは俺が古文や漢文を読み慣れていないダメな現代語脳ということだが
逆に言えば古文や漢文の文章のリズムが理解できなければ、文の内容自体は
理解できても当時の人間の思考の感覚も本気で当事者的には理解できない
所詮は現代人の感覚から見てわかった気になっているだけということだろう
>>352ちなみにこれは、欧文法との"比較"の話であって優劣ではないから
だいたい英語とかフランス語ももとはブリテン人やガリア人の言葉を
無理やりローマ人の文字と文法で表記して文法をでっちあげた物だし
欧米人の言語のように主語や述語がはっきりしてなけりゃならん
などというのはとんだお節介の植民地主義的発想だ
ただまあ、日本人の感受性というものは昔から同じ部分があるだろうけれど
現代日本語で思考する現代日本人は古語で思考していた古代日本人とは
思考発想の仕方もある程度は変わっているのは仕方ないと思う
近代以前にはたとえば「意識」とか「人格」とかいう語彙もなかった
昔からある語句でも「あわれ」とか、現代語の文脈では意味の受け取り方の
感受性が変わってきてしまってるものもたくさんある
……となれば現代日本語を使い慣れた人間の思考ロジックが
近代以前の日本人と異なるのもある程度は致し方あるまい
ちなみに俺は現代日本人と近代以前の日本人のどっちが優等とか
日本と外国とどっちが優等とかそういう話は一言も書いてないし
そんなことはまったく考えてもいない
>>356印刷技術が発達して写本や木版印刷に取って代わると、
・微細な絵(ヴェサリウスのファブリカとか)
・身近な言語(ルターのドイツ語聖書とか)
を本に採用することが可能になって、一気に啓蒙が進むかも。
確かにそれは嫌がる、あるいは危惧する妖怪がいるかもしれない。
ということは人里には未だに貸本屋や写本師がいるのかな?
なんだかロマンを感じる
>これまでに妖怪のモデルとして登場していない、狸とか。
狸は今月精で出てきたじゃないか
裏
「印刷技術が貧弱だと、微細な絵を量産するのが困難だろうなあ」から、
人里の少年たちの間で昭和のエロ本が宝物のように回し読みされているという電波が
裏
>>348なるほど、サンクス…いい話をムツゴロウがひっくり返しおったw
作るきっかけとなったモースだけでなく、
維持してきた人達にも、やっぱり薄々感じるものはあったのかなと。
しかし、トイレ一つとってみても、時代の流れは確実にあるんだな…
この流れでふと幻想郷の識字率が気になったのだが、
人里の人間だと江戸時代~明治初期の農村部と同程度なんだろうか?
妖怪種族ごとの識字率調査結果を妄想してみるのも面白いのかもしれない。
(文々丸。新聞の読者層がどのあたりの層だったりするのかと)
>>361はもっと評価されていいと思う
>>364寺子屋があるわけだし、読むだけならソコソコ行ってそうじゃないかね。
結局、人里の規模がどれくらいかってのに依存するとおもう。
広ければ、底辺の絶対数も増えるだろうし。
ひらがなカタカナと簡単な漢字の読みだけなら、昔から普及率は高いけど
書きとなると、必要性があるか暇じゃないと進まない。
空も字読めるみたいだし、妖怪は結構読めるんじゃないの
>>362エロ雑誌がなぜか神社の境内に捨ててあったりしてそれを小学生が拾って……
なんてのは懐かしい光景だけど、魔理沙あたりが「お宝ゲットだぜ!」とか
叫んでいたら嫌だw
近代日本の庶民の識字率の高さは異常
農民だって回状に署名したり年貢を納める時に数量を確かめたりしなきゃならなかったから普通に読み書きそろばんは習得していたという
開国後、日本にやって来た欧米人が
庶民の女子供まで読み書きできることに驚いてたみたいだしな
寺子屋とかいろんな人が教育を推進した前提として
日本人の読み書きそろばんってのはやっぱり限られた土地で農耕してたから必要だったのだろうか
数量をきちんと確認して正確に伝えないとやってられないし
年貢は四公六民とか一応の基準はあるものの、
実際には作柄などに応じて毎年、武士と農民が交渉して決めていたそうだし
じゃあ漫画とかでよくある
「この年貢を取られたらオラたち生きていけねぇだ」
みたいなのはなかったのか
>>371実際に無かったわけではないだろうけど
江戸時代は一貫して収穫量は増えていたからねぇ
でも石高は江戸時代初期に定められて以来、変化してないわけで
年貢は取り立てる率を変えない限り、基本、変わらない
通貨である米の流通量は増加し続ける
究極のインフレ経済で、下級武士が一番苦しかったかもしれん
まあ東北なんかでは別だろうけどね
ある記録によれば青森では一村全滅が何度となく起こっているし
遠野では飢饉が江戸時代の間に10回
飢饉といっても1年で終わるもんじゃないしな
江戸時代は小氷期だったから、東北では冷害が酷かった
下級武士の日常は一般につましいものだったとされている
ささやかな庭に家庭菜園(汁の実畑などと呼ぶ)つくって野菜を栽培し、家人は内職もする
ただ、江戸町奉行所の上級(古参)与力など例外もある
身分は将軍に拝謁できない御家人で低く、公式の給与は米200俵(手取り80石程度)だが、
実際の年収は3000石の旗本かそれ以上に匹敵
諸大名、旗本、そして町人などあちこちから付け届けがやってきてウハウハ状態
30俵2人扶持の同心にもいろいろと役得があり、
大名屋敷から大名家の家紋つき衣服が贈られる風習があったとされる
屋敷内フリーパスの意味があったそうだ・・・その代わりいろいろと目こぼししてくれとw
>>372生り物オンリーで生計たててる家計の場合、年毎の作況によるブレはでかいはず
年貢は大抵、割合でとられるけど、母数である収穫の絶対量が少ない年なら、そりゃ飢えることも必然的にあるわな
この点、まがりなりにもサラリーマンな武士は、滅多なことじゃ飢え死にしそうもない。餓死した侍の話もあるっちゃあるけど
東北も地理・気候条件まちまちで一概にはいえないんだけど
個人的に厳しかったろーなぁって思うのは、やっぱ南部のあたり
どう考えたって耕作しながら生きるべき土地じゃないw
でもって、個人的なイメージにおける幻想郷の環境って、あの辺の山間部のそれなんだよなぁ……
>>369田分けという言葉がバカという意味を持つように、農家は1人しか跡継ぎになれなかった
それで次男以下の子は丁稚奉公に出されるわけだけど、当然読み書きそろばんの
出来る子が奉公先で優遇され出世しやすい。女子も同様
ようするに就活のため子供に勉強させてたってこと。今と一緒だよ
総領の甚六って言葉は、跡取り息子は親の財産を相続できるので、生き残りを賭けて
必死に勉強する次男以下よりおっとりしていて出来が悪いって意味だしね
>>372青森での一村全滅の記録ってのソースあれば教えてもらえんか
どんな趣旨の記録なんだろ
話は逸れるが、年貢つながりで。
最近知ったけど米俵って一俵の重さが60キロ近くあるのな。
農民っていったら痩せてて素朴で貧相なイメージがあるけど
米俵1つ肩に担いで歩くけるだけでもかなり大変な作業。
日本昔話のアニメとかで荷車に米俵積んで年貢納めに行く描写とかあるけど、
2つ3つ積んだだけで余裕で重さが100キロ超えてしまう。それを舗装されて
いない道を一人で引いて歩く。昔の農民って、何気に筋力というか地力が高かったのかも。
>>371江戸時代は下手に農民飢えさせて、一揆や離散起こされて幕府や公儀に知られたら、改易や家取り潰しで家臣路頭に迷う事になるから、無茶をしようとすると例え大名でも押し込められるよ
>>377昔に比べたら低くなってるだろうとは思うけど
じーさんばーさんが元気に作業してるの見ると
現代でも農家とか一次産業の人の体力はホントすごいと思う
加えて言うと人生50年以上それで生きてる人は経験がパネェ。
スキルマスターしてるから効率のよさが半端じゃない。
80届くばあ様に畑仕事で勝てる部分が力仕事ぐらいとか情けないぜOTL
>>377別に米俵持ちださんでも
普通に毎日、肉体労働してんだから
現代人と比べりゃ筋肉モリモリマッチョリーに決まっとろう。
トラクターとかだって無いわけだし。
でも「米俵重くてはこべね~」みたいな描写のある
昔話とかも結構あった気がする。
やっぱ飢えた農民だとキツイのかも。
米袋一袋(30kg)を背負って盗もうとしたが、空腹のあまり押しつぶされ窒息死した泥棒なら実在する
江戸時代の年貢の件は、藤沢周平の風の果てあたりを見ると、わかった気になれる
>>376残念ながら何だったかは忘れてしまった・・・
大学図書館で読んだ本かもしれん
「青森では江戸時代、飢饉の際に集落が無人になったところも少なくない
しかし何年後かには、流れてきて住み着いてまた集落になっている」
という内容だったような・・・
著者は寺か何かの戸籍調査をしたんだと思う
記録に残っている飢餓による全滅というと
秋山郷のそれが有名だね
天明の飢饉で1集落、天保の飢饉で1集落が全滅
これは秋山紀行に記述が確かある
>>377酒田の本間様の博物館かなんかに行ったとき
「男で三俵、女で二俵」運んでたとあってビビった記憶がある
昔、バーベルトレーニングしてた頃の感覚思い出しても、180キロ背負って歩けたかどうか……
ただ、農作業もそうだけど、コツとか年季みたいなものはあるんだろうね、俵運びにも
>>376 >>384参考になるかわかんないけど↓。おそらく件の全滅は、天明の大飢饉の折の出来事だと思う
記録があるとすれば、津軽藩の藩政史料とかかなぁ
ttp://www.jomon.ne.jp/~kosamu/reigai.htm
ttp://www.osoushiki-plaza.com/institut/dw/199204.html
……東北じゃ、昭和に入っても飢饉手前の状況が起きてるのが救い難い……
>>384-385ありがとう!
飢饉で集落全滅したところに住むって肝の据わった流れ者だなw
>>376 青森ではないけれど、『日本残酷物語』っていうシリーズもので、
一村全滅って話は出てたよ。
江戸時代の中期以降、新田開発が限界にきた後は、一村の
維持限界超える人間は村にいられなくなった。
その際間引きやら奉公やらで外に子供をやるわけだけど、限界
ギリギリまで耕地分割してたりすると、家の子供が一人だけって
状況が当たり前になってて、そこに飢饉・疫病・天変地異が襲来
すると、あっちゅうまに一家断絶までいってしまっていたようです。
自分が読んだのは、その災厄が悪性だと一村全滅に到るって
話だったと思う。
『日本残酷物語』の第一巻には
江戸時代の飢饉の記録の話はかなり詳しく載ってる
なかにはもっとも最悪の事態には人肉食もあったとかいう事例も
じつはルーミアのルーツがこの辺にあったりすると…痛ましいなあ
マウンダー極小期に天明の浅間山大噴火など、江戸時代はなかなか大変だ
むしろ良く頑張って農業を維持したと思う
>>381確かになー。最近でこそ蒔割りトレーニングとか見直されたけど、
昔は風呂に入るためにも飯作るためにも蒔割りなんてデフォだし、
水運びとかも足腰かなり使う。つーか農作業全般が足腰使うか。
ある意味、毎日が山篭りみたいなもんだし。現代人が喧嘩したらパワーでフルボッコにされそう。
>>381それも単純な筋力だけでなく、体の使い方の問題も大きいだろう
ただ体格だけ比較すれば昔の方が貧弱で今の方が立派だろうが
米俵を抱えるのに腰に負担の掛からない姿勢の取り方とか
薪を割るのにも筋肉痛を起こさない鉈の振り方とか
そういう習慣的な体の動かし方が身についていたのではないか
現代日本人はかつての日本人に比べると姿勢がなってないとよく言われる
正座して背筋を伸ばしてものを喰うとかそういう毎日の習慣の積み重ねで
農作業とかに最適化された身体性が構築されていたんだろうなあと
歯科医に言わせると顎(と連動した首)の筋肉の使い方ひとつ取っても
現代人は昔に比べると退化してるらしい。そりゃ今じゃ固い物とか食べないし
つまり、人里の人間は筋肉モリモリかもしれないわけか。
美鈴と勝負しに行ったり紅魔館付近うろうろしたり
剛の者がえらい多いと思ったが、納得出来るわ。
現代人は栄養状態いいけど運動不足なんだよね
幻想郷に放り込まれても半年も経てば体力ついて順応しそうだけど
戦国時代には敗残兵狩りをする農民がいたりしたからな
敗走中で疲弊しているとはいえ戦闘のプロを倒せるんだから相当なものだ
あーでも、昔ながらの生活してたら
胴長短足低身長で顔四角いみたいな感じで
現代人が入り込んだらモテモテなんじゃないか?
・・・モテの流行も幻想になったものなんだろうか。
>>394ってか信長が兵農分離行う前は
武士と農民の境目ってあいまいだったしな
>>391その身体性の特徴を、ウチの村の老人方(戦前生まれで筋金入りの百姓といえる最後の世代)を参考に端的にまとめると
・背筋から下肢にかけての筋肉の顕著な発達
・常に前傾気味の上体(年とって腰が曲がるとより目立つ)
・ガニマタ気味の歩き方(身体の重心を低いところに置く、力のこもりやすい歩き方。柔道家とかにも多い)
って感じ。たとえると、カブト虫に二足歩行させたような……
よって、見栄えはしない
前に海外のドキュメンタリーの日本語訳をどっかの局で見たけど
バキのオリバみたいな体格のアメリカ黒人がアフリカの貧国にホームステイするんだが
現地のガリやせ(痩せた江頭みたいな感じ)の農民の作業に全く付いていけずにスタミナ切れでへばってた。
昔の日本の農民もそんな見た目から凄いわけではないんじゃないか
能力にも色々(瞬発力、持久力、技術力、燃費)だけど、要領が大事なこともあるよね
農作業は要領>越えられない壁>腕力だからな
俺もお世辞にもムキムキとは言えない体型だけど、米袋20~30袋くらいなら運ぶのもそれほど苦にはならない
だが腕の力だけで持ち上げろと言われれば1袋でもきつい
典型的な例では鍬の扱い方か
あれは地面に振り下ろすんじゃなくて持ち上げてから落とすもの
土寄せも腕で掬い上げて返すんじゃなくて置いた刃を腰で引いて横に溢す
無駄に付いた筋肉は、その分消費するエネルギー量が激しいだろうしなぁ
江戸時代だったか、その時代の武士だか農民だかの青年達の褌一丁姿の写真を以前見たことあるけど
上背はないものの結構ガッチリした体格だったな
あんな体格した日本人は、今は少ないだろう俺含めて
何より下半身がしっかりしてる印象があるな
東京大阪間を軽装備で短期間で歩き通したり伊勢参りしたり
恐らく人里の普通の人も山登りや神社の階段で疲れないくらいの歩行法は身に付いてるだろうね
田舎で田んぼへの堆肥まき手伝った経験から言うと、
あれは腰というか下半身と背筋を使い、身体の軸を定め回転で撒き散らすものとか
上半身の筋肉と腕力だけでやるとすぐにへばるしあとが辛い
俺みたいなドシロウトはムダな動きや余計な力を入れ過ぎだそうな
都会もんが一日や二日でコツがつかめる訳じゃなかったけど・・・
>>403原作通りだと基本的に店に引きこもってるからそんなにムキムキではないと思うけどねぇ…
怪力を持つ妖怪少女がふにふにの体なんだから、妖怪であるだけで力を持つんだろな
半妖であるこーりんは、半分人間だから腕力が筋肉として若干現れてしまうのでは
その代わり腕力も怪力って程じゃなくちょっと人間離れしてるくらいの力持ち
こーりんが完全な妖怪なら怪力ショタッ子であるのは言うまでもない
流れをぶった切って申し訳ないんだけど
風神録キャラ設定txtの
>山の神様として祀られる事になった経緯は非常に複雑であり、その真
>意を知っているのは神奈子と諏訪子の二人だけである。
て、どういう事なのかってある程度分かってるの?
その複雑な経緯と真意は諏訪子様の項に記述されていると思うが
>>394落武者狩りは農民の数少なく副収入だったはず。鎧兜や刀剣売り捌いたり、中には懸賞掛かった奴だっていただろうし。
そういや落武者狩りの類も『日本残酷物語』に出てたなあ…
まあでも実際敗残兵なら負傷者が多いだろうしろくに飯食ってないだろうし
それでも鎧兜とか身につけてたら凄く動きが鈍そうだし
そして何より敗走しての逃亡中じゃ覇気も衰えてるだろうから
地の利を知り尽くした農民の不意討ち奇襲ではやられてもおかしくはないかと
猪とか熊追い詰める要領で罠and包囲殲滅しそうだよな
消耗している上に士気が下がっている側に、装備に劣るが士気と地の利と数で勝る側が襲い掛かる
勝敗は目に見えているな
>399
この場合とは状況が違うかも知れないだけど
アメリカじゃ(ある程度の)貧困層の方がハンバーガーだのフライだの
ジャンクフード中心の食生活になるので、むしろガタイは良くなると言う話は聞いたことがあるな
要はバランスってことなのかも
おかげで本当に死んだのかよく分からない武将が何人か……
>>413まぁ、だからこそ殿部隊置いて本隊はとっとと逃げる訳だし。
見知らぬ土地で兵糧も実働部隊も少ない状態で主君を生還させる島津軍……。
>>414ガタイじゃなくて、単純に貧困層はデブるだけの話じゃないの?
ファットフードが安く買える上、食育もないだろうし。
>>416最近まで島津軍のそれがあったとは知らなかったんだが、
あれは根性というか意地というか、家名を残す凄みを感じたわ
もう一回ドリフターズ読んでくる
>>417そのへんは『スーパーサイズ・ミー』という実録映画によく描かれている
マクドナルドのそれもスーパーサイズばかり喰ってると
自分の体がスーパーサイズになるというw
>>405あるスポーツやってるが
体幹を使う、だとか、大きな筋肉を使う
という話はよくするな
足のほうが腕よりも強い力を出すことが出来るし
背筋は腹筋より強い
見せるための筋肉と実用的な筋肉は違う
あと、現代人でも50kgの荷物を背負って歩くことは可能だが
ふつーは背負うときに手助けが必要+止まったら膝が壊れる
>>412江戸時代、農村の方が下手な領主よりも鉄砲を持っていたとの説がある
理由は新田開発に伴う、イノシシや熊やシカなどの害獣駆除という名目
名主、大百姓、猟師らが、武士から許可されて相当数の銃器を所有
幕府や諸藩にとってはジレンマで、新田からの年貢米は欲しい、
けれども、銃器で武装されての一揆も怖い
そんな状況だったと
>>420百姓仕事で重要なのは、まさにその体幹の強さ。かつ発達が促されるのは専ら、いわゆる遅筋
現代の科学的なトレーニング方法だと、基本的に体幹はバランス良く鍛えるものとされるけど
道楽ではない農作業の場合、必然的に使用される筋肉が偏る関係で(特に身体の背面の方)
結果的に現代の理想的なボディバランスからすると、かなり「奇形的」な発達を促すことになっちゃう
プロの百姓は、間違っても「見せるため」の体つきにはならないね
スプリンターや水泳選手みたいな実用的ながら美しい肉体なんて、まさに現代の人工的産物だと思う
落ち武者狩りに関してだけど、"アマがプロを倒した"という認識はだいぶ違う。
近世になって兵農分離が明確に行われるまでは、農民=兵士という構図で間違いない。
例えばある大名が軍勢を招集すると、村にいる地侍(村長)が戦闘に参加したい農民を集めた。
農民側としても、戦闘に参加すれば金目の物をいろいろ強奪できるから参加するわけだ。それに功を立てれば褒美をもらい、立身も夢ではない。
勿論、武具も一式農民は揃えてる。強奪したりしてね。
つまり、農民は問答無用の戦闘の"プロ"。
中世の一揆が絶大な威力を発揮したのはこのあたりで、実際には一揆も守護の軍勢も中身が変わらない。
で、近くで戦闘があればこっちのもの。落ち武者を大量に狩って取れるだけ取る。
戦場には金属やら着物やら有用なものが大量に落ちてるわけだし。なにせこちらはプロだし。
死体は大体裸になって転がってたそうな。身ぐるみはがされて。
そうして食って行くのが中世の"自力救済"社会なんだよね。
ちと遅いが
>>374ヘのレス
サラリーマンである旗本や御家人も飢える事は無かったが、生活はきつかった筈。
何がキツイかって給料は現米で支払われるんだけど、経費はお金で払わないといけなかった。
その為に蔵前で支給された米を、札差の手で現金化しなくてはならないんだけど
(札差ってのは米の仲介を業とした者で、幕府の取り決めにより彼ら以外との米取引はできない)
札差の米相場価格の操作によってかなり安く買い叩かれる事になる。
(給料日一緒だから、みんな一斉に売ると言う理由もあるw)
経費の支払いに足りなかったり、生活費分が足りなかったりするので借金するしかない。
余りにも借金に苦しむ旗本が多い為に、幕府が何度も札差への金利などの規制をしていた記録が残っていたりする。
札差の方はと言えば、お金をかなり持っていて裕福な生活をしていたりする。
どの位裕福かと言うと、道を歩きながら愛人に何回キスできるか。と試してキスするたびに結構な金バラまくとか
ちょっと捕まって1日だけ牢屋でお世話になった人に、数千万単位の金をポンと渡すぐらいw
しかし彼らの豪遊も江戸の経済を支えていたりしたんだけどね・・・
>>395例えば江戸時代とかの農村に
現代人を頬り込んだ場合モテモテになるか?となると難しいと思う。
当時の農村の女性ってのは基本的に生活能力の高い男を好いていたから
(というか結婚後の生活レベルに関わってくる部分)
背は高いがヒョロヒョロ、顎も細いってのは逆にモテない男の条件になりえてしまうw
夜這いなどで男の方が強いイメージあるが、あれも実は女性側に断る権利があり
生活能力が低い病弱な男とかは夜這いしても断られたりする事もあったらしい。
今のようにスリムな男がモテるようになったのは近代(安定した生活が出来るような社会)に入ってからだと思う。
ちなみにポッチャリ体系も農村だと多分モテる。
栄養状態が良い=家が裕福ってなるからなw
>>418島津兵は関ヶ原前夜から異常だったからなw
軍の構成が、義弘の直属+彼の信奉者って言うまさに私兵集団だったし。(問題なのはその私兵集団に大名クラスの豊久が混じってる事なのだが)
しかもほぼ徒歩で関ヶ原向かってて、開戦当日にすらまだ参集者が着陣する有り様だし。
>>421一般的な一揆のイメージって、ボロい鍬や鎌持った百姓の暴動っぽい感じだと思うけど、
実は、一歩間違えたら鉄砲隊をも擁する極めて危険な戦力にもなりかねんというわけか。
これじゃあ、昔に歴史の授業で聞いたような厳しい年貢は取り立てにくいな……?
そりゃあ、戦後の歴史教科書は階級闘争を煽りたい日○組が
「お上に虐げられる人々」をどれだけ誇張したか分かったもんじゃないし。
>>427暴力を直接用いた一揆は、幕府の禁令もあり、文字通り命がけの最後の手段
鉄砲はあくまでも抑止力や交渉力の単なる一部として、庄屋ら百姓衆に賢く利用された
>>378のご指摘が正しいと思われ、百姓の方が幕府の権力を逆手にとるのが一揆の主流派
耕作放棄、ましてや鉄砲なんて持ち出されたら、発砲されずとも武士の方が罰せられかねない
ただ、農民に対する苛政も存在したし、島原の乱のように抵抗する暴力的一揆もあった
ただしこういう極端な例は幕府草創期が主であり、インフラ整備が急務かつ不可欠だったことが原因となり、
時に無茶な税率や労役が、諸藩や農村に求められたりした為
諸大名自身、江戸城の建築や江戸の埋立造成(天下普請)で多大な出費や労役を強いられ、
>>425の猛将・島津義弘でさえ「こんどの石材運搬に失敗したら藩が潰される!」と戦々恐々したというほど、
徹底的に幕府に貢がされた
>>426もしそうなら戦国大名が一向一揆に手を焼いたり
島原の乱で城を占拠された挙句幕府が直々に鎮圧へと乗り出したり
一揆にてこずったからって改易断絶させられる大名が出たりなんかしないよ…
>>428は
>>426にもね
天下普請がいちおう終了したのは、三代将軍家光の代、寛永年間(1630年代末)らしい
幻想郷の普請は楽だなぁ・・・結界で切り離せばいいんだから
農民が無茶苦茶な課税を強いられて、逆らおうものなら打ち首にされるから何もできず従うしかなかった、
なんていうイメージを今まで漠然と抱いていたけど、そういう事はむしろ少なかったのか
考えてみたらそりゃ何て恐怖政治だ
そんな体制が数百年も持つはずがないわな
なるほど、ややこしい……
門外漢にはどうにもなかなかイメージが難しいが、
まあ、互いにリスクやコストを考えれば、
さすがに鉄砲持ち出す前に話をつける方が自然という話なのかな。
農民は政府打倒なんて考えてないし、政府は農民がいなきゃやってられない
まあ、武装蜂起なんてのは最後の手段だろうな
江戸時代後期ともなれば新田開発や肥料の普及や農具の改良などもあって
農業生産は向上してるし農民も普通に働いてる分には
安定した生活を送っていたのではないかと思われ
ただし当時は現代よりはるかに天候の変化が及ぼす影響が大きかった
飢饉とまで行かずとも凶作の年とかは強訴や一揆がよく起きてただろう
江戸時代後期にも佐倉惣五郎の伝説が庶民の人気を博してたわけだし
しかしまあ、歴史をきちんと学んでる人にはピンとこない話なんだろうとは思うが、
幕府カードや、時には鉄砲カードやらをちらつかせて年貢の交渉をする農民ってのは、
何かシュールなものを感じてしまうな……
>>432そういう事だと思います
江戸の一揆は天災や飢饉などを引き金に、代官・藩主ら為政者の失政や悪政が、
農民側の我慢の限度を越えて継続されたためが多い
比較的穏やかな一揆でさえ、幕府禁令に依り首謀者らは処刑なんて例も少なくないので、
農民側、特に処罰必至なリーダーたちは覚悟を決め、かつ計画的に一揆や強訴したそうです
普通はこんな大事になる前に、双方で交渉してなるべく穏便に済ませるのが賢い
年貢を定めるための調査と交渉である「検見」の為に、自分たちの所領に赴き、
農民の接待を受けた話が、鸚鵡籠中記にあります
>>435農民側がそうしたカードを使った例が1771年唐津市での虹の松原一揆
武装し幕府天領とされた海岸に立てこもることで、藩主側がうかつな手段に出られないようにした
ちらっと検索して見たけど、万を超える人数の一揆とは…
ごく少数なら余所に知られないうちに力技で一気に排除出来たのかもしれんけど、
人数が人数だし、陣取った時点で詰みのようなものか。
それに、仮に力ずくで排除してもよいとしても、どれだけ人的、物的コストがいるのやら。
>>437排除したあとも問題だぞ。そこを耕す人間が全部死んでるんだし
(こっそり だから全滅させなきゃいけない)
力ずくで殺っていくと最悪、お家お取り潰しもありえる
もし、まかり間違ってその天領で農民狩りの真っ最中なんてのを
幕府の役人か何かが目の当たりにしてしまったら、
(その近辺に詰めてたりするのならだが、よく知らんのよね…)
その人もかなり対処に困りそうな~というか、頭抱えそうだな。
そういや悪名高き生類憐みの令も、都市部では衛生維持、幕府の監視が届きにくい地方では
無益な殺生を無くす為にって建前で村落の銃刀の状況把握・処分することが目的の一つだったのではないか。
って説を聞いた事あるなぁ。
こんなこと調べたのも、幻想郷の人里に棲む人々はどんな姿なのか、
自分なりの妄想をする材料を得たい・・・だったのに
結果、たとえ妖術や法力を備えた妖怪退治屋の家系ではなくても、
かって武家と渡り合った、百姓衆の流れを受け継ぐ自治組織のひとりとして、
紫はじめ大妖怪が相手の時でさえ、堂々と交渉できるしたたかな人々の集団
そんなイメージばかり沸いて来ましたw
明治10年代の僻地の自治や生活実態の記録って以外に少ないんですよね
明治17年からは全国共通形式の統計書(人口、治安、衛生、土地利用、農業ほか物産など)が定められたそうですが
ネットからではすべての完全検索は難しいような・・・抜けもあるし
>>442ああ、だから明治17年の上海アリスってわけか…
>>441というか、お触書の文面を読むと至極まっとうなことしか書いてないんだよな
こんな感じで
・重病の家畜を生きたまま捨てるな
・家畜が人を襲って怪我をさせたら今まで通り届け出ろ。ただし共食いや自傷は届け出る必要はない
・拾った家畜の飼い主がわかったら元の飼い主へ返すように
・家畜が死んだら届け出ることになっていたが、これからは届け出なくていい
・生き物に対しては慈悲の心を持って憐れむことが大切である
まあこの一文が拡大解釈されたり
・野良犬に餌を与えると懐かれてしまうので与えないというのは不届きなことであり今後そのようなことがないよう心得るべきだ
手柄を立てたい役人がスタンドプレーに走ったりしたせいなんだろうけど
そもそもこのお触れが出されたのって綱吉の意向というより母親の命令なんだよな
まず綱吉は子に恵まれなかった
そこで母親が自分の恩人の弟子ということで心酔している僧に聞いたところ
「前世の殺生の報いだ、これからは生き物を大切にしなさい。将軍は戌年生まれだから特に犬を大事にするといい」
なんて言われたものだからマザコンの息子に命令して布告させたという
>>442当時の山村の風景は桑畑と茶畑だと思う。そこらの家の2階で蚕が飼われてるような。
あとはニシン御殿や炭鉱の発展なんかもあるが、幻想郷には直接関係ないな。
ただそこらへんは幻想郷を捨てた人間の受け皿にはなったかもしれない。
綿花から綿製品の加工、養蚕から絹製品加工を村内で全て行うような、
ほぼ完全に失われた日本の原風景は確実に幻想郷で行われてるだろうな。
>>441と似てるようで違うんだけど
「生類憐みの令は殺伐とした戦国時代の気風を断ち切る上で功あった」
みたいな評価ってのは、どこまでホントなんだろ?
>>449あの時代は戦国の気風が残ってて生身で試し切りしたいけど人は切れないから野良犬で試し切りする武士が続出したから
生類憐みの令でやめさせたってどっかで聞いたな
>>440軽くググったが、同じ天領である日田から代官が出張して来てる。
博麗の巫女が先代あるいは先々代、もっともっと前の代の時、稗田の家から出た可能性は無いのかな?血脈による選出じゃないっぽいし
稗田の姓を遥か遡れば猿女に行き着きさらにアメノウズメまで遡れる、神代─カムヤマトイワレビコ─元明天皇までずっと巫女の役目(位置)だったわけだし
>>442やはりそうなんだろうなぁ
原風景ってほんとうになくなりつつあるね
実は幼い頃、親戚の家で辛うじて最後の養蚕の現場に触れたことがあるんだ
おカイコ様たちが桑を食べる時に生じる、サワサワという響きに満ちた蚕室や、
繭を作らせるための棚などもなんとか覚えている
桑畑は今、キウィ畑や土建屋さんの駐車場兼機材置き場
ほんものの囲炉裏も別の親戚の家で見たような気がするし、
古老がいうには、ウグイなどの川魚を塩焼きや白焼きにして干したものを、
囲炉裏の上方に連ねて吊るすなどして、薫製のように加工し冬場の食糧にしたとか
幻想郷に冷蔵庫がなければ、例えばこうやって魚を保存したのだろうと思う
ぜんぶ喪われ、自分にそれらを教えてくれた人々もすべて世を去った
その葬儀でさえ、村落や家系ごとにあったという固有の作法が失われ、
自分もそれをあまり知らない
間違えた、
>>448さんだ
自分にレスしてどーするw
>>451なるほど、その代官が気づく前に部隊を差し向けて農民を排除、
多分、後のない農民の一揆だし徹底抗戦→死体の山となるから
その掃除まで全部済ませ……どう考えても無理ゲーですな。
(それに引きかえ、幻想郷じゃ年貢そのものが無いんだろうなあ、多分…)
取り立てる支配階級がいなそうだしなぁ
せいぜい人々をまとめる長老とかがいる程度の無政府状態
里の防衛とかはどうしてるのか
幻想郷の人里じゃ農地所有の形態がどうなってるのか、とか気になるところ
支配・搾取階級がいなさそうだってことは、基本、農民はみな自作農なんだろか
>>455虹の松原一揆おおまかな流れ
1762年、新しく水野忠任が藩主に赴任
↓
毎年一万両の財政赤字
↓
増税による赤字解消を考える(※1)
↓
増税開始
↓
1767年、忠任が巡見中に金助・吾助が直訴する事件が発生。両名は死罪だが、増税は続行。
↓
大庄屋の富田才治が増税撤回の為の一揆を計画する。
↓
1771年7月20日、虹の松原一揆発生(※2)
↓
佐賀・小城藩が藩境に出兵。日田からも代官が来る。
↓
これ以上続けさせたら危険と判断した唐津藩が藩内の大庄屋と天領の大庄屋に仲介を依頼。
↓
同24日、農民側を要求を飲む事を条件に解散。
↓
解散後、唐津藩が態度を一変。要求を撥ね付ける。
↓
再び農民達に結集しそうな兆候が現れ始める。
↓
富田才治、最終通告
↓
8月9日、唐津藩が増税の撤廃を承認。農民大勝利!
↓
面目丸潰れの唐津藩が首謀者探しを始める。
↓
余りにも酷い探索に富田才治ら他三名が自首。
↓
1772年3月14日、富田才治らが処刑される。
(※1)島原の乱の件により唐津藩では増税は基本的に禁止
(※2)一揆発生の8日前に全農村に密書が出回ってた。
因みにこの後の水野家にはあの忠邦が登場する。
つか、厳密には地元じゃないのに何で俺は調べてんの……。
>>458ふと思ったが、首謀者達を処刑した後で増税案再びとかやらんものなんだろうか?
前例を作った時点でアウトだと思う。
農民「藩主が無茶言い出したら皆で松原に立て籠る」になるかと。
それでなくても忠邦がとっとと唐津から出て行くし。
そうか
虹の松原にたどり着けないように常時要所に兵を置く…ってのは、コスト的に増税の意味が薄れてダメっぽいしなあ。
まあ、よく考えたら納めきれない税を無理に納めさせたとしも、結局みんな死んで終わる不毛な話か…
1771年は明和8年
明和のころ、米に頼った幕府財政も諸藩の財政もとうとう行き詰まり、
かつ全国的に天変地異や凶作が相次いだとされる
たぶん、これも背景にあったのだろう
虹の松原一揆の翌年である明和9年、幕府は縁起かつぎで年号を安永と改めた
有名な老中・田沼意次の時代の始まりでもある
農村の疲弊と凶作、インフレにより都市部では物価高騰し、次の狂歌が詠まれた
「年号は 安く永しと 代われども 諸色高値 いまに明和九(迷惑)」
どうしようもないやな時代でも上手いこと言う心の余裕はあるってなんか良いなw
困窮した農民が取る手段としては一揆のほかに逃散というのもあったがな
大抵は逃げ延びる先は江戸などの都市部で日雇い労働者にでもなるのだが
逃散で村が丸ごと消滅とかはあったのだろうか
そうした村の住人が幻想郷に流れ込んでそう
>>455幻想郷の妖怪に対する人間の年貢は妖怪に畏怖すること、じゃないかな
わざわざ里が文明と切り離されてるのもそのあたりの事情だろうし
>>457幻想郷のように土地が限られる場合、自作農だけとも思われないが、
よくある単純な「貧しい小作人」のイメージばかりでもないかも
信州の某山村には「かど」という言葉があり、「門」または「家奴」が語源らしい
一種の小作だが、実態は出稼ぎする耕作請負のプロ
庄屋や大農の田畑を耕し、米などの分け前や給金を貰う、現代のリーマンみたいなもの
農繁期は賄いつきの住み込み形態で、雇われた農家の長屋門の部屋や別棟で暮らしたそうだ
田畑には地味の良しあしがつきものだし、そうした土地は庄屋などが持っている
あと、神社のための田んぼも大抵、上等な土地があてられる・・・でも、博麗神社は?
条件の良くない田畑に無理にしがみつくより、こちらが合理的な場合もありうる
岡山にも似たような出稼ぎ形態があり、広大な岡山平野の水田耕作とイグサの栽培の為、
やはり住み込みで、はるばる四国の山中からやってくる者もいたとか
もちろん賄い付きで、雇うがわの食事も同じようなもの
山奥のメシよりずっと良かったと(平野は米7麦3のメシ、四国山中だとひどいとその逆)
農繁期にうっかり人里を訪れたばかりに、農作業に従事する妖怪(頼み込まれたり、弾幕ごっこ等の末)がいたりしてなw
縦横無尽に鎌を振り回すどこかの門番や渡し守、刈り取った稲をせっせと運ぶ人形の群れ、殻竿代わりに振り下ろされる悔悟の棒、
姦しい田楽に朗らかな労働歌等々……。
収穫は一種のハレの日みたいなもんだから、賑々しくやってそーな気がしないでもない。
>>467 いいなぁ、和むなぁ
小町は本業サボるくせにこういうときだけは嬉々として働いてそうw
実際、農村的感覚からすれば、田植えや稲刈りなんかの農繁期のハレに手を拱いてるヤツなんて
それはもう人でなし以下なわけで
多少なりとも心ある妖怪なら、求められたら労働力を提供するくらいの作法はわきまえてていい気がするし
ただ幻想郷の妖怪連中は、労働の見返りにとんでもない要求してきそうで怖いよねw
萃香に「報酬として一年分のお酒くりゃれ」とかいわれたら、飢饉だ飢饉ww
>>467むしろ農作業が決闘法になってたりして
農民「この酒をかけて刈り入れで勝負だ」
妖怪「のぞむところだ」
ある意味幻想郷らしいとも言えるけどなw
ほら、弾幕「ごっこ」なんて作ってしまうくらいだし
平和裡に物事を解決するのも知恵だと思うのぜ
>>473そして最終的に人妖神混じって宴会(収穫祭)か
皆で大きな朱鷺鍋つついて、お互いにねぎらいあって
なんだか素敵
そういえば香霖堂で霊夢がお酒を自作しているような話があったけど
博麗神社にも神田はあったりするんだろうかね
霊夢が農作業をしているのは想像が難しいけど
>>477いいな、それ・・・収穫の間、何もせずに
縁側でお茶飲んでただけの巫女までちゃっかりとw
>>478社寺に神田や社田、寺領田などはつきものだし、
畑や茶畑・桑畑、さらに果樹園も持っていることがある
博麗神社に誰が祀られて(あるいはとり憑いてw)いようが、
神饌やお神酒はお供えしないといけない
霊夢が農作業に向いていないのはほとんど確実だしw
人里の衆が妖怪退治のお礼を兼ねて耕し収穫して、
さらには運んでくれるんじゃないのか?
博麗神社って妖怪にのっとられたと思われてるくらいだし畑を耕しに来てくれる人間はいないだろうな
妖怪か魔理沙あたりこき使ってるかも
お神酒は誰かが置いてくれる(何時の間にか勝手に置いてある)んじゃなかったっけ?
まぁ、里で買い物する程度には生活に困ってないようだし
紫などからの差し入れもあるっぽいから(宴会する場合は持ち寄りみたいだし)
材料入手は其処まで困らないのではないかと思う。
むしろ、宴会の場を提供してやることによる
持ち寄りで食いつないでいる疑惑がw
3日に1回宴会開けば
命はつなげる
そういえば山童やら河童やら
あと東北にも農作業や籠編みを手伝ってくれる妖怪っていたっけなあ
「山童の欠点は、ときどき編み目を飛ばしてしまうことなのだ」
「それじゃ駄目じゃないですか」
3日に1度、宴会で料理と大量のお酒
異変がなければ、ほぼ終日、縁側でお茶とお菓子
里や香霖堂に行くときも、飛べるから歩かなくてもすむし、
運動は境内や社殿と居室の掃除と炊事ぐらい
・・・うーん、太るなこりゃ
外界人なら若年でも生活習慣病まっしぐらなコースだw
「異変ダイエット」とか霊夢にマジおすすめ
>483
天狗の下っ端も人間のお金手に入れるために働きに山から下りてくるって話もあったな
麓のコンビニで店員のバイトしてる椛を想像しちゃった
「ウチの大きなカヤの樹にたくさん実がなったぞ、欲しけりゃとりに来てみろ」
天狗をなめた不注意なこの一言で、食用になり灯油もとれる貴重なカヤの実を、
一晩にしてぜーんぶ持ってかれた坊さまがいたというw
霊夢は農民ていうより狩人なんだと思う
空飛べて飛び道具の弾幕も扱えるから、うさぎや雉を狩るのも簡単そうだ
たまに鹿まで狩って萃香に解体手伝ってもらうけど
そのまま宴会になだれこんで霊夢なみだ目ってな感じ
霊夢「♪はーちじちょーどのー あーずさ2ごうでー」
萃香「なに、その歌?」
霊夢「ウチの神主が帰省するときにいつも口ずさんでるのよ」
霊夢「バスを~降りればぁ、からまーつばーやーしー♪」
魔理沙「なんだソレ?」
霊夢「秋姉妹の悲壮感に出会う人は目を伏せて歩くんだって」
そういえば、幻想郷での音楽ってどうなってるんだろう
昭和期以前の唱歌とかが未だに残ってるのかな?
レコードは残ってるみたいだし伝説の名盤がゴロゴロしてるかも?
催馬楽とか『梁塵秘抄』とかがミスティアのレパートリーだったりして
しかもロック調で
ムラサが「♪四~面海もて囲まれし~」とか高歌放吟してたら俺得
何となく大量のソノシートってやつが転がってる魔理沙邸が思い浮かんだが、どんな曲かまではわからない…
寧ろ、子供がフリスビーしたりカラス避けに吊るされるイメージが湧くな。
>>499節子、それはCDかLDや。
レコードではカラス避けにならず、ソノシートではふにゃふにゃして飛ばんとです。
気になって寝れないので、ちょこっと調べてみました。
博麗大結界が張られる少し前の明治14年、初の官製小学校唱歌集「小學唱歌集」が出版されました。
ttp://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=53012229&VOL_NUM=00001&KOMA=2&ITYPE=0
この本の一番の特徴は音名の呼び方で、現在はドレミかCDE、ツェーデーエーと呼ぶところを、
唱歌集の中では123(多分ヒフミ)と呼んでいます(オクターブ上の場合、数字上に点を打つ)。
理論は西洋式音楽理論に倣っており、C△やF△のような和音(のもと)も最初の方で説かれています。
収録曲自体は基礎からコツコツとやっていて、ドとレしかない曲から順に、
ミが出て、ファが出て、三拍子が出て、四拍子が出て、八分音符が出てと基礎をきっちりやってます。
(収録曲の中には君が代も含まれるのですが、現在伝わるものとは旋律が異なり、
明治9年文部省作曲版が掲載されています(22頁)。現在伝わるものは明治13年林廣守作曲のものです。
midi→ ttp://bunbun.boo.jp/okera/w_shouka/moku01.htm)
必要以上に懇切丁寧に音楽を教えているわけですが、もしかしたら当時は文明開化まっただ中。
西洋音楽が流入したばかりで歌唱法などがまるっきり異なるため、
かなり砕いて教える必要があったのかも知れませんね。
明治初年度あたりで流行していたものと言えば、童歌・民謡・俗曲(小唄・端歌・都々逸など)あたりですし。
幽々子「この酒を 止めちゃ嫌だよ酔わせておくれ まさか素面じゃ言いにくい♪」
ゆゆさまの都々逸、アリだと思います!
人里のカッフェーでレコードかけて、天狗の女中さんのお酌でビールを・・・
昨夜、テレビ東京で、ジョン万次郎はじめ幕末から明治にかけての人物たちを紹介していた
その中に立石斧次郎(本名:米田桂次郎 人気者となった米国でもらった渾名はトミー)
なる通訳のエピソードが紹介されたが、実は彼は日本でビールを飲んだ先駆けたちのひとり
彼が兄・重太郎と瓶ビールを酌み交わす約140年前の写真(慶応3年1867撮影)があり、
これが日本最古のビール(当時はベール)での酒盛りの写真とされる
チョンマゲ姿のサムライがビールを飲んでいる唯一の写真らしい(キリンビールによる)
140年後、ピッチャー2つをひとりでグビグビやる神主の画像データが残るのだろうか・・・
天狗喫茶か・・・・・・
「うぬよ、よくぞ参ったな」
みたいな?
恰好:山伏の姿に天狗の面。鴉、犬版のバージョン違いあり。
入店時 :この人外魔境の界、天狗喫茶『マウンテン』によくぞ参った。 歓迎するぞ!
(天狗面の長っ鼻をブンブンさせながら)
煙草は吸うか? 何? 吸わん? ならば、こちらだ、ついて参れ
着席後 :頼みがあるならいつでも呼べ!
何、心配御無用、風のように主の元へ馳せ参じて御覧に見せよう!
では、しばしの別れだ!フハハハハハハ…
(高笑いをしながら厨房へ去ってゆく。時折店内のBGMで天狗笑いが流れる)
天狗喫茶想像したらこんなんだった。
ここまで来たら妖怪喫茶でもいい気がしてきたのは秘密だ。
天狗サイズのお酒出されるから鬼くらいじゃないと飲みきれない
天狗喫茶の店員さんたちがどう考えてもおじさんじゃあないか・・・
>>500リンク先の唱歌集、すごく面白かった。ご紹介に感謝
意外だったのが、まず収録曲が決してヨナ抜きばっかりじゃなかったこと
明治の頃のハイカラソングって、大抵ヨナ抜き節だって思い込みがあったんで
それと17ページ目にある「♪ちょうちょ~ ちょうちょ~」の歌。これ、こんなに古い歌だったんだね
スコットランド民謡由来の18ページ目「美しき」と20ページ目「蛍の光」も
この時期からすでに唱歌として歌われてたとは思わなかった
なんとなくこれまで、ミスティアの歌ってる「前衛的な歌」ってのは
「宮さん宮さん」的なヤツか、あるいはヨナ抜きのピョンコ節的なヤツなんじゃないかと思ってたけど
これみると、もうちょっと幅広く西洋音階のメロディを歌いこなせててもいい気がしてきた
騒霊の名曲喫茶
鬼の居酒屋
吸血鬼のカフェ
河童の寿司屋(きゅうりと川魚専門)
…なんだ学園祭の模擬店か
鬼は酒好き、勇儀も酒好き……でも地底ってお米育つのか?
雪は降るみたいだけど日の光はなさそうだし地上からお米だったり酒そのものだったりを流して貰ってる?
やっぱり例によって酒虫が頑張ってたりするんだろうか
でもパルスィの口咬み酒ならちょっと呑んでみたいかも
口噛み酒だと大量生産できなさそうだから鬼にはちょっちゅ足りないんじゃないか
霊夢と早苗は仕事用に口噛み酒作ったりしてるかもしれんが
>>519いや、唾液だけあっても
糖やでんぷんが無ければ酒は作れないだろ・・・
地底で育つって言うと菌や苔くらいしか思いつかないな
しかし地元の酒屋にえのき焼酎ってのが有ったからキノコから酒を造ろうと思えば作れるのか
どこかの白黒魔法使いのように新種のキノコが出来るオチしか見えてこないョそれ
地下にも最近、人工(妖怪)太陽が出来たことだし作ろうと思えば色々出来るんじゃないかな
>>524>>523も言ってるけど、炭水化物さえあれば何からでも作れる
茸みたいに炭水化物が少ないとそれだけ大量に必要だが
普通に根菜類から作ればいいんじゃないの?
芋とか芋とか芋とか。
物凄く地下に向かって伸びてる芋じゃないとダメな気もするが。
キノコは糖質も脂質も少ないからなぁ
まぁ、繊維質とかを糖に変換できる菌とか居れば・・・
っていうか、酒虫いるじゃん って言っちゃだめなん?
キノコの繊維を分解し、糖質やでんぷんに変える菌や酵母でもあるのだろうか
キノコもしょせん、多糖類なんかから出来ている訳だし
>>524えっ、焼酎にえのき漬けたとかそんなのじゃなくて?
>>524>えのき焼酎
これか。
tp://www.okubomeisyuten.com/12_265.html
米とかも使っている模様。
何だ米使ってるのか・・・
そういや酒虫の原点て芥川かと思いきや中国の昔話なんだね。
ついさっきまで芥川の創作だと頭から信じてたわ。
中国には酒虫も居れば、怪哉(かいさい)なんて妖怪もいる
人体に寄生し、様々な差し障りをもたらす小さな一角竜
無辜の罪で死んだ人間の怨霊が化身したもの
弱点は酒、酒を浴びると溶けて消えて成仏してしまう
取り憑かれた患者に賢者いわく「憂いは酒が取り除いてくれます」
いい言葉だ・・・どなたかがきっと神主スレに転載するだろう
>>531,532
昔の中国人の創作力は異常。
つか、日本で言えば元禄の頃みたいな物で市民生活が豊かだった
からこそそういうことをする余裕があった時代だったんだろうなぁ。
繰り返され文化破壊でどれほどの創作物が失われてきたのやら。
失われたも現代にこれだけ残ってる所が怖いところだ
やっぱ圧倒的物量は時代や分野を越えた強さだなぁ
いや、現代に大量に残っているのは日本のせいだから
他国はお宝を買いあさるのに日本の遣唐使は本ばかり買い集めていると
唐の連中に言われていたぐらいだし
浮世絵でも同じ事が言えるな
お偉い評論家からは下世話なプロマイド、卑俗な大衆文化
西欧で評価されて、再評価ってのはなんだかなぁとw
かってはただのチラシ、観光名所案内、役者や力士の宣伝扱いで、
あげくに輸出陶器の保護用梱包材
同時代、身近にあるものの価値って、意外と分からなかったりする
それを知らしめるのが民俗学かもしれない
力士の錦絵なんて、現代アニメの口パクと同じく背景や身体や顔の輪郭は、
まったく共通の版木を用いて印刷した
髷や表情、髭、化粧回しだけが個別の版木、これで庶民に届く値段にした
江戸東京博物館にいけば確認できるよ、そして笑えるw
中国では散逸しているけど日本に写本が残っている娯楽本なんてそれこそ腐るほどあるからな
中韓はしょっちゅう貴重な資料散逸してるけど日本が保存してるって例が多い気がする
だって昔から小説やら妄想やら擬人化やら大好きなんだもの
肉人ってのはいったい何だったんだろうか
菌類っぽくはあるんだけどな
けーね先生に聞いてみるのがよさそうだな
記述した張本人だし>白沢図の肉人
水木先生紹介の「ぬっぺらぼう」に相当するのかもしれない
>>539あそこらへんは支配者変わるたびに本を焼くからな。
中国の芸術品のほとんども持ち出されてたりするからなぁ
一時代のものは台湾に大量に有ったりするけど
まぁ政権が変わるたびに前政権の権力者を根絶やしにするのは確かに間違っちゃいない
日本でも蘇我氏やら平家やら北条家やらがそういう「遺恨有り」で滅ぼされるのが常だから
御霊信仰や祟りの力が強すぎてどうしてもころころと
比較的短期間で盛者必衰を繰り返さざるを得ないから一々前政権の書物やら権力者やらを根絶やしにしてられなかったんだろうなぁ
だから正しい為政者の為に白沢という存在が産まれたりするんだけど
白沢自身に強制力が有るわけでも無いから常に神獣は傍観者の立ち位置を崩せないんだよねぇ
慧音はもっと白沢方面から掘り下げても面白い立ち位置のキャラなんだけど
余りそういう考察を見ないねぇ
>>537つまり今、手元にある同人誌が…
江戸時代の蛸×女の版画を見たことあるけど、あれって俺らの触手本とかフタナリ本が過去の作品として紹介されるっていう公開処刑と同じじゃ
どんなもんでも100-200年経っても形を残してたら価値はありそうだけど、
過去にあった文化が脈々と形を変えて今や将来に受け継がれると思うと感慨深いな
>>546801同人誌だって未来で「日本の女流漫画作家たちの手で描かれ世界的に
知られていった云々」とか紹介されるかもしれぬ。
ボーカロイドとか東方の二次創作なんかも未来でどう語られるやら。
大量消費文化の産物って果たして文化遺産になり得るんだろうか
「21世紀には歴史がない」っていういい方と一緒で
今の世界には、後世権威としての地位を占めるようなすば抜けて価値あるモノは、もはや成立しない気がする
事物は現役でなくなった時点で即幻想入りしちゃう社会、それが現代の特性だと思う
東方projectっていう「現象」もさ、いつかはそれ自体がひっそりと幻想入りしていくんじゃないかなぁ……
なんか書いてて切なくなってきた……
でもまあ、現代でも工場萌えとか、産業遺産とかあるわけだし
消費蕩尽は近代や現代の専売特許って訳じゃないし
ただの茶碗が「大名物」に仕立て上げられたりするのが、
人間社会の面白いところじゃないかな
ちょっと物騒だけど、戦艦大和なんてアレは典型的予算の無駄遣いの典型
(それどころか、アメリカや大蔵省ごまかす為に架空の駆逐艦1隻計上して予算獲得・・・詐欺だ)
ところが後世、ものすごいソフト資産に化けた(大和やヤマト関連でどれだけ稼いだかw)
戦艦大和の最期」の著者・吉田満が、当時の大和艦内の会話として、
「世界三大無用の長物 万里の長城、ピラミッド、そして大和」
と自虐していたことを紹介してたが、それら全部が、ソフト資産に化けてたりするw
万里の長城やピラミッドで、どれだけの人がご飯を食べていられるかと思うとな
まぁ昔の物は
当時どんなに便利な日用品だったろうが、
無くても支障は無かったけどあれば生活を豊かにした娯楽品だったろうが、
ただのゴミくずで何の役に立たない物だったろうが、
今となっちゃそれ自体はどれも実用性のないただのガラクタだよなぁ
役に立つか立たないかなんてその時代だけの一時的なもんだ
ベンヤミンの真似をして言うと
大量生産品としての複製技術時代の芸術にはかつての時代の
差し換えがきかないワンメイク品のような意味でのアウラはないわけだが
大量の人間がそれを消費・体験することで時代現象の威光とでもいうような
別の意味でのアウラが獲得されることもあるといえる
「量が質に転化する」って言い方もあるからね
東方のムーブメントなんてまさにそう
ただまあ「偉大な物」ってのはそれが成立する物語や時代環境とセットだ
例えばただ単に巨大というだけの建築物には感動はないよ
戦艦大和でも黒部第四ダムでもそれが築かれた時代の荒波とか
それを築いた人々の「プロジェクトX」的神話が感動を呼んでいるわけで
大量生産品でも後世に残る作品や商品はある、というのは日本の江戸期が証明してるな。
ただ、残されるのは当時の人間の意図しないもので、
当時の常識や流行とは無関係っていう例が多いけども。
当時流行していたはずで、原本もある程度残ってるはずの草双紙なんかは、
現代にほとんど内容が知られてないし。
大量生産であろうが少量巨大生産であろうが、人が作り出したモノがある限り文化は残る
そこで何が残るかは、百年後、二百年後の俺らの子孫が決めることであって俺らではない
数が多ければ残る確率は多少高くなるだろうけど。
まぁ未来の人がこの時代をどう評価するかは俺たちが気に病んでも
仕方ない事だわな。
火焔土器とか作った人は現代人の評価なんて気にしてなかっただろうし。
こんなスレがあったとは!wikiとあわせて、
すごく興味深く読ませていただきました。
話をぶった切ってすいませんが、
前に出ていたパチュリー・ノーレッジのモデルについて。
ユダヤ的なものが感じられる、
ドゥルーズではないかという意見がありましたが、
個人的にはイギリスの児童文学作家の
エリナー・ファージョンがしっくりとくる気がしています。
以下、思い当たる点をあげます。
・この人もユダヤの家系
・生家に図書室があり、小さいころから父の蔵書にのめりこむ
・図書室が埃だらけでのどを悪くする
子供時代は兄と催眠術のような遊び(フィクションの人物になりきる?)に
浸っていたということで、幻想の世界に育った人といって
過言ではないようです。この人の半生を山岸凉子が漫画化しています。
作家としては、『ムギと王さま』『リンゴ畑のマーティン・ピピン』が有名。
参考URL:
ttp://digital.library.upenn.edu/women/farjeon/lippincott/cover.gif
ttp://fukuoka.cool.ne.jp/decopon/farjeon.html
ttp://www.f8.dion.ne.jp/~eau/EleanorFarjeon.html
なんという少女趣味の世界。
特に紅魔郷に通じるものがあると思いますが、どうでしょうか?
おお、まるで女ヘンリー・ダーガー? と言ったら悪いか
しかし幻想作家の類は実際に引きこもり系が多いよな
ラヴクラフトとかもある意味そう
前にパチュリーはドゥルーズとか書いたの俺だよw
単に中央公論社の『哲学の歴史』のドゥルーズの項に
「動かない図書館」ならぬ「動かないノマド」とか
ぜんそくでパリから出たことないとか書いてあったからという…
>>558レスありがとう。
ダーガーは極端すぎるw
ファージョンはあくまで児童「向け」文学です。
ラヴクラフトも、乏しい金をやりくりして意外と旅行していたり。
でも彼は(コリン・ウィルソン…アウトサイダー…賢者の石…じゃないけど)
全然健康的な感じはしない、というか病的そのものだ。
幼少期に本に埋もれた生活をしていると引きこもり親和性を
もつようになるのか。遺伝と環境と。
あと図書館といえばボルヘス(カバラの要素含む)ですが、
これはどうでしょうね?
>>555さすがライダー(←ちがう)、未来が決めるのが筋だよな
チョンマゲのビール宴会写真、結局はキリンのHPにあった
ttp://www.kirinholdings.co.jp/company/history/soseiki/index.html
左が兄の重次郎(のちに戊辰戦役で戦死)、右がトミーこと斧次郎
解像度不足で未確定らしいけど、どうやらビールはアメリカ産らしい
×重次郎→○重太郎
彼は、現代のハンカチ王子やヨンさまブームみたいな現象を、
アメリカの社交界に巻き起こしたようだ
なお、写真右下にある兜は、当時の幕府軍の親衛隊が冠っていた
ヘルメットであるらしい
う~ん、西洋文化はさっぱりわからん。ついていけなくてすまん
俺の場合は、不比等父子が好きでぐぐってるうちに「藤原妹紅?なんぞ?」
となって、東方にはまった奴だからなあ
あとGS美神のタマモが好きで九尾をぐぐってるうちに「八雲藍?なんぞ?」
っていうのもあった
このスレなら民族とか神話とかが好きで、そっちから東方に入った俺みたいな奴いるんじゃね?
>>562九尾の狐から藍、かぐや姫から輝夜に辿り着く奴はかなりいそう。
個人的には、
小学生時分にクラスに置いてあった水木しげるの妖怪図鑑的な奴にハマる→高学年以降は日本史が得意に→教科書程度では満足出来なくなる→地元の歴史や民話に手を出す→知識は蓄えたまま卒業する→数年後、東方にハマる→妖怪熱が再燃→今は地元の遺跡とか回る。
な感じだなぁ。後は妖怪モノを書く時に色々と探し回ってる気も。
ただ、妖怪熱が再燃しなかったら小学校の近くにあった石が河童にまつわる石だった事や面白い行事には一生気付かなかっただろうな。
京極→水木→妖怪→(何故か)東方
本当に水木さんは妖怪(褒め言葉)だよなぁ
小泉八雲とか好きだったけどそっちの文脈とは無関係に音MADで
東方知ったからなぁw
神主はもともと音楽を聞いてもらいたくて、
簡単なゲームをつけたそうだから、
音から入るというのは正統なのかもしれない
・・・・・・・・・東方のどこが簡単なんだよw
かぐや姫の罪を調べて輝夜の事ばかり出てくるので困った事があったなあ
いや、俺が欲しいのは不老不死の方じゃなくて! てな感じで
チラ裏
調べたらいくらか説あって一番有力なのは許されぬ恋だったのに当時は驚いたとともに納得したなあ
ああだから…みたいな
しかしこの物語、浦島太郎の次に英語で説明しにくい話だったわー
チラ裏
どれだけ狭い範囲でモノを調べてるのさw
竹取物語に関する資料なんて山のようにあるはずだろ?特にかぐや姫が地上に落ちた理由は前々から論じられてきた内容じゃないか
日本の文学史の中でもコレほど研究されている物語は珍しいと言うのに
竹取物語も広い意味では零落した巫女や神の御霊に対する鎮魂譚が主目的になるんだったか
執筆した紀氏(貫之説も有り)の個人的な感情入りまくりだけどw
>>569紀氏w
土佐日記におけるなりきり振りを考えると、貫之執筆説も有り得なくもないな。
※ただし半分は権勢を誇っていた藤原氏に対するしっとマスク
でも風土記的な側面もあるんよね竹取物語って
単なる個人の創作でなかったことは確かなんだけれどね
竹取物語って南方のアジア圏でも似た話があるとかないとか
異界を逐われ、なんやかんやで再び異界へ戻るってテーマは、
割と広範囲に散在しているな(親指姫とか)。
山や森の中で異人に出会う物語なら世界中に存在するからな
駿河国に伝わる民話ではかぐや姫は富士山の精霊とされているね
竹取物語には天皇の権威すら相対化する視点が入ったりして
作者の知識と思想が随所にちりばめられているので
どんな切り口からも分析できる作品になっている
だからこれほど多様な研究がなされるのだろうね
この時代、天皇の権威=藤原氏の後ろ盾だったから、
紀氏、大伴氏、忌部氏や阿倍氏などの他の古代氏族には面白くなかったろうな
まったくもって、不比等ってのはスゴい人物だったと思う
彼が今日に至るまでの日本の基本構造を創ったとさえ思えるほどだ
世に四姓あるいは五姓(源平藤橘伴)とは言うけど、実質藤氏の一人勝ちだもんな
まだ名の知られる四姓の残りや紀氏、阿倍氏なんかはいいけど、
歴史に埋もれた氏族なんて山ほどいるだろうに
>568
まあそう言わんでくれよ
アラビア語どころか英語でさえ覚えつない人間がアラビア語のかぐや姫ってどうやって調べりゃいいんだよorz
っていうぐらい狭い環境下だったんだ。
しかもJ国ってトルコやエジプトと違って本屋が絶滅危惧種なんだよ…
と耳真っ赤にして言い訳
さて俺は一体どれだけ間違った日本語昔話をしたのか知りたいような知りたくないような…
大筋は間違ってないはずだが細かい質問個所が心配だ…
(質問例:浦島太郎はSFなのか? 餅って何?それってそんなにいいもんなの? など)
>>578図書館に行きなさい
巻末の参考文献を追いなさい
>>578専門書が欲しいなら図書館の方が捗るぞ
図書館同士のネットワークで、例えば横浜の図書館になくてもそこで予約すれば
大抵どっかからその本がやってくる(神奈川だけだったらスマン)
まぁ知ってるとは思うが一応
そんなことより、どういう経緯で英語?アラビア語?で古典を紹介することになったのか、に興味ある
ちなみに浦島には科学的考証だとかはないからSFではない。(俺は仏教の影響のある怪異小説くらいに思ってる)
餅は”そんなに”いいものだよ。 多分
誰でも見られるその手の文献データベースとかあるの?あったら教えて!
>>581国会図書館のHPとか開いてみるけど、普通にその辺の図書館行くなり、
2ch行って、質問したほうが確実だし、多分早いぞ
まぁ自分でもググってみるなりしてくれ
なんせ俺門外漢だしwwwアッラーアクバル!
>>581古いのだとこれかな
ttp://kindai.ndl.go.jp/
国立国会図書館が所蔵する明治・大正・昭和前期刊行図書のデジタル画像を収録するサイトです。
ttp://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-448.html
つくづくこのスレ住人は優しいのか鬼畜なのか解らなくなるね
まぁ誰もが荒魂・和魂を持っているということなんだろう
…つまり我々も神々の一柱だったんだよ!!!(AA略
東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料部ttp://www.tbias.jp/tbais.html
うお、途中で送っちまった。
>580
当時は日本じゃない国に住んでたのよ。
で、英会話の先生に日本の昔話教えてよ、他の生徒に話すから、とか言われてある程度調べて大体の大筋話したら
意外な所まで突っ込まれて調べる羽目に…
あとネットはたまに通じない事があったり…でもよ本当ネットでも聞いてみれば良かったんだよなー
なんでその考えが浮かばなかったんだろ? 不思議だ
折角、日本にいるんだしもう一度図書館で調べなおしてみようかな
それから数百年後
竹取物語中東ヴァージョンが語り継がれることになったのだった…
スサノオのヤマタノオロチ退治はギリシア神話のペルセウスの冒険譚と
話の構造がよく似てるとかよく言われるよな
アーサー王のエクスカリバーに似た伝承が中央アジアにあるという説もあるし
どっかから似た類型の話の原形が混入した可能性とかってのは
世界各地でありえることだから
呪的逃走なんて世界中にあるしね
櫛の歯を折ってタケノコに変える、髪飾りの蔦の葉をブドウに変える、桃を投げる、
あげく大岩を用いるとか
ちょっと自機を逃したけど貼っちゃうw
日本とアラブの交流史
ttp://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/issue/pdf/6/6-05.pdf
カイロ大学文学部日本語日本文学科
ttp://www.cairo-nichibun.org/topics/index.htm
ちょっとクスってなったから貼ってみるww疲れてんのかなww
>>587アブダビですら、本屋は少ないし取り揃えも酷いらしいな(日本のそれとは違う、という意味で)
日本文学自体は向こうである程度翻訳されてるみたいだな
三島の天人五衰だとかは発見したが…竹取はヒンズー語ならあった…
(東方のアラビア語訳パッチ作ってる奴とかってやっぱいるのかな(チラッ
>>589伝播してきたってこともあると思うが、気候や風土、社会のあり方(農耕型社会であるとか)、
そういった要素からの信仰への要請が似通っていたっていうのもあるんじゃ
「物語として」なら国外のさまざまな国に記紀の二冊だって翻訳されてるんだぜ?
ただ外国で神道が根付くことは絶対にありえないことだけど
とある神父が言ったそうだ
我々は日々懸命に宣教の活動をして一年間に十人程度の信者しか得られないのに神社は初詣で参拝者が何万人も来るなんてズルイってさ
神道は布教によって広がるモノとは一線違うんだな何せ教義が「無い」んだから
日本の神々が特別だなんて言うつもりは無いがやっぱり日本人にとって日本の神々は特別なんだと思うな
…仏教はやり口が上手かったよね吸収してさー
> 信仰への要請が似通っていた
レヴィ・ストロースなんかに言わせると
ヨーロッパの伝承と白人との接触以前からのアメリカ大陸先住民の伝承とか
まったくかけ離れた地域の間でも似通った構造の話はよくあるらしいな
あと日本では神道の多神教的世界観が日本人によく合ってたんだろう
日本では一神教のような明確な宗教はないが
験担ぎや奉納や建築物を建てる前のお祓いとかの信仰はなくならないし
土着の神々を悪魔に貶めるよりは、取り込んで下に置く方が簡単だしね
東方本編のパッチは、フランス語とロシア語のなら見た事あるけどアラブ語だとどうだろうなぁ……
お、なんだなんだ俺がいない内にアラビア語話者が来てたのか?
試しにアラビア語でカグヤってググったら案の定探査衛星の話ばっかりだったw
>>597どんな訳になってるかすごく気になるな
しかし国外の言語には明るくないなぁ…言語の質くらいなら分るが
日本語って微妙な事柄の表現に優れた言語だよね、はらはらふるふる身のうさを思ひしらでややみなましそむくならひのなき世なりせば
酷く個人的にだけど機能性を求めた英語で日本語を表現するのは十全でないんじゃないかなっと
貴方、あんた、君、お前、貴殿、ウヌ、御身、汝、貴公、そち、手前...etc...
この全てがたった”you”の一言で済む言語だから便利っちゃ便利なのだろうがなんだかなぁと言う気持ちも捨てきれんのぅ…
そういえば某動画サイトで知った情報だけど、
一人称の「わっち」ってなんですかと大学教授に聞いてた台湾人大学生がおったそうな
聞く方も聞く方だが、「それは廊言葉でね」と答えられた台湾人教授もすごいと思った
二人称で言えば英語はyouおよびthouの活用形の2種しかないんだよなぁ
日本語の他に、これほど多種多様な人称代名詞を持つ言語ってあるんだろうか?
一人称でその人の役柄が分かるってよく考えたら凄いな。
漢字もあるしつくづく情報を詰め込むのに向いた文法だとおもう。
幼児期から習慣的に使ってないと習得するのは大変だがな
日本生まれの日本育ちの生粋の日本人でもきちんと習得出来てない人は、多分俺を含め少なくないハズ…
ここでふと、一人称や二人称の多様性は、いわゆる漫画やゲームのキャラクターの記号化に根は近いんじゃないかという
怪しげな妄想が湧いてきたが、まだ頭がきちんと起きてないだけで多分違うな。
>>601日本語の「貴方」「君」は人称代名詞じゃないと思うんだ
英語でも名前、愛称、Mr.、"professor"みたいな役職名付けた呼び、みたいに相手の呼び方は多彩でしょ?
2回目からは常にyouなだけであって。
日本語の人称代名詞と言われる物は大抵こういう呼び方に指示代名詞がくっついた物だと思うんだが
日本語の人称代名詞って漢語からの借用語や他の意味からの代用が多いけど、基本は「わ」と「あ」に集約されるんだよね。
「わたくし」はもと一般名詞で、「おの」はもと再帰的用法。
ただここまで拡散していったのは、文構造的に主語を必要としないゆえに人称語もいい加減なことが大きい。
あとは「国語」教育が遅れたために表記が不統一だったこと。
たとえばドイツ語だと「イッヒ」や「イケ」など発音は多様だけど表記は全部「ich」。
日本語も「私」をいろいろ読んだりするけど、仮名表記になると途端にばらける。
だから実際以上に多く見えるという点はある。たとえば「わたし」「あたい」「わっち」などはただの転訛。
もちろん、それでも多いには変わりないんだけど。
ちなみに、一説には「わ」はアルタイ系、「あ」は南島系の人称語だそうな。
シスプリの英訳での brother 十二変化はある意味伝説
言葉ってナマモノだからねー
如何に使い分けるかっていうのは知識というより、その文化を身につけれるかというのが大きいよね
だから会得に時間が掛かるっていう
地域によって文化が違うから言葉が違うのはもちろん、同じ国でも世代や階級、友達グループでも話し方や言葉使いが違うし
ところで標準語の必要性はわかるけど、「正しい日本語」ってなんなのかと思う今日この頃
幻想郷では結界がなんとかしてくれてて、結界に不具合が出て言葉が通じなくなるってSSを思い出した
>>605漢字で書いたから勘違いしたのかな「あたな」も「きみ」も二人称代名詞だと思うんだけど
あたなってなんだよ間違えた「あなた」だった
連レス失礼
この夏くらいからやけに静電気体質になった気がする。最近空気が乾燥してきたからヤバい
そこで思ったんだが日本では静電気が元であろう妖怪って記憶にないな
やっぱ静電気被害に合うような所に鉄製品が使われていなかったからだろうか
塵を吸い付ける魄力がある有魄力がどうとか学者さんが説明するのを聞いて
庶民が奇天烈な人だなあと思いながらピリッとくる百人嚇オモスレーと実験に参加する頃までは
あんまり認識されてなかったんじゃね?
冬に火箸とか触ればパリッときそうなもんだけどな
パリッとくる以上の被害というか不気味さ不思議さが足りなかったのかも
>>611昔は化繊とかなかっただろうし、日本では毛織物もあまり使われてこなかった
からじゃないだろうか?
強いて言えば絹と木綿を重ね着とかすると静電気が発生しやすいのかもしれないけど。
いやいや静電気は古代の人にとって結構不思議なモノだったみたいだよ?
元々は毛布を琥珀でこすると毛布がくっつくようになるって発見が2500年くらい前にされて
ソレが広まり琥珀は物を引き寄せる力が宿った不思議な石だと考えられていたみたい
そして約500年前にある研究者が琥珀が毛布以外を引き寄せることに気付き研究をして静電気が発見されたんだ
この引き寄せる性質をエレクトリックと名づけたんだけど実はコレはギリシャ語で太陽の石(琥珀)を意味するエレクトロンに因んでるようだね
>>616それはギリシアだかエジプトだか、ともあれあちらの文明の話だろう?
>>611は日本での話だと思っていたのだが。
日本の伝承であれ何であれ静電気にまつわる何かってあるかという話かと
思っていたのだけど。
井上円了は啓蒙思想のつもりで妖怪現象は電気の仕業だと言ってたらしいが
そら大槻教授と同じだなw 明治も平成も変わらんという
日本以外でも同じ対象を指す語彙が豊富な言語というのはあるが
たいていはその言語が使われる生活文化と関係するようだ
たとえば中東の遊牧民では砂に関する語彙は多いし
イヌイットなら雪に関する語彙は多いとか
隣の国では父方の祖父、母方の祖父、父方叔父…etcでそれぞれの呼び方があるっていうし色々なんやね
関係ないかもしれないけど
>はやぶさプロジェクトのリーダーである川口教授も、
>ピンチの時に東京の「飛不動」や京都の「電波神社」など、
>名前に御利益がありそうな場所へ神頼みにまわったそうです。 (通販生活2010秋冬号・舞台裏座談会より抜粋)
そしてそれをイメージしたイラストに、注連縄や厄除け札、御守がついたロケットが描かれていて
どうしても儚のロケットを思い出さずにはいられなかった
とりあえずこの方には、ぜひ住吉神社を勧めたいものだ
>>620残念ながらM-Vは4段式なんだ
H-IIAは2段式だしね
正直、御利益はあったとしか思えんな。
もちろんプロジェクトに関わった方達の不断の努力はよくわかってるつもりだが
それにしたって相当に理不尽なレベルで危機を脱しまくってるように見えるし…
綱渡りを連続成功した上に、何度かトラブルが発生しても奇跡的に立て直しに成功してるからなあ
人事を尽くして天命を待つというか、天は自ら助くる者を助くというか
今の所、宇宙開発はかなり僥倖に恵まれているからな
アポロ1号やソユーズ、チャレンジャーなどの不運な例はあるけれども
アポロ13号にしたって、宇宙の塵となって不思議じゃなかった
月着陸船が緊急用救命ポッドとしていちおう設計されていたから、彼らは助かった訳で
スペースシャトルだって磁気コアメモリ(全プログラムをギリギリ格納出来る容量)なんだぜw
スペースシャトルの操縦席がカプセル式の脱出ポッドになっていれば
状況も変わっていたんだろうけどなぁ、あの事故。
計画はあったらしいんだよねぇ、NASAの初期案で。
F-111なんかもカプセル式脱出機構が検討はされていたそうだし、
あのあたりの計画はボツりまくっているから……。
ホントにここはカオスだなwwバーグにお任せw
いっそのこと「はやぶさ神社」とか「はやぶさ権現」とか作っちゃおうぜw
はやぶさに厄を載せて厄払いする「はやぶさ流し」とか、神事もつくって。
後はアレだ、はやぶさ壇飾りとかwwwはやぶさ供養とかw
交通安全w家内安泰w学業成就w予算倍増w
F(F/B)111は悪夢の航空機だからw
陸上/空母用の戦闘機と攻撃機、爆撃機をぜんぶひとつの機体でこなしてコストダウン
・・・という考え自体は間違ってないと思うんだが・・・軍事費なんて安いにこしたことないし
問題は・・・それは無理ですぜダンナということで
あと思い出した
13号の事故の時、月着陸船「アクエリアス」による事故った周回船の牽引費用の請求書が作られたそうで
最初の2マイルぐらいが基本料金で、あとはマイルごとにいくらかだったかと
はやぶさは神格化されても良さそうだな
関係者や糸川博士の弟子筋の人たちが小さな社でも作れば面白いのに
静電気を怪異として記述した文献等は心当たりがないなぁ
歌舞伎十八番の「毛抜」は江戸中期に成立した作品だが
強力な磁石を用いた似非オカルト現象のトリックを解明するという物語で
これはエレキテルが一般に知られるようになる前に初演されているようだ
微弱な磁鉄鉱くらいしか知られていなかったと思われる時代にもかかわらず
銀は磁石に引きつけられないとか科学的に正しい認識がなされている
日本人の科学好きはなかなかのものだ
だなあ。国民栄誉賞や人間国宝にしたって神社で祀ればいいのになーと思うことも
この流れで思い出すのは「モノリス大明神」だなあ
御神体を拝めた人はうらやましい
水木先生みたいにもう神というか生きながら妖怪になったよいな人もいるがなw
>>616琥珀と言えば日本における宝石は古代から中々特殊な使われ方をしているな
琥珀や瑪瑙に翡翠に真珠 海幸山幸なんかの神話にも宝石っぽいのが出てくるし
日本の宝石はかなりの時期まで遡れる様だが
幻想郷にもかなりの宝石が渡ってる気がする 翡翠くらいしか今のところ名前が出てないけど
案外こういう宝石が幻想郷の財源かも……
生きながら神として祀られた人というと、小泉八雲も紹介していた
大地震の時に自分の財産に火をつけて村人を救った庄屋さんの話を
思い出す。
>>612誰だっけと思い出せなかったが平賀源内だっけ
Newtonにちょうど載ってた
>>633申し訳ないとは思うが、計画成功までの間に様々なドラマが保証されそうだしな……
>>627さまざまな紆余曲折があったからねぇ>F-111の開発
最終的には素晴らしい長距離侵攻爆撃機になったけど。
F-15EもF-111に及ばない面もあるくらいだし。
出来上がったのは万能爆撃機だったという
戦闘機としては見事なまでに完璧に無能で、A-4にも劣るんじゃないかと・・・
開発予算返せ!(他人様の国の税金だけど)
あと、F-111の並列式予圧操縦席は脱出カプセルを兼ねているそうだ
そろそろ幻想入りしたころかな>F-111
来られても困るんだけど
>>635いやそう言うわけじゃなくて「はやぶさ」は人じゃない上に科学技術の結晶だからさ
何々を成した「人」が死後に神社に奉られることはあっても物自体はなぁ…っと
「はやぶさ」を御神体として思兼神あたりを祭神として神社を作るのは全然ありだと思うが
個人的に既存の神社に合祀するくらいなら新しい神社を作った方が神様も嫌な顔しないだろう
ココ最近は人を祀る風習は絶えてしまったけれど少し前は珍しい事柄ではなかったはずなんだよね
地面を掘ると震電が出てくるくらいだろう。
何にしても整備と燃料がネックになってくるのは間違いないだろうが…
ポジティブに考えると、はやぶさを祀ることで
どんなつらい状況からでもプロジェクトを成功させることができるようになる感じかw
このプロジェクトはもうだめだって時に
「神様仏様はやぶさ様、どうかこのプロジェクトを成功させてください」
って祈ると成功するとかw
はやぶさの成功(?)自体が神頼みの産物ともとれるのに、それを神として祀るのはありなのか?
はやぶさ様に祈願するとどんな困難な計画も様々な壁にぶち当たり最終的に成功する
ただしどんな簡単な計画も様々な壁にぶち当たってから成功する
はやぶさを神社に奉るのはさ、はやぶさを神をして祀ると言う事だし何だかなと言う気がしないでもない
たとえばはやぶさの行方不明時に航海の神…宗像三神あたりに祈ってその願いがかなったのなら
遠く離れたはやぶさに三神の加護が通じ守ってくれたことになる、この場合はやぶさを神として祀るのではなく
はやぶさを宗像三神の御神体として祀るのが正しい形だと思うけどなー…いや、まぁたとえばの話ですが
ただ昔の日本人は(今でも?)神の依り付くモノは人工物でも「良い」としていたのよね
出雲にて―――
スサノオ「新人ってどんな奴なんだろうな」
応神天皇「すげえ遠いとこ迄一人で行って帰って来たっていう話だから、めっちゃ生命力ある感じの奴じゃね?」
有馬中将「舩坂軍曹みたいな人ですかね」
安倍晴明「それ人間じゃないだろjkwww」
はやぶさ「どwwwwうwwwwもwwww」
「…」
なんかすまん。
はやぶさの声はタチコマな感じで(タチコマのドヤ顔をイメージしてくれ)
大風で落ちなかった林檎が受験のお守りとして売れたりするんだから
神懸り的な奇跡が起きたはやぶさが神聖視されてもおかしくはないと思う
あの林檎だって何の神様の御加護だとかは誰も気にしてないよね
はやぶさが奇跡の象徴として、あるいは科学技術の象徴として
神になってしまうのはむしろ日本らしくて面白いし
既存の神の御神体とみなす必要も感じないなぁ
四谷怪談のお岩さんなんて、純然たる架空のキャラなのに
怖いからっていうだけで四谷近辺の複数の寺社で祀られているw
記紀に書かれていない神や新しい神を祀ってもいいなんていうのは
きっと世界中の多神教にも類例は少ないんじゃないかな
物ではないんだけど、変わった祭神の神社ってないかなと
調べてたらやっぱりあるものなんだな
仙巌園(入場に要1000円)にある猫神神社で、祭神はにゃんこ
俺、ちょっと鹿児島行ってくるわ
猫神と言えば、徳島のお松権現には
お松さんの恨みを晴らすために化猫になった「三毛」が祀られてる
徳島市内の王子神社でも横にお松さんと猫神さんが祀られてるけど
こっちの伝承では猫の名前が「お玉」だったり
個人的には空気神社や気象神社があるんだから宇宙神社とかいって祀られても何ら不思議ではないと思った
そういや天鳥船という神は空を飛ぶ神で、しかも船と言う名だから
一番隼に近い神はこいつかなw UFO説もあるし
薩摩の猫神神社は島津由来の新しい神社のようだね
宮城の方には猫神社がたくさん有るというし こっちは養蚕由来みたい
猫を神の使いとしてる神はいなかったっけかなぁ 招き猫は寺のものだし……
調べてみると埼玉の調神社は確か狛犬の代わりに狛兎がいるんだったか
狐は稲荷神の使い神だし 鹿は春日大社の、牛は天神様の、
猿は日枝大社の、鳩は八幡様 兎は住吉様 鼠は大黒天の、
烏は熊野三山の、鶏は伊勢様…… 他にも鶴、鷺、蜂、鰻、蛇、亀、狼、鯉、
ぜーんぶ神の使いの動物w 日本にいる動物は神の使いだらけだなぁ
>>647言いたいことは解るんだけどはやぶさで難しい点ははやぶさは「物」なんだよねぇ…科学技術の塊と言う点もか
落ちないりんごの話は知っているけど受験生に対する一種の信仰だと言えなくもないけれど神として祀られてる訳ではないよね?
四谷怪談の例はある種の妖怪の神格化とも考えられるよね
ココで問題なのはお岩さんは創作だろうが語っている人々の中では「生きていた」はずと言うこと
はやぶさのような意思も生命も無い科学の結晶の場合なんらかの他の意思が働いたとするのが妥当じゃないかな?
古事記に載ってない新しい神といえば道真の天神信仰が有名だけどコレもやっぱり「生きていた人」なんだよね
勿論だけど例外が無いわけじゃない、ただそれはやっぱりあくまで「例外」なんだ
…科学技術の結晶と言う点が一番難しいと思うんだ、コレが機械さえなかったら"意思の宿る隙間"が出来るのだけど…
宗教の側、と言うか神道から言えば"意思"の導きで済むけど科学はソレに相容れない"明確な技術"が色々拒むんだよな
まぁ宗教と科学の関係の考えなんぞ十人十色だしココで論じてたら年が暮れちまうわなぁ
>>651天鳥船と似た名前で、天磐樟船ってのもいるんだ
半分スレ違いなんだけど、これがそっくり大阪府の磐船神社に残ってる
御神体の天磐船は巨岩一枚岩で、本殿がない特殊な神社なんだぜ
(ちなみに物部・住吉と深く関係のある古い神社だとか)
科学的技術が集まってるかどうかなんて、各受け手の取り方次第で簡単に変わるんじゃないかと思いますけどねぇ
個人内の整合的理論と集団内の社会的合意が大抵異なるのと同様
>>652でもはやぶさのAAって人格持ったの多いよね
所詮機械と言った所で物であるには変わらなく、
物であるならそこに意思を見出しても全く問題無い気がするんだがなぁ。
まぁはやぶさの内部構造や製作過程を詳細に知っているならば又話も違うかもしれないが、
それはただその人の物自身に対する思い入れの問題じゃないかな?
物に対する人の思い入れってのを、付喪神って言うんだぜ
愛着に時間の長短なんざ関係ねぇさ
>>652要は、はやぶさが頑張ったわけじゃないってことだよな
ホームランは打ったバッターの力によるもので、ボールの力じゃないというような
でも、やっぱりホームランボールも有り難がられるんだよな
付喪神と言う概念を考える上で時間の経過は無視出来るものじゃないよ
付喪=つくも=九十九で九十九は長い年月を表す言葉だからね
付喪神としてのはやぶさも考えてたんだけど…悲しいかな、はやぶさは燃え尽きてしまったのよね…
>>652要は仰の有無だと思うけどな。
信仰すればその対象は神たりえるんじゃない?例え対象が人であろうと、物であろうと、実体がなかろうと。
京都は法輪寺の電電宮みたいな所だってあるんだし。
>>651兎は住吉の使い神にもいるのか……
てゐ辺りがやたら知った風な口聞いてたのは住吉-兎-てゐラインか?
そんなん何やってるかばればれだったのかもw
曲テーマが八幡様だったり大国主と面識が有ったりなんて兎だw
>>658物持ちの悪いこの御時勢の時間間隔と、
ある意味理想的リサイクル社会旧日本国の時間間隔は一緒にしちゃだめじゃね?
いまや五年も立てば部屋の中の半分くらいが入れ替わるんじゃね?
>>659その通りだと思うよ人であろうと、物であろうと、実体がなかろうと神になれる、ただ条件は必要だ
電電宮は雷神を電波の祖神として祀り上げている所なんだよね実は
重要なのは電波が神として崇められてるのではなくこの場合は雷神の信仰ととるべきだろうね
どうも私は知識が神道に偏っているからかみょんな視点でしか物事を語っていないねスマナイ
そういえば祖先崇拝とか祖霊信仰みたいに祖先を神として
祀ったりする風習は幻想郷にはないのかな?
もしそうした風習があるとすれば子孫に祀られた霊達はどうなるんだろう?
祀られるのが死後、つまり三途の川を渡った後だと考えると
あの世で神霊になるんかな?
一本の剣とその剣が神格化されたカミを祭る神社があるのに
なんで人間が人間の技術で作ったものを神様にしちゃいけないのかわからない
その剣も特に大蛇の尻尾から出てきたとかの云われもなくて普通に戦争で使ったものだぞ?
刀鍛冶は製法を知り尽くしてるからその神様を神様扱いできないとかそんなわけあるかよ
むしろ技術の高度な積み重ねの中に偶然性や神性が出てくるものだと思う
どっかの粒子加速器が破魔矢やお札でデコレートされてたって話もあるが
理系の研究で実験やったことある奴は実験がうまく行くように本当に「祈った」ことあるだろ
プログラミングで別に仕様には定められてなくとも後でトラブルがの種にならないように
ほんのちょっとだけ書き方に気をつけることを「おまじない」と言うが
はやぶさの設計もそのお呪いが積み重なった結果だと思う
実験じゃなくて理論やってる奴はまた感覚が違うと思うが
リーマン予想と素数の話とか完全に計算可能な数字の中に神の存在を感じることはあるだろ
無縁塚があるってことは有縁塚=普通のお墓もあるだろうな
衛生的にもお墓は必要だろうし
お墓があるってことはそこに通う人それを祀る人がいるだろうよ
>>664その神社が示唆されていないからどこのことだか解らないけれど人工物でも神は依るよ?
神様にしちゃいけないなんて誰も言ってないしね、あと話が飛びすぎで伝えたいことがよく解らない
「祈った」ってソレこそ「神」にだろうよ、君の例で言えば「実験様」と実験に対して祈るのではなく深い信仰を持たない大抵の日本人は「とりとめの無い超常の存在」に対し祈るものだろう?それすなわち神様じゃないか
なるほど、単なる仮定の話を物凄く真面目に考えてくれてる子がいるのね
それでたとえ話のはずの話題がこんなに長引いちゃってると
幻想郷ではごく最近(といっても妖怪の時間感覚は分からんが)
火葬が増えてきたという事は
それ以前は土葬が主だったわけだ それは結果的に「妖怪葬」になるかもしれんが
こういう土葬の習慣が根強く残ってた地域は今も二墓制になってるんじゃないかな
「参り墓」と「埋め墓」が存在する制度 現在でも瀬戸内の島には残ってるらしいけど (佐柳島だったかな)
今はほとんど参り墓=埋め墓だけど 昔は殯として死体の穢れを落としたり死体を移動させたりしていたそうで
幻想郷では無闇な外出は危険だからごくごく身近に参り墓を作って 埋め墓が別に存在するんじゃないかな
で、死者の魂はその参り墓の方に来てくれる
案外霖之助さんが漁ってる中有の道あたりに埋め墓があるのかも……
なんかデジャヴな話題なんだけど
こうりんどー読む限り、幻想郷にはそもそも土葬の風習がないって解釈するのが自然だと思う
鳥葬ばりに妖怪が美味しく頂きます
ほっておいてもグールやらゾンビになって自分で関係機関に出向いて転生の手続きを取りに行きます
運が悪いとお燐りんに連れ去られて怨霊になってしまいます
とか想像
葬式の時に丁寧に弔ってちゃんと魂をあの世に送ってやれば、
妖怪化したり怨霊にならないんじゃない?
あと妖怪の賢者達が妖怪に人肉を配給してたけど、
里と取り引きして、葬式終わった死体を受けとって
配給肉に当てたらどうだろ?
>>672遺体に対する尊厳ある処理法を望む心理って、人類にある程度普遍のものだけど
人妖の相互依存的関係によって営まれてる社会だと
遺体を一種の資源と割り切れるドライな(?)感覚が定着してても不思議はないよね
ましてあのペテンの申し子みたいなゆかりんに
「人は納税の義務を果たすべきですわ」とかニヤニヤ迫られた日には……
>>667新しいプロジェクトチームの皆さんが
指令室の神棚に
はやぶさの写真を飾りました
>>674最後は燃え尽き真っ白な灰になるんですねわかります
>>671半分土に還りかけの完全ホラーな見た目でこまっちゃんの船待って並んでるとこ想像して和んだw
ゆかりんが遺体を預かって境界操ったりして一瞬で土に還す、とかないかなぁ、ないよなぁ
>>676吸血鬼姉妹に「献血お願いしまーす!」と言われたら俺は
>>676咲「……」
レ「どうしたの」
咲「このパック、いつ見ても味気ないなと思いまして」
レ「私も昔はそう思ったものよ。それであのスキマに文句つけたわけ」
咲「で、どうなったんです?」
レ「次から缶で届いたわ。190g缶のね。もうトマトジュース感バリバリ」
咲「それで元に戻した、と」
レ「こっちの方がまだ『血』という説得力があるのよ。情けないけど」
「血」らしい器か……
肉体であることには違いないんだが、それを除くとどうしても血液パックになってしまう
今の透明ビニルになる前は、なにで保存していたんだろう
ガラス瓶だろ。徳利でもかまわないけど、ちょっとイメージが変になる
大阪府赤十字血液センターのサイトに、
近年、輸血の方法は大きく変わりました。
それまでは、まくら元輸血やガラス瓶に採取した血液を
そっくりそのまま輸血する方法でしたが、
今日では、プラスチック製の血液バッグに採取した血液を、
血球や血しょうに分けて輸血する成分輸血が主流となっています。
なんて書かれていた。陶器ではなくガラス瓶なのは、
やはり中身がきちんとわかるからだろうか。
そうなると、吸血鬼がワイングラスに血を入れて飲んでいるイラストとか
あのへんからの類推でワインの瓶というイメージが。
ラベルに提供者の年齢・性別・人種とか書かれていたりして。
あーガラス瓶かー、なるほどなぁ
ワイングラスに血液もいいと思うが、絵柄的にはお猪口に血液でぐいと一杯もありと思う
ただヒビなどで釉薬が欠けた場合、水分を吸収しやすい素焼き層が露出するから使いにくいのかも知れんね
日本の妖怪で吸血に関する奴ってどれくらいいるのかね?
おどろおどろしく生き血を啜りって表現はあっても吸血鬼みたく吸血そのものの怪異ってあったっけ?…蚊?
妖刀の類餅を浴びることより人を斬るのが主な目的っぽいしなー
うら
ダtt……人型風船とか血の器的にはいいんじゃないでしょうか
うら
手許に三弥井古典文庫の「雨月物語」が丁度あって、丁度、鬼と化した聖が屍肉を食らう
場面の説明があるので、引用する。一寸待ってな
或る聖の子が死んだ。聖は子を荼毘にふすことも土に葬ることもしないで日がな経を唱えるが、遂に狂って
子の「肉を吸、骨を嘗て、はた喫ひつくしぬ」。寺の人間がみんな逃げた後は、
夜な夜な人里に降りて墓を暴いて生々しい屍を食らっていた。
―――というのが青頭巾の冒頭
で、解説
「…それは死者を讃仰するためであり…。このような人食は、ひとつの社会的行為であり、死者や食われる敵との絆の網を
維持しようとする象徴的行為である。…食われる者はつねに価値のある者であって、誰でも食うわけではない。ひとを食うことは、
つねに敬意の徴であり、だからこそのひとは聖なるものになる。」
そういやヒンドゥー教でもガンジス川に流れる死人を食べてその人の魂を取り入れる儀式とかあったな
そうなの?
ヒンズー教って死んだ肉体には何も残らないって考えじゃなかったか
吸血そのものの怪異じゃなかった、スマン
後は夢枕獏の「黒塚」しか思いつかない…
(漫画版のラストの方が俺は好きだ)
誤解を招くような書き方だけどヒンドゥー教の死生観は仏教のソレと似たようなモノだよ
共に重要なのは魂が輪廻すると言う転生の思想なのよね
それから考えると魂を取り込む儀式ってのは妙なんだよね
インドの人(ヒンドゥー教)の根底にある思想では「死んだ数だけ生き返る」って感じだからさ
>>692何故謝る。俺が先に青頭巾出したんだし、日本の吸血鬼のルーツは上田秋成とするって言う説をチラ聞きしただけだし
なんかラノベであったな。吸血する異形のモノといったら日本人なのになんでヴァンパイアが出てくんの?
それはこの国の政治の中枢に常に純日本国産吸血鬼が噛んでいたからもみ消していたんだよ!
な、なんだってー(AA略)みたいな
吸血鬼と権力ってのは書きやすいネタなんだろうか
>>696を聞いてウェディング・ドレスに紅いバラを思い出したから、
読み始めてしまって止まらないじゃないか畜生
>>697あれは挿し絵のひとのせいでエロマンガとイメージがダブッて困るw
>>698読んでる人がいるとは思わなかったわw
挿絵の人よく知らないんだが、エロマンガ書きだったのかー
>>699絵柄はそのまんまなので見れば一発でわかる。
ふたなりとかそっち系の作品が多かったりするから要注意だw
パチュリー様が来る前にこの話題は終わりにしようw
日本では血を吸うということを怖がる感覚がなかったのかもね
行灯の油を舐めるほうが怪談の定番だ
江戸中期あたりまでの書物では、人肉を食らった者は鬼と化し山中に姿を消すことが多い
時代が下ると、狂人とされて追い出されたり座敷牢に幽閉されたりする話も出てくる
飢饉などで実際に人肉を食った話が伝えられたりしたことで
食人行為に神秘性が感じられなくなったのかもしれないな
ムササビだかコウモリだか分からん未確認飛行吸血妖怪「飛倉」(野衾)
西洋の吸血鬼にコウモリのイメージが付いたのっていつ頃からなんだろう
吸血コウモリって南米にしかいないのに
昔の「コウモリ」と今のコウモリは別物かもしれない
昔の「麒麟」と今のキリンのように、想像上の生物の名を、近い動物に当てはめたのかもしれない
>>704それ、うろおぼえだけど吸血鬼を題材にした映画が作られてからだって聞いたことがある。(=当然その時代には吸血コウモリの存在も欧米に知られている)
空を飛ぶ・血を吸う・夜行性などの特徴がイメージと「偶然」一致していたから、映像で表現する上でのモチーフとして都合がよかったんでは?
一方、中国では1日あたり数百匹の蚊を食らうコウモリの糞に血に関する薬効を求めた
日本で吸血鬼?
屍鬼か
>>670幻想郷には寺すら無かったのに火葬というのはどうにも違和感があるな
日本の農村部の多くは、昔は土葬だったんだよ
墓地の彼岸花なんてのはその名残だ
今でも北関東にはその風習が残っている地域がある
>>673昔も、人が死ねば埋めに行く
勿論、どこに誰が埋まっているかは大体は把握していて
埋まって居ないはずの場所を掘るんだが
実際に掘り返してみると、ずっと昔の人が埋まっていることがあったそうだ
で、そんな時どうするかというと、適当にまとめたりどかしたりして
開いたスペースに埋めてしまったりするんだとか・・・
しかし、お燐が来てから初めて、人里から屍体が無くなる事件が発生したということは
屍体を食べる妖怪は他にあまり居ないのかもしれん
妖怪から視点では死体を燃やすというのはもったいないと思わないかな?
死体を食糧にするなり骨を加工して道具や工芸品にするなり、
上手く有効活用しようとはしないのだろうか?
>>708昔は土葬だったけど近年は火葬が多いという話ではなかったか。
明治時代に外の世界から隔離されたとはいえ断片的に情報は入ってくるし、
病原菌とかそういう発想も入ってきているだろうから衛生上の理由で火葬が
増えてもおかしくはないと思う。
多少ずれた形で衛生観念が出来上がっているとかもあるかもしれんけどw
>>706というか、今日本で流布している吸血鬼のイメージってほぼ全てが映画「吸血鬼ドラキュラ」のものという
それ以前、例えばカーミラあたりの設定はほぼ無視されてたりするし
旧・伝染病予防法は明治30年からだな
隔離病舎や併設火葬場、火葬や埋葬の規定が定められた
江戸末期から明治初年にはコレラ大流行(特に明治20年前後)など、
ものすごく悲惨な例があった
今ではコレラは治療法が確立されているけど、当時はどうしようもなかった
>>709まあ、第一に仮に自分達の視点でもったいないと思っても、
それを燃す人間がそういう意識を持てない事は多分にわかってるだろうな。
また、食う以外に死体を持っていくのは火葬しようとする人へ対処する
コストを考えると、どうなんだろう。あまり割安な気がしない。
とはいうものの、お燐がごくストレートに利用しにかかっているようだが。
ここから別の話、
うぃきぺでぃあさんのサトリの項にある「人の姿をとるが本当は実体が無い妖怪」というのが
ネット上を浅く調べるのが関の山の素人にはよくわからない。
適当に検索するだけじゃ猿型しか出てこないじゃないかと…
んー、推測だけどその人が怖いと思う姿をとってるってことかも
どのみち遺体は地面の中で腐るか、燃やされるかするんだから
それなら妖怪にくれてやっても変わらないと思うし
>>672みたいに、賢者が里と協定結んで、お通夜と葬式が終わったら遺体を妖怪達に引き渡すように
きちんと取り決めができてればそこら辺スムーズに行くんじゃない?
それにしても妖怪の需要から考えて、わざわざ外の人間を喰らうくらいなら、
普通に里で死んだ人間も食べないのか不思議なんだけど、どうなんだろ?
人間が病死した家畜の肉を食わないみたいなもんじゃないか
>>716献体ですら近年減少傾向にあったのに
(ちなみに最近は孤立化により増えている)
妖怪に遺体を進んで提供なんてするかね?
それこそ、そういうのをやるのは人間に成りすました妖怪だと思うが
遺体や遺骨が手元にないというだけで
それは遺族にとっては物凄い損失なんだよ、精神的にね
火葬が主流になったのは、
外来妖怪等の流入でいわゆるゾンビ(キョンシー含む)なんかが発生するようになったという、
心因的なものの可能性もある(見知った顔が妖怪化して襲ってきたら、いい気分はしない)。
ちなみに死体を食わせるという葬儀方法は、食った動物(鳥くらいしか例がないが)によって天国等あの世に運ばれるという宗教観があって成立するものである。
従って、故意に妖怪に食わせるというのは日本に於いては成立しずらいだろう。
但し、可能性が無いわけじゃない。
諏訪社の鹿食免にあるよう「業を肩代わりして共に成仏すればそれは大慈悲」という観点から、
神やそれに近いものに捧げることはあるかもしれない……。
それはどうだろう?魂の輪廻というハッキリした生死観を持つ幻想郷の人間が遺体に固執するのかな
幻想郷は輪廻転生や閻魔ってみて仏教の世界観も大きく影響してる風だけど
何故か(言うまでも無く)神道も重視してる風な世界観だよね、その神道にを置いては死は穢だから妖怪に任せるものありなんじゃ?
死ぬ→常世に逝く→常夜に逝く→夜の世界に行く→妖怪になる→妖怪の一部になる→死体を妖怪に食わせる
まで連想した
死は穢れだけれど、死体は丁重に葬るのが通常の風習じゃないかな
死体を野ざらしにしておくことを忌避するのは衛生的にも理にかなっているし
野性動物が人間の味を覚えてしまうことを避ける目的もあるかもしれない
妖怪に死体を食わせれば死者が成仏できる、などといった信仰でも存在しないかぎりは
里人がわざわざ妖怪を養う必要はないんじゃないかと思う
人間にとって妖怪は必要不可欠な存在ではないのだし…
御成敗式目の第一条に「神は人の敬ひによつて威を増し、人は神の徳によって運を添ふ」とある
妖怪はこれの逆の意で捉えられないだろうか?人間の認識から妖怪は存在し怪異として人に関わるのだ、と
そうなれば人間にとって妖怪は必要不可欠な存在と言えるんじゃないかな
死生観っていうのでふと思ったんだけど
えーりんがやりだした里人相手の医療行為って、結構幻想郷住人の死生観に揺さぶりかけるものなんじゃないだろか
医療っていうのは延命の技術、有体にいえば生への執着の業なわけで
えーりんの医術でもって里人の平均余命が急に延びちゃうと、今まで通用してた恬淡とした死生感覚が狂っちゃうと思うんだよね
「人間五十年」って達観してた人等が、ある時突然「七十八十喜んで」な「希望」をもたらされたなら
彼等はきっと生き方変えちゃう。より真摯に長い生を営もうとするか、あるいは雑な生き様に走るかはそれぞれだろうけど……
ともあれ、そうした変化が生じたとき、既存の幻想郷的気風は保たれ得るのか
これって守矢の産業革命構想に匹敵するくらいの社会問題な気がする
そして少なくとも、妖怪の側からみれば、決して愉快な事態ではない気も……
思うに、こっちの世界にまだ妖怪が住んでた時代、彼等に食われて死ぬことは、ライフスケジュールに想定済みの事故だった
不運ではあっても、諦めもつくような事故
でも、科学によって生かされることを学んだ現代人にとって、捕食死なんて不合理でしかないし、そんな死には納得もいかないと思う
えーりんの手で命への執着心を肥大させた人々は、きっと妖怪の手による横死を従来よりも憎むようになるんじゃないか
そうなったとき、人妖共存の楽園は、存続可能なのか
……なんか深夜に暗い妄想しちゃってるなぁ
そんなことより乳児死亡率が下がって人口爆発が起きるほうが怖くね?
ブルジョワ層たる妖怪側が力をどんどんつけてるから
人間側もちっとは底上げしないと拮抗条件が満たされないんじゃないかな
>>724強大な妖怪やら神様やら勢力やらがひしめいている幻想郷では
他にヤバい懸念材料がたくさんあるんだし、
その程度のことは大した問題にならないでしょ
>>725避妊をちゃんとやれば人口爆発にはならない
永琳ならそこら辺も対策とってると思う
待ってくれ、するとアレか?
永琳が保健体育の授業を里に出てきてやってるのか?
>>728のレスを見たらこんな電波を受信してしまった
_,,...,_ ,.‐-.、
r'" 〈╋〉`! ,.- 、_`\. ヽ
,'ゝ,,..-─-イ レー- 、\_ヽ, !
i ノ レイ^iル〉 , '` ´ヽ
λイi ゚ - ゚ノリ (ルノレi八ゝ i 良い子の諸君!
(⌒` ⌒ヽ .|il、゚ヮ ゚ il .i l
|ヽ ~~⌒γ⌒) r'⌒ `!´ `⌒) 「やればできる」
│ ヽー―'^ー-' ( ⌒γ⌒~~ /| いい言葉だな!
│ 〉 |│ |`ー^ー― r' | 我々に避妊の大切さを教えてくれている!
│ /───| | |/ | l ト、 |
| irー-、 ー ,} | / i
| / `X´ ヽ / 入 |
あれ、おかしいな…
>>729氏とは受信した電波が違うようだ
>>715なるほど、それは何か有りっぽいな。人間の姿ってのが意味深になるが…
>>725人口爆発を支える食糧とかコストが何か気になるというか、
爆発する前に鎮火するんじゃないかと思ったり。
まぁ、基本の置き薬と
如何に天才だろうと薬の材料が限られるであろう環境で
何処まで乳児死亡率を下げれるか?って疑問はあるけどな。
寿命が延びるのも食事(栄養面など)を見直さないと限度があるだろうし
そもそも疫病ですら霊夢で普通に対処可能だった訳だしなぁ・・・
さらに永遠亭までの移動には妹紅の護衛が必要だし
あまり里に近い場所とは言えないような気もする。
そもそも永琳だって、そういう事は分かってるだろうし
医者としてはどうかと思うが、人里の平均寿命を大幅に伸ばすような治療を行う理由はないのでは?
平均寿命を左右する要因が乳幼児死亡率だから、治療らしい治療や投薬を行わなくても、
出生率を落とすことで平均寿命そのものは大幅に伸びるだろう。
……まぁ、総人口は減ってくんだけどな。
疫病、特に感染症に対する予防知識が増すだけでも乳幼児死亡率は大きく変わりそうだ。
疫病対策を巫女がやってるようではあれだが。
人口が増えてきたら定期的にヤマメさんを地上に上げれば良いのでは?
いや、すでに人口調整の機能は稼働しているのではないだろうか?
姥捨てみたいな制度であったり、外来人や罪人が妖怪に喰われたりするように…
緩慢な平和は人々の心身を腐敗させるから、時折流行病や飢饉が発生したり…
稗田阿礼の子が30歳で短命と言われているから、平均寿命は60歳くらいか?
神から預かったものだから神のもとに返す、みたいな感覚で子供を捨ててたらしいが
幻想郷じゃあどうやって子供捨ててるんだろうな
直接神様に預けるのか、案外妖怪に売っぱらっちゃうのか
>>737カナ「……どうしよう?」
スワ「おや意外だね。頭から丸かじりじゃなかったのかい」
カナ「そんなことしないってば!早苗もそこで本気で怯えない!!」
たしか求聞によると、昔は鈴蘭の丘に子ども捨てて間引きすることもあったみたいだけど、
今はもうそういうことはないらしい
昔は寺に子供をやるという制度があったので
養えない子が増えたら命蓮寺が保育園になって白蓮が保母さんになる説
昔は疫病は疫神が流行らせるって言われてたらしいけど
幻想郷には疫神居ないんだろうか
人間を嫁や婿にする必要があったり、子供をさらって妖怪教育したりする妖怪も(多分)いるからな。
平和にやってるってことはそこらへんの調整を上手くしてるんだろう。
>>744竹本泉の漫画だと、ホビットとかドワーフとかが人間の赤ん坊と
自分たちの赤ん坊を入れ替えてしまうなんてのがあったな。
子供さらって妖怪教育するのはゲゲゲ○鬼太郎で見かけたな。
確か見上げ入道の出てくるやつだったっけか。
実際の伝承で人間を教育して妖怪に仕立てるのがあるかは知らないけど…
なんとか女房系の妖怪は世話する家族が欲しいだろうし、
やまこ辺りは嫁欲しがるだろうけど、まあ現代では攫って来たりはしないんだろうか。
実際は妖怪よりも人間寄りの魔法使いや仙人の弟子にするか、「奉公に出す」っていう文化が生きてるんだろうが。
文「牛若タンハァハァ」
英国のチェンジリング伝承って、深読みすると怖いんだよね……
アレって、知的障害のある我が子を「合理的に」否定する方便だと思う
一種、間引きの発想とも通じる部分がある気が
攫っては英才教育攫っては英才教育の繰り返しだもんなw
>>750子供攫って行く奴は世界中どこにでも居る筈。で、帰ってくる話も多い。
日本だと天狗が関わってくるような話とかが有名。
(攫われた子供がある日突然帰ってきて「旅行してきた」「修行付けて貰ってました」みたいな事を言ったりする)
ちなみに場合によっては、おっさんが攫われて修行して帰ってくると言う話もw
こう言った「攫われた」って話は元は残された家族が「神隠し」現象を納得するための一つなんだろう。
「行方不明になった。死んでしまっているに違いない」よりも「○○に攫われたけど、きっと生きている」
と思いたいだろうし。
>>752ただ求聞の表記見ると魔法使いはイメージ悪いし
仙人も変わりモノ扱いだから弟子に出すと言うのは無いんじゃないかと・・・
幻想郷には「七つ前は神のうち」な文化が残ってるんだろうかね?
ソレによって話が変わる気がする。
日本だと子供が天狗に攫われるって話はいくつも民間伝承で伝え残ってるね
海外だと子供を妖精が妖精郷に連れて行くって話だ戻ってくる場合もあるとか
海外の話で目立つのは戻ってきた後のことで戻ってきた子供は姿形は同じでも中身は別の何かになっているらしい…
もしくは魂だけを妖精郷に置いて来ただとか子供に化けた妖精だとか…
>>757そういやキャッチアンドリリースするとダブスポでも言ってたな
なるほど、攫われて帰ってくるまではよくあるか。
いや、天狗に修行つけてもらうというのは、同種に教育という意味に近いのかな…?
当然、子供がそのまま(後に?)天狗になるというわけではないだろうけど。
天狗は牛若丸やテングノムギメシの話みたいに世話焼きでいい人な部分もあるから
「こいつには見所があるのに埋もれたままなのはもったいない!儂が才能を目覚めさせてやらねば!」って妙な使命感でも抱くんじゃないだろうか
あやや「牛若丸が可愛すぎて母性本能が攫ってしまった。今では反省してる。せめて一人前の男に育てるのが責任だと思う。少年から青年に変わる過程を愉しみたいとかそんな事はない」
天狗喫茶といい牛若丸といい
なんか天狗に親近感が湧くな。
テングノムギメシっていまも発生するのかな、と思ったら案の定、絶滅の危惧か
最初に食ったヤツは偉いと思える食いもののひとつ
>>760子供を攫って修行付けてたら子供が家に帰りたいと何度も訴えるので諦めた。といった感じで
自分の為の使用人を作ろう!という場合もある。
(術を教えるのは便利なパシリとして使う為じゃないかとw
遠くに御使いにやるのに自分よりも圧倒的に遅いんじゃ使えないだろうしな)
珍しいパターンで一日だけ帰ってくるとかもあるが
そういう場合は大抵、天狗の使いになってたりする話だった筈。
まぁ、武芸百般に優れてたりする話もあるから
全てが全て「パシリが欲しかった」と言う訳でもなく
気まぐれに弟子をとってみる為に攫ってみた。とかもあるんじゃないかと思う。
>>764真菌とかバクテリアとかが複雑に絡んだコロニーなんだっけ?
天然記念物だと聞いたことが。
ちょい前に「何コレ珍百景」ってテレビ番組で森久美子が食べてたから、採っちゃダメってことはないらしい
鬼が公家の娘を攫って強姦して子供を作る、みたいな話もあった様な…
(「子供が欲しくてやった」などと供述して)
妖×妖では子供は作れないのかな?
(そういや、子供の「供」は「供える」を連想するから、みたいな言いがかりで
言葉狩られて「ども」になったんだっけ?)
>>768>「ども」になったんだっけ?
まだなってないなってないw
妖怪×妖怪で子供が出来た話は聞かないなあ。
人間が絡まない物語が伝承されてないだけかもしれないけど
遠野物語でも女は結構な確率で天狗やら鬼やら山の妖怪に強姦にされて妊娠してたっけ?
その子供の末路も妖怪の方の親に喰われたりしたりで良い話は少なかったような…いかん、うろ覚えすぎる
妖×妖で真っ先に思い出したのはぬーべーの三匹のカマイタチだった
ちょっと遠くの山の主の所へ川だか湖だかのの主の娘が嫁に行くんで娘のおかん大泣きみたいな話も聞いたがなんの物語だったか…
妖×妖だと同じ種族か同じか似たような職種に付いている者同士ってのが多い気がする
どうでもいいが乙事主とモロが昔良い仲だった発言もか書いている最中に思い出した
結婚や子供についての話はあるから子供が生まれないと言う事は無いんじゃないかと思う。
まぁ、子供が出来たとしても態々人間に教える必要ないから伝わってないんだろう。
悪役として書かれる事の多い妖怪の生活を赤裸々に描かれてもなぁ・・・
子供が居て、その子供の為に村を襲っていたのですが退治されました。
当然子供も一緒に退治しましたが何か?とか嫌過ぎるw
仙境異聞の寅吉少年、幻想郷にも立ち寄ったりしてたのかもなぁ
と思うと少し羨ましい
鬼の子供も退治した後出家する、みたいな話なら探せばありそうだ…などと思ったが
まんま敦盛です。ありがとうございましたw
>>768>鬼が公家の娘を攫って強姦して子供を作る、
酒呑童子の子供の鬼童丸かな?
妖怪×妖怪かどうかはわからないが土蜘蛛には子供がいたな
鬼子母神は妖怪とするよりも神の一柱と言うべきじゃないかな、あるいは仏門に帰依してるし
鬼子母神は和魂と荒魂の解りやすい一例だと思ってるんだが
神と神は普通?に子を成すんじゃない?
>>770教職の授業で授業案書かされた際に
「子供」は「子ども」と書く作法だと怒られたことあるよ……
あれですよ、授業案では「生徒に○○させる」から「生徒に○○してもらう」って書かなきゃいけないのと同じ
そのうち「子ども」の「子」は「小心者」とかの「小」に繋がるとかいって「こども」って書くようになるとか妄想してみるてst
子は男性に対する尊称ってことになってっから大丈夫ー
だいじょーぶ
共産党のイデオロギーから端を発っした概念が全国に広がって「子供の表記が悪い」って風潮になっちゃった感はあるよな
そもそも子供の表記だってごく近世のものだし歴史的事実なんて少し調べれば解ることなのにね
少しも調べず、あるいは知ってて無視していちゃもん付ける輩がいるからねえ
気が付いたらきっちり言っていくしかないのかねえ
そろそろ共産主義という妖怪が幻想入りしてもおかしくない・・・・
別に「子供」だろうと「子ども」だろうと
使ってる当人にきちんとした理屈が伴ってれば、どっちだっていいようなもんだけどね
漢語と違って、表音文字の仮名で済む和語なんだから
(その上で、あえて意味限定的な漢字を避けて、意味中立的なかな表記を勧めるっていうなら
そのこと自体は理にかなってると思う)
優曇華院のことが愛しくて、あえてやわらかく「うどんげ」って呼んでるんなら
それは蔑称でもなんでもないし、責められたことでもないってのと一緒
妖怪の子供っていうと山姥の子供の話を思い出すな
山姥に子供が産まれた
→山姥「産後で動けんから村人ら飯持ってきてくれ」
→村人「行ったら食われる、あの爺さんに行かせるか」
→爺さん道中でへばってたとこに件の子供がきて荷物運んでくれる
→山姥「ありがとよ、宝物持って帰れ、うちの子に運ばせるから遠慮すんな」
→めでたしめでたし みたいな話だったような
山姥って人喰い系と気の良い力持ち婆さん系に分けられる気がするけどその差は一体……というかその差があるのに同じ名前で呼ばれるのは一体……
幻朧月睨をルナティックレッドアイズと読むなんて僕はどうかと思いますよ!!
そこの所はどうなんですか?うどんげさん!?はっきり答えて下さい!!
>>785山の恐ろしさと恵みの両面を表していると考えればいいと思う
古代には「三人行けば一人は死ぬ」などと表現されるほどに山は怖かったが
一方で運が良ければ貴重な物が得られたりもするわけだ
山の神が春になると里に下りてきて田の神となるという信仰も
山の恵みの力が田畑に恵みをもたらすということなのだろうね
幻想郷では祭の時期が間違っているため、みのりんが本気を出していないようだが
里人は退魔師などの末裔なので農耕儀礼についてはあまり詳しくないということかな
自分は山に対してはそれほど怖いという感覚ないな
海はかなり怖いと思うけど
>>788昨今の雪山遭難や転落事故を見ても怖いのは明らかよー
まして昔は正確な地図も十分な防寒具もなかった時代、山は恐怖と未知の塊
動物や山賊に襲われたりとか、毒のある植物や茸を触ったり食ってしまったりとか
見た目や臭いでわからん有毒ガス、どうにもできない噴火まで考えると山にも恐い面は多いな
それでも今は昔よりは避けられる危険は多くなっただろうし、比較的な安全な道も確保されてる
何より地に足が付いてるっていう安心感は海上に比べたらデカイのかも知れんね
ある山仕事のプロいわく「山岳地帯とは、晴天時の日中だけ人が行動可能な領域」だそうだ
悪天候や夜間の山をむやみに動き回ることは、ベテランマタギにとっても自殺行為だと
たしか東北か北海道の熊撃ち名人の本のなかに出て来たお言葉だったと思う
怖いからこそ美しさも感じるんだろうかねぇ。
あるいは怖い思いしてここまで来て景色を見ているという達成感か。
近代以前の日本人も自然の風景の美しさへの愛着はあったが
純粋に風景を楽しむため、とくに山頂から見下ろすことに達成感を得る
ような登山は明治維新以降に西洋から入ってきた習慣となりそうだな
それをいえば西洋でもながらく山は自然の美に対する憧憬より
自然の脅威への畏怖の対象だったわけだが、純粋に登山を楽しむための登山は
19世紀にアルプス地方に病気療養なんかで来てたインテリが始めたらしい
なんかそれ以前のアルプスって、
「ここを越えて攻めて来るなんて向こうさんは思ってもみないだろうから、越えようぜ」
的なイメージしか無いなぁ。
>>794山自体が崇拝の対象だったしね。
どこぞの神社には拝殿とか無くて山そのものが御神体だなんてところが
あるそうだし。
>>788里山ぐらいなら交通網が張り巡らされているし
TVなどで気軽に特集されたりするから「山は怖い」という感覚が薄れているんだと思う。
今は地図だけじゃなくてGPSなんて便利なモノもあるが
山を舐めてかかると命を落とす危険は十分ある。
最近は高齢者の登山ブームとかで遭難事故のニュースが多いけど
あれはプロが付いてても安全と言う訳じゃないしね。
>>794当時のヨーロッパは鉄道網の発達により、気軽に(ある程度安全に)移動できるようになって
「旅行が人生にとって必要不可欠な事」と言われるぐらいの旅行ブームが起きていた。
で、さらに運動による健康ブームも沸き起こっていた筈。
(少女が自転車に乗ったり運動したりするのもその流れだった。
さらには家を出ないような貴婦人たちですら旅行の為の軽装なドレスを作り、こぞって旅行してたんだけど
実は健康だけでは無くて旅行先でのアヴァンチュールという目的もあったりしたらしいw)
ちなみに女性の下着にフリルが付けられるようになったり
ブラジャーが生まれたのも19世紀だったりする・・・
近代化による変化は凄いよw
山伏・修験者たちなんかスゴいからな
ろくな登山具もザイルもない時代に、立山とか槍ヶ岳とか白山とか鳥海山とか、
果ては峻険で知られた剣岳にまで、修行と称して登っていたらしい
剣岳山頂には、古い剣や錫杖が残されていたとかw
天狗伝説なんかが生まれるはずだよ
>>794フニクリ・フニクラも元は19世紀開通の登山電車のCMソングだったとか
なんかニュースで、富士山が史跡へ指定される見込みとかなんとか言ってたけど
どういう意味があるの?
その歴史的価値追加で登山客のマナーが少しでも向上すれば儲けもんって感じだろうか
>>799 >鳥海山
あそこの頂上には大物忌神社っていうちっちゃいお社があって、これが出羽国一の宮なんだけど
その神社にたどりつく手前が急角度な岩の堆積でね……死ぬほど怖い……
今はそれなりの装備も揃うし登山道整備もされてるから、自分みたいなヘタレでもなんとか登れるけど
あそこを最初に開いた修験者とかは相当難儀したろうなと思う
神社つくるための材料やら道具やらまで背負ってったんだろうしね
>>800 山上で売ってるビールが100円位高くなるw
富士山の岩にマジックとかで名前を書く人が出てきたりして
「言葉狩り」という言葉はいつごろから使われ始めたんだろう
素朴な疑問
海の近くに住んでれば海上他界観、山の近くに住んでれば山中他界観
かの柳田先生(大臣でない)は山中他界観の研究してたし実際弟子に山中に(ry
日本は島国の上に火山列島で山が沢山あるから他界観が入り混じってる感はあるよね、その土壌が神道を育ててきたのだろうが
言葉狩りについてはGoogle先生に聞くとすぐ答えてくれるぞオススメ
それとも言葉狩りという「ことば」について尋ねてるの?
観ての通り「言葉」+「狩り」の近年に出来た造語だね
言葉は「こと」+は、で日本において古くは古事記にソレらしきものが見受けられるね
「狩」は本来、獣を捕まえるって意味合いだったんだろうね、今日においても通用する概念ではある
言葉狩りと言う言葉が出来たとか概念自体が出来たってのは度外視して考えてみると
言葉狩りという「行為」は歴史上けっこうな頻度で行われてきたというべきではないかな
遥か古来、当時の体制側の朝廷は地方の豪族を「土蜘蛛」と呼び弾圧した、隷属した豪族は後々土蜘蛛として語り継がれる
一種の言葉狩りと言えないかな
>>804岩への落書きは無いが
測候所の手すりには落書きがあったと思った
中国語、韓国語のもあったよ
世界遺産になったら、間違いなく増えるね
>>808みんながイメージしている「言葉狩り」は
「このような表現はしてはいけません」というタイプのもんでしょう
刀狩の言葉バージョンとしてみればよいか
地方豪族に対する偏見と支配は、単なる支配関係でしょ
勿論、その支配の中には、差別や言葉の規制があったろうけどね
「土蜘蛛」という言葉が言葉狩りと関連するかといえば
あまり関連するとはいえないと思うね
土蜘蛛は言葉狩りとはまったく関係ないだろうねー
思い付いたままにつらつら書き連ねただけだから信憑性は小指のツメぐらいと思って頂ければ
個人的にいつ頃、蜘蛛が益虫だと広く民衆に流布したのかが気になるなぁ、あるいは原初から理解していたのか
奇怪な見た目とは裏腹にクモの神聖視は少なからず残っているしなー
>>810確かに「土蜘蛛」の事例に関しては
ある概念の消去を図ってるんじゃなく、ある概念を創造しようとしてる点で
「言葉狩り」っていうより印象操作だね。体制側の
>>808ただ最近だと、そういう風に「レッテル」として張られた過去の蔑称を
自分たちの歴史的なアイデンティティの象徴として、逆に誇示したりする例もあるんだよね
いや、例もあるっていうか、自分自身そんな風にして「公的に適切でない呼称」を用いることに
一種の快感を覚える類のどうしようもない人間なんだけど……
たとえば、自分は「エミシで百姓」だって自称するのが好きなんだよ。ぶっちゃけ
自らそう名乗る場合の、達観というか開き直りというか、なんかそういったひねくれた感覚が気持ちいいから
でも、他人から「東北はクマソの産地」っていわれた日には、ムカッとくる。複雑な心理(?)
(なお、前行の「」内は、某飲料メーカーのトップが過去に実際発言したこと。クマソは九州だw)
畢竟「言葉狩り」っていうのは、そういう複雑な心理のあり様を第三者的に観察してる連中が
表面上、相対的な弱者とみえる立場におせっかいな肩入れして生じる場合が多いと思う
だから、「百姓」を狩ろうとする人間は大概百姓じゃないし、「子ども」を狩ろうとする人間は「おとな」と相場が決まってる
でもって、これはイデオロギーの左右問わず生じ得ることだと思う
「アジア・太平洋戦争」と「大東亜戦争」の関係も、概ね似たようなこと
ところで、天子を「てんこ」って呼ぶことの是非はどうなんだろう
個人的には、てんこちゃんマジ天使! ……でも可だと思うんだが
いっそ幻想郷のみんなして彼女をてんこ呼ばわりしてたら俺得なくらい、可愛い愛称だと思うんだが、どうか?
>>812長くて分かりにくいな、要するにロリコンを弾圧するのは幼女じゃ無いって事だろ?
>>814要約に感謝。あと、
>>813は、矢印の向きが逆だ。ダメだ自分……
>>811益虫か害虫かの別は人間の生産活動の形態によって評価が異なるからともかく
蜘蛛に関しては、見た目先行でイメージ付けされてる例が多いような気がする
ギリシャ神話のアラクネとかもさ、「人間と蜘蛛の合成獣とか、心底キモくね?」っていう発想だと思う
21世紀のファンタジーたるハリポタでも、見事にその辺のイメージが踏襲されてるしね
「言葉狩り」という用語それ自体は、SF作家の筒井康隆による1993年の造語・新語でいいかと
ただ根本的な原因として、土蜘蛛も関係あるかと・・・
「まつろわぬ民」「統治の辺縁領域にある人々」を、呼称や居住地などで規定しようとしたことが、
筒井が批判した現代の差別語狩りの重要な、かつ逆説的な起原のひとつと思われます
藤原家の創った律令制、編纂に関わったともされる記紀神話などでは、
公地公民制度(口分田制度)に組込みきれない農業以外の色々な職能や辺境の民を、
口分田を耕す農耕民(一般の「良民」)と区別するための特別な呼称があります
「言葉狩り」的な集団ヒステリーの例はいっぱいあり、
戦前には、日米関係の悪化にともなう敵性語排除が有名(ただし肯定証言もあれば、否定証言もある)
当初は外国語を控え、外国のレコードは自粛する程度の一種の社会運動だった可能性が大
しかし、軍艦では「これは、自粛せんといかんのじゃあないか」とアメリカの歌謡曲をかけていたw
やがてこれが暴走すると、逆に軍モラルの崩壊を招いてしまったそうです
(元海軍士官である作家・阿川弘之の著「軍艦長門の生涯」より)
ハレンチ学園やデビルマンなどの漫画家・永井豪は、最近の表現規制法案に反対する理由として、
PTAや左右団体から寄せられた、彼の性表現や暴力表現への批判が暴走したあげく、
彼自身が体験したという恐怖を挙げています
「本を焼く者は、いずれ人を焼く」とか、
「怪物と戦うものは、自分自身が怪物とならないように注意せよ
君が永く深淵を覗き込むとき、深淵もまた君を覗き込む」とか、
賢者とされる人々の警句の通りw
>>815朝蜘蛛は吉兆なのだとか絶対に殺してはならぬと云われもすれば夜に現れりゃあ必ず殺せと云う
外見もあるだろうが蜘蛛は糸を紡ぎ出す、それに織機を連想して神聖視もしていたんだろうね、その証拠にアラクネは「織り手」だし
日本にだってマイナー(か?、どうかは知らないが)な蜘蛛女房って民話も各地に残されているにょ
>>816一視点(主観に限らず)による都合の好い解釈はある程度はしかたないと言えばしかないよね、穿って観れば俺だって誰だって(ry
日本語は素材みたいな物だろうさね、料理する人間によって味付けが変わっちまうし混ぜすぎて何だかワカラン料理も出来ちまう
最近の日本は食の欧米化が進んでどうも塩っ辛くていけねぇやい
毎日食ってたら味の変わり映えのしないファーストフードは食い飽きるのも早いってのにさ
まぁ、素材の味をどんだけぶっ殺せるかってのが西欧料理の根底にあるからな。
(香辛料をふんだんに用いる=贅沢な料理。勿論、中世の話で近世以降は変わってきてるだろう)
ところで人里の食文化ってどんなもんだろうかね?
米食が普及してるのか、それとも雑穀中心の現代社会からみるとヘルシー(総カロリーが低いことが健康的とか変な時代だw)な食生活なのか。
野菜中心の食生活だろうとは思うんだが……。
>>816いや待て筒井断筆事件以前の1980年代から
出版業界の人間はけっこう言葉狩りという言葉は使ってる
手許にある1989年刊の別冊宝島『おたくの本』の中では
(パッと挙げられる資料のこれしかないのが情けない…)
中森明夫がかつて大塚英志が編集長をしていた雑誌で初めて
アニメマニアとかを指す語句として「おたく」という造語を使ったら
大塚英志に不快感を示されて雑誌を追い出された一件を
「大塚英志による言葉狩り」と書いてある
ミもフタもない話、筒井断筆の一件で急に「言葉狩り」問題が広まったのは
当時は冷戦体制崩壊後で「社会主義や共産主義は間違ってました」になり
それらに依拠していた人権左翼へのツッコミが入るようになったからだろう
とはいえ、表現の自由や検閲による言論制限という問題とはまた別次元で
どこでも無神経にわざと罵倒的文脈で差別的な表現を乱発する人間は
礼儀や品性の点で軽蔑されるべきという問題はあると思うけどな
>>818>総カロリーが低いことが健康的とか変な時代だw
仕方あるめぇ。
農耕・牧畜により肥りすぎて死ぬことができるくらいになった、人類の歴史的には
希有な時期なんだし。
もともとの身体の作りはいかに飢餓に耐えるかという構造になっているものだから
いきおい糖尿病とかになってしまうわけで。
人類アクア説とか唱える能天気な人たちはその視点がないんだよなぁ。
人類がこんなに皮下脂肪を蓄えた時代が過去にどれだけあったのかと……。
もっと言ってしまえばカロリーで食べ物を考えること自体マスコミの扇動に煽らされてるとしか思えんな
栄養の質の事なんてまるで考えてないカロリーはただの熱量だろうに、国の食料自給率に対する煽りみたいなもんかw
>>819>>816です、たしかに言葉足らずだったな
ご指摘の通り1行目は、筒井の「断筆宣言」事件がきっかけとなり、
この用語と問題とが広く世に知られ、
タブーなく語られるようになったという意味に訂正させていただく
筒井がこの種の問題にとても敏感だったことは、
自分も一時期、コミケや東方のルーツ探訪のひとつとして、
筒井や星新一ら日本SF作家の小説等を漁った体験があるので、
かろうじて知っている(筒井にはかなりヤバいネタもあるw)
宇宙戦艦ヤマトや鉄腕アトム(初代アニメ)などにも関わったらしい、
豊田有恒の短編(70年代執筆?)にも、同種のテーマがあった
「桃太郎」のテーマや用語が、時の政権や主流思想が交替するたび、
権力や世間の空気に怯えた出版社の自粛と迎合により、
コロコロと変えられるというアホなもの
オチは童話作家がやる気をなくしてしまい、
「目も見えない、耳も聞こえない、話しも出来ない桃太郎は、
おじいさんおばあさん、三匹のお伴たちといっしょに、
鬼とも世間とも関わらずに山奥で、いつまでも平和に、
しあわせに暮らしました めでたしめでたし」
というお話にしてしまう
困った事に、世界ではこうした言論弾圧はリアルらしい
元ネタの「桃太郎」からして、子供向けに翻案されたお話しだしw
ああ、大東亜戦争当時に作られた児童啓蒙プロパガンダ映画
『桃太郎 海の神兵』とかの話な
しかしまあ古代の神話とかもその当時のプロパガンダだったものは多い
エジプト神話なんてファラオの王権の正当性のため王家の先祖は
数々の偉業を為した太陽神ラーだとか述べ立てたお話なわけだし
ローマでもケルトでも北欧でも英雄譚はほぼ異民族との戦乱がモデルだし
古事記や日本書紀も要は朝廷の主催者側発表ストーリーなわけだし
時代ごとに趣旨が変わった話なんてめずらしくない
だから神話伝承民話の類に正解はなく、異説、異聞が多いほどむしろ正しい
5年ほど前だったか図書館に行った時
「トムとパンケーキの話」とかそんな感じのタイトルの絵本を見かけてなんとなく読んで見た。
その絵本は初めに
「ここは『トムの村』です。ここにいる少年はトムです。ここは『トムの村』ですのでトムのお父さんの名前もトムです。
トムのお母さんの名前もトムです。勿論、トムのおじいさんもおばあさんも、トムのお隣さんの家族も、ご近所さんも、
変な話ですが『トムの村』に住む人たちの名前は全員トムと言います。
ですが、『トムの村』の人たちは誰も変とも思いませんし、毎日平和に暮らしています」
そんな感じで始まって、ややこしい話だなこれ、とか思って読み進めたら何の事は無い
小さい頃に『ちびくろサンボ』の物語として読んだ話だった。
登場人物全員の名前がトムである必要性が全くねえと思わずツッコミをいれた。
言葉狩りで思い出したそんな話。なんかモヤッっとした気分だった。
差別用語ってわかっててもなんかなー
「頭の不自由な人」の差別用語で無い言い方だけど
差別用語である「白痴」の方が言葉の響き的に文学的に感じるみたいなそんな気分
是と非の問われ方の問題な気がするけどね
痴呆症が認知症に置き換わったのは近世の人権拡張的な流れをみれば必然だったとさえいえるし
何年か前に読んだ『政治的に正しいおとぎ話』っていう本が面白かった
(携帯なんで書誌情報は割愛。たしかデーブ・スペクター著だか訳だか)
要するに、昔話をポリティカル・コレクトネス(PC)に忠実に書き直すとどうなるかっていう皮肉
例・ちびのジャック→垂直方向にチャレンジされているジャック
図書館とか行けば割と置いてあるはずなんで、この手の黒い笑いが好きな方にオススメ
東方の会話シーンとかキャラ設定とかを「政治的に正し」くしたらカオスだろうなぁw
「感情や思考が一般常識の枠に囚われない」フランだとか
「⑨→学習・思考能力において努力を求められている妖精」だとか
学校の成績表に書かれる先生からのコメントみたいだなw
そういえば暴力はイカンってことで
平和的に鬼と話し合って仲良く暮らす桃太郎のアレンジがあったな…
何もそこまでしなくても
なんで暴力はいけないの?って聞かれたら答えに窮すのは間違いない。
>>829ある問題を暴力で解決する事例を人に見せる
(桃太郎も突き詰めて言えば「鬼」という問題を「暴力」で解決した物語に過ぎない)
↓
見せられた人は問題解決の方法に「暴力」という選択肢があることを知る
↓
その人が問題解決に「暴力」を用いるようになる
↓
そういう人が増えれば社会的混乱が発生し、今の社会体制を維持出来なくなる可能性が生まれる
(あるいは「暴力」に晒される人が増える可能性が生まれる)
↓
社会体制破壊の可能性を減らすため(あるいは「自分」が暴力に晒される危険性を減らすため)
「暴力はいけない」と主張する
まあ「他者に苦痛を与えること自体が悪」として「暴力はいけない」と言う人もいるだろうけど
大半は上のような理由なんじゃないかね
でもそれは「悪」の説明にはなってないんだよねー。
「お父さんやお母さんが殺されたら悲しいでしょ?」とか「痛いのはイヤでしょ?」とか、
そういう風に言えば小さい子供を諭すことはできるけどさ
自分は多様性を減らすことが悪だと思ってるけど、個人の信条の域を出られないよね
信条も無数に集まれば宗教や慣習になるんだろうけど・・・
「お前は殺されていいのか? 嫌だよな。じゃあ殺すな、お互い様だ」
は世界の基本(でも、だからたまに自分の命を省みない者が出てくると怖い)
そして幻想郷では妖怪は人を狩るけれど、人も妖怪を狩るという…
皆さん大変色々な知識をお持ちのようで凄いです。それで博識な皆さんに質問なんですが、東方元ネタwikiに鬼神が妖怪の山を治めていたと書かれていて、その鬼神とは三大鬼権見の内の誰かなんでしょうか?
そんな昔話の変更なんてしなくても、子供が悪い事をしたら周りの大人が叱れば良いだけなのに
ソレすらできてない世の中なんだよなぁ・・・
親だけじゃなくて赤の他人から叱られるのも子供の価値観を広げるためには必要なのに
今ソレすると問題が発生するしねぇ。
暴力的だから駄目と言うなら、ソレで育った貴方達は駄目だったの?となるだろうに疑問に思わないし
子供に悪影響と言っても、今までソレでやってきて悪影響を受けてない子供の方が多いだろうから
もう少し子供の持つ正義感を信じてやろうよ。と言いたくなるよな。
>>833東方内では「かつて鬼が山を治めていた」と言うのは出てはいるが
鬼のトップは誰だった?と言うのは出てない筈だから「分からない」が正解になると思う。
鬼の首領は不明だけど三鬼大権現の内のどれかってことはまず無いと思うがね
三鬼は仏性も持っているけどむしろそれは仏教の併合後付けで本来は修験道的存在の「衆生を見守る」モノだっんじゃないかな
萃香がある程度の筆頭位置?に居ただろうということは予想できるが、「天王」の字を受けてたくらいだし
>>818それが気になり、江戸から明治にかけての食事情を調べてる
やはり人里だと、せいぜい五分搗き米ぐらいが中心で、
白米は節季やお祭り、盆と正月ぐらいのご馳走かもしれない
「一汁一菜」(ごはん、味噌汁、漬物、おかず1品)を基本とする、
和食の様式だけど、調味料や調理法がほぼ確立した江戸後期以降だと、
階層による違いがあり、かなり気をつけるべき記述らしい
日本料理では「口取、八寸、小鉢」などと呼ばれる箸休めなお惣菜は、
お漬物同様、「○汁□菜」の菜(おかず)にカウントされない場合がある
西欧料理の前菜、または魚や肉料理の付け合わせ等に相当するものらしい
最後の将軍、徳川慶喜の「自称・一汁三菜」な食膳見て思った・・・
それをもとに、同じ「一汁三菜(夕食のメニュー)」で霊夢らと、
紫らを比較すると、
霊夢や妹紅の「一汁三菜」
ごはん、味噌汁、漬物、焼魚か煮魚、酢の物その他、野菜の煮物の類
紫や姫様の「一汁三菜」
ごはん、味噌汁、漬物、向付(なます、魚の刺身や酢の物)、
焼物(魚やエビや肉類など)、【口取】、【八寸】、
平(野菜や豆腐などの煮物や寄せもの、卵焼きなど)、【小鉢】
【】でくくった口取や八寸、小鉢などがくせもので、
将軍クラスの食膳だと非常に凝った「箸休め」「付け合せ」
「ちょっとした添え物」「食卓の彩りw」が提供される
エビやら野菜やら封じ込めた寒天とか煮凝り
香り付けに菊の花をあしらった生麩料理
豆腐にいろいろな野菜やウナギ、鶏肉などを込めた料理などなど・・・
「おゆはんでも一汁三菜の質素を心がけているわ」などと、
紫や姫様が言ったら、霊夢や妹紅はしっかりと問い詰める方が良いと思う
結果、弾幕戦になってもオレの知った事じゃない
>>834確かに鬼神にもそれなりにいるので判断しにくいかもしれませんが、ある程度の予想は出来ないのでしょうか?
>>835それだと山の四天王と呼ばれるのは変な話じゃないですか?トップの次なら四天王に組み込まれることもないかと思うのですが?
一応三鬼かなと思ったのは天狗を使役していたらしいので、妖怪の山の昔の状況に似ているなと思ったのですが、
的外れでしたかね?
また変な質問してすいません
>>838トップの次なんて言ってないぜ?もう少しちゃんと文を読んで質問してくれ、あとsageなよ
現時点では不明だし可能性の話をすれば枚挙に遑がない、四天王の上に誰かがいたとも言い切れないんだから
支配社会を作ったのが三鬼の可能性もあるけど三鬼大権現は仏門に下った存在だし祀られてる場所を考えると可能性薄じゃね?
そもそも鬼も神も「なんかすげーの」位の存在だし
鬼神=神格化された鬼とは限らないよ
(そもそも神主は設定を細かく決める性格ではないから「わかりません」ってのがここでの回答でしょ)
非公式設定スレに行きなさい
(E-mail(省略可):のところに半角でsageでsageになる)
崇徳上皇だったらいろいろおもしろい
人にとって良く解らんすごいモノを「良く解らん」っていう所から分節するために
「神」とか「鬼」って名付けたって認識でおk?
人にとっていいことをする場合が多いのが「神」でその逆が「鬼」みたいな
鬼神とかは鬼の中でも物凄いって意味かな
>>839変な解釈してすいません。三鬼は可能性薄いですかあ、返答ありがとうございます。
>>840 >崇徳上皇
冗談抜きで、天狗の頭領に関しては有力説だと思う
天皇制イデオロギー上の負け組っていう点でも、幻想郷的に格が高い人だろうし
>>841諸橋大漢和によると、「鬼(おに)」っていうのは
イ.死人のたましい。人が死ねば心思をつかさどる魂は天にのぼって神となり、形体は地に帰り、形体の主宰である魄は鬼となる。
ロ.ひとがみ。人鬼。祭られた死人の幽魂。天神地祇の対。
ハ.ひとがみの中、特に定められた神位を安置する場所のないもの。(後略)
ニ.冥冥の中にあって不可思議の力ありと信ぜられる人格。一に聖人の精気を神、賢人の精気を鬼という。
ホ.人を賊害する陰気、又は現体。もののけ。ばけもの。
ヘ.姿が見えなくてしめす禍難を齎すと信ぜられる人格。
ト.想像上の生物。人形で双角あり、面貌獰悪、裸体で虎皮を褌とする。
……だって
たぶん、下に行くほど新しい字義で、今我々が「鬼」っていわれてパッと思い浮かべるモンスターのイメージに近いはず
(トのやつも出典は『唐逸史』ってなってたから、相当古いんだけど)
要は、「鬼」も「神」も、字義的には極めて近似した関係にあるってことになるけど
これらの文字を輸入して「おに」「かみ」っていう語(概念)を当てた日本人の感覚のフィルターによって、またイメージのずれが生じてるわけで
言語学・民俗学・歴史学上の「おに」までひっくるめようとすると、上記だけじゃ到底解説しきれないくらい、どでかい内容を包含するものになるはず
よって、このレスでのむすびは、「自分でいろいろ調べてみてください」(……つかれた)
ローカル伝承的に、鬼のトップは漢の武帝説を一押し
『英霊の言之葉』を読むと「護国の鬼とならん」みたいな記述があるから
神=良い、鬼=駄目、みたいなグループ分けはされないケースもある
参考に貼
ttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1417751064
たとえば悪七兵衛の悪の字は「強い」位の意味で「悪い」っていう意味はここでは使われてない
また、「鬼神のごとく」っていうのも、具体的な「鬼神」は想定されてない
だから鬼神が、「鬼みたいな神」なのか「神みたいにすげー鬼」なのかは、
鬼、神、両方の言葉の原意からして、よくは分からないよ
俺は鬼神=「よくわかんねーけどグレートすげー」くらいの、形容詞的に捉えてる
まぁ専門家の降臨をまつしかないな
(呪文は…「萃香ちゃん寒くない?大丈夫?自家製のホットミルク淹れたんでどうぞ」だっけ?)
マックスウェルの悪魔さんが現実入りとの発表が東大と中央大の合同研究チームからあったんで他のも現実入りさせれるんじゃないだろうか
と思ったんだが、次に現実入りしそうな架空の存在ってなんだろう。ラプラスの魔とか、常温超伝導物質とか?
まぁそれらより小悪魔を召還したいんですがね。
ttp://www.s.u-tokyo.ac.jp/press/press-2010-42.html
>>843に訂正。ヘのトコの「しめす」→トル
>>844「護国の鬼」っていう場合、文脈上、上のイにニのニュアンスが加味された含意になると思う
(死後「英霊」として祀られることも意識しているとすれば、ロの要素もありか)
ただ、貴レスの下の方で触れられているような、「鬼」「悪」を「強い」ことの形容に用いる
武門の慣用句みたいなものの影響も確実にあるだろうね、この場合は
大漢和をもうちょい眺めてみたら、「鬼神(キシン)」の項に
>>843とはちょっと違ったニュアンスの用例があったんで、抜粋
二.神明叡智な神霊。
四.おにがみ。あらぶる神。冥冥の間に人に害を及ぼす怪異な存在。
五.天地創造の神。造化玄妙の理。
(いずれも出典として紀元前成立のものが引かれてた。古い)
なんか、ますます「鬼」と「神」の線引きが曖昧になってきたような……
さて、その上で萃香や勇儀の直接的なモデルになってる「鬼」っていうのは
概ね上のホ、ヘ、ト、それに四あたりの、人間に害をなす怪物としてのイメージだと思う
人から見て、端的にイヤなモノ、穢れたモノ、排除したいモノ、それら負の概念を「人格化」した存在
で、そういった存在はどう処遇されるべきか。歴史から導き出される解は、倒すか、追いやるか……
前者の「鬼退治」は、東方のキャラ設定の中でもかなり詳しく触れられてるから措くとして、いいたいことがあるのは後者
↓思うところあってググッたらひっかかった面白いサイト。URLの下は、それぞれからの抜粋等
①ttp://www.geocities.jp/edelfalter/rec_tsuina.htm
>穢く悪しき疫鬼の 所所村村に蔵り隠らふるをば
>千里の外 四方の堺
>東方陸奥 西方遠価嘉 南方土佐 北方佐渡より(価嘉=五島列島らしい。引用者注)
>おちの所を なむたち
>疫鬼の住みかと定め賜ひ 行け賜ひて
②ttp://blog.xuite.net/puydufou2005/hsps1898/24565392
(これ、台湾の方のブログらしい。注目してほしいのは、「蛍の光」の歌詞
なお「千島の奥も~」ヴァージョンは、
>>500氏の紹介された近代デジタルライブラリーの方にも収録されてる)
なにがいいたいかっていうと、この国は「鬼」を「外」へおっぱらっては、さらにまたその住処を奪い続けてきたんだな、ってこと
①の段階での「大八洲」は、せいぜい東は東北、西は九州、北は佐渡、南は四国だった。そっから先は「鬼」でも住んどきゃいい
ところが②の近代(戦前)じゃ、千島(つまり北海道は無論)に沖縄、果ては台湾や樺太まで「八島のうち」になっちゃってる
……オニさんはどこへいけばいいのかしら……
古来、「鬼」は駆逐されるべきものだった。「人」も「国」も、「鬼」をやっつけて大きくなってきた
先に触れられてた「桃太郎」は、そうした歴史の文脈をふまえれば、よくできた寓話だと思う
でも、「鬼」に仮託された負のイメージ・レッテル全般と、それを背負わされた「周縁的空間」の歴史を思うとき
なんかやりきれないというか切ないというか、決してめでたしめでたしで〆られない気分になるのは、なぜだろう……
萃香や勇儀が背負っている影みたいなものも、なんかその辺の薄暗さを反映してる気がしてならない
彼女らは、何度「人」から追いやられてきたんだろう……。せめて今は、下の宣伝AAみたく、幸せに酒呑んで暮らしててほしい
ところで、①のサイトの管理人って、もしかしてここの住人だったりしない……?
>>821「安全保障」をベースに考えたらカロリーベースになるのは至極当然のことだよ
そこは別にバカにするところじゃない
マツタケ食っても腹は膨れない
ネットは広大でネットで解らないことは殆ど無いなんて言うけどさ
まだまだ民俗とか神話系の資料は自分の足で調べた方が多くの資料が手に入ると思うんだ
まぁこのスレの住人なら重々承知なんだろうし方法なんて人それぞれか
裏
このスレの住人なら、と言うか神話に興味があるなら
一度は神宮文庫に行ってみた方がいいと思う、あそこの蔵書パないから
裏
>>851> ネットは広大でネットで解らないことは殆ど無いなんて言うけどさ
そんなこと言ってる人いるの?
載ってないことなんてごまんとあると思うし、
説明不足だったり難解な書き込みの場合
(自分の能力のせいで)「解らないこと」だって個人ごとにたくさんあると思うんです
>>850カロリーベースにする事を安全保障面から当然だと本気で言ってるならちょっと引くってレベルじゃないんだが…
ほんの少しでもカロリーベース総合食料自給率の問題点を知っているならそんな言葉は出てこないんじゃないかなー
>>854問題だと思うなら問題を書き出すべきでは?
まあ、ガソリン、飼料、廃棄らへんの問題でしょ?
野口氏なんかがそれら主張してるけど
柴田氏は逆の主張してるね
>>853実際居るでしょ
メディアもネットも、情報源の一つでしか無いけどね
民俗学や地理学は、フィールドワークが重要
>>853あいや、書き方が悪かったし言葉も足りなかったね
普遍的日常的に必要になる恒常的知識はネット上で調べるだけで事たりるって言いたかったんだ
そして「解らないこと」に対する疑問の氷解め今やネット環境があれば大抵はクリア出来るんじゃないかって
まぁ学校の課題だとかは論外だとしてね、「理解できないこと」はまた別ってことで
>>855そもそもカロリーベースと言う考え方自体が農林水産省のイデオロギーなんだよね
そして殆どの分野でカロリーの表記は「認められていない」、さらに全然国際的な単位でもないしね
問題を書き出せと言われてもここでコレ以上やっちゃスレチだろ?数日前に似たような話題が上がった気がするし
>>858おk ここではやらんし、突っ込みをしたこと自体が間違ってたよ
あと、不必要な煽りは入れないほうがいいと思うよ
>>847情報を消去する時に発生するエントロピー増大は何処に?
それとも本物のマクスウェルの悪魔が実現するのか・・・?
良く分からんが、こりゃ無から有を産み出すってことかいな?>マクスウェルの悪魔
突き詰めるとコンパクトな無限のエネルギーを産み出す動力源になるってことか?
湯船の底のほうがぬるかったり
暖房しても底冷えしたりするのは
俺の家にマックスウェルの悪魔がいるからだな
イケメンばかりがリア充になるのも、全部マクスウェルの悪魔ってやつの仕業なんだ
まぁマクスウェルの悪魔は1982年に退治されてるんだがなー
んでマクスウェルの悪魔の理論とかは理解しがたいんだけど伝承風に言うと
今から150年ほど前にマクスウェルと言う人物がこの世に悪魔を召還した
以後その悪魔はマクスウェルの悪魔と呼ばれ多くの物理学者に取り憑き頭を悩ませてる
悪魔召還から約100年経ってやっと悪魔を祓い落す方法が発見されたようだ
しかしまだ悪魔は完全には死んでおらずそこかしこに潜んでいて物理学者に取り憑いては苦しめてるという…
ってことでFA?
マク魔は0=10+(-10)を原則無料でしてくれるアクマ
我々はその10を有用なエネルギーとして利用するがエネルギー保存の法則により、
総和は0になる。だから永久機関の類ではない
エネルギー版浸透膜とでもいうべきかな
でも今回召喚に成功したのはマクスウェルの小悪魔だった
10と(-10)に分ける時に手間賃を取りやがった。イカサマに違いねえ。俺たちを馬鹿にしやがって。
これであってるかな。eraい人の降臨をまつしかないな。
ラプラスの小悪魔って書いても某図書館でこぁこぁ言ってそうに見える!
つまり小さくなると可愛くなるんだよ!
ラブプラスの小悪魔、って見えたのは俺だけじゃないはず。
箱根の旅館でこぁと二人っきりか。悪くないな。
ただのランチは存在しないからなぁ
>>868パッチェさんの監視付きですね、わかります
大変だ、
>>871の股間にロイヤルフレアの華が咲いてる・・・
シュールだな
ttp://www.sqr.or.jp/usr/fujiengei/orchid/WL5035.html
ところで俺のロイヤルフレアを見てくれ。こいつをどう思う?
>>867メガネの似合うクール系美女の長身のこぁが「くぁ…」と欠伸をするさまが可愛くないと申すか
>>866ちょっと違う気が。
今回の実験で召喚したのは
階段の一番下ではねてるボールを情報という代償を使って上まで運んでくれる小悪魔ちゃん
んでも能力が低いから効率は低い。きっとドジっ子に違いない!
運動不足のパッチェさんはランダムに動くボールを階段の上まで運ぶより、ランダムに動く方向のうち
階段を登る方向に動いた時だけ後ろから魔法の壁を張った方が楽にボールを運べるよね、って話か
で、その方法だとボールを階段の上には運ぶのに必要な(現実ではもっとかかるけど理論上は最低値の)エネルギーより更に少なくて済むってのが今回実証出来たこと、で合ってる?
なるほど要するに結局の所パッチェさんは運動不足って訳だ
つまり
パチェにとってのマクスウェルの悪魔=こぁだったのか・・・
面倒くさがりが欲した究極の形というわけか。なるほど。
>>779言葉狩りで4人遭難、女性滑落し死亡
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101123-OYT1T00353.htm
以前何かで読んだんだが、諏訪神社って上社が諏訪子様ので下社が神奈子様のなの?
諏訪子をミシャグジ、神奈子を八坂刀売とするなら大凡その通り。
朝廷が諏訪を支配下にした証にタケミナカタを諏訪神として祀らせたものの、
どーにも上手く(実質的にミシャグジ祭祀)いかなかったので、牽制に下社勢を送り込んだって説話だったかと。
神社のかたちとしては、大三輪(大神)同様、守屋山の山体そのものを祀る古い様式
古代人にとっての山とは、三輪山や守屋山、筑波山のような里山の中の傑出したもので、
富士山や八ヶ岳のような高山は、神威、ひいては不吉の象徴ですらあったという説もある
人がみだりに近づいてはならない領域、恐るべき境界ということらしい
言葉狩りって呪いの一種だよね
単語の意味と、それによって想起される感情を任意に捻じ曲げてから禁止する事により注意を促す
それを見た人は次からはその単語を見たときに頭に上るのは本来の意味ではなく捻じ曲がった意味であり、
そこから想起される捻じ曲がった感情なんだから。
単に呪とするには早計だと思うけどね
言葉は生き物だから、故事・来歴を持った由緒正しき言葉でも民意に沿ったものでなければ死語となるし
たとえ歴史的学問的に統合性のない造語であっても、その時代の要求に合致すれば十二分に機能する
って京極が言ってた
>>887社会ダーウィニズムなんかがいい例かもなぁ>その時代の要求に合致
ふと思ったが、幻想郷にはダーウィニズムは伝わっているんだろうか。
社会ダーウィニズムが間違った形で残っていたりしたら嫌だなぁ。
幻想郷は何でもかんでも引き寄せるのではなく
非合理的で、だからこそ愛されるものが
多く迷い込んでいるわな
>>885諏訪大社上社本宮の宮司曰く
「ご神体は守屋山ではない」とのこと
>>884諏訪の一部でかつて言われた言葉に
「下社は中央の手先」 いや、出雲の手先だったかな?どっちだかは忘れた
ちなみに出雲にも似たような話あり
以前このスレで書いたような書かなかったような・・・
幻想郷内でも淘汰はあるんじゃ
例えば前歯をフォークみたいにする風習とかは(記述が)ないことだし
(幻想郷の様なものがたくさんあるとか、幻想郷内で住みわけがあるとかっていう
可能性もあるけど)
ちなみに、ダーウィンの進化論と社会進化論に関係性はないって
ウィキペディア先生が言ってた
長州力と長州中力があんまり関係ないのと同じってことかな
>>890ウィキペディア先生もいい加減なこというよね~。人間の思考・思想って、連環なんだよ
「社会ダーウィニズム」が進化論を牽強付会的に引用した結果だなんて、文脈的に明白じゃん
>>888幻想郷のような複数の知的「種」の共存関係が自明化してる場所では
「社会ダーウィニズム」的な一方通行の価値序列は浸透しようがないと思う
合理的に選別された「人種」に世界の支配権が必然的に収斂するなんていう思想は
どう考えたって幻想郷みたいな雑居状況にはそぐわない
てか、それ以前に、「社会ダーウィニズム」的な考え方って、今でもこっちで現役じゃん?
「人」が「人」を「劣後者」として扱って、それを合理化しようと企てるような心理のあり方が、さ
>>886少し違う。「言葉狩り」が呪いなんじゃなく、「言葉」が呪いなんだよ
あえて使わせてもらうけど「めくら」「おし」「つんぼ」、「部落」「こじき」「ルンペン」「チョン」「ロリコン」
こういったことばが歴史的な文脈の上でいつしか「指示的」でかつ侮蔑的な意味を孕んできた「使用実績」があってはじめて
「言葉狩り」的おせっかいが生じるんだよ
「ロリコン」で何が悪い? 俺は子どもを愛しているだけだぁぁぁっっっ!!!
ロリコンは悪くない、ただし
>>892、てめーはダメだ
悪いなんて誰も言ってないよ子ども愛してるならそれでイイじゃない、自分の中にやましい心があるから
「ロリコン」という呪に悪い、後ろめたい気持ちが生じるんだ、コンプレックスは所詮、劣等複合でまかり通っているのだから
社会ダーウィニズムってのはあからさまに19世紀帝国主義時代の段階で
白人列強が有色人種を征服することが科学的に正しいかのように理屈づけ
するための文脈だからなあ…多様性が命の幻想郷とはまるで違うだろう
幻想郷は単純な力押しの強さより弾幕の美しさが求められる世界なんだからw
言葉が呪い(ノロイと書いてマジナイと読む)だという説を聞くと思うのは
ある語がなければその語が意味する概念自体人間は認識できないという
ソシュール言語学みたいな話。一部の地域では虹は七色ではなく四色か五色
「紫」って言葉がなければ「赤」と「青」の中間の色は認識されないんだぜ
それで文字どおりゆかりんは境界の象徴なのかw
↑「一部の地域では」は正確には「一部の文化圏では」だな
霖之助さんの化石に対する知識・認識を見ていると、ダーウィニズムというか
進化論とか、まっとうな生物学・古生物学の知識は幻想郷に入り込んでいない
ようにも思えてくる。
その上で社会ダーウィニズムだけ伝わってくることもないかもしれない。
幻想郷に統治者の正当性を顕示させる様な系統的政治思想や社会思想が要請されるとは思えないしな
(それにそれらは、幻想入りの要件を満たさないだろうし)
>>896俺はずっと「紫」の意味するところは可視光線と不可視光線の境界だと思ってた。(紫外線)
まぁ掛け言葉的に複数の含意があるんだろうけど
> 可視光線と不可視光線の境界
なるほど!
さらに虚と実の境界でもある
ホラ昔の不良同士のケンカ言葉で、ハッタリの嘘を言ったら
「不可視こいてんじゃねぇ」って怒鳴られるじゃないかw
>>898発想としては斬新だったがなぁw
でも化石というわずかな情報から想像される太古の環境や生物ってのも
そんなに変わらないのかもね
>化石
えーりんだったら生きている恐竜を見た事もあったかもしれぬ。
昔のえーりんは、あの手に持ってる弓でよく恐竜を狩っていたウサ
神話体系における神代と現実過去における古代は混ざることが無いって話はしってるか?
まあえーりん1億歳説も神主が酔っぱらった上での発言らしいしねぇ。
(神主は酔っぱらった状態がデフォルトだというのはさておき)
綿月姉妹の会話から考えるに、1000~2000年辺りで既に記憶が怪しくなってきてる気配がある。
仮に、単純に永琳が綿月姉妹の100倍記憶力が良いとしても10万から20万年辺りが記憶の怪しくなるラインで、
それは、永琳が1億歳とした場合の、年齢の1/1000~1/500でしかない。これは困った…
脳のシナプスの量に限界がある以上、古い記憶からトコロテン方式に抜けていくのはしょうがない
御阿礼の子が短命なのもそれが関係してるんだろうし
人間の尺度で考えるからおかしくなる訳で…
基督教の神だって7日間で世界を作ったって云われてるけど
この7日間における1日とは一体人間の時間でどれ位なのか、1年間だ、いや数百年、はたまた億年だ、なんてさまざまな憶測が飛び交ってる訳だし
>>912神にとっての1秒は100万年にも等しいというユダヤ教の言葉があってだな・・・
いや、もっと長かったかな?
ユダヤ笑話集に載ってる
>>911「月の頭脳」ではなく「月が頭脳」なのだとしたら…?
>>914・2月17日(火曜)
月の地表を掘れば固い岩盤が現れた
手持ちの掘削機器では歯が立たなさそうなので、X線で内部を走査する…構成物質は液体と巨大なタンパク質か
電磁反応アリ、内部からは微弱な電気信号が出ているようだ
そういえば、さっきから誰かに「視」られているようなんだが……なんて胸熱な展開を想起したぜ
月に地震を起こして月の密度だかなんだかを調べようとしたら五分ぐらい揺れっぱなしで
中身が空っぽなんじゃないかなんてことになったって話を聞いたことがある
月人が何かを隠していたのか、それとも月の無人兵団や最終鬼畜兵器が格納されていたのか……本当に胸が熱くなるな
>>913そういう話とは別に、神話とかって異なる言語に翻訳する際に元の
言語では1,000だったのが翻訳後20,000になってた、とかもあるので
余計ややこしいことに。
アメリカ英語とイギリス英語でbillionの値が違うというのも困るなと思ったり。
>>916NASAが地震計でそういう測定結果を得た時、科学者が冗談で月が中空ならそう
なるということを言って、オカルティストがそれをえんえん孫引きしていると
聞いたことが。
実際には月の岩盤には地球のような液体・気体が含まれている層がないことや
液体のマントルがないことで、振動が吸収されにくいというオチだったはず。
>>910数十年足らずで記憶容量がいっぱいになるほどヒトの脳みそは
そんな容量が小さくないってとある学園都市の見た目ロリな先生が言ってた
PCで言うと
普通の人は使わない記憶はzip保存で圧縮待機保存させとくのに対して
御阿礼の場合は求聞時のせいで全ファイル全稼動状態のようなもんだから
やっぱり負担でかいんじゃない?
御阿礼の子が短命なのは度重なる転生による魂の摩耗が原因じゃないのかな
初代稗田阿礼は少なく見積もっても60歳近くまでは生きていたはずだし
魂の問題なら、永琳先生に診てもらえばいいかも
蓬莱の薬の効果から考えて、永琳先生なら魂に手を加えることも可能なはず
ただ延命が可能だとしても、是非曲直庁が許可するかはわからない
Creation Museum(天地創造博物館)
ttp://www.youtube.com/watch?v=BobIAnJ6BPM
>聖書の記述を重んじる福音派のキリスト教の団体が25億円で6年の歳月で建設。
>科学の常識である進化論を否定、神が6日間で天地を創造した様子を忠実に再現。
>地球は6千年前に誕生し、人類の祖先であるアダムとイブを神が創った。
>その子孫は恐竜とともに暮らしていた。
永琳「あれは46億・・・いや、6千年前だったか・・・
まぁいい、私にとってはつい昨日の出来事だ
進化論ってちょっと前に法王様が認めてなかったっけ?
>>926カトリックは先代の法皇が認めるという公式発表をした。
でもプロテスタントの原理主義者は認めていない。
プロテスタントでも主流派は(しぶしぶ)許容しているけど、
原理主義者の一派が多い地域だと進化論否定の法案が通ったり
してしまっているのが実情。
人類は自ら何千年もの間、信じられてきたさまざまな宗教の教義を粉々に粉砕したから
天動説で世界を揺らし進化論で己の、人の起源概念まで打ち壊してしまったからなぁw
まぁ、科学と「そーいうもの」は一線を画しているから相容れないのは当たり前のことだろうが
アメリカは元々キリスト教徒でも一癖あるのがつくったんだし
彼らの進化論の見解には期待もなんにもしてないよ
ファンダメンダリズムと言う言葉自体、アメリカの気合の入ったキリスト教徒に付けられた物だしな
それに俗に三大異端なんて呼ばれる宗教の内、二つがアメリカ発だし
排他的、独善的な教義・信条に振れやすいのは移民国家故の特徴なのかね
そうでもないと、コミュニティとしてまとまる事が出来ないとか
アメリカにおけるキリスト教原理主義者による進化論排斥運動については
故スティーヴン・ジェイ・グールドの著書が詳しいです。
彼の著書の中では、アメリカの事情について欧州の学者や宗教関係者が
「本当なのか?」という態度をとっていたことが書かれています。
それくらい温度差があったといいますか。
でもリチャード・ドーキンスの近年の著書では、欧州でも対岸の火と言って
いられなくなってきた模様。
先に書いた通りカトリックは公式には進化論を許容しているのですが、
イスラム系の移民はそうもいかないため軋轢が生じているそうです。
もしかしたらそれに便乗して、内心では進化論を否定したい欧州のキリスト
教徒も活動をし始めるかもしれず。
イスラムはかっては古典ギリシャの科学や数学、哲学等を伝え、
「教典の民(キリスト教、ユダヤ教)」には寛大だったのに、
どうしてこうなった?
>>932イスラム教がユダヤ・キリスト教とここまで対立してしまった原因は
イスラエル建国なんじゃないだろうか。
>>932今だって、無宗教者に対する感情の方が悪いよ
日本人で、特に特定の宗教や無神論に思い入れがないなら、ShintoistかBuddhistと名乗っておくのが無難
あいつらにとっての宗教ってのは「人を殺しちゃいけない」みたいな常識と同義らしいからな
(なんでそこに神様が関わってくるのかが分からんけど)
うかつに無宗教だなんて言ったら「人殺しでもなんでもする」って言ってるように勘違いされると聞く
>>936神様が道徳を与えたから
悪いことしません、ってのは向こうだと神との契約なんだよ
逆に考えるんだ
日本人の多くは特定の宗教への信仰はなくても
まあ常識的な一般論としての道徳観とか倫理観みたいなものはあるだろう
中東ではそれがそのまま宗教というものになったのだろう
逆に言えばコーランで禁じてないことは倫理的に悪事ではないんだな
>>938悪いけど、ムスリムの前でそんなこと真顔でいうのだけはやめたほうがいい
日本人は宗教的に無知だっていう世評に、ますます拍車がかかりかねないから
実際の所、無知だろうよ
世界の宗教分布では日本は仏教の国だと認識されてる訳だが
その当の日本人は寺院と神社の区別がつかない連中が大勢いるし
無知が悪いかと言われればこと宗教に関しては必ずしもそうじゃないけれど
自分の信じてるモノが何であれ自分の国の歴史と文化にはもう少し理解があってもいいんじゃないかなと思うよ
日本人の一般人の宗教のイメージはオウム真理教と某団体だろうしなぁ
そりゃ敬遠されてしかるべきだわw
まぁ宗教としては両方とも全く間違っていないしな 「信じる人がいればそれは神」だ
信じるものは救われるし信じないものは地獄に落ちるのだろうw流石に彼らとキリスト様(笑)は同レベルだと言ったらしばかれるだろうけどな
外の世界では信仰が薄れてしまったからこそ諏訪の面々は幻想入りしたわけ
だけど、幻想郷の中での信仰もどの程度なのやら。
妖怪からの信仰は得られているみたいだけど。
そこらじゅうに神様が居て神社が必要ない位、身近な存在らしいから
存在する人間の数は少なくても外よりも信仰は得られるんじゃないかと思う。
(信仰=親交らしいしね)
複数の神様を信仰しても問題ない日本だからこその世界観だな。
でも今でこそあれだがどの宗教も広がり始めたばかりぐらい昔は
侵略した後その地は支配するのにやりづらいから
自分の所の神も信仰するならその土地の神の信仰は続けて良いって言ってた時期もあったみたいだね
神奈子と諏訪子みたいな大人の事情って感じで。
ギリシャとエジプトとかわかりやすいよね
>>944一神教の場合、そういう過渡期があってから、うちとこの神様は全能なので
あんたとこの神様と言うのはうちとこの神様が化けてたんよ、とか言って
同化していくんだったっけ?
多神教の場合は負けた側の神様が格下げされて下っ端の神様になるか、
場合によっては悪魔扱いとかで、どのみち勝った側の宗教に同化される。
日本の場合は結構特殊というかどっちの視点で見るかによって変わってくるよね
以外にも仏教が全盛であった鎌倉・室町の時代でさえきちんと神道は敬意を保たれていたし
神仏習合がなされたけどそのほぼ総てがキッチリ役割の分担が出来ていたんだよね神社では、どこも神様の為に念仏を唱えますって
まぁ祝詞とは意味合いは違うのだけれど、仏教が「死後」を請け負ったのはかなり大きいだろうね、神はより神聖になったと云えなくもない
それから約千年もの間ずっと切っても切れない関係を仏教と神道は続けていたわけだけど明治に入るとき神仏分離の流れが出来て
完全に神社から仏閣が排除されるんだよね、良し悪しは置いといてさらに戦争に入るとさらにその流れが加速して今に至る、っと
日本の仏教は受け入れられたものであって、押し付けられたものじゃないからな
ただ、平安時代とかではあくまで仏が上で神が下みたいな考え方があったみたいだが
「仏教は」っていうか宗教というものは全部押しつけられるようなものじゃないんじゃない?
なりゆきはどうあれ最終的には自分の意思じゃないと。脅してやらせた上っ面だけの信仰じゃすぐ廃れると思う。
無理やり改宗させたい場合は聖地なり聖像なりを破壊してから、数世代かけて自ら進んで信仰するよう生活・文化ごと変える。
本邦の神様も人間と同じ仏弟子だよ(神仏習合初期)
↓
本邦の神様は仏の眷属や護法神だよ(神仏習合発展期)
↓
本邦の神様は仏の別の姿だよ(本地垂迹)
↓
(本邦の神様こそ、仏の真の姿だよ(反本地垂迹))
と時代の流れや世間のニーズに合わせて変化してきたのが
我が国の既存の神と外来の神との関係だけれども
日本的機会主義の最もたる例、と本地垂迹説のことを評していた作家がいたな、そういえば
クリスマスを祝って大晦日には除夜の鐘聞いて、新年には朝日を拝む。
2月には節分とバレンタインデーを行いその後もお盆で先祖の霊を祀ってんのに
ハロウィンも祝うw
良い国だよ、日本。
もったいないって感覚とか何でも擬人化するのも日本の宗教観の影響だよね。
>>943氏の
「信仰=親交」という言葉がいたくグッときた
>>952ところが、「新興」と付けばぐっと胡散臭くなるんだ。
Yo! Yo!
今日も今日とて神を信仰!
凶暴狂信文化侵攻!
ファザーもアッラーも only my God!
俺たちゃ子羊 lonely 迷子!
一神教徒は野蛮な毛唐!
一心不乱の軽挙妄動!
神州狙う不穏な言動!
黄金の国を今こそ Get do!
書いてて自分が情けなくなった
>>957即興だとしたら君才能あるよ、うちこない?
>>951>何でも擬人化するのも日本の宗教観の影響だよね。
なんだか凄いしっくりと来た
>>952「信仰は親交」ってのは神奈子が言っていた筈だぜ。
フランクな神様に見えるのはそのためらしいw
>>951 >>961自分は何でも擬人化するのはあまり好きじゃないな
神様を人間が擬人化してしまうと、人間の想像や妄想が入りこんで
本来の神様の姿とは全く違ったものを想像してしまうんじゃないかと思うんだよね
神話に出てくる神様とかってあまりにも人間臭くて悪いことや間違ったこととかもするし、、
実在した人間をモデルにしたり、人間が勝手に想像して書いた要素が大きいと思う
もし神様が存在するとしたらもっと崇高で人間の理解や認識を超えた
存在じゃないかと思う
もし直接神様とコミュニケーションできたとしたらまた話しは別なんだろうけど
ちなみにこれは自分が個人的に感じてるだけで
>>951や
>>961の宗教観をどうこういうつもりはないよ
>>964別にそれでもいいんじゃないか?
聖書宗教の神様は「もっと崇高で人間の理解や認識を超えた存在」だからね
そういう考えをする人は世界に何億人もいるよ
どんな神様が正しいかなんて正解はないんだから自由に考えていいんだよ
神様といえば、水戸黄門的な話が世界中にあるみたいだな
神が身をやつして地上社会を巡回して悪を懲らすというもの
日本なら蘇民将来のお話し、ギリシャ神話でもゼウスとヘルメスが同じような筋書きのお話しを持っている
貧しい人の方が慈悲深く(牛頭天王=武塔神=スサノオは、貧しい蘇民将来からアワのご飯と藁の布団を提供される、
ゼウスたちは町外れに暮らす貧乏な老夫婦から、桑の実やなけなしのワイン、卵、暖炉の火など精一杯のもてなしを受ける)
そしてどちらのお話しでも、余裕あるはずの金持ちたちは冷酷非情で、神の怒りに触れて破滅するのも同じ
結局の所は「少なくとも今の日本では」宗教の自由が認められているんだから何を信仰しようが個人の裁量しだいじゃなイカ?
>何でも擬人化するのも日本の宗教観
批判したいわけじゃないし今現代の惨状を見ちゃうと強く否定出来ないんだけど
神道の在り方から見てみると、本来「日本の神様に形は無い」んだよね
神はあらゆる所に「居り」、特別な場所に「宿る」
形のある神像ってモノも古くからあるけどコレは明らかな仏教の仏像に影響されて作られ始めたモノなんだよね
落ち着くんだ
誰も「日本本来の宗教観」とか「神道の思想」とかそういうことは言っていない
>>968が言ってるのは
今でこそ擬人化が盛んだけど昔はことさら神に形をこしらえたりしはしなかった
つまり言いたいのは、昔は擬人化をしなかったけど今は擬人化をするっていう俺らの変わりさまの話だべ
遮るほどでもない
神を「擬人化する」ことは、神が人間と似たような姿あるいは心を持っていると想像することで、
神を「形あるものとする」ということは、神像や御神体に神が宿ると考えることだよね?
この二つは別のことだから分けて考えた方がいいんじゃない?
聖書の神は自らの姿に似せて人間を創ったっていうから
人間に近い姿をしているとも考えられるけれど
神の思考や認識が人間と全然違うというのであれば
実際に神の姿を見たら「どこが似てるんだよ!」って
突っ込みたくなるような容姿をしていてもおかしくないんだな
日本の神々には固定された容姿のイメージはあまりないが
名前があって性別もあったりするのだから
それを擬人化と呼ぶのも誤りとは言い切れないかな
神格化と呼んだほうが個人的にはしっくりするけどね
古事記って神々のお話じゃなかったっけ?
あれって神話っていうのかな?
そういや漫画東方の中でも、霊夢が降ろす概念としての神様(住吉さんとか鉄の)とカナスワみたいに実体持ってる神様がいるね
>>973聖書は人間を特別視しているというか、神の姿に似せて創ったということに
しているから、ユダヤ教やキリスト教では神の姿は人間に似ているという
ことになってしまう。
だからこそアダムにはへそがあったのかどうかなんてのが神学上の論争の
タネになってしまうわけで。
裏
進化論の傍証となっている祖先の身体の構造を引き継いでいるがゆえの
非合理的な人体の構造については、神が創ったアダムの肉体は完璧だったが
堕落により非合理的になった、あるいは世代を重ねることで完璧さが
損なわれたという解釈らしい。
裏
>>974神話ってのは本来神々が主役の物語のことらしい。
ギリシャ神話みたいに神々そのものが感情豊かに
活動する物語は神話といえる。
ちなみに神々が脇役で人間が主役だと英雄譚や伝説、民話と呼ばれるものになるっぽい。
そんなわけで、古事記は政治的思惑が多分に含まれるので、
半分神話だが神武天皇以降は英雄譚かもしれん(一応、現人神扱いだけど)。
何でもマスコット的な萌えキャラにすると親しみが持てるということを
否定する気はないのだが、それとはまったく別腹の次元で
神の擬人化に対する違和感ってのはわかる気がする
そもそも神が実在するとしてそれが本当に人間の味方なのか? という
古代からの多くの天変地異や人の世に起きる人災や不幸なども起こす神は
人間中心主義の考えに立てばどう考えても理不尽な存在だ
それでまあ古代の神話の神々は、常識的な人間からはワケのわからん
すぐキレたり思い切り一発で世界を滅ぼすような存在として語られたりする
そういう超越的なものを現代的解釈の萌えキャラにしてしまうというのは
あくまで二次創作的な発想の枠内で楽しむ分には楽しいことだけれと
本来の古代の神話を生み出した、今よりずっと文明の力は小さく
戦乱や災害などの理不尽に翻弄されていた人々の世界観認識を
現代人の安全な解釈の枠内に矮小化してしまうことではないか? とね
また逆に言えばキリスト教では神は自らに似せて人間を作ったという説話が
キリスト教文化圏のときとして偏狭な人間中心主義を生んだともいえる
神が人間に似てるという発想こそおこがましいなんて言うこともできるわけだ
イエス・キリスト様も「八百万の神の一柱」という認識が
日本人の一般的な認識かもな あくまで12月の一時期のみだがw
本来のキリスト教信者には噴飯物だろうが (本来は預言者)
東洋の島国ではそういう文化なのだから仕方が無い
キリストだってモーゼだって日本にお墓があるんだぜ
ユダヤや秦氏や景教や竹内文書というトンデモとセットだが
しかし改めて10月に神が集結する出雲にキリストがいるのを考えると笑ってしまうw
いやまあそれ言うとキリスト教とイスラムとユダヤ教の聖地も同じ場所なわけで
そもそも全知全能なら人間作る必要ないよなぁ
たった一人で完結してんだし
全知全能の存在なんかいないという有名な反証として「自分が抱えきれないほど大きな岩を作れ」っていうのがあるしな
作れなければその時点でアウト、作れるなら持ち上げられない時点でアウトだからどちらによせ全能は否定されるという
全知全能の範囲にもよるんじゃね
俺は一人じゃんけんに関しては全知全能だぜ
やる前からどっちが勝つか知ってるし好きな方を勝たせることもできる
それはそれでまた話がこじれて終わらなそうだが…
どこからどこまでの線引きとか、そもそも範囲限定されてたら真の意味で全知全能と言えるのか
まぁ個人的には全知全能そのものに無理がある設定だから破綻するんだと思うけど
ところで次スレは
>>981論理学ならそれで正解。
「全知全能の神なら人間には想像もつかないようなやり方でそれをやりとげることができる。」
と返すのが信仰する者にとっての正解。
信仰者にとっては、人間がやり方を思いつかないからといって神ができないという理由にはならない。
人間を作ったのだって人間には計り知れないだけで全知だと分かる理由があるかもしれないし。
宗教的な正しさと論理的な正しさは違う。
論理的に間違っていても信仰する人間にとっては真実のこともあるし、
信仰する者が否定しても論理的には真実のこともある。
一方の価値観でもう一方を断罪するのは寛容性に欠けると思う。
>>984>寛容性に欠ける
それはお互い様な面もあるけどな。
上で挙がっていた進化論でも、
「我々の先祖は矮小な生物に過ぎなかったが、神の無限の愛と御慈悲により、今ある姿へと至ったのだ」
こう考える事も充分可能な訳だ。
が、現実には進化論が否定されたり、学校で教えてもらえなかったりするわけだし。
別にいいんじゃないの?いろんな神様がいて
って考えは日本人だけなのかね。
「いろんな」の中に萌え絵の神様がいても、直接被害が無ければ
「それがお前の神様なのね。ふーん」で終わるような。
少なくとも否定はしないよね。
他所の国なら同じ宗教でも解釈の違いで銃弾が飛び交うところなんだよなぁ。
>>985こっちも「お互い様」のつもりだったんで「一方の価値観で~」とか回りくどい書き方をしたんだけど、
今読み返してみるとこの文脈じゃ伝わらないな。分かりにくくてごめん。
進化論についてとか、まさに同じことを考えてた。
宗教戦争なんてないよ
人に銃を向けるには理由が必要なんだよ
「財産や資源がほしい」「気にくわない」「だから殺す」の理由として使っているだけだからな
「神の名の下の聖戦」という名目で殺人など諸々の罪業を神のせいにすれば責任をとらなくていいし良心も痛まない
高級に釣られて中東に仕事に行ったブラジル人
給料が払われないので抗議したら毎回のように「明日払えたら払うよ、インシャラー」と言われていなされたとさ
給料未払いすら神のご意思だったりするから困る
ムカついたわけでもなく金が欲しいからでもなくただその辺にいた奴を殺しちゃったシリアルキラーとどっちがマシだろうか
次スレたってないじゃないですかー!やだー!
と言うわけで立ててくる、が
「十」と「拾」どっちでもいいかね?
おk、次
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の拾】
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/41116/1291041640/
阿礼はもっと評価されてもいいと思う
>>987そうだったか。こっちも読解力無くてごめん。
阿礼で思い出したが、学校の教科書では不比等の扱いも小さいよな。
藤原氏繁栄の祖になった人物なんだから、もっと目立っても良さそうなもんだが。
>>986そんな問題で
銃弾が飛び交うのは経済的に、あるいは政治的に問題のある地域ばかりだよ
穏健派相手なら
せいぜい「アッラーは最高だぜ!」「仏は地球を作れないが、アッラーは地球を作った」
「信じたほうがお前の為になる」
程度だよ。ウラマー相手でもそうだ。
あとはジョークで、
「ムスリムは天国へいける。それ以外は行けない。アメリカ人は地獄へ行く。お前はいいヤツだから天国で」
的なのとかw
>>990彼らの中には「労働=罰」と考えている人間もおり
そんな連中の中には「労働しなくて済む自分→神から罰を受けて居ない選ばれた人間=偉い」と解釈し
「労働しなくてはならない連中→神から罰を受けている連中=低俗」
と考えていたりするのもいる
あぁ、古代ギリシャみたいな奴隷に労働押し付けてた国みたいな状態か今の中東って
じゃあ労働は美徳だったカトリックの西欧に抜かれたのも無理はない
今は油湧いてるからいいけど、なくなった後の状態は容易に想像できるな
999ならオサマ・ビンラディンとブッシュ二代目は死後にヴァルハラで握手!
1000なら世界平和
>>997日本だとむしろ労働できることが有難いと考えられるくらいなのにねえ
天照大御神だって機織りしているくらいで