あと「本膳料理」でも構わないから
赤穂浪士が討ち入り後お預けになったさい、大石以下を引き受けた細川家では、
当主の細川綱利が異常なまでの浪士フリークスで、
二汁五菜の本膳ご馳走メニューを言いつけ、大石以下に恐縮されたと残る
「私たちはお裁きを待つ身、麦メシとイワシでやってきた身には余る」
「ダメです、これは君命ですので」
接待役の堀内伝右衛門に却下されて仕方なく食べていたそうだ
切腹が決まった夜のメニューは二汁七菜+赤穂名物のうどんだったそうで、
最後まで助命に奔走しながらとうとう果たせなかった細川綱利のせめてもの心づくし、
この世のわかれの宴会芸に興ずる浪士たちを、縁側に出て見守っていたともいう
(浪士たちのなかに鼓の名手がいて、彼の打ち鳴らす音色をじっと聞いていたとも)
赤穂事件と忠臣蔵の歴史的評価(吉良義央の実像・義周の諏訪流配・判官贔屓)
民間信仰・民俗 › 歴史的背景
吉良義央が地元では名君として知られる一方で忠臣蔵では大悪人とされる歪みの考察。赤穂浪士討ち入り後の預かり藩ごとの待遇差(細川家の大歓迎・「食い過ぎで死にます」と辞退)。吉良義周が重傷の身で諏訪高島城に預けられ法華寺(諏訪大社隣接)に葬られた経緯。判官贔屓という日本文化の心性(義経・赤穂浪士・白虎隊)。幕府の「名誉ある切腹」認定と徒党組んだ狼藉への均衡。
◆ 其の二十三(スレ23)>>966–992
「やめてください(食べすぎで)しんでしまいます」と泣き付いて食事のグレード落としてもらったというのも有名な話w
赤穂浪士はどの藩預かりになったかで待遇が全然違ったからなぁ
幕府命令で下の四藩が預かったわけだけど
肥後国熊本藩 細川越中守綱利
(浪士たちが引くレベルの大歓迎)
三河国岡崎藩 水野監物守忠之
(普通に預かり人として待遇)
長門国長府藩 毛利甲斐守綱元
(罪人が逃げられないようにと戸や窓に板を打ちつけて閉じ込めた)
伊予国松山藩 松平隠岐守定直
(一人ずつバラバラの部屋に入れて各10人体制で監視)
その差についてこんな狂歌も詠まれたとか
細川の水の流れは清けれど ただ大海の沖ぞ濁れる
(細川さんと水野さんは好待遇だけど、甲斐守と隠岐守は浪士たちの扱い酷いよね)
幕府命令で下の四藩が預かったわけだけど
肥後国熊本藩 細川越中守綱利
(浪士たちが引くレベルの大歓迎)
三河国岡崎藩 水野監物守忠之
(普通に預かり人として待遇)
長門国長府藩 毛利甲斐守綱元
(罪人が逃げられないようにと戸や窓に板を打ちつけて閉じ込めた)
伊予国松山藩 松平隠岐守定直
(一人ずつバラバラの部屋に入れて各10人体制で監視)
その差についてこんな狂歌も詠まれたとか
細川の水の流れは清けれど ただ大海の沖ぞ濁れる
(細川さんと水野さんは好待遇だけど、甲斐守と隠岐守は浪士たちの扱い酷いよね)
それで待遇が酷かったところは本当に後で城内でも非難されまくったから
後の時代の桜田門外の変の時に逃げた水戸藩の浪士を預かったところはどこも
かなり丁寧に扱うことに務めたそうだね 吉良なんか目じゃないレベルで直弼さんが
嫌われてたせいもあるかもだが 何と言っても忠義の者が悪を討つのは正義だから……
後の時代の桜田門外の変の時に逃げた水戸藩の浪士を預かったところはどこも
かなり丁寧に扱うことに務めたそうだね 吉良なんか目じゃないレベルで直弼さんが
嫌われてたせいもあるかもだが 何と言っても忠義の者が悪を討つのは正義だから……
赤穂浪士討ち入りと桜田門外の変って160年近くも間が空いてるのになんとまぁ…
47RONINとかChuSinGura46+1とか今年は赤穂浪士ブーム来るで!
AKR四十七とかもありましたねー
あと、江戸庶民はこんな狂歌も読んだ
「忠孝の 二文字を虫が 食いにけり 世を逆さまに 裁く老中」
(日頃、忠義を尽くせ、孝行をせよと言ってるくせに、いざ命がけで殿様の仇を討ったら、
死刑かよ)
江戸市中の高札場では忠孝を説いた看板が、何度も燃やされたり、川に投げ込まれたりしたそうだ
「忠孝の 二文字を虫が 食いにけり 世を逆さまに 裁く老中」
(日頃、忠義を尽くせ、孝行をせよと言ってるくせに、いざ命がけで殿様の仇を討ったら、
死刑かよ)
江戸市中の高札場では忠孝を説いた看板が、何度も燃やされたり、川に投げ込まれたりしたそうだ
連レスだが、お預かり中の浪士たちはどこでも大人気
藩士たちが次々訪れては書画を所望したりした(今でいうサイン責め)
浪士たちも吉良邸の図面を拡げて、各自がどう行動したかを検証していたという
裁きは年を越したが、細川家では正月に雑煮などを馳走し、かつ熨斗目、裃などの正装も用意し、
屠蘇やお酒も出したとされる
>>968
三河国岡崎藩 水野監物守忠之
預かり人の1人に負傷者が居て、それを見た医者が気をきかせ、
「お酒が一番のお薬です」
おかげで毎晩2合のお酒が与えられたという
「やれやれ、怪我はしたけれどもおかげで2合にありつけた」
との言葉が残されている(名前が分からないのが残念)
藩士たちが次々訪れては書画を所望したりした(今でいうサイン責め)
浪士たちも吉良邸の図面を拡げて、各自がどう行動したかを検証していたという
裁きは年を越したが、細川家では正月に雑煮などを馳走し、かつ熨斗目、裃などの正装も用意し、
屠蘇やお酒も出したとされる
>>968
三河国岡崎藩 水野監物守忠之
預かり人の1人に負傷者が居て、それを見た医者が気をきかせ、
「お酒が一番のお薬です」
おかげで毎晩2合のお酒が与えられたという
「やれやれ、怪我はしたけれどもおかげで2合にありつけた」
との言葉が残されている(名前が分からないのが残念)
>>973
大石は幕府の温情に感謝って言葉を残してるけどね
徒党を組んでの狼藉による罪人扱いでの打首や磔ではなく
許可無き私闘による責任を取る形での切腹という形にして武士としての名誉を守ってくれたことで
でもまあ庶民からすれば名誉だろうが何だろうが死罪は死罪だろ?と
でもここで如何なる理由があろうと私闘は許さないという態度を明確にしたからこそ、江戸時代は太平の世になったという意見もあるからなあ
でなきゃ大義名分さえあれば気に入らない奴を堂々とぶっ殺してもいいって血生臭い風潮になる可能性があったわけだから
大石は幕府の温情に感謝って言葉を残してるけどね
徒党を組んでの狼藉による罪人扱いでの打首や磔ではなく
許可無き私闘による責任を取る形での切腹という形にして武士としての名誉を守ってくれたことで
でもまあ庶民からすれば名誉だろうが何だろうが死罪は死罪だろ?と
でもここで如何なる理由があろうと私闘は許さないという態度を明確にしたからこそ、江戸時代は太平の世になったという意見もあるからなあ
でなきゃ大義名分さえあれば気に入らない奴を堂々とぶっ殺してもいいって血生臭い風潮になる可能性があったわけだから
「徒党を組んでコトを起こした」というのが幕府としては
見過ごせなかったという話も
わりかし同時代の儒学者でも批判的な意見があったようで
「仇討ちというがこの場合『仇』は幕府ではないか?」とか
「潔く幕府の裁きを受けるというが『潔く』なら幕府の沙汰が
どうであろうと目的を達した時点で死ぬべきではないか?
『あるいは助命されるかも』という下心の故ではないか?」
まあさすがに辛辣すぎじゃないかとは思いますが
見過ごせなかったという話も
わりかし同時代の儒学者でも批判的な意見があったようで
「仇討ちというがこの場合『仇』は幕府ではないか?」とか
「潔く幕府の裁きを受けるというが『潔く』なら幕府の沙汰が
どうであろうと目的を達した時点で死ぬべきではないか?
『あるいは助命されるかも』という下心の故ではないか?」
まあさすがに辛辣すぎじゃないかとは思いますが
浪士たちにしても就職活動の一環だったんじゃないかって説も有るしねぇ
ていうか吉良ってそこまで酷いことしたわけでもないような気がするんだけど…
怪我を負わされた上に、怪我させた奴は死罪になったけど
今度はそいつの部下達が集団で押しかけてきて殺されて、
現在に至るまで大悪人扱いとかなんか不憫すぎる…
怪我を負わされた上に、怪我させた奴は死罪になったけど
今度はそいつの部下達が集団で押しかけてきて殺されて、
現在に至るまで大悪人扱いとかなんか不憫すぎる…
テロ行為なのは確かだが、一方で武家や庶民の支持はあったらしい
「名を惜しめ 惜しむな命 赤穂衆 主君の仇 取らせたまえや」
事前に討ち入りを勧めた民衆の狂歌だ
事件の背景に関しては今日でも様々な説が出されているが、
面白いのは食中毒が原因という説、京都滞在中だった吉良がダウンし、
勅使接待の打ち合わせが時間不足で不十分に終わったために当日齟齬が生じ、
もともと短気だったという浅野がキレてああなったという説
(吉良と浅野のコンビは以前にも勅使接待を務めており、その時は問題なかった)
あと、英訳版忠臣蔵は「Royal Ronin(忠義ある浪人)」とされ、
日露戦争終結時、ルーズベルトが日本側に示したとされる
「なんで他人の戦争にここまで尽くしてくれるのか?」と問うたら、
「この本のように、あなたたちが義を重んじる民族だから」との答えだったそうだ
あと、武家の料理では箸休めなどの小物料理は「菜」に数えないので、
二汁五菜といっても、もの凄い数の小鉢や小皿が並んでいた可能性もある
「名を惜しめ 惜しむな命 赤穂衆 主君の仇 取らせたまえや」
事前に討ち入りを勧めた民衆の狂歌だ
事件の背景に関しては今日でも様々な説が出されているが、
面白いのは食中毒が原因という説、京都滞在中だった吉良がダウンし、
勅使接待の打ち合わせが時間不足で不十分に終わったために当日齟齬が生じ、
もともと短気だったという浅野がキレてああなったという説
(吉良と浅野のコンビは以前にも勅使接待を務めており、その時は問題なかった)
あと、英訳版忠臣蔵は「Royal Ronin(忠義ある浪人)」とされ、
日露戦争終結時、ルーズベルトが日本側に示したとされる
「なんで他人の戦争にここまで尽くしてくれるのか?」と問うたら、
「この本のように、あなたたちが義を重んじる民族だから」との答えだったそうだ
あと、武家の料理では箸休めなどの小物料理は「菜」に数えないので、
二汁五菜といっても、もの凄い数の小鉢や小皿が並んでいた可能性もある
>>978
悪人どころか名君だったらしい、少なくとも地元ではそういうことになってる
そもそも浅野が吉良に斬りつけた理由も不明だし
事情聴取でも浅野は「吉良に恨みがあった、幕府に恨みは無い」と繰り返すだけ
吉良の方も「長生きしていれば恨みを買うこともあるだろうが、浅野に関しては思い当たる節が無い」らしいから
悪人どころか名君だったらしい、少なくとも地元ではそういうことになってる
そもそも浅野が吉良に斬りつけた理由も不明だし
事情聴取でも浅野は「吉良に恨みがあった、幕府に恨みは無い」と繰り返すだけ
吉良の方も「長生きしていれば恨みを買うこともあるだろうが、浅野に関しては思い当たる節が無い」らしいから
忠臣蔵の話とか山中鹿之助とか、あと白虎隊なんかも、
どうも美談に仕立てようとするあまり相手を不当に貶めたり、
主人公側の問題点が無視されたり見過ごされがちだよなぁ。
どうも美談に仕立てようとするあまり相手を不当に貶めたり、
主人公側の問題点が無視されたり見過ごされがちだよなぁ。
判官贔屓って言葉があるように、日本人はとかく弱者に肩入れしたがる傾向があるな
語源の九郎義経も、確かに総大将として活躍したけど神格化されすぎだと思うし
そういう話は盛り上がるんだけど、やりすぎは宜しくないな
語源の九郎義経も、確かに総大将として活躍したけど神格化されすぎだと思うし
そういう話は盛り上がるんだけど、やりすぎは宜しくないな
一方討ち入りに参加しなかった旧赤穂藩士は「不忠臣」呼ばわりされ、
他藩への再仕官どころか市井でも身元を隠さなければ米や味噌も売ってもらえないほど白い目で見られたとか何とか
他藩への再仕官どころか市井でも身元を隠さなければ米や味噌も売ってもらえないほど白い目で見られたとか何とか
比較的公平なのは、「風林火山」などとして知られる武田上杉の第四次川中島合戦かな
両軍とも武勇をもって知られていたし、江戸時代から講談のネタにされていたようだ
なお上杉方が陣をはった妻女山(さいじょさん)は「斎場山」の転訛らしい
名前からして神域ないし墓山だった可能性が高い
武田方の陣地を見下ろし、夥しい数の焚き火があがるのを見て、
兵糧準備=敵襲ありと踏んだのはさすが上杉だが、
その後はもうメチャクチャ
主力部隊を派遣してしまった武田と、尻に火がついて逃げ出して来た上杉が大乱闘
最終的に上杉は北方に脱出したが、前を流れる犀川は北アルプスの水を集め、
千曲川とは比べ物にならない深さで、溺死者続出
もうね
両軍とも武勇をもって知られていたし、江戸時代から講談のネタにされていたようだ
なお上杉方が陣をはった妻女山(さいじょさん)は「斎場山」の転訛らしい
名前からして神域ないし墓山だった可能性が高い
武田方の陣地を見下ろし、夥しい数の焚き火があがるのを見て、
兵糧準備=敵襲ありと踏んだのはさすが上杉だが、
その後はもうメチャクチャ
主力部隊を派遣してしまった武田と、尻に火がついて逃げ出して来た上杉が大乱闘
最終的に上杉は北方に脱出したが、前を流れる犀川は北アルプスの水を集め、
千曲川とは比べ物にならない深さで、溺死者続出
もうね
吉良は、浅野以外の他の大名からも嫌われてたらしい
儀式が専門の高家ってのは、そんなもんだが
儀式が専門の高家ってのは、そんなもんだが
ちなみに吉良義央から家督を継いでいて当日応戦した吉良義周も
罰せられて改易となり諏訪へ流され高島藩へ預けられた(幽閉)
そして三年後に病で亡くなり諏訪大社上社本宮の横にある法華寺に葬られた
諏訪大社に行かれる方は隣接しているので興味があれば行ってみてはどうかな
罰せられて改易となり諏訪へ流され高島藩へ預けられた(幽閉)
そして三年後に病で亡くなり諏訪大社上社本宮の横にある法華寺に葬られた
諏訪大社に行かれる方は隣接しているので興味があれば行ってみてはどうかな
東参道の近くにあるとこ? >法華寺
当時の高島城は諏訪湖の中に浮かぶ城だったとされる
当然、湿気が高く、討ち入りで重傷を負った吉良義周にとってはキツい場所で、
それが命を縮めたとの説もある
次スレ立てさせていただきました
当然、湿気が高く、討ち入りで重傷を負った吉良義周にとってはキツい場所で、
それが命を縮めたとの説もある
次スレ立てさせていただきました
そもそもこのコンビで一度目は何の問題も無く終えてるんだから、通説の賄賂を渡さなかったから指導して貰えなかったはあり得んよなぁ
立てたら誘導しろよ
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の弐拾与】
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/41116/1375217610/l50
東方好きなら民俗とか神話とかまったり語りたいだろ【其の弐拾与】
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/41116/1375217610/l50
>>990
ごめんね、つい忘れていた
元禄赤穂事件について調べると、あまりにも鮮やかな襲撃に舌をまく
戦国の記憶も世代交代で忘れられ、いわゆる泰平の世が始まっていたのに、
弓の使い手、短い手槍(室内戦用)、小太刀などを活用し、奇襲とはいえ吉良方をほぼ圧倒した
(火事装束というのは後世の創作、浅野は大名火消しとして高名を得ていたが、
浪士たちはもっと地味な格好をしていたという)
でも大ドジもあって、吉良を打ち取った時には、最初、仇とは気付かなかったそうだ
あとで色々と探して、やっと炭小屋から飛び出して来て斬られたた老人が吉良だと分かったとか
写真もなにもない時代だから仕方ないけれども
泉岳寺へと引き上げる沿道にはなぜか聞きつけた江戸の人々が列をなし、討ち入りを讃えたと伝わる
途中、1人が懐のお金で祝いの樽酒を買い求め、皆で呑んだともいう
泉岳寺はお粥を炊いて振る舞ったと伝わる
ごめんね、つい忘れていた
元禄赤穂事件について調べると、あまりにも鮮やかな襲撃に舌をまく
戦国の記憶も世代交代で忘れられ、いわゆる泰平の世が始まっていたのに、
弓の使い手、短い手槍(室内戦用)、小太刀などを活用し、奇襲とはいえ吉良方をほぼ圧倒した
(火事装束というのは後世の創作、浅野は大名火消しとして高名を得ていたが、
浪士たちはもっと地味な格好をしていたという)
でも大ドジもあって、吉良を打ち取った時には、最初、仇とは気付かなかったそうだ
あとで色々と探して、やっと炭小屋から飛び出して来て斬られたた老人が吉良だと分かったとか
写真もなにもない時代だから仕方ないけれども
泉岳寺へと引き上げる沿道にはなぜか聞きつけた江戸の人々が列をなし、討ち入りを讃えたと伝わる
途中、1人が懐のお金で祝いの樽酒を買い求め、皆で呑んだともいう
泉岳寺はお粥を炊いて振る舞ったと伝わる
>>987
そそ。
一応、大社石橋の付近に吉良町が立てた「吉良義周公ここに眠る」といった案内版みたいなものがある。
ちなみにこの法華寺。
明智光秀が謀反決意に踏み切った事件があったんじゃないかという伝承も残っている。
そそ。
一応、大社石橋の付近に吉良町が立てた「吉良義周公ここに眠る」といった案内版みたいなものがある。
ちなみにこの法華寺。
明智光秀が謀反決意に踏み切った事件があったんじゃないかという伝承も残っている。
◆ 其の二十四(スレ24)>>5–11
名君だった吉良が逆恨みくらってもむしろ討ちいった奴の方が称えられているくらいだから
今の時代のいろんな事件の【加害者】という、どう考えても悪でしかないとみなされている人たちが
酷い目にあっても「相手が明らかに悪いからやられて当然」という声が出そう
(というか【悪い】とみなされている奴も悪いところだけを挙げられている可能性もあり、
かわいそうな側の悪い点は本気で悪いものじゃなきゃほぼ無視)
まあ今の時代は義憤心よりも叩いても文句言われないサンドバック目当てとかの方が多そうだけど
義憤新あるやつも悪い奴の周りにまで及ぼうとするし、
無関係でもちょっとした問題発言したらしめたものとして叩きまくるし
冤罪事件とか、冤罪かもしれないと行動起こしている人たちに対し文句を言う人たちは
真実よりも自身が恨める特定対象を失いたくないという気持ちが強いんじゃないかと思ってしまう
とある事件なんて事実が明らかになって犯人とされていた存在が実は犯人じゃないと判明しても決めつけた対象に謝らなかったりとか、
犯人だと決め付けて突き出して結果的に人生壊した奴がだんまりな上何のお咎めもなしとかあるし
(もちろん「もう辛いことを思い出したくない」という気持ちが強いのだろうけど)
人間って一度悪いもの、つまり叩いても文句を言われないものを見つけたら無責任に叩き続ける生き物なんだなと思えてきてしまう
今の時代のいろんな事件の【加害者】という、どう考えても悪でしかないとみなされている人たちが
酷い目にあっても「相手が明らかに悪いからやられて当然」という声が出そう
(というか【悪い】とみなされている奴も悪いところだけを挙げられている可能性もあり、
かわいそうな側の悪い点は本気で悪いものじゃなきゃほぼ無視)
まあ今の時代は義憤心よりも叩いても文句言われないサンドバック目当てとかの方が多そうだけど
義憤新あるやつも悪い奴の周りにまで及ぼうとするし、
無関係でもちょっとした問題発言したらしめたものとして叩きまくるし
冤罪事件とか、冤罪かもしれないと行動起こしている人たちに対し文句を言う人たちは
真実よりも自身が恨める特定対象を失いたくないという気持ちが強いんじゃないかと思ってしまう
とある事件なんて事実が明らかになって犯人とされていた存在が実は犯人じゃないと判明しても決めつけた対象に謝らなかったりとか、
犯人だと決め付けて突き出して結果的に人生壊した奴がだんまりな上何のお咎めもなしとかあるし
(もちろん「もう辛いことを思い出したくない」という気持ちが強いのだろうけど)
人間って一度悪いもの、つまり叩いても文句を言われないものを見つけたら無責任に叩き続ける生き物なんだなと思えてきてしまう
そもそも吉良は旗本なので、名君も糞もない
それこそ悪評に対する同情から生まれた「名君」であることも忘れちゃいけない
それこそ悪評に対する同情から生まれた「名君」であることも忘れちゃいけない