ナンバ走りと江戸時代の旅文化

民間信仰・民俗 › 生活習俗・禁忌
ナンバ走り(重心移動歩行)の原理・草鞋と高下駄・お伊勢参りの旅程・飛脚の移動速度・江戸時代の街道サービス
◆ 其の十三(スレ13)>>279–330
▌279 名前が無い程度の能力 ID:H0.shd.M0 スレッドで見る →
交通機関が発達したのも体力低下の一因ではあるだろうけど、行く方向がわからんってのはその人が方向音痴なんではないか?
地図と標識と太陽と勘があれば迷わないと思うぞ
ただまぁ特に都市部の場合画一的な都市計画がされてるから、現在位置がわかりにくいってのは分からないでもない

ところでお伊勢参りって実際どのくらい歩いてたのか気になったから調べてみた(距離はJR線換算)
・東京~名古屋~亀山~多気~伊勢市の営業キロ数: 483.4km
・片道所要時間: 15日(wikipediaより)
・一日平均移動距離: 約32.2km(32.22666…km)

一日で東京駅~保土ヶ谷駅を出たすぐのカーブまで歩いてやがる…
▌280 名前が無い程度の能力 ID:QbDSK4UA0 スレッドで見る →
ああ、新宿駅とか梅田地下とかなら迷うのは仕方ない
▌281 名前が無い程度の能力 ID:.K2Ymieo0 スレッドで見る →
だいたい女性で1日25~30km(主に平地)
男性で30~40kmとされているそうだから、>>279の計算でたぶんあってる

ちなみにお手軽な大山詣でだと、男性で片道2日で大山に到着(およそ70km)
大山にお詣りしてから平塚や藤沢などで遊興の為に1泊、鎌倉等に寄り道せず、
東海道をそのまま真っすぐ帰途につくなら、
往復5~6日程度で江戸に戻って来る事が出来る

お伊勢参りは往復の旅程がとんぼ返りでも最低1ヶ月、
さらに肝心な御師館での神楽奉納や饗応の宴、外宮への参拝等で1~2泊
大抵はさらに京都や奈良などの名所を巡ったり、温泉に寄り道したりするから、もっとかかる
当然、大変な出費だが、庶民(特に農民)の旅行に様々な制約を課していた幕府・諸藩も、
お伊勢参りの大義名分の前には農民の旅行さえも黙認をせざるを得ず、大流行した1因となった

さらに農民でも農閑期の温泉旅行は「湯治」名目でこれまた許されたと
本当の湯治もあったろうが、大抵は遊興や酒宴、物見遊山を伴っていたと
温泉旅行は温泉地に7泊、または10泊するのが庶民ですら最低単位で、
20~30泊する者も珍しくなかったとされる
現代のように1泊、せいぜい2~3泊、さらには日帰りなんてものではない
▌282 名前が無い程度の能力 ID:H0.shd.M0 スレッドで見る →
>>281
一日40kmって東京~戸塚じゃないか!
江戸人が健脚なのか、俺が運動不足なのか…

>>280
梅地下は地下道じゃない。あれは生きたダンジョンだ。
確かに地下って方向感覚狂うな…
太陽が出てないとどうもいかん(うにゅ
▌283 名前が無い程度の能力 ID:v7j4lfbU0 スレッドで見る →
住宅地図作りのバイトしたときは毎日20km以上歩いたなぁ。
夏休みの一ヶ月だけだったけど、普段自転車乗っていることが普通だったから、足の裏がボロボロになった。
社員の人たちは平気そうに歩いていたからやっぱり現代人は単純に歩き不足な気がする。
▌284 名前が無い程度の能力 ID:.K2Ymieo0 スレッドで見る →
当時の時制は季節によって変わる不定時法だったが、
一般の旅人はまだ暗い「暁七つ(夏冬で違うが、大体午前3時~4時頃)」か「明け六つ(=夜明け)」には出発し、
「昼八つ(大体午後2~3時ごろ)」から「夕七つ(夕方4時頃)」までには投宿したという

参照:「江戸の時刻制度」
ttp://ww6.enjoy.ne.jp/~kisk/LocalStudy_Dat/Time.htm

1日あたり12時間の旅だが、休憩や昼食などの時間を差し引いても、正味で8~10時間ほど歩いたそうだ
人の歩く速度を長距離の場合毎時4~5kmとして、1里を約4kmとみれば、
1日の旅程はおよそ8~10里つまり30~40キロとなる訳で、まだ明るい時間での投宿も、
早めの投宿も未明の出発で疲れた身体を休める(入湯や、場合によっては遊興も)には必要だった

休憩時にとる茶店の餅や饅頭なども、たんなる名物だけでなく旅人の貴重なカロリー源であったとされる
ある学者が計算したところ、旅籠の食事(夕食と朝食)と昼食(街道沿いの飯屋や宿の弁当)だけでは、
歩き旅の消費カロリーにはとうてい追い付かないとしたこともある
(静岡に現存する旅籠に展示されていた当時の食器類は意外なほど小振りだったと記憶している)
当時、1食あたり少なくとも1合、普通は2合ぐらい食べたという)

旅人たちがなるべく手ぶらで旅出来るように、為替制度(重い貨幣を持たずにすむ、
さらに現金では危険だが、現代の暗証にあたる割り符のような工夫がなされたりもし、
本人でなければ換金できないので、たとえ見知らぬ者との相部屋でも安心w)、

団体旅行が一般的だったお伊勢参りだが、旅慣れた案内役の御師などガイドもいるからなお安全
余分な重い荷物の回送請け負い業者、さらには雨具等を販売ないしレンタルしてくれる店さえもあったという
時代劇などに登場する当時の旅人が、最小限の着替えと小間物をおさめた小さな振り分け荷物と、
せいぜい笠を携えただけというのは、こういう仕組みがあったおかげ
(杖を兼ねた竿やロープを持っていたとも・・・歩きながら洗濯物を干せたとw)

一般に長旅に不慣れなただの庶民にとっては、「一生に一度」ともされた憧れのお伊勢参りが出来たのも、
こういう街道の各種サービス、支援設備ほかの充実にもよる
街道にとっても伊勢神宮にとっても、参詣者が増えるのは利益だからどんどん発達していったそうだ
▌285 名前が無い程度の能力 ID:N.Kt4dEo0 スレッドで見る →
麗夢「ピコーン!ウチもお伊勢参りみたいに博麗参りを流行されてばいいんじゃね?」
▌286 名前が無い程度の能力 ID:3gVVfUN.0 スレッドで見る →
無双許し博麗参り
▌287 名前が無い程度の能力 ID:28j6auOg0 スレッドで見る →
一日で伏見稲荷から比叡山まで縦走したけどしんどかったなぁ
多分20kくらいだった気がする…
猟師、修験者、樵はすごい体力だったろうな
▌288 名前が無い程度の能力 ID:cwi1APcY0 スレッドで見る →
現在、道案内などに使われる指標(駅から徒歩5分とか)は分速100m=時速6km。
この速度で歩くとして、30km歩くノルマは一日5時間。
早朝に宿を出て日が高いうちに次の宿とすれば朝6時~昼2時の8時間ぐらいが実際歩ける時間になるので、
結構休み休みでもいける気はする。

現代人は10km歩いた程度でもかなりへとへとだが、これは長距離を歩く訓練をつんでいないのと、
杖や草鞋といった疲れを分散する装備をしていないから。

と、仕事中に考察してきてここまで書いてスレを見たら>>284
何から何まで微妙にずれてる感が心地良いです。
▌289 名前が無い程度の能力 ID:EioNxQ5M0 スレッドで見る →
信憑性のほどはわからないけども昔読んだ本に
「忍者の移動速度は最高で時速20キロくらい」と

「へー現代のマラソンランナー並みかーすげーなー」
とそのときは思ったんだが、考えてみりゃ舗装もしてない
(どころか山あり谷あり森あり川あり)道を結構な装備品
担いでその速さって…
▌290 名前が無い程度の能力 ID:H0.shd.M0 スレッドで見る →
そう考えると千日回峰行って、本当に難行だな…
今回の台風で被害を受けた南紀・吉野も修験道の聖地だけど、なんか基礎体力から違うって気がしてきた

>>288
前提としてる時速6kmなんだけど、長距離をその速度で移動するのはきつくないだろうか
>>284の通りで、普通は時速4~5kmを使うと思うんだ(俺の場合、実測したら4km/hもなかった)
登山とかする訳でないから専用装備は持ってないし、走破する訓練も確かに積んでないけどなw
▌291 名前が無い程度の能力 ID:mr69nZ0M0 スレッドで見る →
そもそも現代人の歩きとその頃の歩きは違う物らしいね
今で云う競歩みたいな早さらしいと聞いた事がある
▌292 名前が無い程度の能力 ID:zCyujSmY0 スレッドで見る →
右手と右足、左手と左足を同時に出すナンバ走りってやつか
飛脚はこの走り方で一日数十~100㎞を走ったらしい
▌293 名前が無い程度の能力 ID:cwi1APcY0 スレッドで見る →
>>290
考えてる間は分速100mは遅すぎると思ってたんだが、やっぱ長距離だと違うのかね。

>>修験道
その人たちは天狗のモトネタになるようなレベルなんで少々規格外かと。
▌295 名前が無い程度の能力 ID:.K2Ymieo0 スレッドで見る →
うーん、仕事の合間を縫うとやはり推敲不足だったなw
諸兄、>>284だけど一部読みづらくて申し訳ない

>>288
あくまでもひとつの目安としてどうぞw(諸兄も)
自分もいろいろ考えましたが、以下の理由で上記のように想定しました
特に歩く速度はご指摘通り、当時の男性としてはやや遅めに設定し、
その分、1日のノルマをこなすために、休憩含めてやや長い時間をかけて移動する
したがって原則として早立ちし、丘陵地や峠道などあればやや遅めに投宿と見ました

想定した旅人たちはお伊勢参りや冨士講、大山詣など、
長旅には不慣れな、もっぱら江戸暮らしの町人たちの男女混成の団体旅行です
特に女性は不慣れな長距離を時速6キロ維持はやや無理でないかと考えた結果です

同道する女性たちには、50歳前後の者も少なくなかったそうです
この年代になると町人女性も育児や家事から解放され、旅に出る者もいたとされます
冨士講の団体の絵を見た事ありますが、年増の女性たちも描かれていました
(勝手知ったる江戸の町では足早での移動も可能でしょうけれど・・・)
>>292ご指摘の「なんば走り」を得意とするプロの飛脚とか、
同じく長旅慣れした商人たち(連れは少数)の脚なら、また別でしょうね
ご指摘のような歩行速度維持と時間配分での旅も可能だったことでしょう
▌296 名前が無い程度の能力 ID:YrjkBm460 スレッドで見る →
食生活も関係してるかも
「玄米と梅干し程度でこんなに走れるなら肉食わせたら大気圏突破すんじゃね?」
ってことで外人が肉おもいっきり食わせたらいつもの三分の一も走れなかったとか
▌297 名前が無い程度の能力 ID:Mbbk/9uk0 スレッドで見る →
>>296
中華一番で飛脚の男が山越えするから精をつけるために大量の牛生肉食ったら遭難して主人公達に助けられた話を思い出したわ
▌298 名前が無い程度の能力 ID:S7IuFv8MO スレッドで見る →
そりゃ食べ慣れないもん食わされたって力出ないわな
▌299 名前が無い程度の能力 ID:YrjkBm460 スレッドで見る →
玄米なめんな
玄米とビールで人間に必要な栄養素は完璧なんだぜ
▌300 名前が無い程度の能力 ID:H0.shd.M0 スレッドで見る →
>>293
天狗だから仕方ないよね
規格外ついでに、忍者を少し

御伽婢子出典なんだが、信玄の重臣飯富兵部の下に熊若という忍びがいたそうな
この男旗を取って帰るよう言いつけられ、距離にして往復約64里(260km)を2刻(4時間)で移動したんだとか
時速換算で65km/hなんだが、さすがにそれはないだろう…

足が早い忍者だと一夜で50里(200km)を走るそうなので、夜を12時間とすれば平均時速16.67km
山野悪路と考えれば結構早いのかも知れない
▌301 名前が無い程度の能力 ID:cwi1APcY0 スレッドで見る →
平均65kmは現代の馬でも無理だよな・・・
本当にやったとしたら急流下りとか?もしくは道沿いだと64里だけど近道があったとか。

山野悪路と考えればっていうか、夜の闇の中で全力疾走ってすごくね?
俺なら平地でもずっこける自信がある。
▌302 名前が無い程度の能力 ID:H0.shd.M0 スレッドで見る →
本当にできるのか興味が沸いたから地図見てきた
・起点、終点: 割ケ嶽城(長野県信濃町。野尻湖の東南500m)
・中継: 甲府城(山梨県甲府市)

確かに直線距離で約130kmなんだが、信州峠(長野県道106号・山梨県道610号)ルートを使えば千曲川・釜無川で大きくショートカットできそうだ
いや、でも上流ってそんなに泳ぎに適さんよなぁ…

俺も夜目が利く方じゃないし、間違いなく転ぶ
やっぱ忍者も規格外だったでござるよ
▌303 名前が無い程度の能力 ID:Wtv4ZwcQO スレッドで見る →
難波走りって今の走り方と違って重心を二本おいて走る
ってタイムスクープハンターでやってた

でも重心二本で動くってよく分からん
やってみたけど、正しく出来たという確信が持てない
前に出した手足に重心全部乗る
▌304 名前が無い程度の能力 ID:.K2Ymieo0 スレッドで見る →
>>302
武田信玄は諏訪や佐久など、信濃方面に速やかに侵攻する事を目的として「棒道」なる、
当時としては可能な限り直線主体の軍用道路を、八ヶ岳南麓から西麓にかけて3本拓いたとされます
おおむね今の中央本線の韮崎~小淵沢~富士見~茅野にほぼ沿うようなルートでして、
一部の遺構は中央道小淵沢付近に今も残っている
ttp://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Tokubetsuhen/Boumichi/index.htm

こういう良い道なら、忍者たちや騎乗した伝令たちも移動がしやすかっただろう
・・・・・・しかしこんなもの作って、ケロちゃんたちの祟りを受けなければ良いけどw
▌305 名前が無い程度の能力 ID:RxRxMTLg0 スレッドで見る →
>>303
それで合ってるんじゃないか?
重心を動かしてちょうど振り子のように進むことで加速する走法なんじゃないかと愚考する次第
▌306 名前が無い程度の能力 ID:KOCaG9Rs0 スレッドで見る →
そこで天狗達が履いてる高下駄ですよ
歩幅も大きくなるし、接地面積が狭いから踏み込みの力も大きいし
転ばないようにすれば自然と前へ前へと進んでくし

うん、相当修行を積んでる奴じゃないと無理
なのにそれで山を走り回る修験者ってマジチート
▌307 名前が無い程度の能力 ID:qrZTAQcI0 スレッドで見る →
なんかこんな話を見ると 昔ガチで80キロ歩かされて 足がえらいことになったのを思いだす
次の日からしばらく痛くて歩けませんでしたw
▌308 名前が無い程度の能力 ID:DrOftQjk0 スレッドで見る →
 こないだ三仏寺投入堂に参拝したときに、草鞋をはいて山道を歩いたのだけれども、草鞋と靴じゃ、歩いているときの感覚が全然違うね。
 草鞋は、足の指で地面を掴めることもあって本当に滑らないし、歩きやすい。
 江戸時代の人は、時速8㎞くらいですたすた歩いていたというのも、草鞋なら納得。脚絆とかで、もっと歩きやすい装備だっただろうしね。

 移動速度というと、南北朝時代に、北畠顕家の軍勢が鎌倉攻撃の時間込で、東北から遠江までの600㎞を16日で踏破した記録があるね。中国大返しどころじゃない強行軍。


 あと、三仏寺投入堂はとても面白いところだったよ。道がめちゃくちゃ険しいので、制限キツイし行くのたいへんだけど。
▌309 名前が無い程度の能力 ID:ShQJHVJw0 スレッドで見る →
>>288
都心から自宅まで歩いて約30km、6時間弱だったから
そんなもんかなぁ
軽装で、途中コンビニや自販機で水分補給しながらだったからそれほど苦ではなかったし
といっても、長距離走が得意で水泳を続けているような体育会系の身体ではあるんですが

高校の頃のアップダウンのある速歩遠足28kmを走っての2時間弱ぐらいでは
次の日は筋肉痛でえらいことになってたしなぁ
陸上部の連中は平気そうにしてたけど
▌310 名前が無い程度の能力 ID:28j6auOg0 スレッドで見る →
いちおう古武道二流派やってる俺の見解を稚拙ながら示すと

・重心を二本おいて走る
これはつまりレールの上に足を置くような感じで歩くと解る
イメージで言うとスキーの逆ハノ字で登るときるのが近い。

手の振りですが振り子のようにするのではなく、
おっとっと状態がずっと続くような感じですね。
あの走りは初速が速い、というか起こりがない=タメがない。
ひざかっくんをされると突然カクッと抜けるでしょう?
平たく言えばアレを利用する感じです。
つまり手の振りを利用するのではなく重力を利用するわけで、
手を同時に出すのではなく手を振る必要がないから、フリーになった手が同時に出るということです。
なので筋肉の収縮やパワーロスが少なく一瞬で加速するわけです。
こういう技を所謂「縮地」といいます。

古武道のしっかり伝承されてるところなら三年位で自然に身につきます。
(子供なんかは凄く早いですがw)

また民俗的に見るとこのような重心を落ちる力を利用する歩きは
またぎの歩きに似ておりますし、技法的にはトレイルランとそっくりです。
▌311 名前が無い程度の能力 ID:cwi1APcY0 スレッドで見る →
>>306
一本歯の下駄って山歩きに特化した靴らしいぜ、信じられんが。
設置面積が小さい分、わずかな足場でも立てるんだとか。
▌313 名前が無い程度の能力 ID:28j6auOg0 スレッドで見る →
連投ですが

またこの走りは初速の加速と長距離の疲労軽減には非常に効果がありますが、
高速度での走りを習得するのは非常に困難ですし、100Mでの最後の加速にも向きません。
一瞬の踏み込み、長距離行軍、急な方向転換などあくまで武術的な目的に合わせたもので万能ではないのです。

>>306
高下駄ももちろんこのおっとっと状態を強制的に出せるので有効です。
ただ設置面積が狭くとも土踏まずに歯があるので、どちらかと蹴り出しの力がゼロになる感じです。
これも筋肉を戒め重力を我が物とする工夫ですね。

>>311
確かに山道だと案外安定します、私もやってみました。
▌314 名前が無い程度の能力 ID:F/ZDhRvk0 スレッドで見る →
普通の道は普通の靴が歩きやすいが、普通じゃない道は普通じゃない靴のほうが歩きやすいんだよね
登山靴とかアスファルトの道歩くと足首固められて歩きにくいけど、山では逆に捻挫しにくくなるし
▌315 名前が無い程度の能力 ID:i4jNKnDc0 スレッドで見る →
>>313
居合の踏み込みと似たようなものですかね?
あえて重心を崩して体重を乗せ加速するような
それを続けながら走ろうってのか・・・
▌316 名前が無い程度の能力 ID:H0.shd.M0 スレッドで見る →
>>313
本当このスレには予想もしない人が来るから楽しすぎる
体を捻るのでなく、足をスッスッと出していく感じなんだろうか
とすると、飛天御剣流最終奥義は実は自然にできるというようにも見えるな
左足の踏み込みと居合の逆胴を同時に行う → 左足を踏み込めば左肩が出る → 連動して体全体が右に捻れると言う風に

>>304
戦闘にはロジスティックが重要だから鉄道網が云々って話したのを忘れてたのぜ
千曲川沿いと上の棒道で繋がってるじゃないか、これはすごい
▌317 名前が無い程度の能力 ID:jBy5q2zc0 スレッドで見る →
俺が実際やれと言われても無理だけど、一本歯の下駄で難しいのは
むしろ平地で直立不動の姿勢を維持することで、元々足場の悪い山などでは
バランス感覚さえ身に付けてしまえば運動靴より快適で機動性に優れてるらしい
と、学生時代に教わった先生(某宗所属の本物の山伏)から聞いた
▌318 名前が無い程度の能力 ID:eviXXOmk0 スレッドで見る →
詳しい人は教えて欲しいんだが
ここで聞く限りナンバ走りは疲れにくくて優れた走り方であるように思えるんだが
何で廃れたの?速度の問題?
▌319 名前が無い程度の能力 ID:28j6auOg0 スレッドで見る →
>>315
そうですね
制定居合=居合道はやったことないのでよくわかりませんが、
この縮地法は我が流でも居合いの初歩の要素として入ってます。
剣道も一応学生時代にやりましたけど多くの剣道の踏み込みとは違うようです。
空手の伝統派には似たような歩法があるようですね。

>>316
そうですねある意味ではあれも有りです。
実は遊びで再現したことはありますw
イメージとしては最後まで倒れこみながら踏み込む感じで、
最終的に地を這うような低姿勢になる感じです。
▌320 名前が無い程度の能力 ID:cwi1APcY0 スレッドで見る →
>>318
西洋の軍事教練を体育の標準にしたのが原因だと思う。
軍隊式の走り方は重武装で密集隊形を組むのに適しており、習得も早い。
国民全体に「標準」を叩き込むのには大変に便利。
▌321 名前が無い程度の能力 ID:Djuo9HOQO スレッドで見る →
>>311
高尾山で修験道体験した時、高下駄を履かせてもらったけど山道だと意外と楽だった!。
登りだと重心が前に、下りだと後ろに、一本歯だと不思議と身体が真っ直ぐになる。
昔の人の知恵に驚いたけど足首の負担が…現代人とは鍛え方が違うのね。
▌322 名前が無い程度の能力 ID:i4jNKnDc0 スレッドで見る →
>>319
いや、居合は半分遊びのような物ですので話半分に流してください
しかし、古式泳法はこの夏に習得したので次はそれを学んでみたいですね
それは独学で体が捌けるような物ですか? 出来るのならやってみたいのですが
▌323 名前が無い程度の能力 ID:28j6auOg0 スレッドで見る →
>>318
一応甲野善紀さん説によると
西洋化による軍事教練の体の使い方が
学校教育に取り入れられたからということらしいです。

私としましてはどちらかというと、
・和服を日常生活で着なくなった
・腰を落とした労働がなくなった
・畳が減った
という要素が大きいと思います。
和服を着た人なら解ると思いますが、あれ結構着崩れます。
侍は着崩れて大変じゃなかったんじゃなかろうかと思うくらいだと思います。
でも昔の人は多分着崩れないように動いてたんではないでしょうか?
学校教育の時間より日常生活での運動の方がはるかに長いので、
それの影響はかなり大きいと思います。
▌324 名前が無い程度の能力 ID:6yx3B1Dk0 スレッドで見る →
速く走れる動物は、指の数が少ない=不安定
不安定なほど、重心の移動が容易になるから速く走れる傾向にあるんだったかな
馬なんか1本の脚につき1本の指で立ってるから、生まれつきの高下駄履いてるようなもんだね
だから高下駄履くのは理に適ってるんだな
▌325 名前が無い程度の能力 ID:mFes4P.U0 スレッドで見る →
>>313
昔の日本人の体格とそこから想像される筋力や耐久力を考えると凄く納得
明治以降の軍事教練と学校教育には体格向上も含まれてたはず
乳製品とか糖分の摂取が近代的な「啓蒙」の一環で行なわれてたし
▌326 名前が無い程度の能力 ID:H0.shd.M0 スレッドで見る →
>>319
飛天御剣流が復活していようとは…
読み返してきたら、確かにシテ側が大きく沈み込んでた
作者は剣道経験ありと言うし、理にかなった表現をしてたんだなぁ
▌327 名前が無い程度の能力 ID:28j6auOg0 スレッドで見る →
>>323
十分に独学可能です、
サイトとしてはここがお勧め。
ttp://www.namiashi.net/category/1257089.html
個人的にナンバ理論より解りやすいです。

個人的にやった練習法
(というか古武術の練習法で、コレをやってたからあっさりナンバも出来たかな?というもの)

・膝だし:がに股になり体をまっすぐにしたまま、足を設置したまま左右の膝を交互に出す。
(イメージとしてはダルシム勝利ポーズです。)

・雪駄鍛錬:雪駄を音を出さないように歩く、コレをすることで足の蹴りだしを防止し、足を自然に置く訓練と成ります。
(着物を着て体をねじらにようにするか、一本歯の下駄だとなお良い)

・全力で倒れこみ素振り:木刀で全力で取れこみながら素振り体も曲げてよい。重心を前に落とす訓練。
(力任せじゃなく刀の先に体重を乗せきる感じで)

しかし踏水術ですか~いいですね。自分もいつかやりたいです。
▌328 名前が無い程度の能力 ID:28j6auOg0 スレッドで見る →
まちがい自己レス

地を駆ける龍のよろめき>orz

>>322でした
▌329 名前が無い程度の能力 ID:i4jNKnDc0 スレッドで見る →
>>327-328
自分で調べることもせずに質問してしまいすいません、喪男猛省中・・・
けれど2と3はある程度やった(偶然ですが)ので案外早めに行けるかもしれません、丁寧な助言ありがとうございます
そうと決まれば朱色の高下駄を買わねば
▌330 名前が無い程度の能力 ID:MtePTdbw0 スレッドで見る →
>>323ならびに、武芸にまでお詳しい諸兄すべてに敬意を表しつつ・・・

あらためて自分が>>284で挙げた冨士講の団体の絵を確かめました
あきらかにナンバ風の歩き方という姿は確認できなかった・・・残念
ややそれらしき、同じ側の手足(ただし手はわずかに前)が出た男の歩き姿はありました
ですが、他の町人の旅姿を描いた絵に「ナンバ的な歩き方(同側歩行法というそうな)」の旅姿がありました
(岩波新書884「日本の旅文化」の帯の絵とさきほど確認しました・・・旅程に詳しくないのが残念ですが、
旅籠の食事メニューなども挙げられていて、とても面白い本でした) 
帯絵には二本差しの武士も混ざった道中差し姿の町人たちが描かれていました

かっての日本では、ナンバかそれに近い歩き方が庶民でも主流だったと唱える説は確かにあるそうです
しかし、なにしろ静止画しかない時代なので、いまだ確証はないようです
装束の乱れや刀のぶれを嫌った武士や、難所を行く山伏、忍者や飛脚などの一部の職能的な専門家だけの技芸であり、
庶民一般には本格のナンバ歩きや走りは出来なかったという説もあるようです