日本で政教分離の原則や戦前までのような神話時代の教育を廃止させたのは
GHQなのだが、現在のアメリカでは州によっては進化論はキリスト教に反する
から教えないとか言ってるし……
じつは世界的には宗教が公然と教育に関わってる国のほうが多い
GHQ神道指令と民俗学・国学の政治的背景
民間信仰・民俗 › 生活習俗・禁忌
神道・神社信仰 › 神道論
GHQ神道指令(1945年)で国家神道が解体された経緯。日本民俗学(柳田国男)と国家神道の関係(民俗学が国民統合のツールとして機能した可能性)。平田篤胤国学が明治政府の神道国教化政策に利用された構造。折口信夫・南方熊楠らが政治的圧力に抗した記録。民俗学的知識が戦時体制に回収された問題と戦後の反省。幻想郷の「記録保存」という設定の歴史的背景。
◆ 其の七(スレ7)>>484–497
まぁアメリカがそうだからってんでそういう指示出したんじゃなく
日本人の心の拠り所を廃して植民地化しようって目論見だったからなぁ
当時はその程度で信仰を壊すことは出来なかったが
長い時を経て澱が積もるように少しずつ成就しつつあるのは皮肉かねぇ
日本人に必要なのは温故知新だと思うわ
日本人の心の拠り所を廃して植民地化しようって目論見だったからなぁ
当時はその程度で信仰を壊すことは出来なかったが
長い時を経て澱が積もるように少しずつ成就しつつあるのは皮肉かねぇ
日本人に必要なのは温故知新だと思うわ
こればっかりは学校とかで教えようとして
教えるものとはちょっと毛色が違うからなぁ
たくさん「勉強」して努力したり東大に行ったり
した人の方が逆にそういう「日本教」を忌み嫌って
しまうのは皮肉だわな 歴史を深く学ばない事が
ステータスだったりするし
教えるものとはちょっと毛色が違うからなぁ
たくさん「勉強」して努力したり東大に行ったり
した人の方が逆にそういう「日本教」を忌み嫌って
しまうのは皮肉だわな 歴史を深く学ばない事が
ステータスだったりするし
>歴史を深く学ばない事が
>ステータスだったりするし
さすがにこればかりは自分の頭の仲だけで話をつくってるとしか思えない
>ステータスだったりするし
さすがにこればかりは自分の頭の仲だけで話をつくってるとしか思えない
いや確かに入試問題とか学部生レベルなら、教科書と講義を鵜呑みにするのが一番点数は高くなるよ。
歴史を学ぶ上では一番やっちゃいけない事のはずなんだけどね……
歴史を学ぶ上では一番やっちゃいけない事のはずなんだけどね……
歴史の講義なんてその時代の流行、その講師の思想が反映されるからなぁ
教科書丸暗記して高得点とっていい気になってた時期があったなぁw
教科書丸暗記して高得点とっていい気になってた時期があったなぁw
ただまあ、イデオロギー的な問題と別に以下のような側面もある
まず少なくとも戦前までは、日本も欧米列強の帝国主義の前に
強力なナショナリズムを建設して自己防衛する必要があったから
かなりのインテリでもあえて皇国史観を理念として掲げてたりした
ところが第二次世界大戦後は建前上は大国間の戦争がなくなったし
強力なナショナリズムが求められる必要性が乏しくなった
さらに戦後は、大和民族以外の日本先住民であるとか
民俗学でいう山の民とか非常民とかの研究もわりと進んだから
古事記や日本書紀も学んでいても、同時にそういう傍流的な歴史観を学ぶと
どうしても朝廷を中心とした支配階級の歴史観が相対化されてしまう
今も日本の歴史家なら朝廷中心の歴史や神話学も学んでなければおかしい
ただその相対的比重が戦前に比べれば下がったのはある程度は仕方ない
戦前のアメリカ人にとっては「アメリカの歴史」とえいば白人の歴史
だったろうが、今では先住民や有色人種移民の歴史も視野に入れた結果
白人の歴史の比重が相対的には下がらざるをえなくなったのと同じだろう
まず少なくとも戦前までは、日本も欧米列強の帝国主義の前に
強力なナショナリズムを建設して自己防衛する必要があったから
かなりのインテリでもあえて皇国史観を理念として掲げてたりした
ところが第二次世界大戦後は建前上は大国間の戦争がなくなったし
強力なナショナリズムが求められる必要性が乏しくなった
さらに戦後は、大和民族以外の日本先住民であるとか
民俗学でいう山の民とか非常民とかの研究もわりと進んだから
古事記や日本書紀も学んでいても、同時にそういう傍流的な歴史観を学ぶと
どうしても朝廷を中心とした支配階級の歴史観が相対化されてしまう
今も日本の歴史家なら朝廷中心の歴史や神話学も学んでなければおかしい
ただその相対的比重が戦前に比べれば下がったのはある程度は仕方ない
戦前のアメリカ人にとっては「アメリカの歴史」とえいば白人の歴史
だったろうが、今では先住民や有色人種移民の歴史も視野に入れた結果
白人の歴史の比重が相対的には下がらざるをえなくなったのと同じだろう
というか愛国心や国粋主義やナショナリズムといった言葉自体に胡散臭げなイメージ持ってるからな、今の日本人は
歴史や民俗調べてルーツを探ったりするのはファシズムや右翼に通じるみたいな目で見られたり
歴史や民俗調べてルーツを探ったりするのはファシズムや右翼に通じるみたいな目で見られたり
ま、若い世代になるほど、そういう条件反射的アレルギーが薄まって来ているきがするのは嬉しい限り
>>485
戦後GHQの神道指令なんかは結果的に神道どころか、仏教キリスト教まで含んだ
全ての宗教との「政教分離」になっちゃって
教会と政府との分離である欧米基準での「政教分離」ですら無くなってますからね
ただこれは、日本の植民地化と言うより(その側面が無いとは言わないのですが)
GHQのニューディーラー(共産主義者)どもの暴走によるものだったんじゃないかとは思います
戦後GHQの神道指令なんかは結果的に神道どころか、仏教キリスト教まで含んだ
全ての宗教との「政教分離」になっちゃって
教会と政府との分離である欧米基準での「政教分離」ですら無くなってますからね
ただこれは、日本の植民地化と言うより(その側面が無いとは言わないのですが)
GHQのニューディーラー(共産主義者)どもの暴走によるものだったんじゃないかとは思います
歴史民俗を専門にしてる人って、どっちかといえば左っぽいイメージあったんだが違うの?
天皇制の根拠とかガシガシ否定したり、日本独自の民族性みたいなものを認めなかったりとか
天皇制の根拠とかガシガシ否定したり、日本独自の民族性みたいなものを認めなかったりとか
天照大神(笑)ってことだしな
日本人騎馬民族説だけはちょっとGHQの指導が入りすぎて
逆に胡散臭くなったな まぁ現在置かれている状況を歴史に
転写するってのが大概無茶だったんだけど
逆に胡散臭くなったな まぁ現在置かれている状況を歴史に
転写するってのが大概無茶だったんだけど
>>494
戦後はそういう傾向の学者も存在するが
もともと明治時代に柳田國男が日本民俗学を創始した背景には
それまで日本は薩摩国や信濃国であって日本国という概念がなかった中
列強に対する国民意識を明確にするため常民概念=統一的日本人観
というものを構築する意図があったはず
戦後は柳田が手を付けてない取りこぼしの部分に目を向けてたら
結果的に主流から外れたマイノリティ寄りの分野が発展したって面がある
被差別階級の民俗学を究めた網野善彦とか
時流迎合というなら、戦前は逆に木村鷹太郎みたいな
何でも天皇家の権威に結びつけるトンデモ史学を主張する学者もいたわけで
あと、戦後の民俗学者や歴史学者に関して言うと
たとえば鉄オタの多くが最初は最新の新幹線とかに目を惹かれても
マニアックになるにつれ地方のローカル線とか廃線に目が行くように
歴史や民俗学を好む人間には、知識が深くなるにつれて
正史としての記録が乏しい朝廷以外の土着勢力とか
蝦夷とか山人とか関心が行っちゃうタイプの人も結構いるわけね
別に左翼イデオロギーとかじゃなくて「俺が知られざる歴史を発見した」と
言いたい学者の見栄とか功名心とかそういうものも絡んでる
ただまあ東北王朝説とかはそういう朝廷以外の土着勢力に過大に
期待しすぎたトンデモ偽史みたいだけど
戦後はそういう傾向の学者も存在するが
もともと明治時代に柳田國男が日本民俗学を創始した背景には
それまで日本は薩摩国や信濃国であって日本国という概念がなかった中
列強に対する国民意識を明確にするため常民概念=統一的日本人観
というものを構築する意図があったはず
戦後は柳田が手を付けてない取りこぼしの部分に目を向けてたら
結果的に主流から外れたマイノリティ寄りの分野が発展したって面がある
被差別階級の民俗学を究めた網野善彦とか
時流迎合というなら、戦前は逆に木村鷹太郎みたいな
何でも天皇家の権威に結びつけるトンデモ史学を主張する学者もいたわけで
あと、戦後の民俗学者や歴史学者に関して言うと
たとえば鉄オタの多くが最初は最新の新幹線とかに目を惹かれても
マニアックになるにつれ地方のローカル線とか廃線に目が行くように
歴史や民俗学を好む人間には、知識が深くなるにつれて
正史としての記録が乏しい朝廷以外の土着勢力とか
蝦夷とか山人とか関心が行っちゃうタイプの人も結構いるわけね
別に左翼イデオロギーとかじゃなくて「俺が知られざる歴史を発見した」と
言いたい学者の見栄とか功名心とかそういうものも絡んでる
ただまあ東北王朝説とかはそういう朝廷以外の土着勢力に過大に
期待しすぎたトンデモ偽史みたいだけど
◆ 其の八(スレ8)>>428–434
共産主義といえば
民俗学やってる人は、アマチュアは右よりが多くて、プロは左よりが多いって話を聞いた
民俗学やってる人は、アマチュアは右よりが多くて、プロは左よりが多いって話を聞いた
(´-`).。oO(社会科の教諭は共産党員ばっかりだったな・・・)
右とか左とかって時代でもないだろうにw
地道な実証と、科学に不可欠な反証可能性の担保がとても困難なのが、
人文社会歴史分野だから、ついつい信仰に逃れるんだろうな
国学のたどった歴史とかみてるとそう思う あの当時は今にもまして、
検証するという営みが多難を極めただろうし
元マーケティング部門のしがないはしくれとしては、
上司やスポンサーの御意向ってのもあったし……自嘲w
地道な実証と、科学に不可欠な反証可能性の担保がとても困難なのが、
人文社会歴史分野だから、ついつい信仰に逃れるんだろうな
国学のたどった歴史とかみてるとそう思う あの当時は今にもまして、
検証するという営みが多難を極めただろうし
元マーケティング部門のしがないはしくれとしては、
上司やスポンサーの御意向ってのもあったし……自嘲w
というか、未だになんだかんだとマルクス史観を越える論理が出てこないからね。
特に歴史学の話だけど、マルクス史観の高度に論理化された歴史の見方は、やはり偉大。
で、一昔前はこれが重視されたから、マルクス史観に沿った左系の人が多い、と言うわけ。
今ではだいぶこれの不具合等が言われる(ソ連ぶっとんだんだからあたりまえ)なのだけど、超える論理はないね、やはり。
マルクス・エンゲルスが凄まじい人間だとは思う。
共産主義を信じていなくともね。
特に歴史学の話だけど、マルクス史観の高度に論理化された歴史の見方は、やはり偉大。
で、一昔前はこれが重視されたから、マルクス史観に沿った左系の人が多い、と言うわけ。
今ではだいぶこれの不具合等が言われる(ソ連ぶっとんだんだからあたりまえ)なのだけど、超える論理はないね、やはり。
マルクス・エンゲルスが凄まじい人間だとは思う。
共産主義を信じていなくともね。
民俗学では右とか左ってのは
日本においては大和朝廷と国家神道の中央権力を主に観る史観か
それとも辺境に着眼した史観かって話だろう
柳田國男が日本民俗学を創始した当時は欧米列強との帝国主義競争に
さらされてる中で「近代国家日本」という概念を構築するため
民俗学も多少なりとも政治的に国家主義に寄与する傾向があった
しかし柳田個人の関心が辺境の山人とかに向いてたのはバレバレで
実際マニアックに知識が深まるほどよりマイナーで埋もれた
分野に関心が向かって山人とか山窩とか蝦夷とか琉球とか
大和朝廷以前の地方王朝とかそういう方向に目を向けたがる
被差別民の研究に向かった網野善彦とかもそう
そんで古株のプロの専門家がみんなそういう方向に進むと
今度は逆にアマチュアは反動で「辺境史観ウゼェ」となるw
ただまあ本来民俗学ってのは支配階級の歴史ではない
民衆の歴史の研究なんだから地を這うように最下層の民衆に目を向けてたら
必然的に反中央権力的な歴史観になるって側面はあるけどな
日本共産党とか現実の政治的左翼は内実はこざかしいエリート主義だが
赤松啓介とかある意味で本当に日本の下層民と接した立派な左翼だよ
日本においては大和朝廷と国家神道の中央権力を主に観る史観か
それとも辺境に着眼した史観かって話だろう
柳田國男が日本民俗学を創始した当時は欧米列強との帝国主義競争に
さらされてる中で「近代国家日本」という概念を構築するため
民俗学も多少なりとも政治的に国家主義に寄与する傾向があった
しかし柳田個人の関心が辺境の山人とかに向いてたのはバレバレで
実際マニアックに知識が深まるほどよりマイナーで埋もれた
分野に関心が向かって山人とか山窩とか蝦夷とか琉球とか
大和朝廷以前の地方王朝とかそういう方向に目を向けたがる
被差別民の研究に向かった網野善彦とかもそう
そんで古株のプロの専門家がみんなそういう方向に進むと
今度は逆にアマチュアは反動で「辺境史観ウゼェ」となるw
ただまあ本来民俗学ってのは支配階級の歴史ではない
民衆の歴史の研究なんだから地を這うように最下層の民衆に目を向けてたら
必然的に反中央権力的な歴史観になるって側面はあるけどな
日本共産党とか現実の政治的左翼は内実はこざかしいエリート主義だが
赤松啓介とかある意味で本当に日本の下層民と接した立派な左翼だよ