何を今さらな話だが、陰陽五行道も大陸からの輸入品で神道とは本来別物
よって、霊夢の武器が陰陽玉というのは、巫女という設定の
セーラーマーズの技が密教のマンダラというのと同じぐらい
以前からなんだか気になってたが、修験道になると陰陽道も密教も神道も
ごちゃまぜなので、博霊神社は修験道系と無理やり解釈している俺
神仏習合の深層・本地垂迹・修験道的幻想郷
仏教・修験道 › 神仏習合・廃仏毀釈
東方考察 › 幻想郷世界観
博麗神社が修験道系という解釈。幻想郷の修験的勢力(紫・妹紅・幽々子・萃香・天狗)の整理。陰陽道が大陸からの輸入品で神道と本来別物であること。本地垂迹と神本仏迹の両立(九州の山伏僧侶の解釈として)。「純粋な神道」が明治の後付けであることと、原始信仰は磐座・神体山信仰。
◆ 其の壱(スレ1)>>909–975
なんかもー神道とか仏教とか陰陽道とかお互い影響し合って全然わからん。
純粋な神道、仏教って混ざった部分を抜いてったら内容がごっそり削られそうな気が。
純粋な神道、仏教って混ざった部分を抜いてったら内容がごっそり削られそうな気が。
少なくとも神道は乙る
国家神道ですら空海の思想を取り入れざるを得なかったんだから
国家神道ですら空海の思想を取り入れざるを得なかったんだから
神道は全てを受け入れるのよ
それはそれは残酷な宗教ですわ
それはそれは残酷な宗教ですわ
純粋な神道なんて本来ないだろ。
長らく神仏習合やってて、神社で坊さんがお経挙げるような状態だったんだから。
あんまり詳しくないけど、「純粋な神道」って江戸時代の国学、
それから明治以降の国が作ったでっちあげな側面が強いって話だけど。
今我々が見てる神社は、神仏分離→廃仏毀釈のコンボが決まった後の姿。
長らく神仏習合やってて、神社で坊さんがお経挙げるような状態だったんだから。
あんまり詳しくないけど、「純粋な神道」って江戸時代の国学、
それから明治以降の国が作ったでっちあげな側面が強いって話だけど。
今我々が見てる神社は、神仏分離→廃仏毀釈のコンボが決まった後の姿。
古代、統一前の日本には多数の国家があり
それぞれが独自の信仰を持っていたと考えられている
これらが統一にあたって纏められ、ごた混ぜになっている
基礎の成立からしてこんな風なんだよな
それぞれが独自の信仰を持っていたと考えられている
これらが統一にあたって纏められ、ごた混ぜになっている
基礎の成立からしてこんな風なんだよな
無いと言い切ってしまうのも少し寂しいな。
確かに今の神道というか日本神話は水戸黄門とか明治政府がアレした背景が強いけど。
君が代だって昔はカルト的な天皇崇拝とは無縁の和歌だったっていうし
今は形を歪められてしまったけど昔は確かにそこにあったであろう何かに想像を巡らすのも悪くは無いと思う。
まぁ、でも神道らきしものが生まれたのが3世紀ごろと仮定して仏教伝来が5世紀頃と考えるとわりと初期から混ざり合ってた気はする。
だから本来の意味で神道の本来の姿っていったら日本固有のアニミズムと仏教が良い感じに混ざり合った状態を指すのかもわからん。
そもそも古事記が記されたのが8世紀あたりと考えると日本神話はずでにごちゃ混ぜになってた状態であったとも考えられるし。
そこらへんを阿礼たんが頑張って体系だてたとも考えられるな。
確かに今の神道というか日本神話は水戸黄門とか明治政府がアレした背景が強いけど。
君が代だって昔はカルト的な天皇崇拝とは無縁の和歌だったっていうし
今は形を歪められてしまったけど昔は確かにそこにあったであろう何かに想像を巡らすのも悪くは無いと思う。
まぁ、でも神道らきしものが生まれたのが3世紀ごろと仮定して仏教伝来が5世紀頃と考えるとわりと初期から混ざり合ってた気はする。
だから本来の意味で神道の本来の姿っていったら日本固有のアニミズムと仏教が良い感じに混ざり合った状態を指すのかもわからん。
そもそも古事記が記されたのが8世紀あたりと考えると日本神話はずでにごちゃ混ぜになってた状態であったとも考えられるし。
そこらへんを阿礼たんが頑張って体系だてたとも考えられるな。
仏教その他の外来要素が入る前の原始神道というものはあったと思うが
それは多分ほとんど口承文化による土俗宗教みたいなやつと思われw
だいたい現在我々が使ってるのと同じ、古事記や日本書紀を明文化して
書き残した日本語自体、大陸渡来の漢字文化の影響にあるんだし
まあしかしそうして異文化言語によって表現されてようやく後世に伝わった
文化つーのは多い。キリスト教の聖書はヘブライ語じゃなきゃおかしいはず
なのに、パウロのギリシャ語聖書がなけりゃ世界宗教にはなってない
原始仏教もパ-リ語の教典なんてほとんど読まれてないだろうし
それは多分ほとんど口承文化による土俗宗教みたいなやつと思われw
だいたい現在我々が使ってるのと同じ、古事記や日本書紀を明文化して
書き残した日本語自体、大陸渡来の漢字文化の影響にあるんだし
まあしかしそうして異文化言語によって表現されてようやく後世に伝わった
文化つーのは多い。キリスト教の聖書はヘブライ語じゃなきゃおかしいはず
なのに、パウロのギリシャ語聖書がなけりゃ世界宗教にはなってない
原始仏教もパ-リ語の教典なんてほとんど読まれてないだろうし
把握出来ている限り最も古い日本の信仰は神体山信仰・磐座信仰だよ。もちろん仏教とは関係ナス
神体山も磐座も各地に現存してるからフィールドワークに行くと面白い
神体山も磐座も各地に現存してるからフィールドワークに行くと面白い
鞍馬山の奥の院が磐座だってのは本当なんだろか
寺のフカシじゃないとしたら物凄く古い信仰なわけで
天狗の源流を探る上でかなり興味深いと思うんだが・・・
ええ、分かってますよ、あそこを調査するのは絶対に無理です
寺のフカシじゃないとしたら物凄く古い信仰なわけで
天狗の源流を探る上でかなり興味深いと思うんだが・・・
ええ、分かってますよ、あそこを調査するのは絶対に無理です
>>917
もちろん、そういうのはあるよ。原始信仰、アニミズム的な信仰であれば
無論仏教伝来以前からあった。
ただ、「神道」という体系化された形の日本古来の宗教、というのは
国とかが必要に迫られて、仏教の形を真似て後から作ったものらしい、
という話なんだと思う。
もちろん、そういうのはあるよ。原始信仰、アニミズム的な信仰であれば
無論仏教伝来以前からあった。
ただ、「神道」という体系化された形の日本古来の宗教、というのは
国とかが必要に迫られて、仏教の形を真似て後から作ったものらしい、
という話なんだと思う。
ただ単純に、信仰としての神道に手段としての陰陽道ってだけじゃ
でも修験道系という解釈は面白いなぁ
山人=おぬ(隠)=幻想入りした人々って感じかな
立川真g……いやなんでもない
でも修験道系という解釈は面白いなぁ
山人=おぬ(隠)=幻想入りした人々って感じかな
立川真g……いやなんでもない
そろそろスペルカード和合水の出番か
意識せずに地域の行事に参加して、宗教に携わっていたりするのがホントの意味での信仰や宗教なのかな、ってちょっと考えた
俺の地域ではガキのころからちっちゃな天神さんで秋には浮立をやったり大晦日には詣でてみんなで火を囲んだりしていたけれど
それを別段神道だとか宗教だとか崇拝だとか教えられなかったし話もされなかった
けれども日々の生活の中で確かに季節の折々で信仰めいたことが自然と行われていた。
わざわざ取り立てて意味を取り上げる方が信仰的にはピンチなんだろうか
俺の地域ではガキのころからちっちゃな天神さんで秋には浮立をやったり大晦日には詣でてみんなで火を囲んだりしていたけれど
それを別段神道だとか宗教だとか崇拝だとか教えられなかったし話もされなかった
けれども日々の生活の中で確かに季節の折々で信仰めいたことが自然と行われていた。
わざわざ取り立てて意味を取り上げる方が信仰的にはピンチなんだろうか
>>920
隠れ里、山人の要素はあるだろうけど山人って裸じゃなかったっけ?
木の皮をまきつけてるだけみたいな
幻想郷に修験の勢力はかなり強い
まず大元のゆかりんからしてガチ修験
パッと思いつくところなら妹紅も山岳信仰系と思われる
ゆゆ様も西行・ゆかりん繋がりでおそらく真言修験
酒呑童子一派の萃香も修験に関係深い
今度の6面の人も修験の総本山の一つから来てる
山の天狗も半ば神であるらしい(天狗を神として祀るのは山岳信仰系のみ)
そして龍神信仰が基礎となっているというね
もうZUNって修験者なの?行者なの?って言いたくなるようなラインナップ
隠れ里、山人の要素はあるだろうけど山人って裸じゃなかったっけ?
木の皮をまきつけてるだけみたいな
幻想郷に修験の勢力はかなり強い
まず大元のゆかりんからしてガチ修験
パッと思いつくところなら妹紅も山岳信仰系と思われる
ゆゆ様も西行・ゆかりん繋がりでおそらく真言修験
酒呑童子一派の萃香も修験に関係深い
今度の6面の人も修験の総本山の一つから来てる
山の天狗も半ば神であるらしい(天狗を神として祀るのは山岳信仰系のみ)
そして龍神信仰が基礎となっているというね
もうZUNって修験者なの?行者なの?って言いたくなるようなラインナップ
某半島が「あれもこれもウリナラ発祥ニダ!」と言ってるのを思い出した
まぁ神主が修験とかそっち大好きなのは確かだろ
紫の前鬼後鬼についてあまり言及されないのはどうしてなんだろ
紫の前鬼後鬼についてあまり言及されないのはどうしてなんだろ
ああ、考察でという意味で
てか、長野が基本だからでしょ
賀茂系ってこと?
氏神は山にいて、墓石は山を模したものだったような気が
明治維新以後の神道は、確かに江戸時代までの神道と仏教が混ざりあったものとは異なるな。
今の形態は神道本来のものではないともいえるかもしれんが……
古代史は詳しくないが、自分なりに考えてみると、仏教が混ざり込むのを許す寛容さってのが
本来的な神道の本質なのでは無かろうか。
聖徳太子の頃は仏教を受け入れるかどうかで戦争やったけど、あれは仏教を口実にした物部と蘇我の権力闘争くさいし。
実際、現代でもバレンタインやらクリスマス、ごく最近ではハロウィンも受け入れてるしな。
仏教が日本に(大きく形を変えつつも)根付いたのは先祖供養のニーズからだとは思う。
死者を仏にしちゃうのは、仏教を神道的に応用したものだろうし、日本人のほとんどは仏教徒だというが、本質は神道なのではないだろうか。
他の国の仏教徒はもっと敬虔なもんだ。
今の形態は神道本来のものではないともいえるかもしれんが……
古代史は詳しくないが、自分なりに考えてみると、仏教が混ざり込むのを許す寛容さってのが
本来的な神道の本質なのでは無かろうか。
聖徳太子の頃は仏教を受け入れるかどうかで戦争やったけど、あれは仏教を口実にした物部と蘇我の権力闘争くさいし。
実際、現代でもバレンタインやらクリスマス、ごく最近ではハロウィンも受け入れてるしな。
仏教が日本に(大きく形を変えつつも)根付いたのは先祖供養のニーズからだとは思う。
死者を仏にしちゃうのは、仏教を神道的に応用したものだろうし、日本人のほとんどは仏教徒だというが、本質は神道なのではないだろうか。
他の国の仏教徒はもっと敬虔なもんだ。
神道っていうのは伝統的に神職たちの流派を指すから
そこで神道って言葉を使うのには抵抗がある
なんかいい語が無いものかなと思う
そこで神道って言葉を使うのには抵抗がある
なんかいい語が無いものかなと思う
けど民衆が帰依したのは仏教だから
やっぱり仏教には違いないんだろうな
やっぱり仏教には違いないんだろうな
>>933
帰依って言葉は実はあまり適切ではない。
仏様は信仰はしてるけど他も祭っちゃうのが古来からの日本人の在り方であり、
その結果が神仏習合という信仰の形態。
確かに仏を拠り所にはするんだが、他の神様も拠り所にしてきたんだよ。
これが仏壇と神棚が一つの家に共存してるという異様な事が平然と行われてる背景にもなってる。
ぶっちゃけ聖書とコーランの両方を持ち歩くようなモンだからね。
帰依って言葉は実はあまり適切ではない。
仏様は信仰はしてるけど他も祭っちゃうのが古来からの日本人の在り方であり、
その結果が神仏習合という信仰の形態。
確かに仏を拠り所にはするんだが、他の神様も拠り所にしてきたんだよ。
これが仏壇と神棚が一つの家に共存してるという異様な事が平然と行われてる背景にもなってる。
ぶっちゃけ聖書とコーランの両方を持ち歩くようなモンだからね。
それは本当に腐った宗教だから一般論に含めるな
でも、まあ一般的な日本人からしたら聖書もコーランも等しくただの本だしな
>>937
いや、腐ってるってのは日蓮宗から破門食らっt以下略
うん、色々危険だから止めよう。
要するにとりあえず混ぜちまえでOKな日本の宗教観は
元々の仏教とも異なって来ているので「帰依」(要するに仏教に入信する)という言葉は
それはそれで当て嵌まらないという事だ、言いたかったのは。
勿論、形の上で帰依する事はあっても、
その実、神道には入信するという概念が希薄であるだけで双方を信仰している訳だからね。
いや、腐ってるってのは日蓮宗から破門食らっt以下略
うん、色々危険だから止めよう。
要するにとりあえず混ぜちまえでOKな日本の宗教観は
元々の仏教とも異なって来ているので「帰依」(要するに仏教に入信する)という言葉は
それはそれで当て嵌まらないという事だ、言いたかったのは。
勿論、形の上で帰依する事はあっても、
その実、神道には入信するという概念が希薄であるだけで双方を信仰している訳だからね。
いや、仏教は日本に来る以前からヒンズー教や道教と習合しているんだけどな
有名なところでは豊川稲荷や最上稲荷などの荼吉尼天
また八幡神は仏教と道教が習合し、さらに神道と習合している
有名なところでは豊川稲荷や最上稲荷などの荼吉尼天
また八幡神は仏教と道教が習合し、さらに神道と習合している
八幡神は元々鍛冶の神様ではないかと言われてる。少なくとも宇佐八幡は
その歴史は名前の通り、「旗」の信仰だから旗を使う宗教、密教に結びつきやすかった
全国にその宗教と一緒に広まったのかな
その歴史は名前の通り、「旗」の信仰だから旗を使う宗教、密教に結びつきやすかった
全国にその宗教と一緒に広まったのかな
仏教とヒンドゥー教の習合なら
大黒天(ヒンドゥーではシヴァの化身であるマハーカーラ、神道では大国主)
辺りも習合してるな。
習合は別に世界的にも普遍的に存在するんだが、
その習合した結果、単一の宗教に入信する訳でもないというのが
日本人の独特なところ。
神が「祟る」という特徴が習合した先である筈の仏にも適用される
(寺が燃えると仏が祟る等)点や、
前述している家に仏壇と神棚が混在している点から見ても、
習合した結果の仏教のみを信仰してる訳でもない事が判る。
大黒天(ヒンドゥーではシヴァの化身であるマハーカーラ、神道では大国主)
辺りも習合してるな。
習合は別に世界的にも普遍的に存在するんだが、
その習合した結果、単一の宗教に入信する訳でもないというのが
日本人の独特なところ。
神が「祟る」という特徴が習合した先である筈の仏にも適用される
(寺が燃えると仏が祟る等)点や、
前述している家に仏壇と神棚が混在している点から見ても、
習合した結果の仏教のみを信仰してる訳でもない事が判る。
アレクサンドロス大王が広範なヘレニズム文化圏を形成できたのも
当時は多神教なんで土着神との習合がしやすかったという説がある
地中海文化圏ではエジプトのトト神はギリシアのヘルメス神と同一視されたとか
外来の宗教と地元の信仰を習合させた例は神道に限らず見られる
ヨーロッパでも、聖人の伝承とかにはケルト神話やゲルマン神話由来の話が
のちにキリスト教の信仰と習合したものとかありそう
そういう意味ではとくに日本の神道がとくに浮薄というわけでもあるまい
和魂漢才とか和魂洋才を前向きを考えるお国柄なのは確かだろうが
当時は多神教なんで土着神との習合がしやすかったという説がある
地中海文化圏ではエジプトのトト神はギリシアのヘルメス神と同一視されたとか
外来の宗教と地元の信仰を習合させた例は神道に限らず見られる
ヨーロッパでも、聖人の伝承とかにはケルト神話やゲルマン神話由来の話が
のちにキリスト教の信仰と習合したものとかありそう
そういう意味ではとくに日本の神道がとくに浮薄というわけでもあるまい
和魂漢才とか和魂洋才を前向きを考えるお国柄なのは確かだろうが
中国でも昔から仏教と道教の信仰はクロスオーバーしてるし、三教帰一のように
仏教・道教・儒教を共存させる理論もあるしな
仏教・道教・儒教を共存させる理論もあるしな
一神教と多神教の奇妙な融合というと、シク教かな。イスラム、ヒンドゥーのあいのこ。
どちらかというとイスラムにヒンドゥーを取り込んだ新宗教ともいえるけど。
どちらかというとイスラムにヒンドゥーを取り込んだ新宗教ともいえるけど。
マニ教ってちゃんぽん宗教じゃなかったっけ?
キリスト教なんかも布教する土地に合わせて微妙に変えてたから、ちゃんぽん宗教の一種と言えなくもない?
キリスト教なんかも布教する土地に合わせて微妙に変えてたから、ちゃんぽん宗教の一種と言えなくもない?
>>943
まぁ、そのへんは逆に言うと支配の歴史でもあるところかもなーと思ったり。
元々Aという民族にaという神がいてBという民族がA民族を支配してa神の変わりにb神を設置するとa神=b神みたいに同一視される。
風神録関係で言うなら実際に建御名方はモレヤ神と同一視されてたりするしな。当然そのパターンだけじゃないだろうけど。
まぁ、日本のスサノオみたいに色んな神様ごたまぜにしたり逸話の組み換えとかやられるとカオスるけどね。
手長足長なんかは神として数えられると同時に妖怪にもなってるしもうやだこの国。
あっちの場合は土着の神がメデューサみたいに神格を剥奪されてモンスターになる事も珍しくないってのも面白いな。
従属側の神が支配側の神として迎合される場合と悪魔として迫害されるパターンの違いってのは何かあるのかとか考えるとカオス。
日本の場合の神仏習合は祭祀信仰が社会体系の確立と共に徐々に衰えて仏教的な思想が求められてきたので合体したらしい。
恐れ敬うがモットーの祭祀信仰には基本的に救済っていう概念が無かったから神は仏であって欲しかったという願望も人間にあったんだろな。
そういう意味じゃ>>907の夢は結構的を射ているのかもしれない。
まぁ、合併にしろ吸収にしろ何にしろ信仰というのはある程度近隣のそれと相互作用してるかもね。
まぁ、そのへんは逆に言うと支配の歴史でもあるところかもなーと思ったり。
元々Aという民族にaという神がいてBという民族がA民族を支配してa神の変わりにb神を設置するとa神=b神みたいに同一視される。
風神録関係で言うなら実際に建御名方はモレヤ神と同一視されてたりするしな。当然そのパターンだけじゃないだろうけど。
まぁ、日本のスサノオみたいに色んな神様ごたまぜにしたり逸話の組み換えとかやられるとカオスるけどね。
手長足長なんかは神として数えられると同時に妖怪にもなってるしもうやだこの国。
あっちの場合は土着の神がメデューサみたいに神格を剥奪されてモンスターになる事も珍しくないってのも面白いな。
従属側の神が支配側の神として迎合される場合と悪魔として迫害されるパターンの違いってのは何かあるのかとか考えるとカオス。
日本の場合の神仏習合は祭祀信仰が社会体系の確立と共に徐々に衰えて仏教的な思想が求められてきたので合体したらしい。
恐れ敬うがモットーの祭祀信仰には基本的に救済っていう概念が無かったから神は仏であって欲しかったという願望も人間にあったんだろな。
そういう意味じゃ>>907の夢は結構的を射ているのかもしれない。
まぁ、合併にしろ吸収にしろ何にしろ信仰というのはある程度近隣のそれと相互作用してるかもね。
一神教としているキリスト教とかの唯一神って、
無理やり一つにまとめた所為か多重人格というか人格破綻している感じが…
あぁ、人格っていうのもおかしな話か、神だから。
無理やり一つにまとめた所為か多重人格というか人格破綻している感じが…
あぁ、人格っていうのもおかしな話か、神だから。
キリスト教も一神教であるが、
聖者信仰とかで信仰する対象(しかも目的別に)は増やしてるよな。
聖者信仰とかで信仰する対象(しかも目的別に)は増やしてるよな。
キリスト教とかって三位一体の神なんだっけ
一神教も実態を見てみると、実は多神教的な面は結構あるらしいけどね。
キリスト教の神様とか、全知全能で世界レベルのスケール大きい神様だから、
庶民が身近で雑多な願い事を託すのに適さなくなってしまって、
結局聖人とかそういうローカルな存在に願いを託す、と。
だから構造としては多神教とあんまり変わらなくなってしまうのだそうな。
キリスト教の神様とか、全知全能で世界レベルのスケール大きい神様だから、
庶民が身近で雑多な願い事を託すのに適さなくなってしまって、
結局聖人とかそういうローカルな存在に願いを託す、と。
だから構造としては多神教とあんまり変わらなくなってしまうのだそうな。
つーかキリスト教て「主神-その他の神々」の関係が「唯一神-天使」とかになってるだけなんじゃないの?
悪魔という概念を信じちゃってる時点で既に一神教ではないと思うけどな、キリスト教も
サタンもまた神の子って思想あったよね。どっかの異端派に。
キリスト教文化の成立背景を考えると
まず旧約聖書のユダヤ教の世界観があるわけだが
それは古代のヘブライ人や中東の民間伝承の寄せ集めの側面があるはず
キリスト教の悪魔のベルゼブブもアスタロトも元は中東の土着神だからな
新約聖書はキリスト一人を中心とした言行録だが
いろんな弟子や方々での証言が入り混じってる可能性も充分ありえる
それがさらにヨーロッパ文化圏の信仰として定着すると
もともとケルト神話やゲルマン神話、スラブ神話の伝承が
あとからキリスト教の聖人譚に書き直された話もありそう
日本の神々や妖怪も、時代を経るうちにいろんな要素が複合して
同一視されるようになったり姿を変えたキャラは結構あるんじゃないか
いきなり話が飛ぶが、天狗とは本来文字通り天の犬だったという、
椛はそっちを体現してるわけだな
現在定着してる天狗のイメージは山伏とごっちゃになってるみたいだし
まず旧約聖書のユダヤ教の世界観があるわけだが
それは古代のヘブライ人や中東の民間伝承の寄せ集めの側面があるはず
キリスト教の悪魔のベルゼブブもアスタロトも元は中東の土着神だからな
新約聖書はキリスト一人を中心とした言行録だが
いろんな弟子や方々での証言が入り混じってる可能性も充分ありえる
それがさらにヨーロッパ文化圏の信仰として定着すると
もともとケルト神話やゲルマン神話、スラブ神話の伝承が
あとからキリスト教の聖人譚に書き直された話もありそう
日本の神々や妖怪も、時代を経るうちにいろんな要素が複合して
同一視されるようになったり姿を変えたキャラは結構あるんじゃないか
いきなり話が飛ぶが、天狗とは本来文字通り天の犬だったという、
椛はそっちを体現してるわけだな
現在定着してる天狗のイメージは山伏とごっちゃになってるみたいだし
>>934
帰依した人も居るんだよ
もともと仏教っていうのがユダヤ教的な構造を持ってない
他の仏教国は~って良く聞くけども、あれだってその国々に合わせて変容した姿だ
現にチベット、タイ、中国も地元の土着神を合わせて祭っている
本家のインドでさえそうだった
経典の中には在家の仏教徒のことも書かれている
仏を最上のものだと信じるならば、それは仏教に帰依したんだろう
中世~江戸には庶民から武士にまで仏を神祇よりも尊いと信じる人々が大勢を占めていた
自分はそう思っている
帰依した人も居るんだよ
もともと仏教っていうのがユダヤ教的な構造を持ってない
他の仏教国は~って良く聞くけども、あれだってその国々に合わせて変容した姿だ
現にチベット、タイ、中国も地元の土着神を合わせて祭っている
本家のインドでさえそうだった
経典の中には在家の仏教徒のことも書かれている
仏を最上のものだと信じるならば、それは仏教に帰依したんだろう
中世~江戸には庶民から武士にまで仏を神祇よりも尊いと信じる人々が大勢を占めていた
自分はそう思っている
>>959
んー、でも各地の神社の祭りも盛大に行われていた訳で、
仮に帰依した人が大多数なら、そうはならないんじゃないの?
神仏習合していたとはいえ、神社と寺の区別ぐらいは普通つくよね、
曲がりなりにも特定の宗教にどっぷり肩まで浸かってるんだから。
んー、でも各地の神社の祭りも盛大に行われていた訳で、
仮に帰依した人が大多数なら、そうはならないんじゃないの?
神仏習合していたとはいえ、神社と寺の区別ぐらいは普通つくよね、
曲がりなりにも特定の宗教にどっぷり肩まで浸かってるんだから。
ところで次スレはどうなるの?
スレタイこのままはどうかと思うのだが
スレタイこのままはどうかと思うのだが
>>960
仏教の場合はなるのよ
上でも書いたけど仏教は本家インドでさえ土着の信仰を儀軌ごと丸々取り入れてる
中国へ伝わってからも深沙大王や泰山府君を祀るなどこの性格は変わっていない
伝統的に「経典に説かれてないから存在しない」って立場は取らず
「居るんだから仕方ないだろう」みたいなことを言う
これが末期インド仏教の直流、密教のスタイルなんだ
・今も自分たちを加護してくれるのだから修行の身になっても哀れみ助けてくれるだろう
・天部は仏の教えを喜び加護して下さる、自分たちの神もお喜びにならぬはずが無い
みたいな思想もあってこれも大きく関わった
中世の諏訪、春日、鹿島、大小の社はこんな感じになっている
今はキリスト教の構造がメジャーだから奇異に思われるかもしれないけど
仏教と経典以外の神々は両立するんだ
現代科学と一緒で本来は体系なのかもしれない
仏教の場合はなるのよ
上でも書いたけど仏教は本家インドでさえ土着の信仰を儀軌ごと丸々取り入れてる
中国へ伝わってからも深沙大王や泰山府君を祀るなどこの性格は変わっていない
伝統的に「経典に説かれてないから存在しない」って立場は取らず
「居るんだから仕方ないだろう」みたいなことを言う
これが末期インド仏教の直流、密教のスタイルなんだ
・今も自分たちを加護してくれるのだから修行の身になっても哀れみ助けてくれるだろう
・天部は仏の教えを喜び加護して下さる、自分たちの神もお喜びにならぬはずが無い
みたいな思想もあってこれも大きく関わった
中世の諏訪、春日、鹿島、大小の社はこんな感じになっている
今はキリスト教の構造がメジャーだから奇異に思われるかもしれないけど
仏教と経典以外の神々は両立するんだ
現代科学と一緒で本来は体系なのかもしれない
仏教は、村人を縛るのにも利用されてたからにわかには信じられないな。
てか、お伊勢参りとかどうなるんだよ。
てか、お伊勢参りとかどうなるんだよ。
>>960
wiki情報から噛み砕いた知識なのでレポートで出したら即赤点の情報ではあるが
・仏の前には神も人も同列
・むしろ神も人と同じように苦しみ救済を願っている
・というか神は仏の仮の姿だったんだよ
という世論の流れがあったらしい
だから仏を信仰する事は必ずしも日本の神を否定するという事にはならないらしい
wiki情報から噛み砕いた知識なのでレポートで出したら即赤点の情報ではあるが
・仏の前には神も人も同列
・むしろ神も人と同じように苦しみ救済を願っている
・というか神は仏の仮の姿だったんだよ
という世論の流れがあったらしい
だから仏を信仰する事は必ずしも日本の神を否定するという事にはならないらしい
>>964
>・というか神は仏の仮の姿だったんだよ
ここだけの話なんだが
「神が仏の誓願に共感して、仏と同様の行いをなす、故に神は(我々からすれば)仏と同じである」
だから神本仏迹と本地垂迹は両立すると
九州の僧侶へ権現について尋ねたら帰ってきた
自身で山伏を称する一派だから神仏習合の参考ぐらいにはなるような気がする
僧侶は恐ろしく保守的だし、法脈はかなり古いようだから
信憑性は・・・多分それなり、多分
>・というか神は仏の仮の姿だったんだよ
ここだけの話なんだが
「神が仏の誓願に共感して、仏と同様の行いをなす、故に神は(我々からすれば)仏と同じである」
だから神本仏迹と本地垂迹は両立すると
九州の僧侶へ権現について尋ねたら帰ってきた
自身で山伏を称する一派だから神仏習合の参考ぐらいにはなるような気がする
僧侶は恐ろしく保守的だし、法脈はかなり古いようだから
信憑性は・・・多分それなり、多分
ちなみにかなり要約してるのでニュアンス的に間違いがあるかもしれない
神本仏迹と本地垂迹は両立する~については自分の要約であり解釈だと追記しておく
神本仏迹と本地垂迹は両立する~については自分の要約であり解釈だと追記しておく
っていうか日本の信仰形態自体が「何処の神様もウェルカム」状態だからな
明確に区分されたのも割と最近だし
明確に区分されたのも割と最近だし
というか、キリスト教が日本に入った(あくまでイエズス会。それ以前にネストリウスとか
入った可能性もちびっとはあるんかも知れない)頃は民衆はデウスの神=大日如来という
解釈をしていたしねぇ。
まず、その解釈を断ち切るところから始まってる気もする。
キリスト教最左派+武闘派のイエズス会にとっての話だけど。
入った可能性もちびっとはあるんかも知れない)頃は民衆はデウスの神=大日如来という
解釈をしていたしねぇ。
まず、その解釈を断ち切るところから始まってる気もする。
キリスト教最左派+武闘派のイエズス会にとっての話だけど。
仏というのは釈尊個人を指すのものではなく悟りに至った者のことで
仏教というのは釈尊は唯一神の子であるというのではなく、あらゆる生命は、
そのように心がけさえすればみな悟りを得て仏になれる、と説いているわけだから
そりゃ土着の神も仏になりました、仏なんです、と言おうと思えば言えるw
日本じゃ神の子孫を称する歴代天皇家の人間にも出家した者はおるわけだし
逆に、菅原道真から乃木大将まで死後に神に祀られた者もいるが
それは日本ローカルの神ということで、概念としては、
悟りを得た者>ローカル神
となるのか
仏教というのは釈尊は唯一神の子であるというのではなく、あらゆる生命は、
そのように心がけさえすればみな悟りを得て仏になれる、と説いているわけだから
そりゃ土着の神も仏になりました、仏なんです、と言おうと思えば言えるw
日本じゃ神の子孫を称する歴代天皇家の人間にも出家した者はおるわけだし
逆に、菅原道真から乃木大将まで死後に神に祀られた者もいるが
それは日本ローカルの神ということで、概念としては、
悟りを得た者>ローカル神
となるのか
そういえば仏を利益の象徴にしているかのような言い回しだったなぁ
「病を治してくださるからこの神様の本地は薬師さんですよ」
「人々を物凄く哀れみ悲しんでるからこの神様の本地は観音様です」
みたいな
神は神、仏は仏で悟りを開いてるかどうかは問題にしてなかったっぽい
ところで次スレはどうする?
「病を治してくださるからこの神様の本地は薬師さんですよ」
「人々を物凄く哀れみ悲しんでるからこの神様の本地は観音様です」
みたいな
神は神、仏は仏で悟りを開いてるかどうかは問題にしてなかったっぽい
ところで次スレはどうする?
鎌倉時代には、
大日如来=アマテラスで
イザナミイザナギが仏法流布のために大日の印文のもとに作ったから「大日の本国」=「大日本国」となった
第六天魔王から「仏教広めんな」とケチ付けられたから、神の姿をとった
とかいう話があったらしい
大日如来=アマテラスで
イザナミイザナギが仏法流布のために大日の印文のもとに作ったから「大日の本国」=「大日本国」となった
第六天魔王から「仏教広めんな」とケチ付けられたから、神の姿をとった
とかいう話があったらしい
このペースなら次スレはあってよいだろう
980-990あたりで気が向いた方適時おながい
関係ないが週刊新潮読んだら後ろのほうのページの奈良の紀行記事で
稗田阿礼には男性説と女性説があり云々と書いてあったが
女性の語り部といわれると阿求のような娘ではなく
ナウシカに出てきた大ババ様みたいなイメージしか思いつかない俺は負け組
980-990あたりで気が向いた方適時おながい
関係ないが週刊新潮読んだら後ろのほうのページの奈良の紀行記事で
稗田阿礼には男性説と女性説があり云々と書いてあったが
女性の語り部といわれると阿求のような娘ではなく
ナウシカに出てきた大ババ様みたいなイメージしか思いつかない俺は負け組
…スレタイはこのままで良いのか?w
信仰なんて多少とも、場所や人によって変わらざるをえないものだからなぁ。
なかなか純粋な「オリジナル」の部分だけを取り出すってのは難しい。
逆に、仏教みたいな世界宗教の強みは、教義や経典が分派分離派生しまくってて、
とにかくあらゆる信仰のニーズやパターンを網羅してるから新しい土地にも広がりやすいところだ、
って荒俣センセが言ってた。
あと、仏教が中国に一番最初に輸入された時には、単なる新しい健康法として
受け入れられたらしい。
次スレのスレタイは「東方関連の神話・民俗をまったり語るスレ」
とかで良いんじゃね?
なかなか純粋な「オリジナル」の部分だけを取り出すってのは難しい。
逆に、仏教みたいな世界宗教の強みは、教義や経典が分派分離派生しまくってて、
とにかくあらゆる信仰のニーズやパターンを網羅してるから新しい土地にも広がりやすいところだ、
って荒俣センセが言ってた。
あと、仏教が中国に一番最初に輸入された時には、単なる新しい健康法として
受け入れられたらしい。
次スレのスレタイは「東方関連の神話・民俗をまったり語るスレ」
とかで良いんじゃね?
◆ 其の四(スレ4)>>279–302
神奈子は神なのになぜあんなに白蓮を疑うんだろう
仏教系が嫌いなのかな?
仏教系が嫌いなのかな?
日本の神様が仏様と対立した話なんてついぞ聞いたことはないがね
やたらとまっすぐだから只者ではないって警戒してるだけだろ?
やたらとまっすぐだから只者ではないって警戒してるだけだろ?
>日本の神様が仏様と対立した話
直接神様と仏様が対立したわけではないけど勢力争いのネタにはなってた気がする
物部氏と蘇我氏とかそのあたり
直接神様と仏様が対立したわけではないけど勢力争いのネタにはなってた気がする
物部氏と蘇我氏とかそのあたり
仏教は他教の神を勝手に取り込んで仏にしてきたからな
個人的崇拝ならともかく国家事業として初めて仏教を取り入れると
なるといろいろ揉めるだろうさ
ちなみに初期の混乱の中で問題となった日本最初の仏像が、一度
難波の運河に打ち捨てられ、それを本田善光という人が発見して
故郷に祀ったのが善光寺の縁起とされている
(書きながら思ったがカーネルサンダース人形みたいだな)
ついでに言うと新作絡みの命蓮上人(&姉の尼公)も信濃出身
なるといろいろ揉めるだろうさ
ちなみに初期の混乱の中で問題となった日本最初の仏像が、一度
難波の運河に打ち捨てられ、それを本田善光という人が発見して
故郷に祀ったのが善光寺の縁起とされている
(書きながら思ったがカーネルサンダース人形みたいだな)
ついでに言うと新作絡みの命蓮上人(&姉の尼公)も信濃出身
廃仏毀釈では仏教側が弾圧の対象になったがな
まあ、神奈子が仏教の関係者をけげんに見るのは
単純にもとは外来の信仰対象だからなのかも知れぬ
まあ、神奈子が仏教の関係者をけげんに見るのは
単純にもとは外来の信仰対象だからなのかも知れぬ
外来のとかいったら神奈子だって諏訪子やっつけて入ってきたわけだし。。
神道と仏教なんて日本では長い間神仏習合ってのもやってたし。
神道と仏教なんて日本では長い間神仏習合ってのもやってたし。
廃仏毀釈は国家が近代化の課程で国学なんかの影響の下
神道を国教として正統化したことによるものであって、別に
神と仏自体が対立したわけではない。
むしろ江戸時代は寺請制度でお寺が実質的に民衆管理機関
だったので汚職の温床になるなどの問題があり、そういう
矛盾に対する反動という宗教的というより社会的問題に属する
だろう。
神道を国教として正統化したことによるものであって、別に
神と仏自体が対立したわけではない。
むしろ江戸時代は寺請制度でお寺が実質的に民衆管理機関
だったので汚職の温床になるなどの問題があり、そういう
矛盾に対する反動という宗教的というより社会的問題に属する
だろう。
江戸時代には神主もお寺の檀家にならなければならない等の問題があり
神社が寺の下に置かれ支配される構造だったという話がある
明治政府になるとその力関係は逆転した
最も、戸隠山や熊野那智、或いは鶴岡八幡宮など多くの神社が
かつては境内に寺があったり、仏像を祀っていたとなどと伝えられる
神社が寺の下に置かれ支配される構造だったという話がある
明治政府になるとその力関係は逆転した
最も、戸隠山や熊野那智、或いは鶴岡八幡宮など多くの神社が
かつては境内に寺があったり、仏像を祀っていたとなどと伝えられる
昔は基本的に仏様≒神様だったんじゃないの?
少なくとも戸隠みたいな修験道系は古い山岳信仰に仏教が融合し
道教や陰陽道あたりまで入って全体として修験道なので、現代の
「神社」として限定してるあり方は本来のものではないと言える
まあ実際神仏は本地垂迹説で本地はこういう仏だけど日本の神として
こういう名前になってるって考えで同一視されてることが多いな
道教や陰陽道あたりまで入って全体として修験道なので、現代の
「神社」として限定してるあり方は本来のものではないと言える
まあ実際神仏は本地垂迹説で本地はこういう仏だけど日本の神として
こういう名前になってるって考えで同一視されてることが多いな
いささか今さらな話だが
神道というものを明確な宗教と思いすぎない方が良いかも知れぬ
伊勢神宮とか国家神道の中心に近いものはカッチリした宗教なんだろうが
もともと天皇家とも関係ない各地の土着の信仰を習合した神社も多い
あれだ、中南米とかアフリカとか行くと現地の土着の信仰とキリスト教が
習合したのとか結構あるだろ。一番わかりやすいのがブードゥー教
地方の神社じゃ成立背景の元をたどればそんな感じのも多いんじゃないかと
神道というものを明確な宗教と思いすぎない方が良いかも知れぬ
伊勢神宮とか国家神道の中心に近いものはカッチリした宗教なんだろうが
もともと天皇家とも関係ない各地の土着の信仰を習合した神社も多い
あれだ、中南米とかアフリカとか行くと現地の土着の信仰とキリスト教が
習合したのとか結構あるだろ。一番わかりやすいのがブードゥー教
地方の神社じゃ成立背景の元をたどればそんな感じのも多いんじゃないかと
互いに利用しあってる部分もあるしな。
諏訪大社の鹿食免なんか良い例で、
仏教(神道もか?)は原則食肉禁止だけど、うちは狩猟の神様だから問題無し。
そのついでに喰らった畜生の業を背負ってお前が精進成仏したれば大慈悲じゃん!
ってな具合に、神であることと本地が仏である事を都合良く(←これ重要w)利用しとる。
諏訪大社の鹿食免なんか良い例で、
仏教(神道もか?)は原則食肉禁止だけど、うちは狩猟の神様だから問題無し。
そのついでに喰らった畜生の業を背負ってお前が精進成仏したれば大慈悲じゃん!
ってな具合に、神であることと本地が仏である事を都合良く(←これ重要w)利用しとる。
>>290
荒っぽくいえば、神道は昔の政治家が自分の立場を補強するためにつくった枠組みに過ぎないからな
ていうか、教典はおろか明確な「教え」もない神道を宗教と見るほうが無理がある気が。
神道が宗教観念から見るとかなり無機的だったからこそ、儒教や仏教とスムーズに融合できたんだろうな
昔は伊勢神宮ですらその神域内に真言系の寺院が立ち並んでいたみたいだし
荒っぽくいえば、神道は昔の政治家が自分の立場を補強するためにつくった枠組みに過ぎないからな
ていうか、教典はおろか明確な「教え」もない神道を宗教と見るほうが無理がある気が。
神道が宗教観念から見るとかなり無機的だったからこそ、儒教や仏教とスムーズに融合できたんだろうな
昔は伊勢神宮ですらその神域内に真言系の寺院が立ち並んでいたみたいだし
京極堂が言ってた気がするんだが、神道って「宗教」というより「習慣」に近い気がする。
そもそも宗教という言葉自体(これは明治以降の新造語)が西洋のキリスト教的な概念を表すもんだし。
明治以前には仏教とか神道とかそういうのは「信心」と呼ばれてたんだから、やっぱ「宗教」とは違うもんだろう。
そもそも宗教という言葉自体(これは明治以降の新造語)が西洋のキリスト教的な概念を表すもんだし。
明治以前には仏教とか神道とかそういうのは「信心」と呼ばれてたんだから、やっぱ「宗教」とは違うもんだろう。
神道はそもそも「まつりごと」だよ。
科学的思考が発達していなかった時代、原因の分からない災害や疫病などは
とてつもない脅威で人に精一杯できることは祈ることでしかなかったに違いない。
古の時代祭政一致が原則だったので現在の「政治」あるいは「宗教」(もしくは
それ以外の何か)という概念を使って割り切るのはどうころんでも偏った解釈に
ならざるをえない。土着の神が多いということは今の言葉で言う「行政単位」が
それだけ多かったわけで、それをつくられた枠組みとみなすとまた誤解が生じる。
科学的思考が発達していなかった時代、原因の分からない災害や疫病などは
とてつもない脅威で人に精一杯できることは祈ることでしかなかったに違いない。
古の時代祭政一致が原則だったので現在の「政治」あるいは「宗教」(もしくは
それ以外の何か)という概念を使って割り切るのはどうころんでも偏った解釈に
ならざるをえない。土着の神が多いということは今の言葉で言う「行政単位」が
それだけ多かったわけで、それをつくられた枠組みとみなすとまた誤解が生じる。
まぁ、神道の信仰形態って基本的には昔も今も
「祟らないで下さいお願いします(><;」
「お恵みを下さいお願いします(><;」
って本来の意味での他力本願的なスタイルだよね。アニミズムに近い。
その上で考えると基本的に古代における祭祀ってのは政を行う上での根拠になりやすい性質がある。
だからまぁ、土着の神を行政単位として捉えるのは言われてみればその通りな上手い考え方だと思う。
つくられた枠組みってのはたぶんヤマト王権みたいな統一政権的な存在が出てきてからの話だし、
そこに至っても日本的な信仰形態が変わるほどの劇的な変化は生まれなかったって事じゃないかね。
由来来歴に関してはある程度の介入があったにせよ信仰の形には口を出さなかったみたいな。
明治政府以降の天皇を主軸に据えた国家神道の形態はまた別の話になると思う。
この辺はごっちゃにするとわけがわからなくなるというか安易な発想に陥りやすくなるな。
「祟らないで下さいお願いします(><;」
「お恵みを下さいお願いします(><;」
って本来の意味での他力本願的なスタイルだよね。アニミズムに近い。
その上で考えると基本的に古代における祭祀ってのは政を行う上での根拠になりやすい性質がある。
だからまぁ、土着の神を行政単位として捉えるのは言われてみればその通りな上手い考え方だと思う。
つくられた枠組みってのはたぶんヤマト王権みたいな統一政権的な存在が出てきてからの話だし、
そこに至っても日本的な信仰形態が変わるほどの劇的な変化は生まれなかったって事じゃないかね。
由来来歴に関してはある程度の介入があったにせよ信仰の形には口を出さなかったみたいな。
明治政府以降の天皇を主軸に据えた国家神道の形態はまた別の話になると思う。
この辺はごっちゃにするとわけがわからなくなるというか安易な発想に陥りやすくなるな。
>>294
俺が神道を枠組みといったのは、日本の土着神信仰のそれを言ってるんじゃない。
律令体制下で成立した日本書紀を元に、各地に点在していた土着神信仰を集約化し、
朝廷の管轄化に内包していった結果生み出された神祇儀礼実行体系が神道
だと俺は思ってる。
祭神一つとっても呼び名がいっぱいあたりするのは、各地に根ざしていた地方神を
中央がキャラ設定した祭神と強引に比定した結果なんじゃなかろか
まあそうはいっても、祭祀自体は地方独自の土着神信仰の影響によるものが継承されているところも少なくないけど。
諏訪のミシャグジ信仰とそれに関係するなんともグロいお祭りとか。
結局は地方にとっては祭り上げる対象が中央の関知しうる神に名前が変わっただけではあるが、
それによって祭政一致の原則から政治的な部分に朝廷が介入できるようにするのが狙い。
俺が神道を枠組みといったのは、日本の土着神信仰のそれを言ってるんじゃない。
律令体制下で成立した日本書紀を元に、各地に点在していた土着神信仰を集約化し、
朝廷の管轄化に内包していった結果生み出された神祇儀礼実行体系が神道
だと俺は思ってる。
祭神一つとっても呼び名がいっぱいあたりするのは、各地に根ざしていた地方神を
中央がキャラ設定した祭神と強引に比定した結果なんじゃなかろか
まあそうはいっても、祭祀自体は地方独自の土着神信仰の影響によるものが継承されているところも少なくないけど。
諏訪のミシャグジ信仰とそれに関係するなんともグロいお祭りとか。
結局は地方にとっては祭り上げる対象が中央の関知しうる神に名前が変わっただけではあるが、
それによって祭政一致の原則から政治的な部分に朝廷が介入できるようにするのが狙い。
朝廷が土着信仰を集約して体系化したのが神道の成立といえば厳密には
そのとおりだろう。
逆に言えば土着の神が残ってるということは、律令体制といっても地方の勢力は
ある程度温存して、まさに「行政単位」としていた、現実的にはゆるい連合の
ようなものに近かった事が推察できる。
ただ神道の成立について、それを政治的に利用した・都合が良かったなどの
ニュアンスが少しでも入って認識するのはやはり正確じゃないと思う。
なぜならヤマト王権自体が今現在にいたるまで「まつりごと」の祭の部分を担当
する権威である天皇が国事に制度的に関与する程度に生き残ってるくらい
祭政が分離してない王権だったから。摂政や将軍によるような政権がそれを
やったのならともかく。
当時のヤマト王権にとって国家統一は神の体系の統一と不可分で、どちらが
目的とか結果というわけではないだろう。地方の「まつり」の上位レベルの
「まつり」例えば大嘗祭や新嘗祭などを取り仕切ることが政権の存立基盤と
すら言っても過言ではないくらいだと思う。
そのとおりだろう。
逆に言えば土着の神が残ってるということは、律令体制といっても地方の勢力は
ある程度温存して、まさに「行政単位」としていた、現実的にはゆるい連合の
ようなものに近かった事が推察できる。
ただ神道の成立について、それを政治的に利用した・都合が良かったなどの
ニュアンスが少しでも入って認識するのはやはり正確じゃないと思う。
なぜならヤマト王権自体が今現在にいたるまで「まつりごと」の祭の部分を担当
する権威である天皇が国事に制度的に関与する程度に生き残ってるくらい
祭政が分離してない王権だったから。摂政や将軍によるような政権がそれを
やったのならともかく。
当時のヤマト王権にとって国家統一は神の体系の統一と不可分で、どちらが
目的とか結果というわけではないだろう。地方の「まつり」の上位レベルの
「まつり」例えば大嘗祭や新嘗祭などを取り仕切ることが政権の存立基盤と
すら言っても過言ではないくらいだと思う。
神道がすなわち「まつりごと」であって、当時の政治体制が祭政一体型となっていたのならば、
神道に政治的な部分が介入していると推測してしまうのはきわめて自然だと思うが…
ただ現実的な観点でみると、地方と朝廷間の行政関係についての洞察はその通りだと思う。
神祇官による官弊社(特に地方の有力社)への祈年、月次、新嘗等の公式幣帛も形骸化し、
平安時代に入るころには朝廷の地方統治も緩慢になっていたことがうかがえる。
神祇祭祀のマニュアルとも言うべき延喜式が発行されるころには律令制は事実上の解体状態。
その原因のひとつが、中央がそれを取り込むにはあまりに肥大だった地方民の
土着神への信仰意識だったのかももしんない
神道に政治的な部分が介入していると推測してしまうのはきわめて自然だと思うが…
ただ現実的な観点でみると、地方と朝廷間の行政関係についての洞察はその通りだと思う。
神祇官による官弊社(特に地方の有力社)への祈年、月次、新嘗等の公式幣帛も形骸化し、
平安時代に入るころには朝廷の地方統治も緩慢になっていたことがうかがえる。
神祇祭祀のマニュアルとも言うべき延喜式が発行されるころには律令制は事実上の解体状態。
その原因のひとつが、中央がそれを取り込むにはあまりに肥大だった地方民の
土着神への信仰意識だったのかももしんない
>>律令体制下で成立した日本書紀を元に、各地に点在していた土着神信仰を集約化し、
>>朝廷の管轄化に内包していった結果生み出された神祇儀礼実行体系が神道
>>朝廷が土着信仰を集約して体系化したのが神道の成立の成立といえば厳密には
>>そのとおりだろう。
神道って、そんな「こうやって作りました」と言えそうなほどはっきりした形をもつものかな?
神道を民族的信仰と神道内の一部派、伊勢神道などの中間にある
伝統的な神に対する意識的で自覚された信仰だと考えた高取正男は
神道の成立を奈良末から平安初期と考えたそうだ。
なぜ高取がこの時代に神道が成立したと考えたかというと
祭事を新しい禁忌意識の元に歴史的解釈をし始めたから
これが、宗教としての神道の第一歩、だそうだ。
もちろん、神道の成立には他の説もあるけど
朝廷が集約化したとか体系化したとか、そんなわかりやすい成立だと考は考えづらいんじゃない?
>>朝廷の管轄化に内包していった結果生み出された神祇儀礼実行体系が神道
>>朝廷が土着信仰を集約して体系化したのが神道の成立の成立といえば厳密には
>>そのとおりだろう。
神道って、そんな「こうやって作りました」と言えそうなほどはっきりした形をもつものかな?
神道を民族的信仰と神道内の一部派、伊勢神道などの中間にある
伝統的な神に対する意識的で自覚された信仰だと考えた高取正男は
神道の成立を奈良末から平安初期と考えたそうだ。
なぜ高取がこの時代に神道が成立したと考えたかというと
祭事を新しい禁忌意識の元に歴史的解釈をし始めたから
これが、宗教としての神道の第一歩、だそうだ。
もちろん、神道の成立には他の説もあるけど
朝廷が集約化したとか体系化したとか、そんなわかりやすい成立だと考は考えづらいんじゃない?
◆ 其の四(スレ4)>>359–359
一向宗なぁ……個人的には西洋の一神教みたいでいまいち馴染めない。
親鸞とか蓮如個人の思想は嫌いではないんだけど、教団としてはなんだかなぁと思う。
ところで、星蓮船でめでたく幻想郷にお寺ができたわけだが、
そうなると今まで幻想郷の冠婚葬祭には寺や坊主が関わってこなかった事になるよな。
明治以降は神道でも葬式やるようになったし、キリスト教も解禁されて西洋式の葬式も
やるようにはなったのは知ってる。でも近代以前の日本で寺とか僧侶が全く関係しない、
民俗信仰的な葬礼の事例って在るのかしら?
神社は無いとして、例えば修験道とか陰陽道で葬式をやる場合ってあるの?
親鸞とか蓮如個人の思想は嫌いではないんだけど、教団としてはなんだかなぁと思う。
ところで、星蓮船でめでたく幻想郷にお寺ができたわけだが、
そうなると今まで幻想郷の冠婚葬祭には寺や坊主が関わってこなかった事になるよな。
明治以降は神道でも葬式やるようになったし、キリスト教も解禁されて西洋式の葬式も
やるようにはなったのは知ってる。でも近代以前の日本で寺とか僧侶が全く関係しない、
民俗信仰的な葬礼の事例って在るのかしら?
神社は無いとして、例えば修験道とか陰陽道で葬式をやる場合ってあるの?
◆ 其の五(スレ5)>>508–516
そもそも東方の中で「習合」に関してはハッキリと出てなかった気がする。
(本地仏に関しても)
日本の神様以外は分霊出来ないってのは儚で出てきた。
閻魔も手が足りないって理由で地蔵を代理にしている。
星で忙しい毘沙門天の代理を、虎の妖怪が務めているというのは確定。
毘沙門天本人を寺に呼んだ時には「召喚」という表現。
>>506
今の処は説明が少ないので、どちらにも取れる状態。
ただ兼ねてるなら、毘沙門天とかの扱い(分霊出来ない)ってのが
何故?と思うので、個人的には天照が大日如来の代理してるんじゃないかと・・・
(本地仏に関しても)
日本の神様以外は分霊出来ないってのは儚で出てきた。
閻魔も手が足りないって理由で地蔵を代理にしている。
星で忙しい毘沙門天の代理を、虎の妖怪が務めているというのは確定。
毘沙門天本人を寺に呼んだ時には「召喚」という表現。
>>506
今の処は説明が少ないので、どちらにも取れる状態。
ただ兼ねてるなら、毘沙門天とかの扱い(分霊出来ない)ってのが
何故?と思うので、個人的には天照が大日如来の代理してるんじゃないかと・・・
吸血鬼が、アンチキリストの象徴と言うよりも鬼の一種として扱われていたり
三月精で小町が菩薩を架空の存在と言ってみたり
東方の世界では創唱宗教とその神(仏)様は前提となっていないのかと思ったり
(まさにそれこそが、幻想入りしていないということなのかも知れませんが)
となると、かなり強引な受け取り方ですが
本地─垂迹の関係も、天照大神が本地で大日如来が垂迹の姿、と言うのも(東方的には)ありかな、と
反本地垂迹説は、あまり好きな説ではないのですけれど
三月精で小町が菩薩を架空の存在と言ってみたり
東方の世界では創唱宗教とその神(仏)様は前提となっていないのかと思ったり
(まさにそれこそが、幻想入りしていないということなのかも知れませんが)
となると、かなり強引な受け取り方ですが
本地─垂迹の関係も、天照大神が本地で大日如来が垂迹の姿、と言うのも(東方的には)ありかな、と
反本地垂迹説は、あまり好きな説ではないのですけれど
でも東方だと反本地垂迹のほうがしっくり来る感じ
神は本人が出てるのに菩薩は居なくて
基本的に出てくる仏教関係者は閻魔も毘沙門天もコスプレ代理役者だけの名前
仏教神は役名としてしか存在しないのかも
ナズーリンに命令している毘沙門天も
毘沙門天に習合した毘沙門天役で一番偉い神が命令しているだけかも
神は本人が出てるのに菩薩は居なくて
基本的に出てくる仏教関係者は閻魔も毘沙門天もコスプレ代理役者だけの名前
仏教神は役名としてしか存在しないのかも
ナズーリンに命令している毘沙門天も
毘沙門天に習合した毘沙門天役で一番偉い神が命令しているだけかも
毘沙門天が出たなら増長天、多聞天あたりは確実にいると言う事か
確か東方世界っ東洋と西洋の神が争っていると聞いたが、ガセか?
確か東方世界っ東洋と西洋の神が争っていると聞いたが、ガセか?
DSというとネタバレになるが、文のコメントを見るに
文は仏教については余り詳しくないのかね?
天狗は仏教と強く結びついてるものだと思ってたんだが
そもそも、東方における天狗ってどういう存在なんだろ
人間の夜を畏れる心から生まれたのが妖怪なのに
天狗は卵から生まれてるっぽいし
文は仏教については余り詳しくないのかね?
天狗は仏教と強く結びついてるものだと思ってたんだが
そもそも、東方における天狗ってどういう存在なんだろ
人間の夜を畏れる心から生まれたのが妖怪なのに
天狗は卵から生まれてるっぽいし
よく知らないけど傲慢な僧侶が六道から外れ、
天狗道に堕ちて天狗になるんじゃないの?
東方の天狗は設定が違うのかなぁ
天狗道に堕ちて天狗になるんじゃないの?
東方の天狗は設定が違うのかなぁ
◆ 其の六(スレ6)>>679–710
と、書いた後で思い出した。
三精・四季・五行に基づく60年周期の世界観とか思いきり道教じゃないか。
三精・四季・五行に基づく60年周期の世界観とか思いきり道教じゃないか。
仏教も神道も道教の影響受けてるんだから全く出てないとは言えないんじゃないの
次回作こそ仙人が登場する気がしなくもなくもないかも
現在の神道は、古来の神道と仏教、儒教、道教、陰陽道などの考え方を混ぜたものだからねえ。
神道について調べると、自然とそれらの考え方にも及ぶ事になる。
神道について調べると、自然とそれらの考え方にも及ぶ事になる。
インド系の?
天子の天界は結構道教っぽいと思うんだが
なんか違和感もあるけど
なんか違和感もあるけど
てんこの天界もイマイチ謎だよねぇ
有頂天とか非想非非想天なんて単語が出てくる辺り仏教的天界だけど
住んでるのは仙人的な人々?だし。桃しかないってのもそれっぽい
竜神とかいるみたいだし探せば天部衆とかもすんでるかも知れんけど
案外、天にある幻想郷だったりなぁ
有頂天とか非想非非想天なんて単語が出てくる辺り仏教的天界だけど
住んでるのは仙人的な人々?だし。桃しかないってのもそれっぽい
竜神とかいるみたいだし探せば天部衆とかもすんでるかも知れんけど
案外、天にある幻想郷だったりなぁ
桃は道教ネタだっけ?
いや桃は道教思想より仙人思想そのもののイメージ
すまん「桃源郷的」仙人思想ということで
イザナギが桃投げつけて黄泉醜女を退散させたのは五行説の影響とか書かれた本あったが本当なのかな
霊夢のある意味のボヤッとさというか執着のなさは道教っぽいと思った
道教だとあの世にも普通に善人悪人がいて普通に仕事してて
政治どころか身分の差もちゃんとあって、相変わらず権力者は横暴で民衆をコキ使うので
中国人はあの世にあんまり憧れがないのだと聞いたが
だって葬式のときに燃やすお札って故人があの世で厚遇されるようにあの世の高官に払うワイロなんだぜ
あの国ではワイロ払うってことはれっきとした宗教なんだよな。そりゃ夢もなくなるわ
「地獄の沙汰も金次第」を地で行く道教はある意味本当にリアルな宗教だ
道教だとあの世にも普通に善人悪人がいて普通に仕事してて
政治どころか身分の差もちゃんとあって、相変わらず権力者は横暴で民衆をコキ使うので
中国人はあの世にあんまり憧れがないのだと聞いたが
だって葬式のときに燃やすお札って故人があの世で厚遇されるようにあの世の高官に払うワイロなんだぜ
あの国ではワイロ払うってことはれっきとした宗教なんだよな。そりゃ夢もなくなるわ
「地獄の沙汰も金次第」を地で行く道教はある意味本当にリアルな宗教だ
なんというか、ある意味現実的な宗教なんだな…
成功するためにお金を費やすなんて普通だけどな
社会出て一切の付き合いを拒絶してやってけるやつなんて稀すぎるだろ
社会出て一切の付き合いを拒絶してやってけるやつなんて稀すぎるだろ
天の概念とか、中国の人の死生観っていうのは儒教に根ざしている物だと思い込んでいたが
そういう単純な物ではないのかな
孔先生の教えなぞ、亜流も亜流のを多少かじったことがある程度のイメージ優先な疑問で申し訳ないが
そういう単純な物ではないのかな
孔先生の教えなぞ、亜流も亜流のを多少かじったことがある程度のイメージ優先な疑問で申し訳ないが
>>695
ヨーロッパの三大要素がキリスト教、ローマ法、ギリシャ哲学ならば
中国の三大要素は道教、儒教、法家思想なのだと聞いたことがあるな
儒教は欧米で言えばギリシャ哲学にあたるが実際には宗教だ
あと道教では、人は殺しても死なず、精神を動かす魂と肉体を動かす魄がある限り永遠なんだとか
しかし、この魂と魄は自分の子孫、つまり同じ宗族に弔ってもらわないと消えてしまうのだという
だから誰か一人を完全に殺すためにはそいつの宗族を皆殺しにしないといけない
だから中国では易姓革命という発想が出てくる。完全に宗族を滅亡させねば革命は果たされないからだ
中国では権力者が人一人を殺すとなると必然的に血が凍るような大虐殺に発展するわけだな
ヨーロッパの三大要素がキリスト教、ローマ法、ギリシャ哲学ならば
中国の三大要素は道教、儒教、法家思想なのだと聞いたことがあるな
儒教は欧米で言えばギリシャ哲学にあたるが実際には宗教だ
あと道教では、人は殺しても死なず、精神を動かす魂と肉体を動かす魄がある限り永遠なんだとか
しかし、この魂と魄は自分の子孫、つまり同じ宗族に弔ってもらわないと消えてしまうのだという
だから誰か一人を完全に殺すためにはそいつの宗族を皆殺しにしないといけない
だから中国では易姓革命という発想が出てくる。完全に宗族を滅亡させねば革命は果たされないからだ
中国では権力者が人一人を殺すとなると必然的に血が凍るような大虐殺に発展するわけだな
>>670
・季節は同一
・気候や気温は不連続(三月精、タラの芽)
・空気の汚れは不連続(三月精、ご神木)
・意識が無いものは常識と非常識の結界を行き来できる(香霖堂)
・幻想の境界を越える際に時間を越えることがある(夢違、求聞史紀)
・博麗大結界ができるまでは明治の日本と地続きだった(求聞史紀)
・外の博麗神社に供えた物は三種の結界を越えることがある(三月精、酒)
・結界の裂け目からは外の世界が見えるし、草木など生物も入ってくる
・が、裂け目が閉まるとその接続は失われる(三月精)
・紫は現代日本の時事ネタを仕入れることができる(非想天則、お台場ガンダム)
・早苗のいた世界はおそらく現代日本(ムー、セーラー服、宇宙開発の停止、環境や経済を心配)
・レミリアはヴラド公を知っている
んー・・・断定できないよなあ。
ただ、完全に別時空とすると三月精で酒や木が入ってきたことが説明できない気がする
まあこれ以上は非公式スレの方がいいと思う
・季節は同一
・気候や気温は不連続(三月精、タラの芽)
・空気の汚れは不連続(三月精、ご神木)
・意識が無いものは常識と非常識の結界を行き来できる(香霖堂)
・幻想の境界を越える際に時間を越えることがある(夢違、求聞史紀)
・博麗大結界ができるまでは明治の日本と地続きだった(求聞史紀)
・外の博麗神社に供えた物は三種の結界を越えることがある(三月精、酒)
・結界の裂け目からは外の世界が見えるし、草木など生物も入ってくる
・が、裂け目が閉まるとその接続は失われる(三月精)
・紫は現代日本の時事ネタを仕入れることができる(非想天則、お台場ガンダム)
・早苗のいた世界はおそらく現代日本(ムー、セーラー服、宇宙開発の停止、環境や経済を心配)
・レミリアはヴラド公を知っている
んー・・・断定できないよなあ。
ただ、完全に別時空とすると三月精で酒や木が入ってきたことが説明できない気がする
まあこれ以上は非公式スレの方がいいと思う
宗教は常に権力者と結びつく、BY:フェザーンの黒狐 だからなぁ
人間が神を出し抜いたり、返り討ちにしたりってオデュッセウスとデュオメディスが有名だけど、日本じゃあんまきかないなぁ
人間が神を出し抜いたり、返り討ちにしたりってオデュッセウスとデュオメディスが有名だけど、日本じゃあんまきかないなぁ
>>700
国家神道があるじゃないか。実際、神道ぐらい国家による宗教改革が徹底された例は類を見ないし
国家神道があるじゃないか。実際、神道ぐらい国家による宗教改革が徹底された例は類を見ないし
>>698
一個人的には
道教は自然科学(宇宙観、自然観)※陰陽五行説など
儒教は人文科学(道徳論、人間観)
法家は社会科学(政治論、法律論)
――と思っている
正確には儒教も政治論、社会論なんだが、現実政治というより
精神主義的な側面が強い。忠孝や儀礼はなぜ必要なのかとかそんな話
『論語』の文脈では、それらは社会秩序維持のために必要という話になる
孔子自身は「怪力乱神を語らず」と言ってて儒教には宗教的要素は乏しいのだが
周代以来の宗教的な儀礼は肯定してて、なぜかというと、先祖代々のしきたりを
みだりに変えるのは社会秩序の混乱を招くからとかいう理屈になるらしい
一個人的には
道教は自然科学(宇宙観、自然観)※陰陽五行説など
儒教は人文科学(道徳論、人間観)
法家は社会科学(政治論、法律論)
――と思っている
正確には儒教も政治論、社会論なんだが、現実政治というより
精神主義的な側面が強い。忠孝や儀礼はなぜ必要なのかとかそんな話
『論語』の文脈では、それらは社会秩序維持のために必要という話になる
孔子自身は「怪力乱神を語らず」と言ってて儒教には宗教的要素は乏しいのだが
周代以来の宗教的な儀礼は肯定してて、なぜかというと、先祖代々のしきたりを
みだりに変えるのは社会秩序の混乱を招くからとかいう理屈になるらしい
日本の三大要素は仏教神道儒教?
最近はキリスト教入ってるけど
最近はキリスト教入ってるけど
ミシャグチ信仰すら守矢族が周囲の豪族まとめる為の権威として使ってるしね
日本の寺社は平安以降どこも武装して政治組織として存在してたからなぁ。
日本史を学んだ海外の仏教徒がまず驚くのは僧兵の存在らしい。お寺が公然と独自の軍隊持って戦争してたってのが信じられんとか
日本史を学んだ海外の仏教徒がまず驚くのは僧兵の存在らしい。お寺が公然と独自の軍隊持って戦争してたってのが信じられんとか
少林寺を見て育った世代にはそんなにあんまり「へぇ~」くらいなのかも
そいや陰陽五行とか陰陽道ってのも日本製の言葉らしいな
陰陽と五行はぜんぜん違うものらしい
>>705
2スレ目かに武術談義で宗教とかが武力と結びつくのは珍しくないっていってたな。
それに釈迦は武術の名手という説もある、実際釈迦族の王子だしな。
陰陽と五行はぜんぜん違うものらしい
>>705
2スレ目かに武術談義で宗教とかが武力と結びつくのは珍しくないっていってたな。
それに釈迦は武術の名手という説もある、実際釈迦族の王子だしな。
日本のキリスト教徒の割合は1%
クリスマスも徹頭徹尾ただの季節行事だからなあ
そういえばどっかで「クリスマスは実は日本古来の行事だ!」って大真面目に語ってる本を読んだ
日本では昔から、冬至あたりに親しい人と集まって宴会する行事があったとかなんとか
クリスマスも徹頭徹尾ただの季節行事だからなあ
そういえばどっかで「クリスマスは実は日本古来の行事だ!」って大真面目に語ってる本を読んだ
日本では昔から、冬至あたりに親しい人と集まって宴会する行事があったとかなんとか
仮にそんな行事があったのが本当でも、それってクリスマスじゃないよね
◆ 其の七(スレ7)>>936–948
>>933
俺はむしろ宗教において祖先や縁者を重要視する方がより古い発想なのではないかと思う
基本的にどんな宗教でも、元はといえば大概は祖先崇拝から始まるわけだしね
「人間がどう思おうが関係ない。神の意思が全てなのだ」という一神教はやっぱり歴史的に特異なわけだ
この発想が根付かなかったということはやはりあらゆる意味で日本人の感覚は古いのだと思う
だから東方のような古風な世界観が違和感なく受け入れられるバックボーンがある
>>935
そうそう。だから日本に欧米の形だけマネて個人主義や個性教育を輸入しようとしても失敗するに決まってるんだ
欧米と日本の個人主義か集団主義かの違いは、それこそ宗教の救済に対する発想の違いそのものから生まれてきている
決して欧米の方が文化的に進んでるから個人主義なわけじゃないんだよねぇ
俺はむしろ宗教において祖先や縁者を重要視する方がより古い発想なのではないかと思う
基本的にどんな宗教でも、元はといえば大概は祖先崇拝から始まるわけだしね
「人間がどう思おうが関係ない。神の意思が全てなのだ」という一神教はやっぱり歴史的に特異なわけだ
この発想が根付かなかったということはやはりあらゆる意味で日本人の感覚は古いのだと思う
だから東方のような古風な世界観が違和感なく受け入れられるバックボーンがある
>>935
そうそう。だから日本に欧米の形だけマネて個人主義や個性教育を輸入しようとしても失敗するに決まってるんだ
欧米と日本の個人主義か集団主義かの違いは、それこそ宗教の救済に対する発想の違いそのものから生まれてきている
決して欧米の方が文化的に進んでるから個人主義なわけじゃないんだよねぇ
神から遠いと言うよりも、他の宗教の神様に比べて日本の神が人間に近い処に居ると言う感じじゃないか?
(江戸時代にすら人間から神様になった方居るぐらいだしな)
そして信仰の形自体も、かなり自由だからこそ
(それこそ信仰する神様を沢山の神様の中から自由にチョイスできるw)
他の宗教と比べて「こいつら神様信じてないんじゃない?」って感じるんじゃないだろうか・・・
稲荷神社の広がりとかは信じてたからこそ、自分の家に分社したんだろうしな。
ただ、お稲荷様は信じても天照信じてるか?ってなると
そこまで信じてないだろうし。
神様同士も横に繋がりあるよ!みたいな感じだと
それこそ自分が信仰を変えると元の神様がへそ曲げて、救われないって考えるかもしれんし
そもそも日本の村社会ってのはコミュニティ形成するのに神社や祭事を利用してたからこそ
一神教は余り広がらなかったんじゃないかと・・・
(江戸時代にすら人間から神様になった方居るぐらいだしな)
そして信仰の形自体も、かなり自由だからこそ
(それこそ信仰する神様を沢山の神様の中から自由にチョイスできるw)
他の宗教と比べて「こいつら神様信じてないんじゃない?」って感じるんじゃないだろうか・・・
稲荷神社の広がりとかは信じてたからこそ、自分の家に分社したんだろうしな。
ただ、お稲荷様は信じても天照信じてるか?ってなると
そこまで信じてないだろうし。
神様同士も横に繋がりあるよ!みたいな感じだと
それこそ自分が信仰を変えると元の神様がへそ曲げて、救われないって考えるかもしれんし
そもそも日本の村社会ってのはコミュニティ形成するのに神社や祭事を利用してたからこそ
一神教は余り広がらなかったんじゃないかと・・・
人間から神様になった人もいれば
神様から人間になった人もいるしね
神様から人間になった人もいるしね
これはもう価値観の違いだろうけど
個人的にはアブラハムの宗教の神は調べれば調べるほど
これが唯一の救いとかありえんわーむしろどう見てもこっちが沈む泥舟
って思っちゃうなあ
アレに比べりゃ原始的な形態のどこぞの部族の信仰のほうが説得力まだあるかんじがするよ
あと宣教師とかってヤハウェの救いがまず正しい前提で持ってそのほかを対比させていく論法取りやすいから
その前提自体が正しいのか確かめる術が無いのだろうな
まあ神を疑っちゃ駄目だから仕方ないと言えば仕方ないが
江戸時代でも散々矛盾突っ込まれてたし
個人的にはアブラハムの宗教の神は調べれば調べるほど
これが唯一の救いとかありえんわーむしろどう見てもこっちが沈む泥舟
って思っちゃうなあ
アレに比べりゃ原始的な形態のどこぞの部族の信仰のほうが説得力まだあるかんじがするよ
あと宣教師とかってヤハウェの救いがまず正しい前提で持ってそのほかを対比させていく論法取りやすいから
その前提自体が正しいのか確かめる術が無いのだろうな
まあ神を疑っちゃ駄目だから仕方ないと言えば仕方ないが
江戸時代でも散々矛盾突っ込まれてたし
> 都市部の人間は八百万の神も信じてなかったと思うよ。
いやいや、江戸のはやり神とかお伊勢参りとか民間信仰おまじないの類は
(当時のサブカルチャーと呼ぶべきかも知れないが)盛んだったんだよ
明確な宗教はないが風水は気にする現代中国人とかと近い感覚かも知れぬ
あとまあ日本にキリスト教がなじみにくかった理由は
原罪意識って概念が日本人の風土に合わなかったのかも知れない
そりゃ生きるためにやむなくバンバン殺し合ったりしてる文化なら
原罪の概念も普及するだろうが、日本は良くも悪くも
なんとなく周囲に合わせてりゃ生きられる国だし
いやいや、江戸のはやり神とかお伊勢参りとか民間信仰おまじないの類は
(当時のサブカルチャーと呼ぶべきかも知れないが)盛んだったんだよ
明確な宗教はないが風水は気にする現代中国人とかと近い感覚かも知れぬ
あとまあ日本にキリスト教がなじみにくかった理由は
原罪意識って概念が日本人の風土に合わなかったのかも知れない
そりゃ生きるためにやむなくバンバン殺し合ったりしてる文化なら
原罪の概念も普及するだろうが、日本は良くも悪くも
なんとなく周囲に合わせてりゃ生きられる国だし
伊勢神宮は本来、古よりの天皇家の氏神(=皇祖神)であり、天皇家や朝廷のみが信仰することができた。
その後中世になると武士が台頭するようになり、「御師」と呼ばれる布教者によって、
有力な武士から地方の武士にいたるまで徐々に信仰は拡大され、近世になると全国の庶民にも信仰されるようになった。
「お伊勢参り」は江戸時代を通じて数回おこり、1830年の場合、のべ人数推定500万人にも達したと言うが、その実態は・・・
性器を模した幟や杖等が多く見られただけでなく、一部の女性はお歯黒を落として独身のふりをし、
男装するものや露出するものまでいたため、当時の国学者、本居大平(本居宣長の養子)に風俗の乱れを嘆かれている。
さらに、参詣の沿道からはわずかながら寄付金が貰えたらしいが、参詣者のなかには子供を先に歩かせ、
寄付金がもらえるとわかれば、大勢で押しかけ寄付を強要するものまでいた。
また、一部の地方では成人時の通過儀礼にまでなっていたという。
なんというか、もう、ね。
アキバとかコミケにも通ずるものがあるような・・・
その後中世になると武士が台頭するようになり、「御師」と呼ばれる布教者によって、
有力な武士から地方の武士にいたるまで徐々に信仰は拡大され、近世になると全国の庶民にも信仰されるようになった。
「お伊勢参り」は江戸時代を通じて数回おこり、1830年の場合、のべ人数推定500万人にも達したと言うが、その実態は・・・
性器を模した幟や杖等が多く見られただけでなく、一部の女性はお歯黒を落として独身のふりをし、
男装するものや露出するものまでいたため、当時の国学者、本居大平(本居宣長の養子)に風俗の乱れを嘆かれている。
さらに、参詣の沿道からはわずかながら寄付金が貰えたらしいが、参詣者のなかには子供を先に歩かせ、
寄付金がもらえるとわかれば、大勢で押しかけ寄付を強要するものまでいた。
また、一部の地方では成人時の通過儀礼にまでなっていたという。
なんというか、もう、ね。
アキバとかコミケにも通ずるものがあるような・・・
>>940
あれ、ホントにただの娯楽だぞ
江戸期に世情が安定して生活水準が十分なレベルに達したので
発達したアミューズメントの一つ以上の意味はない
お伊勢参りを信仰と呼ぶのは俺らが修学旅行で京都奈良に行ったのを
信仰と呼ぶのと同じぐらいバカバカしい
あれ、ホントにただの娯楽だぞ
江戸期に世情が安定して生活水準が十分なレベルに達したので
発達したアミューズメントの一つ以上の意味はない
お伊勢参りを信仰と呼ぶのは俺らが修学旅行で京都奈良に行ったのを
信仰と呼ぶのと同じぐらいバカバカしい
日本人は根本的なところで殆ど変わっていないな
巡礼や触手や割と都合のイイ信仰解釈とか
巡礼や触手や割と都合のイイ信仰解釈とか
タイムスクープハンターで言ってたっけな
普段は手形が簡単に降りないけどお伊勢参りは別だったとか
普段は手形が簡単に降りないけどお伊勢参りは別だったとか
心のどこかで、一定の形式がある宗教は実は他所からの物って思ってたりして
日本は神道の国言われても、神道以外が明確に起こらなかっただけで
これもその実渡来のものみたいな感覚が無きにしも非ず。俺はね
昔の人たちはどういう感覚だったのかなぁ~
日本は神道の国言われても、神道以外が明確に起こらなかっただけで
これもその実渡来のものみたいな感覚が無きにしも非ず。俺はね
昔の人たちはどういう感覚だったのかなぁ~
神道といえど記紀編纂やら仏教との習合やら国家神道やら諸々の原因で
既に元来の姿を留めていない有り様
既に元来の姿を留めていない有り様
「神道」という一つの呼称で呼べるようなまとまった一つの信仰なんて今まで存在したことがあるや否や
◆ 其の九(スレ9)>>944–950
でも今でこそあれだがどの宗教も広がり始めたばかりぐらい昔は
侵略した後その地は支配するのにやりづらいから
自分の所の神も信仰するならその土地の神の信仰は続けて良いって言ってた時期もあったみたいだね
神奈子と諏訪子みたいな大人の事情って感じで。
ギリシャとエジプトとかわかりやすいよね
侵略した後その地は支配するのにやりづらいから
自分の所の神も信仰するならその土地の神の信仰は続けて良いって言ってた時期もあったみたいだね
神奈子と諏訪子みたいな大人の事情って感じで。
ギリシャとエジプトとかわかりやすいよね
>>944
一神教の場合、そういう過渡期があってから、うちとこの神様は全能なので
あんたとこの神様と言うのはうちとこの神様が化けてたんよ、とか言って
同化していくんだったっけ?
多神教の場合は負けた側の神様が格下げされて下っ端の神様になるか、
場合によっては悪魔扱いとかで、どのみち勝った側の宗教に同化される。
一神教の場合、そういう過渡期があってから、うちとこの神様は全能なので
あんたとこの神様と言うのはうちとこの神様が化けてたんよ、とか言って
同化していくんだったっけ?
多神教の場合は負けた側の神様が格下げされて下っ端の神様になるか、
場合によっては悪魔扱いとかで、どのみち勝った側の宗教に同化される。
本地垂迹説もそんな感じだっけ?
日本の場合は結構特殊というかどっちの視点で見るかによって変わってくるよね
以外にも仏教が全盛であった鎌倉・室町の時代でさえきちんと神道は敬意を保たれていたし
神仏習合がなされたけどそのほぼ総てがキッチリ役割の分担が出来ていたんだよね神社では、どこも神様の為に念仏を唱えますって
まぁ祝詞とは意味合いは違うのだけれど、仏教が「死後」を請け負ったのはかなり大きいだろうね、神はより神聖になったと云えなくもない
それから約千年もの間ずっと切っても切れない関係を仏教と神道は続けていたわけだけど明治に入るとき神仏分離の流れが出来て
完全に神社から仏閣が排除されるんだよね、良し悪しは置いといてさらに戦争に入るとさらにその流れが加速して今に至る、っと
以外にも仏教が全盛であった鎌倉・室町の時代でさえきちんと神道は敬意を保たれていたし
神仏習合がなされたけどそのほぼ総てがキッチリ役割の分担が出来ていたんだよね神社では、どこも神様の為に念仏を唱えますって
まぁ祝詞とは意味合いは違うのだけれど、仏教が「死後」を請け負ったのはかなり大きいだろうね、神はより神聖になったと云えなくもない
それから約千年もの間ずっと切っても切れない関係を仏教と神道は続けていたわけだけど明治に入るとき神仏分離の流れが出来て
完全に神社から仏閣が排除されるんだよね、良し悪しは置いといてさらに戦争に入るとさらにその流れが加速して今に至る、っと
日本の仏教は受け入れられたものであって、押し付けられたものじゃないからな
ただ、平安時代とかではあくまで仏が上で神が下みたいな考え方があったみたいだが
ただ、平安時代とかではあくまで仏が上で神が下みたいな考え方があったみたいだが
「仏教は」っていうか宗教というものは全部押しつけられるようなものじゃないんじゃない?
なりゆきはどうあれ最終的には自分の意思じゃないと。脅してやらせた上っ面だけの信仰じゃすぐ廃れると思う。
無理やり改宗させたい場合は聖地なり聖像なりを破壊してから、数世代かけて自ら進んで信仰するよう生活・文化ごと変える。
なりゆきはどうあれ最終的には自分の意思じゃないと。脅してやらせた上っ面だけの信仰じゃすぐ廃れると思う。
無理やり改宗させたい場合は聖地なり聖像なりを破壊してから、数世代かけて自ら進んで信仰するよう生活・文化ごと変える。
本邦の神様も人間と同じ仏弟子だよ(神仏習合初期)
↓
本邦の神様は仏の眷属や護法神だよ(神仏習合発展期)
↓
本邦の神様は仏の別の姿だよ(本地垂迹)
↓
(本邦の神様こそ、仏の真の姿だよ(反本地垂迹))
と時代の流れや世間のニーズに合わせて変化してきたのが
我が国の既存の神と外来の神との関係だけれども
日本的機会主義の最もたる例、と本地垂迹説のことを評していた作家がいたな、そういえば
↓
本邦の神様は仏の眷属や護法神だよ(神仏習合発展期)
↓
本邦の神様は仏の別の姿だよ(本地垂迹)
↓
(本邦の神様こそ、仏の真の姿だよ(反本地垂迹))
と時代の流れや世間のニーズに合わせて変化してきたのが
我が国の既存の神と外来の神との関係だけれども
日本的機会主義の最もたる例、と本地垂迹説のことを評していた作家がいたな、そういえば
◆ 其の十(スレ10)>>333–338
新年あけましておめでとうございます
新春早々チラ裏な話で恐縮だけど
町内のお社の鍵当番ってことで、さっきまで初詣客の出迎えやってきた。寒かった
ところでウチの産土神様、どっからどうみても仏様なんだw 祭壇三つ、ぜ~んぶ御神体が石仏
たぶん、神社建てたときに、そこいらにあった有難そうなものを適当に集めたんだと思うw
でも、こういうテキトーな信仰のスタイルって、なんかいいなぁとか思う
ゆる~く、とりあえず有難いよな~って感じの、気の置けない場所として、ただあるだけの「神社」
第一、ウチの村のじさまばさまもそのまたじさまばさまも、ずーっとそこを「神社」だって拝んできてるわけだから
いまさら「これ仏閣ですよね」なんてツッコミ入れるのも不粋極まりないわけで
こういう「エセ神社」って、割と他にもあるものなのかな?
新春早々チラ裏な話で恐縮だけど
町内のお社の鍵当番ってことで、さっきまで初詣客の出迎えやってきた。寒かった
ところでウチの産土神様、どっからどうみても仏様なんだw 祭壇三つ、ぜ~んぶ御神体が石仏
たぶん、神社建てたときに、そこいらにあった有難そうなものを適当に集めたんだと思うw
でも、こういうテキトーな信仰のスタイルって、なんかいいなぁとか思う
ゆる~く、とりあえず有難いよな~って感じの、気の置けない場所として、ただあるだけの「神社」
第一、ウチの村のじさまばさまもそのまたじさまばさまも、ずーっとそこを「神社」だって拝んできてるわけだから
いまさら「これ仏閣ですよね」なんてツッコミ入れるのも不粋極まりないわけで
こういう「エセ神社」って、割と他にもあるものなのかな?
新年あけましておめでとうございます。
そう言えば、俺の家は大晦日の日付が変わる直前に近くの神社にお参りに行くイベントをやってて、子供心に「今年も超早い初詣をするのか…」だったけど、三月精を読んであれが二年参りだったって初めて気付いたなぁ。
そう言えば、俺の家は大晦日の日付が変わる直前に近くの神社にお参りに行くイベントをやってて、子供心に「今年も超早い初詣をするのか…」だったけど、三月精を読んであれが二年参りだったって初めて気付いたなぁ。
明治までは神仏混淆が普通だったし、明王の石仏か道祖神か曖昧なものも
たとえば庚申様や荒神様など、お姿は仏様に近い
地域のお社の中には、勧請の起原や、祭神の得体が知れないものもあるよ
たとえば庚申様や荒神様など、お姿は仏様に近い
地域のお社の中には、勧請の起原や、祭神の得体が知れないものもあるよ
荒神様は、真言宗の本山な上に、神棚に奉られて、般若心経、神社式参拝とどう考えても分離できないw
ふるさとの荒神様は色々含まれすぎていて
訳がわからなくなってるな 秦河勝関係とも習合してる
あと水戸大神という訳がわからない神もいる
色々混乱してるんだろうなぁ
訳がわからなくなってるな 秦河勝関係とも習合してる
あと水戸大神という訳がわからない神もいる
色々混乱してるんだろうなぁ
◆ 其の十一(スレ11)>>688–688
◆ 其の十九(スレ19)>>900–910
そもそも密教立川流自体の実在が疑問視されてるわけで
立川流という流派があって、それが断絶したのは事実なんだろうけど
俗説のヤクキメパーティーやって大乱交や髑髏に精液塗りつけて拝んでたというのは小説か何かの描写で眉唾じゃなかったっけ
立川流という流派があって、それが断絶したのは事実なんだろうけど
俗説のヤクキメパーティーやって大乱交や髑髏に精液塗りつけて拝んでたというのは小説か何かの描写で眉唾じゃなかったっけ
俗説を抜きにしても方々で苦情が出そうだなぁとw
実際のとこ立川流は修験の一流派だったんだと思う
醍醐-吉野修験(当山派)に影響を与えつつ最後は吸収されたんじゃなかろうか
ただ、修験道の性に関わる教えって割にセンセーショナルだから誤解を恐れてどこも隠してんだわ
たぶん吉野はたまったもんじゃないw
実際のとこ立川流は修験の一流派だったんだと思う
醍醐-吉野修験(当山派)に影響を与えつつ最後は吸収されたんじゃなかろうか
ただ、修験道の性に関わる教えって割にセンセーショナルだから誤解を恐れてどこも隠してんだわ
たぶん吉野はたまったもんじゃないw
狂骨は、諏訪の建御名方神も関係してたね
確か肝心の、当の立川流の僧が書いたような書は失われていて、
今は外部の者が記録した書に頼って推測するぐらいしかできないんじゃなかったっけ
それで、そういう書には案の定、立川流を邪法と強調するように、あることないことたくさん書き連ねている可能性はあるだろうから、
実際のものとはかなりかけ離れてしまってるのかもなぁ
でも性的な要素を取り入れてたりしてるというのは、後期インド仏教と何か関係はないのかなぁよくわからん
確か肝心の、当の立川流の僧が書いたような書は失われていて、
今は外部の者が記録した書に頼って推測するぐらいしかできないんじゃなかったっけ
それで、そういう書には案の定、立川流を邪法と強調するように、あることないことたくさん書き連ねている可能性はあるだろうから、
実際のものとはかなりかけ離れてしまってるのかもなぁ
でも性的な要素を取り入れてたりしてるというのは、後期インド仏教と何か関係はないのかなぁよくわからん
東の方 ≒ 蓬莱
(左辺)東の国→金がいっぱい(マルコポーロ曰く)→錬金術における金→elixir of life
(右辺)蓬莱→いわずと知れた不老不死の薬
つまり…やっぱり日本には不老不死の妙薬があったんだよ!
(左辺)東の国→金がいっぱい(マルコポーロ曰く)→錬金術における金→elixir of life
(右辺)蓬莱→いわずと知れた不老不死の薬
つまり…やっぱり日本には不老不死の妙薬があったんだよ!
西方=天竺
聖≒三蔵法師
悟空≒魔理沙
八戒≒幽々子
悟浄≒にとり
悟空≒魔理沙
八戒≒幽々子
悟浄≒にとり
◆ 其の二十一(スレ21)>>155–178
いや、あの、改めて言われるまでもなく、今まで出雲の龍蛇様(セグロウミヘビ)の話をしてきていたのだけれども
>>150
崇徳天皇の名を何かで目にしたばかりだったなと思ったら
金刀比羅宮の祭神が大物主命と崇徳天皇って組み合わせだった (あれ、金毘羅大権現がいない…)
ただ、こちらは崇徳天皇に縁があり、修験道の影響ということらしいから、海関係からは外れるね
石廊崎の方も、石廊崎権現と呼ばれるみたいだから、修験道の影響で崇徳天皇ということなのかもしれない
>>150
崇徳天皇の名を何かで目にしたばかりだったなと思ったら
金刀比羅宮の祭神が大物主命と崇徳天皇って組み合わせだった (あれ、金毘羅大権現がいない…)
ただ、こちらは崇徳天皇に縁があり、修験道の影響ということらしいから、海関係からは外れるね
石廊崎の方も、石廊崎権現と呼ばれるみたいだから、修験道の影響で崇徳天皇ということなのかもしれない
金刀比羅宮の祭神が大物主神になったのって神仏分離令後じゃなかったっけ
神社か寺なのかどっちかはっきりしろオラオラって言われて、神社の道を選んで金毘羅大権現に割と近かった大物主神を祭神にしたっていう
神社か寺なのかどっちかはっきりしろオラオラって言われて、神社の道を選んで金毘羅大権現に割と近かった大物主神を祭神にしたっていう
そろそろ神仏習合に戻ってもいい頃だと思う
別当が復活しない事には神仏習合なんてどうにもならないような。
まあ、何だかんだで民間の方だと神仏習合なんて普通の事だから割とどうでもいいような気もするけど。
まあ、何だかんだで民間の方だと神仏習合なんて普通の事だから割とどうでもいいような気もするけど。
もはや自分が氏子なのか檀家なのか知らない人が多いんじゃない?
檀家って意識は割と今でも多いんじゃないかな。
人によっては寺と神社の違いすらよく分からんようなのもいるんだぞ
氏子と檀家の違いなんて推して知るべしだ
氏子と檀家の違いなんて推して知るべしだ
神道系の高校出たけど大学の頃に神道に興味を持つようになるまで
寺と神社の区別ができませんでした
寺と神社の区別ができませんでした
石清水八幡宮は出来たときから坊さんが切り盛りして読経が日課だったらしいが…
習合は節操無いなと思ってたから、戻るって話には、うーんってなるね
うちは檀家だし氏子だね
曽祖父が檀家総代やってたこともあったり、寺との結びつきの方が強いけど
神輿担いだりそういう祭りをやっているところは今でも氏子衆の意識が早くからあるんじゃないかな
>>156
分離の為とはいえ、金毘羅大権現の本地仏がドナドナされてしまっていたことにはちょっと驚きました
うちは檀家だし氏子だね
曽祖父が檀家総代やってたこともあったり、寺との結びつきの方が強いけど
神輿担いだりそういう祭りをやっているところは今でも氏子衆の意識が早くからあるんじゃないかな
>>156
分離の為とはいえ、金毘羅大権現の本地仏がドナドナされてしまっていたことにはちょっと驚きました
一度離してしまったら、また元通りにするのは難しいだろうしな…
それに神仏習合の時代でも、神社と別当寺の仲が悪くて対立してたとこもあったから
ただ戻せばいいかっていうと戻したら戻したでまたそういう問題が起きそうな気がする
それに神仏習合の時代でも、神社と別当寺の仲が悪くて対立してたとこもあったから
ただ戻せばいいかっていうと戻したら戻したでまたそういう問題が起きそうな気がする
仏教が寺に、神道が神社に紐付けされたってだけで、
神仏習合の時代に作られた伝統を否定して宗教体系を再構築したわけでもないはずなので
そういう意味では神仏分離は幻想なのではあるまいか。
神仏習合の時代に作られた伝統を否定して宗教体系を再構築したわけでもないはずなので
そういう意味では神仏分離は幻想なのではあるまいか。
豊川稲荷をなんか誤解してたけど「寺院」なんだな ちなみに曹洞宗
あくまで山門の鎮守として祀ってるのがダキニで本尊は千手観音
裏
栃木の宇賀神さんは藤原氏秀郷流の佐野氏の支流らしい
裏
あくまで山門の鎮守として祀ってるのがダキニで本尊は千手観音
裏
栃木の宇賀神さんは藤原氏秀郷流の佐野氏の支流らしい
裏
興味持つまで何も知らないが
興味を持つと寺社関係の物事が溢れてることに気付くよな
興味を持つと寺社関係の物事が溢れてることに気付くよな
一年の間にたくさんの行事を行うんだなぁと思った(小並感)
全部把握しきれないや
全部把握しきれないや
俵藤太こと藤原秀郷も東方の周辺にチラチラと登場する人物
将門クライシスにピリオド打ったり、化けムカデ退治したり、
鬼(百々目鬼)をやっつけたり
松本の郷土史家の間では有名だが、政府の神仏分離・廃仏毀釈方針に対する
藩知事戸田光則の過剰反応で、180寺中140寺、8割が廃寺とされた
多数の仏像や宝物が破壊されたり散逸した
将門クライシスにピリオド打ったり、化けムカデ退治したり、
鬼(百々目鬼)をやっつけたり
松本の郷土史家の間では有名だが、政府の神仏分離・廃仏毀釈方針に対する
藩知事戸田光則の過剰反応で、180寺中140寺、8割が廃寺とされた
多数の仏像や宝物が破壊されたり散逸した
西行も秀郷の遠い子孫だよね
尊卑分脈では藤原経清(と奥州藤原氏)も秀郷の子孫だっていうし
尊卑分脈では藤原経清(と奥州藤原氏)も秀郷の子孫だっていうし
明治期は神社も結構憂き目にあってるんだよね
この時期に全国の神社は半分くらいに減ってしまった
伊勢の神宮がある三重県なんて9割の神社が取り壊されちゃったし
この時期に全国の神社は半分くらいに減ってしまった
伊勢の神宮がある三重県なんて9割の神社が取り壊されちゃったし
財政的な理由もあったらしいな
官弊社や国弊社とか主要神社以外は統廃合を進めるとか
官弊社や国弊社とか主要神社以外は統廃合を進めるとか
もし南方熊楠がいなかったらもっと悲惨なことになってただろうな…
ただまぁ「私腹を肥やしていた」悪どい寺社も多かったようで……
壇家制度やら氏子やらで縛る仕組みが上手くいきすぎた面もあって
役所の役目を担って婚姻の許可証を発行する際にごにょごにょとか
葬式や戒名の値段を釣り上げたりで不満が積み重なりそれらが爆発
商売としての宗教を是正する政治目的で文化ごと根こそぎやられた
壇家制度やら氏子やらで縛る仕組みが上手くいきすぎた面もあって
役所の役目を担って婚姻の許可証を発行する際にごにょごにょとか
葬式や戒名の値段を釣り上げたりで不満が積み重なりそれらが爆発
商売としての宗教を是正する政治目的で文化ごと根こそぎやられた
諏訪に行くと神社があちこちにあって、さすが違うなーとか思ったけど、昔はそれが普通だったのね。
新潟県が神社の数が一番多いんだっけ?
新潟県が神社の数が一番多いんだっけ?
不況になると宗教関係は潤うというのは定番らしい。
だからか知らんが最近信者仏閣狙った盗難多いらしいね。
こないだもどっかの寺が現金と金の延べ棒一千万円分くらい盗られたと、
ニュースになってたな。
だからか知らんが最近信者仏閣狙った盗難多いらしいね。
こないだもどっかの寺が現金と金の延べ棒一千万円分くらい盗られたと、
ニュースになってたな。
◆ 其の二十四(スレ24)>>634–645
ちょっと前に地元(群馬県)の地名の由来を調べていた時に驚いたこと。
石神、尺神、尺司、尺地、赤子、赤子地、赤口、曲口、車口、社宮司、社宮寺、社宮島、杓子、杓子谷戸、シャクシ谷戸、釈氏、尺糸、石神井、社口、障子原(シャウジハラ)、庄司原(ショウジハラ)、塩売原(ショウジッパラ)
等、
ミシャグジ系の神に由来すると思われる地名がバカみたいに多いこと。
そして、その地区にある祠の祭神は実際には不明であることもあるが、ほとんどが村境に祠が建てられており、八衢彦命、八衢姫命など、塞神や道祖神、道陸神と同一視されやすい神が祀られているものも多いこと。
祭神が分からない場合も含めても、祭日は決められている場合が多く、九月十九日や九月二十九日などであり、大体諏訪大社における御社宮司昇祭、御頭御社宮司社祭、旧御射山社祭が行われる時期と一致すること。
群馬では「シャグチ」「シャクチ」「シャクシン」とは言うけど、「ミシャグジ」における「ミ(御)シャグジ」みたいに尊敬の接頭辞はつけないこと。
まあこれらは群馬のその道では有名な都丸十九一氏っていう民俗学者、地名研究者の受け売りに少し味付けしただけなんだけどね。
群馬じゃ「シャグジ」は塞神の原型的なものみたい。確かに地元では今でも塞神を祀るお札を笹に挟んで町境の辻に立てておく風習があったり、どんどん焼きなど塞神や道祖神に関係する祭りも多くやってる。(最近は宅地造成でどんどん焼きができる空き地が減って困っているらしい)
そこで気になってきたのは「シャグジ」の語源。都丸氏は「石神」の音読みということにしているが、だとしたらここまで表記にばらつきが生まれるとは思えないし、なによりも「シャグジ」と読める漢字を当てる方が「シャクシン」という読める漢字を当てるよりも例として多いのも気になる。やはり漢語由来ではなく、和語由来ではないか?
かと言って、和語に「シャグジ」と同根と思われる語彙は見当たらないし・・・
石神、尺神、尺司、尺地、赤子、赤子地、赤口、曲口、車口、社宮司、社宮寺、社宮島、杓子、杓子谷戸、シャクシ谷戸、釈氏、尺糸、石神井、社口、障子原(シャウジハラ)、庄司原(ショウジハラ)、塩売原(ショウジッパラ)
等、
ミシャグジ系の神に由来すると思われる地名がバカみたいに多いこと。
そして、その地区にある祠の祭神は実際には不明であることもあるが、ほとんどが村境に祠が建てられており、八衢彦命、八衢姫命など、塞神や道祖神、道陸神と同一視されやすい神が祀られているものも多いこと。
祭神が分からない場合も含めても、祭日は決められている場合が多く、九月十九日や九月二十九日などであり、大体諏訪大社における御社宮司昇祭、御頭御社宮司社祭、旧御射山社祭が行われる時期と一致すること。
群馬では「シャグチ」「シャクチ」「シャクシン」とは言うけど、「ミシャグジ」における「ミ(御)シャグジ」みたいに尊敬の接頭辞はつけないこと。
まあこれらは群馬のその道では有名な都丸十九一氏っていう民俗学者、地名研究者の受け売りに少し味付けしただけなんだけどね。
群馬じゃ「シャグジ」は塞神の原型的なものみたい。確かに地元では今でも塞神を祀るお札を笹に挟んで町境の辻に立てておく風習があったり、どんどん焼きなど塞神や道祖神に関係する祭りも多くやってる。(最近は宅地造成でどんどん焼きができる空き地が減って困っているらしい)
そこで気になってきたのは「シャグジ」の語源。都丸氏は「石神」の音読みということにしているが、だとしたらここまで表記にばらつきが生まれるとは思えないし、なによりも「シャグジ」と読める漢字を当てる方が「シャクシン」という読める漢字を当てるよりも例として多いのも気になる。やはり漢語由来ではなく、和語由来ではないか?
かと言って、和語に「シャグジ」と同根と思われる語彙は見当たらないし・・・
案外「坂越(しゃくし)」なんじゃないかと思ったり
荒神信仰と結びつけるならば完全に無関係でも無し
荒神信仰と結びつけるならば完全に無関係でも無し
信州では御射山・三才山(読みはミサヤマ、ないしミシャヤマ)などと記される事が多いな
かってはミサヤマ様として里でも縁日があったらしい
自分の曾祖母などは「今日はミサヤマ様の日」などといって、毎月お供えなどささやかなお祀りをしていたそうだ
残念ながら日付は解らない(古老のこうしたお話しは聞いておくべきだな……)
道祖神ほかと混淆されているのは同じで、どんど焼きにも関わる
そして、こちらでも境界を司る神様として認識されている
かってはミサヤマ様として里でも縁日があったらしい
自分の曾祖母などは「今日はミサヤマ様の日」などといって、毎月お供えなどささやかなお祀りをしていたそうだ
残念ながら日付は解らない(古老のこうしたお話しは聞いておくべきだな……)
道祖神ほかと混淆されているのは同じで、どんど焼きにも関わる
そして、こちらでも境界を司る神様として認識されている
>>635はあり得るな
オレの田舎ではミシャグジの他に、秋葉様(火伏の神さま)が産土の神以外でも、
広く信仰されていたらしい
行疫神を防ぐ塞の神であるミシャグジ(石神)と、恐ろしい火災を防ぐ秋葉の神の組み合わせは、
ごく自然だと思われる
オレの田舎ではミシャグジの他に、秋葉様(火伏の神さま)が産土の神以外でも、
広く信仰されていたらしい
行疫神を防ぐ塞の神であるミシャグジ(石神)と、恐ろしい火災を防ぐ秋葉の神の組み合わせは、
ごく自然だと思われる
諏訪地域だと神社形態だったり、小さい石祠でも境界にあるわけでないから
塞の神って感じはあんまりしないなー
中には場所を移されて道祖神などと一緒に集められてしまった祠もあると思うけど
塞の神って感じはあんまりしないなー
中には場所を移されて道祖神などと一緒に集められてしまった祠もあると思うけど
どんど焼きやお焚き上げで、お餅を焼くところとそうでないところがあるのな
竿や枝の先にお餅を刺して、炎や輻射熱で炙る、それを食べると1年健康に過ごせるとされる
京都の吉田山の吉田神社のお焚き上げに参加したことがあるのだが、
あの輻射熱は半端じゃない、お餅が焼けるはずだ(吉田山では餅は焼かない)
消防団が消火栓からホースを引っぱり、火勢を調節するために時々放水を浴びせていたが、
それでも消えないのだから凄いものだと思った
竿や枝の先にお餅を刺して、炎や輻射熱で炙る、それを食べると1年健康に過ごせるとされる
京都の吉田山の吉田神社のお焚き上げに参加したことがあるのだが、
あの輻射熱は半端じゃない、お餅が焼けるはずだ(吉田山では餅は焼かない)
消防団が消火栓からホースを引っぱり、火勢を調節するために時々放水を浴びせていたが、
それでも消えないのだから凄いものだと思った
「坂越」って、赤穂の大避神社があるところの地名だよね。確か、秦こころ・・・じゃなくて、秦河勝を祀る神社だったっけ?正直言うとあまり詳しくはないんだけど・・・
それで別のアプローチから調べてみたら、赤穂の「坂越」って、周りの三方を山に囲まれていて、そのものズバリ坂を越えた先、坂越っていう感じだった。
で、よく考えてみたら諏訪も盆地だから、坂を越えた場所、つまり「坂越」。
群馬の「シャクチ」も、村境特有の地名で、その村境は山村なら峠や谷など稜線上の「坂越」とも言える場所。
原始時代はそういう、地面の傾斜が変わっている場所のことを一般的に「坂越」とも言ったんじゃないだろうか。
そして、そこに祀られている神様も同じように「坂越」と言われたのでは。
それが時代が下ると、赤穂では秦河勝やアマテラス、春日神と合祀されて大避神社ができて、「坂越」は地名として痕跡的に残った。
諏訪では、ソソウ神や後にやって来た出雲系の人が信仰していた諸神などと合祀されて諏訪大社ができた。
群馬では、一般的な村境の神様となり、塞の神と習合され、さらに道祖神とも習合された。
「(ミ)シャグジ」「シャクチ」や「サコシ」、「シャグウジ」など、あまり言い方が一定しないのも、あまりにも古い呼称なので、「サカコシ」を古代音で読んだ呼称からその土地土地の訛りや、後の時代の漢字表記に引きずられたからではなかろうか。
まあ、こじつけもひどいだろうし、言わゆるトンデモ論に入りそうだけど、そんなことを考えた。
>>639
群馬の俺の地元だと、どんどん焼きで餅は焼かないな。みかんは焼くけど。
後は群馬では一家に必ず一つはダルマがあるから、それを町内全員で持ち寄って焚き上げる。
後、上で挙げた塞の神のお札を町境にくくりつける風習は八丁じめの一種らしいことが分かった。(こういう風習、別の場所ではないのかな?)
長文失礼しました。
それで別のアプローチから調べてみたら、赤穂の「坂越」って、周りの三方を山に囲まれていて、そのものズバリ坂を越えた先、坂越っていう感じだった。
で、よく考えてみたら諏訪も盆地だから、坂を越えた場所、つまり「坂越」。
群馬の「シャクチ」も、村境特有の地名で、その村境は山村なら峠や谷など稜線上の「坂越」とも言える場所。
原始時代はそういう、地面の傾斜が変わっている場所のことを一般的に「坂越」とも言ったんじゃないだろうか。
そして、そこに祀られている神様も同じように「坂越」と言われたのでは。
それが時代が下ると、赤穂では秦河勝やアマテラス、春日神と合祀されて大避神社ができて、「坂越」は地名として痕跡的に残った。
諏訪では、ソソウ神や後にやって来た出雲系の人が信仰していた諸神などと合祀されて諏訪大社ができた。
群馬では、一般的な村境の神様となり、塞の神と習合され、さらに道祖神とも習合された。
「(ミ)シャグジ」「シャクチ」や「サコシ」、「シャグウジ」など、あまり言い方が一定しないのも、あまりにも古い呼称なので、「サカコシ」を古代音で読んだ呼称からその土地土地の訛りや、後の時代の漢字表記に引きずられたからではなかろうか。
まあ、こじつけもひどいだろうし、言わゆるトンデモ論に入りそうだけど、そんなことを考えた。
>>639
群馬の俺の地元だと、どんどん焼きで餅は焼かないな。みかんは焼くけど。
後は群馬では一家に必ず一つはダルマがあるから、それを町内全員で持ち寄って焚き上げる。
後、上で挙げた塞の神のお札を町境にくくりつける風習は八丁じめの一種らしいことが分かった。(こういう風習、別の場所ではないのかな?)
長文失礼しました。
「坂越」とミシャグジのつながりを言ったのって柳田さんだっけ?
中沢さんの「精霊の王」でも「宿神」の話で書いてあった気がする
読んだのが10年くらい前だけど「精霊の王」は諏訪のミシャグジを知ろうと思って読むと
話が広がって「宿神」の話になって個人的によく分からなくなった印象があるw
長野県だとどんど焼きの時に餅花を食べるよ
柳の木を切ってきて枝の先端に「繭玉」(米の粉の団子)をつけて
「稲の花」と言うのを作ってそれを焼いて食べる
中沢さんの「精霊の王」でも「宿神」の話で書いてあった気がする
読んだのが10年くらい前だけど「精霊の王」は諏訪のミシャグジを知ろうと思って読むと
話が広がって「宿神」の話になって個人的によく分からなくなった印象があるw
長野県だとどんど焼きの時に餅花を食べるよ
柳の木を切ってきて枝の先端に「繭玉」(米の粉の団子)をつけて
「稲の花」と言うのを作ってそれを焼いて食べる
>>640
そういう風習は大切にしてほしいなぁ
ところでなんでミカン?、ダルマは三月精でも出て来たけれど(3巻99ページほか)
ちなみに信濃で繭玉とかを焼くのは、おカイコ様(←昆虫に普通に様をつけるw)がたくさん繭になってもらいたいという意味もある
なお、蚕室に入った時の静かなサワサワという、カイコが桑の葉を食べる音は忘れられない
都会生まれでも、堆肥撒きや桑の葉つみや用水路掃除をを体験した身なのだが、
ああいうのは都会の子供でもやった方がいいなと今でも思っている
第一に面白いw
そういう風習は大切にしてほしいなぁ
ところでなんでミカン?、ダルマは三月精でも出て来たけれど(3巻99ページほか)
ちなみに信濃で繭玉とかを焼くのは、おカイコ様(←昆虫に普通に様をつけるw)がたくさん繭になってもらいたいという意味もある
なお、蚕室に入った時の静かなサワサワという、カイコが桑の葉を食べる音は忘れられない
都会生まれでも、堆肥撒きや桑の葉つみや用水路掃除をを体験した身なのだが、
ああいうのは都会の子供でもやった方がいいなと今でも思っている
第一に面白いw
>>642
なんでミカンなんだかは俺もよくわかんない。
特に気にしてなかったし、子供がふざけて焼いてただけだろうと思ってたんだけど。マシュマロをどんどん焼きで焼いてた奴もいたし。
それで俺は焼いたのにだれも食わなかった焦げたヘロヘロぐちゅぐちゅミカンを踏み潰してた。懐かしいなあ。
もしかしてみかんにも民俗学的な意味があったんかな?
群馬も蚕のことを「おこさま」とか「おかいこさま」とか言うよ。
それどころか昔は気安く「かいこ」なんて言うと、
「お蚕さまってゆえ!!」
なんて怒られたって話を聞いた。
そんな養蚕も、今は廃れちゃって俺も実は生の蚕は見たことがない。
ただ、その当時の名残で今でも桑畑は結構残ってて、子供は地元じゃドドメって言う桑の実を下校時に食うんだよ。
なんでミカンなんだかは俺もよくわかんない。
特に気にしてなかったし、子供がふざけて焼いてただけだろうと思ってたんだけど。マシュマロをどんどん焼きで焼いてた奴もいたし。
それで俺は焼いたのにだれも食わなかった焦げたヘロヘロぐちゅぐちゅミカンを踏み潰してた。懐かしいなあ。
もしかしてみかんにも民俗学的な意味があったんかな?
群馬も蚕のことを「おこさま」とか「おかいこさま」とか言うよ。
それどころか昔は気安く「かいこ」なんて言うと、
「お蚕さまってゆえ!!」
なんて怒られたって話を聞いた。
そんな養蚕も、今は廃れちゃって俺も実は生の蚕は見たことがない。
ただ、その当時の名残で今でも桑畑は結構残ってて、子供は地元じゃドドメって言う桑の実を下校時に食うんだよ。
おカイコ様は長野の方でも普通だな(東筑摩郡だが)
ほんとうに様付けが相応しい、とてもキレイで大人しい虫だよ
桑の実には当たり外れがあって、大きくて味の良い樹とそうでない樹があるね
「赤とんぼ」の歌で「山の畑の桑の実を小籠に摘んだは幻か」という歌詞は切ない
ほんとうに様付けが相応しい、とてもキレイで大人しい虫だよ
桑の実には当たり外れがあって、大きくて味の良い樹とそうでない樹があるね
「赤とんぼ」の歌で「山の畑の桑の実を小籠に摘んだは幻か」という歌詞は切ない
当方今は栃木に住んでいるが、今は亡き小山ゆうえんち(今はショッピングモール)があった場所も
昔は桑畑が一面に広がる土地だったとか
バスの運転手のオッサンが乗客のおばちゃんとそんなこと話してたのを耳にしたな
いろんなところで養蚕が行われていたんだなと実感する
昔は桑畑が一面に広がる土地だったとか
バスの運転手のオッサンが乗客のおばちゃんとそんなこと話してたのを耳にしたな
いろんなところで養蚕が行われていたんだなと実感する
◆ 其の二十五(スレ25)>>288–295
暫くぶりにこのスレ来たけどこんなに過疎ってたっけ 不思議
ついさっき丸山眞男『忠誠と反逆』読んでたら、
三者対談という形式の歴史の中でみた中江兆民の三酔人何とかかんとかの特徴について書かれてた
中江兆民自体はさほど興味持ってなかったけど、
江戸時代までは基本的に三者対談の形式をとるのは宗教書で、それも他宗教を論駁するためにまず対抗相手の主張を手短に言わせ、それから自分の主張をガーっと書くって方法をとったらしい
そして三者対談の三者に入るのは、最初は仏教の中で分かれた宗派がそれぞれ入るところだったのが、
途中から仏儒道や神仏儒や仏儒基になったりして、
その時代毎に、どの勢力が他のどの勢力を敵視するか変わってくるんだそうな
何が言いたいかというと、求聞口授の三者鼎談は(コンセプト的には)
宗教論争の書がとる伝統形式にきちんと沿ってたんだってこと
…内容が沿ってるかどうかは知りません
ついさっき丸山眞男『忠誠と反逆』読んでたら、
三者対談という形式の歴史の中でみた中江兆民の三酔人何とかかんとかの特徴について書かれてた
中江兆民自体はさほど興味持ってなかったけど、
江戸時代までは基本的に三者対談の形式をとるのは宗教書で、それも他宗教を論駁するためにまず対抗相手の主張を手短に言わせ、それから自分の主張をガーっと書くって方法をとったらしい
そして三者対談の三者に入るのは、最初は仏教の中で分かれた宗派がそれぞれ入るところだったのが、
途中から仏儒道や神仏儒や仏儒基になったりして、
その時代毎に、どの勢力が他のどの勢力を敵視するか変わってくるんだそうな
何が言いたいかというと、求聞口授の三者鼎談は(コンセプト的には)
宗教論争の書がとる伝統形式にきちんと沿ってたんだってこと
…内容が沿ってるかどうかは知りません
三教指帰かー
空海もなんだかそういう形式の書を書いてたんだっけうろ覚えだけど
儒教道教仏教で対談させてたかな
儒教道教仏教で対談させてたかな
◆ 其の壱(スレ1)>>956–958
話の途中ですまないが
ヤマメとキスメは茶袋と薬缶吊るとかそんな妄想がふと頭をよぎった。
蜘蛛の形状を考えると腹の部分が袋に見えない事も無い。
宙吊りで表れたり空から(糸引いて)飛んで(落ちて)きたりとかなんか蜘蛛に似てる。
薬缶吊るも木から落ちてくるってあたりがあれっぽい。水に関わる妖怪らしいから井戸とも繋がるし。
ヤマメとキスメは茶袋と薬缶吊るとかそんな妄想がふと頭をよぎった。
蜘蛛の形状を考えると腹の部分が袋に見えない事も無い。
宙吊りで表れたり空から(糸引いて)飛んで(落ちて)きたりとかなんか蜘蛛に似てる。
薬缶吊るも木から落ちてくるってあたりがあれっぽい。水に関わる妖怪らしいから井戸とも繋がるし。
茶袋は見た者を病気にするし、ついでに神主の実家の長野の妖怪だしな。
エッセンスぐらいは入れてるかもしれん。
エッセンスぐらいは入れてるかもしれん。
神主の実家は、長野の妖怪
に見えた
に見えた
◆ 其の六(スレ6)>>696–697
>>671
同じ様に、また別のところをスキマ開いたら海外の都市が見える場合もある重なり方、とかそういう事じゃないのか
レミリア等海外勢は海を渡って日本に来るのではなく、海外のその土地で幻想になった時、直接幻想郷に接続されるみたいな
まあ考えたら色々不合理な所も出るだろうけど、一つのアイディアとしては個人的に結構好み
同じ様に、また別のところをスキマ開いたら海外の都市が見える場合もある重なり方、とかそういう事じゃないのか
レミリア等海外勢は海を渡って日本に来るのではなく、海外のその土地で幻想になった時、直接幻想郷に接続されるみたいな
まあ考えたら色々不合理な所も出るだろうけど、一つのアイディアとしては個人的に結構好み
ああ、ごめん。別時空って言ってるのか
そこは俺も意見違うや
そこは俺も意見違うや
◆ 其の弐(スレ2)>>857–858
>>851
仏教、というかうちは醍醐なので参考にならんが
厄は避けられるものじゃないようだ
代表的なのは年厄だけども、これを司る神様を供養していい具合に取り計らってもらおうって対処する
餅に厄を封じ込めたりってのは確かにある
けど、折々の発言を聞いている限り、基本的には避けられぬと考えてるようだ
星供も名前からして星宿を供養するものだしなあ
まぁ、横で見てるだけだから詳しくは知らんけども
仏教、というかうちは醍醐なので参考にならんが
厄は避けられるものじゃないようだ
代表的なのは年厄だけども、これを司る神様を供養していい具合に取り計らってもらおうって対処する
餅に厄を封じ込めたりってのは確かにある
けど、折々の発言を聞いている限り、基本的には避けられぬと考えてるようだ
星供も名前からして星宿を供養するものだしなあ
まぁ、横で見てるだけだから詳しくは知らんけども
◆ 其の五(スレ5)>>540–540