>>768
東方スレとしては枝葉末節な突っ込みというか横レスかもしれんけど、
中世における寺社勢力(当時は神仏習合だったから、両方一体)は、身を守るというような矮小な勢力ではない。
僧兵を擁して強訴を繰り返す、広大な領地を有し境内都市と呼ばれるようなメガロポリス的なものまで内に抱え、
おまけに幕府の検断権も中には及ばない自治領だったわけだ。
朝廷・武家・寺社という三大勢力に数えられるのに、「信仰を守る」ではいささか過小評価しすぎだろう。
なおかつ、法然、親鸞による浄土宗、浄土真宗の旨とする「他力本願」は阿弥陀仏のお力にすがる他ないってことだが、
それが巷間に広く流布しているにもかかわらず、「自力救済」の時代というのはよくわからん。
寺社が自己の権益を守る、ではなく、権益を更に拡大する、であれば理解はできるが、その権益を得て権門になった理由にしても、
信仰ではなく寺社が保有した荘園や領地と都市による経済力だ。
仮に守るであったとしても、信仰というよりそちらの方ではないかね。
そもそも、そんなに寺社勢力が信仰に篤いのであれば、女犯はする博打はうつ酒は飲むそして武装するなんてことは目いっぱい教義にも反してると思うんだが。
中世の寺社勢力と信仰
仏教・修験道 › 神仏習合・廃仏毀釈
中世における寺社勢力が朝廷・武家と並ぶ三大勢力であった実態(僧兵・境内都市・幕府不可侵の自治領)。法然・親鸞の他力本願と一揆(自力救済の拒絶)の矛盾。寺社の権益の源泉が貴族・開発領主の信仰による寄進であること。大友宗麟を例にした中世信仰心の分析。
◆ 其の弐(スレ2)>>770–785
自力救済というのは例えだろう
それに他力本願と言いつつ彼らがやってたことは当然知ってるはず
寺社が扶持を守るために武装化したのはその通りなんだが
それに他力本願と言いつつ彼らがやってたことは当然知ってるはず
寺社が扶持を守るために武装化したのはその通りなんだが
不安定な世の中だったからこそ
より強く神の力が示される宗教が選ばれた(他力本願)
結局自らの力で解決するというよりは
問題が自らの力で解決できるよりもずっと大きすぎるので
強大な神の力を信仰することによって折り合いをつけたのではないかと。
より強く神の力が示される宗教が選ばれた(他力本願)
結局自らの力で解決するというよりは
問題が自らの力で解決できるよりもずっと大きすぎるので
強大な神の力を信仰することによって折り合いをつけたのではないかと。
寺社勢力が中世に権益を確保し、強大な権力を背景に一勢力として確立していたことはわかっています。
だが、その権益の源泉にあるのは、貴族や開発領主の信仰からくる寄進であるわけです。
確かに、中世人が信仰に篤いか、と言われると違うと思いますが。
ただし、>>770氏のおっしゃる「女犯はする博打はうつ酒は飲むそして武装する」という認識は、過激すぎるのではないかと。
そういう僧がいたことは否定しませんが、全員がそういう僧であったわけではないし、必ずしも中世の寺社が堕落していたわけではないと思うのです。
そのような表現は、敵対勢力によるバイアスが掛かっていることを想定すべきであるように思います。
中世という時代が「自力救済」の時代だ、ということはよく言われます。
中世の定義を「自力救済原理の適用される時代」と言い換えても問題はないと思います。
自力救済の時代であるからこそ、武士は自らの領地を守る・領土を拡大するために戦い、
寺社は自らの権益を守るために戦ったのです。寺社の武装とは、その流れで論じられると思います。
「他力本願」の諸宗が流行ったが故に自力救済は成り立たない、という指摘についてですが、
私としては、そのようなものが流行らざるを得なくなるほどに「自力救済」が貫徹していたものと考えます。
ここで、中世人が信仰に薄いという話とつながります。
自力救済原理が貫徹していたからこそ、寺社をひたすらに信仰して救ってもらおうなどと誰も考えなかったのです。
一通り神を信じたり寺社を信仰したりはしますが、根本の部分では、自力救済原理に染まっていたのです。
私としても、中世人がどの程度神に対して信仰心を持っていたのかは未だに判断付きません。
戦国大名が大義名分として「神籤」を利用していたという点や、寺社に対して寄進を怠らぬ点では信仰は根強い。
一方で、寺社を平然と焼討するとか、邪魔な大宮司や座主を誅殺する点では、とても信仰していたようには思えません。
そもそも、神官一族が内輪もめのウチゲバに走ってたりしますし。
ただ、中世人には全く信仰がなくて全て実利で動いてただとか
中世人は全く信仰のみに動いてただとか
そういう偏見には陥らないようにしているつもりです。
だが、その権益の源泉にあるのは、貴族や開発領主の信仰からくる寄進であるわけです。
確かに、中世人が信仰に篤いか、と言われると違うと思いますが。
ただし、>>770氏のおっしゃる「女犯はする博打はうつ酒は飲むそして武装する」という認識は、過激すぎるのではないかと。
そういう僧がいたことは否定しませんが、全員がそういう僧であったわけではないし、必ずしも中世の寺社が堕落していたわけではないと思うのです。
そのような表現は、敵対勢力によるバイアスが掛かっていることを想定すべきであるように思います。
中世という時代が「自力救済」の時代だ、ということはよく言われます。
中世の定義を「自力救済原理の適用される時代」と言い換えても問題はないと思います。
自力救済の時代であるからこそ、武士は自らの領地を守る・領土を拡大するために戦い、
寺社は自らの権益を守るために戦ったのです。寺社の武装とは、その流れで論じられると思います。
「他力本願」の諸宗が流行ったが故に自力救済は成り立たない、という指摘についてですが、
私としては、そのようなものが流行らざるを得なくなるほどに「自力救済」が貫徹していたものと考えます。
ここで、中世人が信仰に薄いという話とつながります。
自力救済原理が貫徹していたからこそ、寺社をひたすらに信仰して救ってもらおうなどと誰も考えなかったのです。
一通り神を信じたり寺社を信仰したりはしますが、根本の部分では、自力救済原理に染まっていたのです。
私としても、中世人がどの程度神に対して信仰心を持っていたのかは未だに判断付きません。
戦国大名が大義名分として「神籤」を利用していたという点や、寺社に対して寄進を怠らぬ点では信仰は根強い。
一方で、寺社を平然と焼討するとか、邪魔な大宮司や座主を誅殺する点では、とても信仰していたようには思えません。
そもそも、神官一族が内輪もめのウチゲバに走ってたりしますし。
ただ、中世人には全く信仰がなくて全て実利で動いてただとか
中世人は全く信仰のみに動いてただとか
そういう偏見には陥らないようにしているつもりです。
>>734氏。
レスありがとう。
「自力救済」と「他力本願」の点についてもとてもよく納得できた。
中世の人々の信仰心については自分もよくわからん。
あれだけ否定的なこと書いておいて言うのも変だが。
ある意味、大友宗麟と家臣団なんかが当時の信仰心を読み解くキーになったりしてな。
ともあれ、東方と随分離れちゃった話題なのに、丁寧に答えてくれてありがとう。
レスありがとう。
「自力救済」と「他力本願」の点についてもとてもよく納得できた。
中世の人々の信仰心については自分もよくわからん。
あれだけ否定的なこと書いておいて言うのも変だが。
ある意味、大友宗麟と家臣団なんかが当時の信仰心を読み解くキーになったりしてな。
ともあれ、東方と随分離れちゃった話題なのに、丁寧に答えてくれてありがとう。
八郎太郎の伝承おもすれー
高師直のような、ばさら大名に関しても掘り下げてみると面白そうだが
こうなるとますます話題がそれていってしまいそうだな
こうなるとますます話題がそれていってしまいそうだな
既に記紀の話は一段落した感はあるけれども、一つ>>757に補足すると、
各地の神話を統合しようという動きははたして記紀が最初で最後、
日本の歴史上唯一無二の事だったのか? という問題がある
最初に言ってしまうと、恐らくそうではなかっただろう
大和に統一される以前の大和以外の勢力にしても、大和と同様に権力の確立と
拡大の過程で各地の神話を統合していたと思われる。王権の正統性の
主張のために大和が神話の利用を計ったとすれば、他の勢力が同じ事を
一切しなかったとは考えにくい
また、そんな勢力拡大やら征服やら以外の場面でも、各地の神話が結びつき
関連づけされていく機会はあっただろう。紀元前数千年の時点で既に日本には
黒曜石や翡翠などの物流があった。当然ながら人的交流もあったわけで、
神話や世界観や祭祀の形態などについて、長年に渡って相互に影響を
与え合っていた事だろう
つまり、「各地で完全に独立し孤立していた土着神話が、記紀によって初めて
統合された」という図式ではなく、恐らく記紀以前の日本の神話世界はもっと遙かに
流動的なもので、相互に絡み合っていた。そして大和統一王権が記紀を確立した
事によってその流動性がひとまず収まった、というのが実際のところじゃないかと思う
各地の神話を統合しようという動きははたして記紀が最初で最後、
日本の歴史上唯一無二の事だったのか? という問題がある
最初に言ってしまうと、恐らくそうではなかっただろう
大和に統一される以前の大和以外の勢力にしても、大和と同様に権力の確立と
拡大の過程で各地の神話を統合していたと思われる。王権の正統性の
主張のために大和が神話の利用を計ったとすれば、他の勢力が同じ事を
一切しなかったとは考えにくい
また、そんな勢力拡大やら征服やら以外の場面でも、各地の神話が結びつき
関連づけされていく機会はあっただろう。紀元前数千年の時点で既に日本には
黒曜石や翡翠などの物流があった。当然ながら人的交流もあったわけで、
神話や世界観や祭祀の形態などについて、長年に渡って相互に影響を
与え合っていた事だろう
つまり、「各地で完全に独立し孤立していた土着神話が、記紀によって初めて
統合された」という図式ではなく、恐らく記紀以前の日本の神話世界はもっと遙かに
流動的なもので、相互に絡み合っていた。そして大和統一王権が記紀を確立した
事によってその流動性がひとまず収まった、というのが実際のところじゃないかと思う
>>773
中世人の信仰について、俺の理解の範疇を超えているのでよくわからない。まあそんな知識もないし
で、最近読んだ論文で、中世は彼岸世界とそこに存在する根源的存在に対して強烈なリアリティを持っていた、というのがあった
内容について語れるほどの知識はないけど、面白かったよ
佐藤弘夫 「神仏習合」論の形成の史的背景
ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110006420184/
中世人の信仰について、俺の理解の範疇を超えているのでよくわからない。まあそんな知識もないし
で、最近読んだ論文で、中世は彼岸世界とそこに存在する根源的存在に対して強烈なリアリティを持っていた、というのがあった
内容について語れるほどの知識はないけど、面白かったよ
佐藤弘夫 「神仏習合」論の形成の史的背景
ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110006420184/
佐藤弘夫ならちくま新書の「神国日本」も、中世日本人の信仰、殊に神仏の関係について
示唆的で良かったよ
示唆的で良かったよ
>>781
まぁ話題のズレはいつもの事だし、あんま気にする必要は無いぜよ。
ここは東方に出てくる妖怪やら伝承やら何やらから現実世界のあれこれを考えてみようぜ、って主旨のスレだと思うし。
ところで、先日ようやく永夜抄をノーコンクリアした記念に『竹取物語』を読んでみようと思うんだが
色んな所から刊行本が出ててどれから読んだらいいものか悩んでる。
古文は苦手科目の一つだったから、なるべく現代語訳が付いてて注釈や解説が豊富なのがいいんだけど……
皆のオススメってあるかい?
まぁ話題のズレはいつもの事だし、あんま気にする必要は無いぜよ。
ここは東方に出てくる妖怪やら伝承やら何やらから現実世界のあれこれを考えてみようぜ、って主旨のスレだと思うし。
ところで、先日ようやく永夜抄をノーコンクリアした記念に『竹取物語』を読んでみようと思うんだが
色んな所から刊行本が出ててどれから読んだらいいものか悩んでる。
古文は苦手科目の一つだったから、なるべく現代語訳が付いてて注釈や解説が豊富なのがいいんだけど……
皆のオススメってあるかい?
筋道が判っていればフィーリングでどうにかなるのが古典のいいところだ
という答えじゃ駄目だろうし
今どき売ってるようなのはどれも注釈ついてるんじゃないかな
新しくて高いの買っとけばハズレは無いと思う
古本屋で選ぶという手もある
という答えじゃ駄目だろうし
今どき売ってるようなのはどれも注釈ついてるんじゃないかな
新しくて高いの買っとけばハズレは無いと思う
古本屋で選ぶという手もある
必ずしも価格=価値ではないので、立ち読みするのが一番いいよ。
そんで注釈がしっかりしてるやつを買う。
絶版本は古本しかないね。
そんで注釈がしっかりしてるやつを買う。
絶版本は古本しかないね。
注釈ありもいいけど現代語訳、口語訳などとされているもので
味わうのもありだよ。
俺はビギナーズクラシックシリーズが値段が安くてよいと思うけど。
(全)になっていないものは一部抜粋なので注意が必要。
竹取物語は(全)になっているので問題は無い。
味わうのもありだよ。
俺はビギナーズクラシックシリーズが値段が安くてよいと思うけど。
(全)になっていないものは一部抜粋なので注意が必要。
竹取物語は(全)になっているので問題は無い。