>>216
ざっくり言うと仏教流入~の大きな勢力は3つあるんよ
一つが記紀に依る神社の勢力
二つに天台・真言の仏教勢力
三つ目が役行者を祖とする修験の勢力
困ったことに三つ目が無くなってるんだよな
もともと外部には喋らない人達だったから情報もあんまり漏れてない
①②も習合してたとこは明治期に殲滅されてる
これが詳細ざっくり宗教史の編纂を阻んでるんだ
(特に③については)いろいろ読み漁るしか無いんじゃないかなぁと私見を述べてみる
あとはインテリの人に任せた
神仏習合・廃仏毀釈の歴史
仏教・修験道 › 神仏習合・廃仏毀釈
日本の宗教の三勢力(神社・天台真言仏教・修験道)の構造。廃仏毀釈による修験道の壊滅と、外部に語らない文化のため研究が困難な状況。肉食禁忌の歴史(鹿食免・兎は鳥扱い)。諏訪明神と武士への鹿供物の関係。
◆ 其の壱(スレ1)>>218–240
確かに日本の宗教は複雑怪奇だわな。
前に勤めてたエリアの苗場山開山祭は、
秋山郷にある苗場神社に麓の見玉不動(天台宗系)から住職呼んで、
神前で護摩焚きと般若心経奏上して最後に湯釜で大祓いっちゅー
神仏混淆ここに極まりな神事(?)を執り行ってたからなぁ……。
前に勤めてたエリアの苗場山開山祭は、
秋山郷にある苗場神社に麓の見玉不動(天台宗系)から住職呼んで、
神前で護摩焚きと般若心経奏上して最後に湯釜で大祓いっちゅー
神仏混淆ここに極まりな神事(?)を執り行ってたからなぁ……。
そもそも妻帯肉食おkがほとんどな時点で日本の仏教は骨抜き
それも江戸時代の神仏混交政策の一環という説も
逆に言えば戦国期までの一部宗派の仏教原理主義は凄かった
日本の宗教や伝承関係の人物を手軽にまとめた読みやすい本では
『日本異界絵巻』宮田登・小松和彦・鎌田東二・南伸坊(河出書房新社)
が良いかな? 空海とか役小角とか安倍晴明とかいろいろ面白く紹介してる
遠野物語以外でも柳田先生の著作では
『柳田國男全集 妖怪談義 一つ目小僧その他』柳田國男(ちくま文庫)
なんか良いかも
鬼や河童はそれ単体で研究書が多く出てて読むの大変だが
それはそれで面白い説や解釈が多い
それも江戸時代の神仏混交政策の一環という説も
逆に言えば戦国期までの一部宗派の仏教原理主義は凄かった
日本の宗教や伝承関係の人物を手軽にまとめた読みやすい本では
『日本異界絵巻』宮田登・小松和彦・鎌田東二・南伸坊(河出書房新社)
が良いかな? 空海とか役小角とか安倍晴明とかいろいろ面白く紹介してる
遠野物語以外でも柳田先生の著作では
『柳田國男全集 妖怪談義 一つ目小僧その他』柳田國男(ちくま文庫)
なんか良いかも
鬼や河童はそれ単体で研究書が多く出てて読むの大変だが
それはそれで面白い説や解釈が多い
仏教的には、引いては行者的には妻帯肉食を禁じるのが正しいだろ
つーか妻帯肉食についてやると間違いなく修羅場になるぞ
壺の神社仏閣板みたくなる
とりあえず覚鑁でググると日本仏教がどんな感じだったか分かるから
この辺でやめとこうぜ
つーか妻帯肉食についてやると間違いなく修羅場になるぞ
壺の神社仏閣板みたくなる
とりあえず覚鑁でググると日本仏教がどんな感じだったか分かるから
この辺でやめとこうぜ
肉食といえば日本じゃ国策としてで何度か禁止されてるな。
まぁ、そのたびに「魚や鳥はOK」とか「兎は鳥っぽいからOK」とか、
「滋養薬としてならOK」とか逃げ道が色々。
その極めつけ免罪符が諏訪明神の鹿食免だったりするが、
あれも「喰らった獣の業を背負って共に成仏すればそいつは慈悲だぜ!」って、
超御都合主義な文言が記してあるし。
……やっぱ肉って美味しいよな?(メタボがアレだが止められねぇ)
まぁ、そのたびに「魚や鳥はOK」とか「兎は鳥っぽいからOK」とか、
「滋養薬としてならOK」とか逃げ道が色々。
その極めつけ免罪符が諏訪明神の鹿食免だったりするが、
あれも「喰らった獣の業を背負って共に成仏すればそいつは慈悲だぜ!」って、
超御都合主義な文言が記してあるし。
……やっぱ肉って美味しいよな?(メタボがアレだが止められねぇ)
で、その影響でもあるのか東方では兎や鳥ばっかが食肉のネタに上がっているが、
守矢組の流入でこのあたりに確信があったら面白いかなぁ……と。
守矢組の流入でこのあたりに確信があったら面白いかなぁ……と。
仏教史詳しくないからわからんけど、
思いっきり妻帯してた親鸞とか、
老年で美女相手にウハウハしてた一休とかが出る国だからなぁw
東南アジアの戒律厳しい上座部仏教とかとは違う、とは言えるんだろうけど。
鎌倉新仏教あたりで、出家者だけじゃなく一般大衆にも成仏の道を広めたい、
と思った時に、「妻帯はダメ」とかいう戒律部分は緩めざるを得なかったのかな。
そんな戒律守ってられるのは、出家した坊さんだけだからさ。
思いっきり妻帯してた親鸞とか、
老年で美女相手にウハウハしてた一休とかが出る国だからなぁw
東南アジアの戒律厳しい上座部仏教とかとは違う、とは言えるんだろうけど。
鎌倉新仏教あたりで、出家者だけじゃなく一般大衆にも成仏の道を広めたい、
と思った時に、「妻帯はダメ」とかいう戒律部分は緩めざるを得なかったのかな。
そんな戒律守ってられるのは、出家した坊さんだけだからさ。
原始仏教では「托鉢でもらったご飯は残さず食べる」が基本だから
自分が食するために獣を殺してもらうのはNGだが
すでに肉にされたものなら食べてたという説は根づよいな
ただ、仏教伝来以前の日本には、明確に肉食を禁じる
宗教的タブーはなかったんじゃないかなあ、と思う
あれだ、肉食禁止山の民アパルトヘイト政策だw
この手の話をすると差別の話につながるから微妙だが
このスレは民度が高いと信用して書くと、日本では伝統的に
屠畜や獣肉の解体は非定住農耕民(山の民の末裔)の仕事だった
でまあ、諏訪信仰と関係あるかはよく理解してないが
信州は「山の民」がけっこう住んでた土地だ
(島崎藤村の『破戒』は長野が舞台だしな…)
つっても、信州なんて大正期以降国策で製糸工場や精密機械工場が
作られるようになるまで、山しかなくて
田んぼなんかろくに作れない土地なんだぞ
非定住農耕民が住む土地なのも当然だ
東方では諏訪子に続いて紀州由来のキャラとか出らんかな
紀州も海と山地が接して田んぼが作れない地形風土のため
山の民の末裔が頑張って独自の信仰が生き延びた土地だし
神主はわりとマイノリティに公平と勝手に善意解釈してる
自分が食するために獣を殺してもらうのはNGだが
すでに肉にされたものなら食べてたという説は根づよいな
ただ、仏教伝来以前の日本には、明確に肉食を禁じる
宗教的タブーはなかったんじゃないかなあ、と思う
あれだ、肉食禁止山の民アパルトヘイト政策だw
この手の話をすると差別の話につながるから微妙だが
このスレは民度が高いと信用して書くと、日本では伝統的に
屠畜や獣肉の解体は非定住農耕民(山の民の末裔)の仕事だった
でまあ、諏訪信仰と関係あるかはよく理解してないが
信州は「山の民」がけっこう住んでた土地だ
(島崎藤村の『破戒』は長野が舞台だしな…)
つっても、信州なんて大正期以降国策で製糸工場や精密機械工場が
作られるようになるまで、山しかなくて
田んぼなんかろくに作れない土地なんだぞ
非定住農耕民が住む土地なのも当然だ
東方では諏訪子に続いて紀州由来のキャラとか出らんかな
紀州も海と山地が接して田んぼが作れない地形風土のため
山の民の末裔が頑張って独自の信仰が生き延びた土地だし
神主はわりとマイノリティに公平と勝手に善意解釈してる
サリエル「呼んだ?」
仏教の伝統と仏教の理念は別だからな
昔の慣習でやってることもあるから論争になる
日本でも、肉食があったから生類憐れみの令が出たという話もあるぐらいだし
紀伊か。熊野と出雲は東方的には面白いかもね
昔の慣習でやってることもあるから論争になる
日本でも、肉食があったから生類憐れみの令が出たという話もあるぐらいだし
紀伊か。熊野と出雲は東方的には面白いかもね
おれんちが浄土宗の寺だから、住職の親父に聞いてみたんだが、
「仏教というのがここまでいろんなのに分かれたってのは、まあそもそもの大元は釈迦のせい。
臨機説法っつってな、釈迦はたくさんいる弟子各個人にあった違う教えをしていたわけ。
そんで書物も残さず死んだから残った弟子が「俺はこう教わった」「いやおれはこう教わった」
てなことになったんだ。(以下云々」
初めがそもそもなんなんで、さらにその中から分かれて行ったんだから、そもそも一貫しないものなんだと思うよ。
ところでこれまた俺の祖父(故)が日本の中世文学じゃそこそこ高名な人らしくて、折口信夫や柳田國夫からの葉書が家にあるんだが、
文字がかすれてまったく読めん。
「仏教というのがここまでいろんなのに分かれたってのは、まあそもそもの大元は釈迦のせい。
臨機説法っつってな、釈迦はたくさんいる弟子各個人にあった違う教えをしていたわけ。
そんで書物も残さず死んだから残った弟子が「俺はこう教わった」「いやおれはこう教わった」
てなことになったんだ。(以下云々」
初めがそもそもなんなんで、さらにその中から分かれて行ったんだから、そもそも一貫しないものなんだと思うよ。
ところでこれまた俺の祖父(故)が日本の中世文学じゃそこそこ高名な人らしくて、折口信夫や柳田國夫からの葉書が家にあるんだが、
文字がかすれてまったく読めん。
それは真面目に寄付かなんかしたほうが良いのでは
ああいや、故人のプライベートだもんな。迂闊な事言った
柳田先生は偏屈だったらしいし折口先生はそっち系の人らしいから
手紙も何書いてあるかわからんし
柳田先生は偏屈だったらしいし折口先生はそっち系の人らしいから
手紙も何書いてあるかわからんし
鹿児島で普通に豚肉食ってたのは事実。
江戸の下屋敷跡から養豚場らしき施設が見つかったり、地元民話でも肉食に関する記述のあるものがいくつかある。
飼育に手間と飼料がかかるので高級品ではあったらしいが。
牛を伝統的に食べていた地方もあった気がする。
江戸の下屋敷跡から養豚場らしき施設が見つかったり、地元民話でも肉食に関する記述のあるものがいくつかある。
飼育に手間と飼料がかかるので高級品ではあったらしいが。
牛を伝統的に食べていた地方もあった気がする。
>>231
ルシファーといえば明けの明星。つまり金星
日本で金星を象徴する神と言ったらアマツミカボシ
一説ではアマツミカボシはタケミナカタと同一視されているという・・・
つまり、神奈子様=ルシファーだったんだよ!!!
って、メガネの兄ちゃんが言ってた
ルシファーといえば明けの明星。つまり金星
日本で金星を象徴する神と言ったらアマツミカボシ
一説ではアマツミカボシはタケミナカタと同一視されているという・・・
つまり、神奈子様=ルシファーだったんだよ!!!
って、メガネの兄ちゃんが言ってた
◆ 其の二十五(スレ25)>>570–610
明治初期の外国人旅行者の手記をみると鎌倉八幡宮や江ノ島神社の境内にお寺や五重塔まであり、さらに男根の大きな木形が奉納されていたとか
外国のお客様は大喜びだったけど明治政府は気にしてどんどん廃止させちゃったのは残念
外国のお客様は大喜びだったけど明治政府は気にしてどんどん廃止させちゃったのは残念
そういや熊楠って何人分ものあそこのスケッチも描きまくってたんだよな…
明治期に一番被害を受けたのは「山」の信仰なんだろうなぁ 秋葉神社やら白山神社やら愛宕神社やら養父神社やら
現在の祭神と元々祀られてた山の神(権現系、妙見系が多い)の解離が激しい
元々寺だったのを無理矢理神社にしてしまった例もままあるし
国家神道を整理するにあたって都合の悪い山の「山そのもの」を神格化した祭神は許容出来なかったということなんかなぁ
山の神格を剥奪しないといけなかった理由が何かあったんだろうな 禁足地を減らしたかったのだろうか 古墳は無理矢理禁足地にしたけど
山はただの高いところだ、とした方が都合が良いというかなんというか
まぁもしかしたら本当に立場を利用していた天狗(になぞらえられる人達)が悪さをしていた可能性もほんの少しは無くはないが
まぁ山の禁足地の名残がちゃんと残ってるところもあるけど
瀬戸内の島の小さい神社は今でも女性が入ったら死にかけるレベルでマズいし 島全体が貴人のだと言う島も入ったらマズかったりするし
現在の祭神と元々祀られてた山の神(権現系、妙見系が多い)の解離が激しい
元々寺だったのを無理矢理神社にしてしまった例もままあるし
国家神道を整理するにあたって都合の悪い山の「山そのもの」を神格化した祭神は許容出来なかったということなんかなぁ
山の神格を剥奪しないといけなかった理由が何かあったんだろうな 禁足地を減らしたかったのだろうか 古墳は無理矢理禁足地にしたけど
山はただの高いところだ、とした方が都合が良いというかなんというか
まぁもしかしたら本当に立場を利用していた天狗(になぞらえられる人達)が悪さをしていた可能性もほんの少しは無くはないが
まぁ山の禁足地の名残がちゃんと残ってるところもあるけど
瀬戸内の島の小さい神社は今でも女性が入ったら死にかけるレベルでマズいし 島全体が貴人のだと言う島も入ったらマズかったりするし
権現系、妙見系って「元々」なんですかね?
わざわざそんな神話的に細々考えてたもんなのかしら当時のお役人
超偏見だけどなんかすごく適当に扱ってそうな気がする
超偏見だけどなんかすごく適当に扱ってそうな気がする
自分が生まれ育った土地でもないんだからそりゃ愛着もなかったろうよ
>>580
ある意味漢字と同じで、仏教的見地がもたらされたことで初めて
信仰を形にして体系化したり後世に残せたという意味では「元々」かもな
仏教以前の日本には記録らしい記録が無いから現代では検証できず
某STAP細胞のように存在を否定することはできないものの
学術的には「元々」以前に事実上「そんなもの無かった」のと同じ扱い
マタギの射精神事みたいなのはよく聞くのでそういう信仰は仏教以前からありそうだが
後に国家神道に繋がった復古神道という名の新興宗教は言うに及ばず
未だその姿が不明瞭な日本古来の神道というものを標榜する人の多くが
この手の猥褻チックな信仰を毛嫌いしてるのがある意味面白い
ちなみに明治に神仏分離された元権現系の○○神社は
同じ町内の同名神社でも片方は権現を名乗ってて
もう片方は神仏分離後の神社を正しい姿と謳ってる所があった
話を聞く限り前者は神主の意向で後者は県神社庁の意向のようだ
ある意味漢字と同じで、仏教的見地がもたらされたことで初めて
信仰を形にして体系化したり後世に残せたという意味では「元々」かもな
仏教以前の日本には記録らしい記録が無いから現代では検証できず
某STAP細胞のように存在を否定することはできないものの
学術的には「元々」以前に事実上「そんなもの無かった」のと同じ扱い
マタギの射精神事みたいなのはよく聞くのでそういう信仰は仏教以前からありそうだが
後に国家神道に繋がった復古神道という名の新興宗教は言うに及ばず
未だその姿が不明瞭な日本古来の神道というものを標榜する人の多くが
この手の猥褻チックな信仰を毛嫌いしてるのがある意味面白い
ちなみに明治に神仏分離された元権現系の○○神社は
同じ町内の同名神社でも片方は権現を名乗ってて
もう片方は神仏分離後の神社を正しい姿と謳ってる所があった
話を聞く限り前者は神主の意向で後者は県神社庁の意向のようだ
とりあえず仏教とかが及ぶはるか以前の縄文の時代には、
発掘物には豊満な裸体の女性を模った土偶や、男性器を模した石棒が
物的証拠として残っているから
古来の日本の信仰には性的なものが含まれていたことは確実よね
まぁこの手のものは日本の信仰に限らず珍しいものではないけど
発掘物には豊満な裸体の女性を模った土偶や、男性器を模した石棒が
物的証拠として残っているから
古来の日本の信仰には性的なものが含まれていたことは確実よね
まぁこの手のものは日本の信仰に限らず珍しいものではないけど
古代はやたら死亡率高かったから早よ結婚して早よたくさん子供生み育てんと
滅びてたからな
その状況に変化が生じればその辺の感覚もどんどん変わるし変化の個人差も
激しいから摩擦も激しい
滅びてたからな
その状況に変化が生じればその辺の感覚もどんどん変わるし変化の個人差も
激しいから摩擦も激しい
日本の生殖信仰や文化が駆逐されたのは江戸時代までは仏教とそれ以上に儒教の影響が大きく
明治以降は欧米列強の基礎的な価値観であるキリスト教の教義に配慮した結果だね
今でも保守を自称する政治家や論客にはキリスト教徒であることを公言する人が多いし
最近党分割して新たに発足しようとしてる保守政治家集団も記者会見で
「江戸の武士たちが信奉した陽明学、孔子の説いた志を実行しなくては仁は成就できない」と
自分達の活動方針が儒教にあることをアピールしてるし
明治以降は欧米列強の基礎的な価値観であるキリスト教の教義に配慮した結果だね
今でも保守を自称する政治家や論客にはキリスト教徒であることを公言する人が多いし
最近党分割して新たに発足しようとしてる保守政治家集団も記者会見で
「江戸の武士たちが信奉した陽明学、孔子の説いた志を実行しなくては仁は成就できない」と
自分達の活動方針が儒教にあることをアピールしてるし
江戸時代は朱子学のほうが主流だと思ってた
確かに幕府が重用したのは体制重視の朱子学で多くの藩でも朱子学が主流だった
朱子学の人気が低迷すると寛政異学の禁によって
幕府の教育現場における朱子学以外の儒学の講義が禁止されたほど
ただし幕末の薩長の志士の中にはそんな朱子学に反発してか
(実態は違うが)アンチ朱子学とみなされることの多かった陽明学を学んでた人も多い
もっともそういう陽明学派の有名な志士の多くが維新前に死んでて維新後も逆賊になったりしてる
一方、朱子学は尊王論を経て明治政府や国家神道に組み込まれ
敵対していた仏教勢力や地域社会の神道を駆逐して現在に至る
その意味で言えば今の日本人が極自然に神道ないしは神道的だと思い込んでいることの根本は
神道の皮を被っているだけでその中身は儒教の朱子学そのものと言えなくもない
地域の祭神を統廃合して国家の祭神(記紀神話の祭神、とりわけ皇祖神)を祀ったり
戦没者を祀る場合に従来の祖霊信仰や怨霊信仰を廃して
生前の国家への貢献や忠誠に応じて祀り方に序列を付けるようになったのはその典型例か
ちなみに、この会見をした政治家は陽明学にも朱子学にも恐らくは詳しんだろうけれど
他のメンバーの大部分は自分達の思想のルーツが陽明学以前に儒教にあるとは思いも寄らないって人が多そう
朱子学の人気が低迷すると寛政異学の禁によって
幕府の教育現場における朱子学以外の儒学の講義が禁止されたほど
ただし幕末の薩長の志士の中にはそんな朱子学に反発してか
(実態は違うが)アンチ朱子学とみなされることの多かった陽明学を学んでた人も多い
もっともそういう陽明学派の有名な志士の多くが維新前に死んでて維新後も逆賊になったりしてる
一方、朱子学は尊王論を経て明治政府や国家神道に組み込まれ
敵対していた仏教勢力や地域社会の神道を駆逐して現在に至る
その意味で言えば今の日本人が極自然に神道ないしは神道的だと思い込んでいることの根本は
神道の皮を被っているだけでその中身は儒教の朱子学そのものと言えなくもない
地域の祭神を統廃合して国家の祭神(記紀神話の祭神、とりわけ皇祖神)を祀ったり
戦没者を祀る場合に従来の祖霊信仰や怨霊信仰を廃して
生前の国家への貢献や忠誠に応じて祀り方に序列を付けるようになったのはその典型例か
ちなみに、この会見をした政治家は陽明学にも朱子学にも恐らくは詳しんだろうけれど
他のメンバーの大部分は自分達の思想のルーツが陽明学以前に儒教にあるとは思いも寄らないって人が多そう
むしろこうかな?>神道の構成要素
土着信仰的要素・・・シャーマニズム・自然崇拝・祖先崇拝・巫女・神託・祝詞
仏教的要素・・・神社建築・朱印・おみくじ
道教的要素・・・自然崇拝・パワースポット・個人的祈願・個人的御利益
儒教的要素・・・皇国史観・国粋主義・日本型社会主義・規律規範・道徳・公的祈願・公的御利益・年功序列・滅私奉公
不明・・・鳥居
やはり骨格は儒教で神社業界というか神社本庁は儒教的要素を前面に出そうと活動してるが
庶民が神社と聞いて漠然とイメージしたり庶民が神社に求める物は仏教的要素や道教的要素がメインな気がする
土着信仰的要素・・・シャーマニズム・自然崇拝・祖先崇拝・巫女・神託・祝詞
仏教的要素・・・神社建築・朱印・おみくじ
道教的要素・・・自然崇拝・パワースポット・個人的祈願・個人的御利益
儒教的要素・・・皇国史観・国粋主義・日本型社会主義・規律規範・道徳・公的祈願・公的御利益・年功序列・滅私奉公
不明・・・鳥居
やはり骨格は儒教で神社業界というか神社本庁は儒教的要素を前面に出そうと活動してるが
庶民が神社と聞いて漠然とイメージしたり庶民が神社に求める物は仏教的要素や道教的要素がメインな気がする
儒教的要素を前面に押し出しても、
一般受けしないと思う。
身も蓋も無い事を言えば面倒がられるかと。
地縁血縁の社会がしっかりしていた昔ならともかく、
現代でそれをやって成り立つのは余程大きな所だけやないかな。
一般受けしないと思う。
身も蓋も無い事を言えば面倒がられるかと。
地縁血縁の社会がしっかりしていた昔ならともかく、
現代でそれをやって成り立つのは余程大きな所だけやないかな。
儒教自体は今じゃ人に説いても煙たがられるだけだろうけど
なかなか今でも日本の社会に根深く浸透してるとつくづく思うわ
なかなか今でも日本の社会に根深く浸透してるとつくづく思うわ
新しく入った後輩はどんな理不尽にも耐えて当然という慣習
仕事終わってるのに上司や先輩が帰らないからプライベートが忙しくても帰るに帰れない空気
出勤時刻は全体放送でチャイムが鳴るのに定時には鳴らない現実
どれだけサビ残したかを誇る気持ち
キャリア積んだからより良い仕事と待遇を求めて転職したいのに理由に関わらず転職はすべて悪という空気
例え著しい不正行為があったとしても内部告発は絶対に許されない悪行
こういう価値観も全部大元は儒教なんだよな
韓国も儒教社会だそうだが調べれば調べるほど本当に救いようがない学問だと思う
あえて悪く言えば、捏造された古代中国の礼節を唯一絶対として、
仮にお上が酒池肉林に溺れ下々を飢えさせたとしても異を唱える者は悪逆の極みとして罰せられるべきで
とにかく徹底的にお上の幸福とその継続を追及し下々はお上に身を捧げることに意義があるという内容
当然、国どころか個人間ですら恣意的解釈が罷り通るというか
恣意的解釈で運用することを目的に強権的に導入〜拡散〜利用されるので
様々な理不尽が罷り通った挙句に共同体や体制が内部崩壊したり
内部から弱ったり分裂したところを外敵に襲われて滅びるのがテンプレ化してる
仕事終わってるのに上司や先輩が帰らないからプライベートが忙しくても帰るに帰れない空気
出勤時刻は全体放送でチャイムが鳴るのに定時には鳴らない現実
どれだけサビ残したかを誇る気持ち
キャリア積んだからより良い仕事と待遇を求めて転職したいのに理由に関わらず転職はすべて悪という空気
例え著しい不正行為があったとしても内部告発は絶対に許されない悪行
こういう価値観も全部大元は儒教なんだよな
韓国も儒教社会だそうだが調べれば調べるほど本当に救いようがない学問だと思う
あえて悪く言えば、捏造された古代中国の礼節を唯一絶対として、
仮にお上が酒池肉林に溺れ下々を飢えさせたとしても異を唱える者は悪逆の極みとして罰せられるべきで
とにかく徹底的にお上の幸福とその継続を追及し下々はお上に身を捧げることに意義があるという内容
当然、国どころか個人間ですら恣意的解釈が罷り通るというか
恣意的解釈で運用することを目的に強権的に導入〜拡散〜利用されるので
様々な理不尽が罷り通った挙句に共同体や体制が内部崩壊したり
内部から弱ったり分裂したところを外敵に襲われて滅びるのがテンプレ化してる
今は(親/兄姉/先輩/上司)になった自分も、昔は同じことをやったんだからさ〜
この論理で特に意味のない習慣も再生産させるからね
「目上の人には絶対服従」はミームとして生き残りやすい
この論理で特に意味のない習慣も再生産させるからね
「目上の人には絶対服従」はミームとして生き残りやすい
なまじ機能してるからなぁ…
ふと思い出したけど宇治上神社に行ったとき
菟道稚郎子が兄に皇位を譲ったのは儒教を学んだからというようなことが立て札に書いてあった気がする
菟道稚郎子が兄に皇位を譲ったのは儒教を学んだからというようなことが立て札に書いてあった気がする
この流れで言うのもなんだけど「論語」は結構面白かったよ
古参の弟子との遠慮無いやりとりとか、あんまり近づきたくない
お偉いさんから贈り物があったんでわざわざ留守を狙って
お礼に出向くとか
なんか聖人とか祭り上げられちゃうとダメね…
古参の弟子との遠慮無いやりとりとか、あんまり近づきたくない
お偉いさんから贈り物があったんでわざわざ留守を狙って
お礼に出向くとか
なんか聖人とか祭り上げられちゃうとダメね…
正直人類は滅亡していい
そろそろ誰かが引導を渡さないと腐ってしまう
そろそろ誰かが引導を渡さないと腐ってしまう
どうにも、儒学って前近代の悪者、みたいにして扱われることが多いけど。
一歩引いて、儒学が何を言っているのか、抑えた上で考えたいよね。
特に悪者にされる朱子学も、哲学思想としてかなり深いものを持っているし。
国学にしても、清朝考証学の強い影響あってはじめて成立しているし。
なにより、前近代東アジアの、現実社会に関わる思想のフレームを作っているしね。
その意味で、儒学をきちんと知ると、視野が変わる気がする。
一歩引いて、儒学が何を言っているのか、抑えた上で考えたいよね。
特に悪者にされる朱子学も、哲学思想としてかなり深いものを持っているし。
国学にしても、清朝考証学の強い影響あってはじめて成立しているし。
なにより、前近代東アジアの、現実社会に関わる思想のフレームを作っているしね。
その意味で、儒学をきちんと知ると、視野が変わる気がする。
以前 朱子学(公式) vs 陽明学(破壊)って図式だって見た気がするけど
陽明学ってどういう傾向なんだろ
戦後政治の黒幕とかいう安岡某も陽明学者らしいけど
知らない人も「細木和子がボケ老人の死ぬ直前にむりやり結婚して遺産相続争いになりテレビに出るようになったときの、あの老人」っていえば分かるのかしら
陽明学ってどういう傾向なんだろ
戦後政治の黒幕とかいう安岡某も陽明学者らしいけど
知らない人も「細木和子がボケ老人の死ぬ直前にむりやり結婚して遺産相続争いになりテレビに出るようになったときの、あの老人」っていえば分かるのかしら
朱子学は形而上学というか宇宙観というか
どっちかといえば観念的な方向に進んだ一方
陽明学は思索や読書だけじゃなく日常的な実践を
重んじた…とかそんなような
開祖というか提唱者の王守仁は若い頃、竹の「理」を
理解しようとして三日三晩竹と睨めっこして神経衰弱
になったとか愉快な話が色々ある
どっちかといえば観念的な方向に進んだ一方
陽明学は思索や読書だけじゃなく日常的な実践を
重んじた…とかそんなような
開祖というか提唱者の王守仁は若い頃、竹の「理」を
理解しようとして三日三晩竹と睨めっこして神経衰弱
になったとか愉快な話が色々ある
頭良すぎる人って常人には理解できないアホなことやるよね・・・
>>601
直視すればワタミの経営理念にしか見えないけど
引いて見れば社会を牽引する力としては他にない凄まじいパワーは確かにあるね
ここでは主に否定的に語られてるが廃仏毀釈もあれだけ熱狂的に広範囲に渡って行われるには
普通じゃ到底考えられないような途方もないエネルギーが必要
明治維新の成功は儒教の存在があってこそと言えるかもしれない
まぁ良くも悪くも犠牲をとても肯定的に捉えてるよね
直視すればワタミの経営理念にしか見えないけど
引いて見れば社会を牽引する力としては他にない凄まじいパワーは確かにあるね
ここでは主に否定的に語られてるが廃仏毀釈もあれだけ熱狂的に広範囲に渡って行われるには
普通じゃ到底考えられないような途方もないエネルギーが必要
明治維新の成功は儒教の存在があってこそと言えるかもしれない
まぁ良くも悪くも犠牲をとても肯定的に捉えてるよね
朱子学と陽明学との違いについては、島田虔次『朱子学と陽明学』(岩波新書)が名著らしいね。
>>606
それは少し解釈がずれている気がするよ。
そもそも儒学では「放伐」を許可する時点で、ただ「絶対的に忠誠を誓え」という考えはしてない。
君子は君子らしくあり、臣下は臣下らしくあるべし、はかなり根底の考え方。
犠牲を肯定的に捉えている、とは思わないなぁ。
もしそうなら、弟子の子路が主人を守って闘死した時に、孔子が褒めるはずだもの。
実際には、大ショック受けてるんだぜ。
明治維新は、陽明学的な側面が思想のバックにないとはいえないけど……。
廃仏毀釈を儒学のせいにするのはやはりズレてるかと。
むしろ国学の高揚との絡みだろうし。
儒学は「怪・力・乱・神を語らず」だから、その辺りには干渉しないもの。
そも、儒学って漢籍の解釈が重要だし、注釈の学問だから、本来はエリート向きなんだよね。
>>606
それは少し解釈がずれている気がするよ。
そもそも儒学では「放伐」を許可する時点で、ただ「絶対的に忠誠を誓え」という考えはしてない。
君子は君子らしくあり、臣下は臣下らしくあるべし、はかなり根底の考え方。
犠牲を肯定的に捉えている、とは思わないなぁ。
もしそうなら、弟子の子路が主人を守って闘死した時に、孔子が褒めるはずだもの。
実際には、大ショック受けてるんだぜ。
明治維新は、陽明学的な側面が思想のバックにないとはいえないけど……。
廃仏毀釈を儒学のせいにするのはやはりズレてるかと。
むしろ国学の高揚との絡みだろうし。
儒学は「怪・力・乱・神を語らず」だから、その辺りには干渉しないもの。
そも、儒学って漢籍の解釈が重要だし、注釈の学問だから、本来はエリート向きなんだよね。
廃仏毀釈が進んだのは幕府の出先機関と化した寺で
生臭坊主共があぐらをかいて暴利を貪ってたのに民衆がブチキレたからでしょ
生臭坊主共があぐらをかいて暴利を貪ってたのに民衆がブチキレたからでしょ
>>607
君として不適格な者に対して抗うのは、
主君に対する絶対的な忠節よりも、日本の伝統に近いな。
主君押込や逃散などの例を見るに。
まぁ元々の宗教観が八百万の神、
つまりは神をも絶対的な立場に置かない国民だからな。
それを良くもまぁ上手く調教したもんだ。
君として不適格な者に対して抗うのは、
主君に対する絶対的な忠節よりも、日本の伝統に近いな。
主君押込や逃散などの例を見るに。
まぁ元々の宗教観が八百万の神、
つまりは神をも絶対的な立場に置かない国民だからな。
それを良くもまぁ上手く調教したもんだ。
>>607
伊勢神宮外宮の禰宜だった度会氏による伊勢神道が代表的だが
神道の一派には儒教と結びついてしばしば反仏教を唱えた儒家神道というものもある
山崎闇斎による垂加神道はまさに後の国家神道そのものな内容
国学は本居宣長が活躍した一時期は外来の仏教や儒教へのアンチテーゼ的側面が強かったが
後に国粋主義への傾倒からその影響は儒教由来の尊王論へと一体化して行き
日本独自の神道を根拠にしつつ儒教理論を基盤とした近代皇国史観や国家神道の形成に繋がった
なので、そうした国家神道の流れを汲む現代の神社神道の実態が
実は儒教であるという話もなかなか的を得た話だろうな
尚、この儒教理論とは中華思想を裏付ける理論と全く同じものなので
近代皇国史観とは実は中華思想のコピーでもある
纏めるなら儒教が直接廃仏毀釈を行ったのではなく
元々は日本独自の信仰を取り戻そうとする運動が儒教によって理論付けられ
結果的に日本人はそうとは知らずに中華思想の排外性を発揮して
折からの寺院側の腐敗も相まって廃仏毀釈に繋がったというところだろうか
区分や分類の仕方は諸説あるが平行して隆盛した水戸学の影響の方が
個別の国学や儒教神道より遥かに影響は大きかったと思うが
この水戸学も平たく言えば日本古来の要素を儒教理論で説明したもので
その作用も全く同じと見て問題ないだろう
伊勢神宮外宮の禰宜だった度会氏による伊勢神道が代表的だが
神道の一派には儒教と結びついてしばしば反仏教を唱えた儒家神道というものもある
山崎闇斎による垂加神道はまさに後の国家神道そのものな内容
国学は本居宣長が活躍した一時期は外来の仏教や儒教へのアンチテーゼ的側面が強かったが
後に国粋主義への傾倒からその影響は儒教由来の尊王論へと一体化して行き
日本独自の神道を根拠にしつつ儒教理論を基盤とした近代皇国史観や国家神道の形成に繋がった
なので、そうした国家神道の流れを汲む現代の神社神道の実態が
実は儒教であるという話もなかなか的を得た話だろうな
尚、この儒教理論とは中華思想を裏付ける理論と全く同じものなので
近代皇国史観とは実は中華思想のコピーでもある
纏めるなら儒教が直接廃仏毀釈を行ったのではなく
元々は日本独自の信仰を取り戻そうとする運動が儒教によって理論付けられ
結果的に日本人はそうとは知らずに中華思想の排外性を発揮して
折からの寺院側の腐敗も相まって廃仏毀釈に繋がったというところだろうか
区分や分類の仕方は諸説あるが平行して隆盛した水戸学の影響の方が
個別の国学や儒教神道より遥かに影響は大きかったと思うが
この水戸学も平たく言えば日本古来の要素を儒教理論で説明したもので
その作用も全く同じと見て問題ないだろう
◆ 其の二十七(スレ27)>>6–17
別府に行ってきたんだけどあそこ、やたら新興宗教の施設が多いんだねw
単に温泉町だから?それともなにか宗教的な磁場があるのかしら?
単に温泉町だから?それともなにか宗教的な磁場があるのかしら?
別府と言えば地獄めぐりじゃないか
温泉行きたいなぁ
地獄=灼熱って発想はやっぱ日本が火山列島だからなのか
温泉行きたいなぁ
地獄=灼熱って発想はやっぱ日本が火山列島だからなのか
日本にかぎらんだろう
イタリアのヴェスビオス火山がそうらしい。あとアイスランドとか。
日本での地獄=灼熱という発想は仏教由来なんだろうな
元々は根の国という、祖霊がここではないどこか異界へ行くってだけだったし
元々は根の国という、祖霊がここではないどこか異界へ行くってだけだったし
イスラム教も地獄といえば灼熱ですね
日本は火山列島とはいえ、地震や火山灰、火砕流被害はあれど溶岩に焼かれるようなことは滅多にないわけで
灼熱地獄はあくまで火刑の宗教的投影でしょうよ
灼熱地獄はあくまで火刑の宗教的投影でしょうよ
俺は地獄と言えば通勤電車内での便意だが
新興宗教があるのは田舎だから
土地があるから。だろうなあ
常に言われてることだが
もっと突っ込むと、日本の田舎は明治以降、宗教の空白地帯が増えたってのも大きいかもしれない
こればっかしは推論だけど
土地があるから。だろうなあ
常に言われてることだが
もっと突っ込むと、日本の田舎は明治以降、宗教の空白地帯が増えたってのも大きいかもしれない
こればっかしは推論だけど
なんかわけわからん民間信仰が淫祀邪教だーって廃滅させられたんだっけ?
うちの市にやたら創価の施設があるのもそのせいなのか……
うちの市にやたら創価の施設があるのもそのせいなのか……
淫祀邪教とレッテル張られて弾圧された民間信仰もたくさんある
当時の日本はホントやばいからね。相撲を裸でぶつかり合うとか野蛮だ文明的じゃないって言ったり、日本語は非論理的で文明にふさわしくないから改造しようとか言ったり
でも日本人はもっとシステマチックに、官民一体となって信仰を消していったんだよ。それが神社合祀令
これからは国が宗教管理します。文明的でしょ?神道を盛り上げていきましょう!天皇制のイデオロギーにもあってる!
でも全ての神社に補助金なんて出せないから、一町村に神社一つにして全部合祀しましょう。管理もしやすくなるし一石二鳥!
っていう理由で合祀されていった
公務員だけじゃなく神官もこの運動を積極的に勧めた
昔は田舎には神官がいない神社がそれは沢山あったそうで(今でもあるけど、大体は近くの神社が管理してるよね)
年毎の当番制で神社の管理をするなど村が神社を支えていたりしたケースが多かった
だかこうした神社は、神官のいない神社まで面倒見きれないよ面倒だしって理由で合祀されてしまうことに
神社合祀令は廃仏毀釈に比べて知名度低いんだよなあ
明治政府が弾圧した対象には神道もあてはまるわけだ。まあ当人たちに弾圧してるって意識なさそうなのが笑えるね。近代化最高って思ってそう
研究対象としてはメジャーなのか研究いっぱい
生活と寄り添っていた宗教が昔の日本には確かにあったんだろうなあ。非日常と日常の境は昔もあったんだろうが、それにしても日本は変わったんだなあなんて思ってみたり
同時代人の反応としては、かの有名な南方熊楠のこれがある
ttp://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/525_47860.html
個人的に、熊楠が天理教が伸びたのは信仰の空白によるものだって指摘してるのが面白いと思ったのよ
誰か確かめてみてほしいなあ。あ、天理の人いたらごめんね。別に悪意はないよ。
博麗神社は作られた神社なんだよねえ
そんなよくわからない神社よりは秋姉妹のほうが人気あるだろうなあ
当時の日本はホントやばいからね。相撲を裸でぶつかり合うとか野蛮だ文明的じゃないって言ったり、日本語は非論理的で文明にふさわしくないから改造しようとか言ったり
でも日本人はもっとシステマチックに、官民一体となって信仰を消していったんだよ。それが神社合祀令
これからは国が宗教管理します。文明的でしょ?神道を盛り上げていきましょう!天皇制のイデオロギーにもあってる!
でも全ての神社に補助金なんて出せないから、一町村に神社一つにして全部合祀しましょう。管理もしやすくなるし一石二鳥!
っていう理由で合祀されていった
公務員だけじゃなく神官もこの運動を積極的に勧めた
昔は田舎には神官がいない神社がそれは沢山あったそうで(今でもあるけど、大体は近くの神社が管理してるよね)
年毎の当番制で神社の管理をするなど村が神社を支えていたりしたケースが多かった
だかこうした神社は、神官のいない神社まで面倒見きれないよ面倒だしって理由で合祀されてしまうことに
神社合祀令は廃仏毀釈に比べて知名度低いんだよなあ
明治政府が弾圧した対象には神道もあてはまるわけだ。まあ当人たちに弾圧してるって意識なさそうなのが笑えるね。近代化最高って思ってそう
研究対象としてはメジャーなのか研究いっぱい
生活と寄り添っていた宗教が昔の日本には確かにあったんだろうなあ。非日常と日常の境は昔もあったんだろうが、それにしても日本は変わったんだなあなんて思ってみたり
同時代人の反応としては、かの有名な南方熊楠のこれがある
ttp://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/525_47860.html
個人的に、熊楠が天理教が伸びたのは信仰の空白によるものだって指摘してるのが面白いと思ったのよ
誰か確かめてみてほしいなあ。あ、天理の人いたらごめんね。別に悪意はないよ。
博麗神社は作られた神社なんだよねえ
そんなよくわからない神社よりは秋姉妹のほうが人気あるだろうなあ
現代では檀家制度なんかもそうなんだが
地域コミュニティが強いとその地域の宗教が一色になりやすいから
コミュニティが強い空白地帯に新興宗教が入ると一気に伸びることがあるんだと思う
地域コミュニティが強いとその地域の宗教が一色になりやすいから
コミュニティが強い空白地帯に新興宗教が入ると一気に伸びることがあるんだと思う
◆ 其の壱(スレ1)>>910–916
なんかもー神道とか仏教とか陰陽道とかお互い影響し合って全然わからん。
純粋な神道、仏教って混ざった部分を抜いてったら内容がごっそり削られそうな気が。
純粋な神道、仏教って混ざった部分を抜いてったら内容がごっそり削られそうな気が。
少なくとも神道は乙る
国家神道ですら空海の思想を取り入れざるを得なかったんだから
国家神道ですら空海の思想を取り入れざるを得なかったんだから
神道は全てを受け入れるのよ
それはそれは残酷な宗教ですわ
それはそれは残酷な宗教ですわ
純粋な神道なんて本来ないだろ。
長らく神仏習合やってて、神社で坊さんがお経挙げるような状態だったんだから。
あんまり詳しくないけど、「純粋な神道」って江戸時代の国学、
それから明治以降の国が作ったでっちあげな側面が強いって話だけど。
今我々が見てる神社は、神仏分離→廃仏毀釈のコンボが決まった後の姿。
長らく神仏習合やってて、神社で坊さんがお経挙げるような状態だったんだから。
あんまり詳しくないけど、「純粋な神道」って江戸時代の国学、
それから明治以降の国が作ったでっちあげな側面が強いって話だけど。
今我々が見てる神社は、神仏分離→廃仏毀釈のコンボが決まった後の姿。
古代、統一前の日本には多数の国家があり
それぞれが独自の信仰を持っていたと考えられている
これらが統一にあたって纏められ、ごた混ぜになっている
基礎の成立からしてこんな風なんだよな
それぞれが独自の信仰を持っていたと考えられている
これらが統一にあたって纏められ、ごた混ぜになっている
基礎の成立からしてこんな風なんだよな
無いと言い切ってしまうのも少し寂しいな。
確かに今の神道というか日本神話は水戸黄門とか明治政府がアレした背景が強いけど。
君が代だって昔はカルト的な天皇崇拝とは無縁の和歌だったっていうし
今は形を歪められてしまったけど昔は確かにそこにあったであろう何かに想像を巡らすのも悪くは無いと思う。
まぁ、でも神道らきしものが生まれたのが3世紀ごろと仮定して仏教伝来が5世紀頃と考えるとわりと初期から混ざり合ってた気はする。
だから本来の意味で神道の本来の姿っていったら日本固有のアニミズムと仏教が良い感じに混ざり合った状態を指すのかもわからん。
そもそも古事記が記されたのが8世紀あたりと考えると日本神話はずでにごちゃ混ぜになってた状態であったとも考えられるし。
そこらへんを阿礼たんが頑張って体系だてたとも考えられるな。
確かに今の神道というか日本神話は水戸黄門とか明治政府がアレした背景が強いけど。
君が代だって昔はカルト的な天皇崇拝とは無縁の和歌だったっていうし
今は形を歪められてしまったけど昔は確かにそこにあったであろう何かに想像を巡らすのも悪くは無いと思う。
まぁ、でも神道らきしものが生まれたのが3世紀ごろと仮定して仏教伝来が5世紀頃と考えるとわりと初期から混ざり合ってた気はする。
だから本来の意味で神道の本来の姿っていったら日本固有のアニミズムと仏教が良い感じに混ざり合った状態を指すのかもわからん。
そもそも古事記が記されたのが8世紀あたりと考えると日本神話はずでにごちゃ混ぜになってた状態であったとも考えられるし。
そこらへんを阿礼たんが頑張って体系だてたとも考えられるな。
仏教その他の外来要素が入る前の原始神道というものはあったと思うが
それは多分ほとんど口承文化による土俗宗教みたいなやつと思われw
だいたい現在我々が使ってるのと同じ、古事記や日本書紀を明文化して
書き残した日本語自体、大陸渡来の漢字文化の影響にあるんだし
まあしかしそうして異文化言語によって表現されてようやく後世に伝わった
文化つーのは多い。キリスト教の聖書はヘブライ語じゃなきゃおかしいはず
なのに、パウロのギリシャ語聖書がなけりゃ世界宗教にはなってない
原始仏教もパ-リ語の教典なんてほとんど読まれてないだろうし
それは多分ほとんど口承文化による土俗宗教みたいなやつと思われw
だいたい現在我々が使ってるのと同じ、古事記や日本書紀を明文化して
書き残した日本語自体、大陸渡来の漢字文化の影響にあるんだし
まあしかしそうして異文化言語によって表現されてようやく後世に伝わった
文化つーのは多い。キリスト教の聖書はヘブライ語じゃなきゃおかしいはず
なのに、パウロのギリシャ語聖書がなけりゃ世界宗教にはなってない
原始仏教もパ-リ語の教典なんてほとんど読まれてないだろうし
◆ 其の二十五(スレ25)>>546–570
大国主だの素戔嗚だの天照大御神だのメジャーどころの神様ばかりじゃ味気ないよね
その神様が嫌いというわけじゃないけれど
たまに見慣れない名前の神様祀られてるとテンション上がる
その神様が嫌いというわけじゃないけれど
たまに見慣れない名前の神様祀られてるとテンション上がる
また日本は残してる方じゃね?
文化大革命みたいな事になってたらと思うとゾっとする。
文化大革命みたいな事になってたらと思うとゾっとする。
奇妙なルールか
個人的には仙台市愛子の鬼子母神堂とかが最近のヒット
個人的には仙台市愛子の鬼子母神堂とかが最近のヒット
「いま素戔嗚尊を祀ってる神社のほとんどは
明治以前は牛頭天王(祇園様)祀ってたはず」とか
明治以前は牛頭天王(祇園様)祀ってたはず」とか
三輪の神とか言ってるのに祭神が大国主になってるとなんかモニョる
明治期に似ているというべきか、不比等あたりの時代にも神道の大規模な再編が行われているよね。
(むしろこの時代に初めて神道が体系化されたというべきかもしれないが。)
語弊を恐れずにいえば、どちらの時代においても強力な中央集権体制の整備が急務であり、
これに合わせて神話を整え、祭神の序列を整え、その他諸々を整え……というようなことをやっている。
この過程で各地域ごとに多様だったはずの信仰が一本化されたわけだな。
とはいえ中古以降には時代に合わせて変質したり、他方ではこれへのカウンター的なものが現れたり……と、
少なくとも神道の表層的部分はかなり柔軟かつ多様な歴史を歩んできたと思われるわけだが、
明治以降の神道の場合は昔ならユルく変質していたような部分までガチガチに固定してしまっている上に、
今日の保守派の中にはこれが千古の伝統であるかのように喧伝するものが少なくないのが問題なのだろうな。
明治期に上記の対応が必要だったのは間違いないのだろうが、もう時代は大きく変わってしまったわけで、
現代の情勢に対応するためにも、どこまでが神道の「骨子」でどこからが「表層」なのか、という議論は非常に
重要だと思うのだが、今日の保守派の一部にはこのような議論すら許さない雰囲気があるように思える。
イカン、愚痴っぽくなってしまった。
そういえばオオモノヌシとオオクニヌシって、記紀神話にも別の神っぽい描写があるはずなのに
なんで同一視されてるんだろうか。
(むしろこの時代に初めて神道が体系化されたというべきかもしれないが。)
語弊を恐れずにいえば、どちらの時代においても強力な中央集権体制の整備が急務であり、
これに合わせて神話を整え、祭神の序列を整え、その他諸々を整え……というようなことをやっている。
この過程で各地域ごとに多様だったはずの信仰が一本化されたわけだな。
とはいえ中古以降には時代に合わせて変質したり、他方ではこれへのカウンター的なものが現れたり……と、
少なくとも神道の表層的部分はかなり柔軟かつ多様な歴史を歩んできたと思われるわけだが、
明治以降の神道の場合は昔ならユルく変質していたような部分までガチガチに固定してしまっている上に、
今日の保守派の中にはこれが千古の伝統であるかのように喧伝するものが少なくないのが問題なのだろうな。
明治期に上記の対応が必要だったのは間違いないのだろうが、もう時代は大きく変わってしまったわけで、
現代の情勢に対応するためにも、どこまでが神道の「骨子」でどこからが「表層」なのか、という議論は非常に
重要だと思うのだが、今日の保守派の一部にはこのような議論すら許さない雰囲気があるように思える。
イカン、愚痴っぽくなってしまった。
そういえばオオモノヌシとオオクニヌシって、記紀神話にも別の神っぽい描写があるはずなのに
なんで同一視されてるんだろうか。
オオクニヌシとオオモノヌシは、最も単純に考えるなら出雲の勢力と大和の勢力が云々ってことになるだろうけど、さてどうなんでしょう
別の神ってことは確かだが……
別の神ってことは確かだが……
神社本庁は明治期の神道摩替の経緯や問題点まで把握しながら
確信犯的に摩替後の神話や儀礼や意識を往古の伝統と宣伝してるようだからな
全国の神社の9割が神社本庁の下部組織化していて
記紀神話しか知らない神主どころか一部には記紀神話すらきちんと覚えてない神主を量産してる上に
傘下の全神社の神主の人事権も神社本庁が握ってるから
上に異議も唱えられなければ自浄作用も失われているようなのでちょっとな
政治的主張も冷戦期の古い典型的な反共親韓スタイルで
日本では悪名高い韓国の某新興宗教団体と非常に密接な間柄みたいだし
軽犯罪容疑の段階で懲戒免職の神主もいれば重犯罪の懲役確定でも続投を許される神主もいたりと
全てが全て悪いわけではないがいまいち信頼もできない団体という印象
国家神道の延長で全日本人を対象とした活動をしてる筈なのに
現代日本人の普遍的な価値観では量れない団体だというのも間違いない
確信犯的に摩替後の神話や儀礼や意識を往古の伝統と宣伝してるようだからな
全国の神社の9割が神社本庁の下部組織化していて
記紀神話しか知らない神主どころか一部には記紀神話すらきちんと覚えてない神主を量産してる上に
傘下の全神社の神主の人事権も神社本庁が握ってるから
上に異議も唱えられなければ自浄作用も失われているようなのでちょっとな
政治的主張も冷戦期の古い典型的な反共親韓スタイルで
日本では悪名高い韓国の某新興宗教団体と非常に密接な間柄みたいだし
軽犯罪容疑の段階で懲戒免職の神主もいれば重犯罪の懲役確定でも続投を許される神主もいたりと
全てが全て悪いわけではないがいまいち信頼もできない団体という印象
国家神道の延長で全日本人を対象とした活動をしてる筈なのに
現代日本人の普遍的な価値観では量れない団体だというのも間違いない
あーあ…
「江戸時代から天神様を祀るようになりましたが理由は不明です。」
って看板に書いてある神社があったり
って看板に書いてある神社があったり
元々は天神(道真公)じゃなくて天神(天津神)のお社でした、というのも極稀にある
>>551
日本書紀では大己貴が少彦名と別れた後に海を照らす者に出会い
「吾は汝の幸魂奇魂なり」と言われて三諸山に祀ったとする
また一書に曰くとして大国主の別名のひとつに大物主を挙げている
ちなみにWikipediaなどでは上記の台詞が誤って古事記の記述に紛れ込んでいるのでご注意を
日本書紀では大己貴が少彦名と別れた後に海を照らす者に出会い
「吾は汝の幸魂奇魂なり」と言われて三諸山に祀ったとする
また一書に曰くとして大国主の別名のひとつに大物主を挙げている
ちなみにWikipediaなどでは上記の台詞が誤って古事記の記述に紛れ込んでいるのでご注意を
ある程度以上昔のことに関してはよくわからんと明言してる神社は多いよねえ
特に理由は記載されていないがその時期から、
流行に乗して勧請したんじゃねーかと類推できそうな鎮守さんが地元にあるな。
現在のゆるキャラ的に祭る神さんが変わったり増えたりするケースもあるんだろうな。
流行に乗して勧請したんじゃねーかと類推できそうな鎮守さんが地元にあるな。
現在のゆるキャラ的に祭る神さんが変わったり増えたりするケースもあるんだろうな。
埼玉県内のとある神社にあったアラハバキの名の付いた門客人社は
神主の人曰く現在の祭神は猿田彦だったなぁ
神主の人曰く現在の祭神は猿田彦だったなぁ
アラハバキはよく解らない神様だよね
何の神様だっけ?
何の神様だっけ?
旅の安全とかそういうのだったかな
だから猿田彦とすり替えられたか習合されたんだろうけど
だから猿田彦とすり替えられたか習合されたんだろうけど
>>558
諏訪大社ですら完全に変わっちゃったからな
ttp://yatsu-genjin.jp/suwataisya/sinji/tokusyu.htm
そこらの村社や郷社レベルなら推して知るべし
南方熊楠みたいに住民が抵抗して社地が残ってるだけでもマシな方なんだろうな
諏訪大社ですら完全に変わっちゃったからな
ttp://yatsu-genjin.jp/suwataisya/sinji/tokusyu.htm
そこらの村社や郷社レベルなら推して知るべし
南方熊楠みたいに住民が抵抗して社地が残ってるだけでもマシな方なんだろうな
神社をぶっ潰して合祀しまくるなんて不敬にもほどがありすぎる
崇められさえすればガワなんてなんでもいいよね!って感じなのかしら
それの良し悪しは知らないけど
それの良し悪しは知らないけど
稲八金天神社は色々と興味深い
一回でいろんな神様詣でられて超リーズナブル!
あと電子墓地とかもうあるそうだしそろそろ電子神社とかできそうな気がする
ジョークサイトじゃない実際の神様のやつ
あと電子墓地とかもうあるそうだしそろそろ電子神社とかできそうな気がする
ジョークサイトじゃない実際の神様のやつ
神社の中にはホームページ上で参拝できるとこもあった気がする
>>565
神社合祀の目的も名目と実態が違ったらしい
ttp://japanese.hix05.com/Minakata/minakata104.jinja.html
それにしても高尾(遊女)大明神やら助六天神やら
淫祠凡俗衆が一時の迷信から立てた淫祠小社やらこそ
この目で見たかったもんだ
神社合祀の目的も名目と実態が違ったらしい
ttp://japanese.hix05.com/Minakata/minakata104.jinja.html
それにしても高尾(遊女)大明神やら助六天神やら
淫祠凡俗衆が一時の迷信から立てた淫祠小社やらこそ
この目で見たかったもんだ
明治初期の外国人旅行者の手記をみると鎌倉八幡宮や江ノ島神社の境内にお寺や五重塔まであり、さらに男根の大きな木形が奉納されていたとか
外国のお客様は大喜びだったけど明治政府は気にしてどんどん廃止させちゃったのは残念
外国のお客様は大喜びだったけど明治政府は気にしてどんどん廃止させちゃったのは残念
◆ 其の十二(スレ12)>>698–698