太陽神の比較神話(シャマシュ・インティ・アテン・金星神格化の比較)
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アジア神話・宗教
メソポタミアのシャマシュ(正義の神としての太陽)・インカのインティ・エジプトのアテン(アクエンアテンの一神教化)の比較。金星(宵の明星・明けの明星)が世界的に神格化されやすい理由(ヴィーナス・ルシファー・明星信仰・金星が太陽から離れない軌道的特性)。日本の太陽神(アマテラス)との比較。太陽神が多くの文化で最高神クラスになりやすい理由。
◆ 其の二十五(スレ25)>>451–458
太陽龍インティ
少し語弊でした。
別に、「諏訪信仰が最近のものだ!」というつもりはなくて。
記紀神話にも出てくるのだから、奈良時代には有力神社の一つだったのは間違いないと思う。
権威付けになる程度には古くからあったのも事実だろうし。
ただ、諏訪信仰に関しては、今の信仰形態、あるいは明治に滅んだとされる信仰形態を、すぐ「これが古代以来の信仰形態だ」とつなげてしまう印象があって。
鎌倉時代に北条氏の影響下で、一度大きく再編されてる可能性を考慮すると、そう簡単に「古代から変わらない形」とはいえないかな、ってこと。
御柱にしても、鹿食免にしても。
そういう意味で、「古代以来の諏訪信仰」に一石を投じてるんじゃないかな、って。
長文失礼しました。
あと、金星の神というとトラウィスカルパンテクートリですよね。
一度、どこかのスレで、フランとキャラかぶりしてる、と話題になったのを見て名前覚えた。
別に、「諏訪信仰が最近のものだ!」というつもりはなくて。
記紀神話にも出てくるのだから、奈良時代には有力神社の一つだったのは間違いないと思う。
権威付けになる程度には古くからあったのも事実だろうし。
ただ、諏訪信仰に関しては、今の信仰形態、あるいは明治に滅んだとされる信仰形態を、すぐ「これが古代以来の信仰形態だ」とつなげてしまう印象があって。
鎌倉時代に北条氏の影響下で、一度大きく再編されてる可能性を考慮すると、そう簡単に「古代から変わらない形」とはいえないかな、ってこと。
御柱にしても、鹿食免にしても。
そういう意味で、「古代以来の諏訪信仰」に一石を投じてるんじゃないかな、って。
長文失礼しました。
あと、金星の神というとトラウィスカルパンテクートリですよね。
一度、どこかのスレで、フランとキャラかぶりしてる、と話題になったのを見て名前覚えた。
金星の神様といえばヴィーナス=ウェヌス=アプロディーテーも忘れてはいけない
一番星たる金星はまさに天上の美なのだ
一番星たる金星はまさに天上の美なのだ
>>452
なるほど、ありがとうございます
アステカだと、ケツァルコアトルも金星神とされることがあるね
メソポタミアのイナンナも金星の神だし、やっぱりかなり高位の存在として見る地域も多かったみたい
東アジアだと不吉の象徴って感じだけど
仙台市の太白区の名前の由来(太白山)は金星が落ちてきたという伝承によるものらしいが……
なるほど、ありがとうございます
アステカだと、ケツァルコアトルも金星神とされることがあるね
メソポタミアのイナンナも金星の神だし、やっぱりかなり高位の存在として見る地域も多かったみたい
東アジアだと不吉の象徴って感じだけど
仙台市の太白区の名前の由来(太白山)は金星が落ちてきたという伝承によるものらしいが……
>>443
いや、むしろ「古代以来不変の日本固有の神道」なるものは成立し得ないと思うな
神仏習合や国家神道への転換・統合など、
古代の祭神や祭祀を何の変遷も経ないまま現代に伝えているケースは皆無だ
だからこそ(内実はともかく一応は)古代の祭祀の名残を
比較的色濃く留めていることが著名な諏訪が取り沙汰されるんだろう
そして仏教がなければそもそも神道を説明することもできなかったと思う
また、明治期の神仏判然令や神仏分離令、修験道禁止令は
日本版文化大革命と揶揄されるほど大規模な文化破壊をもたらしたが、
それも史学的見地であれば古今東西よくある権力闘争の
結果の一つと捉えるのも仕方ないのかもしれないな
ただ、それは権力や権威の変遷であって信仰の変遷ではあるまい
民俗学的な見地が知りたいのであれば、こちらの神社の説明が
(もし部分的に飛ばし読みしたのなら過激に映るだろうが)
なかなか巧く噛み砕いて説明されてると思う
(ちなみに一応はお空やこころ関連の“聖地”ってことになるんだろうか)
ttp://imakumanojinja.or.jp/sintoukouza.html
(第2・3回〜)
自分も地方の古い神社で直接神職から聞いたその地方独自の古い逸話やその話しぶりと
神社本庁の謳う「神道」との間に乖離や矛盾を感じてたんだが、
この説明でそれなりに納得がいったよ
いや、むしろ「古代以来不変の日本固有の神道」なるものは成立し得ないと思うな
神仏習合や国家神道への転換・統合など、
古代の祭神や祭祀を何の変遷も経ないまま現代に伝えているケースは皆無だ
だからこそ(内実はともかく一応は)古代の祭祀の名残を
比較的色濃く留めていることが著名な諏訪が取り沙汰されるんだろう
そして仏教がなければそもそも神道を説明することもできなかったと思う
また、明治期の神仏判然令や神仏分離令、修験道禁止令は
日本版文化大革命と揶揄されるほど大規模な文化破壊をもたらしたが、
それも史学的見地であれば古今東西よくある権力闘争の
結果の一つと捉えるのも仕方ないのかもしれないな
ただ、それは権力や権威の変遷であって信仰の変遷ではあるまい
民俗学的な見地が知りたいのであれば、こちらの神社の説明が
(もし部分的に飛ばし読みしたのなら過激に映るだろうが)
なかなか巧く噛み砕いて説明されてると思う
(ちなみに一応はお空やこころ関連の“聖地”ってことになるんだろうか)
ttp://imakumanojinja.or.jp/sintoukouza.html
(第2・3回〜)
自分も地方の古い神社で直接神職から聞いたその地方独自の古い逸話やその話しぶりと
神社本庁の謳う「神道」との間に乖離や矛盾を感じてたんだが、
この説明でそれなりに納得がいったよ
こころに関して言えば秦河勝も神様になったっけな。元祟り神の大荒大明神
伝説だの俗説だのの上に近代に入ってからの景教徒説だの日ユ同祖論だのまでついてきて
河勝は調べれば調べるほど面白くてややこしい
>>454
あんま関係ないけど西遊記の太白金星は親切なじいさんだった思い出
伝説だの俗説だのの上に近代に入ってからの景教徒説だの日ユ同祖論だのまでついてきて
河勝は調べれば調べるほど面白くてややこしい
>>454
あんま関係ないけど西遊記の太白金星は親切なじいさんだった思い出
神主も「秦河勝=宿神(翁)=シャグジ」とか言われているの知ってんのかなぁ?
なんとなく「精霊の王」とか読んでいるような気がするけども
なんとなく「精霊の王」とか読んでいるような気がするけども
東方における河勝と太子の関係はどうなってんだろね?
史書や伝承だとふたりとも仏教徒で仲良しな感じだけど、東方だと太子は道教徒だし
史書や伝承だとふたりとも仏教徒で仲良しな感じだけど、東方だと太子は道教徒だし