琉球人とアイヌ人は今でもいるし別に沈黙なんてしてないけどな。
単にあんまり知られて無いだけで実際にはかなり多くの問題を抱えてる。
アイヌ文化と民族アイデンティティ問題
比較宗教・哲学 › 民間信仰・民俗
アイヌ民族の文化・信仰体系(カムイ概念・ユカラ・イオマンテ熊送り)の概要。和人との同化政策の歴史と近代的アイデンティティ政治の複雑さ。「アイヌ語」の記録と消滅危機。北海道の縄文文化との関係と本土日本との文化的差異。
◆ 其の二十一(スレ21)>>786–826
琉球の事は知らないが
正直なところ札幌や函館などの都市部では「アイヌなんて本当にいるの?」ってレベルだわ
少なくとも一般的にアイヌと聞いて想像するようなもの(ナコルルっぽい何か)は博物館とみやげ物屋にしかないし
そのみやげ物屋も和人が経営してたりするし
アイヌ語は趣味でやるものでいわゆるアイヌ的な生活をしている人なんてどこにもいない
とはいえ>>786も言うように、実際は就職率や進学率にかなり露骨な差があるらしいし
和人とアイヌの区別がつかないのがいいことなのか悪いことなのかは俺には分からん
つきつめていくと北海道をアイヌに返せなんてことにもなりかねんしな
正直なところ札幌や函館などの都市部では「アイヌなんて本当にいるの?」ってレベルだわ
少なくとも一般的にアイヌと聞いて想像するようなもの(ナコルルっぽい何か)は博物館とみやげ物屋にしかないし
そのみやげ物屋も和人が経営してたりするし
アイヌ語は趣味でやるものでいわゆるアイヌ的な生活をしている人なんてどこにもいない
とはいえ>>786も言うように、実際は就職率や進学率にかなり露骨な差があるらしいし
和人とアイヌの区別がつかないのがいいことなのか悪いことなのかは俺には分からん
つきつめていくと北海道をアイヌに返せなんてことにもなりかねんしな
琉球もアイヌも優れた学者を輩出して文献として後世に残せたのはせめてもの救いか
(琉球の伊波普猷やアイヌの知里真志保など)
(琉球の伊波普猷やアイヌの知里真志保など)
ある意味では差別や軋轢も必要なのかもね
何でも受け入れて一緒くたにして平等になってしまうと、受け入れられてしまった側のアイデンティティは消えてしまうんじゃなかろうか
理想はアイデンティティの消失がなく、問題も起きないちょうどいいバランスになることなんだけど
文化や民族が完全に対等になることがありえない以上どうしても受け入れる側と受け入れられる側ができてしまう
何でも受け入れて一緒くたにして平等になってしまうと、受け入れられてしまった側のアイデンティティは消えてしまうんじゃなかろうか
理想はアイデンティティの消失がなく、問題も起きないちょうどいいバランスになることなんだけど
文化や民族が完全に対等になることがありえない以上どうしても受け入れる側と受け入れられる側ができてしまう
中華街なんかはとけこまないことで文化のアイデンティティを維持してんだろうな
さすがの中国人もインドだとそれも難しいらしいが
ユダヤ人なんかもかな
まああれは他にも同じような文化で生きてる人が外部にあることによっても支えられてるから
他がない追いやられた民族は天然記念物的に意図的に保護しないかぎり途絶えるし
保護しても日本におけるトキの生態みたいに本来の姿からかけはなれえた不自然なものにしかならんのだろうけど
さすがの中国人もインドだとそれも難しいらしいが
ユダヤ人なんかもかな
まああれは他にも同じような文化で生きてる人が外部にあることによっても支えられてるから
他がない追いやられた民族は天然記念物的に意図的に保護しないかぎり途絶えるし
保護しても日本におけるトキの生態みたいに本来の姿からかけはなれえた不自然なものにしかならんのだろうけど
北海道民やってる身だが
>つきつめていくと北海道をアイヌに返せなんてことにもなりかねんしな
この文章に何というか、ぞっとした
完全に征服に成功した植民地の宗主国が抱いてる感覚というのは要するにそういうことなんだよな
>つきつめていくと北海道をアイヌに返せなんてことにもなりかねんしな
この文章に何というか、ぞっとした
完全に征服に成功した植民地の宗主国が抱いてる感覚というのは要するにそういうことなんだよな
推定総数がアイヌの場合2,3万人でその内北海道にいるのは確か2000人程度。
今でも自治領と賠償の要求はしてるしアイヌ人であるって言うアイデンティティーは持ってるらしい。
いないことにしておきたい国とそもそも無関心・無知な国民と言う素敵な組み合わせの結果が、
同化したとかその手の意見に繋がってるんだろう。
今でも自治領と賠償の要求はしてるしアイヌ人であるって言うアイデンティティーは持ってるらしい。
いないことにしておきたい国とそもそも無関心・無知な国民と言う素敵な組み合わせの結果が、
同化したとかその手の意見に繋がってるんだろう。
北海道内の過疎ぶりをみると大和人でもこの地の征服は難しかったのか?と思えてくる。
しかし妖怪達は幻想郷に篭り復権を目指さなかった…と。自力で自治領を獲得したともいえるか
民族自決の発想って日本生まれじゃないし、西洋的な型枠のまま日本に適用するとどこか変な気がする
民族自決の発想って日本生まれじゃないし、西洋的な型枠のまま日本に適用するとどこか変な気がする
米作が出来ないというのは日本では致命的だったから
松前藩など米作が不可能だったから、豊富な交易品と引き換えに、
幕府から1万石相当の格式を認めてもらったほど米に執着している
いまでこそ食味が向上し銘柄米も出来ているが、
かって北海道米といえば低品位米と決めつけられていた
元来が南方系の植物だけに栽培北限を上げて行くのは大変だったろう
参考までに日本の旭川以北に相当する満州の開拓地で、
米作が始められたのはかなり遅く日中〜太平洋戦争の時期だったという
東北や北海道で培った日本の米作技術と、現地の気候風土を知り尽くした
現地人との合作、米作以前はコーリャン(モロコシ)が主食だった
松前藩など米作が不可能だったから、豊富な交易品と引き換えに、
幕府から1万石相当の格式を認めてもらったほど米に執着している
いまでこそ食味が向上し銘柄米も出来ているが、
かって北海道米といえば低品位米と決めつけられていた
元来が南方系の植物だけに栽培北限を上げて行くのは大変だったろう
参考までに日本の旭川以北に相当する満州の開拓地で、
米作が始められたのはかなり遅く日中〜太平洋戦争の時期だったという
東北や北海道で培った日本の米作技術と、現地の気候風土を知り尽くした
現地人との合作、米作以前はコーリャン(モロコシ)が主食だった
>787
たしか子供の頃、ずいぶん小さかった時分なんでうろ覚えだけど、
学習漫画か何かで「あ、犬だ…あ、いぬ…アイヌ…そうだ、次は北海道に行ってみよう」
みたいなセリフが有って、
無知無神経にも程があるとアイヌの人達の団体から猛抗議されて、
出版社が謝罪みたいな騒動があったのを憶えてる。
当時抗議した人達には実際に子供の頃、
そういう風にイジメたりとかいう実態が有ったらしいが今はどうなんだろうね?
アイヌ民族運動って色々アレな人達に乗っかられて捻じ曲げられてきたんで、
色々とややこしいんだよな。
今更民族差別もないもんで、もし現在でも就職時なんかで引っ掛かってるとしたら、
ルーツそのものでなくそういった経緯で二次的に差別を生んでた側面は有ったと思う。
まぁこういうのは卵が先か鶏が先かのような議論になるんだろうが。
たしか子供の頃、ずいぶん小さかった時分なんでうろ覚えだけど、
学習漫画か何かで「あ、犬だ…あ、いぬ…アイヌ…そうだ、次は北海道に行ってみよう」
みたいなセリフが有って、
無知無神経にも程があるとアイヌの人達の団体から猛抗議されて、
出版社が謝罪みたいな騒動があったのを憶えてる。
当時抗議した人達には実際に子供の頃、
そういう風にイジメたりとかいう実態が有ったらしいが今はどうなんだろうね?
アイヌ民族運動って色々アレな人達に乗っかられて捻じ曲げられてきたんで、
色々とややこしいんだよな。
今更民族差別もないもんで、もし現在でも就職時なんかで引っ掛かってるとしたら、
ルーツそのものでなくそういった経緯で二次的に差別を生んでた側面は有ったと思う。
まぁこういうのは卵が先か鶏が先かのような議論になるんだろうが。
関西に住んでるけどアイヌとか琉球って言われても全然ピンとこない
同じ日本国内にそういう民俗があるんだって考えてもイメージ湧かないわ…
身の回りにそういう人がいなかったら本当に分からない位に同化しちゃってるんだろうねえ
同じ日本国内にそういう民俗があるんだって考えてもイメージ湧かないわ…
身の回りにそういう人がいなかったら本当に分からない位に同化しちゃってるんだろうねえ
琉球人ってのも微妙に違うんだよな
本島と先島の間でもアイデンティティの違いがある
本島のメディアがあからさまに中国よりな報道するのに対して、
石垣島や八重山が反中の態度をとるのは、中国の脅威がより身近にあるというだけの差ではない
本島と先島の間でもアイデンティティの違いがある
本島のメディアがあからさまに中国よりな報道するのに対して、
石垣島や八重山が反中の態度をとるのは、中国の脅威がより身近にあるというだけの差ではない
沖縄のメディアは琉球民がどうの以前にちょっと歪み過ぎだよ
あれでは問題を悪化させても解決や融和には向かわない。
そうする気もないんだろうが。
あれでは問題を悪化させても解決や融和には向かわない。
そうする気もないんだろうが。
解決や融和はつまらないらしい争ってたり競ってたり
憎みあったり詰り合ってたほうが面白いし商売になる
関西だとアイヌや琉球より部落の方が身近だったから
色々あったらしいけどだいぶ風化しちゃったからなぁ
憎みあったり詰り合ってたほうが面白いし商売になる
関西だとアイヌや琉球より部落の方が身近だったから
色々あったらしいけどだいぶ風化しちゃったからなぁ
風化したというより潜在化してるだけで、
何かあると直ぐに顕在化するような状態になってるだけだろう。
ダム工事何かをきっかけに再度問題が顕在化した例が普通にあるし。
何かあると直ぐに顕在化するような状態になってるだけだろう。
ダム工事何かをきっかけに再度問題が顕在化した例が普通にあるし。
真面目なお話し、近年の遺伝子調査ではアイヌの人たちは異民族などではなく、
農耕を主としたくても、気候条件から出来なかった祖先の生活習慣や伝統様式を良く留めている、
バイカル湖〜シベリアやや沿海州、樺太経由の原日本人らしいけれど
そのアイヌを祖先とする北方系が本州東日本まで南下し、やがて南方や大陸系の人々と接し、混血し、
狩猟採取から農耕へと生き方を変え(クリやドングリ栽培からイネに変えたのは早ければ縄文後期ごろ、
縄文には稲作が無かったとの説は、今では考古学的実証により否定されている)
やがていくつかのミトコンドリアパターンを持つ今の日本人が生まれて来たとの仮説がある
ミトコンドリア以外でも似た様な結果が出ているが、
遺伝子の継承しやすさの差異があるから、詳細な研究はこれからも続けなくてはいけないそうだ
農耕を主としたくても、気候条件から出来なかった祖先の生活習慣や伝統様式を良く留めている、
バイカル湖〜シベリアやや沿海州、樺太経由の原日本人らしいけれど
そのアイヌを祖先とする北方系が本州東日本まで南下し、やがて南方や大陸系の人々と接し、混血し、
狩猟採取から農耕へと生き方を変え(クリやドングリ栽培からイネに変えたのは早ければ縄文後期ごろ、
縄文には稲作が無かったとの説は、今では考古学的実証により否定されている)
やがていくつかのミトコンドリアパターンを持つ今の日本人が生まれて来たとの仮説がある
ミトコンドリア以外でも似た様な結果が出ているが、
遺伝子の継承しやすさの差異があるから、詳細な研究はこれからも続けなくてはいけないそうだ
>>802
Y染色体を見る限り、アイヌと現代日本人(沖縄人も含む)のベースとなった縄文人の遺伝子はちょっと違う
といっても共通の祖先が日本列島に渡来してから最初の分岐があった後、混血してないってだけの話だが
縄文土器も人骨も地方色があるし、
縄文時代から土器の装飾が西日本はあっさり、東日本はこってりなのは面白い
Y染色体を見る限り、アイヌと現代日本人(沖縄人も含む)のベースとなった縄文人の遺伝子はちょっと違う
といっても共通の祖先が日本列島に渡来してから最初の分岐があった後、混血してないってだけの話だが
縄文土器も人骨も地方色があるし、
縄文時代から土器の装飾が西日本はあっさり、東日本はこってりなのは面白い
沖縄料理店はよく見かけるが、アイヌ料理店は見たことがないな
北海道をくまなく探せば見つかるのかもしれないが
北海道をくまなく探せば見つかるのかもしれないが
>>805
らしいね、遺伝子的な解析と考古学的な発掘結果とをクロスさせていくと、
もっと色々と分かって来るかもしれない、ろくに街道も海路もなかったであろう時代、
各地域がいったいどう交わっていたのかは興味深い
>>806
有名な料理では凍ったお刺身ルイベ(ルイペ)があるな
アイヌネギことギョウジャニンニクも、今は栽培もされていてけっこういける
エシャロットやノビルの仲間だが味も似ている
山菜を重用するのがアイヌの人々らしいけれど、理解できないのはシケレペキナ(ヒメザゼンソウ)料理、
ミズバショウやザゼンソウなどと同様、サトイモ科だが、毒草と報告された例もある
かっては本州の一部地域でも食されたというが、エゴナ(えぐい菜)などと呼ばれ、最新の山菜図鑑などからは、
危険として除外されている(サトイモ科には毒なものが少なくないし)
かって山菜として利用された植物には青酸配糖体(ニワトコなど)や、心臓毒(ガガイモ、イケマなど)を含むものもあり、
調理法や摂取量によっては危険らしい
らしいね、遺伝子的な解析と考古学的な発掘結果とをクロスさせていくと、
もっと色々と分かって来るかもしれない、ろくに街道も海路もなかったであろう時代、
各地域がいったいどう交わっていたのかは興味深い
>>806
有名な料理では凍ったお刺身ルイベ(ルイペ)があるな
アイヌネギことギョウジャニンニクも、今は栽培もされていてけっこういける
エシャロットやノビルの仲間だが味も似ている
山菜を重用するのがアイヌの人々らしいけれど、理解できないのはシケレペキナ(ヒメザゼンソウ)料理、
ミズバショウやザゼンソウなどと同様、サトイモ科だが、毒草と報告された例もある
かっては本州の一部地域でも食されたというが、エゴナ(えぐい菜)などと呼ばれ、最新の山菜図鑑などからは、
危険として除外されている(サトイモ科には毒なものが少なくないし)
かって山菜として利用された植物には青酸配糖体(ニワトコなど)や、心臓毒(ガガイモ、イケマなど)を含むものもあり、
調理法や摂取量によっては危険らしい
イケマはアイヌの人々の儀式や狩猟などにも使われたとされるよ
毒成分の濃い根っこの部分を掘り起こし、呪術ほかに用いたそうだ
>>809
渓流釣りや山歩きなんかは、山菜の種類や取り方のルールを覚えておくとより楽しいから
「タラの芽はせいぜい2番芽まで」「周囲の草が、山菜を囲むように結ばれていたら、
これはもうすでに確保されていますよという合図」などなど、古くから東北の農民、
マタギなどに伝えられてきた、資源を根だやしにしないためのしきたりもあるという
毒成分の濃い根っこの部分を掘り起こし、呪術ほかに用いたそうだ
>>809
渓流釣りや山歩きなんかは、山菜の種類や取り方のルールを覚えておくとより楽しいから
「タラの芽はせいぜい2番芽まで」「周囲の草が、山菜を囲むように結ばれていたら、
これはもうすでに確保されていますよという合図」などなど、古くから東北の農民、
マタギなどに伝えられてきた、資源を根だやしにしないためのしきたりもあるという
北海道旧土人保護法ってのがあった気がする
無理やり国のために畑作らして・・・
アイヌ人って昔からかわいそう
まあ、そのころの日本政府が悪いんだが
無理やり国のために畑作らして・・・
アイヌ人って昔からかわいそう
まあ、そのころの日本政府が悪いんだが
歴史を現代の価値観で裁こうなんておこがましいとは思わんかね
アイヌ紋様の美しさ、刀の鞘や食器に彫りこまれた彫刻の造型美をみるとこの人たちのセンスの高さをうかがえるね。
これが失われるとしたら日本にとって大変な損失と思う。
これが失われるとしたら日本にとって大変な損失と思う。
文化が失われるのは惜しいけど、受け継ぐ土台となる人間がほとんどいない現状ではな…
現代でアイヌの伝統的生活を営めるか?となるとかなり厳しいものがあるから
だからって生活と乖離した、表面だけなぞったものを文化といえるのか?形骸化したものを守れるのか?という疑問が
現代でアイヌの伝統的生活を営めるか?となるとかなり厳しいものがあるから
だからって生活と乖離した、表面だけなぞったものを文化といえるのか?形骸化したものを守れるのか?という疑問が
>>814、815
当時の政府がと言うより今も大して認識変わって無いが正解だろう。
新しく出来た法律も北海道以外にアイヌ人が多数いるという実体を無視したような内容だし。
それに1997年まであった法律を過去の物扱いはどうかと思うけど。
当時の政府がと言うより今も大して認識変わって無いが正解だろう。
新しく出来た法律も北海道以外にアイヌ人が多数いるという実体を無視したような内容だし。
それに1997年まであった法律を過去の物扱いはどうかと思うけど。
狭義の文化は正直博物館の中にしか残らないんじゃないかな。
よほど気合(や金)を入れてやらない限り。
そうなると殆ど宗教的な物だけどw
それはアイヌとか琉球の文化に限ったことじゃなくて、
白川郷のような世界遺産の制限とか。
広義の文化でいえば、県民性とかも広義では文化だよな。
江戸の人国記とかまさしく文化風土の違いだし。
琉球とかアイヌとか厳密には日本扱いではないから民族運動に差が出るけど、
本質的には大きな違いはないよなと思う。
よほど気合(や金)を入れてやらない限り。
そうなると殆ど宗教的な物だけどw
それはアイヌとか琉球の文化に限ったことじゃなくて、
白川郷のような世界遺産の制限とか。
広義の文化でいえば、県民性とかも広義では文化だよな。
江戸の人国記とかまさしく文化風土の違いだし。
琉球とかアイヌとか厳密には日本扱いではないから民族運動に差が出るけど、
本質的には大きな違いはないよなと思う。
アーミッシュみたいな閉鎖社会を作らない限り、便利な方に流れて行くからなぁ
特別なことをしない日常生活の中で伝統も守れるのが一番良いんだろうけど
難しいね
特別なことをしない日常生活の中で伝統も守れるのが一番良いんだろうけど
難しいね
アイヌ文化を守るのはアイヌ人自身の問題で、彼らの判断に任せて
必要があるときだけ国や北海道が補助すればいい
一方、俺らも自分の住む土地の文化をきちんと継承しないとね
地元の神社仏閣に寄進して名前を刻んでもらうと
土地に対する愛着も想像以上に強くなるもんだよ
必要があるときだけ国や北海道が補助すればいい
一方、俺らも自分の住む土地の文化をきちんと継承しないとね
地元の神社仏閣に寄進して名前を刻んでもらうと
土地に対する愛着も想像以上に強くなるもんだよ
◆ 其の二十五(スレ25)>>646–672
既に他の皆さんがご指摘の通り、いわゆる「アイヌ語」のネイティヴスピーカーは、現存していないかと思います
あまりにも彼らを軽んじてきた時間が長すぎたためです
明治以降の無思慮な「蝦夷地開拓」により、彼らは住処を追われ、蔑視され、搾取され続けました
(これは決して近代以降に始まったことでなく、近世以前から「中央」がやってたことの拡大延長政策なんですが)
でもって、明治以来、日本国家はずっと彼らを個別の「民族」として認めない立場をとり続けました
なんでかって、「万世一系」の統一国家を気取るうえで、大変都合が悪いからです
「神洲」には「大和民族」以外の人間がいちゃいけないからです
元々、現・北海道は「日本」の埒の外だったのに(「蝦夷地」なんて呼び方自体がその証左です)
厚顔にも、近代以降の日本国家は、かの地がまるで上古から「大和民族」の占める領土であったかのように振る舞い
かの人々が神話以来常に従順だった「化外」の皇民であるかのように装い
それを国際的にも認めさせました
彼らは、現在の史学では続縄文文化とかいわれる、稲作を基調とした文明化路線とは明らかに一線を画する、独自の文化を有した人々です
当然、独自の言語を有し、独自の言語・思想世界を有していました
言語学上、我々の話している言語との近親性はあるにしても
少なくとも、スペイン語とポルトガル語の関係くらいには隔絶した言語体系を有していたんです
(これは、琉球にしても同じことです)
エスニシティの概念が発祥した西欧的基準からしたら、どうみても「大和民族」とは別物のエスニックグループです
このことを我が国が認めたのは、実に21世紀に入ってからでした
遅きに失した「民族認定」です
我々は、同じ列島に生き、違う文化を生きる人々の、価値ある文化資産を、永久に失いました
この国の近代アカデミズムの中で、いわゆる「アイヌ語」の研究に先鞭をつけたのは、岩手県出身の金田一京助という学者です
(この人の孫や曾孫は、よくテレビのクイズ番組で見かけますねw)
帝大教授にまでなった彼が、何をもって「アイヌ語」を研究対象としたのかについては
浅学のため断言することはできません
ただ、彼が生まれ育った東北の地に、「アイヌ語」との共通性を持つ多くの語彙が生きていたこととの影響は、無視できないことと思います
東北、特に北東北には、「アイヌ語」由来の地名というのが方々に散見されます
私はなまはげの国の民なので、当県の例も一端を挙げますが
毛馬内、西馬音内、生保内、これらの現在も残る地名の語源は「アイヌ語」にあります
あと、私んとこなんかでは、長靴のことを「長ケリ」っていったりするんですが、「ケリ」っていうのは「アイヌ語」でまさしく「靴」を指します
他人じゃないんですよね、彼らは。言語どころか血のレベルでの結びつきってきっとあるんです
東北人は「蝦夷地開拓」の尖兵ともなりましたが、同時にこの列島上で最も彼らに「同情」を寄せられる親戚筋でもあります
私は小4・6の時に北海道を旅行し、観光地化されたいわゆる「アイヌコタン」を訪れています
当時の私には、残念ながらそこで『ピリカピリカ』を歌い踊る人々の歴史的来歴など及ぶべくもないことでしたが
大人になってそれなりに学問を積んで、その時の記憶を振り返るに、一個の誇り高い「民族」が観光の余興として自らの言語文化を切り売りせざるを得ない社会状況と、それを招いた当方の歴史的「罪悪」に愕然とせざるを得ませんでした
少なくとも私個人の血管には、彼らと同じ祖先の血が幾許かは流れているでしょう
言語的にも、彼らと同じ文化的土壌に根差す表現が幾許かは私の心の中に生きています
でも、大元たる「アイヌ民族」と「アイヌ語」は、たぶんレッドデータの隅っこで消えかかっています
このことを思うときに、私にはそれを表現すべき妥当な「日本語」の語彙がなかなか思い浮かびません
敢えていうなら、我々は、しょししゅびしらね国民だと思います
かつてわが国には、わが国は単一民族国家である、と述べた首相がいました
彼はそれなりに社会的な訴追を受けたようですが、こういう意識を無自覚に抱いている我々一般国民は、そのことを理由に社会的責任を問われることはありません
そもそも一個の国家が公的に戴く「見解」というのは、時々の政治潮流に応じ、融通無碍に千変万化するものですが
我々個々の意識の変化というのは、なにかしらドラスティックな社会変動でもない限り、容易に変わるものではありません
そして、我々個々の意識が変わらない限り、文化の根本における差異あるいは軽蔑の感情というのは
たとえ、それがどんなにポリティカリーコレクトな装いを施されたところで
絶えないものだと思います
あまりにも彼らを軽んじてきた時間が長すぎたためです
明治以降の無思慮な「蝦夷地開拓」により、彼らは住処を追われ、蔑視され、搾取され続けました
(これは決して近代以降に始まったことでなく、近世以前から「中央」がやってたことの拡大延長政策なんですが)
でもって、明治以来、日本国家はずっと彼らを個別の「民族」として認めない立場をとり続けました
なんでかって、「万世一系」の統一国家を気取るうえで、大変都合が悪いからです
「神洲」には「大和民族」以外の人間がいちゃいけないからです
元々、現・北海道は「日本」の埒の外だったのに(「蝦夷地」なんて呼び方自体がその証左です)
厚顔にも、近代以降の日本国家は、かの地がまるで上古から「大和民族」の占める領土であったかのように振る舞い
かの人々が神話以来常に従順だった「化外」の皇民であるかのように装い
それを国際的にも認めさせました
彼らは、現在の史学では続縄文文化とかいわれる、稲作を基調とした文明化路線とは明らかに一線を画する、独自の文化を有した人々です
当然、独自の言語を有し、独自の言語・思想世界を有していました
言語学上、我々の話している言語との近親性はあるにしても
少なくとも、スペイン語とポルトガル語の関係くらいには隔絶した言語体系を有していたんです
(これは、琉球にしても同じことです)
エスニシティの概念が発祥した西欧的基準からしたら、どうみても「大和民族」とは別物のエスニックグループです
このことを我が国が認めたのは、実に21世紀に入ってからでした
遅きに失した「民族認定」です
我々は、同じ列島に生き、違う文化を生きる人々の、価値ある文化資産を、永久に失いました
この国の近代アカデミズムの中で、いわゆる「アイヌ語」の研究に先鞭をつけたのは、岩手県出身の金田一京助という学者です
(この人の孫や曾孫は、よくテレビのクイズ番組で見かけますねw)
帝大教授にまでなった彼が、何をもって「アイヌ語」を研究対象としたのかについては
浅学のため断言することはできません
ただ、彼が生まれ育った東北の地に、「アイヌ語」との共通性を持つ多くの語彙が生きていたこととの影響は、無視できないことと思います
東北、特に北東北には、「アイヌ語」由来の地名というのが方々に散見されます
私はなまはげの国の民なので、当県の例も一端を挙げますが
毛馬内、西馬音内、生保内、これらの現在も残る地名の語源は「アイヌ語」にあります
あと、私んとこなんかでは、長靴のことを「長ケリ」っていったりするんですが、「ケリ」っていうのは「アイヌ語」でまさしく「靴」を指します
他人じゃないんですよね、彼らは。言語どころか血のレベルでの結びつきってきっとあるんです
東北人は「蝦夷地開拓」の尖兵ともなりましたが、同時にこの列島上で最も彼らに「同情」を寄せられる親戚筋でもあります
私は小4・6の時に北海道を旅行し、観光地化されたいわゆる「アイヌコタン」を訪れています
当時の私には、残念ながらそこで『ピリカピリカ』を歌い踊る人々の歴史的来歴など及ぶべくもないことでしたが
大人になってそれなりに学問を積んで、その時の記憶を振り返るに、一個の誇り高い「民族」が観光の余興として自らの言語文化を切り売りせざるを得ない社会状況と、それを招いた当方の歴史的「罪悪」に愕然とせざるを得ませんでした
少なくとも私個人の血管には、彼らと同じ祖先の血が幾許かは流れているでしょう
言語的にも、彼らと同じ文化的土壌に根差す表現が幾許かは私の心の中に生きています
でも、大元たる「アイヌ民族」と「アイヌ語」は、たぶんレッドデータの隅っこで消えかかっています
このことを思うときに、私にはそれを表現すべき妥当な「日本語」の語彙がなかなか思い浮かびません
敢えていうなら、我々は、しょししゅびしらね国民だと思います
かつてわが国には、わが国は単一民族国家である、と述べた首相がいました
彼はそれなりに社会的な訴追を受けたようですが、こういう意識を無自覚に抱いている我々一般国民は、そのことを理由に社会的責任を問われることはありません
そもそも一個の国家が公的に戴く「見解」というのは、時々の政治潮流に応じ、融通無碍に千変万化するものですが
我々個々の意識の変化というのは、なにかしらドラスティックな社会変動でもない限り、容易に変わるものではありません
そして、我々個々の意識が変わらない限り、文化の根本における差異あるいは軽蔑の感情というのは
たとえ、それがどんなにポリティカリーコレクトな装いを施されたところで
絶えないものだと思います
日本国は、遅きにしろ、公的に「アイヌ民族」を認めました
我々はどうでしょうか?
っていうのを他所で書いたんだ
具体的にいうと、ヤフーの知恵袋的なんか
……間違ってないよね?
我々はどうでしょうか?
っていうのを他所で書いたんだ
具体的にいうと、ヤフーの知恵袋的なんか
……間違ってないよね?
しかし失われた言語は取り返しがつかないね。
北海道のラジオでアイヌ語講座をやっているけどはたしてどのくらい効果があるやら。
かろうじて話せるご老人がいる今、アイヌ学校の設立が急がれると思うが…(NPOで既に取り組んでいるところもあると聞く)
北海道のラジオでアイヌ語講座をやっているけどはたしてどのくらい効果があるやら。
かろうじて話せるご老人がいる今、アイヌ学校の設立が急がれると思うが…(NPOで既に取り組んでいるところもあると聞く)
アイルランドの母国語であるゲール語も今では一部地域の年寄りしか話せないそうだ
義務教育の中で教えられてはいるが、プライベートで使う家庭なんてのはもうほとんど残っておらず、
街中では普通に英語が飛び交い、ゲール語を話せばむしろ奇異の目で見られる始末と言う
義務教育の中で教えられてはいるが、プライベートで使う家庭なんてのはもうほとんど残っておらず、
街中では普通に英語が飛び交い、ゲール語を話せばむしろ奇異の目で見られる始末と言う
アイルランドとかスコットランドとか満州族とか言語同化は進んでも民族同化はしてないらしいが
アイヌはどうなるかな
アイヌはどうなるかな
学術的・感情的な面を排除して、経済的・社会的側面だけで言えば、
そもそも失われつつある言語を残す必要があるのか、って話になるからな。
つうか、必然性が有れば残そうとしなくても残るって話で、
敢えて残すならそれなりの金が必要。
まぁ失われつつあるのはアイヌ言語に限った事じゃないけど。
今後人口減少時代を迎えた後は、
日本全国(除く東京圏)の文化の保全が問題になってくるやろね。
集落全体が消えるという所が出て来るので、
方言・慣習・祭祀・民芸などの文化全体(というか生活)が消える。
それにどこまで金を掛けられるか。
そもそも失われつつある言語を残す必要があるのか、って話になるからな。
つうか、必然性が有れば残そうとしなくても残るって話で、
敢えて残すならそれなりの金が必要。
まぁ失われつつあるのはアイヌ言語に限った事じゃないけど。
今後人口減少時代を迎えた後は、
日本全国(除く東京圏)の文化の保全が問題になってくるやろね。
集落全体が消えるという所が出て来るので、
方言・慣習・祭祀・民芸などの文化全体(というか生活)が消える。
それにどこまで金を掛けられるか。
近くの山に廃村があるけど 今でも元住人が村の鎮守の掃除に決まった日に行くそうだ
それでもいつか失われるし記憶も薄れていくだろうな
しかしそれでも鎮守が残っただけまだ恵まれてる方なんだろうな
たとえ由来の分からない「謎の鎮守」と化したとしても痕跡が残ってるだげまだ救われる
それでもいつか失われるし記憶も薄れていくだろうな
しかしそれでも鎮守が残っただけまだ恵まれてる方なんだろうな
たとえ由来の分からない「謎の鎮守」と化したとしても痕跡が残ってるだげまだ救われる
(この流れは私がアイヌ語の話を始めたせいか……?)
しかし彼の長文、論旨云々は別としても、言語に関する知識はかなりいい加減なようだ。
いい加減な知識をイデオロギーに利用されたくないのでツッコミを入れたいが、
しかしツッコむとまた暴れ出しそうだし、さてどうしたものか……。
話は変わって、
消滅危機言語の教育というのは口で言うと簡単そうなんだが、
実際にやるためにはまず統一言語を定め、無文字言語なら正書法も定める必要がある。
統一言語には最も話者数の多い方言がほぼそのまま利用されることが多いが、
これはすなわち少数方言を廃するということにつながりかねず、多様性も失われることになりかねない。
もちろん少数方言話者からの反発は免れない。
あるいは統一バスク語のように人工的な標準語を構築するという手もあるが、
やはりこういうのはあくまで人工物であり、母語話者は一人もいないことになるため、
生きた言語としてはなかなか用いられない。
例によって統一バスク語はイデオロギーと結び付いてしまったし……。
それから近代以降の外国語の影響、例えば英語からの借用語などの扱いをどうするのか、という問題もある。
近代語彙として他言語由来の語彙がそのまま広く用いられている場合、
無理矢理これらを現地語に訳しても人工的な響きが消えず、定着は難しい。
老年層と若年層の間に何らかの音韻変化がある場合にも、どちらを採用するかという問題がついてまわる。
英語からの統語法への影響や大量の借用語、強烈な英語訛りの発音さえもそのままにしたからこそ、
ハワイ語は成功したのかもしれないが、同じことがアイヌ語にも適用できるとは限らない。
全く別の話題としてエイヌ語(アイヌ語ではない)と幻想郷の言語事情を絡めて語ろうかとも思ったが、
今の流れだと微妙に荒れそうな内容を含むので、しばらくは様子見だな……。
しかし彼の長文、論旨云々は別としても、言語に関する知識はかなりいい加減なようだ。
いい加減な知識をイデオロギーに利用されたくないのでツッコミを入れたいが、
しかしツッコむとまた暴れ出しそうだし、さてどうしたものか……。
話は変わって、
消滅危機言語の教育というのは口で言うと簡単そうなんだが、
実際にやるためにはまず統一言語を定め、無文字言語なら正書法も定める必要がある。
統一言語には最も話者数の多い方言がほぼそのまま利用されることが多いが、
これはすなわち少数方言を廃するということにつながりかねず、多様性も失われることになりかねない。
もちろん少数方言話者からの反発は免れない。
あるいは統一バスク語のように人工的な標準語を構築するという手もあるが、
やはりこういうのはあくまで人工物であり、母語話者は一人もいないことになるため、
生きた言語としてはなかなか用いられない。
例によって統一バスク語はイデオロギーと結び付いてしまったし……。
それから近代以降の外国語の影響、例えば英語からの借用語などの扱いをどうするのか、という問題もある。
近代語彙として他言語由来の語彙がそのまま広く用いられている場合、
無理矢理これらを現地語に訳しても人工的な響きが消えず、定着は難しい。
老年層と若年層の間に何らかの音韻変化がある場合にも、どちらを採用するかという問題がついてまわる。
英語からの統語法への影響や大量の借用語、強烈な英語訛りの発音さえもそのままにしたからこそ、
ハワイ語は成功したのかもしれないが、同じことがアイヌ語にも適用できるとは限らない。
全く別の話題としてエイヌ語(アイヌ語ではない)と幻想郷の言語事情を絡めて語ろうかとも思ったが、
今の流れだと微妙に荒れそうな内容を含むので、しばらくは様子見だな……。
「アイヌの文化は尊重すべきか」と聞けば大体の人は「尊重すべきだ」と言うだろうし
「アイヌ語は保全すべきか」と聞けば同様に「保全すべきだ」と言うだろうけど
「じゃあそのために年○億かけます、永久に」と言われればエーッってなるよな
俺もなる
どこの自治体もカネ無いしな
まぁ有形無形を問わず文化財の扱いなんてそんなもんだよな……
「アイヌ語は保全すべきか」と聞けば同様に「保全すべきだ」と言うだろうけど
「じゃあそのために年○億かけます、永久に」と言われればエーッってなるよな
俺もなる
どこの自治体もカネ無いしな
まぁ有形無形を問わず文化財の扱いなんてそんなもんだよな……
忙しくてしばらく見てなかったらたいそうなことに。
私としては、知らない言語学の話を色々知ることができてよかったんだけど。
とりあえず、学問というのは「かくあるべし」という意見を相対化・無力化するものだよね、とだけ。
学問を根拠に「かくあるべし」を述べるのは、ただの曲解。
そう考えるから、学問を建前とするこの場で、「かくあるべし」と唱えられてもなぁ、と。
少なくとも、ここは「紅旗征戎非吾事」であってほしいとおもう。定家ばんざい。
>>632-634
蝦夷とアイヌとの関連、言語から考える話。とても面白かった。
その上で、古代史ですらない史学見習いから見た違和感がいくつか。
まずは、音韻再構成の妥当性かな。
言語学全体に喧嘩売る感じになってしまうのだけど、古くなればなるほど再構成される音韻が複雑になってる気がして。
どうにも、そんな面倒なことばを古代人が話していたのかな、と思う。
それと、やはりそもそも可算名詞的な「言語」概念の存在しない古代において、アイヌ語と日本語と、どう区別するのかな、と。
例えば、隣村と言葉が通じないする。そうした時、古代人にとっては、同系統の言葉だろうが、違う系統の言葉だろうが、「通じない」という意味で同義だよね。
そうすると、言語系統によって「あいつは言葉通じないけど同じ民族」なんて感覚は絶対ありえない。
だから、蝦夷か和人か、って、言葉による区別ではない気もするのよね。
どちらかというと、和人側が政治的に規定してそう。
そう考えると、蝦夷とアイヌって、全く別次元の観念ということなのかしら?
私としては、知らない言語学の話を色々知ることができてよかったんだけど。
とりあえず、学問というのは「かくあるべし」という意見を相対化・無力化するものだよね、とだけ。
学問を根拠に「かくあるべし」を述べるのは、ただの曲解。
そう考えるから、学問を建前とするこの場で、「かくあるべし」と唱えられてもなぁ、と。
少なくとも、ここは「紅旗征戎非吾事」であってほしいとおもう。定家ばんざい。
>>632-634
蝦夷とアイヌとの関連、言語から考える話。とても面白かった。
その上で、古代史ですらない史学見習いから見た違和感がいくつか。
まずは、音韻再構成の妥当性かな。
言語学全体に喧嘩売る感じになってしまうのだけど、古くなればなるほど再構成される音韻が複雑になってる気がして。
どうにも、そんな面倒なことばを古代人が話していたのかな、と思う。
それと、やはりそもそも可算名詞的な「言語」概念の存在しない古代において、アイヌ語と日本語と、どう区別するのかな、と。
例えば、隣村と言葉が通じないする。そうした時、古代人にとっては、同系統の言葉だろうが、違う系統の言葉だろうが、「通じない」という意味で同義だよね。
そうすると、言語系統によって「あいつは言葉通じないけど同じ民族」なんて感覚は絶対ありえない。
だから、蝦夷か和人か、って、言葉による区別ではない気もするのよね。
どちらかというと、和人側が政治的に規定してそう。
そう考えると、蝦夷とアイヌって、全く別次元の観念ということなのかしら?
>>660
自分はそれでも金を出すべきと思う…絶滅した生き物をよみがえらすのは不可能だし、破壊された自然も完全修復は難しいときく。でも文化なら可能だ。
一つの貴重な文化が復活するなら安いものだと一私見に思う。
ただ、アイヌ語にも方言があったみたいで、完全な修復は難しいのかな
自分はそれでも金を出すべきと思う…絶滅した生き物をよみがえらすのは不可能だし、破壊された自然も完全修復は難しいときく。でも文化なら可能だ。
一つの貴重な文化が復活するなら安いものだと一私見に思う。
ただ、アイヌ語にも方言があったみたいで、完全な修復は難しいのかな
方言があったというか、方言しかありませぬ
>>658
>消滅危機言語の教育というのは口で言うと簡単そうなんだが、
>実際にやるためにはまず統一言語を定め、無文字言語なら正書法も定める必要がある。
>統一言語には最も話者数の多い方言がほぼそのまま利用されることが多いが、
>これはすなわち少数方言を廃するということにつながりかねず、多様性も失われることになりかねない。
>もちろん少数方言話者からの反発は免れない。
国家神道云々に通ずるものがあるな
純粋な「神道」を作ろうとした結果地方の特殊な祭事に目が向かなくなったと
>消滅危機言語の教育というのは口で言うと簡単そうなんだが、
>実際にやるためにはまず統一言語を定め、無文字言語なら正書法も定める必要がある。
>統一言語には最も話者数の多い方言がほぼそのまま利用されることが多いが、
>これはすなわち少数方言を廃するということにつながりかねず、多様性も失われることになりかねない。
>もちろん少数方言話者からの反発は免れない。
国家神道云々に通ずるものがあるな
純粋な「神道」を作ろうとした結果地方の特殊な祭事に目が向かなくなったと
フランス語も「世界で最も美しい」と胸を張る一方で
多彩な方言があったのを劣化フランス語扱いして
駆逐しちゃって現代になって問題になってるとか
多彩な方言があったのを劣化フランス語扱いして
駆逐しちゃって現代になって問題になってるとか
>>663
安いものだと言うけれど、例えば663が食うに困って生活保護とか申請しに行ったら
お金がないんで無理ですと言われましたと
その一方でなんかよく分かんない文化振興とかの補助金に毎年何億円も使われてましたと
そうしたら「そんなもんにカネ使う余裕があるなら俺を助けてくれよ」って思わない?
文化だ歴史だなんてのは社会に余裕があるからこそ言えるんだよなぁと思う 辛いぜ
安いものだと言うけれど、例えば663が食うに困って生活保護とか申請しに行ったら
お金がないんで無理ですと言われましたと
その一方でなんかよく分かんない文化振興とかの補助金に毎年何億円も使われてましたと
そうしたら「そんなもんにカネ使う余裕があるなら俺を助けてくれよ」って思わない?
文化だ歴史だなんてのは社会に余裕があるからこそ言えるんだよなぁと思う 辛いぜ
文化・環境保護を推進する方法は二つ
カネになりうる事を主張するか
カネでは買えない事を主張するか
カネになりうる事を主張するか
カネでは買えない事を主張するか
>>668
どちらも酷い選択だ
補助などなにもなくても継承されてきた自然と文化と人が
観光誘致一発で全て失われたところに住んでいたからわかる
保護したいという欲は余所者のエゴだ
余所者に騙されたやつがわが身を切り売りした結果がこれだ
俺の故郷を返せと憤ったこともあったが、もうあきらめた
全部しょうがないことだったんだ
どちらも酷い選択だ
補助などなにもなくても継承されてきた自然と文化と人が
観光誘致一発で全て失われたところに住んでいたからわかる
保護したいという欲は余所者のエゴだ
余所者に騙されたやつがわが身を切り売りした結果がこれだ
俺の故郷を返せと憤ったこともあったが、もうあきらめた
全部しょうがないことだったんだ
日本の森林で人の手が入ってない場所なんてそれこそ幻想な気がする
◆ 其の二十五(スレ25)>>71–76
北方領土で思い出したが千島アイヌは既に幻想入りした民族集団のひとつだな
千島アイヌの民俗について語ることのできる諸兄は存在するのだろうか
千島アイヌの民俗について語ることのできる諸兄は存在するのだろうか
東方でそこらへん扱うのは難しいのかなあ
マイナーといえばマイナーな部類に入るから
あるいはアイヌや琉球の幻想の隠れ里がまたそれぞれあるって考えもいいかもしれない
紫あたりがたまに相互交流してるとかで
マイナーといえばマイナーな部類に入るから
あるいはアイヌや琉球の幻想の隠れ里がまたそれぞれあるって考えもいいかもしれない
紫あたりがたまに相互交流してるとかで
うーん良く知らんけどタブー視されてるもんだったら難しいかもね
ZUNが昭和天皇ネタ避けちゃった事例があるから
ZUNが昭和天皇ネタ避けちゃった事例があるから
樺太アイヌなら分かるけど千島アイヌは分からないなあ
今度教授に訊いてみようかな
今度教授に訊いてみようかな
◆ 其の七(スレ7)>>170–170
明治政府が、アイヌに対しては伝統的な漁を禁止したりしたからね。
アイヌ文化を守るために国会議員まで至った萱野茂さんのお爺さんだかは
「何故、我々アイヌの漁は禁止されたのに
日本人の網を使った漁は禁止されないのだろう?」と嘆いたらしいしな。
ただ、文化を守ろうとした萱野茂さんや
ユーカラクルである祖母に聞いたカムイユカラを文献に纏めた知里幸恵さんのおかげで
アイヌの事を知る事が出来るというのは喜ぶべきことだ。
>>151
文字を持たない事よりも
北海道と言う広大な土地だったのが問題だったんじゃないかな?
本島の人間が大量に移住出来るってのは
つまりアイヌよりも圧倒的多数を占めれるって事だろうから。
アイヌ文化を守るために国会議員まで至った萱野茂さんのお爺さんだかは
「何故、我々アイヌの漁は禁止されたのに
日本人の網を使った漁は禁止されないのだろう?」と嘆いたらしいしな。
ただ、文化を守ろうとした萱野茂さんや
ユーカラクルである祖母に聞いたカムイユカラを文献に纏めた知里幸恵さんのおかげで
アイヌの事を知る事が出来るというのは喜ぶべきことだ。
>>151
文字を持たない事よりも
北海道と言う広大な土地だったのが問題だったんじゃないかな?
本島の人間が大量に移住出来るってのは
つまりアイヌよりも圧倒的多数を占めれるって事だろうから。