うーん、東方の魔法使いは西洋的なのが多いのにずいぶん東洋的な手段で魔法使いになるんだな…
聖もその方法で人間やめたのか、いまいちわからない
幻想郷の魔法・仙術・妖術の体系論(フレイザーの共感の法則との接続)
東方考察 › 幻想郷世界観
魔理沙の西洋魔女・白蓮の真言・アリスの人形等、全て「魔法」と呼ばれる。フレイザーの共感の法則(すべての呪術の基本)との接続。魔法と超能力の定義分け(型月・東方)。
◆ 其の十七(スレ17)>>955–970
場所が東洋だから東洋的な表現にしているだけで
西も東もやってることは同じなのかも
西も東もやってることは同じなのかも
やってることが同じというよりも、複数の存在を「魔法使い」にまとめて再定義した感がある
魔理沙の西洋魔女・練丹・八卦炉、アリスの魔法人形、パチュリーの七曜、白蓮の真言
ドルイドやウィッチ・仙人・サイキック(?)・インド系・仏教系と共通項は魔法属だが、地域年代はバラバラだからな
魔理沙の西洋魔女・練丹・八卦炉、アリスの魔法人形、パチュリーの七曜、白蓮の真言
ドルイドやウィッチ・仙人・サイキック(?)・インド系・仏教系と共通項は魔法属だが、地域年代はバラバラだからな
サイキックか…幻想郷には魔法も超常現象もゴロゴロあるからなぁ
「スプーンを曲げる程度の能力」とかで弾幕やっていくのか
「スプーンを曲げる程度の能力」とかで弾幕やっていくのか
スプーンが曲げられるならそれ以外のものも曲げられそうだな。
なんかこう浅上藤乃みたいな
それとも「空を飛ぶ程度の能力」みたいに素朴な言葉で何かを暗示していたりするんだろうか…
なんかこう浅上藤乃みたいな
それとも「空を飛ぶ程度の能力」みたいに素朴な言葉で何かを暗示していたりするんだろうか…
元々東方では魔法も妖術も神仙術も名前が違うだけで力としては同質のものっていう設定だしなー
今その設定がどのくらい残ってるのか分からんが
妖怪も神様も本質的には同じ存在という考え方に受け継がれているのかしらん
今その設定がどのくらい残ってるのか分からんが
妖怪も神様も本質的には同じ存在という考え方に受け継がれているのかしらん
アプローチが違うだけってこと?
自分の汗を代償にしてエロゲー買うか、親の汗を代償にしてエロゲー買うかは違うけど、本質的なエロゲーは同じと
自分の汗を代償にしてエロゲー買うか、親の汗を代償にしてエロゲー買うかは違うけど、本質的なエロゲーは同じと
例えると、
α地点からβ地点に移動するとして、
ルートAを通ろうがルートBを通ろうがルートCを通ろうが始点も終着点も変わらないし、
その手段が徒歩だろうが車だろうが「移動」という本質は変わらない
…こんなところか?
α地点からβ地点に移動するとして、
ルートAを通ろうがルートBを通ろうがルートCを通ろうが始点も終着点も変わらないし、
その手段が徒歩だろうが車だろうが「移動」という本質は変わらない
…こんなところか?
>>964
あーなんか言い方が悪かった
全部魔法には変わり無いんだけど、幻想郷ではわざわざ「魔法」「仙術」と言い分けてるでしょ?
(じゃなかったらにゃんにゃんの例同様「仙人」も「魔法使い」と呼ばれるはず)
その理由として、幻想郷民は1の目(仙術)や2の目(妖術)は見慣れているから呼び分けるけれど
5の目や6の目は見慣れないから呼び分けないだけかなぁと思ったんだ
ある人には「粉雪」「みぞれ雪」でも雪に馴染みない人にとっちゃ全部「雪」みたいな
あーなんか言い方が悪かった
全部魔法には変わり無いんだけど、幻想郷ではわざわざ「魔法」「仙術」と言い分けてるでしょ?
(じゃなかったらにゃんにゃんの例同様「仙人」も「魔法使い」と呼ばれるはず)
その理由として、幻想郷民は1の目(仙術)や2の目(妖術)は見慣れているから呼び分けるけれど
5の目や6の目は見慣れないから呼び分けないだけかなぁと思ったんだ
ある人には「粉雪」「みぞれ雪」でも雪に馴染みない人にとっちゃ全部「雪」みたいな
>>959
たしか型月作品世界では魔術と超能力は別物ではなかったか
東方でも咲夜はいわば超能力者であって魔法使いじゃないし
こんなもんを観念的に定義分類してもただの中二病設定だが
魔法・魔術は論理体系化された知識体系・技術であるけれど
超能力は学習で習得できない天与の突然変異的なものなのかと
かつての錬金術師は本気で自分らのやってることは科学だと思ってた
合理的裏づけの有無を別とすれば知識体系としては同等とはいえる
だから考えようによっては魔法とか神仙術とか陰陽道とかいう違い
火水風土の四元素説か、火水木金土の五元素説かの違いなどは
内燃機関という体系の中での蒸気機関とガソリンエンジンとディーゼルの違いとか
発電方法の中での火力水力原子力風力などの違いと同じようなものかと
たしか型月作品世界では魔術と超能力は別物ではなかったか
東方でも咲夜はいわば超能力者であって魔法使いじゃないし
こんなもんを観念的に定義分類してもただの中二病設定だが
魔法・魔術は論理体系化された知識体系・技術であるけれど
超能力は学習で習得できない天与の突然変異的なものなのかと
かつての錬金術師は本気で自分らのやってることは科学だと思ってた
合理的裏づけの有無を別とすれば知識体系としては同等とはいえる
だから考えようによっては魔法とか神仙術とか陰陽道とかいう違い
火水風土の四元素説か、火水木金土の五元素説かの違いなどは
内燃機関という体系の中での蒸気機関とガソリンエンジンとディーゼルの違いとか
発電方法の中での火力水力原子力風力などの違いと同じようなものかと
>東方でも咲夜はいわば超能力者であって魔法使いじゃないし
それはZUNが明確に指定するまでわからんでしょ
それはZUNが明確に指定するまでわからんでしょ