>>966
その考え方だと、イザナミが陰部焼いて死んだり、天岩戸で世界が闇に包まれたりの説明がつかなくなるんじゃ?
そもそも、日本の神様は自然にある物を人格化したものなんだから神様=自然そのものと見るべきなのでは
「神」の翻訳問題(Kami vs God・デウス・天主)
比較宗教・哲学 › 一神教vs多神教
神道・神社信仰 › 神道論
日本語の「神」が一神教のGodと多神教のKamiを同一表記するため生じる混乱。イエズス会が最初「大日」と訳して仏教の一派と誤解された経緯・最終的に「デウス」に落ち着いた理由。デウス(ラテン語)・天主・天帝・上帝など様々な訳語の使われ方。「ネ申」というネットスラングが逆説的に両者を区別する。日本人にとってGodも八百万の神の一柱という感覚が「信仰薄い」に見える理由。物が百年持てば神になる文化と絶対神の落差。
◆ 其の七(スレ7)>>968–991
神様=自然そのものと考えるなら天岩戸の話は
初めて記録に日食を記した話とかになるのかな
初めて記録に日食を記した話とかになるのかな
日本の神様は自然を擬人化したもの
神ってややこしいなぁ
神って字を見るとどうしても一神教的な神を思い浮かべてしまう
神道の神は精霊とかと言われた方がよっぽどしっくり来る
神って字を見るとどうしても一神教的な神を思い浮かべてしまう
神道の神は精霊とかと言われた方がよっぽどしっくり来る
それはむしろ逆なんだがな…
まぁ「神」が日本語である時点で逆なのは承知だけどさ
それでも一神教の絶対神は自己主張が激しいからどうしてもね・・・
それでも一神教の絶対神は自己主張が激しいからどうしてもね・・・
>972
一神教の神は大文字だから、日本語表記で「ネ申」とすればいい
一神教の神は大文字だから、日本語表記で「ネ申」とすればいい
それじゃネット上に御座する神だろ
一神教の「God」に対する新しい訳語を作ればいいのではないかと思ったり
soulとかspiritとか……何か違うよな
「Kami」としか表現できない気もする
「Kami」としか表現できない気もする
俺は神道の神を強調するときにはカミを使うな
アブラハムの宗教の場合は天主の方が訳語として適切なんじゃないかと思ったり
アブラハムの宗教の場合は天主の方が訳語として適切なんじゃないかと思ったり
主上とかね
ラテン語で主はdominusだった気がするけれど、この語のニュアンスはdomeの支配者というか守護者というか、まあ家主みたいなもんだったはず。
となると我々はみなYHWEの店子というわけか。
知らないうちに大家と店子の関係に問答無用で組み込まれるなんて、たまったもんじゃないやね。
ラテン語で主はdominusだった気がするけれど、この語のニュアンスはdomeの支配者というか守護者というか、まあ家主みたいなもんだったはず。
となると我々はみなYHWEの店子というわけか。
知らないうちに大家と店子の関係に問答無用で組み込まれるなんて、たまったもんじゃないやね。
イエズス会でも最初は「大日」とか訳して仏教の一派だと勘違いされて
仏教徒に暖かく迎え入れられたんだっけ
そんで結局「デウス」になったんだっけな
仏教徒に暖かく迎え入れられたんだっけ
そんで結局「デウス」になったんだっけな
太平天国では上帝って訳してたね
明らかにおかしいけど
明らかにおかしいけど
今ちょっと調べたら、天主、天帝、天道なんてのもあるのね。
デウスと言われるとギリシャの神々って感じなんだよなぁ。所謂神一般のことなんだろうけど。
デウスエクスマキナが有名だね。あれは特定の神じゃないし。
デウスと言われるとギリシャの神々って感じなんだよなぁ。所謂神一般のことなんだろうけど。
デウスエクスマキナが有名だね。あれは特定の神じゃないし。
デウスエクスマーキナーは神じゃなくない?
デウスに纏わる言葉ってことだろう
英語でなら唯一神は「God」で、神道の神は「Kami」だから紛らわしくないんだけどな。
日本人にとっては「God」も八百万の神々の一柱って感覚だから、区別されてこなかったんじゃないかな?
何か良く分からないけど大いなる力を持った存在=神、が一般的な日本人の認識だから。
日本人にとっては「God」も八百万の神々の一柱って感覚だから、区別されてこなかったんじゃないかな?
何か良く分からないけど大いなる力を持った存在=神、が一般的な日本人の認識だから。
◆ 其の八(スレ8)>>8–8
カミとGodの話。
Godの訳については『「ゴッド」は神か上帝か』っていうそのまんまなタイトルの本がある。
その本によると19世紀に宣教師が中国(清)では聖書を作ったとき、Godを「神」と訳すか「上帝」と訳すかで論戦があった。
「上帝」派の宣教師は「神」という言葉は多神教の神・精霊のようなニュアンスがあるので唯一神を表すのにふさわしくないと主張し、
「神」派の宣教師は「上帝」は全てのものの支配者ではあるが、現実の権力のあり方を反映した世俗的な存在なのでふさわしくないと主張した。
日本においては戦国~江戸初期にかけての宣教師は「でうす」とか「天主」とか言ってたんだけど
開国前後には「神」派の宣教師しか来なかったのであっさり「神」になってしまったということらしい。
Godの訳については『「ゴッド」は神か上帝か』っていうそのまんまなタイトルの本がある。
その本によると19世紀に宣教師が中国(清)では聖書を作ったとき、Godを「神」と訳すか「上帝」と訳すかで論戦があった。
「上帝」派の宣教師は「神」という言葉は多神教の神・精霊のようなニュアンスがあるので唯一神を表すのにふさわしくないと主張し、
「神」派の宣教師は「上帝」は全てのものの支配者ではあるが、現実の権力のあり方を反映した世俗的な存在なのでふさわしくないと主張した。
日本においては戦国~江戸初期にかけての宣教師は「でうす」とか「天主」とか言ってたんだけど
開国前後には「神」派の宣教師しか来なかったのであっさり「神」になってしまったということらしい。
◆ 其の二十三(スレ23)>>131–144
日本の神はGodではなくKami、神社はShrineではなくJinjaに、って動きが出てきてるのね
ttp://www.chunichi.co.jp/s/article/2013051290091049.html
ttp://www.chunichi.co.jp/s/article/2013051290091049.html
>>131
日本言語史上最大の誤訳であったとしても、既に八百万の神はGodやDeityと訳されてるからなぁ
言葉として機能し、浸透しているのに新たな語を与えた所で、振り込め詐欺を母さん助けて詐欺と言い換えるのと同じくらいに意味が無い
一方、英語版wikipediaでは"List of Japanese deities"って項目になっていた
Seven Lucke Godsか、成る程。
日本言語史上最大の誤訳であったとしても、既に八百万の神はGodやDeityと訳されてるからなぁ
言葉として機能し、浸透しているのに新たな語を与えた所で、振り込め詐欺を母さん助けて詐欺と言い換えるのと同じくらいに意味が無い
一方、英語版wikipediaでは"List of Japanese deities"って項目になっていた
Seven Lucke Godsか、成る程。
インドの神様やギリシャの神様も別の名前付けられてるのかね
それらもgodだとすると世界中が誤訳していることにならないか
それらもgodだとすると世界中が誤訳していることにならないか
誤訳ではなく、宗教的な意図があった可能性
異教の神を悪魔認定して貶める事で土着宗教を(神話の上で、悪魔がGodに倒されるという伝承を通じて)打倒して来たのと似て非なる策謀として
あえてGodと八百万の神を比較可能な同種の概念かのように扱う事で、「全知全能」に比して八百万の神の非力さ(信仰の無意味)を押し出すことができる
つまり一見誤訳に見えるそれは、基督教による神道侵略の一環だったんだよ!
異教の神を悪魔認定して貶める事で土着宗教を(神話の上で、悪魔がGodに倒されるという伝承を通じて)打倒して来たのと似て非なる策謀として
あえてGodと八百万の神を比較可能な同種の概念かのように扱う事で、「全知全能」に比して八百万の神の非力さ(信仰の無意味)を押し出すことができる
つまり一見誤訳に見えるそれは、基督教による神道侵略の一環だったんだよ!
旧約聖書の場合は原文でエロヒムやエロヘーと書いてあれば「神」、YHVHといてあれば「主」
というふうに訳が使い分けられているそうです
新約聖書がどうなのかは知りません
というふうに訳が使い分けられているそうです
新約聖書がどうなのかは知りません
イスラム教の唯一神を表すアッラーという言葉も
元々はイスラム化以前のジャーヒリーヤの時代から神という意味の言葉だった
とかいう説があるんだっけな
元々はイスラム化以前のジャーヒリーヤの時代から神という意味の言葉だった
とかいう説があるんだっけな
今やGodsもGoddessもアリだ
その辺をいっしょくたにしても大丈夫そうなのが日本のいいところだ
一歩間違えば神様に祟られてしまうけど
一歩間違えば神様に祟られてしまうけど