アイヌ・ケルト文化の口承と神話の喪失

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文字を持たない民族の神話継承の脆弱性。アイヌのユーカラ(口承叙事詩)が近代化・同化政策で失われた経緯。ケルト神話がキリスト教化後に修道士による書き直しで変質した問題(ダーナ神族の神格低下)。語り部の死が神話の消滅を意味する構造。柳田国男・金田一京助らの民俗学的採集活動の意義と限界。文字化によって固定されることの功罪。
◆ 其の五(スレ5)>>446–452
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>>442
アイヌは出しにくいんじゃないかと思う。
今の東方で出てる妖精はアイヌ文化だと神と呼ばれる存在になるんだろうし
下手に神のユーカラ辺りから持ってこようとすると
動物神、植物神、自然神、物神と神様だらけ。
(熊の神様は人を食べると神じゃ無くなると言ってたりするけど)
ソレに参考となる資料も集めにくいだろうしな・・・。
幻想入りしててもアイヌはアイヌで独自の里でも作ってるんだろうさw
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アイヌの神は割と人間と対等関係だからなぁ、人間が「信仰しねぇぞゴルァ!」と神に抗議するのあるし、宴会を開いて交流とか幻想郷とかに合いそうなんだがなぁ


信仰が力になんなら東方世界のアッラーやキリストってどんだけ力持ってんだろ…
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>>440
稲荷の勧請はお寺で結構行われていたからねぇ
今で言うところのタイアップ
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>>447
習合されてるんじゃないか?
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>>447
力がありすぎて幻想入りできないし、する必要もないのでは
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>>450
十二天は幻想郷ではないどこかでよろしくやってるのは確定だし
宇宙を作ったり壊したりするような仙人や主神クラスは幻想入りしそうにもないな
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>>439
現在の民俗学って何をする学問なの?
柳田国男の時代ならなんとなくわかるんだけど。
一つは日本人のアイデンティティの確立。もう一つは国の役に立つ学問。
一つ目は、たぶん明治の時代精神を彼も共有していたということだろう。
二つ目は経世救民と国学的歴史観から。
「昔を理想化し、それが悪くなった現在があると考える。好い過去を発掘することによって現在の問題に対する解決策を提供する。そしてその過去から日本人とはこういうものだと定義する」
彼の民俗学はこういうものだったと思うんだけど、これは現在では通用しないと思うんだ。
時代精神と国学的歴史観をみんなが持つことはできない。
1960年の「日本民俗学の頽廃を悲しむ」というメモの講演で
「学問は国のためにならねばする必要は無い思う。道楽にしている人は何も考えない。学問の種類を楽しみ、おもしろいだけではやっていけない」
と発言しているようだから、経世救民もあまり受け継がれていなさそう。
研究法である重出立証法や周圏論、比較から変遷を明らかにする方法も現代でそのまま使えるようには思えない。
日本人は昔から均質に同じ文化を共有しつつ、地方には主体性・選択性・創造性は一切無かったというのはあまりにも地域性を無視した前提だろう。
その後の民俗学でも変遷にこだわらなくなったようだ。
目的が受け継がれないのはしょうがないとして、
現在の民俗学は何を明らかにしようとしてるの?
どのようなものが対象になって、どうようなものは対象にならない?

>>447
「日本は無宗教で外国は先進国でも信心深い」みたいなのはどっからくるんだろうね。
俺も昔は漠然と同じようなこと考えていて、人に指摘されて根拠が無いことに気づかされた。
特に西洋世界は神が死んで久しいし、
無理解からくる科学(の成果や技術と限定した方がいいかも)に対する妄信も日本とどっこいそうな気がするんだ。
日本人が特別に信念に自覚的だとも思えないし。比較をしたわけじゃないけどさ。
まあ、今でも同じように考えてしまいがちなところはあるんだけど。
昔は宗教=キリスト教的なものという考えが学問で支配的だった影響かな?