比較言語学・音韻変化論(上代日本語の八母音・漢語四声の起源)

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音韻変化は複雑→簡素方向に進む原則。上代日本語の甲類・乙類八母音の再建と現代語への簡素化経緯。漢語「四声」(平上去入)の起源が上古漢語の韻尾子音(阻害音vs非阻害音の対立)だったというBaxter説。方言間の音対応規則から祖語を再建する比較言語学の方法論。ai→ee(やばい→やべー)等の現代語の音韻変化もこの流れの中にある。
◆ 其の二十五(スレ25)>>674–707
▌674 名前が無い程度の能力 ID:ynIDvNbk0 スレッドで見る →
流れをぶった切って申し訳ない。
>>662
古音を再構していくとどんどん複雑になっていくように見える、というのはそう珍しいことではないよ。
というのも、同一条件下においてA語でC1、B語でC2となる場合は祖形に新たな音素C3を仮定する、
というのが比較言語学の常套手段だからだ。(ただしこれは同系言語と仮定される場合のもの)

例えば中国語なんて、「剣」は現代語ではjianだが、上古語には/*skrams/という物凄い音が想定されている。
これは別にテキトーに考えられたのではなく、『詩経』などの詩韻の分析、チベット・ビルマ語派との比較、
タイ語やベトナム語などにおける早期借用語の分析、などにより導き出されたものだ。
ただし、一見古いほうが複雑に思えるが、上古語にはまだ声調がなく、後代に末子音の消失および頭子音の
収斂の代償として今日のような非常に複雑な声調を獲得したと推定されているので、こちらの面ではむしろ
後代の方が上古よりも複雑であると考えることも可能だ。

日本語の場合、例えば母音の内的再構なら「カム-カミ(神)」のように母音のペアが見出されるものと、
「カミ(上)」のようにペアがないものがあれば、これらは古くは別の音だったろうと推測できる。
方言アクセントの比較なら、「姉・石・足・息・秋」のアクセントを見ると、石と足、息と秋が同じで
姉のみがぼっちになる地域(以下、姉/石足/息秋のように書く)、姉石/足/息秋のようになる地域、
姉息/石足/秋のようになる地域があるので、これらの祖形は5つのアクセントが全て異なる複雑なものだった、
ということが推定できる。なおここまでは現代本土諸方言の話。

沖縄諸方言の場合、例えば首里方言なら内は/uci/、書きは/kaci/となり、どちらもチ/ci/と発音される。
これだけ見ると音素が少なく思えるが、後者の命令形/kaki/も考慮すると、古くは内/uc1i/、書き/kac2i/
という別の音であった可能性が出てくる。
ここで他方言にも目を向けてみると、平良方言では内/uci/、書き/kakï/、書け/kaki/となり、奄美方言では
内/uci/、書き/kaki/、書け/kakï/となる。これと比較すると、/c2i/は/*ki/に由来する別音素と考えられる。
つまりciとkiの対立という現代語にない区別をもつ、現代よりも複雑な祖形が浮かび上がるということだ。

上代日本語の場合、上代特殊仮名遣いなどから見てとれる母音体系は確かにかなり複雑なんだが、
ここから内的再構をしてみると一転してむしろかなりシンプルな体系が浮かび上がってくる。
「カム-カミ乙」ペアからイ乙/*ui/、「マ-メ乙」ペアからエ乙/*ai/などの祖形が導き出される、というのを
より細かくやっていくと、プロト上代語は単母音が*a i u əの四つしかなく、そのかわりに連母音
*ai ia au ua ui əiが許容されている、というシンプルなものになる。
恐らく奈良時代の多母音化というのは何らかの要因により母音連続が許されなくなったことから母音融合により
一時的に発生したものであって、ゆえに非常に不安定だった。不安定であったればこそ、この多母音体系は
平安初期までには崩壊してしまったんだな。まあ、だから複雑といっても一時的なものだろう。
▌675 名前が無い程度の能力 ID:ynIDvNbk0 スレッドで見る →
似た例としてフランス語(パリ方言)が挙げられる。元々は5母音かつ多くの多重母音があるというものだったが、
ある時期から鬼のような勢いで母音融合が起こり、20世紀初頭には17母音という凄まじいことになっていた。
しかし現代では11母音にまで減ってしまっている。

なお上代東国方言の場合は母音融合だけではなく母音脱落も組み合わせることで問題を解決した可能性がある。
(*ia>aなど)

具体的にいつ多母音化したのかはわからないが、稲荷山古墳(5世紀)の鉄剣に残る「意冨比垝(大彦か)」を
中古漢語の推定音で読んでみるとiə piəu bi kiueのようになり、これは/ə pə bi kua/と
書こうとしたものである、という可能性が指摘されている。よって、5世紀にはまだ連母音が許容されていた
可能性がある。ちなみにこれが/pə/だとすると、古くはホにも甲乙があった可能性が出てくる。

(後段)
蝦夷というのはあくまで中央から見た東の辺境の住人を大雑把にひっくるめて呼んだものであり、
特定の単一集団を指すものではなかった、という「蝦夷辺民説」が今日では主流になりつつあるようだから、
蝦夷か和人かは和人側が政治的に規定、というのは実際そうだったんだろうね。
日本語話者だろうとアイヌ語話者だろうと、中央から見て内民でなければ蝦夷だったんだろう。
いちいち言語によって区別するということは恐らくなかったものと思われる。

中世の和人による北方民の呼称「エゾ」も、どうやら単一の集団を指していたわけではなく、
津軽海峡の向こうの住人を大雑把にひっくるめたものであり、時として大陸の住人すら指していたようだ。
それから『諏訪大明神絵詞』によれば渡党という「日本語を話す」エゾがいたという。
やはり言語はあまり考慮されていなかったのだろう。

学問的な意味での「アイヌ」はアイヌ文化の担い手を指して後代の学者が勝手に呼んでいるだけだし、
アイヌ側においても当然ながら近代的な意味での民族意識は割と最近まで無かったわけだから、
前近代には和人・アイヌ双方において「アイヌ」という単一集団の概念は無かったんじゃなかろうか。

同系言語か否かというのは「規則的な音韻対応が見出せること」そして「共通の祖語を再構築できること」を
立証できるか否かによってシステマティックに決められることであって、話者自身の認識はあまり関係がない。
それに昔は比較言語学なんてものはなかったので、話者自身の認識はけっこういい加減なものだった。
たしか新井白石だったと思うが(勘違いなら申し訳ない)、彼は沖縄の首里方言を中国語の方言と考えていた。

同系統であることが立証されたとしても、それが方言か姉妹言語か、というのは言語学というより政治的に
決められることが少なくない。
相互理解性(会話が可能か否か)がひとつの目安にはなるものの、絶対的なものではない。
相互理解性の全くない北京語と広東語、高地ドイツ語と低地ドイツ語があくまで方言扱いだったり、
逆に相互理解性のあるセルビア語とクロアチア語、タイ語とラーオ語が別言語扱いだったりするのが典型例だ。
▌676 名前が無い程度の能力 ID:yHzkfacc0 スレッドで見る →
>>674
丁寧な答えありがとうございます。
音韻再建の話は、割と納得できた気がする。要するに、ある面では複雑になるけど、別の面が簡素化するから、全体として複雑にならないってことかな。

ただ、古代語が複雑化する方向の論理はスッキリ行くんだけど、古代語が簡素化する(=現代に来るにしたがって複雑になる)部分を、どうやって論理的に構成してるかが少し不思議かな。
論理的に「A語で○、B語で×だから、祖語で(○+×)/2」と考えるのはわかる。
でも、「A語でもB語でも○だけど、祖語では○と×」という推定は、極めて難しい気がする。
例えば、いくら『詩経』めくっても、上古音の声調がなかったことの証明ができない気がして。現代の声調と噛み合わなくても、声調がないのか、違う体系なのかは区別できないし。
中古音の段階では、ばっちり声調あるよね。

そう見ると、「こちらが複雑になってるから、こちらは簡単にならないとおかしい」という、現代の言語状況に合わせて近似しているだけな気もして。
その場合、「複雑になってる」が間違ってる可能性もあるわけで。
言語って、つねに規則的に変わると考えていいのかな。

難癖のようで申し訳ない。

後段については、まったくその通りだと思う。
そう考えた時に、それじゃアイヌ語ってなんなんだ、って気もする。
日本語もアイヌ語も系統不能とされるけど、そういう言語ってどうやって形成されてきたんだろうか。
数千年前から、アイヌ語のプロト的なものはあったのかな。
それとも、いろんな言葉が混じって(クレオール的に)形成されたり、突然変異的にそれまでのことば(例えば日本語系のことばとか)が大変容した可能性とか、ないのかな。
▌680 名前が無い程度の能力 ID:gdRqKCHI0 スレッドで見る →
あまり時間がないのでまず少しだけ。ちょっと短くなります(それでも長いが)。申し訳ない。
>>676
音韻変化は大抵は複雑→簡素という方向に進む。
日本語の多くの方言の音韻も少なくともここ1200年はほぼ一貫して簡素化するばかりだ。
一般に簡素化しすぎた場合は多音節化や異音の別音素化などから複雑化(に見える変化)が誘発されることがある。
なんらかの要素が消えた代償として新たな要素を獲得することは多いが、
どの言語でも同一条件下において全く同じ変化が100%起こるというわけでもない。
チベット語やベトナム語、スウェーデン語などは末子音消失の代償として声調を獲得したとされるが、
同様に末子音消失が広範に起こっているニヴフ語アムール方言には何の代償変化も見られない。
アイヌ語の北海道西部方言は長母音と短母音の区別を失った代償として高低アクセントを獲得したとされるが、
同様に母音の長短を区別しなくなった朝鮮語ソウル方言には何の代償変化も見られない。

変化の方向はガチガチには決まっていないが、ヒトの口腔の構造上起こりやすい変化というものはあるので、
この意味ではある程度の規則性はあると言っても良いかもしれない(絶対ではない)。
例えば前舌母音の影響を受けて子音の調音点が硬口蓋側にズレる「口蓋化」だとか、(ti>ci, ke>ce, kri>kjiなど)
舌頂音が弱化してRっぽい音になる「ロータシズム」だとか、
(中古漢語ɳit>近古漢語ʐi>北京語ɻi, 古ラテン語floses>古典ラテン語floresなど)
それから子音結合の解消、母音の代償延長、母音割れ、(英語knight[kniçt]>[niːt]>[naɪt]など)
語末の母音や子音の消失、(ドイツ語habe>hab(口語), フランス語loup[lup]>[lu]など)
母音の前にある破裂音や破擦音の摩擦音化、(pa>fa, ka>xa, tsa>saなど)母音融合(ai>e, ui>ïなど)などなど、
これらはヒトの口腔の構造上非常に起こりやすいが、逆方向への変化は難しい。
一方、相互変化が容易なものとしては母音の高舌化(e>i, o>uなど)、低舌化(i>e, u>oなど)、
音位転換、調音点ないし聴覚印象の近い音への置き換え、
(印欧祖語*ulkw>ラテン語lup(-us)など?例としてはやや厳しいか)などがある。
古音の推定に際してはこれらが大いに考慮される。
音声学的にあまりに不自然な音韻変化は(よほどの理由が無い限り)想定されない。

余談だが、変化の組合せや順番によってはai>eː>iː>aiのように一周してしまうという奇跡もありうる。

上古漢語やアイヌ語については後日。
▌681 名前が無い程度の能力 ID:FuVGHsF.0 スレッドで見る →
やべえ全くわかんねえ!
でもこういうの何か好きだわ
▌682 名前が無い程度の能力 ID:c1wvc7CM0 スレッドで見る →
俺も音韻変化についての知識はほとんどないが
>>681を見て、やばい→やべー というai→eeという口語の変化も
日本語の音韻簡略化の一つの流れではないのだろうかと思った
すごい→すげー というoi→eeの変化も若年層では見られるな
▌683 名前が無い程度の能力 ID:RbAdbT8Y0 スレッドで見る →
音の変化は基本的に言いやすい方に変化していくよね
▌684 名前が無い程度の能力 ID:FuVGHsF.0 スレッドで見る →
>>682
もはや若年層ではないけど岡山出身なのでaiがeeと変化するのは至って普通ですねえ
ai,oi,uiとかの二重母音はだいたいどれもくっつくけど西日本では割と普通かな?
東日本に来てそこそこ時間経ったけど喋りやすいからこれは抜けないねー
それこそ昔の人が喋りやすいように簡略化してきたんだろうなと思うよ
▌685 名前が無い程度の能力 ID:sQwLpSZc0 スレッドで見る →
仕方ない→仕方ねぇ→しゃあねぇ
なんかは古いんじゃないですかねぇ
aieeの変化は新しい言葉が生まれるたびに昔から繰り返されてきたのかなー?なんてね。
▌686 名前が無い程度の能力 ID:quA9YIvk0 スレッドで見る →
>>680
しろーとの無駄絡みに丁寧に答えてくれてとてもありがたい。
言語学の話聞く機会ってそうないから、つい聞いてしまった。

発音がより簡単な方に変化する、というのはとても納得できるしよくわかるんだけど。
そう変化するということは、古代から言語の発音は簡単になり続けている、ということになるのかな?
言い換えると、昔人間は発音しにくい言語を使っていて、時代とともに進化して、発音しやすい言語を使うようになったということかな?
▌687 名前が無い程度の能力 ID:ZTIsK5.I0 スレッドで見る →
「オ」と「ヲ」が明確に別の音だったとか
▌688 名前が無い程度の能力 ID:YmZ7TFmw0 スレッドで見る →
ヲは今でも歌を歌うときに実感できる
助詞の場合だけだけど
▌689 名前が無い程度の能力 ID:X6cyN/zg0 スレッドで見る →
「てゐ」の正しい読みは、次のどれなのか問題
・てい
・てひ
・てうぃ
・(その他)
▌690 名前が無い程度の能力 ID:2S4B9Sls0 スレッドで見る →
tewi
▌691 名前が無い程度の能力 ID:3voIoddA0 スレッドで見る →
>>686
>古代から言語の発音は簡単になり続けている
一般的にはそのように考えられていると言って良いと思う。
ただし、当然ながら際限なく簡素化することはできないので、たまには揺り戻しが来ることになる。
(少々無理のある語例だが)仮に「とよさとみみのみこ」[tojosatomiminomiko]が簡素化していくとすると、
まず考えられそうなのは母音脱落だろう。[tojstomimnomik]みたいな感じになるか。
iやjに先行するoがいわゆる「Iウムラウト」のような変化を起こしそう。[töːstömimnömik]としようか。
ロータシズムも起こりそう。[töːrtömimnömik]
子音クラスターの解消も起こりそう。[töːʈʈömiːnömik]
末子音の弱化も起こりそう。[töːʈʈömiːnömiç]
……ʈだのöだのçだの、かえって音が増えてしまった。
このように、「簡素化に簡素化を重ねたらかえって複雑になってしまった」という事態も十分にありえるわけで、
これを考えると、「古代から言語の発音は簡単になり続けている。が、たまに詰む」ぐらいの言い方が良いのかも。
もちろん、複雑化した場合も次は別方向に簡略化の道を探るだけなので、簡素化の流れが止まるわけではないが。
書きあげてから気付いたけど、よく考えてみれば上の例だって簡略化していると捉えることも可能だな……。

「人類の故地に近いほど音韻が複雑になる」という説もある。
実際アフリカのコイサン語やらバントゥー諸語なんかは鬼のように音素数が多く、
逆にアフリカから遠く離れた南米やポリネシアなどの言語は非常に音素数が少ない。
人類が世界に拡散していく過程で言語音がどんどん摩耗していき、移動距離が長いほど摩耗が大きかったが、
移動の少なかった集団では摩耗の度合いが小さかった、と、この説ではこのように考えられる。
これは世界中の言語に単一の祖語を想定する仮説、いわゆる「世界祖語仮説」にも関わってくるんだが、
今日の比較言語学の有効射程はせいぜい6000年程度と考えられているので、どう頑張っても立証不可能だろうな。

「他言語との接触度合いが大きい言語ほど簡素化する」という説もある。
密林の奥地などで周囲から隔絶した言語は複雑なままだが、交易などで外との交流が多い言語は複雑すぎると
対話に支障がでるのでどんどん摩耗していく、と、この説ではこのように考える。

下ふたつの説については、まあ「こんな説もある」ぐらいに思っておいていただければ。

>>684
国立国語研究所の『日本言語地図』というものがネット上に公開されていて、ここから連母音融合などのおおまかな
分布域を調べることができるよ。
第1集の第19図以下が連母音ai、oi、uiの融合に関するものになると思う。(PDF注意)
ttp://www.ninjal.ac.jp/publication/catalogue/laj_map/04/01/
調査対象は1957〜65年時点での老年層なので、若年層どころか相当上の世代から盛んに起こっていたことがわかる。
▌692 名前が無い程度の能力 ID:3voIoddA0 スレッドで見る →
以下は>>680の続きです。ものすごく長くなります。

中古漢語には平声・上声・去声・入声という声調、いわゆる「四声」があった。
詩韻では上・去・入声をまとめて「仄声」、平声とあわせて「平仄」と呼ばれる。
最初に例に挙げた「剣」が去声字なので、去声を中心に述べていこうと思う。

『詩経』の時代の詩韻をみると、いちおう「平仄っぽいもの」はあるが、中古漢語のものとは大きく異なっている。
この中で、去声と入声が押韻するケースが少なくないことから、この二つは聴覚的に近い韻尾を持っていた、
という可能性が浮かびあがる。
中古漢語の入声は韻尾に-p, -t, -kという阻害音を持つ(例:入/ɳiep/)という点で他と区別されていた。
上古漢語においても入声韻尾に大きな違いは無かったものと考えられているので、
そうなると去声韻尾にも何らかの阻害音があったんじゃないか、と考えられることになる。

ここでベトナム語に目を向けてみる。
漢語からの早期借用語と思われる語彙の中には同系言語であるクメール語と音韻的に規則対応するものがある。
そこでクメール語と比較してみると、漢語での去声字に対応する声調を持つベトナム語には/-h/、
平声には/-0/(子音なし、の意)、上声には/-ʔ/が対応することがわかる。
この辺は私の説明よりも↓こちらの方が解りやすいかもしれない。
ttp://www.aa.tufs.ac.jp/~p_phonol/TEXTS/97-2/sintani.txt
なおグロッタルストップ/-ʔ/というのは「あっあ」[aʔa]の「っ」の音だと思っていただければ。
日本語では声門閉鎖音という。

さらに、漢語と同系であり、漢語より全般に保守的と考えられているチベット・ビルマ語派に目を向けてみると、
漢語での去声に対応する語には/-s/が現れることが見てとれる。
例えば漢語で去声になる「二」はチベット語(ワイリー式ローマ字表記)で gnyis となる。
(チベット語の綴りは発音との乖離が著しいが、1300年前の吐蕃時代の表記が良く保存されている。)
チベット・ビルマ語派の中でも屈指の保守性を誇るギャロン語においても良く似た音が保存されている。
▌693 名前が無い程度の能力 ID:3voIoddA0 スレッドで見る →
そんなこんなで、上古漢語の「平仄っぽいもの」は平声/-0/、上声/-ʔ/、去声/-s/、入声/-その他阻害音/で、
「平:韻尾に阻害音がないもの」と「仄:韻尾に阻害音があるもの」の対立だった、と考えられる(W.H.Baxter 2011)。
これは「声を長く伸ばせるもの」と「声を長く伸ばせないもの」、と言い換えることもできる。
したがって、上古の漢詩では「長い音」と「短い音」の組合せによってリズムが作られていたものと思われる。
まとめると、声調の原型となるものはあったが、上古時点ではまだ声調と呼べるものではなかった、ということだな。

ただし、上古音に関しては異説も非常に多いので、以上のことが絶対と言いきれるわけではない。

これがいつから中古漢語のような「高低による」声調に変化したのか、という問題について。
四声という概念の出現は5世紀なので、遅くとも5世紀までには確実に現れていた。
詩韻の変化の流れを追っていくと、最も劇的に変化したのは後漢〜魏晋期あたりだという(丁邦新 1975)。
(余談だが、この時期はいわゆる魏志倭人伝の時代とモロに被るため、魏志倭人伝に残る「日本語っぽいもの」の
音価推定を困難なものとする最大の要因となっている。)
恐らく四声の発生時期もこのあたりだろう、と思われる。

初期の四声の調値については、去声を下降調とするものと上昇調とするものと、(私の知る範囲では)
大きく二つの流れがある。(他にもあるかもしれない)
前者の主なものとしては、平仄を「平らな音」と「平らでない音」の対立とし、平・上・去・入をそれぞれ
平・昇・降・促とする説(丁邦新 1975)があり、
後者の主なものには平仄を「低く終わる音」と「高く終わる音」の対立とし、平・上・去・入をそれぞれ低・高・昇・促
とする説(金田一春彦 1955)がある。

唐代に入ると、四声は頭子音の清濁に基づき陰平・陽平・陰上・陽上・陰去・陽去・陰入・陽入という「八調」に
分化した。(なお陰が清音で陽が濁音)
この過程で上声濁音と去声が合流し、「上」は上声の代表字でありながら去声になる、という矛盾が発生した。
この現象について言えば、「陰声では語頭が高く」、「陽声では語頭が低く」なったと仮定するだけでスッキリと
説明できる金田一説の方が妥当であると私は思う。(上声濁音:「高」の語頭が低くなって「昇」に、と仮定)
▌694 名前が無い程度の能力 ID:3voIoddA0 スレッドで見る →
「>アイヌ語ってなんなんだ」については、音韻に規則対応があって、さらに共通の祖語が再構できる
北海道・千島・樺太の言語のことを言うとしか。
もちろん語彙も音韻も統語法も何もかもが違うニヴフ語やウィルタ語は別言語ということになる。
ただしアイヌ語樺太方言は少々特殊で、子音をC、母音をVとすると、北海道方言ではCVCとなる語が
樺太では支え母音が付加されてCVCVになるなど、開音節(母音で終わる音節)の頻度が高くなっている。
これはもともと開音節言語を話していた集団が閉音節言語を受容した結果、基層語の影響が残ったもの
なんじゃないか、という説もある。
一方、アクセントの面ではむしろ樺太の方が古形を保っていると考えられているが。(服部四郎 1967)

「>アイヌ語のプロト的なもの」はあったろう。無から有は生まれないわけだから。
ただし、恐らく原始の北海道では例えるならばパプア諸語やオーストラリア諸語のように無数の小言語が
ひしめきあっており、プロトアイヌ祖語はこの中のひとつに過ぎなかったものと思われる。
これが何らかの要因により力をつけたことによって地域の優勢言語へと成長し、周辺言語を滅ぼしながら
分布を拡大していった、というのが自然な流れなんじゃなかろうか。全部私の想像だけどね。
なお方言差があまり大きくないことから考えて、諸方言への分岐時期はさほど古くないものと思われる。

最終行については、アイヌ語文法の複雑さからいっても考えにくいと思う。
クレオール起源ならピジンを経ているはずで、ピジンを経ているなら文法は極端に簡素化するはずだが、
アイヌ語は類型論的には「抱合語」と呼ばれるもので、その統語法はピジンとして通用したとはとても
考えられないほどに、まさに鬼のように複雑なんだよ。
クレオール起源説あるいは混合起源説については、アイヌ語よりもむしろ日本語学の方で真面目な議論の
対象になっている。
現代日本語は類型論的には「膠着語」だが、時代を遡るごとに膠着成分の独立性が高まっていき、
上代日本語まで遡ると、今日の国語文法で付属語として扱われるもの(助詞や活用語尾など)がほとんど
自立語のように振る舞うようになる。さらに古い日本語は「孤立語」に近かった可能性すらある。
この日本語文法の古層の単純さなどから、原日本語を混合言語と考える村山七郎などの研究がある。
▌695 名前が無い程度の能力 ID:2n93GBxI0 スレッドで見る →
>>689
・ひぎぃ
▌696 名前が無い程度の能力 ID:2n93GBxI0 スレッドで見る →
言語に詳しい人が居るみたいなんで質問なんだが
妹紅スレにて2年程前にこんな書き込みがあった↓

===============
286 :名前が無い程度の能力:2012/05/17(木) 01:54:02 ID:3CyLuQC20
女房言葉とか上流階級の女性が使う言葉は平安時代中期ぐらいからあったようだぞ
源氏物語で近江の君っていう田舎娘が「言葉の使い方がなってない」と笑われるシーンがある

287 :名前が無い程度の能力:2012/05/17(木) 01:57:27 ID:DCd1V8Zo0
そういや結構前このスレで奈良時代の言葉は今聞いても理解できないような訛り?言葉だって言われてたの思い出した

288 :名前が無い程度の能力:2012/05/17(木) 02:17:06 ID:hde5C55gO
「ぱぱうえつぁま でぃえっぷでぃえっぷんが ちょんでうぃまつぅよ」
「母上さま 蝶々(てふてふ)が 飛んでいますよ」
==========

もこたんがこんな意味不明のでぃえっぷでぃえっぷな言葉遣いしてたなんて思いたくないんだが。
いやさ、別に妹紅に限らず当時(奈良時代)ってこんな発音や言葉遣いがまかり通ってた可能性が高いってマジなの?
▌697 名前が無い程度の能力 ID:BKuHxU920 スレッドで見る →
思いたくないと言われましても、当時の貴族がそういう話し方をしていたという研究結果が出てるなら
きっとそう話してた可能性は高いんでしょ
言葉って変化していくものだもん
今話されてる日本語を、もし奈良や平安の人が聞いたら
たぶん同じく意味不明に思うだろうし

まぁぶっちゃけそこまで気にする必要もないと思うけど
▌698 名前が無い程度の能力(e-mobile)★ ID:???0 スレッドで見る →
江戸時代辺りを題材にした時代劇でも既婚女性が眉落としてお歯黒してる作品はめったにないし
漫画ゲームになるとチョンマゲ結ってるキャラすらいないし
史実は史実キャラはキャラで好きな様に考えればよかろ
▌699 名前が無い程度の能力 ID:c6C3I33U0 スレッドで見る →
音韻の変遷を実感できるほど長く生きていた人(妹紅)にとっては
過去の記憶はどういう風に再生されるのか ちょっと興味ある
▌700 名前が無い程度の能力 ID:Ywve.2Lg0 スレッドで見る →
>>691-694
しろーとの絡みに細かく答えてくれてとてもありがたい。
感謝の至りです。

>漢語の上古音
丁寧な解説ありがとう。プロじゃないから全部頭入ったとは言わないけど、筋はわかった気がする。
一方で、中国学の方での議論が気になるような気はするけど。清朝以来の。
中国学の中でも沼と名高い中国音韻学ね。
それはそもそも『広韻』などの本が現実の当時の発音を反映してるか、とかややこしい話みたいだけど。

>アイヌ語
プロトアイヌ語が、何らかの形であったというのは理解しました。
考古的に同じ文化圏に属していても、言語系統が違う、なんてこともあったのかな。
その辺り、考古との兼ね合いをどうするかがポイントになりそうだ。

日本語クレオール説は、何かと話題になるよね。
日本語の起源論は、なんか眉唾も多いからかえってややこしいけど、クレオール説はわりといけるのか。

「無から有は生まれない」という話、「言語は簡単になってる」という話にしてもそうだけど、言語学的には、世界は一定の法則に従って不可逆的に変化している、という認識でいいのかな?
言語に関して、世界の行く先はある程度決まってる、みたいな。

史学徒だからか、どことなく違和感があって。
進歩史観的にも見えてしまうから。昔の人は不便に甘んじていた、って。
昔の人も今と同じくらい賢いし、そんな不便を我慢し続けるのかな、とどうしても思ってしまう。
ただ、だから言語学の見方が間違ってるとは思わないし、こちらの認識を修正すべきなのかなとも思う。
▌701 名前が無い程度の能力 ID:5IT4uOKY0 スレッドで見る →
複雑な言語も情報量詰め込めるメリットはあるけど広く普及するのは無理
ってことかな
▌704 名前が無い程度の能力 ID:QfWmA3TY0 スレッドで見る →
戦国時代にポルトガルの宣教師が作った辞書でも
「羽柴筑前」=「ファシバチクジェン」だったりするそうなので
「会話より筆談?」なのはもこたんに限らないかもしれない

「アガナハプティパラノモコウ、ナパタソ?」なんて台詞が
出てくる小説は読んだことあるけども
▌705 名前が無い程度の能力 ID:opw23lJE0 スレッドで見る →
妹紅や幽々子あたりは微妙な期間も期間もあるとはいえ、
外界と全く接触して無い訳じゃ無いから、
周囲に合わせて徐々に言葉の使い方を変化させていった、
で特に問題は無いんだろうけど、
途中完全に断裂がある神霊廟登場の面々や、
隔離されてた白蓮などは、本気で会話が通じなかった可能性が高いだろうなぁ。
▌706 名前が無い程度の能力 ID:JMVquQvA0 スレッドで見る →
>>700
あー……本当に今さらなんだが、別に私はプロでもなんでもなく、それどころか専門分野は全く別にある
という人間なので、あまり畏まらないでいただけると助かる。ホント申し訳ありません。

プロトアイヌ祖語はあったろうけど、一個の確固たる言語といえるものではなかった、という可能性もある。
特にオーストラリア諸語で顕著なんだが、ここには語族としてまとめられず、かといって明確な境界も引けない
という語群がいくつもある。ある時期まではプロトアイヌ祖語も似たようなものだったかもしれない。
証拠はないので空想の域を出られないけどね。

クレオールは便利アイテム扱いされることも多く、そのぶんトの付く説もけっして少なくはないのだけど、
少なくとも村山説に関しては「議論の余地もないトンデモ」という扱いは受けていないはず。

別に「昔の人は不便に甘んじていた」ということはないよ。
それどころか、もしかしたら現代人の方が「昔の人」には不便に甘んじているように見えるかもしれない。
上代人は火(ヒ乙)/pɪ/と氷(ヒ甲)/pi/を母音のみで区別できたので、「氷」は一拍で済んでいたが、
現代人は「コオリ」などという三拍もある言い方をしている。
近世の畿内人は「出来る」の打ち消し形を「出来ぬ」と言っていたが、近世末あたりに「出来ん」に変化し、
これでは微妙に聞き取り辛いので多音節化して「出来はせん」になった。
現代では「出来へん」や「出来やん」などに変化しているが、近世より長くなっていることに変わりはない。
上代人や近世人からすれば「なんでそんな面倒臭い言い方してるんだ」と思うかもしれない。
が、現代人からすればそんな意識は微塵もないわけだ。
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>>696
そりゃ現代人からすれば意味不明だろうけど、上代人からみた現代語も意味不明だろう。お互い様だ。

母音に関するものだけでも5母音説(松本克己)、6母音説(服部四郎)、7+1母音説(森博達)など色々あるけど、
現代語とは大きく異なっていた、という点ではコンセンサスがとれているはず。
ハ行転呼などはもはや議論の余地もない定説となっている。

しかしその「ぱぱうえつぁま 〜」ってやつ、たしか数年前にNHKだか何だかの歴史番組で言ってたものだけど、
発音をちょっと上代っぽくしただけで、言い回しは現代語そのものだな。上代にそう喋っていたわけではない。
再構音も今の主流からはちょっと外れたもののようだし。

言い回しは置いといて、発音だけを森博達説(1991)をもとに発音記号で置き換えると下のようになる。
[pɑpɑupəitsɑmɑ diepdiep ̃gɑ tə̃bite wimɑsujə]

「蝶々」は diep diep だ。間違っても dieppu dieppu ではない。余計な母音を付けてはいけない。

ついでと言ってはなんだが、「アガナハプティパラノモコウ、ナパタソ?」も置き換えてみよう。
こちらは上代語としても自然な言い回しだ。
[ɑ̃gɑnɑpɑ pũdipɑrɑnə mokõu nɑpɑ tɑ̃dzə]
◆ 其の十六(スレ16)>>105–108
▌105 名前が無い程度の能力 ID:r23MMg5.0 スレッドで見る →
古英語(ノルマン人の使ってた古ノルド語にかなり近い)で書かれてる文章(ベオウルフとか何とかクロニクルとか)を
現代アイスランド人(ノルマン人と関係あり?)は難なく読めるんだそうで
英語学で古英語専門にしてる友人がアイスランド語をひぃひぃ言いながら勉強してた
▌106 名前が無い程度の能力 ID:T5/.o9bY0 スレッドで見る →
シェイクスピアの時代「nice」は「バカらしい」「ちょっと気がヘンだ」「無知・幼稚」みたいな意味だったとか
現代語のignorantにほぼ相当すると英語の教師が言ってた

近年の日本じゃ「ヤバい」が相当しそうだ
▌107 名前が無い程度の能力 ID:peBI9OkEO スレッドで見る →
アメリカ軍がイギリス軍に手紙送ったら、滅茶苦茶な英語だと馬鹿にされ、
ムカついたので正確な古英語で書いた手紙を送りつけたらイギリス軍が謝ったとか
実話だかジョークだか知らないがそんな話を聞いたことあったなと思い出した
▌108 名前が無い程度の能力 ID:lmBZNuNk0 スレッドで見る →
文字を持たない言語は変化が激しい、と星界の紋章で読んだけどなんだか不便そうだな
同音異語とかあったらややこしいし、口頭でしか伝達できないから耳の遠い人は大変だ
◆ 其の六(スレ6)>>186–191
▌186 名前が無い程度の能力 ID:SaDrHSMk0 スレッドで見る →
鼻=嗅覚は、安全な食品に満ち溢れた現代ならともかく
冷蔵庫の無い時代は命にかかわる重要な機能だよ

腐りかけの食品を、臭いで食えるかどうか判断するんだから
▌187 名前が無い程度の能力 ID:F8Gv5CDUO スレッドで見る →
鼻は動かないからねえ、単純に邪魔だったんかな
目を大きく見せるためってのもありかな
それと、漫画では嗅覚が伝わらないってのも一因としてあるのかな
▌188 名前が無い程度の能力 ID:nrRIFNME0 スレッドで見る →
>>172
言葉の意味って完全に後付けでしかないから、単語を並べた程度じゃ意思の疎通は無理だと思う。
むしろ身振り手振りといったボディランゲージとか表情とかそういうものと特定の鳴き声を併用していくうちに
次第に鳴き声が言葉として単独で通用していくようになったんじゃないかと思う。
これが言語学の範疇か考古学の範疇か知らないし、そもそも個人的な妄想に過ぎないわけだけど。
人間を数世代にわたって現在の言語から隔離して育ててみたら、もしかしたらまったく別の言語で意思疎通し始めるかもしれないし。
ここまでくるとSFだけどね。
▌189 名前が無い程度の能力 ID:Qt1Zx2oYO スレッドで見る →
進化からすると、鼻が原始的な器官だってのは、むしろ根元に近い器官ってことなんだZE

その名残は175が指摘したように、嗅覚は大脳辺縁系との関わりが特に強く、情動や性行動や記憶との結びつきが強いところに象徴されているんだ。
例えば瞑想の時に香を焚くのはトランス状態を賦活するためだし、ネガティブな面ではPTSDのフラッシュバックなんてのは嗅覚刺激がトリガーになることが結構ある。
時かけでもラベンダーの薫りがトリガーだったな。

慣用句が無いって話があったけど、鼻は具体的な形を感じ取れない代わりに「予感」や「雰囲気」を感じ取れる器官なんだよ。
○○くさい、とか、ヤバい匂いがする、とか言うだろ。
だから、実は鼻は最も第六感に近く、異界を感じ取れる器官なんだぜ。
▌190 名前が無い程度の能力 ID:Chr6JShg0 スレッドで見る →
>>188
「ニカラグア手話」というのがあって、先例となる言語がない状態からわずか10年ほどで言語が自然発生した例があるそうな
だからホモ・サピエンスが群れを作ったらそれだけで、一世代以内に言語が生まれると思うよ
▌191 名前が無い程度の能力 ID:e9iyJ2Do0 スレッドで見る →
ニカラグア手話って、抽象表現はどの程度まで示せるんかねぇ。
物を指し示すにはボディランゲージの延長で表現出来そうだが、
抽象表現を共有するには、文字の発明や、ある程度の持続的な環境刺激が必要そうだな。